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ロスト・スペラー 19
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0001創る名無しに見る名無し2018/07/05(木) 21:21:14.20ID:79tLuu1L
何時まで続けられるか


過去スレ

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0311創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:25:22.37ID:8M/gpG01
一方のダストマンは「ブロー」の動きが止まったのを認めて、安堵の息を吐いた。
そして高速で肉体を修復する。
視覚と魔法資質を封じても抵抗され、ここまで苦しめられるとは想定外だった。

 (恐ろしい男だ。
  流石、私が認めただけはある。
  どうにかして味方に出来ないか?
  ……そうだ、人格を改造しよう)

洗脳魔法では解除される心配があるので、脳を弄って根本から人格を変えようと、彼は決めた。
発想が人間では無い。

 (取り敢えず、生かした儘で捕らえて……。
  そう言えば、カードマンは?)

ブローを回収しようとしたダストマンは、カードマンの姿を探した。
ブローの思わぬ反撃で、彼に掛けた黒の魔法が一度無効にされてしまったので、その時に序でに、
カードマンも立ち直った可能性が高い。

 (どこに消えた?)

辺りを見回しても、カードマンの姿は無い。
空間を閉ざしている以上、逃げ出す事は不可能。
どこかに潜伏して、様子を窺っていると思われるが……。

 「カードマン、隠れても無駄だぞ。
  貴様は逃げられない」

そう宣言したダストマンは、魔法で徐々に閉鎖空間内の気素濃度を下げた。

 「窃々(こそこそ)と鼠の様に身を潜めてばかりで、息苦しくならないか?
  これから気素を奪って行く。
  生身では耐えられないぞ。
  安らかに、眠る様に死ぬが良い」
0312創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:27:17.89ID:8M/gpG01
彼自身は気素が欠乏しても、死に至る事は無い。
肉体を捨てた彼だからこその芸当……だが、それから暫くしてもカードマンの反応は無かった。
ダストマンは怪しむ。

 (もしかして、自力で気素を生成出来るのか?
  否、それなら魔力反応がある筈。
  しかし、体内で生成しているなら……)

カードマンが魔導師であれば、その位は出来ても不思議は無い。
ダストマンは仕方無く、虱潰しに閉鎖空間内を探し回る事にした。
魔法資質を全ての感覚と同調させ、埃が床に落ちる気配さえ取り零さない。
所が、愈々カードマンを追い詰めようと言う段になって、予期せぬ事態が起こる。
閉鎖した筈の空間が歪み、玄関の戸が開いて、何者かが侵入する。

 「ハハハハハハハ、ハーッハッハッハッハッ!!」

高笑いと共に進入して来たのは、黒いローブ姿の男。
仮面を付けているので正確な年齢は不明だが、余り若くは無く見える。

 「何者だ、貴様っ!」

そう問い掛けつつ、ダストマンは考察する。

 (あれは魔導師のローブ!
  魔導師会の執行者か?
  違う、執行者のローブは青い筈だ)

彼は魔導師だと直ぐに断定したが、どんな役割の者かまでは判らない。
通常、魔導師は業務を遂行するに当たって、制服である専用のローブの着用を義務付けられる。
魔法絡みの犯罪に対処する執行者であれば、青いローブ。
処刑人は同じ青でも、より薄く煤(くす)んだ色の『蒼白<ペール>』を着用する。
蒼白のローブに黒い甲冑が、処刑人の標準的な格好だ。
0313創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:29:51.36ID:8M/gpG01
この魔導師は黒いローブを着用している。
執行者でも処刑人でも無い、彼の正体は?

 (黒……黒は確か研究職?
  何故、研究職の人間が?)

研究者が派遣される理由は何なのか、ダストマンには理解出来ない。
だが、戦闘を専門に行う者が相手でない事は、幸運かも知れない。
幾らでも隙はあろうと、彼は余裕を取り戻した。

 (極端に魔法資質が高い様にも見えない。
  不意を突いて、片付けてしまうか)

ダストマンは黒いローブの魔導師を睨んで、黒の魔法を発動させる。
両手の親指と人差し指を立てて簡易魔法陣を描き、発動の合図となる呪文を唱える。

 「『第四の漆黒<ダルト・ブラック>』!」

研究職であれば、その知識を頂こうと、彼は敢えて即死級の魔法を使わなかった。
相手は処刑人では無いし、魔導機も持っていない事から、『死の呪文<デス・スペル>』を使えない。
幾ら研究職でも、研究対象は恐らく共通魔法。
未知の魔法である、黒の魔法を防ぐ手段は無いだろうと、ダストマンは高を括っていた。

 「L2F4M1、ククク……」

所が、黒衣の男は同時に小声で呪文を唱えて、不気味な笑みを浮かべる。
黒の魔法が全く効いていない様子。
更に、彼は新たに魔法を使う。

 「I36N4B4・M16BG4、J1H4N4B4・M16BG4」

ダストマンの手足が全く動かなくなる。
それまで魔力で直接動かしているにも拘らず、丸で魔力が通わなくなったかの様に。
0314創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:32:30.71ID:8M/gpG01
 「フハハハハ!」

ダストマンは高笑いを続ける黒衣の男を睨み、舌打ちした。

 「貴様、禁呪の研究者だな!?」

禁呪である空間制御魔法を打ち破り、未知の魔法を防ぎ、更に未知の共通魔法を使う。
そんな人物は、他に考えられない。

 「ハハハハハ、ハハ、ハハハ」

黒衣の男は高笑いするばかりで、何も答えない。
ダストマンは訝った。

 「狂(イカ)れてるのか?」

 「ハハハ、ハハハ……、ハァ、ハァ、ハー……」

黒衣の男は笑い疲れた様に、長く息を吐いて呼吸を整える。

 「クク、確かに私は禁呪の研究者だ。
  しかし、未だ禁呪を使った覚えは無いぞ。
  フフフ、何れも基本的な共通魔法に過ぎないのに……フフフ、ハハハ!
  禁呪だと思ったのか、ハハハハハ!」

馬鹿にされたと思い、ダストマンは静かに怒った。

 「笑うな」

 「悪いが、それは無理だ。
  フフフフ」

込み上げる笑いを堪える様に、黒衣の男は体を震わせる。
どう見ても小馬鹿にしているとしか、捉え様が無い。
0315創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:37:29.74ID:8M/gpG01
直接魔法を掛けて無力化する事が出来ないのであれば、古典的な方法で攻撃するより他に無い。
ダストマンは動かない手足を捨て、自ら首だけになった。

 「おお」

その姿を見た黒衣の男は小さく驚きの声を上げるが、やはり口元に浮かべた薄ら笑いを消しはしない。
今に目に物を見せてやろうと、ダストマンは攻撃呪文を唱える。

 「笑っていられるのも今の内だ。
  『圧縮球体<プレッサー・スフィア>』!!」

彼が選んだのは敵を圧し潰す、圧力の魔法。
黒衣の男に向かって、眼力を込め、全方向から圧力を掛ける。
しかも、これは空間制御魔法を利用した物だ。
空間その物が縮んで行くので、対抗は難しい。
だが、これを解除するのは不可能では無い。
実際に、黒衣の男は空間魔法を部分的にではあるが、破っている。
そこで圧力魔法を「見せ」に使い、意識を逸らして「決め」の魔法を放つ。
ダストマンの計算通り、黒衣の男は圧力魔法を受けて、動きを止めた。

 (そう、足を止めて対処せざるを得ない!)

狙うは一点、不可避の一撃。

 「『光線<レイヤー>』ッ!」

圧力の球体に囚われた黒衣の男に向けて、ダストマンは強力な熱線を撃ち出した。
腕があれば手先から発射するのだが、今は仕方無く口から発射する。
0316創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:39:50.46ID:8M/gpG01
黒衣の男は片手を翳して、熱線を難無く受け止めた。

 (止めたか!
  しかし、それも想定内!)

本来、光速の熱線に反応するのは難しい筈だ。
発射前から魔力の流れを読み取って、攻撃が来ると予測していなければ防げない。
ダストマンは予兆を感じさせた積もりは無かったのだが、事実受け止められているのだから、
次の手を打つ必要がある。

 (これでも食らえ!)

彼は口から発射する熱線を放射状に、幾本にも分散させた。
それを空間制御魔法で曲げ、あらゆる方向から黒衣の男に集中させる。

 (どうだ、避けられまい、受けられまい!
  ――って、何ぃ!?)

所が、熱線は閉鎖空間内で更に進行方向を曲げられ、黒衣の男の手に集中して、巨大な光球となる。
空間制御魔法の所為で、彼の声は届かない筈だが、ダストマンは高笑いを聞いた気がした。

 (くっ、反撃される!)

ダストマンは直感したが、どう対応すれば良いのか分からない。
そもそも空間に囚われている黒衣の男からの反撃は、届かない筈なのだ。

 (どう来る!?
  空間を貫くのか、それとも――)
0317創る名無しに見る名無し2018/10/08(月) 19:44:25.67ID:8M/gpG01
受け身になり掛けていたダストマンは、これでは行けないと考えを改めた。

 (駄目だ、ここで引けば押し切られる!)

1極にも満たない間の逡巡の後、彼は更に攻める決意をする。

 (手緩い攻撃では駄目だ。
  共通魔法にある様な物では通じない……。
  これは使いたくなかったが)

ダストマンの首の周囲に黒い靄が立ち込める。
これは「闇」だ。
自身を闇で覆う事により、精霊体を保護する。
彼は唯一の肉体である頭部をも捨てる覚悟をした。
魔力と意識のみの存在、完全なる精霊体となり、彼は一瞬で黒衣の男に接近する。
精霊体は殆どの物理的な現象の干渉を受け付けない。
自らも強い圧力が働いている空間に飛び込むが、影響は無い。

 「ハハハ、これは驚いた!」

黒衣の男は拳に溜めた光球を、ダストマンの精霊体に向けて放った。
口で言う程の、驚愕や動揺は無い様子。
ダストマンは纏っていた闇を引き剥がされるが、微塵も動じない。

 (魔法資質では私が上だ!
  亡びよ!!)

彼は魔法資質を解放し、魔力を暴走させた。
そして魔力の奔流を全て負のエネルギーに変換し、その場にある存在を全て消滅させる。
負のエネルギーとは、光と熱を奪う物であり、存在を失わせる物であり、エンタルピーを奪う物だ。
負のエネルギーの働きは、絶対零度よりも温度が低い空間を生み出せる。
負のエネルギーを利用した攻撃は、魔力分解攻撃に似ている。
あらゆる物質はエネルギーを失い、結合を保てなくなり、消滅する。
0318創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:27:32.34ID:FIHD9lz7
肉体を持つ上に、魔法資質もダストマンより低い黒衣の男は、これに耐え切れない筈である。
だが、笑い声は止まない。

 「ハハハハ、ハハ、ハハハ」

負のエネルギーはダストマンには通じないが、完全な精霊体は脆い。
そこに存在するだけで、魔力を消費して弱体化する。
精霊体は無限の魔力供給があって、初めて安定して存在出来る。
黒衣の男が死ぬのが先か、ダストマンの精霊が消滅するのが先か、この一点に勝負は懸かっていた。
所が、黒衣の男は中々死なない。

 (奇怪しい、全く効いていない……。
  この中の魔力は私が支配している筈。
  どうして生きていられる?)
0319創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:28:28.27ID:FIHD9lz7
動揺するダストマンに、黒衣の男は告げた。

 「ククク、魔法資質が高いと言うのも、ハハッ、考え物だな。
  ハハハ、お前には基礎的な魔法知識が足りない。
  独学で魔法を身に付けて来たのか、フッフッフッ」

 (くっ、行かん、これ以上は……)

ダストマンは堪らず魔法を解除して、素早く自らの首に退避した。
しかし、今度は首が動かせない。
黒衣の男の高笑いが響く。

 「ヒヒヒッ、ハーッハッハッハッ!
  お前に打つ手は無い。
  ククク、大人しく魔導師会の裁きを受けろ」

ダストマンは黒衣の男を睨(ね)め上げ、吐き捨てる様に言った。

 「どうせ死刑になるんだろう?」
0320創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:29:54.33ID:FIHD9lz7
黒衣の男は不謹慎にも、未だ笑いを堪えながら答える。

 「それは分からない。
  死ぬより酷い目に遭うかもな、クックックッ」

どうにか時間稼ぎ出来ないかと、ダストマンは知恵を絞った。
取り敢えず話し続ける事で、黒衣の男の注意を逸らせないかと足掻く。

 「……何故、私の魔法が通じなかった?」

 「フフフハハハハハ、解らないのか?
  魔法資質の影響範囲は引力の様に、距離の2乗に反比例するのだ」

 「その位は知っている」

 「ククク、そして精霊の依り代たる人体を、直接対象にして魔法で害する事は難しい」

 「それも知っている!」

 「ヘヘヘヘヘ!
  では、何の不思議もあるまい」

 「どうやって、負のエネルギーから身を守った!」

徐々に強い言葉を使い始めるダストマンに対して、黒衣の男は見下した態度を取る。

 「ハハハ、可憐(あわれむべし)!
  憖(なまじ)、魔法資質が高いばかりに、神髄を得る事能(あた)わず」

 「……私は全ての魔法を極めんとし、外道と呼ばれる魔法にも手を出した。
  私の知り得る限りの魔法は、全て手の内にあった。
  教授してくれ、私の魔法を防いだ方法を」

ダストマンは真剣な学生の様に、黒衣の男に教えを請うた。
0321創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:31:09.61ID:FIHD9lz7
ここで黒衣の男は余裕からか、その求めに応じる。

 「ククク、神は細部に宿ると言われる通り、共通魔法の極意は魔力の扱いにある。
  多くの者は、より強い能力で、より大きな力を扱う事を目指し、それを善(よし)とする。
  だが、何時でも共通魔法の発展は大きな力では無く、繊細な技術と共にあった。
  フフ、解るか?
  お前は何の為にMADを開発していた?
  より強い能力があれば、より大きな魔力を使って、より多くの魔法を扱えると思ったのか?」

長々と喋り続ける彼を、ダストマンは内心で嘲笑った。
これなら反撃の目はあると。
ダストマンは話に応じながら、隙を探す。

 「私は魔法から不可能を無くしたかった」

 「しかし、私を倒す事は不可能だった訳だ、フハハハハ!
  遠くを見る前に、足元を見直すべきだったな。
  大嵐の渦に晴天が覗く様に、大きな力には必ず隙が生じる。
  フフフ、強さ、速さ、隠密性、何れも対人には欠かせない要素を押さえていながら、しかし、
  愚かにも最も重要な繊細さを欠くとは、何とも何とも」

黒衣の男は一々癇に障る笑い方をする。
怒りを抑えて、ダストマンは辛抱強く機会を待った。

 「抽象的な物言いは止せ。
  私の魔法を防いだ手段を問うているのだ」

 「フフフ、その性急さこそが、正しく敗因だと言うのに!
  お前は外を見てばかりで、自らの内を顧みる事をしなかった。
  クハハハハ、未知を知る為には、先ず既知を知らねばならない。
  お前の魔法は何れも禁断共通魔法の域を出ない、井蛙の如し!
  精霊化の技術一つを取っても、未熟過ぎる。
  故人曰く、理解浅薄の分際で十全と慢心する者、増上慢、最も悪しきの一なり……。
  自分の事だとは思わないか、フフフ、ハハハ」

