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ロスト・スペラー 20
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0001創る名無しに見る名無し垢版2018/12/07(金) 18:09:05.48ID:81QT8mxd
未だ終わらない


過去スレ

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0310創る名無しに見る名無し垢版2019/04/03(水) 18:38:06.83ID:wuhQJOU8
副部長はコー・シアーを受け取ったは良いが、活用と言われても困った。
騎士槍型のコー・シアーは全体に錆が浮いており、柄の部分は半分折れている。
瞭(はっき)り言って、真面に使えそうな武器では無い。
投擲しようにも、恐らくは形状の問題で、真っ直ぐ飛ばないだろう。

 「これで、どうしろと?」

副部長の問いに、親衛隊員は伝承を語る。

 「旧暦、第四代聖君カタロトと第八代聖君ユーティクスは、この槍を振るって竜を倒しました」

 「だが、これは……本当に本物なのか?
  唯の錆びた槍だとしたら?
  そもそも伝承が真実とは限らないだろう……」

 「無理ですか?」

 「あ、ああ……。
  残念だが、良い活用方法は思い浮かばない」

副部長は表向きは落胆して、丁寧に断ってみせたが、内心では苛々していた。
赤錆塗れの今にも崩れ落ちそうな、普通に使う事さえ難しい槍を持って来て、活用も何も無い。
魔法の力も少しも感じない。
彼は親衛隊員にコー・シアーを突き返す。

 「駄目ですか……」

親衛隊員は落胆を顔に表していた。
彼女は白い髪に薄い青灰色の瞳、そして白い肌。
その異様さに副部長は一瞬吃驚するが、今は彼女に構っている場合では無いと気にしなかった。
親衛隊員はコー・シアーを持って、大人しく引き下がる。
0311創る名無しに見る名無し垢版2019/04/03(水) 18:40:00.10ID:wuhQJOU8
親衛隊員の正体は神聖魔法使いのクロテア。
彼女は魔導師会からコー・シアーを受け取り、それを託せる人物を探していた。
クロテアは新しい聖君になる事を期待されて誕生したが、もう自分が聖君になる積もりは無い。
今は神の使徒として、人の行く末を見守るのみ。
彼女も又アマントサングインと同じく試しているのだ。
この状況を変えられる者が、現生人類に存在するのかを……。
クロテアはコー・シアーを天に翳して呟く。

 「魔導師会の執行者達は命令されない事は出来ない。
  無謀を踏み越えて勇気を証明する人が、本当に現れるのか……」

コー・シアーは勇気と使命感に反応して、漸く輝きを取り戻す。
使命と言っても、神が何のと大層な事を考える必要は無い。
自分がやらなければならないと、覚悟を持って立ち上がるだけで良いのだ。
しかし、システム化とマニュアル化が進んだ社会では、自分勝手な行動は取り難い。
勿論それは社会が大きくなり成熟するには、必要な過程だが……。
諸々の権利や義務が課されて、緊急時に助ける者と助けられる者が、明確に分けられてしまう。
市民は自分に出来る事をして、それが終われば大人しく助けを待つ。
執行者は命令に従って任務を熟す。
お互いの役割は決まっており、分を越えた出過ぎた真似はしないと言う、暗黙の了解がある。
そうする事で社会の規律は守られ、事故や災害でも無用な犠牲者を増やさないで済む。
だが、その所為で助けられた筈の人を助けられず、助かった筈の人が助からなかったかも知れない。
それは致し方の無い犠牲だろうか?
誰もが身勝手な行動を取れば、被害が広がったり、犠牲者が増えたりするかも知れない。
人々が己の分を守って、「正しく」行動する事は、非常に重要である。
……重要ではあるが、絶対では無い。
システムやマニュアルの想定外の出来事が起こった時、誰が暗黙の了解を破って立ち上がるのか?
クロテアは真に勇気ある者を探して歩いた。
執行者が駄目ならば……。
0312創る名無しに見る名無し垢版2019/04/03(水) 18:41:42.15ID:wuhQJOU8
丁度その頃、巨人魔法使いのビシャラバンガがセイルート市に向かっていた。
彼は竜が現れたと言う話を聞き付けて、セイルートの様子を見に来たのだ。

 (これが噂の竜か……。
  街を覆う白い靄は全部腐蝕ガスなのか?
  恐ろしいな)

それなりに魔法資質には自信のあるビシャラバンガでも、単独で竜に立ち向かうのは厳しいと、
感じていた。

 (一応、執行者は居る様だが、やはり手子摺っている様だな)

遠くから竜と執行者の様子を観察していた彼は、背後に気配を感じて振り向く。
そこにはガーディアン・ブルーのローブを着たクロテアが立っていた。

 「誰だ!
  魔導師……では無のか?」

ビシャラバンガは優れた魔法資質で、彼女が共通魔法使いに特有の魔力の流れを纏っていない事に、
直ぐ気付く。
クロテアは丁寧に自己紹介した。

 「私はクロテア、神聖魔法使いと呼ばれています」

 「己に何の用だ?」

 「私は竜を倒せる人物を探しています」

ビシャラバンガは眉を顰めて問う。

 「己に竜を倒せと?」

 「私は貴方に強制は出来ません」
0313創る名無しに見る名無し垢版2019/04/04(木) 18:34:52.24ID:t9+0dqBZ
彼女の奇妙な言い回しにビシャラバンガは疑念を深めた。

 「強制は己も好かないが……。
  己に依頼しに来たのではないのか?」

 「そうではありますが、その気が貴方に無いのでしたら、それは仕方の無い事です」

 「意味が解らん……」

 「私が見た所、貴方には人々を救おうと言う気持ちが余り無い様です」

 「ああ、所詮は共通魔法使いの事だからな。
  見ず知らずの人間の為に、本気になれる者は少なかろう」

 「私は人に竜を倒す為の方法を教えられます。
  しかし、それは本気の人でなくてはなりません」

 「己では不適格だと言うのだな?」

 「ええ、今は……」

 「それなら魔導師会の連中に頼めば良かろう。
  連中は市民を守る為なら、大抵の事はするのではないか?」

 「……魔導師会の者達では行けないのです。
  あの人達は自分の役割を逸脱しようとはしません」

クロテアの説明にビシャラバンガは少し考えて、こう問い掛ける。

 「己なら出来ると言うのか?」

その問に彼女は何も答えず、唯ビシャラバンガを凝(じっ)と見詰めた。
0314創る名無しに見る名無し垢版2019/04/04(木) 18:35:59.58ID:t9+0dqBZ
真っ直ぐな瞳に耐えられず、ビシャラバンガは自分で白状する。

 「己には人の為と言う熱い心が無い。
  己は己の為だけに生きて来た。
  誰かの役に立ちたいとか、そう言う感情とは無縁だ。
  他の奴を当たってくれ」

 「いいえ、そんな事はありません。
  貴方は今の自分を変えたいと思っています」

クロテアは彼の萎縮(いじ)けた考えを否定したが、当の本人は無気力に言う。

 「しかし、直ぐに人の為に何かをしようと言う気持ちにはなれん。
  どうすれば、そう言う気持ちになれる?」

 「貴方は貴方の義の心を思い出す必要があります」

 「己の義とは何だ?」

 「貴方の中にある貴方にとって譲れない物、貴方が許せない物の事です」

 「……己は竜に対して怒る心が無い。
  嘗ての己であれば、竜をも降そうと挑み掛かったかも知れないが……。
  今は竜に挑む気も起こらない。
  己には誰かを守る事等、出来はしないのだ」

ビシャラバンガの心は虚無から解放されていなかった。
力が全てと言う価値観を失い、その代わりとなる物を未だ見付けられていない。
0315創る名無しに見る名無し垢版2019/04/04(木) 18:37:10.86ID:t9+0dqBZ
クロテアは彼の目を見詰め続けている。

 「人は独りでは生きられません。
  貴方も私も、誰でも同じです。
  貴方にも人の心はあります。
  悪を憎み、善を信じる人の心が……。
  貴方に足りない物は自分の善を信じる心です。
  しかし、善とは生まれ付いて人の中に存在する物でありながら、それは小さな萌芽であり、
  文化や環境によって、大きく左右されます。
  人には善を示す人が必要なのです」

彼女の言う事が解らず、ビシャラバンガは困惑した。

 「詰まり、どう言う事だ?
  貴様が己に善を示すと言うのか?」

 「ええ、貴方の言った通りです。
  私が竜に立ち向かいます」

 「自分で出来るなら、最初から己に頼らず自分でやれば良かろう」

 「いいえ、私には出来ません」

 「……ん?
  どう言う事だ?」

 「私では竜を倒す事は出来ないでしょう。
  それでも私は行かなければなりません」

そう言うとクロテアは錆びた槍を胸に抱いて、腐蝕ガスの中に入ろうとする。
何か手段があるのかと、ビシャラバンガは彼女を見守っていたが……。
0316創る名無しに見る名無し垢版2019/04/05(金) 18:36:53.43ID:9uTJY4oX
クロテアは特に防御手段を講じない儘、腐蝕ガスの濃霧の中に飛び込んだ。
彼女の白い髪が焦げ、肌が赤く爛れて行く。
ビシャラバンガは慌てて彼女の後を追い、魔力を纏って腐蝕ガスの中に突入する。

 「ば、馬鹿かっ!?
  貴様っ、死にたいのか!!」

ビシャラバンガはクロテアを抱えて有無を言わせず後退した。
彼は腐蝕ガスの中から出て、クロテアの様子を見る。
魔導師のローブは腐蝕に強く、表面の文様が崩れるだけで済んでいるが……。
美しかったクロテアの体は見るに堪えない程に痛々しい。
それでも彼女は笑っていた。

 「何故、貴方は私を助けたのですか?」

 「何故って?
  ……知るか!
  己の目の前で死なれては気分が悪い!
  それだけの事だ!」

 「そう、それが貴方の善の心なのです。
  貴方は本当は優しい人です。
  貴方は目の前で倒れる人を只見てはいられない……」

 「違う!
  己は、そんな善人では無い!
  見ず知らずの人間が何人死のうと、心が痛む事は無い!」

 「しかし、貴方は私を助けました。
  貴方にとって、私は見ず知らずの人にも拘らず。
  貴方は私を助ける時、何を考えましたか?」

 「……分からない……って、貴様っ、どこへ行く!?」

クロテアは話の途中にも拘らず、再び腐蝕ガスの中に向かって歩き始めた。
0317創る名無しに見る名無し垢版2019/04/05(金) 18:37:28.67ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは彼女を止める。

 「無駄な事は止めろ!
  そんな事を幾らされても、己には使命感等、芽生えはしない!」

 「本当に、そうでしょうか?」

真面目に問い掛けるクロテアが彼は恐ろしくなって来た。

 「貴様は悪魔かっ!?
  己を苦しめて何が楽しい!?」

 「何故に貴方が苦しむのですか?」

 「己は貴様の思う通りにはならん、なれんのだ!
  己の善の器は小さい。
  貴様は己に難題を押し付けている自覚が無いのか!」

 「いいえ、どこにも難しい問題等ありません。
  何故なら貴方は善人だからです。
  私は何度でも竜を倒しに行きます」

錆びた槍を大事に抱えている彼女に、ビシャラバンガは問う。

 「その錆びた槍が何の役に立つ!?」

 「人が善の心を発揮する時、この槍は輝きを取り戻すのです」
0318創る名無しに見る名無し垢版2019/04/05(金) 18:38:32.87ID:9uTJY4oX
ビシャラバンガは自分が槍を扱えるとは全く思っていなかったが、無謀な事を繰り返すクロテアを、
見捨てる事は出来なかった。
彼女に対して特別な感情は何も無いのだが、力が弱い者が戦おうとしているのに、力の強い自分が、
それを黙って見ているだけと言うのが、彼の信義に反するのだ。

 「だが、貴様では槍を扱う事は出来ないのだろう?
  何も出来ないのなら、弱者は弱者らしく引っ込んでいろ!」

 「いいえ、私には出来る事があります」

 「貴様っ、竜には勝てないと、自分で言ったばかりだろうがっ!」

 「私にとって勝てる勝てないは重要ではありません。
  ここで私は人々を見捨てる訳には行かないのです」

 「そうまでして己に竜と戦わせたいのか!?」

ビシャラバンガの必死の問に、クロテアは暫し沈黙した。
そして彼女はビシャラバンガに小さく頭を下げる。

 「私は貴方に申し訳無く思います。
  どうやら私は他人に頼り過ぎていた様です。
  人の為と言うなら、私自身にも、その心がある筈。
  私が槍を扱えない道理はありません」

クロテアが決意して錆びた槍を掲げると、仄(ほんの)り槍が輝いた。
それは一瞬で消えてしまい、ビシャラバンガは見間違えたのか、それとも本当に輝いたのか、
確信が持てない。
再度腐蝕ガスの霧の中に突入するクロテアに、ビシャラバンガは呼び掛ける。

 「待てっ!!」

彼はクロテアを止めると、難しい顔をして言った。

 「貴様だけを行かせるのは心許無い。
  己も付いて行く」
0319創る名無しに見る名無し垢版2019/04/06(土) 18:38:39.03ID:BICGqpb5
クロテアは爛れた顔を綻ばせて深く礼をした。

 「私は貴方に大変感謝しています」

 「誤解するなよ。
  己は竜と戦うのが怖い訳では無い。
  今ここで戦う意味が見出せないだけなのだ。
  貴様を見殺しにするのが忍び無いから、死なせない様にする。
  唯それだけで、他意は無い」

ビシャラバンガは魔力で力場を発生させて空気の流れを作り出し、クロテアを庇いながら、
腐蝕ガスの中へと突入する。
彼は腐蝕ガスの魔力を遮る性質を、直観的に感じ取っていた。

 「……これは不味いぞ。
  ここに長居するのは危険かも知れない」

 「それでは貴方は危ないと感じたら、撤退して下さい。
  私は残ります」

 「馬鹿を言うな!
  命惜しさに弱者を捨て措く程、己は恥知らずでは無い!
  貴様も人を助けたいと本気で思っているなら、必ず自分の手で竜を倒すと言う気概を持て!
  その覚悟も無く、戦いに出るなっ!!」

ビシャラバンガの本気の説教に、クロテアは俯き加減で頷いた。

 「は、はい……。
  貴方の言う通りですね。
  私が人々を助けます!」

彼女の持つ槍は淡い輝きを纏い始めた。
それはクロテア自身の心に反応しているのか、それともビシャラバンガの心に反応しているのか?
クロテアは槍の力に守られて、少しずつ体の傷が癒えて行く。
0320創る名無しに見る名無し垢版2019/04/06(土) 18:39:55.31ID:BICGqpb5
彼女は竜に向かってビシャラバンガと共に歩きながら、独り語り始めた。

 「私は今まで自分から事を成そうとはしませんでした。
  それは旧暦に大きな過ちがあったからです」

 「旧暦?」

 「最後の聖君ジャッジャスは、私と同じ様に人の祈りに応える真の『祈り<プレアー>』でした。
  彼は人の望む姿に形を変える為に、自分から進んで何か事を成したりはしません。
  飽くまで、人の望みを叶えるだけです。
  旧暦……人々は自分達を導く『強い者』を求めていました。
  その声に応じて聖君ジャッジャスは、次第に強権を振るう様になって行きました。
  彼は人々の望む潔癖さを以って罪人を見付け出し、人々の望む通り容赦無く罰して行きました。
  しかし、彼は逆に信望を失って行きました。
  人の望みを叶えていた筈なのに……。
  私は彼の無念と後悔から学び、人の祈りに応えはしても、自ら力を振るう事は避ける様に、
  努めていました」

 「自ら力を振るう事への恐れか?」

ビシャラバンガはクロテアの言う事に覚えがあった。
強大な力を持つ者は、自らの所為で周囲が変わってしまう事を恐れる物だ。
自らの力が齎した結果に関しては、責任を持たなければならないが故に。
尤も、ビシャラバンガは自分の力こそが全てで、殆ど他人の事を考える等しなかった為に、
その様な後悔や悩みとは余り縁が無かった。
彼が力を振るう時は、自らの問題を解決する時で、他人の為に何かしようと言う発想は無く、
他人が困っていても基本的には知らん顔をしていた。

 「力の行使には責任が伴う。
  それは当然の事です。
  どの様に力を振るうのが正しいのか、私には分かりませんでした。
  唯人々の声に応えて、その望む儘にするだけでは行けなかったのです……。
  私には神槍を振るう資格も勇気もはありませんでした」
0321創る名無しに見る名無し垢版2019/04/06(土) 18:42:20.83ID:BICGqpb5
クロテアの話を聞きながら、ビシャラバンガは己の力の振るい方に就いて、考える。
何の為に自分は力を付けたのか?
それは当然、強くなる為だ。
では、強くなって何がしたかったのか?
己の力を皆に示したかったのだ。
それで何がしたかったのか?
己の正しさを証明したかったのだ。
誰に?

