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【ファンタジー】ドラゴンズリング4【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/07/31(月) 22:38:53.85ID:TwvFk4rz
――それは、やがて伝説となる物語。

「エーテリア」と呼ばれるこの異世界では、古来より魔の力が見出され、人と人ならざる者達が、その覇権をかけて終わらない争いを繰り広げていた。
中央大陸に最大版図を誇るのは、強大な軍事力と最新鋭の技術力を持ったヴィルトリア帝国。
西方大陸とその周辺諸島を領土とし、亜人種も含めた、多様な人々が住まうハイランド連邦共和国。
そして未開の暗黒大陸には、魔族が統治するダーマ魔法王国も君臨し、中央への侵攻を目論んで、虎視眈々とその勢力を拡大し続けている。

大国同士の力は拮抗し、数百年にも及ぶ戦乱の時代は未だ終わる気配を見せなかったが、そんな膠着状態を揺るがす重大な事件が発生する。
それは、神話上で語り継がれていた「古竜(エンシェントドラゴン)」の復活であった。
弱き者たちは目覚めた古竜の襲撃に怯え、また強欲な者たちは、その力を我が物にしようと目論み、世界は再び大きく動き始める。

竜が齎すのは破滅か、救済か――或いは変革≠ゥ。
この物語の結末は、まだ誰にも分かりはしない。

ジャンル:ファンタジー冒険もの
コンセプト:西洋風ファンタジー世界を舞台にした冒険物語
期間(目安):特になし
GM:なし(NPCは基本的に全員で共有とする。必要に応じて専用NPCの作成も可)
決定リール・変換受け:あり
○日ルール:一週間
版権・越境:なし
敵役参加:あり
名無し参加:あり(雑魚敵操作等)
規制時の連絡所:ttp://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/3274/1334145425/l50
       
新規参加者は常時募集していますので、参加希望の方はまずはこちらのテンプレで自己紹介をお願いします。
(単章のみなどの短期参加も可能)

名前:
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身長:
体重:
スリーサイズ:(大体の体格でも可)
種族:
職業:
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武器:
防具:
所持品:
容姿の特徴・風貌:
簡単なキャラ解説:

過去スレ
【TRPG】ドラゴンズリング -第一章-
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1468391011/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリング2【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1483282651/l50

【ファンタジー】ドラゴンズリングV【TRPG】
ttp://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1487868998/l50
0002ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/02(水) 21:03:38.24ID:qwKE1Zfu
各章ダイジェスト
ttps://www65.atwiki.jp/dragonsring/pages/12.html

歴代参加者テンプレ
ttps://www65.atwiki.jp/dragonsring/pages/14.html

一応まとめwikiの一部になるのだが上記のページ以外はあまりまとまっていないので参考程度に……
新スレになる度にダイジェストを貼るのも容量の無駄かな、と思ったので
もしメモ帳代わりに使いたい人がいればページの作成も解放してあるので自由に編集してもらって構わない
0005スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/10(木) 18:25:43.54ID:dkloH3rs
渾身の踏み込みと共に剣を押し込み、フィリアの矮躯を弾き飛ばして強引に距離を取る。
ティターニアが魔剣に何か入れ知恵をしているようだ。時を刻むごとに不利は重なり、こちらの傷も浅くはない。
長くは保たないだろう。

「あんただってそうだろう、ジャン!ハーフオークはこのダーマにおいても異端の存在だ。
 オークにも人間にも馴染めず賊に身を窶した亜人を俺は何人も見てきた。何人も……斬ってきた。
 人間が憎いと思わなかったか?オークを滅ぼしてやろうと思わなかったか?誰かの不幸を、願わずにいられたのか?」

種族的なマイノリティという意味では、ダーマに暮らす人間とハーフオークの立場は同列に近い。
しかし、シェバトというある程度大規模な共同体を形成できた人間と違い、ハーフオークは絶対数があまりに少ない。
人間かオークか、どちらかのコミュニティで暮らさねばならない以上、その苦境と孤独は人間の比ではないだろう。

スレイブはあえて言及しなかったことではあるが――人間とオークの間の子という背景には、必ず下卑た憶測が付き纏う。
他ならぬ人間から、街中で揶揄され、後ろ指をさされることだって珍しくはないはずだ。
ヒトは、暴力以外で他者を傷付けることの出来る唯一の生き物だから。

「指環を求める旅の中で、お前らはヒトの闇を何度も目にしたはずだ。反吐の出るような悪意を感じたことがあるはずだ。
 己が利益のために他人を食い物にし、路傍に打ち捨てられた弱者を嘲笑い、刃を隠して握手を求める連中を……!
 それがヒトなんだ。幸せにしてやる理由など一つもない、醜悪な進化の果てに行き着いた滅ぶべき生き物だ。
 そんな奴らに降りかかる正しき不幸を、どうして除いてやろうと思える」

剣先がわずかに震えるのを感じた。構えの揺らぎは心の動揺に直結している。
知らず知らずのうちに、スレイブの双眸から涙が伝い落ちていた。

「この街に不幸をもたらしに来た俺を、どうして幸せにしようなんて思える……!」

それは、彼自身がその「ヒト」に他ならないと自覚した上での、哀しい問いだった。
毒の根源を除去したとは言え、血流に乗って巡ってしまったフィリアの毒は既にスレイブの肉体を侵しつつある。
追い詰められていた。しかしそれは、彼が剣を下ろす理由にはならない。負ける理由にすることなど出来ない。

「これは俺の正しさを証す為の戦いなんだ。負けるわけにはいかない……負けたくない」

ウェントゥスから風の指環を貸し与えられてなお、指環の勇者達には及ばなかった。
ジャンがそう言っていたように、彼らは指環に、そこに宿る竜に認められ、全幅の力を引き出すことが出来ている。

「魔力が足りない。風竜の力はこんなものじゃないだろう。もっとだ、もっと力を寄越せウェントゥス!!」

指環が一際強く輝き、幾条もの風の渦がスレイブの四肢を覆っていく。
鋭さを帯びた極風が皮膚を切り裂いて、風に紅い色が付いた。

『あ、あほう!これこれ以上出力を上げたらお主の身体がぼんってなるぞ!
 何のためにあやつらが竜の甲殻纏っとると思っとるんじゃ!自分の魔力で刻まれて死ぬのがオチじゃぞ!』

「問題ない。滅ぼすべき人間の中には……俺も含まれるというだけだ」

シェバトの空に暗雲が立ち込め始めた。
ウェントゥスが司るは風、そして大気。風は雲を喚び、嵐を起こし、雷槌を落とす。
天候の支配――それこそが風魔法の極致!

「常世に遍く全てを引き裂け……『ディザスター』!」

スレイブが真上へ掲げた長剣に、暗雲から一条の雷が落ちた。
雷は直撃した剣を中心に、スレイブの目に映る領域の全てを稲妻で蹂躙する。
フィリアの眼をもってしても雷速を見切ることは叶うまい。アクアの水壁であっても、紫電を防ぎ切ることは出来まい。
風の塔が石造りに閉ざされていたとしても、僅かな隙間から電撃は入り込んでエアリアルクォーツを灼き尽くす。

そして、その巨大な雷槌のあぎとが全てを噛み砕けば……最後に喰らうのは術者自身だ。

・・・・・・――――――
0006スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/10(木) 18:26:10.60ID:dkloH3rs
>「バアル殿! 余計なものをそぎ落として本当の願いを引き出すのだ。昼間に我にやってくれたように!
  ――アースウェポン!」

フィリアの手に握られた魔剣は、『呑み尽くし』によって刀身を軋ませていた負担が消えたのを感じた。
同時にティターニアの付与魔法によってテッラの魔力が刃に輝きを宿らせる。

『そうか……ようやくわかった気がするよ。ジュリアンがスレイブに僕を持たせた意味が』

苦悩を忘れさせるだけの救いなど、ただの甘えの産物に過ぎないと思っていた。
死にたがりを抑えこんで、今だけを落ち着かせて、いつかやってくるありふれた人生の終わりを待つだけだと解釈していた。

本当の意味での救いなど、誰が与えられるわけでもない。スレイブの苦悩はスレイブだけのものだ。
だが、苦難を消すことは出来なくても、苦難を分かち合うことは出来る。
折れそうな心を誰かが支えてやることは、出来るのだ。

ジュリアンが魔剣によって本当に取り除きたかったもの。
それは苦悩そのものではない。苦悩を一人で抱え込んでしまう壁。知性によって形作られた心の壁だ。
スレイブに必要だったのは、救済ではなく……仲間。

種の違いを乗り越えて、その身を削りながらも命懸けで飛び込んできてくれたフィリア。
苦悩を理解し受け止めたうえで、難しく考えることはないと笑い飛ばしてくれたジャン。
建前を拭い去り、スレイブと同じ土俵で立ち向かう方法を考えてくれたティターニア。

魔剣の力になんか頼らなくたって、誰かを救えると、彼らは教えてくれた。

『フィリア、ジャン、ティターニア。君達に出会えてよかった』

バアルフォラスの刀身が光に包まれる。
かつてメアリが杖先に灯したものと同じ、肉体を透過し精神に直接突き立つ刃だ。
フィリアの蠱毒による強化と、テッラの魔力の二つが合わさって始めて作り出すことのできた光。

『フィリア、この刃をどうにかしてスレイブの胸に突き立ててくれ。そこから先は僕がやる。
 メアリの植え付けたのは所詮、偽りの記憶だ。直接触れられさえすれば、僕の力でそれを"喰い散らかす"ことは可能なはず』

スレイブが風の指環から限度を越えて力を引き出し、大規模破壊魔法を発動させつつある。
この身体に手足があれば駆け寄ってぶん殴ってやれるのに、それが出来ない魔剣の身が、ただただ悔しかった。


【スレイブ:指環の勇者達に追い詰められる。風の指環から限界を越えて力を引き出し、超威力範囲魔法を発動。
 バアルフォラス:知性喰いの力を直接叩き込んでメアリの植え付けた記憶を喰らいたい】
0007ふぃりあ ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/08/11(金) 21:33:05.17ID:U449ErVv
突然だけどお願い事がありますの!
このターン、わたくしの順番を最後に回してほしーですの!
その次のターンからは・・・元に戻すのとそのまま進めるの、どっちの方がややこしくないですの?
ティターニア様に判断をお任せしますの!



もしかしたらトリップ違うかも?
違ったら後でもう一度レスしますの!
0008ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/12(土) 08:12:20.02ID:0YrNE302
了解した! ではこのターンはジャン殿→我→フィリア殿ということで
その次だが元に戻すとスレイブ殿だけ挟んでまたすぐフィリア殿になるのでそのまま続行でいいかな、と思うが
また次ターンになった時の状況で決めてもらっても構わない
0010ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/08/12(土) 21:20:03.99ID:hm3g4Ir4
「おっと!王に対するマナーがなっちゃいねえな!」

弾き飛ばされたフィリアの小さな体を穏やかな水流で受け止め、交代とばかりにジャンが前に出る。
壁となっていた水流が束ねられて作られる、凪いだ海の如きなだらかな流線を刀身に描く大剣を右手に持って。

>「あんただってそうだろう、ジャン!ハーフオークはこのダーマにおいても異端の存在だ。
 オークにも人間にも馴染めず賊に身を窶した亜人を俺は何人も見てきた。何人も……斬ってきた。
 人間が憎いと思わなかったか?オークを滅ぼしてやろうと思わなかったか?誰かの不幸を、願わずにいられたのか?」

ジャンが踏み込み、スレイブがそれに合わせて振り下ろす。
お互いの剣が激しくぶつかり、その反動を二人とも利用してさらに打ち合う。
繰り返される衝突の中、スレイブがジャンを見据えて叫んだ。
怒りと悲しみがないまぜになったその目に、ジャンはただ冷静に、穏やかに返す。

「……俺の母ちゃんは、奴隷剣闘士だった。
 と言っても俺が生まれた頃には自分を買い戻して、村にいたんだけどな」

ダーマにおける奴隷制は地方・種族によって大きく異なるが、
首都に近い地域であれば奴隷が金を稼ぎ、開放されることは珍しくないことだ。
これは完全実力主義を唱える魔族の建前の部分であり、実際は魔族以外というだけで差別されることは大いにある。

「俺の父ちゃんもそうだった。二人とも闘技場で殺し合ってる内に、
 お互いが好きになったんだとさ。そんで故郷に帰って静かに暮らそうって」

スレイブの激しい猛攻をしのぎつつ、しかし目は逸らすことなく語り続ける。
穏やかな日差しの中で、友人と語り合うように。

「たぶん、二人とも種族がどうこうなんて気にしなかったんだろうな。
 村でもハーフかどうかってより、武器が扱えるかどうかって感じだったしなあ」

「旅をしてるときも、まず挨拶をして、目線を合わせて丁寧に話せば大体のヒトは分かってくれた。
 お前の言う異端のハーフオークってのは、たぶんどの種族に生まれてもそんなことをしていたんだろうよ」
0011ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/08/12(土) 21:21:18.37ID:hm3g4Ir4
>「指環を求める旅の中で、お前らはヒトの闇を何度も目にしたはずだ。反吐の出るような悪意を感じたことがあるはずだ。

「まぁ、そりゃなあ。俺は反吐が出る前に手が出ちまうからよく分からんかったが、
 嫌な奴はいっぱいいたよ。でも同じくらいまともな奴もいたぜ?」

スレイブの剣がわずかに震える。精神的な隙から生まれたその瞬間を見逃さず、ジャンは横薙ぎに一撃を打ち込もうとしたが――

>「魔力が足りない。風竜の力はこんなものじゃないだろう。もっとだ、もっと力を寄越せウェントゥス!!」

指環から無理やりに魔力を引き出したのか、スレイブを覆う風はスレイブ自身を傷つけ始めるほど激しくなっている。
やがてゆらりと剣を掲げ、暗雲立ち込める空へ向けてただ叫んだ。

>「常世に遍く全てを引き裂け……『ディザスター』!」

天より落ちる雷を剣を触媒として放ち続け、辺り一帯を焼き尽くす魔法。
本来は投擲したものを触媒として使用するが、スレイブは自分すら焼く覚悟でこれを使用した。
ジャンはいったん距離を取り、二人の元に向かう。

>『フィリア、この刃をどうにかしてスレイブの胸に突き立ててくれ。そこから先は僕がやる。
 メアリの植え付けたのは所詮、偽りの記憶だ。直接触れられさえすれば、僕の力でそれを"喰い散らかす"ことは可能なはず』

「フィリア、行けるか?俺の水流じゃ雷は止められねえ。
 かと言ってフィリア一人じゃ焼かれちまう。やるなら二人だ。二人で突っ込んで止めるぞ」

『悪いね、水じゃ雷が流れるだけなんだ。これに気づかれてから僕は彼女に勝ったことがない』

「ティターニアも援護……いや、説得頼むぜ。
 倒すんじゃなくて、止めるんだからな。――じゃあ行くぞフィリア!」

そう言って、ジャンは再びスレイブへ向けて走る。フィリアを脇に抱えて。
飛んでくるディザスターの欠片と爆音の嵐を水流の壁で凌ぎ、苦悩の果てに砕けた心を抱える彼の下へ。


【最後の数行気に入らなかったら自由に変えてもらって結構です】
0012ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/16(水) 00:35:47.86ID:I08p/Ii3
>「ふざけるなよ、ふざけるな。お前らがそんな風に思えるのは……他人を疑わずにいられるのは!
 お前らが幸せだったからだ。善良な人々に愛され、まっすぐ生きることが出来たからだ!」

フィリアの猛攻を受けながら、激昂したスレイブが叫ぶ。
ティターニアはふと思い出す。自分の人生の最初の頃の平和な世界を。
その時は当たり前過ぎて気付かなかったが、その平穏は何よりも貴重なものだった。
後に知ることになった、指輪を巡る戦乱の歴史。
英雄達が戦乱の世を平定し、長ければ何百年、短い時は何十年の束の間の平和の後にまた戦乱が巻き起こる。
それは果てなく繰り返す呪われた因果。

「そうかもしれぬな……。いわゆる平和ボケというやつか。
平和な世で生きればおめでたい性格になれるのだとしたら、尚更その平和を束の間で終わらせてはならぬ!」

スレイブは更にハーフオークという特殊性を指摘してジャンを煽り、それを受けたジャンは自らの出自を戦闘中とは思えぬ穏やかな声音で語るのだった。

>「魔力が足りない。風竜の力はこんなものじゃないだろう。もっとだ、もっと力を寄越せウェントゥス!!」
>『あ、あほう!これこれ以上出力を上げたらお主の身体がぼんってなるぞ!
 何のためにあやつらが竜の甲殻纏っとると思っとるんじゃ!自分の魔力で刻まれて死ぬのがオチじゃぞ!

『ウェントゥス……やはりあなたは、昔のまま。大丈夫、あの子はまだ虚無に食い尽くされてはいない』

テッラによると、ウェントゥスはスレイブの身を案じて力を出し渋っているらしい。
最初は完全な傀儡が欲しいから死体を寄越せと言ったらしいが、やはり実際に接すると人に寄り添う性質が出てきたのか。

>「問題ない。滅ぼすべき人間の中には……俺も含まれるというだけだ」

しかし、渋るウェントゥスを押し切り、スレイブは自らの正義を貫かんとしていた。それはあまりにも悲壮な正義だ。
正義とは公平の原理で、死は究極の平等。彼の目的は、自分含め人類全体に及ぶ壮大な自死《アポトーシス》。
もしかしたらそれは、個人レベルを遥かに超えた大きな尺度から見れば、起こるべくして起こる事象なのかもしれない。
されど、ここにいる者達はそれを黙して受け入れる程達観してはいない。

>「常世に遍く全てを引き裂け……『ディザスター』!」

そして放たれる、天候支配の大規模破壊魔法。バアルフォラスが決意に満ちた声で語り出す。

>『フィリア、ジャン、ティターニア。君達に出会えてよかった』

「過去形はやめぬか。共に来ればもっと面白いものを見せてやるゆえ……今はそなたの主を止めるぞ」
0013ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/16(水) 00:39:53.77ID:I08p/Ii3
>『フィリア、この刃をどうにかしてスレイブの胸に突き立ててくれ。そこから先は僕がやる。
 メアリの植え付けたのは所詮、偽りの記憶だ。直接触れられさえすれば、僕の力でそれを"喰い散らかす"ことは可能なはず』

>「フィリア、行けるか?俺の水流じゃ雷は止められねえ。
 かと言ってフィリア一人じゃ焼かれちまう。やるなら二人だ。二人で突っ込んで止めるぞ」
>「ティターニアも援護……いや、説得頼むぜ。
 倒すんじゃなくて、止めるんだからな。――じゃあ行くぞフィリア!」

「分かった、必ず届かせよう。ーーホーリィグローヴ!」

辺りに苔のみならず様々な植物が顕現され、森のような様相を呈し、暴風の威力を減ずる防風林と化す。
更に街のどの建造物よりも、つまり風の塔より高い針葉樹が一定間隔ごとに聳え立つ。特に風の塔の周囲は念入りに取り囲むようになっている。雷撃を集め大地に逃がすための避雷針である。
雨も風も雷も、大地は全てを受け止めてきたーー防ぐのが不可能ならいかに受けるかという発想。
とはいえ捨て身の極大攻撃魔法に対し、どこまで捌ききれるかは、未知数。天空の覇者と大地の守護者の直接対決だ。
木の葉が疾風に舞い、雷鳴が鳴り響き、前線では炎と水が閃く。
そんな壮大なスペクタクルのような光景が繰り広げられる中、何故かテッラの人間の姿を取った幻影が現れ、ウェントゥスに語りかける。

『ウェントゥス、覚えていますか? 風紋都市の由縁。原初の時代、私が作った地形をあなたが削り共にこの街の原型を作り上げたことーー
……先程その青年のことを案じていましたね。
もう意地をはるのはおやめなさい。どんなに突っ張ったって、あなたはあなた。
それにティターニアはあなたの昔の主と同一人物ではないですが、全くの無関係な別人でもありません』

更に、嵐に遮られはっきりとは見えないが、少女のような姿に見えるティターニアが感嘆の声をあげている。

「スレイブはん見てみ! めっちゃ凄うないか!? 地水火風ーー世界を形作る四つの力がここに集まってる。
これに比べたらウチら人なんてほんまちっぽけで……世界全体のことなんて気にしても埒あかん。
一応指輪に選ばれた者が言うのも変やけど。ウチらかて何でか気に入られて力貸してもろうとるだけや。
まあ要するに死んだら面白いもの見れへんから詰まらんやろ!」

この手の魔法によって顕現される植物は、当然物質的な本物の植物ではない。
ここまでの大規模魔法となると、物質世界に重ねるように概念的な魔力の森を顕現したような状態になるため、このような精神世界が垣間見える現象が予期せず起こっていると考えられる。
今まさにスレイブに迫ろうとするフィリア達に向け、力一杯叫ぶのであった。

「ジャンはん、フィリアはん、バアルはん、行けーーーーーッ!!」
0014 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/08/21(月) 18:17:01.37ID:h6XBxvjw
手応えあり、ですの!
女王の毒針は確かにスレイブ様に傷をつけた。
だから……まずは予定通りに、やたらめったら斬りつける!
速さだけしかないわたくしの剣技じゃ、二度目の命中は望めない。

不意に、わたくしの初動を潰すように放たれた刺突が、眼前に迫る。
体を大きく捻り、体勢を崩して、それでも躱しきれず刃が頬を抉る。
このまま転んでしまってはまずい。
スレイブ様の剣が、わたくしに起き上がる隙を与えてくれるとは思えない。
背中からムカデの王を生やし、地面に突き立て体を固定。
そのまま下から上へ、抉り込むように斬撃を繰り出す。

……勢いだけのわたくしの剣は、スレイブ様なら付け入る隙を見つけ出すのはきっと容易い。
またカウンターを受けるかもしれない。次は避けきれず、返り討ちにされるかも。
だけど……怯えちゃ駄目ですの!スレイブ様を動かし続けろ!余計な事を考えさせるな!
そうすれば……

>「くっ……毒針か……!」

……毒が回る。
やっと、ですの。ほんの十秒ちょっとの時間稼ぎだったけど……呼吸の乱れがひどい。とんでもない疲労感ですの。
スレイブ様は今までずっと一人で戦ってきた方。
毒の事を少しでも意識させれば、対策を取られていたかもしれない。
だから、返り討ちを覚悟で剣を振るい続けなきゃいけなかった。

だけど……ここからは違う!もう反撃なんかさせませんの!
わたくしが、押し切る!
もう一度毒を打ち込んで、動けなくして……それで、終わりですの!

無我夢中で剣を振るう。
ウェントゥスの援護にも気を配れない。配っている余裕はない。
だけどきっとジャン様ティターニア様、バアル君にイグニス様がなんとかしてくれますの。

>「何故だ……何故剣の鋭さが増している?何故魔法を使える?この酸素濃度で激しく動けば酸欠は免れられないはずだ……!」

「さぁ、分かりませんの。でも余計な事ばかり考えちゃうのは、きっとあなたの悪い癖ですの」

あと一撃当てられれば、もう一度毒を打ち込めれば、決着がつく。
それをスレイブ様も分かっているから、必死に凌ぐ。
だけど、わたくしの方が優勢。
わたくしの中の王が、彼らがもたらす戦いの感性が言っている。
あと二度。二度の呼吸の内に、この剣戟は決着すると。

毒針の剣を大きく振りかぶり……だけどこれはフェイント。
左手に女王の大顎を。スレイブ様の足元を狙う。
跳ぶか、退くか、いずれにしても今のあなたにはお辛い動きでしょう。

まずは一呼吸。
そして振りかぶった毒針を、今度こそ、わたくしに能う最速で突き出し……二呼吸。
これで終わり……

>「ふざけるなよ……!」

そう確信した瞬間、わたくしがとどめの一撃を放つ直前。
鮮血がわたくしの視界を彩った。
スレイブ様が自ら、毒を受けた傷口を抉ったのだと理解するのに、呼吸半分ほど時間がかかった。
0015 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/08/21(月) 18:18:14.41ID:h6XBxvjw
>「ふざけるなよ、ふざけるな。お前らがそんな風に思えるのは……他人を疑わずにいられるのは!
  お前らが幸せだったからだ。善良な人々に愛され、まっすぐ生きることが出来たからだ!」

そしてわたくしが自分の失態に気づいた時には……スレイブ様は既に長剣を振りかぶっていた。
もう突きは間に合わない。咄嗟にムカデの王を盾に防御する。
刃は辛うじて受け止め、しかし地から足が離れ、跳ね飛ばされる事は避けられない。
ジャン様の作り出した水流のお陰で体勢は素早く立て直せたけど……それはスレイブ様も同じ事。

「くっ……」

『……失敗した、なんて面をするんじゃないよ。自分以外の手を借りて戦ってるならね』

……勿論ですの!だって、わたくしはまだ失敗した訳じゃない!
戦いはまだ続いてますの。気落ちしてる暇なんて、ない!

>「あんただってそうだろう、ジャン!ハーフオークはこのダーマにおいても異端の存在だ。
 オークにも人間にも馴染めず賊に身を窶した亜人を俺は何人も見てきた。何人も……斬ってきた。
 人間が憎いと思わなかったか?オークを滅ぼしてやろうと思わなかったか?誰かの不幸を、願わずにいられたのか?」

>「……俺の母ちゃんは、奴隷剣闘士だった。
  と言っても俺が生まれた頃には自分を買い戻して、村にいたんだけどな」
>「俺の父ちゃんもそうだった。二人とも闘技場で殺し合ってる内に、
  お互いが好きになったんだとさ。そんで故郷に帰って静かに暮らそうって」

>「指環を求める旅の中で、お前らはヒトの闇を何度も目にしたはずだ。反吐の出るような悪意を感じたことがあるはずだ。
>「まぁ、そりゃなあ。俺は反吐が出る前に手が出ちまうからよく分からんかったが、
  嫌な奴はいっぱいいたよ。でも同じくらいまともな奴もいたぜ?」

わたくしに代わって前に出たジャン様とスレイブ様の会話を聞きながら、少しでも呼吸を整える。
わたくしはまだ、生まれて間もない存在ですの。
だけどこの指環を巡る戦いの中で……生まれてから今まで生きてきた時間と同じくらい、いえ、それ以上に、沢山の事が学べましたの。

「わたくしが王様なら、そんな嫌な奴らのさばらせたりしませんの。
 あなたに嫌な思いをさせる奴らがいたら、わたくしが代わりに叱ってやりますの。
 誰にもあなたを傷つけさせない。だから……」

>「魔力が足りない。風竜の力はこんなものじゃないだろう。もっとだ、もっと力を寄越せウェントゥス!!」
 「常世に遍く全てを引き裂け……『ディザスター』!」

だから……わたくしが、王を名乗るものが今、何を言うべきなのか、はっきりと分かる。

「頼るなら、その古ぼけた指環と根性ねじ曲がった竜じゃない!わたくしを頼れ!
 この手が、この力が届く場所にいれば!この女王があなたを守ってやる!
 善良なものだけが、あなたを取り囲むように、力の限りを尽くしてやりますの!」

わたくしの言葉を掻き消すように、雷が降り注ぎ、轟く。
だけど構いやしませんの。
さっきは払い除けられたけど、二度目はない。
スレイブ様が拒むなら、こっちから、手の届く場所まで詰め寄るまで!
0017 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/08/21(月) 18:22:12.92ID:h6XBxvjw
>『フィリア、ジャン、ティターニア。君達に出会えてよかった』

そしてその時には……勿論あなたも一緒ですの。バアル君。

>『フィリア、この刃をどうにかしてスレイブの胸に突き立ててくれ。そこから先は僕がやる。
 メアリの植え付けたのは所詮、偽りの記憶だ。直接触れられさえすれば、僕の力でそれを"喰い散らかす"ことは可能なはず』

「信じますの。あなたならやれる。やってくれる……やり遂げて、二人とも無事でいてくれると」

>「フィリア、行けるか?俺の水流じゃ雷は止められねえ。
  かと言ってフィリア一人じゃ焼かれちまう。やるなら二人だ。二人で突っ込んで止めるぞ」

「えぇ、行けますの。ジャン様が一緒に切り込んでくれるなら……こんなに心強い事はありませんの」

>「ティターニアも援護……いや、説得頼むぜ。
  倒すんじゃなくて、止めるんだからな。――じゃあ行くぞフィリア!」

そう言ってジャン様はわたくしを左手で掴んで、脇に抱え……ってあれ?
あぁ、一緒に突っ込むってこういう!確かに防御面ではかなり堅牢な気がするけど!

実際、ジャン様は荒れ狂う雷を水流の壁で受け止め続けている。
なのにわたくしは殆どその余波を感じない。
……水で象った龍の鱗を纏ったジャン様に、その威力の殆どが流れ込んでいるからですの?

『あぁ、その通りだ。アクアが言っていたよ。水じゃ雷が流れるだけ、だとさ。
 ……それでいいのかい?王女様?』

水じゃ雷が流れるだけ……。

「ええ。……それは、いい事を聞きましたの」

わたくしは小さく呟き、スレイブ様との距離を見て、それからジャン様を見上げる。

「ジャン様。あと五歩だけ。踏ん張って欲しいですの」

それだけ伝えて、視線を落とす。わたくしの左手にある炎の指環へ。
また、力を借りますの。

『へえ、我に策ありって顔だね王女様。これは見ものだ』

「いいえ、これは策なんてものじゃありませんの。ただ……指輪の力よ!」

わたくしの声に応えて、指環から灼熱の魔力が迸る。
それはわたくしを形作る王の欠片と混じり合い、炎を纏い、赤熱するムカデの王と化す。
その巨体が竜巻の如く渦を巻き、唸る。

そしてジャン様の編み出した水流の壁を、一瞬間の内に沸き立たせ、爆ぜるような勢いで蒸散させた。
生じた水蒸気は熱に追いやられて、わたくし達から離れていく。

「ただ……雷が水に流れるなら、もろともぶん殴って、どかすだけですの」

これでわたくしとスレイブ様の間にはもう、水も風も、存在しない。
降り注ぐ雨も、立ち入る事は……指環の炎が、城壁と謳われた王が許さない。

わたくしは体を捩って、ジャン様の脇から抜け出し、その腕を蹴っ飛ばす。
……足場代わりにしたのは目を瞑ってほしーですの。
そして、スレイブ様の眼の前へ。
0019 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/08/21(月) 18:24:38.91ID:h6XBxvjw
「……もう一度言いますの。誰にも、あなたを傷つけさせたりしない。例えあなたがそれを望んでも」

バアル君を、ゆっくりと振りかぶる。
勿体ぶってる訳じゃない。
重い。さっきの剣戟で終わらせるつもりだったわたくしには、もう殆ど体力は残されていない。
同じ満身創痍なら……分があるのは、わたくしとは比べ物にならないほどの場数を踏んできた、スレイブ様。

「わたくしの手も力も、もうあなたに届く。
 そこはもう、わたくしの王国ですの
 今度は拒ませませんの。跳ね除ける事もさせませんの」

それでも深く息を吸い込んで、叫ぶ。

「大人しく、この女王に頭を垂れろですの!」

瞬間、わたくし達を取り囲むムカデの王が身動ぎする。
大上段から、その巨体を振り下ろさんと。
スレイブ様に、頭を垂れさせる為に。

……と、きっとスレイブ様なら思ってくれますの。
偽りの記憶を植え付けられて、憎しみに囚われても……
結局、スレイブ様はわたくし達とのお喋りを拒まなかった。
だから……だからきっと、この土壇場で、わたくしの言葉を真に受ける。

わたくしの背中から伸びた女王蜘蛛の八本の手が、
その五体を捕らえ、引き寄せんと蜘蛛の糸を放たんとしている事を、見落としてくれる。

わたくしが知っているスレイブ様が、聞けば答えてくれたあのスレイブ様は、まだここにいる。
そう信じる事。それだけが、もう息も絶え絶えのわたくしの、唯一の活路。

そして、わたくしはバアル君の刃を突き出した。
0020スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:20:15.65ID:qwXfwGj9
>「フィリア、行けるか?俺の水流じゃ雷は止められねえ。
 かと言ってフィリア一人じゃ焼かれちまう。やるなら二人だ。二人で突っ込んで止めるぞ」
>「えぇ、行けますの。ジャン様が一緒に切り込んでくれるなら……こんなに心強い事はありませんの」

「何人で来ようとも、同じ事だ……!嵐雷は全てを灼き尽くす……!!」

荒れ狂うディザスターの渦中へと、あろうことかジャンはフィリアを抱えて吶喊してきた。
掛け値なしの自殺行為だ。アクアの水の壁で阻み切れる出力ではない。相性が最悪過ぎる。
しかし、まっすぐスレイブを見据える彼と彼女の双眸に、懸念や怯えの感情は寸毫ほども存在しない。
まだ何か策でもあると言うのか。

>「いいえ、これは策なんてものじゃありませんの。ただ……指輪の力よ!」

フィリアの声に呼応して炎の指環が輝きを増す。
光が形を成し、生み出されるは蠕動する炎の塊――劫火を纏った巨大な百足。
百足はジャンの生み出した水流へと喰らいつき、その強烈な熱量でもって一瞬のうちに蒸発させた。
霧散していく水に導かれるようにして、稲妻もまた散っていく。

>「ただ……雷が水に流れるなら、もろともぶん殴って、どかすだけですの」

『水に儂の雷槌を吸わせて……水ごと散逸させたじゃと……?こんな方法で相性の絶対を覆すとは……!』

ディザスターの壁を突破され、指環越しにウェントゥスが息を呑む。
スレイブは瞬き一つ分の動揺を噛み殺し、再び剣をフィリアへ向けた。

「……だが、霧散したならば掻き集めれば良いだけだ。紫電よ、再び俺の剣に集え!」

散逸していた稲妻たちがその舳先をスレイブの剣へと向ける。
既にジャンとフィリアは距離を詰めてきていた。それでも、雷速ならば彼らが攻撃態勢に入る前に散った魔力を引き戻せる。
今度こそ逃げ場なく、全方位から雷を当てられるはずだ。

>「分かった、必ず届かせよう。ーーホーリィグローヴ!」

――その隙を逃すティターニアではなかった。
大地の指環が律動し、風の塔周辺に巨木が林立していく。
それらは散逸し、今再びスレイブが制御し直さんとする雷の魔力をその身に吸い上げ、大地へと逃していく。

『おのれテッラぁぁぁぁぁ!!ティターニアを拐かすに飽き足らず、この期に及んでまだ儂の邪魔をーーッ!!』

炎、水、地、風。
かつて世界を構築した四つの力の源が一同に会し、それぞれが勇者を擁して鎬を削る。
激流が舞い、豪炎が奔り、嵐雷が嘶き、霊樹が聳える神域の戦場。
創世記もかくやの天変地異のさなか、威光を纏った人影が大地に降り立つ。テッラだ。

>『ウェントゥス、覚えていますか? 風紋都市の由縁。
 原初の時代、私が作った地形をあなたが削り共にこの街の原型を作り上げたことーー
 ……先程その青年のことを案じていましたね。もう意地をはるのはおやめなさい。どんなに突っ張ったって、あなたはあなた。
 それにティターニアはあなたの昔の主と同一人物ではないですが、全くの無関係な別人でもありません』

『ち、違っ……儂そんなつもりじゃ……傀儡が壊れたら儂が困るってだけで……』
0022スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:21:16.56ID:qwXfwGj9
テッラの見透かしたような問いに、ウェントゥスは露骨に揺さぶられた。
その物言いはウェントゥスの本心ではあった。スレイブが死ねば、死体を魔導人形に加工する必要に迫られる。
この土壇場で一時撤退を強いられれば、より強力に風の塔の防護を固められてクオーツの破壊が困難になることだろう。
しかし、テッラの問いが正鵠を射ていたことも確かだった。

ウェントゥスは基本的にヒトを信頼していない。自分たちよりも遥かに下位の、か弱き存在だと認識している。
だが、かつて共に戦った聖ティターニアとの旅の中で、ヒトに対する慈愛の欠片のようなものを憶えた。
いまやその想いは呪詛のようにウェントゥスの心を縛り続けている――聖ティターニアが先を見据えて残した"楔"だ。

『儂はもう、ヒトに期待などしとうない……だから虚無に呑まれようとしたというに……』

「だったら黙って力を寄越せウェントゥス!!」

忌々しげに吐き捨てるスレイブの、既に一歩の圏内へとフィリアが届きつつあった。

>「スレイブはん見てみ! めっちゃ凄うないか!? 地水火風ーー世界を形作る四つの力がここに集まってる。
  これに比べたらウチら人なんてほんまちっぽけで……世界全体のことなんて気にしても埒あかん。
  一応指輪に選ばれた者が言うのも変やけど。ウチらかて何でか気に入られて力貸してもろうとるだけや。
  まあ要するに死んだら面白いもの見れへんから詰まらんやろ!」

ティターニアの後押しを受け、全てを灼き尽くす雷槌の包囲網を連携によって突破し、彼女は辿り着く。
抱えられていたジャンの腕元から飛び出して、目の前の大地を踏みしめる。

>「……もう一度言いますの。誰にも、あなたを傷つけさせたりしない。例えあなたがそれを望んでも」

「やめろ……これ以上、俺に寄り添おうとするな……!俺はお前らを傷付けに来たんだ……!」

魔法を拓かれ、剣を退けられ、もはや彼に残されているのは言葉による拒絶のみであった。
フィリアは取り合わない。それは、彼女を彼女たらしめる、王の――『傲慢』。

>「わたくしの手も力も、もうあなたに届く。そこはもう、わたくしの王国ですの
 今度は拒ませませんの。跳ね除ける事もさせませんの」

為政者として民を一方的に救い護る者が持つべき傲慢さだ。
フィリアが魔剣を振り被る。その矮躯には不釣り合いの、しかし器には相応の剣を。

>「大人しく、この女王に頭を垂れろですの!」

上段から百足が降ってくる。臣民を、正しき王の御許へ跪せるために。
スレイブは後退る。容易い回避だった。もはやフィリア自身にも、これ以上の力は残されていないのだろう。
打ち下ろされる百足の鞭を躱して、カウンターの一撃を入れる。それで逆転は可能だ。
だが――

「これは……蜘蛛の脚……!?」

退がれない。身体が動かないのは、フィリアから伸びる八本の脚ががっちりと身体を捉えていたから。
虫精の王が最後に求めたのは従属ではなく――抱擁だった。
一回りも小さな小さな女王に抱きしめられるようにして、スレイブの胸元へと魔剣の刀身が埋まった。

・・・・・・――――――
0023スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:23:00.89ID:qwXfwGj9
・・・・・・――――――

はじめはただ、怖かった。
やがて恐怖は、それを強いる者達への憎しみへと変わった。

『本当にそうだったのかい?』

そうだとも。俺に全てを押し付けたあいつらに、復讐してやりたかったんだ。
不公平だ。俺が不幸であるならば、あいつらも不幸になるべきだろう。

『確かにそう思う心理は頷けるさ。だけどスレイブ、君は何年も前から気づいていたはずさ。
 ダーマの王家も、シェバトの人々も、みんなが君を頼るのは、君が率先して貧乏くじを引いてくれるからだって。
 君の犠牲に甘んじてきた連中に、報いを受けさせたかったんだろう?』

だからこの戦いは、俺が奴らを不幸にすることは、正しいことのはずだ。

『だけど君は、以来何年もの間、文句をこぼすことなくヒトの為に戦い続けた。
 投げ出すチャンスなんていくらでもあったのに。だから僕は問うのさ、君が戦う理由は、それだけだったのかと』

俺が、ヒトの為に戦ってきた理由。

『君にも聞こえただろう、ジャンの声が。君の求める理由の一つだ』

>「まぁ、そりゃなあ。俺は反吐が出る前に手が出ちまうからよく分からんかったが、
 嫌な奴はいっぱいいたよ。でも同じくらいまともな奴もいたぜ?」

そうだ。シェバトの人々は、何も俺に全て押し付けて見てみぬ振りをする連中だけじゃなかった。
俺を気遣い、寄り添って、支えてくれた人もいた。何人もいた。
温かい食事を分け、鎧や剣を手入れし、癒やしの魔法をかけてくれる人たちがいた。
確かにヒトに醜悪な側面はあるが、それでもそれはただの側面だ。それだけじゃなかったはずだ。
どうしてこんなに大切なことを忘れていたんだろう。

「俺が戦ってこれた理由は――」

どれだけ俺が不幸になったとしても。

「幸せになってほしい人達が……俺の傍に居たからだ!」
0024スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:23:19.18ID:qwXfwGj9
心の裡、魂の奥底に根付いていたドス黒い澱が、光の刃に貫かれる。
温かい雨が乾いた地平を潤すように、冷え切った心へ熱が染み渡っていく。

>「わたくしが王様なら、そんな嫌な奴らのさばらせたりしませんの。
 あなたに嫌な思いをさせる奴らがいたら、わたくしが代わりに叱ってやりますの」

フィリアが言ってくれたように。
たとえ百の人々に裏切られようとも、一人が俺を愛してくれるならば、これからも俺は戦える。
その一人を幸せにする為に、戦える!

『少なくとも三人、ジュリアンを含めれば四人。君が生きる理由を支えてくれる人達がいる。
 無粋な横槍に引っ掻き回されてしまったけれど、もう答えは見つかっただろう、スレイブ?』

五人だろ、バアルフォラス。お前も俺の大切な相棒だ。

『悪いが僕はここまでだ。これからは、ティターニアや、ジャンや、フィリアに君の隣を譲ることにするよ』

待てよ。今までずっと、お前が俺を支えてきてくれたんだ。お前にも幸せになってもらわなきゃ困る。

『僕は君の知性から生まれた仮初の人格に過ぎない。僕を維持しようとすれば、再び君は知性を喰われることになる。
 真の救済を君は見つけたんだ。もはや魔剣に頼る必要もないだろう』

それにね、とバアルフォラスは言った。

『いい加減、馬鹿の子守にも疲れてきたところさ。まったく君もジュリアンも、魔剣遣いが荒いよ……本当に』

待ってくれ、と俺が叫ぶよりも早く、目の前が光に包まれていく。
夢から覚める時のように、身体から浮遊感が抜けて、五感が現実のものへと切り替わっていく。
伸ばした手は当たり前みたいに、何も掴めやしなかった。

――――――・・・・・・
0026スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:24:20.66ID:qwXfwGj9
――――――・・・・・・

スレイブは五体をズタズタになった石畳の上に投げ出したまま目覚めた。
ディザスターの触媒となっていた剣は手から離れて近くの地面に突き刺さっている。
依代を失った嵐雷はテッラの巨樹が全て吸い尽くして、戦場は水を打ったかのように静かだった。

「バアルフォラスは……いなくなった。知性を俺に返して、喋らない魔剣に戻ってしまった」

胸に突き立っていた魔剣は、刀身が半ばから折れて、彼の鎧の上に転がっている。
光の粒子となった切っ先が、ゆっくりと空へと登っていくのが見えた。
スレイブは起き上がる。体中の裂傷に激痛が走るが、不思議と顔を顰める気にはなれなかった。

「バアルからの伝言だ。『ありがとう。相棒をよろしく頼む』と。
 ……はは、何が頼むだ。結局責任のたらい回しじゃないか。何も変わらない。何も解決してやしない」

よろめき、脚を引きずりながら歩き、地面に刺さった剣を抜く。
この激戦を経てなお曇り一つない刀身に映るのは、涙を強引に拭った己の双眸。

「わたしを頼れと、そう言ったなフィリア。全ての悪意ある者から、俺を護ると。
 だが、誰かを護るということは、その者の受難を代わりに身に受けるということだ。
 俺を護るために、君が悪意に晒されることもあるだろう」

スレイブは剣の切っ先を直上へと向け、そして膝をついた。
臣下が王へと剣を捧げる姿勢だった。

「そのときは、君を取り巻く全ての悪意から――虫精の女王よ、俺が君を護ろう。
 君に不幸が降り掛かった時は、俺の実存に賭けて、必ず君を幸せにする」

剣を鞘へと収め、半分になってしまったバアルフォラスを腰に戻す。

「霊樹の導師よ!半魔の冒険者よ!貴方たちの目的が正しいものなのか、俺には判断できない。
 それでも、貴方たちの望む世界が誰かを不幸にするものではないことは、分かる」

面白いものを見るために生きろとティターニアは言った。
シェバトを救うために命を賭けてくれた彼女たちが言うのならば、きっとそれは笑顔になれる何かだろう。
スレイブもそれを見たいと思った。理由なんてそれで十分だ。

「俺は善なる者ではないが、善良な者を支えることならばできる。
 罪滅ぼしなどと言うつもりはない。ただ、善なる者の……貴方たちの傍で共に戦いたい」

頭を下げる。
それは無力な人々に頼られるばかりだったスレイブにとって、おそらく初めて自分の意志でする、懇願だった。

「俺を仲間に入れてくれないか」

・・・・・・――――――
0027スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:25:03.14ID:qwXfwGj9
・・・・・・――――――

<シェバト上空・風竜ウェントゥス内部『玉座の間』>

「ぐむむむむむ……!」

スレイブに渡した指環を通じて一部始終を見ていたウェントゥスは、飴玉を奥歯でバリバリと噛み砕いた。
信じて送り出した刺客が指環の勇者の説得にドハマリしてダブル裏切りかましたことにショックを隠せないでいた。

「うそじゃろ……儂の傀儡がボロ負けした挙句指環ごとあっち側に付きおった……」

傀儡はともかく、風の指環は絶対に取り返さなければならない。
こちらからの魔力の供給をカットできるにしても、あれが手元にない限り新たな刺客を作ることも出来ない。
すなわち、ウェントゥス陣営の現在の戦力は自前の飛竜と風竜ウェントゥス本人だけという状況だ。

「あらぁ……大誤算ねぇ。指環の勇者がここまで四竜三魔と心通わせてたなんてデキる女の目をもってしても見抜けなかったわぁ」

玉座の間に空間の凝りが発生して、メアリがひょいと顔を出すのをウェントゥスは目を剥いて睨みつけた。

「め、メアリーーっ!元はと言えばお主がちゃんと死体を持ってこないからこうゆうことになっとるんじゃろうが!
 なーに他人事みたいに言っとるんじゃお主、『こっちの方が面白いでしょぉ?』とかドヤ顔かましとったくせに!!」

「ごめんなさいねぇ。その件については本当に申し訳ない気持ちでいっぱいよぉ?」

「だったらもちっと悪びれた態度をとらんか!もうぜったい飴やらんからな!!」

「それはいいんだけれどぉ、これからどうするのぉ、ウェントゥス?」

「これから……?うーむ……」

ウェントゥスは腕を組んで唸る。シェバト攻略の道を別に探らなくてはいけないのは確かだ。
しかし、攻め手が失われたいま、簡単に妙案が思いつくならばそもそもここまで膠着した戦況には陥らなかった。

「そうだ、お詫びと言ってはなんだけれどぉ、指環の勇者の暗殺とかして来ようかぁ?」

「えっなにそれ、そんなん出来よるのか?」

「この前殺した私の妹がねぇ、ユグドラシアで指環の勇者となんか仲良くやってたっぽいのよねぇ。
 だから妹の死体を魔導人形にして近付けば良い感じに隙を突けるんじゃないかって今思い付いたのだけれど」

「えぇ……お主そういうこと……えぇ……」

いともたやすく提案されたえげつない行為にウェントゥスはドン引きしていた。
メアリは両手でウェントゥスの顔を掴んで引き寄せる。
0028スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/08/22(火) 21:25:47.98ID:qwXfwGj9
「あらあら?どうして躊躇うのかしらウェントゥス?貴女ヒトのことなんて特に気にしてないんでしょう?
 それとも指環の勇者の戦いを見て、かつての勇者の姿を思い出して、ヒトに絆され始めているとでも言うのぉ?」

メアリは玉座の傍に置いてある袋から飴玉を一つ抜き取って、ウェントゥスの口を無理矢理開けさせてねじ込む。
ウェントゥスはそれを噛み砕いてメアリの腹を蹴った。風を巻いた蹴撃は二人の距離を大きく離す。

「お主何様のつもりじゃメアリ!ヒト風情にここまでの狼藉を赦した憶えはないぞ!!」

対するメアリは蹴りの一撃によって引き裂かれた腹部を撫でながら狂気に染まった笑顔を見せた。
人間体とは言え風竜の一撃を受けた、臓物の溢れるような損傷が、しかし急速に塞がり癒やされていく。

「光の指環の回復魔法……いつの間にそこまで光魔に認められたんじゃお主……!」

「四竜三魔と言えども虚無に呑まれればここまで素直になるのよぉ。
 貴女も自我を保つためにずいぶん抵抗したみたいだけど、そろそろ楽になったらぁ?」

メアリが杖で床を叩くと、風竜の内部にも関わらず異形の蔦が急激に繁茂し、ウェントゥスを絡め取る。
大地と同じく豊穣を司る光の指環の加護を受けた、魔力の蔦だ。

「よさぬか……!儂にはまだ世界の為にやるべきことがあるんじゃ!虚無になど呑まれとうない……!」

「まぁまぁ。後のことはエーテル教団に任せて、おやすみなさぁい……」

同日、シェバト上空に漂う風竜ウェントゥスの巨体が黒く染まっていくのが各所で目撃された。
その色合いが、虚無魔法特有の『色のない黒』であったことに、気付いた者は多くはない。
そしてウェントゥスの周囲を旋回する眷属の飛竜達の体表も、同様の黒で埋め尽くされていた。

それらの状様は、ウェントゥスが真の意味で虚無に呑まれたことを如実に表していた。


【スレイブ撃破。魔剣バアルフォラスは折れ、スレイブは記憶を取り戻す
 黒曜のメアリが再び暗躍。ウェントゥスを虚無に呑む
 シェバト上空の風竜ウェントゥスが虚無の黒へと染まり、眷属の飛竜達も虚無に呑まれる】
0030ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/23(水) 07:35:45.14ID:5xD0FYfx
皆乙だ! 
レス順の件だが皆の都合の良い方で構わないが
フィリア殿は流石にまだ書いたばかりなのでやはり順番をこのまま据え置いて次はジャン殿だろうか
0032ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/08/27(日) 20:48:33.50ID:hv9EAKXo
>「ジャン様。あと五歩だけ。踏ん張って欲しいですの」

「まっかせとけェ!ちょいとばかし痺れるが、どうってこたあねえ!」

スレイブの怒りそのものと言える雷の嵐。
それを全て水流で受け止め、逸らせるほどジャンは魔術に通じていない。
近づくほどに激しくなる雷を前に、水流を発生させるために掲げている右腕の感覚が徐々に薄れていくのをジャンは感じていた。

(右腕の感覚が鈍ってきた、竜の鱗ってのも意外と脆いもんだなアクア!)

『ウェントゥスの雷を受け止めてなお耐えている、というだけで褒めてほしいものだよ。
 それよりもイグニスと合わせるから、今度は爆風に耐えてね』

水流の壁が一瞬にして爆ぜ、文字通りの雷雨に穴を開けた。
炎と水の指環の合わせ技によって開かれた突破口、そこに向けてフィリアが駆け出そうとする。

「……行ってこい!ちゃんとあいつを……励ましてやれよ!」

足場代わりに踏んできた右腕を思い切りスレイブの方に向けてぶん回し、その反動でジャンは後方へと下がった。

>「ジャンはん、フィリアはん、バアルはん、行けーーーーーッ!!」

ティターニアの声援が聞こえる中、ジャンは見た。
ゆっくりとフィリアがバアルフォラスを振り上げ、スレイブに突き刺す瞬間を。
だが、それを最後まで見ることはなかった。直後に降り注いだ雷から身を守るべく
かざした右手から水流の壁が出ることはなく、極度の疲労と電撃による麻痺が
原因だと気づく前に雷にその身を焼かれたからだ。

ティターニアのホーリィグローヴと竜の鱗によってある程度は軽減されていたが、それでも
屈強な肉体を持つジャンを昏倒させるには十分な一撃だった。
0034ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/08/27(日) 20:50:32.72ID:hv9EAKXo
――意識を取り戻したとき、嵐は止み、ジャンは仰向けに倒れていた。
辺りを見回してみれば、スレイブが剣の先端を天へと向け、フィリアへ向け頭を垂れて跪いている。

>「そのときは、君を取り巻く全ての悪意から――虫精の女王よ、俺が君を護ろう。
 君に不幸が降り掛かった時は、俺の実存に賭けて、必ず君を幸せにする」

>「霊樹の導師よ!半魔の冒険者よ!貴方たちの目的が正しいものなのか、俺には判断できない。
 それでも、貴方たちの望む世界が誰かを不幸にするものではないことは、分かる」

「おうともよ!俺たちはみんなで幸せになるんだからな。
 でも半魔ってのはやめてくれねえか、いけ好かない魔族じゃなくて俺はオーク族だからな」

むくりと起き上がり、ジャンと同じくらいボロボロになったスレイブの肩を左手でバシバシと叩く。
親しい友人にするようなそれは、先程まで戦っていたスレイブに対するジャンなりの敬意でもある。

>「俺は善なる者ではないが、善良な者を支えることならばできる。
 罪滅ぼしなどと言うつもりはない。ただ、善なる者の……貴方たちの傍で共に戦いたい」

>「俺を仲間に入れてくれないか」

「……こういう時に、冒険者がなんて言うか知ってるか?
 フィリアやティターニアは知らねえかもしれねえから、俺が代わりに言っておくぜ」

そう言ってジャンは右手を差し出し、握手と共にその口上を言おうとしたところで気づいた。
右腕がだらりと垂れ下がったまま動かないのだ。

「――ティターニア、右腕治してくれねえか。
 電撃浴びておかしくなってるみてえだ」

そうティターニアに頼んだ後、スレイブの方へ再び向き直る。
今度は左手を差し出して、やや不格好な笑顔と共に口を開いた。

「ようこそ、俺たちのパーティーへ!……歓迎するぜ、スレイブ!」
0035ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/28(月) 23:59:49.57ID:wABFqo9b
>「……もう一度言いますの。誰にも、あなたを傷つけさせたりしない。例えあなたがそれを望んでも」
>「わたくしの手も力も、もうあなたに届く。
 そこはもう、わたくしの王国ですの
 今度は拒ませませんの。跳ね除ける事もさせませんの」
>「大人しく、この女王に頭を垂れろですの!」

そして訪れる決着の時。ついにバアルフォラスの刀身がスレイブに届く。
まだ小さき虫の王女だったはずのフィリアは、今ばかりは気高き女王となっていた――

フィリアの盾となって彼女を送り出したジャンが雷にあたり、昏倒する。

「――ジャン殿!」

慌てて駆け寄って様子を見る。
命に別状は無さそうでひとまず安堵していると、暫し気を失っていたスレイブが目覚めて静かに語り始めた。

>「バアルフォラスは……いなくなった。知性を俺に返して、喋らない魔剣に戻ってしまった」
>「バアルからの伝言だ。『ありがとう。相棒をよろしく頼む』と。
 ……はは、何が頼むだ。結局責任のたらい回しじゃないか。何も変わらない。何も解決してやしない」

「そうか……」

>「わたしを頼れと、そう言ったなフィリア。全ての悪意ある者から、俺を護ると。
 だが、誰かを護るということは、その者の受難を代わりに身に受けるということだ。
 俺を護るために、君が悪意に晒されることもあるだろう」
>「そのときは、君を取り巻く全ての悪意から――虫精の女王よ、俺が君を護ろう。
 君に不幸が降り掛かった時は、俺の実存に賭けて、必ず君を幸せにする」

仕えるべき王を見つけた騎士のようにフィリアに膝を突くスレイブ。
ティターニアはその光景を見ながら、ラテの手を取ってぶんぶん上下させていた。

「ラテ殿、そなた、間違ってなかったぞ……!」

『うわぁぁんっ……! 助けて、怖いよぉ、痛いよぉ……お姉さま……マスターっ……!!』
『……ごめんノーキン……ダメかも……もうちょい、頑張れると思ったんだけどなぁ』
『指環の力で……吾輩は……死を打ち砕く……!!』

救えなかった者達のことを一瞬、思い出す。もう少し早く一人目を救えていればラテは精神崩壊せずに済んだのだろうか。
否、過ぎたことを後悔しても詮無きことだ。

「今までたくさん死なせてしまった……やっと、やっと一人だ。されどこれからもっと救ってみせるから見ておれ」

これにて地水火風――四つの指環が揃ったことになる。
反面、光の指環がメアリの手に落ち、虚無の勢力が本格的に動き始めていることを示しているのだった。
今までの戦いは、言わば同じ立場の者達との指環争奪戦だったが、これからの戦いは、良くも悪くも、"世界の敵"を相手取ることになる。
そんな予感がしていた。
良くも悪くも、というのは今までのような葛藤はしなくて済むかもしれないが、間違いなく戦いは段違いに苛烈になるということだ。
0036ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/08/29(火) 00:03:14.84ID:9Cj4NfsP
>「霊樹の導師よ!半魔の冒険者よ!貴方たちの目的が正しいものなのか、俺には判断できない。
 それでも、貴方たちの望む世界が誰かを不幸にするものではないことは、分かる」

「霊樹の導師か、なかなか格好良いな。今度から使わせてもらうとしようか」

照れ隠しのように冗談めかして言うティターニア。

>「俺は善なる者ではないが、善良な者を支えることならばできる。
 罪滅ぼしなどと言うつもりはない。ただ、善なる者の……貴方たちの傍で共に戦いたい」
>「俺を仲間に入れてくれないか」

>「……こういう時に、冒険者がなんて言うか知ってるか?
 フィリアやティターニアは知らねえかもしれねえから、俺が代わりに言っておくぜ」
>「――ティターニア、右腕治してくれねえか。
 電撃浴びておかしくなってるみてえだ」

腕が動かないのは由々しき事態だが、その流れに不謹慎ながらも笑ってしまう。
ティターニアは本職は学者なので、冒険者の流儀は本職の冒険者に任せておくことにした。

>「ようこそ、俺たちのパーティーへ!……歓迎するぜ、スレイブ!」

笑顔で左腕を差し出すジャン。

「そんなに畏まらずとも断らぬわ。断ったらバアル殿に怒られてしまうからな。
どれ、右腕を見せてみるのだ。――ヒーリング」

ティターニアはそう事もなげに言いながら、ジャンの右腕の治療を始める。

「それと……バアル殿はいなくなってはおらぬぞ。あやつはそなたの心から生まれたのだろう?
ならばそこに、おるではないか――」

そう言って、スレイブの胸を示すのだった。
しかしここでティターニアは、現実的な問題を思い出してしまう。

「しかしそなた、ジュリアン殿の近衛騎士ではなかったか!? そなた程の逸材、簡単に手放してくれるだろうか」

「そいつの面倒はもうこりごりだ――勝手にしろ」

声の主は、いつの間にか帰ってきていたジュリアンだった。おそらく戦闘中は街や人民に被害が出ないように奔走していたのだろう。
ティターニアには、その声がほんの少しだけ寂しそうに聞こえたが、そこには突っ込まずに

「そうか、感謝するぞ」

とだけ答えた。こうして拍子抜けするほどあっさりと許可は出たのであった。
0037 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:26:39.15ID:FL5ikVIR
>「これは……蜘蛛の脚……!?」

わたくしは、賭けに勝った。
スレイブ様の体がわたくしの方へと引き寄せられ……バアル君の剣身がその胸へと突き刺さる。
……この小さな女王に、わたくしに出来る事はもうない。
後の事はバアル君、あなたにお任せしますの。
そしてわたくしはバアル君の柄から手を離す。

胸に刃を貫かれたスレイブ様は暫しそのまま立ち尽くし……
ふと、糸の切れた人形のように後ろに倒れ込みましたの。
わたくしも……もう、足に力が入らない。立っていられませんの。
それでもスレイブ様から視線は逸らさないように、へたりとその場に尻餅をつく。

そして……不意に、ぱきん、と音が響いた。
それが何を意味する音なのか、わたくしには分かっていましたの。
そうなるかもしれないと思っていた音。だけど……それでも聞きたくなかった音。
スレイブ様の胸に突き立てたバアル君が……その半ばから折れた音でしたの。

>「バアルフォラスは……いなくなった。知性を俺に返して、喋らない魔剣に戻ってしまった」

……スレイブ様が仰向けに倒れたまま、声を発した。
やっぱり、ですの。
バアル君には……こうなる事が、分かってたんだ。

彼は誰よりもスレイブ様の事を思ってましたの。
叶うなら、これから先もきっと、彼を助けていきたいと思ってたに違いありませんの。
それでもこうなったのなら……わがままなわたくしにだって分かりますの。
こうするしかなかったんだって。
……だけどそれでも、悲しいものは、悲しいですの。

>「バアルからの伝言だ。『ありがとう。相棒をよろしく頼む』と。
  ……はは、何が頼むだ。結局責任のたらい回しじゃないか。何も変わらない。何も解決してやしない」

泣きたくてたまらないけど……我慢しますの。
一番辛いのは、わたくしじゃないから。
それに、悲しいけど……悲しいだけじゃ、ないから。
なのにわたくしが悲しくて泣いちゃったら……スレイブ様に悪いですの。

「いいえ、ですの。少なくとも、あなたが帰ってきてくれた」

……と、立ち上がったスレイブ様が、地面に刺さった剣を引き抜く。
その剣身を、そこに映った自分のお顔を検めてから、わたくしを見下ろす。

>「わたしを頼れと、そう言ったなフィリア。全ての悪意ある者から、俺を護ると。
  だが、誰かを護るということは、その者の受難を代わりに身に受けるということだ。
  俺を護るために、君が悪意に晒されることもあるだろう」

そして剣を眼前に構え、その切っ先を天へと向けて、わたくしの前に跪いた。
……その仕草が何を意味するのか、実はわたくしは分かりませんの。
だってわたくし、虫さんですもの。
だけど……彼がわたくしに何を伝えたいのかは、もう分かる。

>「そのときは、君を取り巻く全ての悪意から――虫精の女王よ、俺が君を護ろう。
  君に不幸が降り掛かった時は、俺の実存に賭けて、必ず君を幸せにする」

両足に力を込めて、立ち上がる。
わたくしは、誰が見たってちっぽけだけど。
それでも背筋をぴんと伸ばして……精一杯、格好を付ける。
わたくしを王と呼んでくれる事が、この心優しい剣士の恥にならないように。
0038 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:27:00.00ID:FL5ikVIR
「あなたがそう言ってくれて……わたくし、すっごく嬉しいですの」

だけど……どうしても顔がへにゃりと緩んでしまうのだけは、見逃して欲しいですの。
……なんだか気恥ずかしくなって、わたくしはジャン様とティターニア様へ視線を逸らす。
スレイブ様も、お二人に言いたい事があるはずですの。
0039 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:27:33.37ID:FL5ikVIR
>「霊樹の導師よ!半魔の冒険者よ!貴方たちの目的が正しいものなのか、俺には判断できない。
  それでも、貴方たちの望む世界が誰かを不幸にするものではないことは、分かる」
>「俺は善なる者ではないが、善良な者を支えることならばできる。
  罪滅ぼしなどと言うつもりはない。ただ、善なる者の……貴方たちの傍で共に戦いたい」
>「俺を仲間に入れてくれないか」

>「おうともよ!俺たちはみんなで幸せになるんだからな。
  でも半魔ってのはやめてくれねえか、いけ好かない魔族じゃなくて俺はオーク族だからな」

スレイブ様の願いを受けて……ジャン様が立ち上がって、彼に歩み寄る。
そしてその肩を軽く……多分ジャン様にとっては軽く叩く。

>「……こういう時に、冒険者がなんて言うか知ってるか?
  フィリアやティターニアは知らねえかもしれねえから、俺が代わりに言っておくぜ」

ふふん、それはどうかな?ですの。
この戦いを経て大きく成長した今のわたくしならもう、ヒト同士の受け答えだって……

>「――ティターニア、右腕治してくれねえか。
 電撃浴びておかしくなってるみてえだ」

……えっ、なんかすっごくついでみたいな感じで……えっ?
腕が動かないのってそんな軽い事……じゃないよね?
わたくしがおかしいんですの?

