次に山陰線に乗った時、鳥取・島根・山口の車窓に望まれる古い家の壁から
どれだけ古看板が減っているか、心配だ

1987年夏に始めて山陰線に乗り、下り急行「さんべ」で下関に向かった時、
その手の看板が車窓からあまりに頻繁に見えることに驚いていたものだが
その後山陰へ行く毎に、着実に減っていたからね