 (我が師よ……)

ビシャラバンガは自分を育ててくれた師匠の事を思い出した。
彼は自分の師に認めて貰いたくて、とにかく師を越えた強さを得ようとした。
既に死した師にも彼の名が届く様に、直向きに最強を目指した。
彼は純粋であるが故に迷わなかった。
最強になって何をすると言う考えは無く、とにかく強くなり、その強さを証明する為に戦う事だけが、
ビシャラバンガの目的だった。
彼は告白する。

 「己も貴様と同じかも知れん。
  己は強くなったが、未だに己の力の使い途が分からん。
  無心になって人の為に、この力を振るうと言う道もあろうが、それが正しいとは思えん」

 「何故ですか?」

クロテアの問にビシャラバンガは、改めて理由を考えてみた。

 「結局の所、己は心が狭いのだ。
  己が己の意思で強くなった様に、他人も同じ様にすべきだと思う。
  救うにしても、自ら努力する者こそを救うべきだと考えている……」
0322創る名無しに見る名無し垢版2019/04/07(日) 20:10:49.57ID:09fePxE4
彼の答にクロテアは深く頷く。

 「天は自ら助る者を助くと言いますから……。
  それも正しい考えだと私は思います」

 「そうかな?
  己の知り合いに、そうでは無い者が居る。
  そいつは弱い癖に、困っている者に手を貸したがる。
  否、弱いから弱い者に共感するのか?
  お人好しと言うか、間抜けな男だ。
  自分の力量を弁えていない……と思う時がある。
  自分の出来る事をしているだけと、奴は言うのだがな。
  ――己は奴が羨ましいのかも知れん。
  奴を見ていると、自分も奴の様になりたいと思う時がある。
  ……仕様も無い話をしたな。
  詰まり……何が言いたいのかと言うと……」

ビシャラバンガは虚空を見詰めながら、自分の思考を整理した。

 「そう、そいつは自分の力の振るい方を解っているのだ。
  自分の心の赴く儘に、力を振るえるのだ。
  本当は、そうでは無いのかも知れないが、そうとしか思えない。
  それが堪らなく羨ましい。
  心と力の向かう所が同じなのだ。
  こんな時に奴が居れば、貴様の願いも叶えられたと思う。
  己には心が無い。
  だから、力を腐らせている……」

 「心と力の向かう所?」

 「ああ、感覚的な言い方過ぎたか?
  とにかく奴は難しい事は考えていないのだ。
  見返りが無くとも気にしない。
  それは……良くも悪くも、自己満足だからなのだろう」

しかし、ビシャラバンガは彼の真似をしたいとは思わない。
彼と自分とは違う存在だと分かっているから……。
0323創る名無しに見る名無し垢版2019/04/07(日) 20:13:04.73ID:09fePxE4
クロテアも又、自らの心情を告白した。

 「私も貴方と同じだったのでしょう。
  私は人の望みを叶え、良き心の助けとなる事を喜びとしていましたが、私自身が良き心を持って、
  自ら剣を振るう事はしませんでした。
  私も又、心の無い存在だったのです。
  ……本当に神槍が私に応えて下さるのか、私には自信がありません。
  私の人々を助けたいと言う心は、間違い無く本心からの物ですが、そこに熱情があるかは、
  私にも判りません……。
  寧ろ、逆に恐ろしく冷めた義務的な感情の様な気がするのです。
  私に人を救う資格があるのでしょうか……?」

ビシャラバンガは顔を顰めて言う。

 「己には他人の心の中までは解らん。
  貴様は貴様のやりたい事、出来る事をしろ。
  それが正しいか等、後で考えれば良い。
  そうで無ければ、付き合った己が馬鹿みたいでは無いか!」

 「はい……」

クロテアの自信の無さそうな返事を聞いて、ビシャラバンガは益々心配した。
当の彼も自分のやりたい事が判らないので、クロテアに余り偉そうな事は言えない。
しかし、彼はクロテアの態度が好ましい物には見えなかった。
その理由は、彼女が自分の事を客観的に評価しようとしている為だ。
相応しいだの相応しくないだのは、本質的な問題では無いとビシャラバンガは感じている。
人を助けたいと思う心に偽りが無いのであれば、その心の儘に動けば良いのだ。
そうした目的意識さえ持たないビシャラバンガにとっては、明確な道が見えている分、
クロテアを羨ましいと思う。
0324創る名無しに見る名無し垢版2019/04/07(日) 20:14:55.14ID:09fePxE4
2人は腐蝕ガスの濃霧の中を進み、竜巻に突入する。
ビシャラバンガはガスの中での活動が、もう長くは保たないと感じていた。

 「……おい、小娘」

 「はい?」

クロテアに呼び掛けた彼は、行き成り彼女を抱え上げて肩に乗せた。

 「わっ」

 「貴様の歩みに合わせていたのでは、時間が掛かり過ぎる。
  一気に突っ切るぞ」

 「は、はい!」

そして2人は竜巻の中心に飛び出す。
そこで漸く病院を守っている竜の姿が露になる。
竜を見上げて、ビシャラバンガは圧倒された。

 「これが竜か……」

アマントサングインは目の前に現れた2人を見下ろす。

 「コノ嵐ノ中ヲ潜リ抜ケテ来タカ!!
  ムッ……!
  小娘ッ、貴様ハ神槍コー・シアーヲ持ッテイルノカ!?」

アマントサングインはクロテアの抱えている幽かに輝く錆びた槍を見て驚いた。

 「神器ガ2ツ……。
  コノ小娘ガ私ヲ止メル勇者ナノカ?」
0325創る名無しに見る名無し垢版2019/04/08(月) 19:31:38.36ID:+JM7wFzg
クロテアはビシャラバンガの肩から飛び降り、竜を見上げて問うた。

 「私は貴方の事を、古の竜アルアンガレリアの子、アマントサングインと聞いています!
  それは本当ですか?」

 「ム……?
  ダッタラ、何ダト言ウノダ?」

 「貴方は何故この様な事をするのですか!?」

 「理由ヲ問ウノカ?
  理由ガ有レバ、貴様ハ納得シテ引キ下ガルノカ?」

 「いいえ!
  しかし、私が貴方の要求を知る事には、大きな意味があります!」

 「デハ、教エテヤル!
  私ハ私ニ立チ向カイ、私ヲ倒セル者ヲ求メテイル!!
  反逆同盟ノ正体ハ悪魔公爵ノ軍勢ダ!
  私ニ苦戦スル様デハ、地上ノ支配ハ覚束無イ!
  『悪魔擬キ<デモノイド>』共ガ本物ノ悪魔ニ逆ライ得ルカ、試シテヤッテイルノダ!」

 「貴方は人と共に戦おうとは思わないのですか?」

 「ハハハ、馬鹿ナ!!
  私ハ大父ディケンドロスノ子!
  人間ヲ信頼シテオレバ、私ノ様ナ竜ハ生マレテオラヌ!
  御託ハ良イッ、掛カッテ来ヌカ!!」

話し合いを求めるクロテアをアマントサングインは一蹴する。
何をやっているのだと、ビシャラバンガは呆れた。

 「小娘っ、貴重な時間を使って何をしている!?
  奴と戦うと決めたのなら迷うな!!」

彼に叱責されてクロテアは漸く槍を構える。
0326創る名無しに見る名無し垢版2019/04/08(月) 19:32:14.55ID:+JM7wFzg
しかし、輝きの弱い槍を見てアマントサングインは失笑した。

 「フハハハハ!!
  シカシ、ソノ神槍ノ有リ様ハ何ダ!?
  真面ニ手入レモサレテオラヌデハ無イカ!!
  ソンナ物デ、私ヲ倒セルトデモ思ッテイルノカ!!」

クロテアは槍を構えた儘、動かない。
そんな彼女を見てビシャラバンガは焦りを露に声を掛ける。

 「どうした!?
  ここに来て怖じ気付いたか!?」

 「わ、私には分からないのです……。
  どうすれば私は、この竜を倒せるのでしょうか?」

 「何っ!?
  巫山戯るのも大概にしろ!!
  無理でも何でも、先ずやってみなければ始まるまい!!」

クロテアは武器の振るい方を知らなかった。
槍は突き刺す物だと知ってはいるが、幻影の巨体を持つアマントサングインに攻撃が通る気がしない。
彼女は神槍を手にして使命感を持って動けば、後は槍が戦い方を教えてくれると思っていた。
しかし、そんな事は無かった。
全く動かないクロテアをアマントサングインは見下して、苛立ちを打付ける。

 「小娘、貴様デハ相手ニナラナイ様ダナ……。
  何モ出来ヌ癖ニ、何ヲシニ出テ来タ?」

ビシャラバンガも又、アマントサングインと同様に苛立ちを募らせて言う。

 「貴様は人を助けに来たのでは無かったのか!?」
0327創る名無しに見る名無し垢版2019/04/08(月) 19:36:09.73ID:+JM7wFzg
だが、クロテアは震えて立ち尽くしているだけだ。
ビシャラバンガは堪り兼ねて、彼女から槍を奪って前に出た。

 「えぇい、寄越せっ!!
  己がやるっ!!
  元から貴様の様な小娘が出張る事自体が、間違いだったのだ!!」

彼は竜を見上げて大声で吠える。

 「竜よ、貴様の言い分は解った!!
  人を試す等と詰まらない事の為に、こんな騒動を起こして、余程暇なのだな!!」

 「何ダト、貴様ッ!?」

 「どんな深謀遠慮が、貴様の心中にあろうと関係無い!!
  力比べなら己が付き合ってやろうっ!!
  それに飽いたら、早々に往ねい!!」

 「デモノイドノ分際デッ!!
  大口ヲ叩イタ事、後悔スルナヨッ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き付けたが、ビシャラバンガは槍を振り回して風を起こし、
それを跳ね返す。

 「オオオオオッ!!!!
  竜よ、序でに小娘っ、己の力を見るが良いっ!!
  使命だの何だのと下らない事ばかりに気を取られている、愚か者共めっ!!」

ビシャラバンガは神槍コー・シアーを振るって、アマントサングインに突きを仕掛けた。
だが、コー・シアーは幻影の体を傷付ける事が出来ない。
アマントサングインは嘲笑う。

 「ハハハ、無駄ダッ!!
  コノ幻影ノ体ニハ、真面ナ攻撃ハ通用セン!!
  ハイロン、爪ヲ振ルエッ!!」
0328創る名無しに見る名無し垢版2019/04/09(火) 18:44:56.46ID:rBGZBJjd
ニージェルクロームはアマントサングインの指示に従って、竜の爪を振るった。
ビシャラバンガは避けようと思えば避けられたが、敢えて正面から受け止める。
竜の爪は彼の構えた槍を破壊出来なかったが、巨体には大きな爪痕を残した。

 「ぐっ……、何の此れ如きっ!!」

ビシャラバンガは胸に大きな切り傷を付けられながらも、踏み止まる。
血飛沫が散って、溶けた大地に赤い跡を付ける。
彼の背後にはクロテアが居た。

 「あ、貴方は私の為に……」

 「気にするなっ!
  下手に避けるよりは、受け止めた方が良いと思っただけだ!」

ビシャラバンガは明らかにクロテアを庇っていたのだが、感謝されても煩わしいだけだと感じた彼は、
敢えて話に応じず突っ撥ねた。
その時、クロテアは彼の手にある槍が輝きを増したのを見る。

 「あっ、コー・シアーが!」

彼女の指摘でビシャラバンガも槍の輝きに気付いた。
彼は舌打ちして言う。

 「チッ……!
  善だの何だの、己には関係無い事だ!!」

一方、アマントサングインは槍の輝きに怯んでいた。

 「オオッ!?
  コー・シアーガ輝イテオルッ!!
  オ前ガ神器ヲ扱ウノカ!?」

ビシャラバンガは眉間に皺を寄せて、クロテアを片手で抱え上げ、自分の背中に掴まらせる。

 「良いか?
  確り掴まっていろ、振り落とされても知らんぞ!」

 「は、はい!」

彼の背中でクロテアは歓喜の笑みを浮かべた。
彼女はビシャラバンガの善性に触れる事が出来て、嬉しかったのだ。
0329創る名無しに見る名無し垢版2019/04/09(火) 18:45:45.02ID:rBGZBJjd
 「食らえぃっ!!」

ビシャラバンガはコー・シアーを振り回して、アマントサングインに突進する。
アマントサングインは実体を持たない筈なのに、槍の先が幻体に触れた途端、その部分が崩れ落ちる。

 「ムッ……!」

 「大丈夫か、アマントサングイン!」

四肢と胴の一部を失い、地に這う様に落ちたアマントサングインを、ニージェルクロームは気遣った。
アマントサングインは強がる。

 「ドウト言ウ事ハ無イ、所詮ハ幻体ダッ!!
  ソレヨリ、奴等ヲ攻撃シロッ!!
  先ノ様ナ手加減ハ無用ダゾッ!!」

 「あ、ああ……。
  でも、本気で人を攻撃するのは……。
  建物とか、そう言うのだったら未だ良いけど」

ニージェルクロームは竜の強大な力を人に直接振るう事に、躊躇いを感じていた。
余りに強い力だから、簡単に殺してしまう所が想像出来てしまうのだ。

 「構ウナッ!!
  コレハ命令ダッ!!」

 「わ、分かった」

ニージェルクロームは本気の積もりでビシャラバンガを狙ったが、その攻撃は簡単に避けられる。
やはり無意識に加減してしまうのだ。

 「手緩イゾ、ハイロンッ!!
  モウ良イッ、体ヲ寄越セッ!!」
0330創る名無しに見る名無し垢版2019/04/09(火) 18:50:35.30ID:rBGZBJjd
アマントサングインは憤り、彼の体を乗っ取ろうとした。

 「うわっ……」

ニージェルクロームはアマントサングインの剣幕に怯み、仕方無く体を委ねる。
竜の宿った彼の瞳は真っ赤に輝き、竜の全力を振るう。

 「燃え尽きろっ!!」

アマントサングインは腐蝕ガスを吐き出すと同時に、竜の爪を打ち付け合い、その摩擦熱で引火させ、
大爆発を起こさせた。
ビシャラバンガは自分の事より、背中のクロテアの事を先ず思った。
彼女を守る為に背負ったのだから、何としても守らなければならないと。
彼は自分の体を盾にして、背後を魔法で守る。

 「プテラトマッ!!」

魔力の翼がクロテアを包む。
ビシャラバンガは爆炎の中に呑み込まれた。
幾ら頑健な彼でも、魔法無しでは自分の身を守り切れない。
アマントサングインは爆発が収まるのを静かに待った。

 「……さて、生きているかな?」

炎が消えた後に現れたのは……傘の魔法使いサン・アレブラクシス。
彼の体は半分透けており、その中には盾が見える。
ビシャラバンガは彼に守られて無傷だった。

 「何者だ?」

ビシャラバンガの問にアレブラクシスは堂々と答える。

 「私は傘の魔法使いサン・アレブラクシス……だった者。
  今は聖なる盾と同化して生き永らえているだけの、性無い存在だ」
0331創る名無しに見る名無し垢版2019/04/10(水) 18:23:01.00ID:zRaRnegW
彼は続けて問うた。

 「何故こんな所に現れた?」

 「それは盾に聞いてくれ」

アレブラクシスの体は徐々に薄れて行き、それと同時に盾がビシャラバンガの腕に吸い着く様に、
自然に装着される。

 「こ、これは?
  どうなっている?」

困惑する彼の耳に姿無きアレブラクシスの声が届く。

 「恐れる事は無い。
  守りたいと言う君の心に、盾が応えただけの事」

未だ事情が理解出来ないビシャラバンガに、クロテアが説明する。

 「それは神盾セーヴァス・ロコです。
  旧暦、大竜軍の戦いで聖君を守った盾。
  貴方の手には今、槍と盾、2つの神器があるのです」

ビシャラバンガは眉を顰めた。

 「己は物の力を借りるのは好きでは無い。
  己は何時も、自分の力を頼りにして来た積もりだ……が、今は一々そんな事を、
  言っている場合では無いか……。
  えぇい、疾々(とっと)と方を付けるぞ!」

彼は盾を構え、槍を振り回して、アマントサングインの幻体を破壊しながら、その本体である、
ニージェルクロームに迫る。
0332創る名無しに見る名無し垢版2019/04/10(水) 18:23:57.48ID:zRaRnegW
ビシャラバンガはニージェルクロームを槍で貫こうとしたが、彼の力任せの一撃は驚くべき事に、
浅りと受け止められてしまった。