>「ようこそ、俺たちのパーティーへ!……歓迎するぜ、スレイブ!」
>「そんなに畏まらずとも断らぬわ。断ったらバアル殿に怒られてしまうからな。
  どれ、右腕を見せてみるのだ。――ヒーリング」

ティターニア様もわりと大した事なさそうに治療してるし……。

>「それと……バアル殿はいなくなってはおらぬぞ。あやつはそなたの心から生まれたのだろう?
  ならばそこに、おるではないか――」

あっ!わたくしが戸惑ってる間にティターニア様がなんかいい感じの事を!
む、むむむ……やっぱりわたくし、まだまだ勉強が足りないみたいですの……。

>「しかしそなた、ジュリアン殿の近衛騎士ではなかったか!? そなた程の逸材、簡単に手放してくれるだろうか」

「あっ、そう言えば……」

>「そいつの面倒はもうこりごりだ――勝手にしろ」

噂をすれば影……って言うんでしたっけ?こういうの、ですの。
街と住人の防護に回ってくれていたジュリアン様が帰ってきましたの。
……やっぱりわたくしはまだまだ勉強不足で、こういう時になんて言えばいいのか分かりませんの。

>「そうか、感謝するぞ」

ティターニア様は手短にそう答えましたの。
それは多分、一つの正解で。だけど……そうじゃない正解もあるはずですの。
わたくしの中の正解は何なのか。

「……えっと、その」

分からないけど……試してみないと、ずっと分からないままですの。

「近衛騎士じゃなくなっても、お友達でいる事は出来ますの……なーんて?」

だから試しにそう言ってみたら……ひぃ!めちゃくちゃ冷ややかな眼で睨まれましたの!
0040 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:27:52.86ID:FL5ikVIR
た、助けて近衛騎士さま!お役目ですの!
ていうか今気づいたけど、試しにで練習する相手としてジュリアン様は多分かなり不適切でしたの……。

『まったく、何をしているんだ君は……』

指環から淡い光が明滅して、イグニス様の呆れた声が聞こえてきましたの。
0041 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:28:50.61ID:FL5ikVIR
『……それで?いつまでそこでだんまりを決め込んでいるんだ?』

「……なんの事ですの?」

『炎は揺らぎ、見えざる風の歩みを暴く。
 ……そこにいるんだろう、ウェントゥス』

瞬間、スレイブ様の左手……風の指環から一陣の風が渦を巻いた。
魔力を帯びた風は次第に目に見える形と色を得て……幻を描き出す。
ウェントゥスの幻体を。

「……って、あれ?なんだかちっちゃくなってますの」

現れた幻体はさっきの戦闘中に見た幻よりも随分と小さくて、
わたくしと殆ど背丈に違いがありませんの。

『……あー、その、なんじゃ』

ウェントゥスはなんだか歯切れ悪く呟いて、

『すまん。儂、虚無に呑まれてしもうた……』

数秒の間を置いてから、そう続けた。
……わたくしがその意味を理解しかねている内に、ジュリアン様が静かに空を見上げる。
わたくしも慌ててそれに倣うと……嵐の防壁の向こう側に見える竜の巨体が、黒に染まっているのが見えた。

……だけど、あんなに気味の悪い黒色、見た事ありませんの。

『で、でもな、ここにいる儂は違うんじゃぞ!
 虚無に完全に呑まれる前に、風に乗せて儂の一部をこっちに逃したんじゃ!』

ジュリアン様が幻体に手をかざすと、ウェントゥス様は慌てて声を上げた。

「……風。流れ、繋ぎ止める事の叶わないもの。
 その力を司る風竜なら、そういう事が出来てもおかしくはないか」

ジュリアン様が小さく呟き、手を下ろす。

「だが結局、お前もあの教団に良いようにしてやられた訳だ。
 ……策士面で俺を小間使い扱いして、あちこち走り回らせるのは楽しかったか?」

『う、うぅ……お主氷使いじゃろ……そんなジメジメした聞き方……
 いえ、すみません、なんでもないです……反省しとるからそんな眼で儂を見るな……』

「……その、エーテル教団?って、そんなに強い人がいるんですの?
 風竜ウェントゥスを……こんな短い間に、倒してしまえるなんて」

べ、別にビビってなんかいませんの!
でも……その強さが、想像出来ないんですの。
指環の力を、不完全に与えられたスレイブ様でさえ、あんなにも苦戦させられたのに。

『……そうじゃない。いかに虚無の使徒と言えど、ただ戦えば妾達に分があるさ。
 だから、そうじゃなくて……妾達が弱いんだ。虚無という属性、その概念に』

イグニス様はそれから一呼吸の間を置いて、続ける。
0042 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:29:20.73ID:FL5ikVIR
『……妾達は皆、一度全てを失っているからね。
 いや……ウェントゥスは、このシェバトだけは守り抜けたか。
 とにかく、わざわざ口に出しては言わないけど……皆、心の何処かに、こんな思いを仕舞い込んでいる』

再び置かれた間隙は……最初のものよりもずっと長い。
長く、感じましたの。
0043 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:30:07.77ID:FL5ikVIR
『あんな事にならなければ、祖竜様が乱心されなければ……。
 そのあり得たかもしれない、だが決して「あり得ない」空想は、まさしく虚無だ。
 だからお前も……そんな小さな形でしか、自分を逃せなかった。だろう?ウェントゥス』

ウェントゥス……様は、俯いたまま口を開く。

『……のう、イグニス。お主、祖竜様が乱心された理由は分かるか?』

『……いや』

不意の問いかけに、イグニス様は僅かな戸惑いと共にそう答える。

『儂には分かる。分かったんじゃ。儂らは祖竜様に創られた。王の座と治めるべき世界を与えられた。
 あの時は、与えられるばかりじゃった。だから何も分からなんだ。
 だが全てを失って……儂は虚無に歩み寄った。そして気づいたんじゃ。祖竜様もきっと、そうだったと』

『……だが、あの方はずっと妾達に言っていた。虚無に呑まれるな、と』

『未来に怯える者だけが、警句を唱える事が出来る……。
 まぁ、信じても、信じずとも構わん。今更確かめようもない事じゃ。
 ただ儂は……儂が思う、祖竜様のしようとした事を、今度こそ実現しようと思った。祖龍様よりも上手くな』

「……話が回りくどいのは竜が長命の種だからか?
 それともお前が年寄りだからか、ウェントゥス?
 エーテル教団の目的を、例え可能性だとしても語れるのなら、さっさとしろ」

ジュリアン様がやや辟易とした様子で、ウェントゥス様を急かす。

『……エーテルの属性は、虚無と共に、全を司る。それらは正反対の性質であるはずなのに。
 何故だか分かるか?……いや、すぐに本題に入るから、ちょっとくらい待って……。
 虚無は全てを呑み込む。故に虚無は喪失そのものであり……同時に喪失されたものを、内包する』

ウェントゥス様の視線がティターニア様を見上げる。
一対の碧眼はティターニア様を見つめていながら……遥か昔の、思い出を望んでいるようにも見えますの。

『ならばこの世界を虚無で塗り潰せば、世界を虚無で包み込めば……』

「……虚無の中に、世界を移住させるとでも言うつもりか?
 馬鹿な。確かめようのない机上の空論だ……」

『だが、理には適ってもいる……じゃろ?その世界には、全てがある。
 虚無に呑まれたこの世界も、この世界で失われたもの達も。
 かつて祖竜様によって滅んだ我らの世界も……その更に前に存在した、エーテリアル世界とやらも』

……あれ?それがもしも本当なら、もしかして結構住みよい世界ですの?
そりゃ確証もなしに世界を滅ぼされても困るけど、その辺の事をちゃんと確かめれば……。

『趣味が悪いぞ、ウェントゥス。例え全てがそこにあっても、確実に、存在しないものがあるだろう』

「……えっ、それって一体、なんなんですの?」

「虚無が例え全を内包していようとも、それらは全て「終わった」ものだ。
 ……つまりそこに、未来はない。ふん、とんだ楽園だな」

……一瞬でも、住みよいかもなんて思っちゃったのが間違いでしたの。
だけど……きっと、そこまで分かってても、住みよいと思うヒトは……いるんですの。
少なくとも一人は……その世界をずっと目指し続けてるんだから。
0044 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:30:33.03ID:FL5ikVIR
 


「……ウェントゥス。虚無に呑まれた方のお前が上空から消えたぞ。何か分かるか?」

それから暫くして、ジュリアン様が再びウェントゥス様に問いかけた。
0045 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/01(金) 19:33:07.33ID:FL5ikVIR
『……多分、諦めたんじゃろ。いや、後回しにしたと言うべきか。
 儂はな、実はこのシェバトにすごく愛着があるんじゃ。
 だからこそ、後回しにした。その方が……虚無的、じゃろう?』

「……理解出来んな。だが好都合だ。いつまでもこの街の防衛に留まり続ける訳にはいかないからな」

『そうは言うがお主、次の指環の当てがあるのか?』

「ある。正確には、当ての当てになるが」

「……どういう事ですの?」

「エーテル教団には後援者がいた。お前達も知っているだろう、ソルタレクの冒険者ギルドだ。
 ……奴らがアスガルドに攻め込んできた時には既に、逆に教団に呑まれていたようだが。
 知っているか?ハイランドの首府ソルタレクは……今では住民の殆どが教団の信徒となっている」

……なんだか話がきな臭くなってきましたの。

「……だが奴らが信徒を増やす理由はなんだ?奴らにありがちな無意味な享楽か?
 その可能性も否定は出来ないが……そうでないのなら、何か意味がある」

……こういう会話になってくると、わたくし何も喋れないのがちょっと悲しいですの。

「ヒトでも竜でも、あらゆる知性ある者が抱く虚無とは、つまり、全の片鱗……欠落の具現だ。
 ならばその欠片を掻き集めれば……中には、何か奴らに都合の良い力が見つかるかもしれない。
 ティターニア、俺やお前ですら見た事のない体系の魔術が、生じるかもしれないな」

ジュリアン様の視線が一瞬、ティターニア様の手元、大地の指環へと落ちて、
それからすぐにまたティターニア様へと向き直る。
……わたくしがまだ合流する前に、あった事のお話をしてますの?
テッラ洞窟でしたっけ……少しだけ話は聞かせてもらったけど……。

「それが当ての当てだ。奴らの当てを奪うか。或いは奴らの持つ指環を奪えれば好都合……。
 だが……ソルタレクは敵の総本山だ。最悪、街一つそのものを相手取る事になる。
 気後れするようなら、他の手を考えてやってもいいが」



【虚無とかウェントゥスとかソルタレクとかはぜーんぶただの思いつきですの!
 なんかこんなの面白そう!って感じでごちゃーっと書いちゃいましたの】
0047スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/02(土) 22:37:54.96ID:sEikE0Ab
>「……こういう時に、冒険者がなんて言うか知ってるか?
 フィリアやティターニアは知らねえかもしれねえから、俺が代わりに言っておくぜ」
>「――ティターニア、右腕治してくれねえか。電撃浴びておかしくなってるみてえだ」

スレイブの懇願にジャンは握手で応えようとして、そこでようやく右腕の不調に気付いたようだった。
無理もない。フィリアを護るためにディザスターの雷撃を水流越しに引き受けたのだ。
硬質な竜の甲殻は殆どはじけ飛び、その下の肉が灼け裂けて流血している。
こんな状態で平然としていられる頑丈さというか気概の強さには脱帽するほかない。

「……悪かった」

ばつが悪そうにするスレイブに、ジャンは然程気にもしていないといった風に無事な方の手を差し出す。
破顔したハーフオークの人相は、晴れやかなほどの親しみに満ちていた。

>「ようこそ、俺たちのパーティーへ!……歓迎するぜ、スレイブ!」

「………………」

スレイブは握手に応えようと鎧の篭手を脱いで、同様に裂傷の刻まれた自分の手を見た。
この手を染めるのはきっと、己の血だけではない。
これまで彼が戦い、命を奪ってきた者達の、怨嗟と絶望に塗れている。
咎人の腕でジャンの手を握ることに一抹の逡巡を憶えて……しかし彼はためらうのをやめた。
分厚く大きな戦士の手を、負けないくらい強く握り返す。

「歓迎に感謝する、ジャン」

――この手が罪で溢れているのなら、その罪も一緒に彼らに支えてもらおう。
仲間とは、そうであっても良いはずだ。

>「それと……バアル殿はいなくなってはおらぬぞ。あやつはそなたの心から生まれたのだろう?
 ならばそこに、おるではないか――」

ジャンの右腕を治療していたティターニアが、スレイブの胸を指し示した。
バアルフォラスはスレイブの心の中で生き続けている。陳腐なものの例えなどではない。
言葉を交わすことは出来なくなっても、間違いなく魔剣の意志はここに残されているのだ。

「そうだな……。ここにいるあいつに笑われないように、恥じないように、生きてみせるさ」

かつての相棒が、存在を賭してまで拓いてくれた人生なのだから。
と、良い感じのことを言っていたティターニアがふと何かに気付いたように呟いた。

>「しかしそなた、ジュリアン殿の近衛騎士ではなかったか!? そなた程の逸材、簡単に手放してくれるだろうか」
>「あっ、そう言えば……」

スレイブが何か言うよりも早く、事後処理を済ませたジュリアンが帰ってきた。

>「そいつの面倒はもうこりごりだ――勝手にしろ」

「……ジュリアン様」

一体どこから話を聞いていたのか、ジュリアンはスレイブの方を見もせずに部下の放蕩を了承した。
冷酷にも思える言葉と態度だが、しかし声だけにはいつもの揶揄するような気配がないことをスレイブは理解していた。

>「……えっと、その」

フィリアがおずおずといった様子で声を上げる。

>「近衛騎士じゃなくなっても、お友達でいる事は出来ますの……なーんて?」

女王の凄まじく微妙なフォローにジュリアンは半目で一瞥した。
0048スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/02(土) 22:38:20.39ID:sEikE0Ab
氷点下もかくやの視線に晒されたフィリアが小さく悲鳴を上げてスレイブの後ろに隠れる。
愛すべき女王の痴態にどう反応して良いやら分からなくなったスレイブは、ジュリアンの方へと一歩踏み出した。

「ジュリアン――クロウリー卿。今日この日まで俺の後見を務めて下さったこと、深く感謝致します。
 貴方がバアルフォラスと出逢わせてくれたおかげで、俺は死に囚われずにいられた」

ダーマの宮廷で初めてジュリアンと会った時のことを思い出す。
余所者に敵愾心を隠さず剣を向けたこともあった。
返り討ちにされ、とどめを請うスレイブに、異国の魔導師は王家に掛け合って己の部下とすることで助けてくれた。

「この御恩には必ず、指環を集めることで報います。それまで暫し、暇をいただきます」

決別を宣する部下の言葉を、上司は鼻で笑った。

「勘違いするなよ、面倒を見るのは終わりだと言ったんだ。恩に報いると言うのなら俺の為に働け。
 お前は俺の部下として、指環の勇者共の旅を間近で監視するんだ。王家筋には俺が適当に口裏を合わせておいてやる」

スレイブは元々、帝国から亡命してきたジュリアンのお目付け役としてダーマが用意した人員だった。
扱いの上では今でも宮廷魔導師の近衛騎士だ。指環の勇者達への同行はジュリアンの指示での出向となる。
そのあたりの業務的な上意下達を王家側と掛け合ってくれるのだろう。
露悪的な口ぶりとは裏腹に、厄介な折衝とお膳立てを引き受けてくれるも同然であった。

「…………御意に」

偽悪者と言うより単に素直じゃないだけの人みたいになっているジュリアンに、スレイブは深々と頭を下げた。
それだけで、上司と部下の間に十分真意は伝わった。

>『……それで?いつまでそこでだんまりを決め込んでいるんだ?』

背後でまごまごしていたフィリアの指先から、呆れ返ったようなイグニスの声が聞こえた。
何のことかと問う女王に、炎の指環は輝きで答える。

>『炎は揺らぎ、見えざる風の歩みを暴く。……そこにいるんだろう、ウェントゥス』

言葉を呼び水とするかのように、スレイブの指環から弱々しく旋風が奔った。
ディザスターを経験した身からすればそよ風にも等しい竜巻は、やがて一つの形をつくる。
小さな少女のかたち。ウェントゥスだった。

「…………!」

刹那、スレイブとジュリアンが同時に剣と杖を構える。
刃と魔力の切っ先が交差するその先で、ウェントゥスはばつが悪そうに俯いていた。
戦闘態勢に入った騎士と魔導師とは逆に、ウェントゥス自身に戦意は見られなかった。
先刻まで指環を通じて現出していた幻体よりも小さい。そして風竜の威圧感も失せている。

>『……あー、その、なんじゃ』
>『すまん。儂、虚無に呑まれてしもうた……』

「…………なんだと?」

見上げれば、シェバト上空に浮かぶ風竜ウェントゥスの巨体が黒に染まっていくのが見えた。
あの色には見覚えがある。メアリが用いる魔法陣の黒。虚無の漆黒だ。

>『で、でもな、ここにいる儂は違うんじゃぞ!
 虚無に完全に呑まれる前に、風に乗せて儂の一部をこっちに逃したんじゃ!』

どの面下げて出てきたつもりなのか、ウェントゥスは口早に起こったことを説明した。
スレイブを拉致したあのエーテル教団のメアリとか言う女にウェントゥスは力の大部分を奪われ、
こうして僅かな正気の部分だけを切り離して逃げ延びることしか出来なかったと言う。
0050スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/02(土) 22:39:02.81ID:sEikE0Ab
>「……その、エーテル教団?って、そんなに強い人がいるんですの?
 風竜ウェントゥスを……こんな短い間に、倒してしまえるなんて」

「奴は……メアリは、光の指環を使いこなしていた。最も、ウェントゥスが倒された要因は他にもあるようだが」

イグニスが言うには、エーテル教団には心ある者ならば誰もが持ち得る虚無を操る術がある。
スレイブが容易く洗脳されたように。『虚無に呑まれる』とは、心の内側から在り様を捻じ曲げられることに近い。
長命ゆえに、歴史と記憶が同義である四竜三魔はその心に持つ虚無の量も文字通り桁違いと言うことだろう。

いずれにせよ、ウェントゥスは共謀していたはずのエーテル教団に裏切られた形になる。
そして共謀していたのならば、教団の目的を片鱗でも知り得たはずだ。
ジュリアンの苛立ちを隠さない追求にビビりながら、ウェントゥスは憶測を語った。

>「……虚無の中に、世界を移住させるとでも言うつもりか?馬鹿な。確かめようのない机上の空論だ……」

エーテル教団の目指す場所。
それは、『今在るもの』と『失われたもの』とが混在する新しい世界の創生。
有と無の垣根を破壊すること――。

傍から見れば、それは死んでしまった者とも再び会うことのできる理想郷なのかもしれない。
だが耳障りの良い理屈の裏には、取り返しのつかない影もまた存在する。

>「虚無が例え全を内包していようとも、それらは全て「終わった」ものだ。
 ……つまりそこに、未来はない。ふん、とんだ楽園だな」

「……俺には冥界論を信じる連中の戯言にしか聞こえません」

冥界――あの世がもしもあるのならば、現世の皆でそこに移住して穏やかに暮らすというのはなるほど理想かもしれない。
全員が死んでいるのなら、それ以上の別離などないのだから。
しかし教団の標榜する理想は、結局のところ何の確証もない妄想に過ぎない。
誰が提唱したのかは知らないが、そんなものに何人もの人間が携わっている事実に狂気を感じる。
カリスマの求心力の為せる業か、それとも。

戦慄を憶えているスレイブとは裏腹に、ジュリアンは既に先を見据えつつあるようだった。

>「……ウェントゥス。虚無に呑まれた方のお前が上空から消えたぞ。何か分かるか?」

言われて見上げれば、シェバトの空を漂っていた風竜ウェントゥスの姿がない。
叩き付ける暴風のような魔力も感じず、あの巨体を魔術で隠蔽し切れるとは思えない。
幻体の方のウェントゥスは、虚無に呑まれた本体が一時撤退していったと言う。

>「……理解出来んな。だが好都合だ。いつまでもこの街の防衛に留まり続ける訳にはいかないからな」

ジュリアンには腹案があるようだった。
次の指環――光の指環を擁するエーテル教団は、ハイランド連邦の首府ソルタレクに根を張っている。
ソルタレクへ行けば何かしらの手掛かりが――上手く行けば光の指環そのものと相対できるかもしれない。

>「それが当ての当てだ。奴らの当てを奪うか。或いは奴らの持つ指環を奪えれば好都合……。
 だが……ソルタレクは敵の総本山だ。最悪、街一つそのものを相手取る事になる。
 気後れするようなら、他の手を考えてやってもいいが」

上司の言を受けて、スレイブは思案を声に出した。

「……ソルタレクに行くなら、市内への侵入をエーテル教団の連中に気取られるのはまずい。
 道中は転移魔法も飛空艇も使えない、海路と陸路での旅になるぞ」

メアリがシェバトに来ていた以上、こちらが巡航飛空艇を所有していることは敵方にも知れているだろう。
当然、警戒するはずだ。同様に転移魔法も検知網を張られている公算が高い。
0051スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/02(土) 22:43:22.05ID:sEikE0Ab
「城壁山脈を空路以外で抜けるには、徒歩で山越えするか、峡谷の底を船で下って海峡まで出るかのいずれかだ。
 ……ウェントゥス大平原を横断することも含めて、かなり過酷な道程になる」

暗黒大陸は魔族の跳梁跋扈する文字通り暗黒の領域だ。
ヒトがシェバトという限られた土地に引き篭もらざるを得ないのは、単純にそれ以外の場所が危険極まりないからである。
スレイブはティターニアとジャンに水を向けて問うた。

「指針を決めてくれ。ハイランドへ戻るか、ダーマに留まって残りの指環の探索を続けるか。
 いずれを選ぶにしても、俺は貴方たちを全力で護る」

指環の勇者達が今後の方針を決定した直後、通りの方からケツァクウァトルの幻体がこちらへ走ってきた。

『ジュリアン!こちらに居ましたか!……ああ、スレイブ、元に戻ったのですね、良かった……』

ジュリアンと共に民衆の誘導にあたっていたケツァクウァトルは、人心地ついたとばかりに胸を撫で下ろす。

『上空の風竜が消えました。一体何があったので――ウェントゥス!?何故貴女がここに!』

『うっ…………』

いつの間にかフィリアと一緒にスレイブの背後に隠れていたウェントゥスの姿を、ケツァクウァトルは目敏く発見する。
ウェントゥスは凄まじい勢いで目を泳がせて、しかし何も語らない.
代わりにスレイブが質問に答えてやった。

「エーテル教団に風竜としての力の殆どを乗っ取られて、僅かな正気の部分を指環に退避させたらしい」

『なんてこと……それではウェントゥス、貴女は手引きしていた相手に裏切られて、
 力を奪われた挙句にさんざん敵対していた指環の勇者に助けを求めたと?
 ヒトなんかに頼りたくないって自分から虚無に迎合して、シェバトを封鎖しておきながら?』

『ま、まぁ……事実だけを抜き出せば……そうなるかの……いやでもあのな、これには色々と深淵なる事情がの、』

『プライドとかないんですか貴女』

『ぐわあああああ!!!』

痛いところを突かれたウェントゥスはのたうち回って爆発四散した。
幻体なのでそのうち元に戻るだろう。
ケツァクウァトルは頭痛を堪えるかのように頭を振って、やがて何かに気がついた。
上空を占有していた風竜と、空を覆い尽くさんばかりの眷属たちは、全て去っていった。

『ということは、シェバトは……』

幻体であるにも関わらず、ケツァクウァトルの双眸に水気が生じるような感覚があった。
声が震えるほどに心を揺さぶられているのは、きっと悪いことではない。
誰よりもこの街を案じ、人々を愛し、護り続けてきたのが彼女だった。
こらえきれなくなったように、ケツァクウァトルは空を仰ぐ。


「……ああ」

シェバトで暮らすうちに随分と人間臭くなってしまった守護聖獣に苦笑しながら、スレイブも同じ空を見上げた。
遮るもの一つない、かつてと同じシェバトの空が、今ここに取り戻されたのだ。

「シェバトは解放された」


【行動指針を問う。シェバト解放……ってことで良いんだよな?良いってことにしとくぜ!】
0052ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/06(水) 20:52:51.90ID:MURyPTvT
>「そんなに畏まらずとも断らぬわ。断ったらバアル殿に怒られてしまうからな。
どれ、右腕を見せてみるのだ。――ヒーリング」

「おお、ありがとよ。あの雷、爺ちゃんの蹴りぐらい痛かったからぶっ倒れちまったぜ」

そう言って徐々に動くようになっていく右腕の感触を確かめるように、手を握ったり開いたりし始めた。
オークの種族的特徴としてよく言われるのは魔術に弱く、魔術が使えないという特徴だが、
同時にこれは強化や治療の魔術もよく効くということを意味している。

オークの身体には魔力に対する抵抗が少なく、魔力によって生じる様々な現象を直に受けてしまいやすい。
そのため敵に魔術師がいれば頑強な肉体も意味を成さないが、味方に魔術師がいれば一騎当千となりうるのだ。

>「そいつの面倒はもうこりごりだ――勝手にしろ」

「おう、ちょいとばかし仲間になってもらうぜ」

あの雷と嵐が吹き荒れる中、ジュリアンは住民たちの保護に奔走したのか
ジャンは少しジュリアンの息が荒くなっているように思えた。

そのせいか、フィリアの冗談にやや荒い対応をしたようだが
皮肉の一つも言わない辺りまだ上機嫌なのかもしれない。

>『……それで?いつまでそこでだんまりを決め込んでいるんだ?』
>『炎は揺らぎ、見えざる風の歩みを暴く。
 ……そこにいるんだろう、ウェントゥス』

全てが無事に終わったとジャンが思った瞬間、状況は一変する。
イグニスの声が辺りに響くと同時に、風が辺りを吹き抜けた。
先程の嵐に比べればそよ風程度のそれは、やがて収束し小さな少女を形作る。

>『……あー、その、なんじゃ』
>『すまん。儂、虚無に呑まれてしもうた……』
0054ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/06(水) 20:53:40.94ID:MURyPTvT
空を見れば、上空に君臨する巨竜ウェントゥスが黒く染め上げられ動きを止めているのがはっきりと分かる。
そして少女のウェントゥスが語り始めるのは、虚無とエーテル教団、祖竜の話。
ジュリアンがさらに語るところによれば、ソルタレクはエーテル教団の支配下にあり、
街そのものが敵と言ってもいいほどだと言う。

>「……ソルタレクに行くなら、市内への侵入をエーテル教団の連中に気取られるのはまずい。
 道中は転移魔法も飛空艇も使えない、海路と陸路での旅になるぞ」

>「城壁山脈を空路以外で抜けるには、徒歩で山越えするか、峡谷の底を船で下って海峡まで出るかのいずれかだ。
 ……ウェントゥス大平原を横断することも含めて、かなり過酷な道程になる」

「大平原はケンタウロスとゴブリンたちがうろついてっからなあ、
 あいつら警戒して歩いてたら夜も昼も眠れねえぞ、本気でな」

一人で旅をしていた頃を思い出し、ジャンは珍しく小さく震えた。
旅人が焚火をしていれば警戒するのではなく、むしろ獲物がいるとしか思わない生き物しか
ウェントゥス大平原では生き残れないのだ。

>「指針を決めてくれ。ハイランドへ戻るか、ダーマに留まって残りの指環の探索を続けるか。
 いずれを選ぶにしても、俺は貴方たちを全力で護る」

「それなんだけどよ……判断するには知ってることが少ないと思わねえか?
 だから提案があるんだ。ここから西に行った辺りに確か、ダーマ中の街道が集まるでかい街がある。
 キアスムスって街なんだけどよ、ここなら色んな港町への馬車も出てるしあいつらの目をくらませやすいと思うぜ」

珍しく一歩踏みとどまるような提案を述べたあと、ジャンはややばつが悪そうに、
だが思い切ったように再び喋り始めた。

「……いや、やっぱり本当のこと言うぜ。
 キアスムスの近くに俺の故郷があるんだ。一度帰って父ちゃんたちに旅の話をしておきたい。
 あの火山に行ってから、ずっと手紙を出してなかったからよ……安心させてやりたいんだ」

そう言って、ジャンは故郷があるのだろう方角を眺める。
今や雲一つない青空となっているその下にあるものを想像してか、陽気ないつもの顔ではなく穏やかな顔だ。


【完全に自分のワガママです。
 フィリアさんに乗っかる形で申し訳ないですが……】
0056ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/07(木) 23:11:18.85ID:yvP+GPbq
ジュリアンは見れば見るほど素直じゃないいい奴――分かりやすく言えばツンデレであった。
そこにミニウェントゥスが現れ、自らの本体が虚無に呑まれてしまったと告げる。
そして語られるエーテル教団の目的の一端――

>「虚無が例え全を内包していようとも、それらは全て「終わった」ものだ。
 ……つまりそこに、未来はない。ふん、とんだ楽園だな」
>「……俺には冥界論を信じる連中の戯言にしか聞こえません」

ジュリアンの言う事も尤もだがそれ以前の問題で、スレイブの言うように
それ自体皆を騙して引き入れるための真っ赤な嘘で、真の目的は他にある可能性も否定できない。
続いて話題は次の目的地の話へ。
ジュリアンは目的地の候補として、今や教団に支配されたハイランドの首府ソルタレクを提示した。

>「それが当ての当てだ。奴らの当てを奪うか。或いは奴らの持つ指環を奪えれば好都合……。
 だが……ソルタレクは敵の総本山だ。最悪、街一つそのものを相手取る事になる。
 気後れするようなら、他の手を考えてやってもいいが」

場所自体の危険性のみならず、行き方の問題もあるようだ。

>「……ソルタレクに行くなら、市内への侵入をエーテル教団の連中に気取られるのはまずい。
 道中は転移魔法も飛空艇も使えない、海路と陸路での旅になるぞ」
>「城壁山脈を空路以外で抜けるには、徒歩で山越えするか、峡谷の底を船で下って海峡まで出るかのいずれかだ。
 ……ウェントゥス大平原を横断することも含めて、かなり過酷な道程になる」

「過酷な上にかなりの日数もかかりそうだな。
えっちらおっちら向かっておる間に事が終わってました、なんてことにならぬか」

>「指針を決めてくれ。ハイランドへ戻るか、ダーマに留まって残りの指環の探索を続けるか。
 いずれを選ぶにしても、俺は貴方たちを全力で護る」

「光の指環を持つメアリと対決するなら闇の指環を先に手に入れた方が有利になるであろう。
移動においても闇の力で奴らの目から逃れることも出来そうだ。
……とはいえどこにあるかが分かっていれば苦労はしないわけだが」

「闇の竜テネブラエか――。
しかし四大の竜とは違い現在の地名を探しても残っていないようだからな、雲を掴むような話になる」

そこにケツァクウァトルの幻体が走ってきて、話題は暫し逸れる。

>『なんてこと……それではウェントゥス、貴女は手引きしていた相手に裏切られて、
 力を奪われた挙句にさんざん敵対していた指環の勇者に助けを求めたと?
 ヒトなんかに頼りたくないって自分から虚無に迎合して、シェバトを封鎖しておきながら?』
>『ま、まぁ……事実だけを抜き出せば……そうなるかの……いやでもあのな、これには色々と深淵なる事情がの、』
>『プライドとかないんですか貴女』
>『ぐわあああああ!!!』

ミニウェントゥスの幻影が爆散した後、ジュリアンはケツァクに問いかけた。何か思うところがあるようだ。

「ウェントゥスがおかしくなりはじめたのは前任の統治者が死んでからと言っていたな?」

「はい、ウィンディア様が亡くなられた頃からです。ショックなのは分かりますが竜の一角たる者が……どうかしましたか?」

ジュリアンの只ならぬ様子を不思議に思い、聞き返すケツァクウァトル。
ウィンディア――以前この地を治めていた監視者の名。
名目こそ監視者だが、魔族でありながら人間の迫害を良しとしない思想を持ち、シェバトを人間の街として守り続けてきた。
驚くべきことに、彼女の在任中は平和が保たれ、街の人々には聖女と崇められていたという。
0057ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/07(木) 23:12:51.98ID:yvP+GPbq
「原因不明と言っていたが誰かに殺されたんじゃないか? 例えば……"指環の魔女"に」

ここで出てくるとは思わなかった単語に反応し、身を乗り出しながら問うティターニア。

「指環の魔女だと!? その言葉を知っておるのか!?」

「少なくともお前達より前からは知っているさ。
名を変え姿を変え様々な時代に現れ、ある性質を持つ者を殺害する――その性質とは後に世界を平和に導く可能性がある者だ。
それだけでは無く奴は虚無をまき散らす。奴に大切な者を奪われた者は虚無に呑まれることがある。
厄介なことに純粋で高潔な者ほどそうなる可能性は高い……。今のところ俺は奴をそのような存在と捉えている。
それから……姿は時代によって様々だが黒衣を纏った女として現れる事が圧倒的に多いようだ」

「黒衣の女……まさか、黒曜のメアリが現在の指環の魔女だというのか?」

「ああ……その可能性は否定できない」

そうだとしたらウェントゥスは、憎き仇にまんまとしてやられた事になる。
そんな馬鹿な、という感じだが、ウィンディアを殺した頃の指環の魔女は現在とは肉体が違う可能性があるのだ。

「ここまでくるといたたまれませんね……」

「ああ……」

暫しいたたまれない空気が流れたりシェバトが解放された余韻に浸ったりした後、話を戻すティターニア。

「さて、次の行先だが……」

>「それなんだけどよ……判断するには知ってることが少ないと思わねえか?
 だから提案があるんだ。ここから西に行った辺りに確か、ダーマ中の街道が集まるでかい街がある。
 キアスムスって街なんだけどよ、ここなら色んな港町への馬車も出てるしあいつらの目をくらませやすいと思うぜ」

今の状態でのソルタレク行きにかかる時間を懸念するティターニアの意見を発展させ、ダーマに留まっての情報収集を提案するジャン。

>「……いや、やっぱり本当のこと言うぜ。
 キアスムスの近くに俺の故郷があるんだ。一度帰って父ちゃんたちに旅の話をしておきたい。
 あの火山に行ってから、ずっと手紙を出してなかったからよ……安心させてやりたいんだ」

「何、闇雲に動くより良い。急がば回れ――というやつだ。
闇の指環だがこの大陸にある可能性は高いのではあるまいか。
地名に残っていないのではなく、範囲が四竜に比べてあまりに大きいのだとしたら?
……この大陸の名前は"暗黒大陸"であろう?」

口には出さないがジャンの父親や母親を見てみたい、という興味もあり、ジャンの故郷行きに賛同するティターニアであった。
――こうして、次の行先は決まったのである。

【第5話完!】
0058ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/08(金) 00:13:40.98ID:hXhfzDV1
皆、今章もお疲れ様であった!5話のダイジェストは近いうちにwikiの方に置いておく。

>フィリア殿
いつもは章終了時点では次章の行先が決まって無くて我から始めていたが
今回は次の行先が決まっているのでこのままの順番で飛空艇に乗って出発しました!みたいな感じで続けてもらって大丈夫と思う!
ソルタレク編に行くと本気でクライマックスに突入しそう故もう少しだけ後に取っておこう!

>スレイブ殿
一瞬小競り合いしてからのゲスト味方化枠かな? と思いきやシナリオボスを務めた上で正規加入までしてくれるとは!
改めて歓迎するぞ!

>ジャン殿
ここでそう来るとはナイス! 主役章だと思って遠慮なくやってくれ!

現在4人パーティーだが最大時は5人でも普通に回っていたのでまだまだ新規加入歓迎!
今から入っても馴染みにくそう、等と思うかもしれないが
我に限っては同郷の知り合いやら学園の教え子やら同僚等という設定を自由に付けてもらっても構わない!
もちろん2章からの伝統の敵役も募集するぞ
シナリオの流れ上出てくる敵もPC昇格とかNPC参加での操作歓迎
0059創る名無しに見る名無し垢版2017/09/08(金) 03:50:18.16ID:2/hw3QBa
ダイジェスト地味に楽しみにしてるし話追うのに助かるので
新スレごとに全章分載せるんじゃなけりゃ五章ダイジェストは本スレに投下してもよいとおもいます
0060ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/09(土) 00:43:17.77ID:JUy2riVe
楽しみにしてくれているとは嬉しい物だな――
では出来次第こちらにも置いておこう
多少は場所が前後しても問題ないと思うのでフィリア殿は気にせずに投下してくれて構わない
0061 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/11(月) 03:51:53.81ID:y4wh2B9J
……作戦会議の間、わたくしは何も喋れなくて寂しい思いをしてますの。
振り返ってみれば、わたくし指環を巡る冒険はわりと事のついでみたいな感じで付いてきちゃいましたの。
ユグドラシアで虫族の社会進出を手助けしてもらって、その代わりダグラス学長様に頼み事をされて。
……今思えば、あの方はこうなる事を予見してた……とか?
自分で言うのもなんだけど……わたくしは前よりずっと、王様に近づけた気がしますの。

……「きみ」だって分かっているだろ。
きみの夢は、指環の伝説に名を連ねる事でも、世界を救う事でもない。
きみには、きみの夢と、旅がある。
指環を巡る旅はいつ命を落としても不思議じゃないんだ。

わたくしの頭の上で、リボンの擬態している司書蝶、リテラちゃんの声が聞こえる。
分かってますの。虫族の未来を思うなら、もう「わたくしの旅路」に戻った方がいいって。

>「指針を決めてくれ。ハイランドへ戻るか、ダーマに留まって残りの指環の探索を続けるか。
 いずれを選ぶにしても、俺は貴方たちを全力で護る」

「ですのですの。わたくしもご一緒しますの。
 乗りかかった船……って言うんでしたっけ、こういうの?」

……だけどここで降りたら、わたくしはきっとまたどこかで同じ事をしますの。
わたくしがやらなくても誰かがやってくれるからって。
そんな王様に、わたくしなりたくありませんの。
だから……ごめんねですの。リテラちゃん。
……無言で頭に口吻を突き刺してきたのは、許してくれたものだと捉えますの。

>「それなんだけどよ……判断するには知ってることが少ないと思わねえか?
 だから提案があるんだ。ここから西に行った辺りに確か、ダーマ中の街道が集まるでかい街がある。
 キアスムスって街なんだけどよ、ここなら色んな港町への馬車も出てるしあいつらの目をくらませやすいと思うぜ」

「キアスムス……そこがダーマの首都になりますの?
 ……虫族って、ダーマだとどんな扱いなのか今の内に聞いても……」

と思ったら、ジャン様はまだ何かを言いたげに……
しかし今一歩踏み切れない様子でいますの。
そして意を決したように再び口を開く。

>「……いや、やっぱり本当のこと言うぜ。
 キアスムスの近くに俺の故郷があるんだ。一度帰って父ちゃんたちに旅の話をしておきたい。
 あの火山に行ってから、ずっと手紙を出してなかったからよ……安心させてやりたいんだ」

……わたくしはちらりとジュリアン様を見る。
なんとなく、この方はそういう理由を嫌いそうな気がしたから。

「故郷、か。ふん、でかい図体のわりに悩みがちっぽけなのは……その頭の中身の方に比例しているからか?」

あぁ!やっぱり!
……だ、だけどわたくしには、ジャン様の気持ちが分かりますの。
わたくしには故郷になる場所はないけど……ないからこそ、それが大事だって分かりますの。
でもどうやってそれをジュリアン様に伝えれば……

「……いや、今の言葉は撤回する。俺にも、異論はない」

……あれ?
い、一体どういう風の吹き回しで……わたくしはそう尋ねようとして、やっぱりやめときましたの。
ジュリアン様が短くそう言い切って、それきり何も喋らないのは、きっとそれ以上喋る事がないから。
……もしかしたら、喋りたくないから、ですの。
0063 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/11(月) 03:56:07.49ID:y4wh2B9J
>「何、闇雲に動くより良い。急がば回れ――というやつだ。
 闇の指環だがこの大陸にある可能性は高いのではあるまいか。
 地名に残っていないのではなく、範囲が四竜に比べてあまりに大きいのだとしたら?
 ……この大陸の名前は"暗黒大陸"であろう?」

「それはまた……長い旅になりそうですの」

わたくしは、おうじょさまだから。
本当は、そうなる事を嫌がらなきゃいけないんですの。

「……楽しみ、ですの!とっても!ダーマの都も、ジャン様の故郷も!」

でも……笑いも、この気持ちも、とてもとても堪えられませんの。
0064 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/11(月) 03:56:26.45ID:y4wh2B9J
さて、そんな訳で……わたくし達は一日の休息を挟んで、飛空艇に乗ってキアスムスへと旅立ちましたの。
とは言え、街の中まで飛び込んでいく訳には行きませんの。
所属不明、正体不明の空飛ぶ何か……混乱の元だと、わたくしでも分かりますの。

「……あっ、でもジュリアン様は確かダーマでも高い地位のはずでしたの。
 一足先に街に入って、話を付けてもらったり……」

「何故俺がお前達の為に使い走りをすると思ったんだ?」

「あっ、ですよね……」

「……そもそも、魔族の連中は俺の話を易々と聞き入れはしないだろう。
 人間に指図されるなど、奴らにとっては屈辱の極みだからな。
 最終的に従わせる事は容易いが……その間ずっと空の上で時間を潰しているくらいなら、一度着陸してさっさと街に入れ」

……すっかり、忘れてましたの。ダーマ魔法王国は魔族が支配し、人間が奴隷のように虐げられる国。
その都がどんな姿を示すのか……わたくしにはまだ、想像も出来ない。
空の上から見下ろす分には……ただの彩り鮮やかな街だけど。



【到着と街の描写はお任せしますの!
 ……それと章が変わったらまた、キャラを変える……かもですの!
 その場合フィリアは……べ、別行動してるとか、空気にしたりとか……

 NGワードが分かりませんの!】
0065 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/11(月) 04:10:39.24ID:y4wh2B9J
……分割したらなんかNGワード引っかからなくなりましたの
0066第五話『烈風の魔剣士』ダイジェスト1/2 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/12(火) 02:23:34.32ID:vTwKuU8i
ユグドラシア防衛戦から数日後、ついに飛空艇リンドブルムが完成した。
虫の妖精の王女フィリアと、ユグドラシアの研究員のグラ=ハ、その部下ラヴィアンを仲間に加え、
一行は飛空艇に乗り込み、風の指環を求めて暗黒大陸のウェントゥス大平原と出発する。
途中で翼竜達の襲撃を受けるも無事撃破し風紋都市シェバト上空に辿り着いた一行。
そこは古代都市でありながら、現在も人々が住んでいる都市であった。
ウェントゥスの攻撃を受けるが、シェバトの守護聖獣ケツァクウァトルの手引きで着陸に成功。
風紋都市シェバト――そこは魔族史上主義のダーマにおける唯一の人間の街であった。
ケツァクウァトルから、ジュリアンの賓客扱いになっていることを聞かされ、
都市制御の要であるエアリアルクォーツを見せて貰った後、高級ホテルに案内される一行。
その時、ジュリアンの近衛騎士を名乗る青年スレイブが突然斬りかかってきた。
その理由は、気に食わないし力試しをしてやろうという物であった。
彼は自らの行使する知性を食らう魔剣バアルフォラスの影響で理性的に物事を考えられない状態なのだ。
最初は戸惑っていた一行だが、あろうことかティターニアを庇ってグラハとラヴィアンが死亡。
必然的に本気で迎え撃つことになった。
スレイブの戦闘力は魔剣によるところが大きいと踏んだ一行は、
知性を食らう魔剣の特殊攻撃に苦戦しつつも、魔剣をスレイブの手から引き離すことに成功。
すると驚くべき事に、スレイブが人が変わったように知性的になり、殺してくれと懇願しはじめた。
彼はシェバトを人間の街として守るために多くの人を殺してきたことに苦悩し、自殺願望に苛まれていたのだ。
魔剣に知性を食らわせていたのはその苦悩から逃れるためだった。
ジャンは一度はスレイブの願いを聞き入れとどめを刺そうとするが、己の主を死なせたくない魔剣が再びスレイブの知性を食らう。
スレイブは戦闘中に食らった知性を特大の破壊光線として発射する大技を発動。
対する一行はフィリアが百足の王の力で壁を作って街の破壊を防ぎ、自らの右腕をバアルフォラスに捧げることで力を与えた上で
バアルフォラスに自分達が勝ったらスレイブの記憶を食らってほしいと持ちかける。
一方、ティターニアは大魔術で破壊光線を相殺することに成功する。
切り札である破壊光線を阻止したということは、すなわち一行の勝利を意味しており、
バアルフォラスはフィリアの提案に乗ることを決意。
ジャンがスレイブに拳を叩きこむと同時に、バアルフォラスはスレイブの記憶を食らうのであった。
バアルフォラスは記憶を食らう事に成功。
スレイブは苦悩から解放された様子で、一緒に世界のために戦おうと告げるのであった。
0067第5話『烈風の魔剣士』ダイジェスト2/2 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/12(火) 02:29:13.63ID:vTwKuU8i
いったん一行は用意されていた高級宿へ、スレイブは他の宿へ向かう。
戦いの消耗がおおかた回復した頃、一行の部屋にジュリアンが現れ、水と大地の指環が返還された。
それに留まらず、灼熱都市にて奪われた炎の指環がフィリアに渡されたのであった。
そしてウェントゥスに対抗するために作戦を話し合っている時であった。
突然ケツァクウァトルが侵入者を察知し、スレイブの逗留する宿に何者かが侵入したと告げる。
スレイブの身を案じその宿に駆けつける一行だったが、すでにスレイブの姿は無く、バアルフォラスだけが残されていた。
ウェントゥスと手を組んでいるという黒曜のメアリが現れ、彼女は光の指環の力を行使してスレイブを圧倒し
スレイブの記憶の空白部分に偽りの記憶を植え込んで洗脳するべく連れ去ったという。
メアリはスレイブに、都市制御の中枢であるエアリアル・クォーツを破壊させるつもりだろうとのこと。
エアリアル・クォーツのある風の塔に急ぐと、洗脳済みのスレイブが現れた。
彼はウェントゥスから風の指環を借り受けており、間接的に風竜戦も兼ねることとなった。
激しい戦いの中でフィリアは、炎の指環から認められその力を引き出すことに成功。
バアルフォラスはフィリアに、偽りの記憶を食らうために自らの刀身をスレイブに届かせてほしいと頼む。
スレイブはエアリアルクォーツを破壊すべく風の指環の力で雷の大規模破壊魔法を放つがティターニアが大地の指環の力でそれを阻み、
一方フィリアはジャンのアシストを受けバアルフォラスをスレイブのもとに届かせることに成功。
元の記憶と共に今までに食らっていた知性を全てスレイブに返したことで、バアルフォラスは意思持たぬ剣に戻るのであった。
正気を取り戻したスレイブは自分を仲間に加えて欲しいと一行に懇願し、一行はそれを快諾。
そこに小さくなったウェントゥスの幻影が現れ、自らの本体が虚無に呑まれてしまったこと
自分はその直前に一部を切り離した存在であることを告げる。
それまでは完全に虚無に呑まれていたわけではなく利用するつもりで黒曜のメアリと手を組んでいたウェントゥスであったが、
メアリに出し抜かれた形になったのであった。
しかし虚無に呑まれたウェントゥスはいったんシェバトの上空を離れ、それに伴い眷属の翼竜達も姿を消し
当面のシェバトの危機は回避された。
スレイブを仲間を加える事で結果的に風の指環を手に入れたことになった一行は、次の目的地を話し合い始める。
ジュリアンは、ハイランドの主府ソルタレク行きを提案。
そこは今やエーテル教団に支配されており、収穫がある可能性は高いが危険性も高く、
光の指環を持つメアリとの対決になる可能性も高い。
加えて転移魔法や飛空艇で向かうと察知されそうなこともあり、先に闇の指環を手に入れることを提案するティターニア。
ジャンは、ダーマ中の街道が集まるという街キアスムスでの情報収集を提案した後、
その近くに故郷があり両親を安心させてやりたいとの本心を明かす。
ティターニアもそれに賛同し、ジュリアンも最終的には同意。次の目的地は決まったのであった。
こうして一同は飛空艇に乗り、キアスムスへと向かう。
0068ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/12(火) 02:37:31.30ID:vTwKuU8i
ついに第6話開始したな!

>フィリア殿
了解! ただフィリア殿は炎の指環使いになってるのでここぞという時は出演よろしく頼む!
もうフィリア殿が指環持ってるということでもし新規さんが来たら次の指環は優先的にそちらに回すようになるかも。
逆に誰も来なかったら次の指環も新キャラで使ってもらうようになるかも。
0070スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/12(火) 21:42:23.69ID:EW2yGw3j
>「光の指環を持つメアリと対決するなら闇の指環を先に手に入れた方が有利になるであろう。
  移動においても闇の力で奴らの目から逃れることも出来そうだ。
  ……とはいえどこにあるかが分かっていれば苦労はしないわけだが」

指針の決定を求めるスレイブの言葉に、ティターニアは敢えての迂回路を提案する。
闇の指環、どこにあるとも知れぬ四竜三魔の力があれば、ソルタレクの警戒網を抜けて飛空艇を持ち込めるかもしれない。
そう、ちょうどメアリがケツァクウァトルの警戒を潜り抜けてスレイブを拉致できたように。
確かな知慧と柔軟な思考とを併せ持つティターニアならではの奇策とも言えた。

>「ウェントゥスがおかしくなりはじめたのは前任の統治者が死んでからと言っていたな?」

風竜の断片が醜態を晒したのを見て目頭を揉んでいたジュリアンが、ふと思い立ったように問う。
同様に主たる竜の末路に頭痛をこらえていた守護聖獣は、溜息混じりに答えた。

>「はい、ウィンディア様が亡くなられた頃からです。ショックなのは分かりますが竜の一角たる者が……どうかしましたか?」

「『聖女』ウィンディア……俺も王都にいた頃から噂は聞いていた」

もともとスレイブがシェバトの防衛に着任したのは、ここの統治者が何者かに暗殺されたが為だ。
民族自治区、言わば居留地に近いシェバトの統治はダーマ王府にとっても火中の栗を拾うに等しい業務の為、
件の彼女が死んだ後に適した後任者が見つからず、人間であるスレイブが寄越された次第であった。

>「原因不明と言っていたが誰かに殺されたんじゃないか? 例えば……"指環の魔女"に」
>「指環の魔女だと!? その言葉を知っておるのか!?」

ジュリアンの零した推測に、ティターニアは俄に色めき立つ。
どうやら彼女達指環の勇者と、『指環の魔女』と呼ばれる存在には、浅からぬ因縁があるようだった。
指環の魔女。この世界の歴史の中で幾度となく現れ、虚無を蔓延らせるべく暗躍している存在。
その圧倒的な力と、黒衣を纏うという外見の特徴は――ある女と合致する。

>「黒衣の女……まさか、黒曜のメアリが現在の指環の魔女だというのか?」

「……なるほど、文字通りの"黒幕"が見えてきたな」

黒曜のメアリが本当に指環の魔女とやらなのであれば、目下倒すべき相手がはっきりとする。
個人的な報復を、そこに加えたって良い。
いずれにせよ、目指すはソルタレク。そして向かう為にやっておくべきことがある。

>「それなんだけどよ……判断するには知ってることが少ないと思わねえか?
 だから提案があるんだ。ここから西に行った辺りに確か、ダーマ中の街道が集まるでかい街がある。
 キアスムスって街なんだけどよ、ここなら色んな港町への馬車も出てるしあいつらの目をくらませやすいと思うぜ」

ジャンは一歩踏みとどまって情報収集に務めることを提案した。
けだし正論だ。このままハイランドへ向けて旅立ったところで、道中の過酷さはもとより現地で出来ることも少ない。
選択肢を増やす意味でも、準備は必要という考えには同意が出来た。
だが、歯切れの悪そうにそれを伝えるジャンの本意はそれとは別にもう一つあるようだった。

>「……いや、やっぱり本当のこと言うぜ。
 キアスムスの近くに俺の故郷があるんだ。一度帰って父ちゃんたちに旅の話をしておきたい。
 あの火山に行ってから、ずっと手紙を出してなかったからよ……安心させてやりたいんだ」

「否定する理由が見つからないな。せっかく長旅でダーマまで来たんだ、それくらいの寄り道は歓迎すべきだろう」

目も開かないうちに両親に売られて魔族の練兵所で育ったスレイブにとって、故郷との繋がりは憧憬の対象でもある。
ジャンの想いの丈を正確に推し量ることなど出来ない。しかし、それを叶えることには協力したいと思った。

「俺もキアスムスへ行くのは久しぶりだからな、旧知の一つも訪ねておこう」
0071スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/12(火) 21:42:38.68ID:EW2yGw3j
一方で、妙な胸騒ぎをスレイブは憶えていた。
ジャンのしおらしい態度が気になる。まるで、死地に赴く兵士が未練を断とうとしているかのようにさえ見えた。
彼なりの覚悟の仕方とでも言うのだろうか。

>「何、闇雲に動くより良い。急がば回れ――というやつだ。闇の指環だがこの大陸にある可能性は高いのではあるまいか。
  地名に残っていないのではなく、範囲が四竜に比べてあまりに大きいのだとしたら?
  ……この大陸の名前は"暗黒大陸"であろう?」
>「……楽しみ、ですの!とっても!ダーマの都も、ジャン様の故郷も!」

ティターニアとフィリアにも異論はないようだった。
ここは暗黒大陸、『闇』の魔竜が眠る歴史がこの地をそう呼ばせているのならば、指環もおそらくここにある。

「決まりだな、キアスムスへ行こう。穏やかな旅路になると良い」

一行の指針は、ダーマ魔法王国随一の交易都市、キアスムスへと決まった。

――――――・・・・・・
0072スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/12(火) 21:43:01.19ID:EW2yGw3j
「飛空艇リンドブルム……ユグドラシアの技術力には驚かされるばかりだな」

シェバト解放の翌々日、思い思いの準備を整えて、指環の勇者一行の乗せた飛空艇はキアスムス近郊へと着陸した。
スレイブは未だふわふわしている足元を確かめるようにしながら、地面への再開を静かに祝した。

「ダーマにも飛空艇はあるが、乗り心地はこんなものではなかったぞ。胃の中を空にしていなければ乗れなかったからな」

ダーマ魔法王国の保有する飛空艇は、魔族の頑健な肉体強度を基準とした快適性の空飛ぶ棺桶だ。
乗り心地や居住性の大部分を犠牲にして、それでも王都の上空を少しの間飛び回る程度の航行能力でしかない。
飛竜などと戦う為の防空艇にしか乗ったことのないスレイブにとって、リンドブルムの快適さはベッドの上にも思えた。

「キアスムス。三年ぶりくらいか……少し待っていてくれ、入門管理官と話をつけてくる」

ダーマの近衛騎士、すなわち王宮護衛官であるスレイブには、高官特権として麾下の街への自由な通行許可が与えられている。
これはもちろんジュリアンも持っている権利だが、彼は渋い顔で飛空艇の中に引き篭もっている。
パイセンの為にパシリをするのは舎弟の仕事とでも言わんばかりのその態度に、スレイブは苦笑した。

「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
 例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」

――あくまで表立って、であるが。
キアスムスで長く腰を落ち着けるつもりがあるわけでもないのなら、そのあたりは無視出来なくもない。
ほどなくして、スレイブは人数分の通行許可証を持って帰ってきた。

「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
 なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
 商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」

調子よく言葉を並べるスレイブは、ふと顔に影を落として声を潜めた。

「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
 できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」

かつてキアスムスに逗留していた頃、スレイブは食事に虫や汚物を混ぜられたことがある。
激昂して問い質した相手の給仕は薄ら笑いを浮かべて言った。相応しい味付けを施してやったまでだと

「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
 どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」

結局のところ、ダーマに住む魔族たちにとって、人間は往来を彷徨く野良犬のようなものだ。
同じ場所で食事を取ることをひどく嫌うし、場合によっては言葉すら交わしてもらえない。
無視や罵倒はまだ良い方で、公然と石を投げてくる者さえいる。

「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」


【キアスムス到着。通行許可証をもらい、諸注意の説明】
0073スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/12(火) 21:43:20.84ID:EW2yGw3j
名前:スレイブ・ディクショナル
年齢:19
性別:男
身長:182
体重:75
スリーサイズ:鍛え込まれている
種族:純人種
職業:ダーマ王宮護衛官(第一近衛騎士)
性格:生真面目かつ不器用

能力:対空機動剣術「砕鱗」

武器:名剣『アスモルファス』
   魔族の刀工がその生涯で唯一人間の為に打った一振りの長剣。
   厳選された最上質の玉鋼を使い、最高位の名工が三年かけて鍛え、研ぎ澄まされている。
   特筆すべき能力は特にないが、折れず、曲がらず、よく斬れるおそらく地上最強の『名剣』。

   魔剣『バアルフォラス』
   かつてダーマの一地域を支配していた魔神の背骨から削り出された魔剣。
   対象の知性を喰らい、剣の魔力へと還元する能力を持つ。
   シェバト解放戦の際に刀身の半ばから折れた後、研ぎ直して短剣として拵えられた。

防具:ダーマ王府制式魔導鎧『屠竜三式』
   近衛騎士が上空を舞う飛竜や巨大な魔神を相手にする為に造られた魔導鎧。
   脚部に施された跳躍術式により、地上から跳躍で敵の急所を直接狙うことを可能とする。
   積層ミスリル装甲により高い防御力に見合わぬ軽量さを持つ。

所持品:風の指環
    力の大部分を奪われたウェントゥスの置き土産。
    他の指環のように所有者に力を与えることはない上に、中に幻体のウェントゥスが入っていてうるさい。
    残り滓のような魔力で時々風魔法を撃つこともある。

容姿の特徴・風貌:派手な色の落ち着いた髪型

簡単なキャラ解説:
通称『魔神殺し』
魔族至上主義のダーマにおいて非常に数少ない純人の王宮護衛官。
生まれて間もない頃に人買いによって魔族の練兵所へ売られ、そこで育つ過程で剣術と軍用魔法を習得。
使い捨ての尖兵として国内の様々な戦場を転々とし、その全てで生き残ったことで類稀な戦闘能力を得る。
魔神を単独で討伐した実績が魔王の目に留まり、5年ほど前に王宮に召し上げられて護衛官となった。
ヒトでありながら魔族に与してヒトを殺すことに苦悩し、自ら命を絶たんばかりに追い詰められていたところ、
帝国から亡命してきたジュリアン・クロウリーによって啓蒙され、彼に心酔し部下となる。
昨日の夕飯は揚げた獣肉を白麦パンで挟んだもの。
0074スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/12(火) 21:44:14.58ID:EW2yGw3j
【五章おつかれさまでした。このメンバーで新しい話を迎えられてうれしいぜ。
 今後ともよろしくおねがいします】
0075ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/13(水) 15:45:45.07ID:bLdgkR43
>「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
 例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」

「人間というより、魔族以外のヒトをまとめて迫害していると言うのが正しいだろうよ。
 見た目がオークってだけで魔族の連中読み書きもできないと決めつけてくるからな」

ダーマ魔法王国を支配しているのは魔族と呼ばれる種族だが、
維持しているのはその支配下にある百を超える様々な種族だ。

当然他種族をないがしろにするようなことはそうそうできないはずなのだが、
他大陸で人間が築き上げた国家に対して魔族の高いプライドが刺激され、危機感の表れか近年ではますます
魔族以外の種族に対する風当たりは強くなってきている、というのがダーマが抱える問題の一つだ。

>「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
 なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
 商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」

「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
 ありゃ一度食っとくべきだぜ!」

スレイブが調子よく話したところに、ジャンも続けて話す。
するとスレイブが声を低くし、ダーマの街がどういうものか、という心得を話す。

>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
 できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」

>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
 どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」

>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」
0076ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/13(水) 15:46:20.81ID:bLdgkR43
「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
 魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」

キアスムスは交易の中心地であるため、今でこそ国の管理下にあり、魔族が統治しているが
他種族の方が割合で言えば多く、そういった者たちが集まり、一種のギルドのようなものを作り上げている。

ジャンとしては魔族のいないこのパーティーなら情報も集めやすく、
また売り買いもやりやすいだろうと考えていた。

「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
 お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」

三人ともそれなりに美人、というのが大きな問題だ。
魔族でない、しかも別大陸からの旅人となれば
奴隷商はまず狙いを付けるだろう。

「ラテは……飛空艇に残しとくしかねえか。
 街中で襲われたらはっきり言って守り切れねえ。パック、頼んだぜ」

未だ記憶と心が戻らず、幼児当然となっているラテは自衛がまったくできない。
だとすると、いざという時に逃げやすい飛空艇に残し、何かあれば即座に飛んで逃げてもらうというのが一番だろう。

「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
 俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」

そして五人は何事もなく門を抜け、キアスムスへと入った。
真っ先に目につくのは、種族の多さ、そして他大陸とは違う建物の作りだ。

空を飛んだり浮遊できる種族に合わせてか、二階が店になっている建物もあれば
全身を包んだ外套から触手がちょろりと覗く種族が列を成して並んでいる怪しげな店もある。

ジャンよりもはるかに大きなサイクロプスが荷物を背負って歩き、中央の広場でそれを広げて声を張り上げ、商売を始める。
魔族の衛兵が許可証の提示を求めているが、サイクロプスの共通語なまりが酷く意思疎通には時間がかかりそうだ。

「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」

それらの街並みを眺めながら、ジャンたちは歩いていく。

「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」
0077ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/13(水) 15:47:23.75ID:bLdgkR43
名前:ジャン・ジャック・ジャンソン
年齢:27歳
性別:男
身長:198
体重:101
スリーサイズ:不明
種族:ハーフオーク
職業:冒険者
性格:陽気、もしくは陰気
能力:直感・悪食
武器:『ミスリル・ハンマー』 
   旅の途中で出会ったドワーフ、マジャーリンが持っていたもの。
   ジャンの腕力でも壊れることなく、丈夫で乱暴に扱っても傷一つつかない。
   スレイブとの戦いでは背中に背負ったままだったが、水の魔力を間近に浴び続けた結果
   指環の力を注ぎ込むことができるようになった。
   だがジャンが魔力を上手く扱えないため、現状ではどこでも水が飲めるぐらいしかできない。
 
   聖短剣『サクラメント』
   教会と帝国からの刺客、アルダガが持っていたもの。
   いかなる守りも貫き通す加護を持ち、ジャンの切り札の一つ。
   飛空艇に乗っている間投げる練習をしていたところ、窓を貫通して危うく外に飛び出てしまいそうになったことがある。

防具:『鋼の胸当て』
    スレイブとの戦いで雷を浴び、前の防具が壊れてしまったので
    シェバトの鍛冶屋に頼み、作ってもらった。
    何の効果もなく、一般的な防具だが質は良い。

所持品:旅道具一式 アクアの指環
容姿の特徴・風貌:薄緑の肌にごつい顔をしていて、口からは牙が小さく覗いている
         笑うと顔が歪み、かなりの不細工に見えてしまう
簡単なキャラ解説:
暗黒大陸の小さな村で生まれ、その村に立ち寄った魔族の冒険者の
生き方に憧れ冒険者を目指し大陸を飛び出た。
現在はティターニアの護衛として、そして指環の勇者としてラテを元に戻し、
指環を集めるために旅を続けている。


【五章お疲れ様でした!六章でもよろしくお願いします!】
0078ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/16(土) 06:28:51.69ID:RIBO4zrR
その夜、ティターニアは布団の中で悶々と考えごとをしていた。
ジュリアンが言っていた指環の魔女に関する情報、それが、ジュリアンは何故かつての友を殺害したのかという謎と結びつき
一つの仮説が組み上がったのだ。
苦悩するスレイブにバアルフォラスを与えずっと見守ってきた彼の事。
そもそも殺しておらず、故あって罪を被ったのだとしたら――?

『名を変え姿を変え様々な時代に現れ、ある性質を持つ者を殺害する――その性質とは後に世界を平和に導く可能性がある者だ』

以前アルバートが言っていた、ジュリアンが殺害したという友セシリア――
それはかつて、遠くハイランドにまで噂を轟かせていた大神官と同じ名だ。
最初にその名を聞いた時はすぐには結び付かなかったが、黒騎士や白魔卿と親友だったのなら
ただの修道女ではなく彼らと肩を並べるレベルの人物だったとしても何の不思議もあるまい。
いわく、気高き献身の精神と絶大なる法力を併せ持ち、瀕死の重傷すらも瞬く間に癒す神の寵児だったという。
それは"後に世界を平和に導く可能性がある者"という条件に当てはまるだろう。

『それだけでは無く奴は虚無をまき散らす。奴に大切な者を奪われた者は虚無に呑まれることがある。
厄介なことに純粋で高潔な者ほどそうなる可能性は高い……』

そして、どう考えてもアルバートは虚無に呑まれやすいタイプに違いない。
ティターニアは行きついた仮説はこうだ。
指環の魔女がセシリアを殺害、ジュリアンはその現場を目撃したがどうすることも出来なかった。
そこに少しだけ遅れてアルバートが現れる。
セシリアが指環の魔女に殺されたとアルバートが知れば、必ず虚無に堕ちてしまう。
そう思ったジュリアンは、とっさに自分が殺したように偽装し、アルバートに自分への憎しみを糧に生きて欲しいと願った――
そして帝国にいられなくなってダーマに渡り、仇たる指環の魔女を倒すために指環を集めているのだとしたら。

――もちろんこれはティターニアの憶測に過ぎないし、本人に聞いたところで真相を語るはずはない。
なので、そっと胸の中にしまっておくことにしたのであった。
0080ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/16(土) 06:45:23.41ID:RIBO4zrR
次の日、キアスムスに向かって出発し、あっという間に到着した。

>「何故俺がお前達の為に使い走りをすると思ったんだ?」
>「あっ、ですよね……」

>「キアスムス。三年ぶりくらいか……少し待っていてくれ、入門管理官と話をつけてくる」

相変わらずつれない態度の上司の代わりに、よく動く部下。何だかんだでいいコンビなのかもしれない。
しばらくするとスレイブは、人数分の通行証を持って戻ってきた。

>「ダーマは確かに人間を迫害しているが、こうした大都市では中央の権威の方が有効に働くものだ。
 例え俺達がヒトの集団であっても、正式な許可が降りている以上表立って排除されることはないだろう」
>「人間というより、魔族以外のヒトをまとめて迫害していると言うのが正しいだろうよ。
 見た目がオークってだけで魔族の連中読み書きもできないと決めつけてくるからな」

実はこのパーティーは人間では無い種族の方が多いのだが、ダーマの実態は、人間蔑視というよりも魔族以外全部蔑視に近いようだった。
暗黒大陸に多く見られるダークエルフならまだいくらかマシな扱いなのかもしれないが、
ダークではない方のエルフは人間と似たようなものだろう。

>「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
 なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
 商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」

>「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
 ありゃ一度食っとくべきだぜ!」

「他の大陸では滅多にお目にかかれない珍味がたくさんあるようだな……」

食べたく無いような、怖い物見たさで食べてみたいような、ジレンマに苛まれるティターニア。
そんな場の空気を、スレイブがこの国を歩く心得を伝授することで引き締める。

>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
 できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
 どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」

「承知した」

特に最後の一項目は通常想像されるような裏通りで起こりそうなこと以上の何かがありそうな雰囲気を醸し出していて
少し気になったが、敢えて踏み込まなかった。
0081ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/16(土) 06:50:12.85ID:RIBO4zrR
>「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
 魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」

これだけでも物騒だが、ジャンが更に物騒なことを言い始めた。

>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
 お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」

「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」

幻影によって姿を偽装する魔法を自分とフィリアにかけるティターニア。
ティターニアは肌の色を濃い褐色に装い、ダーマでは珍しくも無いダークエルフに、
フィリアはベースを活かしつつも少しモンスター風に、言わば虫の妖魔といった風体に偽装。
これならば一見現地人に見えて、大して目立つことはないだろう。
全く違う姿の幻影を維持するのが大変だが、少しアレンジを加える程度なら長時間維持するのも容易い。
だったら全員魔族に偽装すればいいじゃないかと思われそうだが、魔族は支配層ではあるがこの街では数は少数であり、
魔族の姿では街の大部分を占める他の種族からの情報収集に支障が出てしまう。

>「ラテは……飛空艇に残しとくしかねえか。
 街中で襲われたらはっきり言って守り切れねえ。パック、頼んだぜ」

「おう、任せろ!」

と請け負うパック。
小柄なラテとホビットのパックが並んでいるのを見ると微笑ましい感じがしてしてしまうが、見た目は子どもでも有能な助手である。
彼に任せておけば大丈夫であろう。

>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
 俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」

「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」

帝国領を一人で闊歩していた怖い物知らずのティターニアにとっても、暗黒大陸は未知の世界。
出身者のジャンやスレイブのアドバイスには従っておくのがいいだろう。
こうして「はじめてのダーマの歩き方講座」も終わり、いよいよキアスムスに足を踏み入れる。
出発前にフィリアがキアスムスは首都なのか?と聞いていたが、正解ではないが間違ってもいないというところ。
帝都に全ての権力を集中させる帝国とは対照的に、ダーマは領土が広がっていくのに合わせて副首都を定め、首都機能を移転分散させてきた。
ダーマ有数の交易都市であるここキアスムスも、副首都の一つに指定されており、いくつかの王立の機関が置かれている。

>「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」

「そうだな……ごちゃ混ぜ感がどこかアスガルドに似ておる」

違うところはアスガルドはまだどこか統一感がある小奇麗なごちゃまぜ、こちらは本当にごちゃ混ぜといったところか。
緊張の面持ちで街に入ったティターニアであったが、いざ入ってみると、意外と嫌いでは無い雰囲気であった。

「この街には王立図書館の本館も置かれているがどこか似ているのはそのせいかもしれないな。
置かれている、といってもダーマが実際に作ったわけではなく
この地がダーマの傘下に入るずっと前からあった図書館を、王立図書館として指定したらしいが」

と、ジュリアンがさりげなくこの街の豆知識を教えてくれた。
0082ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/16(土) 06:52:44.27ID:RIBO4zrR
「それって地下無限ダンジョンの噂があったりはせぬか?」

ジュリアンがちょっと何を言っているのか分からない、という顔をしているのを見て、慌てて質問を変える。

「……いや、何でもない。王立図書館があるのは宮廷がある首都ではなかったのか?」

「宮廷地下にも確かに大書庫があるがここにはおよばないだろう」

そうしている間に、ジャンお勧めの地区に差しかかる。

>「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」

「とりあえず食事を兼ねて情報収集といこうか」

まずは情報収集の基本、ということで手近な冒険者の店を見つくろう。
「飛び出す目玉亭」という一度聞いたら忘れそうにない名前の店を発見。
外に面した対面式の席と中の席があり、魔族のいない区域なのでまず大丈夫だとは思うが念のために様子見で外の席に座る。
一つ目のサイクロプスが店を取り仕切っており、案の定と言うべきか"飛び目玉の丸ごと煮"を看板メニューとして推してあった。
美味しすぎて目玉が飛び出すのか他の意味で飛び出すのか色々と気になるところだ。
もし食べれないような代物が来たらジャンに食べてもらうということで、看板メニューを含んだ何品かを適当に注文する。
待っている間に、隣の二人組の会話が耳に入ってきた。それが少し気になる内容であり、意識を向ける。

「ねえ知ってる? 最近この近くのなんとかっていう村で凶暴化した魔物がよく出るんですって」「きゃーこわーい」

魔物の凶暴化は、炎の指環や大地の指環の時に、古代都市の周辺地域で見られた現象だ。
指環の魔力の影響を受けたモンスターが強化されてしまう現象と思われる。

「まあこんな大きな街の中までは入って来ないだろうけどね〜」

隣の二人組の一人がそう言った矢先だった、俄かに通りが騒がしくなる。

「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
「任せろ――ぎゃあ!」「ああっ、トムが蹴っ飛ばされた!」

後ろを振り返ってみると、大捕り物が繰り広げられていた。巨大な鳥型モンスターがどうしてか街の中に入り込んで走り回っているようだ。

「……思いっきり入ってきておるな」

そのモンスターはアックスビークといって「斧型のくちばし」という意味で、イメージとしては大きなくちばしを持つダチョウといったところ。
飼い慣らした物は騎乗獣としても使われている。足の速いそれに翻弄され、衛兵達が右往左往していた。
衛兵をこれだけ振り回すとなれば、凶暴化しているのかもしれない。
暫し呆然と見ていると、アックスビークがあろうことかこの店の方向に向かって突進してきた。

「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」

店主の悲痛な叫びが響き渡る。サイクロプスは屈強な種族ではあるが、全員が全員荒事が得意というのは偏見であるらしい。
エルフだって全員が知性派の魔術師というわけではないのと同じである。
0083ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/16(土) 07:33:50.82ID:RIBO4zrR
名前: ティターニア・グリム・ドリームフォレスト(普段は名字は非公開)
年齢: 少なくとも三ケタ突入
性別: 女
身長: 170
体重: 52
スリーサイズ: 全体的に細い
種族: エルフ
職業: 考古学者/魔術師
性格: 変人でオタクだがなんだかんだで穏健派で情に流されやすい一面も
能力: 元素魔術(魔術師が使う魔術。魔術(狭義)といったらこれのこと)
武器: 聖杖”エーテルセプター” 魔術書(角で殴ると痛い) エーテルメリケンサック
防具: インテリメガネ 魔術師のローブ 魔術書(盾替わりにもなる)
所持品: ペンと紙 大地の指環
容姿の特徴・風貌: メガネエルフ。長い金髪とエメラルドグリーンの瞳。
もしかしたら黙っていれば美人かもしれない。
簡単なキャラ解説:
ハイランド連邦共和国の名門魔術学園「ユグドラシア」所属の導師で、実はエルフの長の娘。
研究旅行と称して放浪していたところ偶然にも古代の遺跡の発見の現場に立ち会い
紆余曲折を経て、仲間を増やしながら竜の指環を集め指環の魔女を打倒するべく旅をしている。

聖杖『エーテルセプター』
エルフが成人(100歳)のときに贈られる、神樹ユグドラシルの枝で出来た杖。
各々の魔力の形質に合わせて作られており、魔術の強化の他
使用者の魔力を注ぎ込んで魔力の武器を形作る事もできる。

『魔術書』
本来の用途以外に護身用武器防具としての仕様も想定して作られており、紙には強化の付与魔術がかけられている。
持ち運びのために厚さ重さが可変になっており、最大にすると立方体の鈍器と化す。
最初に持っていたものはアルダガ戦にて大破したため、現在のものは最新版である。

『エーテルメリケンサック』
使用者の魔力で装甲を作り出したり魔力を打撃力に変換することができるメリケンサック。
第4話にて撃破したノーキンから引き継いだ。

『大地の指環』
「ドラゴンズリング」のうちの一つで、大地の竜テッラの意思が宿る。
竜の装甲をまとったり、強力な地属性(植物属性含む)の魔法を使うことが出来る。

『インテリメガネ』
単なる近眼ではなく精神世界を見る方に寄っている視力を物質世界寄りに矯正するためのものらしい。
本人が吹っ飛ばされるような激しい戦闘でも割れたり歪んだり吹っ飛んだりしない。地味に凄い。

『魔術師のローブ』
ユグドラシアの魔術師の間では一般的なものだが、魔力による強化がされているため並みの鎧以上の防御力がある。

【ジュリアン親友殺害事件の件は本編内でも書いたが確定ではなく飽くまでも一つの説ということで!
無限地下ダンジョンの噂がある図書館、凶暴な魔物の出現と提示してみたが
今のところ数撃ちゃ当たる方式で何かが引っかかれば儲けもの、という程度だ。
鳥を突っ込ませたのはフィリア殿はもしキャラを変えるなら新キャラの登場タイミングにいいかな、と思ったのと
(もちろんフィリア殿のままで続けてもOK!)
今の仕様になったスレイブ殿の自己紹介戦闘にもなるかな、と思って】
0085 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:18:00.69ID:NO4oUyFO
……飛空艇の傍で暫く待っていると、入門管理官との話をつけたスレイブ様が戻ってきましたの。
通行許可証を受け取ると、スレイブ様はキアスムスの門に向き直る。
0086 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:18:24.97ID:NO4oUyFO
>「さあ、キアスムスの門をくぐろう。シェバトは良い街だったが、ここの絢爛さには目を見張るものがあるぞ。
 なにせダーマ有数の交易都市、国内のあらゆる街道とそこを通ってくる富の集中する場所だ。
 商人の聖地とも呼ばれるこの街なら、指環に関する手がかりもなにか見つかるかもしれない」

>「うめえもんも大量にあるぞ!竜もどきの串焼きとか飛び目玉の丸ごと煮とか
 ありゃ一度食っとくべきだぜ!」
>「他の大陸では滅多にお目にかかれない珍味がたくさんあるようだな……」

「め、目玉はちょっと怖いけど竜もどきは食べてみたいですの!
 ……イグニス様、竜のお肉ってやっぱり美味しいんですの?」

『さぁね。妾達は共食いをした事がないし、知らないよ。
 ただ……竜の血肉に不老不死でも神の如き魔力でもなく、
 味を求めた食いしん坊な王様は君が初めてだな』

「うぐっ……」

……と、わたくしが痛いところを突かれてるといつの間にか、
前を歩いていたスレイブ様が立ち止まってこちらへ振り返っていましたの。
スレイブ様は真剣な眼差しでわたくし達を見つめて、口を開く。

>「街の中に入る前に、いくつか約束してくれ。食事を取る時は厨房の見えない店を使わないこと。
 できれば対面式の露店が望ましい……理由は大体想像できるだろう?」
>「それから敷居のある店舗の中にも入るべきじゃない。常に逃げ道は確保しておくんだ。
 どうしてもそういった店や食事場を利用する必要があるなら、幻影術か大型の外套を纏ったほうが良い」
>「最後に――裏通りには絶対に近付くな。見たくもないものを見せられる羽目になる」

「……ダーマでは、それが普通な事なんですの?」

>「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
  魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」

スレイブ様の言葉を、わたくしは俄かには信じられずにいましたの。
だって、魔族じゃないヒト達だって、ダーマの一部なはずですの。
そりゃ、わたくし達は旅人だけど……スレイブ様は、そうじゃなかったはずですの。
わたくしおばかさんだけど、それでも、わたくしの頭の方が偉いからって、自分の手に噛み付いたりしませんの。
……その、ダーマの仕組みがおかしいと思うのは、わたくしが虫の妖精だから、ですの?

