>>123
横から失礼
A先生に関しては申し訳ないけどこの演武、正直言って掴み技以外は掛かってないと思うよ
ここ数年の傾向だと思うのだけど、師範の理想とする合気道が
養神館合気道の演武スタイルでは表現できなくなっている
それは実力が上がった、というよりも、相手と交わらなくなった、と言ったほうがいいだろうか
接触しないで投げることに重きを置くようになってから、相手を確実に捉える事をやめてしまった
ご自身がどれだけ”手応え”を持ってやられているのか少々疑問だが、この傾向に拍車をかけた遠因は弟子達にもある
掛からないモノは掛からない。掛かってないモノは掛かってない
そういうフィードバックをしてやらなければ術者の向上はありえない
それがたとえ己の師であったとしても、だ
綺麗な受身も結構だけどね、本当に必要な飛躍受身がいったいどれだけあっただろう
腰投げなのか背当身なのかよく解らないものに、倒れる必要がなかったのなら、
そのままでまたすぐに襲いかかった方が相手のためになるだろう。
そういう駄目だしをしてあげるのも弟子の勤めだと思うよ
武道の本質は”現実とどう向き合うのか”ではなかったろうか

誤解のないように補足しておくと、普通にやれば師範は本当に達人なんですよ。
オレも昔投げられたことあるけど、技は本物なんだ。基本技とか受けてみれば、
塩田剛三が何をやっていたのかを垣間見ることができる。
でもここ数年の演武、またはそれに付随する合気道の考え方は、
相手のフィードバックを無視しているというか、理想が強すぎるきらいがあると思う
道場に植芝翁の肖像が飾られていることから、思想的にはそちらの色が強いのかもしれない
でも横槍ながら、今一度、対する相手とのギャップを正確に把握して埋めて欲しいと思う。弟子のためにも。

合気道は武道です、というのなら、常に現実を側に、道場に立って欲しいと思う