 「何っ!?」

竜の宿ったニージェルクロームの膂力は、人間とは比較にならないのだ。

 「フッ、この程度か……。
  神槍は完全な力を取り戻してはいないな。
  やはり使い手が悪い」

神槍は輝いてはいるが、その錆を全て落とすには至らない。
神槍が真の力を発揮しなければ、竜の宿ったニージェルクロームを倒す事は不可能。

 「我が幻影を消した所で、何の意味も無いのだ。
  志無き者に神槍コー・シアーは扱えぬ」

ニージェルクロームは槍を片手で押さえ付けて、もう片手をビシャラバンガに向ける。
その手は竜の幻影を纏って、腐蝕ガスを吐き付けた。

 「くっ!」

ビシャラバンガは右腕のセーヴァス・ロコで腐蝕ガスを防ぐ。
その隙にニージェルクロームはビシャラバンガを蹴り飛ばして、距離を取った。

 「弱い、弱いっ!!
  この程度で私を倒そうとは、甘く見られた物だ!」

煽られたビシャラバンガは、しかし、怒りはしなかった。
0333創る名無しに見る名無し垢版2019/04/10(水) 18:26:49.04ID:zRaRnegW
彼の心は竜と言う強敵に対する敵愾心よりも、背後のクロテアに囚われていた。
もう長らく魔法で腐蝕ガスから身を守りながら戦っているので、彼の集中力には限界が来ている。
実は魔法を使わずとも、セーヴァス・ロコの力で身を守れるのだが、その事実にビシャラバンガは、
未だ気付いていなかった。
彼の心は取り敢えず、クロテアを安全な後方に下がらせる事ばかり考えていた。

 「おい、小娘!
  一時離脱するぞ!
  貴様は足手纏いだ、後方で待機していろ!
  良いな?」

 「しかし……」

 「しかしも何もあるかっ!
  今から己は霧の中から出て、貴様を安全な所に置く。
  何があっても、再び竜と戦おうと思うな!
  奴は己が倒す!
  それだけを信じて待っていろ!」

ビシャラバンガは初めて他人と「約束」をした。
しかも、守れるかも判らない不安な約束を。
クロテアは彼を信じて頷く。

 「はい、貴方を信じます」

他人に信じられると言う経験の無いビシャラバンガは、彼女の期待を重荷だと思った。
だが、今は信じて貰えると言う事が有り難かった。
詰まり、素直に意見が通って、難が無いと言う意味である。
ビシャラバンガが距離を取り始めたのを見て、竜の宿ったニージェルクロームは言う。

 「どうした、逃げるのか?
  2つの神器を持ちながら、私には敵わないと――」

 「喧しいっ!!
  直ぐ戻って来てやるから、黙っていろっ!!」

ビシャラバンガはニージェルクロームに吠え掛かり、急いで腐蝕ガスの濃霧の中から離脱した。
0334創る名無しに見る名無し垢版2019/04/11(木) 18:50:39.96ID:xLkW4EPT
一直線に腐蝕ガスの中から飛び出した彼は、背負っていたクロテアを下ろす。
彼女は畏まって深く謝罪した。

 「私は申し訳無く思います。
  貴方は私の為に……」

 「貴様の為では無い!
  ……とにかく何か知らんが、己は奴を倒さねばならん気がするのだ!」

実際の所、ビシャラバンガがアマントサングインを倒す理由は、クロテアの為以外には無い。
彼女が自殺行為的な無謀な行動に出るから、彼は彼女を死なせない為に、戦いに行くのだ。

 「良いか、ここを動くなよ!
  否、寧ろ逃げて構わん!
  ここから離れろ!」

 「私は逃げません」

 「何っ!?」

 「私は逃げないので……、貴方は勝って下さい。
  私は貴方の勝利を信じています」

ここで勝つ自信が無い等とは言えず、ビシャラバンガは強気に答える。

 「貴様が信じようと信じまいと!
  己は必ず勝つ!!
  槍と盾の力まであって、竜如きに負けて堪るか!」

彼自身は槍と盾の力をそこまで信じていなかったが、自分を奮い立たせる為にも、大言壮語して、
自らの退路を断った。
彼は勝利とは他人の為よりも、自らの為と言う意識が強い。
そうしなければ、勝利への欲求を湧き立たせられないのだ。
故に、「誰の為に勝つ」とは決して口に出来なかった。
0335創る名無しに見る名無し垢版2019/04/11(木) 18:51:43.27ID:xLkW4EPT
ビシャラバンガは改めて腐蝕ガスの濃霧の中に突入し、竜の居る場所を目指す。
アマントサングインは再び幻体を復活させていた。

 「戻って来たか!
  逃げ出したのかと心配していたぞ」

 「侮るなっ!
  誰が貴様如きを恐れる物か!
  力の弱い凡人共を相手に、調子に乗っていた様だが、それも今日までだ!
  覚悟しろ!!」

ビシャラバンガは再びアマントサングインの幻体を槍で削る。
それに対してアマントサングインは竜の爪を振るって抵抗した。
爪の威力は恐ろしく、ビシャラバンガが盾で防いでも、その衝撃が貫通して来る。
弾き飛ばされまいと踏み堪えても、勢いに負けて後退してしまう。

 「ええぃっ……」

彼は腕の痺れを感じながらも、アマントサングインの幻体を削り切って、再びニージェルクロームと、
対峙した。
それをアマントサングインの宿ったニージェルクロームは嘲笑う。

 「どうした?
  貴様も凡人と大差無い様だが……。
  2つの神器を持ちながら、その程度とは失望させてくれる」

 「煩いっ!
  神器が何だのと関係あるか!」

 「ああ、有るとも。
  私を倒せるのは神器コー・シアーだけなのだからな」

ビシャラバンガは彼の言葉を聞かなかった。
竜を倒すのに神器の力が必要だとは認めたくなかったのだ。
0336創る名無しに見る名無し垢版2019/04/11(木) 18:53:25.71ID:xLkW4EPT
ニージェルクロームは顔から笑みを消して、冷たい態度で言う。

 「自惚れるなよ、『悪魔擬き<デモノイド>』!
  貴様等は我等竜に比べれば、滓の様な存在だ。
  神器に頼らず私を討つ等とは、思い上がりも甚だしい」

 「やってみなくては解るまい!
  貴様は無敵の竜では無く、人の体を使っているでは無いか!」

頑ななビシャラバンガに彼は呆れた。
失望の溜め息を吐くと、竜の爪で盾を弾き、蹴りを竜の尾に見立てて撃ち込む。

 「ぐっ……!!」

 「力の差が解らないのか、それとも見て見ぬ振りをしているのか……。
  貴様が神槍の真の力を発揮出来ぬ理由を教えてやろう。
  貴様には大義や使命感が足りないのだ。
  より大きな、より多くの物の為に、戦おうと言う志が無い。
  人としての器の大きさと言い換えても良い。
  真に人の為であれば、どんなに貪欲で、我が儘であっても良い。
  寧ろ、無欲に近い程の大欲で無ければ、神槍の真の力は見えぬ」

 「お、己には、そんな心は無い」

 「では、何故私の前に立つのだ?」

 「……己は……」

理由を問われて、ビシャラバンガは考える。
一体何故自分は竜を倒そうと思ったのか?
それはクロテアが居た所為だ。
彼女が力弱い者の分際で、多くの人を守ろうと立ち上がった所為だ。
分不相応な願いを彼女が持った所為だ。
0337創る名無しに見る名無し垢版2019/04/12(金) 19:53:21.85ID:fsPkcmtp
胸の中に溜まっていた靄々した気持ちを、素直にビシャラバンガは吐き出した。

 「愚かにも我が身を顧みず、人を救おうとした者が居たのだ。
  それが余りにも哀れだから、己が代わりに来たのだ。
  無力な者の為だとか、そう言う事では無い。
  己には、そこまで大層な志は無い。
  だが、黙って見ている事は出来なかったのだ」

彼の手の中で槍が輝きを増す。
それにビシャラバンガは気付かない儘、独白を続ける。

 「あの儘、黙って見送るよりは、己が戦いに行った方が良い。
  唯そう思っただけに過ぎぬ。
  仮令、力が及ばなかろうと、そう言う事は問題では無いのだ。
  己は己の心の儘に動いただけだ」

 「ムッ、貴様……」

その変化を感じ取ったニージェルクロームは、ビシャラバンガに向けて爪を振り下ろした。
だが、それはビシャラバンガの右腕の盾に防がれる。
ビシャラバンガは腕の痺れを感じなかった。

 「貴様の言う通り、己は器の小さい男だ。
  とても他人の為には戦えぬ。
  そうしたくとも心が動かないのだ。
  屹度、己は赤の他人の為に戦える者が羨ましいのだろう。
  だから……責めて、その助けに!」

 「フッ、漸く本気になったか!」

ニージェルクロームは両腕で竜の口を作り、幻影を纏わせて腐蝕ガスを吐き出させる。
セーヴァス・ロコがビシャラバンガを守る様に、不可視の障壁を作り出す。
0338創る名無しに見る名無し垢版2019/04/12(金) 19:56:34.56ID:fsPkcmtp
ビシャラバンガとニージェルクロームは槍と爪を打ち付け合った。
ビシャラバンガの槍はニージェルクロームの爪を弾くが、武器を扱い慣れない彼は力任せに、
槍を振り回す事しか出来ない。
中々強力な一撃を浴びせる事が出来ず、ビシャラバンガは歯噛みする。

 「えぇい、敏捷(ちょこま)かと!」

ニージェルクローム自身は1身弱の標準的な体形だ。
竜が宿っているとは言え、特別に体格が大きくなったりはしない。
純粋に身体能力だけが強化されている。

 「未だ未だ神槍の真の力を引き出せていないな。
  貴様は自分の力しか信じていない様だ。
  余りにも技が無い……」

ビシャラバンガの激しい攻撃を往なしながら、彼は余裕で笑う。
しかし、ニージェルクロームの方も盾を持つビシャラバンガに有効打は無い。

 「貴様の相手も飽きて来たぞ」

一つ小さな息を吐いた彼は、魔導師に守られている病院を一瞥した。
そして大きな笑みを浮かべる。

 「退屈凌ぎに、新しい刺激を与えてやろう」

 「止せっ!!」

ビシャラバンガが止める間も無く、ニージェルクロームは竜の爪で病院を破壊した。
建物の外壁が崩れて、中の様子が露になる。
人々の恐怖の叫び声が木霊する。

 「貴様の相手は己だ!!」

ビシャラバンガは声を張ってニージェルクロームに迫ったが、ニージェルクロームは病院の中、
それも市民の集まっているフロアに逃げ込んだ。
0339創る名無しに見る名無し垢版2019/04/12(金) 19:59:02.29ID:fsPkcmtp
ニージェルクロームの意識は、自分の体を操っているアマントサングインに働き掛ける。

 (おい、不味いって!!)

 (案ずるな。
  奴が本物か確かめるだけだ)

 (嘘を吐くな!
  お前は人なんか、どうでも良いと思ってるだろう!?)

 (分かった、分かった……。
  戦えぬ者への害は抑えるから、そう怒鳴るな)

アマントサングインは彼を宥めながら、病院の中で幻体を復活させた。

 「く、来るなっ、出て行け!!」

病院の中の執行者達は、ニージェルクロームに向けて魔法を唱えようとするが、腐蝕ガスを吐かれ、
簡単に防がれてしまう。
ビシャラバンガは直ぐにニージェルクロームを追って、病院内に突撃した。

 「逃げるな!!」

彼は槍と盾を構えて、アマントサングインの幻体を再び攻撃する。
そして執行者達に言った。

 「病人を連れて逃げろっ!!」

 「無理だ!!
  この腐蝕ガスの中、どこへ行けと言う!!」
0340創る名無しに見る名無し垢版2019/04/13(土) 19:09:13.17ID:jObY/AEU
執行者達も逃げたくても逃げられないのだ。
ビシャラバンガは歯噛みして、槍で幻体を破壊し、再度ニージェルクロームに向かった。

 「ウォオオッ!!」

 「フッ、人を守る事よりも、元凶を絶つ事を選ぶか……。
  その判断は間違ってはいない。
  だが――!」

ニージェルクロームは片手で槍を受け止め、もう片手で腐蝕ガスを病院内の市民に向けて放った。

 「攻勢一辺倒ではなぁ!!」

執行者達が市民の盾となるが、防御には限界がある。
ビシャラバンガは益々焦って、ニージェルクロームに苛烈な攻撃を仕掛けた。
それをニージェルクロームは涼しい顔で躱す。

 「焦りが見えるぞ」

ビシャラバンガの手にある神槍は少しずつ輝きを弱くして行った。
神盾も同様である。
彼は槍と盾が重くなっていると感じた。

 (……もう限界なのか……)

ビシャラバンガは疲れを自覚し始める。
やがて彼の手と足は止まった。

 (槍と盾が重い……。
  どうした事だ、これは……)

ビシャラバンガは敵を倒すと言う事に執着し過ぎて、市民の安全への配慮を怠った。
故に、神器は彼を見放したのだ。
0341創る名無しに見る名無し垢版2019/04/13(土) 19:09:54.73ID:jObY/AEU
最早重荷でしかない神器を、彼は擲った。

 「ええい、こんな物は要らんっ!!」

そして最後の力を振り絞って、ニージェルクロームに迫る。
ニージェルクロームは冷笑した。

 「丸で獣だな。
  最後は道具をも捨てて殴り掛かるか」

彼はビシャラバンガを竜の尾で、力任せに弾き飛ばす。
ビシャラバンガは後方に吹き飛び、執行者達や市民の居る所へ退けられた。
執行者が膝を突いた彼を気遣い、声を掛ける。

 「大丈夫か!?」

助けに来た者に心配されて、ビシャラバンガは恥じた。

 「どうと言う事は無いっ!!
  それより、ここに居る者達を逃がす方法は無いのか!?」

 「あれば疾くにやっている!」

食い掛かられた執行者は、逆に言い返す。
緊急事態に相手を責める様な事は無意味だ。
ビシャラバンガは再び立ち上がって、ニージェルクロームを睨んだ状態で、執行者に告げる。

 「己は竜を倒しに来た。
  だから、幾ら傷付こうが、最悪死のうが構わん。
  戦う事を恐れたりはしない。
  だが……、逆に言えば己には、それ位しか出来ん。
  貴様等、市民を守る執行者なら、何か知恵があろう!」
0342創る名無しに見る名無し垢版2019/04/13(土) 19:10:50.74ID:jObY/AEU
そう言われても、執行者に出来る事は無い。

 「私達は、ここを離れる事が出来ない。
  私達の張ったバリアーで、ここの全員を守っているのだ。
  数人だけなら救い出せるかも知れないが、身動きの取れない病人も居る。
  見捨てる訳には行かない」

 「では、ここで徒(ただ)死を待つだけか!」

 「違う!
  私達は執行者、同じ魔導師の仲間が居る。
  耐えていれば、必ず仲間が駆け付ける。
  そう信じている」

執行者の答を聞いたビシャラバンガは、素直に羨ましいと思った。
信じられる仲間が居て、その為に困難と闘えるのだ。
逆に、ビシャラバンガは独りである。

 「『仲間が駆け付ける』か……」

彼は今まで誰かと絆を強めたり、助け合ったりする事が無かった。

 (だから、己は弱いのだ……)

そう悟って彼は悲しくなった。
今の自分はアダマスゼロットと変わらないのだと。

 「耐えていれば、本当に仲間が駆け付けるのだな?」

急なビシャラバンガの問に、執行者は戸惑うも、自信を持って頷く。

 「ああ」
0343創る名無しに見る名無し垢版2019/04/14(日) 19:06:51.80ID:EJKatbfx
ビシャラバンガは気合を入れ直した。

 「良しっ!!」

そして執行者達のバリアーから出て、腐蝕ガスの中に飛び込み、改めてニージェルクロームの前に。
力の篭もった彼の目を見て、ニージェルクロームは満足気に頷いた。

 「フム、目の色が変わったな」

 「その余裕が何時まで持つかな!?」

ビシャラバンガはニージェルクロームに突進して、掴み掛かる。
ニージェルクロームは彼を敢えて正面から受け止めた。

 「捕まえてしまえば、どうとでもなるとでも思っているのか?」

竜の宿ったニージェルクロームは強い力で、ビシャラバンガを押し返す。
それでもビシャラバンガは構わず、体格の優位を活かして、ニージェルクロームを道連れに、
病院の外へ身を投げ出した。

 「フン、他人を巻き込まない様に、外へ出たか……。
  中々殊勝な行動だ」

 「黙れっ!
  貴様の高所から構えた評価には、倦んざりだ!」

2人は病院の外の地面に転がる。
それでもビシャラバンガはニージェルクロームの両腕を掴んで離さない。

 「健気だなっ!
  しかし、盾も槍も無く、私に敵う訳が無かろう!」

ニージェルクロームは竜の幻体を復活させて、彼に向かって腐蝕ガスを吐き付けた。
0344創る名無しに見る名無し垢版2019/04/14(日) 19:07:33.53ID:EJKatbfx
ニージェルクロームの体を押さえているビシャラバンガは、腐蝕ガスを止める手段を持たない。
魔力の力場で腐蝕ガスを押し返すしか無いが、長らく腐蝕ガスの中に留まり続けていた彼は、
集中力が限界を迎え始めていた。
防ぎ切れない腐蝕ガスがビシャラバンガの肌を焼く。