>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
 お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
>「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」

「わっぷ……」

ティターニア様の杖から魔力の煙が降りかかり……あっ!なんか姿が変わってますの!
おぉー、なんか魔物っぽい感じ……ついでに女王蜂の羽を生やして、右手もムカデの王に変化させときますの。
じゃーん、これで誰がどう見たってわるーい虫さんですの!

>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
 俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
>「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」

「ですのですの。……だけど、ねえスレイブ様?」

門を潜ろうとしたスレイブ様を呼び止める。
0087 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:18:51.22ID:NO4oUyFO
門を潜ろうとしたスレイブ様を呼び止める。

「さっきの約束、守りますの。だけどもっと前にした約束も、ちゃーんと守りますの。
 あなたが人間だからって意地悪されそうになったなら……その時は、わたくし怒りますの」

例えスレイブ様が怒らなくてもいいなんて言っても、それは変わりませんの。
0088 ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:19:36.03ID:NO4oUyFO
……さて!先に言っておきたい事も言ったし今度こそいざキアスムスへ、ですの!
そして門を潜ると……目の前に広がっていたのは、今まで見た事もない街並みでしたの。
どの建物も縦にも横にもおっきくて、それにすっごく開放的ですの。
扉のある建物が少なくて、それどころか壁も少なかったり……床と柱と天井だけで建ってる建物もありますの!
多分、魔族の方々には羽や翼を持ってたり、体がおっきな種族がいるからですの。

……そしてそんな街並みの中に、点々と、ちゃんと壁と扉のあるお店がありますの。
街を歩いていると、魔族達は見定めるような視線をわたくし達に注いできますの。
きっとこの通りのどこで食事をしても、この視線は付いて回る。
それで視線に耐えかねて、人目に付かないお店を選べば……。
まるで食虫植物……この街は華やかだけど、やっぱり少し怖いですの。

>「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」

ふぅ、やっとこの嫌な視線から逃れられますの。
……なんて事を考えていたら不意に、わたくしの目の前に何かが落ちてきましたの。
地面に落ちて、鋭い音を立てて砕け散ったそれは……グラスですの。
上を見上げる。高級そうな酒場の三階、その窓から二体の魔族がわたくし達を見下ろしている。
……通りを抜けるまで、気が抜けないって事はよく分かりましたの。

「おっと、これは失礼。宮仕えの騎士殿に我らから一杯、奢らせて頂こうかと思ったのだが……手が滑ってしまった」

へらへらと笑いながら、魔族達がうそぶく。
そして悪びれもなく、今度はワインのボトルを窓から落とす。
……わたくしは左手を掲げ、人差し指の先から蜘蛛の糸を飛ばす。
糸の先端をワインボトルに付着させ……反対の端は、窓から顔を覗かせる魔族の額へ飛ばす。
そうすれば糸は伸縮して……はい、ごっつんこ。ですの。

「……行きましょ、ですの。ラーサ通りまで追っかけてきたら、今度はもっと恐ろしい目に遭わせてやりますの」

……内心、大事にならないかちょっとドキドキもしてたけど、
どうやらあの魔族達は追っかけてはこなかったみたいですの。
だけど……よーく分かりましたの。このダーマがどういうところなのか。

>「とりあえず食事を兼ねて情報収集といこうか」

「ですの!沢山美味しいものを食べて、いー気分になっておきたいですの!」
0089シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:20:16.07ID:NO4oUyFO
 


……キアスムスの街の中心部、リアネ・レクタ広場。
平時は行商達とその客によって混み合い賑わっているこの場所から、急速に、皆が離れていく。
今からここで、一つの命が奪われるから。
0090シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:24:56.89ID:NO4oUyFO
いえ、本当は……それともう一つ。私が……シノノメ・アンリエッタ・トランキルがここにいるから。
王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官……あらゆる刑罰を、死刑を執行する忌まわしき存在が、ここにいるから。

土属性魔法によって築かれた処刑台。そこに捕らえられた罪人。
彼の名はロベール・リュクセ。種族はリザードマン。
罪状は……雇用者である魔族に対する暴行。下された判決は……火炙りの刑。
……本当に、その行為は、命を奪わなければならないほどの罪なのでしょうか。
使用人であるヒトが、魔族に反抗する理由はそう多くはない。
このダーマに生きていれば魔族に歯向かって良い事など何もないと誰もが知っている。

だからそれでも反抗が起こるのは、
その者の何かを……当人や家族、種族や生そのものを愚弄された時の、衝動的なもの。
或いは……長い間虐げられて、例えば給金の未払いなどによって、そうせざるを得なかった時のもの。

……本当に暴行があったのかすら定かじゃない。
未払いの給金を要求されたから、暴力を振るわれたと言って厄介払いをした。
そういう事が、このダーマではまかり通る。

……罪人の傍に歩み寄る。
ずっと俯いていた罪人が顔を上げて……私に唾を吐きかけた。
くたばれクソ魔族、と。

「……キアスムス裁判所の名において、これより彼の者を火炙りの刑に処す」

……かざした私の右手から闇属性エーテルの鎖が伸びる。
鎖は罪人を絡め取り、空中へと持ち上げる。
舌を噛んで自死が出来ないように鎖を噛ませて、枷とする。
罪人が暴れて鎖が首を締め、刑の最中に意識を失わぬよう、首回りの状態に気を配る。

これで後は、火を放つだけ。だけど……リザードマンの鱗は、炎の熱をほんの少しだけ遮ってしまう。
命を助けるには程遠く、だが苦しみを長引かせるには十分な程度に。

……罪人の処刑に臨む時、いつも祖父と父の教えが、過去から私の脳裏へと木霊してくる。

祖父は、執行官とは規律と正義の番卒。
トランキル家は王宮から直命を拝した名誉ある一族。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、教えてくれました。
……祖父ならば、この罪人の息の根を密かに止めて、この後の苦しみから逃してあげていたでしょう。
私にも、そうする事が出来る。
罪人に噛ませた鎖から、棘状の触手を体内に伸ばす……後は、心臓を貫くだけ。

だけど……それは本当に正しい事なのでしょうか。

父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
無慈悲な刑の執行が民の心を震え上がらせ、彼らを罪から遠ざけるのだと。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、なお残酷であれと、私に教えてくれました。
ならばこの罪人に安らぎを与えるのは、間違っている……正義に反する行いになる。

私は、どうするべきなのか……分からない。
父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になってから、もう一年が経つのに……未だに答えを見つけられない。
そうして、数秒か、数十秒か、もしかしたら一分以上、私は動けずにいました。
あとどれほどじっとしていれば、答えを出す事が出来たのか。

だけど……この世界は、このちっぽけな私の、軟弱な悩みの為に、ずっと待っていてはくれません。
処刑の恐怖の中で置き去りにされていた罪人が、渾身の力で暴れ出したのです。
私はその出来事に、咄嗟の反応をしてしまいました。
トラウマ……闇属性が有する、精神の負の面を映し出す力。
罪人の、炎に対する恐怖を、現象としてこの世に映し出す魔法を発動してしまった。
刑の執行を始めてしまったのです。
罪人の体内に、心臓を貫く為の棘を残したまま。
0091シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:25:53.08ID:NO4oUyFO
着火によって罪人は更に大きく暴れ……それによって、体内の棘が本来の目的でない器官を傷つける。
気道と血管が破れ、彼は激しく血を噴きながら、炎に焼かれ死んでいきました。

……私が思い悩んだせいで、結局彼は本来よりもずっと大きな苦しみを抱きながら、絶命しました。
処刑台の周囲に張られた結界魔法。その外側から、観衆の声が聞こえてくる。
本来の予定よりもずっと派手になった処刑を囃す声。
私を残酷な死神として侮蔑する声が。
だけどその声に、私が心を痛める事はありません。

……誰も気付いていなくても、私だけは分かっているから。
私はただ残酷であるよりも、ずっと邪悪で、愚かな行いをしてしまったのだと。
0092シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:28:56.01ID:NO4oUyFO
 


あれから丸一日。私は軟弱な事にずっと部屋に塞ぎ込んでいた。
だけど……生きているからには、避けられない事がある。
……お腹が空くのです。
私はベッドから体を起こして、一階の炊事場へと向かいました。
屋敷の中は、いつも通り静寂に支配されています。
この家には私以外、誰もいない。使用人の一人も雇っていないからです。
罪人を血の噴水に仕立て上げる残酷な執行者に仕えたがる者など、誰もいないのです。

……だから当然、誰も教えてくれる訳はありません。
食料の備蓄は一昨日切れていて、刑の執行に失敗した私がそれを忘れていた事なんて。

……仕方なく、私は短く湯浴みを済ませてから街に出ました。
とは言え執行官である私に品物を売ってくれるお店なんて、この街にはない。
行商人か旅人の方に頼んで食料を調達してもらわなければなりません。
祖父や父のように、執行官としての技術を医療として街に還元出来れば、少しは事情も変わってくるのですが。
未熟な私に出来るのは精々、単純な傷病の診断と薬の処方くらい……。

だからいつも通り、ラーサ通りへ。あそこなら今日も多くの旅人が訪れているはずです。
一つ、不安が残るとすれば……私は昨日、刑の執行をしたばかり。

ラーサ通りに着いてみると、刺々しい視線が私に殺到します。
……昨日の執行の様子は、旅人達の間にも広まってしまっているようです。
不安に思っていた事が的中してしまいました。
これでは……旅の方に頼み事をするのも難しいかもしれない。

そんな事を考えながら歩いていると、不意に視界の外から何かを浴びせられました。
冷たい……けど、臭いはない。ただの水。
なら、マシな方です。残飯や糞尿を浴びせられて、そのまま街を歩くのは、とても嫌な事ですから。

「ウチの店に近づくんじゃないよ、この死神女」

……罵声も、昔ほどは気にならなくなりました。
私は死神なんかじゃなくて、もっと卑しいものだと、分かってしまいましたから。

暫く通りを歩いてみても、刺すような視線は絶えません。
……もう屋敷に戻って、あと数日、水だけで凌いでから、改めて出てきた方がいいのかもしれません。
処刑の予定は今のところ入っていませんし……。

>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」

なんて事を考えていたら、不意に通りが騒がしくなりました。
声の方を見遣ってみると……魔物が街に入り込んでいるようです。
あれは……アックスビーク?そんなに大人しい気性ではありませんが、特別凶暴な訳でもないはずなのに。
群れで街に入ってくるなんて……何があったのでしょう。
病か何かでおかしくなっているのか……それとも、何かに追い立てられて迷い込んでしまったのか。
何匹かは制圧出来ているようですが……完全に鎮圧するにはもう少し時間を要しそうです。

……と、一匹のアックスビークが何の気まぐれか、こちらへと進路を変えました。

>「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」

背後から聞こえてきたのは、店主の声でしょうか。
……私は、どうするべきなのでしょう。
0093シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:32:06.11ID:NO4oUyFO
あの魔物を切り伏せるのは容易い事です。
ですがそのせいでこの店に、執行官に救われた店などという悪評が付いてしまったら。
執行官が慈悲を見せる事で、罪と罰の天秤が均衡を保てなくなったら。
曲がりなりにも魔族の私がヒトを助ける事で、彼らの魔族への屈従を弱めてしまったら。
……私がしようとしている事は、本当に正しい事なのでしょうか。

そんな事を考えている内に、アックスビークはもう私の目の前にいました。
……自分の身を守る為なら、この魔物を殺めて、結果的に店を守る事になっても仕方がない。
そう言い訳をしながら、私は右手を変化させる。
0094シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:33:30.08ID:NO4oUyFO
作り出すのは鎌。そして素早く脚を薙ぐ。支えを失ったアックスビークの体がよろめき、転ぶ。
これでもう、この魔物が店に突っ込む事はない。
だけどその苦痛は、息の根を止めるまで続く。
相手が魔物なら……何も考えず、その苦痛を取り除ける。

振り抜いた鎌を長剣に再変化させ……アックスビークの首元へと振り下ろす。
その体が完全に転倒するよりも速く、首を切り落とし……返す刃で更にもう一度両断。
苦痛を感じる時間を与えず、その機能を停止させる。
……昨日の処刑も、これくらい上手く出来れば良かったのに。

だけど……剣を振るうと、少しだけ気分が晴れやかになります。
昔は、執行官の家に生まれたとしても……鍛錬を積み腕を磨けば、私でも騎士の身分になれると思っていました。
後ろめたい気持ちなど何もなく、自分は清く正しいものだと言い放てるような存在に。
現実はそうではないと知ってしまったのはいつだったか……。

と、何気なく私は背後を振り返りました。
魔物の返り血が店にまで及んでないか、その程度の気持ちで。
0095シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:34:21.79ID:NO4oUyFO
「……ディクショナル様?」

……ですがそこにあった懐かしい顔に、私は思わず彼の名を呟いてしまいました。
父の助手として王都にいた頃、何度か目にした顔。
言葉を交わした事は殆どありません。ただ……彼からは、どこか私と似たようなものを感じていたのです。
人の身でありながら近衛騎士の名誉を掴んだというのに、己に誇りを感じられていないような、あの表情に。
他者の死に囚われた者の気配に……。
ですが今の彼からは、あの頃の雰囲気が感じられない……。
0096シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/20(水) 02:34:54.17ID:NO4oUyFO
「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
 ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」

騒動が収まると、私は慌ててディクショナル様に声をかけました。

「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
 難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
 お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」

知りたい。一体何が彼を変えたのか。
……共にいるヒトの方々が?それともどこか遠い地での任務が?

「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」



【そんな感じで改めてよろしくお願いします。6章もとても楽しみです。
 NGワードなんなの……】
0097シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◇fc44hyd5ZI垢版2017/09/20(水) 21:23:42.15ID:x9M0kgIC
ひとまずレスは全部投下出来たけど、テンプレ落とそうと思ったら規制された……
次のターンまでに解除されてるといいなぁ……


以下テンプレ

名前:シノノメ・アンリエッタ・トランキル
年齢:20歳
性別:女
身長:152cm
体重:13kg
スリーサイズ:発展途上
種族:魔族(ナイトドレッサー族)
職業:王宮及び裁判所による判決、宣告の執行者
性格:生真面目だが抑うつ的。自傷癖がある
能力:闇属性の小規模魔法
武器:身体を構成する闇属性エーテル
防具:同上。返り血の目立たない黒色のコート
所持品:薬袋
容姿の特徴・風貌:深い青色の肌。淡い銀色の、短めの髪。金色の瞳。
         表情が希薄。
簡単なキャラ解説:

お初にお目にかかります。私の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
……トランキル家の次期家長であり、今はキアスムスの、王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官を務めております。
つまり……帝国や共和国でいうところの「死刑執行人」であり「拷問官」です。
かの国々では、執行官はどのような扱いを受けているのでしょう。
トランキル家は王宮からは多大な報酬を頂いてはいますが……食料や日用品すら、流れの商人か、旅人を介さなければ買う事も出来ません。
魔族にもヒトにも忌み嫌われる存在……帝国や共和国でも、やはり同じような境遇なのでしょうか。

……祖父は幼い頃、執行官とは規律と正義の番卒。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、私に教えてくれました。

父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、ただ厳粛に、残酷であれと、私に教えてくれました。

ですが……裁判所が下す刑罰は魔族であれば軽く、苦痛の少ないものに。
魔族以外の種族であれば重く、また犯罪や体制への反抗の抑止力として、激しい苦痛が伴うものになる。
等しく、殺せば死ぬ命なのに……一方は重く、一方は軽い。
それは正しい事なのでしょうか。正義とは、規律とは、一体なんなのでしょうか。
彼らは本当に、その生の最後を、苦しみに飾られなければならなかったのでしょうか。
……私には正義の番卒になる事も、残酷な死神に徹する事も出来ません。

……私に出来る事は、ただこのダーマに生きるあらゆる種族を、効率的に、或いは非効率的に、殺める事だけ。
ナイトドレッサーは、身体の殆どを闇属性の、半物質化したエーテルによって構成しています。
それを操る事で、私は受刑者を串刺しにする事も、八つ裂きにする事も、全身の骨を打ち砕く事も……どんな処刑法をも可能にします。
私が他者より優れているのは、たったそれだけ。目の前の受刑者を殺める為だけの、小規模で、致命的な、誰の為にもならない魔法……。

私は……ただ命を奪うだけの者です。
拠り所とする正義も決意もない。そのくせ、投げ出す勇気もない。
ただトランキル家に生まれてしまったから……それだけの理由で、私は数多の命を奪ってきました。

……私が、今の私じゃない、もっと違う何かになれる時は……来るのでしょうか。
0098シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◇fc44hyd5ZI垢版2017/09/20(水) 21:24:47.81ID:x9M0kgIC
ひとまずレスは全部投下出来たけど、テンプレ落とそうと思ったら規制された……
次のターンまでに解除されてるといいなぁ……


以下テンプレ

名前:シノノメ・アンリエッタ・トランキル
年齢:20歳
性別:女
身長:152cm
体重:13kg
スリーサイズ:発展途上
種族:魔族(ナイトドレッサー族)
職業:王宮及び裁判所による判決、宣告の執行者
性格:生真面目だが抑うつ的。自傷癖がある
能力:闇属性の小規模魔法
武器:身体を構成する闇属性エーテル
防具:同上。返り血の目立たない黒色のコート
所持品:薬袋
容姿の特徴・風貌:深い青色の肌。淡い銀色の、短めの髪。金色の瞳。
         表情が希薄。
簡単なキャラ解説:

お初にお目にかかります。私の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
……トランキル家の次期家長であり、今はキアスムスの、王宮及び裁判所による判決と宣告の執行官を務めております。
つまり……帝国や共和国でいうところの「死刑執行人」であり「拷問官」です。
かの国々では、執行官はどのような扱いを受けているのでしょう。
トランキル家は王宮からは多大な報酬を頂いてはいますが……食料や日用品すら、流れの商人か、旅人を介さなければ買う事も出来ません。
魔族にもヒトにも忌み嫌われる存在……帝国や共和国でも、やはり同じような境遇なのでしょうか。

……祖父は幼い頃、執行官とは規律と正義の番卒。
例えこの世の誰もが我らを蔑み嘲ろうと、誇り高くあれと、私に教えてくれました。

父は、執行官とは罪に対する罰の体現者。
例えこの世の誰もが我らを忌み嫌おうと、ただ厳粛に、残酷であれと、私に教えてくれました。

ですが……裁判所が下す刑罰は魔族であれば軽く、苦痛の少ないものに。
魔族以外の種族であれば重く、また犯罪や体制への反抗の抑止力として、激しい苦痛が伴うものになる。
等しく、殺せば死ぬ命なのに……一方は重く、一方は軽い。
それは正しい事なのでしょうか。正義とは、規律とは、一体なんなのでしょうか。
彼らは本当に、その生の最後を、苦しみに飾られなければならなかったのでしょうか。
……私には正義の番卒になる事も、残酷な死神に徹する事も出来ません。

……私に出来る事は、ただこのダーマに生きるあらゆる種族を、効率的に、或いは非効率的に、殺める事だけ。
ナイトドレッサーは、身体の殆どを闇属性の、半物質化したエーテルによって構成しています。
それを操る事で、私は受刑者を串刺しにする事も、八つ裂きにする事も、全身の骨を打ち砕く事も……どんな処刑法をも可能にします。
私が他者より優れているのは、たったそれだけ。目の前の受刑者を殺める為だけの、小規模で、致命的な、誰の為にもならない魔法……。

私は……ただ命を奪うだけの者です。
拠り所とする正義も決意もない。そのくせ、投げ出す勇気もない。
ただトランキル家に生まれてしまったから……それだけの理由で、私は数多の命を奪ってきました。

……私が、今の私じゃない、もっと違う何かになれる時は……来るのでしょうか。
0099ティターニア@時空の狭間 ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/20(水) 21:37:11.99ID:x9M0kgIC
一回目投下した時に何故か規制の時みたいな書けてません的な画面がでてきたから
もう一度投下したら実は一回目が書けてて二重になってしまった……。一体何なんだろうか……。
シノノメ殿の次回はもちろん規制が流行ってるのだとしたら
他の人もいつ規制されるか分からないので連絡所の方も皆少し気を付けて見ておいてほしい!
0100スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:06:50.09ID:3692WisD
>「……スレイブの言う通りだ。もっと言うなら魔族がやってる店には近寄らない方がいい。
 魔族以外の種族がやってる店が集まるラーサ通りってのがある。飯とか宿はそこを勧めるぜ」

スレイブの注意喚起に補足する形でジャンが当面の行動拠点を提案した。
近隣の出身だけあってキアスムスでの土地勘は彼の方が強い。スレイブは首肯した。

「夜間はラーサ通りから出ない方が良いな。問題は、信頼できる宿がとれるかどうかだが――」

こればかりは、種族差別関係なしに、治安の問題が大きい。
基本的にキアスムスにおける魔族以外の種族というのは裕福層とは言い難い。
もっと直截な言い方をしてしまうなら、ラーサ通りの主な住民構成は貧民街のそれに近い。

王府高官や異国の要人を擁する一団が宿泊するとなれば、その寝床にも相応のセキュリティが求められる。
宿に荷物を預けて街を散策していたら、宿とならず者とが内通していて全て盗まれてしまうことも珍しくはないのだ。
入門許可証を公に得ている都合上、身分を隠すわけにもいかない。

「最悪、日が落ちる前に一度飛空艇に戻って夜を明かすことも考えておいてくれ」

>「後は……フィリアとティターニア、それとラテだな。
 お前ら全員マントかフードで顔と体隠しとかねえと奴隷商に捕まっちまうからな」
>「しかしマントフードがぞろぞろいても逆に怪しまれそうだな――これでどうだ、ディスガイズ」

ティターニアが幻影術を自身とフィリアに施し、種族を偽装する。
彼女はそれを軽くやってのけて見せたが、魔法王国の住民から見ても高度な術の業前だ。
動体に被せる幻影であるにも関わらず、動きに遅延なく追従して僅かな揺らぎも感じさせない。
こうして変化の過程を目の当たりにしたスレイブですら、一瞬声を掛けていいものか迷ってしまう程だった。

「流石はユグドラシア……魔導の深奥を開けし者達か……」

正直こんなのを擁する国と戦争一歩手前だった祖国が如何に危ない綱渡りをしてきたかを実感して震えが来る。
ユグドラシアはハイランドに対しても中立の立場とは言え、ダーマ王国軍の攻撃目標にはかの学府も入っていたのだから。
指環に纏わるのいざこざで侵攻計画は立ち消えになったが、これは祖龍さまさまと言うべきだろうか。

>「それじゃ行こうぜ。入る前に散々脅しちまったが、いけ好かない魔族共に会わなきゃいい街だ。
 俺たちとはぐれず、しっかりついてきてくれよ」
>「我々にとっては暗黒大陸は未知の世界だ――頼りにしておるぞ」

「ああ、任せてくれ。俺の実存に賭けて万難を排すと誓おう」

>「ですのですの。……だけど、ねえスレイブ様?」

門の前で大見得切らんばかりのスレイブを、フィリアが呼ぶ。
もはや通達事項は全て終えたつもりのスレイブは、怪訝に思いながらも足を止めて振り向いた。

>「さっきの約束、守りますの。だけどもっと前にした約束も、ちゃーんと守りますの。
 あなたが人間だからって意地悪されそうになったなら……その時は、わたくし怒りますの」

「………………!」

フィリアの言葉が、意味を伴って浸透するまでに少しばかりの時間を要した。
そうして、これまで望むべくもなかったことを、ようやく手に出来たのだと気付いた。
悪意と敵視の色濃く残るこのキアスムスにおいて、何に代えても彼女たちを守らねばと思っていた。
身を挺してでも護る。それは、自分がやるべきことで、自分にしか出来ないことだと認識していた。

だがこの小さな女王は、スレイブを守り、スレイブの為に怒ると言ってくれた。
――この俺を案じ、助けになろうとしてくれている者がいる。

あるいはもっと前から、バアルフォラスやジュリアンや、シェバトの人々にスレイブは助けられてきた。
その事実を、フィリアの意思表示によって、ようやく実感として気付くことが出来たのだ。
0101スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:07:28.16ID:3692WisD
「……頼りにしてるよ、我が王」

心の底から湧き上がる快さが頬を緩ませ、それを彼女に見られるのが気恥ずかしくて、スレイブは踵を返した。
誰かが後ろで支えてくれていることの、そこに背を預けられることの、なんと心強いことか。
この気持ちをこれまで知ることなく生きてきたのが、ひどく口惜しく思えた。

大門を潜れば、そこはダーマ有数の経済領域、キアスムスだ。
歴史を感じる石畳は凹凸なく磨き上げられ、鮮やかな屋根の連なりは絵画を思わせる。
浮遊樹の蕾をつかった遊泳広告が空を所狭しと飛び交い、一つ目の使い魔が大荷物を担いで往来していく。
街の至るところに設置されている噴水では、水棲系の種族が身体を潤わせるために列を作っている。

「赤く塗られた道は踏まないようにな。そこは"魔族専用"なんだ」

大通りのど真ん中を縦断するように区分けされた道がある。
魔族が平民と同じ道を歩くなどあってはならないという通念のもと整備された専用通路『紅路』だ。
時折はみ出して進む馬車が止められ、従者が折檻を受けている光景もこの街では日常として認識されている。

「馬鹿馬鹿しい儀礼に思えるかも知れないが……こうした権威付けは珍しくもないんだ、この国では」

祖国の恥部を晒すようで苦虫を噛む思いだった。
王都などはもっと酷い有様で、紅路に踏み出した幼子と飼い犬が揃って魔族に切り捨てられたこともある。
もしもその斬首役にスレイブが選ばれていたら、おそらくその日のうちに自分の喉を掻っ切っていただろう。
街に入って早々沈んでしまった気分を切り替えるように、スレイブは頭を振った。

「悪いことばかりの街ではないことは確かだ。店を選べば食事は美味いし、土産物には事欠かない。
 多様な街との交易と、多種な民族の共同体が織りなす文化は、キアスムスならではのものと言って良い。
 音楽は好きか?"キアスムス・サウンズ"というこの街に端を発する音楽文化があってな。
 収音盤が露店で安く手に入ることもあるから、気になったら一度聴いてみると良い」

>「……ここはいつ来ても変わんねえな。ごちゃ混ぜのいい街だ」

より深く街を知るジャンは、懐かしさと目新しさのないまぜになった表情で街を見回している。

>「そうだな……ごちゃ混ぜ感がどこかアスガルドに似ておる」

「アスガルドの料理は美味いのか?岩毒トカゲの舌の串焼きなんかは向こうじゃ禁止食材になっているだろう。
 ここではご禁制の食材も豊富に手に入るぞ。毒を呑んでも死なない頑健な胃袋を持つことが前提だがな」

エルフや純人のような、"比較的"消化器官の弱い種族が多数を占める国では毒として認識されている食材も、
魔族や亜人種が多いこの国では有り触れた日常食の一つだ。
毒はあるが安くて美味いといった料理は、おそらく他の国でお目にかかることは一生あるまい。

>「この街には王立図書館の本館も置かれているがどこか似ているのはそのせいかもしれないな。
  置かれている、といってもダーマが実際に作ったわけではなく
  この地がダーマの傘下に入るずっと前からあった図書館を、王立図書館として指定したらしいが」

>「それって地下無限ダンジョンの噂があったりはせぬか?」

ジュリアンが白い目でティターニアを見たので、スレイブは慌てて両者の間に割って入った。

「王立図書館はダーマの黎明より更に昔、古代文明が隆盛の頃からある建物だ。
 第一から第百まである封印書庫もまだ半分程度しか解放されていなくて、半ばダンジョン化していると聞いたことがある。
 貴女の言う無限地下ダンジョンがあるかは分からないが、ダーマが入手出来ていない知識が眠っているのは確かだ」

ユグドラシルの解析技術を使えば、王立図書館に秘められた古代の知慧を紐解くことが出来るかもしれない。
情報収集の一つの手段として考えておくべきだろう。
0102スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:08:09.62ID:3692WisD
>「そろそろラーサ通りだ。魔族の連中はまずここに来ねえから、安心してうろつけるぜ」

そうこう言っているうちに当面の目的地、ラーサ通りが見えてきた。
ここまで来れば一安心とばかりに弛緩した一同の空気を再び切り裂くように、ガラスの割れる音が響いた。
スレイブ達の歩くすぐ傍の地面に、グラスの破片と鮮血のような色のワインが飛び散っている。
見上げれば、傍の酒場の階上から、二人の魔族がこちらを睥睨していた。
0103スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:08:31.08ID:3692WisD
>「おっと、これは失礼。宮仕えの騎士殿に我らから一杯、奢らせて頂こうかと思ったのだが……手が滑ってしまった」

スレイブは左手でティターニア達を制しつつ、魔族達と目を合わせる。

「悪いが仕事中に飲酒はやらない主義だ。それに公務の最中に民から品を受け取ることも禁止されている」

スレイブは"民"の部分に思い切りアクセントを付けてそう答えた。
人間如きに一市民扱いされた魔族達に、露骨な嫌悪感が満ちたのがここからでも分かった。
しかし相手もさる者、怒りを露わにすることもなく、持っていたワインボトルを再び『手が滑る』ことで落とすに留まる。

(これは受けておくか……)

スレイブは自らワインを引っ被る位置に移動した。
一種のヘイトコントロールだ。挑発の応酬の果てに、スレイブが一方的に害を被ることで魔族側も溜飲が下る。
こうしてガス抜きをしておけば、少なくともスレイブ以外の者たちが闇討ちに遭うことはないだろう。
ダーマで生きる中で半ば否応なしに身につけた、被虐者の処世術であった。

――果たして、ワインボトルは頭上へ振ってはこなかった。
自由落下するボトルはある高度で停止し、バネ仕掛けのように再び魔族の手元へと返っていく。
勢いをつけて返ってきたボトルはそれを掴み損ねた魔族の額にぶち当たった。

「!?」

不可解な現象に動揺する魔族とは裏腹に、スレイブの目には全てが見えていた。
フィリアが秘密裏に糸を伸ばし、ボトルと魔族の額とを繋げて伸縮させたのだ。

>「……行きましょ、ですの。ラーサ通りまで追っかけてきたら、今度はもっと恐ろしい目に遭わせてやりますの」

素知らぬ顔で一同へ先を促すフィリアに、スレイブは苦笑しつつ従った。
フィリアは自分の言葉を違えない。守ると言ったら必ず守ってくれるのが彼女の美徳だ。
しかし、こんな調子で一行を取り巻く悪意の全てに応報を加えていれば遠からず逃げ場を失ってしまうだろう。
ならば、騎士を庇護する女王を護るのもまた、騎士の役目だ。

「大丈夫だ。連中はもう俺達を追うことは出来ない」

腰元で謎の咀嚼音を立てる魔剣を撫でながら、スレイブは女王に耳打ちした。

――酒場の魔族は、額を抑えながらついに激昂した。
口汚い言葉で届かぬ罵りを叫びながら、ワインに濡れた髪を振り乱し、去りゆく一行に天誅を加えんと身を乗り出す。
共に食事を採っていたもう一人の魔族に「追うぞ」と声を掛けた。
相方の魔族は、目を輝かせて机の上のピラフを頬張っていた。

「このごはんおいしいね!」

「…………は?」

この状況で、中年に差し掛かった男のものとは思えぬ言葉で食事の感想を述べる相棒の姿に魔族は声を失った。
そして自身も着席し、先程までの怒りもどこへやら、自分の席にあるパスタを一口啜って声を取り戻した。

「ごはんおいしー!」

中年魔族二名の突如の変貌に、酒場の店員も酔客も区別なくドン引きする。
知性を失ったとしか思えない意味不明な謎の痴態は、彼らが正気を取り戻す一刻後まで続いた。
0104スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:08:56.66ID:3692WisD
――所変わってラーサ通り、一行は『飛び出す目玉亭』なる料理屋で小休止をとっていた。
どこの街でも酒場と料理屋は情報の集まる場所であることには変わらず、聞き耳を立てれば様々な噂話が飛び交うのが分かる。
どこぞの村で魔物が凶暴化したとか、ダーマの魔王の体調が思わしくないとか、憶測と伝聞混じりの分別なき情報達だ。

「魔物の凶暴化が気になるな。確か指環が目覚めた影響でそうした事件が起きることがあるんだろう」

バジリスクの揚げ尾肉に齧り付きながらスレイブは呟いた。
彼の目の前にはその他にもアッシュボアの中落ち煮、メープルトライアドの樹液スープ、ワイルドカロットの切り身など、
ダーマ特有の食材を使った料理が所狭しと並べられている。
シェバトを発つ際にケツァクウァトルが早起きして作ってくれた弁当はとっくに胃袋の露と消え、彼は空腹だった。
どうにもシェバト解放戦の後から妙に腹が減りやすい気がする。

「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」

スープを飲み下してから、スレイブは声を落とす。

「……やはりネックになるのは当面の拠点だな。何日か街に腰を据えて調べるのなら、宿の確保は必須だ。
 だが貴重な道具や資料を抱えてキアスムスの宿に泊まるのは色々と不用心過ぎる」

いちいち飛空艇まで引き返していたのでは何日あっても時間が足りない。
ジャンの故郷を訪うという重要な予定も後に控えているのだ。出来る限り効率よく捜索したい。

「信頼のおける寝床が見付かれば良いんだが……」

>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」

その時、往来の方から悲鳴と助けを求める声が飛んできた。
顔を上げれば、土煙の向こうから暴威の気配が音を伴って近付いてくるのが分かる。

>「……思いっきり入ってきておるな」

「件の凶暴化した魔物か!こっちに向かって来てるぞ!」

串に刺さった最後の肉を急いで胃の中に収め、傍に立てかけてあった剣を引っ掴んで店を出る。
既に姿の見える距離に複数の魔物がいた。アックスビーク、暗黒大陸固有の鳥系魔獣種だ。
その最たる特徴は岩をも刳り取ると言われる巨大かつ堅牢な嘴で、地を走る為に強靭な脚力を併せ持つ。
だが本来のアックスビークは家禽に出来る程度には温厚で、このような暴走は珍しい。
まして、キアスムスの衛兵が太刀打ち出来ないような強力な魔物ではなかったはずだ。

>「勘弁してくれ! この店を始めるのに何年かかったと思ってるんだ……!」

店主のサイクロプスが、絶望に駆られて声を上げた。
亜人種である彼がキアスムスで商売の許可を得て、店を持つまでには相当の努力と苦労があったのだろう。
この街の商売人の多くが広場や通りで露店を出すに留まっているのがその証左だ。

「店長、貸し一つだ。食事代はまけてくれよ……!」

店を出る直前、スレイブは店主にそう囁いた。
冒険者に対する依頼という形にしなかったのは、"人間に頼った店"という風評が立つのを防ぐためだ。
街の外で微かな手がかりを求めて魔獣狩りをする手間が省けたと思えば、この程度のトラブルは物の数にも入らない。

「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」

ラーサ通り方面から魔物が出てきたと大通りの魔族達に知れれば、官吏がここへ踏み込む契機となるだろう。
『街の治安の為』という名目のもと、如何なる蹂躙がラーサ通りで行われるかは想像に難くない。
スレイブ達がここに逗留していることが広まるのも都合が悪い。

「店に向かってくる連中は俺が始末する」
0105スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:09:17.56ID:3692WisD
言葉の緊迫感とは裏腹に、スレイブの挙動は静かなものだった。
鞘から抜き放った長剣を、力みのない構えでアックスビーク達へと向ける。
そのまま加速する魔物とすれ違った瞬間、スレイブの剣が魔物と同数だけ閃いた。

アックスビークのけたたましい鳴き声が不意に止む。
衛兵達が束になって制止しても止まらなかった筋肉質な脚部が、ゆっくりと動きを落とし、バランスを保てずに転倒した。
そのまま沈黙する。魔物たちは傷一つない肉体のまま、眼球だけをぐるぐると回して昏倒していた。

スレイブの一撃は至極単純な剣閃であった。
駆け抜けるアックスビークの頸部めがけて、正確に一度刺突を繰り出す。
ただそれだけの動きを常人の目には追えない程の速度で行った結果、血の一滴も零すことなく魔物達の延髄を破壊。
脳と四肢とを繋ぐ神経を断ち切り、生きたままに動きを封じたのだ。

凄まじい速さで刺突を繰り出す剣士のスキル『瞬閃』。
獲物の延髄を貫き鮮度を保ったまま動けなくするハンターのスキル『ノッキング』。
それらを高度に複合させたスレイブ独自の剣技だ。
0106スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:10:17.41ID:3692WisD
「癒やしの魔法を掛ければ元のように動けるようになる。行動を観察する標本には十分だろう」

神速の刺突によって麻痺させたアックスビークは5頭。
返り血はおろか脂すら付いていない剣を習慣で払ったスレイブは、それを鞘に収める。
チン、という鍔鳴りの音に弾かれるようにして、近くの残骸と化した露店のテントが弾け飛んだ。
剣閃を逃れたアックスビークが1頭、そこから飛び出していた。

「隠れていたのか……!」

テントに頭から突っ込んでもがいていたが為にスレイブとすれ違わなかった最後の1頭が、
『飛び出す目玉亭』目掛けて突進を再開する。
無駄に勿体ぶって納剣していたスレイブは追いかけようとするが、既にアックスビークは店の間近に迫っていた。

「間に合わない……!逃げろ!!」

更に間の悪いことに、頭を抱えて震える店主のサイクロプスとは別に、黒いコートを羽織った女性が立っている。
突然の事態に逃げ遅れでもしたのか、女はそこから身じろぎ一つせずに迫る運命を諸手で迎えた。
激突もあわやと思われた瞬間、黒い刃がアックスビークの足を薙ぎ払った。

「!」

脚を失ったアックスビークの身体が石畳に触れるよりも早く、ニ閃、三閃と刃が踊る。
首を絶たれ、宙を舞う頭部さえも地に落ちるより早く両断した絶技の使い手は――先程の女。
人間ではない。小柄な体躯はヒトに似た四肢を持つが、肌を彩る色が決定的に違った。
深く、濃い、青――ヒトの持つ赤い血潮とは無縁の、強い魔性を宿す色。
魔族だ。

(ラーサ通りに、魔族だと……!?マズいぞ……!)

この魔族はキアスムスの駐在官と通じているだろうか。
少数であるが故に同胞意識の強い魔族達は、異なる職にあっても繋がりを持っていることが多い。
通りで起きた騒動を、他の魔族に伝えられでもしたら。
スレイブ達がこの辺りに逗留し、何かを探していることが露呈でもすれば。
指環の勇者一行はおろか、ラーサ通りに生きる全ての者に危険と災いが降りかかりかねない。

(使うか……バアルフォラス……)

魔剣の力を使えば、不都合な情報を得た記憶を『喰い散らかし』、忘れさせることはできるだろう。
しかし敵対してもいない相手に、例え相手が魔族だからとて、魔剣を振るうのには躊躇いがあった。
そうしているうちに剣をかき消した魔族がこちらを振り向く。
銀の髪の下で無感情に揺れる金色の美しい双眸が、スレイブの顔を捉えた。

>「……ディクショナル様?」

――スレイブの名を呼んだその魔族の容貌に、彼もまた、覚えがあった。
魔剣に伸ばしつつあった手を翻す。
ラーサ通りに現れた魔族に、警戒を抱いているであろう仲間達に対する『問題ない』のサインだ。

>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
 ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」

黙ってしまったスレイブに対して、不安を滲ませたシノノメが声をかける。
スレイブはすぐに、忘れていたわけではないとばかりに態度を取り繕った。

「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
 トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
 ……キアスムスの執行官になっていたのか」
0107スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:10:59.07ID:3692WisD
彼女の名はシノノメ・アンリエッタ・トランキル。
トランキル家はダーマ王府お抱えの司法執行官の家系で、彼女はその末裔だ。
王都駐在時に、面識がある――主に彼女の父親が持つ技術を頼っての面会だったが。
スレイブがアックスビークに対して使った剣技も、下敷きになっているのはトランキル家の拷問技術の転用だ。
生かしたまま四肢の動きを封じ、生殺与奪の権を握る、より残酷な使い方のできる技。
そういう意味では、彼女の父親はスレイブの剣の師の一人とさえ言える。

数年前に最後に会ってからシノノメは随分と様相が変わってしまったように思える。
当時のスレイブに他人を気にかけるような余裕がなかったのは確かだが、
それでもシノノメという女性がまだ少女に近かった頃、彼女はもっと感情表現が豊かだったのを覚えている。
今のシノノメは、まるでそういう形に彫り込まれた彫像にも見えた。

>「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
 難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
 お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」
>「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」

「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
 気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」

トランキル家の『事情』――それは、"首切りトランキル"の名を聞いて逃げ出す人々の姿で推し量れる。
魔族が他種族に対して絶対の上位にあるこの国で、トランキル家の者だけは、魔族でありながら石を投げられる側だ。
十秒歩けば両手一杯の食事が買えるこの商店通りのど真ん中で、食料品の買い出しを他人に頼む理由は、
決して伊達や酔狂の類ではないということである。

スレイブは客が全員逃げた『飛び出す目玉亭』に仲間たちとシノノメを誘った。
サイクロプスの店主はシノノメとその同行者達を追い出す権利があったが、しかし何も言わずに黙認した。
彼なりの義理の通し方だったのかもしれない。

「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
 すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」

散々魔族の暴虐を語った手前どう紹介したものかスレイブは大いに悩んだが、結局そのまま喋ることにした。

「俺が王都に居た頃、ジュリアン様が亡命して来るまでお世話になっていた恩人の娘さんだ。
 お父上はまだ王都に?……いや、積もる話は腰を落ち着けてからだな、済まない」

旧知の紹介の仕方など誰も教えてくれはしなかったので話がとっ散らかる。スレイブは頭を抱えた。
長い間魔剣の力で馬鹿になって過ごした弊害がこんなところに出てくるとは思わなかった。
結局の所、冒険者に対して通りが良い話の持っていき方はこうだろう。

「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
 報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」

トランキル家の屋敷には、誰も近付かない。
都市内の一等地に立っているにも関わらず、周辺は寒村のように静まり返っている。
裏を返せばそれは、近付く者が居れば確実に察知でき、警戒網の構築も非常に容易だということでもある。
キアスムスで情報収集をする為に信頼できる拠点を探していた一行には、まさに渡りの船とさえ言える。

「どうする?受けるか?」


【シノノメを仲間たちに紹介し、仕事を仲介】
0108スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/09/24(日) 23:12:01.10ID:3692WisD
【代理投稿乙だぜ。おれもNGワード回避にめっちゃ手間どっちまったし避難所の確認も心がけるぜ】
0109ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/25(月) 15:45:24.34ID:IzuISq5F
>「ねえ知ってる? 最近この近くのなんとかっていう村で凶暴化した魔物がよく出るんですって」「きゃーこわーい」

>「魔物の凶暴化が気になるな。確か指環が目覚めた影響でそうした事件が起きることがあるんだろう」

「イグニス山脈とアスガルド、両方とも魔物が暴れてたな。
 この辺りじゃそこまで狂暴な魔物はいないから大丈夫だとは思うけどよ」

ドレイクの尻尾焼きを皿から手づかみで掴んでは食いちぎる合間、
スレイブのつぶやきにジャンはそう答えた。

看板メニューの"飛び目玉の丸ごと煮"は人間やダークエルフが食べると体調を崩すということで
ジャンとフィリアが二人で平らげてしまったが、オークと昆虫族には影響はない様だ。

「ユグドラシアで食ったゆで卵だったか?あれに似た味だな、これ」

>「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」

「指環の影響で肉体まで変わっちまったってのはありうるな。
 ……その肉の揚げ物一個くれ。前に店主が露店で出してた奴で好きなんだよ」

>「キャー来ないで!」「そっちに行ったぞ!」「追えー!」「何をしている早く捕まえろ!」
>「任せろ――ぎゃあ!」「ああっ、トムが蹴っ飛ばされた!」

ジャンがバジリスクの揚げ尾肉を口に放り込んだ直後、悲鳴が外から聞こえてきた。
喧嘩や言い争いはラーサ通りではいつものことだが、それとは明らかに違う雰囲気だ。

>「……思いっきり入ってきておるな」

>「件の凶暴化した魔物か!こっちに向かって来てるぞ!」

どうやら通りにアックスビークの群れが入ってきたらしく、衛兵たちが止めようと四苦八苦している。
この魔物、さらに細かい分類をするなら鳥系魔獣だが鳥にも関わらず空を飛ぶことはできない。
ハーピーやワイバーンに空を追われ、地に逃げた魔獣が過酷な環境を生き延びるために
足と嘴を進化させたのがこの魔物だと言われている。

繁殖期以外は温厚であり、肉、卵が美味。さらには粗悪な鉄程度なら砕く嘴は武器にも転用できると
無駄がなく、暗黒大陸では王国成立以前よりも昔から家畜化されている。
0110ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/25(月) 15:45:56.10ID:IzuISq5F
「……繁殖期にはまだ早えぞ!」

慌ててジャンは残っていた飛び目玉の丸ごと煮のスープを飲み干し、
手で口を拭うと立てかけていたミスリルハンマーを持って飛び出した。

>「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」

「おうともよ!特に"首切りトランキル"が出てきたら面倒どころじゃねえぞ!」

ラーサ通りから中央広場に続く道は衛兵たちが守ってくれているが、
横道にアックスビークが入りこまないとも限らない。
魔族が万が一怪我でもすれば、間違いなく通りの責任者の首が物理的に飛ぶだろう。

「まだ生きてんなら、ラーサ通りは"紅葉"のガレドロ爺が顔役やってるはずだ!
 あの爺さんには世話んなった、死なせるわけにゃいかねえ!」

そうジャンは叫んで、横道に逃げようとする4体のアックスビークたちを追いかける。
アックスビークの脚力はかなりのものだが、それは地面を踏み込めるからこそだ。
石畳が敷き詰められ、木箱や露店が立ち並ぶラーサ通りでは本来の速さは発揮できない。

一方ジャンは戸惑うことなく通りを走り、アックスビークたちに追いつくと
まず前を走っている二体の首を両の腕で掴んで勢いに任せ、思い切り振り回した。

それだけで後ろの二体も巻き込まれ、身体を壁に叩きつけられて気絶する。

「おっしゃあ!残りは……」

残りのアックスビークは衛兵に捕縛されたり、他の冒険者に仕留められたりと
大方通りから外に出ることなく済んでいるようだ。

>「間に合わない……!逃げろ!!」

隠れていたのか、なんと一頭のアックスビークがまだ先程の店に向かって走っていた。
他の仲間は運悪く離れたところにいて、気づいてこちらに来る頃には店に突っ込んでしまっているだろう。

しかも黒いコートを纏った女性がアックスビークの進路上に立っている。
このままでは吹き飛ばされる、そうジャンが思った瞬間だった。
0111ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/09/25(月) 15:46:21.17ID:IzuISq5F
突然アックスビークの脚が切断され、首が両断されたのだ。
ジャンが瞬きするより早く一連の動作を行ったのは、黒いコートの女性。
青い肌に銀の髪。瞳は金色という、明らかに魔族の特徴を持っていた。

>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
 ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」

>「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
 トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
 ……キアスムスの執行官になっていたのか」

魔族の女性はどうやらスレイブの古い知り合いだったようだ。
ぎこちない会話が続き、一行は再び『飛び出す目玉亭』に戻る。

>「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
 すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」

>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
 報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」

"首切りトランキル"、"死神トランキル"の噂はジャンも聞いたことがある。
その噂の内容を信じるなら、凄まじく不細工な顔に、ひび割れた皮膚。
罪人の死体を食べ、血を啜る趣味を持ち、腕が下手な癖に好みで処刑内容を変える魔族の恥さらし。

だが、目の前にいるトランキルは明らかに噂とは違う。
見た目は綺麗だし、アックスビークを仕留める時も見事な腕前だった。

「噂とは大違いだな、トランキルさん。
 俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」

いつものジャンとは違う、ややそっけない言葉を並べてティターニアの方を向く。

>「どうする?受けるか?」

「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
 トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
 できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」

そう言ってジャンはラーサ通りの奥、様々な植物が巻き付いた建物を指差す。

「ラーサ通りを取り仕切ってる植物族のガレドロ爺がやってる宿屋だ。
 一階は酒場にもなってるし、あそこで悪さしようとするバカはいねえ」

『立ち並ぶ木々亭』と蔦で宿の名前が書かれている。
見れば冒険者らしき様々な種族が集い、こちらにも聞こえてくるほど賑やかだ。

「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
 ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
 でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」

そんなのはゴメンだ、と言わんばかりにジャンは腕を組んでトランキルを見る。


【最終的な判断はティターニアさんに丸投げで申し訳ないですが、
 ジャンとしてはこう言わざるをえないので】
0112ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/27(水) 00:40:28.15ID:ojvnEMRP
>「ユグドラシアで食ったゆで卵だったか?あれに似た味だな、これ」

「そうか……味は意外と普通なのだな」

ティターニアは、人間やエルフにとっては毒となる食材が使われた料理が平然と提供されていることにカルチャーショックを受けていた。
それも、オーク等の種族には根本的に毒ではないわけというわけではなく、
単に消化器官が丈夫だからまあ大丈夫というノリで皆平然と食べているらしい。
店で出てくる物の中に食べてはいけない物があるとはなんとも危なっかしい話だが、
人間とエルフは食べられる物は殆ど共通なので、スレイブが食べている物ならまず食べても大丈夫だろう。

>「街の外縁で凶暴化した魔物をいくつか狩ってみるか?肉体の変質などから手がかりが掴めるかもしれない」

とスレイブが提案するが、アックスビークの一団の乱入により、結果的に外まで狩りにいく必要は無くなったのだった。

>「ジャン、魔物が大通り方面に飛び出さないように頼む。当局にラーサ通りを踏み荒らす口実を与えたくはない」
>「店に向かってくる連中は俺が始末する」

>「おうともよ!特に"首切りトランキル"が出てきたら面倒どころじゃねえぞ!」
>「まだ生きてんなら、ラーサ通りは"紅葉"のガレドロ爺が顔役やってるはずだ!
 あの爺さんには世話んなった、死なせるわけにゃいかねえ!」

スレイブがジャンに、アックスビークを大通りに出させないように要請する。
別にラーサ通りで飼育していた魔物が脱走したわけでもなく
たまたま外から入り込んだ魔物がラーサ通りから出てきたというだけでこの通りの住人のせいにされるのはおかしな話だが
ティターニアはここまでの道中で、ダーマの魔族至上主義とは何ぞやということを身を持って理解しつつあった。
魔族以外通ってはいけない謎の専用通路に、こちらが人間であることだけが理由の何の謂れもない唐突な嫌がらせ。
それも帝国の人間至上主義のような多数派側による少数派への迫害ではなく、ごく一部の支配階級によるその他大多数への絶対的支配。
まるでクラスで威張り散らすいけすかない奴の自分ルールが、何故かそのまま一つの国家の規範になってしまったような印象を受けるのであった。
そしてどういう経緯かは分からないがこのラーサ通りは魔族以外による一種の自治区を形成しているようだが、
魔族側としては気に入らないに違いない。
この通りからモンスターが出てきたと言って、こじつけてでも踏み込んでくる口実とするのはありそうな話だ。
そう察したティターニアは、ジャンと共に警備にあたる。

「――スネア!」

ジャン達の警備をすり抜け通りから出ようとしたアックスビークに、片っ端から躓かせて転ばせる魔法をかける。
もちろんそのままでは起き上がってしまうが、衛兵達が捕縛する時間稼ぎにはこれで十分だった。
店の方に向かったアックスビークは、何をどうやったのが、スレイブがその超常の剣技で一切の外傷のないまま完全に無力化していた。
これにて一件落着と思われたが――

>「間に合わない……!逃げろ!!」

一匹残っていたらしいアックスビークが店に突進する。
その先にいるのは、黒衣を纏った少女のように見える小柄な女性。
彼女は右手を黒い鎌に変化させたかと思うと、瞬く間に脚を薙ぎ払い首を切断してアックスビークの息の根を止めた。
元素を物質化して武器を形成する魔術に似ているが、身体自体の一部を武器に変化させていた。
その肌の色を見て、彼女が人間では無い事を確信する。
闇属性の元素で身体が構成されているというナイトドレッサー族――魔族の一種だ。
道中でちょっかいをかけてきた魔族のことを思い起こし警戒するティターニアだったが――
0113ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/27(水) 00:42:35.59ID:ojvnEMRP
>「……ディクショナル様?」
>「……あ、あの、ディクショナル様。私の事を覚えていらっしゃいますか?
 ええと……王都で何度かお会いした……シノノメです。その、トランキル家の……」

>「ああ……ああ。済まない、あまりに久しぶりだったから少し驚いただけだ。
 トランキル卿――貴女のお父上には王都に居た頃から目を掛けて頂いていた。
 ……キアスムスの執行官になっていたのか」

「何だ、知り合いか」

スレイブの旧知の仲だということが分かり、少し警戒を解く。

>「もし覚えていらっしゃるなら、どうか私の頼み事を聞いてはもらえませんか。
 難しい事ではありません。ただ食料を、私の代わりに買ってきて欲しいのです。
 お金は私が出します。それとは別に礼金も支払います。キアスムスにいる間の宿も提供します」
>「……トランキル家の屋敷で良ければ、ですが」

>「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
 気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」

食料を買ってきてほしいとはどういうことだろうか、と疑問に思いつつ、促されるままに店に戻る。
食べ物屋ならその辺にあるし、増してや彼女は立場が強いはずの魔族だ。

>「彼女はシノノメ・トランキル、見ての通りの魔族だ。だが大通りにいたような魔族連中とは……違う。
 すぐに信頼しろとは言わないが、少なくとも彼女に対して、他と同様の警戒はしなくても良い。それは、俺が保証する」
>「俺が王都に居た頃、ジュリアン様が亡命して来るまでお世話になっていた恩人の娘さんだ。
 お父上はまだ王都に?……いや、積もる話は腰を落ち着けてからだな、済まない」
>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
 報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」

スレイブは、シノノメは恩人の娘だと話し、彼女からの依頼を持ちかけられたと告げる。
これだけ聞くといい事づくめに思えるが――市場で食料品を買ってくるだけでいいとはあまりにいい話過ぎて裏がありそうだ。
それを裏付けるように、ジャンの態度がどことなくおかしい。

>「噂とは大違いだな、トランキルさん。
 俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」

「処刑……だと?」

そこで、先ほどジャンが口走った"首切りトランキル"と目の前のシノノメがようやく結びつく。
流石に本人がいる場でその二つ名を口には出さなかったが、ジャンの態度から察するにどうやら間違いなさそうだ。

>「どうする?受けるか?」

>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
 トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
 できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」

基本的に親切なジャンがどこか怯えたように拒絶を示すことから、なんとなく事情が飲み込めてきた。
ダーマでは魔族以外は些細なことで死刑になる上に、魔族の権威を知らしめるために見せしめのような悪趣味な処刑を行っていると聞く。
死刑を執行される側の異種族達から激しい恨みを買うことは言うまでもないが、同じ魔族からですらも恐れられ忌避されているのかもしれない。
自ら望んでなったのならまだしも、執行人の地位は本人が望む望まないに拘わらず世襲制で継承される。
判決が出ればそれに疑問を感じても判決通りに執行するしかなく、もしも拒否しようものなら自身が殺されかねない、そんな役回り。
彼女もまた、この国の歪んだ魔族至上主義社会の被害者と言えるだろう。
0114ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/09/27(水) 00:44:19.91ID:ojvnEMRP
>「ラーサ通りを取り仕切ってる植物族のガレドロ爺がやってる宿屋だ。
 一階は酒場にもなってるし、あそこで悪さしようとするバカはいねえ」
>「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
 ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
 でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」

王都暮らしが長かったスレイブと、近くに故郷がありこの地域に馴染みがあるジャンの意見が真っ向から対立する。
スレイブの恩人の娘を無碍にも出来ないが、今後の情報収集を考えるとジャンの意見も一理ある。
せめてもう少し角が立たない言い方が出来ないものかとも思うが
これも店主が見ている事を意識して、トランキル家とは一切馴れ合わない事をアピールするポーズなのかもしれなかった。

「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」

結局依頼だけ受けて宿の提供は丁重に遠慮するという、なんの捻りも芸も無い無難なところに落ち着こうとするティターニア。
しかしそうは問屋が卸さなかった。
『立ち並ぶ木々亭』の方に視線を向けた丁度その時――店の前に「本日満室」の看板が置かれた。

「――あっ」

賑わいがここまで聞こえてくるほどの盛況っぷり。
酒場の方があれだけ賑わっていれば、宿も満室になっても不思議はないかもしれない。
ともあれ、これで宿の提供を丁重に遠慮することの難易度が跳ね上がってしまった。

「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」

そういえば、ジャンがイグニス山脈を訪れたのも、ラテがアスガルドを訪れたのもそんな感じの理由だった気がする。

「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」

これは半分口実、半分事実といったところ。
屋敷への出入りを目撃されなければ、情報収集に支障をきたすことはないだろう。
そして事実として、すでに指環を4つ集めたとはいえ、いや4つも持っているからこそ、指環に引き寄せられいつ刺客が現れないとも限らない。
そういう意味では周囲が閑散とした屋敷は、不特定多数の冒険者で賑わう宿より安全と言える。
それに、街での情報収集で手に入るのは一般人レベルの噂に限られるが、
処刑執行人ともなれば普通には手に入れる事は出来ない裏の情報を知っているかもしれない。
加えて、闇の指環の情報を求めているところに闇の化身たる種族の彼女が現れたことに、奇妙な符号を感じるのであった。

「申し遅れたが我はティターニア。今はダークエルフを装っておるがハイランド出身のエルフだ。
何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」

最初にスレイブに依頼するときの彼女の様子がかなり切羽詰った感じだったので、相当お腹が好いているのではないかと思い、そう訪ねた。
0116シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/28(木) 23:58:14.52ID:/j/yk8iP
>「……事情は理解しているつもりだ。だが少しだけ待ってくれ、俺の仲間にも話を通す時間が欲しい。
  気を悪くしないでくれ。状況が状況だ、貴女のことを端的に紹介する。場所を移そう」

……良かった。どうやら、忘れられていた訳ではないみたいです。
だけど安堵のあまりに溜息を吐いてしまいそうになるのを、私は我慢しました。
その感情を吐露する事が、執行官として正しい事なのか、分からないから。
……トランキル家の編み出した闇魔法に、『マリオネット』というものがあります。
闇属性のエーテルを対象の体内に注ぎ込み、その動作を制限、あるいは操作する魔法。

「……いえ、こちらこそ申し訳ありません。私のような者が、声をかけてしまって」

その魔法を自分に用いれば……どんな表情も、浮かべずにいる事が出来ます。
それでいいんです。
ずっと無表情でいれば、人々は勝手に私の事を、残酷な執行官として見てくれますから。

そんな事を考えていると……スレイブ様は、客の逃げてしまったお店に入っていきました。
0117シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/28(木) 23:58:44.45ID:/j/yk8iP
「あ、あの……」

ですが私にはその後が追えません。
執行官に敷居を跨がれる事など、この街の誰もが望まないでしょう。
待ち受ける嫌悪の表情に怯えながら、店主の方を見ると……彼は、私に見向きもしていませんでした。
もしかしたら……見なかった事にする、という事なのでしょうか。
……いえ、いちいち庶民の間にどんな風評が流れるかなんて、きっと祖父も父も気にしないでしょう。
だから……この店主がどんな心持ちで私から目を逸らしているかなんて、関係ありません。
自分にそう言い聞かせて、私はお店の敷居を跨ぎました。

……こうやって、どこかのお店に入るなんて事は生まれて初めての事で。
私は少し落ち着きなく、店の中を見回してしまいました。

>「あー……彼女から仕事の依頼だ。内容は市場における食料品の調達。
 報酬は金銭と――おそらくキアスムスで最も安全な宿の提供だ」

そうしている間に、スレイブ様はお連れの方々に話を通してくれていました。

>「噂とは大違いだな、トランキルさん。
 俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」
>「処刑……だと?」

ですが返ってきた反応は……いえ、分かりきっていた事です。
誰だってトランキル家の死神に関わりたくない。当たり前の事です。

……祖父ならば、彼らの反応に毅然とした態度で立ち向かうでしょう。
執行官の任は王より賜りし、国家の正義に力を付与する誇るべき職務。そのような態度を取られる謂れはないと。

父ならば、彼らの反応など涼しい顔で受け止めてしまうでしょう。
むしろ彼らの認識をより強固なものにする為に、一芝居打つくらいしてのけるかもしれません。

ですが……私にはそのどちらにも、倣う事は出来ない。
私が祖父や父の真似をして、その後で何か失敗をしてしまったら。
その模倣を貫き通せなかったら。

人々は思うでしょう。
トランキル家の信念など、吹けば飛ぶような張り子に過ぎないと。
トランキル家の死神など、恐れるに足りないこけおどしだと。

……祖父のようにも、父のようにもなれない私が、出来る事はただ一つ。
0118シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/28(木) 23:59:11.26ID:/j/yk8iP
>「どうする?受けるか?」

>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
 トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
 できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」
>「依頼である以上やってやるが、そこまでだ。
 ここで情報集めるなら、ガレドロ爺に話通しといた方がいい。
 でなきゃここ以外、魔族共がうろついてる場所で頭下げて集めることになるぜ」

「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。
 私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」

オーク族の方が言葉を紡ぎ終えたところで、『マリオネット』で笑みを模り、そう言葉を返す。
これが私に出来る事……祖父のようにも、父のようにも、ならない事。
殺しを見世物のように取り扱う、愚者になれば……
私はトランキル家の中でも特段の出来損ないとして見てもらえる。
それは……何も間違った事ではありませんしね。

>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」

「……そう、ですか」

願わくば、スレイブ様がどうしてあのように変化を遂げたのか。
その理由を彼から聞き出したかった。
……ですがこうなる事が、私の宿命だったのでしょう。
信念もなく他者の命を奪い続けてきた私が、運の巡り合わせに救いを求めるなんて……叶う訳も、
0119シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/29(金) 00:00:21.42ID:siB6LrfH
>「――あっ」

ダークエルフの方が、ふと何かに気付いたような声を零す。
彼女の視線を追って店の外を見てみると……『立ち並ぶ木々亭』の前に「本日満室」の看板が立てられていました。
……あのお店、そんな名前だったんですね。

>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」
 「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。 
  屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
  我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」

「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」

これは……これも、私の宿命と思っていいんでしょうか。
運は、私の望みを繋いでくれた。
卑しい、ヒト殺しであり、魔族殺しの私に、そんな事があってもいいのでしょうか……。

>「申し遅れたが我はティターニア。今はダークエルフを装っておるがハイランド出身のエルフだ。
  何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」

深く考え込む私に、ダークエルフ……ではないんでしたね。
ええと、ティターニア様が再び私に声をかけます。

「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」

何が好きで、何が嫌いかなんて、聞かれたのは初めての事で。
私はつい正直に答えを返してしまいました。きっと、執行官らしくない答えを。
0120シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/29(金) 00:00:39.92ID:siB6LrfH
「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」

今更前言を翻しても不自然なだけだと、私はそのまま言葉を言い切りました。
我ながら、子供みたいな事を……恥ずかしくて、顔色が、明るみを帯びるのを感じます。
魔法が術者の精神状態に影響を受けやすいように、
魔素で構成された私達ナイトドレッサーの体は、感情に応じてその色を変化させるのです。

