>>314
小笠原清忠著『弓と礼のこころ』によれば

「明治時代になって何が変わったかといえば、それは侍の社会という、武家礼法のそもそもの基盤がなくなったということです」

とのことで、基盤なき中で学校教育に力を入れて礼法の生き残りを図ったようなことが記されている
こういう教える相手と基盤を共有できていないっていう事態の中で礼法の在り方の変化に歯止めをかけるために清務の遺訓があったんだと考えてる

ただ実際小笠原流の維持のためにはサラリーマンの給料じゃ足りないから、現実に支援する会なんかもあるし、事実どこまで守られてるかは知らんけどな
あんまりこういう場所でも書かないほうがいいことだろうしこれ以上は書かんが