【ファンタジー】ドラゴンズリング6【TRPG】
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――それは、やがて伝説となる物語。
「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。
大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。
竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。
ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
規制時の連絡所:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
まとめwiki:ttps://www65.atwiki.jp/dragonsring/pages/1.html
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(単章のみなどの短期参加も可能)
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所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:
過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリングV【TRPG】
ttp://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487868998/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリング4【TRPG】
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1501508333/l50
【ファンタジー】ドラゴンズリング5【TRPG】
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1516638784/l50 「なるほど、力は十分ですが技がないと見える。
それでよく生き延びてきたものですね」
「ふざけんじゃ……ねえぞォォッ!!!」
膠着状態に陥った瞬間、ジャンはウォークライを繰り出す。
自らを鼓舞し、さらに相手を怯ませる雄叫びは英雄を相手にしてもなお、勇気を生み出すのだ。
だが旧世界の英雄たるオウシェンは怯まない。
それどころか長尺棒を使って後ろに跳ねるように下がり、両足を強く踏み込んで床板を砕く。
そして静かに、その言葉を紡いだ。
『叫べ、歌え、戦え』
それは、荒波に立ち向かう船乗りの咆哮と海女の舟歌から生まれた、原初のウォークライ。
力を持つ三つの単語を触媒として周囲に漂う魔力を取り込み、自らの身体と一体化することで自在に環境を支配するオウシェンの秘儀。
そして今この場所は、指環の魔力が魔術の使用によって大量に残留する状態。
「新世界に伝わる魂の言葉がその程度ならば、私たちが犠牲を払った意味もありません!
私たちが再び指環の継承者となり、全てをやり直します」
その身に圧倒的な魔力を纏い、長尺棒を振るえば空気すら吹き飛ぶような錯覚を覚えるほど強大な存在となったオウシェン。
しかし、ジャンはそれに臆することはなかった。ウォークライによって生まれた勇気は蛮勇かもしれないが、それでも怯えを止めるには十分だった。
「アクア、限界までやるぜ。竜装だッ!」
『君に相応しい姿にするとしよう!オウシェンちゃんには申し訳ないけどね』
「勝ち目のない賭けをやりたがる癖は抜けていないようですね、アクア!
ですがそれが間違いだったと後悔するときです!」
水流がジャンの身体を包み、いつもとは違う姿へとジャンを変えていく。
その隙を逃さずオウシェンが飛び掛かり、長尺棒による無数の乱打で確実に仕留めんとする。
軌道が見えないほどの速度であらゆる角度から放たれる乱打は一つ一つが濃密な魔力を纏い、一撃必殺たりうるものだ。
だがその嵐の中で、水流に包まれたジャンが手を伸ばし、静かに言葉を紡ぐ。 『――囁け、黙れ、失せろ』
その手は深海のように蒼く、太陽に照らされる大海原のように眩しい。
ジャンは全身に指環の魔力で鎧を構築し、頭も竜を象った兜で覆っていた。
数百の乱打にも怯むことなく長尺棒を掴み、オウシェンを無理矢理に引き寄せる。
「馬鹿な!竜装では防げないほど魔力を取り込んだのにッ!」
「叫ぶことなく言葉だけで魔力を取り込めるなら、
言葉だけで魔力を消し飛ばすこともできるってことだろう?」
『もちろんボクがありったけの魔力を込めたからこそだけどね。
もう空っぽだよ、これ以上打つ手はない』
「というわけだ。最後は力比べといこうじゃねえか!」
「――舐めるな亜人!」
そこから先は、純粋な力と技のぶつかり合いだった。
ジャンが鋭い拳を繰り出せば、オウシェンはそれをいなして蹴りを叩き込む。
それをあえて受け止め、ジャンは膝蹴りを容赦なく相手の腹に入れる。
体格の差はあるものの、お互いに鍛えられた肉体である以上一進一退の攻防は続く。
そして、最後は唐突に訪れた。
「ゴラァッ!」
「破ァ!」
ジャンの拳とオウシェンの蹴りがそれぞれの顔面に突き刺さり、互いに吹き飛んでいく。
お互いに離れる形となった状態で、オウシェンが頭を振って先に立ち上がった。
「……ジャン、と言いましたね。
先程の言葉を訂正しましょう。あなたは指環を持つ者として十分な強さです」
「へっ、タコ殴りにされてから言う台詞じゃねえよ」
「女に手を上げるとは野蛮ですね」
「散々殴り合った後でそりゃねえだろ……」
ジャンも遅れて立ち上がり、お互い今まで神殿の外にいたことに気づいた。
どうやら最後の殴り合いに集中しすぎて周りが見えていなかったようだ。
「ともあれ、あなたの実力は十分に確かめました。
再び生を受けた身ではありますが、女王陛下には生前からもう十分すぎるほど忠義を尽くしたので。
この辺りで終わりとしておきましょう」
「……てっきり殺し合いになるかと思ったぜ」
「私が求めるのは血ではなく修練です。
どんな弱者も生きていればいずれ強者となりうるものですから」
そりゃいい、とジャンはひらひら手を振って神殿に戻る。
オウシェンはもはや戦う気はないが、他の英雄たちがどうなっているかは分からない。
そして神殿に戻ってみれば、そこには英雄と激戦を繰り広げるアルダガたちがいた。 アルダガが対峙しているのはおそらく全の属性を司る英雄。
装飾がなく、実用一辺倒の銀色に鈍く輝く鎧兜とただ一振りの何の変哲もない大剣。
それだけなのに、アルダガを一方的に押し込めていた。
メイスを振るえば即座に大剣で対応し、神術を放てばそれに弱点となりうる魔術を即座に放つ。
身体強化は効果が切れるまでいなし続け、時には砂による目つぶしや剣に毒を塗るなど、手段を問わずアルダガを追い詰める。
そして、メイスを剣でかち上げてアルダガの胴を容赦なく切り裂いた。そこに言葉はなく、全の英雄は次の標的を見定めた。
兜のスリットから覗く顔に表情はなく、ただ視線が獲物を探している。
それは英雄というより、化物のような姿だった。
「……」
全の英雄は何も語らず、入ってきたジャンに剣を向ける。
ジャンも一瞬で状況を理解し、未だ血を流すアルダガから全の英雄が離れるような位置取りをした。
そしてお互いに距離を徐々に詰め、全の英雄が先に動いた。
大剣を両手に持って横薙ぎに振るい、ジャンはミスリルハンマーをその刀身に合わせる形で叩きつける。
互いの武器がぶつかるかと思われたが、それは実現することはなかった。
「お前……前に……いたはずじゃ」
いかなる魔術か技か、全の英雄は一瞬の間にジャンの背後に回り込んでいた。
ジャンの胴はたやすく大剣に貫かれ、ジャンは背中を蹴り飛ばされて大剣を引き抜かれていく。
全の英雄は何も語らず、ただ次の標的を見定めるのみだ。
「英雄たちの中で最も強く、最も誇りを持たない……それが全の英雄。
貴様ら新世界の者には到底たどり着けない神の領域に至った、ただ一人の人間よ!」
パンドラは衛兵に守られたまま高らかに宣言し、錫杖をふりかざして宣言する。
「他の英雄がいくらやられようとも、全の英雄が残っていればそれでよい!
さあ、残党を狩れ!皆殺しにするのだ!」
【水の英雄とは引き分け
全の英雄はどんな手段を使っても絶対敵殺すマン!筋力しかないジャンに勝てるわけがなかった】 大地の英雄を撃破したティターニアとフェンリルがその場を去ろうとしたところ、後ろで微かな砂のざわめきの音が聞こえ、振り返る。
砂が集まって人の姿となり、再び大地の英雄が現れるところだった。
直撃の瞬間、自らの体を砂の粒子へと変化させ大地と同化することで致命傷を回避したようだ。
とはいっても全くの無傷とはいかなかったようで、大地の英雄はよろめきながら苦笑した。
「相変わらず容赦がないな、フェンリル」
警戒するティターニアだったが、大地の英雄はもう戦う気はないようだった。
「……良い、行け――最初から勝てるとは思っていなかったさ。
俺は確かに八英雄の中で最弱だが身の丈は知っているつもりだからな」
「それを自分で言ってしまうかお主――」
そう突っ込みながらも、この境地に至るまでは長年の苦労があったのだろうと想像するティターニア。
どうやら地属性を操る筋肉質な大男は噛ませポジションになってしまうのは旧世界からの逃れられぬ法則らしい。
「だが気を付けろ、全の英雄は強いぞ。お前たちに勝ち目はない……1対1ならな。
奴は一人で完全ゆえに仲間と助け合うことを知らない――勝機があるとすれば、そこだろうな」
「貴重なアドバイスをかたじけない」
この英雄達が本当の意味で蘇生した本人なのか、生前の記憶を基に再現された影のようなものなのかは分からない。
しかし、フェンリルと大地の英雄との間には言葉を交わさずとも通じ合っているような雰囲気を感じた。
全の英雄との戦場に向かいながら、ティターニアはニヤリと笑ってフェンリルに問いかけた。
「もしや……皆を勢いづけるためにわざと、最初に突っ込んでいった旧世界の英雄が
新世界の勇者に派手にやられる形を2人して作ったのではないか?」
『寝言は寝て言え、事前に共謀する暇などどこにあったというのだ』
無駄話はそこそこに先を急ぐ。仲間の誰かが一人で全の英雄に立ち向かっていてはいけない。
一足――いや、二足遅かったか。
ティターニアが辿り着いた時にはすでにアルダガは倒れ伏しており、そして――まさに今ジャンが大剣で貫かれるところだった。 「ジャン殿……!」
そこにパンドラの朗々とした口上が響き渡る。
>「英雄たちの中で最も強く、最も誇りを持たない……それが全の英雄。
貴様ら新世界の者には到底たどり着けない神の領域に至った、ただ一人の人間よ!」
>「他の英雄がいくらやられようとも、全の英雄が残っていればそれでよい!
さあ、残党を狩れ!皆殺しにするのだ!」
“全員まとめてかかってこい”なんて言ってくれるのは正々堂々が好きな自信家だけだ。
誇りを持たないとは、言い換えればどんなに格下と思われる相手でも、あらゆる手段を使い確実に仕留めようとして来るということだ。
大地の英雄が教えてくれた唯一の弱点が核心を突いているならば、
まず間違いなく全の英雄はこちらを孤立分断し各個撃破しようとしてくるだろう。
「スレイブ殿、今度ばかりは一騎打ちの誘いには乗るな! まずは皆が来るまで持ち堪えるぞ!」
ひとまずほぼ同時に到着したスレイブに身体能力強化と武器強化の補助魔法をかけていると、全の英雄の不気味な視線を感じた。
ターゲットロックオンされてしまったようだ。
『やはりそうきますよね……』
まずは前衛っぽい方から撃破、なんていう様式美は当然全の英雄には通じない。
鬱陶しい補助魔法を使う後衛から潰した方が効率がいいに決まっている。
早速大剣を振りかぶって叩き切らんと突進してくる。
先にやられてしまったアルダガやジャンは性格上、正面から迎え撃とうとしたと思われる。
つまるところ正面から迎え撃ったら相手の思う壺だと直感したティターニアは―― 砂嵐の魔法で目くらましをくらわせつつ一目散に逃げ出した。
ほどなくして追い付いた英雄がティターニアを背中を袈裟懸けに切り裂こうと、踏み込んだ瞬間――地雷を踏んだように足元が爆発する。 一方のティターニアは瞬間移動したかのように少し先を走っている。
足元に爆発の魔法を仕掛けた上で、大地の魔力を使った縮地の術で瞬間的にその場から離脱したという絡繰りだ。
次は同じ手は通用しないだろうが、差し当たっての時間稼ぎにはなった。
ティターニアは全の英雄が怯んでいる隙にジャンとアルダガが倒れている場所まで来ると、大地の高位回復術を行使する。
「――グランドハーヴェスト」
地面から生えてきた魔力で出来た植物の蔦のようなものが2人を包み込み、魔力を注ぎ込んで傷を癒す。
回復術が十八番の神官ならともかく、魔術師にとっては回復術自体がかなりの高位に位置する術。
増して強力な回復術となると魔力の消費量は馬鹿にならない。それでも迷う余地は無かった。
水の指輪の使い手のジャンとエーテルの指輪を受け継ぐであろうアルダガなくしては勝てない――
相手は全の英雄、こちらも全ての指輪の使い手が揃って初めて土俵に上がることが出来る、そう思ったのだ。
そうしている間に、各属性の英雄を撃破したのであろうフィリア達も駆け付ける。
「さあ――勝負はここからだ」
敵の数が増えたことを認識した全の英雄は、狙いを定めての単体攻撃から一気に全員を屠らんとする全体攻撃へと切り替えてきた。
その場に立ったまま大剣を横薙ぎに振るう、それだけで全方位に身を切り裂く衝撃波が走り抜ける。 バフナグリーさんが倒れている。
石畳に広がる血溜まりの中に。
……え?なんで?どうしてバフナグリーさんが?
バフナグリーが血を流して、倒れている理由。
そんなの分かり切っている。
だけど、頭では分かっていても……実感が追いついてこない。
バフナグリーさんが、黒鳥騎士が……負けただなんて。
平衡感覚がおかしい。自分がちゃんとまっすぐ立てているのか分からない。
心臓が早鐘のように暴れている。
呼吸も意識しないと出来ないくらいに、自分が混乱しているのが分かる。
動けない。何か、何かしないといけないのに。
>「お前……前に……いたはずじゃ」
バフナグリーさんがトドメを刺されぬようにと援護に動いたジャンソンさんも、大剣に突き刺され……
そこで私はようやく魔導拳銃を、恐らくは全の英雄であるあの男に向ける事が出来た。
そして銃声……当たり前のように、大剣で弾かれましたね。
それどころか跳弾で、バフナグリーさんにトドメを刺そうとすらしていた。
ならば……弾頭を電撃や爆薬を封じた物に切り替えて、再び射撃。
……今度は、避けられた?
直感で?それとも弾速の違いから弾頭の変化を見切られた……?
いや、余計な事を考えるな。避けてくれるなら幸いだ。とにかく、撃ち続けないと。
……ふと、全の英雄の、兜の奥の双眸と、目が合った。
心臓を鷲掴みにされたかのような寒気が、私の背筋に走った。
濃密すぎる殺気が、私に殆ど確信に近い予感を植え付ける。
もし次、自分の身を守らずに射撃を行えば、次の瞬間に全の英雄は私へと距離を詰めてくる。
そして私は殺される。
だけど、自分の身を守れば……その隙に、バフナグリーさんか、ジャンソンさんが殺される。
怖い。死にたくない。殺されたくない。
だけど……あの二人が殺されてしまうのも、嫌だ。
迷っている暇はない。私は銃口の向きを前に保ったまま……
>「スレイブ殿、今度ばかりは一騎打ちの誘いには乗るな! まずは皆が来るまで持ち堪えるぞ!」
……不意に、ティターニアさんの声が響いた。
全の英雄の眼光が、私からあちらへと移る。
彼女が戦線に加われば、私とバフナグリーさん達、両方に防壁を張る事が出来る。
二者択一の殺傷は成立せず……ならば指環の所有者である向こうを先に潰すつもり、ですか。
ティターニアさんは上手い事、時間を稼いでくれています。
それにバフナグリーさんと、ジャンソンさんの治療も。
ならば私がするべきは……。
私はディクショナルさんに銃口を向ける。
次の瞬間、私は彼の隣に移動していた。
魔導拳銃に彫り込まれた、短距離転移魔法の術式です。
「……酷い怪我だ。すぐに、治療します」
右手の魔導拳銃をホルスターに戻し……私はディクショナルさんの手を握った。
別に手を繋がなくたって、魔法による治癒は出来る。
だけど……私は、そうせずにはいられなかった。 さっき私を睨んだ、全の英雄のあの眼光……。
死を予感させるほどの殺気……。
手が、震えている。自分の意思で、それを止められない。
「ごめんなさい……もう少しだけ、このままでお願いします。
情けない話ですけど……あの眼に睨まれた時から、震えが止まらないんです」
相手はあのバフナグリーさんを、一対一で、さしたる手傷も負わずに倒してしまうほどの手練。
……殺されるかもしれない。死にたくない。
怯えていたって何の意味もない。分かっていても……怖い。
ディクショナルさんの手を強く握り締めたまま、治癒の魔法を使う。
血を失って低下していたディクショナルさんの体温が、戻っていくのが分かる。
指先から、手のひらから伝わる、体温と、拍動。
それらを意識していたら……いつの間にか、私の震えは止まっていました。
「……ありがとうございます」
……本当はもう少しだけ、こうしていたい。
そんな考えを振り払って、右手を離す。
「来ますよ、ディクショナルさん……詠唱時間を下さい」
私は一歩下がってディクショナルさんの後ろへ。
全の英雄が大剣を振り回し、剣閃を放つ。
「『フォーカス・マイディア』」
だけど……それが私に届く事は、ありませんよね。ディクショナルさん。
「堕ちろ釣鐘。毀れ一つない鋼鉄の歌姫よ。
牢櫃と化せ。罪人の怨嗟でその腹の底を満たしながら。
晩鐘は告げる。遍く命が逃れ得ぬ黄昏の刻を――『ジェイルハウス・ベル』」
全の英雄の頭上から、魔力で構成された釣鐘が落ちる。
結界魔法です。鐘が持つ反響の性質によって内部からの攻撃を、内側へと反射させる封印術。
「時の河の底に沈む凍れる過去よ。今再び現し世へ浮かび上がれ。
開け、如何なる栄華もいずれ避けられぬ氷の棺。来たれ、仮初めの目覚め。
映せ氷よ、過去の栄光――『フロート・パスト』」
地面から氷が生える。
人の形をした氷が。鍔の大きな三角帽子に、全身を包むローブ。
顔の下半分を覆う透明の髭。
そう――これは虚無の英雄。その氷人形。
時とは水。流れゆく河。
過去とは決して変えられぬもの。それはすなわち凍りついているという事。
そして氷は水に浮かぶもの。過去という氷を、時の河の水面、今に浮かび上がらせる。
この魔法は過去という概念を、氷を触媒に顕現させる召喚魔法。 「ありったけの封印術を」
水の属性とは物を沈め、熱を鎮め、音を静めるもの。
あの杖捌きをもって十重二十重の封印術を施させる。
その隙に私は……
「断空の帳。生と死の隔て。天空に満ちるは虚ろの壁。
流れ行く風は戻らない。過ぎ去りし死者が帰らぬように。
彼の者は去りゆく者。せめてその悲鳴も骸も掻き消し、手向けとせよ――『ブリーズ・アーク』」
風とは、天と地を隔てるもの。
風とは、何かを攫い、連れ去ってしまうもの。
転じて風とは異界との境界線であり、また異界への誘う運び手そのもの。
ここではない世界を作り出して、そこに対象を隔離する。
これは封印術と言うより……転送術。
そして……
「燃える手のひら。黒ずむ指先。溶け落ちる蝋の翼。天空の果てに手は届かず。
猛る刃。物言わぬ鏃。賛美の声。焦がれる心。別け隔てなく価値は無い。
拒め炎よ、不遜のともがら――『バーンド・レンジ』」
これで、仕上げです。
炎の属性は、太陽を象徴する。
触れようと手を伸ばせば身を焼かれ、命を落とす、人が決して到達し得ないものの象徴。
その概念を結界として顕現させる。
……『フォーカス・マイディア』を解除する。
荒れてしまった呼吸を整える。
短時間の発動とは言え……四属性による攻性結界の多重施行。
ちょっと無茶しすぎましたかね。
ですが流石の全の英雄も、これだけ結界を重ねがけすれば、最早身動き一つ取れないはず……。
そう思った直後の事でした。
全の英雄が、左手を私の結界にかざして……まるで扉を開けるかのように、すいと横に滑らせた。
「……は?」
それだけ。たったそれだけで……私の多重封印が、解除された?
あ、あり得ない……い、いや、実際目の前で起きてしまったんだ。
受け入れないと。動揺のせいで鼓動が早まる。
右手で、胸を抑える。落ち着け、落ち着け……。
……元から、幾つかの予想は立てていた。
その内の一つが、確信に変わっただけの事。
全の属性。
古竜、かつてこの旧世界を創造したのであろう全の竜と同じ属性。
つまり……創造神の力の一端。
全の英雄とは、言わば神の子にも等しい存在。
……バフナグリーさんが勝てなかったのも、納得出来てしまう。
ですが、ですが……それでも、勝機がない訳ではない。むしろ逆。
「……一つ、試してみたい事があります」
全の英雄の、その圧倒的強さ……いえ、全能性とでも言いましょうか。
その全容が明らかになったからこそ、一つ解せない事がある。 かつてこの世界であった虚無の竜との戦い。
その時に何故、彼は負けてしまったのか。
あれほどの強さを誇っていながら。
虚無の竜がそれ以上に強かった?
勿論その可能性もあります。
「……『フォーカス・マイディア』」
ですが……もしかしたら。
「『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」
十基の衛星ゴーレムを形成し、その砲口は……女王パンドラへと。
そして……砲火が炸裂する。 護衛の神官が結界を張る。
ですが……くふふ、ちゃんと防ぎ切れますか?