黒衣の男は真面に回答する積もりは無い様だった。
0322創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:35:50.66ID:FIHD9lz7
もう決着は付いたと見たのか、潜伏していたカードマンが姿を現す。

 「終わったのか?」

 「ハハハ、フフフフ……」

恐る恐る尋ねる彼に、黒衣の男は返答する代わりに、ダストマンに一瞥を呉れた。
ダストマンは舌打ちをして、苛立ちを2人に打付ける。

 「魔導師会がシェバハと手を組むとはな!」

 「フフフ、それは誤解だ。
  シェバハの襲撃と同時になってしまったのは、本当に偶々、偶然と言う奴だよ」

黒衣の男は苦笑したが、そんな言い訳を素直に信じるダストマンでは無い。
見え透いた嘘だと切って捨てる。
0323創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:37:08.95ID:FIHD9lz7
次に彼はカードマンを睨んで問う。

 「どうやって外部と連絡を取った?
  誰とも接触した形跡は無かったし、テレパシーを使ってもいなかったのに」

カードマンは肩を竦めた。

 「お前が魔力を監視している事は分かっていた。
  だから、魔法を使わずに連絡を取った。
  伝書鳩でな」

そう言いつつ、彼は懐から白鳩を取り出す。
古典的な手段で出し抜かれた事に、ダストマンは歯噛みする。
魔力通信機が普及してから、鳥類を使って通信する文化は衰退した。
手紙を送る文化は残っているが、配達には主に馬を使う。
0324創る名無しに見る名無し2018/10/09(火) 19:42:47.36ID:FIHD9lz7
首だけのダストマンは、カードマンを人質に取れないかと考えたが、再び精霊化する事が出来ない。
肉体に精霊が固定されている。

 (これでは動けない!
  どうすれば良い、何か打つ手は……)

そこで彼は思い付く。
未だ「ブロー」が居る事に。
マジックキネシスを封じられているダストマンは、爆発魔法で自分を弾き飛ばし、
首だけでブローの体に取り付いた。

 「そこまでだ、貴様等!
  大人しくしろ、然も無くば、この男を殺す!」

その宣言にカードマンと黒衣の男は、互いに顔を見合わせた後に苦笑した。

 「どうぞ、フフフ」

平然と答える黒衣の男。
カードマンも困った顔はしているが、制止に動く気配は見せない。

 (馬鹿な、魔導師は信用が重要な筈……。
  地下組織の人間でも、見殺しにする訳が無い。
  止めようと思えば、何時でも止められると言う自信の表れか?
  後悔させてやるぞ)

ダストマンはブローに洗脳魔法を掛ける。
認識と思考を制御し、自分の言葉に従わざるを得なくするのだ。
同時に、黒の魔法を解除して、彼の体を自由にする。
暗黒から解放されて徐に起き上がるブローの背後に張り付きながら、ダストマンは囁く。

 「ブロー、聞こえるか?
  あの2人は敵だ、殺せ」
0325創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:43:27.70ID:l6DLDxFI
2対2と数の上では対等だが、魔法資質を考慮すれば、その差は歴然。
これで状況を覆せないかと、ダストマンは企んでいた。
所が、ブローは身構えるも、蒼褪めた顔で冷や汗を垂らし、一歩も動かない。
それを不審に思い、ダストマンは尋ねる。

 「どうした?
  何を恐れている?」
  
 「わ、分からない……」

 「何が?
  奴等は敵だ、戦え」

洗脳の掛かりが悪いのかとダストマンは考えたが、そうでは無かった。

 「『歩く』って、どうすれば良かった?」

 「は?
  立てているだろう!
  その儘、足を踏み出せば良い」

 「み、右から、左から?」

ブローは「歩き方」を忘れていた。
黒衣の男の高笑いが響く。

 「ハハハハハハ、忘却の魔法を使わせて貰ったぞ!」

魔力の流れは感じられなかったのに、何時の間に魔法を使ったのかと、ダストマンは驚愕する。
0326創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:44:28.01ID:l6DLDxFI
彼は直ちに洗脳の段階を進め、ブローを完全な傀儡にした。
こうすれば本人の意思とは関係無く、無理遣り動かす事が出来る。

 (取り敢えず、簡単な魔法で牽制する。
  2人で同時に魔法を使えば、多少は撹乱出来るだろう)

そうしようと思ったダストマンだが、咄嗟に呪文が思い浮かばない。

 (……どうした?
  何故、呪文が一つも思い浮かばない?
  そう難しい呪文じゃなくて良い、何か――)

笑い続ける黒衣の男に、静かに事を見守っているカードマン。
攻撃の機会は今しか無いとダストマンは焦るが、何の魔法なら使えるのか、悉く度忘れしている。

 (いや、いや、いや、こんな馬鹿な!
  これは正か――)

ここで彼は自分にも忘却の魔法が掛けられている事に気付いた。
幾ら何でも、全く呪文を忘れる事は有り得ないのだ。

 「貴様っ、何時の間に!」

ダストマンは黒衣の男を睨んだが、もしかしたらカードマンの仕業では無いかとも思う。
どちらにしても、魔力の流れは感じず、予兆が読み取れなかった事に変わりは無いのだが……。
黒衣の男は含み笑いしながら言う。

 「相手の精神に作用する魔法は、大きな魔力を必要とせず、高い魔法資質も必要としない。
  呪文も然程は複雑でない事が多い。
  故に、兆候を読み難く、悪用され易い為に、危険度が高い。
  これをA級禁断共通魔法と言う」
0327創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:46:12.77ID:l6DLDxFI
魔導師の実力を見せ付けられ、ダストマンは初めて狼狽した。

 「私の記憶を返せ!」

 「別に記憶を奪った訳では無いのだが……。
  どうだ、日常的に無意識に出来ていた事を『忘れる』のは、想像以上に恐ろしいだろう?」

魔法を使うには、対応する呪文を唱えたり描いたりして、完成させなくてはならない。
それを封じられては、何も出来なくなってしまう。

 「ハァ、好い加減に投降しろよ。
  もう十分だろう?」

未だ諦めを見せないダストマンに、黒衣の男は呆れた様に笑いを止め、溜め息を吐いて勧告した。
それと同時に、玄関に掛けられた空間魔法を全て解除する。
彼は今まで、敢えてダストマンに抵抗を許していたのだ。

 「分かった、これ以上は無駄な抵抗の様だな。
  しかし、終わった訳では無い」

ダストマンは脱力して、魔力の維持を止め、全ての魔法を解除した。
彼の首は重力の儘に床に落ち、鈍い音がする。
それから全く動かない。
事切れたかの様に無反応。
0328創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:49:50.68ID:l6DLDxFI
――体の自由を取り戻した潜入者は、床に転がったダストマンの頭を見て驚いた。

 「うぅわっ、何だ、何が起こった?」

彼は記憶を整理する。
暗黒から解放され、ダストマンの声に従おうとしていた事は覚えている。
黒衣の男とカードマンを敵だと言われていた事も。
その黒衣の男は、徐に潜入者に近付いて来る。

 「あ、あんたは……?」

 「クックックッ」

彼は潜入者の問には答えず、笑いながら、床に転がったダストマンの頭に触れた。

 「あー、やはり死んでいるな、ハハハ、こりゃ駄目だ」

黒衣の男の言動に、潜入者は狼狽えるばかり。
そんな彼を無視して、カードマンと黒衣の男は話を続ける。

 「自殺したのか?」

 「精霊を感じられない。
  魔法は封じた積もりだったが、最期の手段は残していたか……。
  余程、知られては困る事があったと見える。
  この分だと脳から記憶を回収出来るかも怪しいな、ハハァ」

蚊帳の外の潜入者は、目の前の危ない言動の黒衣の男には構わず、カードマンに話し掛けた。

 「カードマン、彼は誰なんだ?」

 「魔導師だ。
  味方だから、安心してくれ」

その回答に、潜入者は安堵の息を吐くも、未だ幾つかの疑問が残っている。
0329創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:51:27.62ID:l6DLDxFI
先ず、襲撃して来たシェバハの行方だ。

 「シェバハは?
  もう撤退したのか?」

 「分からない。
  近くには居ない様だが」

そうカードマンが答えると、黒衣の男が虚空を見詰めて言う。

 「何人かの気配は残っている。
  シェバハとは限らないが」

それは力ある者の生き残りではと、潜入者は直感した。
彼自身も周辺の魔力を探ってみると、確かに疎らながら人の気配らしき物がある。
だが、力強さは感じない。
カードマンが潜入者に提案する。

 「一緒に様子を見に行こう。
  シェバハの者だったとしても、魔導師に攻撃は仕掛けない筈だ」

潜入者は頷き、彼等と共に3人で人の気配へと向かう。
所が、人の気配は丸で3人から逃れる様に、速やかに遠ざかって行った。

 (この気配には覚えが無い……。
  シェバハの者だったか)

力ある者の生き残りでは無かったかと、潜入者は落胆する。
特に仲間意識があった訳では無いが、やはり見知った者の死は悲しい物だ。
0330創る名無しに見る名無し2018/10/10(水) 19:52:53.45ID:l6DLDxFI
彼は独り呟く。

 「思い返せば、ソリダーも憐れな奴だった。
  ダストマンと関わりさえしなければ――」

そこで礑と思い出した。

 「そう言えば、先に逃げた筈のトーチャーとカラバは、どうなった?」

カードマンは首を横に振る。

 「分からない。
  運悪くシェバハと鉢合わせていなければ良いが」

重苦しい沈黙が訪れる。
深呼吸をした潜入者は、改めてカードマンに話し掛けた。

 「カードマン、あんたは未だ潜入調査を続けるのか?」

 「そう言う君は?」

 「俺は上がらせて貰う。
  ダストマンは死んだ、もう薬は無い。
  忠臣の集いにしても、力の無い連中は用済みだろう」

カードマンは頷いて応える。

 「それが良い。
  私は忠臣の集いに留まる。
  あの組織は裏が多そうだ。
  突けば未だ何か出て来るだろう。
  君を頼ったと言う魔導師に宜しくな」

「力ある者」はシェバハの急襲を受けて壊滅した。
表向きには、その様に処理される。
一般人は詳細を知る事も無いだろう。
0331創る名無しに見る名無し2018/10/11(木) 18:57:54.31ID:pwAaUPGY
潜入者はカードマンと別れた後、数人の執行者の集団と出会した。
黒衣の魔導師と共に、ここへ突入した執行者の一部隊だ。
思わず身構えた潜入者だったが、それに執行者が反応して銃型の魔導機を向けたので、
彼は慌てて動きを止め、降伏の意思を表す。

 「待て、俺はシェバハの構成員でも、忠臣の集いの会員でも無い!」

 「では、何者だ?」

魔導機を向けた儘の執行者に対して、潜入者は説明した。

 「訳有って、忠臣の集いに潜入していた工作員だ」

 「……執行者か?
  もしや、ウィル・エドカーリッジ……」

一人の執行者が心当たりのある人物の名を出したが、潜入者には通じなかった。

 「いや、俺は執行者じゃない。
  ウィル何とかって誰かの名前か?」

 「違うのか?
  お前は、どこの誰だ?」

 「民間人だよ、魔導師でも都市警察でも無い。
  詳しい話はデューマン・シャローズって執行者に聞いてくれ」

そう言われた執行者は仲間と視線を交わして、無言の遣り取りをする。
0332創る名無しに見る名無し2018/10/11(木) 18:59:32.19ID:pwAaUPGY
数極後、彼等は一人の執行者を残して立ち去った。
残った執行者は潜入者に話し掛ける。

 「御苦労さん、何か掴めたか?」

 「ああ、物凄く大変だったが、その分だけ色々とな。
  ……そっちは既に知っている事かも知れないが」

 「構わない、話してくれ」

この執行者こそ、忠臣の集いへの潜入工作を依頼したデューマン。

 「その前に聞きたい事がある。
  ウィルって誰だ?」

先から疑問だった事を、潜入者はデューマンに尋ねた。
デューマンは刑事部の内部事情を話して良い物か一瞬躊躇うも、少しでも情報が欲しかったので、
隠さず答える。

 「忠臣の集いを探っていた執行者の一人だ。
  ここ数週間、行方が判らない」

 「カードマン……じゃないのか?」

 「誰だ、それは?」

 「俺とは別口で潜入していた男だ。
  本名は知らないが、自分で官公の人間だと言っていたし、そいつがウィルだと思うんだが」

 「今、どこに居る?」

潜入者の話を聞いた彼は、俄かに真面目な顔付きになった。
0333創る名無しに見る名無し2018/10/11(木) 19:02:53.27ID:pwAaUPGY
つい先までカードマンと一緒だった潜入者は、辺りを見回しながら答える。

 「未だ、その辺に居る筈……」

しかし、それらしい人の姿は無い。
デューマンは小さく頷いた。

 「分かった、少し探してみよう。
  その前に――君の方で分かった事を聞かせて欲しい」

 「ああ、良いぜ」

これまでの経緯を潜入者はデューマンに説明する。
魔法資質を高める薬の事、忠義の騎士の事、力ある者達の事、シェバハの事、ダストマンの事……。

 「――ってな訳だ」

 「そんな事が……。
  これはカードマンにも話を聞かなければならないな。
  彼がウィルにしろ、そうで無いにしろ」

そう言って場を去ろうとするデューマンを、潜入者は呼び止める。

 「あっ、そうだ!
  カードマンは潜入捜査を続けると言っていた。
  未だ知りたい事があるのかも知れない」

 「君は?」

 「俺は上がらせて貰うよ。
  これ以上は一寸、付いて行けそうに無い」

潜入者は疲れた顔で、深い溜め息を吐いた。
デューマンは彼を気遣いながらも、一言断りを入れる。

 「後で話を聞きに行くかも知れないが」

 「構わんよ、でも今は休ませてくれ」
0334創る名無しに見る名無し2018/10/11(木) 19:06:48.70ID:pwAaUPGY
潜入者は執行者達とも別れ、独り日常へと帰る決意をした。
しかし、強い薬だけは隠し持ち続けていた。
彼は今の今まで、その存在を忘れていた。
もし邪な心があったら、執行者に没収されていた所。
真夜中の廃工場跡を歩きながら、彼は薬の入った小瓶を眺める。

 「碌な物じゃねえ」

そう吐き捨てた彼は、道に沿って流れる川に架けられた、小さな橋の真ん中で足を止める。
そして小瓶の蓋を開けて、中身を瀬々らぐ川に流した。
錠剤が音も無く夜の川に呑み込まれて行く。
勿体無い事をしている自覚はあったが、これで良いのだと自分に言い聞かせた。

 (こんな物、人を不幸にするだけだ)

今から戻って、執行者や黒衣の男に渡しても良かったが、潜入者は詮索されるのを嫌った。

 (これで終わりだ。
  もう何も彼も俺には関係の無い事)

彼は肩の荷が下りたのを実感する。
忠臣の集いの内情を探るのは、カードマンが上手くやってくれるだろう。
そう思っていた……。
0335創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:35:10.16ID:qPbB8rgt
翌日、カードマンは「力ある者」の唯一の生き残りとして、廃工場跡でロフティと接触する。
昨晩シェバハの襲撃を受けたばかりとは知らず、ロフティは保養施設に足を運んだ。
シェバハとの戦闘で、保養施設は幾らか破壊されていたが、元から廃墟だった所なので、
よく注意して見なければ、何か起きたとは気付けない。
カードマンは独り、何時もの娯楽室でロフティを待ち受ける。

