【天声人語】2006年09月15日(金曜日)付

 酒は、百薬の長と言われるほどの効用がある一方で、人を変えてしまう魔力がある。
車も、多くの効用がある半面、ハンドルを握ると人が変わると言われるような魔力を
備えている。この二つの魔力が重なった時にどれほどの惨禍をもたらすかは、考えな
くても分かることだ。
 酒を飲んで運転したために引き起こされる悲惨な事故が絶えない。01年に飲酒運
転の罰則が強化され、死亡事故はいったん減ったが、最近は微増の傾向がみえる。
 罰則の重い「危険運転致死傷罪」を逃れるため、事故の後に逃走する者もいる。時
間をかせいで、酔いをさまそうということらしい。これなどは、飲酒運転で人を殺傷
するかもしれないが構わない、そして被害者がどうなっても構わないという「構わん
罪」を二重に犯している。
 運転者本人の自覚が肝心だし、酒を飲ませた側の責任も重い。しかしもう少し広く
見れば、いわば普通の人を瞬時に殺人者に変える魔力を持つ車をつくり、売っている
側も危機感を持つべきではないか。
 販売台数が世界でトップクラスとか、累積で1億台を売ったといった業績も大事だ
が、被害者や、人をあやめる運転者をひとりでも減らす手だてをどれだけとってきた
のだろう。「飲んだら動かない車」の開発に取り組むメーカーもあるようだが、遅す
ぎてはいないか。
 「あなたと周囲の人の安全のため、飲酒運転はやめましょう」「飲酒は車を凶器に
変えます」「飲酒やめますか。人間やめますか」。こんな「警告」を車体や広告に掲
げる時代が来ないとも限らない。