デフロスタを懐かしむスレ [無断転載禁止]©2ch.net
>>68
弘南には付いてないのもあったよ
曇ったらその都度拭き取っている 雪国なら鉄道員だけでなく農家も漁師もみんな寒さをしのぐのに苦労してる 懐かしくないが鉄博のクモハ455−1にデフロスタが取り付けられて展示されています 自動車もデフロスター式にしてほしいな
顔が暑いし乾燥する >>76
いっそクラクションもホイッスルかタイフォンに それなら改造して付けているツワモノがいる
小型コンプレッサー付けて >>23
同じ頃に俺は名古屋駅で初目撃
103系の方向幕が「中央線」のままで
もちろんクーラーもなくデカ目ライトの時代
あんなものをくっ付けて運転士は
さぞかし見難くなったろうなと子供心に感じていた >>81
サイズが天地方向に長ければ運転士の視野を狭めることはない 仙石線の偽103系(72系?)には付いていたな
あとはすべて暖地向けだから無し
電熱膜フイルムならあったかも 国鉄103系とか西武の食パン顔の一党とか、
あの部類の顔にデスロフタはいちぱんしっくり来るね 新潟のキハ35で見ました
吹雪いてる時には設置部分だけ雪が付着してないので
効果が見た目に良く分かりました。 >>71
元飯田線の社型国電を撮りに大阪から遠征したときに
手でいちいち拭き取りしてたのを見た
行き交う電車は軒並み、顔にびっしり雪が付着して雪国の気候の厳しさをまざまざ見せつけられた 161系?181系?にもデフロスター装備車あった
温風式じゃないのか EF66も20号機まではクルマと同じ温風式だったけど、
21号機から電熱被膜式に変更されたな。 と思ったけど、485系は最終ロッド(1976年製)まで温風式だった。
3000番台のリニューアルで同じく変更。
ワイパーも電動化。 >>88
あのにせ103系が本物の103系に生まれ変わり、川越線で活躍したね。
仙石線は4両編成、川越線は3両編成だったので、サハ1両はオレンジに塗り替えて
青梅、五日市、武蔵野の共通運用に組み込まれていた。
東京地下駅で見たときは感動した。 窓全面に拡げたら運転士さんも視野が妨げられずに良かったのに 運転室も外気と同じくらいに冷えてれば曇らないのではないか >>110〜>>111の掛け合いで思わず吹き出した あったよ。寧ろ片側しかない車ってあった?
高シマは最後までデフロスターだったけど、新カヌは電熱膜に更新された。ライトがデカ目のままだったのは良かった。 車のフロントも電熱式にすればいいのにな。
顔が暑くて息苦しくなる。 しかし温暖化が進んで毎年暖冬になればもう悩まされることないしね 京阪神地区の103系では取り付けられて2〜3年で熱線ガラスに交換されてしまう悲運をたどることに 当然
あんな物が取り付けられて憤慨してた運転士さんも多かったのではないかね
曇れば拭けばいいんだからw 1981年12月京福電鉄乗車時になんども曇りを拭き取りしてるのを見た
大変なお仕事と思った 静鉄で黄色い化学布巾で拭いてるところを見た
クモハ300が急行で元気に走ってた頃 >>36
幸福駅に保存のキハ22のヘッドライトにはつらら切と思しき小さなひさしが付いているね。
その昔は大糸線にいたクモハユニにも不細工なつらら切ひさしがなぜか運転台窓だけあった。
>>37
リンク先消滅して今や見れないけどこれってキハ81-6の事かな?
確かにキハ81-6は運転台窓の上に手すりの様なものが張っていた居たけどこれって全車で6両あるキハ81の6番にだけ設置されていた謎の装備ですね。
>>51
静ヌマ御殿場線用のクモハ73とクハ79にもデフロスタが付いていたなぁ。
昔の観光バス、スキーツアーで雪山なんか行くとガンガン内側曇るからウエスに”クリンビュー”を吹いて前面窓の内側に塗りつけてた。
クリンビューは一定時間曇らない効果があって油膜取り以外にも重宝したが、だんだん結露が出てくるのが難点だった。 宮ノ越で153系低運車にデフロスタがついた変わった車両を見た クリンビューはクイズ番組タイムショックのスポンサーであり
CMソングもよく覚えています
鉄道の現場で良く使われてきたのではないでしょおか 近鉄がナローを持ってた時代、昭和一桁生まれの古典車にデフロスターが付いていたのには萌えた あの路線は冬はそこそこ寒いので
装着部分以外のガラスが真っ白に曇って効果覿面なのは良く分かった 客室窓にも付けて欲しかった
曇ったら外の景色を楽しめないのよ 近鉄経営時代の伊賀線二代目モ5000
すごい雪の日に窓ガラスに雪がびっしり貼りついて真っ白のところ、
デフロスター装着部分だけは平常で効果を感じることができた
ワイパーもまともに作動してなかった
三重県でも山間部は雪国並みに降るときは降ると知った 雪の付着防止も装着の狙いとしてはあるけど元々は窓ガラス内側の曇り止めでしょう