行先であったもの
茅野、上諏訪、辰野、伊那松島、沢渡、駒ヶ根、伊那福岡、上片桐、伊那大島、飯田、天竜峡
平岡、水窪、中部天竜、三河川合、本長篠、新城、豊川、豊橋

始発追加
佐久間、牛久保

それ以外
三河大野

時期によって、もちろんまだ他にもあったと思います

列車の有効長さは飯田豊橋で7両らしい、ただしホームが三河大野−豊橋は6両可、それ以北は限られていました
クハユニ+クモハ+クモハの上り3両に中部天竜で2両増結の列車があり、これも最後部は三河大野までドア締め切り
(客扱いはしていました)
朝夕の流電含む4+2両が、ホームからはみ出す2両分だけ豊橋−三河大野のサボをつけていました
ただし附属の2両ではなかった記憶があります(1両目と6両め)、しかしこれはさすがに記憶の間違いの可能性大
あと夜中にクモニ+クモニ+2+2両の6両の上りがあり、これはどうなっていたのでしょう?