きゅるるる……と、不意に店内に小さな、だけど聞き逃すはずのない音が鳴りました。
私の……その、お腹の音です。
『マリオネット』で表情は抑えられても……顔色の変化までは隠せません。
思わず自分の顔を覆った両手は、いつもよりずっと明るい色をしていました。

「で……ではよろしくお願い致します。
 トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
 付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」

シエロとは、どの街にもある魔族のテリトリーの総称です。
つまり、紅路が辿り着く先ですね。
そしてどの街においても、国から執行官に与えられる土地は、シエロの傍にあります。
より正確にはシエロと、それ以外の種族が住まう地区の中間に。
執行官が断ち切るべきは罪人の首だけではなく、魔族への害意もまた、という事です。

「使用人がいませんので、大したもてなしも出来ませんが……せめてこちらを」

懐から取り出した小袋の封を解いて、中身をテーブルの上に。
五枚の金貨を一枚と四枚に分けて、その両方をティターニア様の方へ。

「食料はその金貨一枚分で結構です。残りは報酬としてお受け取り下さい」

普段は一度見せた後で一枚だけを渡し、残りは後払いとするのですが……今回は、大丈夫でしょう。
これで、ひとまず話は終わり。
席を立ち、店の奥へ……出入りを見られて迷惑にならないよう、私は裏口から出ないといけません。
なので……これで一度、お別れです。
屋敷で待っている間に……顔色を、戻しておかないと。

……あと、水で空腹を誤魔化しておく必要もありました。
もうあんな恥ずかしい思いはしたくありません。
それに、食事よりも何よりもまず、優先すべき事がありますから。

屋敷に着いた彼らを客間に通し、礼を告げると、私はそのまま言葉を続けます。
0121シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/09/29(金) 00:01:39.51ID:siB6LrfH
「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。
 ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
 王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」

何が彼を変えたのか、私はどうしてもそれが知りたい。

「何が、あなたをそうも変えたのですか?
 お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
 その事情が、関係しているのでしょうか」

全てを問いかけてから、私は自分の声音が、職務中の響きに近づいている事に気づきました。
この機を逃したくないという焦りが、そうさせたのでしょう。
……非礼を詫びないと。

だけど……私は、トランキル家の出来損ない。
正義の番卒にも残酷な死神にもなれないなら、せめてそのように在らなくてはいけない。
だから、だから……私は、どうすればいいんでしょうか。
どうするのが正しい事なのでしょう。
それが分からないから……それきり私は、口を開く事が出来ませんでした。
0122スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:02:38.90ID:JCmjAoqo
>「噂とは大違いだな、トランキルさん。俺は処刑を見たことねえからパッと見じゃ分からなかったぜ」

スレイブの胡乱な紹介を経ても、シノノメに対するジャンの態度から険が抜けることはなかった。
当然と言えば当然の帰結ではある。

(ああそうか……ジャンは"トランキル"の名の持つ意味を、知っているんだったな)

ダーマに生きてきた者の境遇を思えば、シノノメに対して警戒を解くことが出来ないのは道理だ。
トランキルと同様に魔族社会の中では後ろ指さされる存在だったスレイブは、それ故に気にする余裕もなかったが、
彼女の家を取り巻く目線の全てに畏怖と侮蔑、何より敵意が満ちている。

>「……ティターニア、悪いが俺は反対だぜ。
 トランキルの家に住んでる、なんて街の人間に分かったら間違いなく情報収集はできねえぞ。
 できれば一切関わらず、ここで話してることもなかったことにしたいぐらいだ」

「ジャン」

かつて敵対していた時でさえ理解の姿勢を絶やさなかったジャンがここまで強硬な態度をとるのは、
それに足るだけの経緯と理由がある。
スレイブも遅ればせながら理解出来てしまって、だからジャンの言動を責めることなど出来るはずもない。
中途半端に諌める言葉を口にするだけに留まってしまった。

>「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」

ジャンの言葉に切り返すように、シノノメが微笑んだ。
それは友好の笑みなどではなく、もっと原始的な、獣が牙を剥く仕草に近かった。
魔族お得意の皮肉に沿って解釈するなら、『貧民であるジャンが処刑を楽しんでいないのは意外』と言っているようなものだ。
スレイブもまた眉を顰めた。

「……シノノメ殿。仲間の非礼は詫びる、貴女も挑発はやめてくれ。一線を超えるなら、俺はジャンの味方をするぞ」

低い声で恩人の娘に釘を刺す。これでお互いの立場は明確になってしまった。
魔族とそれ以外。執行官と冒険者。なあなあで済まそうと腐心していたスレイブは、恥じ入るように頭を振った。

「この状況で敵対する利がないのは貴女も同じのはずだ」

一方で、シノノメの表情にスレイブは違和感を憶えていた。
王都に居た頃の彼女は、それが肯定的であれ否定的であれ、もっと感情を顔に出す少女だったはずだ。
だが今のシノノメは、脳の指令に合わせて忠実に表情筋を動かしているだけのようにも思える。
ラーサ通りで再会した当初、記憶の中のシノノメと今の彼女が結びつかなかった理由がようやく分かった。

(エーテルを通した表情制御か。……鉄面皮とは、よく言ったもんだな)

つまるところ、微笑みは彼女なりの武装なのだ。
貴族や将校がいかめしい鎧に身を包んでその力を示威するように、シノノメもまた笑みを仮面のように被っている。
執行官は厳粛なる罰の体現者たれと言うのが彼女の父の教えだった。
そこに人格が介在することは許されず、ただ断頭台の刃の如く、罪人の首に落とされる一振りの剣となること。
処刑者という象徴性を維持するために、おそらくは意図的に、彼女は自分を切り離している。

>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」

ジャンに水を向けられたティターニアは、剣呑な態度をとることさえなかったものの、トランキル家への逗留は辞退するようだった。
無理もあるまい。一朝一夕では埋めようのない亀裂が、シノノメと冒険者達の間には存在する。
今後のことを考えて顔を繋いでおくのが精一杯の譲歩だろう。

>「……そう、ですか」

ティターニアの言葉の行間を読んだのか、シノノメもあっさりと引き下がった。
これで良い。旧知を温めることが出来ないのは残念ではあるが、のんびりと腰を落ち着けていられないのも確かなのだ。
指環をめぐる旅の全てが終わったら、またキアスムスに来よう。積もる話はたくさんある。
0123スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:03:23.68ID:JCmjAoqo
>「――あっ」

ジャンの提案した『立ち並ぶ木々亭』への宿泊は、しかしのっぴきならない事情によって不可能となった。
すなわち、単純に客が入りすぎて満室になっていたのである。

>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」

「考えることは皆同じということか……」

闇の指環の行方を探って魔物狩りに出ようとしていたのはスレイブ達だけであろうが、
魔物の発生に困っている人々がいるのは事実で、そこに冒険者の需要があることもまた事実だ。
ジャンが言うように、通りの顔役で安全な宿の提供者でもあるガレドロ某の元に多くの冒険者が集まるのは自明の理だった。

>「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
 屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
 我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」

>「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」

立ち消えになりかけていたトランキル家に居候する件が契約成立に落ち着くこととなった。
スレイブは立場上諸手を挙げて喜ぶことも否定的になることも出来ず、「悪いがよろしく頼む」とだけシノノメに伝えた。

「ジャン、事情が事情だ。あんたの気持ちは分かるがここは堪えてくれ。
 この街での情報収集の妨げにならないよう、こちらも全力を尽くす。彼女にも約束させる」

差配にジャンがヘソを曲げるとも思えないが、『この程度で』と簡単に言ってしまえるほど問題の根は浅くない。
単なる主義主張の食い違いに留まらず、種族としての誇りにも直結する話だからだ。

「顔役に話を通しておくべきというのは俺も同感だ。……無論、トランキル家のことは伏せねばならないが」

ジャンがここまで信頼を寄せているからには、こちらの事情を汲んでくれる可能性もあるかもしれないが、
下手を打てばガレドロ某まで敵意の渦中に巻き込みかねない。慎重に動くべきだろう。

>「何はともあれ――食料を買いにいかねばな。何か好きな物はあるか?」

話を纏めつつあるティターニアが、シノノメに好物を問う。
先程まで警戒していた相手にそれを聞けるティターニアの竹を割るような快活さに、スレイブは苦笑が顔に出そうになった。
このエルフの底抜けのお人好しに、彼もまたシェバトで救われたのだ。
感化されたように、シノノメの硬質な表情がわずかに緩んだ。

>「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」
>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」

(食べてみたい、か……)

シノノメがキアスムスの執行官に着任して、どれくらいの期間を経たのだろう。
その間、一度もこの街の料理を口にしたことがない。
トランキルの宿命――そんな言葉で片付けて良いものではないはずだ。

「委細は分かった。王都じゃお目にかかれない屋台料理のフルコースを用意しよう」

その時、子猫の唸り声にも似た音が店内に響いた。
空腹に胃袋が悲鳴を上げる声。先程まで食事を取っていたスレイブ達が鳴らせるはずもない音。
シノノメ顔面を両手で覆っていた。深い青の肌に日が差したように明るみが灯る。
ナイトドレッサー特有の、表情とは異なる制御不能な感情表現に、スレイブは肩を竦めた。

……さしもの鉄面皮も、腹の虫までは黙らせられないらしい。
シノノメが聞いたらスレイブの首か自分の腹を斬りそうだったので、声には出さないでおいた。
0124スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:03:53.12ID:JCmjAoqo
>「で……ではよろしくお願い致します。
 トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
 付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」

シノノメは恥じ入った様子で経費と報酬を兼ねた金貨を置き、そそくさと店を出ていった。
金貨一枚。それは、例えばラーサ通りの住民層なら家族四人を一月食わせられる金額に等しい。
一日の食費と言うにはあまりに高額で、故に彼女がどれほど追い詰められていたかを実感する。

「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」

旅慣れしていて、ラーサ通りの者たちにも馴染みのあるジャンならば、価格を吹っ掛けられることもあるまい。
シノノメの残した金貨を革袋に収め、一同は店を出た。
サイクロプスの店長が請求した飲み食いの金額は、明らかに食べた量より安いものだったが、スレイブは満額を出した。

「ここでのことは内密にしてくれ」

迷惑料兼口止め料のつもりだったが、店主は憮然として鼻を鳴らした。

「知ったこっちゃねえや。俺は何も見なかったし、うちは安く量を出すのがモットーだ。
 わかったらもう行ってくれ、そこに転がってる鳥共の死体を片付けて、いい加減店を再開したいんでね」

見くびってくれるなとばかりに差し戻された金を、スレイブは目を伏せて受け取った。
己の立場の危うさを承知してなお、一つの筋を通した商売人の姿に敬意を払い、彼は踵を返した。

「……また来るよ」

店主はひらひらと手を揺らして答えた。
酒場の主と冒険者との間には、それで十分だった。

経費として渡された金貨は、そのままでは市場で使えない。
多くの屋台はこの額の貨幣に対して十分な釣りを用意していないし、金貨をおおっぴらに見せびらかせばならず者が寄ってくる。
そこで、まずは細かい紙幣や小銭に両替をする必要があるわけだ。
――それは同時に、シノノメが如何にこの街で金銭を使う機会に恵まれなかったかをも意味している。
あるいは、外様の行商に足元を見られ、必要以上の対価としてこの金貨を支払っていたのかもしれない。

「ダーマは今でも国内で貨幣が完全に統一出来ていないからな。
 異邦の旅人が多く集うこの通りなら、両替商は目立つ場所にあるはずだ……あれだ」

スレイブの指し示した青いテントの建物には、天秤の紋章が掲げられている。両替屋を示すマークだ。
異国の通貨や国内の異民族が用いる通貨を両替し、貨幣価値の統一を行っている重要な職業である。
元来こうした要職には魔族が就くのがこの国での慣例だが、ラーサ通りでは独自の両替屋を運営しているらしかった。
店番のラミアはスレイブの渡した金貨を矯めつ眇めつ偽造がないか確認すると、金庫から紙幣の束を引っ張り出して机に放った。

「随分束が薄いな。純正金貨なら手数料を抜いてもこの倍の厚みになるだろう」

露骨なピンハネに不満を漏らしたスレイブへ、ラミアは獣臭い鼻息をこちらに吹き掛けて答えた。

「不満なら他あたりな。金貨なんぞ押し付けられたってねぇ、あたしらにゃこの街のどこでだって使えやしないんだ。
 それともあんたがシエロの両替屋まで行ってこいつを正当な額の蛮貨に替えてくれるってのかい」

金は天下の回り物と言ったところで、使われなければ貨幣はその意味を為さない。
ラーサ通りの住民が高額な金貨を持っていても、それを使える高級な店は魔族の領域の中だ。
当然、彼らがそこまで出向いて金を使うことなど出来るはずもなく、文字通りの宝の持ち腐れに成り果てる。
彼らにとって額面通りの価値をもっているのは、彼らが『蛮貨』と自蔑の意味を込めて呼ぶ紙幣や銅貨だけだ。

「ババ引いてんのはこっちなんだよ。わかったら金貨か蛮貨どっちか持って失せな」

ラミアの切実な物言いに、スレイブは何も言い返せなかった。
当初の予算よりも大分目減りしてはしまったが、それでも指環の勇者達の胃袋を総動員しても食べきれない量の食事を買える。
これで買い物の準備は整った。
0125スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:04:19.64ID:JCmjAoqo
「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」

ラーサ通りを巡って食料を買い揃えていく道中、スレイブは先行くティターニアの肩をちょいちょいと突付いた。
彼が手に抱える袋には、瓶詰めにされた『飛び目玉の丸ごと煮』が温かいまま入っている。

「『目玉亭』で持ち帰り用に詰めてもらったんだ。こいつは自費だが、シノノメ殿への土産にしようと思ってな」

彼はどこか熱に浮かされたような様子で、何時になく早口でまくし立てる。

「しかし、しかしだ。味の分からないものを他人に奨めるというのも些か同義を欠いた話だと俺は思う。
 ジャンはうまそうにこれを喰っていたが、やはり味覚というのは人それぞれだし複数の感想を募るべきだろう。
 誰かに食わせるものなれば、ちゃんと試食をしたうえで自信を持って美味いと言えるものを紹介したいからな。
 だが俺達のような胃弱な種族は、こいつの毒素を中和しきれずに中毒になってしまう。だから食べられない」

毒抜きの加工というのも出来ないことはないそうだが、厄介なことに毒の成分は旨味の源でもあるため、
無毒なものはあまり美味しくないというのが定説とされている。

「そこでティターニア、俺の思い付いた解決策を聞いてくれ。
 いいか、あんたは導師で当然解毒の魔法にも詳しい。そして俺も軍用の解毒魔法はそれなりに齧っている。
 つまりだ、片方が毒のある食い物を喰い、相方がそこへ解毒魔法をかけ続ければ……中毒を防げるんじゃないか。
 飛び目玉の丸ごと煮は幸いにも死に至るほどの毒じゃないから、失敗しても多少腹を壊す程度で済むはずだ。
 これは一人じゃ出来ない。毒の中には神経に作用して、解毒魔法の発動をも阻害するものがあるからな。
 二人以上じゃなきゃ駄目なんだ。二人ならできる。俺たちならやれる……!」

知的好奇心と食欲とに突き動かされて少年のように目を輝かせるスレイブは、端的に言ってドン引きモノだった。
単純な話、自分に食べられない物をジャン達が美味そうに食べているのを目の前で見せられて、羨ましかったのだ。

「流石に街中で無防備を晒すわけには行かないからな。宿に着いて気が向いたら声を掛けてくれ。
 ははは、楽しみだな。どんな味がするんだろう。ゆで卵のようだとジャンは言ったが、中身は濃厚なんだろうか」

終始浮かれた足取りで市場を彷徨い歩き、やがて経費は全て食料の購入費へと消えた。
到底抱えきれない量の大荷物となったため、市場で借りた家禽の方のアックスビークに積んである。
0126スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:05:04.31ID:JCmjAoqo
トランキル家の屋敷はラーサ通りの果て、魔族居住区『シエロ』との境界にあった。
豪邸と言って良いだけの瀟洒さとは裏腹に、一帯を漂う空気は冷たく淀んでいる。
人影はおろか犬猫の類さえも姿を見掛けないのは、野生の本能がこの場所から遠ざけているとでも言うのだろうか。
事前の通達通り、幻影術で姿を消した一行は屋敷の裏手から敷地に入り、門扉を叩いた。
0128スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:07:15.19ID:JCmjAoqo
屋敷の広さに反して使用人や執事を一切雇っていないらしく、訪問には主人自ら応対に出てきた。
シノノメは何事もなかったかのように、あの彫像のような表情でスレイブ達を客間へと誘う。
この場へ足を踏み入れるのは初めてのはずなのに、妙な既視感を覚えるのは、王都のトランキル本家に似ているからだろう。
次期当主は、生活様式まで当代の教えに忠実のようだった。

「依頼の品はこれで全部だ。基本的には日持ちのするものばかりだが、一部足の早いものもあるから気を付けてくれ。
 ……話をするなら、茶は俺が淹れよう。警戒しているわけじゃない、市場で良い茶葉を仕入れたんだ。炊き場を少し借りるぞ」

スレイブは炊事場に立つと、手早く湯を沸かし、茶葉を煮出して人数分の紅茶を用意する。
手慣れた所作は、シェバトにいた頃に身に着けた動きだ。ジュリアンは紅茶を好み、ティータイムの用意は舎弟の仕事だった。
ケツァクウァトルが焼いてきたスコーンと一緒に三人で一息入れるのが日課の楽しみだったことを思い出す。
……当時は馬鹿になっていたので、魔剣にあれこれ指図されながら温度や手順を憶えたものだ。

「上手くなったもんだろう、バアルフォラス」

益体もなく独りごちてから、湯気の立つティーカップをそれぞれの卓に置いた。
スレイブが最後に着席すると、家主であるシノノメが口を開いた。

>「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
 王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」

「……色々あったからな。俺が王都を出て三年か、四年か……人相が変わるには十分過ぎる時間だ。」

シノノメは単に旧交を温めたくてここへスレイブ達を呼んだわけではないらしい。
彼女の興味は、スレイブの変容自体ではなく……その理由にあるようだった。

>「何が、あなたをそうも変えたのですか?お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
 その事情が、関係しているのでしょうか」

シノノメの硬質な問いに、空気が冷えるのを感じた。
0129スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/02(月) 05:07:48.63ID:JCmjAoqo
(…………さて、どうしたものか)

スレイブはシノノメに気取られないように、ティターニアとジャンへと目配せした。
『事情』とはすなわち指環を巡る諸問題に他ならない。理由を端的に説明することは簡単だ。
だが、多くの人々を巻き込みかねないこのナイーブな事情を、軽々に他者に話して良いものだろうか。
万が一にでも外部へ漏れれば、今度はこの屋敷が戦場へと成りかねない。

一方で、スレイブには妙な予感めいたものがあった。
闇の指環を探す旅路に、惹かれるようにして現れた闇の化身とも言うべきナイトドレッサーのシノノメ。
全ての運命に祖龍の繰糸が繋がっているのであれば、この再会も偶然ではないのかも知れない。
……それに、こうも張り詰めたような表情をしている旧知を、そのままにして置きたくないというのも確かな気持ちだ。

『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』

ティターニアとジャンへ軍用の短距離念話で声を送ってから、スレイブは紅茶を啜り、鼻から息を吐く。

「特別大きな転機があったってわけじゃない。ただ、肩の荷が下りたってだけだ。
 あの頃の俺にとって、自分を取り巻く全てのものが敵だった。同胞も、隣人も、区別なく斬ってきた。
 それを期待されていると感じていたし、期待通りに振る舞わなければ見限られることも知っていた」

選ぶ余地が無かった、とは思わない。
みっともなく生にしがみついていたからこそ、同胞殺しの罪を重ねる自分を止めることが出来なかった。
何のことはない、死を想いながらも、泥を啜って生きる道を自ら選んでいただけなのだ。

「そんな俺にも、寄り添ってくれる味方が出来た。俺と共に笑い、俺の為に怒ってくれる気の良い奴らだ。
 そいつらに先日、俺の抱えるものを一つ、肩代わりしてもらった。
 ……風竜によって封鎖されていたシェバトが解放された報せは、キアスムスにも届いてるだろう。
 俺は今、味方をしてくれる連中と、敵として死んでいった者達に応報する為に、旅をしている」

スレイブはそこまで一息に喋り切ると、温くなった紅茶で喉を潤した。

「だが変容に驚いたのはこちらも同じだ。その剣技に見覚えがなければ、俺はおそらく貴女のことに気付けなかった」

シノノメはスレイブの剣の師の娘で、共に学んだわけではないものの、捉えようによっては姉弟子とも言える。
トランキルの剣は活殺自在にして相手を生かすことはない。
苦しませずに瞬きの間に殺すことも、苦しみにのたうち回らせながら時間をかけて殺すことも思うがままだ。
彼女の父が振るう絶技の面影は、確かにシノノメの剣の中にもあった。
――逆に言えば、かつてのシノノメと今の彼女に通ずるものは、容姿を除けばそれだけなのだ。

「貴女も随分と様相が変わったように思える。
 俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
 この数年で、一体何があった?」


【依頼完了。指環の件を伏せつつ問いに答える。ついでにこっちからも質問をぶつける】
0131ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/05(木) 17:16:32.89ID:wiq0jzWj
>「……私の処刑を、見た事がない。それは意外ですね。私の処刑、貧しい庶民には娯楽としてそれなりに人気なのですが」

魔族という種族はプライドの高さからか、あるいは身分の高さからか会話に皮肉を交えて話すことが多い。
それは同じ魔族に対しても、異種族に対しても同じだ。

文化と言ってしまえばそれまでだが、言われたジャンとしては到底納得できるものではなかった。

「野蛮なオークにゃお似合いの娯楽ってか?
 随分と言ってくれるなあ、おい」

そう言うと椅子を蹴倒して立ち上がり、トランキルの黒いコート、その襟首を掴んだ。
トランキルは微笑んだまま顔を動かさないが、これは魔族故の余裕。そうジャンは考えて
お互いの鼻がぶつかりかねない距離にまで顔を近づけた。

「次ふざけたこと言ってみろ。てめえのにやけ面を二度とできないようにしてやる」

>「……シノノメ殿。仲間の非礼は詫びる、貴女も挑発はやめてくれ。一線を超えるなら、俺はジャンの味方をするぞ」

スレイブが割って入る。内容こそジャンに味方するものだが、
実際は『言い争いはここまで』という区切りのつもりだろう。

掴んだ襟首を離して、ジャンはまた椅子に座った。
言いたいことは言えたのだ。これ以上怒鳴りあっても話は進まない。

>「依頼は受けよう。しかし宿まで世話になるのは申し訳ない――」

ある程度収まったところで、ティターニアが妥協案を出す。
一番冷静に物事を考えられる彼女からそう言われたのであれば、ジャンも納得せざるを得ない。

>「――あっ」

だが、『立ち並ぶ木々亭』はジャンの想像以上に人気だったようだ。
店の前に置かれた「本日満室」の看板は宿屋が満室になったことを示している。

>「もしかしたら凶暴化した魔物を狩りに冒険者が集まっておるのかもしれぬな……」

>「考えることは皆同じということか……」

「……街道が魔物に荒らされちゃ面倒だからな。
 報酬上げて一気に冒険者をかき集めるつもりだろうよ」

時間を置いて頭が冷えたのか、入れなかった理由についてジャンは語る。
顔は仏頂面だが、口調は冷静だ。

「ガレドロ爺は元は名うての冒険者だった。
 冒険者を集めるにはどうしたらいいかってのはよく分かってる」

>「この調子では宿の確保も難しかろう。お言葉に甘えて世話になろう。
 屋敷の出入りの際は隠密の魔術で姿を消させてもらうが気にしないでほしい。
 我々は周囲を警戒せねばならない特殊な事情があるのでな――」

>「……ええ、勿論構いませんよ。私があなたの立場なら、同じようにするでしょう」
0132ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/05(木) 17:16:58.42ID:wiq0jzWj
結局まとめ役であるティターニアとトランキルの間で話はまとまり、
一行は屋敷に泊まることになった。

>「ジャン、事情が事情だ。あんたの気持ちは分かるがここは堪えてくれ。
 この街での情報収集の妨げにならないよう、こちらも全力を尽くす。彼女にも約束させる」

>「顔役に話を通しておくべきというのは俺も同感だ。……無論、トランキル家のことは伏せねばならないが」

「……悪い、スレイブ。面倒なことさせちまったな。
 ガレドロ爺には明日俺が話しておく。…爺のことだ、もう知ってるかもしれねえがな」

>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」

ティターニアが依頼をこなすべくトランキルに好物を聞く。
返ってきた答えはジャンにとっては意外なものだった。
この国の支配階級たる魔族が、地元の料理を一つも食ったことがないとは!

(噂ほど豪華な暮らしじゃねえのか?……いや、まだ分かんねえな)

この暗黒大陸で生まれ育ったジャンにとって、魔族とは憎むべき圧政者であり、
いずれは打ち倒されなければならない者だ。

トランキルがどのような人物か、それが分かるまでジャンは態度を改めるつもりはなかった。

>「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」

「任せとけ。金貨一枚ありゃ一日どころか二か月分は買えるだろうよ」

店を出て、まずは両替商に向かう。
ラーサ通りでも王国の純正金貨は使えるが、まず偽物かどうか数時間かけてじっくりと疑われる。
その後釣り銭が払えないと言われて店を追い出されるのが一般的だ。
ここで使われるのは銅貨、銀貨が主で、それも新品ではなく、混ざりものが多く純正品よりも価値が低いものだ。

>「ババ引いてんのはこっちなんだよ。わかったら金貨か蛮貨どっちか持って失せな」

スレイブとの交渉に苛立ちを隠せないラミアだが、ジャンとしては気持ちはよく分かった。
小ぎれいな身なりをしたヒトがダークエルフと昆虫族、それにオークを引き連れて純正金貨を両替してくれと来たのだ。
解放奴隷の成金が調子に乗り、奴隷兼護衛を連れて自慢していると思われても仕方ないだろう。

こうしてなんとか通りで使える資金を手に入れ、一行は食料を買い揃える。

「このイモ十個で銀貨一枚は高いぜ、小さいんだから銅貨七枚ってところだろうよ」

「ニクネズミの肉?だったらもっと安くできるだろ、大量に買うんだからまけてくれや」

「トムロン!お前店を任されてたのか!
 ……そろそろ売れなくなる時期だろうし、この塩漬け肉全部買ってくぜ」

途中、通りの店で明らかに値段を吊り上げてくる者もいたが
この辺りの食料の品質と相場を知るジャンが前に出て数分ほど話せば大体はまとまった。
0133ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/05(木) 17:17:45.45ID:wiq0jzWj
>「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」

食料を買い込んでいく最中、スレイブがティターニアに相談をしていた。
どうやらジャンが食べていた飛び目玉の丸ごと煮を何としてでも食べたいらしく、
解毒魔法をかけ続けることで味だけを純粋に楽しもうとしているようだ。

「……スレイブ。これやるから」

二人の話が終わったところで、ジャンが腰の革袋から黄色と茶色が入り混じった
奇妙な丸薬をスレイブに渡した。

「飲めばしばらく大体の毒は効かなくなるここの名物だ。
 魔族どもの変人が調合した薬でな、わざわざ飛び目玉みたいな毒交じりの料理を食うためだけに作ったものらしい。
 そんなに食いたいなら、さっき渡しておくんだったぜ……」

知性を取り戻してからのスレイブは、生真面目一辺倒かと思っていたが
この街に来てから愉快というか、普通のヒトなのだと思わせる部分も多く見られる。

「もしかして屋台飯って好きなのか?だったらラーサ通り以外の屋台もいくつか紹介できるけどよ」

他愛もない話を続けながら、一行はトランキル家の屋敷へと到着した。
庭は荒れるどころか木の一本も生えず、成長することを拒むかのように雑草は短いままだ。
屋敷は魔族らしく広く、豪奢なものだがヒトの気配は感じられない。

ティターニアに姿を隠す幻影術をかけてもらい、屋敷の裏手から敷地へ入ろうとする一行。
その瞬間、ジャンは自分を見る視線を背後に感じた。

「――!?」

振り向いてみても、この辺りにヒトはまるでおらず、ただラーサ通り側に、
様々な花が咲いている花畑があるだけだった。

「……やっぱり見てんのか、ガレドロ爺」

その中に一つ、大きな花びらを持つ花がこちらを見るかのように、花弁を大きく開いてこちらへと向けていた。

>「何が、あなたをそうも変えたのですか?
 お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
 その事情が、関係しているのでしょうか」

>『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』

屋敷へと入り、荷物を片づけた後全員が客間に集まった。
そしてトランキルがスレイブへと質問をぶつけ、それきり押し黙る。

『俺は話さねえ。まだ信用できねえからな』

指環を介してスレイブに念話を返し、スレイブがトランキルの質問に答えるのを待った。

>「貴女も随分と様相が変わったように思える。
 俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
 この数年で、一体何があった?」

「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
 さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」
0134ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/05(木) 23:27:53.64ID:0qn4IAE5
>「好き嫌いはありませんが……もし良ければ、この街の料理を」
>「え、ええと……その、この街の料理を、食べてみたいです」

食べてみたい、その言葉から推察されるのは、しばらくこの街に住んでいるだろうに、この街の料理を食べた事が無いということ。
改めて彼女の立場が推し計られた。

>「委細は分かった。王都じゃお目にかかれない屋台料理のフルコースを用意しよう」

「ああ、任せておけ」

気付くと、シノノメの肌色が明るみを帯びていた。
表情はおそらく魔術による制御、こちらが本当の感情を表していると思って良いだろう。

>「で……ではよろしくお願い致します。
 トランキル家の敷地は、ここから西……ラーサ通りと「シエロ」の間にあります。
 付いて回るのはご迷惑でしょうから、お待ちしていますね」
>「使用人がいませんので、大したもてなしも出来ませんが……せめてこちらを」
>「食料はその金貨一枚分で結構です。残りは報酬としてお受け取り下さい」

「シノノメ殿……」

渡されたのは、経費分の金貨1枚と報酬分の金貨4枚、計5枚。
経費分の前金だけ渡して残りは後払いにするのが冒険者に依頼する時の基本だが、全額を渡してきた。
その上、食料を買いに行くだけの依頼としては破格の報酬。
それだけ、地獄に仏が現れたかのような状況だったということだろう。

>「なるべく保存の効くものを買っていこう。値段の交渉役は……ジャン、頼めるか」

>「ダーマは今でも国内で貨幣が完全に統一出来ていないからな。
 異邦の旅人が多く集うこの通りなら、両替商は目立つ場所にあるはずだ……あれだ」

ダーマは様々な国を属国にする形で、言ってしまえば烏合の衆状態のまま急速に国土を拡大してきた経緯がある。
強力な中央集権制や足並み揃えた連邦共和制で通過が統一され為替小切手のような物も流通している帝国やハイランドとは、勝手が異なる様子。
ダーマの社会事情は全くの門外漢のため、お金に関するあれこれはジャンやスレイブに任せておくことにした。
多少ピンハネされた気もするが無事に(?)両替を済ませると、この辺りの相場に詳しいジャンが活躍し、順調に買い物を進めていく。
そんな中、スレイブにつつかれ何事かと振り返る。

>「ティターニア、ティターニア。ちょっと良いか」
>「『目玉亭』で持ち帰り用に詰めてもらったんだ。こいつは自費だが、シノノメ殿への土産にしようと思ってな」

「初めてのキアスムス料理にしてはいきなり上級者向け過ぎぬか!?」

上品な類の料理しか食べた事がないであろうシノノメはどんな反応を示すだろうか。
小柄な少女のような外見のシノノメだが、そういえば魔族だから食べても平気なのか――と少し不思議な気分になる。

>「しかし、しかしだ。味の分からないものを他人に奨めるというのも些か同義を欠いた話だと俺は思う。
 ジャンはうまそうにこれを喰っていたが、やはり味覚というのは人それぞれだし複数の感想を募るべきだろう」

「ま、まあ気になるなら虫族のフィリア殿に味見してもらえば……」

最初は生真面目なスレイブらしいな、等と思うティターニアだったが、どうも本音は他のところにある様子。

>「そこでティターニア、俺の思い付いた解決策を聞いてくれ」

なんとスレイブは、目を輝かせながら二人一組で解毒魔法をかけ続けながら食べれば大丈夫と力説し始めた。
知性を取り戻してからは真面目一筋とばかり思っていたスレイブのあまりの予想外の言動に
目を丸くして唖然と聞いていたティターニアだったが――
0135ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/05(木) 23:30:13.48ID:0qn4IAE5
>「二人以上じゃなきゃ駄目なんだ。二人ならできる。俺たちならやれる……!」

「ふふっ、あははははは! 理屈で言えば確かにそうだが……」

食べている間中かけ続けるとなると、普通に考えれば相当な難易度である。そこまでの危険を冒してでも食べたいというのか。
スレイブの中にアホになっていた頃の面影をみた。
知性を食らわれたといっても人格自体が全くの別人になるわけではないため、当然と言えば当然である。

>「流石に街中で無防備を晒すわけには行かないからな。宿に着いて気が向いたら声を掛けてくれ。
 ははは、楽しみだな。どんな味がするんだろう。ゆで卵のようだとジャンは言ったが、中身は濃厚なんだろうか」

スレイブはティターニアの返事を聞く前に、もう食べる気満々になっていた。
純粋な知的好奇心に突き動かされるスレイブに、研究者の中によくいる馬鹿なのか天才なのか分からない紙一重な者達と同じ素質を感じた。
新たな食の開拓に限らず学問の発展は、最初は荒唐無稽な挑戦から始まる物である。

「その見事なチャレンジ精神、しかと受け止めた!
そもそも現在の食文化というものは偉大なる勇者達の屍累々の上に成り立っているのだ。
しかし決してそなたを犠牲にはせぬ。導師ティターニアの名にかけてそのミッション、必ずや成功させよう」

もちろん学園の生徒同士がやろうとしていようものなら当然馬鹿なことはやめよと止めるところだが、ティターニアは腐っても高位術師。
絶対の自信に裏打ちされた発言であった。
と、盛り上がるだけ盛り上がった二人の会話を聞いていたジャンが、不思議な色の丸薬をスレイブに差し出した。

>「……スレイブ。これやるから」
>「飲めばしばらく大体の毒は効かなくなるここの名物だ。
 魔族どもの変人が調合した薬でな、わざわざ飛び目玉みたいな毒交じりの料理を食うためだけに作ったものらしい。
 そんなに食いたいなら、さっき渡しておくんだったぜ……」

「なんと、そのような便利なものがあったのか……!」

こうして、結果的に無謀な挑戦が行われることは無くなったのであった。
しかし"しばらく大体の毒が効かなくなる"とはさりげなく凄い効果ではないだろうか。
毒入りの食べ物を食べるという本来の用途だけではなく、毒の充満した地に踏み込む時などにも使えそうだ。

>「もしかして屋台飯って好きなのか?だったらラーサ通り以外の屋台もいくつか紹介できるけどよ」

一時はどうなることかと思ったが、和気藹々とシノノメの屋敷へ向かう。
あとはいざジャンとシノノメが顔を合わせてまた険悪な雰囲気にならなければ良いのが――と思いつつ、いよいよ屋敷の近くまで到達。

「――カメレオン」

全方位対応の背景への同化――つまり事実上の透明化の幻影術を全員にかけ、屋敷の裏手へと向かう。
その時だった。

>「――!?」
>「……やっぱり見てんのか、ガレドロ爺」

ジャンが花畑の方を見ながら呟いていた。
ガレドロは植物族らしいが、植物系の種族は、植物を通して周囲を知覚する術を持っていたりもすると聞く。
"やっぱり見てんのか"――その言葉から、単なるラーサ通りの総元締めという以上の何かを感じた。
しかし、その彼が一介の冒険者を監視する理由は何だろうか。
街の全域に"目"を持っていて全体的に目を光らせているということだろうか。それとも――
まさか、こちらが指環を持っているのを察知して監視しているのではあるまいな、と思うティターニア。
ジャンはガレドロのことを信頼しているようなので、滅多なことは無いとは思うが
本人がいくら善人だったとしても、目下の最大の敵は洗脳の術の使い手。
メアリ本人以外にも、あの教団には洗脳の術の使い手が一人や二人いてもおかしくはない。
大きな影響力を持つポジションにいる人物ほどそこを陥落させれば費用対効果は高いゆえに、油断は出来ない。
何はともあれ、屋敷に到着した一行はシノノメに出迎えられ、客間に通された。
0136ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/05(木) 23:34:46.36ID:0qn4IAE5
>「依頼の品はこれで全部だ。基本的には日持ちのするものばかりだが、一部足の早いものもあるから気を付けてくれ。
 ……話をするなら、茶は俺が淹れよう。警戒しているわけじゃない、市場で良い茶葉を仕入れたんだ。炊き場を少し借りるぞ」

まずシノノメに依頼された食料を渡した後、スレイブが率先して茶を淹れる。
こんなところでも優秀な舎弟っぷりが遺憾なく発揮されるのであった。
出された茶を一口飲んだティターニアは――

「ほう、パック殿も下手ではないがあやつより上手いではないか――おっと、本人には内緒だ。へそを曲げてはいかぬ」

そんな感じで場が和んだところで、シノノメが本題に切り込んできた。

>「……改めて、お久しぶりですね、ディクショナル様。ラーサ通りでは……一瞬、他人の空似かとも思いました。
 王都でお見かけしていた頃とは……随分と、雰囲気が変わっていたものですから」

>「……色々あったからな。俺が王都を出て三年か、四年か……人相が変わるには十分過ぎる時間だ。」

>「何が、あなたをそうも変えたのですか?お連れの方……何か事情があると仰っていましたが。
 その事情が、関係しているのでしょうか」

>『俺は俺の経緯を伝える。指環について話すかどうかの判断は任せて良いか』
>『俺は話さねえ。まだ信用できねえからな』

念話によって秘密の打合せが交わされる。
ジャンの言うとおり、現時点で急いで明かす必要も無いだろう。
明かすのはいつでも出来るのだから、もう少し彼女の人となりを見極めてからでも遅くは無い。
スレイブが自らの経緯を語った後、付け加えるように手短に話す。

「仲間の一人が記憶を無くしてしまってな――その者の記憶を取り戻す方法を探して旅をしておるのだ。
周囲を警戒せねばならないのは自分で言うのも何だが故郷では要職にあるので念のためといったところだ」

お決まりの、核心の指環に関する部分は伏せてあるが、嘘ではない返答。
それでも特に後段はかなり無理矢理ではあるが。

>「貴女も随分と様相が変わったように思える。
 俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
 この数年で、一体何があった?」

>「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
 さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」

スレイブとジャンがそれぞれ質問する。
スレイブの言うシノノメの変化に、この街、ひいては暗黒大陸全体の情勢の変化が無関係とは限らない。
その情勢の変化がここ最近特に魔物の凶暴化という形で顕著に表われているのだとしたら、一見無関係なこの二つの質問は繋がることになる。
例えば、魔物を凶暴化させている何かが魔物だけではなく魔族等の精神にまで影響しているとしたら。
(種族名に魔と付いているだけに、特に魔族は人間等よりも魔的なものの影響を受けやすいとも考えられる)
以前にも増して残虐な処刑を行う判決が増え、シノノメの様子が変化してもおかしくはない。

「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」

二人の質問から思い至った仮説を確かめるべく、ティターニアも質問を投げかける。
もしも闇の属性が以前より強くなっているということであれば、かなりの確率で闇の竜が関係していることだろう。
そして魔物の凶暴化ならぬ魔族の凶暴化がもとでシノノメがふさぎ込んでしまったのだとしたら、彼女はもはや当事者。
その時は竜や指環のことを明かしてもいいだろう、と思うティターニアであった。
0138シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/09(月) 00:08:14.06ID:zAX6jXgR
私の問いを受けて、スレイブ様は暫しの間、黙りこくってしまいました。
やはり私の態度が機嫌を損ねてしまったのでしょうか……。

>「特別大きな転機があったってわけじゃない。ただ、肩の荷が下りたってだけだ。
  あの頃の俺にとって、自分を取り巻く全てのものが敵だった。同胞も、隣人も、区別なく斬ってきた。
  それを期待されていると感じていたし、期待通りに振る舞わなければ見限られることも知っていた」

……という訳ではなさそうです。
良かった……。
0139シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/09(月) 00:08:42.50ID:zAX6jXgR
そして……その事なら覚えています。それは私が知っていたあなただ。
近衛騎士の身分でありながら、死刑執行官に教えを乞うてまで殺戮の技を磨いて、眩いほどに磨き上げて……
だけどただの一度も、誇らしげな表情を見せなかった、あなただ。
そんなあなたが、何故……

>「そんな俺にも、寄り添ってくれる味方が出来た。俺と共に笑い、俺の為に怒ってくれる気の良い奴らだ。

……味方。
……スレイブ様は、きっと何気なく、思考の自然な成り行きの中で、その言葉を選んだのでしょう。
だけど私にはそれだけで、分かってしまいました。
私にはスレイブ様と同じ変化を……救いを得る事は出来ないのだと。

>そいつらに先日、俺の抱えるものを一つ、肩代わりしてもらった。
 ……風竜によって封鎖されていたシェバトが解放された報せは、キアスムスにも届いてるだろう。
 俺は今、味方をしてくれる連中と、敵として死んでいった者達に応報する為に、旅をしている」

だって私は執行官です。
死刑を執行するこの使命を肩代わりしてくれる者など、味方になってくれる者など、どこにもいる訳がないのですから。

「……あなたがそうやって、何かを誇らしげに語るのも、初めて見た気がします。
 王都にいた頃よりも、そうしている方がずっと素敵です」

だから私に出来る事はただ……彼の生が良い方向に転んだ事を、祝う。
そして諦める。ただそれだけ。

「本当に……言祝ぐべき事です」

羨ましいと言ったのは本当です。妬ましいという気持ちも……少しだけ、あります。
だけど……私の短い生の中で関わった、殺さなくてもいい人が、今を幸せそうに生きている。
それは本当に、本当に素晴らしい事です。
……それだけでも、私のような愚か者には望むべくもない幸運でした。

>「だが変容に驚いたのはこちらも同じだ。その剣技に見覚えがなければ、俺はおそらく貴女のことに気付けなかった」

「……背が、少し伸びましたからね」

魔族である私は、ヒトと違って寿命が長い。
だから成長期ももう暫くは、緩やかに続く……なんて、スレイブ様がそんな話をしてない事は分かっています。
だけど今の私の話を、私はあまりされたくない……。
つい視線が泳いで、ティターニア様の方へと流れ着く。

>「仲間の一人が記憶を無くしてしまってな――その者の記憶を取り戻す方法を探して旅をしておるのだ。
  周囲を警戒せねばならないのは自分で言うのも何だが故郷では要職にあるので念のためといったところだ」

その視線を、問いの答えの催促だと捉えたのか。
ティターニア様は旅の事情を答えて下さいました。

「記憶……でしたら、王立図書館にはもう?あそこは……ただの図書館ではありません。
 未知なる物の集う場所。そういう風に造られているのだとか」

……いけない。ただの執行官が、余計な事を喋りすぎたかもしれない。

「……もっともそういう物を探しに行って、帰ってきた者はいないそうですが。
 探しに行くなら、そのご本人に行かせた方が賢明でしょうね」

魔族らしい、執行官らしい皮肉を述べるのも、もう慣れてしまいました。
私がよく零してしまう、色んな失言の後を拭うには、便利なものですから。
……スレイブ様に視線を戻すと、彼は複雑そうな表情をしていました。
0140シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/09(月) 00:09:04.85ID:zAX6jXgR
>「貴女も随分と様相が変わったように思える。
 俺の知っているシノノメ・トランキルは、そんな張り詰めたような笑い方はしなかった。
 この数年で、一体何があった?」

……叶うものなら、聞かれたくなかったです。そんな事は。
私だって分かっています。
今の私が一個の魔族としても、執行官としても……不自然で、おかしな事くらい。
0141シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/09(月) 00:22:35.92ID:zAX6jXgR
>「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
 さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」

>「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
  そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
  最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」

私が何も答えられずに押し黙っていると、お二人も重ねるように私にそう問いかけました。

「随分、はっきりとした心当たりがおありなのですね。闇の属性、ですか?」

スレイブ様の問いから逃げるように、私は口を開いていました。

「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
 未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。
 それこそが闇の本質です」

魔法に長けたエルフ族にこれは無用な説明だったかもしれません。
ですが私の言いたい事はつまり、

「もうずっと……長い間、ダーマの闇は深まり続けるばかりです。
 魔王様が体調を崩されてから、魔族は皆恐れています。ヒトやそれ以外の種族達が、これを期に国家の転覆を目論見はしないかと」

実際、王都から離れた町や村では、暴動が散発しています。
その勢いが広がるのを魔族は恐れて、今まで以上に押さえつけようとする。
そしてその弾圧に反感を抱いて……また暴動が起こる。

「……魔物の凶暴化も、同じ頃から始まりました。よく覚えています。
 スレイブ様が……ジュリアン卿、でしたか。
 その方に連れられて、王都を去ってしまってから、すぐの事でしたから」

……私の語っている事が、執行官として相応しいものなのか、私には分かりません。
ただ……もう、止めようと思っても止められない事は、自分で分かっていました。

「魔王軍や憲兵隊もその対応に追われ、それがまた混乱を招いています。
 その上、王都では次期魔王の座を巡っての政争……何もかもが、良くない方へと転んでいます」

こんなにも色んな事を吐き出せたのは……本当に、久しぶりだったから。
堰を切ったように、言葉が止まらない。
一度深く息を吸い込んで、私は更に続けます。

「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
 窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
 魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」

スレイブ様へと、視線を向けて。

「だから、執行官が足りていないのです。
 私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
 私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」

……『マリオネット』は、私の表情を押し殺してくれます。
だけどそれはあくまで私が、私の意思で魔法を発動するから。
そして今、私の肌が仄暗く色を変化させているように……魔法は、術者の精神状態に大きく影響されます。

「……助けて下さい」

その言葉は、私の意図に反して、勝手に零れ出てきました。
私は慌てて頭を振る。
0142シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/09(月) 00:23:25.66ID:zAX6jXgR
「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。
 執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」

今更遅いと分かっていても、私に出来るのは、ただこう言葉を続ける事だけでした。
0143スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/12(木) 18:06:40.53ID:JLuMQx20
スレイブの問いに、シノノメは答えなかった。
返答を拒否していると言うよりも、答えに窮して口を噤んでいるかのようだった。
単なる個人の成長の結果としてこうなったならば、スレイブはもうこれ以上問いを重ねるつもりはない。
だが、金貨を抱えて空腹に瀕するような生活を続けている彼女が、幸せであるなどとは、到底思えなかった。

>「俺もついでに質問だ。この辺りで明らかに魔物が狂暴化してる。
 さっきのアックスビークもそうだけどよ、いつからこうなってんだ?」
>「ここ数年で何か変化したことは無いだろうか。
 そなたの種族は闇の魔素を我々よりも遥かに敏感に感じ取れるのだろう?
 最近世界を構成する要素のバランスに変化はないか? 例えば闇の属性が強くなっているとか――」

>「随分、はっきりとした心当たりがおありなのですね。闇の属性、ですか?」

ジャンとティターニアの質問は、シノノメにとってどうやら助け舟となったようだ。
彼女は硬直を解く。取りつく島をようやく見つけたかのように。

>「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
 未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。それこそが闇の本質です」

シノノメの言に則れば、まさにダーマという国家自体が大きな闇を抱えているとも言える。
国土の実に半分が未だに未開拓の暗黒大陸。陰鬱なる階級社会の闇。不幸に抗う術を持たない者達。
闇の指環が眠るにこれ以上適した土地などないだろう。

>「もうずっと……長い間、ダーマの闇は深まり続けるばかりです。
 魔王様が体調を崩されてから、魔族は皆恐れています。ヒトやそれ以外の種族達が、これを期に国家の転覆を目論見はしないかと」

『目玉亭』で聞いた噂話の中にも、魔王の死期が迫っているといった情報はあった。
問題なのは、それがラーサ通りの住人でさえも周知の事実であるということだ。
国家元首の容態が思わしくないなどという情報は、普通は隠蔽する。民の前に出られないなら影武者を立てる。
今まさにダーマの属州で起きているように、反乱の種にしかならないからだ。
魔王に近しい誰かが情報をリークしている。おそらくは――意図的に。国全体を御家騒動に巻き込む為に。

>「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
 窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
 魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」

それは、彼女がようやく探り当てたスレイブへの返答だった。

>「だから、執行官が足りていないのです。私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
 私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」
0144スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/12(木) 18:07:10.08ID:JLuMQx20
(そうか――)

そこまで聞いて、スレイブは合点がいったような気がした。
この街で再会した旧知が、彼の変容の経緯を聞きたがった理由に、見当がついた。

シノノメ・アリンリエッタ・トランキルの苦悩。その根底を為すのは、彼女自身が己の職務に対する疑問だ。
トランキルは処刑人。裁判によって決められた罪人の首へ、剣を振り下ろすだけの道具に過ぎない。
家門の責務に忠実である一方で、しかし断罪してきた咎人が、本当に死すべき罪を犯して来たのかを考えてしまう。
納得を……求めてしまう。

シノノメを苛む苦悩は、スレイブがかつて抱えてきたものとよく似ている。
違ったのは、彼が魔剣による安易な忘却へ走ったのに対し、彼女は逃げること選ばなかったという点だ。
逃げず、忘れず、想い続けて――追い詰められてしまった。

>「……助けて下さい」

「…………!」

消え入るような呟きは、鉄面皮の隙間から滲み出てきた彼女の本心なのかもしれない。
しかしスレイブが何かを言うよりも早く、彼女はかぶりを振ってそれを否定した。

>「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」

スレイブは瞑目した。奥歯が軋むのを感じる。
ジュリアンと出会った時、差し伸べられた手を掴み取ったことを、後悔するつもりはない。
こうして生きて、過去を相対する為に旅を出来るのは、一時的にでも死から距離をとれたからだ。
魔剣による忘却はその場しのぎの時間稼ぎにしかならなかったが、稼いだ時間で指環の勇者達に出逢うことが出来た。

だが一方で、己の命運を真っ向から受け止めようとするシノノメの姿勢が、この上なく尊いものだとも思う。
スレイブがたまらず逃げ出してしまった過酷な現実に、彼女は立ち向かい、戦い続けているのだ。
苦悩の外側から押し付けがましく手を伸ばして、安易な逃げ道を示すのは、彼女の戦いへの侮辱に他ならない。

「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」

再び目を開き、変わってしまった旧知の顔を見据えて言った。

「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
 後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」

方法なんかわからない。魔族とヒトの差もダーマの政治情勢も、知ったことじゃない。
彼の思う正しさの為に、この命を使うと、そう決めたのだ。

――――――・・・・・・
0146スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/12(木) 18:08:34.22ID:JLuMQx20
キアスムス逗留中の当面の宿として、シノノメから屋敷の一室を提供された。
貴族の屋敷にはよく見られるゲストルームだ。長らく手付かずだったわりに埃は積もっておらず、ランプの油も充填されている。
簡単な換気とベッドメイクだけで十分快適な寝床になった。

「今後のことを話そう」

旅塵落としもそこそこに、部屋中央の長机に暗黒大陸の地図を広げて、スレイブは仲間たちに声を掛けた。
鎧を脱ぎ、インナーだけの姿となって、小型の手鍋にボトルから水を注いでいる。

「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
 俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
 ……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」

魔王。ダーマ魔法王国の国家元首を冠する魔族だ。
ダーマの中枢を為す魔族達のトップであり、ダーマを侵略国家たらしめる政治の要でもある。
スレイブは紙袋から瓶詰めの『飛び目玉の丸ごと煮』を取り出して瓶ごと鍋に放り込んだ。

「本来こうした政変に繋がる情報は秘されるのが常識だ。しかしどこからか情報は漏れ、ダーマ全体が不安に包まれている。
 人心は荒み、各地で反乱の火種が燻り、魔族達は既得権益を維持する為に平民の弾圧を過激に行い始めた。
 ――『ヒートストック』」

鍋の底を指先で突付いて呪文を唱えると、仄赤い輝きに満たされた鍋から湯気が立ちのぼり始める。
行軍中に携行食を温める為に用いられる加熱の魔法だ。

「陛下の不調が単なる病によるものであるなら、議会が内々に後継者を決め、代替わりは穏やかに済まされるだろう。
 王の崩御に混乱が伴うのは――それが暗殺による場合だ。おそらくこの変転には、裏で糸を引いている者がいる。
 そして王府が国内の動乱をコントロール出来ていないことから察するに、魔族同士の内ゲバとは考えにくい」

沸騰する鍋で湯煎された瓶詰めを、スレイブはお手玉しながら取り出し、中身を皿に開けた。
飛び目玉の丸ごと煮がごろりと瓶から転がりだして、馥郁たる香りを部屋に充満させる。

「こいつは憶測だが――『指環の魔女』が、この件に関わっているんじゃないか。
 魔王陛下は侵略政策の急先鋒だが、暗黒大陸を平定し国家を統一したことは確かな実績だ。
 『世界を平和に導く可能性』という意味では、指環の魔女に狙われる条件は十分に満たしている」
0147スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/12(木) 18:09:08.61ID:JLuMQx20
スレイブは首に提げた小袋から小さな丸薬を取り出した。
ラーサ通りでジャンにもらった、毒入りグルメを楽しむための解毒薬だ。
そのものが毒々しい色合いで呑み下すのに勇気が要ったが、好奇心に負けてついに口へと放り込んだ。

「指環の魔女――黒曜のメアリは既に光の指環を手にしている。
 俺は以前から不思議に思っていたんだ。光の指環の覚醒は誰も知らなかった。四竜達ですら気付いていなかった。
 ジュリアン様曰く、火、水、地、風の全ての指環が集まるまでは、残りの指環は眠り続けているはずだった。
 エーテル教団はおそらく、眠っている指環を強制的に目覚めさせる方法を知っている」

解毒剤が効き始めるまでどのくらい時間が必要だろうか。
一刻か、半刻か……スレイブは祈るような気持ちで指を組み、それを待つ。

「ここからは更に憶測だ。
 指環の目覚めに従ってその土地の属性が強まり、魔物の凶暴化などの影響が出始める……。
 もしかするとこれは逆なんじゃないか。属性が強まることで、対応する指環が覚醒するとしたら」

待ちきれなかったのでスレイブは即座にナイフを取った。
緊張に震える手で飛び目玉に刃を入れる。まるで室温に戻したバターのようにスッと切れた。

「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
 シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
 ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」

胸の高鳴りを感じながら、切り分けた小片を口に入れた。
ぷるりとした舌触りとは裏腹に、赤身肉を噛み締めたような快い歯応えがある。
どこに隠れていたのか肉汁がぶわっと吹き出して口の中を満たした。

「こ、これが飛び目玉の丸ごと煮……!旨味の余韻がいつまでも舌の上に残る……!
 これは肉なのか!?臓物か!?それとも卵……!既存のどの食材にも近いものがない!
 なるほど確かにこいつは、食べてみないと分からない味だな……!!」

今日一番高いテンションでスレイブは叫んだ。
そして案の定解毒が効く前に毒を摂取したせいで若干の腹痛に苛まれることになった。
キアスムスに到着して最初の晩は、こうして更けていく――


【シノノメから聞いた情報を統合して方針会議。
 スレイブの推測:ダーマの政変の影には指環の魔女が暗躍しているのでは?
         魔王をじわじわ殺すことで動乱と民の不信を引き起こし、
         闇の属性を増大させて闇の指環を叩き起こそうとしているんじゃなかろうか】
0148ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/14(土) 21:14:38.85ID:2Jdjk+hM
>「……闇とは、ただ光がない事だけを意味しません。
 未知である事、不幸や不運である事。……そして、知性ある者が抱く負の感情。
 それこそが闇の本質です」

そこからトランキルが話し始めるのは、現在のダーマに起きていることだ。
魔王の体調不良、暴動の頻発、魔物の凶暴化、それら全てを巻き込んで始まる政争。

>「……助けて下さい」

話の最後に彼女が言った言葉は、旧知の仲であるスレイブに向けた本心なのだろう。
実際、執行官という職業は殺人という特定の分野に熟練した者がやるものだ。
いくら種族の特性とはいえ、若いうちからヒトの死を間近で見続ければ心が折れてもおかしくはない。

>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」

>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
 後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」

「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
 だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
 生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」

知性を取り戻し、戦いから逃げることなく立ち向かうと決めてくれたスレイブ。
その彼がトランキルを助けようとするのならば、同じ戦士であり、仲間であるジャンもまた、立ち上がらねばならない。


>「今後のことを話そう」
さて、宿代わりに泊まることになったのは屋敷の一階にある、随分と広い部屋だ。
貴族の屋敷にはよくあるとジャンは聞かされたが、広いと言えば宿の雑魚寝部屋しか
知らなかった自分にとってはどうにも居心地が悪い。

「ベッドも全員分あるのはすげえな……絹じゃねえのかこの生地」

ポンポンとベッドを軽く叩いて、その弾力と表面の滑らかさにジャンは驚愕する。
このベッド一つでジャンがこなしてきた依頼の何件分になるか、今後のことを考えることでジャンは思考の方向をずらした。

>「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
 俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
 ……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」

「息子も娘もいないってんで、後継者争いになってるそうじゃねえか。
 パレードで見たときは元気そうだったんだけどよお」

ジャンも鍋にキラートマトと呼ばれる人の顔を象った赤い野菜を放り込んだ。
本来であればこれも人間に強烈な腹痛を起こす毒をもっているのだが、
スレイブに渡した解毒薬は効かない自然毒はない、と称されるほどだ。

>「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
 シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
 ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」

鍋を目玉煮が崩れないよう慎重にかき混ぜつつ、指環について話す。

「てことは光の指環持ってるのはアレか。自分たちの拠点で洗脳してそういう感情を引き出して奪ったってとこか?
 闇の指環ならそんなことしなくても引っ掻き回すだけでいい……クソみたいな連中だな」

煮込まれたキラートマトを口に放り込み、ついでに買った塩漬け肉もいくつか入れる。
何の肉かは聞いていなかったが、見た目には牛や豚と大して変わらないように見えたのでジャンは気にしなかった。
0150ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/14(土) 21:16:21.91ID:2Jdjk+hM
こうして鍋を囲んで一行が食事を楽しむ中、窓を叩く音が聞こえた。
最初は一回、次は短く二回。間隔を置いてまた短く二回。
窓の方向は庭しかなく、生け垣を挟めばすぐ魔族の家が立ち並んでいる。

ジャンが皿を置いて立ち上がり、窓の向こうに誰がいるのか確認しに向かう。
窓の向こうに聞こえぬよう、仲間に念話で伝えながら。

『この家にいたずらするガキはいねえ。俺が窓を開ける』

ジャンはまず留め金を外し、身体を外から見えないよう隠して手だけでゆっくりと窓を開け、首を出す。
まず前を見る。何もない。手入れされた植物があるだけだ。
左右を見ても何も見当たらず、風の音を勘違いしたかとジャンが首を引っ込めようとした瞬間。

「下を忘れたな?」

突如地面から生えてきた茨がジャンの首に巻き付き、瞬時に締め上げた。

「んぐっ!ぐごご……がぁっ!」

窓の付け根に首が叩きつけられ、気道が潰され息ができなくなる。
手に茨が刺さるのも構わず、ジャンは何とか茨を掴み、引きちぎって窓から飛びのいた。

「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」

「一番ではないとはいえ弟子は弟子、久しぶりに会えば試してみたくなるでしょう?」

ジャンが窓の向こうの誰かに向かって叫べば、低いがよく通る声が部屋に向かって帰ってくる。
庭にいたのは、右腕に茨を巻きつけ、黒を基調に金糸で編まれたローブを着た一人の植物族。
見た目はスレイブとさほど変わらない人間だが、肌は緑色で、頭には夜に咲くと言われる月光花を複数咲かせていた。
顔は初老の男性と言った風情だが髭はなく、つるりとしている。

「はじめまして、皆さん。立ち並ぶ木々亭店主、ガレドロ・アルマータです。
 これから、どうぞよろしく」

自己紹介と共にガレドロは右手を胸に当て、優雅にお辞儀した。
ただの顔役というだけでない、『上流階級』というものを見る者に感じさせる、そんなお辞儀だ。
0151ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/14(土) 21:17:32.70ID:2Jdjk+hM
「――さて、私がここに来た件ですが。
 トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
 街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」

ガレドロは部屋に通されると、早速話を始めた。

「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
 エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
 昆虫族の王、フィリア。
 人間の騎士、スレイブ。
 そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」

「最後は余計だぜ爺さん!」

「余計な一人は放っておくとして……シェパト解放の一報は既に王都にも届いています。
 あなた方の働きは実に見事なものでした。神話に語られる指環の勇者そのものです。
 ですが、我らが王はそれを怪しんだのです。国家に与しない者が世界を揺るがすような力を持つことを」

もし指環を集めた者が不意に適当な国を滅ぼそうと考え、それを気ままに実行すれば。
指環の魔力で人々を惑わし、新たな神となろうとすれば。

「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
 であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
 彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」

王の隠し牙。それは代々の魔王に仕え、魔王のみの命によって動く魔王の切り札である。
街の噂ですら話題になることは少なく、正体を調べようとした者は例外なく無残な最期を遂げている。
歴史上彼らと思われる人物は幾度か登場するが、本当に隠し牙であったかどうかは分からないままだ。

「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
 私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」

「……愚痴を失礼しました。とにかくあなた方にやっていただきたいのは、このダーマにある闇の指環を
 封印されたまま、あなた方が手に入れることです。
 エーテリアル教団はこちらにも手を伸ばし、既にキアスムスの周りでは丸ごと信徒と化した村もあります」

そこまで言ってガレドロは一旦言葉を切り、ジャンの方を向いた。

「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
 チェムノタ山に近いというのもあるのでしょう、あそこには年老いた龍がいますから。
 闇を意味する名前の付いた山に、数千年を生きたと自称する龍。教団が目を付けてもおかしくはありません。……ジャン?」

かつての故郷が、憎むべきエーテリアル教団に支配されているという事実。
そのあまりに厳しい現実を受け止めきれず、ジャンは何も見ることなく、ただ茫然と椅子に座っていた。


【ガレドロさんは自由に動かしてもらって結構です!】
0152ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/17(火) 05:24:24.54ID:YUm0X1s0
三人から質問を投げかけられたシノノメだったが、ティターニアの問いを糸口にして答え始めた。
話しているうちにジャンの問いへの返答を経て、スレイブの問いの答えへと行きつく。
やはり、全ては大元では繋がっていたのだ。

>「……私は、この街に来てから毎週五人は、罪人を……殺しています。
 窃盗や、謗言、時には民が集い語り合う事ですら、今のダーマでは死罪の対象になるのです。
 魔族達は、この国の支配を維持する為に必死です。他の街でもそうです。だから……」
>「だから、執行官が足りていないのです。私も父の助手の任を解かれ、キアスムスの執行官になりました。
 私が変わった理由は、それだけです。他に何があったという事もありません」

「そうか……」

毎週5人も罪人とも言えぬ罪人を殺すことを余儀なくされていては、様子が変わってしまうのはむしろ当然かもしれない。
その状態になっても平然としている方が逆に怖いぐらいだ。

>「……助けて下さい」

ティターニアは、新しい依頼を持ちかけられたかのような気分で平然としていた。
今の話を聞けば助けを求めたくもなるのは至極当然の流れだと思われたからだ。
しかしこの依頼は先程の食料調達ほど簡単ではない。
職務自体への疑問は彼女自身で折り合いをつけるしかないが、現在のダーマの状況は明らかに異常。
そこをどうにかすれば直接の原因は取り除けるだろう。
国家レベルの政情不安に端を発している以上安請け合いは出来ないが、
現在のダーマの混迷にエーテル教団や竜の指環が密接に関わっている可能性も否定できない。
どう答えるべきか考えるティターニアだったが、すぐにシノノメが今しがた言った言葉を取り消す。

>「違います……なんでもないんです。今のは、忘れて下さい。
 執行官は……そんな事言っちゃいけないんです」

>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
 後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」

そんなスレイブの力強い言葉を聞いてはっとする。
国家レベルの情勢不安定を解決する、なんていう難易度激高の優等生解答以外にも助け方はいくらでもあるのだ。
もしも彼女が今の自分の全てを捨ててでも新しい人生を望むなら。
姫と盗賊のロマンスよろしく誘拐して連れ去ってしまう、なんていう助け方もある。
国家の重鎮ならともかく、一介の執行人が失踪したところで異国までは追ってこまい。

「言ったらいけないことはない、気になるならまた先程みたいに冒険者への依頼という形を取れば良いだろう。
取り下げるというなら今回は忘れるが――きっとそなたが思っている以上に選択肢はたくさんある」

>「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
 だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
 生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」

最初は敵意を隠さなかったジャンも、スレイブの方針に同意する。
こうして現時点ではこちらからは踏み込まないが次に助けを求められたら――ということで意見が一致した。
シノノメに屋敷の一室を提供され、作戦会議を兼ねた晩餐が始まる。
まず口を開いたのはスレイブだ。
0153ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/17(火) 05:27:56.42ID:YUm0X1s0
>「今後のことを話そう」
>「シノノメ殿から有力な情報を聞くことが出来た。闇の属性の増大についてだ。
 俺がシェバトに着任してからのここ数年間のうちに、ダーマは急激な変転を迎えつつある。
 ……魔王陛下の容態が芳しくないという話は聞いているな?」
0154ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/17(火) 05:28:35.67ID:YUm0X1s0
とダーマ情勢の話をしつつ自然な動作で、飛び目玉の丸ごと煮の瓶を鍋に放り込む。

>「息子も娘もいないってんで、後継者争いになってるそうじゃねえか。
 パレードで見たときは元気そうだったんだけどよお」

そう言いながら、鍋にしれっと物騒な野菜らしきものを放り込むジャン。
ちなみにティターニアはティターニアで別に毒無しの鍋を作っており、なんともフリーダムな空気と化していた。

魔王不調の情報がだだ漏れになっていることから、黒幕の存在を推測するスレイブ。
それにしても、真面目な話をしながら珍食材を料理しているというのがどこかシュールな光景である。

>「こいつは憶測だが――『指環の魔女』が、この件に関わっているんじゃないか。
 魔王陛下は侵略政策の急先鋒だが、暗黒大陸を平定し国家を統一したことは確かな実績だ。
 『世界を平和に導く可能性』という意味では、指環の魔女に狙われる条件は十分に満たしている」

なるほど、聖女や聖者といったイメージからは程遠いどころか正反対だが、これもある意味条件に当てはまっている。
世界を平和に導くと言って違和感があれば、"そこがコケたら各地で紛争が起こるポジション"と言い換えれば分かりやすい。

「そなた、なかなかいい目の付け所をしておるな――飛び目玉だけに」

ついにジャンから貰った丸薬を飲み込むスレイブ。
そんな便利なものが何故普及しないのか疑問だったが、見るからに毒々しい色合いなのが普及しない理由の一端なのは間違いない。

>「指環の魔女――黒曜のメアリは既に光の指環を手にしている。
 俺は以前から不思議に思っていたんだ。光の指環の覚醒は誰も知らなかった。四竜達ですら気付いていなかった。
 ジュリアン様曰く、火、水、地、風の全ての指環が集まるまでは、残りの指環は眠り続けているはずだった。
 エーテル教団はおそらく、眠っている指環を強制的に目覚めさせる方法を知っている」

「全く、"黒"曜のメアリのくせに光とはな。
闇なら百歩譲ってまだしも光の指環に普通に認められるはずはあるまい。おおかた虚無で洗脳し強制的に従わせておるのだろう。
闇の竜まで同じことになる前になんとしてでもこちらで確保せねば。
ところでスレイブ殿、昔から急いては事を仕損じるといってな――」

スレイブは待ちきれない様子で飛び目玉の丸ごと煮にナイフを入れ始めた。

>「ここからは更に憶測だ。
 指環の目覚めに従ってその土地の属性が強まり、魔物の凶暴化などの影響が出始める……。
 もしかするとこれは逆なんじゃないか。属性が強まることで、対応する指環が覚醒するとしたら」
>「指環の魔女の目的は――暗黒大陸の闇を増大させることで、闇の指環を目覚めさせること。
 シノノメ殿が言っていたように、闇の属性は不安や不幸といった負の感情を司る。
 ダーマに動乱を巻き起こして、そこに住む者たちが生み出す絶望の闇を指環の餌にしている……」
>「てことは光の指環持ってるのはアレか。自分たちの拠点で洗脳してそういう感情を引き出して奪ったってとこか?
 闇の指環ならそんなことしなくても引っ掻き回すだけでいい……クソみたいな連中だな」