 「ぐぐぐぐぐ……」

彼は歯を食い縛って耐える。
全身に力を込めて、何があろうとニージェルクロームを絶対に放さないと決めていた。

 「なっ、何だ、こいつ!?」

その必死さに、ニージェルクロームの中のアマントサングインは怯んだ。
アマントサングインは神器に見放されたビシャラバンガが、本気で人を守るとは思っていなかった。

 「何故ここまでする!?
  貴様は神器に見限られたのだ!
  神器も持たずに、私に敵う物か!」

 「じ、神器が何だと言うのだ!
  そんな物が無くとも……!
  お、己は人を信じる事にしたのだ!!」

 「人を信じる!?
  馬鹿なっ、信じていれば奇跡が起きるとでも言うのか!」

 「そこまで夢を見てはおらん!
  奇跡よりも、もっと現実的な物だ!」

ビシャラバンガの皮膚は爛れ、怪物の様な見た目になる。
しかし、アマントサングインは彼の心に美しい物を見ていた。
0345創る名無しに見る名無し垢版2019/04/14(日) 19:09:02.57ID:EJKatbfx
ビシャラバンガの背中には翼が生える。
魔力の翼とも異なる、混沌の力を宿した翼だ。
混沌の力は全ての源。
創生と滅亡の両者を司る、何物にも染まらず、何物にも成り得る未定の力。
アマントサングインの力も、それに類似した物である。
混沌の翼はアマントサングインの幻影の体を、混沌の力に分解して崩壊させる。

 「こ、これは……巨人の力!?」

これこそが巨人魔法の究極『翼ある者<プテラトマ>』。

 「デモノイド風情がっ!」

アマントサングインは幻体の全身を輝かせて、逆に混沌の力を吸収しに掛かる。
ここに両者の力は拮抗して、∞を描き循環を始めた。

 「あ、有り得ぬ……。
  悪魔生まれの人間の成り損ないが、巨人の力を使う等と!
  神器も持たない者が……。
  正か、神の意思だとでも言うのか!」

ニージェルクロームとアマントサングインの幻体は同時に空を見上げる。
しかし、神の声は聞こえない。

 「ウオォッ!!
  高がデモノイド1匹に負けてなるかーー!!」

アマントサングインは死力を尽くして、ビシャラバンガを上回ろうと足掻いた。
流石にビシャラバンガは耐えられなくなり、徐々に混沌の翼を溶かし始める……。

 「フン、やはりな!
  竜に敵う訳が無いのだ!」

幻体を取り戻したアマントサングインは、勝利を確信して笑った。
0346創る名無しに見る名無し垢版2019/04/15(月) 19:16:25.57ID:MLwEK2N0
もうビシャラバンガは目を開けていられない。
口も開けられないから、叫び声も上げられない。
暗闇の中で全身の神経を焼かれる様な苦痛に耐え続ける。
執行者は言った。
耐え続けていれば、必ず助けが来ると。
ビシャラバンガがニージェルクロームを押さえていれば、ガスの外の魔導師達が何か手を打つ。
そうなる事をビシャラバンガは信じた。

 (己では貴様を倒せない……。
  だから……)

彼は徐々に意識が朦朧とし始める。
腕の感覚が無くなって、ニージェルクロームを捕まえているのかも分からなくなって来た。
その裏で執行者の集団が病院に到着する。

 「急げ、急げ!!
  竜巻が収まっている今しかない!
  残留者を運び出せ!!」

執行者達は病院の中に取り残された者達を、次々と運び出す。
最後に先に病院で残留者を守っていた執行者の隊長、新しく来た救出部隊の隊長は尋ねた。

 「もう居ないか?」

 「後1人!
  勇敢な男が……」

そう言いながら残留者を守っていた隊長は、濃霧の向こうを見詰める。
0347創る名無しに見る名無し垢版2019/04/15(月) 19:17:06.95ID:MLwEK2N0
しかし、目に見える物は白い靄ばかり。
ビシャラバンガの姿も竜の姿も見えはしない。
救出部隊の隊長は眉を顰める。

 「誰か竜と戦っているのか?」

 「ああ、その筈だ。
  竜に操られている様な人間も居た」

 「分かった。
  とにかく脱出しよう。
  直ぐに応援を呼んで来る」

最後に2人も病院から脱出して、全員が救出された。
――その頃、ビシャラバンガの翼は消え掛けていた。

 「中々粘ったが……。
  ここまでだ!」

アマントサングインは彼に止めを刺すべく、腐蝕ガスの濃度を高くして行く。
それでもビシャラバンガはニージェルクロームを捕まえた儘、放そうとはしなかった。
彼の目と口を固く閉ざした表情は、懸命に何かに祈っている様にも見える。
恐らく、彼の意識は既に無い……。
その時、強風が吹き荒れて、腐蝕ガスを天高く巻き上げた。
濃霧は少しずつ晴れて行き、崩壊した街並みが露になる。
腐蝕ガスは上空に吸い上げられて、巨大な雲を作る。

 「魔導師共か……!?」

アマントサングインは魔導師達が集まって、自分を包囲していると気付いた。
再び腐蝕ガスを吐き散らそうとするが、強風の所為で思う様に拡散しない。
0348創る名無しに見る名無し垢版2019/04/15(月) 19:19:14.69ID:MLwEK2N0
アマントサングインはビシャラバンガに気を取られ過ぎていた。
だが、アマントサングインは勇敢な者、必死な者を無視出来なかったのだ。

 「くっ、この私が神器も持たない者に……!」

アマントサングインは悔しがりながらも、どこかで満足もしていた。
竜の目はビシャラバンガと言う勇敢な者を認めた。
信仰心が無くとも、神器を持たずとも、彼は人を信じて戦った。

 「成る程、最早奇跡は必要無いと言う事か……。
  否、これこそが奇跡なのかも知れぬ。
  奇跡は必然か……」

アマントサングインは最期を悟った。
魔導師会が竜の本体であるニージェルクロームに向けて、攻撃を始める。
太陽光線を集めた、熱線を上空から撃ち込む。
アマントサングインはニージェルクロームとビシャラバンガを守る為に、蜷局を巻いて身を縮めた。
その瞬間である。
竜を仕留めるなら、ここしか無いと、影に潜み続けていたディスクリムが姿を現した。

 「フフ、竜とやらも大した事は無いな!
  我が主の為に、ここで潰えて貰うぞ!」

 「何っ、貴様っ!!」

ディスクリムは熱線の照射で弱っているアマントサングインから、ニージェルクロームの体を奪う。

 「宿る本体が無くなれば、幻影の体も消えよう!」

ディスクリムは彼の体を無理遣り動かして、熱線に曝した。

 「熱っ!!!!
  な、何をするディスクリム!!」

アマントサングインの影響が弱り、ニージェルクロームは本気で抵抗するが、ディスクリムも必死だ。
0349創る名無しに見る名無し垢版2019/04/16(火) 19:04:09.04ID:OPtD2IbT
 「全ては我が主の為!
  悪く思うな、ニージェルクローム!」

アマントサングインは激昂して、ディスクリムに言う。

 「貴様ァッ、許サンゾ!!
  我ガ身滅ビヨウトモ、ココデ滅シテクレル!!」

アマントサングインは再びニージェルクロームの体の内から、ディスクリムを排除しに掛かった。
その間もニージェルクロームは焼かれ続けている。

 「ギャアアアアア!!
  あ、熱い!
  焼け死ぬ!!」

火傷で皮膚が膨れ、徐々に黒化して行く。
序でにビシャラバンガも巻き込まれるが、彼は既に気絶している。
アマントサングインは竜の感知能力で魔力を探って、影の中のディスクリムの本体を探り当てると、
実体の無い影に噛み付き、ニージェルクロームを庇って我が身と諸共に熱線に曝した。

 「何とっ、私の影を掴んだ!?」

 「窃々(コソコソ)ト隠レテバカリノ卑怯者メッ!!
  貴様モ道連レダ!!」

 「ファファファ、構わないぞ!!
  私が警戒するのは竜だけだ!
  竜さえ消えれば、この地上は我が主の物!」

ディスクリムは高笑いするが、アマントサングインも笑い返す。

 「愚カ者メ……。
  何故、私ガ死ヲ選ブノカ解ランノカ?」

 「負け惜しみを言うな!」

両者は共に満足して逝くのだ。
0350創る名無しに見る名無し垢版2019/04/16(火) 19:05:22.53ID:OPtD2IbT
 「敗北ヲ惜シミハシナイ。
  ソレヨリモ惜シムベキ物ガ有ルノダカラ。
  私ハ最期ニ善キ者ヲ見タ」

 「ああ、我が主!!
  偉大にして栄光なる悪魔公爵閣下、万歳!!」

激しい熱線で先にディスクリムが燃え尽き、アマントサングインも瀕死に追い込まれた。

 「ハイロン、去ラバダ。
  悲シム事ハ無イ。
  私ハ所詮、戦乱ノ中デシカ生キラレナイ物。
  善キ者ヲ見定メタ後ハ、滅ビル宿命。
  佳ク生キロヨ」

アマントサングインは別れの言葉を告げて、ニージェルクロームの体から消える。
それと同時にニージェルクロームは気を失って、ビシャラバンガと共に溶け落ちた大地に沈んだ。
そこへ執行者達が駆け付けて、2人を救助し手当てする。
幾つもの都市を壊滅に追い遣った凶悪な竜、アマントサングインは倒れた。
執行者達を指揮する副部長は、市の全面積の4分の1が壊滅した様子を見渡して、深い溜め息を吐く。

 「やーれやれ、これから復興だ……」

そんな副部長を部下が諫めた。

 「溜め息を吐いてる暇なんか無いですよ。
  未だ逃げ遅れた人が居るかも知れません。
  とにかく早く指示を」

 「分かってる、分かってる。
  先ずは街中を見て回り、生存者が居ないか確かめよう。
  再建作業は、その後だ」

執行者達は溶け落ちた街中を歩き回り、残留者を探して回る。
0351創る名無しに見る名無し垢版2019/04/16(火) 19:06:20.40ID:OPtD2IbT
ニージェルクロームは魔法刑務所に移送され、そこで本格的な治療を受ける事に。
そしてビシャラバンガは……。

 「彼が……?
  この彼が、あの勇敢な若者なのですか?」

担架に乗せられて、救出されたビシャラバンガを見た執行者は、思わず口元を押さえた。
彼は表皮が焼け落ちて、肉まで黒焦げになってしまっていた。
普通の共通魔法では元には戻らないだろう事が、一目瞭然な程に。
高濃度の腐蝕ガスと、強烈な熱線を諸に浴びてしまったのだ。
何とか生きてはいるが、脈拍は弱々しい。
彼が助かる見込みは無い様に思われる。
ビシャラバンガに助けられた、病院に居た人々は、彼の周りに集まって回復を祈った。
医療魔導師は群がる人々を押し退けて言う。

 「退いて下さい、退いて下さい!!
  ここでは治療が出来ません!!
  今直ぐ専門の施設に――」

そう呼び掛けていた所、クロテアが現れて焼け焦げたビシャラバンガの手を取った。

 「一寸、貴方!
  彼は重傷です、急いで治療しないと!」

医療魔導師の制止にも拘らず、彼女は答える。

 「私が彼を治療します」

 「そんな!
  素人がっ!?」

 「私を信じて下さい」

クロテアの不思議と自信に満ちた言葉に、医療魔導師は抗う事が出来ない。
0352創る名無しに見る名無し垢版2019/04/17(水) 18:51:54.02ID:w9Qb3gyO
彼女はテレパシーでビシャラバンガに語り掛ける。

 (起きて下さい、起きて下さい)

 (……竜は?
  竜は、どうなった?)

ビシャラバンガの第一声は、竜の事だった。
クロテアは優しく答える。

 (竜は魔導師によって倒されました)

 (良かった。
  病院の奴等は無事だったか?)

 (はい、貴方の功績です)

 (止せ、己では無い。
  魔導師共が上手くやったのだ。
  己は時間を稼いだに過ぎぬ。
  だが……、それで守れたと言うのなら……)

満足して永遠の眠りに落ちようとするビシャラバンガの額に、クロテアは手を置いた。

 (美しい人、善き人、愛すべき人、貴方を死なせはしません。
  翼よ、翼よ、開け)

ビシャラバンガの背から魔力の翼が出現して、彼の体を覆う。
医療魔導師は目を剥いた。

 「な、何を……」
0353創る名無しに見る名無し垢版2019/04/17(水) 18:53:27.88ID:w9Qb3gyO
クロテアは人々に呼び掛ける。

 「彼を救いたいと思う人は、彼の無事を祈って下さい。
  皆さんの力を彼に分け与えて下さい。
  貴方々の全てを捧げろとは言いません。
  唯、真摯な思いを彼に」

それは『供与<レイジング・ドネート>』の魔法。
ビシャラバンガを覆う翼は、人々の願う心を吸収して、優しい輝きを帯びる。
周りに居た執行者達が、何事かと集まり始める。
医療魔導師は、これが外道魔法による治療行為だと理解していたが、違法だと止めはしなかった。
しかし、執行者達は違う。

 「あの女は何をしている!?
  止めさせろ!」

そう言って騒ぎ始める執行者達を、医療魔導師は抑えた。

 「待って下さい!
  これは治療行為です」

 「だが、医療行為では無い。
  貴方は医療魔導師でありながら、民間人の勝手な治療を認めるのか!
  どうなるかも判らんと言うのに……」

言い争う2人を他所に、クロテアと祈る人々は集中している。
ビシャラバンガを覆う翼は少しずつ輝きを増して行った。
その優しい光に触れた執行者達は、敵対的な心を忘れる。

 「……何だ、これは……?
  優しく温かい……。
  彼を助けようとしているのか」
0354創る名無しに見る名無し垢版2019/04/17(水) 18:55:14.57ID:w9Qb3gyO
医療魔導師は執行者達に訴える。

 「判るでしょう?
  皆が彼を助けようとしているんです。
  素直な心で魔力の流れを見て下さい。
  彼は蘇る……」

執行者達は人々の真摯な心に触れて、自分もビシャラバンガを助けたいと思った。
見ず知らずの人であっても、命が失われるのは良くないと思う物だ。
執行者達は祈りこそしないが、静かに成り行きを見守る事にした。
クロテアは魔力の翼の上から、ビシャラバンガに覆い被さり、彼女も魔力の翼を拡げた。
2対の魔力の翼は、周囲の魔力を巻き込みながら、互いに魔力を巡らし合い、やがて溶け合って、
ビシャラバンガに吸い込まれる様に、静かに消えて行く。
優しい輝きが収まった後に現れた、ビシャラバンガの姿は元に戻っていた。
筋力は少し落ちているが、完全な健康体である。
序でに、祈っていた人々の体調も少し回復していた。
そう、悪い物が全て取り払われた様に。
クロテアはビシャラバンガから離れると、医療魔導師に丁寧に頭を下げる。

 「私は貴方に感謝しています。
  有り難う御座いました」

 「いいえ、私は……」

医療魔導師は自分は何もしていないと、首を横に振った。
クロテアは優しく微笑むと、小さく首を横に振り返して、人々にも感謝の言葉を伝える。

 「彼の為に祈って下さった、皆さん一人一人に、私は感謝を申し上げます」

 「違うよ、あんたの為じゃない。
  彼の為だ」

一人が感謝をする必要は無いと答える。
0355創る名無しに見る名無し垢版2019/04/18(木) 18:33:57.64ID:8bMkEEUv
クロテアは深く頷いた。

 「はい、解っています。
  それでも私は嬉しかったのです。
  皆さんが彼の為に、真摯に祈って下さった事が……。
  この喜びを私は感謝以外で、貴方々に伝える方法を知りません。
  本当に、有り難う御座いました」

そして彼女は執行者達にも言う。

 「私は魔導師会の方々にも、感謝しなければなりません。
  有り難う御座います、有り難う御座います」

全員に感謝の言葉を述べたクロテアは、その場から立ち去る。
執行者達は彼女を逮捕しようとは思わなかった。
一人になった彼女に、傘の魔法使いサン・アレブラクシスが錆びた神槍を持って歩み寄る。