 「お早う御座います……っと、貴方一人ですか?」

意外そうな顔をする彼に、カードマンは静かに頷き、事情を説明した。

 「昨晩、シェバハの襲撃を受けた」

 「えっ、シェバハって、あの……。
  それで他の皆さんは……?」

 「分からない。
  とにかく必死で、どうにか独り逃げ延びた。
  今ここに居るのは私だけだ」

そうカードマンが告げると、ロフティは困り顔で俯き、独り思案を始める。
十数極後、彼は面を上げて、取り敢えずの指示をした。

 「えぇと……皆さんが戻って来た時の為に、薬を渡しておきます。
  私は上に報告しますので」

ロフティはカードマンに薬を押し付け、急いで報告に戻ろうとする。
それをカードマンは呼び止めた。

 「待て、ロフティ」

 「……何ですか?」

未だ面倒事があるのかと、ロフティは露骨に嫌そうな表情をする。
0336創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:36:36.75ID:qPbB8rgt
それにも怯まず、カードマンは淡々と尋ねた。

 「薬の在庫があるのか?」

生産者であるダストマンは死んだ。
魔法資質を強化する薬は、もう手に入らない筈だ。
ロフティは頷いて答える。
 
 「はい、数日分は。
  こうなったら新しい人を迎え入れるしかありません。
  カードマンさん、他の皆さんが戻られるまでは、貴方がリーダーです」

 「リーダーってのは性に合わないんだが」

 「合う合わない等と言っている場合ではありません」

 「それと場所を移した方が良いと思う」

 「ああ、はい、それは確かに……。
  でも、私の一存では何も決められませんので。
  他に利用出来る場所は知りませんし、誰か戻って来るかも知れませんし……」

カードマンの問に、ロフティはマニュアル人間振りを発揮して、役に立たない回答をした。
カードマンは苛立った様に見せる為、敢えて強い言葉を吐く。

 「では、誰なら決められる?
  ドロイトか、それとも騎士団長様か」

皮肉めいた発言に、ロフティは怒りを滲ませた。

 「私の独断で決める訳には行かないのです!」

 (騎士団長か……。
  やはり奴が曲者だな)

彼の反応から、カードマンはロフティが忠誠を誓う人物を読み取る。
会長をドロイトと呼び捨てにした時は無反応だったのに、副会長を騎士団長様と皮肉った時には、
動揺が見えた。
0337創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:39:37.96ID:qPbB8rgt
「騎士団長」が怪しい事は、潜入して直ぐに判明した。
ドロイトは正に飾りで、会長とは肩書きだけ。
忠臣の集いの重要な意思決定に関わった様子が無く、「良きに計らえ」と言うだけの存在だ。
しかも、それを良い事だと思っている節がある。
実質的に会を動かしているのは、副会長である「騎士団長」。
態々「忠義の騎士」と言う身分を設定し、それを纏めて操る存在。
これを怪しいと言わずして、何と言うのか?

 「新しい拠点が必要だと言う事は、私も十分理解しています。
  直ぐに伺って来ますから、お待ち下さい」

ロフティは取り繕う様に言うと、速やかに去ろうとした。
丁度その時、娯楽室の扉が開いて、新たに1人が入室する。
彼はロフティと衝突しそうになって、足を止めた。

 「おっと、ロフティか」

その人物を見て、カードマンは目を見張った。

 「お、お前は……」

エール色の肌、深い緑の髪、赤い瞳……。
容姿こそ違うが、彼が纏っている魔力の流れには覚えがある。
ダストマンだ。

 「あ、貴方は?」

ロフティはダストマンの素顔を知っており、「この顔」には覚えが無いので、困惑する。
ダストマンは笑いを堪えて答える。

 「私だよ、ダストマンだ」
0338創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:42:51.27ID:qPbB8rgt
ロフティは眉を顰めて言い切った。

 「いいえ、私の知っているダストマンは全然違う人です。
  貴方の事は知りません」

そう言われたダストマンは、カードマンに目を移す。

 「彼は判っているみたいだけど……なぁ、カードマン!」

 「知らないな……」

カードマンは内心の動揺を抑え、素っ惚けた。
頭の中では、必死に思考を働かせている。
「この」ダストマンは、一体何者なのか?

 「おいおい、それは無いだろう?
  私を殺しておいて」

ダストマンは肩を竦めて苦笑いする。

 「お前なんか知らん!
  早々(さっさ)と出て行け!」

カードマンは威嚇しながらも、実力行使には出ない。
ダストマンは昨晩、確かに死んだ。
死体は魔導師会が持ち帰っており、今頃は心測法を試されている。
見た目が違う事から、このダストマンは同一人物では無いが、彼と関連のあった人物である事は、
間違い無さそうだ。
0339創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:48:01.48ID:qPbB8rgt
では、何なのか?
似ていない兄弟か、親戚か、それとも偶々魔力の質が似ているだけの他人か?
ダストマンは何時も埃塗れだったので、時々中身が入れ替わっていたとしても、誰も気付かない。
もしかしたら、ダストマンは1人では無いのかも知れない。
だったら、カードマンに対し、「私を殺しておいて」と言ったのは何故か?
鎌を掛けているのか、それとも……。
カードマンの心中で不安が渦巻く。
「同じ」ダストマンであれば、実力も変わらない筈で、安易に手を出すのは危険。

 「ロフティ、信じてくれないか?」

ダストマンはロフティに向かって言うが、当然信じる訳が無い。

 「カードマンさん」

ロフティはカードマンに視線を送った。
「追い払ってくれ」と言う合図だ。
そう出来るなら、そうしたいカードマンだったが……。

 「頭の狂(イカ)れた奴に構っている暇は無い。
  消えろ」

やはり威圧は言葉だけに止める。

 「嘘じゃないさ、愚者の魔法を使ってくれても良い」

ダストマンはロフティに向けて、焦る様子も無く言って退けたが、愚者の魔法は意識に働く物であり、
嘘を吐いている自覚の無い本物の異常者には効果が無い。
0340創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:51:04.53ID:qPbB8rgt
何度働き掛けても、ロフティが全く取り合わないので、ダストマンはカードマンに狙いを絞った。

 「カードマン、何とか言ってくれよ。
  昨日の夜、私達はシェバハの襲撃を受けた。
  皆が懸命に戦っている最中、君はブローと共に逃げ出そうとしていたな。
  私は君達を止めようとしたが、君が呼び寄せた魔導師に殺された」

その言葉に怒りや憎しみは感じられない。
事実だけを淡々と説明している。

 「嘘を吐くな」

彼は「死んだ」ダストマンとは別人だと、カードマンは確信する。
取り付く島も無く、ダストマンは再び肩を竦める。

 「やれやれ、開き直るのか?
  私は嘘は言っていないが」

 「大嘘だ」

余りにも堂々とカードマンが言い切るので、ダストマンは少し自信を失い、眉を顰めた。

 「何か間違っていたかな……?」

 「お前はダストマンでは無い」

ダストマンは最期には自決した。
そこまで追い詰めたのは、確かに魔導師会だ。
しかし、殺すのは目的では無く、飽くまで裁判に掛けようとしていた。
これを「殺された」と言い切るのは不自然。
死んだ人間が蘇ったのでは無い。
その事実は、カードマンを大いに安心させる。
ダストマンは死の前に、何等かの方法で他者に情報を伝えたと言うのが、事の真相であり、
「この」ダストマンの正体であろう。
0341創る名無しに見る名無し2018/10/12(金) 20:54:21.42ID:qPbB8rgt
但し、彼の実力が死んだダストマンに劣るとは限らない。
もしかしたら、死んだダストマンは尖兵の一人に過ぎないのかも知れない。
カードマンは何時このダストマンが実力行使に出るかと警戒していた。
ダストマンは大きな溜め息を吐いて、説得を諦め、正体を告白した。

 「分かって貰えないか……。
  私は確かに、ダストマンでは無い。
  しかし、ダストマンと同一人物と言っても差し支えは無い」

 「何を言っているんですか……?」

混乱するロフティに、ダストマンでは無いと自白した人物は説明を続ける。

 「ダストマンは『私達』の一人だ。
  私達は複数の肉体を持ち、記憶と人格を共有している」

そう言われて、そうですかと信じられる者は居ない。
余りにも人間離れしている。
ロフティは困惑していた。
一方で、カードマンは部分的には真実では無いかと思う。
彼は粗を突いて更に情報を引き出そうとした。

 「それが事実なら自分の末期を違える訳が無い。
  少なくとも記憶は共有していないみたいだが」

その指摘にダストマンは困り顔になった。
カードマンは追撃を加える。

 「そもそもシェバハと戦う破目になったのは、ダストマンの所為だ。
  撤退しようと言う意見があったにも拘らず、彼は皆を脅して無理遣り戦わせた」
0342創る名無しに見る名無し2018/10/13(土) 18:32:46.76ID:c32mvhTF
ロフティは新たな事実を告げられて、更に混乱した。

 「ダストマンさんが、そんな事を……?」

ダストマンは序列最下位で、雑用をさせられていた。
彼の認識は、そこで止まっているのだ。
カードマンは詳細を解説する。

 「ダストマンは力の無い振りをして、私達を観察していた。
  彼は魔法資質を高める薬の製作者だった。
  忠臣の集いを隠れ蓑に、薬の性能実験をしていたのだ。
  シェバハが襲撃すると言う情報を仕入れたダストマンは、皆に『更に強い薬』を飲ませた。
  それも当然、無理遣りに。
  薬に耐えられず、ビートルとワインダーは死んで、カラバは瀕死になった。
  数日前から、彼等が姿を見せなかったのは、そう言う訳だ」

そこまで聞いたロフティは反論した。

 「それは変ですよ。
  ダストマンさんは本当に薬の製作者なんですか?
  私は何時も薬を他の人から受け取っていますが……」

その疑問にはダストマンでは無い男が答える。

 「カードマンの言う事は、概ね間違っていない。
  何時も君に薬を渡しているのは、私達の一人だ」

ロフティは益々混乱した。

 「何を言っているんですか、貴方は……」

何故ここに来て自分の企みを暴露するのかと、カードマンも驚く。
0343創る名無しに見る名無し2018/10/13(土) 18:33:49.88ID:c32mvhTF
ダストマンでは無い男の自白は止まらない。

 「信じられないかも知れないが、全て事実だ。
  私達は薬の製作者でもあり、君達を利用して新薬の実験をしていた。
  だが、これは君達が忠誠を誓う騎士団長も了解していた事だ」

 「それが何だって言うんですか?
  貴方は本当に何者なんです?」

 「私達は騎士団長から技術提供を受け、例の薬を作った。
  完成には未だ未だ実験が必要だ」

 「貴方の目的は何なんです?」

訝るロフティに、彼は話が早いと喜んで答える。

 「今まで通り、私を力ある者として使って欲しい。
  前のダストマンの事は忘れてくれ」

 「いや、そんな簡単には……。
  大体貴方の話が本当か……」

この男は自分を「新しい」ダストマンとして認めろと言うのだ。
その率直な要求に、ロフティは応えられない。
マニュアル人間の彼に、その場で回答を求めるのは、土台無理な事。
透かさずカードマンはロフティの肩を持つ。

 「こんな奴を信じては行けない。
  とにかく騎士団長に会って、指示を仰ぐべきだ。
  私も同行する」

その意見に新しいダストマンも頷いた。

 「それが良い、騎士団長なら分かってくれる筈だ」
0344創る名無しに見る名無し2018/10/13(土) 18:36:09.27ID:c32mvhTF
話に乗っかって自然に同行しようとする彼を、カードマンは突き放す。

 「お前は来るな!」

そして、ロフティに視線を送った。

 「騎士団長に確認が取れるまで、こいつに取り合うべきではない」

ロフティも概ねカードマンと同じ考えだった。
正体の不明な人物を騎士団長に会わせるのは危険だ。
漸く話が決まりそうな所で、ダストマンはロフティに忠告する。

 「ロフティ、カードマンを騎士団長に会わせるな。
  彼は魔導師会の狗だ。
  その行動は組織にとって致命的な一撃となる」
0345創る名無しに見る名無し2018/10/13(土) 18:36:43.79ID:c32mvhTF
カードマンは不快感を露にダストマンを睨み、ロフティに言う。

 「こんな奴の言う事を聞くな」

板挟みとなったロフティは、マニュアルに従う事にした。
詰まり、どちらも副会長には会わせないと言う判断である。

 「……副会長には私一人で会って来ます。
  どちらが嘘を吐いているか分かりませんが、これなら問題は無いでしょう」

ロフティの信用は明らかにカードマンにあるが、万が一を考えた。
ここで食い下がっては怪しまれるかも知れないと、カードマンは慎重になる。

 「それが良い。
  今は確認を取るのが優先だ」

彼は敢えてロフティを独りで行かせた。
黒幕を突き止める決定的な好機を逃す事になるが、「この」ダストマンにも聞きたい事がある。
0346創る名無しに見る名無し2018/10/14(日) 18:05:21.84ID:fOEddHBd
ロフティが去った後、カードマンとダストマンは一対一になる。

 「残念だったな、カードマン」

小さく笑うダストマンに、カードマンは強がりの笑みを向けた。

 「そうでも無いさ。
  お前達の企みは判った。
  騎士団長が全ての黒幕だと言う事も」

 「素直過ぎて心配になる。
  罪を擦り付ける為の、私の虚言だとは疑わないのか?」

ダストマンはカードマンの動揺を誘ったが、それは通じない。

 「疑う必要は無い、昨夜の段階で証拠は十分に揃っている。
  後は突入するだけ。
  真相は後から判明する」

忠臣の集いは一般人を集めて、「魔法資質を高める」と謳う違法な薬を使った実験を行っていた。
その事実だけで、執行者が突入するには十分。
逆に、カードマンはダストマンを脅す。

 「お前の悪巧みも、ここまでだ。
  どうして私が残ったと思う?」

ダストマンは嫌な予感がして身構えた。

 「『第五の漆黒<ハイ・ブラック>』!」

そして不意打ち気味に黒の魔法を使うが、カードマンは『魔除け<アミュレット>』を掲げて防ぐ。

 「何度も同じ手が通用するとは思わない事だ。
  お前は他人を見下す嫌いがある。
  本当に実力を隠して潜伏していたのは誰なのか」
0347創る名無しに見る名無し2018/10/14(日) 18:06:24.15ID:fOEddHBd
カードマンは手品師の様に、服の各所から魔除けの装飾品を取り出した。
彼が1つ装飾品を床に落とす毎に、彼の魔法資質が増大して行く。
否、これが彼の本来の実力なのだ。
その圧力にダストマンは息を呑んだ。