敵の目的に迫る重要な会話だが、
今この瞬間のティターニアの関心事は、指環の餌よりも今まさにスレイブに食べられようとしている飛び目玉の丸ごと煮であった。

「ついに食べるのか……」
0155ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/17(火) 05:30:18.70ID:YUm0X1s0
>「こ、これが飛び目玉の丸ごと煮……!旨味の余韻がいつまでも舌の上に残る……!
 これは肉なのか!?臓物か!?それとも卵……!既存のどの食材にも近いものがない!
 なるほど確かにこいつは、食べてみないと分からない味だな……!!」

人間やエルフを代表し無謀な挑戦に挑んだ彼は、詳細なグルメリポートを執り行う。
そしてやはりまだ早すぎたようで、程なくして若干の腹痛を訴え結局ティターニアに解毒魔法をかけられることになるのであった。

「そなたはよくやった。人類はその勇気を忘れはしまい――」

こうして和気藹々と晩餐が執り行われていたが、突然の来客に場の空気が一転する。
窓から突入してくるのは巷では"隣家の幼馴染"と相場が決まっているらしいが、当然この屋敷に隣家などない。

>『この家にいたずらするガキはいねえ。俺が窓を開ける』

ジャンが窓を開けて確認すると、突然茨がジャンの体を締め上げる。
臨戦態勢に入るティターニアだったが、ジャンが自力で茨を引きちぎって拘束を逃れる。
どうやら相手に心当たりがあるようだ。

>「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」
>「一番ではないとはいえ弟子は弟子、久しぶりに会えば試してみたくなるでしょう?」

>「はじめまして、皆さん。立ち並ぶ木々亭店主、ガレドロ・アルマータです。
 これから、どうぞよろしく」

「ジャン殿の師匠殿だったとはな……」

ジャンに師匠がいるとしたら見るからに屈強な戦士といったタイプの人物だろうな、と思っていたが違ったようだ。
元名うての冒険者だったということで、もっと庶民的な荒々しい感じの人物を想像していたが――
丁寧な口調と気品ある物腰、そこから滲み出る只者でないオーラに、やはり単なるラーサ通りの総元締めではないな、と確信する。

>「――さて、私がここに来た件ですが。
 トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
 街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」

流石に窓から入ってくるわけではなく玄関から部屋に通されたガレドロは、すぐに本題に切り込んできた。

>「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
 エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
 昆虫族の王、フィリア。
 人間の騎士、スレイブ。
 そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」
>「最後は余計だぜ爺さん!」

相手が想像以上にこちらの事情を把握していることに驚きながらも、いかにも師弟、といったジャンとの掛け合いを微笑ましく思うティターニア。

>「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
 であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
 彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」
>「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
 私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」
0156ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/17(火) 05:31:55.89ID:YUm0X1s0
「一人で大陸全土に封印とは……」

体調不良が最初は単なる口実だったとしても、大陸全土に封印を施し続けるとはとてつもない行為。
それが原因で本当に命が危うくなる可能性もあるだろう。
ここで、魔王とは本当は指環の魔女に狙われるイメージど真ん中の人物なのではないかという仮説が浮かび上がる。
例えば、真の敵に対抗するため等の深い故あって侵略派の急先鋒として
人間達から見るといかにもな悪の魔王に見えるように振る舞っているとか――

>「……愚痴を失礼しました。とにかくあなた方にやっていただきたいのは、このダーマにある闇の指環を
 封印されたまま、あなた方が手に入れることです。
 エーテリアル教団はこちらにも手を伸ばし、既にキアスムスの周りでは丸ごと信徒と化した村もあります」

「断る理由はない――こちらも丁度闇の指環についての情報を集めていたところだ」

突然の依頼だが、どちらにせよ闇の指環を手に入れようとしていたところだ。むしろ好都合と言えるだろう。
少なくとも、これで闇の指環がこの大陸にあることははっきりした。
しかし、ガレドロの言葉には続きがあった。ほんの少し間を開け躊躇う素振りを見せた後で、ジャンに向かって告げる。

>「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
 チェムノタ山に近いというのもあるのでしょう、あそこには年老いた龍がいますから。
 闇を意味する名前の付いた山に、数千年を生きたと自称する龍。教団が目を付けてもおかしくはありません。……ジャン?」

「なんと……」

この近くにあると聞いていて、次の目的地にもなっていたジャンの故郷が、すでに教団の手の内だという。
ジャンはあまりの衝撃に固まってしまったようだが、無理も無い。
教団がいちはやく目を付けて占拠したとなれば、少なくとも敵側がその近くに闇の指環があると踏んでいる可能性が極めて高い。
何はともあれ、次の方針は自ずから決まった。

「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」

努めて明るく声をかける。
村が丸ごと信徒と化したというが、ここに来る前はもともと敵の総本山と化しているであろうソルタレクに乗り込むという案もあったのだ。
それを考えれば小さな村ならまだ腕試しのようなものだろう。

「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」

バアルフォラスは、自らの主人であるスレイブにかけられた虚無の洗脳を破った。
今では意思を持つ魔剣ではなくなったとはいえ、その機能は健在だ。
そして、ガレドロにお前に用は無いと言われ蚊帳の外だったシノノメに話を振る。

「シノノメ殿――我々の特殊な事情とはまあそういうことだ。
様子を見ておいおい明かしていこうと思っていたのだがここで知ることになったのも何かの巡り合わせなのだろう。
……敵地に乗り込めばおそらく闇の指環を巡る戦いになる。
我々が闇の指環を手に入れることが出来れば当面の政情不安は落ち着いてそなたも激務から解放されるかもしれない。
もしそなたさえ良ければなのだが――共に来るか?」

もしもシノノメが少しでも一緒に来たがる気配を見せれば、こう続けるだろう。

「……と言っても職務を放置して行くわけにはいかぬか。
ガレドロ殿、彼女が我々に同行できるように裏から手を回して手配するのは可能だろうか。
このままではこの街もいつどうなるか分からぬ。街の治安を維持するのは執行官の義務、なのだろう?」
0157シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:49:20.68ID:mj2lwpKy
……すごく、すごく惨めな気持ちでした。
表情を隠して、魔族気取りの皮肉も述べて、散々自分を取り繕っておきながら、この失言。
顔が明るみを帯びるのを感じます。

>「……忘れろと言うなら、忘れよう。俺は貴女の言葉を一度だけ、聞かなかったことにする」
>「だがもしもこの先、貴女が二度目の助けを求めるならば、その時は――もう忘れない。
  後からどれだけ拒絶しようとも、必ず貴女を助けに行く」

だけどスレイブ様から返ってきたのは、私が予想もしていなかった言葉でした。

「……わ、忘れてないじゃないですかっ」

呆気に取られて、思わずそんな事を言ってしまったけど……
一呼吸遅れて、嬉しいという気持ちが私に追いついてきます。
嬉しい。嬉しかった。

だけど……それだけで、十分なんです。
だってスレイブ様には、大事な旅があるんですから。
私なんかがその足を引っ張る訳にはいかない。
その優しさだけでも、私には勿体ないくらいだから……ちゃんと、固辞しないと。

「あ、あの、今のはただの……気の迷いなんです。だから本当に……」

>「言ったらいけないことはない、気になるならまた先程みたいに冒険者への依頼という形を取れば良いだろう。
  取り下げるというなら今回は忘れるが――きっとそなたが思っている以上に選択肢はたくさんある」

>「……トランキルさん。あんたに対していきなり甘い態度はできねえ。
  だけどよ……仲間が言うんじゃしょうがねえ。どうしても辛くなったら、助けを呼んでくれ。
  生まれはオーカゼ村、ジャン・ジャック・ジャンソンだ」

「あ、う……私はシノノメ……あ、いえ、もうスレイブ様から聞いてましたよね……。
 じゃあ、ええと……その、さっきは、すみませんでした。失礼な事を、言ってしまって」

こういう時、改めて自己紹介をした方がいいんでしょうか。
いつも父の娘、あるいは助手として紹介されるばかりだったから……よく分かりません。

……じゃなくて。
気が付けば、なんだかもう断れるような雰囲気じゃなくなっていました。
いえ、私がぼそぼそと喋っていたのが悪いんです。
それに……こうなって欲しいと思っていなかったかと言えば、それは嘘になります。
ただ、こうならない事が怖くて……だから、自分から逃げようとしただけで。

だけど……私の使命は、執行官の任務は、誰にも代わってもらう事は出来ない。
ティターニア様は、選択肢はたくさんあると仰ったけど……私には一つだけ、絶対に選べない道がある。

私がもう一度、スレイブ様に、彼らに助けを乞う事はありません。
それでも……

「……皆さんの温かいお言葉、すごく、嬉しかったです。ありがとう、ございます」

私を助けると言って下さった事は、本当に嬉しかったし、感謝しています。
執行官の反応としては、間違っているのかもしれませんけど……私は、出来損ないですから。

……彼らはいずれは、この家から去ってしまう客人で、旅人です。
だけど……私が挫けて悲鳴を上げれば、それは彼らの旅を邪魔する事になる。
私が黙って折れてしまったら、私は彼らを嘘つきにしてしまう。
そう思う事は……私を少しだけ、強くしてくれる。そんな気がします。
0158シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:50:07.73ID:mj2lwpKy
「……客室へ、ご案内しますね。明日からも、お忙しいでしょうから」

彼らとの会話はほんの僅かな時間で、私の心を楽にしてくれたけど……だからって旅の邪魔をする訳にはいきません。
私は立ち上がって、そう言った。
実際には、客室とは少し違うのですけどね。
……執行官の屋敷に客人を泊める部屋など無用なものですから。
案内するのは、本来は使用人や助手に割り当てる為の部屋ですが……この屋敷にはどちらも、一人もいません。
執行官が不足しているという事は、それに仕えたいと思う者も当然、不足しているのです。

そうして皆さんをお部屋に案内した後、私は二階の私室に戻ります。
……調達して頂いた食料のほんの一部を抱えて。
ええと、この串に刺さったお肉は……街では皆、こうやって食べて……これだと、口元が汚れてしまいますね。
でもこうすると……今度は串の先端が刺さってしまいそうです。
0159シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:50:46.55ID:mj2lwpKy
……む、難しいですね。
ひとまず……フォークを使ってお皿に落として食べる事にします。
……ふわりと漂う匂いがほんの少しだけ、昨日火刑に処したリザードマンのそれに似ています。
決して、忘れてはいけない、私の失敗の記憶……。
だけど、今だけは……目を瞑らせて下さい。

「……美味しい」

自分でも気がつかない内に、私はそう呟いていました。
脂とは舌触りの違う、だけど濃厚な旨味……今まで食べた事のない味。
少し舌がピリピリするのは……香辛料かなにかでしょうか?
どういう料理なのかも聞いておけば良かった……けど、美味しかったです。

ええと、他の料理は…………瓶詰めの、目玉?
……これは、どうやって食べればいいんでしょうか。
もう調理済みなのか。それともこれから何か手を加える必要があるのか……。
いえ、後者だとしたら何か説明があったはず。
きっとこれは、このまま食べられるものなのでしょう。

瓶を少しだけ傾けて、お皿に幾つか目玉を落とします。
……もしかしたら、実は目玉を模しているだけで、中に具が入っているとか?
そう思いナイフを入れてみるも……やっぱりただの目玉みたいです。

まさか、このまま食べる、とか?
いえ、そんな訳ありませんよね。

このままでは埒が明かないと、私は私室を出て一階へ向かいます。
邪魔になってしまうかもしれませんが、スレイブ様にお尋ねしてみる事にしたのです。
そうして私が階段を下り、一階に差し掛かると、

>「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」

不意に客室の方から怒号が聞こえました。
それも、聞き間違いでしょうか。ガレドロと聞こえたような。
ラーサ通りの監督官である彼の名が、何故ここで?

……嫌な予感がします。
私は早足で客室へと向かい、そのドアを開きます。

「あの、どうかなさいましたか?」

部屋の様子を伺って、開放された窓が目について、そして外を見遣る。
そこにいたのは……

「……彼らは、あなたのお知り合いでしたか。ガレドロ監督官」

これは……良くない事です。
トランキルの家に彼らが宿泊している事が、街中に露見したら……。
……そうなる前に、私が出来る事は一つ。

「でしたら……すみませんが、冒険者の皆様方。早急にお引き取り下さい。
 先程はお伝えしていませんでしたが……ここはトランキル家、執行官の屋敷。
 次の処刑の、助手が何人か欲しかったのですが……彼の知り合いであるなら、それは剣呑。諦めましょう」

私が嘘をついて、彼らを屋敷に招き入れた。
そのような筋書きであったという事にするのが……一番です。
ガレドロ監督官も、わざわざその嘘を暴いてまで、知人を陥れようとは思わないでしょう。
0160シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:51:24.06ID:mj2lwpKy
「そのような芝居をせずとも結構ですよ、トランキル。
 今宵私がここを尋ねたのは、彼らをこの街で除け者にする為ではありませんから」

「……一体、何の事だか分かりかねます。が……では一体何の為に?昼間の件で、私に何か用でも?」

「いいえ、それも違います……が、その前に。玄関を開けて頂けますか?
 それとも客人とはいつまでも窓越しに会話をせよと、祖父に教わりましたか?」
0161シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:51:54.04ID:mj2lwpKy
「……どうぞご自由にお入り下さい。鍵なら掛かっていません」

「おや、不用心ですね」

「トランキルの家に押し入る盗人など、いませんからね」

……当家に宿泊したスレイブ様達を、咎めに来た訳ではない?
では一体どんな理由で……いえ、それは今から聞けば分かる事ですね。

>「――さて、私がここに来た件ですが。
  トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
  街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」

「えぇ、そうですね」

むしろ通りに良くない風評が流れるから余計な事をするなと言われても不思議ではありません。
ですが、そういう訳でもなさそう……

>「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
  エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
  昆虫族の王、フィリア。
  人間の騎士、スレイブ。
  そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」

「……指環の?指環って、あの……お伽噺の……?」

かつて勇者が世界を救うべく用い、そして戦いが終わった後で、
誰の目にも見つけられぬようこの世の闇へと投げ入れた……。
そんなお伽噺に出てくる、あの指環の事を、ガレドロ監督官は仰っているのでしょうか。

>「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
  であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
  彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」

少なくとも私を担ごうとしている訳ではなさそうです。
……簡単には信じられない事ですけど、えっと……あの伝説の指環は、本当に実在して……。
だから……彼らは、彼らが、当代の、指環の勇者……?

そっちは……そう言われてみれば、なんだか納得出来てしまいそうな……そんな気がします。
シェバトの解放も……そういう事だったのですね。

>「命じられてからすぐ陛下は、体調不良を理由に離宮に籠り、闇の指環が目覚めることなきよう大陸全土に封印を施し続けています。
  私たちも担当する地域で反乱や無用な虐殺が生まれぬよう見張っているのですが、王都にいる豚共はそれが分からぬようで……」

なんだか話が大きすぎて、やっぱり理解が追いつきません……。
もっとも私に理解される必要などないのでしょうけど……
むしろ私はこの場に居合わせても良かったのでしょうか。
ガレドロ監督官は私には見向きもしません。
いない方がいいのなら、目配せくらいはされるはず……ですよね?
そんな詮無い事を考えている間にも、話は進んでいきます。

>「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。

……私には、話の全容はまるで見えていません。
でも、その言葉がどういう事を意味するのかは……なんとなく、分かってしまいました。

>「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」
>「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」
0162シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:52:08.02ID:mj2lwpKy
だけど……私に言える事は何もない。
……と思っていたら、不意にティターニア様がこちらへと振り向く。
やっぱり、ここからのお話は席を外した方が……。

>「シノノメ殿――我々の特殊な事情とはまあそういうことだ。
  様子を見ておいおい明かしていこうと思っていたのだがここで知ることになったのも何かの巡り合わせなのだろう。

「……え?えっと……何を、仰っているのですか?」
0163シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:52:40.80ID:mj2lwpKy
> ……敵地に乗り込めばおそらく闇の指環を巡る戦いになる。
  我々が闇の指環を手に入れることが出来れば当面の政情不安は落ち着いてそなたも激務から解放されるかもしれない。
  もしそなたさえ良ければなのだが――共に来るか?」

……私が、一緒に?
何故そんな誘いが出てきたのか分からなくて、私は数秒、固まってしまいました。

「い、いえ……そんな、恐れ多い事です。
 勇者と呼ばれる方々が、私のような者を連れ歩くなんて……」

やっとの事でそう答えると、私は殆ど無意識の内に、両手で顔を覆っていました。
……視界の下に映る私の指先は、星に照らされた夜空のような色をしていました。
ティターニア様は私の言葉など聞かなかったかのように、ガレドロ監督官に向き直ります。

>「……と言っても職務を放置して行くわけにはいかぬか。
  ガレドロ殿、彼女が我々に同行できるように裏から手を回して手配するのは可能だろうか。
  このままではこの街もいつどうなるか分からぬ。街の治安を維持するのは執行官の義務、なのだろう?」

私も彼女の視線を追うように、ガレドロ監督官を見つめる。

「その必要はありませんよ。私が手を貸さずとも、彼女はあなた達と共に行く事が出来る。
 そうすべきであるかどうかは……別としてね」

……一体、どういう意味。
そう尋ねる間もなく、彼は……懐から丸めた羊皮紙を取り出しました。

「トランキル、終審裁判所からあなたへの書簡です。
 もっともこれは私が用意した写しですが……明日の朝には、これと同じものが届けられるでしょう」

「終審裁判所から?……あれ、その写しってどうやって」

「そんな些細な事は気にしなくていいのですよ。
 大事なのは内容……ここには、こう記されています」

ガレドロ監督官はすうと息を吸い込んで、書簡を広げます。

「ダーマ終審裁判所よりキアスムス駐在執行官シノノメ・トランキルに刑の執行を命じる。
 大陸各地の反社会的勢力に戦力を供給し、国土に広く混迷を招いた大逆の罪により、
 以下の者達を晒し首の刑に処すべし……」

一呼吸の間を置いて、彼は続ける。

「オーカゼ村の全住民を、と」

「……え?」

……一瞬、私は何を言われたのか、理解出来ませんでした。

「いつまで呆けているのですか、ジャン。
 オーカゼ村が虚無に呑まれた事は、あなたには不幸な事でしたが……最悪ではなかった。
 この書簡……これこそが、あなたにとっての最悪だ」

戸惑いの声を零した私には目もくれず、ガレドロ監督官はそう、ジャンさんに声をかけた。

「オーク族は屈強で戦に長けた種族です。その彼らを村ごと征伐する事で、
 魔族院は現体制が強力無比であると示したいのですよ。
 そしてそれはもう裁決されてしまった」

それはつまり、と彼は続け、私へと視線を向ける。
0164シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:52:57.83ID:mj2lwpKy
「ただ虚無から救い出すだけでは、手遅れなのです。
 例えそれを成し遂げたとしても彼らはもうこの国にとって死すべき者達だ。そして……」

……その瞬間、ガレドロ監督官の右手が、鳥の羽ばたきのように小さく、しかし恐ろしい素早さで動いた。
手中に隠し持った何か……植物の種?を、私へ向けて指で弾く。

……そして気付いた時には、私は右手に短剣を作り出して、それを切り払っていました。
『マリオネット』の正しい用法、です。
0165シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:55:18.03ID:mj2lwpKy
「無駄な抵抗をしないで頂けますか、トランキル。あなたには暫くの間、病に伏せて頂きます。
 ……ラーサ通りの監督官が、魔族の執行官を打ちのめしたなどという風評は好ましくない。分かるでしょう?」

だけど……彼が私を攻撃し、私がそれを凌いだ。
そこまで理解が追いついても……何故、彼がそんな事をしたのか。
私には分からないままでした。

「な……なんで、私が、そんな……」

「このままではあなたがオーカゼ村を滅ぼしてしまうからですよ。私の弟子の生まれ故郷を。
 ……あまり甘やかすのは良くないとも思うのですが、見過ごす訳にもいきません」

ガレドロ監督官が鋭い視線と、言葉で私を刺す。

「あなたは祖父とも父君とも、比ぶべくもない未熟者ですが……
 それでも、トランキル家の次期当主。行けば必ずやこの判決を現実のものとするでしょう。
 いかにオーカゼ村のオーク達が屈強であっても……」

声が出せない。状況に理解が追いつかない。
オーカゼ村は……オーカゼ村は、そうだ、さっきも言っていた……ジャンさんの……故郷で……。
でも……私は、執行官で……終審裁判所は、オーカゼ村を、滅ぼせって……。

「ヒトの形をしたものを殺める事にかけて、あなた達はダーマ一の達者だ。
 それになにより……あなた達は国家の正義を、罪に対する罰を、体現しなければならない。
 だから必ず成し遂げる……そうでしょう、トランキル?」

「やっ……」

やっと絞り出せた声は……それでも意味を宿せるほどの言葉に出来なかった。
立っている感覚すら覚束ない中、私は必死に、首を振る。

「……嫌?トランキルの家の者が、下された判決を拒めるのですか?」

私は……私は……どうすればいいのでしょう。
ジャン様は、スレイブ様のお仲間です。
それにさっき……私を助けてくれると、魔族の、執行官の私に、そう言って下さいました。
だけど……私は、トランキルで……執行官で……。
もし、オーカゼ村の住民を皆殺しにすれば……それは確かに、内乱の抑止になるかもしれなくて……。
祖父なら……どうするんだろう……父なら……。

「……いえ」

……私には……何も分からない。

「私は……トランキルですから。そのように判決が下ったのなら……それに従うまでです」

「えぇ、そうでしょうね」

ガレドロ監督官が胸の前に右手を運ぶ。指先で摘むように構えているのは、細長い植物の葉。
ただそれだけ、なのに彼から溢れる威容は……私の鼓動を更に早く荒立たせる。

「……だけどっ」

その圧力に押し潰されてしまう前に、私は必死に声を絞り出す。

……私には、父のようにも、祖父のようにもなれないけど。
執行官ならどうすればいいのか……何も、分からないけど。
でも、たったそれだけです。たったそれだけの理由で……私は、諦めたくない。諦めていい事じゃない。
0166シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:55:52.20ID:mj2lwpKy
「だけど、私は……未熟な、出来損ないですから……。
 腕が悪くて……そのくせ気分で刑を変える、恥晒し、ですから……」

深く、何度も息を吸っては吐く。
暴れ回る鼓動が煩わしくて、今から言おうとしている事が恐ろしくて、両手で強く胸を抑える。

「ど、どうせ処刑するなら……生け捕りにして……拷問に掛けてからの方が、いいです……」

『マリオネット』で自分を操る余裕なんてない。声が震えている。
0167シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/10/22(日) 21:56:47.61ID:mj2lwpKy
「こ、殺すだけなら、まだしも、捕縛となると、一人では……難しいので……
 知人に……過去に魔王様の、近衛騎士を務めていた方が、います。そ、その方に、助力を乞う事にします。
 だ、だから……」

……今日は、本当に沢山の事を喋りました。
自分の言葉で、自分の気持ちを……こんな事は、本当に、久しぶりで。
なんだか、子供の頃に、戻ったような……そんな気さえします。
もう、その頃の事なんて殆ど思い出せないけど……

でも……あぁ、そうだ。

「……確かに、それなら処刑までの時間は稼げるかもしれません。
 ですが、所詮は時間稼ぎ。結局、あなたは刑の執行をやめられない」

「……いえ」

……ティターニア様は、言っていました。
選択肢は、沢山あるって。そしてそれは、その通りでした。
私は、トランキルを辞められないけど……祖父のようにも、父のようにもなれないけど……。

「あなたの言葉が全て真実なら……指環を見つけられれば。
 魔王様はまたそのお姿を皆に見せて下さるはずです。元気な、お姿を。
 それは表向きは、病の快癒という事に……なる、はずです。だから」

それでも、その避けられない道の先にも、ヒトを殺さずに済む選択肢は……あったんです。
ずっと昔、私が子供の頃に、一度だけ。
あの時は……親友の孫が、7歳の誕生日を迎えたから、なんて理由だったけど。
いつもさせられていた、処刑の立ち合いがなくなって……あの日は世界が、いつもよりずっと見えたのを覚えています。
そう、あの日は、国中に……

「国中に、恩赦が、与えられるはずです。だから……」

私は……一際大きく息を吸い込んで、頭を下げた。
……頭を下げる直前の、ほんの一瞬の時間。
その中で、ガレドロ監督官が微笑んでいるように見えたのは……気のせいでしょうか。
いえ、どちらにしたって、今の私にその事を気にしている余裕なんてない。
だって、声を、振り絞らなきゃ。

「私を、一緒に連れて行って下さい……」

……我ながら、消え入るような声だったけど。私は確かにそう、言えました。





【遅くなってごめんなさい!】
0169スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:48:23.15ID:hiNEI4kX
これからの方針の話し合いを肴にした地獄絵図のような闇鍋パーティが佳境に入らんという頃、
すっかり黄昏に包まれた窓の外から硝子を叩く軽い音が数度鳴った。
ジャンが皿と匙を机に置いて、鋭く窓の方へ目配せする。

>『この家にいたずらするガキはいねえ。俺が窓を開ける』

「あ、ああ……気を付けてくれよ……あと十秒は動けそうにない……」

>「そなたはよくやった。人類はその勇気を忘れはしまい――」

食中りにダウンしたスレイブはソファに身体を横たえて、ティターニアの解毒を受けていた。
ようやく薬が効いてきたのか、ユグドラシア導師の解毒魔法が覿面なのか、身体の痺れが和らいでいく。
フォークを握ったままの右手が所在なく空を泳ぎ、目だけでジャンの後を追った。
ジャンは外からの視線を遮りつつ、窓を開けて様子を伺う――

>「んぐっ!ぐごご……がぁっ!」

突如ジャンの発した呻き声に、スレイブは痺れの残る身体を強引に動かして飛び起きた。
見遣れば、窓から入り込んだ茨がジャンの太い首を締め上げ、外へと引きずり出さんとしている。

「ジャン!」

刹那、スレイブは握ったフォークをそのまま窓へ向けて投擲した。
射矢もかくやの速度で飛ぶフォークが茨の根本に直撃するが、刺さることはなく床に落ちて跳ねる。
その金属音が響くよりも速く、スレイブは既にソファに立てかけていた剣を抜き放ち、跳躍していた。
淀みなき所作で振るった剣で、ジャンを縛る茨の半ばを断ち斬る軌道で打ち下ろす。

(斬れない……!?)

斬撃に手応えはなかった。
宙を舞う木の葉すら両断するスレイブの一閃が、茨によって柔らかく受け止められ、威力を殺される。
それでも一瞬だけ緩んだ締め上げの隙を突いて、ジャンは力任せに茨を引き千切って後ずさった。
スレイブもまた油断なくバックステップし、ジャンと爪先を並べる形で茨の群れと対峙する。
臨戦の膠着。それを解いたのは、他でもないジャンの挙げた声だった。

>「――ガレドロ爺か!いきなり試すような真似しやがって!」

>「一番ではないとはいえ弟子は弟子、久しぶりに会えば試してみたくなるでしょう?」

応じる声が庭から返ってくる。窓から覗き見れば、そこには初老の植物族の男が恭しく礼をしていた。

>「はじめまして、皆さん。立ち並ぶ木々亭店主、ガレドロ・アルマータです。これから、どうぞよろしく」

「……ガレドロ某。ジャンの言っていたラーサ通りのまとめ役か」

どうやらこの夜襲は、弟子と久しぶりに会ってテンション上がっちゃったお爺ちゃんがハッスルした末の結果らしい。
人騒がせな師弟愛の暴走に、スレイブはようやく緊張を解いた。

>「ジャン殿の師匠殿だったとはな……」

「何から何まで正反対の師弟だ……」

しかしなるほど、最初の一合でスレイブの剣が通らなかった不可思議もこれで頷ける。
ジャンの尋常ならざる打たれ強さ、肉弾戦の技術は、このガレドロ某に師事することで培われたものなのだろう。
斬撃のいなし方などお手の物というわけだ。
0170スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:48:54.44ID:hiNEI4kX
>「あの、どうかなさいましたか?」

そこへ、騒ぎを聞きつけたシノノメが別室からやって来た。
彼女もまた窓の外を見下ろして、何か得心が行ったように表情を硬くする。

>「……彼らは、あなたのお知り合いでしたか。ガレドロ監督官」
>「でしたら……すみませんが、冒険者の皆様方。早急にお引き取り下さい」

「シノノメ殿」

突如手のひらを返したシノノメの態度をスレイブは訝しんだが、すぐに言葉の行間を理解した。
シノノメはスレイブたちの立場に配慮して、トランキルとの接触をなかった事にしようと腐心してくれているのだ。

>「そのような芝居をせずとも結構ですよ、トランキル。
 今宵私がここを尋ねたのは、彼らをこの街で除け者にする為ではありませんから」

だがその建前もガレドロは見通していたようだった。
彼は両者の間にある認識の行き違いを修正し、シノノメの案内に従って部屋まで上がってきた。

>「――さて、私がここに来た件ですが。
 トランキル氏に今日の件で感謝を述べに来たのではありません。もちろんラーサ通りを救ってくれた方の一人でありますが、
 街の治安を維持する執行官としては当然の義務だと思いますので」

スレイブたちの逗留する部屋へ通されたガレドロは、余分な前置きを省いてすぐに本題に入る。
茶を沸かす時間のなかったスレイブは、来客をもてなせない居心地の悪さを咳払いで誤魔化して対面のソファに腰掛けた。

>「私が用があるのはあなたたち、指環の勇者です。
 エルフのユグドラシア導師、ティターニア。
 昆虫族の王、フィリア。
 人間の騎士、スレイブ。
 そして……なんであなたがなれたんでしょうね、ジャン」
>「最後は余計だぜ爺さん!」

「……随分と深い事情まで知っているようだな、ガレドロ殿」

ガレドロが当たり前のように口にした『指環の勇者』という言葉にスレイブは身を硬くした。
単なる市場の事情通と言うにはあまりにも"知りすぎ"ている彼は、一体何を求めにここへ来たのか。
弟子の様子を見に来ただけでは当然あるまい。

>「……指環の?指環って、あの……お伽噺の……?」

俄には信じがたいといったシノノメの反応の方が、よほど順当ではある。
スレイブは目頭を揉んで、彼女の動揺に応えた。

「指環に勇者と認められているのは俺を除いた三人だけだ。俺は……見習いの使いっ走りといったところだな」

右手の中指で鈍く輝く風の指環が失笑するように僅かな風を巻く。
なんとなくイラっとしたので指先でそれを弾くと大人しくなった。

>「余計な一人は放っておくとして……シェパト解放の一報は既に王都にも届いています。
 あなた方の働きは実に見事なものでした。神話に語られる指環の勇者そのものです。
 ですが、我らが王はそれを怪しんだのです。国家に与しない者が世界を揺るがすような力を持つことを」

「……"我らが王"?あんたは一体何者なんだ」

ガレドロの語り口は一介の冒険者上がりのものではない。
まるで国家の意志を代弁するような物言いに、今度こそスレイブは眉を眇めた。
0171スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:49:43.45ID:hiNEI4kX
>「王は指環についてほとんどを理解しています。おそらく闇の指環がここダーマにあるであろうことも。
 であるからこそ、『王の隠し牙』たる私が指環の勇者たちに会い、
 彼らが真に平和のために動くならよし、そうでないならば誅殺せよ、と王は命じられました」

「隠し牙だと……王属特務、実在していたのか……!」

多くの属州を束ねるダーマの王府においては、上級官吏ですら組織の全貌を把握することは出来ない。
とりわけ王や魔族院議会が独自に抱えている特務機関は、その存在さえも霞の中に隠されている。
現に王宮護衛官であるスレイブは、『王の隠し牙』が単なる与太話であることをこの時まで疑っていなかった。

その一方で、ガレドロの明かした身分に説得力を感じている自分がいることも確かだ。
一同に会せば世界を手にする力を得るとされるドラゴンズリング。
そのうち4つを既に入手している指環の勇者たちに、国家が接触を図ってこない方が不自然だ。
シェバト解放という大仕事を成し遂げ、既に存在を包み隠すことなど出来なくなった今であればなおさら。

ガレドロはダーマの抱える内情について掻い摘んで話した。
魔王の隠遁は容態の悪化ではなく、闇の指環の覚醒を抑える封印に尽力しているため。
そして国家を脅かす影、エーテル教団は既に暗黒大陸の各地で工作を行っているのだと。
そして闇の指環の餌にするために、虚無を蔓延させられた村がキアスムスの付近にあると言う――

>「そうなってしまったのはオーカゼ村……ジャン、あなたの故郷です。
 チェムノタ山に近いというのもあるのでしょう、あそこには年老いた龍がいますから。
 闇を意味する名前の付いた山に、数千年を生きたと自称する龍。教団が目を付けてもおかしくはありません。……ジャン?」

「なんだと……!」

ジャンが慄然としているのも無理はない。
彼がこれからまさに立ち寄らんとしていた故郷、両親、同郷の友人たちが、教団の信徒にされていると聞かされたのだ。
同時にスレイブにとっても、その事実は痛痒の記憶を掻き毟るものであった。

国家に仇なす者たちを、彼はこれまで何人も斬ってきた。
ダーマの国教とは異なる土着の神を信仰していたという理由で、罪なき信徒の集団を皆殺しにしたこともある。
血涙に塗れた双眸で呪い殺さんばかりに睨みつけられたあの視線は、今でも時折夢に見る。
苦悩し、心を磨り減らし続けていたあの頃と、姿を写したように同じ惨状が、再び繰り広げられようとしている。
奥歯が砕けそうなほどの軋みが、どこか遠い残響のように聞こえた。

>「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」

悔恨の過去に囚われそうになったスレイブを現実に引き戻したのは、ティターニアの強い声だった。

>「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」

「そうか……魔剣の力なら……!」

黒曜のメアリがスレイブに植え付けた虚無を、バアルフォラスは『喰い散らかし』によって解き放っている。
闇の指環に絶望を供給する以上、教団は信徒たちの精神を完全に殺すことはない。
虚無によって抑えつけ、締め上げ、漏れ出す負の感情を搾取するために生かし続けているはずだ。

「ジャン、城門の開く夜明けを待ってすぐにここを発とう。キアスムスからならオーカゼ村まですぐだ。
 俺は一度虚無に呑まれたから分かる。連中の洗脳が心を完全に支配するには時間がかかるんだ」

それが単なる気休めではないことを、他ならぬジャンはよく知っているはずだ。
虚無に呑まれたスレイブを、深い深い闇の渦中へ手を伸ばして救い出してくれたのは、彼らなのだから。

「だから間に合う。絶対に間に合う。……俺たちで、間に合わせるんだ」
0172スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:50:00.21ID:hiNEI4kX
>「シノノメ殿――我々の特殊な事情とはまあそういうことだ。
 様子を見ておいおい明かしていこうと思っていたのだがここで知ることになったのも何かの巡り合わせなのだろう。

ティターニアはシノノメにも同行を提案する。
闇の指環に関わる事態であれば、闇属性エーテルを操るシノノメがいれば確かに心強い。
何より――ラーサ通りで見せた絶技が示す通り、対人戦闘においてシノノメはおそらく誰の後塵も拝すまい。
トランキルの直系、スレイブの姉弟子、彼女の能力を裏付けする肩書きには困らない。
0173スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:50:22.71ID:hiNEI4kX
>「い、いえ……そんな、恐れ多い事です。勇者と呼ばれる方々が、私のような者を連れ歩くなんて……」

言葉とは裏腹に、顔を覆ったシノノメの肌が仄かに輝いていた。
まんざらでもない様子である。

>「……と言っても職務を放置して行くわけにはいかぬか。
  ガレドロ殿、彼女が我々に同行できるように裏から手を回して手配するのは可能だろうか」
>「その必要はありませんよ。私が手を貸さずとも、彼女はあなた達と共に行く事が出来る。
 そうすべきであるかどうかは……別としてね」

ティターニアの要請に、ガレドロは意味深げにそう呟いた。
補足するように懐から取り出したのは、簡素な見た目の書類が一枚。

>「トランキル、終審裁判所からあなたへの書簡です。
 もっともこれは私が用意した写しですが……明日の朝には、これと同じものが届けられるでしょう」

彼が読み上げる内容に、今度こそスレイブは奥歯を噛み砕くことになった。
魔族院が終審裁判所を通してシノノメに下した命令は、オーカゼ村の住人全ての処刑。
取ってつけたような罪状など建前でしかない。魔族院は、オーク達の征伐をその威権を誇示材料としようとしている。

「承服できるか……!」

血塗れの奥歯を吐き捨てて、スレイブはガレドロに喰ってかからんとした。
矛先をガレドロに向けたところで何の意味もない。命令を下すのは彼ではない。
むしろこの段階で指令の内容を知らしめてくれたことはスレイブ達にとって利となり得る。
その恩を、しかしスレイブは受け入れることが出来なかった。
ガレドロの口ぶりは、オーカゼ村の住民に最早死を待つ以外の道がないことを冷徹に表わしていた。

刹那、ガレドロの片手が閃き、撃ち出された何かをシノノメが短剣で弾いた。
スレイブには放たれたものが何らかの植物の種であることくらいしか分からない。
ガレドロという特務官とスレイブとの間に横たわる実力の溝は、それほどまでに深い。

>「無駄な抵抗をしないで頂けますか、トランキル。あなたには暫くの間、病に伏せて頂きます。
 ……ラーサ通りの監督官が、魔族の執行官を打ちのめしたなどという風評は好ましくない。分かるでしょう?」

だが――ガレドロが有無を言わさずシノノメを害そうとしていることは、理解できた。
スレイブが剣を抜く理由はそれで十分だ。

「…………ッ」

ただ、この剣をどちらへ向ければ良いのか分からない。
シノノメは恩人の娘で、王都にいた頃から浅いながらも親交のあった旧知だ。
そして個人的に、彼女が苦境に立ち向かう姿勢に好感を憶えてさえいる。

しかし、そのシノノメが、王都からの命令でオーカゼ村の人々を処刑するよう強いられている。
彼女の実力ならば、それは問題なく成し遂げられるだろう。
ジャンの家族を――殺すだろう。
スレイブを闇の中から救い出してくれた、大切な恩人を、同じ目的を追う仲間を、不幸に陥れるだろう。

>「私は……トランキルですから。そのように判決が下ったのなら……それに従うまでです」

……やめろ。頼む。その先を言わないでくれ。
それを口にしてしまったら、一線を超えるならば、この刃を貴女に向けなければならなくなる。
頭の芯がぐらぐらと揺れる錯覚があった。スレイブは声を圧し殺して祈る。果たしてシノノメは、二の句を継いだ。

>「……だけどっ」

呻くような、か細い、しかし意志の篭った声をシノノメは絞り出した。
0174スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:50:54.41ID:hiNEI4kX
>「ど、どうせ処刑するなら……生け捕りにして……拷問に掛けてからの方が、いいです……」

酷薄な言葉とは対照的に、彼女は荒い呼吸を無理やり押さえつけるように身体を抱いていた。
心にもないことを、あえて口にするのは、その先に覆すべき結論があるからだ。
それが分かっていたから、スレイブはシノノメの言葉に剣を抜かずに済んだ。
その信頼は決して間違っていないと、今なら胸を張って言える。
0175スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/10/26(木) 23:51:11.89ID:hiNEI4kX
>「こ、殺すだけなら、まだしも、捕縛となると、一人では……難しいので……
 知人に……過去に魔王様の、近衛騎士を務めていた方が、います。そ、その方に、助力を乞う事にします。
 だ、だから……」

オーカゼ村の住人を……殺さず、傷付けず、生け捕りにする。
来るべき『処刑』の日までに闇の指環を確保して、恩赦による放免を得られたなら――

「オーカゼ村の人々を、殺さずに済む……!」

>「私を、一緒に連れて行って下さい……」

シノノメはこちらに頭を下げて同行を願い出る。
自分でもわけが分からないほどの高揚が腹の底から湧き上がって来るのを、スレイブは感じていた。

己の責務に疑問を持ちながらも使命から逃げ出すことが出来ず、心を凍りつかせていた彼女が。
ともすれば己の立場すら危うくなる建前の綱渡りを越えて、オーカゼ村の住人を救うために手を尽くしてくれている。

「……助けるなどと、分不相応な口約束は必要なかったな」

心を満たす快さを抑えきれず、スレイブは苦笑と共に呟いた。
上から目線で手を差し伸べずとも、彼女はちゃんと自分で答えを出せる強い意志を持っている。
スレイブは背筋を伸ばして応えた。

「その依頼、承った。故あって俺は対人の捕縛術にも憶えがある。
 こちらに居るのは凄腕の魔導師に勇猛なる戦士、数多の眷属たちを従える女王だ。
 オーカゼ村の信徒たちを、処刑が執行されるその日まで――かすり傷一つつけることなく、拘束し続けよう」

執行官とその依頼を受けた冒険者達、という建前を通す以上、シノノメの同行は必須だ。
だが、そんな合理性を差し置いて、スレイブは頭を下げ続けるシノノメへ手を伸ばした。

「俺は貴女に、一緒に来て欲しい」


【シノノメの提案に賛同】
0176ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/30(月) 16:41:49.88ID:j4J1x8GB
>「ジャン殿――固まっている場合ではないぞ。父上殿と母上殿を助けに行かねば」
>「命があれば元に戻る希望はある。バアルフォラス殿は一度それに成功しているのだからな」

>「ジャン、城門の開く夜明けを待ってすぐにここを発とう。キアスムスからならオーカゼ村まですぐだ。
 俺は一度虚無に呑まれたから分かる。連中の洗脳が心を完全に支配するには時間がかかるんだ」

「……お、おう。そうだな!父ちゃん母ちゃん早く助けに行かねえとな!」

ティターニアに努めて明るく声をかけられて、ジャンは初めて反応した。
いつものやや不細工な笑顔のまま、部屋から出ていこうとドアノブに手をかける。

「ジャン、まだ話は終わっていませんよ。
 次の話はトランキルとジャン、あなたたち両方に関係することですから」

するとガレドロが丸めた羊皮紙を取り出し、ダーマ終審裁判所最高裁判長の印とサインが書かれたそれの中身を読み上げ始めた。
ジャンはその内容に、再び硬直することとなる。

>「いつまで呆けているのですか、ジャン。
 オーカゼ村が虚無に呑まれた事は、あなたには不幸な事でしたが……最悪ではなかった。
 この書簡……これこそが、あなたにとっての最悪だ」

ジャンはそこから、トランキルとガレドロが何を話していたのかよく分からなかった。
いつものように、難しくて理解できなかったり、自分には関係ないことだと聞いていなかったからではない。
むしろ村のみんなをどうするつもりなのか、二人の問答を一言一句聞き洩らさず聞いていた。

初めて自分より大きな魔物と出会ったときのように、足がすくみ、手が震えて喉の渇きが止まらないからだ。
頭はあらゆることに対する疑問で埋まり、鍛え上げた強靭な身体は鉛のように重く動かない。

「村のみんなを……処刑だって?
 ジャバおじさんも、ジルおばさんも、父ちゃんも母ちゃんもみんな…?」

床に膝をつき、目に映るもの全てがぐにゃりと歪んで見える。
ジャンの心にひびが入り、再びへし折れようとした瞬間だった。

>「ど、どうせ処刑するなら……生け捕りにして……拷問に掛けてからの方が、いいです……」

トランキルの口から出たのは、処刑までの期日。魔王の病気回復による恩赦。闇の指環の確保。
全ては繋がっていたのだ。オーカゼ村の信徒と化した村人を皆殺し、その死体を晒さずとも、やりようはあったのだ。

>「私を、一緒に連れて行って下さい……」

>「俺は貴女に、一緒に来て欲しい」
0177ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/30(月) 16:42:27.85ID:j4J1x8GB
「ちょっと待ってくれや、みんな」

ゆらりと立ち上がったジャンが腰の革袋から指輪を取り出す。
そして右手の中指に嵌めると、自分の顔面に向けてこう叫んだ。

「アクア!ありったけの水を俺にぶつけろ!」

直後、指環から勢いよく出た水流がジャンの顔を思い切り叩き、思わずジャンはその場でのけぞる。
そして水流が収まった頃。水浸しになったカーペットの上でジャンはずぶ濡れになっていた。

「――よし!オーカゼ村に行こうじゃねえか!」

そうしてずぶ濡れのまま、思い切り叫ぶ。
やりようはあると分かった以上、それに向かって突き進むのみ。
ジャン・ジャック・ジャンソンは、迷いを今断ち切れたのだ。

「……結論は出たようですね。
 では明日の早朝、日の出の頃に馬車を東門に一台用意します。
 オーカゼ村は表面上何も変わらないように振る舞っていますが、
 白黒に塗られた教団の施設が立っていますし、
 信徒は皆、虚無を表す黒い六芒星のペンダントを身につけています」
 
そこまで言ってガレドロは一回言葉を区切り、三本指を立ててみせた。

「三日待ちます。それ以降何の連絡もなければキアスムスに待機させてある
 竜騎兵部隊を動かし、村を焼き払います。」

そしてガレドロは深く一礼すると、屋敷を出ていった。

「さて、とっとと寝ちまうか。と言いたいところだけどよ……
 フィリア、指環の力でこのカーペット乾かせるか?」

ジャンはこの夜、寝るまでのわずかな時間ですっかり水が染み込み重くなったカーペットを持ち上げ、
フィリアの指環から静かに灯る炎に近づけて乾かそうと四苦八苦していた。
0178ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/10/30(月) 16:42:50.63ID:j4J1x8GB
―――オーカゼ村は、ダーマ魔法王国最初の解放奴隷と呼ばれる、アウダス・オーカゼの故郷だ。
と言っても村にあるのは彼の生涯が刻まれた石碑と、その隣に突き刺さった古びた大剣だけ。
種族はオーク族がほとんどだが、解放奴隷が伝手を辿ってここに住み着くことが多いため、他種族も少ないがいる。
主に農耕や狩猟をして暮らしているが、キアスムスに近いこともあってか出稼ぎをする者が多く、ダーマの中では裕福な村と言えるだろう。

ダーマ王立図書館所蔵『解放奴隷たちの生涯』より


「……見えてきた。あれが俺の故郷、オーカゼ村だ」

日の出と共に馬車に乗り込み、オーカゼ村へと向かった一行は
まず村の入口にある見張り台を見た。
木の骨組みに石を積んで作られた、頑丈な見張り台だ。
だが屋上には誰もおらず、弓矢が立てかけられているだけだ。

「変だな、いつも交代で見張りをしてるんだけどよ……誰もいないみてえだ。
 悪いがここで下ろしてくれ、嫌な予感がするぜ」

「ガレドロ爺には伝えておくよ、事情は知らんが気を付けてくれ」

キアスムスへと戻る馬車を見送った後、一行はオーカゼ村へと入った。
そこでジャンが見たのは、記憶にあるオーカゼ村の風景だ。

鍛冶場の煙突からは煙が立ち上り、近くの川の流れで水車は緩やかに動く。
風は穏やかにチェムノタ山から吹き、近所のジルおばさんが育てていた花畑は色とりどりだ。

村人が誰一人いないことを除けば、記憶通りの風景だった。
0180創る名無しに見る名無し垢版2017/10/30(月) 21:22:38.22ID:y93iXNHD
ラテは
一度真面目にここで弁解するといい
みんな納得しないよ
お前が荒らしってことになってるから
0181ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/31(火) 23:01:21.33ID:90fT5UYA
>「その必要はありませんよ。私が手を貸さずとも、彼女はあなた達と共に行く事が出来る。
 そうすべきであるかどうかは……別としてね」

シノノメが一緒に来られるように手配してほしいとのティターニアの要請に、ガレドロは思ってもみなかった答えを返した。

>「ジャン、まだ話は終わっていませんよ。
 次の話はトランキルとジャン、あなたたち両方に関係することですから」
>「トランキル、終審裁判所からあなたへの書簡です。
 もっともこれは私が用意した写しですが……明日の朝には、これと同じものが届けられるでしょう」
>「終審裁判所から?……あれ、その写しってどうやって」
>「そんな些細な事は気にしなくていいのですよ。大事なのは内容……ここには、こう記されています」
>「ダーマ終審裁判所よりキアスムス駐在執行官シノノメ・トランキルに刑の執行を命じる。
 大陸各地の反社会的勢力に戦力を供給し、国土に広く混迷を招いた大逆の罪により、
 以下の者達を晒し首の刑に処すべし……」

大陸各地の反社会的勢力に戦力を供給とはまた物凄い大がかりな組織があったものだ、とガレドロの次の言葉を待つ。

>「オーカゼ村の全住民を、と」

>「……え?」

「ちょっと待て、何故そうなる。彼らは被害者ではないか……!」

話が飛躍しすぎて俄かには理解が及ばなかったが、次のガレドロの言葉でようやく事態が呑みこめてきた。

>「いつまで呆けているのですか、ジャン。
 オーカゼ村が虚無に呑まれた事は、あなたには不幸な事でしたが……最悪ではなかった。
 この書簡……これこそが、あなたにとっての最悪だ」
>「オーク族は屈強で戦に長けた種族です。その彼らを村ごと征伐する事で、
 魔族院は現体制が強力無比であると示したいのですよ。そしてそれはもう裁決されてしまった」

もはや魔族が無理を押し通せば道理は軽く引っ込むここダーマでは常識は通用しないと思った方が良い。
奴らは現体制の脅威となる可能性のある者を潰し自らの権威を知らしめることが出来れば理由など何でもいいのだ。
あまりに理不尽な採決に、スレイブは怒りを露わにし、ジャンは打ちのめされた様子。当然の反応だ。

>「承服できるか……!」

>「村のみんなを……処刑だって?
 ジャバおじさんも、ジルおばさんも、父ちゃんも母ちゃんもみんな…?」

>「ただ虚無から救い出すだけでは、手遅れなのです。
 例えそれを成し遂げたとしても彼らはもうこの国にとって死すべき者達だ。そして……」
>「無駄な抵抗をしないで頂けますか、トランキル。あなたには暫くの間、病に伏せて頂きます。
 ……ラーサ通りの監督官が、魔族の執行官を打ちのめしたなどという風評は好ましくない。分かるでしょう?」

ガレドロとシノノメの間で繰り広げられた一瞬の攻防。
王の隠し牙という立場といえど、やはり弟子のジャンの故郷の者が皆殺しになるのは承服できないのだろう。
しかしここで一介の執行官であるシノノメを害したとて何の解決にもならない。
仮にシノノメを再起不能にしたところで、他の者が刑を執行するようになるだけのことだ。
0182ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/31(火) 23:03:24.84ID:90fT5UYA
>「な……なんで、私が、そんな……」
>「このままではあなたがオーカゼ村を滅ぼしてしまうからですよ。私の弟子の生まれ故郷を。
 ……あまり甘やかすのは良くないとも思うのですが、見過ごす訳にもいきません」
>「あなたは祖父とも父君とも、比ぶべくもない未熟者ですが……
 それでも、トランキル家の次期当主。行けば必ずやこの判決を現実のものとするでしょう。
 いかにオーカゼ村のオーク達が屈強であっても……」
>「ヒトの形をしたものを殺める事にかけて、あなた達はダーマ一の達者だ。
 それになにより……あなた達は国家の正義を、罪に対する罰を、体現しなければならない。
 だから必ず成し遂げる……そうでしょう、トランキル?」

ガレドロは、王の隠れ牙という立場でありながら、弟子であるジャンのために
こちらがオーカゼ村の人々を救うために動くチャンスを与えようとしてくれているのだ。
忠実に命令のままに処刑を執行しようとするシノノメがいては必ずその邪魔になる、そう思ってのことだった。
しかしおそらくガレドロは、淡々と死刑を執行する冷酷な処刑人という一般的なイメージでしかシノノメのことを知らない。

>「やっ……」
>「……嫌?トランキルの家の者が、下された判決を拒めるのですか?」
>「……いえ」
>「私は……トランキルですから。そのように判決が下ったのなら……それに従うまでです」
>「えぇ、そうでしょうね」

かといってどうすればいいのか。処刑を拒めば彼女自身が命を取られかねない立場。
なんという残酷な巡りあわせなのだろう。このままでは否応なくお互い望まない敵対関係になるしかない。
そこでティターニアは、もう一つの選択肢を示してみせた。

「シノノメ殿――もしも今の自分のすべてを捨ててもいいと思うなら……手引きすることはできる。
何、執行官が謎の失踪など大して珍しくもないだろう。万が一追っ手が来たなら退けてみせよう」

敵対するのを避けるには、もはやシノノメがトランキルであることを捨てるしか残された道はないと思われた。
今の自分の全てを捨ててこちらの手を取り仲間になるか、トランキルであり続けることを選び敵対するかの究極の選択。
それでも選択肢が無い一択よりはいくぶんか増しと思ってのことだ。
しかし、彼女はそのどちらも選ばなかった。

>「……だけどっ」
>「だけど、私は……未熟な、出来損ないですから……。
 腕が悪くて……そのくせ気分で刑を変える、恥晒し、ですから……」
>「こ、殺すだけなら、まだしも、捕縛となると、一人では……難しいので……
 知人に……過去に魔王様の、近衛騎士を務めていた方が、います。そ、その方に、助力を乞う事にします。
 だ、だから……」
>「……確かに、それなら処刑までの時間は稼げるかもしれません。
 ですが、所詮は時間稼ぎ。結局、あなたは刑の執行をやめられない」

確かに生け捕りにすれば少なくともその場では文字通り首の皮は繋がるが、問題はその後どうやって処刑を回避するかだ。
取りつくしまもないガレドロに、ティターニアが言う。
0183ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/31(火) 23:05:50.27ID:90fT5UYA
「ここで彼女を足止めしても他の執行官が派遣されるだけであろう。
ここまで"罪人"の命を繋ごうと腐心してくれる執行官など他におらぬぞ。
生きたまま捕らえたならそこから先はむしろ王の腹心たるそなたの腕の見せどころではないのか?」

しかしそれは要らぬ心配だったようで、単なる時間稼ぎではなくシノノメはその先の策まで用意していた。

>「あなたの言葉が全て真実なら……指環を見つけられれば。
 魔王様はまたそのお姿を皆に見せて下さるはずです。元気な、お姿を。
 それは表向きは、病の快癒という事に……なる、はずです。だから」
>「国中に、恩赦が、与えられるはずです。だから……」
>「私を、一緒に連れて行って下さい……」

「見事な作戦だ、シノノメ殿……!」

シノノメは忠実な執行官であり続けながらこちらの手助けをするという不可能と思われた第三の選択肢を見事に選び取って見せた。

>「その依頼、承った。故あって俺は対人の捕縛術にも憶えがある。
 こちらに居るのは凄腕の魔導師に勇猛なる戦士、数多の眷属たちを従える女王だ。
 オーカゼ村の信徒たちを、処刑が執行されるその日まで――かすり傷一つつけることなく、拘束し続けよう」
>「俺は貴女に、一緒に来て欲しい」

ジャンはアクアに水をぶっかけてもらって気合を入れると、力強く宣言したのだった。

>「――よし!オーカゼ村に行こうじゃねえか!」

>「……結論は出たようですね。
 では明日の早朝、日の出の頃に馬車を東門に一台用意します。
 オーカゼ村は表面上何も変わらないように振る舞っていますが、
 白黒に塗られた教団の施設が立っていますし、
 信徒は皆、虚無を表す黒い六芒星のペンダントを身につけています」
>「三日待ちます。それ以降何の連絡もなければキアスムスに待機させてある
 竜騎兵部隊を動かし、村を焼き払います。」

非情にも聞こえる言葉だが、これが彼の王の隠し牙という立場とジャンの師匠という立場の板挟みの中での最大限の手助けなのだ。
国家という怪物からは一線を画し建前を気にしなくていい分かりやすい世界に住んでいるティターニアには無縁の世界であった。
ガレドロが去った後、シノノメの肩に手を置いて言うのだった。

「やれやれ、弟子を思うあまりハッスルしてしまったのだろう。しかし案外あやつも蓋を開ければそなたと似たようなものなのかもしれないな」
「……ところでテッラ殿、概念的植物でカーペットの水分を吸い取ったりはできるか?」

こうして夜は更けていく。
0185ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/10/31(火) 23:07:59.77ID:90fT5UYA
次の日、日の出と共にオーカゼ村に向かった一行。

>「……見えてきた。あれが俺の故郷、オーカゼ村だ」
>「変だな、いつも交代で見張りをしてるんだけどよ……誰もいないみてえだ。
 悪いがここで下ろしてくれ、嫌な予感がするぜ」

村に入ってみると、荒らされている様子などはなかったが、ジャンの予感したとおり、誰一人見当たらない。

「ガレドロ殿は村は表面上は何も変わらず振る舞っていると言っていたが……皆どこに行ったのだ?」

考えられるのは、ティターニア達が到着する直前に大きく状況が動いたということ。急いだ方が良さそうだ。
村を一周してみると、場違いな白黒の施設が立っているのがすぐに分かった。

「あれが教団の施設か……行ってみるとしよう」

最大警戒態勢で施設に乗り込む一同。施設の中も静まり返って誰もいない、と思いきや。

「貴様ら何者だ!」「関係ない、何者だろうとのして洗脳するまでだ――!」

等と言いながら教団員と思しき者達が数人襲い掛かってきた。が、幸い大して強くは無く、一行の前にすぐにのされた。
とはいえ決して雑魚というわけではなく一般的基準ではかなり強いと思われるのだが、おおかた留守番のために残されていた者達なのだろう。
適当に拘束して村人達の行方を尋ねると、あっさり吐いた。しかし雰囲気からして下っ端っぽいので、詳しい情報は望めないかもしれない。

「村の皆は何処に行ったのだ」

「……闇の指環を目覚めさせる儀式をするとか何とか言って裏山に連れて行かれた」

「裏山……チェムノタ山のことか!」

「ああ……あの扉から出れば山の入り口だ」

言われてみれば教団の建物が登山道を塞ぐように立てられており、建物の裏口から出ると登山道に直結するようになっていた。
0186シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/03(金) 05:01:33.63ID:LB09ps68
……今、私は寝室にいます。
いつもならもう寝ている時間ですが……今日は色々ありましたから。
それらを日記に全部記そうと思うと……なかなか文章がまとまらないのです。

>「見事な作戦だ、シノノメ殿……!」
>「俺は貴女に、一緒に来て欲しい」

ティターニア様は、スレイブ様は、私にそう言って下さいました。
……私には勿体無いお言葉です。謙遜なんかじゃなくて、本当に。
だって私はただ……嫌な事から逃げただけなんです。

今まで一度だって、執行官の使命から逃げようなんて考えた事もなかったのに。
今回に限ってあんな事を言ったのは……嫌だったから。
ヒトの命を奪う事よりも、トランキルの家名と挟持を汚してしまう事の方が、怖かったのと同じように。

スレイブ様に。そしてジャン様にも、ティターニア様にも……彼らに、嫌われたくなかったから。
罪人と定められた者の命を奪うよりも、執行官の使命を果たせない事よりも。
そっちの方が怖くて、嫌だって、思ってしまったんです。
そのくせ、ティターニア様が仰ったような……トランキルから逃げる事も、
父と祖父から永遠に繋がりが切れてしまう事も、怖くて。

「……よして、下さい。こんなの、ただの気まぐれです」

だから私は顔を隠しながら、お二人にそう返す事しか出来ませんでした。
だけど、それが本当の事なのですから、そう言う他ありません。
……私は自分のした事が、正しい事なのか、そうでないのかすら分からないのです。

私は、テーブルの引き出しから鏡を手に取りました。
小さな鏡を二枚重ね合わせた、折り畳み式の手鏡。
その手鏡を、部屋を照らすランプの傍に、鏡面がそちらへ向くように置く。
……すると寝室の暗闇の中に、礼拝堂が現れます。
鏡の表面に、極めて微細な彫刻を施す事で生じる陰影が、礼拝堂を描き出すのです。

この鏡は、私が自分で作ったもの。私の秘密の礼拝堂。
ここにはダーマに生きる様々な種族が崇める神々がいる。
死刑を執行した日はいつも……私は彼らに懺悔し、そして祈りを捧げます。
私の殺めてしまったヒトが、無事彼らの許へ辿り着けるように。

「……明日。私は生まれて初めて、ヒトを殺さない為に、頑張ります」

……私なんかの祈りに、価値なんてない。
だけどもしそれが届いていたなら、きっと私が殺めてしまったヒト達も、この礼拝堂の奥にいるはず。

「……本当は、ずっと前から、そうする事が出来たはずなのに」

どんな魔族にも、助命嘆願書を裁判所に提出する事が出来る。
高等法院の役人である執行官なら、死刑の廃止だって……主張する事だけなら、可能です。
ずっと、そうする事は出来たはずなのに。それでも私は命を奪う事を選び続けてきた。

「あなた達を殺してしまって、なのに今度は殺したくないなんて……おかしいですよね。
 だから……ごめんなさい」

許して下さいなんて言えない。言えるのは、ただ……

「恨むなら、どうか私だけを恨んで下さい」

オーカゼ村の民を捕縛し、そして闇の指環を探す旅……。
それがどれくらい長く続くのかは分からないけど……この日記と、鏡だけは、持っていこう。
日記は、私が何を思って、どう変わるのか。変われるのかを、記す為に。
鏡は……そんな事があって欲しくないけど。失われた、あるいは奪った命に、祈りを捧げる為に。
0187ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/11/03(金) 05:01:54.06ID:LB09ps68
……そうしてベッドに入ると、一階からまだ微かに、彼らが動く気配を感じます。
まだカーペットを乾かしてるのでしょうか。
どうせ普段招く客もいないし、丸めて外に放り出してくれていいとお伝えしたのですが。
もしかしたら……あの態度は、いかにも魔族風な物言いで、感じが悪かったかもしれません。
なんて事を悶々と考えている内に、私はいつの間にか眠りに就いていました。
0188シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/03(金) 05:02:37.49ID:LB09ps68
 


そして翌朝。私は……皆様と共にオーカゼ村へと発ちました。

>「……見えてきた。あれが俺の故郷、オーカゼ村だ」

まず初めに目についたのは、見張り台です。
あの手のものは大抵の村には設置されていますが……その上には、誰の姿も見えません。

>「変だな、いつも交代で見張りをしてるんだけどよ……誰もいないみてえだ。
 悪いがここで下ろしてくれ、嫌な予感がするぜ」

村の中まで入ってみても、やはり人影は見えません。
ナイトドレッサーである私は、狩人が呼吸や足音を聞き取るのと同じように、影が動き回る気配を感じ取る事が出来ます。
が、それすらも……感じない。

>「ガレドロ殿は村は表面上は何も変わらず振る舞っていると言っていたが……皆どこに行ったのだ?」

「……この村の住民達が宗教に没頭しているなら……礼拝や、それに準ずる何かに、出払っているとか」

或いは村の全住民を戦力として、どこかの内乱に注ぎ込むべくここを離れたか。
……その予想は、口に出さないでおきました。
そうして村の内部を警戒しつつ見て回っていると、ガレドロ監督官の仰っていた……あれは礼拝堂、でしょうか。
ともかく白黒の建物が見つかりました。

>「あれが教団の施設か……行ってみるとしよう」

「……中に誰か、いる……はずです。気をつけて下さい」

ナイトドレッサーの感覚は、僅かに動く影の気配を感じ取っている。
だけど私はそれを断言という形で言葉に出来なかった。
私が今感じている気配は……まるで、ただ太陽が傾いて、それに伴って影が動くような。
そんな、命を伴わない……そんな気配だったから。

>「貴様ら何者だ!」「関係ない、何者だろうとのして洗脳するまでだ――!」

礼拝堂の中には、真っ白な、或いは真っ黒なローブを身に纏った人達がいました。
語気は荒く……なのに、その声は酷く無機質に感じられます。
塗り固められたような声と眼光。

彼らが襲い掛かってきます。ある者は剣を抜き、ある者は呪文を唱え。
私は……術士を抑えるのが適役でしょうか。
右手にショートソードを作り出し、前へ躍り出る。

すぐに術士を庇うように、剣士が私の前に立ちはだかる。
とても素早く滑らかな……だけど硬質な動きです。
鍵を差し込まれた錠前が開くような、よく油を差した機械のような動き。
よほどの訓練を積んでいるのか……それとも、これも洗脳とやらの力なのでしょうか。

素早く突きを放つと……紙一重でそれを躱し、私の右手首を切りつけようとしてくる。
足捌きで躱して術士を狙おうとすれば……あえてこちらの側面に回り、挟撃を図られる。
まともに切り結ぼうとすると、今度は術士がちょっかいを出してくる。

条件反射にも似た素早い攻防、無言の連携。
……少し、私の『マリオネット』に似ています。
0189シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/03(金) 05:06:41.00ID:LB09ps68
「……これは、困った事になりました」

……不意に、私は何の構えも取らずに目の前に剣士へと歩み寄ります。
こちらが剣を動かしていませんから、相手もこちらの出方を見て、剣を振りかぶる時間はありません。
もし剣を振りかぶれば、こちらが後の先を取って突きを放つだけです。

ともあれ、相手が自然な構えのまま繰り出せるのは、突きに限られます。
そしてその突きを、私は更に一歩踏み込みつつ、体を半身にする事で躱し。
だらりと下ろしたままの剣を振り上げ、相手の右前腕の筋を断つ。
後は、護衛のいなくなった術士を剣の柄で殴って……おしまいです。

「本当に、困った事でした。あなた達にとっては、ですが」

……言い終えてから、私は気恥ずかしさに顔が明るみを帯びるのを感じました。
私が、誰か他人の為に戦うなんて、まるでかつて夢見た騎士にでもなったかのようで……。
少し、気が大きくなってしまったんです……誰にも聞かれていなければいいんですが……。
0190シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/03(金) 05:10:19.29ID:LB09ps68
……トランキル家は、ダーマ建国からずっと、あらゆる種族の肉体を切り刻んできました。
旅人や、行商と関わる機会も……異国の知識に触れる機会も多かった。
だから私達は知っているのです。
この世に生きる殆どの種族の肉体は、脳で生じた思考が、神経と呼ばれるものを伝う事によって動いていると。
そして……魔力は神経よりもずっと早く、思考に反応して変化を起こす、とも。

つまり後の先、先の先の取り合いで……彼らが私に勝てる理由はありませんでした。
『マリオネット』は神経を介する通常の身体操作よりも素早く的確に、罪人の急所を破壊する為の魔法です。
それが通用するのは、何も処刑台の上だけではありません。
……さておき、スレイブ様達も教徒の制圧は問題なく終わったみたいです。

>「村の皆は何処に行ったのだ」

「……話を聞き出すのは、私、得意ですよ」

執行官は、そういうお仕事ですから。
もっとも彼らが痛みや恐怖にも屈しないほど強く洗脳を受けているのだとしたら……
皆様には暫く席を外してもらう事になるかもしれませんが。

>「……闇の指環を目覚めさせる儀式をするとか何とか言って裏山に連れて行かれた」

ですがその必要はなかったみたいです。
彼らはあっさりと、あまりにもあっさりと質問に答えてくれました。
嘘を、ついているのでしょうか……。

>「裏山……チェムノタ山のことか!」
>「ああ……あの扉から出れば山の入り口だ」

いえ……幾人もの罪人を拷問にかけてきた、執行官の経験が私に教えてくれます。

「……嘘をついているようには見えません。
 多分、ですけど……こうなった時の事を、「教わって」いないんだと思います。
 私も……そうだから、きっとそう……な気がします……」

強い義務感を教え込まれた者ほど……その道から外れてしまった時、何をしていいのか分からなくなる。
……彼らが私に似ているのは、戦い方だけじゃなかったみたいです。
……いえ、そんな事よりも。

「……闇の指環を目覚めさせる儀式。それってつまり……心に闇を、落とす為の儀式、ですよね」

それがどういうものか……具体的には分からないし、分かりたくもない。
けど……

「すごく……嫌な、予感がします……」

登山道には大勢が通った事で残された足跡があります。
オーク族は勇猛果敢な種族ですが、戦や狩りの達者でもあります。
足跡を偽装する術を種族の中で持っていてもおかしくありません。
だけど、だとしても……それはジャン様が知っているはず。
それに、土地勘だってあるでしょうし……。
今一番辛いのは、間違いなく彼でしょうけど……

「い、急ぎましょう……連れて行かれたって事は……きっと先導してるのは教団側の人間です。
 私達ほど早くは、登れないはずです……」

彼以外に、私達を先導出来る者はいない。
だから私には、そう声をかける事しか出来ませんでした。


【一部、異世界の影が映ってしまったんですけど、なにとぞ見なかった事に……】
0192創る名無しに見る名無し垢版2017/11/03(金) 16:08:04.13ID:8jp5EXlG
0187 ポチ ◆xueb7POxEZTT 2017/11/03 05:01:54
……そうしてベッドに入ると、一階からまだ微かに、彼らが動く気配を感じます。 