 「結局、私達は余り役には立たなかったな。
  あの巨人魔法使いは神器を振るって、人々を助ける物だとばかり思っていたが……。
  この槍は君に返すよ」

クロテアは神槍を受け取り、彼にも感謝する。

 「貴方も私達の、そして人々の助けになって下さいました。
  感謝致します」

 「感謝の安売りは良くない。
  私は盾の儘に動いたに過ぎない。
  人に感謝される資格なんか無いよ」

アレブラクシスは平然と冷淡に、感謝の言葉を拒否した。
0356創る名無しに見る名無し垢版2019/04/18(木) 18:35:21.03ID:8bMkEEUv
どこまでが彼の本心なのかは不明だ。
もしかしたら盾と同化した悪魔のアレブラクシスは、格好付けや照れ隠し等では無く、
本当に自分の心が無いのかも知れない。
それでもクロテアは感謝の言葉を押し付ける。

 「では、私は盾に感謝するとしましょう。
  しかし、貴方は盾と同化しています。
  詰まり、盾に感謝すると言う事は、貴方に感謝すると言う事。
  私は盾と貴方に感謝しましょう」

 「活躍もしていないのに感謝されたって、嬉しくないよ。
  感謝って何だ?」

 「それは『有り難い』と言う気持ちです。
  感謝には2つの形があります。
  1つは相手の心根が何であれ、自分達に良い結果を齎してくれた事に。
  もう1つは相手が自分を思ってくれた気持ち、その物に対して」

アレブラクシスは笠を深く被って俯いた。

 「どちらも違う……。
  私は役に立っていないし、心も無かった」

 「いいえ、貴方は人々の窮地に駆け付けて下さいました」

 「……もう良い、勝手にしろ」

不機嫌になったアレブラクシスに、クロテアは今度は謝る。

 「済みません、私は貴方を不快な気分にさせてしまいました」
0357創る名無しに見る名無し垢版2019/04/18(木) 18:36:27.28ID:8bMkEEUv
 「本当に、そう思うのだったら、感謝を取り消せ」

アレブラクシスの無体な注文に、クロテアは困った顔をする。

 「それは……」

 「フッ、冗談だよ。
  本気で怒ってはいない。
  だが、本当に執拗いと嫌われるぞ。
  誰もが感謝を喜ぶとは限らない。
  要らぬと言っている物を押し付けてくれるな」

 「本当に貴方は、感謝が要らなかったのですか?」

 「私は悪魔だ」

アレブラクシスは格好付けた積もりだったが、クロテアが真っ直ぐ見詰めて来るので参った。

 「いや、本当に勘弁してくれ。
  頼むから、この話題は終わりにさせてくれ」

 「貴方が、そう望むのであれば……」

彼は大きな溜め息を吐いて、話題を変える。

 「あの巨人魔法使いは、何故神器を使わなかったんだろうな」

 「……私には解りません。
  後で彼に聞いてみたいと思います」

 「理由が分かったら、私にも教えてくれよ」

 「貴方も私と一緒に行けば良いのでは?」

 「魔導師とは会いたくない。
  面倒事は避けたいんだ」

そう言うと、アレブラクシスは独りで去って行った。
0358創る名無しに見る名無し垢版2019/04/19(金) 19:27:17.68ID:qiRY3i4C
後日、クロテアはセイルート市東病院を訪れ、入院しているビシャラバンガに面会しに行く。
院内は怪我人で混多(ごった)返しており、騒がしい。
看護師は誰も忙しそうにしている。
その中で一際大きな人物が、看護師を引き摺りながら歩いていた。

 「ビシャラバンガさん、待って下さい!
  未だ退院しては行けません!」

 「己は健康だ。
  もう入院する必要は無い」

 「いえ、治療予定は未だ完了していません。
  退院するにしても、手続きが――」

 「治療費を払えば良いのだろう?」

 「そう言う問題では無くて!」

クロテアがビシャラバンガを探す手間は要らなかった。
彼女はビシャラバンガに駆け寄り、笑顔で挨拶する。

 「今日は、ビシャラバンガさん」

 「貴様は……クロテアと言ったな」

 「貴方は私の名前を覚えていて下さったのですね」

 「それなりに記憶力はある積もりだ。
  しかし、貴様に名乗った覚えは無いのだが?」

ビシャラバンガは足を止めて、小首を傾げる。
0359創る名無しに見る名無し垢版2019/04/19(金) 19:28:42.15ID:qiRY3i4C
彼が立ち止まったので、看護師は安堵していた。

 「はぁ、ビシャラバンガさん、治療費の問題では無く……。
  もう一度、担当医の診断を受けてからにして下さい。
  勝手に退院されては困るのです」

彼女を無視してビシャラバンガはクロテアに問う。

 「それは良いとして、己に何の用だ?」

 「私は貴方の、お見舞いに行こうと思っていた所です」

 「この通り元気だ。
  死んだ積もりだったのだがな。
  ……貴様が何かしたらしいな」

 「いいえ、私ではありません。
  貴方が助けた人々が、貴方の為に祈ったのです」

クロテアの話を聞いたビシャラバンガは、照れ臭そうに頭を掻いた。

 「己が助けた訳では無いが……。
  とにかく見舞いに来たのであれば、心配は無用だ。
  もう用は無かろう」

 「いえ、それだけでは無く……」

 「未だ何かあるのか?」

眉を顰めるビシャラバンガに、クロテアは問う。
0360創る名無しに見る名無し垢版2019/04/19(金) 19:29:34.62ID:qiRY3i4C
 「私には、どうしても解らない事があり、それを貴方に教えて頂きたいのです」

ビシャラバンガは一層眉間の皺を深くした。

 「何だ?」

 「どうして貴方は神器の槍と盾を使わなかったのですか?」

彼は深い溜め息を吐く。

 「使わなかったのでは無い。
  使えなかったのだ。
  己には神の力を借りる資格は無かったと言う事なのだろう」

 「いいえ、貴方は神器を必要としていませんでした」

 「……使える物なら使いたかったぞ」

クロテアは真顔で暫し思案した。
そして問を改める。

 「どうして貴方は神器を持たずに、竜に挑む事が出来たのですか?」

 「どうしても何も、そうしなければ病院の連中は、全滅していた。
  手段を選んでいる場合では無かった」

 「貴方は勝算無く、その様な事をする人では無い筈でしょう?」

 「己は無力を嘆く位なら、勝てずとも挑む」

 「いいえ、貴方は竜を倒そうとはしていませんでした」

見て来た様な事を言うクロテアに、ビシャラバンガは不機嫌な顔をした。
0361創る名無しに見る名無し垢版2019/04/21(日) 18:18:25.68ID:6fogZ/Ee
そして、再び深い溜め息を吐いて答える。

 「ああ、勝算はあった。
  己は魔導師を頼る事にした。
  己には神を信じる事は出来なかった。
  だが……」

 「貴方は神器を信じられなくとも、人なら信じる事が出来たのですね?」

 「否、それも違う。
  己が信じたのは、魔導師共の結束だ。
  ある魔導師が己に言った。
  耐えていれば、必ず助けが来ると……。
  だから、己は……」

クロテアは何度も頷き、彼に芽生えた信じる心を歓迎した。

 「如何なる形であれ、貴方は人を信じました。
  それだけで十分です。
  貴方は多くの人を救いました」

 「止めろ、止めろ。
  己は人を救ったのでは無い。
  自力で竜を倒せなかった為に、他者の力を利用したのだ。
  それは『信頼』とは違う」

ビシャラバンガの言う信頼とは、相互の信頼関係があってこそ成り立つ物。
彼と執行者達は、その場で偶々出会ったに過ぎず、深い関わりでは無かった。
少なくとも執行者達は、ビシャラバンガを信じて任せた訳では無い。
そんな一方的な感情を向ける事を、彼は信頼と言いたくは無かった。
頑固で潔癖であるが故に、中々自分を肯定出来ない不器用なビシャラバンガを、クロテアは愛おしむ。

 「何時か、貴方が本当に心から信頼出来る人が現れると良いですね……。
  その時が来る事を私は願っています」
0362創る名無しに見る名無し垢版2019/04/21(日) 18:19:02.68ID:6fogZ/Ee
そう言って立ち去ろうとする彼女を、ビシャラバンガは呼び止める。

 「待て、これから貴様は、どうするのだ?」

 「私は先ずは神槍を魔導師会に、お返ししようと思います」

 「その後は?」

 「私は私の気の向く儘に旅をします。
  私は困っている人があれば助け、人の善い心に耳を傾けます。
  それだけです」

 「反逆同盟の連中とは戦わないのか?」

 「もし、それが私の運命であれば、そうなる様に私は導かれるでしょう」

 「誰に?」

 「神に」

クロテアの答に、ビシャラバンガは聞くだけ損だったと、深い溜め息を吐く。

 「ああ、引き留めて悪かった。
  どこへなりと行くが良い」

 「はい。
  運命の導きがあれば、私と貴方は又会えるでしょう」

意味深な言葉を吐いて立ち去る彼女に、ビシャラバンガは再び溜め息を吐いて、首を横に振った。
彼は神を信じない。
だが、クロテアの言う通りに、信じられる誰かを探しに行こうと思った。
クロテアの背を見送る彼の元に、医師が駆け付ける。

 「ビシャラバンガさん、待って下さい。
  退院したいと言う貴方の意思は分かりました。
  しかし、退院する前に一度、検査をさせて下さい」
0363創る名無しに見る名無し垢版2019/04/21(日) 18:20:16.07ID:6fogZ/Ee
 「検査をすれば退院出来るのだな?」

ビシャラバンガの質問に医師は苦笑いで答える。

 「検査の結果、健康に何の問題も無いと判明すればの話です。
  私達は医療に携わる者として、怪我人や病人を放り出す様な事は出来ません」

 「分かった、分かった」

ビシャラバンガは諦めた様に、医師の話を受け入れた。
あれこれ検査されるのは、本当は好きでは無かったが、医師には医師の使命があるのだ。

 (それが人の役割か……。
  怪我人や病人は医者を頼り、それを医者は治療する。
  己は医者に係った事が無かったが、怪我をして運び込まれた以上は、医者にとっては、
  己も治療すべき患者の一人なのだな)

彼は医師の真剣な訴えに屈して、検査室に移動する。

 (しかし、この待ち時間は何とかならない物か……。
  医者一人に患者は己一人で無い事は、解っている積もりだが……)

早く退院したいとビシャラバンガは思いながら、師の言葉を想起した。

 (何事も焦っては行けない。
  今日すべき事、明日すべき事の分別を付けよ。
  偶には息を抜く事も必要だぞ)

心に刻んだ師の教えが蘇る。

 (事も無く心が急く時は用心せよ。
  無闇に動き回るより、心を落ち着けて瞑目し、本当に自分が今すべき事を考えるのだ)

これも修行だと、彼は瞑想して自己を見詰め直した。
0365創る名無しに見る名無し垢版2019/04/22(月) 18:55:23.61ID:T/N3u/kM
一方、魔法刑務所に移送されたニージェルクロームは、そこで治療と同時に心測法による、
尋問を受けた。
ニージェルクロームは自分の知る全てを包み隠さず話した。
自分の本名がワイルン・レン・ハイロンである事。
昔からボルガ地方に伝わる竜に憧れており、ある時竜の宿った石を手に入して、自分に竜を宿した事。
力を求めて様々な魔法を独自に試した事。
特別な人間になりたいと言う、強い憧れがあった事。
故に竜の呼び掛けに応えて、大きな力を手にした事。
竜と対話を続けて行く内に、竜の正体を知った事。
それから人間としての自分を見詰め直した事。
魔導師会はニージェルクローム事ハイロンを、直ちに無罪とする訳には行かなかった。
彼は共通魔法社会の秩序を乱した者として、罰を受けなければならない。
しかし、死刑にする程では無いとして、懲役刑を下す事までは決定していた。
問題は期間である。
ニージェルクロームの仕出かした所業は、半分は竜の所為とは言え、彼自身の責任が無かったとは、
言い切れない。
そして彼自身も自分の罪を自覚して、全てを竜の所為だとは言わなかった。
その事は心測法でも判明している事実である。
竜が破壊した資産の総額は、到底1人の人間に負い切れる物では無い……。
0366創る名無しに見る名無し垢版2019/04/22(月) 18:56:48.95ID:T/N3u/kM
それにニージェルクローム自身は無害でも、社会に放った後の衝撃は大きいだろう。
魔導師会法務執行部は苦慮の末に、彼を無期限の軟禁刑にすると決めた。
反逆同盟の名が過去になり、歴史となるまで、ニージェルクロームは魔法刑務所に収監される。
この決定をニージェルクローム自身も受け入れた。
下手に解放されると、市民の恨みを買って、殺され兼ねない為だ。
唯一大陸の刑務所では、労働に従事すれば対価が与えられ、それで物品を購入する事が出来る。
移動の自由と行動の自由が制限される以外は、外の社会と変わらない。
中には外で暮らすより、生活が保障されている刑務所内での暮らしが良いと言う者まで居る。
釈放までの期限を切らない代わりに、ニージェルクロームには一定の要求をする権利が付与される。
但し、それは飽くまで要求するだけの権利であり、必ず叶えられるとは限らない。
こうした裏取引は公表されず、魔導師会は秘密にした儘で、表向きニージェルクロームは、
本名も明かされない儘、凶悪犯罪者として長い時を過ごす事になった。
0367創る名無しに見る名無し垢版2019/04/22(月) 18:57:58.95ID:T/N3u/kM
収監中のニージェルクロームが最初にした要求は、巨人魔法使いビシャラバンガとの面会だった。
魔導師会はビシャラバンガの行動を一々監視している訳では無いから、その希望を直ぐに叶える事は、
出来ないと答えたのだが、彼は時間が掛かっても良いから待つと言った。
そしてニージェルクロームの要求から1週後に、その希望は叶った。
ビシャラバンガとニージェルクロームは、魔力の全く無い魔力遮断空間にて面会する。
何故態々そんな場所を用意したのかと言うと、ニージェルクロームが監視の無い1対1を希望した為。
2人は3重の頑丈な強化ガラスを隔てて、向かい合った。
ビシャラバンガはニージェルクロームに対して、不機嫌に問う。

 「己に何の用だ?」

 「……ええと、その、どう言えば良いのかな……。
  取り敢えず、初めまして?」

 「初めまして?」

初対面では無い筈だがと、ビシャラバンガは眉を顰める。
ニージェルクロームは苦笑いしながら説明した。

 「あの時は、俺の中の竜が表に出ていたんで……。
  別人だと思って下さい」

 「……分かった。
  それで、何の用なんだ?」

 「いえ、特に用って事は無いんですけど……。
  貴方と会って、話をしてみたかったんです」

 「何故」

 「竜が貴方を認めたので……」

竜に認められたと聞いたビシャラバンガは、小さく溜め息を吐く。
0368創る名無しに見る名無し垢版2019/04/23(火) 19:16:34.48ID:AdqDV6T7
そしてニージェルクロームに言った。

 「己は竜の事なんぞ知らん。
  認めたと言われても困る」

 「俺の中の竜、アマントサングインは人を守れる人を探していました。
  本当に勇気のある人を」

 「それが己だと?
  馬鹿馬鹿しい……」

ビシャラバンガが彼の言葉を一笑に付して、強気に言い返す。

 「大体、勇気が何のと、他人に何が解ると言うのだ?
  他人が心の内で何を考えているのか、竜には解ると言うのか!」

 「あの、信じて貰えないかも知れませんけど、そうです。
  アマントサングインには解っていました」

ニージェルクロームの答に、ビシャラバンガは絶句して、暫し後に言う。

 「それで、どうした?
  己に何を聞きたい?」

 「その……俺が言うのも変な話なんですけど、俺は貴方を見て感動したんです。
  他人の為に、あんな風に必死になれる人が居た事に……。
  必死が比喩とかじゃなくて、本当の意味で……」

あの時の事を思い出して、ビシャラバンガは恥ずかしくなった。

 「知らん、そんな事は忘れた」

 「忘れたんですか?
  あんなに命懸けで戦っていたのに。
  それも凄いと思います」

ニージェルクロームが尊敬の眼差しで見詰めて来る物だから、彼は段々疼痒くて居た堪れなくなる。
0369創る名無しに見る名無し垢版2019/04/23(火) 19:17:58.10ID:AdqDV6T7
ビシャラバンガは深い溜め息を吐いて言った。

 「皮肉の積もりか?」

ニージェルクロームは慌てて弁解する。

 「いいえ、そんなんじゃなくて!
  本当に偉いと思います。
  アマントサングインは言ってました。
  貴方の様な人こそが、真に勇気ある者なのだと」

彼はアマントサングインがビシャラバンガを認めた事を知っている。
勇気ある者と聞いて、ビシャラバンガは目を伏せた。

 「勇気ある者と言われて、悪い気はしない。
  逆に、臆病者と罵られる事は我慢がならない。
  しかし、あの時は、そんな事まで頭が回らなかった。
  己は力ある者だ。
  力の弱い者が戦おうとしているのに、力のある己が黙って見ている事が許されるのか……。
  どちらにしろ、反逆同盟は己の敵だったと言う事もある。
  敵を前にして戦わないと言う事は無い」