最初に防いだ水の指環による魔法だって、
魔法の苦手なオークであるジャンソンさんが、
雑兵を蹴散らすついでにそちらに向けただけのものでしたよね。
私の、主席魔術師の、この世で最も優れた魔術師の最高傑作を。
果たして防ぎ切れますかねえ。
いいえ、不可能だ。そんな技量があるなら最初からそちらに戦わせておけばいいんですから。
防壁に亀裂が走り、砕け散る。
そして……女王へと発射された無数の弾丸を、全の英雄がその背で受け止め、阻んでいた。
得物の大剣も放り捨て、自身が傷を負う事など厭わずに……。
やはり。
あなたが虚無の竜に勝てなかったのは、あなたが皆を守ろうとしたから。
あなたは誰とも助け合わなかったんじゃない。
誰もかもを助けようとしたんだ。
魔物のような眼光は……もしかしたらその本性を、弱点を、隠す為のものだったのでしょうか。
ともあれその人間性は、称賛に値しますが……
「……今です!」
……汚い手である事は百も承知ですが、それでもやっと生じた隙です。
存分に突いて頂かないと。
ハムステルさんの槍を用いた飛びかかりが。
フィリアさんの鋭く閃く毒針が。
トランキルさんの闇の属性によるまったく同時に、かつ多角的に放たれる無数の斬撃が。
よろめく全の英雄の背中に、まともに入った。 ……直後に響く轟音。
全の英雄が、微塵も衰えぬ剛力で、振り返りざまに回し蹴りを放った音。
ハムステルさん達が弾き飛ばされる。
あれだけの攻撃を無防備な背中に受けた直後なのに、なんて威力……。
蹴り飛ばされた人達はまだ体勢を立て直せていない。
追撃を受けないよう援護をしないと……。
そう、思ったのですが……全の英雄は、動けていない。
背中から貫通した槍を強引に引き抜き、治癒と解毒の魔法を自分に施している。
……効いていたんだ。さっきの攻撃が。
倒せない相手じゃ、ないんだ。
だとすれば、やはり頼みの綱になるのは……
「……バフナグリーさん。すみませんが、もう一度、お願いします。
全の英雄と正面切って戦えるのは、あなただけだ。あなたが頼りなんです」
弱点を突くにしても、まずは戦いを成立させないと話にならない。
戦いの軸が必要なんです。
あの神の子を相手にそれを務められるのは、バフナグリーさんしかいない。
「もっとも……私の援護はあまり期待しないで下さい。
私も自分の身を守らなければいけませんし……身を守らせなきゃいけませんからね」
バフナグリーさんと、全の英雄。
極めて高度な技量と力を持つ前衛職二人。
その戦いの中で、的確な援護を行うのは……正直、困難です。
だから私がするべきは、自分の身は自分で守る。
バフナグリーさんの足を引っ張らない事。
そして……全の英雄の足を、あの女王様方に引っ張らせる事。
正直、自分でも卑劣な作戦だとは思いますが……負ける訳にもいきませんのでね。
【後は頑張って下さい!】 >>157
後は頑張れじゃなくてさ
お前が投入した糞設定が猛烈に妨害になってんだわ
頼むよホント スレイブが玉座の間に帰還したとき、既に一つの戦いに決着が付いていた。
大剣を濡らす血を無感情に払う全の英雄と――その眼前で、血溜まりの中に倒れ伏すアルダガ。
誰が見ても一目瞭然の勝敗を、スレイブはしばし受け入れられずにいた。
(馬鹿な、彼女は黒騎士だぞ……!アルバート・ローレンスと同格の、帝国最高戦力が、こうも一方的に……)
大人数人分もある巨木を容易く薙ぎ倒し、黒蝶騎士や黒竜騎士を相手に一歩も引かなかったアルダガ。
黒鳥騎士の実力が伊達ではないことなど、これまでの戦いで否が応にでも理解してきた。
だからこそ、眼の前の現実が未だ実感として頭の中に結びつかない。
スレイブが硬直する一方で、いち早くジャンは状況を理解し全の英雄へと飛びかかる。
大剣と戦鎚、質量を威力とする得物同士が交差し――重ならない。
一瞬にしてジャンの眼前から消えた全の英雄は、彼の背後に音もなく再出現し、大剣を振るった。
>「お前……前に……いたはずじゃ」
ジャンの胴から大剣の切っ先が生える。
不可解を言葉にすることしかできず、ジャンはアルダガと同じように全の英雄の脚元に倒れ伏した。
「ジャン――!」
一部始終を目撃してようやく頭が働き出したスレイブだったが、最早なにもかもが後手だ。
急ぎジャンに駆け寄らんとするが、全の英雄の視線は既に血濡れのジャンの背中にはなかった。
>「他の英雄がいくらやられようとも、全の英雄が残っていればそれでよい!
さあ、残党を狩れ!皆殺しにするのだ!」
現在、全の英雄が次の獲物と見定めているのはティターニアとシャルムの二人。
シャルムが魔導拳銃を発砲するが、不死者を一撃で仕留める破壊の弾丸が彼を捉えることはない。
音を越えて飛ぶ弾丸の性質を撃ってから見極めて、防御と回避を選択しているのだ。
(どういう視力をしているんだ……!)
銃撃で仕留められないなら、近づいて白兵戦を仕掛けるほかにない。
何よりも、全の英雄の視線はシャルムを射すくめている。彼女が反撃を食うのは時間の問題だ。
スレイブは満身創痍の五体に鞭打って跳躍せんとするが、ティターニアの声がそれを制した。
>「スレイブ殿、今度ばかりは一騎打ちの誘いには乗るな! まずは皆が来るまで持ち堪えるぞ!」
「だが……!」
泡を食って感情的になりつつも、スレイブは寸でのところで跳躍術式の発動を停止した。
ティターニアの考えは理解できる。
アルダガもジャンも、単独で全の英雄と対峙した結果、不可視の背撃を食らって倒れたのだ。
戦力の逐次投入は最も避けるべき愚――ティターニアの判断は利に適っている。
(だが、次に狙われるのはあんただぞ、ティターニア……!)
全の英雄、その兜の奥の眼光が、ティターニアを捉える。板金鎧を軋ませて歩み始める。
各個撃破を狙う彼にとって、司令塔たるティターニアは最優先で仕留めるべき対象だ。
スレイブがここで脚を止めれば、矛先が彼女に向くのは道理だった。
>「サンドストーム!」
しかしティターニアとて座して攻撃を待つばかりではない。
全の英雄の足元から砂嵐が立ち昇り、歩みを止めたほんの一瞬の隙を突いて彼女は疾走した。
追いすがる全の英雄。背後から打ち下ろした大剣を、ティターニアは紙一重で躱す。
爆発魔法と縮地術を巧妙に組み合わせた回避は魔導師を凶刃から救い、彼女は致死圏からの脱出を果たした。 >「――グランドハーヴェスト」
伏せるジャンとアルダガの元へたどり着いたティターニアが回復魔法を唱えると同時、
動きかねていたスレイブの隣にシャルムが出現する。短距離転移の魔法だ。
>「……酷い怪我だ。すぐに、治療します」
銃創から流れる血と埃に塗れたスレイブの手を、シャルムは汚れも厭わずに握った。
流れ込んでくる癒やしの魔力が傷口を塞ぎ、失った生命力を補填していく。
身体が活力を取り戻していく一方で、スレイブは諸手を握るシャルムの手に震えを感じた。
>「ごめんなさい……もう少しだけ、このままでお願いします。
情けない話ですけど……あの眼に睨まれた時から、震えが止まらないんです」
彼女の零した言葉を聞いて、スレイブはようやく彼女がいかに追い詰められていたかを理解した。
ほんの数秒前まで、シャルムは命の瀬戸際に立っていたのだ。
黒騎士を容易く倒し、指環の勇者であるジャンですら歯が立たなかった全の英雄。
その無機質な敵意と殺気に晒され、喉元に剣を突きつけられてなお、彼女は気丈に立ち向かい続けてきた。
シャルムの芯の強さには感服するばかりだが、同時にスレイブは後悔に奥歯を軋ませる。
(まんまと釣り出されていたということか……クソ、何をやっているんだ俺は……!)
風の英雄、ザイドリッツの仕事はスレイブを仲間たちから遠ざけた時点で完遂されていたのだ。
彼がスレイブを倒し果せればそれが最上、敗北したとしてもシャルム達後衛の元から前衛を一人引き剥がせる。
スレイブは間抜けにもその策略に嵌まり、一つボタンをかけ違えればシャルムは全の英雄に殺されていた。
己の不明を呪い、せめて彼女の不安を少しでも取り除こうと声を掛ける。
「大丈夫だ、ティターニアが二人を回復させられれば、全員で戦える。
指環の勇者が七人に黒騎士が一人だ。全の英雄がいかに強力でも、数の利はこちらにある――」
そこまで言って、スレイブは頭を振った。
この期に及んで"安心"の理由を他人に求めるのは彼の悪い癖だ。
今、シャルムの手を握っているのは他ならぬスレイブ自身だというのに、人任せが口を突いて出てはあまりに情けない。
戦術的な分析など捨て置いてしまえ。この場で伝えるべきことは何だ。誰よりも彼女に伝えたい言葉は何だ。
「――それに、貴女の傍には俺が居る。俺が、必ず守る」
傷ついた腱が癒え、握力が戻った手のひらで、震えるシャルムの手を強く握った。
ゆっくりと、呼吸が整うかのように、彼女の手から震えが消えていく。
>「……ありがとうございます」
シャルムは短く礼を言って、スレイブの手を離した。
無意識に指先が名残を惜しんで宙を掻く。心を満たす温もりが遠ざかっていく。
だが、この手が握るべきは温かく柔らかいシャルムの手ではなく、敵と戦うための冷たく硬質な剣だ。
剣を握れば、彼女の手を握ることはできない。
だが剣を握らなければ、彼女を目の前の悪意から護ることなどできない。
胸の裡を焦がすジレンマを抑えつけて、スレイブは再び鞘から剣を抜き放った。
>「来ますよ、ディクショナルさん……詠唱時間を下さい」
逃げ切ったティターニアの追撃を諦めたのか、全の英雄の双眸がこちらを射すくめる。
大剣を掲げて疾走する全身甲冑に、スレイブもまた剣を構えて相対した。
「……俺の後ろに居てくれ。背中に貴女が居るなら、俺は前を向いて戦える」
全の英雄が大剣を横薙ぎに振るう。
音の壁を貫き、水蒸気の尾を引く切っ先が、スレイブの胴を断ち切る軌道で迫った。 「『ミラージュプリズム』」
大剣によって真っ二つになったのは、蜃気楼を応用して創り出したスレイブの幻影。
本物は跳躍術式によって真上に飛び上がり、直上からの一撃を全の英雄の脳天へと叩き込んだ。
耳を劈く金属音と、虚空を染め上げる火花。
鉄兜程度なら容易く引き裂くスレイブの斬撃を、全の英雄は首を器用に動かして斜めに兜で受けていなす。
返す刀とばかりに逆袈裟に打ち上げてきた大剣が今度こそスレイブを捉えるが、
竜巻を身に纏って全身で回転することでそれを躱し切り、回転の速度そのままに再び剣をぶち当てた。
狙うのは全の英雄の甲冑、部位同士を繋ぎ止める革紐だ。ダーマ軍式剣術『鎧落とし』。
肩を保護する装甲が弾け飛び、石畳に落ちて乾いた音を立てた。
露わになった肩口のインナーを狙って刺突を繰り出すスレイブと、上体の捻りでそれを回避し反撃する全の英雄。
二つの鋼が風を巻いて交差し、激突の衝撃が大気を揺らした。
全の英雄の得物は大剣。懐に潜り込めばスレイブの長剣が有利だ。
体捌きと歩幅の調整で常に大剣の間合いの内側に居るスレイブに、全の英雄は有効打を与えられない。
大剣の質量による打撃力は脅威だが、柄や鍔は速度や慣性が乗らない部位だ。
鍔迫り合いに持ち込みつつ、左に握ったバアルフォラスで甲冑の腕装甲を断ち落とした。
「俺から眼を逸らすな。全身を覆うその鎧……一つ一つ取り除いてやる」
アルダガを下し、ジャンさえも手出しさせずに倒し果せた全の英雄を相手に、スレイブは善戦を続けていた。
四肢は淀みなく動く。
ティターニアの身体強化魔法が効いていることもあるが、戦いの感性がかつてないほどに研ぎ澄まされていた。
後ろにシャルムが居る。それを想うだけで、腹の奥底から力が湧いてくる。
視界は澄み渡り、鎧の擦れ合う音に混じって全の英雄の息遣いが耳に届く。
今やスレイブは、対峙する敵が剣を振るう際の僅かな予備動作、筋肉の軋みさえもはっきりを感じ取ることができた。
再びの刺突。石畳に亀裂を刻むほどの踏み込みと共に放った剣閃は、確かに全の英雄の肩口を捉えたはずだった。
切っ先がインナーを貫き肉を刳り飛ばすその刹那、全の英雄の姿が忽然と消失する。
ジャンの一撃を躱したあの動きだ。音も気配も残すことなく、全の英雄は眼の前から消えた。
だが、それはもう見た。
スレイブには、全の英雄が再出現する場所とタイミングが手に取るようにわかった。
「俺の後ろに立って良いのは……この世でただ一人だけだ!」
背後から突き出される大剣の切っ先が、身を捻るスレイブの胴鎧を浅く裂く。
致死の一撃を躱し切り、振り向きざまに振るった斬撃が全の英雄の腕を切り裂いた。
腱を断った手応えを刃越しに感じると同時、手首から鮮血を吹いた全の英雄がよろめく。
片手を潰した。これでもう大剣は握れない。
そして――スレイブは跳躍術式でその場を飛び退き、シャルムの隣に着地する。
彼女の術式詠唱が完了したことも、全て把握できていた。
>「拒め炎よ、不遜のともがら――『バーンド・レンジ』」
シャルムが魔力を解き放ち、四属性の多重結界が全の英雄を抑え込む。
都合四つの封印術は四方からあらゆる進路と退路を閉じ、巨大な一つの檻と化した。
スレイブの知る限り最上級の結界、更にそれを重ね掛けしている。
如何に旧世界最強の英雄と言えども、この封印から逃れることなどできまい―― >「……は?」
隣でシャルムが信じがたいものを目にしたような声を上げる。
スレイブもまた、彼女と完全に同じ感慨を抱いていた。
竜さえも身じろぎ一つ許さない最高峰の結界を、全の英雄はまるで戸を引くようにこじ開けたのだ。
「なん……だと……!」
それだけではない。
スレイブが確かに腱を切り裂き、鮮血の流れるままになっていた英雄の手首が癒えている。
それどころか断ち落とした甲冑の各部位さえも、いつの間にか修復されていた。
回復魔術に加え、鎧を自己修復する錬金術。
あるいは死者蘇生の応用で、自身の状態を戦闘開始時にまで巻き戻したのか。
いずれにせよ、封印術も物理攻撃も、全の英雄に対して何ら有効打となっていない。
「何もかもが出鱈目だな……女王が全幅の信頼を寄せるのは、こういうことか」
絶望が、足元から音を立てて這い上がって来る。
蠢く無数の虫の如きそれに呑まれずに済んだのは、隣にシャルムがいたからだ。
封印術を真っ向から無効化された様を目の当たりにしてなお、彼女の双眸に諦めの色はなかった。
>「……一つ、試してみたい事があります」
シャルムは再び己の魔術適性を拡張し、『竜の天眼(ドラゴンサイト)』を発動した。
無数のゴーレムを一瞬で瓦礫の山に変える無双の"眼光"が狙うのは、全の英雄ではなく――女王パンドラ。
護衛神官たちの魔術障壁を容易く粉砕し、砲撃が女王に迫る。
全の英雄は対峙するスレイブ達に背を向け、大剣を打ち捨ててまで女王の代わりに砲撃を受けた。
全能に片足を踏み込む全の英雄には、距離や時間の隔絶さえも無視して女王を護ることが出来る。
……出来てしまう。そしてそれこそが、唯一無二の彼の弱点だった。
>「……今です!」
瞬間、背を向けた全の英雄目掛けて、ラテたちが一斉に飛びかかった。
三方向からの総攻撃は迎撃の回し蹴りによって弾き飛ばされるが、まったく効かなかったというわけではない。
鎧の隙間から血を流し、背に槍の刺さった全の英雄は、確かに傷を負っていた。
(女王を護っている間は、自身の護りが手薄になる……絶対の防御は、両立できないのか……!)
