【国鉄】【私鉄もどうぞ】懐かし時刻表談義
ここは,古の時刻表(主に〜20世紀中)をネタ元に,
気づいた点,疑問点などのさまざまな話題を取り上げるところです。 お買いになった方はいらっしゃいますか?
と何故言えないのだw 急行きたぐに(青森~大阪)
寝台は新潟~大阪だけ連結していたのはよいとして
座席車のうち1両だけを秋田で切り離す必要性は何だったのか 急行ことぶきとは別に設定されていた南九州グリーン号は
どういう人対象だったのだろう。 電子版ですでにある1958年、1975年や1980年の10月号のムックは出ないのかねえ 新幹線の全車自由席列車を表す○の中に全自(正確には○は0系の顔)の表記は
一目瞭然なのにやめてしまった 臨時列車 急行やえがきの経路が
徳山~広島~岡山(折り返し)~倉敷~米子~出雲市
広島~芸備線~木次線~宍道を通らないのは
急行ちどりの夜行2往復あるところに加えて3往復目を入れるのをためらったのか 復刻版は昭和50年代に出た戦前・戦中編と戦後編、戦後編2を持っていればよろし 駅探とか見ると新幹線開業後の並行する幹線って今は殆ど普通列車ばかりで味気ないな。
昭和のそれまではほぼ1日通して特急、急行、夜行とかがにぎやかに時刻表に掲載されてた。 岡山開業号(1972年3月)の訂正表に意味をなしていない訂正が有った
復刻版の巻頭7頁にある訂正表の右下。
254頁|543列車|追加|【 】
【 】の中に何かの文が入るはずだったのだろうけれど
肝心のものが入っていない 創刊号。「○◇氏経営」と書いてある乗合自動車がたくさんのっている
個人タクシーは今も続いていますが個人バスはさすがに無くなったのかな。 >>390
当該部分にカッコだけ追加、が正規なんじゃね? 国会図書館デジタルコレクションでは時刻表が全く見られないことに気付いた
郵便線路図とかならあるのにな >>392
【 】はほかの列車には運転日が入るのと、特別急行の列車名(急行は[ ]で囲んである)
[十和田5号] 【3月15日→5月21日及び夏A運転】
【つばめ51号】 【4月29日→5月2日運転】
この543列車(普通列車)には何もないので【】だけあっても意味がない 上り夕方に【休日運休】があるから543列車も【休日運休】か? ひょっとしたらそうかもね
で、その訂正の字が抜けたと 急行のグリーンに乗車するときに
急行東海などにあった自由席では急行券・グリーン券(今と同じ)
指定席だと急行券・グリーン券に加えて指定席券が必要だったのは知らなかった。 >>397
> 指定席だと急行券・グリーン券に加えて指定席券が必要だったのは知らなかった
指定席券は要らないよ
急行券とグリーン券だけ 「急行券・グリーン券」←急行の指定席グリーン
「急行券・自由席グリーン券」←見たまま
「急行券・指定席券」←急行の普通車指定席
「急行券」←単なる急行券は自由席がデフォ
特急券については指定席デフォだから
単なる「特急券」表記の券=指定席特急券 400(σ・∀・)σゲッツ!!
400キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
400(・∀・)イイ!! 東京駅毎時0分は停車駅の少ない博多行き
12分はは停車駅が多い博多行き
16:00は例外で停車駅が多い博多行きが入っていた 横須賀線は昼間に横須賀止まりで半数くらいが横須賀⇔久里浜の区間運転と接続していたが
逗子止まりにして区間運転を逗子⇔久里浜に拡大した理由は何だったのだろう。 大正14年版「汽車時間表」掲載の桜の名所
『仁和寺は山陰本線花園駅、嵐山は同嵯峨駅から十丁と隔らない』
当時の便は京都⇔園部 1日5往復と、長距離列車が1日7往復。
あれから百年で大混雑する区間になってしまった 昭和60年3月
あかつき1号・3号の諫早~長崎は寝台券不要(立席特急券で乗車可能)といっても
当時だとこんなに短区間の乗車は尋常では言えないような そこ単体でみれば「誰が乗んねん」って場合でも
普通列車の本数に関係してたりとか、他の理由は必ずあるはず 諫早駅
(前略)
7:03 普通 新線経由
7:14 普通 旧線経由
7:30 あかつき51号
7:40 普通 旧線経由
7:47 普通 新線経由
8:15 あかつき1号
8:52 普通 旧線経由
9:04 あかつき3号
9:22 かもめ1号
9:30 普通(ノンストップ)
9:57 かもめ3号
(後略)