彼の冷めた物言いを、ニージェルクロームは不思議に感じた。

 「でも、誰の命令と言う訳でも無かったんでしょう?」

 「そうだな。
  己に命令出来るのは、何時でも己だけだ。
  己は己の心に従ったまでの事。
  だから、勇気だの何だのは関係無いのだ」

そのビシャラバンガの発言に、ニージェルクロームは目を見開き、深く頷く。

 「ええ、そうなんでしょう。
  アマントサングインが貴方を認めた理由が、解る気がします」
0370創る名無しに見る名無し垢版2019/04/23(火) 19:19:59.28ID:AdqDV6T7
ビシャラバンガは戦いの最中に、逃げる事を考えなかったのかと言うと、そんな事は無い。
唯、多くの無力な者を放って置く事が出来なかったのである。
彼は魔導師会の執行者達の結束を見て、自分も人の助けになりたいと思った。
そして、その為に自分に何が出来るかを考えた結果、あの様な行動に出たのだ。
その事だけは伝えたいと思い、ビシャラバンガは言った。

 「己は自分を真に勇気ある者だとは思わない。
  あの時、あの場で真に勇気ある者は、魔導師会の執行者共だった。
  連中は個々では竜に及ばないながらも、結束して市民を守り、竜を討ち取った。
  そうだろう?
  誰が市民を助けたか、誰が竜を倒したか?
  それは魔導師会の執行者に他ならない。
  己の働きは微々たる物だ」

 「でも、アマントサングインは言ってました。
  執行者では駄目なんだと。
  執行者は命令で動くから、その命令に背けないだけで、それは勇気とは違うんだと」

 「そうかな?
  誰かの命令だとか、指示だとか、そんな事は関係無かろう。
  あの場に居た連中は、仲間を信じていた。
  必ず助けが来ると。
  だから、己も信じて戦ったのだ。
  己の勇気は、その程度の物だ」

ビシャラバンガが謙遜している様に見えて、ニージェルクロームは益々尊敬する。

 「でも、魔導師達が人々を助けられたのも、竜を倒せたのも、貴方の存在があってこそです。
  それだけは自信を持って言っても良いと思います」

それが自分より若い者に慰められている様で、ビシャラバンガは眉を顰めた。

 「心遣いだけは、有り難く受け取っておこう」
0371創る名無しに見る名無し垢版2019/04/24(水) 19:00:42.80ID:gHT7ZC7T
そこで話題が途切れ、気不味い沈黙が訪れる。
ニージェルクロームはビシャラバンガに頭を下げた。

 「ええと、それじゃ有り難う御座いました……。
  色々と勉強になりました」

 「特に何か教えた積もりは無いが……。
  何かを学べたと言うなら……良かったな」

ビシャラバンガは席を立って退室しようとしたが、その前に一つだけ尋ねたい事があった。

 「ああ、そうだ……。
  竜の力を得た時、どんな気分だった?」

話は終わりだと思っていたニージェルクロームは、虚を突かれて驚くも、誠実に答える。

 「何でも出来ると言う気になりました。
  自分の内側から、どんどん力が湧き上がって、漲る感じです」

 「力に溺れたのか?」

 「そうなんだと思います。
  結局、アマントサングインに取り込まれてしまいましたけど。
  そこで俺は竜の心に触れて、力とは何か、自分が何をすべきなのか考えさせられました」

 「それで?」

ビシャラバンガは初めてニージェルクロームの思考に興味を持つ。
強い力を手にして、その力が本当は自分の物では無いと悟り、竜と別れた後の心の変化を……。
それはビシャラバンガ自身が、今後どうするべきかの、参考にもなると思ったのだ。
0372創る名無しに見る名無し垢版2019/04/24(水) 19:02:11.50ID:gHT7ZC7T
ニージェルクロームは小さく俯いて答える。

 「結局、俺は空っぽだったんです。
  大きな力に憧れていただけで、それで何をしようとか考えてもいなかった」

ビシャラバンガは複雑な表情をする。
彼もニージェルクロームも、本質的には似た様な物だったのだ。

 「力があれば、富があれば、権力があれば……。
  そう言う願いは、全部虚しい物だって。
  アマントサングインが教えてくれたんです。
  それは何もしない、何も出来ない自分の為の、都合の好い言い訳に過ぎない。
  本当に志のある人は、力が無いからって諦めたりはしない。
  それこそが本当に勇気ある人なんだって」

ニージェルクロームの言葉に、ビシャラバンガは自らを顧み、果たして自分は本当に勇気があるかと、
自問する。
先まで自分は勇気がある者だと、少なくとも臆病者では無いと自負していたビシャラバンガだが、
段々自信が無くなって来た。

 「己とて、そんなに大層な物では無い」

ビシャラバンガにとって痛みに耐える事は、勇気の要る事では無い。
そんな物を勇気と誤認されたくなかった。
しかし、ニージェルクロームはビシャラバンガの告白を、謙遜と捉えて真に受けない。

 「いいえ、そんな事はありません。
  貴方は確かに、勇気ある人でした。
  だから……、貴方の話を聞く事で、これからの自分が生きる道の様な物が見えるんじゃないかと。
  一寸、期待したんです」

 「期待外れか?」

 「いえ、決して、そんな事は無く……」

ニージェルクロームは自分の生き方を見付けようとしている。
ビシャラバンガには他人に、どう生きるべきかと尋ねる事も出来ないのに。
0373創る名無しに見る名無し垢版2019/04/24(水) 19:03:04.81ID:gHT7ZC7T
ビシャラバンガは穏やかな声で言った。

 「己も貴様と大して変わらん。
  未だ自分の生き方を探している、修行の身だ。
  己は心と力の向かう先を探している。
  心の儘に力を振るえる物を、見付けたい」

 「そうだったんですか?」

 「だから、余り持ち上げてくれるな。
  己も貴様と同じく、道を探している途中なのだ」

 「……見付かると良いですね」

 「ああ、貴様もな」

それだけ言うと、ビシャラバンガは立ち去る。
ニージェルクロームは彼を見送った後、これから自分は何をするべきか考えた。
長い軟禁生活でも、何か出来る事はあろうと。

 (こんな所でも人の役に立てる事はあると思う。
  真に人の為に何が出来るか……。
  アマントサングイン、俺なりに頑張ってみるよ)

後に彼は他の入所者を相手に、潜在的な魔法資質の解放を行う。
そして、象牙の塔に研究者として招かれる事になるが、それは又別の話。
0375創る名無しに見る名無し垢版2019/04/25(木) 18:31:34.22ID:yMuSVKVP
反逆同盟からニージェルクローム・カペロドラークォとディスクリムが失われた。
竜とディスクリムの気配が消えた事に、反逆同盟の長であるマトラ事ルヴィエラは、拠点の玉座で、
小さく息を吐く。

 (……ディスクリムめ、余計な気を利かせおって。
  まあ良い。
  よくやったと言うべきだろう)

実際ルヴィエラの力でも、独りで大竜群を相手に戦うのは厳しい。
ディスクリムでアマントサングインを片付けられたのは、望外の戦果だ。
彼女は自らの手足となる、新たな配下を生み出す。

 「出でよ、我が僕……。
  魔界の混沌より我が下へ」

彼女の足元から暗黒が立ち上り、黒い影が3つに分かれて生まれる。

 「一、影の騎士、『黒騎士<ブラック・ナイト>』」

1つは甲冑を着た騎士の形を取る。

 「一、影の獣、『黒獅虎<ブラック・ライガー>』」

1つは全長半身の猛獣の形を取る。

 「一、影の悪魔、『黒悪魔<ブラック・デビル>』」

1つは翼ある人の形を取る。
何れもが優れた魔法資質を持つ、伯爵級の悪魔。
この程度の物を量産する事は、ルヴィエラにとっては然して苦も無いのだ。
0377創る名無しに見る名無し垢版2019/04/25(木) 18:33:33.39ID:yMuSVKVP
敏捷(ちょこま)か


語源に関して詳しい事は解っていません。
「敏捷か」は当て字です。
「ちょこ」に関しては、「ちょこっと」・「ちょこちょこ」と同じ、「小さい」・「少し」を表す、
「小(ちょ)」+「こ(『ごっこ』・『かけっこ』と同じ接尾語。『子(こ)から?』)」であり、
これだけは確定しています。
「まか」に関しては不明ですが、北海道から東北に掛けての方言に「まかす」と言う言葉があります。
これは「ふりまく」、「ばらまく」の意で、漢字で表記するなら「撒かす」です。
素捷く動いて相手を「撒く」、或いは「巻く」様子から「まか」が来ているのかも知れません。
単純に「ちょこ」+「細かい」かも知れませんが……。
0379創る名無しに見る名無し垢版2019/04/26(金) 18:41:48.37ID:0ekTWhcF
愛のバニェス


異空デーモテールの小世界エティーにて


エティーにある日の見塔に、中世界アイフの領主にして悪魔侯爵であるバーティが訪れた。
彼女は時計番をしていたデラゼナバラドーテスに尋ねる。

 「サティは居る?」

バーティは2手程の殻に包まれた卵を抱えている。

 「今、呼びに行きます」

デラゼナバラドーテスは急いでサティを呼びに行った。
それから間も無く、デラゼナバラドーテスより早くサティは戻って来る。

 「バーティ!
  それが私達の子供!?」

 「そうよ。
  よく念じて孵してね」

バーティはサティに卵を渡して言う。
サティは大事に卵を抱えた。

 「随分軽いんだね……。
  空っぽみたい」

 「魂だけの存在だから。
  肉が伴わないと、重さも無い。
  でも、命は感じられる筈」

バーティの言う通り、サティは卵の中に魔力の蠢きを感じる。
0380創る名無しに見る名無し垢版2019/04/26(金) 18:42:41.14ID:0ekTWhcF
それからバーティは注意事項を告げた。

 「魂が育ち切る前に、殻を割ったら駄目だよ」

 「もし、そうなったら、どうなるの?」

 「心の無い怪物になる。
  それと、この子は色んな世界を巡る定期便にするんでしょう?
  だったら、性質や姿形も決めておかないとね」

 「どうやって決めるの?」

 「イメージを抱き続けるの。
  こう言う子になって欲しいって」

サティは素直にバーティの言う事を聞いて頷く。
それを見たバーティは微笑んで言った。

 「それじゃ、お願いね。
  『私達の子供』」

 「が、頑張る……」

その日からサティは丸で鳥の様に、箱舟の中で卵を抱いて温めながら、動かずに過ごした。
デラゼナバラドーテスが来ても……、

 「サティさん、一寸問題が起こって……」

 「御免なさい、今は手が離せないの。
  ウェイルさんかマティアに頼んで」

ウェイルが来ても……、

 「サティ、移住者の事だが……」

 「済みません、卵が孵るまでは、私の事は放っておいて下さい」
0381創る名無しに見る名無し垢版2019/04/26(金) 18:43:24.08ID:0ekTWhcF
バニェスが来ても……、

 「サティ、最近篭もりっ切りだぞ。
  偶には遠出してみないか?
  退屈で敵わない」

 「今は、この子の事に集中したいの。
  後でね……」

彼女は頑として動かなかった。
バニェスは憤然として、日の見塔の一室に居るウェイルに相談する。

 「最近のサティは、どうしてしまったのだ?
  奇妙な丸い物を抱えて、閉じ篭もってばかりいる」

彼は苦笑いしながら答える。

 「ハハハ。
  初めての子育てだから、気合が入っているんだよ」

 「子育て?」

 「彼女とバーティの子を育てているんだ」

 「『子』とは何だ?」

バニェスは異空生まれの異空育ちなので、親子と言う概念を持たない。
どう説明したものかと、ウェイルは両腕を組んで低く唸る。

 「そうだな……。
  この世界で言う、領主と配下の様な……。
  それも自分が直接生み出す様な物の事だよ」

 「フーム、成る程。
  サティは自分の配下を持とうとしているのか!」

得心が行ったと深く頷くバニェスに、ウェイルも頷き返す。

 「まあ、その通りだね」
0382創る名無しに見る名無し垢版2019/04/27(土) 19:36:40.21ID:h19PD4B8
サティに配下を持つように勧めたのは、バニェス自身だった。
だが、子供と言う物をよく知らないバニェスは不思議がる。

 「しかし、バーティとの子とは、どう言う意味だ?
  バーティから配下を貰うのか?」

 「私も詳しい事は知らないが……。
  サティは配下を生み出した経験が無いから、バーティから命の素を受け取り、その後に、
  自分の力を注いで育てる積もりだと言う。
  どの程度、有効かは実際に命が孵らないと判らないが……」

この話を聞いたバニェスは、面白い事を聞いたと喜んだ。
バニェスは再びサティの元を訪ねて言う。

 「サティ、話がある!」

 「後にして貰えない?」

 「いや、難しい話では無い。
  直ぐ済む」

 「何?」

サティは箱舟形態の儘で、話しに応じる。
バニェスは率直に思っている事を告げた。

 「その子とやらを孵し終わったら、今度は私の子を生んでくれないか?」

 「えっ、何故?」

驚くサティにバニェスは平然と言う。

 「何故と言われても困るが、私も配下が欲しいのだ」
0383創る名無しに見る名無し垢版2019/04/27(土) 19:37:32.80ID:h19PD4B8
サティは困った声で問うた。

 「唯それだけの為に?」

 「どんな子が生まれるか、興味がある」

 「唯それだけの為に?」

 「良いではないか、減る物では無し」

 「あのね……」

ファイセアルス生まれのサティは、子供を物の様に軽々しく扱う事は出来ない。
誰彼構わず、相手の子を生んだり育てたりはしてやれないのだ。
だが、それをどうバニェスに教えたら良い物か、彼女は悩む。
ここは異空でファイセアルスの常識は通用しない。

 「私の居た世界では、誰とでも子供を作ったりしないの。
  貴方も相手は選びたいでしょう?」

 「……フム、そう言う物か?
  気持ちは解らなくも無い。
  そこらの有象無象共に、私の分身を分け与えてやる程、私も気前良くないからな」

納得してくれたかとサティは安堵したが、バニェスは予想外の解釈をする。

 「少なくとも侯爵級の実力が無ければ、行けないと言う事か……」

 「力の問題じゃなくて……」

 「では、何が問題なのだ?」

どう答えたら良いのか、サティは考えた。
0384創る名無しに見る名無し垢版2019/04/27(土) 19:38:14.06ID:h19PD4B8
彼女はバニェスに尋ねる。

 「……愛って解る?」

 「愛?
  何だ、それは?」

力が全ての異空で育ったバニェスに、愛が理解出来る筈も無い。
そこでサティはバニェスに1つの課題を出す事にした。

 「愛が解ったら……。
  貴方と子供を作っても良いかも知れない」

 「愛が何か解れば良いのか?」

 「いいえ。
  愛をどう言う物か、理解しないと駄目。
  それが表面だけの物では無く、心から理解出来た時に。
  それでも未だ貴方が私の子供を欲しいと思うなら、その時は」

 「……面倒だな。
  しかし、それが条件と言うなら、乗り越えてやろう。
  これでも大伯爵を名乗る物。
  私に不可能は……、そんなに無い筈だ」

バニェスは深く頷いて、サティの難題を乗り越えると宣言した。
本当に出来るのかなとサティは心配するも、これで暫くは静かになるだろうと安堵もする。
もしバニェスが本当に愛を理解したなら、誰を愛するかと言う事も考えるだろう。
そして無闇に子を欲しがる事も無くなる……筈だ。
唯一つ、バニェスが愛に就いて、妙な誤解をしなければ良いがと、サティは案じた。
0385創る名無しに見る名無し垢版2019/04/28(日) 18:48:53.30ID:PqqRPY6w
バニェスは先ず、ウェイルに「愛」を尋ねに行った。

 「ウェイル、聞きたい事がある!」

 「どうしたんだ?」

妙に意気込んでいるバニェスを見て、彼は勢いに圧されながら話を聞く。
バニェスは真剣その物だった。

 「愛とは何だ?」

 「なっ、行き成り何を……」

困惑するウェイルにバニェスは詰め寄る。

 「愛とは何か、答えろ!
  知っているのか、知らないのか!?」

 「ま、待ってくれ!
  話が呑み込めない。
  とにかく事情を説明してくれ。
  何があったんだ?」

ウェイルは後退りながら詳細を尋ねるが、その分だけバニェスが前進するので、遂に壁際に、
追い詰められた。
それでバニェスは漸く気を落ち着けて、説明を始める。

 「サティが言ったのだ。
  愛が解れば、私の子を生んでも良いと!」
0386創る名無しに見る名無し垢版2019/04/28(日) 18:50:07.94ID:PqqRPY6w
その発言にウェイルは吃驚して目を丸くした。