ええと、ポチさんってどなたですか?
0194スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/05(日) 22:36:47.01ID:R07o0jeG
>「ちょっと待ってくれや、みんな」

シノノメの決意を聞いたジャンは、ようやく放心から我に返ったように呟いた。
水の指環から強烈な水流が迸り、頑健なオークの肉体が仰け反るほどの勢いでジャンの顔面に直撃した。

>「――よし!オーカゼ村に行こうじゃねえか!」

文字通り顔を洗って目を覚ましたジャンは、気持ちを切り替えるように叫ぶ。
これを空元気になどさせはしない。絶対に。
スレイブはそれに頷きで応じ、弟子の様子を見守っていたガレドロに声を掛けた。

「ガレドロ殿、夜明けまでに物資の調達を頼むことは出来るだろうか。この時間だ、酒場以外はどこも閉まってる」

「『立ち並ぶ木々亭』の店主としての範囲であれば、用意しましょう。何をご所望ですか?」

あくまで『王の隠し牙』としては手を貸さないという姿勢を貫くガレドロの問いに、スレイブは左腕を掲げて見せた。
冒険者や兵士が武具屋で採寸を受ける姿勢だ。

「小振りの盾が一つ欲しい。材質は問わないが、出来るだけ頑丈なものを頼む」

ガレドロは何かを思案するようにスレイブの腕をひとしきり眺めてから、鷹揚に頷いた。

「良いでしょう、承りました。明日の朝、用意した馬車に積んでおくよう手配しておきます。
 ……お代はジャンに請求しておきますよ。オーカゼ村から帰って来た後にでもね」

スレイブはそこに強い信頼で結びついた師弟の絆を感じた。
ガレドロは、ジャンが必ず故郷の解放を成功させて戻ってくると、疑っていないのだ。
弟子の発奮を認めた師匠は、満足したように一礼してトランキル屋敷を辞した。

>「さて、とっとと寝ちまうか。と言いたいところだけどよ……フィリア、指環の力でこのカーペット乾かせるか?」
>「……ところでテッラ殿、概念的植物でカーペットの水分を吸い取ったりはできるか?」

「任せろ、俺は故あって湿ったカーペットの処置にも憶えがある。ジュリアン様の居室の掃除も俺の仕事だったからな」

ずぶ濡れにしてしまったいかにも高級そうな敷物をどう処理するか、懐具合の寂しい冒険者達の悪戦苦闘は夜更けまで続いた。

・・・――――――

翌日、早朝からキアスムスを出立した馬車は、太陽が南に登る前に目的地へと辿り着いた。

>「……見えてきた。あれが俺の故郷、オーカゼ村だ」

「この辺りは景色が良いな、風も湿り気がなくて心地良い……人の活気がないのが気掛かりだが」

馬車の小窓から外を眺めていたスレイブは、益体もない感想を零して首を引っ込めた。
彼の左腕には手首に固定するバックラーと呼ばれるタイプの小振りな盾が付いている。
ガレドロは注文通りの品を納期通りに届けてくれた。
心なしか市場に出回っているものより造りがしっかりした高品質なもののような気がするのは、恐らく気の所為ではあるまい。

>「変だな、いつも交代で見張りをしてるんだけどよ……誰もいないみてえだ。悪いがここで下ろしてくれ、嫌な予感がするぜ」

村の高見台には常駐しているはずの哨戒がいなかった。
どころか、既に日が登っているにも関わらず野良作業に出ている人影もない。
文字通り人っ子一人存在しない無人の光景が広がっていた。

>「ガレドロ殿は村は表面上は何も変わらず振る舞っていると言っていたが……皆どこに行ったのだ?」
>「……この村の住民達が宗教に没頭しているなら……礼拝や、それに準ずる何かに、出払っているとか」

「見張り台に弓が置きっ放しだった。弓のような繊細な道具を野晒しで放置するなどあり得べからざることだ。
 それに鍛冶場の炉が灯ったままだな……作業を中断してどこかへ行ったにしては、あまりに不用心過ぎる」
0195スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/05(日) 22:37:17.24ID:R07o0jeG
スレイブは炉の中で赤熱している炭を取り出して、消化用の灰を被せて火を消した。
放り出された弓に、煙を吹いている炉。これらの持ち主は、おそらく自発的にここを去ったわけではあるまい。
何らかの理由で、何の支度も出来ずに中座させられた。
何かがこの村で起きている。――それも、かなり直近の出来事だ。

>「あれが教団の施設か……行ってみるとしよう」
>「……中に誰か、いる……はずです。気をつけて下さい」

「若者の帰郷を歓待するといった動きではないな……!」

シノノメの注意喚起に先駆けて、スレイブは既に臨戦の態勢を取っていた。
色濃い敵意の気配を歴戦の戦士の嗅覚が機敏に感じ取る。
果たして教団の礼拝堂と思しき建物に足を踏み入れれば、待っていたとばかりに手荒い歓迎を受けた。

>「貴様ら何者だ!」「関係ない、何者だろうとのして洗脳するまでだ――!」

二色に統一されたデザインのローブを来た者達が、思い思いの武器を手に襲い掛かってくる。

「エーテル教団の信徒……!こいつらは純人種だ、オーカゼ村の人々じゃない!」

言いながらスレイブは打ち下ろされた戦斧を盾で受けた。
バックラーの丸みを帯びた形状は攻撃を受け止めるのではなく軌道を逸らして受け流すことに特化している。
火花を散らしながら盾の表面を擦過していった戦斧の刃は勢いそのままに地面を穿った。

「眠っていろ。後で起こしてやる」

攻撃を受け流されて態勢を崩した斧使いの下がった頭にバックラーを叩きつける。
巨大な手のひらにビンタされたような衝撃が余すことなく斧使いの頭部に伝わり、彼は失神して膝から崩れ落ちた。

「……聞きたいことがあるからな」

――戦士のスキルが一つ、『シールドバッシュ』。
盾を使って相手を殴り付けるという非常に地味な技ながら、近接戦闘においてその効果は覿面だ。
敵の攻撃を受け流す動きから遅滞なく連携に繋げられるため隙が生まれず、剣を振るうよりも素早い反撃が可能。
本気でぶち当てればこれでも十分人を死に至らしめられるが、刃がないため手加減が容易という部分も重要な利点だ。

スレイブはかつて、敵対者をどうにか殺さずに無力化しようとしてこの技術を磨いた。
結局その努力は命令を下す魔族に認められず、昏倒させた相手の首に剣を振り下ろす過程が増えただけだったが。

過去の無念を折れた奥歯で噛み砕きながら、スレイブは疾走する。
槍使いの刺突を受け流しながら肉薄し、鞘に収めたままの長剣で顎を掠めて意識を飛ばす。
背後から攻撃魔法を叩き込まんと詠唱している魔導師に、取り外したバックラーを投げつけて黙らせた。

>「本当に、困った事でした。あなた達にとっては、ですが」

周囲の襲撃者を軒並み沈黙させて振り向くと、シノノメもまた信徒たちの無力化を終えていた。
スレイブがそれに気付かなかったのは、彼女の戦闘がスレイブよりも遥かに静かに起伏なく遂げられたからだ。

「……お見事」

下した敵対者達を見下ろして表情一つ変えないのは、この際鉄面皮とは関係あるまい。
彼女にとってこの程度の戦闘は、息を乱すことさえない柔軟体操未満なのだ。
シノノメ・トランキル。ダーマ魔法王国の黎明以来一家相伝で洗練され続けてきた、戦闘技術の申し子。
もしもトランキル家が処刑以外の道にその刃を振るったならば、時代の節々に一騎当千の英雄が生まれていただろう。
ダーマで上に立っているのはこういう連中で――だからこそこの国は侵略国家足り得るのだ。

>「村の皆は何処に行ったのだ」

縛り付けた襲撃者たちを集めてティターニアが尋問する。
シノノメが隣で何か不穏なことを言っているが、どうやら信徒たちは彼らにとって幸せな選択をしたようだった。
0197スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/05(日) 22:37:55.66ID:R07o0jeG
>「……闇の指環を目覚めさせる儀式をするとか何とか言って裏山に連れて行かれた」

>「……嘘をついているようには見えません。多分、ですけど……こうなった時の事を、「教わって」いないんだと思います。
  私も……そうだから、きっとそう……な気がします……」

「……気持ちは分かる。そしてこうした視野狭窄を意図的に引き起こすのが洗脳というやり方だ」

洗脳は、他人を操縦するように意のままに操るような技術ではない。
条件を限定することで、あたかも本人が自分の意志で選択したかのように錯覚させる術だ。
だから彼らは自由な意志を保ったまま、疑うこと無く教団に忠誠を誓っている。心に闇や光を持つことが出来る。

>「……闇の指環を目覚めさせる儀式。それってつまり……心に闇を、落とす為の儀式、ですよね」
「い、急ぎましょう……連れて行かれたって事は……きっと先導してるのは教団側の人間です。
 私達ほど早くは、登れないはずです……」

「鍛冶場の炭はまだ十分燃え残っていた。村の人々が連れ去られてそう時間は経ってないはずだ。
 今から全力で登れば追いつける……ジャン、先導を頼む」

信徒たちを絶望に至らしめる儀式。
何をするつもりなのかは大体想像がつくし、それは絶対に遂げさせてはならない。
村の住民を丸ごと連れていったということは、そこには子供や老人も多数含まれているはず。
ならば、全体の行軍ペースは疲労を無視したとしても然程早くはないだろう。

ジャンの先導に従ってチェムノタ山を駆け上ったスレイブ達は、中腹の開けた場所に人だかりを発見した。
オーカゼ村住民の大部分を占めるオーク族と、少数の別部族、それを監視するように周囲に無数に立つ白黒のローブを着た人影達。
山肌の木々に隠れながら、注意深く集団の様子を確認する。

「居た……!ジャン、オーカゼ村の住民はあれで全部か?……一人も、欠けていないか?」

スレイブが言外に問うたのは、既に犠牲となった者がいないかどうかということだ。
見たところ住民たちの表情には、絶望よりも不安が強く現れている。
これから何が起きるか分からない――裏を返せばまだ何も起きていない、予測のつかない事態に対する不安だ。

「まだ連中は俺達の様子に気付いていないようだが……見ろ、誰か出てきたぞ」

住民達の視線の先、集団の先頭に、二つの人影が歩み出た。
一人は黒い全身鎧に身を包み、禍々しい形状の蛮刀を佩いた男。
無感情に住民たちを眺める双眸は野犬のように鋭く荒々しく、憮然とした表情を崩さない。

対照的にもう一人の男は柔和な笑みで連れてきた集団を眺めている。
革製の軽鎧は機動性を重視したもので、長身でありながらそれ以上に長大な矛を背負っていた。

「あーもうマジでおっせぇな!もっとキビキビ歩けよ蛮族共がよぉー!
 ジジババクソガキの歩幅に合わせて歩くのほんとイライラする!儀式始めるまでに日が暮れんじゃねえの!?」

矛使いの男は柔和な笑みとは裏腹に暴言を吐き散らかし、先頭にいたオークを蹴りつけた。
蹴られたオークは驚くことも怒ることもなく、矛使いは一人でヒートアップしている。

「おうアドルフ!お前からもなんか言ってやれよこの鈍亀蛮族どもに!
 早くしねえとお前のお姉ちゃんからまた嫌味言われるだろが!あのクソ真っ黒ババア、虚無に呑まれて死ねばいいのに!」

アドルフと呼ばれた黒鎧の男は、矛使いを一顧だにせず鼻を鳴らした。

「……アルマクリス、あまり姉上のことを悪く言うな」

「ああっ?なになにアドっちゃん、妹殺しのカスゴミ野郎のくせして姉上のことは聖域扱いなの?
 そういう差別良くないと思うんだよなあ!パトリエーゼもあの世で泣いてんぜ!?あ、エーテリアル世界か、メンゴメンゴ」

矛使い、アルマクリスの言葉にアドルフは一度だけ視線を遣ったが、すぐに目を逸らした。
0198スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/05(日) 22:38:18.42ID:R07o0jeG
「忠告はしたぞ。あの女はどこで聞き耳を立てているか分からない……お前の死因にならなければ良いな」

「ヘイヘイびびってんじゃねーよアドルフ!陰口言ったら殺しに来るとかお前の姉ちゃん都市伝説かよ!
 まあ指環の魔女って都市伝説みてーなもんだしな!オッケー口謹んどくね!メアリ様素敵愛してます!」

「手遅れだと思うが」

二人の男のやり取りを木陰で聞いていたスレイブは、出てきた名前に眉を顰めた。

「"アドルフ"……?それにあのブラックオリハルコンの鎧、帝国の黒騎士か……!」

中央大陸の覇者、ヴィルトリア帝国が有する『七人の黒騎士』の存在についてはダーマでも捕捉していた。
他ならぬ"白魔卿"ジュリアン・クロウリーのもたらした情報によって構成人員の内訳まで把握できている。
しかし、帝国最強戦力が暗黒大陸の山の中に居るこの状況に既存の情報がまるで結びつかない。
ただ一つ分かることは、黒犬騎士アドルフが明確にオーカゼ村に纏わる一件に関わっていることだけだ。

「エーテル教団は帝国黒騎士まで抱き込んでいるのか……!?」

スレイブの驚愕をよそに、村人集団の方で更に動きがあった。
歩みの遅い老いたオークが一人、アルマクリスによって集団の外に弾き出されたのだ。

「おっせー奴に合わせてたら時間がいくらあっても足りねーや。つうわけで現場の判断である程度間引くことにします。
 この老いぼれの家族はどいつだ?ちょっと挙手して挙手!」

問われ、一団の中から一人のオークが恐る恐る手を挙げる。
オークの年齢は純人のスレイブにはわかりにくいが、娘なのだろう。歩み出てきたのは女性だった。

「よしよし、じゃあお前ちょいこっち来て……はいこれ、サクっとやっちゃいな!」

アルマクリスは娘のオークに短剣を握らせ、顎でしゃくって老オークを示した。
その動きが何を意味しているのかを理解した娘オークの顔がさっと青ざめる。涙を浮かべて首を振る。
やはり絶望を生み出すためにある程度意志の自由を残されているのだ。

「はぁー?何躊躇ってんだよとっとと殺れって!あのさぁ!一人がそうやって遅れるとみんなが迷惑するんだよ!?
 ほらお爺ちゃんも若者のお荷物になんの嫌でしょ?死のうよ!殺そうよ!頑張ろうよ!!
 応援足りてませんかー?がーんばれっ!がーんばれっ!がーんばれっ!……頑張れっつってんだろ纏めて殺すぞ」

アルマクリスは痺れを切らし、オークの親子二人を纏めて貫かんと矛を振り上げた。
0199スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/05(日) 22:38:33.86ID:R07o0jeG
【チェムノタ山中腹で村人の集団と教団に追い付く。気付かれないよう物陰から視認中。
 敵NPC
 黒犬騎士アドルフ:ユグドラシア防衛戦で学長とかとわちゃわちゃしてたあいつ。
 天戟のアルマクリス:黒曜のメアリの部下の矛使い。背丈とテンションが高いクズ
 アドルフもアルマクリスも自由操作でお願いします】
0203ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/09(木) 15:06:44.60ID:DEUu67ZT
>「あれが教団の施設か……行ってみるとしよう」

>「……中に誰か、いる……はずです。気をつけて下さい」

誰もいなくなった村を探索していると、白黒の施設がチェムノタ山へ続く
道のりをふさぐように建っているのがすぐに分かった。
トランキルによれば誰かが建物内にいるらしく、一行は警戒しつつ突入した。

>「貴様ら何者だ!」「関係ない、何者だろうとのして洗脳するまでだ――!」

>「エーテル教団の信徒……!こいつらは純人種だ、オーカゼ村の人々じゃない!」

「だろうな!」

ジャンはそう吐き捨てるように言い、目の前の男が振り下ろさんとした戦槌の柄を掴んだ。
そしてそのまま持ち上げたかと思うと、即座に地面に叩きつけた。
引きずられるように倒れた男の顎を蹴り飛ばし昏倒させると、戦槌についていた埃をぱっぱと払い
そこに刻まれていた銘を確かめる。

「……ハルコンネン、こりゃ近所の爺さんが持ってたもんだぜ」

同じように一行が無力化した信徒たちの武器を確かめると、刻まれた銘はどれも
この村に住むヒトたちが昔から持っていたものだ。

「集会場を勝手に改造して武器までかっぱらうとはひでえ奴らだぜ、ますます許す気がなくなっちまった」

>「村の皆は何処に行ったのだ」

「こちらの御方は執行官だぜ。嘘吐くんじゃねえぞ」

拘束した信徒の頭を掴みトランキルの方を向かせる。
トランキルの顔を知っているかどうかは定かではないが、ダーマに住んでいるならば
執行官が意味するところは分かっているだろう。

>「……闇の指環を目覚めさせる儀式をするとか何とか言って裏山に連れて行かれた」

>「……嘘をついているようには見えません。多分、ですけど……こうなった時の事を、「教わって」いないんだと思います。
  私も……そうだから、きっとそう……な気がします……」

「トランキルさんが言うなら大丈夫だろうな、とっとと山に行くか。
 洗脳されてんなら足跡を偽装する暇もねえ、足跡おっかけりゃすぐに追いつけるさ」
0204ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/09(木) 15:07:19.13ID:DEUu67ZT
チェムノタ山はそれほど険しくはなく、自然もそれなりに豊かな山だ。
年老いたとはいえ龍が住むことから魔物の縄張り争いも激しくはなく、
オーカゼ村の子供は皆、一度はここで遊ぶと言われている。

そのチェムノタ山の中腹、いつもならば狩人たちが休憩に使う広場に
村の住人たちが集まっているのをジャンたちは発見した。

>「居た……!ジャン、オーカゼ村の住民はあれで全部か?……一人も、欠けていないか?」

「……見覚えのあるやつは全員いる!でも父ちゃんと母ちゃん、それに出稼ぎに行ってる
 いつもの連中はいねえな……そこを狙ったのかもしれねえ」

一行は木々と茂みに紛れて隠れ、集団のリーダーと思しき人間二人が怒鳴っていることに気づいた。

>「おうアドルフ!お前からもなんか言ってやれよこの鈍亀蛮族どもに!
 早くしねえとお前のお姉ちゃんからまた嫌味言われるだろが!あのクソ真っ黒ババア、虚無に呑まれて死ねばいいのに!」

>「……アルマクリス、あまり姉上のことを悪く言うな」

「こいつぁたまげたな、黒騎士様までいらっしゃるときたもんだ。
 ……帝国も一枚噛んでやがるのか?」

ジャンが真っ先に思い出した黒騎士アルバートも指環を探していた。
もしかすると帝国は複数のルートで指環を集めようとしているのかもしれない、
そうジャンが珍しく頭を使って考えた矢先、それは起きた。

>「はぁー?何躊躇ってんだよとっとと殺れって!あのさぁ!一人がそうやって遅れるとみんなが迷惑するんだよ!?
 ほらお爺ちゃんも若者のお荷物になんの嫌でしょ?死のうよ!殺そうよ!頑張ろうよ!!
 応援足りてませんかー?がーんばれっ!がーんばれっ!がーんばれっ!……頑張れっつってんだろ纏めて殺すぞ」

「――先、行くわ」

黒騎士と揉めていた男、アルマクリスが苛立ちをオークの親子二人に矛という形でぶつけようとした瞬間だ。
突如飛来した短剣がアルマクリスの右肩を貫いた。
アルマクリスが力の入らない右手に気づいたときには時既に遅く、矛はぐらりと傾いて地面に落ちた。

「はああぁぁぁぁぁ!!?誰だ短剣投げやがったクソは!?
 蛮族連中皆殺しにすっぞオラァ!」

短剣を引き抜いて投げ捨て、憤怒に満ちた表情で辺りを見回す。
周りにいるのは怯えた村人たちと、剣に手をかけ周囲を警戒しているアドルフ。
そして困惑したように辺りを探している教団の信徒たちだ。

「俺だよ、クソ野郎」

信徒が持っていた戦槌を肩に担ぎ、地面に刺さった短剣を抜いて土を払い、鞘に戻す。
ゆらりと木々の陰から姿を現したのは、ジャンだ。
0205ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/09(木) 15:07:48.31ID:DEUu67ZT
「ジャン・ジャック・ジャンソンだ、ようく覚えとけクソ野郎」

「てめえもオークか!?てめえら、そいつはいらねえ!殺しちまえ!」

辺りにいた信徒が各々の得物を手にジャンを取り囲み、やがて一人が飛び掛かったその時。
ブン、という鈍い音と共に、その信徒の頭は砲弾が直撃したかのように砕け散った。

ならば数人で、と信徒たちがそれぞれ異なる方向から襲い掛かれば、
ジャンの姿がぐにゃりと揺らめいて消え、信徒たちは困惑の表情を浮かべる。
直後に信徒たちは激しい水流を浴びて吹き飛ばされ、山道を転げ落ちていく。

「アクア、最初っから全開で行くぜ。纏めて殺されるのはてめえらだ!」

ジャンが姿を現したとき、そこにいたのは一人の竜人。
清流の如く蒼く輝く鱗を身に纏い、手に持つは荒波のような波紋を映し出す大斧。
伝説に語られる指環の勇者、その一人によく似た姿だった。

「指環の勇者か……アルマクリス、お前は足止めをしておけ。
 私は山頂で儀式の準備に入る」

アドルフはそれだけ言うと、おそらくは護衛であろう何人かが信徒の群れから離脱し、共に山頂へと向かう。
アルマクリスはその一方的な態度にさらに怒りを覚えたらしく、矛を拾い上げると
縦横無尽に何度も振り回し、こちらへと威嚇してきた。

「あんのクソ家族殺しがよぉ!偉そうに命令しやがって……
 指環の勇者サマご一行、どうせ他にもいるんだろ?鬱憤晴らしだ!
 ここでてめえら皆殺しにしてやるよぉ!!」

一見矛をがむしゃらに振り回しているように見えるが、
空を切る音の鋭さ、常人では見切れぬほどの手と足の動き、そして体のしなやかさは達人のそれだ。

未だ困惑している村人たちも考えると、かなりの強敵となるだろう。
0206ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/10(金) 21:49:54.77ID:D2xiIRAZ
>「鍛冶場の炭はまだ十分燃え残っていた。村の人々が連れ去られてそう時間は経ってないはずだ。
 今から全力で登れば追いつける……ジャン、先導を頼む」
>「トランキルさんが言うなら大丈夫だろうな、とっとと山に行くか。
 洗脳されてんなら足跡を偽装する暇もねえ、足跡おっかけりゃすぐに追いつけるさ」

のされた見張りが吐いた情報は信ぴょう性が高いだろうということで、すぐに山に向かう。
予想した通り教団側の行軍ペースはあまり早くは無かったようで、中腹程度で追いつくことが出来た。

>「居た……!ジャン、オーカゼ村の住民はあれで全部か?……一人も、欠けていないか?」
>「……見覚えのあるやつは全員いる!でも父ちゃんと母ちゃん、それに出稼ぎに行ってる
 いつもの連中はいねえな……そこを狙ったのかもしれねえ」

「つまり村の中で戦える者はここにはおらぬということか――」

ジャンの両親は相当な手練れの戦士なのだろう。
ジャンの言うように普通に不在だっただけの可能性もあるが、村人にかけられた洗脳が一般人向け程度のものだとしたら
鍛錬を積んでいる者達は洗脳を免れて異常事態に気付き、事態を打開するために先に動いている、という可能性もある。

>「まだ連中は俺達の様子に気付いていないようだが……見ろ、誰か出てきたぞ」

帝国の黒騎士と矛使いらしき男が掛け合いを始める。
無駄にハイテンションな矛使いに黒騎士が淡々と突っ込むというスタイルである。
会話の中で黒騎士はアドルフ、と呼ばれた。
ユグドラシア防衛戦の最中現れ、実の妹であるパトリエーゼを葬ったという黒犬騎士アドルフで間違いないだろう。

>「"アドルフ"……?それにあのブラックオリハルコンの鎧、帝国の黒騎士か……!」
>「エーテル教団は帝国黒騎士まで抱き込んでいるのか……!?」

驚愕するスレイブに、ユグドラシア防衛線の後に学長から聞いた事の顛末を思い出しながら説明する。

「というよりアドルフが教団が帝国に一枚噛むために送り込んだ駒、というのが実態なのかもしれぬな。
そもそも黒騎士というのは一枚岩ではなくそれぞれ違う勢力がバックに付いておると言っても過言ではないようだ。
もしかしたら本当の意味での皇帝の腹心はアルバート殿ぐらいなのかもしれぬ――」
0207ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/10(金) 22:04:50.62ID:D2xiIRAZ
そうこうしている間に、アルマクリスというらしい矛使いがオークの父娘を殺そうとし始めた。
ちなみにオークがあまり住んでいない地域では、オークは男性しかいないとか、
あるいは女性もいわゆるオークと聞いてイメージするオークの外見をしているから男性しかいないように見える、
等という勘違い説も流布しているがそんなことはなく、実際はやはり大柄で筋肉質ではあるが女性と分かる外見をしている。

>「はぁー?何躊躇ってんだよとっとと殺れって!あのさぁ!一人がそうやって遅れるとみんなが迷惑するんだよ!?
 ほらお爺ちゃんも若者のお荷物になんの嫌でしょ?死のうよ!殺そうよ!頑張ろうよ!!
 応援足りてませんかー?がーんばれっ!がーんばれっ!がーんばれっ!……頑張れっつってんだろ纏めて殺すぞ」

>「――先、行くわ」

ジャンの不意打ちが成功し、ジャンが放った短剣がアルマクリスの右肩を貫く。
当然、アルマクリスは激怒するのであった。

>「はああぁぁぁぁぁ!!?誰だ短剣投げやがったクソは!?
 蛮族連中皆殺しにすっぞオラァ!」

>「俺だよ、クソ野郎」
>「ジャン・ジャック・ジャンソンだ、ようく覚えとけクソ野郎」

ジャンが姿を現し、襲い掛かってきた信徒たちを蹴散らすと、アドルフは何人かの護衛を連れて山頂へと向かっていった。

>「指環の勇者か……アルマクリス、お前は足止めをしておけ。
 私は山頂で儀式の準備に入る」

>「あんのクソ家族殺しがよぉ!偉そうに命令しやがって……
 指環の勇者サマご一行、どうせ他にもいるんだろ?鬱憤晴らしだ!
 ここでてめえら皆殺しにしてやるよぉ!!」

「そうだな、家族殺しなどという悪趣味なことをやらせるのはもっての他だ」

地面から生えてきた蔦が一斉に信徒達に巻き付き、信徒達が文字通りの吊るし上げになる。
ここは山であるため、大地の属性であるテッラの力は親和性が高い。
ざっ――と足音を立てて大地の植物の側面を顕現する竜装”ダイナストペタル”を纏ったティターニアが姿を現す。
0208ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/10(金) 22:06:46.29ID:D2xiIRAZ
「呼ばれた気がしたから出てきてやったぞ。
鬱憤が溜まるのは分かるが関係無い者に当たり散らすのは頂けぬな。
一応言ってみるがそなたの嫌いなメアリもアドルフも幸い我らの敵だ――共に鬱憤を晴らす気はないか?
ちなみに教えといてやるとこちらは指輪持ちだけでもあと二人、総勢だと5人いるが――」
0209ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/10(金) 22:09:14.97ID:D2xiIRAZ
一見ただのハイテンション野郎に見えるアルマクリスだが、アドルフに足止めを任されたことを考えると、相当な達人なのだろう。
メアリに対して文句を言っていた事を考えると、教団信徒ではありえない。
また、アドルフの部下に見えるが、好き好んでアドルフに仕えているわけでもなさそうだ。
たまたまアドルフの下に配属されてしまったばかりにエーテル教団にこき使われる羽目になって鬱憤を募らせている帝国騎士といったところか
この時点ではそう推測するティターニアであった。

「はァー!? バカなの!? ふざけてるの!? 誰がてめぇらに使われてやるかっつーの!!
パトリエーゼを見殺しにしたくせして何が勇者だよ!」

「そなた、パトリエーゼ殿を知っておるのか……!?」

実はこの場で最も心に闇を募らせているのは、他でもないアルマクリスであった。
アルマクリスと、シュレティンガー家の三兄弟は、旧知の仲であった。
幼いころからエーテル属性を始めとする人間離れした魔術の才能を持っていたメアリと、卓越した武術の頭角を現したアドルフ。
彼らは自分とは違う”選ばれし者”なのだ―― その圧倒的な才能に、羨望と仄かな嫉妬を抱き、
一方でそんな姉兄と比べて落ちこぼれとみなされていたパトリエーゼに共感を抱いていた。
意識してかせずか、長大な矛という武器を選んだのも、コンプレックスを隠すため。
やがて嫉妬しつつも羨望の対象だったはずのメアリやアドルフは狂っていき、しかしその時にはすでに部下という立場であったため逆らうことも出来なかった。
そして、パトリエーゼがアドルフによって殺された、しかも最大級の”選ばれし者”であるはずの指輪の勇者と共にいたにも関わらず、
彼らはパトリエーゼを守ってくれなかったと聞いた時、彼の中で決定的に何かが壊れたのだ。

「ああ、少なくともてめぇらよりはずっとよく知ってるわ!!」

アルマクリスが矛を一閃すると、その怒りを体現するように、矛が燃え盛る炎を纏う。
単に長大な矛を振り回すだけではなく、付与魔術の心得もあるらしい。
前線では炎の矛とジャンの水の大斧が激突し、矛が振るわれる度にその余波の炎が全方位に飛ぶ。
余波といっても、その一発一発が火炎級の魔術もかくやと思われるほどの威力だ。
植物属性では分が悪いと思ったティターニアは、竜装を切り替え応戦する。

「――ストーンガード」

味方全員に防御力強化と炎耐性付与の魔術をかける。
緑を基調とした装いから一転、金色にも見える黄土色を基調としたその姿は“クエイクアポストル”――テッラの大地の堅牢そのものを体現する形態だ。
しばらく拮抗状態が続いていたかと思われたが――
アルマクリスが「埒があかねぇな」のような事を呟いたかと思うと、突如姿を消した、
ように見えた。実際には一瞬にして空高くジャンプしたのだ。
狙われたら最後。天空から自由落下を超える速度で舞い降り、相手は貫かれたと認識する間すら無く貫かれて絶命する――
それこそが彼の二つ名、”天戟”の所以。相変わらず姿は見えないが、上の方から声が聞こえてきた。

「まずは指輪も持ってない雑魚から片付けるぜぇ!!」

「シノノメ殿!」

事前にターゲットを教えてくれたのが不幸中の幸いとばかりに、とっさにシノノメにプロテクションをかけるティターニアだが、防ぎきれるかは分からない。
また、実はその言葉はターゲットをシノノメに見せかけるためのフェイクで実際には他の者がターゲットである可能性もあるだろう。
0210シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:21:18.74ID:XO2hQVfk
>「居た……!ジャン、オーカゼ村の住民はあれで全部か?……一人も、欠けていないか?」

山道を登り出してから暫く、私達は前方に大勢のオークが成す集団を見つけました。
スレイブ様が緊迫した声音でジャン様に尋ねます。

>「……見覚えのあるやつは全員いる!でも父ちゃんと母ちゃん、それに出稼ぎに行ってる
  いつもの連中はいねえな……そこを狙ったのかもしれねえ」
 
「……良かった」

私がほっと胸を撫で下ろしていると……集団の先頭から何か声が聞こえてきます。
苛立ちに任せた怒鳴り声……のような。

>「おうアドルフ!お前からもなんか言ってやれよこの鈍亀蛮族どもに!
 早くしねえとお前のお姉ちゃんからまた嫌味言われるだろが!あのクソ真っ黒ババア、虚無に呑まれて死ねばいいのに!」
>「こいつぁたまげたな、黒騎士様までいらっしゃるときたもんだ。
  ……帝国も一枚噛んでやがるのか?」

「伝説の指環が実在して、それを集めるとするならば……黒騎士一人でも少ないくらいですしね」

いえ、それよりも……なんだか雰囲気が剣呑です。
お年寄りの方を集団から引っ張り出して、一体何をするつもり……

>「はぁー?何躊躇ってんだよとっとと殺れって!あのさぁ!一人がそうやって遅れるとみんなが迷惑するんだよ!?
 ほらお爺ちゃんも若者のお荷物になんの嫌でしょ?死のうよ!殺そうよ!頑張ろうよ!!
 応援足りてませんかー?がーんばれっ!がーんばれっ!がーんばれっ!……頑張れっつってんだろ纏めて殺すぞ」

>「――先、行くわ」

「……お譲りします」

あのような輩に裁きを下すのは執行官の使命……ですが。
ジャン様は、私がお仕事の為に雇った冒険者。
だからこれは別に私情を優先した訳じゃない……なんて、一体誰に言い訳してるんでしょうか、私は。
本当はただ……私の仕事ですなんて、言えなかっただけなのに。

>「指環の勇者か……アルマクリス、お前は足止めをしておけ。
  私は山頂で儀式の準備に入る」

黒騎士は……どうやら矛使いの、アルマクリスでしたか、彼の援護はしないようです。
村人達を置いていくという事は、足止めの為の捨て駒という訳でもないのでしょう。
彼が指環の勇者と知っていながら……なおもたった一人にこの場を任せるなんて……。

>「あんのクソ家族殺しがよぉ!偉そうに命令しやがって……
  指環の勇者サマご一行、どうせ他にもいるんだろ?鬱憤晴らしだ!
  ここでてめえら皆殺しにしてやるよぉ!!」

やっぱり……言動こそ粗野なものの、放たれる槍技の冴えは、思わず背筋が凍るほど。
帝国……このダーマにおいては軟弱な純人が数の利に任せて支配する後進国と、
そのような風評ばかりが謳われていますが……あの男は物凄く、出来る。

>「そうだな、家族殺しなどという悪趣味なことをやらせるのはもっての他だ」

ティターニア様もそれを察したのでしょう。
ジャン様に続いて彼の前へと出ていきます。

>「呼ばれた気がしたから出てきてやったぞ。
  鬱憤が溜まるのは分かるが関係無い者に当たり散らすのは頂けぬな。
  一応言ってみるがそなたの嫌いなメアリもアドルフも幸い我らの敵だ――共に鬱憤を晴らす気はないか?
  ちなみに教えといてやるとこちらは指輪持ちだけでもあと二人、総勢だと5人いるが――」
0211シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:21:35.57ID:XO2hQVfk
……説得、出来るのでしょうか。
見ていた限りでは確かに一枚岩ではない様子でしたが。
かくして彼、アルマクリスの返答は……言葉ではなく、閃光。
ジャン様めがけ繰り出された、閃きと見紛うような刺突。
それが彼の答えでした。

>「はァー!? バカなの!? ふざけてるの!? 誰がてめぇらに使われてやるかっつーの!!
 パトリエーゼを見殺しにしたくせして何が勇者だよ!」
0212シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:21:53.64ID:XO2hQVfk
パトリエーゼ……?誰かの、お名前でしょうか。
私が彼らと出会う前の、彼らの冒険の中で、関わった方の?
……そして、見殺しにした、と言うのは。

>「そなた、パトリエーゼ殿を知っておるのか……!?」
 「ああ、少なくともてめぇらよりはずっとよく知ってるわ!!」

言葉通りの意味だとは思いません。
だけど……いくら指環の勇者と言えども、その手で全ての人を救える訳じゃなかった。
きっと、そういう事……。

……いえ、やめましょう。
いつもこういう事を考えているから、私はろくに執行官の職務をこなせない。
目の前の出来事に、ただの現象に、集中しないと。

矛が振るわれる度に迸る火炎が無差別に暴れ狂う。
自分へと迫り来るそれを、私は右手に生み出したショートソードで切り払う。
正しくは……剣では炎は切れない。だけどそれが伝う空気は、切り裂ける。
だけど……

「これでは、オーカゼ村の皆さんまでは……!」

彼らにこの炎から自分の身を守る術があると考えるのは、あまりに浅慮です。
ここは、私は守りに徹するべきか……。
……でも、守り切れるのでしょうか。
目の前の、一つの命を痛めつけ、奪う為の方法。それしか教わってきていない私に。

違う……そんな事考えたって何にもならないのに。
本当はただ、無我夢中にならなきゃいけないのに。
なんで私は、こんな事ばかり考えて……いつもそうだ。処刑台の上でも。
目の前で起きている事に、目の前にいる人達に……真摯に、なれない……。

「……守りは、わたくしが引き受けますの」

……不意に背後から感じた、強烈な熱気。
振り返ればそこには……城塞がそびえ立っていた。
一瞬、そんな錯覚さえ覚えるような……あれは、炎を纏った……巨大な百足?
そしてその炎が、襲い来る炎を薙ぎ払う……指環の力とは、凄まじいものですね。

これで守りの不安要素はなくなった……。
ですがそれでもなお、戦況は拮抗したまま。
ジャン様の斧は、振り下ろすならば瀑布の如く、振り上げるならば波浪のように。
凄まじい暴威を示しています。
だけどアルマクリスはジャン様の攻撃の出だしを見極め、突きを繰り出すそれを見事に凌いでいる。
囲まれないよう常に動き回りながら、あれほど精密に、素早い槍捌きが成し得るなんて。
攻防一体。言葉にしてしまうのは簡単ですが……生半可な鍛錬で至れる技量ではありません。

>「埒があかねぇな」

……これほどの戦いぶりを見せておいて、まだ、不満があるのですか?
私が目を見張った、その瞬間……彼の姿が視界から消えました。
いえ、辛うじてどちらに動いたのかは追えましたが……

「上です!」

あの一瞬で、殆ど力を溜める素振りも見せずにあれほどの跳躍を……。

>「まずは指輪も持ってない雑魚から片付けるぜぇ!!」
 「シノノメ殿!」
0213シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:22:17.96ID:XO2hQVfk
……狙いは、私……ですか?それは……なんとも……

「……困った事に、なりました」

なんて呟く私は、自分でも分かるくらいはっきりと、笑みを浮かべていて。
こんなはしたない事、本当は駄目なのに。
執行官の仕事をしている時こそ、こんな風に笑わなきゃ、いけないのに。

「おいおいどうした!足止めちまって、ビビってんのかァ!?
 それなら……そのまま、喰らいやがれ!!」

……あんなに凄い矛の使い手と、刃を交える事が、楽しみで仕方がない。
0214シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:23:19.09ID:XO2hQVfk
超高速で降下してくるアルマクリスが見えます。加速によって赤熱した矛が。
……どう、対応しましょうか。
防御は困難。躱して包囲するように動いても……彼にとって上空が逃げ場になり得る以上、確かに「埒が明かない」。

「『天』」

だから私は右手のショートソードを、弓を引き絞るように振り被る。
そしてアルマクリスを迎え撃つ形で突きを放った。

「『げ』……」

より正確には……彼が構える矛、その切っ先に剣の腹を当て。

「き……って」

肘と膝の脱力で落下の勢いを殺し……矛先を地面の方向へといなす。

「おいおいマジかよ。半端ねえな。思わず素に戻っちまうぜ」

……そうする事で、一切の破壊を伴わずに、彼は再びその両足を地面に着けた。

「……あなたの、一番派手な技は、確かに見せてもらいました。
 次は……一番練習した技で向かってくる事を……お勧めします」

そう口走ってから……私はまた、顔が明るみを帯びるのを感じました。
ち、違うんです。私、舞い上がってる訳じゃなくて……ええと……
こういう時、どんな風に振る舞えばいいのか分からないから……憧れが、出てきちゃうんです。

……私の言葉に、アルマクリスは一瞬、面食らったように目を見開く。

「おいおいおい、なんだそりゃ!確かにさっきのはわりと驚いたけどよ!」

けれどすぐに……その表情は、業火のような敵意を宿したものに変わります。

「でもぶっちゃけお前、ただガードしただけじゃん!なに上から目線かましてくれてんの!?
 ……いや、でもそれは舐められちまった俺が悪いか!
 分かった分かった!次は二度とそんな口が利けねーようにしてやるよ!」

瞬間、周囲に響く爆音。
見れば私とアルマクリスを取り囲むように、爆炎の柱が地面から迸っていました。
……先ほどから矛先が地面に刺されたままだった事に、気を配るべきでした。

「んじゃ、サクッと終わらせっか!」

……ジャン様達が、あの火柱を取り除くまでの間に、私を仕留める、と?
私は武人ではありませんから、そのように低く見られたって構いませんが……。
彼は指環の勇者一行を相手に、互角の立ち回りをしてみせた。
ならば今度も……私を倒せると、確信した上でああ言っている、はず。
だけど……一体どうやって?

縦横無尽に迫り来る矛は鋭く力強い。
でも眼で追えている。全ていなし、逸らし、弾いている。その上で余裕もある。
油断するつもりはありませんが……私が負けるとも、思えない。
得体の知れない自信に不安を覚えながらも、私は剣を振るう。
殺すのは……したくない。だから急所を外して浅い傷を負わせていく。
出血で動けなくなってくれれば……そんな事を、思っていたら。
不意にアルマクリスが膝を深く曲げた。
いや……フェイントだ。飛び込んでくる訳がない。
だって私はまさに今、剣を突き出している最中で。
そんな事をすれば自分から刃に刺さりに来る事に、
0215シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:24:07.03ID:XO2hQVfk
「――『天戟』」

……炎が爆ぜ、鮮血が飛び散った。
爆炎を推力にアルマクリスが飛び込んできて、私の剣が彼の胸に突き刺さったからだ。
ぱきんと硬質な音が響く。ティターニア様に付与された防御魔法が砕かれた音だ。
もしそれがなかったら、私は矛に貫かれていた。もう次は防いでもらえない。
なのに……私の意識は戦いに集中出来なくなっていた。

なんで、なんでそんな事が出来るんですか。
心臓は外れていたけど、そんなのたまたまです。
死ぬのが、怖くないんですか。
0216シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:24:46.61ID:XO2hQVfk
なんで、なんでそんな事が出来るんですか。
心臓は外れていたけど、そんなのたまたまです。
死ぬのが、怖くないんですか。

「なっ……」

私は動揺を禁じ得なくて……それは私の『マリオネット』の動作を阻害する。
次の瞬間、私の視界が激しく揺れた。
矛の柄で殴られたんだ。叩き付けられる殺気。見えなくても分かる。このままじゃとどめを刺される。

甲高い金属音……襲いかかる矛先を、ショートソードが弾いた。
マリオネットによる自動迎撃だ。
……だけどマリオネットは、私が思い描いた通りの動きをする為の補助魔法。
魔力を介した身体操作を行う事で、反射的な行動の速度も上がるけど。
つまり……目に映っていない攻撃を、正確に防ぐ事が出来るようになる訳じゃない。

「う、あ……」

弾いた矛の刃が、私の脇腹を引き裂いていた。
傷口から、大量の魔素が溢れ出る。
体から力が抜ける。体勢が崩れ……アルマクリスの追撃は更に続く。
五月雨のような刺突。軌跡は見える……剣を合わせる事は出来る。
だけど……力が入らない。十分に軌道を変えられない。
でも……おかしい……なんで……。

「なんで、その深手で、こんな……」

こんなにも凄まじい攻めを、繰り出す事が出来る……。

「気合。つーか別にこんなもん深手でもなんでもねーけどな!」

……事も無げに返ってきたのは、荒唐無稽で、しかし間違いなく、正確な答えでした。
短剣に腕の筋を断たれ、胸部を深く切り裂かれ、それでもまるで衰えない動き。
この世のあらゆる戦場に、魔術師だけが溢れ返っていない理由……。
己が肉体に頼みを置いて戦う者達の……理不尽な精神力。

……私には、無い力。
押し切られる。矛の柄が横薙ぎに、私の腹に叩き込まれる。
踏み留まれ……ない……。

「はいこれにて決着!格付け終了!俺様が本気出しゃてめえなんてこんなもんなの!
 さ、て、と、そんじゃアイツらが来る前に可及的速やかに遺言をどーぞ!とびきり気まずくなる感じの奴頼むわ!なっ!」

アルマクリスが得物の矛先を、倒れた私の胸の上に置く。

「何黙ってんだよ今すぐ死にてえか。……あ、もしかして今考え中?
 なんだよだったらそう言えよ!しょーがねーなー!
 俺様が面白トークで間を持たせてやっから早めにお願いね!」

そしてそのままジャン様達へと振り返った。
それは……私に対する油断を意味してはいない。
もし私が新たに武器を作り出せば、目もくれないままでも、彼は私を殺められるのでしょう。

「……いや、やっぱやめたわ。もっとスカッとするやり方思いついちまった」

……彼は何を、言っているのでしょう。

「おいてめえら。今すぐその指環を寄越して俺様の前に跪きな。
 勿論その後俺様はてめえらを殺す。一人ずつ、散々甚振ってからぶっ殺す。
 全員死んだら……コイツだけは助けてやんよ」
0217シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:25:02.89ID:XO2hQVfk
「何を……馬鹿な……そんな事、信じられる訳……」

「そーだよなぁ。信じらんねーよなぁ。あ、別に嫌なら無理に従わなくたっていいんだぜ。
 ……つーか、従うわきゃねーよな!だから可哀想に!てめえはここで見殺しって訳だ!
 なぁそうだろ指環の勇者様よ!見殺しにすんだろ!?いやしろよ!パトリエーゼん時みてーによぉ!」

また、その名前……一体、何があって……彼は、こんな……。

「ほら言えよ!指環は手放せないし殺されたくないから死んで下さいってよ!」

いや、違う。そんな事を考えてる場合じゃない。
私は、まだ、殺されたくもないし……彼らにそんな事を、言わせる訳にもいかない……。
0218シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/11/15(水) 04:26:24.80ID:XO2hQVfk
……アルマクリスの足元から、不意に刃が生えた。
地中を通して移動させた、私の指先から伸びた刃が。
狙いは首筋。今度は、避けざるを得な……

「あーあー!早くしねーからコイツが気を使って味な真似してくれちゃったじゃん!」

アルマクリスの矛が、私の胸を貫いていた。
同時に私の刃も、アルマクリスの首筋を切り裂く。
そして直後に彼は、左手で傷口を抑え……肉の焼ける音と臭い。

「せっこいよなぁそう言うの!かーっ!俺らのせいじゃありませーんって……」

「……げほっ……はぁ……はっ……」

「はぁー!?なんで生きてんのお前!意味分かんねえんだけど!」

……大抵の魔族は、純人種よりもずっと頑丈ですからね。
ナイトドレッサーは身体のどの部位を欠損しても再生が可能です。
体内の魔素が尽きない限りは……ですが、そんな事よりも。

「理解が出来ないのは……私の方……です……。
 あなたは……死ぬ事が、怖くないんですか……」

魔族じゃない、ただの人間の身で、なんであんな戦い方が出来るのか……私には理解出来ません。
私は……今まで、多くのヒトを、魔族を、殺してきました。
だけどこれほどまでに……死を恐れない人を、見た事がありません。

……突き立てられた矛が、赤く染まっていく。
炎の付与魔術……それが何を意味しているかはすぐに分かった。
私を、体内から……焼き尽くすつもりなんだ……。
……怖い。嫌だ。死にたくない。私の心を、暗い感情が埋め尽くしていく。

「……あぁ、ぜーんぜん怖かねえよ。俺にはなんもねえんだからよ。
 だからてめえらも、全部失くしてから死ねや」

……だけどその言葉が聞こえた瞬間、それらがふっと消えていくのを、私は感じました。
だって私は……ジャン様の、スレイブ様の邪魔をする事だけは、したくない。
彼らの冒険の負い目になりたくない。

それに……この人が、こんなにも空虚な声で話をするのも……なんだか、嫌です。
話が聞きたくない訳じゃなくて、むしろ逆で……上手く言葉に、出来ないけど、とにかく嫌なんです。

この気持ちを、失くしたくない。
抱えたまま死んでしまいたくない。
これはきっと……私が変わる為に必要だったものだから。
だから……

「さて、そろそろ決めてくれや!もう半分見殺しにしてるようなもんだけどよ!
 ちゃんとてめえらの言葉で聞きてえんだよなぁ俺ぁ!
 さぁどうするよ!指環を寄越して死ぬか!このアマ見殺しにして生き延びるか!さっさと決めやがれ!」

矛の刺さった傷口から魔素が漏れ続けてて……声は、出せないけど。
彼らの方を、じっと見つめる事しか出来ないけど。
それでも、お願いです。気付いて下さい。

……助けて、下さい。
0219創る名無しに見る名無し垢版2017/11/15(水) 14:15:34.54ID:m1E9nLei
シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI

>「はぁー!?なんで生きてんのお前!意味分かんねえんだけど!」

これそのままお前に言いてーわ
なんで生きてんのお前
0223スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/21(火) 20:22:17.96ID:VGKZcgVv
地に伏せるシノノメの生殺与奪を握り、アルマクリスは一方的な二者択一を叩き付ける。
焼け焦げた首筋の傷に、ジャンの短剣が作った肩口の出血、悠長な態度とは裏腹に彼自身にも時間がなかった。

「返答まだ!?ああもうイライラするなぁ、おっせーんだよどいつもこいつも!
 俺も忙しいんだからこんなとこでウジウジ悩んでんじゃねーよ。制限時間つけりゃ良かったな。
 じゃああと5秒以内に答えてね?ごー、よん、さん、にー……」

瞬間、アルマクリスの背後の虚空から刃が出現し、彼の右肩目掛けて一閃を放った。

「はい残念」

アルマクリスはそれを顧みることさえせずに上体を曲げて躱した。
空を切った剣が擦過していくさなか、空気に張った"膜"が剥がれて刃の主が姿を現す。

「く……!」

スレイブだ。風属性魔法の一つ、大気を捻じ曲げて姿を覆い隠す『ステルス』を用いた背後からの奇襲。
視覚に加え足音、匂い、気配すら断って接近したにも関わらず、不意打ちはアルマクリスを捉えられない。

「ほんのちょびっとだけ殺気漏れてんだよなぁ。なに?おこなの?このクソ魔族ザクザク刺されて激おこなの?
 だったらさぁ!そういう薄っぺらい仲間意識をさぁ!……なんでパトリエーゼにも持ってやらなかったんだ、テメェらは!!」

アルマクリスは犬歯を剥き出しにして吠える。シノノメの肉体から抜き、呼応するように振るった矛が爆炎を纏う。
スレイブもまた歯噛みしながらそれを受け、捌き、隙を見つけては刃を叩き込むが、有効打を為し得ない。

「あ、やべ。矛抜いちゃった。魔族ちゃんそこ動くなよ、こいつ片したらもっかい刺し直すから!」

「させるか」

スレイブはアルマクリスがシノノメに背を向けるように立ち位置を調整しつつ断続的に剣を振るう。
さらに、攻撃対象が自分に向くよう挑発の言葉を発した。

「お前は助けなかったのか?……その、パトリエーゼという人を」

「ああ?なに人のせいにしてんの?俺そのとき帝国で別任務中だったんだけど?近くにいた奴が助けろよ。
 かーっ!俺があんときユグドラシアにいたらなーっ!お前らみたいに見殺しにするこたぁなかったんだけどなーっ!」

戯言を垂れ続けるアルマクリスを黙らすべくスレイブは鋭く踏み込み、銀の尾を引く刺突を放つ。
アルマクリスは矛の柄でそれを受け流し、返答とばかりに石突で薙いだ。
バックラーで受け止め、矛の下に潜り込むように身体を滑らせたスレイブが、股から上を断つ軌道で剣をかち上げる。

「うーん……ゴミ!あの魔族ちゃんの方が歯応えあったわ」

足捌きだけで重心を逸らし、剣の軌道から脱したアルマクリスが、間断なく引き戻した矛を唐竹割りに振るった。
咄嗟に受け止めたスレイブの足が地面に若干沈み込む。元々の膂力に加え、背丈と遠心力が矛を打ち下ろす威力を底上げしている。

「これほどの力があって……っ!何故黒犬騎士に従い続けている?あいつはお前にとっても仇じゃないのか!?」

ティターニアから掻い摘んで聞いた話では、件のパトリエーゼとやらを殺したのは黒犬騎士アドルフだったと言う。
にも関わらず、パトリエーゼを悼むアルマクリスは、その仇を恨む様子もなく馴れ合っていた。
スレイブにはそれが理解できない。

「ダーマの野蛮人どもはおっくれてんなぁ!先進国の文明人サマが一つ常識を教えてやるよ、謹聴しとけ?
 ――復讐は何も生まないんだぜ」

「知っている……!!」

「あっそ。あといい加減お前の相手飽きたわ。急所外そうとしてんのバレバレなんだよ」
0224スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/11/21(火) 20:22:43.92ID:VGKZcgVv
瞬間、スレイブのバックラーが大きく跳ね上がった。
矛ではない。アルマクリスの高身長を支える長くしなやかな脚が、強烈な蹴撃で盾を吹き飛ばした。
まずい、と感じた時には既に、蹴り上げた脚を踏み込みに変えた矛の一閃が、スレイブの胴を捉えていた。
叩き込まれた矛が慣性の全てをスレイブの身体に伝達し、彼は周囲を覆う炎の壁を突き抜けて外へと放り出された。
アルマクリスは引き戻した矛に血が付いていないのを確認して舌打ちする。

「まーた防御魔法かよ、めんどくせぇなあ!ヘボ剣士は急所狙ってこねぇし、命のやり取りにビビってんじゃねえよ。
 死ぬのも殺すのも嫌だっつんならそういう趣味の人達とだけ仲良くペチペチ殴り合ってれば?
 俺はここに人を殺しに来てんの!お前らのそーいう意味不明なこだわりに俺を巻き込むなよ!」

アルマクリスは肩口の血を親指で拭い、それを舐めて口端を歪めた。

「でもそこのオークと魔族は良い感じだわ。ちゃんと殺しに来てくれるからこっちも殺りがいがあるね!
 特にお前、オーク、ジャンだっけ?その水の大斧、殺意がビンビン来て凄く良いよ!俺テンション上がっちゃうわ。
 これ直撃食らったら死ぬだろうなぁ。下手に受けても手足吹っ飛びそうだなぁ。血ィ止まんねえし、俺ここで死ぬのかなぁ」

身体が震えるのは失血のせいだろうが、アルマクリスはこれを武者震いに変える。
双眸はぎらつき、口端はつり上がって犬歯が剥き出しになっていた。
彼は――笑っていた。獰猛で、快活な笑みだ。

「楽しんでるかジャン・ジャック・ジャクソン!人はいつか大体死ぬ。わりとポックリ逝っちまう。
 何も持ってねえ俺達にも、唯一平等に手に入るものがこの死って奴だ。
 俺は死ぬことも死なせることも楽しむぜ!エンジョイ&エキサイティングだ!」

それは、パトリエーゼの死を境に彼が見出した価値観だった。
生まれながらに何も持たない者も、努力で何かを得られなかった者も、死だけは必ず訪れる。
避け得ないものであるならば、せめてそれを享楽として受け入れよう。パトリエーゼの亡骸を前に、彼はそう決めた。

「お前はどんな風に俺を殺す?斧か?牙か?それともそのぶっとい腕で絞め殺してくれんのか!?
 お前はどんな風に俺に殺される?心臓を矛で突くのも良いなあ。動脈ぶち抜いてじっくり失血死ってのもオツだなぁ!
 ワクワクするしゾクソクするよな!これだから殺し合いはやめらんねえ。こんな楽しい遊び、やめられっかよ!」

アルマクリスの身体から異様な熱気が発せられ、焦げた血糊が煙と化して立ち上る。
『インシネレイト』。肉体のリミッターを意図的に外し、体温を上げ、負担を度外視して身体能力を発揮する戦士のスキルだ。
ジャンとシノノメによって深手を負わされた今の彼が用いれば、文字通り命を削ることにも成りかねない諸刃の剣。
心臓を始めとした臓器の各部に激痛が奔っているはずだが、アルマクリスは笑顔を絶やさない。

「おら、ノリが悪ぃぞ蛮族共!いつまで転がってんの?地面おいしい?後で好きなだけ舐めさせてやっから立てよ今すぐ!
 これから始まる超絶楽しいパーティに乗り遅れたくなかったら……立ち止まるんじゃねえぞ!!」

刹那、陽炎の尾を引いてアルマクリスは一つの砲弾と化した。
踏み抜いた地面の小石さえも蒸発するほどの熱を纏って、ジャン目掛けて矢の如く吶喊する。
それは言わば、『天戟』の跳躍を水平に敢行する動きであった。


【パトリエーゼの件でぐちぐち陰湿に責めながらテンション爆上げで吶喊。このターンで決着希望】
【遅くなってすみません!】
0226創る名無しに見る名無し垢版2017/11/23(木) 17:52:42.20ID:4UH3fNZA
カスレイブはガイジだからね
レスが遅い癖に大した文章でもないから救いようがない
0227ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/24(金) 21:24:31.16ID:2WMAGVTC
>「楽しんでるかジャン・ジャック・ジャクソン!人はいつか大体死ぬ。わりとポックリ逝っちまう。
 何も持ってねえ俺達にも、唯一平等に手に入るものがこの死って奴だ。
 俺は死ぬことも死なせることも楽しむぜ!エンジョイ&エキサイティングだ!」

「……ありがとな、みんな。
 時間稼いでくれたおかげでみんなは村に帰せたぜ」

アルマクリスとの激しい打ち合いから一転、彼が空高く飛び上った瞬間
ジャンは真っ先に村人たちの元へ向かい急降下による一撃を防ごうとした。

それはトランキル狙いの一撃だったが、ジャンは他の三人と目線を交わし、頷いたかと思うと
一旦村人たちを村へ誘導するべく走り出したのだ。

「みんな!儀式は一旦中止だから村に帰れってよ!」

村人たちが状況の変化についていけていないところに、ジャンが大声で呼びかける。

「し、しかしアドルフ様は……」

「教団の人たちを殴るなんて!ジャンったら何考えてるんだい!」

(埒があかねえな!洗脳ってやつはこれだから……こうなりゃこうだ!)

「みんなちょっとこっちを向いてくれ……ウオオアアアアァァァァァ!!!!」

指環の魔力によって増幅され、竜の咆哮にも等しいウォークライが村人たちに浴びせられる。
鼓膜が破けんばかりの大音量だが、増幅されたことの意味はそれだけではない。

「……あれ?なんでこんなところにいるんだ?」

「お前見張りはどうした?弓も持ってないが」

「ジャールおじさんだって鍛冶ほっぽりだして何してるんだい」

どこか虚ろな表情をしていた村人たちが、憑き物が落ちたかのように騒ぎ出す。
最初の魔術とも言うべき指環の力をウォークライに乗せることで、他の魔術を打ち消したのだ。

「みんなこんなところにいないで、早く村に帰ろうぜ!」

「お、おう……そうだな。ジャンも後で顔を見せてくれよ」

そうして村人がぞろぞろと山道を降りていく中、陽炎となって幻影を見せていた炎の壁が姿を現す。

「……ジャン様、もうよろしいんですの?」

「ああ、ありがとなフィリア。
 ……アルマクリス!時間稼ぎはおしめえだ!」

ゆらめく炎の壁を通り抜け、吹っ飛んできたスレイブを受け止める。
見た目に怪我はないが、受け止めたときの衝撃からして矛の柄で打ち抜かれたか。

「ありがとな、スレイブ。トランキル!お前も下がって――」
0228ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/24(金) 21:25:01.29ID:2WMAGVTC
炎によって囲まれた闘いの場、そこに入った瞬間ジャンが見た光景は壮絶なものだった。
胸から魔素が噴き出し、仰向けに倒れ込んだトランキル。
額に脂汗を滲ませ距離を取るティターニア。そして中央に立って哄笑と共にこちらを見るアルマクリス。

>「でもそこのオークと魔族は良い感じだわ。ちゃんと殺しに来てくれるからこっちも殺りがいがあるね!
 特にお前、オーク、ジャンだっけ?その水の大斧、殺意がビンビン来て凄く良いよ!俺テンション上がっちゃうわ。
 これ直撃食らったら死ぬだろうなぁ。下手に受けても手足吹っ飛びそうだなぁ。血ィ止まんねえし、俺ここで死ぬのかなぁ」

「……喋るんじゃねえ」

ジャンが大斧を肩に担ぐように構え、一歩近づく。
アルマクリスも矛の先を下段に置き、構えて一歩近づく。

>「楽しんでるかジャン・ジャック・ジャクソン!人はいつか大体死ぬ。わりとポックリ逝っちまう。
 何も持ってねえ俺達にも、唯一平等に手に入るものがこの死って奴だ。
 俺は死ぬことも死なせることも楽しむぜ!エンジョイ&エキサイティングだ!」

「……喋るなって言っただろ」

お互いに二歩、近づいた。

>「お前はどんな風に俺を殺す?斧か?牙か?それともそのぶっとい腕で絞め殺してくれんのか!?
 お前はどんな風に俺に殺される?心臓を矛で突くのも良いなあ。動脈ぶち抜いてじっくり失血死ってのもオツだなぁ!
 ワクワクするしゾクソクするよな!これだから殺し合いはやめらんねえ。こんな楽しい遊び、やめられっかよ!」

「……てめえのそれは――」

>「おら、ノリが悪ぃぞ蛮族共!いつまで転がってんの?地面おいしい?後で好きなだけ舐めさせてやっから立てよ今すぐ!
 これから始まる超絶楽しいパーティに乗り遅れたくなかったら……立ち止まるんじゃねえぞ!!」

「ただの八つ当たりだアアッッッ!!!!」

アルマクリスが残像すら見えるほど早く、常人には消えたとしか思えないほどの速度でジャンに突撃する。
それに合わせるようにジャンもウォークライを放ち、だが斧は振り下ろさなかった。

増幅されたウォークライによって地面を抉るような衝撃波が放たれ、それに突っ込んだアルマクリスは
衝撃波を丸ごと浴びる形となった。しかしアルマクリスも矛の達人である以上その軌道はわずかにしかぶれることはなく、
速度はほとんど死ぬことなく吶喊は続く。

「「――ウォラアアァァ!!!」」

どちらも雄叫びを挙げる中、アルマクリスはそのわずかな減衰が命取りとなった。
ジャンは竜装によって強化された動体視力でアルマクリスの挙動を捉え、かすかに体を動かしたのだ。
突き出された矛がジャンの脇腹を掠めていき、胸当てと擦れて火花が散る中、その長大な柄をジャンは掴みとった。

掴んだとは言ってもその凄まじい速度は健在であり、ジャンも矛の柄を掴んだまま一緒に後方へと飛ばされていく。
矛から放たれる熱と、指環から放たれる水流がぶつかり激しい水蒸気となって辺りに舞う中、やがて二人の動きは止まる。

「……てめえの手品はそれでおしまいか」

ジャンは全身に火傷を負い、矛の柄を掴んだ手は感覚が感じられないほど酷い火傷を負っていた。
それでもなお立ち続けられるのは、水の指環が放つ水流の加護によるものだ。
0230ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/24(金) 21:27:11.94ID:2WMAGVTC
「ゴホッ……まだ終わってねえぞクソオーク!
 これから俺の逆転勝ちが……決まるんだ……なあ……パトリエーゼ……」

一方アルマクリスは口から血を吐き、充血しきった目と全身から立ち上る湯気が
身体が限界であることを伝えている。

こちらも立ってはいるが、ジャンが掴んだ矛の柄によりかかるようにしてようやく立っているような状況だ。

「お前の……その指環があれば……パトリエーゼ……パトラを……」

ふらりと伸ばした手はジャンの指環にはほど遠く、何もない場所を掴んだ。
それと同時にアルマクリスは地に膝をつき、そのままぐらりと倒れていく。

「……とことん身勝手な野郎だ」

ジャンがアルマクリスの顔に近づき、耳を近づけてみるとなんと息があった。
どうやら見た目よりもはるかに頑丈な身体だったらしい、オーク族でもここまで頑強な者はそうそういないだろう。

「ティターニア、こいつの手当頼むぜ。
 村の人たちを殺そうとしたのは許せねえが、こいつは立派に戦った」

そう言ってジャンは手近な石に腰かけ、アルマクリスの横に倒れていた矛を持ち上げてみる。

「……こいつは……なかなかいい重さだ。
 隕鉄とミスリルの合金か。勝利者の特権だ、戦利品としてもらってくぜ」

そう言って矛を火傷が酷くない方の手で担ぎ、立ち上がる。
指環の魔力で武器を作るのは容易だが、維持しつづけるには魔力を使うため
あまり使いたくないというのがジャンの考えだ。

だが、強者ぞろいであろう教団に殴り込むにあたって、街の武器屋で売られているような
量産品では心もとない。バターにナイフを入れるがごとく折られるだろう。
かと言って聖短剣サクラメント一本では戦えるわけもなく、仕方なく指環で武器を作っていたのだが、
この矛はまさにぴったりだった。ジャンにはちょうどいい長さと重さであり、魔力の伝導率が高いミスリルも含まれ指環を活かしやすい。

「さてと……みんな大丈夫か?怪我が酷いなら一旦休むけどよ」
0231ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/11/24(金) 21:28:19.69ID:2WMAGVTC
―――同時刻、チェムノタ山の山頂。
年老いた龍に相談するために、時折オーカゼ村の村人がやってくる場所だ。
山頂と言っても龍が眠る大きなほら穴が、広場に一つ置かれているだけだが。

そしてその年老いた龍は今、帝国の最高戦力たる黒犬騎士、そしてその護衛たちと対峙していた。

『なんじゃあ、この年寄りに何の用じゃ』

「とぼけるな。お前が暗黒龍ニーズヘグであることは分かっている。
 闇の指環を渡してもらおうか、儀式によって目覚めさせた後、正当なる後継者にお渡しせねばならん」

アドルフの脅しめいた要求に、龍はその大きな身体を小刻みに震わせてくつくつと笑った。
その振動で顔に生えてからすっかり色が落ちた髭が二、三本抜け落ち、古くなった鱗も体から剥がれていく。

『正当なる後継者とは面白いことを言う。闇の指環が何を元にして作られたか知っておるのかな?』

「……謎かけか?ヒトの負の感情をかき集めて作られた、光の指環の作りと対を成す指環の一つだろう」

『その通りじゃ。怒り憎しみ悲しみ……そういったものを四属性の指環と同じように集めて作り上げたものじゃな。
 だが炎水風土の四属性とは違い、光と闇は自然からではなくヒト、すなわち人間、魔族、エルフ、ドワーフ、
 その他諸々の知恵を持った種族からできている』

「時間がない、手早く言ってくれ。
 こちらとしては闇の指環がもらえればそれでいい」

『では言ってやろう。光と闇の指環は一つではない、無数に存在する。
 ヒトの感情が無数であるようにな』

「……気が変わった。興味深い話だ、そのまま続けろ」

こうして指環の勇者たちが山頂にたどり着くまでの間、年老いた龍は語り始める。
隠された二つの指環の真実と、その真の能力を。
0232ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/26(日) 21:36:42.85ID:dVbgDx/p
果たして――シノノメは見事アルマクリスの初撃をしのいでみせた。
それがアルマクリスの闘志に火を付けてしまったらしく、燃え盛る爆炎の壁が二人と周囲を阻む。
ティターニアが水魔法でそれを払うのには、幾何もかからなかったはずだ。
その短い間に何が起こったのか――
視界が開けた時、目に飛び込んできたのは、矛を突きつけられたシノノメの姿だった。

>「おいてめえら。今すぐその指環を寄越して俺様の前に跪きな。
 勿論その後俺様はてめえらを殺す。一人ずつ、散々甚振ってからぶっ殺す。
 全員死んだら……コイツだけは助けてやんよ」

衝撃的な光景だが、状況は見た目ほどは絶望的ではないと分析するティターニア。
魔族と人間では基礎スペックが根本的に違う。
アルマクリスの悪趣味さが結果的にこちらに幸いしているというべきか、
このままもう少しだけ引き延ばして時間稼ぎをすれば、先に倒れるのはアルマクリスの方だ。
逆に下手に刺激を与えれば、このままとどめを刺してしまう危険性がある。
そこで、敢えて答えを返さずに、相手が喋るに任せておく。
しかし――シノノメが抵抗を試み、互いが互いに更なる深手を負わせた。

>「あーあー!早くしねーからコイツが気を使って味な真似してくれちゃったじゃん!」

シノノメの生命力がいかに魔族といえどどこまで持つか分からず、アルマクリスも焦り始めて何をするか分からない。状況は一刻を争う。
シノノメが息も絶え絶えに問いかける。

