「山陰均一周遊券」を握りしめ、初めて行った山陰地方。
その山陰へのアプローチは、新幹線で新大阪〜581系「しおじ」で広島、
そしてエリア内へは、経路が豊富だった周遊券の中でも一際異彩だった国鉄バス広浜線の“夜行バス”だった。
その後も周遊券を存分に使って夜行連泊を繰り返していたが、
当時まだ健在だった広島(岩国)−米子を走っていた夜行急行「ちどり」にも乗った。
周遊券のエリアは三次までだったが、三次到着が未明の3時台だったため、うっかり寝過ごして広島まで行ってしまったことがある。
一旦周遊券のエリアを出てしまったら、もうエリアには戻れないと思っていたから、この時は正直焦った!
とりあえず、仕方がないので車掌さんに事情を説明したら、
「じゃあ、折り返して戻ってください」とあっさり言われてホッとしたものだ。
山陰の夜行は乗る時は深夜0時過ぎ、降りる時は3時台というパターンだったから、夜行連泊には辛い場所だったな。
ところで、この時の帰路は松江発岡山経由新大阪行きの夜行臨時特急「おき51号」だった。
ピカピカの181系気動車の夜行運用は、最近では「おわら」や「シュプール」の実績はあるが、
当時はこのくらいだったと記憶している。