 「怪し気な薬に頼らずとも……、この位の力はある!」

カードマンがダストマンに手の平を向けると、同時に強力なマジックキネシスが放たれる。
それはダストマンの頭部を確と捉えて、鷲掴みにした。

 「私の肉体を幾ら傷付けても無駄だ」

ダストマンは強がったが、カードマンは無視して魔法を掛ける。

 「B46G1」

呪文を聞いた途端、猛烈な眠気がダストマンを襲った。
これは相手を眠らせる催眠の魔法だ。
その予兆を見逃す様なダストマンでは無かったが、彼は防御動作を取らなかった。
彼は何時でも意識を肉体から切り離せる。
肉体との繋がりを断てば、眠りの魔法は防げる物だと思っていた。
効かない筈の魔法が効いてしまっているので、驚かずには居られない。
眠気で意識が朦朧とする中で、ダストマンは必死に抵抗した。

 「これ如(し)きの魔法……。
  こ、こんな初歩の魔法が……」

 「仮令(たとい)霊体になっても、人間だった時の習慣は抜けない物だ。
  お前も眠りに落ちる感覚を知っているだろう。
  睡眠と言う概念まで忘れる事は出来ない」
0348創る名無しに見る名無し2018/10/14(日) 18:07:02.45ID:fOEddHBd
ダストマンは霊体が眠りに落ちると、どうなるか知らなかった。
精霊体で眠った事は一度として無い。
この儘では魔導師会に記憶を漁られると恐怖した彼は、自分を殺しに掛かる。

 「くっ、だが、貴様等の思い通りにはさせん……」

眠りに落ちる間際に、ダストマンは自分で自分の脳と霊体を攻撃して消滅させる。
今の自分が倒れても、代わりに他の自分が駆け付ける。
そう確信しているからこそ出来る事。

 「一体、幾つの命を持っている?」

崩れ落ちたダストマンは息をしておらず、魔法資質も感じられなかった。
彼の死を慎重に確認しつつ、カードマンは溜め息を吐く。
「ダストマン」が1人や2人で無い事は明白だ。
会長や副会長等を逮捕し、忠臣の集いを解散させても、ダストマンだけは生き残る可能性がある。

 (漸く正体を掴んだのだ。
  逃しはしない。
  地の果てまで追い詰めるぞ)

カードマンの体は次第に黒化し、輪郭を失って行く。

 (お前が弄んだ命を数えるが良い。
  その数だけ、私達も又存在する)

ダストマンの死体はカードマンの影に取り込まれ、闇に沈んだ。
恐るべきは誰か……。
0349創る名無しに見る名無し2018/10/15(月) 18:53:46.32ID:EuuaGUad
ティナー市街地にて


その頃、日常に戻っていたブロー事、潜入者グウィン・ウィンナント事、グランディ・ワイルズは、
熱(ほとぼ)り冷ましの休暇を取らされていた。
潜入工作で外部に出向した者は、身元を探られない様にする為、冷却期間を置かなければならない。

 (しかし、休暇って言ってもな……)

彼が忠臣の集いに潜入したのは、知り合いの魔導師の頼みでもあるが、組織の都合でもあった。
当然、組織の幹部に話は通してあるが、こうして暇を出されても、やる事が無い。
グランディは決して仕事人間では無かったが、他に生き甲斐らしい物を持っていなかった。
然りとて、自宅に篭もって寝て過ごすのも不健全な気がして、彼は街中を浮ら付く。
余り混(ご)み混(ご)みした所は好かない彼だが、大都市の喧騒は嫌いでは無かった。
特別好きだった訳でも無いが、潜入任務と言う非日常を過ごした後の為か、妙に温かく、落ち着く。
生まれ付いての都会っ子なのだ。
路地に設置された『長椅子<ベンチ>』に腰掛け、道行く人を何と無く眺めているだけで安心する。
この街は何があっても変わらないと、そんな幻想を抱かせてくれる。
そうやって無為に時を過ごしていたグランディだが、彼は突然背後から声を掛けられた。

 「やぁ、ブロー」

聞き覚えのある声に、グランディは緊張して目を見張る。

 「……お前はダストマン……」

振り返ろうとする彼の首をダストマンは後ろから掴んで押さえた。
グランディは身動きが取れなくなる。

 「ダストマンは本名では無いんだ」

 「俺もブローなんて名前じゃない」

一体何が目的なのかと、グランディは恐々としていた。
0350創る名無しに見る名無し2018/10/15(月) 18:54:52.03ID:EuuaGUad
 「お前、死んだんじゃないのか……?」

至極尤もな疑問に、ダストマンは素直に答える。

 「ああ、確かに死んだ。
  しかし、それは私では無い私だ」

 「い、意味が解らない」
 
 「私達は記憶と人格を共有している。
  その内の1人が死んだと言うだけの事」

そんな事が有り得るのかとグランディは最初信じられなかったが、思い返せばダストマンは、
その信じられない事ばかりして来た。
もしかしたら、複数の肉体を持つ事も出来るのかも知れないと、気弱になる。

 「それで俺に何の用だ……?
  復讐しに来たのか」

 「最後の勧誘に来た。
  私の仲間になる気は無いか?」

余りの執拗(しつこ)さに、グランディは嫌厭を露に、無気力に回答した。

 「好い加減にしてくれよ。
  面倒な事が終わって、やっと一息って時に」

 「応えなければ、殺すと言ってもか」
0351創る名無しに見る名無し2018/10/15(月) 18:58:21.72ID:EuuaGUad
ダストマンの脅しも、今のグランディには通じない。

 「お前とは関わりたくないんだ。
  何を企んでも結構だが、俺とは関係無い所でやってくれ」

 「死が恐ろしくは無いのか?」

 「一々手前の命を惜しんでたら、『不役<ヤクザ>』な仕事は出来ないさ」

死を恐れないと堂々と言える程、彼は生に執着していない訳では無い。
だが、ダストマンが本気で自分を殺すとは思えなかった。

 「仕方が無い」

拒否されたダストマンは小声で零すと、空いた手に隠し持っていた何かを握り潰した。
乾いた音を立てて、割れた赤いガラス玉の様な物が道路に落ちる。
それをダストマンは踏み躙り、小さく笑った。

 「先ず1人」

グランディは悪寒に震える。

 「手前、何を……」

 「君の組織の誰かが死んだぞ。
  誰かな?
  首領か、幹部か、下っ端か」

 「ンな事されて、本気で寝返ると思ってんのか!?」

組織は家で、構成員は家族。
それに手を出した者は、誰であろうと許してはならない。
0353創る名無しに見る名無し2018/10/16(火) 18:15:24.43ID:d7xH/lgV
グランディ・ワイルズ=潜入者の本名
グウィン・ウィンナント=>145でドロイトに近づいた時に名乗ったグランディの偽名
ブロー=グランディが>196でビートルに名付けられたインフルエンサーとしての名称

>349を見る限り、こんな感じだと思う
0354創る名無しに見る名無し2018/10/16(火) 19:58:21.27ID:Cn90qzmb
その通りです。
話の都合上とは言え、分かり難くて済みません。
0355創る名無しに見る名無し2018/10/16(火) 20:02:49.06ID:Cn90qzmb
グランディは怒りと混乱で一瞬頭が真っ白になった。
しかし、忽ち我に返って、己の無力を自覚する。

 「何故、俺なんだ?
  何故、そこまでする?」

彼にはダストマンの思考が読めなかった。
散々断っているのに、どうして殺さないのか?
その疑問に対して、ダストマンは不思議そうに尋ね返す。

 「理由が必要か?
  合理的な理由があれば、私に従うのか?
  違うだろう?
  だったら、無理にでも言う事を聞かせる他に無い」

 「生憎だが、俺達『仁侠<マフィア>』は屈すると言う事を知らない。
  良いぜ、殺すなら殺せ。
  それでも俺は従わない。
  決められるのは『首領<ボス>』だけだ。
  それが俺達の『掟<オルメタ>』」

マフィアは組織毎に異なる鉄の掟を持つが、殆どの組織で以下の点は共通している。
強きを挫き弱きを助く、名誉を重んじる、地域に根差す、司法で裁けない住民の「問題」を片付ける。
これこそが『非行集団<ギャング>』や『無法者<コーザ・ノストラ>』とは違うと言い張れる証。
頑固なグランディの態度に、ダストマンは残念がった。

 「……仕方無い、不本意ではあるが」

彼はグランディから手を放し、溜め息を吐く。

 「そうまで言われたら、もう全滅して貰うしか無い」
0356創る名無しに見る名無し2018/10/16(火) 20:13:03.27ID:Cn90qzmb
ダストマンはグランディの首を抑えていた手を放し、徐に彼の正面に回り込むと、
目の前で赤い小さなガラス玉を粗雑(ぞんざい)に、数個ずつ砕き始めた。
グランディは目を見張る。

 「お、おい、手前っ!」

 「フフフ」

彼は慌てて立ち上がり、止めようとしたが、ダストマンに片手の人差し指を向けられただけで、
身動きが取れなくなる。
グランディの目の前の男は見覚えの無い顔なのに、声だけは何故か死んだダストマンと同じ。
一体何が真実で、何が嘘なのか……。
蒼褪めるグランディをダストマンは嘲笑した。

 「君の様な人間にとっては、自分の死より、近しい者の死の方が辛かろう」

 「殺すなら俺を殺せ!」

 「駄目だ、君だけは殺さない。
  その代わり、君に近付く人間は皆殺しにする。
  私に従わなかった罰として、死よりも重い罪を負うが良い」

 「馬鹿なっ!
  何の意味があって、そんな事を!」

 「気晴らしかな。
  こう見えて私は気が長い方では無いし、確り根に持つ方なんだ。
  ああ、常に監視する訳では無いから、安心してくれ。
  手透きになれば、気紛れに、思い付いた時に、皆殺しにする」

問には答えて貰えず、絶望的な宣言をされて愕然とするグランディに、ダストマンは失笑する。

 「心変わりしても良いぞ。
  組織が全滅した今、君はマフィアでは無いのだからな。
  変心を受け容れるかは、私の気分次第だが……。
  さて、遊びは終わりだ。
  私は雲隠れする。
  実は魔導師会に追われているのだ」

そう言うと、彼は人込みに紛れ、瞬く間に姿を消した。
グランディはダストマンを追おうとしたが、既に後ろ姿も見えない。
徒、呆然と立ち尽くすより他に無かった。
0357創る名無しに見る名無し2018/10/17(水) 14:23:26.81ID:ZU7x6aHX
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RLR
0358創る名無しに見る名無し2018/10/17(水) 18:36:39.13ID:ZZqAEGbG
ティナー市ラガラト区にて


一方、魔導師会法務執行部は執行者を集めて、ラガラト区の雑居ビルにある忠臣の集いの拠点に、
突入しようとしていた。
拠点の情報は回収した、ダストマンの死体から読み取った。
刑事部は既に潜入した魔導師からの情報と併せて、違法薬物の使用容疑と製造容疑で、
組織的犯罪として逮捕令状と捜索令状を取っている。
この突入は極秘裏に計画された物で、誰にも知られてはいない。

 「南南東の時0針1点、突入!」

指揮官の号令で40人近い執行者が一斉に、忠臣の集いの拠点と目される事務所に踏み入った。
不法組織に踏み込む人員として、40人は小規模である。
当然、突入する者以外に外で待機している者もあるが、それを加えても100人に満たない。
武力衝突が予想される場合は、他課から応援を呼び、数百人規模になる事もあるのだが、
忠臣の集いは、そこまで大きな組織では無いと見られているのである。
突入する執行者に混じって、外道魔法使いであるレノック・ダッバーディーの姿があった。
彼は今回『特別顧問<コンサルタント>』として、2人の八導師親衛隊と共に魔導師会から派遣された。
他にも、突入を実行する刑事部組対課には、外対課からの人員も派遣されている。
何時もとは異なる面子に、組対の執行者は多少戸惑いを感じていた。
0359創る名無しに見る名無し2018/10/17(水) 18:37:55.03ID:ZZqAEGbG
予告の無い突入で、事務所の人間は大いに慌てた。
建物内には忠臣の集い以外の者も入居していたが、お構い無しに執行者は突入する。
組対の執行者は捜索令状と逮捕令状を掲げて、次々と部屋に踏み込む。
反抗する者は無く、事務所の資料は片っ端から押収され、扉であろうが、引き出しであろうが、
閉まっている所は全て開け放たれた。
レノックは執行者が物色中の室内を静かに見て回り、共通魔法以外の魔法の気配が無いか探る。

 「どうですか、レノック殿」

『視線隠し<ブリンカー>』をした男性の親衛隊員が尋ねると、レノックは小声で唸る。

 「ウーム、どうかなぁ……。
  それらしい気配は無いね。
  もう副会長は逃げたんじゃないかな」

 「どうやって?
  強制捜査を事前に察知する事は現実的に有り得ませんが」

 「協和会の時も、そうだったよ。
  遠隔地に移動する魔法があるんじゃないかな?
  ルヴィエラの能力なら、空間を創造するのも容易だ」

それに対して、同じく視線隠しをした女性の親衛隊員が応える。

 「そうなると、手掛かりは心測法で判明した副会長の似姿だけですか……」
0360創る名無しに見る名無し2018/10/17(水) 18:39:41.33ID:ZZqAEGbG
落胆した様に零す彼女に、レノックは言った。

 「その似姿だけど、実は見覚えがある人――仲間が居てね。
  影人間のシャゾール君、彼が『会った事がある』って言うんだよ」

 「会った事がある?」

 「協和会でエルダー・ブルーと呼ばれていた、あの男だ。
  協和会事件より前にシャゾール君が会った時は、3匹の犬を連れた二重人格の青年だったらしい。
  残念ながら僕の方は、そんな魔法使いには心当たりが無いんだけど」

話の途中でレノックは足を止めて、ある一室を見詰める。

 「あっちが副会長の部屋みたいだな」

男性親衛隊員が感嘆の声を上げた。

 「はぁ、判るんですか」

 「魔力に僅かな違和感がある。
  それと間取りから推測した」

副会長室に入ったレノックは、資料を運び出す執行者を横目に、不審な所が無いか探す。
部屋を一覧した彼は、壁掛けの姿見に目を付けた。

 「……ここに微かな魔力の反応がある。
  これが空間を移動する魔法の媒介だったみたいだ」

 「運び出させましょうか?」

男性親衛隊員の提案に、レノックは静かに首を横に振る。

 「調べても余り意味は無いだろう。
  これ自体は単なる鏡に過ぎない」
0361創る名無しに見る名無し2018/10/17(水) 18:43:48.24ID:ZZqAEGbG
レノックは徐に副会長室の『机<デスク>』に向かうと、椅子に座って改めて室内を見回した。
机の引き出しの中は、執行者が全て持ち出したので空だ。

 「副会長は引き篭もってばかりで、表に出る事は無かった。
  だから、執行者も彼の正体を掴めなかった。
  例の死体が運び込まれるまでは」

全てはダストマンの死体から判明した事。
だが、彼の死体は薬の製造方法や、製造場所までは教えてくれなかった。
自分で薬を作ったと自供したのに、実際には薬を持ち歩いていただけ。
副会長の人相を知ってはいる物の、直接の接触もしていない。
薬の受け渡しは、別人と行っていた。
この仕組(からくり)の正体が判明するのは、後の事である。

 「副会長は薬の製造者と、ここで接触していた筈なんだ」

そう独り呟くレノックに、男性親衛隊員が意見する。

 「鏡を通して外に出られるなら、どこか他の場所で接触していた可能性もあるのでは?」

 「そんなに初中、消えたり現れたりしていたら、忠臣の集いの会員に怪しまれる。
  『外道魔法使いの襲撃に備える』筈の組織が、訳の分からない魔法を使う怪しい連中を、
  懐に入れているって知られたら、信用ガタ落ちじゃないか」