全の英雄にとって、女王は何を置いても護るべき対象だ。
有無を言わさずあらゆる障害を突破する能力も、一瞬で敵の背後に回る移動術も、女王より優先して発動することはできない。
ならば、女王に間断なく攻撃を続けることで、全の英雄の圧倒的な防御力を無効化できるはずだ。
>「……バフナグリーさん。すみませんが、もう一度、お願いします。
全の英雄と正面切って戦えるのは、あなただけだ。あなたが頼りなんです」
そして、全の英雄を倒し果せるのはやはり、黒鳥騎士アルダガを置いて他にはいまい。
ラテ、フィリア、シノノメの三者が同時に火力を集中させた攻防ですら、全の英雄は女王を護りつつ凌ぎきった。
旧世界最強の戦士を止めるには、一撃で戦闘不能に至らしめる威力が必要だ。
歯がゆい話だが、スレイブはおろかジャンにもティターニアにもそれだけの火力を実現することは不可能だろう。
ともあれ、やるべきことはこれで単純になった。
全の英雄に女王の守護を優先させ、アルダガの攻撃に合わせて火力を集中させる。
「言うは易しだが――俺たちはこれまで何度だって、言葉を現実に変えてきたはずだ」 ティターニアの治癒魔法『グランドハーヴェスト』に包まれ、急速に傷が塞がっていく中、アルダガは意識を取り戻した。
全の英雄との戦いにおいて、油断や慢心はなかったはずだ。
確かに彼は手段を選ばなかったが、暗器や毒を活用するのは戦場においては当然の仕儀。
長年異教徒を相手にしてきたアルダガは無論、それに対する備えを十分にしていた。
敗北を喫したのは、純粋な力量の差によるもの。
そして、いかなる手段を講じてでも敵を制するという、全の英雄の覚悟に、アルダガは負けたのだ。
(不甲斐ない、と思うのは……全の英雄どのに対する侮辱でしょうか……)
覚悟や、まして信念で彼を下回っていたとは思わない。
それでも勝てなかったのは、きっと彼のすぐ傍に、彼が護るべき女王がいたからだろう。
アルダガや、教皇庁に属する神官たちは、聖女を介した『神託』という形でしか女神の言葉を聞いたことがない。
信奉する対象の顔や声も知らないこの歪な関係に、これまで疑問を感じたことはなかった。
教会は偶像崇拝を禁じているし、直接顔を合わせずとも上意下達が可能なように預言者としての聖女が居るのだ。
女神と民は、それでうまく回っていたはずだ。
だが、星都で直面した真実は、これまでアルダガが培ってきた信仰を覆しかねないものばかりだった。
世界の成り立ちと、それに立ち会った者達との邂逅。
アルバートの口から語られた真相を裏付けるように現れた、旧世界の英雄たち。
新世界の全てが旧世界を竜の中に再構築したものであるなら、アルダガの信じる女神は一体何なのか。
アルダガは、何の為に戦っていたのか。
会ったこともない女神を信じて――戦い続けることが出来るのか。
(女王パンドラ……英雄どの達が命を懸けて虚無の竜から護りきった、旧世界最後の人類。
きっと彼らにとって、何に代えても守りたい、大切な方だったのでしょう)
倒れ伏してなお滅びに抗おうと足掻くアルバートの姿を見たときから、わからなくなってしまった。
そして今、志を同じくする全の英雄との戦いで、アルダガは再び遅れをとった。
護るべき者がすぐ傍にいて、それだけを信じて戦える全の英雄の覚悟に、アルダガは勝てなかった。
神術の源は、女神を奉じる信仰心。
信仰が揺らげば、法撃は不発に終わり、加護はたちまち力を失う。
陳腐な言い回しになるが――アルダガは、気持ちの上で負けたのだ。
(叔父さま、わたしは何を信じて戦えば良いのでしょうか)
アルダガ・オールストン・バフナグリーが神の道に入ったのは、神殿騎士であった叔父の影響によるところが大きい。
"百頭竜"エドガー・オールストン。帝国西部に轟く彼の武名に、アルダガも魅せられた一人だった。
幸いにも神術の類稀なる才覚を持ち合わせていたアルダガは、辺境の修道院から教皇庁所属の戦闘修道士にまで上り詰め、
やがて……彼女は教会から離反したエドガーを、港町カバンコウで討つこととなる。
思えばそのときから、アルダガの信仰を支えてきたものは、少しずつ歪み始めていたのだ。
そしてその歪みは、星都の最奥で爆発した。
ティターニアの治癒術式から出たとき、自分はもう一度戦えるだろうか。
揺らがない信念と覚悟をもった、あの全の英雄と。女王を信じて戦う、旧世界の英雄たちと。
信じるもののなくなった、自分が―― >「……バフナグリーさん。すみませんが、もう一度、お願いします。
全の英雄と正面切って戦えるのは、あなただけだ。あなたが頼りなんです」
魔力のツタの向こうから、シャルムの声が聞こえた。
そして気付く。自分がここで倒れれば、全の英雄の矛先は彼女たちに向く。
指環の勇者たちを、守らねばならない。
(ああ、そうですね――)
自分は確かに神官で、教会の尖兵だが、守るべき何かを女神だけに限る必要はない。
自分が何を守るべきか、自分で決めたって良いのだ。
彼女が何よりも憧れたのは、神に仕える神殿騎士ではなく――民の為に戦う、叔父の姿だったのだから。
(わたしは……共に星都を旅し、一緒に戦ってきた彼女たちを、守りたい――)
顔も声も知らない誰かのために祈るよりも、それはきっと快い。
アルダガは自ら魔力のツタを破り、外へと飛び出した。
貫かれた傷はふさがり、手足は問題なく動く。腱も骨も全て無事だ。
ただひとつ、折れ砕けてしまっていた心も、新たな支えを得ることで再び立ち上がった。
「全の英雄どのは……わたしが倒します」
地面に転がっていたメイスをとり、握りを確かめるように二度、三度振る。
眼前では、全の英雄もまた、取り落とした大剣を広い直して構えていた。
「ずっと考えていたんです。わたしたちの世界の女神は、一体何者なのか。
新世界の全てが、旧世界の属性から再構築されたものだとするならば。
きっと女神は……新世界の民が望み、創り上げた仮初の『女王』なんだと思います」
全の英雄は何も答えない。
問答は不要とばかりに振り上げた剣が、直上からアルダガを襲う。
刹那、アルダガの右腕が鳥の羽撃きの如く揺らめき、置き去りにされた風を斬る音が追って響く。
大剣が弾かれ、質量に引っ張られるようにして全の英雄がよろめく。
そこへ畳み掛けるようなメイスの打擲。全の英雄は辛うじて大剣でそれを受け止めた。
「たとえ仮初めの、まがい物の救いであっても。それを守って、わたしは貴方を倒します。
女神が偽物でも、女神の愛した人々には――わたしが信じるものには、偽りなどありません」
全の英雄の輪郭が薄れていく。ジャンを背後から刺した正体不明の移動術だ。
しかしその姿が消える前に、アルダガの左手から燐光を放つ魔力の鎖が飛んだ。
鎖の先端にあしらわれた十字架型の楔が全の英雄の鎧に突き立ち、揺らいでいた輪郭が鮮明となる。
『レイジングゲルギア』。聖別された特殊な鎖を用いて、対象を術者の前方に繋ぎ止める拘束神術だ。
術者もその場を動けなくなるリスクはあるが、移動術や転移術さえも封じる極めて強力な拘束。
これでもうどこにも逃げられはしない。正面切っての殴り合いで相手を打ち倒すほかに逃れる術はない。
そこから先は、余人の介入する余地のない、打撃の応酬であった。
アルダガがメイスを振るい、全の英雄が大剣でそれを迎え撃つ。
全の英雄が懐から暗器を取り出せば、アルダガはそれが投じられるより先にメイスの柄を鞭のようにしならせて叩き落とす。 至近距離で幾度となくぶつかり合うメイスと大剣、魔術と神術。
瞬きさえも致命的な隙を生む高速域の戦いは、彼我の力量が拮抗していることを意味していた。
「北天の星、南地の砦、燃え盛る樺の森、押し立てる雹の波濤」
間断なくメイスを振るいながら、アルダガは同時に聖句の詠唱を始めた。
右手にはメイス、左手には鎖。聖水の瓶を手繰る余裕もない中で、彼女は片足で地面を強く踏みしめる。
加護によって強化された脚力は地面を強く波打たせ、地面に転がっていた聖水の瓶が跳ね上がった。
「撃鉄、波紋、逆さの骸。雷槌と劫火、円環の酒坏を血の輝きで満たせ――」
瞬間、アルダガはメイスを投擲した。
全の英雄が大剣でそれを弾き飛ばす、寸毫にも満たない間隙を縫って、彼女は間合いの内側に潜り込む。
メイスの代わりにキャッチした聖水瓶を握り潰し、聖水の濡らす右腕が、聖なる炎に包まれた。
「破城の神術――『フレスグレイヴ』!」
黒鳥騎士の象徴とも言える、神鳥を象った聖光を纏った右拳。
ほとんど密着した姿勢から放たれた極大神術が全の英雄の胴に着弾、その鎧を一瞬で灼き飛ばした。
光は減衰することなくその向こうの肉を穿ち、背中から突き抜けていく。
目を焼かんばかりの眩い輝きと轟音が炸裂し、そして全てに決着がついた。
本来メイスを通して行使する神術を生身に通した影響で、右腕の皮膚が炭化しかけたアルダガ。
その眼前には、鎧を失い胴に大穴を空けて倒れる全の英雄。
指環の勇者全員を相手に互角以上に渡りあってきた旧世界の最後の砦は、今ここに、陥落したのだった。 全の英雄がアルダガに敗北したその瞬間、女王の護衛である神官と重装兵に異変が起きる。
彼らは大きく身震いし、直後にぴたりと動きが止まった。
そして女王パンドラが錫杖を一振りすると、人数分の塩の柱となって崩れていく。
全ての英雄が打ち倒されたか戦意を失ったことを感じ取ったのか、女王は背後の椅子に倒れるように身を預け、
やがて静寂の中、塵が舞う虚空を見つめて語り出す。
「……私にはもう何もありません。英雄たちは破れ、エーテルの指環……全の指環は最後まで私たちを認めなかった。
行きなさい、新世界の勇者たちよ。ここより先の階段を下れば竜の神殿に向かう転移の魔法陣があります」
そして錫杖からエーテルの指環を取り外し、一行へと渡す。
「全の竜はその指環で目覚め、六つの指環を示せば力を与えるでしょう。
そして虚無の竜を打ち倒し……何を願うか、よく考えておきなさい。
どうか私たちのように……ならぬよう……」
虚無に飲まれていたとは思えないほど穏やかな口調で言い終えると、女王パンドラは静かに息を引き取った。
一行は各々のやり方で黙祷を捧げ、広間の奥の通路を歩いていく。
だがその背後、広間に一人の英雄が入り込む。
「女王パンドラ……あなたのことは最後まで嫌いでしたよ。
でも、世界を救おうとするその意志の強さだけは好きでした」
全身に曲線で描かれたタトゥーを刻み、長尺棒を持った華奢な女性。
旧世界の英雄であるオウシェンだ。
彼女は通路にいる一行に聞こえるほど大きな声で呼びかける。
「パンドラがいなくなったことで不死者たちは統制を失い、神殿へと獲物を求めてやってくることでしょう。
理性もなく、本能のみで生きる人間なぞ獣以下の存在でしかありません。
そのような者たちにこの神殿を乗っ取られるなど言語道断、私と生き残った英雄でここを守ります」
残骸と破片でボロボロになった広間をオウシェンが歩き、他の倒れている英雄たちを見つけては担いで一か所に集める。
「火と闇と光と土と……爺様も生きておられるようですね。
爺様に治療してもらえればなんとかなるでしょう、ほら爺様起きてください!寝たふりしないで!
魔力封印?爺様なら集中すればすぐに解除できます!」
既に不死者たちの雄叫びが神殿を囲む密林から聞こえはじめる中、旧世界の英雄たちは各々最低限の治療と武器の手入れを済ませて
再び戦闘態勢に入る。その行動の速さは、一行よりも長く戦い続けてきたという証なのだろう。 「……行こうぜ。俺たちはあいつらに託されたんだ」
埃一つない純白の通路の向こうでぼんやりと光る転移魔法陣を見据え、ジャンは言う。
既に傷はなく、疲労もない。やれることはただ歩くことだけだ。
「まさかリザードマンの討伐依頼からこんなことになるとはなぁ……」
通路を歩く最中、ふとジャンがつぶやく。
それに合わせるようにしてか、アクアも指環を通じて念話で語り始める。
『で、どうだい?ここまで来た感想は』
「持ち帰れそうな宝石が一つもないのは悲しいな。
これじゃ稼ぎになんねえよ……」
『……本音は?』
「正直虚無の竜とか全の竜とか規模が大きすぎてよく分かんねえ。
俺にやれることは――ティターニアの護衛として、邪魔する奴を殴り倒すことだけだ」
そして一行は転移魔法陣に踏み込み、竜の神殿へと向かう。
転移独特の浮遊感の中、ジャンはただ先祖と英雄に祈っていた。
(ご先祖様、一族の英雄様……どうか俺の成すことを見守っていてください。
相手がいかなる強敵であれ、俺は正面に立ち、歴史に残るような戦いをします。
俺は戦士として戦い、死を恐れず、生にしがみつきません。
だからどうか……仲間を、大事な人を守ってください)
祈りを終え、浮遊感が消え去る。
光に包まれた視界が開けたとき、目の前に見えたのは一匹の竜を象った紋章。
そしてそれを取り囲む四体の竜と、三体の獣が彫り込まれた壁画。
旅の終着点とも言うべき竜の神殿に、一行はたどり着いたのだ。 全の英雄相手に互角以上に立ち回るスレイブとシャルム。
それでも倒すことはかなわなかったが、シャルムの機転により、突破口が明らかになる。
大地の英雄が言っていた全の英雄の弱点は、確かに嘘ではなかった。
“一人で完全ゆえに仲間と助け合うことを知らない”とは、身も蓋もなく言えば
皆を守り抜こうとする上に一人だけ突出して強すぎるため、仲間がいてもお荷物にしかならない、という意味であった。
>「……バフナグリーさん。すみませんが、もう一度、お願いします。
全の英雄と正面切って戦えるのは、あなただけだ。あなたが頼りなんです」
「待て、一人で打ち合わせるなんて無茶だ!」
アルダガに正面切って戦わせようとするシャルムの策に異を唱えるティターニア。
というのも、アルダガは最初に正面から打ち合って見事にやられている。
普通に考えると前衛勢全員で取り囲んで各方位から攻撃する方が現実的と思われる。
しかし、スレイブはシャルムに賛同の意を示した。
>「言うは易しだが――俺たちはこれまで何度だって、言葉を現実に変えてきたはずだ」
「そなたら――いつの間にやらすっかり正統派熱血主人公系カ…コンビになりおったな……」
カップル、と言いかけて場がややこしくなりそうなので慌てて言い直す。
その時、当のアルダガが自ら回復術の中から出てきて、力強く宣言した。
>「全の英雄どのは……わたしが倒します」
>「ずっと考えていたんです。わたしたちの世界の女神は、一体何者なのか。
新世界の全てが、旧世界の属性から再構築されたものだとするならば。
きっと女神は……新世界の民が望み、創り上げた仮初の『女王』なんだと思います」
>「たとえ仮初めの、まがい物の救いであっても。それを守って、わたしは貴方を倒します。
女神が偽物でも、女神の愛した人々には――わたしが信じるものには、偽りなどありません」
「アルダガ殿……分かった。頼んだぞ!」
そこから、余人の介入する余地すらない超常の激戦が始まった。
戦闘が始まって程なくして、アルダガの拘束神術によって、全の英雄はその場から離れることが不可能となった。
これによりパンドラを攻撃することで足を引っ張る作戦は使えなくなったが、
パンドラ自身と直接対決出来る状態となったので、むしろ好都合。
先に司令塔たるパンドラを倒してしまえば、戦い自体が終わるかもしれない。
そうはいってもそれも決して簡単なことではないのだが。
先程全の英雄が女王を守ろうとして手傷を負ったとはいえ、未だ女王が動いてない以上その実力は未知数なのだ。 「パンドラを倒すチャンスだ……! 手の空いている者は取り巻きの相手を頼む!」
ティターニアがパンドラとの対決に名乗りをあげると、仲間達が取り巻きの護衛と交戦をはじめた。
相手も状況を察したのか、ここにきて女王パンドラがついに、臨戦態勢に入る。
「エーテルストライク!」
まずは牽制とばかりにオーソドックスなエーテル属性の攻撃魔法を打ち込むティターニア。
対するパンドラがプロテクションらしきもので防御。
そんなことをせずともエーテルの指輪を扱えるなら杖の一振りで無効化できそうなものだが。
そう思ったティターニアは、反応を見るために問いを投げかける。
「もしや……指輪の力を使えぬのか?」
女王は問いに応える代わりに、錫杖を振りかざし未知の魔法を解き放つ。
「――ディスインテグレート」
その正体は、全てを虚無に帰す分解消去の魔法。
まともに食らったティターニアは、あまりにもあっけなく小さな粒子に分解されて消えた。
「新世界の住人たるもの何人たりとも虚無への衝動には抗えぬ――
女神にして世界そのものたる私に刃向かった者の末路よ!」
勝ち誇っている女王の背後に、突如として砂の粒子が集まって形を成し、ティターニアが出現した。
分解消去の魔法が発動する寸前で危険を察知したテッラが、先にティターニアを砂と化して難を逃れたのだ。
「ホールド!」
背後から不意打ちを食らい、地面から伸びた岩の腕に拘束されるパンドラ。
「おのれテッラ! 我が被造物の分際で小癪な真似を……!」
「英雄達の時が昔のままで止まっているのをいいことにいいように利用しおって……!
英雄達は皆今なお世界を救おうとしておるのに――どうしてトップのそなたが世界を救おうとせぬ!?」
拘束されたパンドラに詰め寄るティターニア。
旧世界の英雄達とは、かつて女王と共に世界を救うべく虚無の竜に立ち向かった者達。
皆、未だ女王が未だ世界を救おうとしていることを信じて疑っていないかのように見えた。
しかし実際には女王はもはや滅びを望んでいる。
世界を救うために女王を守り抜いたところで、その先にあるのが滅びでは何の意味もないではないか。 「先程自分のことを女神にして世界そのもの、テッラ殿のことを被造物と言ったな?
そなたは一体……何者なのだ?」 その時爆音が炸裂し、アルダガと全の英雄との戦いに決着が着いたことが分かった。
パンドラは相変わらずティターニアの問いには答えず、その代わり静かに敗北宣言をしたのだった。
「もう良い――私の負けです」
女王は再び椅子に身を預け、毒気が抜けたような様子で語り始めた。
>「……私にはもう何もありません。英雄たちは破れ、エーテルの指環……全の指環は最後まで私たちを認めなかった。
行きなさい、新世界の勇者たちよ。ここより先の階段を下れば竜の神殿に向かう転移の魔法陣があります」
>「全の竜はその指環で目覚め、六つの指環を示せば力を与えるでしょう。
そして虚無の竜を打ち倒し……何を願うか、よく考えておきなさい。
どうか私たちのように……ならぬよう……」
「待て、勝手に死ぬでない! そなた一体何がしたかったのだ!?」
どこか安心したような様子で息を引き取るパンドラ。
息を引き取ると間もなく、まるで最初から実体が無かったかのように、光の粒子となって消えた。
>「女王パンドラ……あなたのことは最後まで嫌いでしたよ。
でも、世界を救おうとするその意志の強さだけは好きでした」
水の英雄オウシェンが入ってくる。
女王はもはや滅びを望んでいた、等と野暮なことを教えてあげるのはやめておいた。
>「……行こうぜ。俺たちはあいつらに託されたんだ」
「あやつら、我々を試しておったのかもな――」
こうしてついに竜の神殿へとたどり着いた一行。
竜を象った紋章に手を当てると轟音を響かせながら竜が住まう間への扉が開く。
一行を出迎えたのは、見る方向によって異なる色に見える、翼持つ巨大な竜だった。
竜は一行が入ってきたのを見ると、礼を言ったのだった。 『ありがとう、よくぞパンドラを解放してくれました。
これで、あなた達に虚無と戦う力を与えることが出来る――』
「どういうことだ……?」
全の竜は、かつて共に戦った英雄達でさえ知らぬかもしれない真相を語り始めた。
『その昔この世界で虚無の竜との戦いがあった事、あなた達の世界が虚無の竜の死体の上に成り立っているのは聞いていますね?
虚無の竜に次第に追い詰められ、このままいっては全てが滅びると悟った時、パンドラはある賭けに出ました
彼女は一縷の望みをかけて自ら虚無の竜に食われた――そして狙いは成功し、
彼女は虚無の竜の肉体と融合を果たし、新世界の礎そのもの――”女神パンゲア”となった。
しかし虚無の竜の肉体が世界の素体になる以上、争いが絶えず、ともすれば虚無へ回帰してしまう不安定な世界になるのは分かっていた。
それでも彼女は人間の可能性を信じ、新世界の女神となった。
一方の肉体から追い出された虚無の竜の魂はクリスタルに封印されることになった。
そしてあなた達が今しがた倒したパンドラは、彼女が僅かに残った旧世界の民のためにこちらに残した分霊。
しかし分霊であるため力が弱く、長い年月の間に争いの絶えない世界に絶望し虚無に飲まれてしまったのです。
ところで――パンドラから指輪は貰いましたね? さぁ、こちらに見せて下さい』
言われるままに指輪を掲げると、真っ白だった指輪が虹色に輝きだした。
『その指輪は私が作ったものですが力を貸すのは私自身ではありません。
エーテルの指輪、それは新世界の女神パンゲアと人を繋ぐもの――私はその橋渡し役に過ぎない』
先程倒した虚無に堕ちたパンドラは、言わば女神パンゲアの影――
倒されるべき自らの影に力を貸すわけもなく、パンドラがエーテルの指輪が使えなかったのも当然というわけだ。
尤も、力の源泉と同一存在の欠片であるパンドラが虚無に堕ちてしまった状態では、
何人にもエーテルの指輪の力は引き出せなかったであろう。
ティターニアは、光り輝く指輪をアルダガに差し出した。
「アルダガ殿……これはそなたが使うのがいいのではないか。
女王様は、仮初なんかじゃなかった――」
女神パンゲアが、本当に彼女の信奉する女神と同一存在なのかは分からない。
しかし少なくとも、世界を愛し、人間を愛し、人間の可能性を信じた女王は、確かに存在した―― バフナグリーさんの拳が光を帯びる。
神術による目が眩むほどの輝きの奥。二つの影が交差するのが辛うじて見えた。
そして光が徐々に収まって、私の目に映ったのは……崩れ落ちる、全の英雄の姿。
「バフナグリーさん!」
私は、気づけばバフナグリーさんに駆け寄っていました。
彼女の右腕を、皮膚の焦げていない根本から掴んで、引き寄せる。
すぐに、右手に集めた魔力で撫でるようにして、治癒の魔法を施す。
……効きが悪い。例え自傷であっても、これは、神の力によってもたらされた傷だから。
「しゃがんで。楽にして下さい」
『フォーカス・マイディア』を発動する。
負荷を軽減していたとは言え、もう大分、発動時間が嵩んできている。
刃物で指を切ってしまった時のような鋭い痛みが、頭の中で膨らみつつある。
だけど、中断する訳にはいかない。
フィリアさんが、炎の指環で周囲に癒やしの力を振り撒いている。
それでも……私は治療をやめない。
バフナグリーさんは……私の無茶な願いを、聞き届けてくれた。
この腕は、その代償。だから私が責任をもって治さないと。
……いえ、そうでなくとも。
「……痛いですか?少しだけ我慢して下さい。必ず治してみせますから」
バフナグリーさんに、こんな痛ましい怪我をさせたままでいたくない。
少しでも早く、少しでも楽に……彼女を、治してあげたい。
……不意に、視界がぼやけた。
『フォーカス・マイディア』の副作用……?
いや、違います。これは……ただの、涙。
嬉しくて……か、感極まって、泣いてしまうなんて……一体何年ぶりでしょう。
まるで五年前に戻ったような……変な気分です。
「バフナグリーさん、あなたが、無事でよかった。ほんとに、ほんとによかった」
あ、駄目ですこれ。止まらないやつです。
治癒魔法は続けたまま、私はバフナグリーさんの肩に顔を埋めて、鼻をすする。
「……ごめんなさい。あなたにしか、頼めない事でした」
女王パンドラが何か言っている。
本当は、彼女に聞かなきゃいけない事があったんです。
だけど……きっと、彼女はそれに答えてはくれないでしょう。
そんな言い訳を自分にして、私は動かなかった。
ただずっと、バフナグリーさんを抱きしめていた。 >「……行こうぜ。俺たちはあいつらに託されたんだ」
やがてジャンさんがそう言いました。
私は治癒魔法を切り上げて立ち上がると、白衣の袖で両目を拭う。
それからディクショナルさんの袖を掴んで……
無意識にまた同じ事を繰り返していた自分に、思わず笑ってしまいました。
「行きましょう、ディクショナルさん」
そして私達は転移魔法陣へと足を踏み入れて……周りに光が満ちる。
光が収まると目に映ったのは、竜を崇め奉る神殿。
その最奥には……常に移り変わる虹色の鱗を身に纏った、巨大な竜。
あれが……全の竜。
>『ありがとう、よくぞパンドラを解放してくれました。
これで、あなた達に虚無と戦う力を与えることが出来る――』
「どういうことだ……?」
そして全の竜は語り出す。
旧世界の女王が打った起死回生の策。
私達の世界の成り立ち。
>『その指輪は私が作ったものですが力を貸すのは私自身ではありません。
エーテルの指輪、それは新世界の女神パンゲアと人を繋ぐもの――私はその橋渡し役に過ぎない』
>「アルダガ殿……これはそなたが使うのがいいのではないか。
女王様は、仮初なんかじゃなかった――」
エーテルの指環に力が宿される。
ティターニアさんはそれを、バフナグリーさんへと差し出した。
……一応、この戦いの後で帝国がハイランドに戦争を仕掛ける可能性はまだ残っているのに。
まったくもう、ヒトがいい……。
「……帝国に指環をもたらす。確かに成し遂げましたね、バフナグリーさん。
他ならぬ指環の勇者様がこう仰っているんです。頂いておきましょう」
…………これで、指環の勇者様の物語の、本章はおしまい。
最後の指環を手に入れて、次の章では虚無の竜を倒して。
後は指環に各々願いを叶えてもらって……ハッピーエンド。
そう。ハッピーエンド。
誰もがそう呼ぶだろう結末が、もうすぐそこに見えている。
……僅かばかりの、謎を残しつつも。
私はその謎を、究明しようと思えば、そうする事が出来る。
だけど、本当にそれはすべき事なんでしょうか。
もしかしたらそれは……皆さんを、恐ろしいほどの危険に晒す事になるかもしれないのに。 「……ティターニアさん。いえ、先生」
私は、ティターニアさんを見つめた。
「もし、この滅びた世界に……まだ、誰も答えを知らない謎が残されているとしたら」
……これは、ただの言い訳。
誰か、誰でもいいから、私がこれからしようとする事を肯定して欲しかった。
曖昧な問いかけで、同意を、言質を取ろうとしているだけの……ズルいやり方。
それでも……ごめんなさい。
この謎は、一人で抱えて黙っているには、あまりにも重すぎます。
「どう、思いますか?その謎の正体を、知りたい、ですか?」
考古学の導師であるティターニアさんなら、もしかしたら。
「ジャンソンさん。私は結局、まだまだオークの事が分からないままです。
……だけど、あなたの事は……少しだけ、分かったような気がしてるんです。
何事も、中途半端は良くない……ですよね?」
当代の、最初の指環の勇者であるジャンソンさんなら。
「……ディクショナルさん。もし私が、もう一度。
何も聞かず、何も言わず、ただ手を握って欲しいとお願いしたら……それを、聞いてくれますか?」
あの時、私の手を握り返してくれた、ディクショナルさんなら。
「バフナグリーさん」
最後に私は、バフナグリーさんを見つめた。
「私が今からする事は、別に帝国の為ではありません。
それどころか……むしろ、誰の為にもならないかもしれない。
……それでも、力を貸してくれますか?」
そして……私は全の竜へと振り返った。
「すみません。少し、聞きたい事があります。
まだ明らかになっていない、幾つかの謎についてです」
『謎?……勿論、構いませんよ。私に分かる事でしたら、全てお答えします』
全の竜が静かに、私を見下ろした。
「……指環の伝承については、あまり詳しくはないのですが。
全ての指環を揃えれば、ありとあらゆる願いが叶う……世界を意のままに操る事さえ可能、そうですよね?
