ママ、どうして僕を産んだの?
淋しい雨の降る日、僕は聞いた。
この世は辛いことばっかりだと思ったから。
全部ママのせいにすれば楽になると思った。
でもやっぱりこの世は自分の思い通りになんかならないのだった。 後ろへ転べば戻って来る。
前へ転べば……どうなるのだろう? だから思うのだ、誰か僕の背中を押してくれないかなと。 ママは穴を掘らせ終わると、僕を残して帰って行った。
ここはどこの山だろう?
ここはどこの墓地だろう?
僕は穴の中で二時間ぐらい膝を抱いてうずくまっていた。
お腹が減った。ただそれだけの理由で、僕はまた町へ向かって歩き出した。 途中、ひっそりと静まりかえった池があり、僕は何となく立ち止まった。
池というのか、沼というのか、どう言ったらいいのかわからない。
ただ何か懐かしい匂いを感じて、僕は水面から水底を覗き込んだ。
暗いそこから水面までぬるりと潜り抜けて、真っ赤な鯉が顔を出し、僕を見ると笑った。 「こんにちは」
僕は鯉に話しかけてみた。鯉は何も言わず、明るくウインクをひとつすると、また水底へ戻って行った。
誰か僕の知っている人が姿を変えているのだろうか。
僕はその人を追いかけて行きたかったけど、足が動かなかった、水底のあまりの暗さに。 ママは泣きながら、苦しそうな声を上げながら、しかし「もっと! もっと!」と矛盾した言葉を繰り返していた。 入口に立っている僕に気づかずに、姿の見えない何かに激しく後ろから穴を掘られながら、ママは絶叫する。
「あたる! おくに! あたる!」
僕の中で何かが産まれた。
僕を押さえつける一方だったママを見下す僕がいた。
よだれを垂らし、いじめられた目で涙を流すママへ、僕は歩み寄った。 僕は守るようにママに抱きついた。
「ママ! ママ! おかしくならないで! 僕、いい子になるから!」 僕はカーテンの隙間から差し込む日光で目を覚ました。
「おっす、おはよう坊や」
目の前のカバは大きな口で挨拶をした。
僕はキョトンとした。 「私がわからないのかい?」
カバは明るく優しい笑顔で言った。
「ママだよ、お前のママだ」 「嘘だ! お前なんか僕のママじゃない!」
僕は醜いカバに言ってやった。
「僕のママはな、もっと綺麗で、かっこよくて、優しいんだぞ!」
でもそれは本当に僕のママのことだろうか?
僕は理想のママのことを言ったのかもしれない。 それにしても不思議だ
なぜママという人間がいるんだろう?
それはどこから来たんだろう?
なぜ僕という人間がいるんだろう?
そしてなぜ僕は自分の中に理想のママや理想の自分を持っていて、
なぜそれらは現実のママや僕と違うんだろう? 「ゴチャゴチャ考えてんじゃないよ」
僕の考えてることがまるで聞こえてるように、寝そべってるほうのママが言った。
「アンタなんか宇宙の塵のひとつみたいなもんなんだから」
「そんなことないわ、坊や」
泣きそうになっている僕にカバが行った。
「あなたはとてもかけがえない存在で、意味を持って生まれて来たのよ」 もうやだ…ッッ!!
だれかたすけてッッ!!!
これは…ッ!!ゆめだ…ッッ!!
ぼくはッ!いまゆめを…ッ!みているのだッ!! 僕は優しいほうのママを選んだ。もちろんカバのほうだ。
「私がママだとわかってくれて嬉しいよ。さ、こっちへおいで」
手を広げて微笑むカバの胸に飛び込んだ。
「あなたが生まれて来たことには意味があるのよ。生まれて来てくれてありがとう」
そう言うとカバは思いきりおおきなその口を開けた。
「大事な、大事な、私のごちそう」
カバは口で僕の頭をすっぽりと包むと、逞しい歯と顎でシャクリと食べた。 僕は川の畔にいた。
おかしい、ここはさっきまでいえだったはずだけど 声のするほうを見やると、じいちゃんが手を振っていた。
よく見ると手を繋いでばあちゃんもいる。
二人の足元にはポチもいた。
3年前に仲良く自動車事故であっちへ行ってしまった僕の大好きだった二人と一匹が、今、懐かしいその姿のままで笑っている。
「なぁんだ、みんなここで幸せにしてたんだね」
笑顔で手を振り返しながら、僕は思わず呟いた。
「こんなことならもっと早く死ねばよかった」 「こんなことなら僕、もっと早く死ねばよかったよ」
幸せな気持ちに包まれながら僕が繰り返すと、向こう岸のじいちゃんとばあちゃんが笑顔で手招きをした。
ポチは置物のようにじっとしている。 「文句言ってやる」
私は屁をこいた筧利夫の所へ歩いて行った。 筧利夫は夢遊病のようにヨロヨロと歩いている。
そして私をトイレだと勘違いしたのか、いきなりズボンを下ろした。 私はシャイニングウィザードを筧利夫に喰らわせた。
バキッ!
筧利夫「ぎゃーっ!歯が!歯が!歯が!!」 「でも、これが夢なら、世界は夢のほうがいい」
じいちゃん達の後ろに、霧が晴れるように、綺麗な花園が見えてきた。
あそこへ行けば僕も幸せになれる、きっともう何も考えなくていいんだ。
そんな気がして、僕は川に足を入れ、歩き出した。 僕は川の水をかき分けるように歩いて行った。
川の水は軽くて歩きやすかった。
じいちゃんの声が頭の中で大きくなってくる。
『来ちゃいかん、来ちゃ、いかん』
びっくりして顔を上げると、じいちゃんはやっぱり優しく笑って手招きをしているのだった。