 「世の中には想像以上に馬鹿が多いんですよ」

一般人を見下した様な発言に、レノックは苦笑して皮肉を言った。

 「魔導師にも裏切り者が現れた事だしなぁ」

男性親衛隊員は不機嫌になって黙り込んだ。
0362創る名無しに見る名無し2018/10/18(木) 19:05:26.04ID:OBQ3v2eI
ティナー市中央区 ティナー地方魔導師会本部にて


突入によって、忠臣の集いは組織包みで「魔法資質を高める薬」なる怪しい錠剤を使っていたと、
明らかになった物の、その詳細は掴めなかった。
忠臣の集いは魔導師会によって解散させられ、会長であるドロイトは逮捕されたが、主犯とは言えず、
実刑は確実でも余り重罪には問えないと見込まれる。
副会長の配下だった「忠義の騎士」も、それは同じ事。
市民の間には動揺が広がり、事は副会長を逮捕するか、薬の製造者を逮捕するかしなければ、
収まらなくなっていた。
魔導師会も組織としての体面が懸かっていた。
そんな中、ダストマンの死体を保管していた象牙の塔から、奇妙な報告が上がる。

――彼は脳は改造されており、5年以上過去の記憶を有していない。

象牙の塔の研究者達は、「ダストマン」とされる人間の脳が魔法的改造を受けていると判断した。
報告書には飽くまで推測ではあるが、記憶と人格の改変が為されたのであろうと付記してある。
更に、以前から忠臣の集いを調べていた執行者ウィル・エドカーリッジからも、追加の報告が上がる。

――「ダストマン」は人格と記憶を複数人で共有している。

これに捜査を続けていた刑事部は大きな衝撃を受けた。
魔法技術的には不可能では無いが、実行するのは非常に困難である。
禁呪の研究者並みの魔法知識と、専門的な設備を必要とする。
魔導師会は再び裏切り者の心配をしなければならなくなった。
しかし、禁呪の研究者達は全員厳しく監視されている。
それは他の部門の比較では無い。
逆天の魔法は漏洩したが、それ以外の魔法が盗み出された気配も無い。
一通りの調査の結果、独力で禁呪に辿り着く事もあろうと言う結論に落ち着いた。
身内に甘かったのではとも言われたが、「ダストマン」を逮捕する事でしか、その疑念は晴らせない。
0363創る名無しに見る名無し2018/10/18(木) 19:07:03.37ID:OBQ3v2eI
2つの報告に続いて、忠臣の集いに潜入していたと言う地下組織の構成員グランディ・ワイルズが、
魔導師会に保護を求めて来た。
曰く、ダストマンに目を付けられ、組織を壊滅させられたと。
彼の供述は概ね事実であったが、唯一つ「カードマン」なる人物の行方は不明だった。
グランディと共に忠臣の集いに潜入していた、魔導師会の人物らしいのだが、当の法務執行部は、
潜入捜査を命じた事実は無いと否定した。
ダストマンが複数存在すると報告した執行者ウィル・エドカーリッジが、カードマンでは無いかと
疑われたが、そのウィルも消息が掴めない状況。
ダストマンによって殺されたのでは無いか、殺されるまでは行かずとも、身動きが取れないのではと、
心配された。
この後、立て続けに奇妙な事件が起こる。
日毎にダストマンの新しい死体が発見される様になったのだ。
勿論、それがダストマンと判明するのは、十分な検死をした後なので、発見時には判らない。
忠臣の集いが解散させられてから2週(10日)の間に、7人のダストマンの死体が確認された。
最初のダストマンの死体と併せて、計8人。
そして更に、捜査が進展する前に、ダストマンの1人が魔導師会に保護を求めて来た。
余りに展開が急過ぎて、誰も状況に付いて行けない。
落ち着いて事件を整理する暇も無かった。
0364創る名無しに見る名無し2018/10/18(木) 19:07:45.05ID:OBQ3v2eI
ダストマンは自分がカードマンに狙われていると供述した。
この儘では、自分も殺されてしまうから、保護して欲しいと。
彼は狡猾で、他のダストマンを売るとまで言った。
自分だけは何の悪事も働いていない。
犯罪行為に手を貸していないし、禁呪も使っていない。
その為の「綺麗なダストマン」だと。
果たして彼を裁けるのか、裁いて良い物かと、魔導師会法務執行部は議論する事になった。
綺麗なダストマン曰く、全てのダストマンは記憶と人格を共有しているが、全ての記憶は持たない。
全ての記憶を共有していると、1人が逮捕されたら、芋蔓式に全員が捕らえられる。
綺麗なダストマンの存在は、最後の保険だった。
他の全てのダストマンが死んでも、彼だけは残る様に計算されて、生み出された。
ダストマンは共謀して悪事を働いたが、綺麗なダストマンだけは計画にも実行にも関わらなかった。
彼は言わば、重要な情報を知りながら何もしない「傍観者」だった。

 「私は彼等の意思決定に関わる権利を持っていませんでした。
  類似した『人格』、即ち感情的・論理的な『思考パターン』を持たされ、記憶の一部を――、
  それが大部分か本当に本の一部かは扨措き、共有していたとしても、同一人物では無いのです。
  私の頭の中には、様々な『ダストマン』の記憶があります。
  しかし、それも全てではありません。
  どのダストマンも自分だけの秘密を抱えています。
  私に判るのは、表層的な部分に過ぎません」

彼の自己弁護は取り調べを担当した執行者を迷わせた。
彼は嘘を吐いていない。
彼の生活は独立しており、犯罪行為で生計を立ててもいない。
彼自身は禁呪を使ってもいない。
一体彼をどの様に扱えば良いのか?
0365創る名無しに見る名無し2018/10/19(金) 20:45:31.46ID:fiX3i6Ye
彼を有罪にするか無罪にするかは別として、取り敢えず魔導師会裁判に掛けるべきだと、
熟練の執行者は主張した。
魔導師会裁判こそが、魔法に関する違法行為の有罪無罪を取り決める唯一の機関なのだ。
刑事部は全体の方針として「共謀」の容疑で、「綺麗なダストマン」事「サロス・ユニスタ」を、
起訴する事にした。
しかし、調べれば調べる程、サロスに罪は無いかの様に思われた。
彼は完全に一般人として、犯罪とは無縁の生活を送っていた。
素行は良く、捜査にも協力的で、逃亡の心配が無いと言う事で、厳しい拘束はされなかった。
サロスは自由に外出も出来たのだが、常に執行者の護衛を要求した。
自分も「ダストマン」の1人なので、何時殺されるか判らないと。
では、誰に殺されると言うのか?
その問に対するサロスの返答は、以下の通りだった。
0366創る名無しに見る名無し2018/10/19(金) 20:46:16.89ID:fiX3i6Ye
 「判りません。
  だから、怖いのです。
  少なくとも私達の正体を知っている者だと言う事は確かです。
  心当たりが全く無い訳では無いのですが……」

 「誰だ?」

 「私達を追っていた執行者です。
  名前までは知りませんが、私達の1人が彼を始末した……筈でした。
  もしかしたら生き延びた彼が復讐心を持って――」

そこまで言うと、サロスは首を横に振って、自分の考えを否定した。

 「しかし、彼は普通の執行者でした。
  だから、追い込まれて、殺されのです。
  私達を追い詰める程の能力があるとは思えません。
  それが可能と言う意味では、シェバハの方が有り得るかも知れません」
0367創る名無しに見る名無し2018/10/19(金) 21:11:36.12ID:fiX3i6Ye
サロスはダストマンは全部で12人だと言っていたが、死体は15人分まで確認された。
自分の与り知らない所で、「ダストマン」が増えているのだと、彼は答えた。
彼から情報が漏れない様に、記憶と人格を意図的に共有しない個体を増やしたのだろうと。
それでも「ダストマン」を狙う者からは逃れられなかった……。
執行者の検視官が15人目の死体に心測法を試した結果、忠臣の集いを探っていた執行者アレフ・
フィンブルクが、このダストマン事「ルフト」により殺されていた事が判明した。
執行者達は激昂してサロスを詰問したが、それは無意味な事だった。
サロスはアレフの死に関して、何の責任も無い。
ある時からアレフは定期的な報告を行わなくなり、行方を晦ました。
それでも表立って彼の死を言う者が無かったのは、グランディの言う「潜入者カードマン」が、
ウィルではなくアレフなのではと多くの者が推測していた為だ。
元々アレフは余り真面目な男では無く、捜査の為なら多少の事は厭わない所があった。
詰まり、ウィルとカードマンは別人であると思っていたのだ。
両者が生きていると言う望みは、その推測が事実でなければ成り立たない。
以前にサロスが「ダストマンの一人が執行者を殺した」と言った時点で、それは儚過ぎる望みだった。
ここに来てカードマンの正体がウィル・エドカーリッジだと言う可能性が高まった。
だが、確証を得るまでは何も言えない。
そもそもウィルは本部の指示を無視して、独断で潜入捜査を行う人物では無かった。
0368創る名無しに見る名無し2018/10/19(金) 21:18:14.96ID:fiX3i6Ye
その一方で、サロスの裁判は粛々と進められた。
事はサロスの内心、即ち彼の意識に懸かっており、有罪となるか無罪となるかは、
判決が下されるまで誰にも分らなかった。
運命の裁判にはサロスと、2人の監視兼護衛役、2人の記録係、3人の裁判官以外は居ない。
検事も弁護士も不在で、真実の審理が進められる。
完全な非公開の裁判なので、傍聴者も居なかった。
型通りの宣言が行われた後、裁判官の1人がサロスに問う。

 「最初に基本的な質問を幾つかします。
  正直に答えて下さい。
  貴方は自分が何故この場に居るのか、詰まり、何故魔導師会裁判に掛けられているのか、
  その理由を理解していますか?」

サロスは困り顔で答える。

 「いいえ、実は余り……」

彼自身は何の罪も犯していないので、それは当然なのだが、そこに嘘がある事を裁判官は見抜いた。

 「『正直に』と言った筈です。
  裁判で人を試す様な真似をしないで下さい。
  場合によっては、貴方に重い判決を下さざるを得なくなります」

サロスは自らに掛けられた嫌疑を十分に理解している。
彼は魔導師会裁判が、本当に僅かな嘘も許さない、真実の庭なのか試したのだ。
裁判官は改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明しなさい」

その口調は少し詰(きつ)くなっていた。

 「答えなければ、どうなりますか?」

それでもサロスは素直には答えず、どの様な罪に問われるのかと疑う。
0369創る名無しに見る名無し2018/10/20(土) 19:03:15.64ID:HyAebTij
幾ら裁判で態度が悪かったと言って、無罪を有罪には出来ない。
裁判官は丁寧に説明する。

 「余りに酷ければ、審理の進行を妨害したと見做します。
  これは魔法に関する法律に於ける、第十条『魔導師会裁判』の項に明記されています。
  審理を円滑に進める為の法律であり、これに違反した者には簡易な制裁が科されます。
  一般の裁判所でに於ける、『法廷侮辱罪』に相当します。
  これは裁判官が直接認定する物ですから、その事実を争う事は出来ません」

 「……分かりました」

そう言うと、サロスは大人しく口を閉ざした。
裁判官は再び改めて言う。

 「貴方に掛けられた嫌疑が、どの様な物であるか、自分で説明して下さい」

 「はい、私は他人との共謀を、執行者に疑われています」

漸く素直に答えたサロスに、裁判官は頷き、更に尋ねた。

 「貴方は共謀の事実があると認めますか?」

 「いいえ、その事実はありません」

サロスは自信を持って断じる。
彼が何の事件も計画していない事は、確かな事実なのだ。
しかし、裁判官の表情は厳しい。

 「貴方の存在は他者が企図した物ではありませんか?」

 「そう……です。
  その通りではありますが、共謀ではありません。
  私は何の企みも持っていません」
0370創る名無しに見る名無し2018/10/20(土) 19:04:03.45ID:HyAebTij
サロスは少しだけ焦った。
自分の存在が他者の計画上にある事は否定出来ない。
今度は、それまで質問していた者とは別の裁判官が問う。

 「執行者の資料には、貴方は他者と同一の人格を持たされ、一部の記憶を共有していたとあります。
  それは事実ですか?」

 「はい」

 「貴方は記憶を共有していた他者が、悪事を働いていたと言う認識がありましたか?」

 「はい」

 「それを通報しなかったのは何故ですか?」

 「……私の置かれた状況を信じて貰う事が、困難だと思っていました。
  私は自分の記憶以外に、犯罪の証拠となる物を持っていませんでした。
  それに私には日常がありました。
  今こうして私が疑われている様に、もし通報していたとしても、普段通りの生活は、
  送れなくなっていたでしょう。
  面倒な事は避けたかったのです。
  恐ろしい事件に、自分から近付こうと言う気は起きませんでした」

それは誰もが考える事であり、特別に非難される謂れは無いと、サロスは開き直った。
裁判官は更に問う。

 「その事に関して、後悔はありませんか?」

 「分かりません。
  ……とにかく、もう済んだ事です」
0371創る名無しに見る名無し2018/10/20(土) 19:08:33.70ID:HyAebTij
最後に3人目の裁判官――裁判長が、サロスに尋ねた。

 「貴方は魔法に関する法律にて、『禁呪』と認定されている魔法の知識を持っていますか?」

 「魔法に関する法律の全てを知っている訳ではありませんが……。
  私の知る魔法の中に、魔法に関する法律に触れるであろう物がある事は、予想が付きます」

 「今後、禁呪を使わないと誓えますか?」

 「はい、その様な予定はありません」

 「予定の有無ではありません、貴方の決意を問うています」

 「はい、禁呪は使いません」

その返答を聞いた裁判官は、暫し無言でサロスを見詰めていたが、やがて重々しく口を開く。

 「……分かりました」

それから3人の裁判官は互いに顔を見合わせ、視線で意思の遣り取りをした。
裁判所で魔法を使う事が出来るのは、基本的には裁判官のみである。
傍聴席や証言台では、魔法が使えない様に結界が張ってある。
よって裁判官達のテレパシーを読み取る事は不可能だ。
結論は、10極もしない内に出た。
裁判長が力強い目でサロスを注視し、判決を述べる。

 「判決を述べます。
  当裁判所は被告人を無罪と結論付けます」

これを聞いたサロスは大いに安堵する。
裁判長は判決理由を語った。

 「裁判官の質問に対する被告人の回答は、些か誠意を欠き、所々に真実を隠そうと言う、
  疚しい意図が窺える物の、被告人が他者と共謀して犯罪行為を働いた根拠となり得る、
  重要且つ決定的な部分に於いては、関係した事実を認められません。
  よって、有罪であると結論する事は出来ず、推定無罪の原則により、被告人を無罪とします」
0372創る名無しに見る名無し2018/10/21(日) 17:44:46.68ID:N9n/I+Am
通例、魔導師会裁判では「推定無罪」の判決は殆ど出ない。
原則的には「推定無罪」であるにも拘らず。
それは嘘を封じる魔法と、過去を暴く魔法がある為だ。
有罪なら有罪、無罪なら無罪、犯行に関与した程度や、故意か過失かも明確になる。
そう出来なかったと言う事は、相手に幾分か疑わしい所が残っている事を意味する。