 「何とっ!?
  あのサティが!?」

 「だから、教えろ!
  否、その前に愛を知っているのか、知らないのか!」

 「えっ、ああ……」

迫るバニェスにウェイルは、どう答えたら良いのか迷う。

 「知らないと言う事は無いのだが……。
  私もファイセアルスでは愛する家族を持っていたし……」

 「愛する家族?
  愛とは『何かを行う』事なのか?
  愛するとは一体?」

 「大切に思う気持ちと言うのかな……」

 「大切?」

 「詰まり……。
  自分より優先する物の事だよ」

 「フム、自分の身より大切な物があるのか?」

ウェイルの話を聞きながら、バニェスは全身の鱗を微かに波打たせて揺らした。
基本的に異空の物は、自分より大切な物を持たない。
0387創る名無しに見る名無し垢版2019/04/28(日) 18:53:00.72ID:PqqRPY6w
バニェスは長らく沈黙して思案する。

 「自分の身より大切……。
  それは私にとっては、自分の意思だな。
  私は己の意思を曲げる位なら、死んだ方が増しだと思っているぞ。
  これが愛なのか?」

バニェスが出した結論を、ウェイルは否定した。

 「そうでは無い。
  確かに、自己愛と言う物もある。
  それも大事な物だが、サティの言う愛は、それとは違うと思う」

 「愛には複数あるのか?」

 「そうだよ。
  色々な愛がある。
  恋愛、友愛、家族愛、同胞愛、敬愛……」

 「そんなにあるのか?
  それだけの物を自分より優先して愛せると言うのか?」

率直なバニェスの問い掛けに、ウェイルは苦笑いする。

 「全部が自分より優先とは限らない。
  それでも何かを『愛する』と言う事は、その対象に関心を持って、近付き、手を差し伸べる事だ。
  そう言う事だと私は思うよ」

 「関心を持つ?
  興味とは違うのか?」

 「興味よりも強い関心だ。
  そして深く長い」

彼の回答にバニェスは再び沈黙して、長らく思案した。
0388創る名無しに見る名無し垢版2019/04/29(月) 18:52:24.76ID:Kn2kLOyo
バニェスは愛と言う物の形を、今一つ掴み兼ねている。

 「それで、サティは如何な愛を求めているのだ?」

バニェスの率直な問に、ウェイルは苦笑した。

 「私に聞かれても困るよ。
  しかし、子供を作るのだから、恋愛や家族愛、親子愛に近い物を求めているのでは無いかな?」

 「それ等は何なのだ?
  恋愛、家族、親子?」

 「ウーム、そこから始めなければならないか……。
  恋愛とは……語弊を恐れずに言えば、相手を自分の物にしたいと思う気持ちだな」

 「征服の欲求か?」

 「それも愛かも知れないが……。
  恋愛の話は後にしよう」

 「何故だ?」

 「貴方には理解が難しいと思う」

難しいと言われたバニェスは、向きになって熱(いき)る。

 「私には理解出来ないと言うのか!?」

ウェイルはバニェスを宥めた。

 「そうでは無い、そうでは無い。
  理解し易い愛から、語ろうと思ってな。
  愛すると言う文化の無い世界では、恋愛の話は難しかろうと。
  先ずは、同胞愛から始めよう」
0389創る名無しに見る名無し垢版2019/04/29(月) 18:52:56.76ID:Kn2kLOyo
バニェスは不満を呑み込んで、先ずは彼の話を聞く事にする。

 「良し、教えてくれ」

 「同胞愛とは、自分と同じ属性の物を愛する気持ちだ。
  例えば……。
  2人の者が窮地に陥っていたとしよう。
  片方は貴方と同じ世界の者、もう片方は見知らぬ者。
  どちらを助ける?」

 「何故、助ける必要がある?」

驚いた様子で問うバニェスに、ウェイルは目を閉じて小さく唸った。

 「助けるとしたら、どちらかな?」

 「利用価値のある方だな。
  私に恭順の姿勢を示すのであれば、助けてやっても良い。
  役に立たなければ、どちらも見捨てるぞ。
  何故、助けてやらねばならんのだ」

堂々と答えたバニェスに、彼は困った顔で小さく首を横に振る。

 「そうでは無いのだ。
  私達は自分と同じ属性を持つ者を助けようとする。
  少なくともエティーの者は、そうするだろう」

 「何故だ?」

 「それは仲間だから。
  エティーは皆で支える世界だ。
  行動や思惑が違っても、皆エティーで生きる物に変わりは無い」

 「そんな事か……」

バニェスは簡単に片付けたが、本当に理解しているかは不明だ。
0390創る名無しに見る名無し垢版2019/04/29(月) 18:53:52.83ID:Kn2kLOyo
どう理解したのか、ウェイルは尋ねる。

 「そんな事とは?」

 「要するに、エティーの物は弱く不完全だから、そうしなければならないのだろう」

ウェイルは眉を顰めた。

 「身も蓋も無い言い方だが、その通りだよ。
  しかし、君とて実際は変わらない筈だ。
  より大きな物に対抗するには、小さな力を合わせなくてはならない」

 「大きな物に対抗する必要は無い。
  抵抗せず、従順であれば良い」

 「しかし、従順だからと言って、見逃されるとは限らないのが、この世界だ」

 「だから、無闇に大きな物には近付かない。
  不興を買わぬ様に、敬して遠ざかる物だ」

それは異空で生きる為の処世術。
そうする事が当然だし、そうするべきだとバニェスは考えている。
これにウェイルは反論する。

 「私達は小さな物だが、より大きな物とも戦える。
  それは団結している為だ」

 「何故戦う?」

段々話が逸れて来ているなとバニェスは感じていたが、一応ウェイルに付き合った。
0391創る名無しに見る名無し垢版2019/04/30(火) 18:15:36.30ID:ZLh1RkNF
ウェイルは力強く答える。

 「『自分の意思』の為だよ、バニェス。
  弱いからと言って、強い物の言われる儘になる事は無い。
  私達は個々を尊重し合い、それが出来ない物とは戦う。
  そうする事で、弱くとも強者と伍する事が出来る」

 「理屈は解るが、それが愛なのか?」

 「この世界でも通じる愛と言えば、同胞愛と自己愛しか無いと思う。
  子孫を残すと言う本能が無いから、人間の言う様な異性愛、恋愛を求める事は出来ないだろう。
  愛が何の為にあるかを合理的に説明しようと思えば、そう言うしか無い……」

バニェスは小さく唸った。

 「フーム、そう言う物か……。
  しかし、それは弱者の知恵だ」

 「気に入らないか?」

 「自分以下の者を認める事は、中々難しいな」

 「サティは?」

 「彼奴は……」

ウェイルに問われて、バニェスはサティとの思い出を振り返る。
最初は自分より弱い物だと言う以外の感想を持たなかった。
中々小器用な事をするが、所詮は力の弱い物だと。
しかし、想像以上の力を発揮した事から、バニェスは彼女に興味を持った。
その力の源泉は何かと。
0392創る名無しに見る名無し垢版2019/04/30(火) 18:16:33.93ID:ZLh1RkNF
サティの力の正体が、エティーに住まう物達の力を借りた物だと知った時、バニェスは自分にも、
その力を使えないかと思った。
弱者から力を集めて、己の物に出来ないかと……。
しかし、そうやって他者の力を当てにする事は、弱者の証明の様な気がして、面白くなかった。
葛藤の中でバニェスは、取り敢えずサティと行動を共にして、何か得る事が出来ないかと考えた。

 「サティの事は認めている。
  一度は私を撃退した物だからな。
  フィッグ侯爵との戦いでも、私を助け……助けた?
  ……ともかく、奴とは色々あったのでな」

ウェイルは頷く。

 「彼女の一緒に旅をした感想は?」

 「旅の共としては悪くないぞ。
  独りよりは退屈しない」

 「彼女を失いたくないと思うか?」

 「……何故だ?
  この世界は無常だ。
  仮令、奴が明日消える事になろうと、それは仕方の無い事だ」

 「本当に、そうかな?」

 「何が言いたい?」

 「いや、何でも……」

ウェイルはバニェスがサティに構って貰えなくなって、寂しいと思っているのではないかと、
感じていた。
そう指摘した所で、バニェスは認めないだろうが……。
0393創る名無しに見る名無し垢版2019/04/30(火) 18:19:22.71ID:ZLh1RkNF
そもそも何故バニェスが愛を理解しようとしているのか?
それは単に子供に興味があるから、サティとの子供が欲しいからと言うだけではないと、
ウェイルは考えている。
彼はバニェスに告げた。

 「貴方は強い力を持っている。
  それが故に、中々対等の物を見付けられないのだろう。
  助言になるかは分からないが、貴方が愛を学ぶ為の鍵は、そこにあると思う。
  強者と弱者と言う、縦の繋がりでは無く、自分と対等な物との、横の繋がりを持つのだ。
  上下の関係でも愛は成り立つが、それは一方的な物になり易い。
  即ち、弱者は強者に身を捧げ、強者は弱者を庇護する。
  こう言う関係は、強者優位になる。
  お互いを尊重しているとは言えない。
  現に貴方は、それを愛とは捉えていない」

 「……そうだな。
  私が嘗てマクナク公を仰いでいたのも、愛とは呼べないのだろう。
  マクナク公は私を生み出し、大伯爵としての役目を与えて下さった。
  一方で、私の心はマクナク公の力に平伏するばかりでは、詰まらないと思った。
  自分の世界が欲しいと」

ウェイルは、もう1つ、バニェスと対等に近い存在の名を挙げる。

 「フィッグとの関係は、どうだったかな?」

 「奴とは敵対関係にあった。
  力を競う相手だ」

 「私の居た世界では、実力の近い敵対者を『好敵手』と言うよ。
  互いに力を競い、高め合う存在だ」

 「そんな良い物では無い。
  私と奴は、互いに相手の事を目障りだと思っていた。
  フィッグの本心は知らないが、私と同じだと思う。
  そうで無ければ、命懸けで滅し合ったりしないだろう」

異空は殺伐とした愛の無い世界だ。
バニェスとフィッグは近い実力を持ちながら、互いに相手を滅ぼす事だけを考え、協力しなかった。
0394創る名無しに見る名無し垢版2019/05/01(水) 19:33:39.13ID:igspAQJ2
だが、今は違うのではないかとウェイルは問う。

 「本当に、それだけかな?
  少なくともエティーでの君達は、啀み合っている様には見えない」

 「奴も私もサティに封印されて、高位の悪魔貴族では無くなった。
  弱者の振る舞いをしているに過ぎない。
  支配する力も持たない物同士で、争い合っていても仕様が無いではないか……」

 「フィッグが居なくなったら、どう思う?」

 「どうも思わん。
  私達は同じ世界の生まれだが、生憎と親しくは無い。
  この世界は無常だ。
  どちらが死んでも、そんな物だと受け止めるしか無い」

 「再び例え話で恐縮だが、もしフィッグが死にそうで、貴方が助けられる状況にあったら、
  貴方はフィッグを助けるかな?」

バニェスは少し考えて答えた。

 「助けてやっても良いと思う。
  奴の態度次第ではあるがな」

 「態度を表明出来ない状況ならば?」

 「……その時にならねば何とも言えんな」

ウェイルは何度も頷き、改めてバニェスに問う。

 「フィッグと、そこ等の見ず知らずの物との違いは何だろう?」
0395創る名無しに見る名無し垢版2019/05/01(水) 19:35:11.75ID:igspAQJ2
バニェスは暫し思案した。
何時もバニェスは自分の心の儘に振る舞って来たので、自分の行為に関して深く考える機会は、
中々無かった。

 「同じ世界の物……?
  互いに見知っている事か……?」

 「貴方はフィッグを助けてやっても良いと言った。
  その時、どんな気持ちだった?
  何を考えていた?」

 「あぁ、それは……。
  奴とて元高位貴族だからな。
  自分と敵対していた、それも下級と思っている物に助けられるのは、屈辱だろう。
  悔しがる顔を拝んでやりたいと思ったのだ」

 「そう、それが愛なのだ。
  貴方はフィッグと他の物を『違う』と感じている」

微笑むウェイルがバニェスは不可解で、表情の無い顔を横に振る。

 「その他の有象無象と同じでは無い事は、確かだが……。
  それを言ったら、サティやウェイル、貴様も同じだぞ」

 「詰まり、貴方は私達を愛していると言う事になる」

 「……関心を持つ事を愛と言うのか?」

 「そう説明した積もりだったが……」

 「それでは私が子を欲しいと思うのも愛か?」

 「そうなのだろう」

ウェイルに頷かれ、バニェスは理解した積もりになった。
0396創る名無しに見る名無し垢版2019/05/01(水) 19:36:00.28ID:igspAQJ2
しかし、その理解が正しいのか不安でウェイルに問う。

 「……だが、サティの求める愛は、それなのか?
  愛にも種類があるのだろう?」

 「確かに、彼女の求めている愛とは違うのかも知れない。
  それは彼女自身に聞いてみないとな。
  それに人によって、愛の深さも違う」

 「愛の深さ?」

 「例えば、1つの事に関心を持ち続ける事は難しいだろう。
  しかし、それが出来ると言う事は、愛していると言う事だ」

 「……愛には深いと浅いがあるのか……」

 「貴方が懸念している通り、私の言う愛が全てとは限らない。
  他の物にも聞いてみると良いのではないかな」

ウェイルの提案にバニェスは頷くが、では、誰なら愛を知っていると言うのか?
バニェスは率直に問う。

 「誰に聞けば良い?」

 「誰でも良いと思うよ。
  意外な物が知っている可能性もある。
  とにかく行動を起こしてみる事だ」

 「分かった、そうしよう」

こうしてバニェスは愛を尋ねに出掛けた。
0397創る名無しに見る名無し垢版2019/05/02(木) 18:49:41.50ID:/RkbRBGR
バニェスはエティーの中で愛を知る者を探した。
先ず尋ねたのは、デラゼナバラドーテス。
彼女は最もサティの近くに居た人物だ。

 「日記係よ、貴様は愛を知っているか?」

 「えっ、何ですか?
  行き成り……」

デラゼナバラドーテスは吃驚して身を竦める。
彼女は一度エティーを壊滅状態に追い込んだバニェスに、良い印象を持っていなかった。
今は大人しくしているだけで、何時再び敵になるか判らないとさえ思っている。

 「とにかく答えろ。
  知っているのか、知らないのか?」

詰問して来るバニェスにデラゼナバラドーテスは、恐縮しながら答える。

 「わ、私には何の事だか……。
  愛……?」

 「知らんのか?」

 「え、ええ。
  分かりません。
  何ですか、それは?」

 「いや、良い。
  聞くだけ無駄だったな」

やはり、この世界で生まれ育った物には愛は解らないのだと、バニェスは確信した。
そうなるとエティーの物は当てにならない。
0398創る名無しに見る名無し垢版2019/05/02(木) 18:50:53.01ID:/RkbRBGR
そこでバニェスが次に頼ったのは、蟹の様なグランキの一族だった。
エティーの海底を歩くグランキの一匹、ブナンレクにバニェスは尋ねる。

 「グランキ共、貴様等は愛を知っているか?」

 「愛?」

 「貴様等は不可思議な増殖の仕方をするだろう?」

 「産霊(むすび)の儀の事ですか?」

グランキは2体以上で、片方が霊を集めて、もう片方が精を込めて育てると言う事を、交互にする。
そうして互いに1体ずつの「子」を作り出すのだ。
その様子は全く蟹の交尾である。
互いにダンスをする様に抱き合い、上になったり下になったりする。

 「霊を宿す時に、何を考える?」

 「いえ、特には何も……。
  好い相手が居たら、儀を行うのは、極々普通の事です」

 「何も考えず、とにかく出会ったら儀を行うのか?」

 「いえ、それなりには考えますよ。
  先ず霊が集まらないと、儀をする意味がありませんし」

 「それは霊が集まれば、儀をすると言う事か?」

 「基本的には、そうですが……。
  お互いに霊を交換するので、お互いに霊を集めていないと駄目です」

 「相手は誰でも良いのか?」

 「特に拘りません。
  お互いに霊を託せる状態であれば、それで」

グランキは愛を持っていないのかと、バニェスは疑う。
相手が誰でも良いなら、そこに特別な感情は無い筈だ。
0399創る名無しに見る名無し垢版2019/05/02(木) 18:51:39.89ID:/RkbRBGR
ここでも無駄足だったかと、バニェスは少し落胆したが、最後に1つだけ尋ねた。

