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速報 元貴乃花親方 テレビ出演
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0001待った名無しさん2018/12/10(月) 12:33:15.18ID:G6Gl4yvd0
ソース テレビ朝日系列
0002待った名無しさん2018/12/10(月) 21:04:46.31ID:rdo/SSBFd
貴ノ岩へ「もう10年会わない。来ても追い返す」
0003待った名無しさん2018/12/11(火) 09:24:30.93ID:xIV6Pp8k0
 中野区本町の光司は不惜身命、平成の六年、若くして名を横綱に連ね、ついで二十二回の優勝を果たしたが、
性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、年功序列に甘んずるを潔しとしなかった。
いくばくもなく一門を退いたのちは、江東区東砂に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら改革案作りに耽った。
年功序列で理事となって長く膝を先輩の尾車の前に屈するよりは、改革者としての名を死後百年に遣そうとしたのである。
 しかし、名声は容易に揚がらず、生活は日を逐うて苦しくなる。光司はようやく焦燥に駆られてきた。
このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、
かつて横綱に昇進したころの豊頬の美少年の俤は、どこに求めようもない。
数年ののち、付き人不足に堪えず暴行事件を起こした弟子のためについに節を屈して、
ふたたび理事会へ赴き、一兵卒の職を奉ずることになった。一方、これは、己の改革に半ば絶望したためでもある。
 かつての同輩はすでに遥か高位に進み、彼が昔、僅か八回の優勝として歯牙にもかけなかった八角の
下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才光司の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。
彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑えがたくなった。
半年ののち、巡業で旅に出、秋田のほとりに宿ったとき、ついに発狂した。
ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上がると、「あーす!」と叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。
彼は二度と戻って来なかった。付近の山野を捜索しても、なんの手がかりもない。
その後光司がどうなったかを知る者は、誰もなかった。
0004待った名無しさん2018/12/11(火) 09:36:24.07ID:4fCBcLzA0
 中野区本町の光司は不惜身命、平成の六年、若くして名を横綱に連ね、ついで二十二回の優勝を果たしたが、
性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、年功序列に甘んずるを潔しとしなかった。
いくばくもなく一門を退いたのちは、江東区東砂に帰臥し、人と交を絶って、ひたすら改革案作りに耽った。
年功序列で理事となって長く膝を先輩の尾車の前に屈するよりは、改革者としての名を死後百年に遣そうとしたのである。
 しかし、名声は容易に揚がらず、生活は日を逐うて苦しくなる。光司はようやく焦燥に駆られてきた。
このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、
かつて横綱に昇進したころの豊頬の美少年の俤は、どこに求めようもない。
数年ののち、付き人不足に堪えず暴行事件を起こした弟子のためについに節を屈して、
ふたたび理事会へ赴き、一兵卒の職を奉ずることになった。一方、これは、己の改革に半ば絶望したためでもある。
 かつての同輩はすでに遥か高位に進み、彼が昔、僅か八回の優勝として歯牙にもかけなかった八角の
下命を拝さねばならぬことが、往年の儁才光司の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。
彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑えがたくなった。
半年ののち、巡業で旅に出、秋田のほとりに宿ったとき、ついに発狂した。
ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起上がると、「あーす!」と叫びつつそのまま下にとび下りて、闇の中へ駈出した。
彼は二度と戻って来なかった。付近の山野を捜索しても、なんの手がかりもない。
その後光司がどうなったかを知る者は、誰もなかった。
0005待った名無しさん2018/12/11(火) 10:12:00.99ID:xIV6Pp8k0
 十年後、総合格闘技王座、蒙古の義司という者、格闘団を率いてヘブライに使いし、途に宿った。
次の朝未だ暗い中に出発しようとしたところ、駅吏が言うことに、これから先の道に人喰龍神が出る故、
旅人は白昼でなければ、通れない。今はまだ朝が早いから、今少し待たれたが宜しいでしょうと。
義司は、しかし、供廻の多勢なのを恃み、駅吏を張り手で斥けて、出発した。
 残月の光をたよりに林中の草地を通って行った時、果して一匹の龍神が叢の中から躍り出た。
龍神は、あわや義司に躍りかかるかと見えたが、忽ち身を飜して、元の叢に隠れた。
 叢の中から人間の声で「あぶないところだった」と繰返し呟くのが聞えた。その声に義司は聞き憶えがあった。
驚懼の中にも、彼は咄嗟に思いあたって、叫んだ。「その声は、我が師、光司師ではないか?」
義司は光司門下で初めて幕内に登り、弟子の少かった光司にとっては、最も粗略にした弟子であった。
峻峭な義司の性格が、峻峭な光司の性情と衝突したためであろう。
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