 「捜査にも協力的であり、今後犯罪行為を働くとも考え難い事から、不当に拘束を続けて、
  被告人の自由を害する事も許されません。
  被告人の保護を名目に、拘束期間を徒に延長させてはならないと、法務執行部には勧告します」

サロスは判決理由を聞きながら、内心満足して何度も頷いた。
所が――、

 「同時に、被告人に適切な治療を施し、社会復帰させる義務がある事も勧告します。
  以上」

最後の一文に、彼は不安を覚えた。
丸で、自分が病気を抱えているかの様な言い方。

 「あのっ、裁判長!」

 「はい、何でしょう?」

審理は終了し、その結論も覆りはしないが、サロスは尋ねずには居られない。

 「私は何等かの治療を受けなければならないのですか?」

 「ええ、そうです。
  貴方は健全な状態とは言えません。
  先ず、他者と記憶を共有している状態を無効にします。
  そして、人格を元に戻します」

 「私が治療を望まないと言っても、拒む事は出来ませんか?」

 「はい、出来ません」
0373創る名無しに見る名無し2018/10/21(日) 17:46:59.86ID:N9n/I+Am
サロスは納得出来ず、首を横に振った。

 「安全に人格を元に戻す事が出来るのですか?
  失敗の虞も無く、完全に元の人格に戻せると?
  それが約束出来ないのであれば――」

 「その点に関しては、治療を担当する医療魔導師から説明を受けて下さい。
  治療後に不満があれば、貴方には通常の裁判にて魔導師会を訴える権利があります」

 「そうでは無いっ!
  私を殺す気か!
  人格を変えられた事に関しては、私は被害者なんだぞ!!」

 「ええ、だから元に戻そうと言うのです」

裁判長の反応は徹底して冷淡だ。
逆上するサロスにも全く動じない。
サロスは身の上話を始め、同情を惹こうとする。

 「元の私は屑だった!
  真面な職も無く、浮ら付いているだけの男だった!
  私をその屑に戻そうと言うのか!
  父も母も私が更生したと喜んでくれたのに!」

 「元の貴方は貴方では無く、貴方が父や母と呼ぶ人物も真実貴方の父や母ではありません。
  そうでしょう?」

 「今の私には家庭もある!
  妻も子も居るのに、私達全員を不幸にすると言うのかっ!」

 「私達も、無論貴方も、未来を予言する事は出来ません。
  貴方の家族が本当に不幸になるか否かは、今の時点では判りません。
  貴方も家族の将来の幸せを完全に担保する事は出来ない筈です。
  貴方が治療を受けても、貴方の家族が必ず不幸になるとは言い切れません。
  同時に、貴方が治療を拒んでも、貴方の家族が幸せであり続けるとは限りません」

一度下された判決が覆る事は無い。
サロスは無罪となったが、治療を受けなければならない。
禁呪によって植え付けられた「ダストマン」としての人格は消失する。
それが自然だと裁判官達は結論付けたのだ。
0374創る名無しに見る名無し2018/10/21(日) 17:50:39.86ID:N9n/I+Am
「ダストマン」サロスは立ち去る裁判官達の背に向かって、見苦しく抗弁を続けた。

 「私を殺して、屑を生かすのか!
  有益な人間が1人減る代償に、有害な人間が1人蘇るだけだぞ!
  真面目に働いて生きていた私が、どうして罰を受けなければ行けない!」

護衛兼監視役の執行者が、両脇からサロスを取り押さえる。

 「裁判は終わった、大人しくしろ!」

 「無罪判決が出ただろう!」
0375創る名無しに見る名無し2018/10/21(日) 17:51:58.35ID:N9n/I+Am
サロスは執行者を睨む。

 「無罪だと!?
  どこが無罪だ!
  死刑も同然では無いか!」

執行者は取り合わずに、以後無言で彼を強制的に退出させた。
2人はサロスが本気で怒っていない事を読み取っていた。
サロスはダストマンと同じ人格を持っているだけに計算高い男で、見っ度も無く喚いたのも、
怒り悲しんでいるのでは無く、そうした感情を一切伴わない、単に同情して貰う為だけの、
計算尽くの行動だった。

 「放せ、嫌だ、俺は死にたくない!」

死にたくないのは真実で、そこには一欠片の嘘も無い。
だが、どんなに恐ろしくても彼が理性を失う事は無い。
0376創る名無しに見る名無し2018/10/22(月) 18:47:57.36ID:dSJwAEhK
自分の命が懸かっているのだから、敢えて醜態を晒す事に躊躇いは無い。
決して恐怖で理性を失っているのでは無い。
訴えは裁判官には通じずとも、執行者や医療魔導師には通じる可能性がある。
そんな淡い期待をサロスは抱いていた。
余りに喧しいので、執行者も忍耐の限界を迎える。

 「大人しくしないなら黙らせるぞ」

執行者の警告に、魔法で口を封じられては堪らないと、彼は口を閉ざす代わりに啜り泣く。

 「嘘泣きも止めろ」

執行者は魔法を使わずとも、サロスが態と醜態を晒しているのだと見抜いていた。
それは「黙らせるぞ」と言われて、直ぐに黙ってしまった事が原因だ。
彼の非人間振りを予め執行者は教えられていた。
疑いの目を以って見れば、サロスの行動は全てが怪しい。
執行者はサロスを馬車に押し込むと、自分達も乗り込む。
馬車は裁判所の敷地から出て、街中を駆ける。

 「……これから、どこに行くんですか?
  病院?」

サロスは泣き止んだ風を装って、執行者に尋ねた。
執行者は淡々と答える。

 「魔法刑務所だ」

 「私は無罪だ!
  こんな事は許されない!」

俄かに激昂するサロスだが、これも芝居である。
一度無罪判決が下された以上、禁固刑が目的で刑務所に連行するのでは無い事は、理解している。
0377創る名無しに見る名無し2018/10/22(月) 18:48:58.87ID:dSJwAEhK
執行者は変わらず淡々と答えた。

 「他に治療に適切な場所が無いと言う話だった。
  詳しくは知らないが」

 「そんな事を言って、理由を付けて私を拘束する積もりだろう!」

 「私達は命令に従うだけだ。
  治療方法が特殊なので、病院では対応出来ないらしい」

サロスは歯噛みして、どうにか「治療」を受けずに済ませられないかと、知恵を絞った。
取り敢えず、治療を担当する医師に訴えてみるが、それが通じるとは限らない。
寧ろ、通じない可能性が高いと感じていた。
馬車が到着したのは、ティナー中央魔法刑務所。
ここは魔法に関する法律を犯した犯罪者が収監される魔法刑務所としては最大で、
収容可能人数は5000人。
幸いな事に、これが全て埋まった事は無い。
サロスが案内されたのは、その地下。
太陽は見えないが、高級ホテル並みの広くて快適な収容室に、彼は入れられた。
直後、何者かが室内の通信機越しに、サロスに話し掛ける。

 「今日は、サロスさん」

男性の声。
サロスが黙っていると、男は続けて話し掛けた。

 「サロスさん、返事をして下さい」

しかし、サロスは一切の話に応じない決意だった。
0378創る名無しに見る名無し2018/10/22(月) 18:50:53.64ID:dSJwAEhK
治療には必ず「同意」が必要である。
口は利かない、サインもしないのであれば、医者は何も出来ない。
それをサロスは知っていた。

 「サロスさん、そこに貴方が居る事は判っています。
  この通信も聞こえていますね?
  聞いている物として、話を続けます。
  初めまして、私は医療魔導師のマインゾール・スンダロと言います。
  脳神経内科を専門としています」

男の正体は医療魔導師だった。
それでもサロスは口を利かない。

 「どうしても、お話には応じて頂けませんか……。
  仕方ありません。
  この音声は記録されているので、何時でも再生して確認出来ます。
  説明を続けます」

医療魔導師は残念そうに言う物の、話は止めない。

 「えー、場所こそ刑務所ではありますが、ここで特に業務を命じられる事はありません。
  貴方は入院中だと思って下さい。
  自由に外出する事は出来ませんが、それ以外であれば、ある程度の要望は聞き入れられます。
  但し、『治療』を行う予定だけは変えられません。
  この治療は貴方の同意が無くても実行されます。
  治療の目的は貴方の人格と記憶を元に戻す事です。
  貴方は本来の物とは別の人格を植え付けられています。
  何も恐れる事はありません、元の貴方に戻るだけです」
0379創る名無しに見る名無し2018/10/23(火) 18:32:47.36ID:hcK8ohtt
説明は未だ続く。

 「御家族には、お話を済ませてあります。
  治療に同意もして頂けました。
  治療費の心配は必要ありません、魔導師会が全ての責任を持って無料で行います」

これにはサロスも参ってしまった。
自分の精神状態が正常で無いと、魔導師会は判断している。
その場合は、家族の同意さえあれば、治療を実行出来る。
後は代論士(※)を呼んで法的に争うか、実力で強行突破して逃亡するしか無い。
前者は金が掛かるので、今のサロスには厳しい。
彼の両親と相談すれば、何とかなるかも知れないが、治療に同意したと言う事は……、
以前からサロスの変化に気付いており、それを怪しんでいた可能性が高い。
家族を引き込んで、同情を誘う作戦は通用しない。
そうなると、残された手段は逃亡しか無いが……。
逃亡したサロスに、執行者が処刑人を送り込む可能性は低いと考えられる。
何故なら、彼は無実なのだから。
有罪の確定的な証拠が出ていない以上、治療を嫌がって逃走したとしても、処刑は出来ない。
その代わり……。

 (奴に殺されるかも知れない……)

「奴」とはダストマン達を殺して来た、謎の存在である。
魔導師会も、その正体を掴んではいない……。
だが、ここで大人しく治療を受けたら、今の人格が消える事は確実。
それなら逃亡した方が増しだと、サロスは決心した。
彼は本来の人格よりも、自分の体の無事よりも、自己の「存在」を絶対視していた。
彼も「ダストマン」の一人であり、禁呪を利用する者なのだ。


※:弁護士の様な物。
0380創る名無しに見る名無し2018/10/23(火) 18:35:52.10ID:hcK8ohtt
執行者達は魔導師会裁判がサロスに無罪判決を出した事は知っていた物の、即ち、
それが無実の証明だとは信じなかった。
判決文は飽くまで有罪とは言い切れないと述べており、無実であるとは断言していない。
魔導師会裁判にて、推定無罪と完全な無罪は大きな違いだ。
よって、何が何でもサロスに「治療」を受けさせなければならないと覚悟していた。
名目は「サロスを正常に戻す」と言う物だが、禁呪の知識を持っているであろうと疑われる彼を、
野放しには出来ない。
絶対に治療を受けさせるべきで、どんなに治療を嫌がろうと、逃がしてはならない。
それが執行者達の共通の認識だった。
当のサロスも執行者達の思惑は知っており、脱走が容易では無い事を覚悟していた。
そこで彼は改心した風に見せ掛ける為、心理カウンセラーを要求した。

 「私も元の自分に戻らなくては行けないと薄々判ってはいます。
  それが『本来あるべき』『正しい』姿なのでしょう。
  しかし、今の自分が消えるかと思うと……」

そんな調子で悩み事を相談する振りをして、「元に戻ろうと言う意思がある事」を窺わせ、
どこかで監視している筈の執行者達の油断を誘う。
サロスはカウンセラーのみを頼り、他の人物との会話は拒んだ。
要求は全てカウンセラーを介して伝え、それ以外の方法は取らなかった。
こうする事で、カウンセラーだけを信頼していると錯覚させるのだ。
そして治療の前日、サロスはカウンセラーを呼び付けて、こう持ち掛けた。

 「どうにか治療を延期して貰えませんか?
  数日で構いません。
  今の儘では、心の準備が出来ないのです」

カウンセラーも魔導師会の関係者なので、そう易々と情に流されはしない。

 「残念ですが、それは出来ません。
  徒に長引かせると、逆に決心が付かなくなりますよ」
0381創る名無しに見る名無し2018/10/23(火) 18:37:28.15ID:hcK8ohtt
柔んわりと諭されたサロスは、悄然として俯く。

 「そうですね……。
  その通りかも知れません」

浅りと諦めた事から、カウンセラーは本当に治療を受ける気があるのかも知れないと思ったが、
どちらにしろ治療の予定を遅らせる権限は無かったので、適当に話を聞いてから戻る事にした。

 「他に何か悩みや相談したい事、誰かに聞いて欲しい事はありますか?」

サロスは俯いた儘で、小さく首を横に振る。
カウンセラーは彼を哀れに思いながらも、今の時点で出来る事は無いので、席を立った。

 「それでは、何かあったら呼んで下さい」

返事は疎か一瞥も呉れないサロスに、少し後ろ目痛さを感じつつ、カウンセラーは退室する。
その僅かな隙を、サロスは突いた。
カウンセラーがドアのロックを解除して、室外に出ようとする瞬間、その背後に気配を消して迫り、
同時に退室する。

 「あっ、このっ!」

勿論、直ぐに気付かれたが、構わず走り出した。
執行者が監視しているだろう事も想定済み。
地下を封鎖される前に、脱出しなければならない。
地上への『道程<ルート>』は来た時に記憶している。
0382創る名無しに見る名無し2018/10/25(木) 19:10:13.00ID:7VoHH6fy
数極もしない内に、警報が鳴り響いて、サロスが脱走した事を報せる。
サロスは風より速く駆け、どうにか地上への階段まで辿り着いたが、そこには当然の様に、
見張りの執行者が居た。
しかも2人。
彼等は即座に拘束魔法を掛けようとする。

 「サロス!
  『動くな』っ、止まれ!」

それに対して、サロスは敢えて魔法で抵抗しなかった。

 「この『体』は呉れてやる!」

肉体は魔法で動かなくなるが、精神は精霊体となって、物体を透過する。
彼の精神は肉体を離れて、地上に抜け出した。

 「何っ」

執行者は不意を突かれて、咄嗟にサロスの精霊を捕らえる事が出来ない。
物質の制限を受けない精霊体は、移動も自在だ。
壁や土を通り抜けて、空高く飛び上がる。
大地さえも彼を縛る事は出来ない。

 (フハハハハッ、やったぞ!!
  執行者も意外と抜けているな!
  後は肉体を……)

巧々(まんま)と魔法刑務所から脱出したサロスは、精霊が弱らない内に秘密の隠れ家に向かう。
彼は執行者に隠れ家の場所を教えたが、それが「全て」では無い。
「嘘は吐かない」事で、愚者の魔法による取り調べを潜り抜けたのだ。
彼にとって己の精神を分離させ、自分の知識や本心を偽るのは容易な事。
0383創る名無しに見る名無し2018/10/25(木) 19:12:06.83ID:7VoHH6fy
唯一隠し遂せた最後の隠れ家は、住宅密集地にある空き家。
霊体で上空から進入したサロスは、直ぐに予備の肉体が保管してある地下に移った。
ここの冷蔵庫には魔法で特殊な処理を施した、新鮮な肉体が1体だけ安置されている。
既に元の人格は消去済みで、憑依には最適な状態。
後は魔法を解除して、乗り移るだけだったのだが……。