 「霊を宿した後に、何か思う事とかは無いのか?」

 「特には何も思いませんが、それでも子は大事にします」

 「具体的には?」

 「自分が吸収した精を子に分け与えます。
  何かあっても、子を守る様にします」

 「何故だ?」

 「私が親に、そうされた為です。
  私達の先代等はエティーに馴染まない体で、長く生きる事が出来ませんでした。
  だから、子の世代――詰まり、私達にグランキの未来を託したのです。
  私達は先代等の願い通り、エティーに馴染んだ体になりました」

バニェスは興味を持って聞く。

 「成る程、自分が死んでも構わない訳だな」

 「全く構わないと言う訳ではありませんが、そうする事で私達は、どんな世界でも生きられます。
  それだけ子は大事な物なのです。
  私達は子に、強く逞しく、丈夫に育ってくれる様に望みます」

それを愛と呼ぶのかも知れないと、バニェスは思った。
グランキ達は子の価値を自身より重く捉えている。
サティも子を大事に抱えている。
それは単に新しい命を育てているだけでは無いのだ。
しかし、子を守るのに自分の命を懸けられるかと言うと、中々そこまで大事に出来るとは思えない。
サティであっても自分の子を守るのに命を投げ出せるのか疑問だった。
そう言う意味では、グランキが最も我が子を愛しているのかも知れないと、バニェスは思う。
0400創る名無しに見る名無し垢版2019/05/03(金) 19:32:29.75ID:oYvOKXEn
グランキは理路整然と、子を育てる意味を述べる。

 「私達は弱い存在です。
  高位の貴族の様に、永遠ではありません。
  だから、自分の性質をその儘で残す事は出来ないのです。
  その代わりに、子を生み育てます。
  そうする事で、間接的に自己の存在を保つのです。
  恐らくエティーが沈んで、他の世界に移る事になろうとも、私達は生き延びます。
  力が弱い物は、弱いなりに手を尽くさなければならないのです」

 「分かった、分かった。
  貴様等は弱いが故に、子を大事に育てねばならんのだな。
  愛とか何とか以前に、子も自分の一部であると、そう言う事か?」

 「そうです。
  子さえ生き延びてくれれば、私は何時死んでも構いません。
  子が私の生き様を継いで、新しい命を育てるでしょう」

グランキは異空の生まれでありながら、地上に近い感覚を持っていた。
しかし、バニェスは弱いグランキを憐れみ、愛に対する理解には役に立たないと決め付ける。
結局の所、グランキにとって子とは自分と対等の分身の様な物だから、愛すると言うだけなのだ。
自己愛に過ぎないのでは無いかと、バニェスは内心で失望する。

 「分かった様な、分からん様な。
  とにかく他の物にも話を聞くとしよう。
  ではな」

 「お待ち下さい。
  一体、愛とは何の事なのですか?
  もしや貴方も子を生もうと?」

グランキの問にバニェスは振り返るも、何も答えはしなかった。

 「貴様如きの知る所では無い」
0401創る名無しに見る名無し垢版2019/05/03(金) 19:33:13.88ID:oYvOKXEn
そしてバニェスは次にフィッグを頼った。
同じ世界の生まれで、愛を知っているとは思えなかったのだが、この世界に来てからフィッグは、
よく格下の物と連(つる)む様になった。
詰まり、何か心境に変化があったのだろうと、バニェスは察していた。
それが「愛」とは思わないが、もしかしたら興味深い話を聞けるかも知れない。
フィッグはエティーのバコーヴァルデと共に、メトルラの海の最果て島から混沌の海に繋がる、
「果て」を茫洋と眺めていた。

 「フィッグ、この様な所で何をしている?」

 「ああ、バニェスか……。
  何もしていない。
  今日はバコーヴァルデと共に居ようと思ってな」

 「何故、そんな無駄な事を?」

 「無駄とは限るまい。
  もしかしたら、『混沌の海<カオス・ワイルド>』から何か流れ着くかも知れない」

 「何か流れ着くのを待っているのか?」

 「違うな。
  目的はバコーヴァルデと共に居る事だ」

 「其奴は海を眺めているだけだぞ。
  来訪者や漂着者が現れるまで、何もしない。
  我等にとっては退屈なだけだが、ヴァルデの連中は退屈を感じる様には出来ていない。
  だから、飽きもせず何時までも果てを眺めていられる」

 「そんな事は知っている」

ここに居ても退屈なだけだと、バニェスは忠告した積もりだったが、フィッグは聞かない。
物好きな奴だとバニェスは呆れた。
0402創る名無しに見る名無し垢版2019/05/03(金) 19:33:41.13ID:oYvOKXEn
それに対してフィッグは遠くに顔を向けた儘で言う。

 「バコーヴァルデにも心がある様な気がするのだ。
  心の動きが少ないだけで、実は豊かな感情を持っているのではと……」

 「それで、心があった所で何だと言うのだ?」

 「だから何だと言う訳では無いが……。
  この世界の仕組みに色々と興味があるのだ」

 「下らん事を。
  この世界は弱者が寄り集まって維持されているのだ。
  それだけの事だぞ。
  そんな事より、話がある」

 「何だ?」

フィッグは振り返りもせずに聞いた。
バニェスはフィッグの態度を怪しみながら問う。

 「愛を知っているか?」

 「愛?
  知らない事は無いが……」

 「何っ!?」

バニェスは驚愕したが、フィッグは特に関心を持っていない様だった。
それが無性に苛付き、バニェスは焦りを露に問い詰める。

 「では、答えてみろ!」
0403創る名無しに見る名無し垢版2019/05/04(土) 19:25:43.19ID:y2kuExyy
フィッグは一度、野箆坊の顔をバニェスに向けると、少し俯いて答えた。

 「私達はマクナク公の大いなる愛の下にあった。
  マクナク公は私達を必要とし、故に私達は誕生した。
  しかし、私達はマクナク公の期待に副えなかった。
  愚かにも私と貴様は下らない諍いを起こし、大世界マクナクから放逐されてしまった。
  それはマクナク公の愛を失った為なのか……」

 「それは本当に愛だったのか?」

バニェスの疑問にフィッグは俯いた儘で返す。

 「私はマクナク公を愛していた。
  そう、敬愛と言う物だ。
  マクナク公の偉大さを仰ぎ、マクナク公の為なら如何なる事でも行う覚悟だった。
  そして私はマクナク公の第一になりたかった。
  しかし、私より大きな物には逆らえないから、目障りな貴様を排除しようとした。
  私には貴様の存在その物が厭わしかった」

喧嘩を売られているのかと、バニェスは静かに怒った。

 「何だと?」

 「そう怒るな、過去の話だ」

 「今は違うのか?」

 「そうだな。
  貴様を嫌っていた理由は、貴様が奔放過ぎた為だ。
  領地を放って外界に遊び出てばかりの貴様を、マクナク公が咎めない事が許し難かった。
  私達には生まれ持った役目があるのに、それを果たそうとしない貴様が……」

冷静に過去の自分を振り返るフィッグ。
バニェスは複雑な気持ちになって問う。

 「心境の変化があったのは何時だ?」
0404創る名無しに見る名無し垢版2019/05/04(土) 19:27:03.38ID:y2kuExyy
フィッグは思案し、何度も緩りと顔を上下させながら言う。

 「先ず、マクナク公に追放された後。
  私は自分の存在価値を見失った。
  次に、エティーの物共を見た後。
  私は自由に生きる事を知った。
  そして、『神』を見た後。
  私はマクナク公より大なる物を知った。
  私と貴様の諍いは、実に些末な事だった。
  それ自体はマクナク公の下に居た時から、知っていたが……」

 「結局、何なのだ?」

 「様々な物を見て来た今だから思うのだが、私はマクナク公の愛を失っていないのではないか……。
  マクナク公は私達に愛想を尽かして、追放した物だとばかり思っていた。
  どうなっても構わない、存在価値を認めないから、混沌の海へと……。
  しかし、それならば何故にバニェス、貴様は始末されなかったのか?
  マクナク公は何故貴様を自由にさせていたのだろう」

 「分かる物か!
  一々上位の物の考えを推し測る事は僭越だ。
  大した理由等、無いのかも知れん。
  気紛れで見逃されていただけだったら、どうするのだ?」

 「そうかも知れない。
  私達を放逐したのは、普通に考えれば、マクナクの地上を荒らした為だろう。
  しかし、『放逐』で済ませているのだ。
  もし腹に据えかねたのなら、或いは役に立たない所か、害になると認めたのなら……。
  果たして、放逐だけで済ませるだろうか?」

大世界マクナクの領主であるマクナク公爵は、バニェスもフィッグも始末しなかった。
これは何故かと言う事を、フィッグは考えていた。
0405創る名無しに見る名無し垢版2019/05/04(土) 19:28:40.96ID:y2kuExyy
フィッグの言わんとせん事を察したバニェスも、その理由に就いて考える。

 「何故、処分せずに放逐したのか……?
  それを知りたいのか?」

 「マクナク公にとって、処分も放逐も大差無い事の筈だ。
  私達は取るに足らない滓の様な物」

 「では、マクナクに帰ってみるか?」

バニェスの問い掛けに、フィッグは吃驚して顔を上げた。

 「畏れ多い!
  放逐された身分で、帰還しよう等とは……」

 「しかし、こうして考えてばかりいても、答は出ないだろう。
  偶には里帰りも良いではないか?」

バニェスは実に楽しそうに言う。
放逐された貴族が帰還するとなると、先ず警戒されるのが普通だ。
復讐に来たのか、とにかく厄介事を持ち込みに来たと思われる。
既にフィッグとバニェスが去った後の領地には、新しい侯爵級が配されている筈なのだ。

 「気安く言うな!」

 「何を心配しているのだ?
  歓迎されなければ、その時には引き返せば良かろう」

バニェスは如何にも簡単な事の様に言う。
0406創る名無しに見る名無し垢版2019/05/05(日) 19:35:04.21ID:F2U44zV3
実際フィッグが気にしているのは、マクナク公爵に否定される事だ。
もしかしたらマクナク公爵は追放したフィッグの事を、全く気に掛けていないかも知れない。
フィッグを追放したのは本当に気紛れで、処分しても良かったのかも知れない。
愛とは目に見えない物、幻想である。
口では何とでも言えるが、本当の所は判らない。
そう言う事にして、フィッグは希望を持っていたかった。

 「行くと言っても、私は未だ能力を封印された儘だ。
  能力を取り戻してから行きたい」

 「ハァ、成る程。
  その気持ちは解らんでも無い。
  私としても、足手纏いを運ぶのは好きでは無いからな」

ここで一旦話が途切れて、バニェスは元々何をしに来たのだったかと考えた。

 「ああ、それより愛だ、愛!
  フィッグ、貴様は愛を知っているのだろう?」

フィッグは再びエティーの果て、彼方に顔を向けて答える。

 「マクナク公が私達を殺さなかったのが、愛だと思う……と言う事だ」

 「意味が解らないぞ。
  結局、愛とは何なのだ?
  生かして逃がす事なのか?」

 「存在を認める事、価値ある物だと思う事」

フィッグの回答は明瞭だった。
バニェスは納得して唸る。

 「成る程、成る程。
  それなら貴様はマクナク公に未だ価値ある存在だと思って欲しいのだな」
0407創る名無しに見る名無し垢版2019/05/05(日) 19:35:58.84ID:F2U44zV3
嫌らしい問い掛けだったが、フィッグは否定しなかった。

 「そうだ。
  私は何時も、そう思っていた。
  もしかしたら、私に限らないのかも知れない。
  高位の貴族が自らの能力を誇示したがるのは、何故なのか……。
  それは他者に自分の価値を認めて貰いたいからでは無いのか……」

そう言うとフィッグはバニェスに顔を向ける。

 「私も同じだと言うのか?」

 「そう思っている」

バニェスにはフィッグの言う事の意味が解らなかったので、否定も肯定も出来ない。

 「私は最早マクナク公を必要としていない。
  否、最初から私はマクナク公から独立したかったのだ。
  私の価値を決めるのは私自身で、私以外の物に私の価値等、決められはせんよ!」

断言するバニェスに、フィッグは迷いを見せながら語る。

 「本当に、そうなのだろうか?
  では、何故他所の世界を荒らしたり、私と競ったりしたのだ?」

 「無論、私の実力を知らしめる為!」

 「誰に?」

 「誰……?
  私は事実を証明したかっただけだ。
  誰にも揺るがされる事の無い事実。
  即ち、私は強いと言う事を!」

堂々と主張するバニェスに、フィッグは小さく首を横に振った。
0408創る名無しに見る名無し垢版2019/05/05(日) 19:36:48.44ID:F2U44zV3
その反応にバニェスは向きになる。

 「貴様が私の何を知っている!?」

フィッグは小さく笑った。

 「……バニェスよ、誰に証明するのだ?
  何の為に証明する?
  そもそも証明する必要があるのか?
  貴様の実力は、貴様が知っていれば、それで良いではないか……」

 「それでは私が強いか弱いか、判らんではないか!
  強弱は他者と比較せねば、意味を持たぬ!」

バニェスに同意する様に、フィッグは何度も頷いた。

 「その通り、その通りだよ。
  だから、この世界では争いが絶えぬのだ。
  ここは愛の無い世界。
  誰もが愛を求めているのだ。
  強いと言う事は、それだけで己の存在を相手に認めさせられる。
  それは弱者には出来ない芸当だ。
  強者は弱者の存在を自由に出来る。
  取り上げる事も、切り捨てる事も。
  その事実を突き付ける事で、自分は強い、価値のある存在だと、認識出来る、認識させられる」

バニェスは愕然とした。

 「……私も愛を求めていたと?」

フィッグは肯定も否定もせず、別の語りを始める。

 「弱者を屈服させた所で、その満足は一時的な物だ。
  だから、何度も何度も戦わなければならない。
  そうして、この世界は戦乱に呑み込まれて行った。
  やがて誕生した最高位の貴族が、世界を維持する様になった。
  高位の貴族の下で、戦乱は収まって行った。
  ……そんな話を聞いた事がある」
0409創る名無しに見る名無し垢版2019/05/06(月) 21:01:10.91ID:P0miyObd
バニェスは意味深で思わせ振りな事を言うだけのフィッグに、苛立ち始めた。

 「誰に?」

 「さて、誰だったかな……?
  遠い昔の事だ。
  嘗ての私は過去を振り返る事をしなかった。
  あの頃は気にも掛けず、笑い飛ばしていたが……。
  今なら何と無く解る気がする」

 「それで、結局何なのだ!?
  貴様は何が言いたい!」

 「私達は既に愛を知っている……と言う事だ。
  バニェス、貴様にとって価値のある物は何だ?
  失いたくない物、存在を認められる物。
  私にとって、それはマクナク公だった。
  ……否、違うな。
  マクナク公は私にとって永遠の存在だった。
  決して失われる事の無い、揺るぎ無き偉大な存在。
  それに認められる事で、自分も又、永遠の一部になろうとしたのか……」

丸で話が解らないと、バニェスは切り捨てる。

 「一体どうしたのだ?
  マクナク公に捨てられて、精神が壊れたのか?」

 「ああ、私の精神は一度破壊された。
  そして目覚めた、生まれ変わったと言うべきなのかも知れない。
  私は愛せる物を探したいと思う。
  今までは存在価値を認められる事ばかりに、心が向いていた。
  今度は、自分が存在価値を認める物を見付ける」
0410創る名無しに見る名無し垢版2019/05/06(月) 21:02:11.22ID:P0miyObd
フィッグはバニェスには解らない物が解っていた。
それがバニェスには気に入らないので、何とか理解しようとする。

 「愛とは存在価値を認める事ならば……。
  結局、貴様はマクナク公を愛していたのか、いなかったのか?
  どちらなのだ?」

 「愛される為に愛していた……と言うべきだろうか?
  しかし、それは真実の愛では無い。
  恐らく、嘗ての私はマクナク公を超える物が現れれば、そちらに靡いた事だろう。
  それこそ下等な連中と同様に。
  愛と言っても、その程度の物だったのだ」

 「……今は違うのか?」

 「どうかな……?
  マクナク公を敬愛する気持ちは変わらない。
  だが、昔の様に絶対的な物を仰ぐ気持ちでは無い」

 「新たな『絶対的な物』を探しているのか?
  今度こそ揺るがぬ物を」

 「そうかも知れんし、そうでは無いかも知れん。
  一つ言える事は、能力の強弱は本質では無いと思っている」

 「貴様の言う事は解らん……。
  丸で掴み所の無い、幻の様だ」

 「……私は未だ真に愛すべき物を見付けていない。
  それは愛を知らないのと、同じ事なのかも知れん……」

 「何だ、真面目に聞いて損したぞ。
  結局、貴様にも解らんのだな」

時間の無駄だったなと、バニェスは全身の羽毛を寝かせて落胆した。
フィッグは申し訳無さそうに言う。

 「気を持たせる様な事を言って悪かったな」
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