星新一賞欲しいよ


エヌ氏は一介のサラリーマンである。仕事をしながら彼はこう思うのだ。「ああ、小説家
になりたい」と。
 そんな折、彼はインターネットで「星新一賞」なるものが存在することを知った。星新
一っぽいショートショートであれば、自分にも書けるのではないか?
 早速彼は過去の受賞作全七巻をダウンロードした。読み進めるうちに、なんか自分が思
っていたのと違うぞ? ということに気付いた。星新一のショートショートといえば、「難
しい知識を入れない」というのがルールだと思っていたが、これは理系的知識をこれでも
かと詰め込んでいる作品ばかりなのだ。話自体はくだらない、というのは星新一と共通し
ているが。彼にとってSFといえば小松左京であり、星新一は幼稚だったのだ。
 星新一賞を獲ったところでただちに作家デビューできるというわけではない。賞品もあ
まり欲しいものではない。そこで得られるのは“名誉”である。もし星新一賞を獲れれば、
今度はホラーの長編を書いて日本ホラー小説大賞に挑戦しよう。
 星新一賞に応募するといっても、テーマが決まらない。テーマが決まらなければどの本
を読んでいいかも分からない。受賞作全七巻を読破したエヌ氏は、とりあえず本屋で目に
ついた“Newton別冊 宇宙大図鑑200”というのを買ってみた。勉強なんて何十年ぶり
だろう。エヌ氏は苦闘しながらもなんとか読み終えた。
 エヌ氏は早速得た知識でショートショートを書いてみようと思った。とりあえず手始め
にどこかの小説投稿サイトに投稿してみるのだ。
 ところが、一文字も書けない。小説を書くことがこんなにも難しいとは。エヌ氏は悩ん
だ。
 まあいいさ。まだ知識が不十分なのだ。エヌ氏は今度は“Newton別冊 ゼロからわか
る人工知能”を買った。AIといえば星新一賞では定番だ。
 それを読み終え、書こうとしたが、またしても一文字も書けないのだ。
 エヌ氏は様々な科学本を読み漁った。ブラックホール、ワームホール、軌道エレベータ
ー……
 一冊読むたびに何か書こうとするのだが、やはり一文字も書けないのだ。そうこうする
うちに第八回の締め切りが迫ってきた。エヌ氏は第八回を見送ることにした。

 星新一賞も第四十八回を迎えた。エヌ氏は相変わらず書けなかった。その頃には寿命を
伸ばす医学が確立されていた。このまま星新一賞に挑戦することもなく死んでしまうのは
惜しい。彼はその手術を受けた。
 彼は本を読み漁り続けた。量子コンピューター、ひも理論、エジプト、植物、動物……。
科学に関係ない本も読んだ。能、狂言、バレエ、江戸、将棋、囲碁……。だがやはり一文
字も書けなかったのだ。

 星新一賞も第四百回を迎えた。エヌ氏は相変わらず書けなかったが、各クイズ番組に引
っ張りだこになった。彼は星新一賞を獲れなかったが、雑学王になった。