では……先代の指環の勇者は、戦いを終えた後、指環に何を願ったのですか?」
『先代勇者の……願い?ははは、些か気が早いようにも思えますが……。
覚えていますよ。彼らは、自分達で国を作る為の土地を求めていました』
「それだけ、ですか?」
『ええ。後は……戦災の復興の為に幾つか、小さな願いがあったくらいです。
勿論、その全てが叶えられました。願いは一つだけ、なんて心の狭い事は言いませんよ』 「……そうですか」
……この先。この先です。
「では、もう一つ」
次に私が問いを口にすれば、もう後戻りは出来なくなる。
どうか……口を噤む事が出来なかった私のわがままを、許して下さい。
「……あなたがこの世界を元通りに直さないのは、何故ですか?」
全の竜が常に纏っていた柔和な雰囲気が、一瞬で霧散した。
『……私も、そうしたいのは山々なんですよ。
ですがかつての虚無の竜との戦いで、私は最早本来の力を失ってしまった』
「いいえ、そんなはずはない。このセント・エーテリアの状態がその証明です。
虚無の竜が世界を滅ぼそうとしている時、あなたはずっとここにいたんだ。一体どうして?」
全の竜は……何も答えようとはしなくなった。
ただ私を、じっと見下ろしている。
「それだけじゃありません……先代の勇者が、世界の平和を願わなかった理由は?
指環の勇者なんてとびきりの慈善事業をやり遂げたお人好しが、その願いを、考えもしなかった?」
その可能性も、まったくないとは言い切れない。
だけどもっと……納得の出来る説明がある。
「本当は……叶えられなかったんじゃないですか?その願いを」
バフナグリーさんに受け渡された、エーテルの指環。
その力の源は、女神パンゲアだと聞かされました。
だけど指環とは本来……死を伴う物であるはず。
いかなる原理かは分かりません。
円環を描く事で、その力に絶えず巡り続ける性質を付与するのか。
……ともあれ、力ある者が死を迎える事で、指環は完成する。
「肝心要の、全の指環の力が不十分だったせいで」
ならば、全の指環の素体となる死者は一体?
女神パンゲアは力の提供者に過ぎない。
全の竜自身が、全の指環は自分が作り出したと言っている。
であれば、全の指環を完成させる為には……全の竜が命を捧げる必要があったはず。
だけどそれは、今この場で成されなかった。
そして恐らくは、先代勇者の時も、それ以前も、一度たりとも成される事はなかった。
「これが、僅かに残った謎……真実を、教えて下さい」
全の竜は、黙っていた。
『……ふ、ふふ』
……ですが不意に、笑い声が聞こえました。
全の竜の口元から零れ落ちた声。
それは次第に大きくなって……暫し、地を、大気を、揺るがすほどの哄笑が周囲に響く。 『真実?真実ならもう分かってるじゃないか。
私はあの時、滅びゆく世界をここから眺めていた。
世界の平和なんてつまらない願いを、全て足蹴にしてやった』
全の竜の口元が、裂けんばかりの笑みを描いた。 『それ以上の何が必要なんだ?君達はもう、真実に辿り着いている』
「……いいえ。私には……私達には、理解出来ない。
あなたが何故、自分の創造したこの世界の滅びを、ただ眺めていたのか」
全の竜は私達を見下ろしたまま、暫し考え込むような仕草を見せました。
『……そうだなぁ。理由か。確かにそれを教えてやった方が、面白くなるかもしれない』
「……面白く、ですって?」
……あなたが傍観を決め込んだ事で、一つの世界が滅んだというのに。
その理由を、言うに事欠いて、面白くなるから教えてやる?
やはり、この竜は……。
『ああ、そうとも。面白いか、どうか。それこそが私の唯一無二の判断基準だ。
この世界を虚無の竜が襲い、私の被造物がそれに抗う様は壮観だった。
君達の世界も、常に争いが絶えなくて見ていて飽きないよ』
「……狂ってる」
『まぁ君達の尺度で見れば、そう思うのは無理もない。
だが私にとっては切実な話なんだよ、これは』
全の竜が揺らめく虹色を帯びた翼を、軽く振るって見せる。
瞬間、地を走るように無数の花々が周囲に咲き誇る。
それだけじゃない。
この閉ざされた神殿の中に、陽光が注ぎ、風が吹き、川のせせらぎが聞こえてくる。
『どうだい、綺麗なものだろう。だが私にとってはこんなものは、ただの属性の集合体に過ぎない。
退屈だったんだ、私は。
私が遥か昔、まだこの世界すら存在しない虚無の中に生まれた時からずっと』
……全の竜が、その翼をもう一度振るう。
『虚無の中は、恐ろしく退屈だった。なにせ何もかもが存在しないんだからね。
だから、私はこの世界を造った。暖かで、清く、豊かで、滞る事のない世界。
でも、同じだった。私にはこの世界で起こる事、見えるもの、その全てが予測出来た。それでは虚無と変わらない』
生み出された『世界』が掻き消えて、周囲には元通り、神殿の内装が戻ってくる。
『だから私は、この世界に生命を造った。私以外の、不完全な、しかしそれ故に多様性を持つ存在を。
……その試みは、上手くいった。少なくとも暫くの間は。
彼らは文明を築き、進化していった。その様を眺めているのは……それなりに、退屈しなかった』
「なら……何故」
『君なら分かるだろう。発展も進化も、永遠に続く事はない。
停滞してしまったんだ。少しずつ、暮らしが便利になる程度の進化はあったけど。
だけどそれは私にとってはただの退屈な時間だった』
そう言うと、全の竜は……くつくつと笑った。 『そんな時だった。アイツが現れたのは』
「……虚無の竜」
『そう。アイツは、私の造った世界を見る間に食い散らかしていった。
最初はね、私も止めようと思ったんだ。
また一から世界を育てるなんて……そんな退屈な事、したくなかったからね』
心底、愉快そうな笑み。
『だけど……私は気づいてしまったんだ。
偉大な存在として生み出された竜達が、矮小な人間の為に命を懸ける様も。
竜に遠く及ばぬ人間達が、そのちっぽけな命を燃やして巨大な滅びに抗う様も』
心臓の鼓動が早鐘のように加速していくのを感じる。
怖い。得体の知れないものを目の当たりにする恐怖が毒のように、私を侵していくのが分かる。
『その無数の感情と、信念の爆発は……属性では言い表せないほど、美しかった。
だからつい、思ってしまったんだ。もう少しだけ見ていたい、と。
もう少しだけ、もう少しだけ見たら、彼らを助けようと』
……私は、全の竜の話を聞きながら、呼吸を整えていた。
先ほどの戦いの疲労は……殆ど残っていない。
炎の指環による治癒のおかげです。
『気がついたら、この世界は殆ど滅んでしまっていたよ。
だけど私はそれでも満足出来なかった……もっと見ていたかった。
あの悲劇を。英雄達の物語を』
「……もう、結構です。知りたい事は全部分かりました。これ以上は、聞きたくない」
『そうかい?そりゃ残念……しかし、ふふ。
パンドラがしてくれた事は私にとっても素晴らしい試みだったよ。
永遠に繰り返される争い。私を楽しませる為の舞台を、彼女は整えてくれたんだ』
「『竜の天眼(ドラゴンサイト)』」
既に神殿の外に形成していた球体ゴーレムが一斉に、火を噴いた。
放たれた弾丸は神殿の天井を容易く貫通、粉砕して……全の竜の肉体に、無数の穴を穿つ。
……その傷が、まるで水面のように元に戻っていく。
それは生物的な再生ではなく……もっと超然とした、再現。
『いいね、面白い。面白いよ。永遠にも思えるほどの時を生きてきた。
だが……私を滅ぼそうとする人間は、久しぶりだ。本当に久しぶりだ』
全の竜は余裕の笑みを浮かべたまま、私を見据えた。 『よろしい、かかってきなさい。自分の力で戦うなんて、生まれて初めてだけど……それもまた一興だ。
ああ、心配はいらないよ。君達が負けてしまったとしても、ちゃんと元通りにしてあげよう。
五分ほど前からね。ちなみに今は……ええと、三回目だったかな?』
「戯言を……」
……とは言ったものの、やはり、強い。
いえ、強いと言うよりは……まさしく、神がかっているとでも言うべきでしょうか。
『……おや、どうしたんだい。もしかして、怖気づいたのかな?
それならそれで構わないよ。君達は何事もなく世界を救い、舞台は続く。
私はそれでも困らないからね』
……勝機は、ない訳ではない。
私のドラゴンサイトは、確かに全の竜の頭部を撃ち抜いていた。
首筋にも、辛うじて首の皮が一枚残る程度の大穴が空いたのに、それでも奴は生きていた。
『世界を創造する力』……。
その力は、奴の存在そのものすら復元、再現出来るのでしょう。
ですが……指環の力なら。
四竜三魔、彼らもまた世界を創造する力の片鱗。
彼らの力を借りれば、全の竜の存在に傷をつけられるかもしれない。
それに……エーテルの指環。
新世界の創造神とも言える、パンゲアの力。
その力を、バフナグリーさんが引き出せれば……。
だけど……これは私が決めていい事じゃない。
……怒りを抑え切れなくて、つい発動したドラゴンサイト。
アレで仕留めきれなかったのなら……もうこれ以上はいけない。
私が独断で戦いを始める訳にはいかない。
私は、指環の勇者では、ないから。
全の竜の存在は……ある意味では、保険でもある。
彼が「劇」を望む限りは、恐らく私達の世界が滅ぶ事はない。
滅ばない程度に、全の竜は力を貸してくれるでしょう。
全の竜と、ここで事を構えるべきなのか、否か。
私には……分からない。
指環を持つ皆さんの方を振り返る。
私はきっと……縋るような目をしていた。 【今まで出てきたり出したりした設定を振り返ってたら、こんな事になりまして……。
エクストラステージに進むかどうかは、おまかせします】 >>183
お前の自画自賛本気で醜いから消えろや
バレてないと思ってるの?
なあウンコマン >>183
ラテカスさあ毎回そうやって迷走するよなあ 神術の炸裂が終末の鐘の如く響き渡り、死闘が終わりを迎える。
全の英雄の倒れる音と、アルダガの荒く不安定な呼吸。
それ以外の一切の音が介在しない静寂が、帳を降ろすように横たわる。
「――――っ」
最早言葉にすらならない呻きのようなものを上げて、アルダガもまた力尽きた。
焼け焦げた右腕に痛みはなく、そして痛み以外の感覚もない。
緊張の糸がぷっつりと途切れて、彼女は足の支えを失った。
仰向けに、倒れていく。
>「バフナグリーさん!」
その背を受け止める者がいた。
駆け寄ってきたシャルムがアルダガの肩を支えて、炭化した右腕を掴む。
皮膚の成れの果てがポロポロと溢れ落ちて、亀裂から血が溢れ出ていた。
「シアンス、殿……」
>「しゃがんで。楽にして下さい」
しかし血はすぐに止まった。
シャルムの回復魔法が焦げた血肉を癒やし、傷を埋め、新たな皮膚が形づくられていく。
同時に、沈黙していた神経が再び感覚を取り戻して、痺れるような痛みが腕から全身を駆け巡った。
「あっ、痛ぅぅぅ……!シ、シアンス殿、もう少し手心を……!」
>「……痛いですか?少しだけ我慢して下さい。必ず治してみせますから」
灼け尽き、失われていた肉体の機能を取り戻しているのだから、痛みがぶり返すのは当然と言えば当然だ。
全の英雄を打ち倒すのに、犠牲を払わずに済むなんて端から考えてなどいなかった。
右腕一本と引き換えに世界を救えるのなら、甘んじてそれを受け入れるつもりだった。
しかし――
>「……ごめんなさい。あなたにしか、頼めない事でした」
アルダガの肩に額を付けて、しゃくり上げるシャルムの姿を見たとき、彼女は心に何か温かいものが満ちていくのを感じた。
無事な左腕で、シャルムの頭を抱き寄せる。
世界を救うのに、見返りを求めるつもりはなかった。
黒騎士としての使命であり、女神を奉ずる者として当然のことだと認識していた。
だが、こうして傷ついたアルダガを見て、涙を流してくれる人がいる。
払った犠牲を取り戻さんと、失ったものを補わんと、必死に手を尽くしてくれる人がいる。
その温もりは、異教徒を滅したあとに、聖女を通じて交わされる女神のお褒めの言葉よりも、ずっと心地が良かった。
「貴女がそう言ってくれるのなら……戦った甲斐がありました、シアンス殿」
肩から伝わってくるシャルムの体温を感じながら、アルダガは零すように呟いた。
見返りを得て喜ぶなど、修道士として失格かもしれない。
だけど今はきっと、それで良い。それで良いのだと、心から思える。
(女神様。拙僧は今でも、貴女に対する信仰を失ったわけではありません。
ですが……"わたし"の選んだ守るべきものもまた、こんなにも尊いのです)
人民を救うなどと、上から目線で御大層な大義がなくても、人は戦える。人を救える。
他ならぬ証が、いまこの手の中にある。
シャルムを抱き締めながら、アルダガは自身の心の変容を、そう肯定した。
――――――・・・・・・ アルダガと全の英雄とが一騎打ちを演じる一方で、スレイブ達は女王パンドラと対峙していた。
ティターニアが大地の指輪の力で女王を翻弄し、岩の根がその動くを封じる。
全の英雄からの助けを得られず孤立しパンドラは、やがて指輪の勇者達に追い詰められていった。
そして、アルダガが全の英雄を打ち倒す。全てに決着がつく。
>「もう良い――私の負けです」
全の英雄の敗北は、旧世界の民に抵抗の術が残されていないことを意味していた。
パンドラは諦めたように椅子へと腰掛け、周囲から護衛の騎士たちが消える。
女王もまた静かに息を引き取って、指輪の勇者を阻むものは何もなくなった。
>「女王パンドラ……あなたのことは最後まで嫌いでしたよ。でも、世界を救おうとするその意志の強さだけは好きでした」
息絶えた女王の姿を複雑な面持ちで眺めるのは、旧世界の英雄が一人、オウシェン。
ジャンと戦い、その力量を測っていた彼女は、指輪の勇者達に向き直る。
>「パンドラがいなくなったことで不死者たちは統制を失い、神殿へと獲物を求めてやってくることでしょう。
理性もなく、本能のみで生きる人間なぞ獣以下の存在でしかありません。
そのような者たちにこの神殿を乗っ取られるなど言語道断、私と生き残った英雄でここを守ります」
「先程から神殿の周りから聞こえてくる叫びは、そういうことか。
他人のことを言えた義理じゃないが、あんたたちも満身創痍だろう。大丈夫なのか?」
スレイブの問いに、オウシェンは見くびってくれるなとばかりに鼻を鳴らした。
>「火と闇と光と土と……爺様も生きておられるようですね。
爺様に治療してもらえればなんとかなるでしょう、ほら爺様起きてください!寝たふりしないで!
魔力封印?爺様なら集中すればすぐに解除できます!」
指輪の勇者と対峙し、打ち倒された英雄たちが、一人また一人と立ち上がる。
全身に傷を負い、武装の砕けた者もいるが、その双眸には未だ戦意の火が宿っていた。
「俺を忘れるなよ、水臭いじゃないかオウさん。……水だけにさ」
突風が玉座の間を洗い、風の英雄ザイドリッツがふわりと着地する。
スレイブによって刻まれた刃傷は未だ残っているが、血は止まっているようだった。
「……生きてたのか」
「よく言うぜ、トドメ刺していかなかったのは君だろ。詰めが甘いよ、詰めが。気をつけなよ?
まぁ死に体ではあったんだけど……俺がまだ生きてるのは多分、女王様の差配さ」
ザイドリッツの言葉に、スレイブも合点がいく。
女王の最期は、彼女が自ら命を絶ったように見えた。
パンドラは自身の消失が不死者を暴走させることまで読んでいて、あえて余力を残して絶命したのだ。
自分の命の維持に使う魔力を、英雄たちの回復に充てた。
致命傷を負ったはずのザイドリッツが、こうして戦線に復帰できているのが何よりの証左だ。
「餞別だ、持っていきな」
不意にザイドリッツが放ったものを、スレイブは片手で受け止めた。
それは黒騎士の証、ブラックオリハルコンの長銃。ザイドリッツが百年前の黒騎士から奪ったものだ。
「これをどうしろと……」
スレイブは困惑した。渡された長銃は銃身が半ばから綺麗に断たれている。
他ならぬスレイブが、ザイドリッツとの戦いで破壊した銃だ。 「そっちの世界で俺を弔ってくれるんだろ?墓標代わりにでもしといてくれ。
うまい感じにソードオフになってるから撃てないこともないだろうけど、まぁお勧めはしないかな」
「……懐に入れておけば、盾くらいにはなるか」
風の英雄の真意が読めないまま、スレイブは長銃を腰帯に差した。
ザイドリッツは満足したように頷くと、オウシェンと共に神殿の出入り口へと向かっていく。
>「……行こうぜ。俺たちはあいつらに託されたんだ」
ジャンがそう言って、踵を返した。
一度は殺し合いを演じ、同じ目的のもと集った英雄と勇者が、再び袂を分かつ。
(託された、か)
世界を救いたいというザイドリッツの言葉に嘘はなかった。
そして、英雄たちが幾万年もの間掲げ続けてきたその責務は、正しく指輪の勇者たちに託されたのだ。
スレイブは、腰の壊れた長銃に手を置く。
進もう。託されたものと、意志を背負って。彼らの悲願もまた、スレイブ達と共にある。
>「行きましょう、ディクショナルさん」
スレイブもまた一歩踏み出そうとすると、何かに引っ張られるような感覚があった。
アルダガの治療を終えたシャルムが、神殿へ来たときと同じように、彼の袖をつまんでいた。
「………………」
スレイブはしばらく無言で立ち止まり、思案に思案を重ねて、行動に移した。
袖をつまむシャルムの手を振り払う。
「もしかするとまた分断される可能性がないこともないかもしれないからな。こうするのが、おそらく多分合理的だ」
スレイブはシャルムの方を見ることなく、自由になった手で、シャルムの手を握った。
手のひらから伝わる彼女の体温と、血の巡る鼓動。
彼に力をくれるその全てを確かめるように感じながら、スレイブは転移陣を踏んだ。 視界を包む光が晴れると、そこはこれまでとは別の神殿だった。
竜を象った意匠がそこかしこにあしらわれ、静謐と荘厳とが渾然一体となって見る者を包む。
パンドラのいた玉座の間とは異なり、生気に満ちた瑞々しい気配が充溢していた。
アルダガは目を閉じ、周囲の気配を探る。不死者の律動はどこにもない。
(星都の……更に隔離された空間、ですか。女王パンドラが、虚無の竜から最期まで護り通したもの)
巨大な扉を開いた先には、巨大な玉座を温めるように座する巨竜の姿。
――『竜の間』。星都を巡るこの旅の、最終目的地だ。
>『ありがとう、よくぞパンドラを解放してくれました。
これで、あなた達に虚無と戦う力を与えることが出来る――』
ティターニアの求めに応じて、全竜は真相を語る。
女王パンドラが虚無に墜ち、不死者の王として星都に君臨し続けた理由。
そして、アルダガ達の奉じる女神の正体――
「それではエーテルの指輪を司るのは、女神様ということですか……?」
他の指輪が四竜三魔の力を封じ込めたものであるように。
エーテルの指輪は、女神パンゲアの奇跡を凝縮し、形を成したものだった。
おそらくは、同じ理屈で力を得る神術よりも、更に奇跡の本領に近い力を手にすることができるだろう。
(……どうやら、指輪の勇者たちとわたしの旅は、ここで終わりのようです)
女神の力を司るエーテルの指輪は、本質的にはアルダガの持つ神術の力と同一だ。
それは逆説的に、神術使いとしてのアルダガが指輪の勇者と共に居る妥当性を否定するものとなる。
エーテルの指輪があれば、アルダガと同じ力をアルダガよりも高い精度で扱うことができるからだ。
思えば、星都への旅路は彼女にとって、帝国の全ての民を救うための使命を帯びた戦いだった。
既に話のスケールは一国の範疇などとうに越えて、指輪の勇者が救う対象は「世界」になっている。
復活した虚無の竜が今度こそ世界を食らいつくせば、帝国も連邦も王国も、国家の垣根など意味を為さないのだ。
だから、アルダガが指輪を求める理由は、最早帝国上層部への義理立てだけだ。
聖女はまたぞろマジギレするかもしれないが、そのためだけに勇者から指輪を奪う気にはならない。
アルダガが真に守りたいのは帝国ではなく……そこに生きる民だからだ。
指輪の勇者たちと共に戦い続けることが出来ないのが、残念ではないと言えば嘘になる。
しかし、帝国の強い意向を受けている立場のアルダガが勇者一行に混ざれば、待っているのは再びの政争だ。
無粋な横槍を避けるには、やはりアルダガはここで離脱すべきだろう――
彼女はそう結論付けて、指輪の勇者たちより一歩下がった。
しかし全竜との対話を終えて振り返ったティターニアは、真っ直ぐアルダガの方へ歩いてきた。
>「アルダガ殿……これはそなたが使うのがいいのではないか。女王様は、仮初なんかじゃなかった――」
差し出されたエーテルの指輪。
その行動が意味するところを、彼女はしばらく理解できていなかった。
「え……あ……えぇっ!?ティ、ティターニアさんっ!い、良いんですか……?」
アルダガが最後の指輪を手にすれば、これまでのように国家に囚われずに行動することは出来なくなる。
言わば現在のアルダガは帝国のエージェントだ。国家の意志によって指輪を探索している。
その『成果』として指輪を得れば、帝国上層部はそれを『有効に』使うことだろう。
行き着く先はハイランドやダーマとの戦争。
表立って開戦はしなくとも、指輪の力を背景に不平等な交渉を迫ることもあるだろう。
指輪の勇者たちにとって益となるものはなにもないはずだ。 >「……帝国に指環をもたらす。確かに成し遂げましたね、バフナグリーさん。
他ならぬ指環の勇者様がこう仰っているんです。頂いておきましょう」
「シアンス殿っ!?」
思わぬところから謎の援護射撃が飛んできた。
そう、国家間のしがらみや上層部の意向を無視するなら、エーテルの指輪の入手はアルダガにとっても悲願であった。
旧世界の女王が、新世界で女神となって造った指輪。それを賜るのは修道士としてこの上ない誉れだろう。
正直に言えば、喉から手がでるほど欲しい逸品ではある。
「……受け取れませんよ、ティターニアさん。帝国に指輪が渡れば、それは戦争の火種になります」
言葉とは裏腹にアルダガは手を伸ばし、ティターニアの手からエーテルの指輪を拾う。
巨大なメイスを振るい続けたために常人よりも大きいアルダガの指に、指輪はピタリと嵌った。
「ですが、一時的に預からせていただきます。約束、覚えていますよね?