>「理解が出来ないのは……私の方……です……。
 あなたは……死ぬ事が、怖くないんですか……」
>「……あぁ、ぜーんぜん怖かねえよ。俺にはなんもねえんだからよ。
 だからてめえらも、全部失くしてから死ねや」

何もない――それすなわち虚無。
虚無の勢力にとって洗脳する手間すらいらない忠実な手駒、ということだろうか。
散々主であるはずのメアリの悪口を垂れながら、その実は決して逆らわないこの上なく便利な手駒なのかもしれない。

>「さて、そろそろ決めてくれや!もう半分見殺しにしてるようなもんだけどよ!
 ちゃんとてめえらの言葉で聞きてえんだよなぁ俺ぁ!
 さぁどうするよ!指環を寄越して死ぬか!このアマ見殺しにして生き延びるか!さっさと決めやがれ!」

シノノメが、目線で確かに訴えかける。助けて――と。それは、普通の意味ともう一つ。
この人を助けてあげて――そう言っているようにも感じられた。
スレイブと無言の目くばせを交わし、密かに詠唱無し版のフル・ポテンシャルをかける。
0233ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/26(日) 21:38:44.58ID:dVbgDx/p
>「返答まだ!?ああもうイライラするなぁ、おっせーんだよどいつもこいつも!
 俺も忙しいんだからこんなとこでウジウジ悩んでんじゃねーよ。制限時間つけりゃ良かったな。
 じゃああと5秒以内に答えてね?ごー、よん、さん、にー……」

スレイブは見事期待に応え、これ以上無いほどのベストなタイミングで奇襲をかける。
しかし、アルマクリスはそれをあっさりとかわしてみせた。

>「はい残念」
>「ほんのちょびっとだけ殺気漏れてんだよなぁ。なに?おこなの?このクソ魔族ザクザク刺されて激おこなの?
 だったらさぁ!そういう薄っぺらい仲間意識をさぁ!……なんでパトリエーゼにも持ってやらなかったんだ、テメェらは!!」

シノノメから矛を抜かせ攻撃対象を移すことには成功したスレイブは、相手の注意を引き付けようと、何故未だ仇に付き従っているのか問いかける。
それに対する答えは、それはその通りだがお前が言うな、といった感じのものであった。

>「ダーマの野蛮人どもはおっくれてんなぁ!先進国の文明人サマが一つ常識を教えてやるよ、謹聴しとけ?
 ――復讐は何も生まないんだぜ」
>「知っている……!!」
>「あっそ。あといい加減お前の相手飽きたわ。急所外そうとしてんのバレバレなんだよ」

スレイブとの打ち合いは、強い者との戦いを求める武人にとってはこの上なく興味深いもののはずだ。
殺意全開の手負いの獣状態の者を相手取って、殺さないようにしながらこれだけ立ち回れるのは只者ではない。
つまり、アルマクリスが言っているのは生粋の戦士によくある強い者と戦うことへの興味とは全く違う。彼が求めているのは死、そのもの――
彼はパトリエーゼを深く悼んでいる様子がありながらその仇に付き従い、復讐は何も生まないと言いながら命のやり取りを楽しんでいる。
その言動は筋が通っているようでいなくて、一貫性があるようで無くて、どうしようもなく壊れていた。
激しい立ち回りの末に、アルマクリスの矛がスレイブに致命の一撃を叩き込まんとする。

「プロテクション――!」

ティターニアの防御魔法が間一髪で傷を受けるのを阻み、それでも衝撃はもろに受けて吹っ飛ばされていくスレイブ。

>「まーた防御魔法かよ、めんどくせぇなあ!ヘボ剣士は急所狙ってこねぇし、命のやり取りにビビってんじゃねえよ。
 死ぬのも殺すのも嫌だっつんならそういう趣味の人達とだけ仲良くペチペチ殴り合ってれば?
 俺はここに人を殺しに来てんの!お前らのそーいう意味不明なこだわりに俺を巻き込むなよ!」
0234ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/26(日) 21:44:01.77ID:dVbgDx/p
スレイブから興味を失ったアルマクリスは、村人の避難誘導を終え戦列に復帰したジャンに標的を移した。
防御や補助を中心とする立ち回りをしているティターニアやフィリアには端からあまり興味が無いようだ。
どうやらアルマクリスが闘志を燃やすのは、殺す気で向かってくる相手限定らしい。
それならそれで、こちらは補助に専念するまでだ。

>「お前はどんな風に俺を殺す?斧か?牙か?それともそのぶっとい腕で絞め殺してくれんのか!?
 お前はどんな風に俺に殺される?心臓を矛で突くのも良いなあ。動脈ぶち抜いてじっくり失血死ってのもオツだなぁ!
 ワクワクするしゾクソクするよな!これだから殺し合いはやめらんねえ。こんな楽しい遊び、やめられっかよ!」

>「……てめえのそれは――」

>「ただの八つ当たりだアアッッッ!!!!」

アルマクリスの弾丸のような刺突とジャンのウォークライが激突し、凄まじい衝撃波が巻き起こる。
そして二人の動きが止まった時、ジャンの勝利は明らかだった。

「シノノメ殿……!」

シノノメに駆け寄って様子を見ると驚くべきことに、劇的に回復しつつあった。
何故か先程から一帯の闇の魔素の濃度が異常に上昇しており、そのお陰のようだった。

「もう大丈夫だ――」

>「……てめえの手品はそれでおしまいか」
>「ゴホッ……まだ終わってねえぞクソオーク!
 これから俺の逆転勝ちが……決まるんだ……なあ……パトリエーゼ……」
>「お前の……その指環があれば……パトリエーゼ……パトラを……」

「やっと……本心を言ったな……」

アルマクリスが気を失う直前に言った言葉―― 一貫性が無いように思えた彼の言動が、これで繋がった気がした。
憎き仇に付き従っているのは、指輪を手に入れるため。
殺意を向けてくる相手と殺し合いをしたがる――死を望むのは、パトリエーゼがいない世界では生きていけないから。

>「ティターニア、こいつの手当頼むぜ。
 村の人たちを殺そうとしたのは許せねえが、こいつは立派に戦った」

「分かった――」
0235ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/11/26(日) 21:46:19.59ID:dVbgDx/p
アルマクリスは指輪が手に入らない――パトリエーゼが生き返らないのなら死を望むのかもしれないが、敗者は自らの処遇を選べない。
勝者であるこちらが生かすと判断した以上、彼は少なくともこの場では生き延びるしかないのだ。
ティターニアはアルマクリスに回復魔術をかけながら呟いた。

「パトリエーゼ殿を守れなかったことは済まなかったな……。そなたの願いは我らが引き継ごう。
指輪を全て手に入れた者は世界のすべてを手に入れる――もしもそれが真実なら。
全て揃えた暁にはそなたの願いも――」

“復讐は何も生まない”――それは確かに真実で、死んだ者は生き返らないからどうしようもなくて人は復讐するのだ。
でも、もし生き返らせることが出来るとしたら?
指輪の力で誰かを生き返らせるのが目的で刃を交えることになった者はこれで二人目。
いかに指輪の力といえども死んだ者は生き返らない、そう思っていたが、本当に全て揃えれば死者蘇生までも出来るとしたら?
(世の中には超高位神官が大がかりな儀式で執り行う蘇生魔術もあるにはあるが、死亡後すぐの者限定で、必ず成功するとは限らない)
それが正しいことなのかは分からない。
だが、このあまりにも哀しい青年に死ぬことも許さず生きる事を強いた以上、そう言わずにはいられなかった。

>「さてと……みんな大丈夫か?怪我が酷いなら一旦休むけどよ」

シノノメの回復においては幸運であった闇の魔素濃度の上昇だが、それは何らかの状況の変化があったということを意味する。

「シノノメ殿には申し訳ないが急いだ方がよさそうだ――
この者が目を覚ます前に行かねばややこしくなる、というのもあるしな」

こうして山頂に向けて歩みを進める一行。
山頂が近づくにつれて、ますます闇の魔素が濃くなってくるのが分かる。

「アドルフは山頂で儀式の準備に入ると言っていたが……そういえば喋る竜がいるというのも山頂か?
村人がいなくなったゆえ儀式は出来ないとは思うが先に指輪を手に入れられては厄介だ」

この時点のティターニアは、今までと同じように竜が自らの属性を注ぎ込んで作った唯一無二の指輪を守っている、
という構図を信じて疑っていないのであった。
0236シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:41:19.01ID:Let29eWS
不意に虚空から放たれる剣閃。
それが誰によるものなのか、私にはすぐに分かりました。
スレイブ様です。人の身でありながら魔王様の近衛騎士に選ばれた彼の、不意打ちの一撃。
アルマクリスは……それを振り向きもせずに躱してみせた。
その後の剣戟も……スレイブ様が殺しの技術を使っていないとは言え、ずっと優位に立ち続けている。

……彼の強さが見えてきて、そこから、彼の人物が……なんとなくだけど見えてくる。
誰かが戦いに臨む時……その刃や拳には、その人の、人となりが宿るものです。
ただの精神論と言われればそれまでですが……根拠は、あります。

>「あっそ。あといい加減お前の相手飽きたわ。急所外そうとしてんのバレバレなんだよ」

たった今アルマクリスが、スレイブ様の剣から、殺意のなさを読み取ったのがまさにそれです。

……徹底的なまでの、肉を切らせて骨を断つ。
辛うじて殺されないように、だけど最速最短で敵を殺める為の戦術。
そこには積み重ねられた経験と、それを積み上げる為の、勇気と目的があったはず。

>「でもそこのオークと魔族は良い感じだわ。ちゃんと殺しに来てくれるからこっちも殺りがいがあるね!
  特にお前、オーク、ジャンだっけ?その水の大斧、殺意がビンビン来て凄く良いよ!俺テンション上がっちゃうわ。
  これ直撃食らったら死ぬだろうなぁ。下手に受けても手足吹っ飛びそうだなぁ。血ィ止まんねえし、俺ここで死ぬのかなぁ」

だけど今の彼からは……何かを積み上げようとする意思は見えない。

>「楽しんでるかジャン・ジャック・ジャクソン!人はいつか大体死ぬ。わりとポックリ逝っちまう。
  何も持ってねえ俺達にも、唯一平等に手に入るものがこの死って奴だ。
  俺は死ぬことも死なせることも楽しむぜ!エンジョイ&エキサイティングだ!」

そこにあるのは、彼から見えるものは…………あぁ、そうだ。
この人は……自暴自棄になっているんだ。
……こんなにもじっくりと、誰かの事を眺めていたのは、初めてかもしれません。

>「お前はどんな風に俺を殺す?斧か?牙か?それともそのぶっとい腕で絞め殺してくれんのか!?
  お前はどんな風に俺に殺される?心臓を矛で突くのも良いなあ。動脈ぶち抜いてじっくり失血死ってのもオツだなぁ!
  ワクワクするしゾクソクするよな!これだから殺し合いはやめらんねえ。こんな楽しい遊び、やめられっかよ!」

そして……アルマクリスと、ジャン様が、同時に動いた。
彗星の如く尾を引く炎の逆光と水蒸気によって、私には両者の交錯、その瞬間は見えませんでした。
二人の雄叫びが止まり、水蒸気が消えて、見えたのは……
矛を掴み自身の両足で立つジャン様と、倒れ伏したアルマクリスの姿。

>「シノノメ殿……!」

ティターニア様が駆け寄ってくる。
治療の為でしょう……だけど、今はそんな事よりも……

「ま、待って下さい……先に、ジャン様を……止め……」

>「ティターニア、こいつの手当頼むぜ。
  村の人たちを殺そうとしたのは許せねえが、こいつは立派に戦った」

「……へっ?」

……私はてっきり、ジャン様はアルマクリスを殺してしまうと、思っていたのですが。
0237シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:44:13.30ID:Let29eWS
>「さてと……みんな大丈夫か?怪我が酷いなら一旦休むけどよ」
>「シノノメ殿には申し訳ないが急いだ方がよさそうだ――
  この者が目を覚ます前に行かねばややこしくなる、というのもあるしな」

「い、いえ……ご心配なく……。もう、平気みたいです」

少なくとも表面的にはもう、私の胸に穿たれた傷は塞がっていました。
内臓はまだ形が整っただけ、と言った感覚ですが……それもじきに元通りになりそうです。
0238シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:45:03.00ID:Let29eWS
……ティターニア様の魔法があったとは言え、こんなにも早く、再生が終わるなんて。
周囲の闇の魔素が、異様に濃い……嫌な予感がします。
だけど、

「それよりも……あの、ジャン様。良かったんですか?
 その方を……えと、殺して、しまわなくて」

……なんて言えば角が立たないのか一瞬悩んだのですが、結局相応しい言い方が思いつきませんでした。

「立派に戦って、槍一本を頂戴して……それで貴方は、彼を許せたのですか?」
0239シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:45:25.29ID:Let29eWS
戦いが始まる前、確かにジャン様は彼を殺す気でいたはずです。
だけど結局そうはしなかった。
良く戦った。槍が本当にただの戦利品だとすれば、彼を殺さなかった理由はただそれだけ。

……私は、彼が同情に値する人間だと分かった……つもりでいます。
だけどそれでも……彼が死すべき人間なのか、そうでないのか、分からないのです。
法に照らし合わせても、ジャン様の心に秤を委ねても、彼が罪を犯したのは明白なのに。
分からない。だから……聞かずにはいられません。

「気を悪くしたら、すみません。だけど……どうしてそんなにもあっさりと、生死を割り切れるのですか」
0240シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:46:47.62ID:Let29eWS
 
 

「……気が変わった。興味深い話だ、そのまま続けろ」

言葉と同時、アドルフは左右の腰に差した剣を抜いた。
その一方、右側の切っ先が年老いた龍に突きつけられる。

「だがその前に答えてもらおうか。我々は既に光の指環を手に入れ、支配している。
 そこに宿る光竜をもだ。その事実は、今のお前と言葉と食い違うのではないのか」

『ほほう、それは大したものだ。そう思っているのであれば、そうなのだろう。
 お主らの許には、お主らの思う指環があり、竜がいる。何もおかしくはない』

「指環に宿る竜までもが、無数に存在すると?
 だがそれで指環の真の力を発揮出来るのか?」

『まさか。指環を無数に作れるなら、四竜が自らを指環に捧げる必要もなかっただろう』

「ならば……どうすれば無数の指環を一つに出来る?」

『さあて、な』

年老いた龍がくつくつと笑った。
アドルフが無言の殺気を漂わせる。

『おお怖い怖い……お主、お伽話を知らんのか?この爺が言って聞かせてやろうか?
 指環が封印された理由を思い出してみろ。祖竜との戦いが終わり、次の争いの火種にならぬようじゃろう?
 一つに戻す必要などないのだから、その術もまた、存在しない』

「詭弁だな。ならば全ての指環を破壊すれば良かっただけの事だ」

『どうかな?単に壊せなかっただけかもしれんのう』

「……話を逸らすのも程々にしろ。方法はある。
 正当なる後継者とは面白い事を言う……だったな。
 お前にはその心当たりがあるのだろう」

『くく……いいや、そんな事は儂にも分からん。
 だからお主が儂にも分からん事を分かった気でいるのが面白いのじゃよ。
 考えてみる事じゃな。そもそもどのようにして光と闇の指環が創り出されたのか……』
0241シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:47:37.17ID:Let29eWS
 
 
 
『……おっと、どうやらお主に客人のようじゃぞ』

それから更に暫しの時を経て、老龍の言葉にアドルフが背後を見る。
彼は何の気配も感じていなかったが……視線の先には確かに追いついてきた客人がいた。
黒犬騎士である彼が、指摘を受けるまでその接近に気付けなかった事には、理由があった。
0242シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/01(金) 22:48:12.98ID:Let29eWS
「……闇の魔素か。結局、下らない時間稼ぎだった訳だ」

アドルフは老龍へと視線を戻し……瞬間、彼の剣が閃いた。
老龍の首が宙を舞う。

「だが当てが外れたな。お前の首を刎ねる程度の事では、隙にもならん」

彼の言葉に偽りはない。
アドルフは背中を見せたまま右の剣を振るったが、
しかし残る左の剣と、そこに宿った殺気は、確かに指環の勇者達を捉え続けていた。
そして老龍の首が地面に転がり、

『さあて、どうかの。案外当てが外れたのはそっちかもしれんぞ?』

その生首が平然と声を発した。

『くく……くくく……愉快じゃのうお主は。
 何もかもを分かった気でいて、その実何も分かっておらぬ』

「……貴様、一体」

『おや、儂が何者かは分かっていると言っておったではないか。
 暗黒龍ニーズヘグ、じゃったか。外れじゃ、外れ。
 まぁそう呼ばれた事もあるからまるきり間違いではないがの』

老龍の首が、頭部を失った体が、闇色に変化し、溶けるように崩れ落ちる。
そして地面の上に広がって……再び龍の形を描いた。

『儂の名はな、アジダカーハと言うんじゃ。……あれ、いや、ティアマトじゃったか。
 それともファフニール……うむむ、最近物忘れが激しくてのう。
 ……くく、そう睨むな。儂はな、ただの影じゃよ。お主らヒトが見た影に過ぎぬ』

「……影、だと?」

『あぁそうとも。お主は今何を見ておる?地面か?そこに差した影か?
 それとも暗黒龍と呼ばれし存在の、一つの側面に過ぎぬ姿を見ておるのかの?』

アドルフの剣が老龍……最早そうではなく、暗黒龍の影を、斬りつける。
剣閃は確かに暗黒龍の影を切り裂き……しかしその口を噤ませる事は出来なかった。

『闇とは斯様なものよ。お主らはいつもその、ただ黒い、薄っぺらな表面だけを見て、
 それを理解したつもりになる……。
 そんな事では、闇の指環は永劫、手に入らぬよ。くく、くくくく……』



【それっぽい雰囲気が出したかっただけで何も考えてないから後はよろしくお願いします!】
0244スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:24:27.04ID:sJAWv/VK
束の間の微睡みからアルマクリスが醒めた時、戦場に残っているのは彼一人だけだった。
既にジャン達指環の勇者一行はその場を後にして、ここまで連れてきたオーカゼ村の住人たちも消えている。

「えっ?ええ??なんで生きてんの俺」

目覚めた瞬間身体のあちこちに激痛が走ったが、痛みがあるということは五体が十全に機能している証だ。
骨、筋、腱の全てがまともに動き、いつの間にか深手の出血さえも止まっている。
放っておけば確実に死に至る傷だったはずだ。それが塞がっている理由など、一つしか思い至らない。

「クソ……!ざけんじゃねーぞっあいつらっ!俺を助けたってのか……?」

ようやく見つけた死場から引きずり降ろされた怒りが身体を動かし、アルマクリスは跳ね起きる。
すぐさま追撃をかけんと己の得物を手繰り寄せ――られない。彼の愛矛はどこにも転がっていなかった。
思い起こす最後の記憶は、ジャン・ジャック・ジャクソンがアルマクリスの吶喊を止め、矛を掴んでいた光景。
つまり。

「信じらんねえっ!ウソだろあいつ!俺を勝手に生かした挙句――他人の矛パクっていきやがった!!
 なんでそんなひどいことするの!?やっぱ性根が卑しい卑しい蛮族メンタルだよあのクソ野郎!!」

アルマクリスはしばし一人で地団駄を踏んで、傷口が開きかけてきたので大人しくなった。
あの時、ジャンに打ち倒され朦朧とする意識の中で、エルフの魔導師が零した言葉が脳裏に蘇る。

>『パトリエーゼ殿を守れなかったことは済まなかったな……。そなたの願いは我らが引き継ごう。
  指輪を全て手に入れた者は世界のすべてを手に入れる――もしもそれが真実なら。全て揃えた暁にはそなたの願いも――』

「くだらねえ。ンな簡単に人が死んだり生き返ったりしてたまっかよ。俺の死も、パトラの死も……俺達だけのもんだ」

パトリエーゼは死んだ。アルマクリスもまた、戦いの果てに後を追おうとして、しかし失敗した。
この手に最後に残った『死』さえも取り上げられて、この先どうすれば良いのかもはや欠片も分からない。
首と肩を抑えながら蹲り、しばらく押し黙っていた彼はようやく一言漏らす。

「この"借り"は……必ず返すからな、ジャン・ジャック・ジャクソン。当面はそいつが、俺の生きる理由だ」

死に場所が分からないのなら――とりあえず、生きていよう。再び死にたいと願えるその日まで。
独りごちる彼の背後で、複数の足音が連なった。
すわ、村の住民達がお礼参りに来たかと振り向けば、そこにいたのは無数の獣だった。
痩せこけた犬のような容貌をした獣達は、命の気配を感じさせない色を一様に纏っている。

黒。
光を失った死者の漆黒。
――『虚無』の黒だ。
0245スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:24:59.86ID:sJAWv/VK
「アドルフの"猟犬"か。あの生ゴミ野郎、この場は任せたとか言っといてしっかり監視を残してやがる」

帝国最高戦力が一人、黒犬騎士アドルフ・シュレディンガー。
彼の振るう蛮刀『ティンダロス』は、剣がこれまで斬ってきた者達の魂を"猟犬"として隷属させる力を持つ。
黒騎士としての戦歴と、エーテル教団幹部として暗躍してきた日々が、そのまま彼の手駒の豊富さへと繋がっているのだ。
矛術を達人の域にまで修めたアルマクリスと言えども、その単純にして圧倒的な物量差には勝てない。……勝てなかった。
パトリエーゼを殺されてなお、彼がアドルフに従い続けざるを得なかった理由の一つだ。

支配されし亡者の成れの果て、『虚無の猟犬(ヴォイドハウンド)』。
猟犬達はアルマクリスを取り囲み、怨嗟にも似た唸りを上げて牙を剥いた。
無機質な殺意の風に当てられて、アルマクリスの武人としての本能が彼を立ち上がらせる。

「うひゃひゃひゃ!信用されてねーなぁ俺!負けた部下は始末するっつー定番の流れかこりゃ?
 いや、いや、別に責めてねーよ?わりと当然の末路っつーか、俺がアドルフでも同じことしたね、多分。うん、納得しました」

アルマクリスが手を打って受け入れの姿勢をとると同時、猟犬達は一声吠え上げ、彼の元へと飛びかかった。
その牙が喉元へ届かんとした刹那、アルマクリスのしなやかな脚が猟犬の顔面を強かに捉え、蹴り飛ばす。
蹴られた猟犬は悲鳴地味た鳴き声を上げて他の猟犬を巻き込んで地面を転がった。

「……クソ陰険野郎が、俺を舐めてんじゃあねえぞっ!殺したけりゃテメエで来い、パトラにそうしたようによぉっ!!
 テメエ如きに斬られるような雑魚共をどんだけ従えたって、俺のタマは取れねーぞ、アドルフ!!」

猟犬が転がったことで出来た包囲の切れ目から飛び出したアドルフは、地面に落ちた槍を掴み取る。
部下として与えられた信徒、ジャンに斃された彼らの遺品。質は量産品相応だが、扱う武人の腕は超一級品だ。

「来やがれ犬畜生共!あのクソエルフが治療してくれやがったお陰でなぁ!俺ぁまだまだ元気百倍だぜ!!
 可愛がってるワンちゃんの素っ首全部、ご主人様の前に並べてやるよ!!」

言葉とは裏腹に開いた傷口から血を滴らせながら、アルマクリスは槍を構えて疾走する。
猟犬達は混乱からいち早く復帰し、連携をとりつつ四方から牙を突き立てんと跳躍。
アルマクリスの神速の刺突が、猟犬達の胴体を空中で一つ残らず穿ち抜いた。
風穴を開けられた猟犬が人間のような叫声を上げて地に伏せ、漆黒の粒子となって霧散する。

「れ、ん、ど、が足りてませんねぇ〜〜っ!やっぱアドルフ君雑魚専だったんじゃないのぉ?
 それともオキニの一軍は温存したい派か?つーこたぁテメエら、捨て駒ってことじゃん!
 まぁそれは俺も同じか!仲良くしようぜ!俺がテメエらを片付けるほんの数秒の仲だけどよ!」

光の尾を引く刺突が猟犬達の腹をぶち抜き、嵐を思わせる薙ぎ払いが円状に黒の亡骸を飛散させる。
猟犬の牙や爪は確かにアルマクリスの手や脚に裂傷を刻むが、急所へ届くことはない。
苛烈の一言に尽きるアルマクリスの孤軍奮闘は、しかし無数の猟犬の群れを押し返しつつあった。
もはや総崩れとなり、集団としての戦力を為していない群れの中から、一体の猟犬が彼に背を向けて走り出した。
0246スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:25:16.76ID:sJAWv/VK
「おらっイモ引いてんじゃねーよ浮いた駒から狩られるってご主人様は教えてくれなかったか?
 じゃあみんな今日は憶えて帰ろうね!一人だけビビって逃げるとこうなりまーす――」

『アルマクリス』

背後から串刺しにせんと追いすがるアルマクリスの耳に、声が聞こえた。
忘れるはずもない、故郷で別れ、二度と生きて会うことのなかった幼馴染の声。
パトリエーゼの声は――目の前で逃げ惑う猟犬の唸りに混じって聞こえた。

「パトラ――?」

アドルフの剣は、彼の殺してきた者達の魂を猟犬の形に縛りつけて隷属する呪刀だ。
そして……妹のように想っていた幼馴染が死んだあの日、パトリエーゼを殺したのは紛れもなく、アドルフだった。

それは、他愛もないまやかしだったのかもしれない。
アルマクリスに対して幻惑の効果があると、そういう戦術の一環で、パトリエーゼの声色を真似ただけだったのかもしれない。

しかし、アルマクリスは疑いようもなく理解してしまった。彼女とかつて心通わせた彼にだけは、それがわかってしまった。
聞き間違えるわけがない。逃げる猟犬から放たれた声は、声を放った猟犬の魂は、パトリエーゼのものだ。
支配者たるアドルフがこの場へ彼女を寄越した理由など、推し量るまでもない。

「…………本当に、悪趣味なクソ野郎だ」

――アドルフの猟犬達は、アルマクリスの評価とは裏腹に、一体一体が名うての武人の魂を元に造られていた。
彼が集団を相手に一方的な戦いを展開出来たのは、ひとえにアルマクリスが戦闘者として格段に高い位置にあったからだ。
つまり……ほんの僅かな気の緩み、足の踏み外し、ボタンの掛け違えで、容易く逆転し得る優位であった。
そして逆転の契機は、今、訪れた。

「クソ」

束の間の再会に一瞬だけ意識を奪われたアルマクリスは、その一瞬の隙に牙をねじ込まれ、肩口が大きく抉れる。

「クソ」

動かなくなった左腕でカバー出来なくなった脇腹に、別の猟犬の爪が埋まる。

「クソ」

足首を猟犬に食らいつかれ、足捌きが効かなくなり、アルマクリスはもんどり打って地に伏せる。

「クソがぁぁぁぁああああ!!!!」

そこへ残りの猟犬達が折り重なるようにして覆い被さる。
アルマクリスの怨嗟の叫びは、やがて犬の地響きのような唸り声に混じって、消えていった。
0248スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:26:25.20ID:sJAWv/VK
"天戟"のアルマクリスを下した指環の勇者一行は、傷の手当もそこそこに黒犬騎士アドルフを追って山を這走していた。
ティターニアの咄嗟の防御魔法のお陰で深手を免れたスレイブは、最も重傷を負ったシノノメを庇うように最後尾を行く。
しかしと言うべきか、上体を貫かれたはずのシノノメは既に戦闘前と遜色ない程度に快復しているようだった。
この尋常ならざる快復速度を、ティターニアは闇の属性が山頂へ向かうにつれ増している為、と結論付けた。

「怪我の功名……とは言えないだろうな。シノノメ殿の傷が早く塞がるのはありがたいが」

闇の魔素が濃くなる、ということは人の心に闇が深く現れているということでもある。
教団がそもそも何のためにオーカゼ村の住民をここへ連れて来ていたかを思えば、楽観視など出来るはずもなかった。
だがシノノメは、自身の傷の安否よりも気掛かりなことがあるといった風で言葉を零した。

>「それよりも……あの、ジャン様。良かったんですか?その方を……えと、殺して、しまわなくて」

「………………!」

シノノメの問いに、水を向けられたジャンよりも先にスレイブは言葉にならない呻きを上げた。
血潮さえも揮発するような熱波と水流との熾烈な激突を経て、アルマクリスを倒し仰せたジャン。
しかし彼は、家族とも言うべき村人達を傷付けられた怒りとは裏腹に、アルマクリスの治療をティターニアに頼んだ。
あの男を――殺しはしなかった。

>「立派に戦って、槍一本を頂戴して……それで貴方は、彼を許せたのですか?」

シノノメにはそれが不可解に思えたのだろう。至極尤もな疑問だとスレイブも思う。
ジャンは己と渡り合った武人に対して敬意を忘れない。前後がどうあれ、拳を交わした相手を貶めることはない。
他ならぬ、スレイブ自身も。シェバトで一方的に襲いかかったにも関わらず、ジャンは破顔してそれを赦してくれた。
まして、スレイブの命を救うために自身の命さえもかけて戦ってくれた。

>「気を悪くしたら、すみません。だけど……どうしてそんなにもあっさりと、生死を割り切れるのですか」

同時に、ジャンのこの立ち回りは、スレイブやティターニアへの配慮のような気もした。
元々研究職で殺し合いの場に出る方が珍しいティターニアはともかく、スレイブは王宮護衛官、れっきとした戦闘職だ。
この手で人を殺めたことなど両手足の指を使っても数え切れないし、その為の技術を今日まで砥ぎ上げてきた。

だが――殺せなかった。アルマクリスと対峙して、互いに刃を向けあったにも関わらず。
シノノメを蹂躙されて、ステルス越しにすら感知されるほどに殺意を孕んでいたにも関わらず。
スレイブは彼の急所を狙うことが出来ず、手足の腱や骨を断って無力化する戦運びを選んでしまった。
無様にもその隙を突かれて一矢さえも報いられず、戦闘の負担をジャンへと集中させてしまった。
ジャンの分厚い手のひらがひどい火傷を負ったのは、他ならぬスレイブの落ち度によるものだ。

今のスレイブには、人を殺すことが出来ない。
握った刃の向こうで命の消え行くあの感触を、再び味わうかと思うと全身の筋が石のように硬くなる。
殺さねば、仲間を殺されてしまうかもしれないというのに――女王の騎士を気取っておきながら、酷い有様だ。

きっとこの震えは、怯えは、ジャンにも伝わっているのだろう。共に刃を重ねた者にだけ分かる感覚だ。
本当はアルマクリスの四肢を八つ裂きにしたかったのかもしれない。家族を辱められた者の当然の感情。
その正当な制裁を、スレイブの存在が留めさせてしまったのなら、きっと謝り足りないほどに不甲斐ない。

「……俺は、あんたに負けて、それでも生かされて、今こうして皆で旅が出来て。すごく救われているよ、ジャン」

言葉だけの感謝など到底足りるわけがないと分かっていても、スレイブにはそれ以上の術がなかった。
願わくば……何度でも。感謝を伝えたいと、そう想った。

――――――・・・・・・
0249スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:27:10.04ID:sJAWv/VK
>『……おっと、どうやらお主に客人のようじゃぞ』

チェムノタ山の頂に辿り着いたとき、周辺の闇の魔素はもはや濃霧の如く行先を覆っていた。
深色の帳の向こうから、遠鳴りのような声が聞こえる。この響きは人間の発声器官によるものではない。

「チェムノタ山の主、老竜か――!」

果たして、そこには鱗の褪せた一匹の竜がいた。そして同様に、黒の鎧を纏った男が一人。
黒犬騎士・アドルフは、今しがたようやくこちらの到着に気付いたといった風に眉を立てた。

>「……闇の魔素か。結局、下らない時間稼ぎだった訳だ」
>「だが当てが外れたな。お前の首を刎ねる程度の事では、隙にもならん」

不愉快そうに鼻を鳴らしたアドルフが、蝿を払うような所作で剣を振るう。
いかなる絶技によるものか、老竜の首は何の抵抗もなく宙を舞った。

「――――!!」

再び命の失われる瞬間を目の当たりにして、スレイブの身体が強張った。
アドルフの口ぶりから察するに、老竜は指環の勇者たちに助けを求める時間稼ぎに闇の魔素を充満させていた。
しかし、間に合わなかった。彼らの目の前で、老竜は殺された。

>『さあて、どうかの。案外当てが外れたのはそっちかもしれんぞ?』
>『くく……くくく……愉快じゃのうお主は。何もかもを分かった気でいて、その実何も分かっておらぬ』

だが悔恨とは裏腹に、老竜の命はまだ終わってなどいなかった。
地面に転がる竜の頭部が、心底愉快そうに含み笑いを漏らす。

>『儂はな、ただの影じゃよ。お主らヒトが見た影に過ぎぬ』
>『闇とは斯様なものよ。お主らはいつもその、ただ黒い、薄っぺらな表面だけを見て、
 それを理解したつもりになる……。そんな事では、闇の指環は永劫、手に入らぬよ。くく、くくくく……』

老竜の異質な言動に、何らかの目的を持って来たはずのアドルフもまた困惑しているようだった。
導かれるがままにここへ辿り着いたスレイブ達はもっと混乱している。

「一体どういうことなんだ。あの老竜は、闇竜テネブラエの眷属か守護聖獣の類だと思っていたが」

闇の名を冠すチェムノタ山に、古くから住まう年老いた竜。
"王の隠し牙"ガレドロのもたらした情報を元に、スレイブは自分なりにいくつかの推論を立てていた。
風竜ウェントゥスが無数の飛竜を眷属としていたように、闇竜テネブラエもまた眷属を従えていたとすれば。
言わば鎮守の要の如く、暗黒大陸の闇の要衝であるチェムノタ山に監視を置いていてもおかしくはない。
あるいはシェバトのケツァクウァトルのような、都市の代わりに山を守護する聖獣か。
たった今首を落とされた老竜こそが、その中の一体だと大まかに予測を立てていたが、しかし――
0250スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:27:46.88ID:sJAWv/VK
『テネブラエは眷属なんぞ作っとらんぞ。あいつそういうの要らない系だし』

スレイブの指環から、幻体のウェントゥスがぴょこりと顔を出した。
シェバトを絶って以来、僅かな残存魔力を節約するためにずっと沈黙を保っていた彼女は、指環からぬるりと這い出る。

『この濃い魔素のおかげでようやく幻体を作れるようになったわい。ちと属性が違うから、髪が黒くなってしもたが』

果てしなくどうでも良い感想を述べるウェントゥスに、老龍の影が愉悦に捩れる。

『久しいのうウェントゥス。お主と最も宜しくやっていたのはどの"儂"じゃったかな?』

『アジ公かヴァジュラちゃんあたりじゃろ。今おるんかそこに?』

『生憎じゃがどちらも席を空けておるな。ウェントゥスが会いたがってたと伝えておくとしよう』

さながら再会を喜ぶ旧知のような二体のやり取りに、スレイブは眉を顰めた。

「旧交を温め合うのは後にしてくれ。あの竜はさっき自分を"影"と言ったな。
 ウェントゥス、あんたの本体が別のところにあるように、あの竜も幻体の一種ということなのか」

『んんー?それはどうじゃろなぁー……あっ、いや誤解じゃ、違うんじゃ、マジで説明が難しいんじゃって!
 はぐらかしとるわけじゃないから指環外して地面に叩きつけようとすんのやめや!』

「時間が惜しい。質問の仕方を変えるぞ。あの竜は何者なんだ、闇竜テネブラエと関係はないのか?」

『見た通りに闇の竜じゃよ。じゃがテネブラエとは違う……ちゅうより、テネブラエ自体がかなり曖昧な存在なんじゃ』

「曖昧……?」

『わしら四竜や光竜みたく、確たる存在の証がない。だって闇じゃもん。逆に聞くけど闇って何じゃ?何をもって闇とするんじゃ』

「闇の定義……光がなく、心に希望のない状態、だろう」

『そう、それ!つまりな、闇と言うのは"何もない"状態そのものを指す概念なんじゃ。光がなく、希望がなく、未来がない。
 本来、闇の指環や闇の竜なんてものは存在するはずがないんじゃ。司るべきものが何もないんじゃからな』

「だが、祖龍との戦いに闇竜は参戦していたはずだ」

『そうじゃな。終末の絶望の中にそれを見出したものがおったから、テネブラエという形で闇竜は顕現した。
 逆に言えば、誰かが闇を観測せん限り、闇の眷属は存在することさえないということじゃ』

「待て、ダーマには王国黎明期から闇を司る魔族が存在している。家系は途切れることなく続いている。
 闇の眷属が本来在るはずのないものだと言うなら、戸籍を有する個人としての彼女たちの存在はどう説明する」

『そんなもん、王国黎明の頃から絶え間ない絶望が人の心にあったからじゃろ。
 積み重ねた絶望の数だけ、闇の眷属は強く長く存在を保つことができる。のう、"首切りトランキル"?』

――――――・・・・・・
0251スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:28:12.66ID:sJAWv/VK
闖入してきた指環の勇者達の会話から、何か有益な推論材料でも得られないかと口を挟まず聞いていたアドルフは、
一つの結論にたどり着いて鼻を鳴らした。

「なるほどな」

『何か得心した風じゃのう。さぁ聞かせておくれ、的はずれな答えも儂を愉快にさせる分には有益じゃ』

「くだらん謎掛けは終わりだニーズヘグ。闇の指環の在り処など、貴様に聞いて分かるはずもない。
 貴様自身、闇の指環がどこにあるかなど知りはしないのだろう?」

『ほう……?』

「知るはずもない。闇の指環などどこにも在りはしないのだから。
 つまりはこういうことだろう。闇の指環は探し出す物ではなく――創り出す物だ」

アドルフは腰に帯びた蛮刀を抜く。
二刀一対の呪剣『ティンダロス』。虚無の色をした魔力の靄が、牙を創り、爪を創り、強靭な四肢を作り出す。

「我が刃を染めし血潮の主よ。鎖の先に隷属せし魂よ。今一度我が牙となり、我が敵を喰らいつくせ」

"虚無の猟犬"、無数の獣達が、アドルフの前にその顎を連ねていく。
怨嗟の叫びに似た唸りを上げ、血走って眼で主の指示を待っている。

「霊獣よ。汝の疾走を――歓迎する!」

号令に弾かれるようにして、無数の猟犬たちが一斉に疾走を開始した。
その加速の先に居るのは指環の勇者達と――シノノメ・アンリエッタ・トランキル。
アドルフは、闇の眷属たるシノノメの肉体から闇の指環を精製するつもりだ。

一匹一匹が岩をも抉り取る鋭利な牙と爪を携え、虚無の猟犬達がシノノメへと殺到する。


【アルマクリス:犬に噛まれる】
【アドルフ:犬にシノノメを噛ませようとしてる】
0252スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2017/12/05(火) 20:31:13.54ID:sJAWv/VK
【つまりどういうこと?:闇って光とか闇とかと違って絶望を感じる人の心の中から出るものだし、
             絶望の権化みたいなもんで人からめっちゃ恨まれてるトランキルの肉体から指環作れんじゃね?】
0253スレイブ垢版2017/12/06(水) 04:36:38.06ID:ftsfZ+O3
【×光とか闇と違って
 ○光とか風と違って】
0254ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/12/10(日) 22:04:43.09ID:CXJeajUp
>「アドルフは山頂で儀式の準備に入ると言っていたが……そういえば喋る竜がいるというのも山頂か?
村人がいなくなったゆえ儀式は出来ないとは思うが先に指輪を手に入れられては厄介だ」

「おう、そうだぜ。村を出る前とか旅の途中で何度も立ち寄ってなあ、
 俺は頭が悪いからよく相談したんだよ」

山頂に続く道は村民たちの手である程度整備されており、歩きやすくはなっている。
だが周りに漂う黒い粒のようなものの密度が、だんだんと濃くなっていることをジャンは感じていた。

>「それよりも……あの、ジャン様。良かったんですか?
 その方を……えと、殺して、しまわなくて」

と、傷が急速に癒されつつあるトランキルから疑問が飛んできた。

「……あいつは戦士だ。ぶつかって分かったが、弱い奴にだけ強く当たるようなヒトじゃない。
 さっきは思わず八つ当たりなんて言っちまったが、家族殺されて冷静なままじゃいられねえよな」

ジャンは毛のない禿頭をぽりぽりと掻いて、ばつが悪そうに喋る。

>「立派に戦って、槍一本を頂戴して……それで貴方は、彼を許せたのですか?」

「あいつが村人の誰かをあの槍で突き殺していれば、殺した。
 結果として村人はみんな疲れたが死んじゃいない。だから迷惑料として槍をもらって、それで終わりだ」

>「気を悪くしたら、すみません。だけど……どうしてそんなにもあっさりと、生死を割り切れるのですか」

これまでの会話は一番前を歩きながらトランキルの方を向いていなかったが、
この瞬間だけはトランキルと目を合わせて、彼女の金色に輝く瞳を見つめた。

「……そういうのはベテランの傭兵とか、生死の境目について考えているような学者様に聞きな。
 できるなら、死体は増えない方がいいだろうってだけだ」

普段はできるだけ微笑むように心がけているジャンは、この瞬間、一切の表情を見せなかった。

>「……俺は、あんたに負けて、それでも生かされて、今こうして皆で旅が出来て。すごく救われているよ、ジャン」

だがスレイブの発言を聞いてすぐに、不細工な顔を歪ませて笑った。

「なんだってんだ、二人とも急に暗くなりやがって!
 山頂まではまだ時間がかかる。ティターニア、なんか明るい昔話でもしてくれよ!」

こうして山頂に着くまでの間、五人は濃くなっていく闇の魔素が周囲を包むのにも構わず笑い話やほら話を続けていた。
0255ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/12/10(日) 22:05:29.45ID:CXJeajUp
>『……おっと、どうやらお主に客人のようじゃぞ』

「来たぜ爺ちゃん!久しぶりだな。
 ……余計な野郎もいるみてえだが」

>「だが当てが外れたな。お前の首を刎ねる程度の事では、隙にもならん」

アドルフが手に持つ剣を振るい、音もなく年老いた竜の首は断ち切られた。
だがショックを受けた他の仲間と違い、何回か会ったことのあるジャンは
もう慣れていると言わんばかりに首を振ってため息をつく。

「爺さんの暇つぶしが始まったな。人数もいるしこりゃ長引くぞ……」

他の仲間やアドルフが質問をしているが、年老いた竜は
楽しそうに、だが受け流すように答えを返していく。決定的な答えは何一つ言わずに。

これは相談しに来た村人たちにもよくやる行為であり、前にジャンが理由を聞いたところ
『年寄りの独り身は寂しいから、つい構ってしまうんじゃよ』と分身の芸を見せながら答えていた。

>「くだらん謎掛けは終わりだニーズヘグ。闇の指環の在り処など、貴様に聞いて分かるはずもない。
 貴様自身、闇の指環がどこにあるかなど知りはしないのだろう?」

しばらく続いた会話を打ち切るように、アドルフは殺気を体中に漲らせる。
竜の分身と世間話をしていたジャンはそれに気づくと槍を構えて、アドルフの対面に立った。

>「知るはずもない。闇の指環などどこにも在りはしないのだから。
 つまりはこういうことだろう。闇の指環は探し出す物ではなく――創り出す物だ」

>「霊獣よ。汝の疾走を――歓迎する!」

『それは無粋じゃよ』

年老いた竜が前足を五本指の手に変化させ、パチンと器用に指を鳴らした。
すると猟犬たちを闇の魔素が包み込み、あっという間にかき消してしまう。

『だが正解でもある。闇の指環はおぬしらの内にあり、創り出すものじゃ』

すると竜は全身の姿を変え、ローブを纏った一人の老いたエルフとなった。

『しかし誰かを殺し、その臓物を捧げれば手に入るものではない。
 指環の勇者、そして黒犬騎士アドルフ。お主たちには十分な力がある。
 だがそれに見合う心があるかどうか、それをこの試練にて見極めるとしよう』

『試練を乗り越えれば闇の指環を与え、力の解放もできよう。
 しかし、試練に負けたときには……ヒトとしては生きられぬ』

「……最初からそう言ってくれよ、爺さん。
 とっととやらせてくれ」

『試練を与えるのは久しぶりなんじゃ、喋ってるうちに思い出したわ。
 ……これより行うは試練。
 ヒトが最も憎み、嫌っている過去との対峙』

『汝らに勇気を』
0256ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2017/12/10(日) 22:06:10.15ID:CXJeajUp
老エルフが指をくねらせて空中に小さな陣を描いた瞬間、アドルフと指環の勇者たちは閃光と共に山頂から消え去った。

『さて、彼らはどうするか……これを考えるのもまた暇つぶしじゃな』

そう言って老エルフは寝床にしている洞窟の奥を見る。
寝床のさらに奥、明かりがまったくないそこにあったのは大量の人骨であった。


ジャンが閃光に目がくらみ、目を開けた瞬間に広がった光景は炎だった。
辺りは薄暗いが太陽が出ており、目の前にある民家に火がついて燃え盛っているのだ。

よく見れば民家の周りに人だかりができていて、皆たいまつを持っている。
中には剣や斧など武器を持った者もいて、民家の前で民衆に跪いている人間がいた。

「……みんなはいねえのか?これが試練?」

跪いている人間は女性らしいが、フードを被っていて顔はよく見えない。
そこに男のオークが民衆を割って入ってきて、女性の胸倉を掴んだ。

「お前が俺になすりつけやがったんだな!この魔女め!
 盗んだ金をおばさんに返しやがれ!」

「この魔女が魔術を使って***さんがやったように見せかけたんだ!」

「薬を作ってもらうんじゃなかったよ!」

「村に置いてやったのが間違いだった!」

どうやら民衆はかなりフードの女性に怒っているようだ。
とりあえず落ち着かせた方がいいとジャンは考え、民衆をかき分けてオークに話しかけた。

「何があったか知らねえが落ち着けよ、家まで燃やしてやることじゃ……」

振り向いたオークの顔を見て、ジャンは思い出した。
かつてある村に滞在したとき、強盗の疑いをかけられたこと。
だが住民の一人の協力によって村はずれに住む女性の魔術によるものだと分かったこと。
住民たちを説き伏せて女性の家を焼き、衛兵に魔女だと言って告発したこと。

(だけど……あの女性は結局犯人じゃなかった。
 俺に協力した住民こそが魔女であり、真の犯人だった。
 知り合いの冒険者とそいつを問い詰めて、真実を知ったときにはもう遅かったんだ。
 あの人は拷問に耐え切れず、心を壊して自殺していた……)

『これはお前がやったことだ。ジャン・ジャック・ジャンソン。
 お前のせいで一人の無実の女性が獄中で無残に死んで、ずる賢い人間が生き延びた』

自分そっくりの顔をしたオークが、処刑人が持つような分厚い幅の大剣を持ってそう語る。
ジャンは目の前に広がる吊るしあげの風景の中で、ただ一人立ち竦んでいた。

【試練内容:自分が最も思い出したくない過去との対峙】
0257ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/15(金) 00:29:18.71ID:tVZKeyA/
道中でシノノメがジャンに、アルマクリスを生きながらえさせて良かったのかと疑問を口にする。
とはいえ、アルマクリスを生かしたのは、シノノメ自身も望んだ結末であったはずだ。
シノノメはティターニアに、ジャンを止めるように促そうとしていた。
殺そうとするに違いないと思っていたのにあまりにもあっさり許したので、
つい疑問が口を突いて出てしまったのかもしれない。
一方のティターニアはあの時なんとなく予測はついていたのだ。
戦いの最中は手加減はしないが、勝敗が決すればそれ以上追い撃ちをかけることはしないだろうと。

>「……あいつは戦士だ。ぶつかって分かったが、弱い奴にだけ強く当たるようなヒトじゃない。
 さっきは思わず八つ当たりなんて言っちまったが、家族殺されて冷静なままじゃいられねえよな」
>「立派に戦って、槍一本を頂戴して……それで貴方は、彼を許せたのですか?」
>「あいつが村人の誰かをあの槍で突き殺していれば、殺した。
 結果として村人はみんな疲れたが死んじゃいない。だから迷惑料として槍をもらって、それで終わりだ」
>「気を悪くしたら、すみません。だけど……どうしてそんなにもあっさりと、生死を割り切れるのですか」
>「……そういうのはベテランの傭兵とか、生死の境目について考えているような学者様に聞きな。
 できるなら、死体は増えない方がいいだろうってだけだ」

二人のやり取りを黙って聞いていたティターニアが、シノノメの肩に手を置いて口を開く。

「そなたの助力が無ければ村人に被害が出ていたかもしれない。
つまりそなたがあの青年をも救った、と言えるのかもしれないな」

シノノメがアルマクリスの攻撃を一身に引き受けている時間があったからこそ、ジャンは村人を全員無事に避難させることが出来たのだ。

>「……俺は、あんたに負けて、それでも生かされて、今こうして皆で旅が出来て。すごく救われているよ、ジャン」

スレイブが、改まった様子でジャンに感謝を伝える。
思えば、スレイブは出会い頭にいきなりこちらの仲間――少なくとも同行者を亡き者としている。
犠牲になったのが、本当にたまたま裏がありそうで素性の疑わしい者達だったというだけだ。
人の生死など、紙一重の巡り会わせなのかもしれない。

>「なんだってんだ、二人とも急に暗くなりやがって!
 山頂まではまだ時間がかかる。ティターニア、なんか明るい昔話でもしてくれよ!」

「そうだな、ユグドラシアに伝わる真夏の夜の悪夢と呼ばれるちょっとした伝説の話でもしようか。
もうかなり昔だが助手のパック殿は以前は魔法薬学研究室の助手でな……
ある日研究室で開発した惚れ薬を効果実験と称して屈強な魔法格闘研究室の面々のまぶたに塗って回るという悪戯をしてしまった。
それがまた悪いことに効き過ぎてな――」

話を振られたティターニアは、パックが考古学研究室に移籍してくる羽目になった事件の話を始めるのだった。
こういう時にその場にいない者がダシにされるのは世の常である。
緊迫した状況ではあるはずなのだが、
端から見ればとてもそうは見えないだろう様子で他愛もない話をしながら一行は山頂へとたどり着く。
そこでは、アドルフと竜が言葉をかわしているようであった。
0258ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/15(金) 00:32:47.55ID:tVZKeyA/
>『……おっと、どうやらお主に客人のようじゃぞ』
>「来たぜ爺ちゃん!久しぶりだな。
 ……余計な野郎もいるみてえだが」
>「だが当てが外れたな。お前の首を刎ねる程度の事では、隙にもならん」

闇の竜かもしれない老竜は、ジャンと親しげに挨拶を交わしたかと思うと、いきなりアドルフに首をはねられた。

「お主、何ということを……!」

イグニスがあまりにもあっさりとジュリアンに倒された光景が想起される。
あの時は指輪を完成させるために敢えて殺されたと思われるが、今回もそうなのだろうか。
それにしては、何の御託もなく、指輪の姿すら見えないが――

>『さあて、どうかの。案外当てが外れたのはそっちかもしれんぞ?』
>『くく……くくく……愉快じゃのうお主は。何もかもを分かった気でいて、その実何も分かっておらぬ』

何食わぬ顔で喋り始めた竜の生首を、安堵と驚愕と「やはりそんなに簡単に殺されるわけはないか」という
納得が入り混じった複雑な表情で凝視するティターニアであった。
暫しウェントゥスと老竜の謎めいた問答が繰り広げられ、
そこから闇の指輪は作り出すものだと推測したアドルフが、虚無の猟犬を一行にけしかける。

>「霊獣よ。汝の疾走を――歓迎する!」

「させぬ――! シノノメ殿、下がれ!」

闇の魔素で体が構成されているシノノメが狙われていることを察しシノノメを下がらせようとするが、その必要は無かった。

>『それは無粋じゃよ』

竜が指を鳴らす、ただそれだけで決して獲物を逃がさぬはずの猟犬が一瞬にして姿を消した。
この竜が人知を超えたとてつもない存在だということを改めて思い知る。
そしてこの竜も今までの例に漏れず、人型に変化して見せた。といっても全般的に若めの今までの竜とは違い、貫禄溢れる老エルフだ。
(外見上老いたエルフというのは実際にはあまり見る機会は無いのだが、老エルフというのはこうだろうな、というイメージど真ん中の姿である)

>『だが正解でもある。闇の指環はおぬしらの内にあり、創り出すものじゃ』
>『しかし誰かを殺し、その臓物を捧げれば手に入るものではない。
 指環の勇者、そして黒犬騎士アドルフ。お主たちには十分な力がある。
 だがそれに見合う心があるかどうか、それをこの試練にて見極めるとしよう』
>『試練を乗り越えれば闇の指環を与え、力の解放もできよう。
 しかし、試練に負けたときには……ヒトとしては生きられぬ』

>「……最初からそう言ってくれよ、爺さん。
 とっととやらせてくれ」


「やはりそうきたか。やれやれ、普段は試験を出題する方なのだがな……」

イグニスはベヒモスとの戦いの試練で純粋に強さを試し、アクアはクイーンネレイドを地上に送り込み弱き者に手を差し延べる優しさを試した。
テッラは敢えて指輪を求める者同士で争奪戦をするように仕向け盤石の意思を試したと言えるだろうか。
この闇の竜は何を試してくるのだろうか。

>『試練を与えるのは久しぶりなんじゃ、喋ってるうちに思い出したわ。
 ……これより行うは試練。
 ヒトが最も憎み、嫌っている過去との対峙』
>『汝らに勇気を』

竜のその言葉を最後に、辺りの風景が塗り変わる。
0261ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/15(金) 00:42:24.54ID:tVZKeyA/
どうやら故郷の森のようだが、屍累々の戦場と化している。
その惨禍を巻き起こしているのは、たった一人の黒衣の魔女。
0262ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/15(金) 00:43:00.07ID:tVZKeyA/
「指輪の魔女……!?」

メアリとは少なくとも肉体は別人のようだが、もしかしたらミライユの姉の仇とは同じ人物かもしれない。

「聖ティターニア……"そこ”にいるのは分かっている!」

黒衣の魔女が狙っているのは、金髪のエルフの少女。紛れもなく、まだ幼く無力だった頃の自分。

「この女……訳が分からぬことを! 聖ティターニア様はとうの昔に亡くなって久しいというのに!」
「なんでもいいがティターニア様には指一本触れさせん!」

そして、その自分を守るために果敢に魔女に立ち向かうも、その圧倒的な力の前に次々と倒れていく者達。
協和国でエルフ族の代表的な地位を勤めている父親がティターニアを守るように立ちはだかる。

「エリザベート、ティターニアを連れて逃げろ!」
「ぼーっと突っ立っとるんやあらへん! 行くで!」
「行くって……どこへ!?」
「ユグドラシア――行けばアンタのひいじいちゃんがどーにかしてくれはる!」

エルフの森で長を務める母親に半ば引っ張られるようにしてその場を逃れる幼ないティターニア。

「何だこれは……全く覚えておらぬ」

試練の内容は最も嫌っている過去との対峙、とのことだったが、全く身に覚えがない。
しかしあの金髪のエルフの少女は確かに幼い頃の自分なのだが――
そう思っていると場面が移り変わりダグラスと幼いティターニアが対峙していた。

「大丈夫だ、何も心配することは無い。その記憶に決して解けぬ最も深き封印を施そう。
思い出さねば、虚無に堕ちることもない。お前は明日から一介の学園生徒だ」

幼いティターニアが術をかけられ記憶封印されるのとまるで交代のように、ティターニアは全てを思い出した。
元々はティターニアがユグドラシアに来たのは、指輪の魔女から匿うためだった。
聖ティターニアとの間にどこまでの関連性があるのか、
何故今では向こうから取り立てては付け狙われなくなったのかはよく分からない。
ただ一つ確かなのは、指輪の魔女から自分を守るために、たくさんの同郷の者が死んでいったという事実。
そして、指輪の魔女は虚無を伝染させる――指輪の魔女によって近しい者が殺された者は、虚無に堕ちる――
ダグラスがティターニアの記憶に封印を施したのは、それを防ぐために違いない。
永遠に解かれぬはずだったその封印が闇竜の気まぐれによって解かれてしまった今、虚無は何倍にもなって襲い掛かる。
自分がいるばかりに、かつて故郷は襲撃された。最近のユグドラシア襲撃だって、実は自分を狙ってきたものかもしれない。
犠牲者は自分が死なせたようなものではないか、そんな考えが際限なく広がっていく。
0263ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/15(金) 00:45:11.38ID:tVZKeyA/
――ソウダ、ソノトオリダ……

声が聞こえた気がして足元を見ると、無数の亡者の腕が足を掴み漆黒の闇の中に引きずりこまんとしていた。
考えることを放棄し力無くそれに身を委ねようとするティターニア。
次第に肩まで闇に飲まれ、無意識のうちに右手を上に伸ばすもじきに全身が飲み込まれるだろうと思われたが――その手を力強く掴んだ者がいた。

「クソエルフに群がるなんて奇徳な奴らだな。でも握手会なら手を掴むもんだぜ」

「アルマクリス殿……!?」

それは紛れもなくつい先刻倒して治療しておいたはずのアルマクリスで。
しかしその背には漆黒の竜の翼が生えていた。
彼はティターニアを闇の中から引っこ抜き、一方的にまくしたてる。

「お前らクソジジイに試練だとか騙されて暇潰しに殺されかけてるの! マジマヌケ!
つっても俺もクソジジイと同一存在だけど!ありえねー!」

彼は唖然としているティターニアに、ついて来るように促した。

「モタモタしてんじゃねーよ行くぜ! それともまた仲間を見捨てんのか?」

その言葉にはっとする。こんなところで闇に飲まれている場合ではない。
仲間達は他の空間に隔離されているはずだが、彼が老竜と同一存在であるというのが本当ならこの結界間を渡ることも出来るのかもしれない。

「いや――今度こそ……誰一人奪わせぬぞ!」

ティターニアはアルマクリスの後を追って駆け出した。

*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*

老竜は、今回の者達はいつまで持つかな、等と考えていた。
実のところ、試練とはいいながら今までに挑んで生還した者は一人もおらず、闇に飲み込み取り殺す戯れとも言えるものだった。
が、今回はいつもとは一味違うようだ。

「やれやれ、また一つ影が生まれてしまったようじゃな」

老竜は、自らの暇潰しに想定外の事態が起こったことを察知し、ひとりごちた。
結果的には、闇の要素を多く持つ者を虚無の猟犬に襲わせるというのは、闇の指輪を作るにあたって全くもって正しい方法の一つであった。
いかなる偶然が重なり合ったのかは知れぬが、現にその方法で新たな指輪が生まれてしまったのだ。
老竜は、本当に久々に、真に暇が潰せる暇潰しが出来そうだと期待のような感情を抱きながら事態の行く末を俯瞰しているのであった。

【救出隊出動。自分だけでは闇に飲まれそうになった場合は遠慮なく使って貰うと良い】
0264ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2017/12/22(金) 01:28:28.63ID:aJro2sxx
【1週間経ったのでシノノメ殿はいけそうか順番変更した方がいいか連絡をくれると助かる!
スレイブ殿は一応準備をよろしく頼む!】
0266シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:45:00.30ID:mROVqqTY
>「……あいつは戦士だ。ぶつかって分かったが、弱い奴にだけ強く当たるようなヒトじゃない。
 さっきは思わず八つ当たりなんて言っちまったが、家族殺されて冷静なままじゃいられねえよな」

最初の問いかけに、ジャン様はそう答えました。
……戦いを通して上辺の行動だけではなく、彼の人となりを知ったから。
筋は通っています。だけど……彼の人格が分かったとしても、それで罪が消える訳じゃない。

>「あいつが村人の誰かをあの槍で突き殺していれば、殺した。
  結果として村人はみんな疲れたが死んじゃいない。だから迷惑料として槍をもらって、それで終わりだ」

誰も死ななかったから、だから殺さない。
筋は通っている……けど、それはただの結果論です。
彼には明らかな殺意があった。私達が誰も殺されない内に追いつけたのはたまたまです。
……そんな事は、ジャン様にだって分かってるはずなのに。
なのに、何故私と違って……

>「気を悪くしたら、すみません。だけど……どうしてそんなにもあっさりと、生死を割り切れるのですか」

問いを受けたジャン様が足を止める。
そしてあらゆる感情を排した表情で、私を振り返った。

>「……そういうのはベテランの傭兵とか、生死の境目について考えているような学者様に聞きな。
  できるなら、死体は増えない方がいいだろうってだけだ」

静かな、抑揚のない声……。
だからこそかえって、私にはそれが彼の真実の声に聞こえました。
同時に……やっぱり、軽々と……いえ、そんなつもりはなかったのですが、
とにかく……触れてはいけないものに触れてしまったような、気がしました。

……結局分かった事と言えば。
ジャン様には、確かな考えがある。
そして私には、それがない……たったそれだけで。
問いに答えて下さったジャン様に、申し訳ないです……。

「……ありがとう、ございます。それと……すみません。変な事を聞いてしまって」

>「……俺は、あんたに負けて、それでも生かされて、今こうして皆で旅が出来て。すごく救われているよ、ジャン」

>「なんだってんだ、二人とも急に暗くなりやがって!
  山頂まではまだ時間がかかる。ティターニア、なんか明るい昔話でもしてくれよ!」

>「そうだな、ユグドラシアに伝わる真夏の夜の悪夢と呼ばれるちょっとした伝説の話でもしようか。
  もうかなり昔だが助手のパック殿は以前は魔法薬学研究室の助手でな……
  ある日研究室で開発した惚れ薬を効果実験と称して屈強な魔法格闘研究室の面々のまぶたに塗って回るという悪戯をしてしまった。
  それがまた悪いことに効き過ぎてな――」

……私はこっそり歩みを緩めて、一行の一番最後に回りました。
私、その……感情がすぐに体色に出てしまいますから。
私達ナイトストーカーの生態など誰も知ってはいないでしょうけど……。
手の甲を見ると……ほら、青の中に、ほんの僅かにだけど赤が混じっていて。
た、例え皆さんには分からなくてもこんなの、見られる訳にはいきません。
0267シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:45:42.09ID:mROVqqTY
 


……山頂に辿り着くと、そこにいたのは先ほどの黒騎士。
そして首を切り落とされてもなお生きている……闇の竜。

>「くだらん謎掛けは終わりだニーズヘグ。闇の指環の在り処など、貴様に聞いて分かるはずもない。
 貴様自身、闇の指環がどこにあるかなど知りはしないのだろう?」

……闇の指環の在り処。
お伽話では、勇者が指環を捨てたのは誰の手にも渡らないようにですから……
あれ?でも竜は指環に宿ってるんだから、在り処が分からないなんて事は……
えっと、駄目です。考えたって分かる訳がありません。

>「知るはずもない。闇の指環などどこにも在りはしないのだから。
 つまりはこういうことだろう。闇の指環は探し出す物ではなく――創り出す物だ」

ただ……この隠そうともしない、獣よりも更に荒々しい、狂犬のような殺気。
あの男、アドルフと呼ばれていた黒騎士が何を考えているのかは容易く分かります。

>「霊獣よ。汝の疾走を――歓迎する!」
>「させぬ――! シノノメ殿、下がれ!」

「いえ、ご心配なく。魔術師を前に立たせるほど、華奢じゃありません!」

呼び出された霊獣の動きは素早く、数は多い。
攻め筋が広い。実体を持たない霊獣はあらゆる角度から襲い掛かってくる。
だとしても、私に出来る事は一つです。つまり、全て切り落とす……

>『それは無粋じゃよ』

指を弾く音。振るった長剣が空を切る。
……霊獣が、掻き消された?
一体一体が高密度の魔素で構築されていたはずなのに、指を鳴らすだけで?
これが……竜の力。

>『だが正解でもある。闇の指環はおぬしらの内にあり、創り出すものじゃ』
>『しかし誰かを殺し、その臓物を捧げれば手に入るものではない。
 指環の勇者、そして黒犬騎士アドルフ。お主たちには十分な力がある。
 だがそれに見合う心があるかどうか、それをこの試練にて見極めるとしよう』

「あ、あの……私は、別に、指環が欲しい訳では……」

闇竜は無言で私を見つめ、すぐに顔を背けました。
異論は認めない……という事ですか。

>『試練を与えるのは久しぶりなんじゃ、喋ってるうちに思い出したわ。
  ……これより行うは試練。
  ヒトが最も憎み、嫌っている過去との対峙』

>『汝らに勇気を』

そして、周囲が闇に包まれました。だけど……完全な暗闇じゃない。
蝋燭の微かな明かり。気づけば私は椅子に座っていて、目の前には上質な木で造られた執務机。
私は……手紙を読んでいました。

……おかしい。これは、私の記憶じゃない。
私がこれまで歩んできた生の中に、こんな場所で、手紙を読んでいた覚えなんてない。
一体どういう……いけない、落ち着かないと。
0268シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:47:33.43ID:mROVqqTY
まずは……この手紙を読んでみれば、何か分かるかも……。

『この土地がまだダーマと呼ばれる前の時代、
 トランキルは執行官ではなかった』

「なっ……」

なんですか、この手紙……一体、どういう事……。

『かつてトランキルは初代魔王の友、戦友だった。
 魔王と共にダーマを建国した八人の友の一人。
 闇より生まれ闇に潜む種であるトランキル。
 彼が担った役割は……言うまでもないだろう。




             君の背後にそれはいる』

「……っ!」

私が手紙を読み終えた瞬間、私の背後に誰かが現れた。
そして振り返る暇も与えず、私の背中に刃が突き立てられる。
……その瞬間に、やっと私は理解しました。

これは……私の記憶じゃない。
だけど最も見たくない過去。
トランキル家の、過去なんだ……。

気づけば私はまた、さっきとは違う、私じゃない誰かになっていました。
ここは……どこかの街並み。人混みの中で……。
その中に紛れて、前方から、また何者かが歩み寄ってくる。
いえ……あれは……

『ダーマの黎明期において、トランキルは暗殺者の役割を担っていました。
 魔王の敵を秘密裏に、事を荒立てる事なく始末する……。
 それはある意味では魔王からの無上の信頼の証だったのでしょう』

……私だ。

『だけどその信頼が、トランキルのその後の運命を決定付けてしまった。
 誰にも任せられない事を、任せる相手として』

短剣が私の腹部に突き刺される。
膝を突き倒れると……また、私は別の誰かに。
今度は……手足を縛られて、跪かされている。

『国が形になり暗殺がさほど必要なくなると、トランキルはもう一つ仕事を与えられました。
 そう、罪に対する罰の、国家の正義の象徴。死刑執行官です。
 素晴らしい名誉です。魔王陛下は国家の威容そのものと言っても過言ではない役割を与えて下さった』

……首を刎ねられる罪人は、こんな景色を見ているんですね。

『言祝ぐべき事です。そうでしょう?トランキルは皆その役割を誇りに思っていた。
 あなたの父も、祖父も、曽祖父も。あなただけです。死刑執行官の職務を厭うているのは』

見えるのは執行官の足元と、振り上げられる剣の、薄い影……。
0269シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:49:29.30ID:mROVqqTY
『言いなさい。罪人の首を刎ねる刃を担うは、至上の名誉、至上の幸福であると。
 それこそが勇気の証明。弱いあなたを否定し、あるべき姿に。
 国家の剣へと生まれ変わるのです。この瞬間を、あなたは待ち望んでいたはず』

……そうだ。私はずっと、待ち望んでいた。
私が、今の自分じゃない、もっと違う私になれる時を。
それはもしかしたら、いやきっと、この瞬間……なのかもしれない。
0270シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:50:05.32ID:mROVqqTY
「わ……」

言わなきゃ、首が飛ぶ。だから否応なしに強く生まれ変われる。

「私は……罪人の首を、斬る事に……喜びを……」

……風切り音。
私のすぐ傍、体を掠めるほど間近に、何かが突き立てられる音。

顔を上げると……目の前には、槍がありました。
この槍は……アルマクリス、彼の……なんで、こんなところに……?
私は無意識に槍に手を伸ばそうとして、手足を縛る縄が断たれている事に気付きました。

首切りの私は……まだ私を見下ろしたまま、動かないでいます。
私が……答えを口にするのが、きっとこの試練の筋書きだから。

「……言えなかった」

首を斬られる心配がなくなれば、もう私が、言葉を強いられる理由はありません。
私は深く、溜息を吐く。
……肺の中の空気を全て吐き出して、同じくらい深く息を吸って。
そして私は気付きました。この溜息は……落胆ではなくて、安堵から来ているのだと。
だから……私はやっぱり、多分ずっと、自分の責務を好きになれない。

だけど……名誉に思わない訳じゃないんです。
私の幻が語った過去は、父も祖父も、何度も言い聞かせてくれたものです。

父も祖父も、曽祖父も、トランキルは皆、死刑を執り行える事を名誉に思っていた。

「……あなたが、一体何者なのかは分かりません。
 あの闇の竜が言う、闇の一つの側面なのか。
 私の心が生み出した幻なのか。だけど……」

私だって、それが誇るべき名誉だって事くらい分かります。
それでも、どうしても好きになれないだけで。だから、だったら……。

「私は……父と祖父を尊敬しています。
 父も祖父も、思想は違えど……立派な、執行官です」

『……深淵を望みたいと。それがあなたの厭う過去なら、試練はそのように』

私の幻がそう言うと、再び周囲の景色が変わりました。
この場所は……見覚えが、あります。
ここは……王都の、トランキルの本家の廊下。

小さな子供がいる。私じゃない。これは……父だ。
父はドアの前にいる。この部屋は……父の、執務室。
鍵穴を覗き込んでいる。

父に触れようとすると、私の手はその体をすり抜けた。
……ドアノブも、やっぱり。
だったら、このドアも……。

執務室の中は、薄暗かった。
窓の外は真っ暗で……あるのは蝋燭の明かりだけ。
まだ若い姿の祖父は、処刑用の長剣を蝋燭にかざしていた。
身体を刃に変えられる私達には不要な、金属の長剣を。
0271シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:54:15.40ID:mROVqqTY
……磨き上げられた剣身が、蝋燭の明かりを反射させている。
その光が、壁を、天井を照らす。
……そこには、礼拝堂があった。
剣身に刻まれた微細な彫刻。それによって生じる、光の陰影が描く礼拝堂が。

祖父は、祈りを捧げていた。
ダーマに生きる数多の種族が、創造神と崇める神々に。
0272シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:57:19.59ID:mROVqqTY
私は身を翻して、執務室を出る。
……父はもう、鍵穴を覗いてはいなかった。
鍵穴から漏れる光。それが描く神の一柱に、祈りを捧げている。

「……見たくない過去は見れました。さっきの続きをしましょう」

虚空に向けて呼びかける。
私の目の前に、私の幻が現れる。
0273シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2017/12/22(金) 11:58:21.35ID:mROVqqTY
『……言いなさい。罪人の首を刎ねる刃を担うは、至上の名誉、至上の幸福であると』

「いいえ……トランキル家の使命は、至上の名誉。
 だけど……決して幸福ではなかった。父も祖父も、私と同じだった。
 二人が、私よりも立派な執行官でいられた理由が、私、分かった気がします」

私は右手に長剣を作り出す。

「苦しいのは、自分だけじゃなかったから。父は、祖父を見て。祖父は、曽祖父を見て。
 皆、苦しんできたから……自分だけが逃げちゃいけないって、思えたんです。
 私が今、そうであるように」

そして、それを振り被り。

「そう、私は出来損ないじゃなかった。
 トランキルも、死神なんかじゃない。
 私はダーマで、きっと一番不運な家に生まれただけの、ただの魔族です」

私の幻の首目掛けて、振り抜いた。

「首を斬るのも、斬られるのも……誰かが被らなきゃいけない、ただの不運。
 だからもう、首を斬るのは怖くない」

今まで多くの罪人の首を斬ってきた。
だけどこんなにも素早く、淡々と……迷いなく剣を振り抜けた事は、なかった。
振り抜いた腕はその先端まで、満月の夜空のような青色に変化していました。
……確かに、今は晴れやかな気分です。

「さぁ、私は勇気を示せたのかは分かりませんが……
 これ以上どんな過去を見たって、もう心は挫けません。
 帰らせて下さい。闇の指環が欲しい訳じゃないけど……次こそは、あの人達の助けにならなくては」

斬り落とされた、私の幻の首を見下ろす。
闇竜がこの試練を見ているのかは分かりませんけど……
声をかけるとしたら、それくらいしか心当たりがなかったものですから。



【遅れてすみません……】
0275スレイブ垢版2017/12/26(火) 18:35:37.57ID:vb5XTl8v
【あらかじめお伝えしとくっす
 年末ちょーっとビジーなので一週間ギリギリかちょーっとオーバーするかもっす
 年内には投下するっすなので許して欲しいっす】
0278創る名無しに見る名無し垢版2017/12/27(水) 09:43:14.81ID:C1Z7QFDy
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

ARCNWH3I0Z
0279スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:53:58.23ID:7cE8OwVD
>『それは無粋じゃよ』

黒犬騎士アドルフが放った虚無の猟犬を、老龍はにべもなく睥睨した。
漆黒の爪をヒトの手へと変じ、指を鳴らす。圧を伴わない衝撃が風を巻き、猟犬が弾け飛んで消えた。

「今のは……シェバトでジャンが放ったのと同じ――」

『竜轟(ドラグロア)じゃな。ありゃ元々テネブラエの技をアクアがパクった奴じゃから』

咆哮に乗せた波動で発動済みの魔法すらも消し飛ばす竜の御業。
水竜アクアをその身に宿したジャンが全身を震わせて放つ竜轟を、老龍は指先一つで成してみせた。
圧倒的な彼我の能力差を目の当たりにして、アドルフが眉を立てる。

>『だが正解でもある。闇の指環はおぬしらの内にあり、創り出すものじゃ』

「ならば何故邪魔立てするニーズヘグ。あの魔族を腑分けして指輪を取り出せばことは単純だろう」

>『しかし誰かを殺し、その臓物を捧げれば手に入るものではない。
 指環の勇者、そして黒犬騎士アドルフ。お主たちには十分な力がある。
 だがそれに見合う心があるかどうか、それをこの試練にて見極めるとしよう』

>「……最初からそう言ってくれよ、爺さん。とっととやらせてくれ」

老龍と知己であるらしいジャンは、臆した様子もなく先を促す。
試練。旅の道中でティターニアからこれまでの指輪に関するあらましは聞いていた。
火竜も、水竜も、地竜も、指輪の勇者たる資格を問う試練を彼女たちに課してきたという。
ならば、闇の指輪もこの試練を乗り越えた者に与えられるのだろうか。

>「あ、あの……私は、別に、指環が欲しい訳では……」

傍で戸惑っているシノノメは完全に巻き込まれた形になるが、これもまた運命と瞑目する他無い。
呪うべきは神の不明だ。そしてスレイブもまた、他人事ではなかった。

「指環を得る為に必要なら、俺は試練を受けよう。……試されるのには、慣れているつもりだ」

ジュリアンに蒙を啓かれるまで、スレイブの命は常に秤にかけられ続けてきた。
魔族至上主義の王都にあって、尖兵としての存在価値を立証し続けなければ生きることさえ許されなかった。
この剣で証を立てられるのならば、やることは何も変わらない。

>『 ……これより行うは試練。ヒトが最も憎み、嫌っている過去との対峙』

エルフの姿をとった老龍が宙に陣を描き、魔法が発動する。
スレイブの視界はまばゆい光に包まれ、それきり何も見えなくなった。

>『汝らに勇気を』

――――――・・・・・・
0280スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:54:36.92ID:7cE8OwVD
土砂降りの雨音が耳朶を打って、スレイブは自分が屋外にいることに気がついた。
夕闇がすぐそこまで迫り、息も絶え絶えとなった陽光がこの手に握る剣を照らしている。
磨き抜かれた刃には、今よりも少しだけ幼い自分の姿が写っていた。

(過去との対峙――そう言っていたな。かつての記憶を呼び覚ましているのか)

見回せばあたりの景色にも見覚えがある。
ダーマ領内の小さな村と、近隣都市とをつなぐ街道だ。
かつてここを訪れた『理由』を思い出そうとして、しかし記憶をたどるまでもないことに気がついた。

「私の負けだ……殺せ」

大柄な男が一人、スレイブの足元で膝を着いていた。
苦痛と疲労に喘ぐ顔には玉のような脂汗が光り、肩口と脇腹からは赤黒い血液が大量に噴出している。
十人に問えば十人が致命傷と答えるだろう、正しく死に体となった男。
そして、彼をここまで追い詰め、傷と付け、今まさに命を奪わんとしているのは、スレイブ自身だった。

("任務"の記憶か――腑に落ちないな。何故数ある殺しの中から、この記憶だけが選び取られた?)