 「なっ、何者だ、貴様!?」

サロスが壁を抜けて冷蔵庫のある地下実験室に入ると、彼を待ち構えていた人物が居た。

 「私を忘れたのか?」

初め、真っ黒な影に見えていた人影は、徐々に輪郭を明らかにして行く。

 「貴様はカードマン……?
  違う、その気配は何だ?」
0384創る名無しに見る名無し2018/10/25(木) 19:12:28.92ID:7VoHH6fy
それは姿形こそカードマンなのだが、彼とは纏う魔力の質が違った。
もっと邪悪で恐ろしい……。

 「薬を使ったのか?」

カードマンの魔力には、複数の存在が感じられた。
丁度、魔法資質を高める薬を一遍に沢山飲んで、精霊が不完全に入り混じった時の様に。
カードマンは輪郭を揺らしながら苦笑する。

 「いいや、薬は使っていない。
  そんな事をしなくても良いんだ、私達は」

 「私達?
  貴様は魔導師では無いのか……?」

彼は禁呪を使っていると、精霊体のサロスは直感した。
0385創る名無しに見る名無し2018/10/25(木) 19:14:18.65ID:7VoHH6fy
魂を融合させる魔法は、共通魔法には無い。
仮にあったとしても、禁呪になる。
そして、絶対に使用は許可されない。
どんなにダストマンを強敵と認識していても、魔導師会の魔導師であれば、そんな手を使う位なら、
他の禁呪を持ち出す筈。

 「貴様は何者だ……?
  カードマンなのか、それとも……」

サロスは得体の知れない恐怖を感じた。
カードマンは再び輪郭を失い、別人に変貌する。
それまで「ダストマン」が殺して来た者達の顔に、次々と……。

 「忘れ物を届けに来た」

彼等はサロスに向かって恨み言を吐く。

 「お前が私達を殺した」

 「私達の体を返せ」

 「私達の心を返せ」

 「お前には死の安らぎすら与えられない」

 「私達と共に、この地獄で生き続け――」

 「永遠の苦痛を味わうのだ!!」

サロスは漸くカードマンの正体が何なのかを察した。

 「じゅ、呪詛魔法……」
0386創る名無しに見る名無し2018/10/27(土) 18:28:14.60ID:QvgRIesW
肉体は直ぐ近くにあるのに、カードマン――否、呪詛魔法使いが邪魔で憑依する事が出来ない。
この儘では、精霊体が消滅してしまう。

 (早くしなければ、精霊が保たない!
  どうにか隙を見付けて、肉体に憑依しなければ)

事ここに至っても、サロスは後悔していなかった。
呪詛魔法使いは恐ろしいが、その恐怖も自らの命と比較になる物では無い。
彼は本当の意味で人間的な感情を排除しているのだ。
肉体を得られれば、その後の事は、どうとでもなると考えている。
その思考自体は正しい。
ここで死にたくなければ、先ず肉体を得なければ始まらない。

 (ここで、こいつを殺す。
  呪詛魔法使いだろうが、何だろうが、所詮は魔法使い。
  魔力で魔法を使う事には変わり無い。
  だったら、倒す事も出来る筈だ)

サロスは先手を取って魔法を仕掛けようとした。
所が、精神を集中させて魔力を集めようとすると、精霊体が呪詛魔法使いに引き寄せられる。
精霊体を構成している魔力が、少しずつ呪詛魔法使いに吸い取られて行く……。

 「なっ、何をしている……!?」

驚き戸惑うサロスに対して、呪詛魔法使いは邪悪な笑みを浮かべた。

 「お前も私達の一部となるのだ」

 「何だとっ」

 「私達から奪った物を返せ」

サロスから魔法資質が失われて行く。
それと反比例する様に、呪詛魔法使いの纏う魔力が強くなって行く。
0387創る名無しに見る名無し2018/10/27(土) 18:29:33.93ID:QvgRIesW
 「こ、こんな所で死んで堪るか!」

愈々追い詰められたサロスは、一先ず呪詛魔法使いは無視して、肉体を得ようと決めた。
彼にとっての死とは、肉体の損壊では無く、魂の消滅。
もう残るダストマンは彼一人なのだ。
ここで彼が倒されては、後を継ぐ者が居ない。
彼も知らないダストマンが生き残っている可能性はあるが、それも呪詛魔法使いに狙われては……。
冷蔵庫は中身を知られない様に、魔力を遮断する素材で覆われている。
精霊体は魔力の塊なので、魔力を遮断する素材を貫通する事は出来ない。
物理的な干渉を受けない精霊体は、逆に干渉する事も出来ない。
干渉する為には、必ず「魔法」を介す必要がある。
だが、今のサロスは呪詛魔法使いに魔力を吸い取られている。
魔法を使おうと魔力を集めても、そちらに先に吸収される。
しかし、サロスには秘策があった。
自らの精霊体から魔力を捻出し、その魔力で魔法を使えば、外部からの影響は受け難い。
魔法によって一度発動した物理的な現象は、魔力とは無関係なので、吸収される事も無い。
サロスは命を削る覚悟で、魔法を使う。

 「私の邪魔をするなっ!」

彼は突風の魔法で呪詛魔法使いを弾き飛ばすと、同時にマジックキネシスで冷蔵庫を開けた。
冷気が漏れ出し、冷やりとした空気が室内を覆う。

 (後少し、後少しだ!)

サロスが肉体に取り憑こうとした瞬間、魂を持たない筈の肉体が自ら起き上がった。

 (う、動いた!?)

肉体は両目を見開き、動揺するサロスを確(しっか)と睨む。
0388創る名無しに見る名無し2018/10/27(土) 18:30:34.88ID:QvgRIesW
その瞳は憎悪の色に染まっていた。

 「何故逃げる?
  来い、お前も私達の一部となるのだ」

その口から発せられる言葉は、呪詛魔法使いと同じ。
当の呪詛魔法使いは、相変わらず不気味な笑みを浮かべて、サロスを静かに見詰めている。

 「貴様、私の肉体に何をした?」

 「お前の物ではあるまい……」

呪詛魔法使いはサロスの問に、呆れた様な声で冷静な突っ込みを入れる。
彼の顔は又も変貌して、今度は完全に見知らぬ男の顔になる。

 「何を恐れる?
  お前の求める全てが、ここに有るのだぞ」

 「何の話だ?」

困惑するサロスに、呪詛魔法使いは意味深長な笑みを向けた。
それまでの憎悪に満ちた邪悪な笑みとは異なる。

 「魔法に不可能を無くしたいと言っていたでは無いか……。
  そう、私達に不可能は無い。
  私達は死を持たず、呪詛魔法として永遠に生き続ける」

 「だから、一つになれと……?」

 「その通りだ」

怪しい勧誘を、サロスは鼻で笑った。

 「誰が聞き入れるかっ!
  私は私である事に価値があるのだ!
  貴様等の存在等、受け容れられるかっ!」
0389創る名無しに見る名無し2018/10/28(日) 19:55:38.36ID:gc/5Ae0h
呪詛魔法使いの顔は忽ち、憎悪に満ちた他者の物に変わる。

 「お前がっ、それをっ、言うのかっ!?
  お前がーーっ!!」

一体どれが呪詛魔法使いの本心なのか……。
その下から先程の男が再び顔を現し、サロスに誘い掛けた。

 「何も恐れる事は無い。
  お前の懸念も、直ぐに取るに足らない事だと解る。
  自我を捨て去れ。
  『私達』は大いなる物と一つになるのだ。
  この力も『私達』の物……」

彼の口振りは、既にサロスが自分達の一部であるかの様。
サロスは言い知れない恐怖と不安に襲われた。
最早自分は『彼等』の一員となりつつあるのではと……。
否、最早何をしようとも、彼等から逃れる事は出来ないのだ。
サロスの精霊体は限界を迎えようとしていたが、彼の意識は消滅しなかった。
胸の中から不快感が込み上げて、猛烈な吐き気と頭痛に襲われる。
頭も胸も既に無い筈なのに、その感覚だけが残っている。
認識は暈けた様に崩れて行き、とにかく苦しい事しか判らない。
どこからとも無く、彼が殺して来た亡者の声が響く。

 「地獄へ落ちろ」

 「苦痛と憎悪と憤怒と悲嘆と……」

 「あらゆる負の感情が集う所に」

 「私達は居る」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」

 「我等は呪詛魔法使い」
0390創る名無しに見る名無し2018/10/28(日) 19:57:45.71ID:gc/5Ae0h
サロスは声から逃れたかったが、塞ぐ耳も手も無かった。
あらゆる負の感情が流れ込み、彼自身も次第に感化されて行く。

 (これが人の心……)

彼は次第に負の感情が自分から湧き出しているのだと、誤解する様になった。
誰かに、これを打ち付けずには居られない。
呪詛魔法が何の為にあるのか、彼は理解する。

 「我等は呪詛魔法使い」

譫言の様にサロスは呟いた。
否、彼は最早サロスでは無い。
自我を喪失し、呪詛魔法使いになってしまったのだ。
0391創る名無しに見る名無し2018/10/28(日) 19:59:15.99ID:gc/5Ae0h
サロスの精霊を取り逃してしまった事は、執行者にとって大きな失態だった。
逃げたと言う事は、疚しい事があるに違い無い。
肉体を捨てたのだから、代わりの肉体をどこかに用意している。
早く逮捕しなければ、ダストマンの「増殖」を許してしまうと、危機感を持っていた。
しかし、指名手配しようにも、肉体は既に無い。
姿形を持たない精霊体の指名手配は前例が無い。
どうやって追えば良いのかも分からない。
人間が精霊化すると言う事実は、魔導師会が長年伏せて来たので、市民に注意を呼び掛けるには、
先ず精霊化を理解して貰う必要がある。
精霊化の原理を説明して、それを市民が理解出来るか否かは別として、仮に理解されてしまうと、
現生人類が「人間」から遠ざかってしまう。
魔導師会は苦しい言い訳ではあるが、「ダストマン」と呼ばれる悪しき魔法使いが生み出した、
「魔法生命体」が残留思念を持って活動している可能性があると、発表する事にした。
そう言われても、市民の方は殆ど何も出来ないのだが……。
一方で、魂の抜けたサロスの肉体は、取り敢えず冷暗所にて安置される事となった。
未だ肉体は生きているので、もしかしたらサロスの精霊が戻って来るかも知れない。
その時に絶対取り逃さない様に、執行者は必ず2人以上で、交代して番をした。
0392創る名無しに見る名無し2018/10/29(月) 19:39:06.94ID:HA056F7R
ティナー市中央区 市街地の路地にて


サロスが逃亡した明後日の夕刻、霧雨の中、人通りの疎らな路地を行く執行者、
デューマン・シャローズに声を掛ける男があった。

 「デューマン、話がある」

デューマンは振り返り、男の姿を確認した。
青い魔導師のローブを着て、フードを被っているが、その隙間から覗く顔と声には覚えがある……。
それは行方不明の執行者ウィル・エドカーリッジの物だった。

 「ウィル……?
  ウィル・エドカーリッジか?
  生きていたんだな!」
0393創る名無しに見る名無し2018/10/29(月) 19:39:49.07ID:HA056F7R
デューマンは喜びを顔に表して、ウィルの肩に手を掛けようとしたが、軽く躱されてしまう。

 「止せよ、男同士で」

 「とにかく無事で良かった」

 「余り無事とは言えないがな」

低い声で答えるウィルは暗い顔をしており、健康そうには見えない。

 「どこか悪いのか?」

 「それより……サロス・ユニスタの体が保管してある場所に、案内して欲しい」

行き成り、そう切り出したウィルを、デューマンは怪しんだ。
この男はウィルでは無く、その姿を借りた「ダストマン」かも知れないと。
0394創る名無しに見る名無し2018/10/29(月) 19:41:06.05ID:HA056F7R
何より魔力の流れが暈やけていて、明確には感じ取れない。
魔力の流れは個人を判別するのに欠かせない物だ。
丸で正体を探られるのを避けようとしている様。

 「何をする積もりなんだ?」

デューマンは出来るだけ警戒している事を覚られない様に、平静を装って尋ねた。

 「あるべき物を、あるべき場所に返す」

ウィルの回答は決意に満ちていた。
彼はダストマンとは違うのではと、デューマンは思うも、確証が無いので何とも言えない。

 「いや、生存報告が先だろう?
  今まで何をしていたんだ」

デューマンは常識的な思考で、ウィルに今優先すべき事を諭した。
しかし、ウィルは悲し気な顔で首を横に振る。

 「生存報告は出来ない。
  今まで何をしていたのか、語れば長くなるが――」

 「理由があるなら、聞かせてくれよ」

そうデューマンが促すと、ウィルは小さく頷いた。

 「そうだな……。
  サロスの体は魔法刑務所にあるんだろう?
  道々話そう」

点々(ぽつぽつ)と街灯が明かり始める中、2人は共に魔法刑務所に向かって歩いた。
0395創る名無しに見る名無し2018/10/29(月) 19:43:32.90ID:HA056F7R
霧雨は音も無く、街路の石畳を湿らせる。
デューマンはウィルが真面な状態では無いと、確信を持っていたが、それが悪しき物か、
良き物かの判別は付かなかった。
ウィルは訥々と語り始める。

 「『ダストマン』の件は片付いた」

 「何だって?」

 「もう心配する必要は無い。
  私が始末を付けた」

デューマンは不安と不信を露に、ウィルを顧みる。
ウィルの瞳は茫然と足元を見詰めている。

 「始末って――」

 「もう『ダストマン』は居ない。
  色々疑問はあるだろうが、先ずは私の話を聞いて欲しい」

そう彼に言われたデューマンは、大人しく話が終わるのを待った。
ウィルは続けて語る。

 「私はダストマンに殺された。
  死の間際、私は無念でならなかった。
  この悪党だけは絶対に許しては行けないと思った」

衝撃の告白に、デューマンは思わず声を上げる。

 「殺されたって……、じゃあ、今ここに居るのは何なんだ?」

 「幽霊みたいな物さ。
  私はダストマンへの復讐の為だけに蘇った。
  ……呪詛魔法使いとして」
0396創る名無しに見る名無し2018/10/30(火) 19:29:36.60ID:DTjvJrlA
デューマンはウィルの言う事を、完全に信じる気持ちにはなれなかった。
未だ、この「ウィル」がダストマンである可能性を捨て切れない。
突拍子も無い事を言って、自分を混乱させようとしているのではと疑う。

 「呪詛魔法……?」

 「禁に触れた私は魔導師失格だ。
  軽蔑してくれて構わない」

 「軽蔑なんて……」

魔導師が外道魔法に手を出す等、本来あってはならない事。
しかし、デューマンは咎めようとは思わなかった。
ウィルが本当に死んだのであれば、今更何を言っても手遅れだ。
それに死者を罰する法は無い。
デューマンは彼を責めるよりも、事実の究明を優先した。

 「復讐は終わったのか?」

 「ああ」

 「それなら、今頃サロスに何の用なんだ?
  未だダストマンが蘇る可能性があるのか?」

 「そうでは無い。
  ダストマンは死んだが、サロスは生きている。
  『ダストマンでは無い』サロスが」

 「一体、何をする積もりなんだ?」

復讐を終わらせ、もう呪う相手も居ないのに、ウィルは何をしようと言うのか……。
0397創る名無しに見る名無し2018/10/30(火) 19:31:05.22ID:DTjvJrlA
デューマンの疑問に対し、ウィルは独り言の様に答える。