星都での旅が終わったら、指輪を賭けた立ち合いが待っています。真の所有者は、それを経て決めましょう」
指輪を嵌めた手を確かめるように握ったり開いたりしながら、アルダガは言葉を返した。
当初の予定に変更はない。決着を着けるその意志は、未だなお胸の中にある。
さあ、あとは星都を脱出し、指輪を新世界に持ち帰るばかりだ。
竜の間を辞する支度を整えていると、シャルムが不意に思案を言葉にした。
>「もし、この滅びた世界に……まだ、誰も答えを知らない謎が残されているとしたら」
>「どう、思いますか?その謎の正体を、知りたい、ですか?」
「……シアンス殿?」
エーテルの指輪を含む、全ての指輪を手に入れて、残るは虚無の竜との最終決戦。
大団円まであと一歩というところで、シャルムは足を止める。
その表情には、謎への探究心というよりかは、もっと根源的な"怯え"のようなものが見て取れた。
>「……ディクショナルさん。もし私が、もう一度。
何も聞かず、何も言わず、ただ手を握って欲しいとお願いしたら……それを、聞いてくれますか?」
問われたスレイブはほんの数瞬、真意を探るように目を動かして、すぐに頭を振った。
シャルムの言葉が駆け引きや暗黙の訴えなどではなく、純粋な願いであると、気づいたのだ。
「貴女が何をしようとしているのか、俺は知らない。だが、何をするのだとしても……俺は貴女の隣に居よう」
スレイブは返答と共に、シャルムの手を再び握った。
そしてシャルムは、アルダガへと目を向ける。
>「バフナグリーさん」
>「私が今からする事は、別に帝国の為ではありません。それどころか……むしろ、誰の為にもならないかもしれない。
……それでも、力を貸してくれますか?」
「そんな他人行儀なこと言わないで下さい、シアンス殿……。わたしの守りたいものの中に、貴女もまた入っているんです。
帝国だからとか、新世界だからとか、そんなことは関係なしに、わたしは貴女を守ります」
仲間たちに一通り声をかけてから、シャルムは全竜へと向き直った。
>「すみません。少し、聞きたい事があります。まだ明らかになっていない、幾つかの謎についてです」
シャルムの問いに真摯に答えていた全竜。
しかしその態度は、ある質問を境に豹変することとなる。 >「これが、僅かに残った謎……真実を、教えて下さい」
全竜が笑う。裂けた口からのぞく、無数の牙は、彼のこれまで隠していた獰猛さの発露だった。
>『真実?真実ならもう分かってるじゃないか。私はあの時、滅びゆく世界をここから眺めていた。
世界の平和なんてつまらない願いを、全て足蹴にしてやった』
かつて世界を救うために戦った、先代の指輪の勇者たち。
いや、先代だけでなく、その前の代も、その前の前の代も、ずっと以前の勇者たち。
彼らが一様に望んだであろう世界平和は、指輪の力で叶えられるはずだった願いは。
――眼の前で心底愉快そうに語るこの全竜によって、阻止されていたのだ。
「ふざけるな……!!」
全竜の言葉をシャルムの隣で聞いていたスレイブが、怒りを露わにして叫んだ。
「ふざけるなよ、ふざけるな……!それじゃあ、これまで先代たちや、旧世界の英雄たちが払ってきた犠牲は……
彼らが願い、旅の果てに死力を尽くした戦いは、まるで――」
『――まるで無意味な、茶番。そう言いたいのだろう?ひどいことを言う奴だな。
君は興行の前座で痴態を晒す道化を、無意味なものだと斬って捨てるのかい?』
「貴様――!!」
激昂したスレイブが剣を手に飛びかかる。
怒りに任せた愚直な突進は、竜の鼻息一つで吹き飛ばされた。
『茶番などではなかったさ。彼らは優秀な道化だった。見ていて飽きないほどにね。
これからもそれは変わらない。君たちは私の書いた筋通りに世界を救うだろう。
私はひとしきりその過程を楽しんだあと、君たちの冒険譚を閉じて本棚にしまう。
よく頑張った、感動した、心躍ったと感想を述べてね。そしてまた次の勇者が生まれるのを心待ちにするのさ』
アルダガもまたメイスを構え、全竜と対峙する。 「それを聞いて、拙僧たちがおとなしく貴方の思い通りにするとでも?」
『するとも。虚無の竜から世界を救うという点においては、私と君たちの願いは同じなのだからね。
まさか世界を救わないなんて言い出すつもりはないだろう?それは困るなぁ。
せっかくここまで"育てた"最高の道化達が、舞台から転げ落ちてしまうのは良くない。
君たちの頭の中身を少々弄って、素直に世界を救いたくなるように仕向けてみるのも悪くないかもしれないね』
「心配せずとも、世界は救ってやる」
叩きつけられた壁の中に埋まっていたスレイブが、瓦礫を跳ね除けて起き上がった。
「貴様の描くシナリオなど知ったことじゃない。この下らない輪廻を、俺たちの代で終わらせる。
貴様が永遠の繰り返しを望むのなら、虚無の竜よりも先に貴様を滅ぼすだけだ」
『こらこら、観客に刃を向ける道化がどこに居ると言うんだい。
……いや、そういうのも趣向としては悪くないか。観客参加型の戯曲というのも、世界にはあったね。
よし、君の望む通りにしよう。私は何をすれば良い?舞台に上がって一緒に歌えば良いのかな』
「抜かせ……!」
『そら、第一楽章が始まるぞ。まずはロンドから踊って貰おうか――"破滅への輪舞曲"』
瞬間、神殿を構成していた石壁が消失した。
外には星都の密林が広がっているはずだが……目に飛び込んできたのは荒野。
地平線の彼方まで、木の一本すら見えないひび割れた荒野だ。
失われた天井の代わりに空には暗雲が立ち込め、雲の隙間から幾条もの稲光が降ってくる。
土砂降りの雷雨と、暴風。
どこからともなく押し寄せる濁流は、まるで嵐の海の上のようだ。
……"ようだ"ではない。いつの間にか、指輪の勇者たちは今にも沈みそうな船の上に放り出されていた。
荒波に揉まれ、転覆寸前にまで傾く船。足元の甲板の、濡れた木材の感触まではっきりと感じる。
「これは、空間の書き換え……滅びをもたらす天災を、『創造』した――!?」
『船旅と嵐による難破。艱難辛苦の代名詞とされるものさ。
今の時代は飛空艇なんて言う便利な乗り物が普及してしまったけど、あれは良くない。つまらない。
やはり冒険はこうでなくてはね』
船底に穴が空き、またたく間に海水が入り込んでくる。
難破寸前の船にトドメをささんとばかりに、濁った高波が空を覆い尽くした。 【全の竜との戦闘開始。『創造』の力により嵐の中で難破寸前の船の上に放り出される。】 全の竜が待ち受ける広間は華やかではないが気品を感じさせる装飾が施され、
旅の終わりに相応しい場所であった。
>『ありがとう、よくぞパンドラを解放してくれました。
これで、あなた達に虚無と戦う力を与えることが出来る――』
そうして全の竜が語り出すのは、旧世界の終焉と女神の誕生。
おとぎ話ですら語られることのなかった、世界創造の真実だ。
>「アルダガ殿……これはそなたが使うのがいいのではないか。
女王様は、仮初なんかじゃなかった――」
ジャンは一介の冒険者にすぎない。だが、教会からの出向とはいえ黒騎士のアルダガが指環を持つという意味は理解していた。
行動そのものが帝国の意志を示す黒騎士が女神に認められた証を持ち、自在に操る。
それは帝国と教会の間に軋轢を生み、ハイランドやダーマへの侵攻どころか
この大陸に広く信仰を持つ教会すら敵にするということ。
だが、それでもジャンは思う。
信仰に敬虔であり続け、一行をここまで守り抜いてくれたアルダガならば。
女神は虚像ではなく、本当にいたということが示されたならば。
それは報われるべきなのだと。
「とっとと受け取っちまえよ、どうせ俺たちじゃ使えねえしな」
>「……帝国に指環をもたらす。確かに成し遂げましたね、バフナグリーさん。
他ならぬ指環の勇者様がこう仰っているんです。頂いておきましょう」
「ほれ、帝国代表様が言っておられる。
とっとと嵌めて、帰ろうや」
結局指環を受け取ってはくれたものの、アルダガは頑固な姿勢を崩すことはない。
帝都で交わした約束をまだ実行するつもりでいるらしい。
>「ですが、一時的に預からせていただきます。約束、覚えていますよね?
星都での旅が終わったら、指輪を賭けた立ち合いが待っています。真の所有者は、それを経て決めましょう」
「なあティターニア、やっぱり俺たちでやんないとダメかな……
今のうちに俺の頭を覚えておいてくれ、きっとあのメイスでへこんで形が変わっちまうから」
アルダガの強靭な意志を秘めた目はまるで伝説に語られるオリハルコンのようだ。
確かに決闘はオーク族として誉れではあるが、思わずジャンはその目から目線をずらしてティターニアにこっそり耳打ちする。 さて、一行がどうやって帰るかとなったそのとき。
帝国の一流魔術師たるシャルム・シアンスがぽつりとつぶやく。
それは指環の勇者たちに対する問いかけであり、全の竜への問答でもあった。
>「ジャンソンさん。私は結局、まだまだオークの事が分からないままです。
……だけど、あなたの事は……少しだけ、分かったような気がしてるんです。
何事も、中途半端は良くない……ですよね?」
「……ああそうだ。やるなら最後まで、諦めは死……それが俺たちオークさ」
まるで気づいてはいけないことに気づいた子供のような、
王族の秘密を知った侍女のような表情でシャルムは語り始める。
先代勇者が願ったいくつかの出来事、そして唯一叶えられなかった、たった一つの願い。
そして、全の竜は真の姿を現す。
>『茶番などではなかったさ。彼らは優秀な道化だった。見ていて飽きないほどにね。
これからもそれは変わらない。君たちは私の書いた筋通りに世界を救うだろう。
私はひとしきりその過程を楽しんだあと、君たちの冒険譚を閉じて本棚にしまう。
よく頑張った、感動した、心躍ったと感想を述べてね。そしてまた次の勇者が生まれるのを心待ちにするのさ』
「……閉じる?閉じるってのはどういう意味だ!?」
『そのままさ。指環を全部返してもらった後、記憶をいじって故郷にでも送り出す。
かくして勇者は故郷に戻り、静かに幸せに暮らしましたとさ……』
「ふざけんじゃねぇぞ!!ここまでやってきたことも全部お前がやったってのか!」
『私は観客。透明な壁の向こうでただ楽しむだけさ。
役者たちは衣装と道具を与えれば常に自分で筋書きを整えてくれるからね……私は指環という大道具係でもあるかな?』
>「貴様の描くシナリオなど知ったことじゃない。この下らない輪廻を、俺たちの代で終わらせる。
貴様が永遠の繰り返しを望むのなら、虚無の竜よりも先に貴様を滅ぼすだけだ」
「シェバトからの付き合いだけどよ――スレイブ、お前は本当に気が合うぜ。
自分の道を好き勝手に弄られて黙ってられるか!」
ミスリルハンマーに指環の魔力を纏わせ、大瀑布のごとき水圧が大槌に宿る。
そうして各々の得物を全の竜に突きつければ、それが開始の合図だ。 >『そら、第一楽章が始まるぞ。まずはロンドから踊って貰おうか――"破滅への輪舞曲"』
>「これは、空間の書き換え……滅びをもたらす天災を、『創造』した――!?」
「全ての竜だからなんでもありってか!だけどよぉ!」
『専門家がいることを忘れてないかな!』
ジャンが荒れ狂う波と激しく叩きつけるように降り注ぐ豪雨に向けて指環をかざせば、
波は静かに、雨と雷雲は即座に霧散して青空が広がる。
船底から入り込んだ海水も戻り、逆に船を包む壁となって滑らかに海面を進んでいく。
「苦労しなけりゃ冒険じゃねえなんて、それこそ見ている側だけの感想さ。
いかに楽して安全に旅するかってところに力を入れるのが冒険だぜ」
『観客は刺激を求めるものなのだが……では、次の章に移るとしよう。
喜劇か悲劇かは君たち次第――"終わりよければ全てよし"』
いつの間にか全の竜の声だけが辺りに響き、雲一つない晴天だった空は今にも振りそうな曇天へと移り変わる。
船はどこかの港へと静かに着き、甲板から桟橋へ向けてタラップが勝手に伸びていく。
「……降りろってことか。茶番に付き合えとさ」
『指環の勇者たちはなんとか嵐を乗り越え、近くの港町へとたどり着いた。
だが町を歩く人々は何か事情を抱えているのか、表情は空の如く重苦しい』
港を歩く水夫や住人の顔は全の竜が語る通り暗く、何かに怯えているようだ。
ジャンが事情を聞いてみようと近づくが、誰一人として言葉を交わさず離れて行ってしまう。
『事情も分からぬまま勇者たちは町を歩き、そして市場で騒ぎに遭遇した』
言われたまま市場に辿り着いてみれば、そこにはボロボロの布切れを纏った複数の老人と子供が槍や剣を持ち、
町人たちに突きつけては食料を奪っていく。
『当然勇者たちは止めようとするが、老人の中で眼帯を付けひときわ立派な体格をした老人が勇者たちの前に進み出る』
「あんたら余所者には分かんねえだろうがな、こいつらは俺たちを捨てたんだ!
五年前に帝国への徴税として食料が片っ端から持ってかれ、口減らしとして働けない赤ん坊と老人を
魔物の住む洞窟に片っ端から捨てたのさ!」
武器を振り上げ威嚇する眼帯の老人は見れば古傷が多く、他の子供や老人も皆等しく傷ついている。
「だから生き残った俺たちは復讐するんだ!これは生きるための正当な手段だ!」
町人たちも負い目を感じているのか、非難の声を挙げる者はおらず、抵抗する者もいない。
武器を突きつけられているとはいえ、皆素直に食料や衣服を差し出している。
『さて、世界を救いたいと願う指環の勇者たちはどちらを救うのか?
あるいはどちらも等しく滅ぼすのか?役者の演技に期待するとしよう』
「……クソ、どっちをぶん殴ればいいってんだ……!」
【全の竜との戦闘(問答)?】 >「え……あ……えぇっ!?ティ、ティターニアさんっ!い、良いんですか……?」
>「……帝国に指環をもたらす。確かに成し遂げましたね、バフナグリーさん。
他ならぬ指環の勇者様がこう仰っているんです。頂いておきましょう」
>「ほれ、帝国代表様が言っておられる。
とっとと嵌めて、帰ろうや」
「どのみち指輪は一人一属性しか使えぬ。
ジュリアン殿なら使えるかもしれぬがその指輪の力を最も引き出せるのはそなただろうからな」
指輪が原因になっての戦禍を懸念し戸惑うアルダガだったが、
ティターニアがまず第一に考えているのは、この後に控えたエルピスや虚無の竜との決戦である。
これは別にどちらが正しいというわけでもなく常に権謀術数渦巻く政治的思惑の中で生きてきた者と、
神々や英雄の伝説を現実に起こり得る身近なものとして研究してきた者の思考の違いであろう。
地上がどうなっているのかは分からないが、もうすでに虚無の竜が世界を破壊し始めていることだって有り得るのだ。
ゆえに指輪の力を最も効率的に引き出せそうな者に渡したという単純な意図であったのだが、アルダガの胸中を察し、ニヤリと笑う。
「”有効活用”される可能性があるのはどの勢力に渡ってとて同じであろう。
それに安心しろ、その指輪は誰にでも使えるものではない。もしも欲にまみれた元老院の爺様に奪われたとてウンともスンとも言わぬだろうよ。
いくら御託を並べようが巨大な力を手にしてしまえば世の中多少の無理は押し通せるものだ。
その指輪を手にして尚化石のような上層部の思惑に唯々諾々と従う必要などないのだぞ」
そこで帝国と教会に忠誠を誓うアルダガから見て穏やかではない物言いになっていることに気付き、慌てて仕切り直す。
「……おっと、随分と物騒な言い方になってしまった。つまり何がいいたいかというとだな。
そなたなら……その指輪を使って帝国を更にいい方向に変えていけると思うのは買いかぶり過ぎか?
もしかしたらそれは国家や教会という枠におさまらない形になるかもしれぬがな――」
しかしアルダガは皆に指輪の所有者としてふさわしいと言われて尚、指輪の所有権は決闘で決めるという初志を貫徹するのであった。
>「……受け取れませんよ、ティターニアさん。帝国に指輪が渡れば、それは戦争の火種になります」
>「ですが、一時的に預からせていただきます。約束、覚えていますよね?
星都での旅が終わったら、指輪を賭けた立ち合いが待っています。真の所有者は、それを経て決めましょう」
「やれやれ――とことん頑固な奴め。約束してしまったのだから受けるしかあるまい。
地上に帰った時に虚無の竜どもが決闘するだけの猶予を与えてくれていたらだがな」
アルダガのあまりの初志貫徹っぷりに苦笑しながらも頷くティターニアだったが、一つの条件を提示した。 「ただし一つ条件がある―― そなたが勝ってそちらに指輪が渡ってももちろん我々も共に戦う。
だから……もしも我々が勝ってジュリアン殿が使うことになっても……共に虚無の竜と戦ってくれるか?」
これはもちろんアルダガが純粋に戦力として頼りになるというのもあるが、
“決闘に負けたので潔く散ります”は禁止という言外の意味も込められているのだった。
普通はそんな事はしないだろうが、星都の探索を通して黒騎士というのは
そもそもぶっ飛んだ集団というのがよく分かったので先手を打っておくに越したことはない。
>「なあティターニア、やっぱり俺たちでやんないとダメかな……
今のうちに俺の頭を覚えておいてくれ、きっとあのメイスでへこんで形が変わっちまうから」
「うむ……ちょっともうどうしようもなさそうだな……」
ジャンが耳打ちして来るが、自主的に指輪をあげて決闘回避しよう作戦(?)も失敗した以上どうにもならないのであった。
「全の竜殿よ、いい感じに我々を地上に帰らせてくれたりは出来るのか?
