東横線の急行として、また京浜(京急)線への直通としても考慮されデビューした花形スターの旧1000形
のちに3500形に改番された後にも、3000系列の中では側窓も大きくもっとも美しい外観を誇っていた

ところが海坊主に変身して全てが台なしになり、晩年になり名車と言われた3450とは正反対の評価をされ、惜しむ声も上がらずにあっさり解体されてしまったのは、余りにも気の毒だった