 「呪詛魔法は本当に人を呪うだけの魔法なのか……。
  死者の怨念、無念は、悪しき物でしか無いのか……。
  呪詛魔法も所詮は単なる法の一でしか無いのであれば……」

 「だから、何を――!」

デューマンが問い詰めようとすると、ウィルは彼を真っ直ぐ見詰め返した。
その余りの真剣さにデューマンは思わず声を詰まらせ、息を呑んだ。
ウィルは静かに語る。

 「人生の最後に――否、もう私の人生は終わってしまったが……。
  最後の最後に、良い事をしたい。
  そう思うのは滑稽だろうか?
  本当に出来るかは分からないが……。
  試してみる価値はある」

 「サロスを生き返らせるのか?」

神妙な面持ちでデューマンが尋ねると、ウィルは小さく頷いた。

 「サロスは精神的には死んだ。
  彼の精霊はダストマンによって失われ、空になった肉体は傀儡となった。
  呪詛魔法は彼の無念をも取り込んだが……」

 「分離させられるのか?」

 「分からない……。
  しかし、彼の心は戻りたいと願っている。
  彼の肉体は未だ生きているんだろう?」

これもダストマンの芝居なのかと、デューマンは疑いを持ちつつも、心は揺れている。
もしウィルの正体がダストマンなら、態々こうして姿を現す理由は何だろうか?
そんな理由は特に思い浮かばない。
0398創る名無しに見る名無し2018/10/30(火) 19:32:21.40ID:DTjvJrlA
それならば、ウィルの言う事は真実と思っても良いのではないか……。
デューマンは、そう考える様になっていた。
だが、これが個人的な事なら未だしも、組織や社会に影響を及ぼす事になると、
慎重にならざるを得ない。
他人をどうやって説得すれば良いかも、思い浮かばない。

 「話は分かったが……」

頭を悩ませるデューマンに、ウィルは告げる。

 「許可を貰う必要は無い。
  私は既に死んでいるのだから。
  大概の事は障害にならない」

 「……だったら、何で俺の前に出て来たんだよ」

執行者の見張りを擦り抜けて、サロスに接近出来るなら、態々こんな話をしに来なくても良い。
ウィルがサロスに接触するのに、執行者の了解を得る為に現れた物だと思っていたデューマンは、
徒労感に肩を落として溜め息を吐いた。
ウィルは小声で言う。

 「君には解って欲しかった。
  それと――」

 「未だ何かあるのか?」

 「私の死体は廃工場地帯の上流の川辺に隠されている。
  力ある者達が屯していた、例の施設がある、あの廃工場地帯だ」

デューマンは小さく頷いた。
自分の遺体を回収して丁重に葬って欲しいとの意だと、彼は受け取った。
何とも言えない鬱々とした気持ちになり、デューマンが一度下を向くと、次に顔を上げた時には、
ウィルの姿は消え失せていた。
デューマンは驚いて立ち止まり、辺りを見回す。

 (どこへ……って、知れた事か……。
  夢か幻か、少なくとも悪い夢では無かったかな……)

彼は魔法刑務所に向けて、再び歩き出す。
0399創る名無しに見る名無し2018/10/31(水) 18:28:27.89ID:VhfffjWQ
ティナー中央魔法刑務所にて


魔法刑務所に着いたデューマンは、真っ直ぐ地下の霊安室に移動した。
ここに生命維持措置を施されたサロスの肉体が、安置されている。
精霊を失っているとは言え、魔導師会法務執行部が預かっている以上、見殺しには出来ないのだ。
延命措置を解除するにも、諸々の手続きが必要になる。
デューマンは各所で見張りをしている執行者に、何か異変が無かったかを訊いて回った。
しかし、誰も何も見ていないと言う。
デューマンは監視役の執行者を伴い、サロスの眠る霊安室に入った。

 「何なんです、デューマンさん?
  行き成り来て、サロスの様子を見たいだなんて」

 「確かめたい事があるんだ」

彼は死んだ様に動かないサロスを見下ろしながら、同行した執行者に言う。

 「サロスを目覚めさせてくれ」

 「それは出来ませんよ……。
  彼は精霊を失っています。
  目覚めさせた所で、直ぐに衰弱して死んでしまいます」

執行者の常識的な発言に、デューマンは我に返った。

 「そうだよな……」

何を馬鹿な事を口走っているんだと、彼は首を横に振る。
それでもウィルと会話した記憶は確かに自分の中にあり、全くの妄想だと断じる事が出来ない。

 「済まない、何でも無い」

気不味くなったデューマンは直ぐに踵を返し、魔法刑務所を後にした。
0400創る名無しに見る名無し2018/10/31(水) 18:29:34.19ID:VhfffjWQ
市街地の外にある廃工場地帯にて


翌日、彼はウィル・エドカーリッジの遺体を探す為、他の執行者と共に廃工場地帯の川辺へと来た。

 「ここにウィルの死体があるって本当か?」

訝る同僚達に、デューマンは自信の無さそうな顔で頷く。

 「多分」

 「多分って……。
  何か手掛かりを掴んだんなら、教えてくれないか」

どうして、ここを探すのかと言う問に、どう答えた物かデューマンは少し迷った。
0401創る名無しに見る名無し2018/10/31(水) 18:30:05.86ID:VhfffjWQ
数極の思案の後、彼は正直に答える。

 「……ウィルが教えてくれた」

 「どう言う事だよ、ウィルは死んだんじゃなかったのか?
  幽霊でも出たってのか」

同僚達は揶揄い半分で言った積もりだったが、デューマンは真顔で頷いた。

 「ああ、そんな所だ」

同僚達は一様に彼を心配した。

 「幻覚でも見たか、それとも夢?
  心労が溜まってるんじゃないか?」

その問い掛けに、デューマンは何も答えない。
その態度に同僚達は動揺して弁解した。

 「気を悪くしないでくれ、侮辱する積もりは無いんだ。
  唯……、連勤で疲れているんじゃないかと」

デューマンは責任感から、忠臣の集いの調査に加えてダストマンの捜索まで、碌に休みも取らず、
捜査を続けていた。
0402創る名無しに見る名無し2018/10/31(水) 18:30:51.22ID:VhfffjWQ
こう言う時に、休めと言われても中々休めないのは、同僚達も理解していた。
捜査の進展が気になって、落ち落ち寝てもいられないのだ。
自分の居ない間に、大きな発見があったり、被害者が増えたりしないか……。
それは決して、他人に成果を横取りされるかも知れないと言う功名心から来る物では無く、
自分の与り知らぬ所で事が進む事に対する、恐怖心にも似た否定的な強迫観念から来る物である。
特に身近な者が被害、加害に拘らず事件に関係している場合に、この傾向は強くなる。
デューマンはウィルとは友人関係だったし、グランディとも知り合いだった。
自分が事件を解決しなければならない、自分が解決するとまでは行かずとも、少しでも捜査の進展に、
貢献せねばならないと言う思いで、自分を追い詰めていると、心身に異常を来す。
今のデューマンは正しく、そんな心理状態であり、当人も自覚があって否定出来なかった。
沈黙したデューマンに代わって、同僚の一人が前向きな発言をする。

 「取り敢えず、デューマンの言う通りに探してみようじゃないか?
  他に手掛かりも無いんだし」

その通りではあるので、執行者達は何と無く腑に落ちない気持ちながら、川辺の草叢を掻き分けて、
ウィルの遺体の捜索を始めた。
デューマンは同僚達に申し訳無く思い、とにかくウィルの遺体を発見して信用を取り戻そうと、
進んで深い草叢に飛び込んだ。
遺体の発見は、魔法を使っても中々難しい。
生きている人間は体温や魔力の流れから簡単に見付け出せるが、死体は「物」と同じだ。
腐敗が進んでいれば、尚困難になる。
執行者達は廃工場地帯を流れる川に沿って、上流と下流へ、散り散りに捜索範囲を拡げて行った。
約1角後、デューマンでは無い一人の執行者が、大きな声を上げた。

 「あった!!
  あったぞーーーー!!!!」

草に隠れた川の淀みに、俯せに浮かぶ腐敗死体が、そこにあった。
0403創る名無しに見る名無し2018/11/01(木) 18:48:50.99ID:PzqcLe2w
それはウィルと一見では判別出来なかった。
服装は普段着で、執行者のローブを着ていなかった。
聞き込みや張り込みをするに当たり、執行者の姿では警戒されると思っての事だろうか?
肌は腐敗して膨張し、暗い緑色に変色しており、所々野生動物に齧られたのか、白骨が覗いていた。
身元を確認するには、これを持ち帰って、検死しなければならない。

 「これは本当にウィルなのか……?」

一人が当然の疑問を口にすると、皆困惑の表情をした。
独りでに視線はデューマンに集まったが、当の彼も確信は持てなかった。
遺体は身元の判る物を持っておらず、それらしい物も近くには落ちていない。

 「分からない。
  検死してみない事には……。
  とにかく、持って帰ろう」

ここは廃工場地帯の側なので、必ずしも遺体がウィルとは限らない。
今は人が居ないが、ここは貧民街だった。
遺体を埋葬せず、川に流す事もあろう。
執行者達は腐敗した遺体を水から引き上げ、布に包んで馬車に乗せた。
何人かは川辺に残って、他に死体が無いか探す。
デューマンは遺体がウィルの物だとは言い切れず、残って捜索を続ける事にした。
……結局、他に死体は見付からず、執行者達は日が暮れる前に捜索を終わらせた。
執行者の一人がデューマンに話し掛ける。

 「あれがウィルじゃないと良いな」

その言葉の意味をデューマンは直ぐには理解出来なかったが、真意に気付くと複雑な気持ちになった。
0404創る名無しに見る名無し2018/11/01(木) 18:51:59.88ID:PzqcLe2w
ウィルは行方不明なのであって、客観的に死亡が確定している状態では無いのだ。
呪詛魔法使いとなったウィルに会ったデューマンと異なり、他の者は未だウィルが生きていると、
幽かな希望を持っている。
死体がウィルだと判明する事は、彼の死が確定するのと同義であり、喜ばしいとは言えない。

 (……俺はウィルの死を望んでいるのか)

デューマンは帰宅した後、又も眠れぬ夜を過ごす事になった。
0405創る名無しに見る名無し2018/11/01(木) 18:53:07.35ID:PzqcLe2w
あれは本当にウィルの死体なのか、そうであって欲しいのか、違うのか……。
仕様も無い悩みだと解ってはいる物の、振り切れないが故に、悩みは深くなるばかり。
悶々としている内に、日付は既に変わっている。
もう眠る事を諦めた彼は、深夜にも拘らず執行者のローブに着替えて静かに家を抜け出し、
昨日発見された遺体の検死結果を少しでも早く知ろうと、医事課棟の遺体安置室に向かった。
遺体安置室は地下にあり、そこには今回の事件の「被害者」が未だ多く残っていた。
ダストマンに体を乗っ取られ、殺されてしまった者達。
ウィルも、その一人になってしまうのか……。
デューマンが遺体安置室に続く廊下を歩いていると、警備室の執行者が呼び止める。

 「待って下さい、貴方は?」

 「刑事部、一課のデューマン・シャローズだ」

デューマンは執行者の手帳を見せ付けた。

 「一課の刑事さんが、何の御用です?」

 「今日……じゃなかった、昨日運び込まれた死体の検死結果を聞きたい」

 「それなら、医事課の事務局に行って下さい」

警備室の執行者は事務的な態度を取る。
医事課の医師達は深夜まで働く事があるが、事務局は夕方には閉まって、翌朝まで開かない。
事務局に行った所で、何も出来る事は無く、朝まで待つしか無いのだ。
0406創る名無しに見る名無し2018/11/01(木) 18:54:02.03ID:PzqcLe2w
デューマンは眉を顰めて、警備室の執行者に尋ねた。

 「検死結果は出ているんだろう?」

 「そんな事、分かりませんよ」

執行者は迷惑そうに答える。
当然だ。
彼は警備の為に居るのであって、検死官の仕事の進捗具合等、知る由も無い。
それでもデューマンは食い下がる。

 「今日の当直は誰だ?」

警備室の執行者は面倒臭そうな顔をしつつも、壁に貼り付けてある医師の勤務表に目を遣った。

 「あー、クリアーノ・スライテレヴェント先生です」

 「クリアーノか……。
  彼と少し話をしたい」

デューマンの要求に執行者は小さく溜め息を吐く。

 「どうぞ、御自由に。
  先生の迷惑にならない様に、お願いしますよ」

 「ああ」

執行者はデューマンを止めなかった。
これ以上の問答は避けたかったのだ。
デューマンは呆れられていると解っていたが、とにかく結果を知りたい一心で、宿直室に向かった。
0407創る名無しに見る名無し2018/11/02(金) 18:40:51.87ID:HA7z0J4m
 「クリアーノ、居るか?」

彼が宿直室の戸を叩くと、医師クリアーノが顔を出す。

 「何だ?
  デューマンか、珍しいな。
  急患、それとも事件か」

デューマンを認めた彼は眉を顰め、何事かと問うた。

 「今日、死体が運び込まれただろう?
  ああ、もう『昨日』か」

それを聞いた途端、クリアーノも又、迷惑そうな顔をする。

 「昼間の事は知らんよ」

 「検死は終わってるのか?」

 「問題が無ければ、終わってる筈だがな……。
  保存の魔法があっても、検死は早い方が良いんだし」

彼はデューマンの問に適当に応じながら、業務日報を取り出して調べた。

 「――ああ、終わってる、終わってる」

 「結果は、どこで判る?」

 「『報告書<レポート>』が事務局に提出されている筈だ。
  『書庫<ライブラリー>』には未だ登録されていないと思う」

結局、事務局かとデューマンは肩を落とした。
0408創る名無しに見る名無し2018/11/02(金) 18:42:58.90ID:HA7z0J4m
そんな彼をクリアーノは慰める。

 「どうしたんだよ、デューマン?
  昨日運び込まれた死体が、何なんだ?
  どうしても、今調べなきゃ行けない事か」

 「そう言う訳じゃないんだが……。
  もしかしたら、行方不明になっていたウィルかも知れないんだ」

 「その死体が?
  ウィル……ウィル・エドカーリッジか」

クリアーノはウィルと余り親しくは無かったが、面識はあった。
デューマンとウィルが仕事上の付き合いだけで無く、私的に友人関係にあった事も知っているので、
気持ちは解る積もりだった。

 「分かった、一緒に事務局に行ってやるよ」

クリアーノは宿直室から出て、鍵を掛ける。
態々手間を掛けさせていると自覚しているデューマンは、項垂れて謝罪した。

 「悪い」

 「良いさ、暇してた所だし」

クリアーノは警備の執行者から事務局の鍵を受け取り、デューマンと共に事務局に向かう。
誰も居ない医事課棟の1階を2人は無言で歩き、事務局の前まで来た。
クリアーノは事務局の鍵を開けて、明かりを点け、提出書類の収納棚に向かう。

 「あった、これだ。
  検死報告書……」

彼は引き出しを開けて、報告書を全て取り出した。
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