無理なら”リターンホーム”で帰るが――」
とりあえず元の世界に帰ろうと、ティターニアが全の竜に尋ねた時だった。
シャルムが意味ありげに問いかけてくる。
>「……ティターニアさん。いえ、先生」
>「もし、この滅びた世界に……まだ、誰も答えを知らない謎が残されているとしたら」
>「どう、思いますか?その謎の正体を、知りたい、ですか?」
「それはもちろん知りたいが……そんな深刻な顔をしてどうしたのだ?」
仲間の一人一人に問いかけるシャルムを見て、気付いてはいけないことに気付いてしまったのだと察する。
考古学者としての個人的興味としては、喉から手が出る程知りたいに決まっている。
しかし、好奇心は猫を殺す、深淵を覗く者はまた深淵に覗かれる――
世の中には謎のままにしておいた方がいいことがあるのかもしれない。
純粋に真実を探求し過ぎた結果狂気に堕ち破滅の道を歩んだ魔術師は枚挙にいとまがないのだ。
そして今回の場合、下手すれば破滅するのは自分達だけではなく世界の全てなのかもしれない
逡巡している間にも皆の後押しを受け、シャルムは全の竜にいくつかの問いを投げかける。
そしてシャルムが自身の本性を見抜いたのだと悟った時、全の竜の態度が豹変した――
シャルムがドラゴンサイトで開けた穴は事も無げに修復され、彼女は決断を委ねるようにこちらを見つめる。
迷う素振りも見せず宣戦布告するスレイブとジャンだったが、ティターニアは最終判断の材料を得るために追加で質問をした。
「毎度頃合いを見計らって自分で虚無の竜を目覚めさせては滅びない程度に力を貸す……
一人でマッチポンプしておったのではないか?
しらばっくれておるが本当は虚無の竜を呼び出したのもそなたなのだろう?
退屈のあまり世界を破壊する存在を望んでしまったのではないか?」
『さぁ、そうかもしれないしそうでないかもしれない』 からかうように曖昧な答えを返す全の竜。
単にふざけているのか、あるいは……ほんの少し願っただけでその事象が起こってしまうのだとしたら、
本当に本人にもどこまでが自分が起こした事象なのか分からないのかもしれない。
決断に窮したティターニアは、仲間の中で唯一冷静なジュリアンに視線で意見を求める。
「指輪の勇者ではない俺が決めることではないが慎重に考えることだな。
……正直お前の推測のとおりの可能性はかなり高いと思う。だが万が一違っていたら……」
ティターニアの推測が当たっていれば、全の竜が全ての元凶ということになり、これを倒すことは大きな意味を持つ。
しかしもしも、世界を救う側に干渉しているだけで、世界を滅ぼす要因の方に直接は干渉していないのだとしたら――
全の竜を倒すことは何のメリットもないどころか、世界滅亡の爆弾を抱えたまま世界存続の保険のみ失うことになる。
つまり、もしも首尾よくこの全の竜を倒した後で虚無の竜を倒し損ねたら、最悪の事態。
英雄どころか世界を滅ぼした大罪人だ。
そんな中、決断の決め手は、意外な者によって齎された。
「……頼む、力を貸してくれ」
「アルバート殿!?」
アルバートが素直に他人に物事を頼むのを初めて目撃し、驚愕するティターニア。
アルバートは確信に満ちた目で言葉を続ける。
「コイツを倒しこの虚無の指輪で全ての属性を吸収し尽くせば……新世界から属性を奪わずともこの世界を再建することが出来る!」
この言葉は戦う決め手を探していたティターニアにとって、十分すぎるほどの一押しになった。
「そなたには恩義があるからな――頼みを聞かぬわけにはいくまい。
あの時炎の山で出会わなければこんなに凄い冒険をすることはできなかった。
それに、打ち捨てられたはじまりの世界を救う――か、なかなか悪くないではないか!」
全の竜が、メンバー全員が宣戦布告したのをみとめると、ついに戦いは始まった。
>『そら、第一楽章が始まるぞ。まずはロンドから踊って貰おうか――"破滅への輪舞曲"』
>「これは、空間の書き換え……滅びをもたらす天災を、『創造』した――!?」
「おそらく一種の異空間だろうな……単なる幻ではなくここで受けたダメージは現実のものとなるだろうから気を付けよ!」
最初の試練は、船旅での転覆寸前の嵐。
しかしジャンが指輪の力によって難なくそれを鎮め、船は滑らかに進んでいく。 >『観客は刺激を求めるものなのだが……では、次の章に移るとしよう。
喜劇か悲劇かは君たち次第――"終わりよければ全てよし"』
用意された状況は、口減らしのために捨てられた老人や子どもが村人を脅して食料を奪っているというものだった。
>『さて、世界を救いたいと願う指環の勇者たちはどちらを救うのか?
あるいはどちらも等しく滅ぼすのか?役者の演技に期待するとしよう』
>「……クソ、どっちをぶん殴ればいいってんだ……!」
「落ち着け、所詮は全竜の茶番劇だ――セオリー通りにやればよい」
ティターニアはそう言って、混乱の渦中からは少し外れたところの村人と呑気に話をしている。
「五年前に食料が片っ端から持っていかれたそうだが……帝国が急に税を増やしたということか?」
「いや、その年から急に作物がとれなくなったのに税は減らなくて……」
『引き延ばしはいけないよ、退屈するからね。どちらを救うのか、どちらも滅ぼすのか――決断を』
「気が短い奴だな。時間制限付きクイズじゃあるまいし……」
決断を煽ってくる全の竜にぶつくさ言いつつ、ティターニアは抗争している村人達に向かって杖を構えた。
「双方ともいい加減にせぬか――」
杖を一振りしてファイアボールを放つ。すわ全員吹き飛ばすのかと思いきや、着弾したのは横の畑。
「早く逃げねばそなたら自身が食料になるぞ!」
爆発が巻き起こり、地中から鋭い歯の生えた大きな口を持つ巨大なミミズのような虫――サンドワームが現れた。
作物が取れなくなったという情報から、大地の指輪に宿るテッラの力で見抜けたのだ。
村内は先刻までとは別種の阿鼻叫喚となり、逃げ惑う人々。
『何等かの理由で狂暴化したサンドワームが土の中で作物を食い荒らし
ついには地上に出て人間を食べようとしていた――というわけですね』
サンドワームがすぐに無力化されると、ティタ―ニアは虫と会話できるフィリアに要請。
「フィリア殿、事情を聞いてみてくれ。もしかしたら黒幕の名でも聞けるかもしれぬな」
そう言った後、明後日の方向に向かって全の竜に語り掛ける。 「……もうこの辺りで良いか?
情報を集めることで現れるもう一つの選択肢、ド派手な怪物の登場で有耶無耶になる当初のいざこざ、
満を持して姿を現す黒幕――歴代勇者の伝説を研究すれば分かる、定番のパターンではないか」 『ハハハ、まさか質問に答えないとはね!』
「ハハハじゃないわ、全てそなたのシナリオ通りだろう?
馬鹿正直に最初に提示されたどの選択肢を選んでも鬱展開にしかならぬからな。
エンターテイメント型の劇を好むそなたが都合よく解決する追加選択肢を作らぬはずがない。
いい加減無意味な茶番劇はやめて普通に戦わぬか」
『全く……今代の勇者は情緒がなくて困る。
こういうのは土壇場で活路を見出すから燃えるのであって最初から余裕綽綽でやられると……』
「やかましいわ!」
『仕方がない、次に行こう――”常闇の牢獄”』
次の瞬間、辺りは闇に包まれた。夜の闇より昏い漆黒。上下左右の間隔も無い、音も聞こえない。
唯一聞こえて来るのは頭の中に響く全の竜の声だけだ。
「これは……何の試練だ……!?」
『単純なことさ、いつまで耐えられるか根競べだ――
ちなみに一説によると感覚を遮断した闇の中に3日もすれば発狂するらしい。
降参ならいつでも受け付けるよ』
「流石に形振り構わなくなってきたな……。
何、すぐに終わるだろう。こちらには闇の勇者シノノメ殿も光の勇者ラテ殿もおるからな」
『それはどうかな? 彼女らはまだ指輪の真の力を引き出せていないからね――
テネブラエとルクスは……果たして彼女らを認めるかな?』
意味深な言葉を最後に、それっきり全の竜の声は聞こえなくなった。
テネブラエとルクスは、それぞれ闇の竜と光の竜の本体の名前だが、真の力を引き出すにはそれらと対話する必要があるということだろうか。
もちろんその言葉の真意やそれ以前に真偽自体も不明で、単に不安を煽るために言っただけかもしれない。
そんなことを考えながらティターニアは、状況に変化が起こるのを待つことにした。 >『茶番などではなかったさ。彼らは優秀な道化だった。見ていて飽きないほどにね。
これからもそれは変わらない。君たちは私の書いた筋通りに世界を救うだろう。
私はひとしきりその過程を楽しんだあと、君たちの冒険譚を閉じて本棚にしまう。
よく頑張った、感動した、心躍ったと感想を述べてね。そしてまた次の勇者が生まれるのを心待ちにするのさ』
私達の希望を、尊厳を、何もかもを踏みにじるような全の竜の声。
嫌でも耳に届くその声に晒されながら、縋るような気持ちで、皆さんへと振り返る。
>「それを聞いて、拙僧たちがおとなしく貴方の思い通りにするとでも?」
>「心配せずとも、世界は救ってやる」
「貴様の描くシナリオなど知ったことじゃない。この下らない輪廻を、俺たちの代で終わらせる。
貴様が永遠の繰り返しを望むのなら、虚無の竜よりも先に貴様を滅ぼすだけだ」
>「シェバトからの付き合いだけどよ――スレイブ、お前は本当に気が合うぜ。
自分の道を好き勝手に弄られて黙ってられるか!」
ジャンソンさんもディクショナルさんも、バフナグリーさんも、怒りを露わにしている。
……ええ、そりゃそうです。私だって怒っています。
だけど……怒りに任せて決めてしまえるほど、この戦いの意味は、軽くない。
相手は全の竜。指環の力があれば、あの肉体にダメージを与える事は出来るかもしれない。
だけど……全の英雄と同じ、そして全の英雄よりも更に強力であろう、世界を創造する力。
まともな戦いが出来るのかも、分からない。
>「毎度頃合いを見計らって自分で虚無の竜を目覚めさせては滅びない程度に力を貸す……
一人でマッチポンプしておったのではないか?
>「指輪の勇者ではない俺が決めることではないが慎重に考えることだな。
……正直お前の推測のとおりの可能性はかなり高いと思う。だが万が一違っていたら……」
それに……そう、ティターニアさんとクロウリー卿は分かっていますよね。
全の竜は、私達の世界にとっては保険でもある。
奴の望みは永久の観劇……だからこそ、舞台が滅びてしまわぬよう、力を貸してくれていた。
その保険を失うリスクは……言うまでもなく、大きすぎる。
>「……頼む、力を貸してくれ」
ですが……不意にアルバートさんが、そう声を発しました。
>「コイツを倒しこの虚無の指輪で全ての属性を吸収し尽くせば……新世界から属性を奪わずともこの世界を再建することが出来る!」
……あなたにとって、虚無の竜とは直接の創造神。
それも私達のように、姿形の見えない、伝承の中に生きる存在じゃない。
確かに存在して、目で見て、声を聞く事だって出来ただろう、創造神。
その全の竜を……滅ぼす。
生半可な決意で口に出せる事では、ないでしょうに。
>「そなたには恩義があるからな――頼みを聞かぬわけにはいくまい。
あの時炎の山で出会わなければこんなに凄い冒険をすることはできなかった。
それに、打ち捨てられたはじまりの世界を救う――か、なかなか悪くないではないか!」
……ティターニアさんも、どうやら覚悟を決めたみたいです。
「……ごめんなさい。私一人で抱え込むには……あまりにも重すぎる謎でした」 指環を持たない私には、全の竜に対して有効打を与える事は出来ないかもしれない。
それでも……出来る事はあるはず。
この戦いは、絶対に、負けられない。
>『そら、第一楽章が始まるぞ。まずはロンドから踊って貰おうか――"破滅への輪舞曲"』
全の竜が翼を振るう。
瞬間、再び神殿の壁と天井が消え失せた。
代わりに周囲に描かれるのは……荒野と、暗雲に埋め尽くされた空。
そして気づけば私達は荒れ狂う海の上、頼りなく揺れる船の上に立たされていた。
>「これは、空間の書き換え……滅びをもたらす天災を、『創造』した――!?」
>「おそらく一種の異空間だろうな……単なる幻ではなくここで受けたダメージは現実のものとなるだろうから気を付けよ!」
船は今にも転覆してしまいそう……。
ですが……
>「全ての竜だからなんでもありってか!だけどよぉ!」
『専門家がいることを忘れてないかな!』
こちらにはジャンソンさんの水の指環がある。
彼が指環を掲げるだけで、荒波は凪ぎ、暗雲は散っていく。
もっとも……全の竜もこの程度で私達を仕留められるとは思っていなかったでしょう。
>「……降りろってことか。茶番に付き合えとさ」
>『指環の勇者たちはなんとか嵐を乗り越え、近くの港町へとたどり着いた。
だが町を歩く人々は何か事情を抱えているのか、表情は空の如く重苦しい』
そして次の舞台として用意されたのは……曇天に覆われた港町。
待っていたのは、争う人々。
やはり、この空間は……
>『さて、世界を救いたいと願う指環の勇者たちはどちらを救うのか?
あるいはどちらも等しく滅ぼすのか?役者の演技に期待するとしよう』
>「……クソ、どっちをぶん殴ればいいってんだ……!」
……全の竜は、非常に回りくどい手段で私達を攻撃してきている。
だけど……全の竜は私達を直接、海に叩き落とす事だって出来たはず。
そうしなかったのは恐らく、この空間、この攻撃が……
>「落ち着け、所詮は全竜の茶番劇だ――セオリー通りにやればよい」
……そう、この茶番劇は、これ自体がある種の魔法陣であり、呪文の詠唱なのです。
ただ紙の上にインクで魔法陣を描いたり、呪文を声に出すばかりが魔法の使い方ではありません。
例えば星の巡り。土地や触媒の選択、代償、生贄の有無……
大規模で高度な魔法には、しばしば発動に満たすべき条件が定められます。
複雑に描かれた魔法陣が複雑な魔法を生み出すように……より複雑な条件は、より複雑な魔法を生み出すのです。
つまりただ私達を海に沈めるのではなく、対処を誤って船を転覆させる。
舞台装置である彼らに対して間違った行動を取る。
そういった条件を設ける事で、より強力な効果を発揮させる。
この茶番劇は恐らくはそういった類のもの。
もっともこの説明は、今は不要でしょう。
ティターニアさんなら、この類の現象は容易く突き崩せるでしょうから。 >「双方ともいい加減にせぬか――」
「早く逃げねばそなたら自身が食料になるぞ!」
そう。この現象が物語の体裁を取っているのなら、その対処法は単純です。
語り部である全の竜に付き合わない事。
>「フィリア殿、事情を聞いてみてくれ。もしかしたら黒幕の名でも聞けるかもしれぬな」
「……恐らくは、無用だとは思いますがね」
フィリアさんへと視線を落とすと……彼女は静かに首を横に振った。
そして腕を百足に変形させ、伸ばしたかと思うと……
その先端に形成された蟻の大顎がサンドワームを咀嚼、嚥下していく。
「これは……人形ですの。ただの人形なら、まだしも……命ある人形。
この劇の為だけに作られた……過去も未来もない、命……」
……彼女は、周囲を見回した。
そして……背中から生やした巨大な百足を振り回す。
村の家屋が薙ぎ払われ、逃げ隠れた村人達の姿が露わになる。
だけど……彼らは何の反応も示さない。
ただ感情の見えない表情で、ぼんやりとこちらを見つめているだけ。
「……ちゃちな舞台裏ですの」
そう呟いたフィリアさんの声音には、強い侮蔑の感情が宿っていた。
気持ちは、分かります。これは……命への冒涜だ。
>「……もうこの辺りで良いか?
情報を集めることで現れるもう一つの選択肢、ド派手な怪物の登場で有耶無耶になる当初のいざこざ、
満を持して姿を現す黒幕――歴代勇者の伝説を研究すれば分かる、定番のパターンではないか」
既に、この異空間の性質は明らかになっている。
演劇の形を取り、誤った行動を取らせる事で、何らかの作用を引き起こすだろう魔法攻撃。
種が割れている以上、私達はもう芝居に付き合う事はない。
>『全く……今代の勇者は情緒がなくて困る。
こういうのは土壇場で活路を見出すから燃えるのであって最初から余裕綽綽でやられると……』
『仕方がない、次に行こう――
それでも……全の竜はこの茶番劇をまだ続けるつもりのようです。
一体何故。狙いが読めない。
>”常闇の牢獄”』
不意に、周囲を満たす暗闇。
何も見えない。地面に立っている感覚すらない。
魔力の波を発して周囲の様子を探ろうとするも……何も感じ取れない。
すぐ傍にいたはずのディクショナルさんも、バフナグリーさんも、他の皆さんも……どこにいるのか分からない。
>『単純なことさ、いつまで耐えられるか根競べだ――
ちなみに一説によると感覚を遮断した闇の中に3日もすれば発狂するらしい。
降参ならいつでも受け付けるよ』
唯一聞こえるのは、全の竜の声と、自分自身の呼吸音だけ。
体の感覚すら麻痺させるほど濃密な闇の魔素……。
ですが……これも結局、先ほどまでと変わらない。
光と闇の指環なら、この状況をどうにかするくらい、容易く…… >『それはどうかな? 彼女らはまだ指輪の真の力を引き出せていないからね――
テネブラエとルクスは……果たして彼女らを認めるかな?』
……なんだ。なんの話をしているんでしょうか。
テネブラエと、ルクス。確か、古竜の伝承における光と闇の竜の名前……。
光と闇の指環に……あの二人はまだ、認められていない?
……私は、どうすべきなのか。
もし、シノノメさんとラテさんが、指環の力を完全には扱えないのなら……
彼女達の助けをただ待っているのは、愚策なのかもしれない……。
疑心暗鬼が、自分の中で膨らんでいくのを感じる。
頭を左右に振って、思考を切り替える。
やめよう。こんな考えに陥ったら、それこそ全の竜の思う壺……。
……アルマクリスさん。アドルフさん。
あなた達の力でこの闇を払う事は出来ないんですか?
『もうやってるっつーの』
それにしては、周囲の様子が変わったようには見えませんが……。
『闇を払っても、その先にあるのも闇なんだからしょうがねーだろ』
つまり……癪な事ではありますが、全の竜の言っていた通り。
闇の竜、テネブラエの力を借りなければ……この状況は打破出来ない、と。
あなた達から、テネブラエに意思疎通を図る事は出来るのでしょうか。
……アルマクリスさん?アドルフさん?