過去との相対を迫られて、しかしスレイブは自分でも不思議なほどに落ち着いて状況を把握していた。
予め老龍から試練の内容を伝えられていたおかげで、ある程度推測と覚悟が出来ていたというのが大きい。
何が来るのか分かっていれば、不必要に心を揺さぶられずとも済む。

だが解せないのは、目の前で自分に殺されかけているこの男が何故、最も憎み嫌った過去なのか。
この光景は、バアルフォラスが保管していた記憶の断片の一つに過ぎない。
ダーマ王家の尖兵として、同胞殺しの任を請け負っていた頃の、言ってはなんだがありふれた業務記録だ。

内容も昨日のことのように諳んじられる。
たしかこの男はダーマの前哨地に何度も小競り合いを仕掛けてきていた反抗組織のリーダーだった。
組織は非常に精強な槍術の使い手達で構成されていて、鎮圧にやってきた国軍を尽く蹴散らす快進撃を見せていた。
いたずらな部隊の損耗を嫌った軍部は、使い捨ての暗殺者としてスレイブを送り込んだのだ。

暗殺は苦労せずに終わった。
王都の紋章を掲げて街道を歩けば、勝手に向こうから絡んで来てくれる。
反抗組織の本拠地と目されている村の近辺で槍使いの集団と遭遇し、戦闘になった。
半刻もしないうちに、街道には無数の骸が転がることとなった。

「……何か、言い遺すことはあるか?家族や友人に、伝えておきたいことは?」

最後に残った一人……反抗組織のリーダーの首筋に刃を突きつけて、スレイブは問うた。
男は血泡混じりに言葉を零す。

「よく言う……我が戦友はたった今、貴様が全て殺したではないか」

「……そうだな。家族は?」

「とうの昔に喪ったとも。貴様ら王党派が、我々からどれだけのものを奪ってきたか」

「そうか……」

黙祷でもするかのように目を伏せたスレイブに、死にかけの男は苛立った。

「殺すなら早く殺してくれ。私はいつまで苦しめば良い」

「分かった。……済まない」

男の首を断ち落とさんを振り上げた剣が、半ば反射的に見当違いの方向へと打ち下ろされた。
切り裂いたのは拳大の石。真っ二つに断ち別れた石が地面に落ちたその先に、投擲者の存在があった。
0281スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:54:58.66ID:7cE8OwVD
「おじ様から離れろっ!裏切り者!!」

スレイブへ石を投げつけたのは、横転した馬車に隠れていた一人の少年だった。
その両腕にまだ石をいくつか抱え、涙の溢れる双眸でスレイブを睨みつけながら腕を振り上げる。

「この!」

うなりを付けて放られた石は、やはりスレイブに届く前に断ち落とされた。

「……家族はいないんじゃなかったのか?」

少年から視線を外さずに、スレイブは足元の男へ問うた。
もはや息も絶え絶えの男は震える唇で否定を口にする。

「拾った孤児だ。兵士としての訓練も積ませていない、我々とは関係のない子供だ」

「関係ないなんてことあるかっ!オレにとっちゃみんな家族だったんだよ!おじ様、アンタもだっ!
 よくもみんなを殺したな……!絶対に許さねえ、殺してやる……!」

「失せろッ!!」

男が血を撒き散らしながら叫んだ。少年の肩が大きく震える。

「戦い方も知らぬガキに何が出来る!とっとと戦場から消えろ!!」

命を振り絞るような怒声に弾かれて、少年は両手の石を取り落とした。
何事か反駁しようとしばらく口をぱくぱくさせていたが、やがて背を向けて走り出した。
スレイブもまた応じるように一歩前に出る。
踏み込みとともに剣を放てば、無防備な少年の身体ひとつ、濡れ紙を引き裂くように両断できるだろう。

「待て」

男がスレイブの足に縋り付いた。
誇りも外聞も投げ捨てたその挙動に、スレイブが面食らう番だった。

「王党派が求めているのは私の首級だけだろう。あの子は無関係だ。
 死にゆく戦士の遺言を聞き届けてくれるのならば、後生だ、あの子のことは見逃してやってくれないか」

「………………」

瀕死の男の懇願を、スレイブは跳ね除けることが出来なかった。
彼とて道楽で同胞の命を奪っているわけではない。殺さずに済むならばそれが最良だと思える。
どの道、この地方の抵抗組織は頭目が粛清された時点で瓦解は免れないだろう。
任務は完了しているのだ。これ以上命を奪う意味はないと感じた。

「……見なかったことにする」

「恩に着る……!」

男は自分を殺した者へ感謝を述べて、それを最期に動かなくなった。
本当に、一滴の限りまで命を絞り尽くして……首を撥ねられるまでもなく、息絶えた。

怨嗟と絶望に満ちた、血塗られた戦いの遍歴の中で、唯一他人に感謝された記憶。
"最も憎み、嫌っている過去"などとは結びつかないはずだ。

「ニーズヘグは何故、この記憶を俺に見せた……?」

極論を言ってしまえば、スレイブにとってジュリアンと出逢う前の全ての過去が忌むべき記憶だ。
思いつく限りの罵声を浴びせて死んでいった者や、父母の亡骸の傍で自身の喉に刃を突き立てた子供もいた。
それらに比べてこの記憶は、憎しみの引き合いに出すにはあまりにも穏やかだ。
0282スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:55:23.52ID:7cE8OwVD
「そりゃおめーが現実から目を背けてっからだろ?だからあのクソ陰険ドラゴンはこの記憶をお前に見せたんだよ」

不意に背後から声を掛けられて、振り向きざまに剣を振るう。
一閃が断ち切ったのは黒い靄――老龍のそれによく似た魔素の凝りは、しかし老龍とは別の声で言葉を発した。
霧散した靄が再び凝集して、ヒトの輪郭を造り始める。やがて現れたのは――

「アルマクリス……!?」

チェムノタ山中腹で戦ったエーテル教団の尖兵、アルマクリスの姿だった。

「何故お前がここに……!」

「あーあー説明メンドいから全部終わってからクソエルフに聞いてね!んなこたぁ今重要じゃないのよ。
 なぁお前、何が『殺した相手に感謝されて嬉しかったです。』だよ作文発表会かここは?ああーっ?」

アルマクリスはスレイブの胸ぐらを掴む。指先ひとつ動かせず、まともに抵抗も適わなかった。

「この話にゃまだ続きがあんだろうがよ。そいつを受け入れなけりゃ、てめーはずっと闇ジジイのお腹の中だぜ」

「お前は何か知っているのか……?」

「俺が知るわけないじゃん!ここはてめーの記憶ン中だろがよ。知ってんのはてめーだし、知らないフリしてんのもてめーだ。
 時間ないからヒント一つあげるね?この後抵抗勢力の拠点になってた村はダーマの地図から消えました。なーぜーでーしょーぅ?」

「………………っ!!」

スレイブは喉の奥で呻いた。

この話には続きがある。見逃した少年は、村へと帰って抵抗組織の壊滅を住民たちに伝えた。
そして、事態はそれで終わりにはならなかった。少年は住民たちを焚き付けて、ダーマ前哨地への一斉蜂起を成し遂げたのだ。
明らかに絶望的な戦いに、どうして他の大人たちが賛同したのかまでは分からない。
しかし、目の前で仲間を殺された少年の怒りと恨み、その執念が大勢を突き動かしたことは確かだった。

結果は――言うまでもない。抵抗組織の息がかかってたとはいえ、大多数はまともに剣の振り方も知らない農民たちだ。
前哨地に詰めていたダーマの軍隊に勝てるはずもなく、反転攻勢を受けて村一つが焦土と化した。
少年はおろか、彼らの村の全ての住民が、一人の例外もなく根絶やしにされたのだった。
0283スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:55:40.02ID:7cE8OwVD
「てめーがあの時クソガキもしっかり殺しとかなかったから、もっと多くの人間がおっ死ぬハメになった。
 くだらねえ情にほだされて、その場限りの悦に浸って!人殺して食うメシは美味かったか?おお?」

「俺は……!」

「山ン中で俺と殺り合った時も、結局おめーは急所狙ってこなかったよなぁ?
 もう人殺したくないんですぅーじゃねーんだよナメてんのか。殺し合いだっつってんだろ。
 おめーのそのクソみてーな拘りで次は誰が死ぬのかな?オークかなエルフかな魔族ちゃんかな!楽しみだね!」

アルマクリスが掴んでいた手を離すと、スレイブは力なく崩折れた。
前哨地での一件は、スレイブが任地を離れた後に起きたことだ。
軍部の記録を当たればあの後村がどうなったかなど容易く知り得たにも関わらず、彼は無意識に頭の中からそれを締め出していた。
自分のしたことの結末を知ろうともせず、耳障りの良い上っ面だけで満足する。
これを偽善と言わずしてなんと言う?

「……あの時の俺の判断は多分、間違ってたんだと思う。あの少年を殺しておかなければならなかった」

握りしめた拳を地面に突き立てて、スレイブは少しずつ身体を持ち上げる。

「それでも……!この先の全ての戦いで、人を救いたいと願う俺の意志が間違いだとは、思いたくない」

どだい、何が正しくて何が間違っているのかなど、答えは自分の中にしかない。
少なくとも、アルマクリスを殺さなかったおかげで、今こうして老龍の思惑の外から彼は手を差し伸べてくれた。
きっと、あの時殺せなかった選択は、間違いなんかじゃなかったはずだ。

「王都にいたころ、78人殺した。あの村の住民215人を加えるならば、俺はこれまで293の同胞をこの手にかけてきた。
 全部覚えてる。忘れるはずもない、293人分の命を奪って繋いできた、これが俺の人生だ」

かつてジュリアンは言った。
『相手を殺すことは、その人の人生の全てを背負うことである』と。
ならば、293人の人生を背負ったスレイブには、293人の想いと願いを代行する責務がある。
彼らはみな一様に、ダーマにおける同胞の救済を目的として戦ってきた。
彼らの救いたかった者の全てを、スレイブもまた救いたい。

「この先の戦いで、俺は再び人を殺すだろう。……それでも俺は、殺した分だけ人を救うよ」

「そーかい。だったらとっととここから出て、てめーの偽善に付き合わされる可哀想な連中と合流しねえとな。
 あーお前こっから一人で歩けよ。ちょっとクソオークがやばそーだからあっちに顔出して来るわ」

アルマクリスはそう言って目の前から掻き消えた。
唐突に道案内を放棄されたスレイブは、しかし白昼夢の中を臆せず無く進む。

進むべき道は分かっていた。
もう迷わない。


【アルマクリスに説教ぶちかまされて開き直る】
0284スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/01(月) 13:57:06.40ID:7cE8OwVD
【あけましておめでとうございます!
 思いっきり年明け投下になってしまって申し訳ないっす。
 想像以上に年末年始にやることが密集してたのとカゼ引いちまいました
 みなさま今年もよろしくです。めっちゃ寒いのでカゼには気をつけてね・・・】
0287ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2018/01/05(金) 20:13:37.44ID:pZwUkuLB
自分そっくりの姿をしたオークが、大剣を携えて立ちすくむジャンへとゆっくり歩いてくる。
何の感情もないその顔は、やがてどこからかやってきた闇に紛れて消え去ってしまった。

『お前は罪を犯したが裁きを受けてはいない。
 この闇の試練によって己の過去と向き合い、過ちを清算する時だ』

どこからか響くその声はジャンの声だが、断定するような口調はジャンのものではなかった。
その声を振り払うようにジャンは声を荒げる。

「……俺は確かに最初は間違えた!だけどよ、最後にゃ犯人を突き出しただろう!」

『あの女性が無実の罪を着せられ、結果として死んだ事実は変わらない。
 そしてそれを主導したのはお前だ』

「殺したのは衛兵だ!俺じゃない!」

それから続く問答の中、ジャンは槍を構え、オークは大剣を構えた。
オークの構える大剣は先が潰され、刀身は分厚くこん棒に近い。
まともに打ち合えば不利だとジャンは考え、相手の出方を待った。

『……罪を受け入れぬ罪人に裁きを!』

オークは動きを止め、一呼吸置いて突撃する。
まったく体幹のぶれないその動きは、実力がジャンよりもはるかに優れていることを示していた。
そしてそこから繰り出される上段からの振り下ろしは、音すら置き去りにする必殺の一撃だ。

「だらぁっ!」

ジャンはそれを防ぐべく槍の穂先を刀身に叩きつけ、斬撃を右に逸らしつつ左に踏み込む。
そして腰の鞘から左手で引き抜いた聖短剣サクラメントをオークの首筋へと突き刺そうと左手を振り下ろした瞬間だった。

『……温い!』

逸らした大剣の軌道をオークは凄まじい膂力で以て変更し、その分厚い刀身をジャンの脇腹に叩きつけた。
吹き飛ばされたジャンはいつの間にか生えていた大きな大理石の柱にぶつかり、色とりどりのモザイク模様で出来たタイルに倒れ伏す。

気づけば辺りは満月が床と柱を照らす神殿となっていて、ジャンとオークはその中心、広場と言うべき場所にいた。
0288ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2018/01/05(金) 20:14:06.49ID:pZwUkuLB
『……まだ息があるか。さすが今代の指環の勇者だ』

「てめえ……!」

ジャンが槍を支えに何とか立ち上がったところで、ジャンの肩を叩く者がいた。
軽装の革鎧を身に纏った青年が一人、ジャンの横に立っているのだ。

「クソったれオーク、それでも指環持ちかよ?
 あのクソジジイがお前の過去を脚色してることに気づかなかったのか?」

「俺がみんなを扇動したことに変わりはないだろ!」

「最初に協力した住民が魔女だったのは覚えてんだろ?
 そいつが魔術の効きやすいオーク族のお前を操ったって考えなかったのか?つまりそういうことだぜ、この話」

『なに!?……むう、闇竜様がまた大事な部分をお話になられなかったということか……これだからあの方は』

大剣を構えたオークは天を仰ぎ、大剣で何もない空間を切り裂いたかと思うとそこに足を踏み入れ、
そのままするりと出て行ってしまった。
それを見たジャンはため息をついて、アルマクリスの方を振り向く。

「……俺は……やっぱりバカだな」

「そんなもんさっきの打ち合いで分かったっつの!
 とっとと出るぞ、てめえのお友達も待ってんだからな!」

アルマクリスが神殿の奥、大きな扉を指差し、ジャンを先導するように歩き出す。
ジャンもそれを追いかけるように歩いて、出口へと向かうのだった。


「なんじゃ、どいつもこいつも見破りおったか。
 ……いや一人だけ、耐え切れなかったようじゃな」

大扉を開け、黒一色の闇に包まれたかと思うと闇が吹き飛び、気がつけば先程までいた山頂だった。
周りを見ればティターニアやスレイブ、トランキルにフィリアもいる。

だが……同じ試練を受けていたはずの黒犬騎士アドルフはいない。
アドルフがいたはずの場所にあるのは、ちょうど人間一人分の骨だけだ。
0289ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2018/01/05(金) 20:14:57.73ID:pZwUkuLB
「……どういうことだ、爺さん」

「あやつは自分の最も見たくない部分を虚無への妄信という形で向き合うことなく心の奥底に閉じ込めておった。
 それを無理矢理眼前に突き出し、心に直接問いかけてやれば……闇に飲まれるのは当然じゃよ」

闇竜は指をパチンと鳴らし、老エルフの姿から再び竜の姿へと変化した。

『さて、お主らの覚悟は十分に分かり、ワシも十分暇を潰せた。
 飲み込んだ者どもを戦わせて眺めたりヒトの悩み事を聞くことばかりしていては飽きるのでな……』

くつくつと顎を鳴らして笑い、闇竜は右手を天にかざして叫ぶ。

『闇よ!汝を定義し、認め、自由自在に操る者へ授けるに相応しきものを!』

すると周囲に漂っていた黒い粉のようなものが闇竜の右手に収束し、
やがて一切の光沢を持たず、黒一色に染まった指環が出来上がった。

「……これぞ闇の指環。ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者が、
 これを使いこなし、光の指環が放つ光を止められるじゃろう」

闇の指環は闇竜から離れ、ジャンたちへと近づいてぴたりと止まった。

「さて、これを扱える者は一歩前に出るがよい。
 ……名指しはせぬぞ?こういう時は自ら名乗り出るものじゃからのう」

分かっているであろう?と言わんばかりの闇竜の態度に、ジャンが自信満々に一歩を踏み出した。

『ジャン!お主空気を読まない方のバカじゃろ!』

「分かってるって爺さん!ただちょっと辛気臭かったから場を和ます冗談をだな……」

『雰囲気が台無しじゃ!
 ……さて、指環の勇者たちよ。相応しき者は一歩前に出るがいい』


【あけましておめでとうございます&去年はありがとうございました!
 インフルエンザも流行ってるそうなので気を付けてくださいね……ゴホゴホ】
0290ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:16:40.16ID:lrsBzCFs
アルマクリスが槍を一閃すると空間が裂けて、彼はその向こうへと消えていく。
アルマクリスを追って空間の裂け目へ入ろうとするティターニアの前に、黒衣の女が現れた。
フードを目深に被っていて顔は見えないが、その手には白く輝く指輪――光の指輪と思しきものがはめられている。

『ウフフ、折角片付けるチャンスだったのに失敗しちゃった。
まさか闇の影に助けられるなんて――流石、指輪の勇者様。運も実力のうちね』

女は、ティターニアを挑発するように笑って空間の裂け目へと消えた。

「そなたの好きなようにはさせぬぞ、指輪の魔女!」

ティターニアは一瞬茫然とするもすぐ我に返って女を追う。
どんな戦場が待っているかと身構えるティターニアだったが、想像の斜め上の光景が展開される。

「なんだこれは……」

一見すると妖艶な女が寝室で男に擦り寄っているシーンにしか見えないが……その指には光の指輪らしきものが嵌められている。
会話の内容に意識を向けると、何故かはっきりと聞き取れた。
指輪の魔女が、ダーマ黎明期の魔王らしき人物にトランキル家を執行官にするよう進言しているのだ。
指輪の魔女は歴史の随所に現れ有力者を操り世界に干渉してきたという。

「やめぬか! その女の言う事に耳を貸してはならぬ! 我は断固反対するぞ!」

全く空気読まずに乱入するティターニア。
尤もこの光景が真実かどうかは定かではない上、この闇竜が作った空間で暴れたところでどうしようもないのだが、
遥か昔にトランキルに与えられた執行官という役目が後々シノノメを苦しめることになると思うと、つい飛び出してしまったのだ。
上を下への大修羅場に突入するかと思われたがそこで都合よく場面が切り替わる。
次の瞬間ティターニアは、拘束されたシノノメが、今まさに彼女自身と同じような姿の影に首を刎ねられようとしているのを目撃した。
異空間特有の急展開にティターニアが面食らっている間に、シノノメをアルマクリスが間一髪で救い出した。
0291ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:18:23.69ID:lrsBzCFs
「行くぞ――次は手伝ってもらうからな!」

アルマクリスに促され、空間を渡るティターニア。
眼前で展開される場面の中にまたもや仲間の姿は見当たらず、やはり黒衣の魔女の姿があった。
黒衣の魔女が言葉巧みに慈母の皮を被り年端もいかぬ少年に反乱を起こすように唆している。
どうやら少年はスレイブによって身内を殺されるも、自身は見逃してもらった者らしい。

「駄目だ……無駄死にするだけだ。命を粗末にしてはならぬ!」

止めようとするも、気付けば大人の村人達も扇動され、後戻りできないところまできていた。
あっという間に周囲は炎が燃え盛る戦場と化し、村人達が王国軍に突撃していく。
迎え撃つ王国軍がいるはずの場所には、放心状態のスレイブが佇んでいる。
尤も、彼自身はまた別の光景を見ているのだろう。何が真実かは誰にも分からない。
というより元より闇竜が作り出した異空間。真実など存在しないのだ。

「スレイブ殿、何突っ立っておるのだ……!」

「こりゃヤバいな――俺はあのバカに説教かましてファイト一発するわ! お前はここで奴らを食い止めろ!」

いつの間にか村人たちは地獄の亡者のような姿になっていて。
反乱を先導する少年が、哀しげに恨めしげに訴えてくるのだ。

「あの時オレを殺しておいてくれれば、みんなは死なずに済んだのに……」

「許してやってくれとは言わぬ。しかし我々もここでくたばるわけにはいかぬのだ。済まぬな――」

淡々と、灼熱の炎で亡者の群れを焼き払うティターニア。
ここで動じれば自分もスレイブも闇に飲まれる。それが分かっているからだ。
やがて、唐突に亡者の群れが搔き消える。アルマクリスによる気合注入が成功したのだろう。

>「そーかい。だったらとっととここから出て、てめーの偽善に付き合わされる可哀想な連中と合流しねえとな。
 あーお前こっから一人で歩けよ。ちょっとクソオークがやばそーだからあっちに顔出して来るわ」

次の空間では、ジャンがオークのようなシルエットの何者かと戦っている。
ゆらり、とローブを纏った女性がどこからともなく現れる。
ティターニアが振り向いてみると、それは首の無い女性だった。
服装は一般的な魔女のようだが、指輪ははめておらず、指輪の魔女ではないようだ。
右手に大鎌を構え、左手に自分の首らしき物と抱えており、その目は怨嗟に血走っている。
その首が言葉を発した。

「そこを退け……あの男は村人を扇動し無実の私を死に追いやったのだ!」

振り抜かれた鎌を、とっさにプロテクションを展開した杖で受け止めるティターニア。
暫し生首と睨み合う。

「退かぬと言ったら?」
「――力づくで退かすまで!」

振るわれる首狩り鎌の前に防戦一方となり、致命の一撃をなんとか躱すも地面に倒れ伏す形となる。
ついにとどめの一撃を放たんと鎌が振り上げられた。
0292ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:20:08.07ID:lrsBzCFs
「――そこだ!」

ティターニアは苦し紛れに魔力の矢を放ち、それは何もない地面に突き立つ。
否――それは首無し女の影にあやまたず突き刺さっていた。
その瞬間、首無し女の姿は消え、代わりに影のあった場所から指輪の魔女が姿を現した。

「あーあ、見抜かれちゃった。そうよ、黒幕は私」

ジャンの方を見ると、彼が戦っていた相手もいつの間にか消えていた。
そして気が付くと、何もない空間で仲間達が一同に会していた。
シノノメ、スレイブ、ジャン、フィリア――全員、闇の試練を乗り越えたということだろう。
アルマクリスが、一同を見まわして言う。

「さ、全員揃ったことだしとっとと辛気臭い場所からはオサラバしようぜ!」

ようやく現実世界に帰れるかと思いきや、もう一度場面が塗り替わっていく。

「何なんクソジジイ、ワンワン騎士の過去を見せろなんて頼んでねーんだけど!」

それは、木漏れ日の中で、少年少女達4人が笑顔で戯れている光景。
アルマクリスによると、黒犬騎士アドルフの過去に関する光景のようだ。

「それじゃああれは……」

「ガキの頃の俺と……シュレディンガー三兄弟だ」

アルマクリスとパトリエーゼはいつの間にか場面から姿を消し、少年の日のアドルフがメアリに、何かを差し出している。

「お姉ちゃん、あげる! はめてみて!」
「まあ綺麗。どこで見つけてきたの?」

それは、光り輝く美しい指輪――光の指輪だった。
優しい姉と、姉を慕う弟。これがアドルフの最も思い出したくない記憶なのだとすれば。
微笑ましい子ども時代の一幕にしか見えないこれこの瞬間こそが、終わりの始まりだったのだ。
無情にも、何も知らぬ少女は差し出された指輪をはめてしまう。
この日から、無邪気だった少女は狂気の魔女と化していき、
姉が狂ったのは自らのせいだと悟った少年は姉と共に歩む覚悟を決め自らもまた狂っていった――
考えてみれば、指輪の魔女という呼び名が付くからには、歴代の魔女は皆指輪をはめていたと思われる。
指輪の魔女とは――指輪をはめたヒトのことではない。
ヒトを乗っ取り傀儡とする魔性の指輪そのものなのだとしたら――

「我々は大変な勘違いをしていたのかもしれないな……。
指輪の魔女メアリが光の指輪を手に入れたのではなく、光の指輪がメアリを”指輪の魔女”に仕立て上げたのだ……」

ソルタレクのギルドが最近指輪を手に入れたという噂の正体は、
最初から光の指輪を持っていたエーテル教団と手を組んだ(という名目でメアリの完全支配下に入った)ということなのだろう。
0293ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:22:11.14ID:lrsBzCFs
「ぜんぶ、ぼくのせいなんだ……。あのときゆびわなんてあげなければ……。
ほんとうは、もうおねえちゃんはおねえちゃんじゃないってわかってた。
せめてぼくがおわらせてあげなきゃいけなかったのに。
おねがい、おねえちゃんをかいほうしてあげて……」

幼いアドルフが懇願するように訴えながら、光の粒となって消えていく。

「待て! 勝手に消えるでない!
そなたが姉上殿に指輪をあげたところからすでに指輪の手の内だったのだ……!」

ティターニアの呼びかけも虚しく幼いアドルフは消え去り、気が付けばもとの山頂。
今度こそ、現実世界に帰ってきた。

>「なんじゃ、どいつもこいつも見破りおったか。
 ……いや一人だけ、耐え切れなかったようじゃな」

アドルフがいたはずの場所には、丁度一人分の骨だけが残されていた。

「アドルフ殿……」

>「……どういうことだ、爺さん」
>「あやつは自分の最も見たくない部分を虚無への妄信という形で向き合うことなく心の奥底に閉じ込めておった。
 それを無理矢理眼前に突き出し、心に直接問いかけてやれば……闇に飲まれるのは当然じゃよ」

「ああ、奴は……真の敵に立ち向かう勇気を出せなかった……。
見えない敵と戦っていた時間が長すぎたのかもしれぬな……」

敵でありパトリエーゼの仇でもあるはずのアドルフの冥福をそっと祈り、気持ちを切り替える。
いよいよ闇の指輪を授けられる時がやってきたのだ。
0294ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:23:33.98ID:lrsBzCFs
>『さて、お主らの覚悟は十分に分かり、ワシも十分暇を潰せた。
 飲み込んだ者どもを戦わせて眺めたりヒトの悩み事を聞くことばかりしていては飽きるのでな……』
>『闇よ!汝を定義し、認め、自由自在に操る者へ授けるに相応しきものを!』
>「……これぞ闇の指環。ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者が、
 これを使いこなし、光の指環が放つ光を止められるじゃろう」
0295ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/06(土) 17:24:02.05ID:lrsBzCFs
闇竜によって、黒一色の指輪が具現化する。
おそらく、この指輪に宿っている”影”は、アルマクリスなのだろう。

>「さて、これを扱える者は一歩前に出るがよい。
 ……名指しはせぬぞ?こういう時は自ら名乗り出るものじゃからのう」
>『ジャン!お主空気を読まない方のバカじゃろ!』
>「分かってるって爺さん!ただちょっと辛気臭かったから場を和ます冗談をだな……」
>『雰囲気が台無しじゃ!
 ……さて、指環の勇者たちよ。相応しき者は一歩前に出るがいい』

ジャンが抜かりなく場を和ませ、ティターニアがニヤリと笑う。

「お主もワルよのう。分かり切っておるくせに。第一、我の研究では指輪は一人一属性までだ」

ティターニアはそう言って、シノノメの背中を押すように肩を叩いた。
もちろんシノノメ以外はすでに指輪を持っていて二個目は無理っぽいというのもあるが、
そうでなくてもシノノメは体が闇の魔素で構成された種族であり、歴史の闇を担ってきた一族でもある。
彼女以上の適任はいないだろうと思ってのことだ。
彼女は執行官の任務を持つ身だが、指輪に選ばれてしまったとなれば休職ぐらいはさせてもらえるだろう。
しかし指輪の中身がアルマクリスでは苦労するだろうな、等と思うティターニアであった。

【ジャン殿もお大事に!】
0296 ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/09(火) 15:03:04.26ID:jhV/IFgD
年始早々めちゃんこ忙しくって今回も遅刻かましそうです・・・
今回はせめて早めに懺悔しておきます・・・ごめんなさいぃ・・・
0297 ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 05:41:42.22ID:tK4aegA2
今日、明日中には投下します。本当に申し訳ない……
0300シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 22:59:48.77ID:tK4aegA2
『帰らせて下さい?おかしな事を言いますね。あなたはトランキル。
 ダーマの建国、黎明。それらの裏に、澱のように積もっていく闇の全てを背負ってきた者。
 ……いえ、それらを積み重ねてきた者こそが、トランキル』

私の幻、その斬り落とされた生首が、あの闇竜のように声を発する。

『そう、あなた達は闇から生まれた。そして長い歴史の中で
 闇を生み出し、形造る者になった。
 今のあなたなら……誰の助けも必要としない。一人で、ここから立ち去る事が出来る』

それらの言葉に私は何の返事もしない。
ただ、右手の長剣をもう一度振るった。
トランキルの剣技が放つ黒の剣閃が闇を断つ。
空間に細い切れ目が走る。向こう側から眩い光が漏れる切れ目が。

「……ありがとう、ございました」

『礼ならあの槍使いに言いなさい。私はただあなたを試しただけです』

「はい。あの方にも、お礼は言います。だけど、あなたにも。
 ……それと、あなたは、もしかして」

『試練は終わりです。あなたが助けになりたいと願った者達は、既に試練を終えて待っていますよ』

……これ以上の問答をするつもりは、私の幻にはないみたいです。
私はもう二度、長剣を振るい……細い切れ目を、三角形の穴に変える。
そしてその向こうに見える光へと、足を踏み入れました。

「……ここは」

気付けば私は、どこかの神殿にいました。
元の世界ではない、どこか……だけどスレイブ様も、ジャン様も、皆が既に揃っています。
待たせてしまった……という様子ではなさそうで、ひとまずは安心ですが……。
しかし、ここはどこなんでしょうか。

>「さ、全員揃ったことだしとっとと辛気臭い場所からはオサラバしようぜ!」

「あ、アルマクリスさん。あの……さっきは、ありがとうございました」

「あー?何言ってんだ?お前。いや、なんの事かさっぱり分かんねーわー!
 異空間にありがちな幻でも見たんじゃねーの?いいからさっさと帰ろうぜって」

アルマクリスさんが私に目もくれず歩き出す。
だけど不意に、周囲の風景が再び闇色の渦と化した。
そしてそれが晴れると……私達は森の中にいました。
……子供の声が聞こえる。振り向いてみれば、淡い木漏れ日の中で子供達が遊んでいます。

>「何なんクソジジイ、ワンワン騎士の過去を見せろなんて頼んでねーんだけど!」

……これは、黒騎士アドルフの記憶?
この穏やかな時の中に……彼が最も忌み嫌う記憶があるんでしょうか。

>「お姉ちゃん、あげる! はめてみて!」
>「まあ綺麗。どこで見つけてきたの?」

……私には、彼らがどういう人で、どんな考えを持っていて、どんな行いをしたのか。
完全には分からない。だけど、あの指環。そして彼がこの記憶を忌み嫌っているという事は……。
今この瞬間こそが、きっと全ての始まりなんだ。
この大陸に戦争の火が燃え広がり、世が乱れ……多くの人達がトランキルの刃に掛けられた。
その始まりも……。
0301シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 23:01:19.26ID:tK4aegA2
>「ぜんぶ、ぼくのせいなんだ……。あのときゆびわなんてあげなければ……。
 ほんとうは、もうおねえちゃんはおねえちゃんじゃないってわかってた。
 せめてぼくがおわらせてあげなきゃいけなかったのに。
 おねがい、おねえちゃんをかいほうしてあげて……」

そう言い残して……アドルフは少年の姿のまま、消えてしまいました。
そして気付けば私達も、あの山頂に戻ってきていた。

>「……どういうことだ、爺さん」
>「あやつは自分の最も見たくない部分を虚無への妄信という形で向き合うことなく心の奥底に閉じ込めておった。
 それを無理矢理眼前に突き出し、心に直接問いかけてやれば……闇に飲まれるのは当然じゃよ」

……私は何も言えずにいました。
ティターニア様のように、彼に祈りを捧げる事も出来なかった。
気持ちが落ち込んでしまった訳ではありません。
ただ……何か、違和感がある。

>『さて、お主らの覚悟は十分に分かり、ワシも十分暇を潰せた。
 飲み込んだ者どもを戦わせて眺めたりヒトの悩み事を聞くことばかりしていては飽きるのでな……』
>『闇よ!汝を定義し、認め、自由自在に操る者へ授けるに相応しきものを!』
>「……これぞ闇の指環。ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者が、
 これを使いこなし、光の指環が放つ光を止められるじゃろう」

闇竜の呼び声が、闇の指環を現界させる。
漆黒の、竜の指環……本当に今更だけど、実在していたなんて……。

>「さて、これを扱える者は一歩前に出るがよい。
 ……名指しはせぬぞ?こういう時は自ら名乗り出るものじゃからのう」

ジャン様が自信に満ちた態度で大きく一歩踏み出す。
……そうですね。
ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者……。
故郷の人々を洗脳され、殺されかけても、それを許してしまえるジャン様になら相応しい……

>『ジャン!お主空気を読まない方のバカじゃろ!』
>「分かってるって爺さん!ただちょっと辛気臭かったから場を和ます冗談をだな……」

……えっ?そ、そうなんですか?

>『雰囲気が台無しじゃ!
 ……さて、指環の勇者たちよ。相応しき者は一歩前に出るがいい』

でも、だったら誰が……ティターニア様はあのユグドラシアの導師。
闇の魔法に関しても深い造詣があるはず……

>「お主もワルよのう。分かり切っておるくせに。第一、我の研究では指輪は一人一属性までだ」

そう言ってティターニア様は私の背中を……えっ?

「わ、私ですか……?」

私は指環が欲しくてここに来た訳じゃないってさっきも……
闇竜の方を見てみると……もう視線は逸らされない。
けどそれだけです。彼は私に何も言おうとしない。
……光栄に、思わない訳じゃないんです。
0302シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 23:03:23.61ID:tK4aegA2
だけど……私はこの、執行官の娘がわがままを言って連れ出してもらった短い旅の中で
……指環の勇者の名に相応しい事を成せたんでしょうか。
偶然スレイブ様を見つけて、偶然オーカゼ村の殲滅を命じられて
……そんな事したくないから、執行官の使命をねじ曲げて。

偶然に流されて、嫌な事から逃げて、
運良くそれらしい答えを見つけられただけの小娘。
私はまだ、その程度でしかない気がするのに……。

「……本当に、私でいいんでしょうか」

だけど、この状況で私にはやれません、自信がありませんとは言えなくて。
私は一歩前に出て、手を伸ばす。
そして指先が指環に触れて……瞬間、闇の魔素が溢れ返る。

「えっ……な、なに?なんで急に……!?」

『……うむうむ、愛い反応じゃのう。
 指環の試練など久しくしておらなんだが……
 指環を手にしたと確信した者達がそうして慌てふためく姿は何度見ても愉快じゃ』

周囲が急速に闇に染まっていく……。

「一体、どういう事なんですか?私は……指環に拒まれたのですか?」

『む、なんじゃ。思ったより勘が鈍いのう。拒まれたのではない。
 試練はまだ終わっておらぬ。ただそれだけの事。言うたはずじゃ。
 闇の指環が認めるは、ヒトの負の感情全てを受け入れ、逃げることのない者』

即ち……こういう事じゃ、と闇竜が続けた。
辺りに満ちた闇の魔素が形を得る。見覚えのある、ヒトの形を……。

「執行官……指環を寄越せ。俺は……責任を果たさねばならん。
 姉上を救うのは俺だ。闇に呑まれ、闇と同化した今、闇の指環を手にすれば……
 俺は俺自身を完全に律する事が出来る。姉上を、止められる」

……黒騎士、アドルフ。
 
「まっ、要するに……俺達の器になってくれやって事だぜ、トランキルさんよ。
 さっきは助けてやったり、姉上を救ってーなんて言ってたけどよ。
 生憎ここにいるのは指環に集積された闇そのもの……つまり」

そして……アルマクリスの姿を取った影が、矛の切っ先を私に向ける。

「殺し合おうぜ。殺し殺される、その絶対の運命を楽しめ。
 そして……指環は俺達のもんだ!俺達がここにいんだ。パトリエーゼもきっとここにいる。
 後はメアリを殺せば……やっとだ。やっと全部の辻褄を合わせられるって寸法よ!」

その咆哮と共に……アドルフが動いた。

一対の細剣から放たれる無数の斬撃……
五月雨のような手数を繰り出しながら、
しかし一つとして受けてもいいと思える一撃がない。
0303シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 23:04:28.00ID:tK4aegA2
「俺達は闇の指環と同化している。だから分かる。
 お前には大層な望みなどない。闇の指環を手にして何を願う?
 それは俺達の願いを踏み躙ってまで、叶えなければならないものか?」

そしてアドルフの連撃を目眩ましにして襲い来る刺突。
受け止められない。防御すればこちらの剣が一瞬止まる。
そうなればアドルフの双剣が私に届いてしまう。

「アイツらの力になりてえか?それなら別に俺達の器になったって叶えられる。
 なあ、頼むわ。俺達の願いを叶えさせてくれよ」

黒騎士と、その命を狙い続けた男の、
いえ……命を落としてやっと、その手を組む事が出来た二人、その連携……。
……強い。

それだけじゃない。闇の魔素は次から次へ、影を生み出し続けている。
数え切れないほどの民兵に、エルフ達……。
見覚えのあるリザードマン……私が、いえトランキルが首を刎ねた罪人達も。
それに、彼らは……かつて指環の勇者を志して、そして叶わなかった数多の冒険者達。

こんなの、私に勝ち目があるとは思えない……だけどそれでも、私もこの体を、そして指環を渡す訳にはいかない。
こうして追い詰められてこそ、改めて分かる事がある。
それは、私には、私の……

……アルマクリスの天戟、私はそれを長剣の切っ先で受け止める。
そしてその反動で後方へ大きく飛び退いた。

「……私は、ただ幸運に恵まれて、嫌な事から逃げ出して、ここに来ました」

無数の影は……緩やかな歩みで、私に迫ってくる。
ありがたい事です。

「だから、せめて最後くらいは……自分の意志で何かをしないと。私は……」

アドルフが地を蹴った。低く、低く、懐に潜り込む動き。
同時にアルマクリスが槍を支点に宙へと飛び上がる。
天と地からの挟み撃ち……私はそれを、

「――指環の力よ」

長剣を上から下へ、蛇のように。

「私は、あなた達の器にはなりません。私には私の……願いがある」

その一振りで、彼らの首を薙ぎ払った。二人だけでなく、全ての影の首を。

「私は、私に恥じない私になりたい。たったそれだけの事だけど。
 あなた達の願いよりも、ずっとちっぽけな願いだけど……」

闇の属性が持つ力。見えず、理解出来ず、無形である事。
その概念を以って生み出した刃によって。

「あなた達の願いは叶えられない。
 誰かが首を刎ねられ、誰かが首を刎ねなければならないように。
 願いを叶えるのは私です。あなた達じゃない」

「俺達を、拒むのか……いや、ならば何故、闇の指環が……」

斬り落とされたアドルフの、アルマクリスの首が、私を見つめる。
0304シノノメ・アンリエッタ・トランキル ◆fc44hyd5ZI 垢版2018/01/13(土) 23:05:14.68ID:tK4aegA2
「いいえ……拒みはしません。拒める訳がない。
 あなた達の願いは、とても尊いものです。
 叶うべきで、叶わない方が間違っている……」

「ならば……」

「それでも、叶わない。罪なき者が、時に死の運命から逃れられないように。
 あなた達はもう何も叶えられない。その無情と、無念を、私は受け入れます。
 そう……世の中は、そんなものだと」

私はヒトの首を斬り落とした。
その願いを断ち切って、決して未来へと辿り着かないようにした。
だけど……いつも処刑台に立っていた時のようには、私の心と鼓動は荒ぶらない。
胸の内が静かです。無風の湖のように、だけど水面よりも遥かに硬く。
心がまるで……罪人の首を断つ長剣のように変わっていくのを、私は感じていました。
……父も祖父も、きっといつも、こんな気持ちで処刑台に立っていたんだ。

「……要するに、開き直ってるだけじゃねーか」

「ええ。だけどそれでいいんでしょう。なんと言っても闇の指環です。
 きらきら眩しい心より、こっちの方がお似合いでしょう?」

……それに。

「あなた達はもう何も出来ないんだから……何も気負う必要もないんですよ。
 あなた達の願いが叶うか叶わないかは、私の気分次第……。
 なら、叶わなかったならそれは私のせい。でしょう?」

だからあなた達はもう何も気負わなくてもいいし、自分を責める必要もない。

「……さぁ、私は闇の指環の力を引き出した。今度こそ、試練は終わりです」

私がそう言って、数秒……不意に周囲の闇が渦を巻いて、消えた。
……今のは、幻?それとも……いえ、どちらであっても、関係ありません。
私は、確かに試練を乗り越えた。

気付けば私は、闇の指環に手を伸ばした時と同じ場所で、同じように右手を伸ばしていました。
いえ……一つだけ、違う事があります。私はいつの間にか、右手を握り締めていました。
その拳を、手のひらを上にして開く。
……闇の指環は、私の手の中にありました。



【遅くなってごめんなさい!】
0306スレイブ垢版2018/01/19(金) 17:48:58.61ID:Sg82Od9q
【すみません!今日ちょっと間に合わなさそうなので明日には投下します!
 二週連続で遅くなってしまってホント申し訳ないです!】
0308スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/20(土) 23:07:23.02ID:8pkZ86TN
五里の霧中をかき分けて、スレイブが辿り着いたそこは『無』としか形容しようのない空間だった。
既に試練を終えたらしきジャンとティターニア、それからシノノメが彼を待っていた。
そして――

>「さ、全員揃ったことだしとっとと辛気臭い場所からはオサラバしようぜ!」

――アルマクリス。
一体如何なる因果によるものか、一度は敵対した指環の勇者達に助太刀し、闇の帳から救い出した男。
助かったには助かったが、正直仲間面して一緒にいることに違和感を禁じ得ない。

「皆、無事だったか……"試練"は、成功したのか……?」

「さぁな、クソドラゴンの採点次第だ。あのジジィが耄碌してなきゃそれなりの結果になるだろうよ」

ジャン達がどのような試練を受けたかは想像もつかないが、互いにべらべらと語り合うものでもないだろう。
掘り返されたのは記憶の澱、心の痛み――胸の裡に秘しておくべき過去なのだから。

「まーいいじゃんダメでもさ!指環あげないって言われたら今度こそぶっ殺して奪っちまえばいいのよ。
 いや、"創る"か?どーでもいいっすね。……今更略奪したくないなんて抜かすなよ、ヘボ剣士」

「……わかってる」

試練を乗り越えたからといって、過去と決別したわけではない。忘れることなど赦されない。
ただ……覚悟を決めた。
これまで忌むべきものとして封じてきた薄汚い殺人者の過去を、前へ進む理由にする覚悟。
ただの偽善に過ぎなくても、最後まで貫き通した偽善ならばそれは、美談と呼べるものになるはずだ。

スレイブが仲間たちど合流すると、不意に周囲の『無』が渦を巻いた。
身を包む闇が軋み、色を得ていく――風景が切り替わっていく。
山頂への帰還かと思われたその変化は、しかし見覚えのない光景を形作った。

柔らかな日差しと木立の緑に囲まれた、静かな街道のほとり。
齢十にも満たない幼い四人の少年と少女が、草遊びをして笑いあっていた。

「これは、まさか……」

少年二人の顔には見覚えがある。随分と様変わりをしてはいたが、わずかに面影が残っている。
黒犬騎士アドルフと、アルマクリス。幼き日の二人だ。

>「何なんクソジジイ、ワンワン騎士の過去を見せろなんて頼んでねーんだけど!」

アルマクリスが露骨に双眸を歪め、不快そうに呟いた。
この過去が、誰にとっての『試練』であるのかは……問うまでもない。

かつてアドルフがどこからか見つけ、姉に贈った指環。
それこそが光の指環であり、指を通した瞬間から彼の姉は最早何者でもなくなった。

>「我々は大変な勘違いをしていたのかもしれないな……。
 指輪の魔女メアリが光の指輪を手に入れたのではなく、光の指輪がメアリを”指輪の魔女”に仕立て上げたのだ……」

「ならば、アドルフの忌むべき過去とは――」

自分の姉を指環の魔女へと変えてしまったこと。
たとえそれが指環によって撚られた運命の糸だったとしても、全てを納得出来るはずもない。
彼もまた足掻いていた。変貌した姉に寄り添い、助け続けることで、贖罪を図っていたのだ。

>「あやつは自分の最も見たくない部分を虚無への妄信という形で向き合うことなく心の奥底に閉じ込めておった。
 それを無理矢理眼前に突き出し、心に直接問いかけてやれば……闇に飲まれるのは当然じゃよ」
0309スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/20(土) 23:07:53.60ID:8pkZ86TN
再び景色が切り替わり、元の山頂へと戻ってきて、変わらずそこにいた老龍は、無感動にそう吐き捨てた。
一歩間違っていればスレイブもこうなっていたかもしれない。
受け入れがたい過去などヒトであれば誰もが抱えているものだ。
老龍の足元に散らばる白い"何か"が、夥しい量の人間の白骨であることに気付いてスレイブの肌は粟立った。

>「ああ、奴は……真の敵に立ち向かう勇気を出せなかった……。
 見えない敵と戦っていた時間が長すぎたのかもしれぬな……」

「だが奴は、己の信念を貫いて……それに殉じた。『向き合わざるを得なかった』者よりも、ずっと強かった」

狂気や妄信は、確かにあったのだろう。
しかしそれ以上に、自身が変えてしまった姉を救いたいという執念が、彼を突き動かしていた。
突き動かして、そして歪なかたちであってもメアリの傍に居続けられるほどに、彼は強かったのだ。
そしてその強さが、この試練では彼に牙を剥いた。

『同情しとるんかお主?あのメアリの弟、信念は御大層じゃけどやっとることは外道そのものじゃぞ。
 麓のオークの村、ありゃマジでちょっとでも遅かったら全員虚無に呑まれとったからな』

ウェントゥスがスレイブの袖を引いて釘を刺した。
それが文字通りの老婆心によるものなのか、単に煽っているだけなのかは、今はどうだって良い。
わずかにでもアドルフの方へ引っ張られそうになった心に冷水を掛けられて、スレイブは首を振る。

アドルフに対する敬意のようなものが生まれていた。
スレイブが耐えきれず逃げ出し、アルマクリスに頬を張られてようやく直視した現実に、アドルフは抗いきったのだ。
物言わぬ亡骸へ向けて、静かに瞑目した。

>『闇よ!汝を定義し、認め、自由自在に操る者へ授けるに相応しきものを!』

老龍が手を掲げると、周囲に満ちていた闇の魔素がそこへ凝集していき、一つの輪郭を形づくる。
彼の手のひらに落ちてきたのは、光を一切反射しない漆黒の指環。

>「さて、これを扱える者は一歩前に出るがよい。……名指しはせぬぞ?こういう時は自ら名乗り出るものじゃからのう」

差し出された指環に、ジャンもティターニアも、そしてスレイブもまた踏み出すことはなかった。
この場の誰が相応しいかなど、言葉にせずとも皆が理解していた。

>『ジャン!お主空気を読まない方のバカじゃろ!』
>「分かってるって爺さん!ただちょっと辛気臭かったから場を和ます冗談をだな……」

……理解していた。そういうことにしておく。

>「お主もワルよのう。分かり切っておるくせに。第一、我の研究では指輪は一人一属性までだ」

『えっマジで?』

ティターニアの言葉にウェントゥスが素で驚愕した。

「何故あんたが知らないんだ……」

『いや、じゃって千年前は人数的にピッタリじゃったし指環と勇者もそれぞれお互い相性良かったし……。
 誰も気にしとらんかったわそんなん……えぇ?じゃあなにティターニア、このままテッラと組むんか?
 儂誰と組めばいいの……』

ウェントゥスはスレイブの方を振り仰いで、心底げんなりした顔を見せた。

『……これぇ?』

スレイブは無言で指環を外し、握りしめて振りかぶった。

『うそうそ!うそじゃって!年寄りの可愛らしいジョークじゃろうが!ニーズヘグもやっとるじゃろ!?』
0310スレイブ ◆T/kjamzSgE 垢版2018/01/20(土) 23:08:18.52ID:8pkZ86TN
スレイブは露骨に舌打ちして指環を嵌め直し、シノノメに視線を遣る。

「……シノノメ殿、頼む」

>「わ、私ですか……?」
>「……本当に、私でいいんでしょうか」

ティターニアに背を押されているシノノメに、スレイブもまた頷きで肯定した。

「"相応しい"、と言ってしまうのは少しばかり傲慢かも知れないが。少なくとも俺にはそれを持つ資格はない」

アドルフの亡骸に目配せして、スレイブは一歩下がった。そうして彼の空けた道に、シノノメは硬い表情で歩み出た。
老龍の差し出す指環に、彼女の指先が触れた瞬間――

>「えっ……な、なに?なんで急に……!?」
>『……うむうむ、愛い反応じゃのう。指環の試練など久しくしておらなんだが……
 指環を手にしたと確信した者達がそうして慌てふためく姿は何度見ても愉快じゃ』

指環から溢れ出た闇が、彼女を包み込んで……そこから消し去った。

「!!」

瞬間、スレイブは弾かれた礫の如き速度で老龍までの距離を踏み込む。
流れるような所作で抜き放った剣、その切っ先に老龍の喉元を捉えた。

「彼女に何をした……!」

老龍は眉一つ動かさずに喉に突きつけられた刃と、その先のスレイブを睥睨した。

『何をもなにも、見た通りじゃよ。"試練は合格だ"。"指環を授けよう"。……一言でも儂がそう言ったかの?』

「まさか……」

『さぁさぁ、余興はここからじゃ。あと何度、お主らは儂を愉しませてくれるかの』

断末魔ひとつ上げずに白骨となったアドルフの姿が脳裏に過ぎる。
試練に落第した者の末路――最悪の想像に、スレイブは奥歯を軋ませて耐えた。

やがて、シノノメを飲み込んで消えた闇が再び虚空に渦を巻く。
老龍に剣を突きつけながら固唾を飲んでいたスレイブは、闇の中から五体満足のシノノメが出てきたことに何より安堵した。

「無事だったか……!」

『くくく……愉快愉快。許せヒトの子よ。若者をからかうのは年寄りの特権、娯楽のない余生の一抹の潤いなんじゃ』

『相変わらず趣味と性格が悪いのニーズヘグは……儂ちょっとドン引きじゃわ。やっぱ友達は選ぶべきじゃな』

『いつから儂とお主が友になったんじゃウェントゥス』

『えっ』

スレイブは老龍を睨めつけてから剣を納めて下がった。
シノノメをティターニア達に任せて、彼女たちと老龍とを隔てるように立つ。

「次、くだらない茶目っ気を入れてみろ……ウェントゥスに頭を下げてでも指環の力で貴様を叩き斬る。
 これで指環の試練は終わりなのか?追試はないんだろうな」
0312ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2018/01/22(月) 16:59:45.57ID:ITTT5Tzu
>「次、くだらない茶目っ気を入れてみろ……ウェントゥスに頭を下げてでも指環の力で貴様を叩き斬る。
 これで指環の試練は終わりなのか?追試はないんだろうな」

『これで終わりじゃよ。物語や伝承に語られるように、
 勇者たちは無事試練を抜け指環を手に入れました……めでたしめでたしというわけじゃ』

「まだめでたしとは言えねえな。指環の魔女――というかメアリの奴とエーテル教団をぶちのめしてからだ」

『……ソルタレクへ行くのじゃな?今やあそこはエーテル教団の理想郷。
 今代の指環の魔女は随分と実力があるようじゃ』

「闇の指環は手に入ったし、村のみんなも助けた。
 これ以上あいつに好き勝手はさせねえよ。ありがとうな、爺さん」

ジャンが礼を言って、夕焼けが照らす山道を歩き出す。連れだって歩く他の仲間を見ながら、闇竜テネブラエの身体は
静かに闇の魔素に分解され、彼のいた場所には巨大な竜の頭骨がまるではるか昔からそこにあったように、佇んでいた。

――山道を歩く一行の頭上を通り過ぎる影が、彼らの目の前に現れる。そこにいたのは一体の竜騎兵。
ミスリルと鋼の合金で作られ、金で縁取られたブラックミスリルの甲冑を身に纏い、
長大なブラックミスリルのハルバードを片手に持ち、ワイバーン種の中でも最も強力なエルダーワイバーンの背中に跨っている。

ダーマ魔法王国が誇る竜騎兵部隊、その中の最精鋭である『黒の小隊』だ。
フルフェイスの兜のフェイスガードを上げ、肌の色からおそらく魔族であろう竜騎兵が
ワイバーンに跨ったまま喋りはじめた。

「指環の勇者というのは君たちのことか?ラーサ通り総責任者の
 ガレドロ・アルマータより伝言を預かっている。」

「ガレドロ爺からか!?どんな内容なんだ」
0313ジャン ◆9FLiL83HWU 垢版2018/01/22(月) 17:00:08.73ID:ITTT5Tzu
ジャンの返答を聞いて本物と確信したのか、鞍にくくりつけていた革袋から
丸められた一枚の羊皮紙を取り出し、紐をほどいてピンと伸ばす。

そして朗々とその羊皮紙に書かれた内容を読み上げた。

「指環の勇者よ、王は闇の指環が相応しき者の手に渡ったことを悟り、
 封印を解いて離宮を離れ、王宮に戻られました」

「あなた方からの連絡が来るよりも先に王からの密使が届き、
 今こうして手紙を書いています。
 また、大陸全土で起きていた反乱も収まりました。
 おそらくはエーテル教団がかく乱のために続けさせていたのでしょう」

「王は勅令を出され、今回の件は全てエーテル教団が裏で仕組んでいたものとし、
 信徒以外の者を全て無罪としました。
 これよりダーマ魔法王国はエーテル教団殲滅のため、ハイランド連邦共和国に宣戦布告。
 首府ソルタレクまで進撃を続けるでしょう」

「指環の勇者よ、あなた方には感謝しています。ガレドロ・アルマータより」

「……以上だ」

羊皮紙を読み上げ終えた竜騎兵は紐で縛って丸め終え、フェイスガードを下げる。
そして兜の中から、くぐもった声でこう言った。

「シェバトには私の妻と子供がいた。……ありがとう。では!」

竜騎兵が両足でワイバーンの腹を二度軽く蹴り、砂を巻き上げてあっという間に飛翔する。
高度を上げたワイバーンは風に乗り、遠くにいる他の竜騎兵たちに合流しに向かっていった。

「……なんだかすげえ話になっちまったな。
 でもよ、これからやることは決まってるぜ」

「村に戻って晩飯だ!洗脳も溶けてるだろうし、村のみんなと宴会でもしようぜ!」

旅人が来ればもてなすのがオーカゼ村の流儀。
ましてやそれが帰ってきた村人と友人ならば、より一層盛り上がるだろう。
この先どうなるか分からないのならば、今を楽しむべきだ。

ジャンは夕日の中、そう考えて山道を下り続けた。

【この辺でそろそろ章区切った方がいいんじゃないでしょうか…】
0314ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/23(火) 01:08:46.38ID:Uq/HO4fB
>「……本当に、私でいいんでしょうか」

皆に背中を押され、シノノメが指輪に手を伸ばす。
彼女がそっと手を伸ばし指輪に触れた瞬間、指輪からあふれ出した闇が彼女を包み込んだ。

「なんだと……!?」

>「えっ……な、なに?なんで急に……!?」
>『……うむうむ、愛い反応じゃのう。
 指環の試練など久しくしておらなんだが……
 指環を手にしたと確信した者達がそうして慌てふためく姿は何度見ても愉快じゃ』

シノノメの姿は闇に包まれ、その場から見えなくなった。
ティターニアが言葉を発するよりも早く、スレイブが剣を突きつけながらニーズヘグに問う。

>「彼女に何をした……!」
>『何をもなにも、見た通りじゃよ。"試練は合格だ"。"指環を授けよう"。……一言でも儂がそう言ったかの?』
>「まさか……」
>『さぁさぁ、余興はここからじゃ。あと何度、お主らは儂を愉しませてくれるかの』

「貴様……もしも、合格できなかったら、彼女はどうなる?」

よくも嵌めたな――と激昂して詰め寄りたい衝動を抑え、不合格だった場合のシノノメの処遇を問う。
竜とはヒトの尺度を遥かに超えた、世界の理が形を成したようなもの。怒りを向けるだけ無駄だと分かっているからだ。

『そうじゃな――指輪に乗っ取られ言わばもう一人の”指輪の魔女”となるじゃろう。
安心せい、どっちにしても指輪は手に入るということじゃ。
ああ、それとアルマクリスじゃったか、それに今しがた試練に敗れた犬騎士も今や儂と同じ闇の一部となっておる。
今頃仲良く手を組みあの娘を乗っ取ろうとしておるじゃろうな。要はお主、アルマクリスの小僧にまんまと利用されたのじゃよ』

アルマクリスが一行に力を貸したのは、敢えて試練の第一段階をクリアーさせシノノメを乗っ取るのが目的だったのだ。
数舜かかってようやく意味を理解したティターニアの表情が絶望に彩られる。

「そ……んな……」

つい先刻シノノメの背中を押した右手を茫然と見つめる。
またしても無関係な者を指輪を巡る因果に巻き込み奈落の底に突き落としたのだ。
しかも、奇しくも少年時代のアドルフと同じ轍を踏む構図となっていた。

『なかなか出てこぬな。これはくたばったかもしれんぞ。
さあどうする。責任を持って引導を渡すか? それとも犬騎士のように地獄の果てまで寄り添うか?』

動揺するティターニアを、可笑しくてたまらないという風に煽るニーズヘグ。
ティターニアは目に涙を浮かべニーズヘグをきっと睨む。
0315ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/23(火) 01:14:06.57ID:Uq/HO4fB
「そなたは人知を超えた偉大な存在なのだろう!? ちっぽけなヒトを弄んで何が楽しいのだ……!
どちらも選ばぬ。今ここで貴様を屠り乗っ取られる前に彼女を連れ戻す……!」
0316ティターニア ◆KxUvKv40Yc 垢版2018/01/23(火) 01:15:17.67ID:Uq/HO4fB
そしてゆっくりと杖の先を向け今まさに宣戦布告しようとしたその時だった――

>「……さぁ、私は闇の指環の力を引き出した。今度こそ、試練は終わりです」

――凛とした声が響いた。
闇に取り込まれる前と比べてどこか吹っ切れたような雰囲気だが、
その気配は確かにシノノメのもので、その右手には、闇の指輪が握られていた。

>「無事だったか……!」

ティターニアはシノノメに駆け寄り、抱きしめて無事を喜んだ。

「シノノメ殿……見事試練を潜り抜けたんやな! 良かった……良かったよ……!」

そんな光景を前に、ニーズヘグは相変わらずからかうような態度を崩さない。

>『くくく……愉快愉快。許せヒトの子よ。若者をからかうのは年寄りの特権、娯楽のない余生の一抹の潤いなんじゃ』
>『相変わらず趣味と性格が悪いのニーズヘグは……儂ちょっとドン引きじゃわ。やっぱ友達は選ぶべきじゃな』

>「次、くだらない茶目っ気を入れてみろ……ウェントゥスに頭を下げてでも指環の力で貴様を叩き斬る。
 これで指環の試練は終わりなのか?追試はないんだろうな」

スレイブがシノノメ達とニーズヘグの間に割って入り、激昂しながら問いかける。

>『これで終わりじゃよ。物語や伝承に語られるように、
 勇者たちは無事試練を抜け指環を手に入れました……めでたしめでたしというわけじゃ』

その言葉を聞き、ひとまず安堵するティターニア。

「全く……そなた少し冗談が過ぎるぞ。おかげ様で年甲斐無く取り乱したではないか」

>「まだめでたしとは言えねえな。指環の魔女――というかメアリの奴とエーテル教団をぶちのめしてからだ」
>『……ソルタレクへ行くのじゃな?今やあそこはエーテル教団の理想郷。
 今代の指環の魔女は随分と実力があるようじゃ』
>「闇の指環は手に入ったし、村のみんなも助けた。
 これ以上あいつに好き勝手はさせねえよ。ありがとうな、爺さん」

「……悔しいが我からも礼を言うぞ。結果オーライという言葉が古来より存在するからな」

経緯はともかく結果的には味方は全員無事で、闇の指輪は手に入り、
おまけに強敵の一人であったアドルフは倒れ、敵に関する重要な情報まで手に入った。
結果だけを見ればいい事ずくめだ。
もしかしたら最初からこちらを指輪の勇者と認めていて、本当にからかって遊んでいただけなのかもしれない。
そう、竜は人知を超えた存在。真意など知る由もないのだ――
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