札幌に限らず、気動車の普通列車の場合、当時はとにかく
所定の編成両数を組めればいいって感じで
急行型、近郊型、通勤型をごちゃまぜにつないだ編成が
全国各地でみられたのからな。
そうすると当然乗車位置なんか車両によってバラバラだし、
2扉か3扉か、あるいは片開きか両開きかさえ1両ごとに
違うなんてことも珍しくなかったから、
乗車位置なんてあってないに等しいようなものだったよな。
もっとも、今ほど整列乗車が浸透していなかったこともあって、
それでもなんとか捌けていたのも事実だが。