返事がない……一体、何が。
いえ……全の竜が指環そのものに干渉出来るのなら、こんな回りくどいやり方をする必要はない。
であれば、恐らく……異常をきたしているのは私の方。
ナイトドレッサーである私ですら、感覚を奪われてしまうほどの、完全な闇。
その力が、指環との会話すら妨害しているのでしょう。
話し相手がいては、折角の暗闇も効果は半減してしまうでしょうしね。
…………現状を打破するには、より強い闇の力が必要。
だけどテネブラエと交信を図ろうにも、指環との会話はこの闇の魔素によって封じられている。
八方塞がりのようにも思えるこの状況。
ですが………………まだ、打つ手はあります。
今すぐに実行出来る手段ではありません。
時間が必要です。どれほどかかるのかも、試してみないと分からない。
それでも……皆が私を信じて、待っていてくれる事を、私は信じます。
………………完全な暗闇の中、私はただ、黙って時間が過ぎるのを待つ。
………………やがて、指環を握り締めていた左手の感覚が、なくなっている事に気づいた。
理由は分かっています。
体が……少しずつ、少しずつ、周囲の闇に侵されていっているから
私は闇から生まれた、闇の魔素で体を構成する種族。
乾いた布が水を吸い上げるように。
私の肉体は、より濃度の濃い周囲の闇に、侵食されていく。
このまま時が経てば……私はこの完全な闇に塗り潰されて……消える。
私は……それでもただ、時が過ぎゆくのを待っていた。
左手と両足の感覚が完全になくなって、代わりに呼吸が喉から、胸から、漏れるような感覚がするようになって。
段々と意識が……朦朧としてきて………
………私という存在が…………消える…………
その瞬間が…………もう目前にまで……迫ってきている……のが…………分かる…………。
「…………テネブラエ」
そして私は……その名前を呼んだ。 「“ここ”に……いるんでしょう?」
闇とは……光が、希望が、未来が見えない状態の事。
闇とは……本来、存在しないもの。
その存在しないものを、かつて、誰かが『闇』と認識した。
だから……あなたは、ここにいるはず。
ここは、一切の感覚が消え失せた、死の目前。
何もかもが失われる、私にとって最も恐れるべき『闇』の入り口なのだから。
そして……私は、見た。
一切の光がない闇の中で。
だけど確かにそこにある……完全な闇よりも更に濃い闇色の輪郭。
闇の竜の姿を。
無数の鎖に繋がれた、人間と、亜人と、魔族と、獣と、魔物と、竜と……ありとあらゆる存在の頭部。
それらを繋ぎ合わせた異貌の怪物……。
これが……闇の竜、テネブラエの姿。
『我ガ助力ヲ求メルカ』
空気の流れすら感じない闇の中に、声が響く。
『……ダガ、愚カナリ、我ガ眷属ヨ。我ハ闇ノ象徴。
即チ恐怖、破滅、絶望……ソレラヲ体現スル者。
我ガ権能ハ闇ヲ払ウ事ニ非ズ。闇ヲ深メル事』
……テネブラエが無数の貌を私へと近づける。
幾つもの視線が私を、看取るように見つめているのが分かる。
『貴様ノ願イハ叶ワヌ。貴様ハ、コノ闇ノ中ニ融ケテ、果テル』
冷酷な響きをもってそう宣告する、テネブラエの声。
私は……
「……いいえ、それは嘘です」
もう殆ど自由の利かない体で、小さく首を振って、そう答えた。
『……現実ヲ認メラレヌカ、我ガ眷属ヨ』
「ふふ……あまり、意地悪をしないで下さい……
私……今にももう……気を失ってしまいそうなんですよ」
もう殆ど感覚のない右手を伸ばして、テネブラエの体……それを縛り付ける鎖に触れる。
「あなたは……そう、闇の象徴。
実態のない恐怖よりも、名前のある、そこにある恐怖の方が、怖くない。
そうやって生み出された存在……」
だから、
「だからあなたには出来るはずなんです。闇を縛り……御する事が」
『……死ヘノ恐怖ニ飲マレル事ナク、己ヲ保ッタカ。
ソノ気質……確カニ闇ノ指環ノ主ニ相応シイ』
瞬間、テネブラエの肉体が巨大な渦と化した。
回転する鎖が、周囲の闇を絡め取って……べりべりと、暴力的な音を立てる。
そして……周囲に光が戻った。 周りにはジャンソンさんも、ティターニアさんもいる。
皆、無事……でしょうか。大分、時間をかけてしまいましたから……。
「……す、すみません。一人には……わりと慣れてるつもりだったんですが」
シャルムさんが真っ青な顔をして、その場にへたりとしゃがみ込んだ。
指環を持たない彼女は……私達よりも長く、孤独な闇に晒され続けていた。
呼吸もままならないほどに取り乱して……可哀想に。
私の体は……元通りに、復元されています。
元から、何事もなかったかのように……。
これもテネブラエの力なのでしょうか。
左手の闇の指環は……心なしか、より深い闇色を湛えているような気がします。
「……時間をかけてしまって、すみません」
皆にそう詫びつつ周囲を見回す。
目に映るのは……風に揺れる花畑。
眩い太陽に、流れる雲……。
「全の竜は……一体どこに?」
『……お見事、お見事。まさか自ら死の淵に飛び込む事でテネブラエとの交信を図るとは。
実にヒロイックだったよ。女の子にしておくのが勿体ないね』
「相変わらず神経を逆撫でするような言動がお上手な事で……。
その余裕が仇とならない内に、姿を見せてはどうですか」
『魔族の皮肉に晒され育った君ほどじゃないだろうけどね。
だけど安心したまえ。この物語は、ここで終幕さ』
不意に、花畑のどこかから音がした。
何かが這いずるような、草花が擦れる音。
『最終章の題名は……そうだな。“地を這う者ども”なんてのはどうだろう』
……それきり、虚無の竜の声は聞こえなくなりました。
地を這う者ども……姿の見えない何者かは、今もなお私達の周囲を蠢いている。
フィリアさんに目配せをしてみるも……彼女は小さく首を横に振る。
炎とは生命力の象徴。炎の指環を持つ彼女なら、この何者かを探知出来るかもと思ったのですが……。
ならば……ラテさんならどうでしょうか。
彼女の持つ、魔狼フェンリルの力の片鱗。
それに照らし、透かす事を得手とする光の指環なら……。
そう思い彼女へと視線を移すと……彼女は、淡く……どこか神聖な光を宿した指環を、じっと見つめていました。
「……ラテさん?大丈夫ですか?」
「あっ……ご、ごめんね。ルクスが……少し気になる事を言ってたから」
「気になる事、ですか?」
「うん……だけど今は、それどころじゃないの。急がないと」
ラテさんの左手。光の指環から強い輝きが溢れ出す。
彼女はそれを……空に向けて、かざした。 「ラテさん?何を……」
……瞬間、強い光に照らされた空が……透けた。
まるでガラスのように。
その向こう側に見えたのは……この『ガラス玉』を押し潰さんとする、全の竜の姿。
『おっと、気づかれてしまったか。
“地を這う者ども”は君達だったというミスリードだったんだが。
やはりルクスの権能は良くないな。物語の先を盗み見るなんて』
そう言うと全の竜は……私達を嘲るように笑った。
今までの茶番は……全てこの為の時間稼ぎ……?
『もっとも……この先が読めたところでもう手遅れだけどね。
なに、殺しはしないよ。この中に封じて……いつまでも眺めていてあげよう』
空が……迫ってくる。全の竜の笑い声が木霊する。
これは……一体、どうすれば。
「……っ、まだです!」
不意にシャルムさんが、全の竜の声に負けないくらいの大声で叫んだ。
「奴が力づくで私達を封印出来るなら、最初からそうすればよかった!
そうしなかったのは、出来なかったから!
今ならまだ、この結界を破れるはずです!」 第一楽章、『破滅への輪舞曲』。
突如として放り出された嵐の船上、スレイブ達を呑み込む濁流。
甲板を容易く木屑に――藻屑に変える大津波を、ジャンが水の指環で沈静化する。
神話のごとく波を割った後に垣間見えるのは、照りつけるような晴天だ。
>「苦労しなけりゃ冒険じゃねえなんて、それこそ見ている側だけの感想さ。
いかに楽して安全に旅するかってところに力を入れるのが冒険だぜ」
>『観客は刺激を求めるものなのだが……では、次の章に移るとしよう。
喜劇か悲劇かは君たち次第――"終わりよければ全てよし"』
「陸地が見えて来たぞ……今更だが、本当に海と陸を創造しているのか……」
>「……降りろってことか。茶番に付き合えとさ」
続く第二楽章。下船した先に広がるのは、港町と言うには余りに寂れた寒村だった。
導かれるがままに市場へと向かい、そこで一行は町を襲う賊らしき集団に出会う。
頭目の老人が語るには、彼らは重税に耐えかね食い詰めた町から切り捨てられた存在。
町から食料や衣服を奪うのは、過去の仕打ちに対する正当な要求なのだと言う。
>『さて、世界を救いたいと願う指環の勇者たちはどちらを救うのか?
あるいはどちらも等しく滅ぼすのか?役者の演技に期待するとしよう』
>「……クソ、どっちをぶん殴ればいいってんだ……!」
「劇中で答えを出す気など、初めからないんだろうな。どちらが正義か、解釈は観客次第……。
政治批判の戯曲によく見られる寓話要素だ。当事者にされた身には堪ったものじゃない」
スレイブは唾棄したい欲を抑えてそう吐き捨てた。
これは、答えのない悲劇を通して悪政を批判するための戯作。
登場人物に現状を打破する選択肢など用意されていないし、観客たる全竜もそれを望んではいないだろう。
劇中で許されるのは、ただやるせなさに歯噛みして拳を握ることだけだ。
>「落ち着け、所詮は全竜の茶番劇だ――セオリー通りにやればよい」
「セオリー?俺たちにまだ何かできることがあると言うのか?」
直面した難題に唸るジャンとスレイブをよそに、ティターニアの反応は至極あっけらかんとしたものだった。
彼女は町の住人と何か言葉を交わしたかと思うと、唐突に杖を掲げる。
「ティターニア?一体何を――」
>「早く逃げねばそなたら自身が食料になるぞ!」
ティターニアが放った炎弾は町の畑へと直撃し、土煙の中から巨大な管虫が飛び出した。
サンドワーム。本来は地中に生息して土壌を耕す魔物だが、作物を食い荒らす害獣となることも多い。
巨大化したサンドワームが住み着いていたせいで、この町はずっと不作に見舞われ続けていたのだ。
「第三の選択肢――そういうことか!」
登場人物が選べるのは、何も提示された選択肢からだけではない。
底意地の悪い全竜ならば、「こうしておけば良かったのに」としたり顔で言うために最良の選択肢を隠しているはずだ。
考古学に詳しいティターニアなら、物語の類型からそれを推測して選び取ることができる。 例えばこの町での一連の出来事は、賊と住人どちらにも非があり、どちらの主張にも正当性がある。
外からやってきた旅人が、一方を断罪することなど出来るはずもない。
だが、確執を生む大本の原因を解決出来るとすれば、それこそが物語を大団円に導く最良の選択肢だ。
無論、賊の住人への恨みは、かつて切り捨てられたことに対するものが大きい。
今更原因を解決したところで、虐げられてきた傷が癒えることなどないだろう。
しかし、サンドワームを退治すれば、町の食料事情は改善される。
賊たちに十分な補償をしつつ、再び町の住民として受け入れる――第三の道が拓ける。
物語の寓話性を根本から否定するティターニアの選択に、全竜は不満げに鼻を鳴らした。
>『仕方がない、次に行こう――”常闇の牢獄”』
刹那、寂れた町に立っていたはずのスレイブは、無窮の闇の中へと放り出された。
足元にあった土の感触さえも消え失せ、自分の手のひらすら目視することができない。
試しに腕を振ってみたが、風を切る感触はおろか、自分自身の筋肉の動きも感じ取れなかった。
(見当識の喪失――まずいな、自分が生きているかどうかさえ分からない)
ただ、頭の中に響き渡る全竜の声だけが、この空間における唯一の刺激だった。
この声が聞こえるうちは、スレイブは当面生きているということなのだろう。
>『単純なことさ、いつまで耐えられるか根競べだ――
ちなみに一説によると感覚を遮断した闇の中に3日もすれば発狂するらしい。
降参ならいつでも受け付けるよ』
「劇の続きはどうした?随分と安直なやり方をするじゃないか」
『なに、趣向を変えてみたくてね。言うなればこれは劇の場面転換を意味する"暗転"さ。
暗転が明けたとき、演者たちがどうなっているのかまでは保証しかねるがね』
「抜かしていろ。闇も光も、最早俺たちと共に在る」
『指環のことかい?』
全竜は愉快そうに笑う。
声に含まれる愉悦の感情だけは、闇の中でもはっきりと感じられた。
>『それはどうかな? 彼女らはまだ指輪の真の力を引き出せていないからね――
テネブラエとルクスは……果たして彼女らを認めるかな?』
「……なんだと?」
意味深げな言葉を最後に、全竜の気配が消えた。
正真正銘の、何も感じられない闇が押し寄せてくる。
『うおっ……おおおお……暗ぁ……怖ぁ……』
全竜の変わりに脳裏に響き渡ったのはウェントゥスの声。
どうやら全ての感覚が遮断されたこの場所でも、魂に深く繋がった指環の竜の声は聞こえるらしかった。 『お主なんでそんな平気そうなツラしとるんじゃ。いや見えんけれども』
「この手の拷問は珍しいものじゃない。特にダーマではな。
対拷問の訓練など飽きるほど積んできた。……実際に感覚遮断の拷問を受けたこともある。
何も考えなくて良い分、俺にとってはむしろ楽な部類だ」
『拷問慣れしとるのを自慢げに語る奴初めて見たわ……』
「取り乱す必要はない、というだけのことだ。じきに第三楽章とやらも終わるだろう。
この闇を払うのはシノノメ殿たちだ。俺たちは、それを信じて待っていれば良い。
無駄に体力を消耗することもない」
スレイブはそれだけ言って、目を閉じた。
視界に変化はなく、やはり視覚そのものが遮断されているのだと理解する。
苦しいという感覚もないため呼吸を忘れそうになるが、そこにさえ気をつけておけば問題はない。
『えぇ、マジで黙っとるつもりかお主。儂どうすりゃいいのこれ。
ヒマなんじゃけど。怖いんじゃけど。……ヒマなんじゃけど!!』
「……うるさいな!!」
結局、騒ぎ立てるウェントゥスに付き合う形でスレイブも会話をする羽目になった。
――スレイブがドヤ顔で行った『常闇の牢獄』への対処法は、てんで見当違いのものだった。
外部からの感覚を完全に遮断され、己の心臓の鼓動さえも感じ取ることのできない『闇』。
自身の生存を証明するものは『思考』だけだ。
考えることさえも放棄すれば、肉体は容易く生命の維持を忘れる。
使われなくなった部位に活力を費やす意味がないと、判断してしまうのだ。
脳にエネルギーが供給されなくなり、いずれ真実の死を迎える――
魔術で擬似的に作り出された闇であれば、スレイブのように思考を停止させて消耗を抑える方法で乗り切ることもできただろう。
だがこれは全能の竜の齎す本物の闇。
思考を辞めれば、命を確かめることができなければ、死はすぐ傍らにある。
奇しくも、ウェントゥスの奇行がスレイブを助けることとなった。
会話によって思考を保ち続けているうち、やがて闇の帳が晴れていく――
卵の殻を破るように、目の前の闇が剥がれ落ちて、光に満ちた風景が目に飛び込んできた。
>「……時間をかけてしまって、すみません」
指環を掲げていたシノノメが、四肢の感触を確かめるように見回しながらそう零す。
「……いや、助かった。全竜の用意した"劇"は……これで終幕なのか」
へたり込むシャルムの傍で、スレイブは剣の柄を握りつつ答えた。
指環を通じて思考を保つことのできた勇者たちと異なり、シャルムは孤独なまま闇へと曝露されていた。
その心理的な負担、精神へのダメージは推し量りきれまい。
蒼白の面持ちで膝を屈する彼女に、スレイブが出来ることはあまりにも少なかった。
ただ、次に如何なる演目が来ようとも、彼女の傍を離れるまいと寄り添う他にない。
全竜の姿は消えたままだったが、あの癪に触る声だけは、どこからか響いてきた。 >『最終章の題名は……そうだな。“地を這う者ども”なんてのはどうだろう』
瞬間、足元に生い茂る柔らかな草原に不穏な気配が満ちる。
風が吹いているわけでもないのに、ざわざわと葉の擦れ合う音が聞こえてきた。
スレイブは理性が判断を下すよりも早く、その場にしゃがみ込んだ。
「シアンス殿、少しだけ辛抱してくれ……!抗議は後で受け付ける」
未だ立ち上がることのできないシャルムの背と膝に手を回し、その細い身体を抱き上げる。
『地を這う者ども』。その名の通りの事象が勇者たちを襲うのであれば、地に伏せ続けるのはまずい。
スレイブはシャルムを抱えたまま、いつでも跳躍できるよう膝を屈めた。
(どこから襲って来る……?抱えて跳んで、逃げ場はあるのか……!?)
地面からの奇襲ならば跳んで避けることも可能だろう。
だがスレイブにできるのは、『飛行』ではなく『跳躍』だ。
仮に四方全ての地面を埋め尽くすように敵が出現し、着地したところに押し寄せられれば為す術などない。
……それが何だというのだ。この手を離すまいと決めた。邪魔立てする者がいるならその障害を除いてみせる。
(どこから来ようと……顔を見せた瞬間、範囲魔法を叩き込んでやる……!間抜け面を晒してみろ、全竜っ!)
>「ラテさん?何を……」
スレイブの腕の中で、シャルムが怪訝そうにラテの方を見た。
視線の先で、ラテが光の指環を天へと掲げる。
指環から放たれた光条が空を切り裂いて――その向こうに、全竜の姿があった。
>『おっと、気づかれてしまったか。
“地を這う者ども”は君達だったというミスリードだったんだが。
やはりルクスの権能は良くないな。物語の先を盗み見るなんて』
(やられた……!俺たちの意識が地面へ向かう隙に、封印結界を張っていたのか!)
>『もっとも……この先が読めたところでもう手遅れだけどね。
なに、殺しはしないよ。この中に封じて……いつまでも眺めていてあげよう』
閉じ込められた。
空き瓶に虫を入れて観察する子供のように、全竜は指環の勇者を標本にしようとしている。
結界は少しずつ縮小していて、いずれ身動きさえもとることができなくなるだろう。
(だが……!)
>「……っ、まだです!」
スレイブが思考を手繰り寄せると同時、シャルムが叫ぶ。
彼には彼女が何を伝えんとしているのか、手にとるように理解できた。
同じ結論にたどり着いていたからだ。
>「奴が力づくで私達を封印出来るなら、最初からそうすればよかった!
そうしなかったのは、出来なかったから!今ならまだ、この結界を破れるはずです!」
「俺たちとは異なる次元の生き物、超越した存在であるはずの全竜が、俺たちを『封印』しようとするのは何故だ?
封印しなければ危険なほど――俺たちには、奴を害する力があるからだ。
奴は全能だが、完全ではない。この結界だって、俺たちの力で叩き割れる!」 「――叩き割ります!」
シャルムの言葉に、真っ先に動いたのはアルダガだった。
彼女はメイスを全力で横薙ぎに振るい、結界の内壁を打撃する。
巨木を一撃でへし折り、飛竜の頭骨を甲殻ごとぶち抜く巨大質量の激突。
大気を波打たせる大音声と共に、結界の一部が大きくたわんだ。
しかし奇妙な弾力を有しているのか、メイスの衝撃を殺しきって結界はもとの形状に戻ってしまう。
『無理だと思うなぁ。結界の強度は勇者達の中で最も腕力のある君を基準に設計してあるんだ。
星都に入ってからの君たちの戦いは全て見ていたよ。いずれも私の結界を破るに足りる威力ではない。
だから――』
「――だから、無駄な試みはせずに座して待てと?
結界を傷付けられると困るから、そうして絶望を煽っているようにしか聞こえませんね」
『解釈は自由さ。好きなだけ試すと良い。
こうしてわざわざ情報を提供するのも、君たちの前途をより劇的にする為かもしれない。
ただ一つ誓っておこうか。語り手は演者に嘘を言わない。提供する情報は全て真実だよ』
「でしょうね。拙僧の打撃では、この結界を破ることは不可能です」
『皆で力を合わせれば乗り越えられると、そう考えたかな?
それも良いね、実に私好みの展開だ。ルクスに聞いてごらん、全員で力を重ねれば突破が可能かとね』
「結構。連携による突破力の向上など、貴方は既に計算済みでしょう。
これまで何代にも渡って指環の勇者の姿を見続けてきた貴方には、結末が見えている」
アルダガは自身の右手を見遣る。
中指に嵌ったエーテルの指環。そこには指環に認められた者だけが得られる輝きがない。
正式な所有者であると、他ならぬアルダガ自身が認めていないからだ。
「だから拙僧は……わたしたちは。貴方の見たことのない力で、貴方の想定を上回ります」
指環を掲げ、祈る。
僅かな魔力の火が、指環の宝飾に灯った。
『ああ駄目だ、それは悪手だよ。エーテルの指環は未完成だって、そこの魔術師君が解説してくれただろう?
その指環は私そのものだ。私を滅ぼさんとする者に、私自身が力を貸すはずもない。
しかしがっかりだなあ。期待はずれも甚だしい。散々大口を叩いておいて、結局上位の存在に頼るのかい』
アルダガは答えなかった。
集中が増すに従って指環は強く輝き、同時にアルダガの身体にも光が宿る。
「信仰とは」
光はやがてアルダガの背中から放たれる。
それはさながら光の『翼』。黒鳥騎士アルダガの象徴とも言うべき、神鳥の両翼。
「本来、形あるものではありません。拙僧たちが祈りを捧げる女神像は、信仰を集める言わば"道標"のようなもの。
偶像辞退が力を持つわけではなく、神の力の本質は"祈り"そのものにこそ生まれます。
隣人への奉仕。自身の持つ権能を他者の為に使う……女神の教えとはすなわち、『力の再分配』です」
翼を構成する光条は、よく見れば一筋一筋が鎖の形状を帯びている。
アルダガが神術で他者とを繋ぎ、その能力を共有する為の鎖だ。彼女の背から伸びる鎖の束が、仲間たちの元へと届いた。 「ジャンさん。ティターニアさん。ディクショナル殿。――シアンス殿。
わたしを『信じて』、その力を委ねてくれますか?」
『おいおい。パンゲアの教えをそんな風に歪めるなんて、バチ当たりな修道女だなぁ』
「問題ありません。わたしが信じるのは新世界の創造主たる女神パンゲアではなく――『わたしの中の女神様』です。
きっと大目に見てくれますよ。わたしの女神様なんですから」
『たった今邪教が誕生した気がする……』
アルダガは背後を振り向かない。
彼女もまた、仲間たちのことを『信じて』いるからだ。
光の鎖越しに流れ込んでくる暖かな力をその背に受けて、アルダガは己の信仰に名前を付けた。
「神装――『黒翼の聖槌(ヴェズルフェルニル)』」
――奇しくもその姿は、ソルタレク防衛戦にて光竜エルピスの見せたものによく似ていた。
他者の信仰を捻じ曲げ、その身に集めることで不可侵の神性を得る。
アルダガとエルピスとの違いは、信仰の源となる"信徒"の数。
そしてエルピスが純粋に己の力を高めていたのに対し、アルダガは鎖で繋がった者の全能力をメイスに宿す。
「わたしたちの世界に……貴方という"神"は、必要ありません。
貴方に全てを託すのならば……これからは、わたしが神になります」
聖なる光を纏って鉄槌と化したメイスを、結界目掛けて打ち下ろした。
鉄槌と結界の激突点において、神と神の力が無限の攻防を展開する。
ティターニアの魔力が増幅したシャルムの魔導技術が結界を解き、スレイブの剣技が亀裂を刻む。
開いた裂け目をジャンの膂力がこじ開けていき――アルダガの神術が、結界を貫いた。
張り詰めた革袋が破裂するように、結界が少しずつ崩壊していく。
やがて空隙は人の通れる大きさにまで広がった。
「……今ですっ!」
アルダガの神装、その真骨頂は仲間の力を一時的に借りることにある。
信仰をいう形で力を供給しつつも、仲間たちは遜色なく動くことができるのだ。
つまり――結界を広げさえすれば、アルダガ以外の指環の勇者たちは外に出られる。
外に出て……全竜の喉元へと、その刃を届かせることができる。
【エーテルの指環を依代にして仲間の信仰を集め、一時的に神化。結界を破る】 【暑中見舞い申し上げます。これからどんどん暑くなってきますので皆様お気をつけて】 規制解除、って書く必要あるか?
