軍畑裕司(いくさばたゆうじ)
従一位太政大臣。 青梅源氏嫡流。 龍神三兄弟といわれた夷狄征伐のため1193年に征夷大将軍に命じられる。
大将の一人を打ち取ると落首(らくび)と呼ばれる、敵の生首を蹴鞠に見たてて遊び、相手の戦意を失わせて降伏させた。

これが後のラグビーとなったとも言われる。 その後奥多摩に幕府をひらき、善政を敷いた。

最近まで、ご神体を拝む肖像画が将軍の顔とされていたがあれは側近の 三 宅(しのまえ たく)であることが有力視され、実際は傍系の桃李と思われていた人物が裕司将軍というのが近年の説である。 入道後は愛染和院(あいぜんわいん)と名乗る。