>>35
>虎と鏡
虎は鏡を認識してないから驚くのです。例えばモニタリングで有名な原西ゴリラ。
あれを中身は人間と知っていて驚く人はいません。なのでその仮説は成立しないと考えます。
フグが自分の毒で死なないのと同じです。

>相手が察知して対応してるだけ
半分は正解。もう半分は否。
例えばバスケにアンクルブレイクという技術があります。あれは触れずに相手を転かします。
そんなイメージに限りなく近いものと思われればいいかと。
そこに当身というオマケがイメージでついてくるという感じですかね。

>柔道見地からみたら不思議
当然の感想ですね。柔道の場合はそのルールの概念上、投げられた=死、です。
合気道では自ら受け身を取る(投げられる)事によって生を拾うのです。
武術の根本は最低でも命を残す事です。
「村八分」という言葉があります。村十分でないのには意味があります。
それは二分だけは慈悲を残してやるという事です。許されない事をしたから
制裁するのだけど、大怪我をしたら治療をしてやるとか死んだら葬式を出してやるという
二分の許しの精神ですね。
合気道ではこの二分の精神がとても重要です。なので取りも二分の精神で
相手が受け身を取れるように残してやっているわけです。