いつもお前そうだけど >「落ち着け、所詮は全竜の茶番劇だ――セオリー通りにやればよい」
どちらを殴るか考えていたジャンとは違い、ティターニアは冷静に動いた。
事情を聞き、全の竜の急かすような煽りにも動じることなく、この劇のからくりを見抜く。
>『全く……今代の勇者は情緒がなくて困る。
こういうのは土壇場で活路を見出すから燃えるのであって最初から余裕綽綽でやられると……』
「うるせえ!とっとと次に行くかこの術を解くかしやがれ!」
『仕方がない、次に行こう――”常闇の牢獄”』
街は消え失せ、仲間たちも見えない。それどころか自分がどこにいるのかすら分からない、
一切の色のない闇にジャンは包まれる。
全の竜の脅しめいた声を最後に、一切の音は聞こえなくなった。
そんな状況の中、ジャンは指環に宿るアクアと話し始めた。
「アクア、オークにはこんな言葉がある。『折れぬ剣より折れた剣』
あの二人は一回折れた剣だけどよ、今は立派に治って昔よりも切れ味がいい」
『それは……心が折れないより一回折れた方がいいってことかい?
折れるようなことは本人にとって重荷にしかならないんじゃないか』
「そりゃ重荷だよ。引きずって歩くのはつらいし、時には座り込んで全部諦めたくなる。
でもよ、一度も失敗せずに軽々歩くような奴よりは……歩くのが遅くても、それでも歩き続ける奴の方を……俺は助けてやりたい」
『……なるほど。君はやはりお人好しさ』
「そいつはどうも」
それからしばらくジャンはアクアと話し続け、やがて目の前の闇が砕け散るのを見た。
一行を包む闇は消え去り、青空と綺麗な花畑が一行を迎える。
>「……時間をかけてしまって、すみません」
「謝ることはねえよ、闇の竜に認められたんだろ?
ならそれでいいさ」
トランキルは闇竜の分体ではなく本体と出会うことで指環の力をさらに引き出し、
この暗黒を消し去ってくれたようだ。反対に指環を持たないシャルムは話し相手もなく、より負担が大きかったのだろう。
顔色を悪くしてへたり込んでいる。
>『最終章の題名は……そうだな。“地を這う者ども”なんてのはどうだろう』
景色を眺める時間も与えられぬまま、全の竜のその言葉を皮切りに、地中から奇妙な音が響く。
姿の見えない何かが地響きを立てて辺りを蠢くような、そんな音だ。 >「ラテさん?何を……」
全員があらゆる方向を警戒する中、ラテはただ一人空を見る。
そして掲げた光の指環が天を貫けば、雲の晴れた先に全の竜の姿が現れた。
今までの劇や試練もどきは全てこの封印結界の時間を稼ぐためだとシャルムとスレイブが気づく。
>「奴が力づくで私達を封印出来るなら、最初からそうすればよかった!
そうしなかったのは、出来なかったから!今ならまだ、この結界を破れるはずです!」
>「俺たちとは異なる次元の生き物、超越した存在であるはずの全竜が、俺たちを『封印』しようとするのは何故だ?
封印しなければ危険なほど――俺たちには、奴を害する力があるからだ。
奴は全能だが、完全ではない。この結界だって、俺たちの力で叩き割れる!」
そしてその言葉に呼応して、アルダガが走り、ジャンがそれに続けて結界の表面へ突進する。
常人のそれをはるかに上回る膂力で放たれたメイスの一撃に続けて、ジャンのミスリルハンマーによる打撃が続けざまに結界を襲う。
>「――叩き割ります!」
「ぶん殴るぜ!」
両者による必殺の一撃は結界をたわませはしたものの、それは一時的なものだった。
ぐにゃりと歪んで元に戻り、結界はさらに一行を追い詰める。
だが、そこでアルダガはある閃きを決意にして、形にした。
それはエーテルの指環から流れる光がアルダガの背中まで届き、ジャンとティターニアが
カルディアで見たそれよりはるかに大きく美しい翼となって顕現する。
>「ジャンさん。ティターニアさん。ディクショナル殿。――シアンス殿。
わたしを『信じて』、その力を委ねてくれますか?」
「信じなかったことなんて、一度もねえよ!
持っていきな、俺の全部!」
そうして指環の勇者たちの力を結集させたアルダガは竜装をはるかに上回る力――神装を発現させる。
それは全の竜といえども予想できなかった力。一人で全てを扱えるからこそ、全の竜には分からなかった力。
>「……今ですっ!」
結界は少しずつ砕け、アルダガの力を抑えきれなかった部分は隙間として発露する。
そこを見逃すジャンではなかった。 「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
『分かってる!――海の底の底、はるか下を流れる偉大なる水の流れ。
今こそ我に集いて――駆けろ!』
ジャンの背後から現れたのは、深海を駆け巡る水流の群れ。
凄まじい圧力と速度を持つそれを身に纏い、全の竜へ向けて自らを射出した。
『所詮は力押ししかできない亜人か、ならば期待に応えてやるとしようか』
全の竜は右手で結界を維持しつつ、左手で魔法陣を描き始める。
それは本来ならば一流の魔術師が数十人がかりで完成させる強大な魔法。
『これが神罰というものだよ。砕け、ミョルニール!』
目もくらむような雷が天から降り注ぎ、全の竜の左腕がそれを纏う。雷によってはるかに大きくなった左腕は、
巨人ですら焼き尽くすような武器となるだろう。
そうして一直線に突進するジャンに向けて左腕を振り下ろし、お互いの一撃がぶつかりあうかと思われた瞬間だ。
ジャンが右の拳を思い切り握りしめ、まるで全の竜を殴るつもりであるかのような体勢をとった。
『その距離で殴り合えるとでも思ったのかい!?
そのまま雷に焼かれるがいいさ!』
「――いや、殴れるぜ」
その瞬間、ジャンの右腕に先程まで背後にあった水流が次々と宿り、まるで巨人の拳のような形になっていく。
そうして全の竜の肉体ほどにまで大きくなった水流の拳は振り下ろされた左腕に下からかち上げる形ですれ違った。
すれ違いざまにジャンの左半身を雷が焼き、苦痛が全身を駆け巡る。
シェバトの時は片腕のみだったが、左半身ともなれば意識が飛びそうなほどのショックが脳を襲う。
だがジャンはまだ意識を保つ。奥歯を砕かんばかりに噛みしめ、目の前の殴るべき敵はまだ立っていると自分に言い聞かせて。
「歯ァ食いしばれやァァァァ!!!」
感覚の残る右腕を振りかぶり、ウォークライで自らに喝を入れて。
全身全霊を込めた一撃が、全の竜の顎へ鈍く低い音を立てて突き刺さった。
「……やったぜ」
強烈なアッパーを受けて全の竜はよろめき、ジャンは力を使い果たしたように落ちていく。
だが、どこまでも落ちていくことはなかった。既に結界の維持を全の竜は放棄し、場所は竜の神殿へと戻っている。
ジャンは神殿の床に倒れ込み、体勢を崩していた全の竜はやがて大きな笑い声を挙げて、一行へ向き直った。
『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
全の竜は口から流れ出る血にも構うことなく喋り続け、傷を癒すことすら考えずに両手と両翼に魔法陣を展開する。
『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』
両手に四つ、両翼に四つ。それぞれ属性が異なるのか、色違いの八つの魔法陣からあらゆる攻撃魔法が飛び出る。
さらには全の竜が大きく咆哮し、ウォークライにも似た音圧が一行に叩きつけられた。
【あまりの暑さにカレンダーを見たらまだ7月でたまげました
アクアの指環が欲しいです……】 シノノメが闇を払うまでの間、ティターニアは大地の指輪に宿るテッラととりとめのない問答をして時間を潰す。
「最初は想像と破壊の二面性を持つ絶対神――
真実は創造の善神と破壊の悪神の二項対立かと思いきやそれすら違ってどちらも悪い奴だったとはな」
『……どちらも悪い奴とはまだ決まったわけではないのでは?』
「どういうことだ?」
『全の竜が善なる存在では無かった――となるとその逆も有り得るのかもしれません』
「それは流石にないだろう、現に虚無の竜に食らわれたゆえこちらの世界は今の状態なのだぞ?
いや待てよ? 虚無の竜が悪神である全の竜を粛清しに来た存在だとすれば――全の竜を倒せばあるいは……」
『それに……アルバートさんは全の竜を倒せば虚無の指輪で属性を吸収し世界を再建できると言っていました。
他の属性の竜と指輪の関係性を考えればあの指輪も虚無の竜と無関係とは思えないんですよね……』
どれぐらいの時間が経っただろうか――
長かったのかも短かったのかも分からない時が過ぎた頃、突然闇が晴れた。
>「……す、すみません。一人には……わりと慣れてるつもりだったんですが」
指輪を持つ面々は割としっかりとした足取りだが、指輪を持たないシャルムは真っ青な顔をしてへたりこんだ。
指輪の加護のない者にとっては、とてつもなく長い時間だったのかもしれない。
その様子を見たシノノメが時間がかかったことを詫びる。
>「……時間をかけてしまって、すみません」
「……いや、よくやってくれた」
>『……お見事、お見事。まさか自ら死の淵に飛び込む事でテネブラエとの交信を図るとは。
実にヒロイックだったよ。女の子にしておくのが勿体ないね』
「セクハラという概念を知っているか?
昔のおおらかな時代はどうか知らぬが現代ではその発言は完全アウトゆえ気を付けるがよい」
等と適当に全の竜の無駄口の相手をしつつ、辺りを見回す。
それは今までとは違い、よく晴れた花畑という一見平和な光景だった。
>『最終章の題名は……そうだな。“地を這う者ども”なんてのはどうだろう』
地を這う者ども――その題名から、地を這うモンスターの類による襲撃を警戒するスレイブだったが、
ルクスとの対話に成功したらしきラテによると、それとは少し趣向が違うようだった。
>「うん……だけど今は、それどころじゃないの。急がないと」
光の指輪の力で、この空間の正体が明らかになる。
一行はまるでガラス玉の中のように結界に閉じ込められており、それを全の竜が押しつぶそうとしていた。 >『おっと、気づかれてしまったか。
“地を這う者ども”は君達だったというミスリードだったんだが。
やはりルクスの権能は良くないな。物語の先を盗み見るなんて』
>『もっとも……この先が読めたところでもう手遅れだけどね。
なに、殺しはしないよ。この中に封じて……いつまでも眺めていてあげよう』
「……眺めていられるものならいつまでも眺めているがよい。
お主、退屈が死ぬほど嫌いなのだろう? 果たしていつまで耐えられるかな?」
全の竜のシナリオに乗ってはいけない――手を尽くし結界を破ろうとして体力を消耗すれば相手の思う壺だ。
この堪え性の無い全の竜なら、こちらがじたばたせずに余裕の体でじっとしていればそう長くは持たず音をあげるだろう――
等という希望的観測の下に、斜に構えた根競べ籠城作戦を打ち出したティターニア。
しかしシャルムは、最初のひねくれたクールっぷりはどこへいったのか、熱血正統派な反応を示した。
>「……っ、まだです!」
>「奴が力づくで私達を封印出来るなら、最初からそうすればよかった!
そうしなかったのは、出来なかったから!
今ならまだ、この結界を破れるはずです!」
更に、スレイブがそれに呼応する。
>「俺たちとは異なる次元の生き物、超越した存在であるはずの全竜が、俺たちを『封印』しようとするのは何故だ?
封印しなければ危険なほど――俺たちには、奴を害する力があるからだ。
奴は全能だが、完全ではない。この結界だって、俺たちの力で叩き割れる!」
二人に突き動かされるように、アルダガが先陣を切って動いた。
>「――叩き割ります!」
「叩き割りますって……すっかりこの流れが定番になった気がする……。
これはもうぶち破るしかないな」
観念して正面突破に気持ちを切り替えるティターニア。
当然のごとくアルダガの初撃は阻まれたが、まだ策があるようだ。
>『ああ駄目だ、それは悪手だよ。エーテルの指環は未完成だって、そこの魔術師君が解説してくれただろう?
その指環は私そのものだ。私を滅ぼさんとする者に、私自身が力を貸すはずもない。
しかしがっかりだなあ。期待はずれも甚だしい。散々大口を叩いておいて、結局上位の存在に頼るのかい』
「パンドラが命を投げ打って尚指輪が真の力を発揮していないのはそなたが邪魔しておるからなのだろう?
完全ではないとはいえ彼女ならパンゲアの力を引き出せるかもしれぬぞ――」
ティターニアはそう答えるが、アルダガの答えはその遥か斜め上をいくものだった。
答えというより、もはや全の竜の戯言など耳に入っていないのかもしれない。
>「信仰とは」
>「本来、形あるものではありません。拙僧たちが祈りを捧げる女神像は、信仰を集める言わば"道標"のようなもの。
偶像自体が力を持つわけではなく、神の力の本質は"祈り"そのものにこそ生まれます。
隣人への奉仕。自身の持つ権能を他者の為に使う……女神の教えとはすなわち、『力の再分配』です」 神術による光の鎖が伸びてくる。
以前戦った時にジャンと能力を入れ替えられた時の鎖と似ているが、これは入れ替えではなく能力を共有するための鎖だ。
>「ジャンさん。ティターニアさん。ディクショナル殿。――シアンス殿。
わたしを『信じて』、その力を委ねてくれますか?」
「当たり前だろう。
カルディアで戦ったあの時――我は確かそなたの敗因は仲間がいないことだと言ったな。
ならば……仲間を得たそなたが負けるはずがあるまい!」
>「問題ありません。わたしが信じるのは新世界の創造主たる女神パンゲアではなく――『わたしの中の女神様』です。
きっと大目に見てくれますよ。わたしの女神様なんですから」
アルダガはあの帝国の聖女に聞かれたら破門にされかれない大胆発言をぶちかました。
最初に会った時はひたすら敬虔でお堅い聖職者というイメージだったが、信仰を自分の中で見事に昇華させたようだ。
>『たった今邪教が誕生した気がする……』
>「神装――『黒翼の聖槌(ヴェズルフェルニル)』」
>「わたしたちの世界に……貴方という"神"は、必要ありません。
貴方に全てを託すのならば……これからは、わたしが神になります」
アルダガの勢いはとどまるところを知らず、ついに神になる発言まで飛び出した。
ティターニアは心底愉快そうに笑いながら、鎖に魔力を送り込む。
「ふふっ、ははは! 何、宗教は案外懐が広いものだからな。宗派の一つだと思えば問題ない」
ついに結界の一部が裂け、隙間ができる。
>「……今ですっ!」
>「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
>『分かってる!――海の底の底、はるか下を流れる偉大なる水の流れ。
今こそ我に集いて――駆けろ!』
ジャンがいち早く、結界の隙間から飛び出した。
ジャンは雷撃の直撃を受けながらも、全の竜に一撃を浴びせることに成功した。
それとほぼ同時に、辺りの風景が霧消し、元の全の竜の神殿へと戻る。
>「……やったぜ」
「結界が……解けた……!」
>『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
>『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』 ジャンの一撃は、全の竜を本気にさせるのに十分だったようだ。これでもう本当に後戻りはできない。
最初にシャルムにドラゴンサイトを食らわされた時は傷は何事も無かったのように元に戻り態度も余裕綽綽だったが、
今回は傷を治すのも忘れるほどキレている。 否――もしかしたら治すことを忘れているのではなく、すぐには治せないのかもしれない。
ここから、ティターニアは一つの可能性に思い至った。 「指輪の力を使った攻撃なら通用するのかもしれない……!」
散々茶番劇で翻弄してなかなか直接対決をしようとしなかったのも、実は指輪を持つ者達との戦いを恐れていたからだとすれば説明がつく。
この戦い、実は思っていたよりずっとこちらに分があるのかもしれない。
そう思った矢先、あらゆる属性の魔法攻撃とウォークライのような音圧が一行に襲いかかる。
「「「「四星守護結界――!」」」」
「――指輪の力よ!」
それは単純明快にして強力無比な、桁外れの魔力による力押し。
四体の守護聖獣が防護障壁を構築し、アルバートが虚無の指輪の力を発動して魔法の一部を吸収しても尚、
障壁を突破し押し寄せてこようとしていた。
突破されれば全滅必至だが、ティターニアはやおら眼鏡を外し、不敵に笑う。
アルダガと全の竜の一連のやりとりを見ていて、自分も自らが信じる”神”を顕現する術を持っていることを思い出したのだった。
そしてそれはアルダガの信じる女神と対立するものではなく、源流は同じなのかもしれない。
「先程は散々趣向を凝らした舞台で楽しませてもらったからな。今度はこちらが用意した舞台にご招待しよう!
――ドリームフォレスト」 解き放つは、エルフの長にしか使えぬ結界魔法。
以前は獣人の精霊使いの助力を得ることで成功したが、
今のティターニアには紛れもなくエルフの女王だった聖ティターニアの記憶がある。
辺りの風景が、瞬時にして艶樹の森に塗り替わる。
背後にそびえたつは、神樹ユグドラシル――エルフが命を授かる大樹。
そして人間以外の種族は、パンゲアが礎となった新世界で新しく誕生したもの。
これもまた、女神の一つの姿といえるだろう。
『それがどうした! 背景が変わったところで意味はないだろう!』
「それはどうかな? 皆こちらに集まるのだ!」
ティターニアの持つエーテルセプターに神樹から莫大な魔力が供給される。
それもそのはず、エーテルセプターとはもともと神樹の枝から出来ているのだ。
「――プラントシェル!」
瞬時に周囲の草木や蔦が絡まり合い、テントのようになって一同を覆う。
次の瞬間四星守護結界が砕け散り、全の竜の魔力の奔流がそこに襲い掛かった。
『ヤケでも起こしたか! 涼むのには丁度いいかもしれないが……なっ!?』
勝ち誇っていた全の竜は思わず驚きの声をあげた。
魔力の奔流がおさまると同時、植物のシェルターがほどけるように解けると、無傷の一同が現れたのだ。
「言ったであろう? こちらの舞台だと。さあ――次はこちらの番だ」
神樹から仲間達に光の蔦が伸びて巻き付く。
もちろん動きを阻害するものではなく、逆に移動や回避の補助と防御、及び魔力の供給を行うものだ。
その気になれば蔦をターザンロープのように使ってのワイヤーアクションも意のままだろう。 【ファンタジー】ドラゴンズリング7【TRPG】
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1532443937/l50
次スレを立てておいた。
多分630kbちょっとまで入るのだがあまり気にせずに投下して
「容量オーバーで書けません」って言われてから次スレにいってもらえばOK ありゃりゃ、730kbだったか……
少し早く立て過ぎたがどちらにしろこのスレでは終わりそうにないのでまあ良いか ディクショナルさんが私を抱えたまま着地を果たす。
……私は少し目を細めて、彼を睨みます。
「……あの、いつまでこんな状態のままでいるつもりですか?」
勿論、彼が私を庇おうとしてくれた事は分かっています。
分かってはいるんですが……流石に、これは恥ずかしいです。
別に嫌だった訳ではないんです。
ただそれを直接言うのはあり得ません。絶対無理です。
でも、何も言わずにこのまま降ろしてもらうのも少々剣呑ですから……
「こういう事は……時と場合を選んで、またお願いしますから」
……なんだか、余計にふしだらな感じになってしまった気もします。
いえ、気のせいですよね。それにそんな事を気にしている場合でもありません。
>「――叩き割ります!」
>「ぶん殴るぜ!」
私の両足が地面に再び触れた頃には、ジャンソンさんとバフナグリーさんは既に動き出していた。
お二人の強烈な打撃が結界を歪ませ……しかし、打ち砕くには至らない。
>『無理だと思うなぁ。結界の強度は勇者達の中で最も腕力のある君を基準に設計してあるんだ。
星都に入ってからの君たちの戦いは全て見ていたよ。いずれも私の結界を破るに足りる威力ではない。
だから――』
……全の竜が言う事を、私達が鵜呑みにする理由はありません。
例えその挑発的な言葉に、一定の説得力があるとしても……私達が諦める理由にはならない。
迫りくる結界は……確かに、堅牢です。
この世界の創造主にして、ドラゴンの真祖。
その圧倒的な魔力に物を言わせた、ただひたすらに分厚く、頑丈な結界。
それ故に……付け入る隙を見つけ出せない。
>「結構。連携による突破力の向上など、貴方は既に計算済みでしょう。
これまで何代にも渡って指環の勇者の姿を見続けてきた貴方には、結末が見えている」
バフナグリーさんが、ふとそんな事を口走った。
だけどその声音から感じるのは諦めじゃなくて……むしろ強い決意。
私は思わず彼女の方を見た。
>「だから拙僧は……わたしたちは。貴方の見たことのない力で、貴方の想定を上回ります」
『ああ駄目だ、それは悪手だよ。エーテルの指環は未完成だって、そこの魔術師君が解説してくれただろう?
その指環は私そのものだ。私を滅ぼさんとする者に、私自身が力を貸すはずもない。
しかしがっかりだなあ。期待はずれも甚だしい。散々大口を叩いておいて、結局上位の存在に頼るのかい』
全の竜は嘲るような声と共に溜息を吐く。
バフナグリーさんは……気にも留めていない。
ただ静かに、祈りを捧げ続けている。
……不意に、全の指環に光が灯った。バフナグリーさんの体そのものにも。
>「信仰とは」
光は形を変えて、彼女の背に翼を模る。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています