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ロスト・スペラー 18
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0001創る名無しに見る名無し2018/02/08(木) 18:42:15.87ID:S22fm2qA
夢も希望もないファンタジー

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
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http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
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http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0002創る名無しに見る名無し2018/02/08(木) 18:45:07.10ID:S22fm2qA
今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。

『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。


ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。
0003創る名無しに見る名無し2018/02/08(木) 18:46:26.56ID:S22fm2qA
魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。

今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。
しかし、今――
0004創る名無しに見る名無し2018/02/08(木) 18:46:57.19ID:S22fm2qA
……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来ますが、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。
0006創る名無しに見る名無し2018/02/09(金) 18:56:51.43ID:OdTAtG0g
コバルトゥスの冒険


第五魔法都市ボルガにて


精霊魔法使いの冒険者コバルトゥス・ギーダフィは、旧い魔法使いが遺したと言われる、
財宝の在り処を示した秘密の地図を、怪しい浮浪者から受け取った。
この浮浪者は、ある魔法使いから地図を託されたのだが、自分で財宝を探し当てたくとも、
その力が無かった。
そこで「話に乗ってくれそうな腕利きの人物」を探していたと言う。
煽て上げられて好い気になったコバルトゥスは、何事も行動に移さなければ始まらないと、
地図に記された財宝の在り処へと向かう事にした。
財宝の在り処の周辺図と思しき物が描き記された地図の端には、以下の一文が添えられている。

「マンリガタリから西に、山を越え、川を越え、谷を越え、森を越え、断崖の洞穴に入る」

マンリガタリとはボルガ地方の西部にあるマンリガタリ町の事だ。
その西には確かに山があるが、山の向こうに何があると言う話は聞かない。
最新の町の周辺図を見ても、そこは山林しか描かれていない。
それでもコバルトゥスは浮浪者が持っていた地図を信じた。
伸るか反るか、危険を恐れないのが冒険者。
冒険心を失って何もしない者には、その資格は無いのだ。
0007創る名無しに見る名無し2018/02/09(金) 19:03:30.58ID:OdTAtG0g
ボルガ地方西部、山林に囲まれた秘境の洞窟にて


コバルトゥスは精霊の導きを頼りに道無き道を進み、山を越え、川を越え、谷を越え、森を越え、
遂に小さな洞窟を発見した。
とても徒歩では到達出来ない断崖の高い位置に、大人が入れる程の洞穴が口を開けている。
コバルトゥスは風の魔法で跳躍し、洞穴の前にある3平方身の広い足場に上がった。
そこでは意外な人物が、彼を待ち構えていた。

 「おっ、コバギじゃないか!
  こんな所に何の用なんだ?」

それは旅商の男ラビゾー。
中肉中背の中年男性で、コバルトゥスとは長い付き合いだ。
コバルトゥスは吃驚して尋ね返す。

 「先輩こそ!」

 「僕は人の付き添いで」

2人が話していると、洞穴から新たに1人が姿を現した。

 「どうしたんですか、ラビゾーさん?
  こんな所に誰か……」

それを見て、コバルトゥスは二度吃驚。

 「君は、カシエ!?」

 「バル!!」

第三の人物はカシエ・フラシャルデン。
一時コバルトゥスと旅をした事がある女性だ。
「バル」とは「コバルトゥス」の愛称の一つ。
約2年振りの偶然の再会に、カシエの方も驚いていた。
0008創る名無しに見る名無し2018/02/09(金) 19:11:37.08ID:OdTAtG0g
 「どうして、こんな所に!?
  いや、それよりも……、えぇい、何から聞けば良いのか!」

コバルトゥスの記憶では、カシエ・フラシャルデンは世間知らずで内気な女性だった。
一緒に旅をしたと言うのも、コバルトゥスが強引に彼女を口説いて連れ回した。
それが、「こんな場所」で何をしているのか?
混乱する彼に、カシエは笑顔で答える。

 「私、冒険者になったの」

 「何だってぇっ!?
  何で又!?」

コバルトゥスは仰天し、目を剥いて大きな声を上げた。
カシエは冒険者らしい砂色の「狩猟家」の服装に反して、凡そ「冒険者」とは言い難い生白い肌に、
鮮やかな朱色の長い髪を纏め上げている。
このアンバランスさが、如何にも駆け出しと言う風。

 「貴方と冒険して分かったの。
  私の人生に足りなかった物が何なのか!」

 「それが『冒険』だって言うのか?」

 「ええ、その通り!!
  今、私は生きている!」

気弱だった女の子が、数年で逞しくなった物だと、コバルトゥスは感心した。
彼は改めてラビゾーに向き直る。

 「それで、先輩は?
  何で、こんな所に?」

 「言ったじゃないか、付き添いだって」

 「そうじゃなくて、この洞窟が何なのか知ってるんスか?」

 「いや、知らない。
  財宝の洞窟らしいが、僕は雇われたんでなぁ」

 「――ってェ事は、カシエ!
  君が先輩を、ここに連れて来たのか!」

コバルトゥスがカシエを顧みると、彼女は素直に平然と頷いた。

 「そうよ」

以前の彼女からは想像出来ない行動力に、コバルトゥスは舌を巻く。
0009創る名無しに見る名無し2018/02/10(土) 17:33:39.91ID:XkodYfGP
カシエは一々驚くコバルトゥスに、事情を話した。

 「ボルガ市で変な小父さんに地図を買わないかって言われてね」

コバルトゥスはラビゾーを一顧する。
ラビゾーは不快感を顔に表して言った。

 「僕じゃないぞ」

そんな2人の遣り取りを見たカシエは、苦笑して続ける。

 「財宝の隠し場所が記されてるって言うから、安かったし買っちゃった」

 「俺と同じって訳か」

コバルトゥスの発言を聞いて、カシエは尋ねた。

 「貴方も財宝を探しに来たの?」

 「ああ。
  それで、どうする?」

 「どうするって?」

彼の唐突な問いに、カシエは理解が追い付かず、尋ね返した。
コバルトゥスは小さく笑う。

 「同じ目的を前にして、冒険者が2人」

彼はラビゾーに目を遣る。
ラビゾーは眉を顰めて一言。

 「僕は違うぞ」

コバルトゥスは真顔でカシエに向き直った。
0010創る名無しに見る名無し2018/02/10(土) 17:35:17.34ID:XkodYfGP
冒険者同士は仲間であり、商売敵でもある。
同じ目的を前にすれば、協力するか、敵対するか選ばなくてはならない。
しかし、カシエが理解していない様子だったので、コバルトゥスは先輩振って教授した。

 「冒険者同士は仲間、そうでなけりゃ敵だ。
  俺と君は同じ財宝を狙ってるんだぜ?」

 「じゃあ、競争する?」

カシエが然して驚きもせず、普通に尋ねて来たので、コバルトゥスは逆に驚かされる。

 「競争……。
  いや、競争しても良いけどさ、君は冒険者と言っても駆け出しだろう?
  俺と競争して勝つ自信あるの?」

彼にも先輩冒険者としての矜持がある。
駆け出しの雛(ひよ)っ子に負ける気は更々無かった。

 「それは分からないけど」

 「そうだろう?」

勝負は止めておけと、コバルトゥスは暗に忠告する。
0011創る名無しに見る名無し2018/02/10(土) 17:36:58.97ID:XkodYfGP
だが、カシエは聞かなかった。

 「でも、分け前が減るのは嫌かな」

 「それは嫌だろうけどさぁ……」

意外に強欲なんだなと、コバルトゥスは呆れる。
素人が欲張ると碌な事にならないのだ。
カシエは思案する素振りを見せた後、こう提案した。

 「7:3で、どう?」

 「……あのさ、念の為に聞くけど」

 「私が7」

 「正気か?」

幾ら何でも欲の皮が張り過ぎている、身の程知らずだと、コバルトゥスは憮然として溜め息を吐く。
それにも拘らず、カシエは真顔で強気に反論する。

 「先に探索を始めたのは私。
  バルは後発の分、私より不利な筈」

コバルトゥスと別れてからの約2年、彼女に何があったのか?
世間の荒波に揉まれて強くなったのか、今の態度が本性なのか……。
そこまで言われては、コバルトゥスも大人しく従えない。

 「君の考えは、よぉく解った。
  良いだろう!
  どちらが先に財宝を見付けるか、勝負だ!」

こうしてコバルトゥスはカシエと勝負する事になった。
0012創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 18:00:14.20ID:YCUbLc5a
コバルトゥスを導いて洞窟内を探索し、カシエより先に財宝を見付けましょう。

コバルトゥス
探索1回目
調子:普通
耐久力:11
魔力:16
0013創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 18:01:41.55ID:YCUbLc5a
コバルトゥスは勇んで洞窟に踏み込んだ。

 「行ってらっしゃーい」

先に洞窟から出たばかりのカシエは、呑気に手を振って彼を見送る。
それが「余裕」に感じられてならず、コバルトゥスは敢えて無視して歩を進めた。
洞窟の壁面が平らな所を見ると、内部には明らかに人の手が入っている。
それに幅も高さも共に1身半程度で、広さには余裕がある。
少なくとも、「天然の洞窟その儘」では無い。
洞窟に入って数身歩いた所で、下へ続く階段が見える。
階下は真っ暗で、外の明かりも入って来ない様だ。
コバルトゥスは魔法の灯火で周囲を照らし、階段を下りた。
暗闇が余り好きでは無い彼は、恐る恐る洞窟を行く。
湿った土と苔の臭いが漂う。
先ず、彼は魔法を使って、洞窟の全容を知ろうとした。

 (……精霊が感じられない。
  淀んでいる。
  嫌な空気だ)

しかし、精霊の気配がしなかった。
どうやら魔法的な仕掛けが、洞窟全体に施されている様だ。
カシエの余裕は、これが原因かも知れないと、コバルトゥスは考える。
ここでは彼の自慢の精霊魔法も、ある程度は制限される。


耐久力:10
魔力:16

【行動表判定】
0014創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 18:05:13.99ID:YCUbLc5a
【通常】

流石に財宝を隠した洞窟だけあって、一筋縄では行かない厄介な場所だと認めたコバルトゥスは、
慎重に洞窟を進む。
階段を下りると真っ直ぐの通路が続いていた。
それなりに長いらしく、明かりが突き当たりまで届かない。

【洞察力判定】
0015創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 18:13:30.96ID:YCUbLc5a
【失敗】

コバルトゥスは先の見えない洞窟の暗がりにばかり気を取られ、足元の警戒が疎かになっていた。
踏み込んだ足の下にある筈の、地面の感覚が無い。
これは落とし穴系の罠だ。
凡そ彼らしくない見落としである。
魔法が思う様に扱えないと言う心配から、感覚が鈍ったのか?

【機敏さ判定】
0016創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 18:28:37.76ID:YCUbLc5a
【失敗】

洞窟に入ってから、どうも調子が狂っている。
何とか罠を避けたかったが、反応が遅れてしまった。
一瞬の遅れが命取りに繋がるのだ。
コバルトゥスは危機を脱しようと、懸命に足掻いた。

【魔力を消費して再判定】
0017創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 19:10:13.70ID:YCUbLc5a
【成功】

コバルトゥスは隠し持っていた精霊石の力を引き出した。
突風が吹き、落とし穴に倒れ掛かる彼の体を押し返す。

 「あ、危ねぇ!」

踏み出した足を引き戻すと同時に、思わず独り言が漏れる。
落とし穴の中を確認すると、深さこそ半身以下で浅かった物の、底には短くも鋭い棘が幾本も、
上に向けて設置されている……。
中に落ちていれば、致命傷とまでは言わずとも、負傷は避けられなかったであろう。
コバルトゥスは冷や汗を拭いつつ、安堵の息を吐いた。
彼は気を強く持ち、落とし穴を避けて壁際を歩きながら、通路の先に進む。


耐久力:9
魔力:15
0018創る名無しに見る名無し2018/02/11(日) 19:21:44.19ID:YCUbLc5a
数身進むと、通路の突き当たりが見えて来た。
更に進むと、右側に通路が続いている事が判る。
右折している様だ。
後ろを振り返ると、幽かに階段が見えるも、地上から離れたと感じる。
コバルトゥスは軽く首を横に振って、悪い想像を振り払った。
通路の突き当たりに、特に仕掛けは無い。
素直に右折するより他に無さそうだ。


耐久力:8
魔力:15
0019創る名無しに見る名無し2018/02/12(月) 18:23:36.44ID:KTdc6H44
洞窟内は静まり返っている。
魔法の灯りを頼りにしている所為で、暗闇に目が慣れる事も無い。
聞こえるのは、自分の足音と呼吸音、そして服が擦れる音のみ。
それに不気味な程、何の気配もしない。
少し歩いた所で、コバルトゥスは又も突き当たりに出会(でくわ)した。
先程と同様に、右側に通路が続いている。
ここにも仕掛けらしい物は何も無い。
右折するより他に無さそうだ。


耐久力:7
魔力:15

【行動表参照】
0020創る名無しに見る名無し2018/02/12(月) 18:25:05.59ID:KTdc6H44
【不利判定】

角を曲がって暫く歩いたコバルトゥスは、分岐路に差し掛かった。
彼の目の前には真っ直ぐ続く道と、左に折れる道がある。

【洞察力判定】
0021創る名無しに見る名無し2018/02/12(月) 19:08:55.71ID:KTdc6H44
【成功】

どちらの道を進もうか、コバルトゥスは迷って足を止めた。

 (さて、どうするかな……)

そこで何気無く辺りの床や天井、壁を見ていると、右側の壁に不自然な穴が開いているのを発見。

 (これは……?)

コバルトゥスは穴の正面に立たない様に気を付けて、穴に近付く。
直径は1節程度。
試しに、短剣を穴の前に翳してみた。
直後、短剣に何かが当たり、その衝撃で短剣が手から離れ、転がってしまう。
カッと硬い音がして、何かが対面の壁に当たった。
灯りを向けると、小さな冷たい金属の輝きが反射する。
金属の針が壁に刺さっているのだ。

 (矢か!)

大きさからして、仮に罠に気付かず刺さっていた所で、致命傷にはならないだろうが、
毒が塗ってある可能性もある。

 (益々油断ならない所だな)

落とし穴に嵌まり掛けて、慎重になっていなければ、これに引っ掛かっていたかも知れないと、
コバルトゥスは警戒心を強めた。
0022創る名無しに見る名無し2018/02/12(月) 19:16:52.02ID:KTdc6H44
同時に彼はカシエの心配をする。
この罠は何かが前が横切ると、即座に発射される仕組みになっている。
暗闇の中で、彼女は小さな射出口を発見する事が出来たのだろうか?
カシエは先に探索していたので、恐らく罠の事は知っているとは思うのだが……。

 (先には、もっと危険な罠が仕掛けてあるかも知れない。
  何としても彼女より先に行かないと)

コバルトゥスはカシエに対する競争意識より、先輩冒険者として彼女を守るべきだと言う思いが、
強くなっていた。


耐久力:6
魔力:15
0025創る名無しに見る名無し2018/02/13(火) 19:05:23.53ID:kEUNRWfq
矢の罠を避けつつ、短剣を回収したコバルトゥスは、改めて2つの道を見比べる。
そして、余り時間を掛けずに真っ直ぐ進む道を選択した。
どちらの道が正しいのか判らないのだから、迷う事は無い。
そう割り切ったのだ。
少し進むと、又突き当たり。
今度は左側に通路が続いている。
右側は扁平な岩の壁で、特に見るべき物は無い。
コバルトゥスは左折して進んだ。


耐久力:5
魔力:15
0026創る名無しに見る名無し2018/02/13(火) 19:06:53.22ID:kEUNRWfq
そこから真っ直ぐ行くと、更に下へと続く階段がある。
先の分岐路で左折した場合、何があったのかとコバルトゥスは気になった。
しかし、今から戻るのも面倒だと思い、取り敢えず階段を下りて、進めるだけ進もうと決める。
相変わらず、ここは生き物の気配がしない。
魔法的な仕掛けの所為で感覚が鈍っているのか、それとも本当に何も居ないのか……。
判るのは、陰気な土と苔の匂いのみ。


耐久力:4
魔力:15
0027創る名無しに見る名無し2018/02/13(火) 19:08:00.87ID:kEUNRWfq
階段を下りた先には、2叉に分かれた道がある。
一応、ここが地下2階と言う事になるだろうか?
雰囲気は上の階と、そう変わらない。
行き成り罠があると言う事も無い。
分岐路は右と左。
左の道からは、微かに風が感じられる。
コバルトゥスの鋭敏な感覚を以ってしても、本当に風が吹いているのか、気の所為なのか疑う位、
微弱にではあるが……。
右の道からは、特に何も感じられない。
どちらも魔法の灯りが弱まる自身の周囲数身より先は暗闇で、何があるか見通せない。


耐久力:3
魔力:15
0030創る名無しに見る名無し2018/02/14(水) 18:50:14.60ID:vrME2dTl
コバルトゥスは右の道を進む事にした。
少し歩くと、ここでも突き当たりに出会す。
道は左側に続いている。
これまで彼は何度も曲がり道を見て来た。
暗い洞窟内では、正しい方角も判らない。
普通の冒険者なら色々と道具を揃えるのだが、コバルトゥスは余計な物を持ち歩かない。
魔法で大抵の事は何とかなるので、重荷を背負うのは馬鹿らしいと考えているのだ。
この洞窟では、その魔法が余り利かないので、少し心配ではある。
道順さえ憶えていれば、地上に帰れる筈なので、心配は要らないと思うのだが……。

 (何があるか判らないからな……)

コバルトゥスは小さく息を吐き、心を強く持って左折した通路を行く。


耐久力:2
魔力:15
0031創る名無しに見る名無し2018/02/14(水) 18:50:58.52ID:vrME2dTl
曲がり角の先は真っ直ぐな通路だった。
少しの間、罠を見ていないので、コバルトゥスは余計な事を考える。

 (どうせ、この先に罠があるんだろう……。
  楽観しては行けない。
  しかし、お宝にも巡り会えていないな。
  どうした事か……)

今までの分かれ道の先に、お宝があったかも知れないと考えると、コバルトゥスは気も漫ろだった。
だが、必ず財宝があったとは限らない。
単なる外れの道だった可能性もある。
寧ろ、そちらの可能性の方が高い。
カシエが先に探索しているのだから。
真に価値のある財宝は、幾度の困難を潜り抜けた向こう、洞窟の最深部に眠っている物なのだと、
コバルトゥスは自分に言い聞かす。


耐久力:1
魔力:15

【行動表参照】
0032創る名無しに見る名無し2018/02/14(水) 19:51:06.94ID:vrME2dTl
【失敗】

暫く真っ直ぐな道を歩いていると、又々突き当たり。
今度は右側に道が続いている。
そろそろ罠があるだろうと、コバルトゥスは壁や床に不自然な所が無いか、熟(じっく)り観察した。
一見した所、罠らしき物は見当たらない。
奇妙な穴が開いていたり、或いは不自然な凸凹があったり、色の異なる場所があったり、
そう言う事は全く無い。

 (罠は無いのか?)

この洞窟では魔法資質が十全に働かないが、異様な魔力が感じられると言う事も無いし、
必ず罠があると決まっている訳でも無いのだから、通っても大丈夫だとコバルトゥスは判断した。
それが誤りだった。
0033創る名無しに見る名無し2018/02/14(水) 20:13:37.28ID:vrME2dTl
角を曲がろうとした所で、コバルトゥスは魔力の流れを感じる。
その源は彼の持っている精霊石だ。
精霊石から魔力が漏出している。

 「何だ、こりゃぁ!?」

コバルトゥスは思わず声を上げた。
精霊石の魔力が床に吸い込まれる様に失われて行く。
彼は直ぐに魔力を吸う床から離れたが、遅きに失した。
それは丸で、水を注いだグラスを倒してしまったかの如く。
精霊石の魔力は、あっと言う間に空になってしまった。

 「はぁ……」

コバルトゥスは深い溜め息を吐いて、茫然とした。
そろそろ罠があると警戒していたのに、間抜けにも引っ掛かってしまった自分の愚かさが恨めしい。
どうすれば罠が見破れたのかと、後悔する。
目に見えて怪しい所は無かった。

 (――精霊か!)

コバルトゥスは閃く。
そう言えば、この場には精霊以前に魔力が全く感じられないと。
それが違和感の正体。
だからこそ、無意識に「何かある」と警戒していたのだ。
「魔力の流れが無い事」を、彼は「危険が無い事」と捉えた。
しかし、それは魔力が淀んでいた為では無く、魔力が全く無い為だった。
今少し彼が注意深ければ、判った事。
0034創る名無しに見る名無し2018/02/14(水) 20:21:01.94ID:vrME2dTl
しかし、幾ら後悔しても遅い。
それにコバルトゥスは疲労を感じ始めていた。

 (頃合かな)

引き揚げるには良いタイミングだと、彼は前向きに考えた。
元々疲れて来たら帰ろうと思っていたのだ。
危険な罠がある以上、無理して進まない方が良い。
洞窟が一体どれだけ深いのかも判っていないし、こんな所で命を落としては詰まらない。
少し落胆しながらも、コバルトゥスは来た道を引き返す。


耐久力:0
魔力:0

【耐久力と魔力が尽きたので帰還】
0035創る名無しに見る名無し2018/02/15(木) 18:22:35.74ID:66u4vM5i
幸い、帰り道で迷う事は無かった。
コバルトゥスは記憶力には自信がある。
罠の位置が変わったり、新しい罠が追加されていたりもしない。
コバルトゥスが洞窟から出ると、カシエが迎えた。

 「お帰りなさい、バル。
  どうだった?」

彼女の問いに、コバルトゥスは肩を竦めて見せる。
何も宝を手に入れられなかったと言う意味では、収穫無しである。
カシエは余裕の笑みを浮かべて、コバルトゥスと擦れ違い、洞窟に入って行く。

 「フフッ、私が勝っちゃうかもね?」

コバルトゥスは眉を顰めて振り返り、彼女を呼び止めた。

 「カシエ!」

 「何?」

 「……気を付けて」

足を止めて振り返ったカシエに、コバルトゥスは注意する様にと忠告する。
カシエは小さく笑って頷いた。

 「分かった」

罠のある危険な洞窟から、果たしてカシエは戻って来れるのか……。
今のコバルトゥスには、無事を祈る事しか出来ない。
0036創る名無しに見る名無し2018/02/15(木) 18:26:31.37ID:66u4vM5i
コバルトゥスは洞窟の入り口から少し離れた所に居るラビゾーの傍に座って体力の回復を待った。
序でに、精霊石を取り出して、精霊力も回復させておく。
今回は珍しく、ラビゾーが自分からコバルトゥスに話し掛けた。

 「意外と早かったな」

そんなに直ぐに洞窟から出た覚えが無いコバルトゥスは、怪訝な顔をして尋ねる。

 「否々(いやいや)、結構長く潜ってた積もりなんスけどねェ……。
  どん位、時間経ってるんスか?」

ラビゾーは懐から時計を取り出して確認した。

 「んー、1角は経ってないだろうな。
  半角……も経ってないな、2針と少しか」

 「えぇっ、2針!?
  唯(たった)そんだけ!?」

驚くコバルトゥスをラビゾーは笑う。

 「どんだけ長く潜ってた積もりなんだよ」

彼の時計が正しい証拠に、太陽の傾きも余り変わっていない。

 (時空が歪んでる……?
  馬鹿らしい。
  そこまで大掛かりな物だったら、もっと精霊が騒いでる。
  俺の感覚が狂ってただけだろう)

コバルトゥスは事実を受け止め、強引に自分を納得させた。
0037創る名無しに見る名無し2018/02/15(木) 18:34:43.30ID:66u4vM5i
コバルトゥスは暇潰しに、ラビゾーと話を続ける。

 「先輩、カシエと会ったのは、どこで?」

 「ボルガ市だよ。
  僕が旅商だと知って、付いて来て欲しいって」

ラビゾーの答にコバルトゥスは呆れ顔で言う。

 「そんで付いてったんスか?」

 「急ぐ用事があった訳でも無いし、報酬は貰えるし、悪い話じゃ無かったんでな」

 「で、何してんスか?」

 「何って、商売だよ。
  冒険に必要そうな物を用意して、売ってるんだ」

 「例えば?」

コバルトゥスはラビゾーの商売人らしい所を、見た事が無い。
仮にも自分より年上の男性に対して、本当に商売が出来るのかと疑っている。
ラビゾーは面倒そうな顔をして、大きなバックパックを開き、中の物を取り出して見せた。

 「携行食、飲み水、薬草、傷薬、方位磁針、紙、縄、提燈(ランタン)と油、『燐寸<トーチ・スティック>』、
  布、ロッド、他にもあるが、こんな感じの物だな」

商人を捕まえて道具を用意させる等、丸で昔の本格的な冒険者の様。
カシエは道楽では無く、本気で冒険者になったのだと、コバルトゥスは感心した。
0038創る名無しに見る名無し2018/02/16(金) 18:47:52.63ID:BeIP2iSU
 「へー、中々本格的ッスねぇ……。
  先輩、俺にも呉れませんか?」

感心序でに、コバルトゥスはラビゾーに頼んでみる。
ラビゾーは快く頷いた。

 「良いよ。
  何が欲しい?」

 「んじゃ、先ず食い物を」

腹が減っては戦は出来ぬと、コバルトゥスは携行食を要求する。

 「1つ300MGだ」

携行食は手の平に乗る程度の箱に入った、棒状の『乾餅<ビスケット>』に似た『軽食<スナク>』。
1箱6本入りで、1食2本の1日分である。

 「えっ、金取るんスか?」

予想外だと言う顔をする彼に、ラビゾーは呆れ果てた。

 「当たり前だ。
  何で只で呉れてやらなきゃ行けない?」

 「えー……、でも、何時もは只で食い物分けてくれるじゃないッスか……」

 「これは『商品』だ。
  僕の私物じゃない」

 「吝々(けちけち)しなくても良いじゃないッスか」

 「吝嗇(けち)以前に、お前、今はカシエさんと勝負してる最中だろう?
  彼女は丁(ちゃん)と代金を払っているぞ。
  扱いは『公平<フェア>』じゃないとな」

ラビゾーに正論を言われて、コバルトゥスは反論出来ず、不満気に口を閉ざした。
0039創る名無しに見る名無し2018/02/16(金) 18:49:17.81ID:BeIP2iSU
コバルトゥスは少しの間、黙っていたが、やがて思い付いて言った。

 「あっ!
  じゃあ、先輩、付けって事で」

 「誰が信用するか!
  お前、今まで一度も僕が貸した金を返した事が無いだろう!」

良い考えだと思っていたのに、即ラビゾーに否定されて、コバルトゥスは面食らう。

 「えっ、借金なんかしましたっけ?」

 「何度もしているぞ。
  小額だから直ぐに返すと言いながらな!」

自分に都合の悪い事は直ぐ忘れられる、実に都合の好い記憶力を持っているコバルトゥスは、
借金の事を悉(すっか)り忘れていた。
悄気るコバルトゥスを慰める様に、ラビゾーは言う。

 「紙と筆なら貸せるぞ」

 「えっ、要らないッスよ」

 「洞窟を探索するなら、地形とか記憶する必要があるだろう?」

 「俺、記憶力は良い方なんで」

 「じゃあ、借金の事も憶えてるよな?」

 「いや、それは全然……」

「こいつ何なんだ」とラビゾーは憤然とした表情で口を閉ざした。
0040創る名無しに見る名無し2018/02/16(金) 18:50:46.16ID:BeIP2iSU
コバルトゥスは切り替えて、違う話を始めた。

 「話は変わりますけど、先輩、カシエの探索って、どの辺まで進んでます?」

ラビゾーは素直に答える。

 「幾らか財宝らしい物を回収していた。
  未だ洞窟全体を探索し尽くした訳じゃないみたいだけど」

 「地下何階まで行ってるんスか?」

 「確か、3階まで進んだと言ってたかな。
  僕は洞窟に入ってないから、どんな所かは分からんのだが」

そんなに差は開いていないと、コバルトゥスは安堵した。
探索が順調に進めば、追い付けるだろう。

 「あの洞窟、結構危険な罠があるんスけど、カシエは大丈夫なんスかね?」

 「罠があるとは言っていたけど、そんなに危険なのか?」

ラビゾーの表情が少し曇る。
彼もカシエが危ない目に遭う事を、好ましく思っていない。

 「即死はしなくても、重傷を負う位はあり得ますよ」

 「……コバギ、お前は大丈夫だったのか?」

唐突に自分の心配をされ、コバルトゥスは慌てる。

 「あ、あぁ、その……俺は平気ッスよ!
  これでも熟練の冒険者なんスから!」

落とし穴を見落としたり、魔力を失ったりと、危ない場面があった事は、見栄の為に言わなかった。
0041創る名無しに見る名無し2018/02/16(金) 18:58:44.19ID:BeIP2iSU
間違えました。
>>39>>40の間には、以下の文章が入ります


沈黙が気不味くなって、コバルトゥスは自分から口を利く。

 「そう言や、先輩。
  あの『女の子<ロリータ>』は?」

彼は以前会った時にラビゾーが連れていた、女の子に就いて尋ねた。

 「今は家で留守番だ」

 「本気で拾った子を育てるんスか?」

 「ああ」

 「独りで?」

 「家族が居る」

 「やっぱり、『あれ』ッスか?」

 「何だよ、『あれ』って?」

 「理想の女に育てて、大きくなったら嫁にするって言う」

コバルトゥスはラビゾーが結婚している事を知らなかった。
独身男性が幼い女の子を育てる事を、下心抜きには考えられない。

 「哀れな奴だな」

ラビゾーに哀れまれ、コバルトゥスは動揺する。

 「えっ、何で」

 「お前は女が絡むと、それ抜きでは考えられないのか?
  相手は幼い子供なのに」

 「悪い事だとは思わないッスよ?
  別に先輩を非難したい訳じゃないッス。
  実際、悪くないっしょ?」

ラビゾーは静かに首を横に振って、口を閉ざした。
この話題は良くなかった様だ。
0042創る名無しに見る名無し2018/02/17(土) 18:26:30.02ID:KiIzklU1
読む順番は>>39>>41>>40となって、その続きです。


ラビゾーは真剣に考え込む。

 「罠と言っても、彼女、そんな深刻な風じゃなかったんだが……。
  怪我をしても軽い物で……」

コバルトゥスが大袈裟なのか、カシエが楽観的過ぎるのか分からないのだ。
嘘では無いと、コバルトゥスは強弁する。

 「駆け出しの手には余ると思いますよ。
  今までは運良く行ってたかも知れませんけど、大事になってからじゃ遅いッス」

ラビゾーはコバルトゥスを見詰めて言った。

 「……詰まり、これ以上の探索は諦めろと?」

 「そこまでは言いませんけど。
  俺と一緒なら安全かと」

 「カシエさんが何と言うかだな」

問題は、それだ。
幾ら危険を訴えても、カシエが聞き入れるかは分からない。
コバルトゥスはラビゾーに依願する。

 「先輩からも、何とか言って下さいよ」

 「競争の件は、どうするんだ?」

 「ンな事、言ってる場合じゃないっしょ!」

 「あ、あぁ」

コバルトゥスが強い口調で押し切ると、ラビゾーは消極的に頷いた。
2対1ならカシエも聞き入れざるを得まいと、コバルトゥスは説得に自信を持つ。
0043創る名無しに見る名無し2018/02/17(土) 18:29:34.59ID:KiIzklU1
それから数点経ったが、カシエは未だ帰らない。
コバルトゥスはラビゾーに言う。

 「カシエ、帰り遅いッスね……」

ラビゾーは時計を確認した。

 「いや、未だ2針も経ってないが?」

 「洞窟の中では、時間の進みが早く感じるんスよ。
  カシエにとっては、もう2角は経ってる気分だと思います」

心配性なコバルトゥスに、ラビゾーは客観的な情報を示す。

 「カシエさんは、そんな風には言ってなかったけどな……。
  それに今まで彼女は3針前後で戻って来た。
  4針が近付いても戻らなかったら、考えよう」

コバルトゥスは自分でも心配し過ぎなのか、正しい予感なのか判らなくなって来る。
ラビゾーの言い分は随分と悠長に聞こえるが、焦りから強引に突入して二次遭難する事も避けたい。
否、二次なら未だしも、自分だけ遭難する可能性もある。

 「心配な気持ちは分かるけど、今は待とう」

コバルトゥスの内心の焦りを見透かした様に、ラビゾーは落ち着いた声で言う。

 「茶でも飲まないか?」

そう言って、彼は大型の魔法瓶から紙コップに熱い麦茶を注ぎ、コバルトゥスに差し出した。
コバルトゥスは疑いの眼差しを向けて、受け取りを躊躇う。

 「金を取るんじゃ……?」
0044創る名無しに見る名無し2018/02/17(土) 18:32:42.71ID:KiIzklU1
ラビゾーは憮然として告げた。

 「取る訳無いだろうが!
  要らないなら良いぞ」

 「あぁっ、頂ます、下さい、貰います!」

コバルトゥスは現金な態度で、茶の入った紙コップを受け取る。
熱い茶を一気に飲み干した彼は、大きな息を吐き、再び難しい顔をする。
ラビゾーは慰めを言う。

 「地下深く進むに連れて、地上に戻るのも時間が掛かる」

 「解ってます、その位」

コバルトゥスは迷いから心の制御が難しくなっていた。
どうしても、口調が苛立った物になってしまう。

 「……どうしても心配なら、今から行くか?」

ラビゾーの問い掛けに、コバルトゥスは沈黙して長考を始めた。
話は至って単純だ。
カシエを助けに行くか、行かないか、この2択しか無い。
ここで愚図愚図言っている位なら、早く助けに行った方が良いと言う事も理解している。
問題は、ここが普通の洞窟では無い所だ。
天然の洞窟であれば、どんなに深く、複雑な構造をしていようとも、攻略に苦労しない。
しかし、この洞窟は魔法的な仕掛けが全体に施してある。
鋭敏なコバルトゥスの魔法資質を以ってしても、その全容は疎か、1階層の構造も把握出来ない位。
0045創る名無しに見る名無し2018/02/17(土) 18:45:44.97ID:KiIzklU1
カシエを助けに行くか、行かないか選択して下さい。
言い方を変えれば、お節介を焼きに行くか、カシエの実力を信用するかです。
0047創る名無しに見る名無し2018/02/18(日) 17:33:40.45ID:E2sMUqa+
助けに行くか、行かざるべきか……。
コバルトゥスは葛藤の末に、時間を区切る事にした。

 (先輩の言う通り、3針までは待とう。
  カシエも冒険者なんだ。
  そう下手はしない……と思う。
  だが、3針を過ぎても戻らなかったら。
  その時は、迷わず助けに行く)

そう決心するも、心は相変わらず落ち着かない。
彼はラビゾーに時間を訊ねる。

 「先輩、カシエが入ってから何針経ちました?」

 「今、聞いたばかりじゃないか……。
  2針を少し過ぎた位だな」

ラビゾーは呆れ気味に答える。
コバルトゥスは決意表明した。

 「3針過ぎたら、教えて下さい。
  俺はカシエを助けに行きます」

 「少し早いと思うがなぁ……。
  手遅れになるよりは増しだけど……」

暈(ぼ)やきながら頷くラビゾー。
重苦しい雰囲気の中、2人は無言で時が過ぎるのを待った。
0048創る名無しに見る名無し2018/02/18(日) 17:35:29.49ID:E2sMUqa+
3針が経つ前に、コバルトゥスは出来るだけ体力の回復を試みる。
精霊の気配を全身で感じ、その力が体の隅々まで行き渡るイメージを繰り返し思い浮かべる。

 (火よ、水よ、風よ、土よ、空よ、太陽よ……)

息を吸う度に、冷たい空気が肺から全身に回る。
心臓が脈打つ度に、熱い血が体中を巡る。
両足は植物の様に、大地から精気を吸い上げる。
陽光の温かさを、肌で受け止める。
そのイメージを保ちながら、コバルトゥスは精霊石を手にした。
そして手中の精霊石を体の一部の様に感じ、脈動を伝える。
回復に努めるコバルトゥスの横で、ラビゾーはバックパックを整理を始める。

 「コバギ、カシエさんの救助に僕も付いて行った方が良いだろうか?
  それとも素人は足手纏いになるかな?」

急な問い掛けに、コバルトゥスは思案した。

 「ムム、どうッスかねェ……。
  先輩は無理しない方が良いんじゃないッスか」

 「……解った、大人しく待つよ」

ラビゾーは残念そうに言って、バッグを漁る手を止める。
0049創る名無しに見る名無し2018/02/18(日) 17:37:29.96ID:E2sMUqa+
数極後に、ラビゾーは再びコバルトゥスに話し掛けて来た。

 「もし、お前も戻って来なかったら?」

その可能性も無い訳では無い。
コバルトゥスは答に迷う。

 「その時は……。
  先輩に助けて貰うしか無いッスかね……」

 「2人の手に負えない状況を、僕が何とかしなくちゃ行けなくなる訳だが……。
  町に戻って救助を呼ぼうか?
  最悪、魔導師会を頼る事になると思うが」

 「命には代えられないっしょ」

コバルトゥスの冷静な正論に、ラビゾーは頷いた。

 「そうだな。
  コバギ、お前がカシエさんを助けに行って、1角経っても戻らなかったら、その時は」

 「はい、お願いします」

口では頼んだ物の、そうならない様にしなければとコバルトゥスは用心した。
精霊魔法使いである彼は、魔導師会絡みの面倒は避けたい。
しかし、自分だけなら未だしも、カシエの命が懸かっているので、嫌々言ってる場合では無い。
0053創る名無しに見る名無し2018/02/18(日) 18:11:14.20ID:E2sMUqa+
そうこう言っている間に、カシエが洞窟から出て来た。
先に彼女に気付いたコバルトゥスは、安堵して呼び掛ける。

 「カシエ、無事だったか!」

カシエは疲れた笑みを浮かべて言った。

 「無事は無事だけど」

曖昧な答を返す彼女を見て、コバルトゥスは俄かに怪訝な顔になる。

 「危ない目に遭わなかった?」

見た所、カシエは傷一つ負っていないが、それだけで危険が無かったと判断する事は出来ない。
嫌に心配して来るコバルトゥスに、カシエは苦笑した。

 「全然。
  それより仕掛けに梃子摺って」

 「仕掛け?」

 「簡単には先に進めない様にしてあって、面倒臭かった。
  それに『化け物<モンスター>』も居たし」

カシエの情報に、コバルトゥスは目を剥いて驚く。

 「モ、モンスター!?」

 「化け物って言って良いかは分からないけど。
  弱かったし。
  それより、ワーロックさん!」

詳細を尋ねようとするコバルトゥスを余所に、カシエは話を打ち切って、ラビゾーの元へ駆け寄った。
0054創る名無しに見る名無し2018/02/19(月) 19:07:58.00ID:LqmsZcKQ
カシエは嬉しそうに自分のバックパックから、先の探索で発見した物を取り出し、ラビゾーに見せた。

 「鑑定、お願いします」

石の器が1つと、金属塊が2つ。
ラビゾーは先ず、石の器を見る。
少し深い皿の様な形で、取っ手は付いていない。
手作りなのか、外側は凸凹の多い稚拙な造りで、粗々(ざらざら)している。
対して内側は磨いてあり滑らかだ。
重さは石製品相応。

 「これは……分からないな。
  ボルガ地方の有名な古陶磁とは違う。
  古い時代の物だろうけれど、一般的な食器だと思う。
  もしかしたら、物凄い値打ち物かも知れないが、僕には判らない。
  買い取るとしても、300MGって所だなぁ……」

ラビゾーは次の鑑定に移る。
対象は銀色の球形の金属。
彼は魔法も使って、正確に調べる。

 「この金属は……銀にしては軽いし、綺麗過ぎるな。
  霊銀の合金?
  磁性無し。
  何かの部品って訳でも無いし、飾りかな?
  中身は確り詰まってると。
  用途が解らない。
  ……500MGで」

最後の鑑定品は、先の物より小さな銀色の金属。

 「あぁ、これは銀合金だな。
  これも宝飾品だろうか……?
  純銀じゃないし、天然の銀でもないけど、これなら結構高値で売れると思う。
  8000MG位かな」

ラビゾーに財宝を鑑定して貰ったカシエは、満足気に頷いた。

 「全部で8800MGですね」
0055創る名無しに見る名無し2018/02/19(月) 19:11:24.91ID:LqmsZcKQ
ラビゾーと楽しそうに話すカシエの姿が、コバルトゥスの心に暗い感情を鬱積させて行く。
手振らで戻ったコバルトゥスと違い、カシエは確り財宝を発見していた。
それに彼が感じていた危険も、どこ吹く風と言った様子。
調子の良い駆け出しに嫉妬するのは、狭量に過ぎると判っている彼だが……。
恨めし気に見詰めるコバルトゥスの視線に気付いたラビゾーは、カシエに小声で言った。

 「コバギの奴、大分心配してたんだ。
  カシエさんは大丈夫かって。
  僕は未だ早いって言うのに、助けに行こう、助けに行こうって」

カシエは振り返り、嫌らしい笑みを浮かべる。

 「へぇー、そうなんですかぁ」

コバルトゥスは羞恥で顔中が熱くなるのを感じた。

 「……『女性には優しく』が、俺のモットーだからな」

狼狽を悟られまいと、彼は焦りを隠して堂々と振舞う。
カシエ自身は何とも思っていないのに、他人が針小棒大に騒ぎ立てるのは、見っ度も無い。
コバルトゥスは居た堪れなくなり、洞窟に入った。
0056創る名無しに見る名無し2018/02/19(月) 19:11:57.71ID:LqmsZcKQ
探索を再開する場所を決めて下さい。
地下1階の選択していない分岐路の先か、地下2階の選択していない分岐路の先か、
地下2階の進み掛けの道の先か、3つです。
0059創る名無しに見る名無し2018/02/20(火) 18:12:07.00ID:hN1Jwh7F
洞窟に入ったコバルトゥスは、胸に靄を抱えていた。

 (先輩は何で、俺が心配してたってカシエに言ったんだろう……。
  あんな口の軽い人だとは思わなかった)

ラビゾーに悪気は無かったのだろうと解っていても、カシエの優越の笑みを思い浮かべると、
コバルトゥスは苛々して来る。

 (はぁ、余計な事を考えるんじゃない。
  今は探索に集中しないと……)

頭の中では冷静にならなければと思う彼だが、気が急いて集中し切れないのが現実だ。

 (道形に進んで、最初の分かれ道を真っ直ぐ、次の分かれ道を右に。
  罠の位置も憶えてる。
  大丈夫、大丈夫)

コバルトゥスは記憶通りに罠を回避して、何事も無く地下2階へと進む。

 (とにかくカシエより先に行かないと。
  女に優しい事と、甘い事は違う。
  宝を先取りされる訳には行かない。
  俺は冒険者だ)

だが、客観的に評価して、彼の精神状態は余り良くない。
雑念を振り払い切れていない。
それが魔法の明かりにも表れている。
コバルトゥスの行く先を照らす灯火は、不安定に強まったり弱まったり。
地下2階の罠があった場所まで来たコバルトゥスは、一旦足を止めた。

 (この曲がり角の床に罠がある事は判ってる。
  同じ罠に引っ掛かる様な馬鹿じゃない)

彼は前に罠が作動した時、その位置を確り記憶していた。
難無く罠を避けて、未だ見ぬ道を進む。

【行動表参照】
0060創る名無しに見る名無し2018/02/20(火) 18:28:59.38ID:hN1Jwh7F
【失敗】

罠があった曲がり角を通り過ぎると、再び同じ様な曲がり角に出会す。
道は右側に続いている。
これまでに通って来た道は全て、壁も床も天井も殆ど同じ扁平な土と岩で出来ている。
特に目印となる様な物も無い。
こんな陰気な景色が延々と続くと思うと、気が滅入って来る。

 「はぁ……」

思わず、溜め息を吐いたコバルトゥスは、足元に小さな穴が開いてる事に気付いた。
先の魔力を奪う罠を抜けて、彼は少し気を抜いてしまっていた。
又しても罠を見落としていたのだ。
コバルトゥスは身の危険を感じ、精霊石を手にした。

【機敏さ判定】
0061創る名無しに見る名無し2018/02/20(火) 19:21:52.16ID:hN1Jwh7F
【成功】

床の穴からは多数の槍が一斉に飛び出す。
コバルトゥスは精霊の力を借りて、高く跳躍した。
そんなに天井が高くないので、頭を打ちそうになり、慌てて首を引っ込め、両腕で衝撃を和らげる。
幸い、槍の長さは然程では無く、穴から1歩程で止まる。
コバルトゥスは槍が飛び出す罠から、少し離れた場所に着地して、安堵の息を吐いた。

 「あっ、危ねぇ……。
  『串刺し<シュタッヘル>』になる所だった……」

今まで「勘」を頼りに冒険して来たコバルトゥスは、未経験の危機を味わっている。
魔法に頼り過ぎて来た、「付け」なのだろうか?
本当に、こんな所をカシエは無事に通り抜けたのか……。
彼女の余裕振りを考えると、同じ道を通ったとは思えなかった。
振り返れば、槍は既に引っ込んでおり、何事も無かったかの様。
コバルトゥスは恐怖心に身震いするが、幾ら何でも引き返すには早過ぎる。
先に進もうとコバルトゥスは決心した。


耐久力:10
魔力:15
0062創る名無しに見る名無し2018/02/21(水) 18:16:08.89ID:FszgQM4/
『槍<スパイク>』の罠を抜けると、真っ直ぐの道が続く。
1回目の探索に続き、罠の歓迎を受けたコバルトゥスの足取りは、重くなっていた。

 (遅弛してたら、カシエを追い越せない。
  それは解ってるんだが……)

慎重になり過ぎるのは良くないが、焦って又罠に掛かるのも良くない。
何より、思う様に進めない事で、苛々している事が良くない。
今のコバルトゥスには天の巡りまでも含めて、全てが自分の敵に回っている心持ちだった。
カシエは当然の事ながら、精霊を妨げる洞窟も、吝嗇なラビゾーも。
焦燥と苛立ちばかりが募って行く。

 (これは良くない。
  良くないぜ……)

悪い予感はしているのだが、今は前に進む事しか出来ない。


耐久力:9
魔力:15
0063創る名無しに見る名無し2018/02/21(水) 18:17:54.25ID:FszgQM4/
通路を真っ直ぐ進んだ先には、更に地下へと続く階段があった。
これが「真の財宝」に辿り着く「正しい道」なのかは判らない。
しかし、この階層を抜ける事で、彼は気持ちを切り替えられそうだった。
コバルトゥスは実際に歩いた距離よりも長く、地下2階に滞在していた気分だった。
一度大きく深呼吸をしたコバルトゥスは、慎重に階段を下りる。


耐久力:8
魔力:15
0064創る名無しに見る名無し2018/02/21(水) 18:18:50.10ID:FszgQM4/
コバルトゥスは地下3階に出た。
ここも今までと雰囲気は殆ど変わらない。
扁平な土と岩の壁面に、湿った土と苔の匂い。
通路は目の前に真っ直ぐ続いている。
罠の類は無さそうだ。


耐久力:7
魔力:15
0065創る名無しに見る名無し2018/02/21(水) 18:20:16.80ID:FszgQM4/
少し進むと、分岐に差し掛かる。
片方は真っ直ぐ。
もう片方は右に曲がる。
どちらの道を進むべきか、コバルトゥスは一旦足を止めた。
他に道は無いし、罠らしい物も見当たらない。
真っ直ぐ進む道からは、何の気配も読み取れないが、右の方には何か「居る」。
明確な強い気配では無いが、確かに存在を感じるのだ。


耐久力:6
魔力:15
0067創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:06:11.96ID:6wQ3tsyn
書き込みが無かったので、ランダム判定します。
時間の小数点以下が奇数なら直進、偶数なら右折。
0068創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:11:10.26ID:6wQ3tsyn
コバルトゥスは右の道の先にある物を、確かめようと決めた。
恐怖を感じない訳では無いが、然して勇気を要する事でも無い。
これは冒険、危険を避けては進めない。
仮に凶悪な獣が棲み付いていたとしても、彼には必殺の魔法剣がある。
しかし、油断は禁物。
コバルトゥスは気配を殺して、静かに「何物か」に接近する。
先ずは正体を明らかにしなければ、対応も何も無い。

【行動表参照】
0069創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:35:30.91ID:6wQ3tsyn
【通常判定】

コバルトゥスは風の精霊を頼り、何物かの大凡の姿形だけでも判らないか、試してみた。

 (……体温が無い?
  大きな塊?
  動物の形とは思えない。
  それに息遣いも無い。
  これは……蹲って眠ってる蛙か蛇か?)

だが、正体は判然としない。
少なくとも恒温動物で無い事は明確だ。
コバルトゥスは魔法の明かりを前方に向け、今度は目視で正体を探ろうとする。
高さ1歩前後、幅1身弱の蠢く塊がある。
体表は明かりを反射して、照ら照らと輝く。

 (何だ?
  蛙でも蛇でも無い?)

謎の蠢く塊は明かりで照らされても、コバルトゥスに気付く様子が無い。
コバルトゥスは焦(じ)り焦(じ)りと、蠢く塊に近寄った。

 (……判らん。
  何だ、こりゃ?
  蛞蝓か?)

対象まで約2身に近付いても、正体が「判らない」。
半透明で輝く体を持つ、これは巨大なアメーバ状の生物。

【機敏さ判定】
0070創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:45:34.32ID:6wQ3tsyn
【敵の先攻】

コバルトゥスは今まで、この様な生き物を見た事が無かった。
猛獣や妖獣の類とは、明らかに違う。
敵と認識して良いのかも判らない。
反応が無いので、コバルトゥスが更に接近すると、アメーバ状の生物は行き成り体を変形させ、
液体を飛ばして来た。

 「わ、糞(ば)っちい!」

慌ててコバルトゥスは後退る。

【戦闘能力判定】
0071創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:52:59.95ID:6wQ3tsyn
【回避成功】

水の様な液体はコバルトゥスの体には届かず、土と岩の床を濡らした。
何だか分からないが、これを敵対的行動と受け取ったコバルトゥスは、反撃を試みる。
彼は短剣を持っているが、真面に斬り付けて効果があるかは怪しい。
滑々(ぬめぬめ)した体に触れるのも嫌なので、魔法剣で一刀両断する事にした。

【戦闘能力判定】
0072創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 19:56:07.03ID:6wQ3tsyn
【失敗】

魔法剣はアメーバ状の生物の体を真っ二つにする。
しかし、活動が止まる様子は無い。
体が2つに分かれても、直ぐに再生する。
アメーバ状の生物は、再び液体をコバルトゥスに向かって吐き出した。

【戦闘能力判定】
0073創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 20:03:34.46ID:6wQ3tsyn
【回避失敗】

より狙いが正確になった一撃を、コバルトゥスは受けてしまう。
彼は水鉄砲の様な攻撃を腕で防ぐ。

 「くっ……」

液体は袖を浸透して、肌を濡らす。
最初は何とも無かったのだが、徐々に腕が辣(ひり)付き始める。

 (動物の体を溶かす液体か!?)

これ以上やられる訳には行かないと、コバルトゥスは即座に反撃する。

【戦闘能力判定】
0074創る名無しに見る名無し2018/02/22(木) 20:22:49.21ID:6wQ3tsyn
【成功】

闇雲に攻撃しても効果が無い事を理解していた彼は、弱点を狙う事にした。
半透明の体の中で1つだけ揺れ動く宝石の様な物が、心臓部では無いかと予想する。

 (これで止まれっ!)

短剣を振り抜くと、核の一部が欠けた。
それと同時に、アメーバ状の生物は動きを止める。
半透明の体は粘性を失い、水の様に溶けて流れる。
「異物」の気配は完全に消滅した。

 「勝った……」

コバルトゥスは小さく息を吐くと、腕の治療を始めた。
長袖を捲ると、皮膚は赤く爛れており、空気に触れて酷く痛む。
彼は精霊石を持って、呪文を唱える。

 「我が身を成す物、あるべき姿を取り戻せ」

見る見る皮膚が再生し、何事も無かったかの様に元に戻った。

【戦利品判定】
0075創る名無しに見る名無し2018/02/23(金) 18:28:54.97ID:fn/tBuff
負傷を治したコバルトゥスは、床一面に広がる液体を真面真面(まじまじ)と見詰める。
カシエが言っていた化け物とは、これの事だろうかと彼は思った。

 (でも、カシエは『弱かった』って言ってたよなぁ……)

もしかしたら、カシエはコバルトゥスの想像以上に、腕の立つ冒険者になったのかも知れない。
思い返しても、彼女が傷を負った様子は無かった。

 (カシエが凄いのか?
  それとも俺が……、俺が大した事無いんだろうか?)

現在、冒険者を名乗る者は殆ど居ない。
これまで同業者と鉢合わせた事は、数える程も無い。
謙虚にならなければ行けないのかと、コバルトゥスは自信を失い掛けていた。
重苦しい気持ちで足を進めようとした所、視界に輝く物が映る。

 (あの変な生き物の核だな……)

拾い上げて見ると、薄緑掛かった半透明の小さな石塊(いしくれ)だった。
大きさは指の先程度。

 (水晶の原石か?)

美しいと言えば美しいが、如何程の価値があるかは判らない。
後でラビゾーに鑑定して貰おうと、コバルトゥスは石塊をコートの内に収めた。


耐久力:2.5
魔力:14
0076創る名無しに見る名無し2018/02/23(金) 18:32:10.25ID:fn/tBuff
如何程の価値があるかは不明だが、一応お宝らしい物を入手出来たコバルトゥスは、少し安心した。
カシエの事もあり、2回連続で手振らで戻るのは辛過ぎる。
アメーバ状の生物が居た先に進むと突き当たりが見え、更に近付くと、その左右に道があると判る。
そして、突き当たりの壁面には、明らかに不自然な、扉型の凹みがある。
だが、押しても叩いても反応は無い。
精霊の気配を探ると、扉の向こうには地下へ続く空間がある。
壊して進もうとコバルトゥスは考えるが、扉は分厚い。
下手をすると、地下への空間が埋まってしまいそうだ。
ここでは彼の精霊魔法は、緻密な働きが出来ない為に、そうなる可能性は決して低くない。

 (どこかに、これを動かす『機巧<カラクリ>』があるのか?
  ……カシエは仕掛けに苦労した様な事を言ってたな)

恐らくは、この階層に扉を開ける仕掛けがある。
それは右の道か、左の道か、それとも前に通らなかった道の先か?


耐久力:1.5
魔力:14
0077創る名無しに見る名無し2018/02/23(金) 18:33:02.84ID:fn/tBuff
右に進むか、左に進むか、1つ前の分岐に引き返してみるか、3択です。
0079創る名無しに見る名無し2018/02/24(土) 16:11:17.44ID:Qn06J8lN
コバルトゥスは一つ前の分岐に戻って、通らなかった方の道を進んでみる事にした。
アメーバ状の生物を倒して水浸しになった場所を通過して、左右に道が分かれる丁字路に出る。

 (俺は左側の道から、右折して来た。
  こっちには上に続く階段があるだけだから、進むのは右……)

この先に何が待ち受けているのか?
罠だけでなく、「敵」の存在にも気を付けなければならない。
今の所は、何の気配もしないが……。

【行動表参照】
0080創る名無しに見る名無し2018/02/24(土) 16:19:45.59ID:Qn06J8lN
【通常判定】

丁字路を右折した先は、行き止まりだった。
右にも左にも道は続いていない。

 (外れか?
  いや、何かある……)

よく観察すると、右側の壁に1手四方の四角い石板が取り付けられている。
高さはコバルトゥスの腰の辺り。

 (これが扉を開く仕掛け?
  それとも罠?)

触って良い物かと、コバルトゥスは悩んだ。
取り敢えず、周囲を調べてみるが、罠らしい物は無い。
触った所で、罠が発動する可能性は低いが……。

【洞察力判定】
0081創る名無しに見る名無し2018/02/24(土) 16:28:33.19ID:Qn06J8lN
【成功】

コバルトゥスは思い切って、石板を押してみた。
しかし、何も反応は無い。

 (これだと思うんだが……)

二度、三度と押してみても、少しも反応は無かった。

 (何だ、これ?
  釦と見せ掛けた飾りか?
  そんな訳は……)

手の平で押すだけでは弱いのかと、拳で力任せに叩いてみても、やはり反応は無い。

 (押しても駄目なら――)

もしかして押し釦では無いのかと、コバルトゥスは気付いた。
石板は壁から少し出っ張っている。
隙間に指の先を掛ければ、引き出せそうだ。

【力判定】
0082創る名無しに見る名無し2018/02/24(土) 16:38:22.96ID:Qn06J8lN
【成功】

コバルトゥスは両脚に力を入れて踏ん張り、石板を引いてみた。

 「フンッ!!」

少しずつだが、石板は手前に引き出される。

 「グオォォ……!」

数節動いた所で、石板は何かに引っ掛かった様に動かなくなった。
それと同時に、遠方で地響きの様な音がする。
コバルトゥスは力を抜いて、大きく息を吐いた。

 (これで扉が開いた筈。
  女の腕力じゃ、これを動かすのは難しかったんだろうなぁ)

カシエが仕掛けに苦労した理由を、彼は察した。
ここには他に見るべき物は無さそうだ。
本当に扉が開いたのか、コバルトゥスは確認しに向かう。


耐久力;0.5
魔力;14
0083創る名無しに見る名無し2018/02/24(土) 16:56:20.16ID:Qn06J8lN
先の分岐路に戻り、左折して真っ直ぐの通路を抜けると、突き当たりに穴が開いている。
穴の中には、更に地下に続く階段が見える。

 (一応、下の様子を見てから、外に戻ろう)

コバルトゥスは階段を下り、地下4階に進んだ。
階段を一段下りる毎に、僅かではあるが、圧迫される感覚がある。
今の所は直接的な影響は無いが、気になる現象だとコバルトゥスは思った。
階段が終わると、その先には3つに分かれた道がある。
右と左と正面。

 (この先は気になるが、今回は切り上げるとしよう)

疲労を感じたコバルトゥスは、ここで探索を止めて戻る事にした。

 (今の所、余計な寄り道はしていない……と思う。
  そう遠くない内に、カシエに追い付けるんじゃないか?)

勝手な想像ではあるが、何と無く、そんな気がした。


耐久力:0
魔力:14

【耐久力が尽きたので帰還】
0084創る名無しに見る名無し2018/02/25(日) 18:10:21.57ID:U7sJ7y83
コバルトゥスが洞窟から出ると、携行食を咥えたカシエが出迎える。

 「バル、大丈夫?
  疲れた顔してるけど」

心配して来る彼女に、コバルトゥスは心外だと平静に振る舞う。

 「そうかな?
  そんな疲れてないんだが」

アメーバ状の生物に少し苦戦した事を頭の中から消し去って、彼は強がった。

 「余り無理しない様にね」

怪訝な顔で、そう告げたカシエは、コバルトゥスと擦れ違い、真っ直ぐ洞窟に向かう。。
どうしてカシエに心配されるのかと、コバルトゥスは納得が行かない気持ちだった。
逆に、洞窟に向かう彼女に忠告しようと思ったが――、

 「君こそ――」

 「何?」

 「い、いや、何でも無い……」

思うだけで止(とど)まる。
自分の為体を顧みれば、先輩振って助言する事は躊躇われたのだ。
先輩と言うからには、何かしら先んじた部分が無くてはならないと、コバルトゥスは考えていた。
尊敬出来る部分が無い者に、敬意を払う事は出来ない。
それがコバルトゥスの思想。
今の自分はカシエに偉そうな事を言える立場では無く、故に先輩風を吹かせても嫌われるだけと、
理解しているのだ。
0085創る名無しに見る名無し2018/02/25(日) 18:14:36.89ID:U7sJ7y83
洞窟に入るカシエの背を見送ったコバルトゥスは、ラビゾーに近付いた。
ラビゾーは彼に声を掛ける。

 「早かったな、コバギ。
  今度は1針と少しだ。
  梃子摺っているのか?」

 「そんなに早かったんスか?
  やっぱり、この洞窟は普通じゃないッスよ」

コバルトゥスは少なくとも1角は探索していた積もりだった。
ラビゾーは彼の言葉を否定しない。

 「こんな所に財宝の洞窟があるってのも、よく考えてみれば変だよな?
  態々地図を人に渡す『案内人』が居るのも」

 「……罠なんスかね?」

コバルトゥスが真剣な表情で尋ねると、ラビゾーは両腕を組んで低く唸る。

 「人を陥れる罠……の可能性もあるけど、そうじゃない可能性もあると思う」

 「そうじゃない可能性って何スか?」

曖昧な物言いを怪しんだコバルトゥスが問うと、ラビゾーは困った顔で言う。

 「魔法使いには変わり者が多いからな……。
  この洞窟は先ず間違い無く、魔法使いが作った物だろう。
  こんな僻地に人を呼んで何が目的なのかと言うと――」

 「罠じゃないんスか?」

 「他人を暇潰しに付き合わせる事を罠と言うなら、罠なんだろうな」

ラビゾーが何を言いたいのか分からず、コバルトゥスは困惑した。

 「えっ、罠なんスか?
  罠じゃないんスか?」

 「『謎々<リドル>』は解いて貰う為にある。
  クイズでもパズルでも同じ。
  挑む者が無ければ、詰まらない。
  そう言う事だ」

利いた風な事を言うラビゾーに対して、何が言いたいのやらとコバルトゥスは呆れた眼差しを向ける。
0086創る名無しに見る名無し2018/02/25(日) 18:16:21.93ID:U7sJ7y83
 「そんな事より!」

その内に、詰まらない話よりも重要な事を思い出して、コバルトゥスは高い声を上げた。

 「先輩、鑑定して貰いたい物があるんスけど!」

彼は浮き浮きしながら、洞窟内で拾った宝石らしい物をラビゾーに見せた。

 「これ、幾ら位になりますかねぇ?」

 「手に取って見ても良いか?」

ラビゾーが訊ねると、コバルトゥスは難色を示す。

 「取っちゃったりしませんよね?」

 「んな事する訳無いだろう」

基本的に、コバルトゥスは他人を信用しない。
ラビゾーとは長い付き合いで、その為人を知っているので、冗談半分ではあるのだが、
極自然に疑いの言葉が口を衝いて出て来る。
当人は、それを悪癖とは思っていないので、改善する見込みは無い。
コバルトゥスは小さな水晶の原石と思しき物を、ラビゾーに渡す。

 「はい、よく見て下さい」

ラビゾーは携帯用の小型顕微鏡で、水晶を観察した。

 「……これは水晶だな。
  でも、天然の物じゃないみたいだ。
  人工の水晶だと思う」

 「人工の!」

共通魔法には分子の構成を変化させる物がある。
魔法で作られた人工の水晶には、特徴的な魔法陣の文様が結晶構造に残るのだ。
0087創る名無しに見る名無し2018/02/26(月) 19:43:22.47ID:LZB/twUF
コバルトゥスの精霊魔法でも水晶を作り出せるが、それは土中からガラス質の物を選り集めて、
透明度を下げる不純物を取り除きながら、再結晶化させる物である。
この方法では不純物を完全には取り除けないので、色味に土地の特徴が残る。
分子一つ一つの配列を調整する様な精密な物では無いが、これは天然の物に酷似する。
そもそも彼は水晶を人工と天然で区別する感覚が無いので、見分けるも何も無いのだが……。
ラビゾーは顕微鏡での観察を続けながら言う。

 「共通魔法で作られた物じゃないぞ……。
  外道魔法絡みと思われて、売ろうとしても、買い手は付かないかもな。
  水晶には違い無いけど、人工物は安く買い叩かれるのが普通だ。
  大きさも小さくて、透明度も高くないし、一部欠けてるし、お世辞にも出来が良いとは言えない」

コバルトゥスは不安になって問う。

 「……それで、幾ら位になりそうなんスか?」

 「そうだなぁ、200って所か……」

それは余りにも安いと、コバルトゥスは憤慨した。

 「そんな!
  苦労して手に入れたんスよ!」

 「労力をその儘価値に変換する事は出来ない。
  成功に繋がらない努力は無意味だって、お前何時も言ってたじゃないか」

冷淡な反応のラビゾーに対して、何とか付加価値を高められないかと、コバルトゥスは知恵を絞る。

 「実は、これ……『化け物<モンスター>』を倒して手に入れたんス。
  半透明の粘着いた水……洟水とか卵白の塊みたいな奴で。
  そいつの核だったんスよ」
0088創る名無しに見る名無し2018/02/26(月) 19:48:11.26ID:LZB/twUF
それを聞いたラビゾーは顔を顰めた。

 「嫌な譬え方をするなよ……。
  ゼリー状とかアメーバ状とか、他に言い様があろうに」

 「ええと、詰まり俺が言いたいのは……何か『貴重<レア>』な物じゃないかって」

 「幾ら貴重でも『洟水の塊』て……」

 「いや、そこは重要じゃないんスよ。
  洟水ってのは飽くまで譬えで。
  それに卵白とも言ったのに、何で洟水ばっかり取り上げるんスか?
  俺が伝えたかったのは、この核が化け物を動かしてたって事実です」

必死に訴えるコバルトゥスだが、ラビゾーは疑う。

 「本当に事実なのか?」

 「多分……。
  『これ』を攻撃したら、化け物の体が溶けて水みたいになって、これだけが残ったんで」

ラビゾーは顕微鏡を覗きながら唸った。

 「フーム、フム、フム……。
  魔法生物の『核<コア>』なのかな?
  魔法的な機構が仕込まれているなら、好事家に高く売れ……ないな。
  魔導師会に没収されるのが落ちだ。
  他に魔法を研究している機関は無いし」

宝石としての価値は低く、魔法道具としても一般人には扱えないとなると、愈々売り場が無い。
コバルトゥスは数極思案して、こう提案する。

 「魔導師会に売り付けるのは、どうッスか?」
0089創る名無しに見る名無し2018/02/26(月) 19:52:17.69ID:LZB/twUF
だが、これにもラビゾーは良い反応を見せなかった。

 「ある程度の値段で買い取ってくれるかも知れないが、入手元に関して聞かれるぞ。
  どうせ、そんなに高くは売れまい。
  高々数万MGと引き換えに、魔導師会に目を付けられちゃ、割に合わない。
  普通の水晶として売るしかないが、そうすると価値が無い」

 「だ、駄目ッスか?」

 「あぁ、駄目だな。
  どこに持って行っても、200MGが精々と言うか、下手をすると値が付かないかも。
  水晶の主成分の『石素<クストン>』と『気素<スピラゲン>』は、有り触れた物だしな。
  そこら辺の素人を騙して売るとか、自分で加工して綺麗に磨くとかしないと。
  ……それにしても、化け物の核だって言うから怖い。
  何かの拍子に活動を再開しないとも限らない訳だろう?」

ラビゾーの言う通り、未知の魔法が仕込まれているなら、化け物が復活する可能性もある。
その懸念を払拭する為には、再構成する他に無いのだが、そうすると益々価値が無い。
暗い顔で俯いて黙り込み、本気で落胆するコバルトゥスに、ラビゾーは同情的な声を掛ける。

 「200MGと言うのは、市場価格の話だ。
  普通に店で売ろうとすれば、その程度の価格にしかならない。
  但し、僕が個人的に買い取るなら話は別だ」

コバルトゥスは希望を持って目を輝かせる。

 「そうだなぁ……。
  500MGで買い取ろう」

そして、ラビゾーの一言で再び落胆する。

 「吝嗇(ケチ)ぃッスよ」

 「2.5倍だぞ。
  500MGあれば、僕の手元にある品の幾つかを買う事が出来る」
0091創る名無しに見る名無し2018/02/26(月) 19:59:09.29ID:LZB/twUF
コバルトゥスは深い溜め息を吐いて、ラビゾーに尋ねた。

 「何が買えるんスか?」

 「携行食が300MG、傷を治す軟膏が400、後は方位磁針が300、燐寸が1箱100、
  魔力式の懐中電灯が200、短剣が400、魔力探査機が300、伸縮式ロッドが500、
  安い革の『篭手<アーム・ガード>』が片方400、作業用防護手袋が1組400……。
  買える物は、こんな所だな。
  あ、安物の時計もあるぞ。
  300MGだ」

どれを買おうか、コバルトゥスは悩んだ。
彼は先ず不要そうな物から選別する。

 「短剣は要らないッス。
  篭手や手袋も安っぽくて、何か好かないッスねぇ。
  懐中電灯も結局魔法を使うんなら、自前の魔法で事足りますし。
  これ、所謂『魔力石<エナジー・ストーン>』は付いてないんスよね?」

 「ああ、魔力石が付いてたら、もっと値段が高い。
  飽くまで共通魔法の発動を補助する物だ」

精霊魔法使いであるコバルトゥスは、余り共通魔法を好ましい物と思っていない。
共通魔法使いは精霊を殺すと理解している。

 「この魔力探査機ってのは?
  只の棒切れってか、針金に見えるんスけど」

 「名前の通りだ。
  比較的安価で魔力を通し易い銅合金で出来ている。
  これを手に持っていると、魔力に反応して動くと言われている。
  どうも使う人の魔法資質が高くないと効果が無いらしく、魔法資質の高い人は魔法を使って、
  自力で探知するから不要なんだが、一応補助器具の役割は果たすとか……。
  僕は使わないから判らないが」

さて、何を買おうか、売るだけで買わずに取っておくのか、それとも水晶を売らずに持っておくか、
コバルトゥスは考える。
0092創る名無しに見る名無し2018/02/26(月) 20:02:29.01ID:LZB/twUF
コバルトゥスが買う物を決めて下さい。
中には無意味な物もあります。
何も買わなくても良いです。
0094創る名無しに見る名無し2018/02/27(火) 19:43:58.36ID:SJtG1CeP
 「……時計と燐寸を下さい」

コバルトゥスは暫し迷ったが、その2つを購入する事にした。
時計があれば、洞窟の中でも時間の経過が明確に判る。
狂わされているのが、自分の感覚なのか、それとも時空その物なのかも……。
知った所で何になる訳でも無いかも知れないが、少なくとも1つの謎は解ける。

 「分かった」

ラビゾーは時計と燐寸の箱をコバルトゥスに渡した後、耐火布で作られた巾着型の小銭入れから、
100MG硬貨を差し出した。

 「どうも」

コバルトゥスは小さく頷き、時計と燐寸をコートのポケットへ、硬貨は懐の革の財布に収める。
一泊置いて、彼はラビゾーが水晶をどうするのか気になって尋ねた。

 「所で先輩、その水晶どうするんスか?」

 「知り合いの魔法使いに見て貰おうと思う。
  何か使い道があるかも知れない」

そう言ったラビゾーは、水晶を小銭入れとは別の革の小袋に入れた。
小袋の表面には蔓草に似た奇怪な文様があり、魔力を封じる呪文の文様ではないかと、
コバルトゥスは推察する。
恐らくは、効果が不明な未知の、乃至、幾らか危険性のある魔法道具を保管する為の物。
0095創る名無しに見る名無し2018/02/27(火) 19:48:31.40ID:SJtG1CeP
それからコバルトゥスは両目を閉じて、呼吸を静め、体力の回復に努める。
一口に回復魔法と言っても、体力の回復と、負傷の回復は別物だ。
普段は疲れない様に、体力を回復させながら行動するのだが、洞窟の中では精霊を捉え難い。
だから、こうして洞窟の外――精霊の存在を十分に感じられる場所で、休息する必要がある。
瞑想するコバルトゥスに、ラビゾーは話し掛ける。

 「コバギ、喉が渇いたり、腹が減ったりしないか?」

コバルトゥスは目を瞑った儘で答える。

 「喉の渇きは平気ッス。
  俺、水筒持ってますし、水の精霊に呼び掛ければ、何時でも補充出来ます」

 「じゃあ、心配無いな」

 「いや、腹は減るんスけどね」

如何に魔法でも空腹だけは凌ぎ難いと、彼は白状した。
それは暗に食い物を寄越せと要求しているのだが、ラビゾーは冷たい。

 「携行食は沢山あるから、幾らでも買って良いぞ」

 「……やっぱり買わなきゃ行けないんスか?」

 「当たり前だろう」

他愛も無い会話で時が過ぎる。
0096創る名無しに見る名無し2018/02/27(火) 19:53:59.71ID:SJtG1CeP
ラビゾーは時計を確認した。

 「そろそろ、カシエさんが入ってから1針だ」

未だ瞑想を続けていたコバルトゥスは、少し反応が遅れる。

 「ん、カシエが?
  あぁ、そうッスね」

彼は余りカシエを心配しなくなっていた。
一体どうした事かとラビゾーは怪しむ。

 「心配じゃないのか?」

 「いや、全然心配じゃないかって言うと、そうでも無いんスけど……。
  俺が一々気を揉んでも仕様が無いんじゃないかって。
  今は他人の事より、自分の事ッスよ。
  未だ、お宝も手に入れてないんスから」

コバルトゥスの言い分を聞いて、ラビゾーは頷いた。

 「そうだな。
  勝負の事もあるしな」

今の彼には他人の事を考えている余裕は無い。
だが、自分の事で頭が一杯と言う訳でも無い。
正しく「カシエを信頼している」のだ。
彼女を駆け出しと侮って無用な気を回す事を、コバルトゥスは止めたのである。
0098創る名無しに見る名無し2018/02/28(水) 18:20:25.12ID:o/QhCdqB
1針半が経過して、カシエは地上に戻って来た。
その表情が、どこか悩まし気だったので、コバルトゥスは気になって声を掛ける。

 「お帰り、カシエ。
  どうしたんだい?
  顔色が優れないけど」

彼女は真顔でコバルトゥスに忠告する。

 「気を付けて、バル。
  5階層目からは重い空気が場を支配してる。
  特に、貴方の魔法資質だと……」

これでは丸でカシエが「先輩」だと、コバルトゥスは苦笑いした。

 「あぁ、有り難う。
  気を付けるよ」

カシエはコバルトゥスの応答に小さく頷いたのみで、彼の前を通り過ぎてラビゾーの横に移動し、
崩れ落ちる様に腰を下ろした。
そして、大きな溜め息を吐く。
探索で余程疲れたのだろうと窺える。
0099創る名無しに見る名無し2018/02/28(水) 18:28:08.55ID:o/QhCdqB
カシエは気怠そうにベルト・ポーチから小さな宝石を取り出して、ラビゾーに見せる。

 「鑑定、お願いします」

 「ああ」

それを受け取ったラビゾーは、顕微鏡で宝石を観察した。

 「これは綺麗な紅水晶だ。
  フムフム、結晶の中にコバギが持って帰った水晶と似た文様が、透けて見える……。
  もしかして、これは化け物を倒して手に入れた物?」

彼の問いに、カシエは項垂れる様に頷く。

 「蝙蝠みたいなのが、落として」

 「宝石を核にして、色んな魔法生命体を造り出しているのか」

詰まる所、洞窟内の生物は魔法使いが生み出した「宝の番人」と言う訳だ。
コバルトゥスは2人の会話に興味を持って割り込む。

 「先輩、それ見せて貰えませんか?」

ラビゾーは僅かに躊躇いを見せ、余り気乗りしない様子で宝石を渡した。
コバルトゥスは眉を顰めて言う。

 「そんな心配しなくても、取ったりしませんよ」

 「どうかだなぁ……」

 「意地悪言わないで下さい。
  前の事は謝りますから」

互いに冗談めかして笑い合う彼等の姿を、カシエは羨まし気に見ていた。
0100創る名無しに見る名無し2018/02/28(水) 18:37:37.94ID:o/QhCdqB
コバルトゥスは紅水晶を天に翳し、透かして見る。

 「……何が呪文なのか皆式判らないッスねぇ」

 「知識が無いと判別は難しいからな」

暫しコバルトゥスは紅水晶を観察していたが、やがて飽きてラビゾーに返す。
ラビゾーはカシエの方を向いて、彼女に言った。

 「大体3000MGって所かな。
  どうします、カシエさん?」

 「ええ、売ります。
  その分で補充をお願いします」

 「分かりました」

自分の水晶は買い叩いたのに、カシエの水晶は高く買うのかと、コバルトゥスは不満を持った。
水晶の質が違うのは事実なので、それを口に出したりはしないが……。

 (先輩を驚かせる程の物を見付けてやる。
  それが『冒険者』としての実力の証明にもなる)

独り心内で決意して、コバルトゥスは洞窟に向かった。
その背に向かって、ラビゾーが声を掛ける。

 「コバギ、もう大丈夫なのか?」

 「ええ、余り消耗しなかったんで。
  今度は、もっと良い物を持って帰りますよ」

そう宣言して、コバルトゥスは洞窟に入った。
0101創る名無しに見る名無し2018/02/28(水) 18:38:15.19ID:o/QhCdqB
探索を再開する場所を決めて下さい。
地下4階から始める場合は、右、左、真ん中の、どの道を進むかも決めて下さい。
0104創る名無しに見る名無し2018/03/01(木) 19:24:07.63ID:OxmVPQK1
洞窟に入ったコバルトゥスは、直ぐに時計の時間を確かめた。
時刻は南東の時半角を指している。

 (これが正確な時刻かは判らないな。
  経過が判り易い様に、針を戻しておこう)

彼は時計の摘み(竜頭)を回して、丁度南東の時に合わせた。
本当に時計が動いているか確かめる為に、時計を耳に当てると、時を刻む音がする。

 (良し)

コバルトゥスは階段を下りて、下層を目指した。
地下2階に着くと、コバルトゥスは時間を確認する。

 (2点……って所だな。
  1階層自体は広い訳じゃないし、道も罠も判っているし、こんな物か)

同様にして、地下3階でも確認。

 (合わせて、3点経過。
  特に奇怪しな所は無いと思う。
  問題は、地上に出た後か)

少し歩き、地下3階の最初の分岐路に出て、ここの階段前には仕掛けがあった事を、
コバルトゥスは思い出した。

 (もう1回、仕掛けを動かさないと行けないか?
  それに化け物が復活しているかも知れない)

彼は気配を探ってみるが、前回の様に何かが居る感じはしない。
0105創る名無しに見る名無し2018/03/01(木) 19:44:21.29ID:OxmVPQK1
コバルトゥスは真っ直ぐ階段まで向かってみる事にした。
気配はしなかった物の、化け物に奇襲されないか年の為に警戒していたが、何事も無く階段に着く。
化け物は再配置されていなかったし、仕掛けも動かされていた。

 (カシエが通った後だから……?
  いや、何か変だな。
  それじゃ俺が仕掛けを動かしたのは一体?
  カシエも俺も同じ道を通ってる筈。
  それなのに、丸で『同じ構造の別の洞窟』を攻略していたみたいだ)

考えても分からないと、コバルトゥスは疑問を置いて、地下4階への階段を下りた。

 (……やっぱり少し圧迫感がある。
  深い階層に行くに連れて、洞窟全体の魔法的な仕掛けの効果が強くなっている?)

不安は多いが、足を止めずに移動する。
地下4階の3分岐で、時計を再々確認。

 (4点経過。
  1針まで後1点。
  今から探索を始めて、地上まで戻る時間を考えると、最短でも3針は経過する。
  さて、どうなってる事やら)

コバルトゥスは時計を懐に収めると、分岐路を真っ直ぐ進んだ。


耐久力:10
魔力:16

【行動表参照】
0106創る名無しに見る名無し2018/03/01(木) 19:52:12.95ID:OxmVPQK1
【有利判定】

地下4階の空気は、それまでの階層よりも重く湿っている様に感じられる。
苦手な暗闇の中で自分が気弱になっているのか、それとも先程から続く圧迫感の所為なのか、
コバルトゥスには判別が付かない。
暫く道を歩くと、突き当たりに出会す。
そこで道は左右に分かれている。
どちらへ進もうかとコバルトゥスは足を止めた。

【洞察力判定】
0107創る名無しに見る名無し2018/03/01(木) 19:59:48.35ID:OxmVPQK1
【失敗】

そこで彼は違和感を覚えたが、その正体が何かまでは掴めなかった。
精霊の声を聞いて周囲を探りたい所だが、謎の圧迫感の影響か、精霊の声が聞こえ難くなっている。
コバルトゥスは仕方無く、精霊石を取り出して、訊ねてみる事にした。

 (精霊よ、教えてくれ。
  ここには何が隠されている?)

本当に精霊が言葉を発する訳では無いが、どこか怪しい所があれば精霊が反応する。

【再判定】
0108創る名無しに見る名無し2018/03/02(金) 18:17:15.57ID:tDsrGT2b
【成功】

精霊石は正面の突き当たりの壁に、何かあると訴えていた。
コバルトゥスが壁に近付くと、淡く輝く格子状の魔法陣が浮かび上がる。
どうやら彼の精霊魔法に反応した様だ。

 (何だ、これは……)

見た事も無い魔法陣を、彼は呆然と見詰めて溜め息を吐く。

 (罠?
  それとも上の階みたいに、先に進む為の装置か?)

触れて良い物やら迷い、格子の1本1本を静かに観察する。
それは檻の様にも棋盤の様にも見える。

【魔法知識判定】
0109創る名無しに見る名無し2018/03/02(金) 19:03:45.90ID:tDsrGT2b
【失敗】

これを解明出来る知識を、コバルトゥスは持ち合わせていなかった。
取り敢えず、直接手で触れる事は止めておく。

 (精霊の力で、どうにか出来ないか……?)

コバルトゥスは壁から少し距離を取り、再び精霊石を手にして、精霊に語り掛けた。

 「I1EE1・J3K1B7D67――……」

見えざる精霊の手が、コバルトゥスの代わりに壁に浮かんだ文様に触れる。
そうすると、精霊が触れた部分の格子が動いて、格子の図形が変化する。

【再判定】
0110創る名無しに見る名無し2018/03/02(金) 19:27:33.47ID:tDsrGT2b
【失敗】

罠では無さそうだと、コバルトゥスは察した。

 (罠じゃないなら、先に進む為の仕掛けかな?)

そう当たりを付けて、彼は素手で格子状の文様を弄り始める。
しかし、文様は変化する物の、どう解いた物か分からない。

 (適当に構ってたんじゃ駄目かぁ……)

コバルトゥスは両腕を組んで文様を睨み、小さく唸る。

 「ムゥ……、どうした物かなぁ」


耐久力:10
魔力:14
0111創る名無しに見る名無し2018/03/02(金) 19:30:17.96ID:tDsrGT2b
解けるまで再挑戦するか、諦めて他の道を進むか、決めて下さい。
再挑戦には魔力を1消費します。
0112創る名無しに見る名無し2018/03/02(金) 20:01:14.16ID:WTCx/28t
冒険者として挑戦しよう(罠に掛からなければ魔力は余りがちだし)
0113創る名無しに見る名無し2018/03/03(土) 17:29:32.78ID:rntEygZi
ここを避けては先に進めないと直感したコバルトゥスは、どうにか解いてやろうと知恵を絞った。
長らく魔法陣を見詰めながら、格子を動かしていた彼は、突如閃く。

 「あっ!」

格子が図形から外れそうな事に気付いたのだ。

【これ(↓)が】

┌┼┼┬┬┼┐
│┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼│
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┤
└┼┴┴┼─┘

【こんな感じ(↓)に】

┌┼┼┬┬┼┐
│││││┼┼────
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼│
┼┼┼┼┼┼┼
┼┼┼┼┼┼┤
└┼┴┴┼─┘

一度要領が分かれば、後は簡単だった。
格子を外せるだけ外すと、最終的に長方形が2つ並んだ、両開きの扉の様な図形が残る。

 (それで……?
  これから、どうするんだ?)

コバルトゥスは少し考えて、扉の形をしているのだから、格子と同様に縦か横に動くのではと思った。
0114創る名無しに見る名無し2018/03/03(土) 17:34:28.14ID:rntEygZi
そこで頭に浮かんだのが、「引き戸」である。
ここはボルガ地方なので、ダブル・ドアよりもスライディング・ドアの方が一般的だ。
最後の仕上げの積もりで、コバルトゥスは図形の扉を開く。
……所が、何度やってみても動かない。
開かずに右か左に動くのかと試してみたが、何も変わらない。
上下にも動かない。

 (えぇ、ここまで来て詰まるのか……)

引き戸では無いのかなと、今度は押してみるも反応は無い。

 (時間を掛けさせるだけの罠だったとか?)

そんな馬鹿な事は無いだろうと、コバルトゥスは図形の上から壁を叩いた。

 (この壁は精霊の力を遮断している。
  壁の向こうに何があるのか、判らない様にしてるんだ。
  絶対に何か隠してある。
  そうじゃないと困るぜ……。
  押しても駄目なら――)

彼は悪足掻きに図形の扉を手前に引いてみようとするも、平面の図形をどう引っ張れば良いのかと、
手を止める。

 (もしかして――)

数極考え、コバルトゥスは思い付きを行動に移してみた。
注目したのは、図形を両開きの扉の様に見せていた真ん中の棒。

 (これが『取っ手』か!)

淡く輝く棒状の「取っ手」に指を掛けて引くと、重い手応えがある。
0115創る名無しに見る名無し2018/03/03(土) 17:43:33.37ID:rntEygZi
両開きの扉に似た図形は、魔法の取っ手だった。
それを確り掴んで引くと、壁と完全に同化していたドアが浮き出る。
平面だった壁に切れ目が入り、滑らかに手前に動く。
石壁のドアは、その厚さの割に驚く程軽い。
これも魔法の仕掛けなのだろう。

 「フー……」

難問から解放されたコバルトゥスは、大きな溜め息を吐いた。
嫌に手間取ってしまったが、今は気にしない事にする。
とにかく、これで前に進めるのだから。
ドアの先を覗き、魔法の明かりで照らしてみると、更に下に続く階段が見えた。

 (この先は地下5階か)

予想通り、これが先に進む道に繋がる仕掛けだった事は嬉しいが、彼はカシエの忠告を思い出す。

 (彼女は重い空気が何とか言ってたな。
  何にせよ、行ってみれば判るだろう。
  行ってみれば……)

彼の胸を幽かな不安が過ぎる。


耐久力:10
魔力:13
0116創る名無しに見る名無し2018/03/03(土) 17:45:40.67ID:rntEygZi
この階層の探索を続けるか、思い切って地下5階に進むか、選択して下さい。
この階層の探索を続ける場合は、どの分岐から調べるかも選んで下さい。
0118創る名無しに見る名無し2018/03/04(日) 18:02:49.65ID:RiPz+oaH
コバルトゥスは一度深呼吸をして、気合を入れた。

 (良し、行くぞ!)

そして扉を潜った後で、ある事実に気付いて立ち止まる。
魔法の扉は手を離すと、自動的に閉まる様になっている……。
勝手に鍵が掛かっては堪らないと、彼は扉を片手で押さえつつ、挟む物を探した。
幸い、ここは洞窟の中。
適当に土や小石を閊えさせておけば、完全に閉まる事はあるまいと考える。
足元を見ると、丁度拳大の石が転がっている。
それをコバルトゥスは閉まって行く扉に咬ませた。
石が確り扉を食い止めたのを確認して、コバルトゥスは階段を下りる。


耐久力:9
魔力:13
0119創る名無しに見る名無し2018/03/04(日) 18:04:29.53ID:RiPz+oaH
階段を一段下りる度に、コバルトゥスは圧迫感が強くなって行くのを感じた。

 (……凄い不快感だ。
  気分が悪くなる)

カシエの言っていた事は本当だったと、彼は自らの胸元を押さえながら認める。
この不快感は、「自然とは異なる魔力の流れ」を魔法資質が鋭敏に読み取ってしまい、
発生する物である。
他の感覚で譬えるなら、不快な雑音や激しい明滅に近い。
余りの不快さに、コバルトゥスは精霊石の力を使う事を躊躇わなかった。
自分の周囲だけでも、精霊魔法の流れで支配する事で、不自然な魔力の流れの影響を薄める。
これは有効な手段ではある。
常に魔力を消費する事を除けば。
0120創る名無しに見る名無し2018/03/04(日) 18:05:53.60ID:RiPz+oaH
階段が終わると、真っ直ぐの通路が続いていた。
見た目だけは、これまでと余り変わりが無いのだが、コバルトゥスには暗さが増した様に感じられる。
地下深くに来たと言う事実と、不快な魔力の流れが、そう錯覚させるのだ。
時計を確認すると、1針が過ぎていた。

 (未だ1針なのか、もう1針なのか、判んねぇなぁ)

溜め息が漏れる。

 (嫌な所だ。
  ここから先、こんな感じなのか……。
  一体どこまで続いてるんだ?
  そんなに深くないと良いが)

洞窟の静かさは相変わらず。
虫一匹存在しない通路を、コバルトゥスは独り歩く。
彼は度々足を止めて、背後を振り返る。
暗闇の恐怖が彼の精神を圧迫する。


耐久力:8
魔力:12
0121創る名無しに見る名無し2018/03/04(日) 18:06:34.60ID:RiPz+oaH
暫く歩くと、突き当たりがあった。
道は右側に折れている。
上の階にあった隠し通路の様な物は無い。
今の所は罠も無い様だが、こんな所で重傷を負う様な罠に嵌まれば、命が危ういと彼は警戒する。
「敵」に遭遇する事も避けたい。
どちらにしろ、今は道形に進む事しか出来ない。
コバルトゥスは微かな音も聞き逃さない様に、呼吸を静め、足音も消して移動する。


耐久力:7
魔力:11
0122創る名無しに見る名無し2018/03/04(日) 18:07:30.31ID:RiPz+oaH
右折して少し進むと、分岐路があった。
真っ直ぐ続く道と、右折する道がある。
どちらの道からも、何の気配も感じられないし、差異も判らない。
それは魔力の流れが乱れている所為なのかも知れないし、本当に何も無いのかも知れない。
今のコバルトゥスには、その判断が出来ないのだ。

 (参ったな、こりゃ……。
  直感も働かない。
  運に任せるしか無いってのか?)

コバルトゥスは小さく唸った。


耐久力:6
魔力:10
0125創る名無しに見る名無し2018/03/05(月) 18:14:15.70ID:lpEThvsl
彼は真っ直ぐ進もうと決心する。
周囲を警戒しながら、1歩ずつ足元を確かめる様に移動する。
行く先に危険な物が待ち構えていない事を願いながら。

【行動表参照】
0126創る名無しに見る名無し2018/03/05(月) 18:31:18.69ID:lpEThvsl
【成功】

暫く歩いたコバルトゥスは、数身先で再び道が右折している事に気付いた。

 (今度も右折か……)

忍び足で曲がり角の先を慎重に覗き見る……と、踏み出した足の下が少し沈む感覚があった。

 (罠か!?)

罠を踏んでしまったのかとコバルトゥスは焦るも、何も起こらない。

 (……足を退かしたら、ドカンって事は無いよな)

地雷でも埋められているのか、彼は魔法資質で足下を確かめたが、危険そうな物は無い。
しかし、ここまで罠は無く、そろそろ配置されているのではないかと予想。

 (不気味だ。
  素早く動けば、罠が発動しても避けられるか?
  深手を負いたくはないが、未だ余裕のある今なら魔法で回復出来る)

罠では無いと断じる事は出来ない。

 (1、2の3!!)

コバルトゥスは勢いを付け、低く地面に飛び込む様に前転した。
機敏な動作で一回転して振り向き、周囲の様子を窺う。

 (……何も起きない?)

洞窟内は変わらず静寂が支配している。
0127創る名無しに見る名無し2018/03/05(月) 18:36:28.81ID:lpEThvsl
コバルトゥスは立ち上がると、服を叩いて土汚れを落とした。

 (罠じゃなかったのか?
  それとも不発だっただけ?
  大きな仕掛けの一部って事も……。
  どうなってんのかな)

彼は真顔で考え込み、もう一度踏んでみようかと思うも、それで罠が作動したら馬鹿みたいだと思い、
今は先に進む事にした。


耐久力:5
魔力:9
0128創る名無しに見る名無し2018/03/05(月) 18:49:52.97ID:lpEThvsl
又少し進むと、この階層2度目の分岐点に差し掛かる。
真っ直ぐ続く道と、右に折れる道。
右の道には何があるかと覗き込もうとした所、再び足が僅かに沈んだ。

 (わっ、又だ!)

2度目なので、驚きや焦りは控え目だが、罠の可能性を完全に排除する訳には行かない。

 (これで罠なのか、そうじゃないのか、明確になる筈だ)

コバルトゥスは先と同様に、飛び込み前転で素早く仕掛けから離れた。

 (……やっぱり何も起こらないじゃないか)

一体何の為の物なのかと、彼は怪しむ。

 (今度も不発って事は無かろう。
  油断を誘っているのかも知れないが……)

幾ら考えても、分からない物は分からない。
コバルトゥスは小さく息を吐くと、進むべき2つの道を交互に見た。
先の分岐と同じく、幾ら感覚を研ぎ澄ましても、どちらの道からも有益な情報は何も得られない。


耐久力:4
魔力:8
0131創る名無しに見る名無し2018/03/06(火) 19:16:34.37ID:0AJbT3sH
 (こっちにしよう、何と無く)

コバルトゥスは真っ直ぐ進む事にした。
少し歩いて、彼は自然と注意が足元に向いている事に気付く。

 (下ばっかりじゃなくて、上も気を付けないと行けないか?
  上から何か降って来ないとは限らないしなぁ……。
  吊り天井とかあるかも)

少しだけ沈む奇妙な地面は、足元を警戒させて他への注意を疎かにさせる為の仕掛けなのかと、
コバルトゥスは考えた。

 (本当に、そうなのか?
  分かんねえなぁ……)

そんな調子で暫く歩いていると、突き当たりに土壁が見える。
道は右に折れており、分岐路は見当たらない。
これまでの経験から、ここにも少しだけ沈む地面があるのではと、コバルトゥスは予想した。
しかし、曲がり角まで来ても、そんな様子は無い。

 (……ん?
  ここには無いのか?
  それとも踏み外した?)

彼は肩透かしを食って、靄々した気持ちになる。


耐久力:3
魔力:7
0132創る名無しに見る名無し2018/03/06(火) 19:18:21.33ID:0AJbT3sH
角を曲がると、少し先に障害物の気配があった。
道の真ん中に、大きな物が置かれている。
だが、完全に道を塞いでいる訳では無く、狭い隙間がある。

 (岩石が置かれているのか?)

設置物は周辺の土壁と類似した、硬い物質である事も解る。
前進して近付いてみると、やはり岩石の様だ。

 (障害物にしては雑な置き方だな)

周辺の壁や天井に大きな窪みは無く、剥がれ落ちた物では無い。
徒の岩石ではあるまいとコバルトゥスは怪しみ、慎重に接近した。

【行動表参照】
0133創る名無しに見る名無し2018/03/06(火) 19:24:41.33ID:0AJbT3sH
【失敗】

約2身の距離まで近付いた所、岩石が動き始める。
それと同時に、高速の石礫がコバルトゥスに襲い掛かった。

【戦闘能力判定】
0134創る名無しに見る名無し2018/03/06(火) 19:46:27.69ID:0AJbT3sH
【回避失敗】

即座に防御姿勢を取ったコバルトゥスだが、石礫を回避する事は困難だった。
動きの制限される洞窟内で、散弾の様に散(ば)ら撒かれる石礫。
更に魔法資質も思う様に利かないのだから、これは仕方が無い。
ここが広い地上で、何の妨害も無ければと、コバルトゥスは恨まずには居られない。
礫は彼の服の上から、痛烈な打撃を浴びせる。
頭部は何とか庇えた物の、腕に2発、脚に1発。
骨が折れたのでは無いかと思う程の衝撃がある。
コバルトゥスは「敵」を睨んだ。
手足の生えた、大人の男性よりも大きい岩石の塊が、丸で番人の様に立ち開(はだ)かっている。

 (石の怪物!?
  こいつも魔法生命体か!)

自分に不利な環境で、傷を負って戦い続けるのは得策では無いと判断したコバルトゥスは、
撤退する事にした。
幸い、相手は動きが鈍そうだ。
打撃を受けた己の手足は痛みはする物の、走駆に支障がある程では無い。


耐久力:0
魔力:6

【耐久力が尽きたので撤退】
0135創る名無しに見る名無し2018/03/06(火) 20:12:07.59ID:0AJbT3sH
コバルトゥスは急いで1つ上の階層まで走った。
石の怪物が追って来る様子は無い。
階段を上り切って、強い圧迫感が弱まったと同時に、彼は安堵の息を吐く。

 (フー、やれやれ、治療しないと)

服の上から打撃を受けた所を触ると、強い痛みがある。

 (大丈夫、折れてはいない。
  恐らく痣になっているだけ)

コバルトゥスは自己診断して、精霊魔法による回復を試みた。

 「F3CG3A4・H2F1H4C5――」

彼は呪文を唱えながら移動する。
幾らか緊張が緩んだ所為か、打撃を受けた箇所が痛み始めるが、魔法の効果で徐々に治まる。
とにかく地上に出る事が優先だと、コバルトゥスは真っ直ぐ来た道を戻った。
これまでと同様、障害となる物も、敵と遭遇する事も無く、無事に彼は帰還する。
0136創る名無しに見る名無し2018/03/07(水) 18:13:46.16ID:nWYMHhtw
洞窟から出たコバルトゥスを、カシエが出迎える。

 「お帰り、バル。
  頬っ辺、どうしたの?」

彼女はコバルトゥスに歩み寄り、その頬に手を添えようとした。

 「頬が、どうしたって?」

コバルトゥスは反射的にカシエの手を払い、自分で頬を撫でてみる。
しかし、特に変化は感じないし、手にも何も付いていないので、何の事を言われているのか解らない。
カシエは怪訝な顔をして言う。

 「傷が付いてるよ」

石礫が掠ったのだろうと、コバルトゥスは理解した。

 「何でも無い。
  何とも無いから、大丈夫さ」

彼は強がりを言い、笑って見せる。
石の怪物に痛手を負わされ撤退した事を、正直に話す気にはなれなかった。
だが、カシエに忠告だけは確りする。

 「それよりカシエ、俺の方は石の化け物に出会した。
  多分、魔法生命体だと思う。
  階層が深くなるに連れて、敵は手強くなるみたいだ」

 「有り難う、心に留めておくね」

カシエは礼を言うと、コバルトゥスと擦れ違い、洞窟に入って行った。
0137創る名無しに見る名無し2018/03/07(水) 18:17:42.05ID:nWYMHhtw
コバルトゥスはラビゾーから少し離れた所で腰を下ろす。
それをラビゾーは不審の目で見つつ、彼に話し掛けた。

 「何か見付かったか?」

コバルトゥスは沈黙して答えなかった。
何も得られずに、魔法生命体から逃げ戻って来たと正直に告白する事は、躊躇われたのだ。
彼の反応でラビゾーは察したのか、それ以上は問うて来なかった。
気不味い沈黙が続く。
体力と精霊石を回復しながら、この空気を変えられる話題を探していたコバルトゥスは、
時計の事を思い出した。
徐に懐から時計を取り出し、現在の時刻を確認する。

 (南東の時、4針。
  ……そんな物か)

これまで何角も探索していた気になっていたのは錯覚だったと、コバルトゥスは認めざるを得ない。
しかし、未だ洞窟内の時間の経過が地上と同じと決まった訳では無い。
彼は念の為、ラビゾーにも確認を求める。

 「先輩、先輩!
  俺が洞窟に入って出て来るまで、何針掛かりました?」

ラビゾーは緩慢な所作で、自分の時計を取り出す。

 「あー、2針は掛かってないな」

その答を聞いたコバルトゥスは、思った通りだと笑みを浮かべた。
0138創る名無しに見る名無し2018/03/07(水) 18:21:06.21ID:nWYMHhtw
彼はラビゾーに近寄り、自分の時計を見せ付けた。

 「先輩、これ見て下さい」

 「どうした、壊れたか?
  安物だったからなぁ」

時刻が全く合っていないので、時計が壊れたのかと誤解するラビゾー。
コバルトゥスは苦笑して訂正する。

 「いや、そうじゃなくて、俺が洞窟に入った時には南東の時だったんスよ」

コバルトゥスが何を言いたいのか解らず、暫く困った顔をしていたラビゾーだったが、
やがて気付いた。

 「あぁ、4針か……。
  時計の進み具合が正常なら、時間が狂っている事になるな」

但しを付けるラビゾーに、コバルトゥスは眉を顰める。

 「だから、狂ってるんスよ!」

彼は確信を持って断じるが、ラビゾーは頷かない。

 「強い磁場の影響を受けているかも知れない。
  特に時計の様な機械は狂い易いんだ」

中々の頑固者である。
0139創る名無しに見る名無し2018/03/07(水) 18:29:30.39ID:nWYMHhtw
コバルトゥスは不満を吐いた。

 「どうして信じてくれないんスか?」

ラビゾーは困り顔で応える。

 「信じていない訳じゃなくて……。
  時間が狂っていようが、それは別に良いんだ。
  僕に不都合がある訳じゃない。
  でも、そう断じるのは早計じゃないかと」

 「どうすれば納得してくれるんスか?」

コバルトゥスは意地でも洞窟の中は時間の流れが狂う事を、証明しようとした。
決して大袈裟に物を言っている訳では無いと、解って貰いたいのだ。
ラビゾーは少し考えてから言う。

 「磁場が狂ってない事を証明出来たら良い訳だから……。
  そうだな、方位磁針が狂っていなければ、証明になるかな。
  方位磁針も狂い易いから、余り良い案とは言い難いけど、電磁気を発生させなければ……。
  コバギ、時計を貸してくれないか?」

 「どうするんスか?」

 「いや、磁気で狂ったんなら、脱磁しないと行けないだろう?」

 「だつじ?」

 「磁気を取り除くんだよ」

機械に詳しくないコバルトゥスは、訳も解らない儘、時計をラビゾーに差し出した。
0140創る名無しに見る名無し2018/03/08(木) 18:27:44.10ID:uEKm6JKM
ラビゾーは詳しい説明をする。

 「強い磁場に当てられると、金属部品が磁気を帯びてしまう。
  そうすると精密な動作に支障が出るんだ。
  正確に時を刻めない状態で、『今の時刻』だけを合わせても無意味だ」

彼は共通魔法で、時計の磁気を除去する。
脱磁の魔法は、主に機械を修理する技士が使う魔法だ。
それをコバルトゥスは黙って見物していた。

 (知らない呪文だ。
  弱い雷精が反応している。
  これで磁気が抜けるのか……)

この程度なら自分でも出来そうだと、彼は思った。

 「……これで良し。
  コバギ、時計を持った事は無いのか」

ラビゾーは時計をコバルトゥスに返すと同時に尋ねる。
コバルトゥスは時計を受け取りつつ答えた。

 「俺には精霊が付いてるんで」

精霊魔法使いである彼は、天体の動きや気温の変化で、大凡の時刻を把握出来る。
勤め人でも商売人でもないから、それで困った事は一度も無い。
明るい内に活動して、暗くなったら宿を探すと言う、原始的な生活をしている流れ者だ。
0141創る名無しに見る名無し2018/03/08(木) 18:28:59.92ID:uEKm6JKM
ラビゾーは眉を顰めて、口の端に微笑を浮かべ、小さな溜め息を吐いた。
その意味をコバルトゥスは考える。
「大多数の共通魔法使い」と同質の、「大人」としての自覚が無い事を笑われたのか?
それとも「狭い社会の常識」に囚われない事への羨望なのだろうか?
どちらにしても、コバルトゥスは今の自分を変える積もりは無い。
その後、暫しコバルトゥスはラビゾーを見詰めていたが、やがて堪え兼ね、自ら尋ねた。

 「あの、先輩……?」

 「何だ?」

 「方位磁針は?」

 「あるぞ」

 「いや、呉れないんスか?」

 「何で?」

コバルトゥスは当然の様に、ラビゾーから方位磁針を渡して貰えると思い込んでいた。

 「いやいや、方位磁針が無いと、時間の流れが狂ってる事の証明が出来ないじゃないッスか」

 「別に僕は困らないが……」

 「もしかして、買えと?」

 「もしかしても何も、その通りだが」

ラビゾーは呆れて笑う。
0142創る名無しに見る名無し2018/03/08(木) 18:37:52.38ID:uEKm6JKM
彼の反応を意地悪く感じたコバルトゥスは、大袈裟に驚き、失望して見せた。

 「なぁんで、そんなに吝嗇なんスかぁ!?」

 「だって、カシエさんと勝負してんだろう?」

飽くまで公平性を欠く真似は出来ないと主張するラビゾーに、コバルトゥスは問う。

 「じゃ、カシエが居なかったら良いんスか?」

 「えぇ……?
  そりゃ、多少は融通を利かせてやっても良いと思うが」

自分が嫌われている訳では無のだと悟り、コバルトゥスは安心しつつも、強請(ねだ)りは止めない。

 「でも、洞窟の時間が狂ってる事と、カシエとの勝負は無関係っしょ?」

 「何が有利に働くか判らんからなぁ……。
  それに只では面白くない」

只では無理と聞いた彼は、嫌らしくラビゾーに囁く。

 「そんじゃ、俺が財宝を手に入れたら、先輩にも分けて上げますよ」

 「駄目だ。
  僕はカシエさんと先に契約した。
  商売は信用だ。
  彼女を裏切る事は出来ない」

 「ハァ、相変わらず真面目腐って」

押しには弱い癖に、一度決めたら中々譲らないのが、このラビゾーと言う男。
コバルトゥスは呆れて彼を茶化すのだった。
0143創る名無しに見る名無し2018/03/09(金) 18:33:17.27ID:CsKxXkON
それからコバルトゥスはラビゾーから少し離れて、再び回復に努めた。
両目を瞑って心を静かに保ち、深呼吸を繰り返して、全身の強張りを解く。
人里離れた山の中、水と風の音、そして鳥の鳴き声しか聞こえる物は無い……。
否、ラビゾーがバックパックを漁る音がする。
その後に聞こえる咀嚼音。
ラビゾーは何か固い物を齧っている。
水筒から茶を飲む音もする。
コバルトゥスは嫌でも空腹を意識して、目を瞑った儘、ラビゾーに話し掛けた。

 「……先輩」

 「どうした?」

 「何、食ってるんスか?」

 「パワー・プレニッシュメント(※)。
  一般的には略してパワプレと言うな。
  携行食だよ」

 「何で食ってるんスか?」

 「何でも何も、僕が買った物だし」

 「商品じゃないんスか?」

 「商品は商品だが、自分で買ったんだから良いじゃないか……。
  自分で金を払って、自分で受け取っても仕方が無いし。
  未だ未だ数には余裕がある、無くなりはしないよ」

コバルトゥスは自分が腹を空かせているのに、その横で他人が物を食べているのが、
気に食わなかった。


※:ヘルス・ヒーラー(健康食品会社)の商品名。
  『Power Plenishments』。
0144創る名無しに見る名無し2018/03/09(金) 18:36:00.75ID:CsKxXkON
不機嫌なコバルトゥスに、「欲しければ買えば良い」とラビゾーは言わない。

 「……あぁ悪かった」

大人しく詫びて、食べ掛けの携行食を片付ける。
空腹の者を前に当て付ける様に食事をするのは、購買意欲を唆(そそ)る行為だ。
その目的は果たしたのかと、コバルトゥスは独り深読みして不快な気分になった。
空腹は人から温厚さと冷静さを奪うのだ。
ラビゾーは計算高い人間では無いと、彼は後になって悟る。
雑念は集中力を乱し、魔法の効果を薄れさせる。
これでは行けないと、彼は反省した。
魔法で体力を十分に回復させれば、少しは空腹が紛れるだろうと思い直し、再び集中力を高める。
太陽は明るく、風は穏やかだ。
雄大な自然に自身を溶け込ませれば、些事に煩う心も洗われる。

 (食い物位、この洞窟の探索が終われば分けて貰えるだろう)

コバルトゥスは妙な希望的観測に目覚め、苛立ちを収めた。
0150創る名無しに見る名無し2018/03/09(金) 19:29:50.72ID:CsKxXkON
カシエが洞窟に入ってから約2針半後、彼女は洞窟から出て来る。
彼女の体の所々には浅い傷が見られ、表情は悩まし気だった。
そんな様子のカシエを目にするや、コバルトゥスは彼女に駆け寄って、真剣な声で尋ねる。

 「どうしたんだ、カシエ!
  その傷は!?」

 「……私と同じ姿をした物が居たの」

 「同じ姿?!」

 「6階層目の通路で、私を鏡に映した様な……。
  背格好も装備も全く同じ、私の分身みたいな……」

 「カシエ、君は探索を止めた方が良い」

コバルトゥスは本心からカシエを心配していた。
しかし、彼女は頷かない。

 「それは嫌。
  私だって冒険者、この程度は覚悟してる。
  心配しないで。
  何と無く、終わりが近い気がするの」

カシエは気丈に振る舞い、優しくコバルトゥスを押し返した。
そして弱々しい足取りでラビゾーに歩み寄り、財宝を見せる。
コバルトゥスは暫し立ち呆けていたが、やがて気を取り直し、洞窟に入った。
0154創る名無しに見る名無し2018/03/10(土) 16:04:06.37ID:ojfKa+x8
コバルトゥスは真っ直ぐ地下5階を目指した。
これまでと同様に、化け物や仕掛けが復活していたりはしないし、罠の配置も変わっていない。
地下4階の隠し扉も、普通に開く様になっていた。
地下5階の不快感には相変わらず慣れないが、見知った道なら通り抜けるのも早い。
この階層の最初の分岐に差し掛かった彼は、今度は右折してみる事にした。
罠は見付からず、敵にも出会(くわ)さない儘、暫く歩いていると、突き当たりが見える。
道は左側に続いていた。
右側は土の壁。

 (これは、もしかして?)

前に通った道と繋がっているのではと、コバルトゥスは直感する。
それが正しいか確かめる為に、彼は左折して真っ直ぐ進んでみる事にした。


耐久力:10
魔力:15
0155創る名無しに見る名無し2018/03/10(土) 16:07:02.37ID:ojfKa+x8
コバルトゥスが分岐路を右折して暫く歩くと、通路が右に折れている場所に出る。

 (これが前回通った道。
  ここに少し沈む地面がある……っと!
  あった、あった)

予想を裏切られなかったので、コバルトゥスは少し満足した。
その儘道形に進むと、真っ直ぐと右に曲がる分岐路がある。
地面には1本の燐寸が置かれている。

 (やっぱり同じ道じゃないか……っとォ!?)

彼が燐寸に近付くと、僅かに地面が沈み込む感覚がある。

 (油断していた……。
  しかし、変だな。
  何で、あっちから来た時は作動しなかった?
  踏み忘れる訳は無いのに)

自分の記憶力に自信を持っているコバルトゥスは、踏み忘れでは無いと断定して、
右に続く道を見詰めた。

 (左回りで何も無かったって事は、右回りに行けば何かあるのか?)

罠かも知れないと思いつつ、彼は直感に従う。
地面に置いた燐寸は水分を吸収して湿気っていたので、回収しなかった。
0156創る名無しに見る名無し2018/03/10(土) 16:12:16.56ID:ojfKa+x8
分岐路を右折して真っ直ぐ進んだ彼は、通路が右折している場所に出る。

 (この先に行くと、元に戻る。
  それだけで何も起こらなかったら、馬鹿みたいだなぁ)

無駄に時間だけ食うのは避けたい物だと、コバルトゥスは思った。
そして、曲がり角を曲がろうとした時……、

 「おっと」

3箇所目の沈む地面を踏む。
その直後、前方で地響きがした。
何かが動いている。
驚いて罠かと身構えるコバルトゥスだったが、何も起こらない儘、地響きは収まった。
10極に満たない間の事。
コバルトゥスは何が起こったのか確かめる為に前進する。
暫し後、突き当たりと左右に分かれる道が見えるが、交差点の地面にはには大穴が開いている。

 (何だ、こりゃぁ?
  階段?)

恐る恐る穴に近付いて中を覗き込むと、更に下層へと続く階段の様だった。
ここが見知らぬ場所では無い証拠に、地面には湿気た燐寸が置かれている。
コバルトゥスは全てを理解した。

 (沈む地面は、この階段を出現させる為の仕掛けだったのか!
  正しい道順で踏んで行かないと、下の階に行けない様になっているんだな)

面倒な仕掛けだと思いつつ、これで先に進めると、彼は安堵する。
0157創る名無しに見る名無し2018/03/10(土) 16:14:57.06ID:ojfKa+x8
階段を下りるか、この階層の未だ探索が終わっていない場所に行くか、選択して下さい。
0158創る名無しに見る名無し2018/03/10(土) 17:11:51.61ID:ojfKa+x8
大変申し訳ありません
>>154の次には以下の文章が入ります。


予想通り、左折した先には突き当たりがあり、道が左右に分かれていた。

 (ここで右側に行くと石の怪物が居て、左側は元に戻る筈だ)

コバルトゥスは本当に同じ道だと言う確証を得る為に、足が少し沈む地面を慎重に探した。

 (この辺りに……。
  あれ?
  無いぞ?)

所が、どこにも無いので彼は混乱する。

 (どうなってんだ?
  違う道に出たとか?
  いや、急な上りや下りは無かったし、魔力場の変化も……)

未知の魔法的な仕掛けが多いとは言え、違う場所に飛ばされて、全く気付かないと言う事があるか、
コバルトゥスは思案した。
そして暫く考え、ある事を思い付く。

 (……そうだ!)

コバルトゥスは、その場に燐寸を1本置いて、来た道を引き返した。
そして、最初の分岐路に戻ると、そこにも燐寸を1本置く。

 (これで同じ道を通ったのか判るぞ!)

我ながら妙案を閃いた物だと自賛しつつ、彼は分岐路を右折して、右回りに戻って来れるか、
確かめようとした。


これを挟んで>>155>>156に続きます
0160創る名無しに見る名無し2018/03/11(日) 17:21:33.49ID:TPEv4S8n
コバルトゥスは慎重に階段を下りた。
もし地下5階よりも不快感が強くなったら、どうしようかと彼は悩む。
カシエが言うには「終わりが近い」らしいが、それは彼女の個人的な感想であり、正しい保証は無い。
本当に終わりが近いのであれば、好ましい事ではあるが……。

 (いや、好いとは限らないな?
  カシエが先行してる現状、先に最深部に到達される可能性もある)

悶々とした気持ちで歩いている内に、階段は終わり、コバルトゥスは地下6階に出る。
これまでと変わらない土と岩の通路が、3つある。
不快感は地下5階と殆ど変わらず、少なくとも急激に強くなったと言う事は無い。
3つの通路は、コバルトゥスから見て右、左、正面に配置されている。
後ろは階段だ。
どの道を進もうかと、コバルトゥスは足を止めて考えた。


耐久力:9
魔力:14
0163創る名無しに見る名無し2018/03/12(月) 18:01:28.70ID:nuiy2jjc
何と無く、左に進んでみようとコバルトゥスは決めた。
彼はカシエの言う、「自分と同じ姿の物」を想起して警戒する。
それは一体、どんな物なのだろうか?
コバルトゥスの前にも、カシエの姿で現れるのか、それともコバルトゥスの姿に変身するのか?
強さは如何程だろうか?
身体能力も同程度になるのだろうか、それとも姿を似せるだけで全く違うのか?
カシエは幻覚を見せられたのではないか?
あれこれと可能性を考えるコバルトゥスだったが、彼の行く先は行き止まりだった。

【行動表参照】
0164創る名無しに見る名無し2018/03/12(月) 18:20:01.47ID:nuiy2jjc
【失敗】

直ぐには引き返さず、何か無いかと目を凝らすコバルトゥス。
しかし、特に気になる物は見当たらない。

 (罠も敵も無しか……。
  唯の行き止まり?)

本当に何も無いのかと、彼は精霊の力を借りて、改めて何か無いか探知する。

【再判定】
0165創る名無しに見る名無し2018/03/12(月) 18:50:05.27ID:nuiy2jjc
【成功】

精霊は行き止まりの右隅に、周囲の土や岩石とは異質な物があると示している。
コバルトゥスは徐に近付いて、正体を確認した。

 (あぁ、土と似た色で判らなかった。
  見付かり難い様に、偽装したんだろうか?
  それとも時間の経過で自然に同化してしまったのか)

それは地下3階にあった物と同じ様な、石板だった。

 (罠じゃないよな?
  どっちにしても、触ってみるしか無いが)

押そうか引こうか迷ったコバルトゥスは、取り敢えず引いてみる事にする。

 (何か起きても、直ぐ逃げられる様に……)

彼は慎重に石板に指を掛けて引っ張った。

【力判定】
0166創る名無しに見る名無し2018/03/12(月) 19:03:56.91ID:nuiy2jjc
【成功】

恐る恐る、少しずつ引き出してみようと思ったコバルトゥスだが、石板は地下3階の物より重い。
覚悟を決めて一息に引き出すしか無いと、彼は腰を溜め、全身の力で石板を引いた。

 「フンッ!!」

石板は数節だけ引き出されて、そこで止まる。
同時に、同じ階層の遙か遠くで、地響きの様な音がする。
一方で周辺の精霊に変化は無く、危険が迫っている感じは無い。

 (どこが動いた?)

だが、どこかで何かが変わったのは事実である。

 (他の所を調べてみるしか無さそうだな)

コバルトゥスは来た道を引き返し、分岐路に戻った。
右は階段、左と正面は未探索の通路。
さて、どうしようかと彼は思案する。


耐久力:8
魔力:12
0169創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 18:48:57.38ID:EXwoslMF
コバルトゥスは直進する事にした。
カシエの言う「自分の姿をした何か」は、未だ現れない。
この先に居るのかも知れないと、彼は警戒する。
暫く歩いた所、突き当たりに出会す。
又も行き止まりかとコバルトゥスは思ったが、今度は左側に道が続いている様子。
彼は慎重に角を曲がって、先に進んだ。


耐久力:7
魔力:11

【行動表参照】
0170創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 18:55:19.91ID:EXwoslMF
【通常判定】

角を曲がると、真っ直ぐの道が続く。
コバルトゥスは前方を警戒して歩くが、何も現れる気配は無い。

 (嫌に静かだな。
  そう言えば、仕掛けばかりで、暫く罠を見ていない)

そんな事を思いながら、彼は前進を続ける。
不快な圧力には相変わらず慣れないが、これだけならば然程重大な脅威にはならない。

【洞察力判定】
0171創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:08:43.64ID:EXwoslMF
【失敗】

そう慢心したのが不味かったのか、コバルトゥスは罠を発動させてしまった。
左側の壁が一斉に倒れて来る!

 「わわっ、嘘だろ!?」

壁が倒れる範囲は広く、どんなに素早く移動しても回避は出来そうにない。
これは腕力で押さえるしか無いと、コバルトゥスは覚悟を決めた。

 「うおおおおおおお!!」

両手を突き出して、倒れ込む壁を受け止める。

【力判定】
0172創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:13:40.91ID:EXwoslMF
【失敗】

しかし、壁は彼の腕力で受け止めるには重過ぎた。
勢いに負けて、簡単に押し潰されそうになる。

 「つ、潰されて堪るかぁああっ!!」

コバルトゥスは精霊石の力を引き出した。
不可視の力が、彼と共に倒れて来る壁を支える。

【再判定】
0173創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:28:49.75ID:EXwoslMF
【失敗】

それでも無駄だった。
精霊の力を借りるのが、遅かったのかも知れない。
……どう仕様も無かったのだ。
これまでの罠とは違い、壁が一斉に倒れて来るのは大掛かり過ぎて、想定外も想定外。
コバルトゥスは岩壁の下敷きになってしまった。

 (くっ、苦しい……)

こんな所では誰も助けに来ない。
彼に圧し掛かる岩壁は、益々重たくなって行く様。
死んで堪るかと、コバルトゥスは精神を集中させ、魔法剣を使う。
短剣を抜き、岩壁に押し当て、四角に切り抜く。
岩壁はコバルトゥスが居た部分を残して、地面に倒れた。

 「えいっ!」

コバルトゥスは切り抜いた岩壁の一部を捨て、両脚を伸ばす。

 「フー」

大きな溜め息を吐いた彼は、倒れた岩壁を乗り越えて、先に進んだ。


耐久力:2
魔力:7

【行動表参照】
0174創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:37:35.15ID:EXwoslMF
【通常判定】

罠を越えた先は、行き止まりだった。
右も左も岩壁で、どうやっても進めそうに無い。
目の前には錆付いた宝箱が置いてある。

 (宝箱か……。
  絶対怪しい)

彼は警戒したが、「宝箱」を開けない選択は無かった。

 (でも、俺は冒険者だ。
  お宝を目前に撤退は出来ない)

先ずは罠が無いか、そして、どうやって開けるのか調べる。


耐久力:1
魔力:6

【洞察力判定】
0175創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:51:07.80ID:EXwoslMF
【成功】

魔法資質も用いて念入りに観察した所、特に仕掛けの様な物は無いが、鍵が掛かっていると判明。
錆付いているので、上手く開けられるかは判らないが、コバルトゥスは取り敢えず開錠を試みた。
冒険者であるコバルトゥスは、鍵開け道具を持っている。

 (こんな時の為の鍵開け技術だ)

自分の技術を発揮出来る機会が訪れた事を、彼は少し嬉しく思った。

【機敏さ判定】
0176創る名無しに見る名無し2018/03/13(火) 19:56:18.80ID:EXwoslMF
【失敗】

所が、錆が原因なのか、中々鍵は開かない。

 (……いやいや、そんな馬鹿な)

これは自分の腕が悪いのでは無く、頑固に錆付いている所為だと、コバルトゥスは誰にするで無く、
言い訳した。
彼は大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。

 (そろそろ疲れて来たし、早々と魔法で開けてしまおう)

コバルトゥスは鍵開け道具を片付け、精霊石を握り締めて、宝箱の鍵に触れた。

【再判定】
0177創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 18:34:13.83ID:oUia8D05
【自動成功】

彼は空いた手で、燐寸を取り出す。
燐寸に含まれる燃素に気素を過剰に反応させ、それに水を加えると苛性の液体が出来る。
その化学反応を土と風と水の精霊魔法で行うのだ。
これによって錆を落とすのである。
錆を落としたら、精霊の手で直接鍵を解除する。
鍵開け技術も何も無いが、そんな事は気にしないコバルトゥスだった。
それよりも箱の中身への興味が勝る。

 (こんな所に、態々こんな物が置かれてるんだ。
  それなりの物じゃなきゃ困るぜ)

彼は期待を持って、宝箱の蓋に手を掛けた。

【財宝判定】
0178創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 18:44:57.90ID:oUia8D05
箱の中にあった物は、錆びた金属の食器だった。
赤錆びた皿が1枚と、匙が2本。

 (どう見ても瓦落多〔ガラクタ〕じゃないか!
  いや、物凄い掘り出し物の可能性もあるのか?
  それにしたって、こんなに錆びてたら……)

余り高く売れそうにないので、コバルトゥスは落胆する。
彼は一つ息を吐くと、来た道を引き返した。
何時までも落ち込んでは居られない。
心身共に疲労しており、精霊石の力も尽きたので、早く戻らなければならないのだ。
精霊の守り無しに、不快な圧力に長く堪え続ける自信は無い。


耐久力:0
魔力:0

【耐久力と魔力が尽きたので帰還】
0179創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 19:02:23.82ID:oUia8D05
地上に戻ったコバルトゥスに、ラビゾーが声を掛けて来る。

 「戻ったか、コバギ。
  どうだった?」

コバルトゥスは彼に応える前に、カシエに目を遣る。
彼女は直立して両目を閉じ、小声で何事か呟いていた。
精霊が反応している事から、彼女は何等かの魔法を使っているのだろうと推測する。
邪魔をしては行けないと、コバルトゥスは彼女には触れず、ラビゾーに尋ねた。

 「カシエは何してるんスか?」

 「回復魔法を使ってるんだ。
  体力の回復と、傷の治療を同時に行っている。
  直に終わると思うよ」

 「そうッスか」

カシエが見ていない今の内だと、コバルトゥスは洞窟の中で見付けた食器を、ラビゾーに見せる。

 「所で、先輩……こんなん見付けたんスけど」

ラビゾーは受け取らずに眉を顰めた。

 「いや、見付けたって、お前」

こんな塵みたいな物を渡されても困るだろうなとコバルトゥスも思ったが、それでも依頼する。

 「とにかく鑑定して下さい。
  宝箱に入ってたんッスよ、何かある筈です」

 「宝箱?」

ラビゾーは低く唸りながら、気が進まない様子で、皿と匙を手に取った。
0180創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 19:48:40.12ID:oUia8D05
ラビゾーが難しい顔で鑑定している間に、カシエは回復を終えてコバルトゥスに声を掛ける。

 「あら、バル?
  帰ってたの?」

どうやら魔法に集中していたので、コバルトゥスの帰還に気付かなかった様。
彼女は真っ直ぐコバルトゥスを見詰めて尋ねる。

 「ねぇ、どの辺りまで行けた?」

近付いて来るカシエに、自分が持ち帰った身窄らしい道具を見られまいと、コバルトゥスは自ら、
彼女に歩み寄った。

 「地下6階まで。
  未だ君が言ってた様な奴には出会してないけど――」

コバルトゥスの答を聞き流し、カシエは彼の服を軽く叩(はた)く。

 「服が汚れてるよ。
  土埃が付いてる。
  転んだ?」

 「いや、そんな、止してくれよ」

世話を焼こうとする彼女に、コバルトゥスは羞恥を覚えて押し返した。
そして、自分で服の汚れを叩き落とし、綺麗になった事を示す。

 「もう良いだろう?」

 「ええ、そうね。
  御免なさい」

コバルトゥスが迷惑そうな顔をすると、カシエは小さく笑って、洞窟に向かった。
0181創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 20:20:35.90ID:oUia8D05
やれやれと溜め息を吐いてコバルトゥスが振り向くと、ラビゾーが嫌らしい笑みを浮かべていた。

 「何笑ってんスか」

コバルトゥスが不機嫌な声で言うと、ラビゾーは弁解する。

 「微笑ましいと思ってな」

どうも調子が狂って行けないと、コバルトゥスは頭を掻いて、話題を切り替えた。

 「それで、鑑定した結果は?」

ラビゾーは困った顔で言った。

 「皿も匙も極普通の鉄の食器だ。
  少し『不銹<ステインレス>』鋼の性質がある。
  何時の時代の物か判らないから、何とも言えないが……。
  そう高値では売れないと思う」

 「ステンレス?」

 「沈色し難いと言う意味だ。
  復興期辺り、錆び難い鉄の食器と言う事で、保管されていたんじゃないだろうか?
  そうじゃなければ鉄屑だよ。
  これ自体に大した値段は付けられない。
  錆びてるし、錆を取ったとしても……」

コバルトゥスは詳しい説明よりも、値段が知りたい。

 「幾ら位になりそうッスか?
  幾らで買ってくれます?」

率直な問に、ラビゾーは少し考え込む。

 「100、いや、200、150……。
  ウーム、200が限度だ」
0182創る名無しに見る名無し2018/03/14(水) 20:30:01.23ID:oUia8D05
コバルトゥスは大きな溜め息を吐いた。

 「そんな物(もん)ッスか……」

我が身に置き換えても、こんな塵屑に金を払う価値は無いと思うので、鑑定価格に文句は付けない。

 「ああ、期待に応えられなくて悪かったな。
  売るのか?」

 「はい、買い取って下さい。
  こんなん持ってても仕様も無いッス」

鉄屑に用は無いと、彼は言い値で売り飛ばし、ラビゾーから200MGを受け取る。
これで所持金は300MG。
ラビゾーはコバルトゥスに問い掛けた。

 「大した物は買えないかも知れないが、何か買うか?」

コバルトゥスは暫し思案した。
0185創る名無しに見る名無し2018/03/15(木) 20:35:33.63ID:P1rSNWcm
彼は長らく考えて結論を出す。

 「それじゃ、魔力探査機を下さい」

 「お前の魔法資質なら必要無い物だと思うが……。
  欲しいと言うなら、売らない訳には行くまい」

ラビゾーはL字形の針金の様な物を2本、コバルトゥスに渡す。
受け取ったコバルトゥスは、効果を疑った。

 「本当に、こんな物で?」

 「知らん。
  ここで試してみたら、どうだ?」

ラビゾーの提案に、コバルトゥスは半信半疑――否、殆ど疑いしか持たずに乗った。
何も感じ取れない鉄屑だったら、返品しようと思っての事。

 「使い方は、先ず拳を握って、人差し指を前に突き出す。
  そして、棒の短い方を三本の指で軽く握り、長い方を人差し指の上に乗せる感じで持つ。
  もう片方の手も同じ様にして……」

魔力探査機を持ったコバルトゥスは、こんなので何が判るのかと呆れ返った。
しかし、疑う心に逆らう様に、棒が勝手に動き始める。

 「おおっ!?
  動きましたよ、先輩!」

彼の手に握られた魔力探査機は、揃って洞窟の中を指した。

 「こ、これ、どう言う事ッスか!?」
0186創る名無しに見る名無し2018/03/15(木) 20:38:16.42ID:P1rSNWcm
驚愕して興奮気味に尋ねるコバルトゥスに、ラビゾーは困惑する。

 「え、分からん……。
  僕は真面に使った事無いし……」

 「洞窟の中の魔法的な何かに反応してるんスかね?」

 「そうかも知れないなぁ」

 「これは使えそうッスね。
  両手が塞がるのが難点ッスけど。
  精霊を宿したら、もっと面白い物になるかな?」

コバルトゥスは甚く魔力探査機を気に入って、次の洞窟探索に心を弾ませた。
その為に彼は嬉々(いそいそ)と回復に専念する。
浮き立つ心は精神の集中を乱すが、精霊魔法使いのコバルトゥスは、それを問題にしない。
喜びや希望、期待の心を、理想的な魔法の発動環境を妨げる物とは捉えない所が、
精霊魔法と共通魔法との大きな違いの一である。
前向きな希望の心は精霊を活発にさせ、コバルトゥスの回復を早める。

 (共通魔法使いも面白そうな物を作るじゃないか)

彼は内心で共通魔法使いへの評価を少し上げた。
0187創る名無しに見る名無し2018/03/15(木) 20:39:10.90ID:P1rSNWcm
数点と経たずに完全に回復したコバルトゥスは、今度は精霊石に力を取り戻させる。
その間、黙って動かずにいるのは暇なので、彼はラビゾーに話し掛けた。

 「やー、良い買い物をさせて貰いましたよ!」

 「良かったな」

魔力探査機の効果を余り信じていなかったラビゾーは、複雑な表情で答える。
そんな事は気にせず、コバルトゥスは彼に尋ねた。

 「他にも、面白そうな物は無いんスか?」

 「……どうだろうなぁ?
  それは偶々お前と相性が良かったんだと思う。
  普通の人にとっては、詰まらない物だよ」

ラビゾーの言う通り、実際に共通魔法使いで魔力探査機を頼りにしている者は殆ど居ない。
専門家は高性能で本格的な魔導機を使う。
こうした簡素な造りの物は、素人や暇人が遊び感覚で使う程度だ。

 「共通魔法使いってのは、物の価値が判らないと言うか、勿体無い事をしてるッスねぇ」

利いた風な口を叩くコバルトゥスに、ラビゾーは穏やかに反論する。

 「もっと性能の良い物があるからな。
  こんなのは玩具みたいな物だよ。
  でも、お前にとっては、そっちの方が合うのかも知れないな」
0188創る名無しに見る名無し2018/03/15(木) 20:39:57.25ID:P1rSNWcm
皮肉を言われたのかと思い、コバルトゥスは少し表情を曇らせる。

 「おれには玩具が似合いだってんスか?」

ラビゾーは慌てて弁解した。

 「嫌味ではなく……。
  共通魔法技術の粋を集めた、高性能で精密な『一級品』よりも、そうじゃない単純な……、
  簡素と言うか、素朴な物の方が、精霊にとっては具合が良いんだろうって事だよ」

コバルトゥスは納得して頷く。

 「ああ、それはあるかも知れないッス。
  どうも魔導機ってのは味気無いっつーか、色気が無いっつーか、詰まらないんスよね。
  凄い働きをするんだろうなってのは解るんスけど」

精霊魔法使いには精霊魔法使いの、共通魔法使いには共通魔法使いの価値観があるのだ。
ラビゾーはコバルトゥスに言う。

 「良さそうな物があったら、教えるよ……と言っても、そう頻繁に顔を合わせる訳じゃないから、
  何時になるか、憶えているかも怪しいがな」

 「ハハ、期待はしませんよ」

 「何にしても、只では上げられないぞ?」

 「はいはい、俺も余り高い物は買えませんよ?」

こうして異なる価値観を持つ者と普通に話し合える事を、コバルトゥスは嬉しく思っていた。
0189創る名無しに見る名無し2018/03/16(金) 18:37:17.90ID:k3Fqfgip
少しの間を置いて、彼は素直に自らの心情を告白する。

 「……俺、先輩に会えて良かったと思います」

急に真面目な話をされたラビゾーは、面食らって訝る。

 「どうした?
  何で今、そんな話を?」

 「何でって、何と無く、そう思ったんで。
  よく考えたら、今まで言った事無かったかなって」

 「そんな改まって言わなくても」

コバルトゥスは基本的には自分の感情に素直な人間だ。
感謝の気持ちを伝えたいと思ったら、口に出す事を躊躇わない。

 「先輩は、どう思ってんスか?
  俺の事」

 「ええぇ……」

気味悪がり眉を顰めるラビゾーを、コバルトゥスは真っ直ぐ見詰める。

 「正直に言って下さい。
  どうなんスか?」

 「どうって……」

 「何か、こう、あるっしょ?
  良い人だとか、一緒に居て楽しいとか」

ラビゾーは苦笑いするばかりで、何も答えない。
0190創る名無しに見る名無し2018/03/16(金) 18:39:48.26ID:k3Fqfgip
コバルトゥスはラビゾーの表情から、内心を読み取った。

 「急に聞かれても困るって感じッスか?
  でも、先輩は顔に出易いから、何考えてるか大体解りますよ。
  言いたい事はあるけど、言い難い事なんスね?」

ラビゾーは難しい顔をして何度も考え込み、迷っている様子だったが、やがて言う。

 「お前の事は、仕様が無い奴だと思っている。
  初対面から馴れ馴れしかったし、軽い男だと思っていた。
  人間的には苦手で、余り良い印象では無かったな」

 「今は?」

 「今は――……。
  今も余り変わってはいない。
  でも、何度も行動を共にして、幾らか親しくなって来たとは思っている。
  性格とか、色々な事が解って来て、少なくとも苦手では無くなった」

 「フム、それで?」

 「友達、友人……と言うよりは、弟分かな。
  魔法の実力は、お前の方が上だから、そんな言われ方は気に入らないかも知れないが」

 「いや、ンな事ァ無いッスよ」

 「僕も先輩、先輩と頼られて悪い気はしない。
  余り頼られても困るが……。
  今の関係が丁度良いと思う」

 「へー」

 「実は『先輩』と呼ばれると、何と無く学生時代を思い出して、複雑な気持ちになる」

 「学生時代?」

適当に相槌を打てば、勝手に詳しく語ってくれるので、コバルトゥスは面白半分で話を促した。
0191創る名無しに見る名無し2018/03/16(金) 18:49:48.32ID:k3Fqfgip
ラビゾーは学生時代の思い出を語る。

 「解るとは思うが、僕は魔法資質が低かったんで、学校では結構苦労したんだ。
  後輩にも甘く見られてたし、嘗めた口を利く奴も居たよ。
  全員が全員、そうって訳じゃなかったし、嫌われてるって訳でもなかったんだけどな。
  寧ろ、慕われて……いや、侮られていたが故の『狎れ』とも言えるか……。
  適当に持ち上げておけば、扱い易いってな」

彼の経験した心労を思い、コバルトゥスは慰めを言った。

 「俺は違いますよ」

 「……そう、だな」

ラビゾーは小さく頷き、溜め息を吐いた。

 「暗い話になった。
  話を戻そう。
  お前をどう思うかだったな、コバギ。
  ……昔の事は扨措き、今、お前の事を悪くは思っていない。
  今まで通りの関係を続けたいと思っている」

 「ええ、俺も」

コバルトゥスは同意して、手を差し伸べた。
親愛の握手だと遅れて理解したラビゾーは、彼の手を取る。

 「これからも宜しく頼む」

 「俺の方こそ。
  ……所で、初対面の俺って、そんなに印象悪かったッスか?」

 「……ハハ」

質問を苦笑いで濁すラビゾーに、コバルトゥスは若干の不満を持ちつつも、ここで深く追及して、
好い雰囲気で終わりそうだった話を拗らせても詰まらないと、水に流した。
0192創る名無しに見る名無し2018/03/16(金) 19:44:28.04ID:k3Fqfgip
そんな話をしている内に、カシエが地上に戻る。
彼女は面白くなさそうな顔で、洞窟から出て来た。
コバルトゥスはカシエに近寄り、声を掛ける。

 「カシエ、どうだった?
  その様子だと余り捗々しくなかったみたいだけど」

 「解ってるなら聞かないで」

カシエは倦んざりした様子で応えた。
未だ先を越されていないだろう事を読み取り、無自覚に嬉しそうな振る舞いをしてしまったのかと、
コバルトゥスは反省する。

 「あぁ、御免、御免」

機嫌の悪い女性に執拗く付き纏うのは逆効果と知っている彼は、浅りと話を打ち切って、
ラビゾーに断りを入れた。

 「それじゃ、先輩!
  俺、探索に行って来ます!」

 「応、行ってらっしゃい!
  気を付けてなー!」

コバルトゥスは魔力探査機を手に持って、意気揚々と洞窟に向かう。
0196創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 18:10:40.90ID:utv6pB0O
洞窟に入ったコバルトゥスは、真っ直ぐ下の階層へと向かった。
不思議な事に、魔力探査機は常に彼の行く先を示している。

 (……これは?
  もしかして、「地下への階段」を指し示しているのか?)

魔力探査機は地下の強力な魔力場に誘導されているのだろうかと、コバルトゥスは考えた。
彼は何の障害も無く、魔力探査機に導かれる儘、地下5階まで下りる。
地下5階の仕掛けは、どうなっている事かとコバルトゥスは心配したが、最初の角を曲がって、
真っ直ぐ進むと、分岐路に階段があった。

 (ここでも仕掛けは元に戻らないのか……。
  カシエは俺より先に地下6階に行ってた筈だよな?
  洞窟が人間を識別して、仕掛けを元に戻したり、解除済みに変えたりしている?
  そんな事が有り得るのか?
  それよりは進まなかった分岐に別の道があると考える方が、現実的なんだが……)

とにかく謎の多い洞窟だと、コバルトゥスは溜め息を吐いた。
目の前の階段を下り、地下6階に出た彼は、分岐路で立ち止まる。
魔力探査機は正面を指し示している。

 (仕掛けは元に戻らない……なら、真っ直ぐ進むべきだな)

この先に地下への階段があると、コバルトゥスは確信した。
他の道は既に調べた後なので、無ければ困る。
0197創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 18:12:31.87ID:utv6pB0O
正面の道を真っ直ぐ進むと、魔力探査機が左方向に少し曲がり始めた。
その儘歩いていると、突き当たりが見え、その左側に道が続いている事が判る。

 (地下4階みたいに、実は壁が通れるって事は無いみたいだな)

コバルトゥスは道形に進んだ。


耐久力:10
魔力:15
0198創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 18:13:50.12ID:utv6pB0O
左折すると暫く真っ直ぐの道が続いている。

 (どうやら、この洞窟は殆ど真っ直ぐの道と直角の曲がり角で構成されてるみたいだな。
  洞窟全体の魔法的な作用と関係してるんだろうか?)

そんな事を考えながら、コバルトゥスが道を歩いていると、又も魔力探査機に反応がある。
今度は少しずつ右側に曲がり始めている。

 (道が右折しているのか?)

彼の予想通り、少し歩いた先には突き当たりがあり、通路は直角に右折していた。

 (もっと早くから、魔力探査機を買ってたら、探索が楽だったのかな)

今更思っても詮無い事だと思いつつ、コバルトゥスは道形に進み続ける。


耐久力:9
魔力:14
0199創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 18:14:37.97ID:utv6pB0O
それから少し歩くと、又も通路が右折していた。

 (何度も曲がり道を通らされるのは、遠回りさせられてるみたいで嫌なんだよなぁ……)

内心で文句を垂れながら、コバルトゥスは角を曲がろうとする。

 (ムッ!?
  何だ、この気配は……)

しかし、その直前で足を止めた。
曲がり角から異様な気配を感じるのだ。
それは実体のある物では無いらしく、容貌が掴めない。

【行動表参照】
0200創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 18:53:28.89ID:utv6pB0O
【有利判定】

コバルトゥスはカシエの言っていた、「自分と同じ姿の物」を思い出していた。

 (『あれ』が、この先に居るのか?
  ……だったら、先手必勝だ)

彼は魔力探査機を仕舞い、代わりに両手に短剣を握り締め、タイミングを計った。

 (向こうから動き出す気配は無い。
  ……1、2、3!)

勢い良く角から飛び出し、相手を視認すると同時に短剣を振り抜く。
その筈だったが、コバルトゥスは手を止めてしまった。
止めざるを得なかった。
通路の先には黒い靄が立ち込めていた。
どこを攻撃して良いのか判らない。
当て推量で、靄を両断するべく短剣を振るったが、靄には効果が無かった。

【機敏さ判定】
0201創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 19:01:21.63ID:utv6pB0O
【敵の先制】

彼の目の前で、靄は徐々に人の形を取る。
その輪郭はコバルトゥスに似ていた。

 (実体化するのを待つしか無いのか?
  それでも……俺が勝つ!)

彼は強く念じ、人型の靄を睨む。
次第に濃くなる靄を見て、彼は再び短剣を構えた。
魔法剣は距離を選ばない。
到底刃が届かない位置からでも、斬撃を当てられる。
負ける道理は無い。
そう思った瞬間、影が揺らいだ。

【戦闘能力判定】
0202創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 19:09:11.11ID:utv6pB0O
【回避成功】

コバルトゥスは直感的に危険を察知し、瞬時に身を低くした。
鋭い裂空音で、屈んだ頭上の空気が裂けたのが判る。
下手をすれば、首が飛んでいた。
靄は既に実体化している。
それは何から何まで、「今のコバルトゥス」に酷似している。

 (魔法剣まで使えるってか!)

コバルトゥスは恐怖を感じたが、それより先に手を動かしていた。
回避と同時の反撃である。

 (避けるなよ!)

彼は強く念じ、短剣を振り抜く。

【戦闘能力判定】
0203創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 19:25:22.68ID:utv6pB0O
【成功】

瞬間、靄で出来たコバルトゥスの首が飛んだ。
自分の姿をした物を自分で殺すと言う奇妙な感覚に、コバルトゥスは複雑な表情をする。
靄で出来たコバルトゥスは、その場に倒れて動かなくなった。

 (復活しないよな?)

コバルトゥスは警戒を解かず、短剣を構えて暫し様子を窺う。
靄で出来たコバルトゥスの死体は、徐々に黒い靄に戻り、掻き消えて行った。

 (……終わったか)

その跡には、小さく光る物が落ちている。
何だろうと思い、コバルトゥスは片方の短剣を鞘に納めて、近付いて見た。

【財宝判定】
0204創る名無しに見る名無し2018/03/17(土) 19:32:05.53ID:utv6pB0O
拾い上げてみると、それは銀色の金属の塊だった。
中身は詰まっている様で、確りとした重さがある。
前にカシエが持ち帰った物と似ている。

 (あれも魔法生命体だったのか?
  これが核?)

気味の悪さを感じながらも、コバルトゥスは持って行く事にした。
その場に置いて行くのも気持ちが悪い。
もし復活しそうでも、これを真っ二つにしてしまえば、阻止出来ると考えた。


耐久力:8
魔力:13
0205創る名無しに見る名無し2018/03/18(日) 17:04:23.56ID:8GEjLmA5
変身する靄の化け物が居た先にも、未だ道は真っ直ぐ続いている。
コバルトゥスは金属塊を、襷掛けしたバッグの片方に納め、前進する事にした。
もう片方の短剣も鞘に納め、魔力探査機を持つ。
魔力探査機は前方を指している。
この儘進んで良い様だ。
暫く歩くと、行き止まりに突き当たる。
床には地下に続く階段がある。

 (この下か……)

魔力探査機は階段を指し続けている。
コバルトゥスは慎重に階段を下りた。


耐久力:7
魔力:12
0206創る名無しに見る名無し2018/03/18(日) 17:06:39.20ID:8GEjLmA5
地下7階は4身平方の小部屋になっていた。
正面には強固な石の扉が見える。
コバルトゥスは罠を警戒しながら、扉に触れた。

 (……精霊の力を通さないみたいだな。
  魔法剣では斬れないか)

どこかに扉を開く仕掛けが無いかと辺りを見回すと、扉に文字が刻まれている事に気付く。

 (……『合言葉を記せ』。
  『頭は北で、足は南』。
  『宝には目も呉れず、脇目も振らず、仕掛けを解き、真っ直ぐ我が元へ』。
  『創造主が待つ』……)

意味深な事が書かれているが、最後だけが読み取れない。

 (『Tuesdi』……誤字かな?
  それとも、どこかの言語の音写?)

コバルトゥスは暫し考える。
0207創る名無しに見る名無し2018/03/18(日) 17:08:28.15ID:8GEjLmA5
ここからは洞窟の探索では無く、謎解きが主目的になります。
合言葉が判った人は、それを書き込んで下さい。
どの時点でも構いません。
0208創る名無しに見る名無し2018/03/19(月) 18:09:56.01ID:tLlyXN1S
彼は考え事をしながら、この小部屋の中を調べて回った。
しかし、他に仕掛けは無いし、罠らしい物も無い。
魔力探査機は扉を指し示し続けている。
ここに長居しても仕方が無いと認めたコバルトゥスは、一旦引き返す事にした。
その時、彼は礑(はた)と気付く。

 (そう言えば、圧力が無くなっている?)

恐らくは地下7階には、不快な圧力を働かせる仕掛けが無いのだろうと、コバルトゥスは予想した。
彼は階段を上ったが、その最中にも不快感を催す事が無い。
それは地下6階に出ても同じだった。

 (……圧力が消えた。
  地下7階に到達したら、解除される仕組みだったのか?)

地下6階に何か変化は無いかと、歩き回ってみたが、特に何も無い。

 (無駄足だったか……。
  とにかく一旦地上に戻ろう)

地下5階でも圧力は消えている。
地下4階の僅かな違和感さえも。

 (何も無くなったのは良いんだが、逆に怖いなぁ……)

空寒い物を感じながら、コバルトゥスは地上を目指した。
0209創る名無しに見る名無し2018/03/19(月) 18:14:26.06ID:tLlyXN1S
洞窟から出た彼は、ラビゾーの隣で座り込んでいるカシエに話し掛ける。

 「カシエ」

 「どうしたの、バル?」

カシエの機嫌は直っている様だ。
彼女はコバルトゥスを心配して、怪訝な顔をしている。

 「俺は地下7階まで行った。
  そこは小さな小部屋になってて、他には何も無かった。
  多分最下層なんだと思う」

コバルトゥスの発言に、カシエは少し落胆した。

 「あーあ、到頭(とうとう)先を越されちゃったかぁ……。
  でも、『思う』って、どう言う事?」

 「地下7階には扉があって――」

 「待った!」

カシエの疑問に素直に答えようとしたコバルトゥスだが、当の彼女に止められる。
どうした事かと訝るコバルトゥスに、カシエは言った。

 「未だ扉は開けてないんだよね?」

 「ああ」

 「それじゃあ、先に扉を開けた方が勝ちな訳だ」

彼女は爽やかに笑う。
0210創る名無しに見る名無し2018/03/19(月) 18:15:30.98ID:tLlyXN1S
コバルトゥスは吃驚して、愛想笑いも忘れた。

 「えっ」

 「フフフ、取り敢えず私も地下7階に行ってみるね。
  もしかしたら、扉の先には未だ下があるのかも知れない」

 「ああ、無いとは言い切れないが――」

話が終わらない内に、カシエは立ち上がった。
彼女は今直ぐにでも、洞窟に向かいたい気持ちの様だ。
彼女の旺盛な冒険心に、コバルトゥスは呆れて、協力の要請を諦める。

 「気を付けて、カシエ」

 「有り難う、バル!」

カシエは勇んで洞窟の中へと入って行った。
0211創る名無しに見る名無し2018/03/19(月) 18:15:57.27ID:tLlyXN1S
彼女を見送ったコバルトゥスは、ラビゾーに声を掛ける。

 「先輩、こんな物を手に入れたんスけど」

そして、バッグに仕舞った金属の塊を取り出した。

 「鑑定して下さい」

ラビゾーは金属の塊を受け取り、真面真面と見詰める。

 「これは多分、カシエさんが持って帰った物と一緒だな。
  洞窟の中の化け物が落としたのか?」

彼の問いに、コバルトゥスは頷いた。

 「はい、俺の姿を真似る、黒い靄みたいな奴が」

ラビゾーは相槌を打って応える。

 「どうやら洞窟の中の化け物は全部、宝石や金属を核とする魔法生命体みたいだな。
  この金属の塊の中にも、魔法陣が組み込まれているんだろう」

 「で、お幾らなんスか?」

 「500MGだ」

ラビゾーは大き目の硬貨を一枚、コバルトゥスに渡した。
値段はカシエが持って帰った物を買い取った時と同じなので、コバルトゥスは文句を言わない。
彼は輝く500MG硬貨を見詰めて、思案する。

 (さて、何を買おうか……。
  謎解きの手助けになる物が良いな)
0213創る名無しに見る名無し2018/03/19(月) 20:18:15.74ID:lzQNOd0q
謎解きは難しい……
『頭は北で、足は南』は、この姿勢で扉の文字を見ろという事かな?
扉が北側にあるのなら『Tuesdi』は上下反転して見えて『!psan⊥』のような形になるはず
Tがtreasureの略なら、宝には目も呉れないので⊥を除いて『!psan』?
でも、これだと最初の!が意味不明か……うーん

とりあえず、方位磁針を購入
0214創る名無しに見る名無し2018/03/20(火) 19:52:59.50ID:6B0prdO7
コバルトゥスは両腕を胸の前で組み、低く唸る。

 (扉には『北』と『南』ってあったから、方位が関係してるんだろうな)

彼は決断して、ラビゾーに500MG硬貨を渡した。

 「先輩、方位磁針を下さい」

それを聞いたラビゾーは、呆れた笑みを浮かべる。

 「未だ、あの事を気にしていたのか?」

 「あの事?」

何の事か解らず、コバルトゥスは眉を顰めた。
見当違いな事を言ってしまったと、ラビゾーは気不味そうに苦笑いする。

 「……違うのか?
  ほら、時間の流れが狂うとか何とか」

 「ああ、その事ッスか……。
  それより、今は地下の扉を開きたいんスよ。
  何か謎々みたいな事が書いてありまして」

 「方位磁針があれば、その謎を解けるのか?」

 「多分、何等かの『取っ掛かり<シャンセ>』は掴めるんじゃないかと」

コバルトゥスと話ながら、ラビゾーはバックパックから方位磁針を取り出した。
そして、200MGの釣銭と共に、コバルトゥスに渡す。

 「はい」
0215創る名無しに見る名無し2018/03/20(火) 19:54:23.61ID:6B0prdO7
 「どうも」

コバルトゥスは小さく礼をして、方位磁針と釣銭を受け取った。
彼は先ず、方位磁針が正しいか確かめる。

 「先輩、今何時ッスか?」

 「あー、南西の時だな」

懐中時計を取り出して答えるラビゾー。
コバルトゥスは方位磁針に目を遣る。

 (磁針は正しい方角を指している。
  この洞窟は西北西に向いてるな)

体力も精霊力も然程消耗していなかったので、コバルトゥスは早速洞窟に入ってみる事にした。

 「それじゃ先輩、一寸行って来ます」

 「カシエさんの帰りを待たなくて良いのか?」

 「交互に探索しなきゃ行けないとか、そんな取り決めはしてませんよ」

疑問を口にするラビゾーに、コバルトゥスは正論で返す。
これまでは完全回復に時間が掛かっていただけで、カシエの帰還を待つ義務は無いのだ。
それにコバルトゥスには、カシエと同時に洞窟に入って、確かめたい事もあった。
0216創る名無しに見る名無し2018/03/20(火) 19:55:18.18ID:6B0prdO7
コバルトゥスは洞窟に入り、地下1階に出た。
最初の通路は西側に伸びている。
そして、右折すると北、もう一度右折すると、東を向く。

 (想定通りだな)

少し歩くと北と東に分岐する道があり、東に直進すると、通路が左折して北に向かう。
その先に地下2階へ下りる階段がある。
地下2階に出ると、直ぐに分岐路だ。
片方は南に、片方は西に続いている。
地下3階に下りる階段に続くのは、西の道だ。
西に進むと左折して南に向かう。
その先は右折して西を向く。
更に先も右折して、今度は北を向く。

 (……変な所は無いな)

コバルトゥスは地下3階に下りた。
最初の通路は東に伸びている。
暫く進むと分岐路があり、東に直進すれば、階段に通じる道を開く仕掛けがある。
右折して南に向かえば、隠された地下への階段がある。
隠し階段の前には分岐路があり、東と西に進める。
0217創る名無しに見る名無し2018/03/21(水) 17:18:09.65ID:FNKAd+1m
隠し階段を下りれば、地下4階だ。
ここに来る度に感じていた僅かな圧迫感は、やはり無くなっている。
地下4階には先ず、3つに分かれた道があり、それぞれ西と北と東に伸びている。
北に進むと、突き当たりで道が左右に分かれるが、壁には隠し扉がある。
この仕掛けは既に解明して解除済みだ。

 (魔法の取っ手が消えている……)

隠し扉を開く魔法の取っ手は消えており、扉は開けっ放しになっている。

 (出る時は気にしなかったけど……。
  開かないし、閉まらない。
  重い石の壁の様になっている。
  ……魔法的な効果が完全に消失したのか)

コバルトゥスは北に進み、地下5階への階段を下りた。
0218創る名無しに見る名無し2018/03/21(水) 17:19:40.72ID:FNKAd+1m
彼は圧迫感の消えた地下5階に出る。
最初の通路は西を向いている。
そこから北に向かうと、北と東に道が分かれている。
分岐点には階段があり、地下6階に続いている。
コバルトゥスが階段に近付くと、下からカシエが上がって来る所だった。

 「あら、バル?
  どうしたの?」

 「どうもしてないよ。
  普通に、探索に入っただけさ」

 「そう……。
  貴方の言う通り、地下7階には扉があった。
  『合言葉』が判らないと明かないみたい。
  それと、洞窟の中の圧迫感が消えてる」

 「ああ、そうだね。
  理由は判らないけど。
  丸で役目を終えたみたいだ」

カシエとコバルトゥスは、自分達が同じ体験をしている事を確かめ合った。
カシエは彼に尋ねる。

 「バル、貴方は『合言葉』が何か判った?」

 「いや、未だ。
  今、調べてる所だよ」

 「調べてる――って事は、心当たりでもあるの?」

 「無いけど……。
  とにかく色々考えて、やってみないと」
0219創る名無しに見る名無し2018/03/21(水) 17:21:18.79ID:FNKAd+1m
コバルトゥスの答に、カシエは大きく頷いた。

 「そうだよね。
  私も負けてられない。
  それじゃ、私は一旦上に戻るから」

 「あ……」

コバルトゥスは協力しないかと呼び掛けたかったが、彼女は早々と立ち去ってしまった。

 (『先輩冒険者』なんだから、彼女とは確り白黒付けるべきなのかなぁ……。
  カシエの方は、それを望んでるみたいだけど)

小さく溜め息を漏らした彼は、この階層を改めて見回す。
分岐路を北に進めば、右折して東を向く。
西に進めば、左折して北を向く。
2つの道は繋がっていて、その交差点には東に向かう道がある。
その先は右折して南を向き、更に先では人型の石の化け物が待ち構えていた。

 (そう言えば、あの化け物は倒してなかったけど、未だ居るのか?)

気にはなる物の、確認は帰りで良いかと思い直し、コバルトゥスは先に地下6階に下りてみる。
0220創る名無しに見る名無し2018/03/21(水) 17:24:06.94ID:FNKAd+1m
地下6階に出ると、道が左右と正面の3方向に分かれている。
正面の道は南、左の道は東、右の道は西だ。
東の道には仕掛けがあった。
西の道は左折して南を向き、宝箱に辿り着く。
正面の道を進むと、左折して東を向き、少し進むと今度は右折して南を向く。
更に少し進むと又右折して西を向く。
コバルトゥスは今、地下7階に下りる階段の前に立っている。

 (さて、寄り道せずに真っ直ぐ、ここまで来た訳だが……。
  何か変わった所はあったかな?)
0221創る名無しに見る名無し2018/03/22(木) 18:18:30.58ID:R7YAwjgx
どうだったかと彼は考えながら、地下7階に下りる。

 (合言葉……。
  やっぱり気になるのは最後の文字列だよなぁ)

地下7階の小部屋では、方位磁針は固く閉ざされた扉の方を向いている。
扉に描かれた『Tuesdi』をコバルトゥスは見詰めた。

 (この文字列……。
  何かに似てないか?
  文字と考えるから行けないのか?)

コバルトゥスは『Tuesdi』に類似した物を思い出そうとしたが、中々思い出せない。

 (T、u、e、s、d、i……?
  6つの文字が表す物とは一体……。
  最後に『.』が打ってあるけど、これは終止符だよな?)

実際には目にした物ではないのかも知れない。

 (『頭は北』、『足は南』……。
  地図に書くと、北は上で南は下になる訳だけど、だから何だって話だよな……。
  『宝には目も呉れず、脇目も振らず、仕掛けを解き、真っ直ぐ我が元へ』……。
  寄り道はしていないし、仕掛けは既に解いてあるぞ?)

彼は暫し立ち止まって、閃きを待った。
0222創る名無しに見る名無し2018/03/23(金) 18:03:25.17ID:3CdoGfdl
しかし、これと言って思い付く事は無い。

 (仕方無い、戻るか……)

コバルトゥスは地下5階まで引き返した。

 (一寸、行ってない道に寄ってみるかな。
  あの石の化け物が、未だ居るのか気になるし)

彼は階段から北に向かい、突き当りまで進む。
右折する曲がり角に来た所で、彼は周辺を調べた。

 (……地面が沈む感じは無いな。
  もう階段が現れた後だから、2度作動させる必要は無いって事か)

隠し階段を出現させる仕掛けが、再び作動する事は無い様である。
コバルトゥスは道形に、東へと進んだ。
分岐路を通り過ぎ、突き当たりまで東に進むと、通路は右に折れる。
その先には、石の化け物が待ち構えている筈だった。
しかし、角を曲がっても気配を感じない。

 (奇怪しいな?
  どこかに移動した?)

人より大きな岩石の塊に、気付かない訳は無い。
どこかを彷徨(うろつ)いているのであれば、直ぐに判る。
0223創る名無しに見る名無し2018/03/23(金) 18:04:17.19ID:3CdoGfdl
コバルトゥスは不安に思いつつも、道を真っ直ぐ進んだ。
暫く歩くと行き止まりに着く。

 (ここには何も無いのか?)

所謂『外れ』の道なのかと、コバルトゥスは疑った。
だが、そうでは無い可能性も彼は考えた。

 (石の化け物が消えてるって事は、ここに有った何かも消えてしまったのかも知れない)

地下7階に進んだ事で、洞窟内の仕掛けは全て停止した。
それと同時に、化け物や財宝も消えてしまった……と言う事が、無いとは限らない。

 (その通りだったとして、だから何だって話だよなぁ……。
  今となっては、どう仕様も無い。
  碌な財宝が無かったし、他に宝があったとしても、惜しむ様な物じゃなかったのかも知れない)

コバルトゥスは自分を慰め、来た道を戻る。
地下4階に出た彼は、ここでも通っていない道に寄ってみた。
開きっ放しの隠し扉を出て右折すると、西に進む道だ。
その先は右折して北に向かう。
北に少し歩くと、何も無い行き止まりだった。
道を戻り、今度は東に直進すると、その先は左折して、又北に向かう。
北に少し歩くと、ここも何も無い行き止まり。

 (本当に何も無いのか……?
  カシエにも話を聞いてみないと)

コバルトゥスは疑問を抱きつつ、今度は3階に上がる階段前の道を右折する。
0224創る名無しに見る名無し2018/03/23(金) 18:05:41.67ID:3CdoGfdl
右折して西に少し進むと、行き止まりだと判る。
引き返して、今度は東に真っ直ぐ進むと、こちらも行き止まり。
どちらにも何も無かった。

 (……これは何かあったけど、無くなったと考えた方が良いのか?)

コバルトゥスは首を傾げ、頭を悩ませながら、地下3階に上がる。
地下3階に上がって直ぐの分岐路を、彼は右折した。
方位磁針では、通路は東向きとなっている。
少し歩くと、通路が左折して北を向く。
ここは何も無い行き止まりだ。
引き返して、西に真っ直ぐ進むと、突き当たりがあり、右折して北を向く。
ここも何も無い行き止まりだ。

 (全部が全部外れって可能性も無くは無いのか……?)

彼は首を捻りながら、地下2階に戻ろうとした。
その前に、この階層の仕掛けには何か変化が無いかと、寄ってみる事にした。
仕掛けの前まで来たコバルトゥスは、石板を叩いたり、引いたりしてみる。
しかし、本の僅かも動かない。

 (もう仕掛けは動かない……。
  予想通りだ。
  意外でも何でも無い。
  これも『成果』と言って良いのか……)

コバルトゥスは2階への階段を上る。
0225創る名無しに見る名無し2018/03/23(金) 18:07:11.58ID:3CdoGfdl
2階に上がったコバルトゥスは、1階への階段前の分岐路まで戻り、南に進んでみた。
暫く真っ直ぐの道が続き、その先は行き止まりになっている。
南の壁の隙間から、少しだけ明かりが漏れている。
壁を隔てた向こうは、外の様だ。

 (弱いけど隙間風が吹いてる。
  暗い洞窟の中で、ここだけ少し明るい。
  気分が落ち着く)

しかし、特に何かある訳ではない。
ここも何も無い行き止まりだ。
コバルトゥスは溜め息を吐いて、地下1階に上がる。
そして、最後に残った最初の分岐を、北に進んだ。
少し歩くと、通路は左折して西に向かう。
その先は案の定、何も無い行き止まり。

 (やれやれ、無駄足だったか)

全ての寄り道が無駄足と判り、コバルトゥスは肩を落として、地上に戻った。
0226創る名無しに見る名無し2018/03/23(金) 18:07:36.04ID:3CdoGfdl
洞窟から出たコバルトゥスに、カシエが話し掛けて来る。

 「バル、謎は解けた?」

 「いいや、カシエは?」

コバルトゥスが尋ね返すと、彼女は得意気に笑う。

 「察しは付いてるの」

 「本当に?」

 「本当、本当」

カシエは相当自信がある様子だ。

 「私、洞窟の中を迷わない様に、確りマッピングして来たんだ」

一体彼女は何を掴んだんだのか?
コバルトゥスは訝り、両腕を胸の前で組む。
0229創る名無しに見る名無し2018/03/24(土) 15:57:05.48ID:7q90MNM+
カシエの発言から彼は閃いた。

 (あぁ、そう言う事か!)

感動を押し殺して、コバルトゥスはカシエを誘う。

 「それじゃ、一緒に行って確かめてみようか」

カシエは意地悪く笑った。

 「取り分は8:2で良いよね?」

 「君の予想が合ってるとは限らないだろう?
  俺も今、判ったんだ」

強がるコバルトゥスを彼女は疑う。

 「本当かなぁ?」

 「本当、本当。
  道々説明しようか?」

 「それじゃ、御高説賜るとしましょうか」

カシエは微笑んで、洞窟に向かう。
コバルトゥスも彼女と並んで歩いた。
0230創る名無しに見る名無し2018/03/24(土) 16:01:09.52ID:7q90MNM+
洞窟に入って直ぐ、カシエはコバルトゥスを気遣う。

 「バル、確認しておきたいんだけど……。
  貴方は今、洞窟から出て来たばかりなのに、休憩しなくて大丈夫なの?」

カシエの持つ『提燈<ランタン>』の明かりが、洞窟を照らす。
コバルトゥスは彼女に身を寄せて答えた。

 「大丈夫、そんなに消耗してない」

それは嘘だが、今はカシエと行動を共にしているので、精霊魔法で明かりを灯さなくて良い。
その分の精霊力で体力の回復を行える。
コバルトゥスは軽度の暗所恐怖症なので、明かりを大きくしなければ安心出来ないが、
傍に人が居れば不安は軽減される。
しかし、黙っているのも気不味いので、コバルトゥスはカシエに合言葉の解説を始めた。

 「あの文字は階段までの道程を表していたんだ。
  『頭は北、足は南』とは、上下の事。
  地下1階は西、北、東、東、北と進んで、『d』の様になる。
  『宝には目も呉れず』だから、寄り道はしない」

 「そうそう」

2人は地下2階に下りる。

 「ここは西、南、西、北で、『u』の様になる」

 「うん」

コバルトゥスの解説に、カシエは頷くだけ。
丸で子供の自慢話を聞き流す母親の様だが、コバルトゥスは気にしなかった。
とにかく暗い場所で沈黙が続く事に、彼は耐えられないのだ。
0231創る名無しに見る名無し2018/03/24(土) 16:02:49.69ID:7q90MNM+
地下3階は次の階層に進むだけなら、東、南と進めば良いが、「仕掛けを解く」必要がある。
よって、順路は東、東、そして西に戻って南となる。
出来上がるのは『T』。
同様に上の階層から順に並べて行くと、d、u、T、i、e、sとなる。
「Tuesdi」の並べ替えだ。
カシエも理解しているので、解説には時間を要さない。
直ぐに話題が途切れるので、コバルトゥスは別の話も始めた。

 「所でカシエ、今までの探索で、『外れ』の道には行ったかな?」

 「『外れ』って、地下に続く階段じゃない道の事?
  それとも化け物が待ち構えていた道の事かしら?」

 「いや、何も無かった道とか無かった?
  何にも無くて、唯の行き止まりだった道」

 「私が行った道の先には、大体何かしらあったけど?
  化け物だったり、宝箱だったり」

カシエの返事を聞いて、コバルトゥスは思案する。

 「宝箱って開けたら消える?」

 「そんな訳無いじゃない」

彼は先の探索では、空の宝箱も見付けられなかった。

 (倒してもいない化け物が消えてたみたいに、宝箱も消えてしまったのか)

考え込むコバルトゥスを気にして、カシエが尋ねる。

 「どうしたの、バル?」

 「いや、何でも無い。
  どうでも良い事さ」

取り逃した財宝があるかも知れないと彼は思ったが、それをカシエに教えても仕方の無い事だと、
切り捨てた。
過ぎた時間は戻らないのだ。
0232創る名無しに見る名無し2018/03/24(土) 16:05:36.78ID:7q90MNM+
コバルトゥスには、もう1つ気になる事がある。

 「カシエ。
  この洞窟で、どんな化け物に遭った?」

 「私が見たのは、アメーバみたいなのと、蝙蝠みたいなのと、私の姿をしたの」

カシエの答を聞いて、コバルトゥスは頷く。

 「俺もアメーバみたいなのと、俺の姿を真似る奴は相手にした。
  ……って事は、俺も君も同じ奴と戦った訳だ。
  そして、一度倒したら二度は遭遇しなかった」

 「2体居たんじゃないの?」

 「そうじゃないと思うぜ。
  2体と言えば、2体なのかも知れないけど、2体だけじゃないって言うか……。
  例えば、地下3階と4階と5階と6階の仕掛け。
  あれ、カシエは全部解いて、先に進んだんだろう?」

 「ええ」

何か引っ掛かる所でもあるのだろうかと、カシエは少し考えて、礑と気付いた。

 「あっ、バルも解いたんだ!
  そうじゃないと、合言葉は解らない筈だもんね」

 「一度解いた仕掛けは、元に戻らなかった」

 「そうだね」

 「でも、カシエも俺も同じ仕掛けを解いた」

 「……どうなってるの?」

 「『創造主』に会えば解るんじゃないかな」

どうなっているか等、コバルトゥスにも解らない。
唯言えるのは、力の強い魔法使いが、この洞窟を作ったと言う事位だ。
0233創る名無しに見る名無し2018/03/25(日) 15:35:30.03ID:5Eme44Ip
地下7階に着いた2人は、扉の前に立つ。

 「カシエ、合言葉が解ったのは良いけど、『記す』って何をすれば良いと思う?」

コバルトゥスの問い掛けに、カシエは唇に指を当てて考える。

 「扉に刻まれている『Tuesdi』を、どうにかすれば良いんじゃないかしら?」

 「例えば、こんな風に?」

カシエの返答を聞いたコバルトゥスは、『duTies』の順に、『Tuesdi』に触れてみた。
そうすると、触れた文字が青白く発光する。

 「……前に調べた時は、こんな事は起こらなかったんだが」

紛れ当たりを防ぐ為に、『正答』を認識していなければ、反応しない仕組みだったのかも知れない。
コバルトゥスは一寸吃驚したが、最後に『.』に触れる。
瞬間、地響きと共に重々しく扉が左右に開く。
僅かに開いた扉の隙間からは、眩い光が溢れる。
何が出て来るのかとコバルトゥスとカシエは身構え、扉から少し離れた。

 「よくぞ辿り着いた。
  知恵と勇気を持つ者よ」

完全に扉が開くと、中から青白く発光する霊体が姿を現した。
0234創る名無しに見る名無し2018/03/25(日) 15:38:49.37ID:5Eme44Ip
コバルトゥスは霊体が取る初老の男性の姿に、見覚えがある。

 「あ、あんたは地図をくれた……」

それは彼に洞窟の場所を記した地図を渡した、浮浪者に似ていた。
コバルトゥスの言葉に、霊体は反応する。

 「君は私に会ったのか?
  成る程、それで我が元に辿り着いた訳だな」

霊体はカシエにも目を向けると、2人に名乗った。

 「私は『迷宮侯<フューア・シンキス>』。
  偉大なる『迷宮公<デュース・シンキス>』の分身にして、探求心の探究者。
  そして、この洞窟を創った物だ」

コバルトゥスは兼ねてからの疑問を、迷宮侯に打付ける。

 「洞窟の仕掛けも、化け物も、お宝も、全部あんたが用意したのか?」

 「その通りだ。
  小(ささ)やかな物だがね。
  簡単過ぎたかな?」

迷宮侯の問い掛けに、コバルトゥスは半笑いで答えた。

 「暇潰しにはなったさ」

 「それは結構」

褒め言葉と受け取るには手厳しい表現だが、迷宮侯は満足気に頷く。
全ては彼が仕組んだ事なのだ。
0235創る名無しに見る名無し2018/03/25(日) 15:59:53.42ID:5Eme44Ip
コバルトゥスは更に問うた。

 「何の為に、そんな事を?」

迷宮侯は淀み無く答える。

 「我が主、迷宮公の為だ。
  迷宮公は自ら迷宮に入り、自身をその中に封じられた。
  長き時の果てに、迷宮は誰も迷宮公に到達出来ない程に深まった。
  今となっては迷宮公だけが、迷宮公の迷宮に挑み続けている」

彼の発言内容は、コバルトゥスには理解し難かった。
迷宮公とやらが迷宮に入って、その迷宮に迷宮公自身が挑んでいると言う。
それと迷宮侯が、この洞窟を作った事が、どう繋がるのか?

 「訳が分からん……。
  迷宮公を迷宮から救いたいのか?」

 「救うと言うのは正しくないが、大凡の理解は、それで良い。
  私は迷宮を創る事で、迷宮公の心を知ろうとしている」

心を救うには、先ず迷宮公と対面しなくてはならないと思うのだがと、コバルトゥスは不思議がる。
何を差し置いても、迷宮公と会わない事には始まらないのではと。
コバルトゥスの隣で、カシエも理解に苦しんで、難しい顔をしている。
0236創る名無しに見る名無し2018/03/25(日) 16:01:47.65ID:5Eme44Ip
2人の態度を気にする様子も無く、迷宮侯は告げた。

 「ここまで来てくれた君達には、褒美を与えよう。
  何でも望みを言ってみ給え。
  勿論、限界はあるが」

真っ先にカシエが問う。

 「どの位までの事なら、叶えて貰えますか?」

 「不老不死は無理でも、風邪を引かない位には出来る。
  大富豪は無理でも、一寸した財産を与える位は出来る。
  その程度だ」

迷宮侯の答を聞いた彼女は、即座に願った。

 「じゃあ、風邪を引かない様にして下さい」

 「では、これを……」

迷宮侯はカシエの願いを叶えようとする。

 「待ったっ!!」

それにコバルトゥスが待ったを掛けた。

 「彼女の願いを叶えたら、俺の願いは?
  どうなるんだ?」

迷宮侯は鷹揚に笑う。
 
 「心配せずとも、君の願いも叶えるよ」

 「お、おう、それなら良いけど……」

自分の願いも聞いて貰えると分かって、コバルトゥスは大人しく口を閉ざした。
0237創る名無しに見る名無し2018/03/25(日) 16:02:23.82ID:5Eme44Ip
迷宮侯はカシエに向き直って、彼女に向けて、宙に浮く発光体を差し出した。

 「受け取ると良い」

カシエは困惑しつつも、発光体を両手で包む様に受け取る。
それは彼女の手の中で徐々に実体化して、綺麗な『首飾り<ペンダント>』になった。

 「これを身に着けていれば、病魔に悩まされる事は無くなる」

 「有り難う御座います」

カシエは丁寧に礼を言って、早速首飾りを身に着けた。

 「但し、過信しない様に。
  身を守ろうと言う心構えが無ければ、どんな方法も無意味だ」

 「はい」

迷宮侯の忠告をカシエは素直に受け止める。
コバルトゥスは小声で彼女に尋ねた。

 「そんなんで良いのかい、カシエ?」

 「健康は何物にも代え難い財産だと思うけど……」

余り病気にならないコバルトゥスには、カシエの願いが無欲な物に思えてならない。
変わった願い事をする物だと、彼は溜め息を吐いた。

 「さて、君は何を願う?」

迷宮侯はコバルトゥスの方を向いて、話し掛ける。
0238創る名無しに見る名無し2018/03/26(月) 19:41:25.56ID:xUHLIiqI
コバルトゥスは暫し思案して、こう答えた。

 「一生、金に困らない様にしてくれるか?」

強欲な願いに、迷宮侯は少し困った様子で言う。

 「私は共通魔法使いが使う通貨の偽造は出来ないが……」

唯一大陸の共通通貨である「MG」は、魔導師会が管理している。
当然、偽造対策が厳重に施されており、容易に真似られる物では無い。

 「解ってるよ。
  何も偽造しなくたって、金になる物をくれりゃ良いんだ」

コバルトゥスの要求に、迷宮侯は忠告をした。

 「しかし、一生困らないとなると、一寸した財産では済まない。
  高価な金属や宝石類を大量に売り捌くと怪しまれる。
  MGを管理している魔導師会は、当然それ等の流通も監視している。
  疑わしければ産地や製造方法を調査される」

 「嫌に、その辺の事情に詳しいんだな。
  出来ないってのか」

コバルトゥスは眉を顰め、頼りにならない奴だと呆れる。
だが、迷宮侯には妙案がある様で、自信に満ちた表情で言った。

 「君には、これを上げよう」
0239創る名無しに見る名無し2018/03/26(月) 19:44:35.74ID:xUHLIiqI
迷宮侯が徐に両手を合わせると、その間に青白い光が生じる。
それは次第に大きくなって、直径2手程の光球になった。
迷宮侯は光球を両手で包む様に持ち、コバルトゥスに差し出す。

 「受け取るが良い」

何を貰えるのだろうと、コバルトゥスは不安と期待の混じった感情で、光球に触れた。
それは彼の手の中で、徐々に実体化して行く。
その正体は小さな壷だった。

 「陶器?
  これが高く売れるのか?」

陶芸品の価値が解らないコバルトゥスは、これが値打ち物が判別出来ない。
迷宮侯は小さく笑う。

 「これは魔法の壷だ。
  中に土を入れて蓋をし、一日寝かせておけば、金属や宝石が出来る。
  金や白金と言った高価な物では無いが」

 「銀や銅なら出来るってか?」

 「銀や銅が出来る訳では無いが、そんな所だ」

金や白金が貰えるなら、そちらの方が良いのではと、コバルトゥスは考えた。
この壷を貰っておいても、損は無い事は確かだが……。
0240創る名無しに見る名無し2018/03/26(月) 19:46:21.30ID:xUHLIiqI
丸で商品を売り込む営業員の様に、迷宮侯は利点を挙げる。

 「水晶、琥珀、翡翠、瑪瑙。
  石や土を変換して、そう言った物が出来上がる。
  仕上がり具合に依るが、買い叩かれても壷一杯で3000MGは下るまい。
  一度に大金を得られる訳では無いが、故に一度に失う事も無い」

 「……分かったよ、有り難く頂いとこう」

コバルトゥスは納得して、壷を収めた。
その様子を見届けた迷宮侯は、2人に告げる。

 「さて、私は最後に、この洞窟を片付ねばならない。
  早く脱出して離れた方が良い。
  君達が冒険を続けるならば、どこか別の場所で会う事もあろう。
  然(さ)らば」

迷宮侯の霊体は見る見る弱まり、消失した。
扉の向こうは、何も無い狭い空間だった。
コバルトゥスは呆然としているカシエに話し掛ける。

 「早く出よう、カシエ」

 「ええ」

頷いた彼女の手を引いて、コバルトゥスは駆け足で洞窟から出た。
0241創る名無しに見る名無し2018/03/27(火) 18:38:04.30ID:dxXxsy8R
洞窟の主である迷宮侯が消えた為か、洞窟の中には精霊が戻っている。
コバルトゥスは洞窟の全貌を容易に把握出来る様になっていた。
洞窟から飛び出した2人は、ラビゾーに呼び掛ける。

 「先輩!」

 「ワーロックさん!」

彼は驚いた顔で、2人を見た。

 「どうした、そんなに慌てて?
  何か不味い事でも起きたか」

 「とにかく、ここから離れますよ!」

コバルトゥスはカシエから離れ、ワーロックの腕を掴むと、強引に引っ張って、共に崖から飛び降りる。

 「えぇっ!?
  おっ、わ、な、何を!?!?」

カシエも2人に続いて、飛び降りた。
コバルトゥスとカシエは、それぞれ魔法を使って、断崖から離れた場所に着地する。
重い荷物を背負っていたラビゾーも、尻餅を搗きながらも無事に着地した。

 「痛たたたっ、どうしたってんだよ、コバギ……」

準備も心構えも無い儘に、訳も解らず飛び降りさせられたラビゾーは、不満気に抗議する。
0242創る名無しに見る名無し2018/03/27(火) 18:40:01.95ID:dxXxsy8R
コバルトゥスは無言で後ろを振り返り、洞窟のある断崖を見上げた。
カシエも彼と同じ動作をする。
2人の様子を見て、ラビゾーも洞窟がある位置を見上げた。

 「どうしたんだ、2人共?
  何か――」

一体何なのかとラビゾーが尋ねようとした所で、断崖が崩落し始めた。
地鳴りと共に、崖が脆く崩れて行く。

 「わぁ……」

その場に留まっていたら、どうなっていた事かと、3人共、安堵と恐怖の混じった溜め息を吐いた。

 「……助かったよ。
  有り難う、コバギ」

ラビゾーは素直にコバルトゥスに礼を言う。
それが疼(むず)痒く、コバルトゥスは決まりの悪い笑みを浮かべて答えた。

 「いやぁ、礼なんて良いッスよ」

続けて、ラビゾーは彼に問う。

 「それで洞窟の探索は、どうなったんだ?
  財宝は見付けられたのか?」

 「ええ、まあ」

財宝と言っても鑑定が必要な物では無いので、コバルトゥスは詳細を語らなかった。
他人を信用しない彼は、それなりに親しいラビゾーが相手でも――否、相手が親しい者からこそ、
『土を詰めて1日放置するだけで、宝石類に変えてくれる魔法の壷』と言う欲望を刺激する様な物を、
見せたくなかった。
0243創る名無しに見る名無し2018/03/27(火) 18:42:21.43ID:dxXxsy8R
ラビゾーはコバルトゥスが手に入れた「財宝」が何かを追及せず、カシエに話を振る。

 「カシエさんも?」

 「はい。
  これです」

カシエは自らの首に掛けた首飾りを見せる。

 「あの洞窟の最深部に、洞窟を造ったって言う人が居て、その人から貰ったんですよ。
  ここまで辿り着いた御褒美みたいな感じで、願いを叶えてくれるって。
  だから、この健康になる……健康で居られる(?)ペンダントを貰いました」

 「へー、そんな事が……」

彼女はラビゾーに対して、有りの儘に事情を話した。
それを聞いたラビゾーは当然、コバルトゥスに尋ねる。

 「コバギは何を貰ったんだ?」

 「いや、俺は……」

コバルトゥスは言い淀んだ。
金に目が眩んだ願い事をしたと知られたくなかったし、壷の存在も知られたくなかった。

 「まあ、無理して聞こうとは思わないが……」

ラビゾーは気を利かせて、回答しなくても良いと言う。
そこまで知られて恥ずかしい物では無いので、彼の心遣いに複雑な気持ちになりながらも、
コバルトゥスは一応安堵した。
カシエも配慮の積もりか、余計な事は言い出さない。
0244創る名無しに見る名無し2018/03/27(火) 18:43:10.97ID:dxXxsy8R
ラビゾーは一拍置いて、改めてカシエに話し掛ける。

 「それじゃあ、カシエさん。
  これで契約は終わりで良いですか?」

 「はい、有り難う御座いました」

2人は互いに礼をし合った。

 「商品の扱いは、どうしましょう?
  カシエさんが持って行きたい物があれば――」

 「はい、使いそうな物は貰って行きますね。
  後の処分はワーロックさんに、お任せします」

 「分かりました」

その後に2人は残った商品を分け合って、別れようとする。

 「……こんな所ですかね?」

 「ええ、又会いましょう、ワーロックさん」

 「お元気で、カシエさん」
0245創る名無しに見る名無し2018/03/27(火) 18:43:42.39ID:dxXxsy8R
最後の選択です
ラビゾーに付いて行くか、カシエに付いて行くか、選んで下さい
0248創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:08:36.86ID:azSwof96
ラビゾーとカシエは、それぞれ別の方向に歩き始める。
カシエはマンリガタリ町の方角へ向かっているが、ラビゾーは……?
気になったコバルトゥスは、彼に話し掛けた。

 「先輩、どこ行くんスか?」

 「僕は山を越えて、向こうの町へ行くよ」

もう日が山に掛かろうかと言うのに、険しい道を選ぶのかと、コバルトゥスは呆れた。

 「大丈夫なんスか?」

 「獣が出ると言う話は聞かない。
  距離的には、こっちの方が近い筈だ。
  僕の事は良いから、お前はカシエさんを」

 「言われなくても、その積もりッス。
  じゃ、先輩気を付けて」

コバルトゥスはラビゾーと別れて、カシエを追う。
彼の事は心配ではあるが、男同士で連るんで、女を置いて行こうとは思わなかった。
0249創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:11:26.69ID:azSwof96
カシエに追い付いたコバルトゥスは、彼女の横に並んで歩く。
カシエは振り向いて話し掛けた。

 「あら、バル。
  貴方もマンリガタリに戻るの?」

 「ああ、今晩どうかな、一緒に?」

同じ宿、同じ部屋に泊まらせてくれないかと、コバルトゥスはカシエを誘う。

 「別に良いけど。
  宿代は?」

 「割り勘で」

彼は絶対に自分の方が多く金を払う積もりは無い。
カシエは苦笑した。

 「相変わらずなのね。
  何の為に『壷』を貰ったの?」

 「君は素直だな。
  壷が説明通りの効果を発揮するとは限らないぜ?」

怪しい魔法使いの霊の言い分を疑わない彼女の純真さを、コバルトゥスは微笑ましく思いつつも、
鋭く忠告した。
若い頃から一人旅を続けて来た彼は、「騙される」事を強く警戒する癖が付いている。
0250創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:14:39.49ID:azSwof96
カシエはコバルトゥスに憐れむ様な視線を向けた。

 「疑り深いのね。
  現実的と言うべきかしら?」

 「冒険者は現実的じゃないと、やってけない。
  何事に対しても、先ずは疑ってみる姿勢で行かないと、命を落とすぞ。
  冗談でも何でも無くてさ」

コバルトゥスは敢えて恐ろし気な言い方をして、彼女を脅す。
様々な事を経験した、冒険者の先輩として。
カシエは足を止め、コバルトゥスの瞳を見詰めて、静かに問い掛けた。

 「バル、どうして『先輩』に壷の事を教えなかったの?
  彼『も』信用出来ない人?」

 「えっ、いや、そう言う訳じゃ……」

意外な質問に、彼は目を白黒させる。
そんな風に見られていたとは思わなかった。
だが、そう受け取られても仕方が無い気がして、「先輩」の名誉の為に弁解する。

 「先輩は『良い人』さ。
  壷の事は――」

どうして壷の事を教えなかったのか、コバルトゥスは自問する。
それは何故か?
0251創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:20:04.41ID:azSwof96
人は自分の行動の一つ一つを、意識して行っている訳ではない。
「何と無く」実行している事が殆どだ。
何かをするにしろ、何もしないにしろ、その動機を一々言語化するのは難しい。

 「金が絡むと人は変わるんだ。
  その人と長く付き合いを続けたいなら、金の話はしちゃ行けない。
  常識だろう?」

彼は一般論で自己の正当化を試みた。
所が、カシエは疑問を差し挟む。

 「そうかな?」

コバルトゥスは戸惑った。
彼にとって、ラビゾーは信用出来る人物だ。
金に目が眩む様な愚かな人では無い……と思いたいが……。

 「それに、あの人は商売人だから。
  こんな物があるなんて、知らない方が良い」

そう言いながらコバルトゥスは、ラビゾーを信じられない自分を、嫌な奴だと感じた。

 「そうかもね……」

カシエはコバルトゥスの言い分に理解を示すも、当の彼は上の空。

 (『人を信じる』か……)

本当の信頼とは何だろうかと、妙に哲学的な事をコバルトゥスは考えた。
ラビゾーが目の色を変えて金に執着する醜い姿を見たくない。
しかし、本当に醜いのは、他人を信用出来ずに、そんな妄想をしてしまう自分ではないのか……。
醜悪さは何時も自分の内にあり、それを他者に投影するから、不信が生まれる。
自分は一生、心を許せる人が出来ないのではないかと、コバルトゥスは恐ろしくなった。
彼は自らの邪心を呼び覚ました、「悪しき」壷を割ってしまいたい衝動に駆られるが、悲しいかな、
金銭に拘る彼の浅ましい心が、それを許さない。

 (……切羽詰まって、どう仕様も無くなったら使おう。
  それまでは使わないでおこう)

彼は曖昧な妥協をして、小さな壷をバッグの中に封印した。
0252創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:21:03.75ID:azSwof96
「コバルトゥスの冒険」は、これで終わりです。
拙い進行でしたが、お付き合い有り難う御座いました。
エンディングは3つ考えていました。
他は、単独で洞窟の謎を解いた場合と、謎が解けなかった場合です。
0253創る名無しに見る名無し2018/03/29(木) 19:30:37.74ID:azSwof96
反省点は判定を面倒にしてしまった事と、配分を失敗した事です。
判定その他に使った表を上げておきます。

https://u6.getuploader.com/sousaku/download/944

「こんな風に決めました」と言うだけの物なので、その内消します。
裁定ミスで、この通りに判定していない所もあるかも知れません。
御容赦下さい。
0254創る名無しに見る名無し2018/03/30(金) 18:30:15.53ID:S2aBQOTc
遅垂/遅弛(ちんたら)


暢(の)んびりしている様を表した言葉です。
語源は幾つか考えられ、その一つが「チンタラ蒸留器」です。
正式名称は「兜釜式蒸留器」。
樽形の覆いに逆さ円錐状の蓋をして、覆いの中で醸造酒を熱します。
逆さ円錐状の蓋には水を注いでおきます。
そうすると、蒸発した水分とアルコールが蓋で冷やされ、円錐の先に集まって垂れて来ます。
それを樋(とい)で覆いの外に流し、器に溜めます。
こうして蒸留酒が出来上がると言う訳です。
蒸気で「チンチンと音が鳴る」事を「チンタラ」の語源とする説がありますが、多少疑問です。
これは鉄蓋の鍋や薬缶を熱すると、蒸気で蓋が「チンチン」と鳴る事から、「沸騰する位に熱い」事を、
「チンチン」と表現した物と混同したと思われます。
「チンタラ蒸留器」の名は薩摩の方言で、遅い事を「ちんちん」と言った事に由来するとされています。
「ちんちん」の語源は「遅々(ちち)」で、これが「ちぃちぃ」から「ちんちん」に変化したそうです。
「たら」は「垂れる」事で、「ちんたら」は「遅く垂れる」の意味。
チンタラ蒸留器とは、少しずつしか蒸留酒が集まらない事を指して、そう呼ばれる様になりました。
しかし、「たらたら」には元々「行動が遅い様子」を表す意味があります。
これの語源も「垂れる」、「液体が少しずつ流れる様子」、「張りが無く弛んでいる様子」で、
「だらだら」、「とろとろ」にも通じます。
「ちんたら」は蒸留器とは別に、「ちんちん(遅い)」と「たらたら(弛んでいる)」を合わせた物とも、
考えられる事を記しておきます。
0255創る名無しに見る名無し2018/03/30(金) 18:31:59.68ID:S2aBQOTc
焦(じ)り焦(じ)り


「じりじり」は物を熱する様子と、少しずつ物事が進行する様子の2つの意味があります。
前者は「じりじりと太陽が照り付ける」、後者は「じりじりと期日が迫る」の様に言います。
物事が遅々として進まない事を焦る気持ち、「焦(じ)れる」に関係する言葉です。
「じわじわ」とも通じます。
前者と後者を区別する為に、「擦り付ける」と言う意味の「躙(にじ)る」を用いて、
後者を「躙り躙り」としても良いかも知れません。


糞(ば)っちい/糞(ばっ)ちい


語源は「汚い」と言う意味の「糞(ばば)しい」です。
それが変化して、「ばばちい」、「ばばっちい」、「ばっちい」等となりました。
「糞(ばば)」は字の通り、排泄物、「糞(くそ、ふん)」の事です。
ネコババの「ババ」も同じと言われます。
「泥」や「汚れ」を言う事もあり、「糞塗(ばばまみ)れ」の様に使われます。
0256創る名無しに見る名無し2018/03/30(金) 18:32:28.31ID:S2aBQOTc
脱磁(消磁)


脱磁と消磁は、どちらも磁気を取り除く事を言い、同じ意味で使われます。
消磁は字の通り、磁性を消す事です。
その反対に磁性を付加する事は「着磁」なので、「着脱」で、「脱磁」とも言う様です。
「磁性を消す」と言っても完全に消す事は難しいらしく、対極の磁性を弱めつつ交互に与える事で、
影響を出来るだけ少なくする方法が一般的との事です。
0257創る名無しに見る名無し2018/03/31(土) 19:28:33.96ID:ip+0NQvj
終末への誘い


ティナー地方ボルクラム街道にて


ボルガ地方とグラマー地方を繋ぐボルクラム街道の傍の小道を、水鳥の親子が歩いていた。
道行く人々は、それを微笑ましく見守っていたが、野良の小猫が雛を掻っ攫った。
猫は雛を銜えて茂みに隠れ、水鳥の親子は散り散りになった。
誰も何も出来ずに、それを見ているだけだった。
猫は本能の儘に狩りを行ったのであり、これを咎める事は出来ない。
残酷だが、愛らしい猫とて、食わねば生きて行けないのだ。
皆、知っている。
奇跡の魔法使いチカ・キララ・リリンは、偶々その現場を目撃してしまった。
しかし、彼女にも何も出来はしない。
彼女は猫を追い掛けて、雛を解放させる事が出来る。
だからと言って、その行動が何になる訳でも無い。
猫が獲物を狩る事は悪ではない。
水鳥とて魚や虫を食らっている。
可愛い、可愛くないと言う主観を盾に、命の重さを決め付ける事は愚かだ。
人は動かし難い現実を前に、無力感を噛み締めるのみ。
奇跡の魔法使いであるチカも同じく。

 「諦めるのか?」

嫌な気分で俯いた彼女に、声が掛かった。
チカの視線の先には、見た目10代前半の、少年の様な格好をした少女が居る。

 「誰だ?」

警戒して問い掛けるチカに、女の子は自らの魔法を名乗った。

 「言葉の魔法使い」
0258創る名無しに見る名無し2018/03/31(土) 19:29:17.49ID:ip+0NQvj
相手が同類である事に、チカは気を緩めるも、話し相手をする気にはなれなかった。

 「今は気分が悪い。
  放って置いてくれないか」

彼女は魔城事件以後、反逆同盟から距離を置いた。
共通魔法社会への復讐を心の支えに生きて来た彼女は、今更その正しさに迷っていた。
幾ら考えても、どうするのが良いのか分からない。
復讐と称して残酷な行為を愉しむ気にはなれない。
嘗ては、そんな事は全く気にしなかったのに、今は何も彼もが恐ろしい。
だが、共通魔法使いを許す気にもなれない。
過去と現在に折り合いが付けられず、チカは苦しんでいた。
言葉の魔法使いは、冷淡に突き放されても、構わず声を掛ける。

 「どうして雛を助けなかった?」

チカは舌打ちして、言葉の魔法使いに言い返す。

 「自然の物の成り行きは、自然に任せる他に無い。
  私が雛を助けても、猫は別の所で他の物を襲う。
  腹を空かせている限り」

 「そんな事は理由にならない。
  君は本心では助けたいと思っていたのに、理性で止めてしまった。
  どうしてかと聞いているんだ」

 「……無意味だから」
0259創る名無しに見る名無し2018/03/31(土) 19:29:56.70ID:ip+0NQvj
苦々しく吐き捨てる様に言ったチカに、言葉の魔法使いは尚も続けた。

 「よく解っているじゃないか……。
  世の中に意味のある事なんか、何一つ有りはしない。
  それなのに、君は未だ下らない事に拘り続けるのか」

 「下らなくなんかっ……」

復讐の事を言われていると思い、チカは反発した。
彼女の両親は共通魔法使いに追われて死した。
共通魔法使い達には、その報いを受けさせなければならない。
そう信じて孤独な戦いを続けて来た。

 「共通魔法使い共を許せと言うのか!」

チカは拳を強く握り締め、黒い魔力を纏う。
黒い魔力は心が怒りと憎しみに染まり切った証。
心の中だけに留まらず、溢れ出した分が魔力をも黒く染めるのだ。
言葉の魔法使いは惚けて、小さく笑った。

 「何の話?
  そんな事は言ってないけど」

その人を小馬鹿にした態度が、今のチカには我慢ならない。

 「もう良い」

彼女は言葉の魔法使いから視線を逸らして、足早に去ろうとする。
0261創る名無しに見る名無し2018/04/01(日) 17:51:17.99ID:ePnA/3Tg
言葉の魔法使いは「呼び止めた」。

 「意地を張るのは止めたら?
  本当は好い加減、疲れて来てるんだろう?
  怒りも、憎しみも、恨みも、悲しみも、所詮は有限の物なんだ」

チカは足を止め、唖然として立ち尽くす。
言葉の魔法使いは真実を言い当てていた。

 「300年は人間には長過ぎる。
  君は保(も)った方だよ。
  よくも300年も。
  どんな感情も、そんなに長続きはしない。
  やがて輝きを失い、乾いて擦り切れ、味気無い物になってしまう。
  だが、それで良い、それが正しい。
  君は本当の意味で、『魔法使い』になろうとしているんだ。
  お目出度う、歓迎するよ」

突然の祝福に、チカは戸惑う。
彼女は振り返って、言葉の魔法使いを凝視する。

 「本当の……、魔法使い……?」

 「君は人間を超越した存在になる」

 「超越……?
  解らない、何を言っている?」

チカは「真の魔法使い」に就いての事を、何も知らないのだ。
魔法を使うだけが、魔法使いではない。
神が居た、巨人が居た、人間が居た、悪魔が居た。
それだけが真実ではない。
0262創る名無しに見る名無し2018/04/01(日) 17:52:37.66ID:ePnA/3Tg
チカは念の為に確認した。

 「貴女は反逆同盟の者では……」

 「無い。
  あんな無粋な連中と一緒にしないでくれ給い。
  しかし、共通魔法使いの味方と言う訳でも無い。
  どちらにも付かない、中立の者だ」

「中立」と言われ、チカの心は揺れた。
共通魔法使いと反逆同盟の争いに興味を失いつつあった彼女は、心の底では復讐に代わる、
新たな生き方、価値観を求めていた。
目の前の者が、それを齎してくれるのではないかと期待したのだ。
言葉の魔法使いはチカを誘惑する。

 「もう復讐は止めよう。
  300年間、君は孤独に耐えて戦い続けた。
  もう十分だ、誰も君を責めたりはしない」

甘い言葉にチカの心は大きく傾くも、倒れるまでには至らない。

 「……ここで止めてしまったら、父や母の無念は、どこへ行く?
  私の300年は何だったのだ?」

 「全ては泡沫だよ。
  君の御両親も、君の300年も、君が犯した罪も、何も彼も過去の出来事。
  記憶の彼方に消え去る定めの物に過ぎない。
  そんな物に囚われ続ける事は無い」

言葉の魔法使いの囁きに、チカは虚無感と虚脱感を覚える。
抗い難い超然とした巨大な渦流に呑まれて、精神が摩滅して行く様な錯覚に陥る。
0263創る名無しに見る名無し2018/04/01(日) 18:00:30.10ID:ePnA/3Tg
チカは虚無の先にある、達観を捉えつつあった。
彼女は後一歩踏み出せば、真の魔法使いに至れる境地にあった。
言葉の魔法使いとの出会いは偶然の物で、それも少し言葉を交わしただけに過ぎないのだが、
真の魔法使いになる切っ掛けとは、本当に些細な物なのだ。
しかし、彼女は「後一歩」の踏み出しを躊躇する。
自らの300年を虚無に帰して良い物か、父母の無念を晴らさずにおいて良い物か?
踏み出した先には、多くの魔法使い達と共に、敬愛して止まない師が居る。
その一歩で師と同じ境地に至り、対等な存在になれるとチカは直観していた。
彼女は師との過去を回想する。
そこには復讐に囚われる以前の幸せだった日々がある。
だが、それをチカは自ら捨て去ったのだ。
生地を追われた父の、母の無念を想えば、悲嘆の慟哭を抑える事が出来ない。

 「あ、ア゛ァ……、オ、オオ゛ォォ……!!」

チカは人目を憚らず、その場で泣き崩れた。
言葉の魔法使いは彼女を哀れみ、銅錆の魔法(※)を掛けて、衆目から逃れさせる。
過去を振り切らない限り、チカは永遠に真の魔法使いにはなれない。
自らの幸福のみを考え、復讐心を捨て去ろうとしても、全ての根源である出生から目を逸らせない。
彼女にとって、過去の幸福と現在の復讐は地続きであり、決して切り離せる物ではないのだ。


※:輝く金色と反対の暗い青緑色から、人を目立たなくさせる魔法の総称。
  共通魔法に於いては、「対象を人の意識から外す魔法」で、扱いの難しい上級魔法。
  尚、「銅錆」の読みは「どうさび」で、緑青(ろくしょう)の事。
0264創る名無しに見る名無し2018/04/02(月) 18:47:02.72ID:YASq3Tbe
人は自らを成形する過去無しには、存在し得ない。
過去の無い者は空虚。
チカが真の魔法使いに生まれ変わるには、復讐鬼と成り果てた「今」を否定しなければならない。
だが、復讐を遂げぬ儘では、彼女は新しい自分を肯定出来ない。
自らを否定するにしろ、肯定するにしろ、先ず成し遂げなくては始まらないのだ。
全てが終わって、漸く彼女は自分を受容出来る。
しかし、何を以って復讐は終わりを迎えるのだろうか?
「共通魔法社会」と言う途方も無い物を仇敵と定めてしまったが為に、チカが復讐を果たすのは、
事実上不可能になってしまった。
もう彼女は詰みに陥っているのだ。
言葉の魔法使いは、チカに同情して優しく囁いた。

 「未だ人の心が生きているのだな。
  終わらせられない理由があるのか……。
  好きなだけ時間を掛けるが良い」

そう告げると、言葉の魔法使いは姿を消す。
俯くチカの耳に、可弱い猫の鳴き声が聞こえた。
水鳥の雛を襲った、あの猫が何食わぬ顔で通りに戻り、道行く人に愛想を振り撒いて歩いている。

 (醜い。
  どうして世界は欺瞞に満ちているのだろう……。
  己が裡に醜悪さを包み隠し、その事実から目を逸らして、平気な振りをしている)

真の魔法使いになると言う事は、その極致である。
あらゆる柵を乗り越え、善悪をも超越し、欺瞞の衣を着て平静を装うのだ。
そうなる事は自分には出来ないと、チカは確信した。
0265創る名無しに見る名無し2018/04/02(月) 18:48:54.05ID:YASq3Tbe
チカも又、醜い生き物であった。
彼女は復讐の名の下に、様々な悪行を積み重ねて来た。

 (私は『外道』と蔑まれて来た者達が味わった苦しみを、共通魔法使い共にも与えたかった。
  故郷を追われ、父母を失う悲しみを思い知らせたかった。
  それが『過ち』だった。
  悪魔共の言う通りだった。
  私は復讐に悦びを見出だし、自分の心を慰めていた)

彼女は漸く自分の「悪」と向き合う。

 (今、私の手には全てを終わらせる術がある。
  何を躊躇う事がある?
  こんな世界、滅んだ方が良いではないか……。
  今までの私は間違っていた。
  共通魔法使い共を痛め付けよう、苦しめようと思い続けて来た。
  憎しみを以って憎しみを晴らそうとするから、終わらなかった)

思い切れば、絶えず心の中に掛かっていた靄が、俄かに晴れる。

 (終わりにしよう。
  『明日の私』の為に。
  悦びも悲しみも要らない。
  全てを消し去り、怨みも憎しみも忘れて、『終わらせよう』)

今、初めてチカは「愛」を捨てる決意をした。
真の魔法使いになる為に。
0266創る名無しに見る名無し2018/04/02(月) 18:55:18.88ID:YASq3Tbe
第四魔法都市ティナー バルバング工業区にて


そして彼女は、五度ワーロックと対面する。
全ての決着を付ける為に。
廃屋が立ち並ぶ心(うら)寂れた通りで、彼女は待ち構えていた。

 「やあ、ラヴィゾール」

穏やかな調子の呼び掛けに、ワーロックは声の主がチカとは思わず、反応する。

 「ラヴィズ――オ゛ォッ!?
  貴女は……!」

振り向いて漸く正体に気付き、慌てて身構える彼に、チカは冷静に告げる。

 「今日は戦いに来たのではない。
  ……否、お前と戦う為に赴いた事は、過去一度も無かったな」

自分が発した言葉の可笑しさに、彼女は独り自嘲した。
呆気に取られているワーロックに、彼女は改めて告げる。

 「今日は宣言をしに来た。
  決着を付けよう、ラヴィゾール。
  それと――」

話の途中で、チカは不意にワーロックの背後に目を遣った。
その先には2人の師である老魔法使い、アラ・マハラータ・マハマハリトが居る。

 「師匠、貴方とも」

チカの言葉を聞いて、初めてワーロックは振り返り、師の姿を認めて驚愕した。

 「師匠!?
  何故ここに!」

マハマハリトはワーロックには応えず、真剣な表情でチカを見詰めている。
0267創る名無しに見る名無し2018/04/03(火) 18:31:40.01ID:nn/Wja8u
ワーロックはマハマハリトとチカに挟まれる形で、居心地の悪さを感じ、数歩横に移動して、
マハマハリトとチカを結ぶ直線上から外れた。
3人共、口を利かず、緊張した空気になる。
最初に沈黙を破ったのは、マハマハリト。
彼はチカに向かって話し掛ける。

 「漸っと会えたな」

 「私を追って来て下さったのですか?」

 「そんな所じゃな」

 「私を止める為に?」

 「そうじゃな」

淡々とした両者の遣り取りを、ワーロックは傍で大人しく聞いていた。
チカは徐に、懐から一冊の魔法書を取り出して、ワーロックとマハマハリトに見せ付ける。
魔法書は縦1足×横1手×厚さ1節で、懐に自然に収まる様な大きさでは無いので、
どこに仕舞っていたのかとワーロックは訝った。
魔法使いとは不思議な物なのだ。
チカは口の端に小さな笑みを浮かべて、書の内容を説明する。

 「これには世界を終わらせる魔法が記されている。
  嘘や冗談ではない。
  地上を跡形も無く消し飛ばせる」

 「世界を……終わらせる?」

一々反応するワーロックとは対照的に、マハマハリトの表情は変わらない。
真っ直ぐチカを見詰め続けている。
チカはワーロックとマハマハリトに交互に視線を向けて言った。

 「私達は決着を付けねばならない。
  幸い、ここに居る者は皆、同じ心を持っている様だ。
  時と場所は既に定めてある。
  1週後、カターナで」
0269創る名無しに見る名無し2018/04/03(火) 18:33:31.62ID:nn/Wja8u
彼女の唐突な宣言に、ワーロックは目を剥いて驚いた。

 「カターナって、どこで!?」

 「その位は自分で探し当てろ」

チカがワーロックに向ける瞳は冷たい……かと思えば、彼女は行き成り破顔して言う。

 「私は共通魔法使いを絶対に許さない。
  共通魔法使いは絶滅させる。
  この『逆天<オーバースロー・オブ・ヘヴン>』の魔法でな。
  魔法大戦の再現だ。
  止めたくば追って来い!」

 「逆天!?
  魔法大戦!?
  一体、何を……って、あっ!」

ワーロックの問には答えず、チカはマントを翻して姿を消す。
マハマハリトは彼女が居た位置を見詰めた儘。
ワーロックは恐る恐る、マハマハリトに声を掛けた。

 「師匠、お久し振りです」

 「ウム」

 「又、会えて嬉しいです」

 「儂としては、甚だ不本意な再会じゃがな」

素直に師との再会を喜ぶ彼とは対照的に、マハマハリトの表情は硬い。
0270創る名無しに見る名無し2018/04/03(火) 18:34:49.55ID:nn/Wja8u
再会を不本意と言われ、ワーロックは少し気落ちした。
マハマハリトは漸く表情を緩めて、彼に言い訳する。

 「誤解するでない。
  この様な形で会いたくは無かったと言う事じゃ。
  『もう会う事は無い』と格好付けたにのぉ……」

苦笑いするマハマハリトに、ワーロックは尋ねた。

 「あの人も師匠の弟子だと言うのは、本当ですか?」

マハマハリトは気不味そうに答えた。

 「『元』弟子じゃよ。
  大昔に破門した。
  本当は儂独りで片付ける積もりじゃったが、こんな事になって済まんの」

 「いいえ、私は別に何とも……」

 「お前さんには、お前さんで、やらねばならん事があろうに」

それはワーロックの息子ラントロックの事だ。
ワーロックはマハマハリトに息子の話をした覚えは無いが、人の心を読む位は当然の様にする、
師の事なので、全て知られている前提で話に応じた。
確かにマハマハリトの言う通り、今のワーロックは他人事に関わっている暇は無い。

 「いえ、あの人の事は私にとっても無関係ではありません。
  彼女は反逆同盟の一員です」

しかし、チカから反逆同盟の内情を聞き出せれば、息子を取り戻す事に繋がると、
ワーロックは理屈を捏ねた。
マハマハリトの表情が苦々しい物に変わる。

 「儂が腑甲斐無いばかりに、本当に済まん。
  あの馬鹿弟子め」

幾ら破門したと言っても、やはり未だ彼の中では、チカは弟子なのだとワーロックは感じた。
0271創る名無しに見る名無し2018/04/04(水) 18:38:10.47ID:dBkD04nY
師が悪弟子にも情を残している事を彼は嬉しく思うも、同時に謝罪してばかりの態度には、
寂しさを覚える。

 「謝る必要はありません。
  それより、早く彼女を止めに行きましょう。
  1週後にカターナ地方で……詳しくは判りませんが、何か大きな事件を起こす積もりです」

ワーロックに急かされ、マハマハリトは項垂れて従う。

 「『逆天の魔法』……。
  あれが本物ならば、地上は無事では済まん。
  そして、奴は本気と来た。
  儂が……、否、『儂等』で何とかせねばな」

徐々に言葉に力強さが戻るマハマハリトを見て、ワーロックは安堵した。
師と仰ぐ人物が、何時までも塞いだ儘では不安になるのだ。
最寄の駅に向かって歩きながら、2人は会話した。

 「その『逆天』と言う魔法が何なのか、師匠は御存知なのですか?」

 「お前さんは知らんのか?
  魔法大戦の号砲となった魔法の事を」

ワーロックは古い記憶を呼び起こす。
魔法大戦の伝承の詳細は、公学校では教わらない。
教科書には「魔法大戦」があった事、その結果、旧い文明が全て滅んでしまった事しか、
書かれていない。
だが、魔法大戦の伝承は昔話の体で、常識として知っている者が多い。
ワーロックも共通魔法使いの多分に漏れず、その一人であった。

 「えぇと、3箇月を掛けて唱えたと言う、あの――」

 「そう、それじゃ。
  天空から地上に星を落とす大魔法。
  彼奴が如何にして、手に入れたのかは知らんが……」
0272創る名無しに見る名無し2018/04/04(水) 18:39:33.49ID:dBkD04nY
伝承が事実であれば、3月も猶予があるのではとワーロックは思った。

 「発動までに3月掛かるなら、未だ余裕がありますね」

その発言をマハマハリトは戒める。

 「あれは天体の周期に合わせたんじゃよ。
  13星の1つ、クリフトスを地上に落とすのに、それだけの時を要したと言う事。
  早めようと思えば、幾らでも早められる。
  奴が1週後と言い切った以上、1週後に実行するじゃろうな」

そこまでの力がチカにあるのかと、ワーロックは疑問に思った。

 「本当に1週後に出来るんでしょうか……?」

 「何も拘らず、何も顧みなければ」

 「ど、どうやって止めましょう?
  魔導師会に頼んでみましょうか?
  今、私達は魔導師会と協力関係にあるんです。
  話すと長くなりますが……、あぁ、反逆同盟の話を先にしないと行けないか……」

チカをどう抑えるか相談する前に、現状をどう説明した物か、ワーロックは頭を悩ませる。
何しろ、マハマハリトとは十数年振りの再会だ。
その間に多くの出来事があった。

 「こんな時で無ければ、緩(ゆっく)りと話したい所なんですが……」

 「解っておる。
  多くを語らずとも、必要な事だけ言えば良い」

ワーロックとマハマハリトは駅で馬車鉄道に乗り込み、カターナ地方へと向かう。
高速で走行する馬車に揺られ、2人は今日までの事を語り合った。
0273創る名無しに見る名無し2018/04/04(水) 18:41:39.64ID:dBkD04nY
「あれから色々ありまして、私は所帯を持ちました。今は娘が1人、息子が1人居ます」

「一人称も変わったな」

「気分的な物です。人の親になって、変わらなくてはと言う思いが強くなりました」

「俗になった」

「元から俗な性格でしたよ……。師匠、反逆同盟なる組織は御存知でしょうか?」

「噂には聞いておる」

「共通魔法社会を転覆させようと言う、旧い魔法使い達の集団らしいのですが……」

「ウム」

「リーダーは『ルヴィエラ』と言う悪魔だそうです」

「あの性悪か」

「面識が?」

「まぁ、のぅ……。碌でも無い奴じゃよ。お前さんも気を付ける事じゃ」

「はい。そのルヴィエラ率いる反逆同盟と戦う為に、私達は魔導師会と一時的な協力関係を、
 結んだのです」
0274創る名無しに見る名無し2018/04/05(木) 18:16:50.31ID:Cd2bXNjW
「私『達』?」

「はい。反逆同盟の増長を快く思わない、共通魔法社会の外で生きる者達です」

「呼び掛けたのは、差し詰めレノック辺りかな?」

「はい。幾らかは私も関係しましたが」

「……儂は己の愚かしさが嫌になるよ。今の今まで、呑気に構えておった」

「過去を悔やむのは後回しです。今は前だけを見ましょう」

「そうじゃな。こうなってしまった以上は、この命に代えてもチカを止める」

「あの、師匠、魔導師会に協力して貰いましょう。その方が確実です」

「我が儘を言わせて貰えるなら、それは止して欲しい」

「お気持ちは解ります。師匠と彼女、師弟の間の事です。しかし――」

「儂を信じて任せてはくれんか」

「……解りました。でも一応、連絡だけはしておきますよ」
0275創る名無しに見る名無し2018/04/05(木) 18:18:53.25ID:Cd2bXNjW
「ルヴィエラは、どの位の強さなんでしょう?」

「悪魔の中でも強い方じゃな。元々は、そうでも無かったが……。強力な悪魔の魂を取り込み、
 手の付けられん化け物になった。真面に戦おうとは思わん事じゃ」

「……師匠も『悪魔』なんですか?」

「大昔には、そう呼ばれた事もあったよ。真面な人間は100年生きれば長い方で、200を越せば、
 化け物じゃろう。『普通の人間は何千年も生きられない』。常識じゃな」

「人間とは違うって事ですか」

「同じとは言い難い」

「私は何も知らないで、他の魔法使いの皆さんと、同じ様な存在になりたいと思っていました。
 虎に施しを受けた猫は、自分も虎の仲間だと錯覚するのでしょうか?」

「そんな事を思っとったんか……」

「結局、私は『新しい魔法使い』になりました。そうならざるを得なかった、他に道が無かったのです」

「それは自己の形に拘った結果じゃよ。望んで『成った』んじゃろう? 成らない道もあった。
 成れる道もあった」

「はい。後悔している訳ではありません。但(ただ)、以前(まえ)から何と無く思っていたんです。
 私は師匠や他の魔法使いの皆さんとは根本的に違うと」

「君は――」

「今は何とも思っていません。私は『私』である事に、誇りを持っています。済みません、
 変な話をしました。昔の感傷を思い出しただけです」
0276創る名無しに見る名無し2018/04/05(木) 18:20:03.29ID:Cd2bXNjW
「所で、13星って何ですか?」

「黄道に輝く13の星じゃ」

「12星では?」

「シーゾス、ベルデス、カロメス、カタイギダス、アクティス、イシストス、スタテロス、ボーリアス、
 シクロス、ブラディス、メノス、アルゴス……。クリフトスが堕ちて、12星となった」

「旧暦では13星だった?」

「古くは12星じゃった。クリフトスだけ発見が遅れた」

「そのクリフトスが『逆天の魔法』で……」

「信じられんか?」

「その後、地上は……?」

「海に沈んだ。伝承の通りじゃな。多くの命が失われた」

「クリフトスが落ちて、魔法大戦が『始まった』? 『終わった』の間違いでは……?」

「いや、『始まった』んじゃよ。魔法の世界が訪れ、地上の法則は出たら目になった」

「法則が……出たら目に?」

「解らんか?」

「想像も付きません」

「……『途方も無い物<テラトディア>』と相対した時の為に、君には教えておこう。魔法の世界とは――」
0278創る名無しに見る名無し2018/04/06(金) 18:42:28.69ID:1Ono0h+x
動乱の後に


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


第四魔法都市ティナーで、協和会を隠れ蓑に重大な事件を起こした反逆同盟の一同は、
協和会が潰れた後、再び拠点に戻った。
血の魔法使いヴァールハイトは、マトラに告げる。

 「やはり魔導師会を叩き潰さぬ限りは、地上で思う様に振る舞う事は難しい」

協和会を利用してティナー地方を支配しようと言う、『彼の』企みは失敗した。
人、物、金で企業を抱き込めても、魔導師会を止められないのでは、意味が無い。
マトラは嫌らしい笑みを浮かべて、ヴァールハイトに言った。

 「そう焦るでない。
  所詮は人間、我が力の前では滓に過ぎぬ」

 「なれば、その力を揮って頂きたいのですが」

 「私は今、試している所なのだよ。
  どこまでなら『許される』のか……。
  我が居城を召喚した際は、直ぐ聖君に嗅ぎ付けられた。
  流石に、あの位になると看過されぬらしい」

マトラは己の強大な力を振るうのに、配慮している。
彼女等「悪魔」は、本来地上に存在してはならない物。
旧暦の様に、人類の危機には「神」の介入があるのではないかと恐れている。
神の力は絶大だ。
「弱い」悪魔は認識されただけで、存在を保てなくなる。
「強い」悪魔でも睨まれるだけで、消滅してしまう。
恐らくは、マトラでさえも。
0279創る名無しに見る名無し2018/04/06(金) 18:44:52.34ID:1Ono0h+x
 「しかし、聖君の器は既に――」

もう聖君が現れる事は無いのではないかと、ヴァールハイトは疑問を差し挟む。
マトラは真顔で答えた。

 「器の有無は問題にならぬ。
  アダムズ君が魔導師会の支部を壊滅させた時、神の介入があった。
  神が力を揮うのに、器を介す必要は無い。
  どうしても『魔導師会』を倒したいと言うならば、私以外の物を使うのだな。
  フェレトリやクリティア程度ならば、全力を出した所で神に目は付けられまい。
  私の手駒を貸してやる事も出来る」

彼女の言う「手駒」とは、影の魔物の事だ。
ヴァールハイトは暫し思案して言った。

 「……未だ決戦には早い。
  戦力を整えた所で、正面から当たるのは下策。
  大人しく時を待つとしよう」

慎重さを発揮し引き下がった彼を見て、マトラは内心で小馬鹿にする。

 (自らの力で戦えぬ者は哀れよの)

これでは面白くないと、マトラは溜め息を吐いた。
力が弱くとも、暴走する位の無謀さが欲しいと彼女は思う。
好戦的なアダマスゼロットや、共通魔法社会に恨みを持つチカは望み通りの人材だったが、
如何せん可愛気が無かった。
0280創る名無しに見る名無し2018/04/06(金) 18:46:45.02ID:1Ono0h+x
同盟の面子は皆それなりに賢く、B3Fであっても、魔導師会と正面から当たる事には、
難色を示すだろう。
もっと単純で後を顧みない者を、マトラは欲していた。
しかし、唯々諾々と命令に従うだけの存在も面白くない。
我が儘な彼女の真の目的は退屈を凌ぐ事であった。
地上が混乱する所を見物したいのであり、支配しようと言う気は更々無い。
どうした物かと悩むマトラに、B3Fのテリアが駆け寄る。

 「マトラ様、大変、大変!」

 「何事だ?」

少し湧く湧くしながら、マトラはテリアの言葉に耳を傾けた。

 「トロウィヤウィッチが脱走したんだ!」

 「それで?」

 「そ、それで……?
  えぇと、連れ戻さなくて良いのか……?」

困惑するテリアが面白く、マトラは態と意地悪を言う。

 「分かっているならば、そうすれば良かろう」

 「いや、でも、あの、トロウィヤウィッチは手強いから……」

 「何だ、見す見す逃したのか?」

反論出来ずに小さくなるテリアを見下して、マトラは呆れた。

 (どいつも、こいつも、自力で何とかしようとは思わないのかねェ)
0281創る名無しに見る名無し2018/04/07(土) 17:33:56.57ID:zh76fRAj
彼女は深い溜め息を吐き、テリアを突き放す。

 「離れた者は仕方あるまい。
  トロウィヤウィッチが居なくなった所で、私は構わぬよ。
  人を操るだけなら、他にも出来る者は居るしな」

 「そ、そんなぁ!
  ネーラとフテラも一緒に行ったんだよ!
  スフィカは残ってくれたけど……」

テリアの必死の訴えに、マトラは顎に手を遣り思案した。

 (誰が抜けようと、どうでも良いんだけどねェ。
  余り離反者が多い様では、組織としての体面に関わるか)

考えを纏めた彼女は、テリアに告げる。

 「そうだな、ネーラとフテラには戻って来て貰おうか……。
  B3FがB2では寂しかろう」

テリアの表情が俄かに明るくなった。

 「はいっ!」

 「では、行くが良い」

マトラの言葉にテリアは再び戸惑う。
無慈悲で無情なマトラは、どうした事かと訝った。

 「何だ、未だ何かあるのか?」
0282創る名無しに見る名無し2018/04/07(土) 17:36:51.62ID:zh76fRAj
テリアは怖ず怖ずと口を利く。

 「あっ、あの……。
  マトラ様は協力してくれないの?」

 「何故、私が」

マトラは驚いた顔で理由を問うた。
テリアは非常に気不味そうに、辿々しく答える。

 「いや、だって、その、トロウィヤウィッチは手強いし……」

 「あぁ、魅了の力か……。
  敵に回すと厄介な物だな」

彼女は数極の間を置いて反応し、気怠るそうに溜め息を吐いて、小さく唸った。

 「ムー、気乗りせんなぁ……。
  誰か魅了の効かなそうな奴を適当に連れて行け。
  私の指示と言う事にして構わん」

叱叱(しっしっ)と追い払う仕草をされたテリアは、仕方が無くマトラの前から去った。
余程口が上手くない限り、マトラを翻意させて動かすのは難しい。
テリアが執拗に食い下がらなかったのは、明らかに「上位」の存在を恐れている為だ。
実力に天地の開きがあるので、変に機嫌を損ねてしまうと、命に関わる。
マトラとて安易に他者の命を奪いはしないが、「基準」が人間の倫理とは大きく異なる。
0283創る名無しに見る名無し2018/04/07(土) 17:46:52.20ID:zh76fRAj
テリアが去った後、マトラは留守中に他に変わった事は無かったかと、全員の顔を見に行った。
トロウィヤウィッチ・ラントロックと共に、ヘルザ・ティンバーまで姿を消していた事には少し驚いたが、
他に大きな動きは無い。
ラントロックとヘルザが脱退した事を、大きな問題と捉えている者も少なかった。
最後にマトラは予知魔法使いのジャヴァニ・ダールミカの部屋を訪ねる。
ラントロック等の離脱が同盟の今後に、どの様な影響を及ぼすか聞いておきたかったのだ。
しかし、彼女がジャヴァニと会う事は叶わなかった。
ジャヴァニの部屋から出て来たのは、朽葉色のローブを着て、顎鬚を長く垂らした、銀髪の老翁。

 「誰だ?」

マトラは眉を顰め、些かの動揺もせず、堂々と質問した。
老翁も又、堂々と名乗る。

 「我は予知魔法使いスルト・ロアム。
  全知の魔法書マスター・ノートの使い」

 「ジャヴァニは、どうした?」

 「死んだ。
  奴はマスター・ノートを持ちながら、未来を御し切れなかった。
  マスター・ノートの使いには相応しくない」

ここでは初めてマトラは吃驚する。
つい先程まで一緒だった彼女が既に居ない事に。

 「貴様は何者だ?」

 「先程言った通り。
  我はマスター・ノートの使い。
  他の何者でも無い」

ジャヴァニと同じ事を言うのだなと、マトラは訝った。
0284創る名無しに見る名無し2018/04/08(日) 18:15:37.46ID:ZXp1FMeE
スルトの態度は、丸でジャヴァニと「同じ性質を持つ」別人の様だ。
彼女と同じく、特別に魔法資質が高い訳でも無い。
「生まれ変わり」と言っても良いかも知れない。
それにしては老いているが……。

 「ジャヴァニを、どこへ遣った?」

マトラの問に、スルトは無感情に答える。

 「奴は死んだ。
  もう、どこにも居ない」

マトラは眉を顰める。

 「そうでは無くてだな、死体を如何に処理したのかと聞いておる」

 「無い」

 「無い?
  消したのか」

 「そうだ。
  灰燼に帰した」

成る程そう言う事かと、彼女は納得した。
ジャヴァニは真面な人間では無く、マスター・ノートと言う魔法書の一部なのだ。
自らの運命を書の一部に取り込まれた、哀れな人間。
人間を取り込む程の力を持つ奇怪な魔法書は、魔法暦では殆ど見られなくなったが、
旧暦では稀に見られた。
0285創る名無しに見る名無し2018/04/08(日) 18:17:58.25ID:ZXp1FMeE
一つの疑問が解消された所で、マトラはスルトに依願する。

 「解った、マスター・ノートを見せてくれないか?」

スルトは即座にノートをローブの裾から取り出し、マトラに渡した。
しかし、マトラは受け取らない。

 「それでは無い。
  『本物の』マスター・ノートだ」

マトラはマスター・ノートが只のノート・ブックでは無い事を確信している。
ジャヴァニが何時も抱えていたノートが、本物のマスター・ノートでは無かった事も。

 「そう簡単には見せられないか?
  私とてマスター・ノートが貴重な物である事は理解している。
  安心しろ、破いたりはしない」

先から反応しないスルトを見て、警戒されていると思ったマトラは「約束」をした。
高位の悪魔貴族は、自身の誇りに掛けて「約束」を守る。
謀は力で及ばない弱者の業と認識している為だ。
だが、スルトはマトラを嘲る様に言う。

 「判らんのか?
  悪魔公爵も存外鈍い物だな」

挑発的な言動にマトラは少々機嫌を損ねた。

 「何だと?」

命が惜しくないのかと、彼女はスルトを威圧するが、丸で通じない。
恐れ知らずの不敵な態度に、マトラはスルトの実力を試そうとした。
0286創る名無しに見る名無し2018/04/08(日) 18:19:32.32ID:ZXp1FMeE
 「ジャヴァニの後を追わせてくれようか」

爪の尖った指先をスルトの額に突き付けるも、彼は平然と言って退ける。

 「先程マスター・ノートを『破いたりはしない』と言ったばかりなのに?」

 「如何な理屈だ。
  己はノートの一部であるから、傷付けてはならぬと言うか」

 「……そんな所だな」

奇妙な間を置いて、スルトは肯定した。
マトラの理屈では、「スルトがノートの一部だから彼を傷付けられない」と言う事は無い。
所詮スルトはノートが作り出した分身で、ノートその物では無い。
しかし、スルトの余裕を目の当たりにして、彼女は考えを改めた。
彼が「ノートその物では無いか」と言う疑いを持ったのだ。
マスター・ノートは単なる魔法書を超越した存在なのだと、マトラは漸く理解する。

 「面白い。
  『マスター・ノート』よ、お前は何を目指している?」

彼女は「マスター・ノート」に、真の目的を問うた。
スルトは即答する。

 「マスター・ノートは未だ名ばかりなり。
  我等は、これの『完成』を目指している。
  即ち、完全なる全知の書、『真実の書』の完成である。
  真実を一つ記録する度、書は完成に近付く」
0287創る名無しに見る名無し2018/04/09(月) 18:21:54.82ID:l3MTTpoG
それは途方も無い目論見だ。
マトラは溜め息を吐いた。

 「訊き方が悪かったかな。
  何の利があって同盟に加わった?」

ジャヴァニは自らマトラに協調を提案した。
自分ならばマトラの大きな企みに力添え出来ると。
「彼女が」予知魔法使いの復権を考えているなら解るが、マスター・ノートが本体となれば、
話は変わって来る。
スルトは口の端に小さな笑みを浮かべて答えた。

 「予知魔法使いは、思うが儘に未来を描く。
  故に、真の予知魔法使いは一人で良い。
  魔導師会には既に一人付いている
  他にも、又一人……。
  生き残るのは誰か」

マスター・ノートは真実の書たらんとする自らの地位を、脅かす物の存在を認知していた。
今、それぞれの勢力に予知魔法使いが付いているのだ。

 「では、早速『占って』貰おうか?」

マトラの問い掛けに、スルトは無言で頷く。
予知魔法使い達の静かな戦いは、既に始まっていたのだ。
0288創る名無しに見る名無し2018/04/09(月) 18:23:34.82ID:l3MTTpoG
叱叱(しっしっ)


追い払う時の「しっしっ」です。
語源は不明ですが、狩りで獲物を追い立てる時や、猟犬を嗾ける時に、「しきしき」、
「けしけし」等と言った事に由来するかも知れません。
少し調べてみましたが、中国語で似た音の掛け声は見当たりませんでした。
詰まり、漢字は当て字と言う事です(調査不足の可能性もありますが)。
因みに、「嗾(けしか)ける」の語源は、上述の「けしけし」+「掛ける」らしいです。
0290創る名無しに見る名無し2018/04/10(火) 18:16:16.58ID:+b5ZaLHE
金の魔法


唯一大陸に於ける紙幣の普及は、開花期の中頃を過ぎてから。
それまでは「紙の金」を不安視する者が多かった。
多くの地域で「カネ」と言えば、金銀銅、その他の貴金属や宝石類を加工した物であった。
引換券や借用書と言った証文の類もカネの代わりになったが、これは特殊な事例である。
復興期ならば尚の事、貨幣の取引は活発で無く、作物や家畜が標準的な交換対象だった。
例えば、家を建てて貰うのに家畜数頭を分ける、税金として米や麦を支払う等。
開花期になっても、量産される紙の金は当てにならないと、紙幣を態々硬貨に崩して、
持ち歩く者が珍しくなかった。
今となっては馬鹿な話だが、100MG硬貨7〜8枚と1000MG紙幣が普通に交換された。
店によっては、「紙幣お断り」の所もあった。
客は紙幣を消費したがり、逆に硬貨を集めたがった。
硬貨の価値に疑問が生じたのは、共通魔法の発達で幾らかの貴金属や宝石類が、
人工的に作れる様になってから。
これに次いで、魔法暦200年記念に魔導師会が「新硬貨」を発行し、漸く紙幣と硬貨の価値は、
金額の表示通りになった。
0291創る名無しに見る名無し2018/04/10(火) 18:17:32.74ID:+b5ZaLHE
物欲、財産欲は古くからあるが、金銭欲は比較的新しい概念である。
「カネ」は誰かが価値を担保して、広く流通しなければ、交換対象になり得ない。
貴金属や宝石類も所謂「贅沢品」であり、幾ら持っていた所で腹は膨れない。
実際に食べられる物や、食べ物を作れる土地の方が遙かに価値があった時代があった。
しかし、暮らしが豊かになれば、贅沢品の価値は上がって行く。
特に必要な物でも無いのに、「皆が求めている」と言う理由だけで、所有欲を掻き立てられる。
それを持っている事が、社会的なステータスに繋がる。
こうした性質は人間に限らない。
不必要に大きな角や牙を持つ動物も同じ事だ。
その中で「人間はカネを集める」と言うだけの事かも知れない。
そんな人間の「金銭欲」に特化した魔法使いが居る。
金銭欲の魔法使いクリス・カルタ・ノミズマである。
0292創る名無しに見る名無し2018/04/10(火) 18:19:02.51ID:+b5ZaLHE
悪魔プロストは、人間を操るには金を利用すれば良いと考え、クリス・カルタ・ノミズマと名乗って、
地上に降臨した。
同じ様な悪魔は、旧暦には沢山居た。
名誉の悪魔ケラト・エラフィオンは人間の名誉欲を煽り、人を操った。
法律と義務の悪魔アポストロンは人間の責任感を利用して、人を操った。
情動の悪魔アガトティタは人間の正義感や同情心を利用して、人を操った。
失敗の悪魔ミ・コイゼーテとミ・クラジオンは人間の過ちを利用して、人を操った。
これ等5体の悪魔は、社会悪の悪魔と呼ばれ、人を不幸にする最悪の存在と言われた。
0293創る名無しに見る名無し2018/04/11(水) 19:16:27.13ID:cQpNfl4p
第五魔法都市ボルガの繁華街にて


ボルガ市の街角で、コイン当ての賭け事をしている、ローブ姿の怪しい男が居た。
彼は紫色の『布<クロス>』が掛けられた小さな台の上に、2枚のコインを置く。
片方は本物の金のコイン、もう片方は金色のコインだが、両方とも見た目は全く同じで、
見分けが付かない。
これを器の中に入れて、何度も撹拌し、どちらが本物の金か当てさせる。
コインの直径は0.5節、厚さは0.05節。
この大きさの金貨の唯一大陸に於ける価値は、現在2〜3万MG。
1000MGを賭けてコインを1枚選ばせるが、片方は金色の鍍金をしただけの『霊銀<アムレティコン>』。
精々100MGの価値があれば良い方。
男は道行く人に声を掛け、丸損はしないと囁いて、賭けに誘う。
ティナー市を始め多くの都市で、この様な不特定人を相手にした「賭け事」は禁止されている。
都市警察に見付かれば、只では済まない。
しかし、悪党は「見付からなければ良い」と考える。
市民の間でも、地下で大金が動く賭博は大罪だが、小額(1000MG以下)を賭けて遊ぶ位は、
許しても良いでは無いかと言う空気があるので、中々撲滅には至らない。
さて、男は「片方は本物の金貨」と言うが、それは真実なのだろうか?
「見分けが付かない」のであれば、両方偽物でも気付かれない。
その事実に気付いた客は、この男を疑うだろう。

 「本当に片方は本物の金なのか?」

これに対して男は、こう答える。

 「本物ですとも。
  金の比重は分かりますか?
  石や鉄よりも遙かに重い」

そう言って彼はコインを天秤に掛ける。
天秤は釣り合わず、片側に大きく傾く。
それでも用心深い者は、尚も疑うだろう。

 「確かに比重は違う様だが、金とは限らない」
0294創る名無しに見る名無し2018/04/11(水) 19:18:01.47ID:cQpNfl4p
これに対して男は、こう答える。

 「用心深い事は大変結構な事です。
  何事も疑って掛かる姿勢が無ければ、騙されてしまう。
  1000MGは決して馬鹿に出来ない額ですから。
  いや、100MGであろうと、10MGであろうと、唯の1MGであろうとも、『塵も積もれば山となる』、
  元い『小銭も貯めれば大金』と申します故。
  しかし、困りましたな。
  この場に鑑定士でも居れば良いのですが、そうそう都合好くは……」

口上を述べて、態とらしく周囲を見回すと、彼は小さく笑う。

 「仕方がありませんな。
  尚も疑われるのでしたら、結構。
  真面目な方は、この様な遊びに加わってはなりません。
  私とて損をする覚悟なのです。
  偽物のコインも只ではありませんからな」

男はローブの裾から大量の偽のコインを取り出して見せる。

 「偽物は皆、同じ重さ。
  本物は1枚だけ。
  これが無くなったら終わりです」

普通に考えれば、こんな商売は長く続かない。
何の仕掛けも無い単なるコイン当てならば、確率は五分と五分で、10人も挑戦しない内に、
金貨は失われてしまう。
詰まりは、何等かの如何様をしている。
0295創る名無しに見る名無し2018/04/11(水) 19:20:02.78ID:cQpNfl4p
それを見破ってやろうと、客は賭けに乗る。

 「いや、試してみよう」

 「中々度胸がありますね。
  1000MG頂きます」

 「ああ」

客は金貨と判っている方を注視して、見失わない様にする。
男はローブの裾を捲くって留め、裾の中で操作をしていない事を見せ付けて、先ず器を取り出す。
鈍い銀色の器は『混合酒<カクテル>』の『撹拌器<シェイカー>』その儘だ。

 「そいつを見せてくれ」

客はシェイカーを指して、仕掛けが無いか疑う。

 「どうぞ、どうぞ、心行くまで検めて下さい」

当然予測していた様に、男はシェイカーを客に渡す。
客は何度もシェイカーを見詰め、余す所無く触れ、開いたり閉じたりして動作も確かめる。
数点掛けて、漸く仕掛けが無い事を認めた客は、シェイカーを男に返す。

 「もう宜しいですか?」

 「ああ」

男の挑発的な言動を客は受け流す。
仕掛けは無かったのだから、これ以上疑っても始まらない。

 「では、始めますよ」

男は満足気に頷いて、天秤に乗っていた2枚のコインをシェイカーに入れる。
鍍金が剥げるのでは無いかと思う程の勢いで、彼はシェイカーを振る。
0296創る名無しに見る名無し2018/04/12(木) 18:31:02.66ID:MLKNHoHx
シェイカーから出て来た2枚のコインを見て、客は唸る。
全く見分けが付かないのだ。
それは当然。
最初から、そうだった。
無言でコインを睨み続ける客を、男は急かす。

 「どっちを取るんです?
  早く決めて下さいよ。
  失うとしても1000MGです。
  その1000MGに困る程、貧乏してる様には見えませんが?」

何時の間にか、周りには野次馬が集まり始めている。
1000MGを惜しがっていると誤解されてはならないと、客は当たりも外れも五分と信じて、
片方のコインを手に取る。
客は男の反応を窺うが、特に何もしない。
軽薄そうな笑みを浮かべるだけ。
沈黙に堪え兼ねて、客は尋ねる。

 「これは本物か?」

 「どうぞ、お確かめになって下さい」

男は天秤の片側に偽物の金貨を乗せる。
これと釣り合えば、偽物と言う訳だ。
客は慎重にコインを天秤の空いた皿に乗せる。
……天秤は釣り合って動かない。
客は小さく溜め息を吐き、コインには見向きもせずに帰る。

 「あっ、お客さん、コインは要らないんですか?」

 「どうせ偽物だろう。
  そんな物、要らないよ」

男の呼び掛けに対して、客は投げ遣りに応えて去って行く。
どの客も大凡この様な同じ反応をする。
疑うだけ疑い、結局何も見抜けずに偽の金貨を掴まされる。
0297創る名無しに見る名無し2018/04/12(木) 18:31:55.86ID:MLKNHoHx
それを何度か繰り返し、男が優越の笑みを浮かべてコインを回収していると、新しい客が現れた。

 「次は俺の番だ」

彼は1000MG紙幣を男に向けて差し出す。
男は又獲物が掛かったと、心の中で舌を出し、紙幣を受け取った。

 「こっちが本物の金のコイン、こっちは只の『金色の』コイン。
  よく見て下さい。
  これから2枚を器の中に入れます。
  それで、器から出した2枚の内、どちらか選んだ方を差し上げます」

改めて説明する男に、新たな客は言う。

 「一々説明しなくても良い」

男は嫌らしく笑って、シェイカーの中に2枚のコインを収めた。
彼はシェイカーを振りながら、客に話し掛ける。

 「所で、お客さんは魔導師ですね?」

職業を言い当てられた客は、驚いて目を見張る。

 「何故判った?」

 「私が怖い物は、警察と執行者。
  こう言う仕事をしていると、その気配に敏感になるんです」

 「へぇー」

魔導師の客は感嘆の息を吐いた。
0298創る名無しに見る名無し2018/04/12(木) 18:33:56.86ID:MLKNHoHx
男は饒舌に喋り続ける。

 「過去にも魔導師の方と、コイン当てをした事があるんですよ。
  皆さん余程魔法に自信があるのか、必ずと言って良い程、魔法を使って何とか本物の金を、
  当てようとなさいます」

それを聞いた魔導師の客は、企みを見抜かれたのかと焦った。
彼は正に魔法を使って金を当てようとしていた。
先程、男が本物の金のコインと、金色のコインを見せた時に、密かに魔法で本物の方に、
目印を付けておいたのだ。

 「さて、選んで頂きましょう」

男がシェイカーから取り出した2枚のコインには、魔法が掛かっていなかった。
嫌な予感が的中した魔導師は、苦笑いして2枚のコインを見詰める。

 「そんなに迷う事ですか?
  所詮、確率は2分の1です」

魔導師はシェイカーに目を遣るが、特に魔法的な仕掛けがある様には見えなかった。
男が魔法を解除した気配も読み取れなかったので、これは相手が上だと認めざるを得ない。

 (ああっ、儘よ!)

考えても判らないので、魔導師は思い切って片方のコインを手にした。
この魔導師も「金」に馴染みが無いので、手に取っただけでは真贋の判別が付かない。
緊張した表情で、彼は男に尋ねる。

 「どうだ?」
0299創る名無しに見る名無し2018/04/13(金) 18:29:52.66ID:aJQYcBSA
男は無言で天秤を指した。
その片側には霊銀のコインが乗せられている……。
魔導師は固唾を飲んで、慎重に空いた片側に、手にしたコインを乗せた。
天秤は釣り合ってしまう。
彼は大きな溜め息を吐き、その場から立ち去った。
そこへ透かさず、小さな男の子が現れる。

 「小父さん、僕も!」

その手には1000MG紙幣が握られている。
男は苦笑いして諭す。

 「止めときなよ、坊や。
  お金は大事に使う物だよ」

虚業で子供から金を巻き上げては行けないと言う良心が、彼にもあるのだ。

 「自信あるよ!
  絶対当てる!」

男の子は紙幣を男に押し付けた。
男は困った顔をして言う。

 「仕様が無いな。
  1回だけ、外れたら二度と賭け事なんかするんじゃないぞ。
  小父さんとの約束だ」

 「分かった!」

男の子が素直に頷いたので、男は2枚のコインをシェイカーに納めた。
0300創る名無しに見る名無し2018/04/13(金) 18:34:48.16ID:aJQYcBSA
それを男の子は見咎める。

 「小父さん、金貨入れてよ」

彼は小さな手で、台の上に無造作に置かれた金貨を指した。
男は驚いた顔で子供を見詰める。

 「判るのか?」

 「『目を離さないで』見てたよ」

彼は客の様子を見て、隙有らばコインを掏り替えていた。
全ては手先の器用さが為せる業。
シェイカーにコインを入れるのも、隙を作る工程の1つ。
客はシェイカーに仕掛けが無いか疑い、コインから目を離す。
相手が子供だからと言って、油断は出来ないと、男は気を引き締める。

 「よく見てたね。
  コインは全部見た目が同じだから、小父さんも偶に間違えちゃうんだ」

彼は言い訳をして、改めて本物の金貨をシェイカーに入れた。
男の子は真剣にシェイカーを見詰めている。
男はシェイカーを振って、2枚のコインを台の上に置いた。

 「さて、どっちだ?」

男の子は、にやりと笑ってシェイカーを指す。

 「こっち!」

シェイカーには3枚のコインが入っていたのだ。
0301創る名無しに見る名無し2018/04/13(金) 18:35:42.72ID:aJQYcBSA
男は眉を顰めて、暫し男の子を見詰めた。

 「……1枚多いって判ってたのかな?」

 「まあね!」

男の子は自信満々に答える。

 「でも、どれが本物の金か判んないだろう?
  こうやってガラガラ振って混ぜてるんだから。
  もしかしたら、この2枚に本物が紛れ込んでるかも知れない」

 「その中に残ってるのが本物だよ」

男の説得にも拘らず、男の子は再びシェイカーを指した。

 「……何で判るのかな?」

 「小父さん、如何様師だよね。
  全部判ってやってる癖に」

男の子の鋭い指摘に、男は弱ってしまい、白状する。

 「そうだよ。
  でも、小父さんが聞きたいのは、『何で判ったか』?
  その理由が知りたいんだ」

 「金は重さが違うんだよね?
  だから、見えなくても関係無いんだ」

 「私の心理を読んだって言うのかい?」

無言で頷く男の子を見て、この子供は徒者では無いと男は確信した。
0302創る名無しに見る名無し2018/04/14(土) 18:00:09.87ID:QSQALJJn
彼は感嘆の息を吐き、男の子を称賛する。

 「大した子供だよ、君は!
  将来有望だな。
  学者にでもなるのかな?
  間違っても、小父さんみたいな奴(の)になっちゃ行けないよ」

唐突に褒められた男の子は、戸惑いの笑顔を見せる。
この儘、褒め殺しで金貨を渡さずに誤魔化そうとしていた男だったが、そうは行かなかった。
一向に金貨を渡す素振りを見せない男を、男の子は急かす。

 「それより小父さん、早くコインを頂戴。
  掏り替えないでよ。
  僕には判るんだから」

生意気な子供だと思いつつ、男は観念して金のコインを渡す――振りをして、本当に判るのか、
掏り替えてみた。
予め偽物のコインを裾から取り出しておき、子供の死角になる様に手の平に隠し持って、
シェイカーから取り出したコインと掏り替える。
2枚のコインを手の平に握り締め、偽のコインを人差し指と親指で摘んで子供に差し出し、
本物の金のコインは残る3指で包んで手の平に隠す。
一流の手品師の様な、一瞬の『指業<フィンガー・テクニック>』。
しかし、男の子は差し出されたコインを受け取らない。

 「そっちじゃない。
  手の平に隠さないで」

コインを隠し持ってる手の甲を、男の子は人差し指でトントンと叩く。
0303創る名無しに見る名無し2018/04/14(土) 18:01:48.20ID:QSQALJJn
男は困った顔で、男の子に言った。

 「素晴らしいよ、本当に素晴らしい。
  でも、これに味を占めて、賭け事に嵌まっちゃ駄目だよ」

 「分かってるから」

男の子は段々苛立った口調になる。

 「所で坊や。
  お父さん、お母さんは?」

男は最後の悪足掻きに、男の子の両親を頼った。
子供が賭け事をしたとなれば、真面な親なら叱って止めさせる筈である。

 「小父さんには関係無いよ」

 「いやいや、そうは行かない。
  子供が高価な物を持ち歩いてると危ないからね。
  誰かに盗まれちゃったり、奪(と)られちゃったりするかも知れない」

 「良いから、早く頂戴よ」

 「お父さんか、お母さんを連れて来たら、渡して上げるよ」

この決まり文句で乗り切ろうと、男は思い付いた。
男の子は歯噛みして悔しがった後、信じられない事を言う。

 「好い加減にしろよ、プロスト」
0304創る名無しに見る名無し2018/04/14(土) 18:03:38.72ID:QSQALJJn
男は吃驚して男の子を見詰める。

 「ぼ、坊や?」

 「どうしたの、小父さん。
  早く金貨を頂戴」

男の子は何食わぬ顔で素っ惚けた。
不気味な物を感じさせる子供を前にして、男は今直ぐ、この場から逃げ出したい気持ちだったが、
諸々の処理を有耶無耶にした儘で逃げると、次から誰も賭けに乗ってくれなくなる。
男は渋々、本物の金のコインを男の子に渡した。

 「わ、分かったよ、坊や。
  仕様が無いな、これじゃ商売上がったりだ。
  もう二度と来ないでくれよ」

男は慌てて商売道具を畳み、路地裏へと消える。
狭い路地を駆け回った男は、周囲に誰も居ない事を確認して、深呼吸をした。

 「フーー、何だったんだ、あの小僧は……」

そう小言を吐いた途端、再び目の前に男の子が現れたので、男は目を見張って後退る。

 「こっ、小僧、貴様何者だ!?」

男の子は小さく笑って答えた。

 「僕を忘れちゃったのかい、プロスト?
  金銭欲の魔法使いクリス・カルタ・ノミズマと呼んだ方が良いか?
  レノック・ダッバーディーだよ」

 「魔楽器演奏家、『笛吹き<ファイファー>』のレノックか!
  手前、子供の振りなんかしやがって、趣味が悪いぞ!」

クリスは大声でレノックを非難する。

 「悪かったよ、こいつは返すからさ。
  しかし、吝嗇(ケチ)な商売をしているねぇ」

レノックは苦笑して、指で金貨を弾き、彼に投げ返した。
0305創る名無しに見る名無し2018/04/15(日) 17:46:07.90ID:uIGkiI6W
片手で金貨を受け止めたクリスは、舌打ちしてレノックに問い掛ける。

 「俺を揶揄いに来た訳じゃあるまい。
  何の用なんだ?」

レノックは遠い目をして言った。

 「近頃、反逆同盟とやらが勢力を伸ばして来ている様だ。
  君は参加しないのかと思ってさ」

 「仲間に誘おうと言うのか?」

訝るクリスに、レノックは再び苦笑する。

 「違う、違う。
  僕は加わる積もりなんか無いけど、君は……、どうなのかなっと」

クリスは鼻で笑った。

 「あんなのは馬鹿のやる事だ。
  俺達『社会悪の悪魔』は、人間社会の発達に伴って力を付ける。
  社会を混乱させはするが、破壊したりはしない」

社会悪の悪魔は、人間社会の寄生虫だ。
宿主が死ねば、寄生虫の命も長くない。
特にクリスは「金銭」と言う非常に不安定な物を、自らの力の根源にしている。
金や宝石の価値が高まる程、彼は力を増して行く。
それには人間社会が不可欠。
金や宝石が何の価値も持たない程、社会が荒廃すれば、クリスも貧弱になる。
彼は分を弁えているのだ。
0306創る名無しに見る名無し2018/04/15(日) 17:48:21.58ID:uIGkiI6W
クリスが反逆同盟に参加している者を馬鹿呼ばわりした事に三度苦笑し、レノックは告げる。

 「反逆同盟の長はルヴィエラだよ」

 「あぁ、奴の仕業なのか……。
  相変わらず、遊びが過ぎるな」

マトラ事ルヴィエラはクリス等よりも若い。
彼女は旧暦の生まれである物の、その中では若い部類に入る。
しかし、伯叔母を倒して力を取り込んでからは、地上で有数の能力の持ち主になった。
魔法大戦で聖君と共に殆どの悪魔が倒れた今となっては、ルヴィエラと対等に戦える者は居ない。

 「プロスト、今の社会が破壊されて困るなら……。
  反逆同盟と戦うのか?」

レノックが尋ねると、クリスは馬鹿を言うなと首を横に振った。

 「冗談!
  ルヴィエラと正面切って戦う気は無い。
  戦局が決まるまでは傍観する」

 「情け無い奴だ」

レノックは敢えてクリスを詰った。
自分より若い悪魔に怯えて、恥ずかしくは無いのかと。

 「そう言う貴様は戦えるのか?」

流石に黙っていられなかったクリスは、レノックを逆に挑発する。
レノックは堂々と答える。

 「ああ、僕は君とは違うんでね。
  自分の将来に関わる事を、成り行きに任せる積もりは無い」
0307創る名無しに見る名無し2018/04/15(日) 17:49:52.17ID:uIGkiI6W
クリスは驚きの余り、乾いた笑い声を上げた。

 「ハハハ、正気かよ!
  公爵級のルヴィエラに勝てる気で居るのか?」

 「僕独りでは無理だ」

 「そこで俺の力を借りたいと?
  無駄無駄、それでもルヴィエラには遠く及ばない」

 「魔導師会も居る」

 「地上の共通魔法使いを全て集めても、奴には及ばんさ」

全くの他人事として飄々と切り捨てる、クリスの言葉は正しい。
レノックも魔導師会もルヴィエラの前では滓同然、吹けば飛ぶ様な存在だ。
レノックは残念そうに言った。

 「君の考えは分かったよ。
  無理強いは出来ない」

元々人間味の無い「悪魔」に、共闘を呼び掛ける事自体が間違いだったのかも知れない。
大きな溜め息を吐き、レノックはクリスに嫌味を言う。

 「君がルヴィエラを馬鹿呼ばわりした事、丁(ちゃん)と伝えておくよ」

 「や、止めろ!」

 「冗談だよ。
  悪魔の癖に、血相変えて駭(びび)ってんじゃないよ。
  全く情け無い」

ルヴィエラは桁違いに強い。
人間も悪魔も束になって掛かって、漸く対峙出来る位だ。
0308創る名無しに見る名無し2018/04/15(日) 17:52:26.02ID:uIGkiI6W
クリスの前から去ったレノックは、改めて深い溜め息を吐いた。

 (ルヴィエラと戦えそうな悪魔は、もう数える程も居ない。
  マハマハリトは衰え始めている、ソームは夢の中。
  誰を当てにすれば良い?)

彼は焦りを感じている。
魔法大戦では共通魔法使い勢力に、公爵級に匹敵する英雄的な力を持った者が集まっていた。
今の魔導師会に、そこまでの力があるとは思えない。
最終的にはマトラ事ルヴィエラとの決戦になるのだから、どうにか対抗手段を持たなくてはならない。
それにはルヴィエラに匹敵する、或いは彼女を上回る「強い力」を持つ者を味方に付けるのが、
手っ取り早い。
だが、それは叶わない……。
現実、単体でルヴィエラに敵う者は無く、滅びの間際に漸く神の助力が期待出来ようかと言う所。
その神も確実に介入するとは限らず、眠った儘かも知れない。
もし反逆同盟が勝利し、聖君無き旧暦の様な時代が到来すれば、人間は……。
家畜の様に悪魔に囲われて生きるのか?
それとも野良犬や野良猫の様に、寄る辺無き放浪と潜伏の生活をするのか?
悪魔が人を支配する様になって、人間の生活が安定する様には、レノックには思えなかった。
悪魔は悪魔同士でも争い合うだろう。
力のある悪魔を頂点に、豊かな者は奪われ、弱い者は切り捨てられる、容赦の無い時代になる。
悪魔に人の心は無い。
その気になればレノックも人間を従えられるが、同じ悪魔でも、そうした特権的な階級になる事に、
彼は否定的だった。
しかし、反逆同盟が勝利した場合を考えて、人間を「囲う」覚悟もしなければならないのかと想像する。
レノックは風来の生活を続けて来たので、人を導くだの纏めるだのと言った事とは無縁だった。

 (そんな日が来なければ良いが……)

彼の口からは重苦しい溜め息が漏れるのだった。
0309創る名無しに見る名無し2018/04/15(日) 17:57:50.01ID:uIGkiI6W
『霊銀<アムレティコン>』


礬(ばん)素、(岩)盤素とも。
岩石に微量に含まれる成分。
旧暦に消毒薬に用いられた為、邪気を祓う力があるとされた。
元素として確定したのは、旧暦の終わり頃。
単体では銀色の金属で、「魔除け」のイメージもある。
我々の世界で言うアルミニウムに相当する。
「霊銀」と名付けられてはいるが、銀より安価。


『電花銀<デンテナッコン>』


土中に微量に含まれる成分。
苦味の元として知られ、苦塩(にがしお)とも呼ばれる。
苦塩(くえん)素。
他、噛緊(かみしめ)とも。
比喩抜きで「苦味」を堪える時の、歯を剥き出しにする表情が由来。
デンテナッコンの名も、「デンテ(歯)」+「テナク(締める)」を語源とする。
単体では銀色の金属で、よく燃焼する。
電花銀(スパーク・シルバー)の名は、この火花を散らして激しく燃える性質から。
我々の世界で言うマグネシウムに相当する。
0310創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:10:06.17ID:6KNKnCRC
大賢者ウィスの書


大賢者ウィスとは旧暦の書物に度々登場する伝説上の人物である。
ウィース、ウィト、ウィズ等とも呼ばれる。
時代的には、初代聖君の誕生よりも前とされる。
彼の偉業によって、世界の真理が数多く明らかになったと言う。
その逸話を幾つか紹介しよう。
0311創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:29:49.55ID:6KNKnCRC
ウィスと太陽


大賢者ウィスは時間を止められないかと考えていた。
ある時、彼は閃いた。
もしかしたら太陽を追い続けていれば、日は沈まず、昼は昼の儘なのではないかと。
その間、時間は止まって見えるのではないかと。
ウィスは太陽を追って西へ走った。
町を越え、川を越え、山を越え、海を越えて、走り続けた。
成る程、太陽は何時までも沈まず、昼は昼の儘だった。
走り続けている内に、彼は見覚えのある風景を目にした。
それはウィスの暮らしていた町だった。
彼は世界を1周して、元の場所に戻って来たのだ。
彼は町の人に挨拶をした。

 「今日は」

 「おや、ウィスさん。
  太陽を追って行ったのに、唯(たった)の1日で止めて、帰って来ちゃったんですか?」

 「何と、もう1日が経っていたのか!
  太陽を追い続けていても、時間は止まってくれないんだな」

こうして世界は丸く、太陽は1日で世界を1周している事が判明したのだった。
太陽は1つしか無く、1周して元の場所に戻って来るのだ。
更にウィスは、こうも考えた。

 「太陽は不滅だ。
  もしかしたら、太陽を間は時の流れから外れているのかも知れない」

彼は思い立って直ぐ太陽を追ったが、これが誤りと気付くのも早かった。

 「やはり腹は減るではないか……。
  太陽も実は老いたり疲れたり、果ては死にもするのではないか?
  唯、人には解らないだけで。
  天空の星が人々の知らない内に、増えたり減ったりする様に」

ウィスは毎晩の様に星を正確に数えており、季節による変動以外にも、ある時に新しい星が生まれ、
又ある時には星が永久に失われもする事を知っていた。
0312創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:31:23.61ID:6KNKnCRC
この話は今から考えれば馬鹿な事だが、当時は大発見だったらしい。
ウィスは非常識な難題に挑戦して、真実に気付くのだ。
ウィスが実在の人物だったかは定かでない。
どちらかと言えば、「カラスは何故黒い」に似た、民間説話の類ではないかと考えられている。
仮に実在の人物だったとして、複数人の発見を一人の偉業に仕立てたとも。
太陽を追う話にも幾つかのパターンがあり、太陽を追い越したり、太陽と反対に進んだりもする。
他にも、ウィスは空に昇って「宇宙」を確かめたり、地面を深く掘ってマグマに潜ったり、
海底を散歩したり、世界を縦に1周もしている。
それも様々な国で。
大賢者と言うよりは、超人と言うべきだと思うのだが、旧暦の人々の感覚では賢者なのだ。
0313創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:33:13.94ID:6KNKnCRC
ウィスと人形


ある時から大賢者ウィスは家に篭り、外に出て来なくなった。
1月後、ウィスは人間に似た人形を連れて、家から出て来た。
彼は人々に言った。

 「この人形は人間より力が強く、計算も早く正確に出来る。
  自分の足で歩き、自分の頭で考える事も出来る」

人々は彼を称えた。

 「賢者様は人間も作れるのですか!?
  丸で神様の様だ」

しかし、ウィスは首を横に振った。

 「人間ではない。
  これは所詮人形だ。
  確かに、この人形は人に出来る事は大概出来るが、だからと言って完璧ではない。
  正義の心が足りないのだ」

正義の心とは何なのか、人々はウィスに問うた。
ウィスが言うには、それは『愛』と『友情』と『思い遣り』である。
これが無ければ、人とは呼べないと彼は言った。

 「如何に力が強く、賢くとも、それだけでは完璧ではない。
  人間らしい心を持たなければ、邪悪になってしまう。
  遍く『愛』と『友情』と『思い遣り』こそが、人間を美しく、完璧な物にしている」

人を人たらしめる物は、正義の心であるとウィスは説いた。
0314創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:34:35.03ID:6KNKnCRC
ウィスと王の子


ある時、王がウィスに相談を持ち掛けた。
それは王の子、4人の王子達と王女の事だった。

 「これは第一の王子である。
  この子は力が強く、乱暴を働いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、北方に遣らるべし。
  北方には膂力の優れたるを以って、善(よし)とする国があると聞きます」

 「これは第二の王子である。
  この子は口巧者で、嘘ばかり吐いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、東方に遣らるべし。
  東方には弁舌の巧みなるを以って、徳とする国があると聞きます」

 「これは第一の王女である。
  この子は手捷(てんば)の上に器量は今一つだ。
  女王とするにも無理がある」

 「然すれば、南方に遣らるべし。
  南方には心身の頑健なるを以って、美とする国があると聞きます」

 「これは第三の王子である。
  この子は知恵はあるが、武芸に劣る。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、西方に遣らるべし。
  西方には知識の豊かなるを以って、貴(たっとき)とする国があると聞きます」

 「残ったのは、第四の王子だ。
  この子は気が優しく、軟弱でならん。
  次の王には相応しくない。
  しかし、この子しか残っておらん」

 「心配なさらないで下さい。
  私が王子を支えましょう」

こうしてウィスは大臣になった。
ウィスに支えられた王子は国を千年栄えさせた。
0315創る名無しに見る名無し2018/04/16(月) 20:35:27.58ID:6KNKnCRC
残念ながらウィスの暮らしていた場所や国は、何も判っていない。
史料が足りないと言うのもあるかも知れないが、そもそも実在が怪しい。
彼の事を記した書は多いが、共通しているのは「大昔の外国の人間」位である。
王子達と王女を外国に行かせる話では、東西南北の国が登場するが、これも特定されていない。
ウィスとは、「どこか知らないけれども大昔の外国の偉大な発明家」なのだ。
「外国」と言う未知の世界の、「進んだ文明の人間」と言う概念が、ウィスなのかも知れない。
0317創る名無しに見る名無し2018/04/17(火) 18:49:11.64ID:T/MoSUgs
轟雷ロードンと八導師


第四魔法都市ティナー 貧民街にて


ワーロックは予知魔法使いノストラサッジオを訪ねて、ティナー市南部の貧民街に来ていた。
強大な力を持つ悪魔公爵「ルヴィエラ」との決戦に備え、どう戦えば良いのか、今何をすべきか、
助言を得る為だ。
ノストラサッジオは自らの予知をワーロックに伝える。

 「決着の時は近い。
  魔導師会との『繋がり<コネクション>』は得たな?
  では、八導師を禁断の地へ連れて行け」

 「連れて行って……何を?」

 「魔法大戦の英雄と会わせろ」

 「英雄?
  誰ですか?」

 「私は知らないが、お前は知っている筈だ。
  その者は雷を使う」

ノストラサッジオの言葉を聞いて、ワーロックは漸く理解した。
「魔法大戦の英雄」とは「轟雷ロードン」の事だ。
禁断の地では「雷さん」と呼ばれている。
「何をすれば良いか」を理解したワーロックだったが、それが「上手く行くか」には自信が無かった。

 「しかし、八導師が応じてくれるでしょうか?」

八導師と言えば、魔導師会の最高意思決定者である。
外出時には常に護衛が付く程の重要人物だ。
そして赴く先は魔境「禁断の地」。
果たして八導師は、元共通魔法使いと言う中途半端な立場の人間の言う事を聞き入れて動くか?

 「応じざるを得んよ」
0318創る名無しに見る名無し2018/04/17(火) 18:51:30.05ID:T/MoSUgs
ノストラサッジオは言い切った。
魔導師会とてルヴィエラとの戦いで勝利する確信は無い。
決戦に備えて、出来る事は全て試しておきたい。
魔法大戦の六傑と呼ばれた英雄の一人と会う事で、僅かでも協力して貰える可能性があるとなれば、
会わない理由は無い。
貧民街から出て、何も無い開けた郊外に移動したワーロックは、足を止めて親衛隊の姿を探した。
ワーロックには親衛隊の監視が付いている。
その姿を見る事は出来ないが、今も変わらず監視を続けている筈だ。
しかし、周囲に障害物は見当たらないのに、親衛隊を見付ける事が出来ない。
ワーロックは仕方無く、魔力通信機を使う事にした。
彼は八導師から、影で動く裏の部隊と直接話をする為の、専用回線を教えられている。
自分から連絡する事は初めてだった為、ワーロックは少し緊張して番号を入力した。

 「ワーロックさん、貴方から連絡とは珍しいですね」

答えたのは女性で、名乗らずとも相手が判っていた様子。
どこかで見られているのかと、ワーロックが周囲を見回すと、通信機の向こうで苦笑される。

 「何の御用ですか?」

 「八導師に話があります」

ワーロックが用件を伝えると、通信機の向こうの女性は俄かに真剣な声になった。

 「直接伝えなければならない内容ですか?」

 「はい、そうです」
0319創る名無しに見る名無し2018/04/17(火) 18:52:43.38ID:T/MoSUgs
ワーロックが肯定すると、女性は数極の沈黙を挟んで質問する。

 「貧民街で誰と会っていましたか?」

 「私の知り合いの外道魔法使いです」

 「どの様な方でしょう?」

 「信用出来る人ですよ。
  少なくとも本件に関しては」

ワーロックが正直に「予知魔法使いのノストラサッジオ」だと答えないのは、戦後を見据えての事だ。
ノストラサッジオは地下組織マグマの助言者である。
反社会的な集団に協力しているとなれば、排除されるかも知れない。
それを心配していた。
女性は又も沈黙する。
信用されていないのだなと、ワーロックは感じた。
半点後に漸く女性から返事がある。

 「分かりました。
  八導師の第七位ラー・ヨーフィと繋ぎます」

その後に回線が切り替わり、待機音が流れる。
第「七」位は「八」導師の最下位の1つ上。
軽んじられているのか、それとも他意は無いのか、ワーロックは複雑な思いだった。
軽快な木琴に似た音が1点間流れ、再び回線が切り替わる。

 「はい、こちら八導師第七位ラー・ヨーフィ。
  えぇー……と、ワーロック君だったね。
  私達に用とは何だろうか?」

落ち着いた声の老人を、ワーロックは本物の八導師だと信じて、率直に伝える。

 「お会いして頂きたい人が居ます。
  貴方々の力になれる人です」
0320創る名無しに見る名無し2018/04/18(水) 19:45:36.23ID:w7wyYpOD
ヨーフィは興味を持って、話を続けた。

 「それは誰かな?」

 「大戦六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン」

通信機の向こうで沈黙が続く。
ヨーフィは大きな衝撃を受けている様だった。
ワーロックは恐る恐る尋ねる。

 「……信じられませんか?」

魔法大戦の六傑と呼ばれる英雄の中には、存在を疑問視されている者もある。
そもそも「六傑」とは後世の者が言う事。
長い沈黙の後、ヨーフィは口を開いた。

 「ロードンは今、どこに居る?」

 「禁断の地です」

ワーロックが即答すると、ヨーフィは数極の間を置いて、更に問う。

 「私達に禁断の地へ行き、ロードンに会えと言うのか?」

 「はい、私が案内します」

 「……会って、どうする?」

 「『悪魔』の倒し方を聞きます。
  伝承が真実であれば、ロードンさんは知っている筈です。
  共通魔法使い達が、どうやって強大な悪魔の力を封じ、激戦を制したのかを。
  彼は魔法大戦では、共通魔法勢力に付いて戦いました。
  今回も貴方々『共通魔法使い』の力になってくれる……と思います」

本当にロードンが共通魔法使いの味方をするのか、ワーロックには自信が無かった。
ロードンの胸の内は、当人にしか分からない。
しかし、過去の大戦で共通魔法勢力の味方をしたのだから、力になってくれると考えた。
ノストラサッジオの予知は外れない――筈である。
0321創る名無しに見る名無し2018/04/18(水) 19:48:02.46ID:w7wyYpOD
ヨーフィは中々返事をしなかった。
重苦しい沈黙の中、ワーロックは返事を待ち続ける。
約1点後に、ヨーフィは漸く口を利いた。

 「話は分かった。
  だが、今直ぐ返事は出来ない。
  時間をくれないか」

 「ええ、構いません……けど、早い方が良いと思います」

決着の時が近いと言う、ノストラサッジオの予言を思いながら、ワーロックは応える。
ヨーフィは頷いた。

 「現状、悠長な事を言っていられないとは解っている。
  近い内に結論を出す。
  取り敢えず、グラマー市まで来てくれないか?
  親衛隊に案内させる」

 「はい。
  あの、グラマー市の何地区――……あっ」

グラマー市と言っても広い。
どこに行けば良いのかと、ワーロックが尋ねようとした所で、通信が切られてしまった。
参ったなと彼は頭を掻く。
禁断の地に行くのであれば、どの道グラマー市に行かなければならない。
ノストラサッジオの予知が正しければ、八導師はワーロックの提案を受け容れる筈である。
ワーロックは予知を信じて、鉄道馬車を乗り継ぎ、グラマー市に向かう事にした。
0322創る名無しに見る名無し2018/04/18(水) 19:52:22.22ID:w7wyYpOD
ティナー市からグラマー市までは距離にして約6.4旅と遠い。
角速2街の普通馬車鉄道では、約7日の旅。
角速4街の高速馬車鉄道では、約4日の旅。
角速8街の長距離高速馬車鉄道では、2日の旅。
角速14街の新高速馬車鉄道では、半日(5角弱)の旅になる。
多種多様な人間で混多(ごった)返す駅の中の、料金と時刻が書かれた掲示板の前で、
ワーロックは懐具合と相談する。
普通鉄道で移動するのは、真っ先に選択肢から消えた。
これでは日数が掛かり過ぎる。
高速馬車鉄道でも少し遅い。
長距離高速馬車鉄道なら丁度良いと感じるが、料金は割高。
グラマー市まで1万5000MG、寝台ならば2万2000MG。
新高速馬車鉄道を使って早目に到着しても不都合は無いが、グラマー市まで3万MGは高い。
高い……が、払えない金額では無い。
しかしながら、ワーロックが長年兀々(こつこつ)と貯めて来た金は、急激に減りつつある。
反逆同盟の動きに合わせて、短期間で大陸の各地を往き来しなければならない為だ。
この非常時に金を惜しんでいる場合では無いが、もし八導師が禁断の地に行くのを止めるか、
ワーロックの案内を拒めば、金も時間も丸々無駄になる。
ノストラサッジオの予知は外れないと思うのだが……。

 (長距離高速馬車鉄道が良いかな?
  新高速は乗り慣れないし)

持ち前の優柔不断さと中途半端な貧乏癖を発揮して、彼は散々長考した末に、
長距離馬車鉄道を利用すると決めた。
0324創る名無しに見る名無し2018/04/19(木) 20:03:41.55ID:0HzXD4X0
切符を買おうとワーロックが窓口へ歩き始めると、それを呼び止める者がある。

 「貴方、ワーロック・アイスロンさんですね?」

少し不安そうな声で問い掛けて来る女性に、ワーロックは見覚えが無かった。

 「はい。
  貴女は……?」

同じく不安そうに返した彼に、女性は安堵の息を吐く。

 「あぁ、良かった!
  もう5人も間違えて声を掛けてしまった物ですから!
  魔力が全然読めないので、本当、声を掛けようか迷いに迷ったんですよ!」

早口で捲くし立てる彼女に、ワーロックは困惑し改めて尋ねる。

 「貴女は誰なんですか?」

 「あっ、申し遅れました!
  私は親衛隊のバレーナと言う者です。
  『暗号名<コード・ネーム>』は『疾風<スウィフト>』、疾風のバレーナ。
  以後、お見知り置きを」

一礼をしたバレーナに対して、ワーロックも軽く礼をしようしたが、それは出来なかった。
バレーナが間髪入れずに、切符を差し出したのだ。

 「既に席は取ってあります!
  さささ、共にグラマー市に向かいましょう!」

彼女はワーロックの向きを変えさせ、背を押してプラットフォームまで歩かせる。

 「そう急かさないで……。
  自分で歩きますから」

 「いえ、馬車に乗り遅れてはなりません」

ワーロックは止めてくれと遠回しに言ったが、バレーナは聞き入れなかった。
そんなに時間が無いのかと、ワーロックは吃驚して駆け足になる。
0325創る名無しに見る名無し2018/04/19(木) 20:05:15.56ID:0HzXD4X0
改札で駅員に2人分の切符を見せ、判を押して貰ったバレーナは、ワーロックの行く先に回り、
急ぐ様に言った。

 「こちらです!
  一番端の12番線に停まっている、あの馬車ですよ!」

陸橋を渡りながら12番線を見たワーロックは、それが新高速鉄道馬車である事を知る。
車体が独特の形状なのに加え、馬が防風と装甲を装備しているので、間違え様が無い。
もう停車していると言う事は、出発時刻が近いのだとワーロックは理解して、本気で走り始める。
ワーロックに先んじて7番プラットフォームに下りたバレーナは、3号車の前で彼を待つ。

 「急いで下さい、ワーロックさん」

ワーロックは言われる儘に、3号車に駆け込んだ。
無事に乗り込めて安堵し、呼吸を整えている彼の背を、バレーナは再び押して席まで案内する。

 「席は左10番です。
  ワーロックさんは窓側と通路側、どちらに座りますか?」

 「それでは、窓側で、お願いします」

ワーロックはバレーナの問いに答えただけだが、彼女は露骨に残念がった。
どちらの席が良いか自分で訊いておきながら不満なのかと、ワーロックが眉を顰めると、
バレーナは慌てて言い訳を始める。

 「い、いや、全然何とも思っていませんよ!
  窓側が良いのは当然ですよね、景色を楽しめますし!
  でも、通路側も良いですよ!
  席を立つのに、隣の人を気遣わずに済みますし、車内販売の人にも声を掛け易いですし!」

そこまで窓側の席に固執していた訳では無かったワーロックは、大人しくバレーナに窓側の席を、
譲る事にした。

 「じゃあ、通路側で良いですよ」
0326創る名無しに見る名無し2018/04/19(木) 20:07:52.54ID:0HzXD4X0
ここでバレーナは素直に頷けば良い物を、何故か見栄を張って一度断る。

 「いやいや、そんな、悪いですよ!
  これじゃ無理に私が席を譲らせたみたいじゃないですか!」

「みたい」も何も、その通りなのだが、ワーロックは大人の精神で言い方を改める。

 「通路側の方が、便利が良さそうなので、こちらに座らせて下さい」

 「そうですか!
  それでは先に失礼します!」

バレーナは嬉しそうに窓側に座った。
ワーロックは遠慮勝ちに彼女の隣に座って、深い溜め息を吐く。
それと殆ど同時に、車掌が3号車内に入って、乗客に発車時間を知らせた。

 「新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、発車までェ後1針となってェおります。
  乗客の皆様はァ、今暫くゥ、お待ち下さい」

1針、今から駅で色々な物を買うには不十分な時間だが、待っているには少々長い時間だ。
これなら、そんなに急がなくても良かったのではと、ワーロックは疑問に思う。
彼が隣のバレーナの様子を窺うと、彼女は落ち着かないのか、頻りに周囲を見回していた。
ワーロックと目が合った彼女は急に早口で喋り出す。

 「私、新高速鉄道馬車に乗るのは初めてです!
  ワーロックさんは?」

 「私も初めてです」

 「お互い初体験と言う訳ですね!
  あっ、変な意味じゃないですよ」

眉を顰めるワーロックが可笑しいのか、バレーナは独りで「フフフ」と笑い、更に話を続けた。

 「普段から馬車は使いませんからね。
  馬車に乗る位なら、走った方が早いですし。
  『疾風』の二つ名は伊達じゃありません。
  でも、流石に長距離移動では馬車に分がありますね!」
0327創る名無しに見る名無し2018/04/20(金) 19:05:32.73ID:g3x4AQ14
走った方が早いと言うのは、実際に速度が上と言う事なのか、ワーロックは解釈に困る。
親衛隊に選ばれる程の実力を持つ魔導師であれば、共通魔法の実力も相当の物なので、
鉄道馬車より速く移動出来ても不思議は無い。
バレーナは一旦話を止めたが、相変わらず周囲を矍々(きょろきょろ)と見回して、落ち着かない。
彼女は親衛隊なので、不信人物を警戒しているのかなとワーロックは思った。
未だ、反逆同盟に反攻を仕掛ける段階には至っていない物の、ワーロック等の地道な抵抗が、
同盟の活動の妨げになっている事は確実である。
これをどの程度同盟の者達が問題視しているかは不明だが、もし脅威に感じているのであれば、
積極的に潰しに掛かるであろう。
真剣に考え事をするワーロックに、バレーナは再び声を掛ける。

 「未だ発車しないんですかね?」

 「後1針だって言われたじゃないですか」

車掌のアナウンスを聞いていなかったのかと、ワーロックは驚き呆れた。
その窘める様な言葉が気に障ったのか、バレーナが俄かに不機嫌な様子で沈黙したので、
彼は心配になって尋ねる。

 「そんなに急がないと行けませんか?
  それとも何か心配事でも?」

バレーナは早口で説明する。

 「私、急っ勝ちな性質でして。
  何もしないで待っていると言うのが、苦手なんです」
0329創る名無しに見る名無し2018/04/20(金) 19:07:34.01ID:g3x4AQ14
自分で「急っ勝ち」を認めるとは、変わった子だなとワーロックは思った。

 「何か暇潰しでもすれば良いんじゃないですか?」

 「『何か』って何です?」

 「本を読むとか」

 「駄目ですね。
  速読の癖が付いているので」

 「それでも1針は掛かるでしょう」

どんなに速読しても、それなりの厚さがある本ならば、少なくとも頁を捲る分だけの時間は潰せる。

 「肝心の本がありません。
  そもそも読書が余り好きじゃありませんから」

それなら仕方が無いと、ワーロックが他の暇潰しを考えていた所、バレーナが自ら提案する。

 「12カードならあります」

12カードとは1〜9の数字カードと、3枚の絵柄のカード、詰まり12枚で1組となっているカードだ。
1〜9は兵士である。
3枚の絵柄は王、神官、将軍であり、数字は記されていないが、便宜的に将軍を10、神官を11、
王を12とする事がある。
最も基本的な12カードのゲームでは、互いにカードを1枚ずつ出して、全12回の勝ち数で、
勝敗を決める
1度出したカードは2度使えない。
カードの強弱は数字の大小で決まり、「小さい方が勝つ」。
将軍は全ての兵士に勝つが、王と神官には勝てない。
神官は兵士に負けるが、王と将軍には勝てる。
王は神官以外の全てのカードに勝てる。
基本的には勝ち数の多い方が勝つが、絵柄カードの残り方によっては勝敗が変わる。
一方の王が負けていた場合、そちらが負けとなる。
両者共に王が負けていた場合、自動的に神官のカードが残っている事になるので、
この場合は勝ち数の多い方が勝つ。
0330創る名無しに見る名無し2018/04/20(金) 19:08:25.00ID:g3x4AQ14
カードゲームで暇潰しをするのかとワーロックは思っていたが、バレーナは予想外の事を言い出した。

 「普通に勝負しても面白くないので、賭けでもしませんか?」

ワーロックは吃驚して、バレーナを見詰める。

 「い、良いんですか?
  魔導師が、そんな事を言って……」

魔導師、それも親衛隊が、賭け事をして許されるのかと。

 「魔導師も人間ですよ。
  それに大金を賭けようってんじゃありません。
  まあ、お望みとあらば、応じても良いですけど」

挑発的な言動をするバレーナだったが、ワーロックは話に乗らなかった。

 「いや、そんな積もりはありません。
  菓子代程度にしましょう」

 「面白くありませんね。
  では、カードをどうぞ」

彼女は露骨に残念がって、ワーロックに12枚のカードを渡す。
そんな事をしている間に、発車時刻を迎えた。
車掌がベルを鳴らして列車内を歩きながら、乗客に警告する。

 「本日はァ御乗車頂きましてェ、誠にィ有り難う御座います。
  新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、間も無くゥ発車致します。
  皆様、発車からァ速度が安定するまでェ、席をお立ちにならない様、お願いィ致します」

馬車が動き出して、徐々に加速して行く。
1点後には最高速度に達した。
0332創る名無しに見る名無し2018/04/21(土) 17:53:08.11ID:lCL0UDiC
グラマー市に到着するまでの5角間、ワーロックはバレーナに一勝も出来ず、一方的に金を失った。
小額ずつの負けが嵩んで、計1万MG近くの損失。
その負けっ振りは、バレーナが途中で不気味さと申し訳無さを感じて、返金を申し出る程だった。
しかし、ワーロックは意地を張って、返金して貰うのを拒んだ。

 「勝負は勝負です」

 「いや、そうじゃなくて怖いんですけど!
  確率的に有り得ないでしょう!
  1回も勝てないとか、呪われてるんじゃないんですか!?」

 「確率的に有り得るから、こうなっているんだと思いますけど……。
  こんな時もありますよ」

 「私、神とか悪魔とか、オカルトは信じない性質ですけど、ワーロックさんは変です、異常ですよ!
  絶対に奇怪しいです!」

大袈裟に騒ぎ立てるバレーナに、ワーロックは無言で眉を顰めて見せる。
バレーナは直ぐに謝罪した。

 「あっ、済みません。
  でも、心配しているんですよ。
  ワーロックさん、大して驚かないって事は慣れてるんですよね?」

 「どうも私は賭け事が上手く行かない性質で」

 「そう言う問題ですか!?」

勝てないのは呪いの一種ではないかと、彼女は本気で心配していた。
賭け事の運が余り良くない事を自覚しているワーロックは、それは考え過ぎだと笑って流す。
そこへ車掌が車内を巡回に来て、終点が近い事を知らせる。

 「御乗車の皆様、お待たせ致しました。
  間も無くゥ終点、グラマー市0駅でェ御座います。
  皆様ァ、席をお立ちになりません様に」

これ幸いとワーロックはカードを片付けて、バレーナに押し付ける様に返した。
馬車は徐々に減速を始める。
無言で荷物を纏めるワーロックを見たバレーナは、遅れて彼に倣った。
0333創る名無しに見る名無し2018/04/21(土) 17:54:18.85ID:lCL0UDiC
馬車がプラットフォームに停車し、車掌のアナウンスが流れる。

 「終点〜、終点〜、グラマー市0駅でェ御座います。
  車内に忘れ物の無い様、御注意ィ下さい」

ワーロックとバレーナは他の乗客に先駆けて、プラットフォームに降りた。
その後、陸橋を渡り、切符を駅舎の駅員に渡して、グラマー市内へ。
時刻は既に西の時。
冷たく乾いた風が微細な砂の粒を運ぶ。
ワーロックはフードを被って、バレーナに話し掛ける。

 「それで、どこへ行けば?」

 「魔導師会本部に御案内します。
  八導師が直接お話を伺いたいと」

フードを被り口元を隠したバレーナは、俄かに真面目な調子で答えた。
彼女は駅前に停まっている馬車を捉まえ、運転手に声を掛ける。

 「済みません!
  2人、魔導師会本部まで」

バレーナの指示でワーロックが先に馬車に乗り込み、後から彼女が乗車する。
バレーナはワーロックの斜向かいに腰掛けると、サンハウンドの中とは打って変わって、
無言で大人しくしていた。
これがグラマー地方での男女の「普通」なのだ。
隣に座るのは、殆ど夫婦か恋人。
向かい合って座るのも、一定の親しさの表れ。
「誤解されたくない」場合には、自然に斜向かいになる。
軽々に異性と口を利かないのも、グラマー地方の風習に倣った物。
0334創る名無しに見る名無し2018/04/21(土) 17:57:35.84ID:lCL0UDiC
魔導師会本部に向かう馬車の中で、ワーロックは宿の心配をした。
しかし、急に黙り込んだバレーナに声を掛け辛い。
気不味い沈黙が暫く続き、ワーロックは意を決して尋ねた。

 「もう夜なんですけど、大丈夫なんですか?」

 「何の話です?」

バレーナは憮然とした態度で応える。
ワーロックは恐縮して言い添えた。

 「八導師の御迷惑ではないかと……。
  それに宿の問題も……」

 「お呼びしたのは『魔導師会』です。
  宿泊施設の手配も既に済ませてありますので、御心配無く」

冷淡に答える彼女を見て、怒らせる様な事をしたかなと、ワーロックは自省する。
重苦しい沈黙が数針続き、馬車は魔導師会本部前に到着した。
バレーナの案内で、ワーロックは魔導師会本部の迎賓館の大広間に通される。

 「お待たせしました。
  ワーロック・アイスロン様をお連れしました」

よく響く声で言ったバレーナは、ワーロックの背を押して入場させた。
ラメ糸を編み込んだローブを着込んだ、如何にも格調高い8人の老人が、2人を待ち構えていた。
彼等が八導師なのだと、ワーロックは直感的に理解して、緊張する。
八導師は皆高齢だが、丸で規律の厳格な軍人の様に全員姿勢が良い。

 「それでは私は失礼します」

バレーナは彼を置いて、早々(さっさ)と退出してしまった。
ワーロックは唯々困惑するばかり。
魔導師崩れの彼にとって、八導師は雲上の存在なのだ。
0335創る名無しに見る名無し2018/04/22(日) 18:30:40.71ID:jgkbShQd
直立不動のワーロックに、老人の内の1人が一歩進み出て一礼する。

 「久し振りだね、ワーロック君。
  私を覚えているかな?」

 「えっ、ええ、はい!
  ええと、お、お名前は確か……」

面識のある八導師は2人だけ。
ワーロックは顔こそ記憶していたが、名前が中々思い出せない。
老人は改めて名乗った。

 「八導師第六位イストール・カイ・スタロスタッドム」

 「ああっ、はい、イストールさん!
  覚えております、えぇ、エグゼラで巨人が暴れて、私が執行者に捕まって、その時に!
  おお、お久し振りです!」

ワーロックは漸く思い出し、早口でイストールを忘れていない事を主張した。
同時に彼はイストールに対して、礼を失した振る舞いをした事も思い出す。
それを根に持たれていないか、彼は兢々していた。
イストールは苦笑した後、真顔で切り出す。

 「君は轟雷ロードンと知り合いなのか?」

静かながら鋭い言葉に、ワーロックは怯みそうになるも、有らぬ疑いを抱かれてはならないと、
堂々と答えた。

 「はい」
0336創る名無しに見る名無し2018/04/22(日) 18:32:24.26ID:jgkbShQd
イストールは続けて問う。

 「ロードンは我々の事を何と言っていた?」

初代八導師はロードンを守護者として禁断の地に封じた。
だが、当のロードンには、それを恨んでいる様子は無かったし、魔導師会に就いても、
特に言及しなかったので、ワーロックは何と答えた物か困る。

 「いえ、特には……」

 「……分かった。
  やはり我々が直接話を聞かねばならない様だな」

イストールは振り返り、他の八導師と頷き合った。
その後、新たに杖を突いた八導師の一人が前に出て来る。

 「私が皆を代表して、ロードンと会う。
  私を連れて行ってくれ、ワーロック殿」

 「貴方は……?」

 「私は八導師の最長老、レグント・アラテルだ」

 「最長老!?」

八導師の最長老は、魔導師会の中で最も発言力のある人物だ。
それが魔導師会から離れて、禁断の地へと赴く事に、ワーロックは驚愕した。

 「最長老が不在で大丈夫なんですか?」

 「もう直、新しい八導師を迎える時期だ。
  私は引退間近だから、然して影響は無いよ。
  他の八導師達も優秀だ」

最長老のレグントは淡々と答える。
こうしてワーロックは、レグントと共に禁断の地へ向かう事になった。
0337創る名無しに見る名無し2018/04/22(日) 18:35:12.50ID:jgkbShQd
それからワーロックは迎賓館で一泊した。
翌朝、南東の時に彼はレグントに呼び出される。

 「では、行こう。
  案内を頼むよ」

 「……お付きの人とか、入らっしゃらないんですか?」

レグントは独りだった。
普通、こう言う時は護衛が数人は同行する物と思っていたワーロックは、危険を訴える。

 「道中、どんな危険があるか分かりません。
  反逆同盟が私達の行動を嗅ぎ付けないとも限りませんし」

レグントは真面目な顔で反論した。

 「半端な戦力では足手纏いだ」

 「えっ」

 「八導師は名ばかりではない。
  実力が伴ってこその『八導師』。
  老い耄れと侮ってくれるな」

八導師は決して「実力」で選ばれた存在ではない。
八導師も魔導師である以上、ある程度の魔法資質や魔法知識は備えている物だが、
それが優秀な魔導師と比較して、特別に優れていると言う話は無い。
どちらかと言えば、魔導師会内の「人望」や「政治的な理由」で選出される。
そう言った表向きの事しか、ワーロックは知らなかった。
彼だけでなく、大多数の魔導師も、そう思っている。
0338創る名無しに見る名無し2018/04/23(月) 18:27:42.83ID:r0cDNfxe
ワーロックはレグントの不思議な迫力に負けて、何も言い返せなかった。
2人は馬車でグラマー市の西にある、防砂壁に移動する。
防砂壁の巨大な門を潜れば、その先は何も無い荒地、通称「夕陽の荒野」だ。
ここから2街西に進んだ所に、最果ての「レフト村」があり、それに隣接して禁断の地がある。
正確には、禁断の地と砂漠との境に、レフト村が建てられた。
西の大地の不毛なるは、呪われた地であるが故に。
大戦の夥しい犠牲が生み出した「呪詛」が、草木の一本も生えない砂漠を作ったのだと言う、
伝説がある。
その真偽を確かめた者は居ない。
唯、鬱蒼と茂る禁断の地の森があり、それに不毛の砂漠が隣接していると言う奇怪な対照が、
そうした噂の元となったのだろう……。
レフト村まで2日掛かりの旅になる事を覚悟していたワーロックだったが、荒野に出たレグントは、
彼に問い掛ける。

 「先を急ぎたいが、構わないか?」

 「え……?
  ええ、はい」

何を言うのだろうと訝るワーロックの目の前で、レグントは軽く跳躍する。

 「飛ぶぞ」

 「飛ぶって……?」

 「こう」

その場で彼は大跳躍をした。
空高く跳び上がったレグントは、約10極後に地上に戻って来る。
魔法を使っているとは言え、老人とは思えない運動神経に、ワーロックは唖然とした。
0339創る名無しに見る名無し2018/04/23(月) 18:28:26.24ID:r0cDNfxe
レグントは驚いているワーロックの腕を掴んで言う。

 「さ、行こう」

 「いや、私は魔法が……」

自分は魔法が下手なので、同じ様な動きは出来ないとワーロックは断ったが、レグントは気にしない。

 「構わん。
  運動神経が悪くなければ、どうにでもなる。
  重要なのはリズムとタイミングだ。
  それっ!」

全く老人らしくない活動力で、彼は飛魚の如く跳ねる。
ワーロックは腕を掴まれた儘で引っ張り回され、何とか付いて行くので精一杯だ。
一回の跳躍で1巨は移動する。
それは丸で空を飛んでいる様。

 (何時だったかも、こんな事があったなぁ……)

レグントはワーロックにも魔法を使っている。
そうで無ければ、引っ張られているワーロックの身体が保たない。
自分だけでなく、他人の身体能力をも容易に強化させる所からして、並の魔導師以上の実力。
護衛を足手纏いと言い切ったのは、見栄や張ったりでは無いと判る。
0340創る名無しに見る名無し2018/04/23(月) 18:29:15.59ID:r0cDNfxe
何とかワーロックが跳躍での移動に慣れた頃、レグントは彼に話し掛ける。

 「中々やるじゃないか!」

 「いや、はは、この位は……」

謙遜の愛想笑いをするワーロックに、レグントは無断で更に移動速度を上げた。

 「良し。
  では、もっと急ごう」

 「うわっ」

2人は荒野を抜けて、砂漠に入る。
高速で移動しているのに、向かい風を殆ど感じない。
それは周辺の空気をも操っている為だ。
レグントは底の知れない老人だと、ワーロックは改めて思った。
丸2日は掛かる距離を、2人は2角で走破する。

 「ウム、昼食の時間には間に合ったな」

レフト村に到着した時刻は、丁度南の時。
レグントは平然としているが、ワーロックの方は息を切らしていた。

 「少し休憩しようか」

気を遣ったレグントの提案に、ワーロックは無言で弱々しく頷く。
2人は村唯一の宿に入り、休憩糅(が)てら昼食を取る事にした。
0341創る名無しに見る名無し2018/04/24(火) 18:14:21.67ID:++t7gbfb
約半角後に、2人は禁断の地の森に入る。
向かうは「雷の住処」と呼ばれる古代遺跡。
正確な場所を知っているのはワーロックだけなので、彼が先導する。
しかし、森に入って直ぐ、レグントは自らの額を押さえて足を止めた。
ワーロックは振り返って尋ねる。

 「どうされました?
  ……気分が優れないのですか?」

それなりの魔法資質を持つ者は、禁断の地を覆う特殊な魔力の流れを不快に思う。
共通魔法とは異質な魔法の気配を、無意識に拒絶するだけではない。
自らの内を侵される様な、禍々しい物を感じるのだ。
その根源は「共通魔法使い」が何者であるかと言う事に、深く関係している。
レグントは顔を顰め、脂汗を流して、平然としているワーロックに問うた。

 「君は平気なのか?」

 「はい、私は魔法資質が低いので……」

 「成る程、道理で」

魔法資質の低いワーロックは、異質な魔力の流れの影響を受けない。
魔力の変化に気付けないと言う、共通魔法使いとしては――否、魔法使いとして致命的な弱点が、
ここでは有利に働く。
ワーロックはレグントを気遣った。

 「大丈夫ですか?
  動けないなら、負ぶいましょうか?」

 「いや、大丈夫。
  先に進もう」

レグントは強気に断り、背筋を伸ばして歩く。
大丈夫かなと、ワーロックは心配しながら再び歩き始めた。
0342創る名無しに見る名無し2018/04/24(火) 18:16:39.96ID:++t7gbfb
暫く歩いた所で、再びレグントは足を止める。

 「レグントさん?」

ワーロックが尋ねると、彼は俯いて黙り込んだ。
その儘、その場に座り込んでしまう。

 「だ、大丈夫ですか?」

駆け寄るワーロックに、レグントは弱々しく答えた。

 「頭が痛い。
  目が回る。
  体が撒(ば)ら撒(ば)らになりそうだ」

禁断の地の魔力を受けたレグントは、自己の精霊を肉体に留められなくなりつつあった。
だが、ワーロックには全く理解出来ない。

 「どんな感覚なんです……?
  ええと、動けないなら、負ぶいましょうか?」

再度の提案に、レグントは小さく頷いた。

 「済まない、頼む」

余程参っていると見える。
ワーロックは背を向けて、レグントの前に屈み込み、彼を背負う。

 「おっ、軽いですね」

細身のレグントは丸で枯れ枝の様な軽さだった。
ワーロックの体が長旅で鍛えられているのもあるが、それにしてもレグントは軽い。
殆ど骨と皮しかないのではと、彼が疑う位に。
0343創る名無しに見る名無し2018/04/24(火) 18:20:16.96ID:++t7gbfb
ワーロックに背負われたレグントは、小声で言った。

 「……私は神を論ずる事はしないが、運命と言う物を信じたくなって来たよ。
  丸で導かれている様だ。
  旧暦の聖君を仰いだ人々も、同じ心持ちだったのかな」

気が滅入って、訳の解らない事を言っているのかなと、ワーロックは心配する。

 「確りして下さい。
  もう直ぐ着きますよ」

四方八方どこを見ても木ばかりの森だが、住み慣れたワーロックにとっては庭の様な物。
徘徊する危険な魔法生命体も、魔力を纏わなければ反応しない。
ある程度森の中を進むと、彼方此方で草木が焼け焦げている場所に出た。
ワーロックはレグントに説明する。

 「この黒焦げになった植物は、落雷による物です。
  雷さん――轟雷ロードンが近くに居る証拠ですよ」

 「待て」

 「どうしました?」

話しながら更に先に進もうとする彼を、レグントは止める。
ワーロックは素直に応じ、耳を澄まして周囲を見回した。
レグントは声を潜めて言う。

 「何か近付いて来る」

 「何か……とは?」

 「共通魔法や精霊魔法の気配ではないぞ。
  『別の存在』だ」

禁断の地には、正体の判らない魔法使いや、魔法生命体が多く居る。
必ずしも敵とは限らないが、念の為に警戒すべきだとワーロックは考えた。
0344創る名無しに見る名無し2018/04/25(水) 18:37:02.89ID:SSn/WZVS
元から木々に覆われて暗い森が一層暗み、生温い風が吹く。
尋常ならぬ緊迫感が、魔法資質の低いワーロックにも感じられる。
ワーロックとレグントの目の前に、一人の少女が姿を現した。
黒い祭服を着た、金髪の子供。
ワーロックは彼女の正体に気付き、鋭く睨む。

 「お前は!」

 「久方振りだな。
  そちらの御老人は、お初お目に掛かる。
  私は『悪魔大審判<サタナルキクリティア>』デヴァ・ルシエラ。
  お前達を始末しに来た」

敵意を隠そうともせず、サタナルキクリティアは宣言した。
少女の風貌は徐々に怪物へと変わって行く。
身体は膨張して筋肉質に。
額からは2本の角が捻じ曲がって伸び、尻尾は大蛇の様に太く長くなる。
成人男性並みの体格になった彼女は、清々しい表情で言う。

 「ここは懐かしい薫りがする。
  幾多の同胞(きょうだい)達が、この地で散って行った……。
  我等が主、大皇帝アラ・マハイムレアッカ様も」

サタナルキクリティアは大魔王軍に属する異界の魔神だった。
魔法大戦で敗れた大魔王軍は、ある物は地上に残って隠れ暮らし、ある物は故郷に逃げ帰った。
サタナルキクリティアは前者である。
地上に残って息を潜め、共通魔法使いに復讐する機会を窺っていた。

 「昂るぞ!!
  今ここで我等が主と同胞の仇を討てるのだからな!」

彼女は高らかに吼え、尻尾を鞭の様に撓らせて、何度も地面を叩いて威嚇する。
超巨大魔界の子爵級は、平凡な世界の伯爵級に比肩するのだ。
0345創る名無しに見る名無し2018/04/25(水) 18:40:28.46ID:SSn/WZVS
 「ドゥーーーー!!」

サタナキクリティアが嘶くと、周囲の魔力が渦を巻く。
ワーロックは慌てた。

 「止めろ!!
  ここは危険な魔法生命体が沢山彷徨いている!
  お前の魔力を感じ取って、攻撃して来るぞ!」

警告はサタナルキクリティア自身の為ではない。
巻き込まれては堪らないと思っているのだ。
しかし、彼女は聞く耳を持たない。

 「小蝿が幾ら集(たか)ろうと、物の数ではないわ!」

膨れ上がる自らの力を実感して、気が大きくなっている。
ワーロックが懸念していた通り、森の中から怪物達が続々と姿を現した。
魔力を食らう「イーター」に、寄生植物、『泥人形<マッド・ゴーレム>』と言った、比較的浅い場所でも、
よく見られる物ばかりではない。
普段は深部を徘徊しており、滅多に姿を見る事が無い、機械の捕食者「シージュア」、
無差別破壊者「フェリンジャー」、凶悪な「スクラッパー」に、「ブラック・レッカー」まで居る。
ワーロックは小声で背負っているレグントに囁いた。

 「どうしましょう、レグントさん……。
  魔法で対抗すれば、周りの怪物共にも攻撃されてしまいます」

 「ウーム……。
  これだけの物を相手にするのは、私でも厳しい」

しかし、レグントにも現状を打開する妙案は無い様子。
0346創る名無しに見る名無し2018/04/25(水) 18:44:44.60ID:SSn/WZVS
 「仕方ありません。
  一旦後退しましょう。
  共倒れしてくれれば良いんですけど……。
  そうじゃなくても、どっちか残った方を相手するのが楽でしょう」

ワーロックは一時撤退を決断した。
レグントも異論を差し挟まない。
ワーロックはサタナルキクリティアから目を離さず、身構えてタイミングを見計らう。
禁断の地の怪物達は、この場で最も強い魔力を纏う物――サタナルキクリティアに襲い掛かるだろう。
その混乱に乗じて、逃げてしまおうと言う考えだ。
所が、禁断の地の怪物達は怯えているかの様に、その場で震えるのみ。
ここに居る魔法生命体達は、恐怖と言う概念を持たない。
力量差を推し量る知能を持たないのだ。
魔力の流れに機械的に反応して、無差別に攻撃を繰り返すだけの存在。
それが攻撃を躊躇う理由とは?

 (どうして動かない……?
  いや、動けないのか!
  押さえ付けられている!)

ワーロックは遅れて理解した。
怪物達はサタナルキクリティアによって抑えられているのだ。

 「鬱陶しい玩具共だ」

彼女が視線を遣ると、その先に居た複数のフェリンジャーが「潰れた」。
2身はある巨躯が、全方向から圧力を掛けられ、一瞬で小犬程の大きさに圧縮された。
それに止まらず、最終的には小石程度の大きさになる。
ワーロックが魔城で対峙した時より、力が増している。
これが彼女の本来の力なのだ。
0347創る名無しに見る名無し2018/04/26(木) 18:36:59.46ID:q3AP6dZG
怪物共と同じく、ワーロックも身動きが取れないでいた。

 (これじゃ逃げるに逃げられない……)

魔法で動きを封じられている訳ではないが、サタナルキクリティアは全く隙を見せない。
下手に動けば、怪物共の様に一瞬で圧死させられそうな威圧感がある。
一方のサタナルキクリティアも、大きな事を言った割に、積極的に仕掛けては来ない。
ワーロックの魔法と、彼の背後のレグントを警戒しているのだ。
サタナルキクリティアは徐々に圧力を強めて行った。
禁断の地の怪物共は、次々に崩れ落ち、破壊される。
ワーロックはサタナルキクリティアを正面に見据えた儘、少しずつ横に回り込む様に移動する。
それに合わせて、サタナルキクリティアは前進する。

 (取り敢えず、怪物共が全滅するまで待とう。
  相手が一人なら何とかなる)

時間を稼げば何とかなると言う思いが、ワーロックにはあった。
そんな彼の希望を打ち砕く事が起こる。
サタナルキクリティアが「増えた」のだ。
ワーロックとレグントを取り囲む様に、2体、3体と森の中から姿を現す。
これにワーロックは大いに慌てた。

 (嘘だろう……。
  こんな馬鹿な)

蒼褪める彼をサタナルキクリティアは嘲笑う。

 「『予想外』と言う顔だな?
  悪魔の事をよく知らぬと見える。
  クククッ、幻覚では無いぞ」

彼女の言う通り、ワーロックには強力な悪魔と直接対峙した経験が無い。
0349創る名無しに見る名無し2018/04/26(木) 18:39:47.50ID:q3AP6dZG
悪魔は精霊を分割して、自らの分身を創り出せるのだ。
それも単なる操り人形では無く、自分と全く同一の自我を持つ存在として。
愈々追い詰められたワーロックに、レグントが耳打ちする。

 「ワーロック殿、私を置いて行ってくれ」

 「何を!?
  そんな事、出来る訳が……」

吃驚するワーロックに、彼は冷静に淡々と告げる。

 「今の儘では、私は足手纏いにしかならない。
  この肉体さえ捨てれば――」

 「『肉体を捨てる』って…」

 「共通魔法使いは人間ではない。
  その証拠をお見せしよう。
  心配は無用だ、死にはしない。
  生身での帰還を諦めただけの事」

レグントの声からは覚悟と同時に、自信も伝わって来る。
彼は肉体を捨てれば、目の前の強大な悪魔や、怪物共とも渡り合えると確信している。
だが、ここに至るまで実行しようとしなかったと言う事は、出来るなら肉体を捨てたくは無いのだ。
一度捨てた肉体を再び得る事は、不可能ではないが、現実的ではない。
それをワーロックは察して、必死に考えを巡らせる。

 (誰かの救援を期待出来ないか……。
  ソームさんが偶々出歩いていたり?
  いや、余りに希望的観測過ぎる。
  ここはレグントさんの言う通りにして、応援を呼んだ方が良い)

思量の末に、結局彼はレグントを置いて行く決断をした。
0350創る名無しに見る名無し2018/04/26(木) 18:43:07.81ID:q3AP6dZG
 「……分かりました。
  レグントさん、直ぐに助けを呼んで来ます」

しかし、逃げると決断した所で、見す見すサタナルキクリティアが逃がしてくれる訳では無い。
レグントが彼女を相手に、どこまで戦えるのかも不明だ。
ワーロックが間誤付いていると、突如空が閃き、天から光柱が地上に突き刺さる。
大気を震わせ、大地を揺らす爆音と共に、サタナルキクリティアが1体、消し炭になる。
辺りを覆っていた禍々しい気配が一瞬にして吹き飛んだ。

 (ワーロック殿!
  目と耳を塞いで伏せなさい!)

テレパシーでのレグントの指示に、ワーロックは訳も解らない儘、とにかく従った。
不意の閃光と爆発で目と耳を利かなくされた彼は、そうするより他に無かった。
レグントも彼に覆い被さる様に伏せる。
約1点の間、大地が破壊されたのではと思う程の、激しい震動が続く。
衝撃が身体を突き抜け、心臓を揺さ振る。
草木が焼け焦げる臭いがする。
やがて嵐が去った様に静まり返り、レグントの体がワーロックから離れる。

 (もう大丈夫だ、ワーロック殿)

レグントのテレパシーを信じて、ワーロックは恐る恐る顔を上げた。
彼の視力と聴力は、何時の間にか唱えられていたレグントの魔法で、既に回復している。
辺りの風景は一変していた。
鬱蒼と上空を覆っていた枝葉は疎か、木々の幹さえも消失して、周囲は空き地になっていた。
禁断の地の怪物達も姿を消しており、1体のサタナルキクリティアと、雷光を纏う男だけが、
その場に立ち尽くしていた。
雷光を纏う男の正体を、レグントは瞬時に悟り、その名を呟く。

 「轟雷ロードン……」
0351創る名無しに見る名無し2018/04/27(金) 19:19:23.99ID:9yNRVpT5
魔法大戦の六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン。
伝承では天の雷を操る、強大な精霊魔法使いとされていた。
それは真実だった。
子爵級とは言え、超巨大魔界の魔神を圧倒出来る力があるのだ。
サタナルキクリティアは苦々しい表情で、ロードンを睨む。

 「何だ、貴様……!」

 「未だ生き残りが居たのか、悪魔め。
  漫ろに現れて力を振るうとは愚かな奴。
  そんなに死に度(た)いのか」

彼女は本能的に、目の前の男が強敵であると理解していた。
瞬時に場を支配し返された時点で、形勢は不利。
身の危険を感じた彼女は、撤退しようとする。

 「くっ、覚えていろ!」

だが、ロードンはサタナルキクリティアを逃がさない。

 「覚える必要は無い。
  この場で貴様は潰えるのだ」

巨大な落雷が彼女を打つ。
魔力の雷は真っ直ぐ彼女を狙う。
正に電光石火、避ける事は出来ない。

 「ギャァッ!!」

短い叫び声を上げ、サタナルキクリティアは感電した。
雷が彼女を介して天地を結ぶ。
魔力の雷が彼女の体内を駆け巡り、精霊を分解して行く。
0353創る名無しに見る名無し2018/04/27(金) 19:23:09.42ID:9yNRVpT5
数極の間、雷はサタナルキクリティアに注がれ続けた。
その後、彼女は電光球に包まれる。
精霊が雷に変じて、周囲に放たれて行く。
方々で放電が火花を上げる。
しかし、黙って倒されるサタナルキクリティアでは無い。
悪魔貴族の名誉に懸けて、彼女は反撃に出る。

 「この程度の攻撃ぃ……!
  潰えるのは貴様だっ、『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

背中に魚の鱗を集めた様な、奇怪な透明の翼を1対生やして叫ぶ。
電光球は一瞬で翼に吸収された。
魔力吸引攻撃は、魔力分解攻撃に並ぶ、悪魔の基本的な戦闘技術の一つだ。
相手の精霊を覆う魔力を奪う事で、攻撃と防御と強化を同時に行える。
魔法資質に大きな差がある場合に特に有効だが、分解攻撃に比べると威力は劣る。
これはサタナルキクリティアが己の魔法資質に、絶対の自信を持っている事の表れだ。
不意打ちで支配された場の魔力の流れを、一息に挽回しようと言う試み。
魔力が渦巻き、ロードンからサタナルキクリティアに向かって流れる。
魔力の流れが自分の思う儘になっている事を確信し、サタナルキクリティアは勝ち誇った。
ロードンの実力を彼女は知らないが、自身に並びはしても、勝る物では無いと決め付けていた。
魔力吸引攻撃に対抗するには、同じく魔力吸引攻撃で返すのが普通だ。
そうなれば吸引する力の強い方、即ち魔法資質で上回る方が勝つ。
ロードンからサタナルキクリティアへと流れる魔力が反転しない限り、勝利は揺るがない。

 「フハハッ、弱い弱いっ!
  …………クッ、グ、ググーッ、な、何事だっ!?」

サタナルキクリティアは勝利を確信したが、その瞬間、激痛が彼女を襲った。
ロードンから流れ込む魔力が、サタナルキクリティアの霊を傷付けている。
0354創る名無しに見る名無し2018/04/27(金) 19:25:48.79ID:9yNRVpT5
ロードンは冷淡に吐き捨てた。

 「低級悪魔らしい、能の無い攻撃だな。
  あの大戦から何も学んでいないと見える。
  それとも戦後に降臨した新顔か?」

彼は自らの周囲の魔力を雷精に変えて、それをサタナルキクリティアの中に取り込ませたのだ。
雷精はサタナルキクリティアの内部で、彼女の魔力に反発し、対消滅する。
詰まりは、毒を食らった様な物。

 「グッ、ゲッ、ゲハァッ!!
  と、止まらない……!
  どうなっているーっ!?」

サタナルキクリティアは魔力吸引攻撃を直ちに中止しなければならないが、それが出来ない。
ロードンが魔法を維持している。

 「自分で始めておいて、止める事は無かろう。
  遠慮するな、存分に食らうが良い」

 「き、貴様は何者……」

サタナルキクリティアは恐怖した。
彼女が戦った共通魔法使いは、一部を除いて、これ程の力を持ってはいなかった。
共通魔法使いは基本的に、数が揃わなければ無力だった。
ロードンは溜め息を吐いて、取り合わない。

 「潰える物に名乗る意味はあるまい」

 「侮るなっ!!
  貴様が如何程の物だと言うのだーっ!!」

サタナルキクリティアは逆上して、自らを奮い立たせる。
悪魔貴族が訳の解らない精霊体に屈する事があってはならないのだ。
翼は3対に増え、彼女を覆って球体となる。
0355創る名無しに見る名無し2018/04/28(土) 18:44:40.85ID:/QBqwtWb
ロードンの魔力も無限では無い筈だと、サタナルキクリティアは激痛を堪える。
地力で勝るのであれば、弱気になる必要は無いと思い直し、彼女は対抗心と敵愾心を燃やした。

 「食らい尽くしてくれるわーーーーっ!!」

ワーロックとレグントは魔力吸引攻撃に巻き込まれない様に、『球状防壁<プロテクション・ドーム>』を張る。
周囲の魔力がサタナルキクリティアへと集中するが、その全てが彼女を傷付けていた。

 「手を貸さなくて良いんでしょうか?」

魔力の流れが読めないワーロックには、戦況が判らない。
彼には強気のサタナルキクリティアが、未だ優位に映る。
レグントは冷静に言った。

 「奴は間も無く自滅する。
  何もする必要は無い」

それを聞いてもワーロックは俄かには信じられず、不安気な表情で戦いの行方を見詰める。
サタナルキクリティアは翼を徐々に剥がされて行っても、構わず魔力吸引攻撃を続けた。
彼女は気付いていないのだ。
自らが吸収している魔力が、ロードンの物では無い事に。
ロードンは周囲の魔力を自然に雷精に変化させる能力を持っている。
これは精霊魔法使いである彼が、人工精霊となった際に備わった「機能」。
魔力に生命を与える「精霊の量産」だ。
分身を生み出すのとは違い、精霊の消耗が少ない。
雷精はロードンと同じ属性の物ではあるが、彼の中から生まれた物では無い為だ。
やがてサタナルキクリティアは翼を維持出来なくなり、少女の姿に戻った。

 「はぁ、はぁ、こんな事が……。
  何故、私が……」

子爵級とは言え、そこらの物には負けないと思っていた彼女は、愕然とした。
敗北感と屈辱感よりも、疲労感と喪失感が大きい。
少女の姿になったのは、哀れみを誘う為だ。
未だサタナルキクリティアは敗北を認めていない。
この結果は不利な状況から巻き返せなかっただけの事。
万全の態勢で正面から当たれば、悪魔貴族の自分が負ける筈は無いのだ。
そう信じる事で、自尊心を保つ。
0356創る名無しに見る名無し2018/04/28(土) 18:46:04.66ID:/QBqwtWb
格下の物に命乞いをする事は、悪魔貴族にとって最大の屈辱。
故に、サタナルキクリティアは自然に見逃して貰おうと、捨て置かれる事を期待して、
少女の姿を取った。
見目が愛らしい物を積極的に痛め付けようとは思わない、人間の甘さを利用する積もりで。
ロードンは冷徹に問う。

 「どうした、もう終わりか?
  死ぬまで続ける物と思っていたが」

サタナルキクリティアは無言で俯き、彼の言葉を聞き流した。
彼女は精根尽き果てた様に見せ掛ける事で、無抵抗を装おうとしている。
そんな人間の甘さに頼った彼女が甘かった。

 「では、死ねぃ!」

魔法大戦を経験したロードンは、悪魔の本質を知っている。
幾ら外見を取り繕っても、その性根は邪悪である事を。
容赦の無い雷撃が、天からサタナルキクリティアに打ち付けられる。

 「ギィヤァーーーー!!」

サタナルキクリティアの精霊は雷電に変換され、周囲に飛び散った。
彼女は発光しながら、徐々に縮小して行く。
最後には塵も残らず、消滅した。
0358創る名無しに見る名無し2018/04/28(土) 19:11:55.73ID:/QBqwtWb
放電が終わると、ロードンはワーロックとレグントに向き直った。

 「さて、態々こんな所まで来たと言う事は、何か用なのだろう?」

彼の視線はレグントに向いている。
先までの容赦の無さとは裏腹の穏和な態度に、レグントもワーロックも唖然としていた。
中々レグントが答えないので、ロードンは視線をワーロックに向ける。
ワーロックは驚き戸惑いながらも、心を落ち着けて事情を説明する。

 「えっ、ええと、その、聞きたい事があって来たんです」

 「フム、私に?
  何かな?」

 「今、共通魔法社会は重大な危機に陥っています。
  悪魔公爵ルヴィエラが率いる反逆同盟が、各地で悪事を働いているのです。
  先の悪魔も、その一員でした」

ワーロックの説明に、ロードンは表情を変えずに淡々と答えた。

 「驚いた。
  悪魔の軍団が再降臨したのか」

 「いえ、今まで潜伏していた物が、時機を見て動き出したんだと思います」

 「成る程。
  大凡察しは付いたぞ。
  悪魔の封じ方を知りたいのだな」

 「ええ、そうです」

 「分かった、付いて来い」

ロードンは背を向けて、2人を遺跡に案内する。
0359創る名無しに見る名無し2018/04/29(日) 19:05:27.08ID:GiNB2RTs
道中、レグントは沈黙していた。
それをワーロックは気遣う。

 「どうしたんですか、レグントさん?
  又、気分が悪くなりました?」

 「いや、そうではない……」

その返事が嘘でない証拠に、レグントの足取りは確りしているが、表情だけが冴えない。
伏し目勝ちで、困った様な、気不味い様な、複雑な心境が顔に表れている。
歴代八導師の記録を引き継いでいる彼は、ロードンに対して負い目があるのだ。
彼から思考の自由を奪い、禁断の地に縛り付けてしまった事に。
やがて一行は遺跡に到着する。
石造りの外壁は、森の中に長年放置されていたにも拘らず、植物に侵食されておらず、
風化の痕跡も見られない。
入り口は金属製の扉で、これも錆びたりしていない。
扉は左右2枚に割れると、スライドして一行を迎え入れる。

 「入れ」

ロードンはワーロックとレグントに指図した。
ワーロックは何度か訪れた事がある物の、レグントは初めて見るので驚いている。

 「こんな所が……」

彼の呟きに反応して、ロードンが説明する。

 「ここは人工精霊の研究施設だ。
  いや、研究と言うよりは実行、実施施設と言った方が正しいか?
  魔法大戦の裏で、私達は人工精霊を量産した。
  人工精霊計画――『八導師』なら知っている事だな」

レグントが未だ八導師と名乗っていないのに、ロードンは彼の正体を知っている様だった。
0360創る名無しに見る名無し2018/04/29(日) 19:06:33.55ID:GiNB2RTs
遺跡の中に入ると、明るい橙色の電灯が点く。
この施設の動力源は、ロードンの纏う魔力電気だ。
普段は停止しているが、来訪者があれば彼の意思で起動する。
レグントは先のロードンの発言の真意を尋ねた。

 「私を八導師だと――」

レグントが質問を言い切る前に、ロードンは答える。

 「八導師は特有の気配がある。
  普通の共通魔法使いとは又違う。
  己の内の『人工精霊』を自覚して、制御している為だろう」

それを聞いたレグントは驚いた。
彼は大戦六傑を侮っていた。
古い時代の精霊魔法使いであって、共通魔法の研究者ではないのだから、魔法資質が高かろうと、
そこまでの魔法知識は備えていないであろうと。
少しの沈黙を挟んで、レグントはロードンに言う。

 「魔法大戦の英雄、轟雷ロードン……否、ロードン・マーリオン・エスケンドス。
  名乗り遅れて申し訳無い。
  私は現八導師最長老のレグント・アラテルだ」

 「最長老が直々に来るのか……。
  未だ『引退』には早かろう。
  状況は相当逼迫していると見て良いのか?」

歴代八導師は任期を終えると、禁断の地に向かった。
魂の故郷である異空に還る為、地上に溢れた魔力を還す為。
その時期では無いのに、最長老が禁断の地を訪ねる訳を、ロードンは彼なりに考察した。
0361創る名無しに見る名無し2018/04/29(日) 19:08:33.35ID:GiNB2RTs
レグントは否定する。

 「危機は危機だが、そこまで追い詰められてはいない。
  私が訪れた理由は、一つは誠意を表す為。
  最高位の私自身が動く事で、『魔導師会』の本気を解って貰いたかった。
  今一つは、直接貴方と対話する為。
  語らいの時が欲しかった」

ロードンは歩みを止めず、振り返りもせずに尋ねた。

 「何を語らうと言うのだ?
  偉大なる魔導師の事、魔法大戦の事、八人の高弟の事。
  何れも八導師である貴様の方が、よく知っておろう」

 「一つは贖罪だ。
  ロードン殿、貴方が禁断の地に残ったのは、本意では無かった筈」

レグントの言葉に、ロードンは小さく舌打ちをした。
初代八導師は遺跡の守護者に人工精霊となったロードンを選び、それに専念させる為に、
同意を得ない儘に記憶を封じて、近付く者を排除する様に仕立てた。
この事実を八導師のみが閲覧可能な記録で知っているレグントは、罪悪感を抱いていた。
魔法大戦の秘密を守る為とは言え、嘗ての仲間に対して、余りに冷酷な仕打ちだと。

 「初代八導師も貴方に罪悪感を持っていた」

 「解っている」

短く、苛付いた様な、呆れた様な応え方をするロードンに、レグントは食い下がる。

 「嘘では無いのだ!
  真実、初代八導師は貴方に負い目を感じていた!
  アシュも、オッズも、ウィルルカも、イセンも……」

ロードンは心底呆れ果てて言う。

 「解っていると言った。
  それを言うのは、貴様で何人目だと思う?
  もう十分解っている」
0363創る名無しに見る名無し2018/04/30(月) 18:53:27.87ID:0h/KVmwF
任期を終えた歴代八導師の中には、魂の故郷への旅路に就く前に、ロードンを訪ねる者もあった。
真実を伝えた所で、その後は異空に旅立ってしまうので、何度も同じ事を告げる者が現れるのだ。
ロードンは不機嫌に、レグントに告げた。

 「好い加減、鬱陶しく思っていた所だ。
  私は何度も謝罪を要求する程、恨み囂(がま)しい男ではない。
  初代の八導師が行った事に対する責任を、後代の貴様等に押し付けようとも思わない。
  貴様は生きて還り、この事を伝えろ」

 「わ、解った。
  有り難う」

例を言われたロードンは一層不機嫌になる。

 「何を感謝する事がある?
  勘違いをするな。
  貴様等の責任を問わないからと言って、初代八導師を許した訳ではない。
  そう簡単に片付けられる話ではない」

蚊帳の外で2人の会話を聞いていたワーロックは、ロードンの気が変わるのではないかと、
冷や冷やしていた。
石造りの廊下を暫く歩いた一行は、再び鉄の扉の前に立つ。
ロードンの体から小さな電光球の雷精が分離して、鉄の扉に吸い込まれる。
2枚に割れた扉は、スライドして一行を通した。
先にロードンが中に入ると、電灯が点いて明るくなる。

 「ここが記録室だ。
  さて、イセンが大魔王を封じたのは、どれだったかな……」

彼は室内の壁を見回しながら呟いた。
円状の室内の壁には、古いエレム語が刻まれている。
0364創る名無しに見る名無し2018/04/30(月) 18:57:48.91ID:0h/KVmwF
考古学の専門家ではないワーロックには解読が難しいが、八導師のレグントは違った。
レグントはロードンの反対側の壁の文字を読んで、資料を探す。

 「ロードン殿、これではありませんか?」

彼が声を上げたので、ロードンとワーロックは傍に寄って行った。
ロードンは壁の文字を読んで頷く。

 「ああ、そうかも知れないな。
  見てみよう」

彼が壁に触れると、縦2身×横1身の長方形が壁から切り離されて伸びた。

 「わっ」

ワーロックは驚いて後退する。
長方形は部屋の中央付近まで突き出て止まる。
その側面に回り込んで見ると、それは収納式の書架だと判る。

 「魔法書?」

そこには何千冊と言う書物が納められていた。
「書物」と言う形式で長期の保存が可能なのかと、ワーロックは疑う。

 「劣化しないんですか?」

彼はロードンに尋ねたが、無視された。

 「この辺りか?」

ロードンは書架を眺め、一冊を手に取る。
本を開けば、そこには魔法陣が描かれている。
0365創る名無しに見る名無し2018/04/30(月) 19:00:36.36ID:0h/KVmwF
ワーロックの疑問に、レグントが書架の本に触れながら答えた。

 「これは金属だ。
  薄い金属板に文字と呪文を刻んで保管している」

そう言いつつ、彼はロードンに尋ねる。

 「ロードン殿、この辺りの書物を私が読んでも構わないか?」

 「持ち出さなければ構わん」

ロードンは本を取っ替え引っ替えしながら、雑に答えた。
レグントは手近な魔法書を一冊引き出し、読み始めた。
その様子を傍でワーロックは見ていたが、レグントは数枚頁を捲っただけで元に戻す。

 「あれ、もう読み終わったんですか?」

素直な疑問を口にするワーロックに、レグントは新しい本を読みながら答える。

 「当時は長時間精密な記録を取る方法が無かったのだろう。
  この書は何れも、1冊で1角程度の出来事しか記録されていない。
  だから、こんなに魔法書が多いのだ」

未だ共通魔法が発達していなかった時代の事。
正確で詳細な大戦記録を残す為に、これだけの書が必要だったのだ。
どんな事が書かれているのかと、ワーロックも書を取ってみた。
手に持てば、明らかに紙の本より重い事が判る。
開いてみれば、厚さ0.1節の金属板が数枚挟んであるだけ。
速読する能力が無くとも、要所を掻い摘まめば、数極で内容を把握出来る。
ロードンやレグントが取っ替え引っ替えする様に探しているのも頷ける。

 (……読めそうで読めない)

エレム語は現代の言語の元となった物だが、今とは単語の意味も書体も違う。
ワーロックの知識では所々読める部分はあっても、全体を理解するのは難しかった。
0366創る名無しに見る名無し2018/04/30(月) 19:06:00.75ID:0h/KVmwF
>>364
 「ロードン殿、これではありませんか?」

レグントはロードンに敬語を使わない。
途中まで敬語で接する様にしようか悩んだ結果。
0367創る名無しに見る名無し2018/05/01(火) 18:29:40.84ID:uxNmZ9bb
その内に、ロードンが声を上げる。

 「あったぞ、これだ」

彼はレグントに書を投げて寄越した。

 「これはユーバーの記録だ。
  ここに後7冊分ある。
  それとエーデネの記録もあった筈。
  あの2人が記録係だった」

そう告げると、ロードンは別の書架に探しに行く。
レグントは本を開いて、その場で読み始めた。
魔法書の記録は、読んだ者の記憶に「当時の状況」を刻み込む。
これによって過去を追体験出来るのだ。
傍からは普通に書を読んでいるだけだが、レグントの頭の中では大魔王を封じた状況が、
正確に再現されている。
本を読む事が出来ないワーロックは、やる事が無くて記録室の入り口で大人しく待っていた。
約1角の間、ロードンはレグントに記録書を渡し、レグントは渡された記録書を読み込んで、
その内容を記憶する。
一通り読み終え、「悪魔を封じる魔法」を理解したレグントは、ロードンに言った。

 「ロードン殿、大体解った。
  有り難う」

 「礼は良い。
  それより……、やれそうか?」

果たして、今の八導師に封印魔法を実行出来るのかと、ロードンは心配した。
レグントは少しの間を置いて答える。

 「それは分からない。
  発動させるのは容易だが……」

正直な返答だった。
魔導師会は組織としては、嘗ての共通魔法使い達より優れているが、個々の戦闘能力、
魔法資質では劣る。
轟雷ロードンの様に悪魔を一撃で葬れる者は、そう居ない。
相手は大魔王より弱い、公爵級の悪魔とは言え、どこまで通じるのかは未知数だ。
0368創る名無しに見る名無し2018/05/01(火) 18:31:25.81ID:uxNmZ9bb
レグントはロードンに協力を仰いだ。

 「ロードン殿、その力を私達に貸して貰えないだろうか?
  魔法大戦の六傑と称えられる貴方の協力があれば……」

 「無理だ、私には使命がある。
  この場から離れる訳には行かない。
  ……共通魔法社会を守るのは、八人の高弟の意志を受け継いだ貴様等の役目だ」

しかし、即座に拒否される。
レグントは落胆するも、食い下がりはしない。
「今」を守るのは、今の人間の役目だと言う自覚がある。

 「ああ」

短い言葉で頷き、表情を引き締めたレグントは、入り口の近くで座り込んでいるワーロックに、
声を掛けた。

 「ワーロック殿!
  ……やや?」

ワーロックは暇を持て余して、居眠りしていた。
レグントは彼の肩を叩き、優しく起す。

 「お疲れかな、ワーロック殿」

 「ム……。
  あぁ、済みません!」

ワーロックは直ぐに目を覚ますと慌てて立ち上がり、レグントに尋ねる。

 「もう終わったんですか?」

 「ああ。
  悪魔退治の法は、この頭に確り入れた」

 「どうです、どうにか出来そうですか?」

 「やってみなくては分からない」

それを聞いて、確実では無いのだなと、ワーロックは少し不安気な顔をした。
0369創る名無しに見る名無し2018/05/01(火) 18:32:25.48ID:uxNmZ9bb
彼はロードンに視線を向けるが、先にレグントが制する。

 「ロードン殿は、この地を離れる訳には行かない様だ」

 「あぁ、それは残念……」

 「私達の世界を守るのは、私達と言う事だ」

 「ウーム、理屈は分かります。
  そうで無ければならないのでしょう」

ワーロックは理解を示し、改めてロードンに視線を向けた。

 「それでは雷さん、有り難う御座いました」

 「生きて戻れよ」

ロードンの言葉にワーロックは頷いて返す。
ワーロックとレグントの2人は、ここでロードンと別れて、帰途に就いた。
強大な力を持つルヴィエラとの決戦を前に、彼女を封じる方法を得る事には成功した。
2人は一先ず安堵するが……。
問題は、そこまで持って行けるかと言う事。
ルヴィエラとて無為無為(むざむざ)封じられはしないであろう。
本当に勝てるのか、不安は尽きないが、やるしか無い。
共通魔法社会だけでなく、正に世界の行く末が、この戦いに懸かっているのだから。
0370創る名無しに見る名無し2018/05/02(水) 19:05:14.56ID:OBQ3v2eI
混多(ごった)返す


「ごちゃごちゃ」、「ごたごた」している事を表す「ごった」です。
語源は不明ですが、泥や塵(ごみ)の事を「ごた」と言う地方がある事から、それが由来でしょう。
余談ですが、「ごみ」は元々「落ち葉」を指す言葉で、そこから「不要物」や「泥」に変化した様です。
「ごみ」は元々「ご」と「み」だったと言う説もあります。
松の落ち葉掻きを「松ご掻き」と言う地方がある事から、「ご」が「落ち葉」で、「み」は「実」であり、
落ち葉と実を合わせて、「ごみ」と読んだのではないかと言う説です。
逆に、「ごみ」の意味が変化したので、「落ち葉」を「ご」と呼ぶ様になった説もあります。
当て字には他に、「混雑」と書いて「ごちゃ」、「ごた」、「ごった」と読ませる例もあります。
「雑然」で「ごちゃごちゃ」と読ませる物も。
何でも彼んでも混ぜ込む事を「ごちゃ混ぜ」と言うので、「混」の重複は避けたいと思い、
「落ち葉や木屑」を意味する「草冠に擇(タク)」の漢字を使おうと考えていたのですが、
残念ながらコードの関係で表示出来ませんでした。
擇は「ゴ」とは読めないので、他に漢字を考えるなら、「合(ゴウ)」でしょうか……。
どう当て字しても無理があるので、素直に「雑」や「混」を使った方が良いかも知れません。
0371創る名無しに見る名無し2018/05/02(水) 19:07:30.38ID:OBQ3v2eI
矍々/懼々/瞿々/(きょろきょろ)


左右を窺い見る事、落ち着きが無い事を表す擬態語の「きょろきょろ」です。
「瞿(ク)」は「小鳥が落ち着き無く首を動かして周囲を見る様子」。
隹(ふるとり)が「小鳥」を表し、2つ並んだ目は字の通り。
小鳥が頻りに周囲を気にして警戒する様子から、「恐れる」、「慌しい」、「活発」の意味になりました。
日本語の「きょ」には目の動きを表す意味がある様で、他に「きょとん」、「きょときょと」があります。
この「きょ」は虚ろな状態を表す「虚」では無いかとも言われますが、詳細は不明です。


負(お)ぶう


「背負う」事です。
「負ふ」、「帯ぶ」を語源とします。
関東以北では「負ぶる」とも言います。
「負ぶる」は方言らしく、「負ぶう」が一般的な言い方の様です。
動詞の末尾の「う」や「つ」が「る」に変化する例は、他に「撓(しな)う」、「給(たも)う」、「別(わか)つ」、
「濡(そぼ)つ」等があります。
その内、「負ぶる」も許容されるかも知れません。
0372創る名無しに見る名無し2018/05/02(水) 19:11:31.58ID:OBQ3v2eI
間誤付(まごつ)く


「戸惑う」、「混乱する」と言う意味の「まごつく」です。
擬態語の「まごまご」の「まご」に「付く」が付いた物。
「うろつく」や「いらつく」に類似した成立でしょう。
この「間誤」は当て字と思われます。
「まごまご」には「惑々」を当てましたが、「愚痴愚痴(ぐちぐち)」、「蹌踉蹌踉(そろそろ)」の様に、
「間誤間誤」でも良さそうです。


無為無為(むざむざ)


「見す見す」、「何もせず」と言う意味の「むざむざ」です。
一説には「拉(め)げし」の転とされていますが、「めげ」が「むざ」になるのかは不明です。
未だ「無作(むさ)」や「無残(むざん)」の方が意味も音も近いと思います。
「無為無為」と当てた例があり、これは「何もしない」と言う意味の「無為(むい)」から来た物でしょう。
0377創る名無しに見る名無し2018/05/07(月) 19:32:03.25ID:ugo0XdQH
ラントロックを追って


ブリンガー地方キーン半島の南端にある「ソーシェの森」にて


反逆同盟から離脱したバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックとヘルザ・ティンバー、
そして魚人のネーラと鳥人のフテラは、ブリンガー地方に移動し、ソーダ山脈を越えて、
ソーシェの森に逃げ込んだ。
ここに暮らす魔女ウィローに庇って貰おうと考えたのである。
ラントロックは彼女と親しい訳では無かったが、面識はある。
事情を話せば解ってくれると、希望を持っていた。
彼は古い記憶を頼りに、皆を先導してウィローの住家を目指す。
当時は森を暗く恐ろしい所だと感じていたが、今は然程でも無い。
森深くに立ち入ると、狼の遠吠えが聞こえる。
ヘルザは怯えてラントロックに縋り付き、ネーラとフテラは周囲を警戒した。
ラントロックはヘルザを落ち着かせる。
 
 「大丈夫だよ。
  ここの狼犬は無闇に人を襲わない」

 「で、でも……」

ヘルザはネーラとフテラを顧みた。
彼女等は「人」ではない。
だから「襲われるかも知れない」と、ヘルザは懸念しているのだ。
それを察したラントロックは眉を顰める。

 「多分、大丈夫さ。
  この森はウィローって言う魔女の小母さんの縄張りなんだ。
  あの人が狼犬を操ってるから、迂闊な事はしない筈……」

彼はネーラとフテラにも聞こえる様に答えた。
こちらからも手を出してはならないと言う指示だ。
0378創る名無しに見る名無し2018/05/07(月) 19:33:56.51ID:ugo0XdQH
フテラは不承不承と言った顔付きで、魔法資質による周辺への威圧は止めたが、警戒は解かない。
やがて一匹の大きな狼犬が、ラントロック等の前に現れた。
フテラがラントロックに忠告する。

 「周辺に結構な数の犬が潜んでる。
  気を付けろ」

ラントロックは自信に満ちた顔で答えた。

 「心配しないで。
  俺の能力(ちから)を知ってるだろう?」

妖しい流し目を送られ、フテラは赤面して黙り込む。
彼には魅了の魔法がある。
獣を制する位は訳無い。
ラントロックは無防備に、独りで狼犬に近付く。
恐れや怯みを全く感じさせず。
その様子に狼犬は戸惑い、僅かに尻込みをして、引き下がり掛けて、思い止まる。
迷っていると一目で判る。
ラントロックは狼犬と2身の距離で、足を止めた。
ヘルザ達は固唾を呑んで、彼を見守っている。

 「大丈夫、敵じゃない」

そう言ったラントロックは、その場に片膝を突いて、両手を広げた。

 「お出で」

狼犬は暫しラントロックを見詰めていたが、左右を窺うと徐に彼に向かって歩き始める。
0379創る名無しに見る名無し2018/05/07(月) 19:37:17.14ID:ugo0XdQH
狼犬はラントロックの手の匂いを嗅ぎながら、尻尾を振った。
ラントロックが優しく狼犬の背中を撫でると、狼犬は鼻を鳴らし、座り込んだ。
その後、続々と隠れていた狼犬達が現れ、ラントロックを取り囲む。

 「ラント!」

ヘルザは危険を訴えようとしたが、ラントロックは動かない。
フテラは緊張した面持ちで、息を大きく吸い込む。
何時でも魔性の声で金縛りに出来る様に。
しかし、緊迫した雰囲気の彼女等を余所に、狼犬達は思い思いに寛ぎ始めた。
ラントロックは集まって来た数匹の狼犬を構いつつ、ヘルザを呼んだ。

 「大丈夫だよ、ヘルザ。
  こっちに来て。
  ネーラさんとフテラさんも」

ヘルザは狼犬を踏まない様に気を付け、小走りでラントロックに駆け寄った。
フテラは完全な人型になり、ネーラを先に行かせる。
宙に浮く水球に包まれて移動するネーラに、狼犬は恐れて道を譲る。
それに付いて歩く事で、フテラは狼犬を退ける労力を省いた。
狼犬はネーラとフテラには警戒して近付かないが、ヘルザには馴れる。
彼女に体を擦り付けたり、匂いを嗅いでみたり。
ヘルザは恐る恐る、大柄な狼犬の体に触れた。
房々(ふさふさ)した毛皮の手触りは少し硬い。

 「それじゃ、ウィローに会いに行こう」

彼は狼犬に囲まれた儘、移動を始める。
ヘルザも犇く狼犬の群れに流される様に付いて行った。
ネーラとフテラも後に続く。
0380創る名無しに見る名無し2018/05/08(火) 19:14:57.68ID:RgUwrjN1
一行は森の中の少し開けた場所にある、大きな屋敷に着いた。

 「ここがウィローの家だ」

ラントロックの言葉に、フテラが反応する。

 「――と言う事は、『あれ』がウィローか?」

彼女が指した先、屋敷に上がる木製の階段には、草臥れた黒いウィッチ・ハットと、
同じく草臥れた黒いローブを身に付けた人物が腰掛けていた。
ラントロックが屋敷に目を向けた時には居なかったのだが……。
突然の出現に彼は困惑する。

 「あ、ああ。
  多分……」

外見には見覚えがある気がするが、幼い頃の事だからか、必死に古い記憶を辿っても、
ウィローの魔力の流れを思い出せない。
そもそも彼女は魔力を纏っていただろうか?
確証が持てないので、曖昧な返答をする事しか出来ない。
若いラントロックには、これが「認識を誤魔化す」と言う事だと解らない。

 「先ず、俺が話をする。
  皆は待っててくれ」

彼は警戒しながら、独りウィローと思われる人物に接近した。

 「あの……、ウィローさんですか?」

黒衣の人物は沈黙を貫く。
狼犬達は一斉に彼女の方を向いて、丸で『気を付け<アテンション>』をする様に硬直する。
0381創る名無しに見る名無し2018/05/08(火) 19:16:19.97ID:RgUwrjN1
その様子を見て、ネーラやフテラは黒衣の人物が狼犬達の「主」だと理解した。
ここがウィローと言う魔女の家で、彼女が狼犬の主ならば、黒衣の人物こそがウィローに違い無いと、
そう確信した。
残念ながら、独り突出して彼女と対面しようとしている、ラントロックには伝わらないが……。
重苦しい沈黙の後、黒衣の人物は嗄れた老婆の声で応える。

 「人の名前を訊くなら、先ず自分が名乗れい」

 「あ、はい。
  俺は……俺は、バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックです」

途中から弱気な態度を改め、毅然と名乗ったラントロックに対して、黒衣の人物は惚けた。

 「聞き慣れない名前だね」

 「貴女はウィローさんで間違い無いですね?」

ラントロックには自信が無かった。
ウィローと会うのは何年振りかの事だが、そこまで老いていた印象は無かった。
急激に老いが進行してしまったか、それとも彼女はウィローではないのか?
常識で考えれば、後者の可能性が高い。
だが、旧い魔法使いとは不可解な存在だ。
ある時に突然衰えると言う事があるかも知れない。

 「貴女がウィローさんなら、以前お会いした事がある筈です」

 「……どうだったかな?」

黒衣の人物は惚け続け、明確な事を言いたがらない。
0382創る名無しに見る名無し2018/05/08(火) 19:19:00.79ID:RgUwrjN1
ラントロックは面倒になって、魅了を仕掛けようと企んだ。
彼の魅了の魔法に掛かれば、どんな相手も意の儘だ。
回り諄い遣り取りをする必要も無い。
礼節を欠いた行為ではあるが、今は緊急事態なのだ。

 「お願いします、答えて下さい。
  貴女はウィローさんなんですよね?」

魅了の力を声に乗せて、相手の心に添い、溶け込む様に働き掛ける。
彼の声は耳から脳を侵し、快感を刺激して人を誘惑する。
何者も快楽の衝動に打ち克つ事は困難だ。

 「可愛いね、坊や」

老婆の声が若返る。
「可愛い」とはラントロックの行為を言っているのだ。
相手を説き伏せられず、魅了と言う安易な手段に頼った、その幼稚さを。
しかし、当のラントロックには判らない。
魅了が効いた為の発言なのか、それにしては「彼の望む」回答では無い。

 「お願いします」

ラントロックは改めて働き掛けた。
黒衣の人物は深い溜め息を吐き、漸く真面に答える。

 「その媚びた声を止めろ。
  お前は父親に似ず、誠意が足りない。
  憖、能力(ちから)を持つばかりに、浅ましい企みに頼りよる。
  ここに来た目的を言え、『ラントロック・アイスロン』」

彼女の冷淡な声に、ラントロックは恐れと反感を抱いた。
魅了が効かないと言う不安、そして父親の姓で呼ばれた事に対する憤り。
その怯みさえも読み取って、黒衣の人物は厳しい言葉を突き付ける。

 「どうした、魅了が効かない相手とは口が利けないか?
  自分の意に沿わない相手とは、向き合えないか?
  哀れよの」
0383創る名無しに見る名無し2018/05/09(水) 19:28:39.99ID:dVaEelHh
ラントロックは開き直って、事情を話した。

 「俺達は、ある組織から逃げて来ました。
  ……匿って下さい」

 「この私が、お前達を匿わねばならぬ理由とは?」

黒衣の人物は嘲る様に言う。
彼女がウィローだとして、どうしてラントロック達を庇わなければならないのか?
今のラントロックには何も答えられない。
黒衣の人物は俄かに優しい声で囁く。

 「何も答えられまい。
  それは、お前の精神の卑劣(さも)しさが故だ。
  父の縁を頼って来たのか?」

ラントロックの父ワーロックと、ウィローは知り合いだ。
父の知人であるウィローを頼りに来たと言えば話は済むのだが、父に反発して飛び出した自分が、
それを口にする訳には行かないと、ラントロックは意地を張っている。
しかし、他にウィローがラントロック達を庇うべき理由は思い浮かばない。

 「……親父は関係ありません。
  お礼はします」

そこで彼は取り引きを持ち掛けた。
黒衣の人物は又もラントロックを嘲笑する。

 「フフッ、『礼』か……。
  何をしてくれると言うのかな?
  私が何かを期待している様に見えるのか?」
0384創る名無しに見る名無し2018/05/09(水) 19:31:16.64ID:dVaEelHh
彼女の態度は、取り引きを受け付けない様だった。
ラントロックは困ったが、ここまで来て引き下がる訳にも行かず、勢いで申し出る。

 「俺達に出来る事なら何でも……」

黒衣の人物は声を抑えて笑う。

 「何でも?
  フフフ、『何でも』か……。
  安易に、そんな事を言う物じゃないよ。
  だけど、何でもしてくれると言うなら、して貰おうかな」

彼女は意味深に呟いて、ラントロック達を受け入れる。

 「良かろう、上がれ」

ラントロックは振り返って、ヘルザ等を呼んだ。

 「話は付いた!
  皆、来てくれ!」

ラントロックは黒衣の人物に続いてウィローの住家に上がり、『玄関<エントランス>』で皆が来るのを待つ。
その後、ヘルザ、フテラ、ネーラの順に家に上がった。
狼犬達は庭に残って、銘々に寛ぎ始める。
物珍し気に家の中を見回すヘルザとフテラ。
ネーラは虚ろな瞳で浮いている。
黒衣の人物は無言で、ヘルザとフテラに近付いた。
そして、先ずヘルザに尋ねる。

 「お前の名前は?」

 「わ、私はヘルザ・ティンバーと言います!」

 「何の魔法使い?」

 「な、何の?」

 「どんな魔法を使う?」
0385創る名無しに見る名無し2018/05/09(水) 19:32:51.59ID:dVaEelHh
ヘルザは未だ自分の魔法を見付けていない、未熟な魔法使いだ。
どんな魔法を使うかと訊ねられても、答える事が出来ない。
気圧されて口篭っている彼女を見兼ねて、ラントロックが代わりに説明する。

 「彼女は未だ自分の魔法が判らないんだ。
  唯、『共通魔法使いじゃない』って事しか」

黒衣の人物は帽子を少し押し上げて、ヘルザの瞳を見る。
ウィッチ・ハットの隙間から僅かに覗く目の周りの肌は、皺が深く、少なくとも若くはない事が判る。

 「へぇ、そうなのかい……。
  中々珍しい子だね」

次に彼女はフテラの腕を掴む。

 「こっちは人間じゃないね」

 「気安く触るなっ!」

フテラは反射的に手を振り払おうとしたが、どうした事か力が入らない。

 「おっとっと、乱暴は無しだよ」

黒衣の人物がフテラの腕を握る手に力を込めると、フテラは脱力して座り込んでしまう。

 「な、何をした……?」

彼女の疑問には答えず、黒衣の人物は腕を握る手に一層力を込めた。
いや、真実は逆だ。
黒衣の人物が力を込めているのではない。
フテラの力が抜けて行っている。

 「痛い、止めろ!」

フテラの抗議を受けても、黒衣の人物の態度は変わらないが、ラントロックが横から口を挟む。

 「止めて下さい」

そう言って、彼は黒衣の人物の腕を掴んだ。
ローブの上からの感触だが、それは枯れ枝の様な細く脆そうな腕だった。
少し力を込めれば、折れてしまいそうな……。
0387創る名無しに見る名無し2018/05/10(木) 19:19:18.75ID:kYVAiD0i
ラントロックは黒衣の人物に尋ねる。

 「未だ答えて貰ってませんけど、貴女はウィローさんなんですよね?」

 「ああ、如何にも。
  私は『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティだ」

彼女は漸く正体を明かした。
何故素直に答えなかったのかと、ラントロックは静かに憤るも、今は庇って貰う立場で、
関係を拗らせてる様な真似をしては行けないと堪え、単純な要求をするに止めた。

 「フテラさんから手を離して下さい」

 「彼女を害する気は無いよ。
  少し話をするだけさ」

しかし、ウィローは応じない。
座り込んだフテラを見下ろして、質問を続ける。

 「お前はフテラと言うのか」

 「フンッ!」

フテラは外方を向いて、口を利いてやる物かと意地になった。
ウィローは柔和な笑みを浮かべる。

 「強がるな、強がるな。
  それ、正体を見せろ」
0388創る名無しに見る名無し2018/05/10(木) 19:20:45.71ID:kYVAiD0i
彼女が命じた瞬間、フテラは鳥人から鳥の姿に変じる。
自らの意に反した変化に、フテラは大いに恐慌した。

 「ギャッ、ギャァッ!」

だが、暴れようにも力が入らないので、情け無い鳴き声で喚くしか出来ない。

 「成る程、妖怪変化の類か」

ウィローは独り納得しているが、ラントロックとヘルザは脅威を感じ、身構えた。

 「フテラさんに何をした!?」

ラントロックが驚いて訊ねると、ウィローは小さく笑う。

 「これが私の魔法だ。
  他の連中には『使役魔法使い』と呼ばれている。
  その通り、私の魔法は人や物を『使役』する。
  お前の魔法と似た様な物だよ」

彼女がフテラから手を離すと、フテラは自らの体の支配を取り戻して、人型に戻った。
そして、怯える様にラントロックの背後に隠れて縋り付く。
ウィローはラントロックに目を向けた。

 「な、何ですか?」

その顔は若々しい物に変化している。
同じく、骨だけの様に思えた腕の感触は、何時の間にか温かく柔らかい肉付きに。

 「手を離してくれないかな?
  痛いよ」

 「済みません」

ラントロックは慌てて手を離す。
0389創る名無しに見る名無し2018/05/10(木) 19:22:14.75ID:kYVAiD0i
若々しくなったウィローは、改まって一行に告げた。

 「2階の空いた部屋を適当に使って休むが良い。
  余り散らかしたり、汚したりはしないでくれ。
  それとラントロック、ここに残れ」

何か話があるのだろうとラントロックは察して、ヘルザ等に言う。

 「俺の事は気にしないで。
  先に休んでてくれ。
  長旅で疲れてるだろう?」

実の所は不安だったのだが、格好付けて強がった。
心配そうな顔をするヘルザを、フテラが2階に誘う。

 「行くぞ、ヘルザ」

 「あっ……、ラント、気を付けて」

最後に一度だけラントロックを顧みて、ヘルザは2階に上がった。
ウィローは嫌らしく笑って、ラントロックに言う。

 「お供は女だらけか」

彼は眉を顰めて答えた。

 「一緒に反逆同盟を抜けてくれそうなのが、他に居なかったんです。
  俺の『説得』に応じてくれたのが、彼女等だけでした」

 「そう」

ウィローはラントロックの反論を浅りと流すと、真面目な顔付きになって言う。

 「台所に行こう。
  そこで詳しい話を聞く」
0390創る名無しに見る名無し2018/05/11(金) 18:33:59.19ID:C/U7XVXG
ラントロックは彼女に従って、台所に移動した。
何も置かれていない大きな『食卓<テーブル>』に、2人は向かい合って座る。
先ずウィローが口を開いた。

 「反逆同盟の事は私も知っている。
  碌でも無い事を企んでいる連中だ」

それに対して、ラントロックは反論する。

 「皆、共通魔法社会に居場所が無かったんです。
  俺達も……貴女だって、そうなんじゃないですか?」

 「だから何だ?
  私の様に僻地で細々と暮らしていれば良いではないか」

ウィローは膠も無く切って捨てた。
旧い魔法使いは孤高の存在で、愚衆に理解される必要は無い。
そうした傲慢な考えが、彼女の中にはある。

 「人は誰でも平等でしょう!
  共通魔法使いだろうが、他の魔法使いだろうが!
  どうして共通魔法使い以外は外道と呼ばれて、隠れ住む必要があるんですか」

 「御高説は結構だが、それは『人間』の間でのみ通じる理屈だ。
  私達は人間では無い」

 「卑屈なっ!
  そんなのは負け犬の理屈です!」

 「フフッ、お前には卑屈に聞こえるのか」

若さで逸るラントロックをウィローは嘲笑した。
実際は逆なのだ。
0391創る名無しに見る名無し2018/05/11(金) 18:35:01.65ID:C/U7XVXG
彼女は大きな溜め息を吐いて、ラントロックに言う。

 「対等だの平等だの、どうでも良い事じゃないか?
  事実は一つ、お前達は反逆同盟から逃げて来た。
  奴等に付いて行けなくなったんだろう?」

色々言い足りない事を抑えて、ラントロックは頷く。

 「……そうです。
  反逆同盟は俺達が居るべき場所じゃないと思いました。
  あいつ等は手段を選びませんし……。
  それに、同盟は長くは保たないと思います」

 「泥舟に乗り続ける積もりは無いと。
  だから逃げて来たと」

 「……そうです」

 「沈まなければ、乗り続けていたかな?」

ウィローの質問に、ラントロックは少し考えた。

 「分かりません。
  でも、どの道あれじゃ上手く行かないと思いました。
  皆、考えてる事が撒(ば)ら撒(ば)らで……。
  何と無く一緒に居るだけで、全然考え方が違うんです。
  自分が支配者になりたい人、とにかく暴れたいだけの人、好きな事が出来れば良いだけの人。
  ……これじゃ共通魔法使いとの戦いが終わっても、何も解決しないんじゃないかって」

ウィローは暫し、品定めをする様な目で、ラントロックを見詰めていた。
0392創る名無しに見る名無し2018/05/11(金) 18:36:43.87ID:C/U7XVXG
彼女は改めてラントロックに問う。

 「これから、どうする積もりだ?」

 「今は、とにかく同盟から身を隠して……」

 「その後は?」

同盟が倒れた後の展望があるのか?
それにラントロックは答えられない。
具体的に何かをしたいと言う目標は無いのだ。
ウィローは誘導する様に囁く。

 「家族の元に帰る気は無いか?」

 「いや、それは……」

ラントロックは返答を躊躇った。
反逆同盟から離れたとは言え、父との蟠りが解けた訳では無い。
彼が家出した事と、反逆同盟に直接の関係は無いのだ。
ウィローは呆れた風に小さく息を吐く。

 「何をするにしても、お前の自由だ。
  但し、ここに長居させる積もりは無いぞ」

 「有り難う御座います」

ラントロックは小さく頭を下げて、今後に就いて考えた。
反逆同盟が倒れた後、果たして自分達に行き場はあるのか……。
魔女ウィローが言う様に、自分達も又、どこかで隠れ住むしか無いのか……。
0393創る名無しに見る名無し2018/05/12(土) 18:17:05.29ID:59hMegAI
彼は落ち込んだ気分で、2階に移動した。
2階の廊下の左右には、幾つかの部屋が並んでいる。
階段を上がって直ぐの所で、ヘルザとフテラとネーラが待ち構えていた。

 「お帰り、どんな話だった?」

真っ先にフテラが声を掛けて来る。
ラントロックは困り顔で答えた。

 「取り敢えず、暫く匿って貰える事にはなった。
  余り長居はさせてくれないみたいだけど……。
  『出て行け』と言われるまでは居る積もりだ」

 「解った」

冷静に頷くフテラとは対照的に、不安の拭い切れない顔をするヘルザ。
魅了の力で心神喪失状態のネーラは、無表情で浮いている。
フテラは続けて、ラントロックに問う。

 「所でトロウィヤウィッチ、どの部屋を使う?」

 「どの部屋?」

 「私達は、それぞれ別の部屋で休む事にした」

 「そう。
  俺も適当に空いた部屋を使うよ。
  どの部屋が空いてるかな?」

特に何とも思わず、そう答えたラントロックを、フテラは止める。

 「私と一緒に寝ないか?」
0394創る名無しに見る名無し2018/05/12(土) 18:19:12.47ID:59hMegAI
ラントロックはフテラに目を向け、露骨に不満の表情を見せた。

 「そんな事、言ってる場合じゃないよ」

 「こんな時だからこそなんだが」

フテラは彼の首に腕を回し、肌を摺り寄せる。
何と無くラントロックは、ヘルザに視線を送った。
彼女は睨む様な目で、ラントロックとフテラを見ている。
それに慌てたラントロックは、フテラの瞳を覗き込んだ。

 「止めてくれよ」

 「あっ」

魅了の魔法を掛けようとしていると感付いたフテラは、赤面して目を逸らす。

 「危ない、危ない……」

 「欲求不満なら解消して上げようかと」

 「欲求その物を抱かない様にするのは、無しにしてくれ」

 「尽き果てるまで、満たして上げる事も出来るけど」

 「い、いや、そこまでは……」

 「ああ、そう」

ラントロックは強がった裏で安堵の息を吐くと、ヘルザに尋ねた。

 「どの部屋が空いてる?」
0395創る名無しに見る名無し2018/05/12(土) 18:23:06.98ID:59hMegAI
ヘルザは階段側から見て、廊下の右に並ぶ2番目の部屋を指した。

 「ここから先は全部」

 「じゃあ、ここにするよ。
  皆、十分に体を休めてくれ」

ラントロックは右側2番目の部屋に入ると、戸を閉めて、大きな溜め息を吐いた。
彼は慣れない長距離移動で疲れていたし、ウィローとの会話でも神経を使った。
部屋の中に1つ置かれた『寝台<ベッド>』に横になった彼は、大きく深呼吸をして目を閉じる。
木造の部屋は古い木材の独特の匂いがあり、砦の石造りの部屋より温か味を感じる。
それは彼の生家を思わせる為だ。
ラントロックの頭の中を、過去の記憶が巡る。
――彼は微睡(まどろみ)の中で、「家族」を思い出していた。
ソーダ山脈を越える途中で、ヘルザが憊(へば)り、足が痛いと言い出した。
大声で喚いた訳ではなく、控え目な主張だった。
それは幼い頃のラントロックその儘だった。
尤も、彼の場合は父親に甘えるのが嫌で、限界まで耐えていたのだが……。
ラントロックは父親に背負われて山を越えたが、同じ様にヘルザを背負ってやる事は出来なかった。
結局フテラが彼の代わりに、ヘルザを負ぶって歩いた。

 (もっと体力を付けないと……。
  親父に負けない様に)

脚が筋肉痛で張っている。

 (あの時は……。
  そう、義姉さんが共通魔法で治してくれた)

ラントロックは父親に治して貰うのが嫌だった。
本当は義姉のリベラにも治して貰いたくはなかった。
甘えた弱い男だとは思われたくなかった。
0396創る名無しに見る名無し2018/05/13(日) 16:37:41.70ID:Ikz0nvtC
 (あぁ、ヘルザも今頃は痛む足を気にしているのかな……。
  彼女も共通魔法は使えないんだった。
  俺に共通魔法が使えれば……?
  否、俺は魅了の魔法使いなんだ)

便利な共通魔法を使えればと思う気持ちと、母親から受け継いだ魔法を大事にしたい気持ち。
魅了の魔法がある限り、ラントロックは共通魔法使いにはなれない。
魔力の流れを共通魔法の発動に合わせる事には、強烈な違和感がある。
それが先入観に因る物か、生理的な嫌悪なのかは判らないが……。

 (大人になりたい。
  力強くて、頼れる大人に。
  ……親父みたいな?
  違う、親父より強く)

願う心は強くとも、それだけで強くなれる程、世の中は都合好く出来ていない。
彼の頭の中に、父の言葉が浮かぶ。

 (ラント、武術を始める気は無いか?
  長い人生、魔法に頼れない状況が出て来るかも知れない。
  そう言う時の為に、普段から体を鍛えて、動ける様にしておいた方が良いぞ)

ラントロックの父親は、息子との接点を持とうと、よく武術の訓練に誘った。
しかし、父親に反発していた彼は、素直に付き合う気にはなれなかった。
その代わりに義姉のリベラが、父に武術の手解きを受けた。

 (私が留守の間、家を守るのはラント、お前だ。
  お母さんや、お姉さんを守れる様にならないと行けない……とは思わないか?
  ……無理強いはしないが)

彼は母親譲りの魅了の魔法があるから、体を鍛える必要は無いと思っていた。
だが、現実そうも行かない様である。
0397創る名無しに見る名無し2018/05/13(日) 16:39:35.50ID:Ikz0nvtC
ラントロックは何時の間にか眠りに落ちていた。
目を覚ました時には、既に辺りが暗んでいる。

 「……寝過ごしたか」

余程疲れていたんだろうと反省しつつ、彼はヘルザ等の様子を窺いに行く。

 (お腹が空いて来る頃じゃないかな?
  ここまで大した食事も出来なかった。
  ウィローさんは食べ物を用意してくれるかな……)

彼は先ずヘルザの所に行こうと思ったが、部屋が判らない。

 (あぁ、どこで休んでるか聞いてなかった)

適当に部屋を空けて行けば良いかと、ラントロックは先ず隣の部屋の戸をノックする。
所が、反応が無い。

 (……寝てる?)

彼は静かに取っ手を掴んで回す。

 (鍵は掛かってない)

寝ているなら起こさない様にしようと、彼は音を立てずに戸を開けて、中を窺った。
部屋の中央には水球が浮いている……。

 (あっ、ネーラさんの部屋か)
0398創る名無しに見る名無し2018/05/13(日) 16:45:26.71ID:Ikz0nvtC
ラントロックは水球の中で丸まっているネーラに話し掛ける。

 「ネーラさん」

彼の呼び掛けに、ネーラは目を開けて、水球から上半身を出した。
ラントロックは指を鳴らして、彼女の精神支配を解く。
正気を取り戻した彼女は、辺りを見回した。

 「あっ……」

支配されている間も記憶はあるが、それは夢を見ていた様な感覚。
朧気であり、現実感が無い。

 「安心して。
  ここは俺の知り合いの魔女の住家だ。
  今、匿って貰ってる」

ラントロックに説明されたネーラは、安堵とも不安とも付かない表情で溜め息を吐く。
それを心配したラントロックは念を押す様に彼女に告げる。

 「もう大丈夫だよ」

 「……済まぬ。
  彼(あ)の方を裏切ったのだと思うと、気が重くてな」

自分は信用されていないのかと、ラントロックは少しショックを受けた。
同盟の長であるマトラの真の強大さを彼は未だ知らない。
知ってしまえば、どんな状況でも「安心」は出来ないと悟ってしまうだろう。
ラントロックは苦々しい気持ちでネーラに尋ねた。

 「未だ正気を失った儘の方が良い?」

裏切りを心苦しく思うのであれば、「魅了された」と言う建て前で、過ごさせる事も出来る。
その方が気が楽だとネーラが言うのであれば、彼女が安心出来る時が来るまで、
そうしても良いとラントロックは思っていた。
0399創る名無しに見る名無し2018/05/14(月) 20:57:00.52ID:bN/0WFrs
ネーラは水球に潜り、その場で旋回しながら考える。
数極間、体を動かした後、彼女は再び浮上して答えた。

 「……いや、ここまで来たら、私も覚悟を決めるよ。
  主は私を連れて逃げてくれた。
  その恩に報いなくてはな」

ネーラの瞳は不安に揺れているが、同時に決意が本物と言う事も伝わる。
ラントロックは力強く頷いて、彼女に言う。

 「有り難う。
  俺は何があっても皆を守る」

ネーラは本気になったマトラから、彼が仲間を守り切れるとは少しも思っていなかったが、
その心意気は嬉しかった。

 「トロウィヤウィッチ……。
  いや、何でも無い。
  信じているよ」

ネーラは水球に沈んで、再び旋回を始める。
今後起こるであろう事態に、どう対応した物か悩みながら。

 「ああ、俺も信じてる」

もしかしたら、ネーラは同盟に戻りたがるかも知れない。
彼女のマトラに対する畏怖の感情と忠誠心は、ラントロックには理解し難い。
それでもラントロックはネーラが裏切らない方に賭けて、再び魅了する事はしなかった。
0400創る名無しに見る名無し2018/05/14(月) 20:59:33.70ID:bN/0WFrs
退室した彼は、次に向かいの部屋の戸を叩いた。

 「誰だ?」

返って来たのはフテラの声。

 「俺だ、トロウィヤウィッチだよ、フテラさん」

 「ああ、入って」

彼女は警戒を解いた穏やかな声で、入室を許可する。
ラントロックは静かに戸を開けて入室した。
鳥人形態のフテラはベッドの上で、長い脚を畳んで座っていた。

 「何か用か?」

フテラの問いに、ラントロックは少し困った顔をして答える。

 「特に用って程でも無いけど。
  どうしてるかなと思って。
  疲れてない?」

 「疲れていないと言えば嘘になるが、大した事は無いよ」

 「お腹空いたりは?」

 「別に。
  食わないなら食わないで何とでもなる」

先程から否定の言葉が続くのが、ラントロックは気になった。

 「機嫌悪い?」

 「そんな事は無い」

フテラは鼻で笑うが、又否定の言葉を告げられたので、ラントロックは思案する。
こう言う時の女性の扱いを、彼は幼い頃から知っている。

 「……一緒に付いて来てくれて、有り難う」

不意に礼を言われて、フテラは面食らった。

 「あっ、いや、気にするな」

彼女は照れ隠しする様に、翼に顔を埋めると、鳥の姿になって目を閉じた。
もう話をする積もりは無い様子。
0401創る名無しに見る名無し2018/05/14(月) 21:02:40.96ID:bN/0WFrs
 「それじゃ又後で」

そう告げるとラントロックは退室して、今度は隣の部屋に向かった。
ここにはヘルザが居る筈である。
ラントロックはノックして許可を求める。

 「ヘルザ、俺だ、ラントロック。
  入って良いかな?」

 「あ、良いよ」

少し慌てた声で反応がある。
ラントロックは意識して短い間を置き、戸を開けた。
ヘルザはベッドに腰掛けている。
表情は笑顔だが、隠し切れない疲れが見える。

 「お休みの所、御免。
  どう、変わり無い?
  足の痛みは?」

 「……未だ少し。
  でも、大丈夫、怪我した訳じゃないから」

ヘルザは脚を擦りながら答えた。

 「診せて」

ラントロックは彼女に近寄り、足の具合を診ようとする。
躊躇いと抵抗感を見せるヘルザだが、ラントロックは気にしない。
彼には下心が無い分、配慮が欠けていた。
0402創る名無しに見る名無し2018/05/15(火) 19:12:55.55ID:ftm9Dagk
ラントロックはヘルザに対して、ベッドの上に足を投げ出す様に指示をする。
彼女は恥じらっていたが、空気に流されて言われるが儘にした。
靴を脱いだヘルザの足の裏と踵の辺りには、肉刺が出来て皮が剥けていた。
靴擦れに因る物と思われる。
その痛々しさに、ラントロックは眉を顰める。

 「どうにか治せれば良いんだけど……。
  薬が無いか、ウィローさんに聞いてみるよ。
  脹脛や足首、膝に痛みは?」

 「少し……」

 「余り痛みが長引く様だったら、治療法を考えないと」

症状を聞きながら、ラントロックは共通魔法が使えればと悔やしがった。
今まで、そんな風に考えた事は一度として無かった。
何か自分に出来る事は無いかと、彼は懸命に気を使う。

 「お腹は空いてない?」

 「一寸だけ」

ヘルザは控え目に空腹を訴える。

 「食べ物を分けて貰えないかも聞いてみる。
  待ってて」

そう言うと、ラントロックは退室して、1階に降りた。
0403創る名無しに見る名無し2018/05/15(火) 19:14:26.72ID:ftm9Dagk
匿わせて貰っている立場で贅沢が言えない事は承知だが、食事が無ければ困る。
1階でラントロックはウィローを探した。
各所に明かりこそ点いているが、どれも弱々しく、配置も疎らで全体的に屋敷は薄暗い。
そんな中で彼は数点歩き回ったが、ウィローの姿は見当たらなかった。
台所にも居間にも玄関にも誰も居ない。
寝室には鍵が掛かっているが、明かりは点いておらず、人の気配はしない。
ラントロックはウィローを探して屋敷の中を彷徨いていた所、地下へ続く階段を発見した。

 (この下に……?
  とにかく行ってみよう)

地下への階段の先は、真っ暗で何も見えない。
辛うじて足元が見える程度。
ラントロックは勇気を出して、階段を下りる。
冷たい煉瓦の壁に手を添え、段を踏み外さない様、慎重に。
一つ一つの段は大きく、やや急だ。
転げ落ちたら大惨事。
唏驚(おっかなびっく)り歩いていると、目の前に人影が現れる。

 「うわぁっ!?」

驚いて仰け反るラントロック。
人影の正体はウィローだった。
彼女は呆れて笑う。

 「そんなに驚かなくても……。
  この下は私の『呪術室<ウィッチン>』だけど、何か用なの?」

ウィローの声は中年の小母さんの様。
ラントロックは咳払いをして、単刀直入に依願した。

 「食べ物を分けて頂けませんか?
  それと傷薬も欲しいんですが……」
0404創る名無しに見る名無し2018/05/15(火) 19:14:47.01ID:ftm9Dagk
ウィローは物言いた気な顔をしながらも、特に文句は言わず、短く告げる。

 「付いて来て」

彼女の口調が少し柔らかい物に変化している事に、ラントロックは気付く。

 (お婆さんだったり、若く見えたり、今は小母さん……。
  見た目に応じて性格も変わるのか?
  この人は、どうなってるんだ?
  もしかして本当に別人の可能性も?)

同盟に居た魔法使いとも違う、奇妙な魔法使いの在り方に、彼は困惑した。
ウィローは1階に戻ると、台所に向かう。
そこから彼女は物置に入った。

 「食料ねェ……。
  独り暮らしが長かった物だから……。
  干物と漬物しか無いねェ。
  お酒なんか飲ませらんないし、『砂糖菓子<コンフェイト>』食べる?」

ウィローは物置を漁りながら、発掘した物をラントロックに押し付ける。
『乳酪<チーズ>』は乾き切っており、石鹸の様。
恐らく野菜の漬物だったであろう代物は、古漬けを通り越して、縮み過ぎている上に黒くなっており、
元が何だったのかも不明。
砂糖菓子は半ば溶け掛かっており、球形を保っていない。
食卓に出した所で、ヘルザは当然の事、フテラもネーラも受け付けないだろう。
ラントロックは試しに、乳酪を齧ってみた。
塩味が強く、食感は最悪だが、何とか食べられない事は無い。
漬物の方は塩辛く、こちらは単体では食べられそうに無い。
干し肉や砂糖菓子は、先ず先ず「美味しい」と言って良い。
他に食べる物を選べる状況であれば、その限りでは無いかも知れないが……。
0405創る名無しに見る名無し2018/05/16(水) 19:08:41.99ID:40Pihsca
ラントロックは母親っ子だったので、よく料理をする母親を手伝った経験から、料理は得意だった。
その才能は反逆同盟の拠点でも活かされた。

 (塩気は十分、糖分も酸味もある。
  味を調えれば、それなりの物になる筈)

多少手を加えれば、ここにある物も美味しく食べられるのではと彼は考える。
そこで彼は食材を抱えて、ウィローに尋ねた。

 「台所を借りても良いですか?」

 「えっ、ああ」

彼女は面食らった様子で、一瞬迷うも頷く。

 「あんたが料理するのかい?」

 「ええ」

早速ラントロックは台所で調理を始めた。
鍋に水を張り、竈の中に薪を重ねて火口(ほくち)を添える。
その様をウィローは静かに見守っていた。
竈に火を入れようとしたラントロックだが、火種が無い事に気付く。

 「ウィローさん、燐寸はありませんか?」

 「さて、あったかな?
  最近使った記憶が無い」

 「明かりに使う火は、どこから取ってるんです?」

 「地下の大釜から、絶えずの火を分けている」

地下の火を今から取りに行くよりも、燭台から火を取る方が早いと感じたラントロックは、
乾いた細い薪に蝋燭の火を移した。
0406創る名無しに見る名無し2018/05/16(水) 19:11:19.57ID:40Pihsca
細い薪に燃え移った火を、火口で大きくし、積み重ねた薪に更に燃え移らせる。
火は徐々に大きくなって、竈から食み出す程になった。
鍋を火に掛け、湯が沸くまでの間、ラントロックはウィローに尋ねる。

 「傷薬の方は、どこにありますか?」

 「調合した薬草なら何種類か持ってるけど、症状は?」

 「筋肉痛と、肉刺が潰れたのと。
  関節痛に効く薬もあれば嬉しいです」

 「分かった、探しておこう。
  あんたは調理を続けてなさい」

ウィローはラントロックに告げると、台所から出て行った。
ラントロックは干し肉を湯に浸し、柔らかくして、塩気と旨味を出す。
彼は薪を弄り、湯加減を見ながら、他の食材を並べて思う。

 (……彩りが足りない。
  青味が欲しいな。
  その辺で摘んで来ようか)

森の中だから食べられる野草は幾らでも生えているだろうと、彼は安易に考えていた。

 (未だ真っ暗じゃない。
  香草の類なら、直ぐ近くでも見付かるかな?
  油菜の仲間か、芹とか蓼も生えてると良いけど。
  最悪、無くても良いか)

ラントロックは火を弱め、本の数点、食卓に彩を添えられる野草を探しに出掛けようと決める。
0407創る名無しに見る名無し2018/05/16(水) 19:13:24.20ID:40Pihsca
庭に出た彼は、地上の植物を観察しながら歩く。

 (そう都合好く、食べられる野草は見付からないか……。
  食えそうなのは、野良豆と酸葉しか見当たらない)

もっと良い物は無いかと歩き回っていると、大きな木が目に入った。
その幹には傷が付けてあり、白い樹液が幹に巻き付けられた容器に集められている。

 (これはモールの木だな。
  木の実は甘くて美味しいんだっけ。
  俺は食べた事無いけど。
  でも、時期じゃないな。
  残念。
  そう言えば、モールの樹液は魔力を通さないとか何とか……。
  だから『魔除けの木』だとか親父は言ってたな)

もしかしたら、このモールの木が外敵の目を誤魔化してくれているのかも知れないと、
ラントロックは思う。
樹液を採取しているのも、何か使い道があるからなのだろう。
それから少し辺りを歩き回った彼だが、他に手軽に食べられそうな野草は見付けられなかった。

 (結局、野良豆と酸葉だけ……。
  まあ良いや)

未だ調理の途中で、長時間離れるのは良くないと、ラントロックは採取した野良豆と酸葉を、
両手に抱えて屋敷に向かった。
その時、背後から声が掛かる。

 「斯様な所に居ったか、トロウィヤウィッチ」

彼は慌てて振り返った。
声の主は吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカ。
0408創る名無しに見る名無し2018/05/17(木) 21:12:06.22ID:lOvthQQE
彼女は笑みを浮かべ、ラントロックを詰る。

 「我との『約束』を忘れた訳ではあるまいな?」

 「約束……?」

本気で何の事か忘れていた彼は、思い出そうと必死に記憶の糸を手繰る。
中々思い出せない様子のラントロックを見て、フェレトリは呆れた。

 「ここまで軽んじられていようとは」

 「あっ、吸血の事か!」

漸く思い出した彼は、高い声を上げて目を見開く。
ラントロックはフェレトリに定期的に血を与える約束をしていた。

 「そうだ、戻って来い、トロウィヤウィッチ」

フェレトリは満足気に頷き、嫌らしく笑む。
だが、ラントロックは彼女の誘いには乗らない。

 「嫌だ。
  もう同盟には戻りたくない」

彼は淀み無く言い切る。
フェレトリは戯(おど)けて尋ねた。

 「何故?
  今更、同盟の活動に疑問を持ったのか?
  人間の正義に目覚めたとでも?
  そうでは無かろう。
  共通魔法社会に帰属する積もりも無かろうに」

 「同盟には未来が無い」

 「ハハハ、何を根拠に?
  予知魔法使いでもあるまいに」

彼女はラントロックを物を知らない子供の様に扱う。
0410創る名無しに見る名無し2018/05/17(木) 21:13:30.91ID:lOvthQQE
事実、ラントロックは無知な子供だ。
悪魔や魔法使いに関しては疎(おろ)か、同盟を率いるマトラの強大さも知りはしない。
それでも彼は言う。

 「同盟なんて名前だけだ。
  皆、考えてる事が違う。
  最後には意見の違いから反発し合って、散り散りになってしまうよ」

 「マトラ公(きみ)が御坐(おわ)す限りは、無用な心配よ。
  戻って来い、トロウィヤウィッチ。
  今なら許してやる。
  残された獣人の娘と、昆虫人の娘も、そなたの帰りを待っておるぞ」

置いて行ったテリアとスフィカの事に触れられ、ラントロックは少し心が揺れた。
しかし、彼女等は自分の意思で同盟に残ったのだ。

 「俺は戻らない」

改めて宣言したラントロックは、フェレトリを魅了すべく睨み付けた。
伯爵級の実力を持つフェレトリには、魅了の効果は薄いのだが、他に出来る事は無い。
ラントロックの視線をフェレトリは堂々と受け止めて笑う。

 「ククク、無駄な事を……。
  そなたの行為は、飢えた獣に肉を差し出すに等しい」

魅了の魔法は強敵相手には逆効果になる場合がある。
執着心や征服欲を刺激して、制御不能になる虞があるのだ。
それを覚悟で、ラントロックは魔法を仕掛けた。
魅了は自らの存在を相手に認識させる事から始まる。
外貌や仕草によって目を侵し、声や音によって耳を侵し、香気によって鼻を侵し、触れては肌を侵す。

 「なら、食ってみるか?」

ラントロックはフェレトリを挑発した。
0411創る名無しに見る名無し2018/05/17(木) 21:13:59.33ID:lOvthQQE
肉を持つ者は肉の定めには逆らえない。
フェレトリも肉体を持って現世に降臨しているのだから、それは同じ事。
目で光を捉え、耳で音を拾い、鼻で匂いを嗅ぎ、舌で食を味わい、肌で風を感じ、足で土を踏む。
ラントロックの自信に満ちた態度から、フェレトリは罠だと察して、吸血を躊躇った。

 「どうした?
  怖いのか?」

ラントロックは「女」が相手なら勝てると思っていた。
彼は両手を広げて、フェレトリを誘う。

 「血が欲しければ、幾らでも吸うが良い。
  だけど、只で済むとは思わない事だ」

ラントロックの声がフェレトリの耳を通って、彼女の頭で反響する。
強烈な衝動を感じた彼女は、誘惑されていると自覚した。

 「わ、我は誇り高き悪魔貴族。
  高位貴族の伯爵であるぞ。
  我が吸血するのではない。
  そなたが血を差し出せい」

フェレトリは強大な魔法資質でラントロックを威圧するが、全く通じなかった。
彼の魔法資質を悪魔貴族の階級に当て嵌めても、子爵級が精々。
悪魔伯爵のフェレトリには、遠く及ばない筈である。
それにも拘らず、ラントロックが平然としているのは何故なのか?
魔法資質の差に脅威を感じるのは、悪魔の魂を持つ者の本能で、無視出来る物では無いのに……。
その理由はラントロックがトロウィヤウィッチの子である為。
彼の母カローディアは、強大な悪魔の魂を宿していた。
常に母の傍に居たラントロックは、強大な力に対する精神的な免疫力が鍛えられているのだ。
0412創る名無しに見る名無し2018/05/18(金) 18:29:13.95ID:BkyzAlhk
威圧が通じないのであれば、実力行使するより他に無い。
フェレトリは身に纏う血の衣から多量の鼠を生み出し、ラントロックを牽制した。

 「吸血するにしても、我が直接手を下す必要は無いのであるよ。
  我は配下を介して、間接的に血を得る事も可能なのである。
  さて、鼠の凶悪さは存じておるかな?
  飢えた鼠は何でも食らう。
  生きた儘、貪り食われたくなくば、跪きて寄れ。
  獣の様に四足(よつあし)で這いてな」

彼女は逸る気持ちを抑えて、ラントロックに命じる。
所が、彼は応じない。

 「俺を鼠に食わせる?
  そうじゃない。
  それじゃ『面白くない』だろう?
  栄養は同じでも、冷めたスープを飲むのか?
  触れ合う事が出来るのに、眺めるだけで満足なのか?」

ラントロックは自らフェレトリに向かって、一歩踏み出した。

 「フェレトリ、貴女の強さは知っている積もりだ。
  俺なんかより遙かに強いと言う事も。
  でも、俺は負けない」

フェレトリには彼の声が益々魅力的に聞こえる。
徐に歩みを進めて、距離を詰めて来るラントロックが、彼女は恐ろしい。

 「……来るな」

彼女は片足を後ろに引いた所で、これ以上は退がれないと思い止まる。

 「ああ、四足で這って来ないと行けなかったかな?」

ラントロックは強がりの笑みを見せ、フェレトリと1身の距離まで近付くと、その場で膝を突き、
彼女を見上げた。

 「お望み通り、来てやったぞ。
  ここから、どうやって吸血する?」
0414創る名無しに見る名無し2018/05/18(金) 18:31:40.61ID:BkyzAlhk
フェレトリは自らの体内を血液が激しく駆け巡っているのを自覚した。
肉の衝動は快楽と直結している。
彼女の体は、それを求めているのだ。

 「正体を失う事が怖いのか?」

ラントロックは尚もフェレトリを挑発した。

 「俺には貴女を害する術は無い。
  何をそんなに恐れる必要がある?」

フェレトリが警戒して手を拱いている内に、横槍が居る。

 「今日は客人が多いわねェ」

使役魔法使いのウィローが、侵入者の気配を感じ取って現れたのだ。
彼女は又若返って、今度は20代中頃の様。
フェレトリは舌打ちする。

 「貴様、『惑わしの月』!
  太古の昔、兄弟姉妹共々天に成り代わり損ねた物が、未だ生き残っていたか!」

 「四度(よたび)も人間に負けた吸血鬼よ、お互い昔話は止めようじゃないか……」

互いに過去に傷を持つ者同士、彼女等は睨み合う。
ウィローは続けて、フェレトリに言った。

 「私の可愛い子供達を傷付けてやしないだろうね?」

 「子供?」

 「狼犬の事だよ」
0415創る名無しに見る名無し2018/05/18(金) 18:32:42.51ID:BkyzAlhk
フェレトリは小さく笑う。

 「犬を飼う趣味があったのか」

 「あんたは鼠を飼う趣味があるみたいだね」

ウィローはフェレトリの足元に群れている鼠を見て、笑い返した。

 「フフフ」

 「ホホホ」

両者共に口元を隠して笑い合うも、目は少しも笑っていない。
放置を食らったラントロックは、フェレトリの足元の鼠に目を遣った。
鼠達も主に放置されて困惑している様子だ。
丸で、小母さん同士の立ち話の脇に置かれた子供。
ラントロックは試しに鼠を誘惑してみた。
蹲(しゃが)み込み、人差し指の動きで鼠を呼ぶ。
群れの中から数匹が離れて、彼の指の匂いを嗅いだ。

 (自由意志があるのか……。
  完全に操られて動くんだと思ってたけど、そうでも無いんだな)

どうやらフェレトリの見ていない所では、自由に行動出来る様だ。
ラントロックは指で、赤黒い鼠の体を撫でた。

 (手触りは普通の鼠と同じだ。
  血から生み出されても、粘々する訳じゃないのか)

鼠達は一匹一匹、ラントロックの手元に集まり始める。
0416創る名無しに見る名無し2018/05/19(土) 17:15:17.11ID:+h5eYUrN
一方で、フェレトリとウィローは口論を続けていた。

 「己の分も弁えず、太陽と月に挑んだ挙句、兄弟と妹が焼け死んだのであろう?
  唯独り生き残った感想を、是非とも聞かせて欲しい物であるなぁ?」

 「兄妹(きょうだい)達は壮大な物と戦い、雄々しく散って行った。
  あんたの様に、人形遊びしながら卑屈に生きる物には解らないでしょうね」

 「そして、貴様は隠れ住んでいると。
  中々笑える結末ではないか」

 「負け様も無い人間相手に敗北を重ねた愚か者には言われたくないわ。
  あんたみたいなのを真の敗者と言うのよ。
  生まれ付いて怯懦(きょうだ)な精神が招いた敗北なのでしょうねェ」

互いに「昔」を知る者同士、罵り合いは容赦の無い物になる。

 「……貴様も兄妹の後を追わせてくれようか?
  生憎と火は扱い慣れぬ故、死に様が『焼死』でない事は許してくれ給え」

 「はぁ、自分が勝つ積もりなの?
  人間に負ける様な奴(の)が、私には楽勝みたいな、頭悪過ぎて笑えて来るわ。
  燃え尽きるのは、あんたの方だよ」

地の利はウィローにあるのを、フェレトリは気付いていない。

 「妹が居た頃の貴様は、我より強かったであろうになぁ。
  それこそ月に並ぶ程の……っと、及ばぬから負けたのであったな。
  何とも残酷な事よ。
  半身と半霊を失い、弱体化した貴様を誰が恐れる」

 「御託は良いから、掛かって来たら?」

 「愚か者程、早死にしたがる。
  今生最後の会話なのだから、愉しみ給えよ」

 「最後じゃないから、惜しむ事も無いわ。
  それとも、あんたにとって最後なの?
  だったら諄々(ぐだぐだ)引き延ばすのも解るわ。
  どうぞ御存分に」

 「情けを掛けた積もりなのであるが、悔いは無いと見える!」

長々と無意味な会話を続けた後、フェレトリが仕掛けた。
0417創る名無しに見る名無し2018/05/19(土) 17:18:37.78ID:+h5eYUrN
ここはウィローの結界の中で、フェレトリの能力は抑えられる筈だが、瞬く間に周囲が闇に染まる。
光を遮るフェレトリの結界が、ウィローの結界を塗り潰したのだ。
しかし、ウィローも一方的な展開にはさせない。
自ら光を発して、一部ではあるが闇を振り払う。

 「あんたは光に弱い。
  日光でも、月光でも、『提燈<ランタン>』の灯でも、凡そ眩しい物は全て嫌った」

 「中々の光量であるな。
  月に成り代わろうとしただけはある。
  然し、弱い!
  我を追い詰めるには及ばぬ」

暗闇の中でフェレトリの正体を掴む事は出来ない。
彼女は結界内を覆う闇その物と化しているのだ。
ウィローが強い光を保っている内は、フェレトリは手を出せないが、それはウィローも同じ事。
では、互角なのかと言うと、そうでは無い。
ウィローはフェレトリの結界の中に閉じ込められている。

 「その儘、命を削りながら明かり続けるが良い!
  兄妹達の様に『燃え尽き』、『消し炭になる』までな」

今のウィローの魔法資質では、闇と同化したフェレトリを一気に払えない。
外部からの魔力の供給が断たれている現状、ウィローの力は次第に衰え、圧殺されてしまう。
打つ手は無い様に見えるが……。
0418創る名無しに見る名無し2018/05/19(土) 17:20:52.26ID:+h5eYUrN
時は少し遡り、闇が結界を覆った直後。
ラントロックも闇の中に囚われていた。
彼と戯れていた鼠達は、再びフェレトリの支配下に帰って、闇の一部と化している。
この闇は霧化した血液が作り出した物なのだ。

 (所詮は仮初めの命、主には逆らえないのか……)

血の霧は光を遮り、薄暮を深夜の闇に変える。
結界から脱出しようにも、「外」の方向も判らない。

 (魅了する所の話じゃないや。
  くっ、こんなの初めて見るぞ!
  砦に居た時は、実力を隠していた?)

ラントロックは血の霧を掻き分けながら、闇雲に「外」を探した。
彼の魔法資質は全方位にフェレトリの気配を感じ取っている。
丸で彼女の「内部」に囚われている様。

 (フェレトリも俺の存在を解ってる筈。
  何時攻撃されても不思議じゃない。
  どうにかならないか?
  誰かの助けを……。
  ネーラさんやフテラさんの能力なら……。
  駄目だ、攻略出来るイメージが思い浮かばない!)

当ても無く歩き回った彼は、偶然モールの木に辿り着いた。

 (これはモールの木!!
  魔除けの効果、魔力を通さない!)

危機的状況の中、これを利用出来ないかと直感したラントロックは、知恵を絞る。

 (考えろ!
  フェレトリを封じる方法は無いか?)
0419創る名無しに見る名無し2018/05/20(日) 18:14:02.50ID:g9gELg2X
懸命に思考する彼に、声を掛ける者があった。

 「あら、あんたもモールの樹の下に避難しに来たのかい?
  中々勘が良いんだねぇ」

それは魔女ウィロー。
発光している彼女を見て、ラントロックは驚く。

 「うわ、眩しっ!?
  どうなってんですか、それは?」

ウィローがラントロックに近付くと、彼女の纏う光を厭う様に、血の霧が引いて行った。

 「単なる光の魔法だよ」

旧い魔法使いと言う物は、基本的に自分の魔法以外の魔法は使いたがらない物である。
「使役魔法」使いであるウィローが、「光の魔法」を使っている事が、ラントロックには不思議だった。

 「使役魔法使いって言ったのは?」

彼は「光を使役している」のかと予想したが、そうでは無い。
ウィローの使役魔法の本質は、光の明滅を用いた精神操作。
薄暗い森の中に住んでいるのも、魔法の効果をより高める為だ。
暗黒の中にある者を明かりで誘導してやれば、その通りに進む事しか出来なくなる。
しかし、彼女は素直にラントロックに事実を伝えようとしなかった。

 「理屈さえ判っていれば、他の魔法も使えるのよ。
  私は『儀術士<ウィッチ>』だから」

それは嘘では無い。
ウィローには魔法とは別に、儀式的な呪術の心得もある。
そう説明しつつ彼女は、木の幹に巻き付けられている、樹液の入った容器を手に取った。

 「それ、どうするんです?」

 「新たに結界を張って、奴を封じる。
  手伝っとくれ」

ラントロックはウィローに差し出された容器を受け取る。
この状況で拒否する選択は無かった。
0420創る名無しに見る名無し2018/05/20(日) 18:16:05.34ID:g9gELg2X
ウィローはラントロックに指示する。

 「その樹液を垂らしながら、私の後に付いて来なさい。
  使い切らない様に、少しずつ、少しずつだよ。
  だからって、途切れさせても行けない」

ラントロックは頷き、フェレトリを威嚇する様に周囲を照らしながら移動するウィローの後を歩く。
モールの樹液を地面に垂らしつつ。
当然、それを見逃すフェレトリでは無かった。

 「小賢しい事を考えておるな?」

風の唸りにも似た、彼女の恐ろしい声が響く。
四方八方から反響して聞こえる声に、恐怖心を揺さ振られるラントロックを、ウィローは禁(いさ)めた。

 「恐れるな。
  私が側に居る限り、手出しはさせない」

ウィローの強気な言葉にも、ラントロックは安心は出来なかったが、怯えを隠す為に強がった。

 「誰が恐れてるってんですか……」

それを聞いた彼女は小さく笑って一言。

 「なら良いんだけどね」

血の霧は明かりを避ける様に、ウィローに道を譲る。
ラントロックは周囲に広がる赤黒い闇を警戒しながら、彼女の後に続く。
0421創る名無しに見る名無し2018/05/20(日) 18:18:29.00ID:g9gELg2X
ウィローはモールの木から、近くのモールの木まで歩く。
そこで樹液を補充して、又違うモールの木を目指す。

 (思った通りだ、モールの木で結界を作ってあるんだ!)

モールの木は屋敷を囲う様に配置してあるのだと、ラントロックは察した。
しかし、彼でも解る事が、フェレトリに解らない訳が無い。

 「成る程、そう言う事をする訳か……。
  残念ながら、見過ごしてはやれぬなぁ」

フェレトリは血を集めて数体の獣を造り、ウィロー等に差し向けた。

 「行けぃ、我が下僕よ」

犬に似た獣の荒い息遣いと唸り声に、ラントロックは狼狽して身を竦める。

 「だから、心配するなと」

ウィローが呆れた風に言った途端、獣が地を駆ける音がする。
ラントロックは音源を顧みた。
瞬間、赤黒い猟犬の様な怪物が、彼に躍り掛かる。

 (噛まれる!)

身を守ろうとする彼だったが、その必要は無かった。
直径1手の光線が静かに走り、猟犬を貫いたのだ。
光を浴びた猟犬は、瞬く間に霧に紛れて消える。

 「こんな化け物なら何体召喚しようが、見ての通りだよ。
  あんたは黙って私に付いて来なさい」

ウィローは強気に言って、ラントロックを安心させる。
0422創る名無しに見る名無し2018/05/21(月) 06:23:32.91ID:tRZnwP6O
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参考までに書いておきます
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M0RTN
0423創る名無しに見る名無し2018/05/21(月) 18:44:03.90ID:kFBGvruk
それから何度も血の獣が襲って来たが、ウィローが悉く返り討ちにした。
次第にラントロックも慣れて、襲撃を一々恐れなくなった。

 (この儘、無事に結界を張れるのか?)

だが、順調な中でもラントロックは安心出来なかった。
フェレトリが手を拱いて見ているだけの訳が無いと思っているのだ。
その予感は現実になった。

 「どうかな、偽りの月の片割れよ。
  多少は消耗したか?」

フェレトリの挑発的な言動にも、ウィローは無反応だ。
言い返す余裕も無いのかと、ラントロックは彼女を心配した。

 「猟犬共で禿(ち)び禿(ち)び削るのも飽きて来たな。
  貴様も雑魚を追い散らしてばかりでは、面白く無かろう。
  どれ、もう少し骨のある奴を用意してやろうか」

獣の気配が消えたかと思うと、今度は熊の様な一回り大きな獣が現れる。
それも1体や2体では無い。

 「ウィローさん……」

ラントロックが不安気な声を出すと、ウィローは重々しく口を開いた。

 「一寸、今度は厳しいかも。
  ……御免ね」

何故謝るのかと、ラントロックは衝撃を受ける。
0424創る名無しに見る名無し2018/05/21(月) 18:46:09.43ID:kFBGvruk
やはり守られてばかりでは行けないと、彼は気を強く持ち直した。

 (俺にも何か出来る事は……)

新たに生み出された血の巨獣は、巨体を揺らしてラントロック目掛けて突進する。
ウィローは光線で巨獣を迎撃するが、一瞬では仕留め切れない。
ラントロックは咄嗟の判断で、ウィローの背後に回った。
約5極の間、光線を浴びせ続けられて、漸く巨獣は消滅する。
しかし、倒した所で無意味なのだ。
血の獣は実体を持たないので、魔力の供給を受ければ復活する。
フェレトリの強大な能力を以ってすれば、完全復活も10極程度で十分。
対するウィローの消耗は激しいし、巨獣も1体だけではない。
凌ぎ切れなくなるのは目に見えている。
ラントロックは覚悟を決めて、ウィローに樹液の入った器を差し出した。

 「ウィローさん、俺が化け物を何とかします」

 「正気!?
  奴に魅了は効かないよ」

 「やってみなくちゃ分からないでしょう。
  それに、今の俺は足手纏いにしかならない。
  どう仕様も無くなったら、降参します。
  元々奴の狙いは俺達なんですから」

ラントロックは最後には降伏すれば良いと甘く考えていたが、ウィローは違った。
高位の悪魔貴族は約束を守る律儀な所はあるが、決して感情的にならない訳では無い。
ラントロック等が降伏しても、腹の虫が治まらなければ、殺されてしまうかも知れない。

 「でも……!」

 「他に手は無いでしょう!」

彼の言う通り、ウィローに妙案は無い。
0425創る名無しに見る名無し2018/05/21(月) 18:48:16.39ID:kFBGvruk
彼女は仕方無く樹液の入った器を受け取り、従った。

 「解った、死なないで」

ウィローにとってラントロックは他人では無い。
知人の息子であり、その死を見たくはないと思うのは、当然の感情だ。
仮令、悪魔であっても。

 「勿論」

力強く応えるラントロックに、ウィローは彼の父親であるワーロックの俤を見た。

 (口先では否定しても、血は争えない。
  魂は受け継がれるのね)

魔法資質が有ろうと、使う魔法が違おうと、心の形は似通ってしまうのだ。
ウィローから少し距離を取るラントロックの耳に、フェレトリの声が響く。

 「どうした、トロウィヤウィッチ。
  観念したのか?
  そなたの相手は後でしてやる。
  大人しくしておれ」

フェレトリは脅威にならないラントロックを無視して、ウィローを集中して仕留めに掛かる。

 「そうは行かない!」

ラントロックはウィローの明かりに近付こうとする巨獣に向かって行った。
巨獣は彼の事等、全く眼中に無い様で、明かりだけを真っ直ぐ睨んでいる。
0426創る名無しに見る名無し2018/05/22(火) 18:20:01.86ID:XCovCaco
これは好都合だと、ラントロックは巨獣に忍び寄って触れた。
しかし、巨獣は全く反応しない……。

 (大丈夫、これは予想通り)

ラントロックは巨獣を魅了しようと考えていた。
相手を魅了するには、先ず自分を認識させないと行けない。
取り敢えず、触れただけでは駄目な様だ。

 (鼠は行けた。
  どこかに隙がある筈だ)

鼠を魅了出来たと言う例だけが、彼の希望。

 「このっ、こっちだ、こっちを見ろ!」

とにかく巨獣を叩いたり蹴ったりしてみるが、痛覚が無いのか、やはり無反応。

 (痛みを感じない?
  それなら視覚は?)

ラントロックは巨獣の背中に攀じ登り、頭に組み付いて目を塞いだ。
ウィローに突進しようとしていた巨獣は、困惑の叫び声を上げて頭を振る。

 「ギャフッ!?」

ラントロックは振り落とされない様に、両手で巨獣の耳を掴み、両足で首を挟んだ。
激しく揺さ振られて目を回しながらも、彼は思考を止めない。

 (目で物を見ていたのは変わらないんだな!
  それなら耳も聞こえるか?)

視界が戻って僅かに動きを緩めた巨獣の耳を広げ、至近距離から獣の咆哮の様な大声で叫ぶ。

 「ウォーーーーッ!!!!」
0427創る名無しに見る名無し2018/05/22(火) 18:20:46.50ID:XCovCaco
魔力を伴った声は、耳から巨獣の『思考中枢<シンキング・コア>』に届き、フェレトリの支配を遮断した。
フェレトリの生み出す血の獣は、彼女の分身とは又違う。
彼女は取り込んだ獲物の血液から、獣の霊を再生して動かしている。
それはフェレトリの指示に従いこそするが、彼女とは別の存在だ。
自らの魔法が、巨獣を動かす魔力を掌握する感覚を、ラントロックは確と捉えた。

 (ああ、そうなのか!
  解ったぞ、これが『従える』と言う事なんだ!)

彼は初めて、魔法生命体を従えた。
「魔力で動く単純な生き物」を乗っ取る事は、実は自らの意思を持つ物を操るより容易なのだ。

 「良し、行けっ!」

ラントロックは巨獣の背に乗り、ウィローを襲撃中の別の巨獣に突撃する。
横合いから同類の不意打ちを受けた巨獣は、闇の向こうに弾き飛ばされた。
ラントロックは巨獣の上からウィローに話し掛ける。

 「ウィローさん、もう大丈夫ですよ!
  こいつ等の相手は俺に任せて、早く結界を!」

 「あぁ、助かったよ!」

樹液で魔法陣を描くウィローを、ラントロックは操った巨獣で護衛する。
自らが生み出した物が同士討ちを始めた事に、フェレトリは驚愕した。

 「何をしておる!?
  えぇい、所詮は獣か!」

彼女は思う通りに動かない獣に苛立ち、ラントロックに操られた物を血の霧に戻す。
0428創る名無しに見る名無し2018/05/22(火) 18:22:25.49ID:XCovCaco
巨獣の実体が失われたので、ラントロックは地面に落ちた。
突然の事にも瞬時に対応し、足から着地した彼は、直ぐに又別の巨獣に狙いを定める。

 (近付けば、魔法資質が判る)

巨獣に接近した彼は、自らの魔法資質で巨獣の思考中枢を確認した。
トロウィヤウィッチの魔法の神髄は、『変化』にある。
魔法色素は七色に変わり、見た目さえも見る人によって異なる。
声域は広く、声真似も自在。
これ等はトロウィヤウィッチの魔法を継ぐ、バーティフューラーの一族に共通する特徴だ。
人に気に入られる為、取り入る為に、身に付けた「技術」。
それが魔法生命体に対しては、その自我の薄さが故に、何の警戒も無く受け容れられる。
精神を持たない者には魅了が効かないと言うのは、思い込みに過ぎない。
逆に、意思を持たないが故に、無防備なのだ。
ラントロックは魔力の流れを巨獣に同化させて、その内側に入り込む。

 「獲った!」

彼は又しても巨獣を乗っ取って、同士討ちさせた。

 「ムッ、此奴(こやつ)!」

フェレトリは驚愕した。
こうなっては幾ら血の獣を破壊し、復活させても無意味だ。
今の所、ラントロックは巨獣を一体しか操れない。
故に、もう数体巨獣を生み出して同時に襲わせれば、防ぎ切れなくなるだろうと予想は付くも、
それには血の量が足りない。
――加えて、別の懸念もある。
ラントロックの能力は、この短時間で成長している。
彼は自分の魔法の新たな可能性に気付いたのだ。
追い詰めれば、更なる能力に目覚めるのではと言う「恐れ」もフェレトリの中にはあった。
0429創る名無しに見る名無し2018/05/23(水) 18:21:11.71ID:hFMzYFlX
その予感が的中したかの様に、ラントロックは新たな技を身に付ける。

 「ウィローさん、明かりを借ります!」

彼はウィローが纏う魔力の流れを取り込んで、月明かりの魔法を使った。
それによって自らも巨獣を追い払う。
更には、周囲の魔力はフェレトリが掌握しているにも拘らず、フェレトリの魔力の流れに混じる事で、
魔力を盗み出している。
何れも、「相手に取り入る」と言う、魅了の魔法使いとして自然に身に付いた「技術」を利用して。
フェレトリの魔力に取り入って、フェレトリの支配下にある魔力を奪い、ウィローの魔力に取り入って、
ウィローの魔法を使うのだ。
魔法の仕組みを完全に理解している訳では無く、所詮は物真似に過ぎないが……。

 「何と……何と言う事!?」

フェレトリの恐怖心を煽るには十分だった。
彼に対抗する方法が、今のフェレトリには思い浮かばない。
下手に小(ちょ)っ掻いを出すと、益々力を付けそうで恐ろしい。
舌打ちした彼女は、俄かに結界を解いた。
血の霧の闇が薄まり、自然の闇が戻って来る。

 「中々面白い物を見せて貰ったぞ。
  今日の所は引き揚げる。
  又会おう」

フェレトリは一方的に強がりを言って、黒鳥に変化し退場した。
巨獣も霧となって消える。
ウィローとラントロックは同時に安堵の息を吐き、月明かりの魔法を止めた。
脅威は去った。

 「大丈夫ですか、ウィローさん?」

ラントロックの問い掛けに、ウィローは小声で言う。

 「助かったよ。
  正直、私独りでは危なかった」
0431創る名無しに見る名無し2018/05/23(水) 18:22:50.83ID:hFMzYFlX
ラントロックは気不味くなって、弁解した。

 「いや、フェレトリが襲って来たのは俺達が居た所為です……。
  奴が諦めるとは思えません。
  もしかしたら、又御迷惑をお掛けしてしまうかも……」

 「構わないよ。
  奴の慌てた顔を見られただけでも、儲け物だ。
  あいつ、余裕振っていたけど、あれで焦ってたんだよ。
  捨て台詞を吐いて引き下がらないと行けない位にね」

ウィローは苦笑すると、樹液で結界を張る作業に戻る。

 「さて、今の内に結界を強化しておかないと」

疲れの取れない顔で溜め息を吐く彼女に、ラントロックは言う。

 「俺も手伝います」

 「いや、あんたは料理の途中だったじゃないか」

 「あぁっ、そうだった!
  済みません、失礼します!」

ウィローに指摘されたラントロックは、慌てて屋敷に帰った。
台所に入ると、竈の火は消え掛かっており、鍋の湯は温くなっている。
そこで彼は採取した草を放り出していた事に気付くのだが、もう外は完全に暗くなっているので、
今から取りに出る事は諦めた。

 (塩の『汁物<スープ>』にするしか無いか……)

塩が効いた干し肉と漬物のスープに、砂糖菓子を少しずつ溶かして味を調える。
身窄らしい食事だが、塩辛い干し肉と漬物をその儘食べるよりは増しと言う物。

 (評価は期待出来ないかも)

中々美味しいとは言って貰えないだろうなと、厳しい見立てをするラントロックだった。
0432創る名無しに見る名無し2018/05/23(水) 18:25:36.90ID:hFMzYFlX
反逆同盟に居た頃は、出所の不明な金で必要な物を買いに、街まで出掛けていた。
当初は鼠を焼いたり、食用可能な雑草を探したりしていたが、限界があった。
当時の彼は深く考えない様にしていたが、同盟の金は良からぬ事をして集めた物に違い無かった。
ウィローは独り暮らしが長いと要ったが、定期的に食料を買い足してはしていない様子。
多くの同盟の魔法使い達と同じく、食事を余り必要としない性質なのだ。
実はネーラやフテラも同様に何月も食べなくても平気だが、ヘルザは違う。

 (ウィローさんに、お金を借りられると良いんだけど、そもそも現金を持ってるのかな?)

この森は狼犬が多く棲息しているので、小動物を狩る事は難しいかも知れないと、
ラントロックは考えた。

 (反逆同盟に居場所が暴れてしまった以上、ここに長居するべきじゃないかも知れない)

今後を思うと、余り長居する訳には行かないだろうと、彼は予想する。
ウィローは構わないと言ったが、やはり限度はあろう。
だからと言って、どこに行けば良いか等、思い付かないのだが……。

 (これからは慎重に行動する様にしないと。
  どこで奴等に襲われるか分からない)

器に入れたスープを机の上に並べながら、ラントロックは気重になって溜め息を吐くのだった。
0433創る名無しに見る名無し2018/05/24(木) 18:19:11.19ID:x3IuRX5U
「ウィローさんも食べるんですか?」

「悪いかい? これ全部、家の物なんだけどねぇ……」

「いえ、悪いって訳じゃないんですけど、食事をする習慣は無さそうだった物で」

「物を食べなくても良い事と、食べない事は別の話だよ」

「ああ、成る程。はい、それは解ります」

「トロウィヤウィッチ、何故こっちを見る?」
0434創る名無しに見る名無し2018/05/24(木) 18:20:07.05ID:x3IuRX5U
「味、どうかな?」

「……美味しいよ」

「素直な感想を言ってくれ。次、作る時に参考にするからさ」

「……少し味気無い……かな? どう言ったら良いのか、分からないけど……」

「あぁ、深味が無いって言うか、物足りないって言うか、そんな感じだね? 分かった、工夫してみる」

「所で、お肉――」

「それは干し肉をお湯で戻した物」

「何の肉なのかな……?」

「『何の』って、……何だろう? 何の肉ですか、ウィローさん?」

「『何』って、何の肉だったかな……。人間じゃなかったと思うけど」

「うっ……」

「フテラさん、どうしたの?」

「うぅ、人間の肉? それとも違うのか?」

「多分違う……と思うんだけどねぇ?」
0435創る名無しに見る名無し2018/05/24(木) 18:25:31.26ID:x3IuRX5U
卑劣(さも)しい/鄙劣(さも)しい


品性が下劣である、貪欲である、卑しい、貧しい、身窄(みすぼ)らしいと言う意味の「さもしい」です。
「鄙劣しい」と当て字した例があります。
卑劣と鄙劣は同じ意味で、「鄙猥(ひわい)」、「鄙怯(ひきょう)」等の「鄙(ひ)」は、
「卑」に置き換えられます。
「卑」と異なる「鄙」の使い方には、「鄙(ひな)びる」の意味で「辺鄙」があります。
卑、劣、鄙は共に訓読みで「いやしい」と読まれます。


唏驚(おっかなびっく)り


「恐る恐る」と言う意味で、「おっかない」と「びっくり」の合成です。
「怖い」、「恐ろしい」と言う意味の「おっかない」の語源は「おほけなし」と言われていますが、
「おほけなし」の語源には諸説あり、「大気無し」、「大気甚し」、「負ふ気無し」、「覚気無し」、
「仰気無し」等、定まっていません。
「おほけなし」は元々「不相応な振る舞いをする事」、「身の程知らずな様」を表す言葉でした。
そこから「不敵な」、「恐れ知らずな」に変化し、近代になって「恐ろしい」と言う意味の、
「おっかない」になりました。
漢字は「大気無し」、「忝し」、「唏し」等があり、読みは「ヲヲケナシ」と「ヲフケナシ」があります。
「大気無し」は読み通りに漢字を当てた物。
「忝し」は「忝(かたじけな)い」より「辱しめる」、「価値を下げる」、「貶める」の意味から。
「唏し」は「唏(なげ)く」ですが、こちらは似た漢字の代用で、本来は辞書にも載っていない字です
(誤字の可能性もあり)。
単純に漢字を当てると「忝い」又は「唏い」に「吃驚(びっくり)」で、「忝吃驚」、「唏吃驚」となりますが、
見栄えを取って「唏驚」を当ててみました。
何が違うと問われれば困ってしまうのですが……。
初めの「おっかない」が一字に対して、後の「びっくり」が二字だと具合が悪いと言うだけです。
0436創る名無しに見る名無し2018/05/24(木) 18:26:21.38ID:x3IuRX5U
諌(いさ)める/禁(いさ)める


「注意する」と言う意味の「いさめる」です。
現在では目上の人に使うべき言葉だとされていますが、元々は「禁じる」と言う意味で、
上下関係を問わない物でした。
しかし、「諫言」の「諫」の字を当てた事で、「目上の者に注意する」と言う意味が生じた様です。
それでも「目上に」と限定されたのは最近の事の様で、昭和の中頃まで「子を諌める」と言った、
「目下の者に注意する」と言う意味の使われ方をしています。
辞書に「主に」や「多く」と但し書きされているのも、それが理由でしょう。
(目上の者に対してのみ用いる物であれば、『主に』や『多く』と言った記述は必要ありません)
目下の者には「窘める」を使うべきだとされていますが、こちらは「柔んわりと諭す」意味があり、
強い注意、警告、叱責には使えません。
「諌める」は目上には「諫言する」、「忠告する」、目下には「禁止する」、「制止する」になります。
「窘める」よりは強い警告に近い物でしょう。
本来の意味を大事にしながら使うのであれば、前者を「諌める」、後者を「禁める」として、
使い分けると良いかも知れません。
0438創る名無しに見る名無し2018/05/25(金) 18:49:29.97ID:4j8Nfpsy
社会と魔法の歩み


「八導師だって覗き位していたに違い無い」……こんな事を堂々と言う物は居ないが、
これを否定する事は誰にも出来ない。
現在でこそ魔法を利用した「窃視」、「盗聴」は明確に犯罪と規定されているが、復興期当時に、
この様な法律は無かった。
「魔法に関する法律」で懸念されていた事は、他者に危害を及ぼす事、他者を操り利用する事で、
それ以外の事に関しては想定していなかった。
建造物に関しても、外部からの透視や盗聴を防止すべく、魔力を遮断する工夫が施されたのは、
開花期になってから。
それまで一般人は防諜策に無関心で無防備であった。
しかし、取り締まる側は全く放置していた訳ではない。
「誰かに覗かれている」、「視線を感じる」と言う相談自体は、復興期から多くあり、逮捕例もある。
未だ都市の治安維持権限は魔導師会法務執行部が持っていた事もあり、復興期当時は、
こうした「迷惑行為」への対応も柔軟だった。
「魔法に関する法律」で迷惑行為が明確に禁じられたのは、都市警察に一部権限を委譲する上で、
魔法による迷惑行為が予想される為、明文化する必要が生じたと思われる。
詰まり「魔法に関する法律」違反では無くとも、犯罪行為には違い無いので一々区別しなかったと、
それだけの事なのだ。
一方、被害を訴えられない限りは動き様が無かったので、明るみに出ない物も多かったと思われる。
実際に、こうした迷惑行為が、どの程度横行していたかは定かでない。
0439創る名無しに見る名無し2018/05/25(金) 18:51:00.74ID:4j8Nfpsy
迷惑行為の他にも、魔導師会が想定していなかった魔法の使い方をされた例がある。
その一つは「造酒」だ。
開花期になってから、魔法で酒を密造して、無許可での販売を行う事例が多発した。
魔法で酒を造る方法は幾つかあるが、酵母を用いない「直接変換」が最も多く利用された。
造酒には「醗酵」が欠かせないが、これには酵母と適切な管理と十分な時間が必要であり、
この手間を惜しんだ悪質な業者が、魔法で酒気を直接生成しようとする例が多かった。
魔導師会は初め、分子変化魔法の一部を「条件付き禁断共通魔法」に指定していたのだが、
これの回避の為に、直接的な分子変化を目的としない魔法も悪用された。
即ち、腐敗や培養の魔法で、酒気を間接的、或いは副次的に生成する物である。
一々魔法の種別を特定して禁断共通魔法に認定しては、限が無いと言う事で、経過を問わず、
酒気を生成したと言う結果を以って、「魔法による特定の分子変化」を指定して禁止する、
法律が制定された。
当初は「個人で楽しむ分には問題無い」とされていたが、後に仲間内で密造酒の売買をする、
未成年に飲酒させる等の、悪質な事例が多く出た為に、取り締まりが厳しくなった。
これは後に麻薬やMADの密造を禁止する際に、流用される事になる。
0440創る名無しに見る名無し2018/05/25(金) 18:54:34.82ID:4j8Nfpsy
類似した例に、「酩酊」魔法の使用がある。
他人を魔法で酩酊させるのは禁止されていたが、自分に掛ける分には問題が無かった。
酒気に頼らずとも酩酊状態に陥る手段があれば、それで良いと言う訳か、二日酔いの心配も無く、
飲酒より体に良いとの噂で流行。
しかし、自分で自分に魔法を掛ける際、加減を誤る等して病院に運び込まれる例が急増。
酩酊状態で事故や事件を起こす例もあり、放置する訳には行かなかった。
こちらも特定の魔法を指定して禁じる事は出来ず、正常な判断力を失わせる魔法全般を、
「魔法による法律」で禁じた。
精神に直接干渉する魔法の大半が、医療目的以外での使用を許されないのは、
こうした経緯がある為。
更に、平穏期になると、強化魔法で人間を酷使する例が出始める。
魔法を使用する事で、肉体や精神の限界を超えて労働させると言う、非人道的な物だ。
強化魔法の使用に関して、特に規定は無かった為、法の隙を突いて悪用された。
過去に例が無かった訳では無いが、「会社が個人に強制する」形態は初めてで、
社会情勢や雇用の変化が背景にあるとされる。
奴隷に等しい扱いと言う事で厳しく批判され、直ちに禁止する法案が作られた。
0441創る名無しに見る名無し2018/05/26(土) 19:43:53.62ID:R5bSxwcj
精神に干渉する魔法は、どの程度まで許容されるのか?
これは共通魔法社会の永遠の課題である。
例えば、嘘を封じる「愚者の魔法」も、精神に干渉していると言えるが、使用に関して罰則は無い。
人を晒し者にする様な使い方をしなければ良いとされるし、「公益性の高い目的」の為であれば、
悪辣な使い方をしても許される場合さえある。
人を穏やかな気分や落ち着いた気分にさせる魔法で、怒り狂う人の心を静め、大人しくさせるのは、
「正しい使い方」なのだろうか?
悲しい気分の人を楽しい気分にさせるのは良いのか、悪いのか?
この点に関して魔導師会は、強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法は、
安易に使うべきではないとして、「精神操作魔法」を禁断共通魔法に指定している。
例えば、鬱病で塞ぎ込んでいる人を、魔法で立ち直らせるのは有りか、無しか?
現状では「無し」で、特別な許可を持った医療関係者のみが許される。
但し、効果の軽い物であれば、その限りではない。
これが魔導師会の公式見解だ。
0442創る名無しに見る名無し2018/05/26(土) 19:45:17.12ID:R5bSxwcj
しかし、この様に綺麗に分類出来る物ばかりではない。
例えば、人に好印象を抱かせる魔法。
魔法で声を魅力的な物に変えたり、容姿を誤魔化そうと少しばかりの仕様も無い幻覚を見せたり、
或いは、より直接的に「楽しい」や「心地好い」を感じさせたり……。
「強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法」は駄目でも、良い感覚を喚起させる程度は、
特別な許可無く使用出来ると言うのなら、それで人気を稼いだり、注目を集めたりする事は、
許されるのだろうか?
魔導師会は「犯罪に利用しなければ良い」としているが、これで金品を貢がせる例もある。
自分を飾って人気を得るのは、普通の事だと言い切れるか?
問題だとすれば、化粧や話術と何が違うか言えるか?
金品を受け取る事が目的であれば、詐欺罪と認定されるが、被害者本人に自覚が無く、
実際には訴えられない事も多い。
一応、芸能活動をする団体は、協定で「興行に於ける精神干渉魔法の使用」を禁じている。
娯楽魔法競技でも同じく、こちらは演出であっても、「精神干渉魔法で観客の気分を昂揚させ、
又、審査員の心象を良くしようと試みては行けない」とされている。
0443創る名無しに見る名無し2018/05/26(土) 19:46:44.13ID:R5bSxwcj
売れない芸人が精神干渉魔法を使って、客を笑わせる。
これは「滑稽魔法」と言う小噺が元である。
旧暦から伝わると言われる位、古い話だ。
「世の中に何も面白い事は無い」と言い張る偏屈な老人が居り、実際に何をしても絶対に笑わない。
どんな芸を見せても、醒めた態度で「詰まらない」、「下らない」、「どうでも良い」としか言わず、
その内に彼を笑わせた者こそ、本物の芸人であるとの噂が立つ様になる。
そこへ魔法使いが来て、魔法で精神を狂わせて笑わせてしまう。
以後、この老人は何をしても笑う様になり、面白いと詰まらないの見境も無くなってしまった。
本当に何でも無い事でも笑ってしまうので、敢えて老人を笑わせようとする人は居なくなった。
ある時、売れない芸人が、この老人なら笑ってくれるだろうと、虚しい心の慰めに芸を披露した。
所が、何時も笑っていた老人の顔から笑みが消えてしまう。
この原因に関しては、定かでない。
魔法が切れたとも、魔法を打ち消す位、芸が本当に面白くなかったとも受け取れる。
しかし、老人は売れない芸人に感謝した。
笑いたくなくても笑ってしまうのは、苦痛でしか無かった。
貴方の芸は本当に面白くなくて助かったと。
何事も天然無為に勝る物無し。
人は笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣くべきであるとの、教訓話である。
似た様な噺は幾つもあり、人を思う儘にする事の危険性を、面白可笑しく、皮肉を交えて訴えている。
0444創る名無しに見る名無し2018/05/26(土) 19:50:27.58ID:R5bSxwcj
伝統を重視する団体は、こうした精神を尊重しており、協定以前から、客受けを狙って、
心を操る魔法を使う事は御法度だった。
敢えて明文化する必要も無い程の、常識だったのである、
それが協定で禁止された理由には、一つの事件があった。
娯楽魔法競技の公式化は、既存の娯楽文化の人気を一時的に奪った。
これに危機感を抱いたティナー市内のある「劇場」が、公演に際して魔法を使ったのだ。
飽くまで演者では無く、客の減少を恐れた「劇場」側の仕込みだったとされている。
演者は客に喜んで貰え、客も楽しい時間を過ごせる。
誰も不幸にならない方法の筈だったが、歪みは直ぐに表出した。
魔法を使えば、猿芝居でも感動させられるので、金の掛からない未熟な演者が集められた。
脚本家の実力も問われず、時には全く経験の無い素人が作劇した。
魔法で鑑賞力が崩壊した者は、魔法で作り出された「場の雰囲気」だけで勝手に盛り上がり、
演劇自体は、そっち退けだった。
魔法の効き易い者と、そうで無い者とで、演劇の評価が大きく違い、又、熟練の演者や批評家は、
脚本や演者の質に関して、厳しい評価を下した。
商売なのだから金が儲かれば良いと言う者と、それでは芸が廃ると言う者とで議論が分かれ、
最終的には魔導師会が催眠商法に類する詐欺に該当するとして、劇場の運営者を逮捕した。
0446創る名無しに見る名無し2018/05/26(土) 19:52:35.55ID:R5bSxwcj
実際の魔法の効果は、然程強力でも無かったとされる。
だが、冷静になれば、演劇は決して褒められた出来では無かったし、面白いと称賛していた者も、
完全に見放してしまった。
その時に作成された演劇は、「最低の劇」として記録され、後々まで語り継がれる事となる。
偶に公開されては、その酷さが話題になる。
この事件は「劇場」と言う閉鎖的な環境や集団心理と組み合わされば、強力な魔法で無くとも、
容易に人の思考能力を奪い、洗脳し得ると言う一例となった。
人間の心理を巧みに突いた詐欺事件は多くあったが、「魔法」が使われた例は少なかった。
それは魔法を使えば、魔導師会が介入する為だ。
どんなに巧妙に罪を逃れようとしても、魔法の前には無力になる。
下っ端を切り捨てようにも、魔導師会が本格的な「聞き取り」を行えば、未だ実行もしていない企み、
暴かれていない余罪まで含め、全てが白日の下に晒される。
劇場の事件も、当初の目的は客離れを止める為であり、魔法を悪用する積もりが無かったので、
魔法を使ってしまったのだ。
所が、調子に乗って、演劇の質の低下を惹起し、それが議論を招いて、魔導師会の目に留まった。
この反省として、芸能団体は劇場も含め、協定で観客に精神干渉魔法を掛ける事を禁じたのだ。
但し、協定は「演劇自体の評価を魔法で変えては行けない」と言う主旨で、演劇前に「緊張を解す」、
或いは「落ち着かせる」為に、効果の弱い魔法を使う事は認められている。
0448創る名無しに見る名無し2018/05/27(日) 18:29:36.42ID:y90StSSM
闇の子等と石の母


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


協和会事件後、反逆同盟の長であるマトラは、石の魔法使いバレネス・リタの元を訪ねた。
リタは自室で、石の赤子を抱いている。
これは彼女が自ら生み出した、魔法生命体だ。
泣きも笑いもしない人形だが、子を産めない宿命のリタは、この子を愛(あや)す事で、
自らの母性を慰めている。
相変わらず名前通りの不毛な事をしているなと、マトラは呆れつつ話を切り出す。

 「リタ、頼みがある」

 「何?」

マトラが自ら頼み事とは珍しいと、リタは興味を持って問うた。

 「この子等の世話をしてくれないか」

マトラは黒衣を翻し、4体の闇の嬰児を出現させる。
色こそ不気味に黒いが、見た目は人間の赤子その儘。
リタの目は大きく見開かれ、爛と輝く。

 「こ、これは!?」

 「人間の卵に私の魔力を混ぜて生み出した、闇の子だ」

 「では、貴女が面倒を見るのが道理では?」

 「私は悪魔だからな。
  生まれ落ちた時には既に、言葉を理解するだけの知能と、歩けるだけの体力があった。
  正直、人間の赤子の扱いは分からんのだ。
  ……正確には、これ等は人間の子では無い訳だが」
0449創る名無しに見る名無し2018/05/27(日) 18:31:39.12ID:y90StSSM
マトラとリタは暫し見詰め合う。
リタは育児放棄に等しいマトラの行動を、好ましく思っていなかった。
しかし、当のマトラには少しも悪怯れる様子は無い。

 「もし断ったら、どうする?」

 「どうもせぬよ。
  時の止まった空間で、保管すれば良いからな。
  だが、それでは行かんのだ。
  この子等には魔導師会と直接戦う兵士になって貰いたい。
  今の儘でも、それなりの戦力にはなるのだが、やはり一定の知能と力が無ければ、
  容易に対策されてしまう。
  私とて折角生み出した物を、無駄死にさせたくはない。
  その位の情はあるのだ」

彼女の語る「無駄死に」とは、個数の有限な嬰児を無意味に消費する事である。
決して愛情から出た言葉では無い。
そうと解っていたリタは苦悩した。
口では「無駄死にさせたくない」と言いながら、リタが協力しなければ無駄死にする事になると、
マトラは暗に脅していた。
旧暦、我が子を口減らしに戦場に送り出す母親達を、リタは想起した。
自らが産めない子を、丸で物の様に扱う者達を。
羨望と義憤と嫉妬の炎に燃える当時の心を、彼女は思い出していた。

 「……引き受けよう」

捨て切れない母性が、リタを衝き動かす。
生みの親に愛されない子を、自分が愛さずして誰が愛すると。

 「そう言ってくれると思っていたよ」

マトラの笑みは、どこまでも邪悪だ。
冷徹で計算高い。
0450創る名無しに見る名無し2018/05/27(日) 18:35:43.94ID:y90StSSM
 「では、宜しく頼む。
  先ずは、この4体。
  定期的に様子を見に来るので、何かあれば、その時に聞く」

マトラは自らが生み出した子との別れを惜しみもせず、早々(さっさ)と退室してしまった。
闇の嬰児達は、リタの室内を四つん這いで徘徊し始める。
そして、手に触れる物は何でも弄る。

 「あぁ、これ、危ない!
  無闇に触るでない!」

リタは4体の赤子を回収して、石人形から剥いだ包みを着せ、石の揺り籠に寝かせた。

 「泣くな、泣くな、愛しい子よ。
  泣き止まねば、お前を攫いに悪魔が来やるぞ」

旧い子守唄で愛(あや)してやるも、赤子達は落ち着かない様子。
揺り籠から身を乗り出して、這い出ようとする。

 「参ったのう、好奇心が過ぎよる。
  抱いてやろうにも、石の肌では冷たかろう」

どうした物かと彼女は思案する。
結果、一人では手に負えないと認めて、他人に協力を仰ぐ事にした。

 (さて、誰が良いか……。
  悪魔共は当てにならん。
  そうなると人間――暗黒魔法使いの2人しか居らんな)

悩んだ末にリタは仕方無く、暗黒魔法使いのビュードリュオンを頼る。
ニージェルクロームは若く、子育ての経験は無さそう。
ビュードリュオンも子育てに興味があるとは思えないが、医学や儀術の知識がある事から、
少なくとも他の者よりは増しだと思った。
0451創る名無しに見る名無し2018/05/28(月) 18:50:35.25ID:fN+slcfP
彼女はビュードリュオンを呼び、闇の嬰児達を見せる。
ビュードリュオンは室内を徘徊する真っ黒な赤子を見て、先ず気味悪がった。

 「奇怪な」

 「そう言わず、抱いてみりゃれ。
  赤子は赤子じゃ」

 「赤子を抱いた事は無い。
  そう言う貴女は抱き上げてやらないのか?」

他人に促す割に、自分では抱こうとしないリタを、ビュードリュオンは怪しんだ。
リタは気不味そうに含羞み、小声で悲しい告白をする。

 「……私の肌は石だ。
  柔らかくも温かくも無い。
  私では人の温もりを教えてやれない」

ビュードリュオンは大きな溜め息を吐き、呆れてみせた。

 「体を温めれば、温もりを伝えられるだろう。
  石は熱し難いが、冷め難い。
  その性質を利用すれば、人肌の温もりを保つ事も難しくは無い。
  硬さが気になるなら、布でも巻けば良い」

そう言う問題では無いのだ。
リタは子を産めない石の体に引け目を感じている。
子供に嫌われたくないと言う思いと、拒絶される事への恐れがある。
0452創る名無しに見る名無し2018/05/28(月) 18:51:34.91ID:fN+slcfP
しかし、ビュードリュオンは彼女の情緒を問題にしない。
彼は冷徹な実用主義者で、全ての事象は為すと為さざるの結果と捉えており、迷いや躊躇い、
悩みと言った、心理的な機能を好ましい物と考えていない。
リタは眉を顰めて言う。

 「それは後で試すとして、今は赤子を落ち着かせる方法を知りたい」

 「はぁ」

ビュードリュオンは不満気に溜め息を吐いた。

 「魔法でも何でも使えば良いのでは?」

 「魔法で無理に行動を縛る事が、良いとは思えない」

赤子を気遣うリタに、ビュードリュオンは面倒臭そうな顔をする。

 「だったら、放置しておくんだな。
  その内、疲れて眠るだろう」

彼は一点一極でも早く、この仕様も無い用事を片付けたかった。
雑に言い捨てて退室しようとする彼の腕を、リタは掴んで引き止める。

 「真面目に考えては貰えぬか」

リタの瞳は石化の魔眼だ。
彼女に睨まれたビュードリュオンは、慌てて自らの目を残る片腕で覆った。

 「わ、分かった、だから睨まないでくれ」
0453創る名無しに見る名無し2018/05/28(月) 18:52:14.67ID:fN+slcfP
リタの石の魔法は、解呪の手段が限られている。
特に目を合わせてしまったら、自力では元に戻れない。

 「とにかく赤子を大人しくさせれば良いんだろう?」

 「真面な方法でな」

リタに釘を刺されたビュードリュオンは、一つ咳払いをし、改めて言う。

 「ガラガラでも持たせてやれば良いのではないかな」

音が鳴る玩具で気を引くと言う案に、リタは納得するも、こんな所では当然手に入らない。
街に出て買い物をしに行こうにも、石の肌は目立ち過ぎる。

 「ガラガラ……。
  しかし、どうやって」

 「誰かに作って貰うか、買いに行って貰うか?
  俺には作る事は出来ないし、人前に出るのも好かないが」

 「どうすれば良い?」

 「その位は自分で考えたら、どうなんだ?」

もう立ち去りたいと言う気持ちを隠そうともしないビュードリュオンを、リタは再び睨み付けた。
彼は慌てて視線を遮り、困り顔で代案を出す。

 「……あぁ、ニージェルクロームなら、外で普通に買い物出来るかもな。
  奴は未だ表立って悪事を働いていない。
  だが、奴自身が赤ん坊の玩具を買いたがるとは思えない。
  他に手が無いなら、マトラに頼んでみるのが良いんじゃないか?
  私に言えるのは、この位だ。
  後は自分でやってくれ」

そう言い切ったビュードリュオンは、石化させられない内に退室する。
リタは赤子を回収して、再び石の揺り籠に乗せ、ニージェルクロームを訪ねた。
0454創る名無しに見る名無し2018/05/29(火) 19:32:32.44ID:Ux5EvhdX
リタの依頼を聞いたニージェルクロームは、難色を示す。

 「えぇ……?
  嫌だよ、ベビー・グッズを買うなんて。
  絶対変な奴だって思われるじゃないか」

同盟に加わっている時点で、変人の汚名ばかりか悪名までも避けられないのに、
そんな小さい事を気にするのかと、リタは呆れた。

 「では、他に適任者を知らないか?」

 「俺に聞かれても困るよ……。
  女の人なら誰でも良いんじゃないか?」

 「同盟で表に出ても怪しまれない者は、悪魔の3体しか……」

同盟の長であるマトラは、気が向けばリタの頼みを聞いてくれるかも知れない。
フェレトリは気位の高さからして、使い走りの様な真似はしたがらないだろう。
サタナルキクリティアもマトラと同様に、可能性は低い物の、気が向けば、或いは……。

 「とにかく、俺は嫌だよ」

ニージェルクロームに断られたリタは、次にサタナルキクリティアの元へ向かう。
しかし、彼女は部屋には居なかった。
サタナルキクリティアは暇があれば、人間社会に紛れて、楽しみを探す。
その中で「少し」の悪事を働いては、人間の愚かしさや狼狽振りを見て笑っている。
街中に使いに出て、大人しく目的だけ果たして帰るとは思えないので、信用ならない部分があると、
リタは考え直した。
悪魔故に自らの楽しみを優先して、忽(うっか)り目的を忘れても、悪怯れもしないだろう。
マトラも似た様な物だ。
0455創る名無しに見る名無し2018/05/29(火) 19:34:11.49ID:Ux5EvhdX
そうなると、ある程度は「常識」があって話が通じるフェレトリの方が、適任とも思える。
どうにか言い包めて、その気にさせれば良いのだが……。
リタは地下室の棺で眠っているフェレトリを起こし、先ずは普通に依頼してみた。
予想された通り、フェレトリは難色を示す。

 「何故に我が小間使いの様な真似をせねばならぬのであるか?」

寝起きの不機嫌さも相俟って、彼女は見るも恐ろしい顔をしていた。
それでもリタの目を直視する事は出来ない。
石化の魔眼は悪魔も恐れるのだ。
リタは何とかフェレトリの機嫌を取って、説得しようと試みる。

 「頼めるのは、貴女しか居ないの。
  私は見ての通り、人間離れした姿で、人の中には紛れ込めない。
  人に紛れるだけなら、後の2人でも良いけれど、あれ等は遊びが過ぎる。
  貴女の誠実さと寛大さに縋りたい」

素直に事情を話すリタだが、フェレトリの心は動かない。

 「それは解るがなぁ……」

リタは他者の威を借る事を好まないが、フェレトリが未だ渋るので仕方無く言った。

 「私はマトラより赤子の教育を任された。
  これが貴女の所為で上手く行かなかったとなれば――」

 「否(いや)、満更嫌と言う訳では無いのであるが……。
  こう言う事には、同伴者が居て然るべきであろう?」

フェレトリは慌てて言い繕う。
経産婦を装い、独りでベビー・グッズを買う度胸が彼女には無いのだ。
0456創る名無しに見る名無し2018/05/29(火) 19:36:37.60ID:Ux5EvhdX
リタは数極思案し、ある人物の名を挙げた。

 「ゲヴェールトは、どうだろう?」

 「奴かぁ……。
  好かぬな。
  ゲヴェールトが悪い訳では無いのであるがな。
  ヴァールハイトが内に居ると思うとな」

血の魔法使いゲヴェールトは「ヴァールハイト」と言う祖先の精霊を、自らの内部に封じている。
それは時々表出して、彼から肉体の支配権を奪う。
ヴァールハイトの覚醒を妨げる手段を、ゲヴェールトは持っていない。
ベビー・グッズを買うのは良いが、ヴァールハイトに知られて揶揄される事を、フェレトリは嫌がった。

 「では、ニージェルクロームか?」

リタが言うと、フェレトリは暫し考え込む。

 「あれは子供臭うてなぁ……。
  傍目に夫婦(めおと)には見られぬわ」

彼女は男女2人で並んだ時の、他人からの見え方を気にしている。
自分の夫と同時に「父親」の役をするのだから、落ち着きのある大人の男でなければならないと、
勝手に理想を持っているのだ。

 「そうなると、残りの男はビュードリュオンしか……。
  あ、もう1人居たな。
  新顔のスルト・ロームとか言う」

 「あれは爺では無いか!
  ビュードリュオンは悪くは無いが、しかし、人前に出るには纏う魔力が違い過ぎる」

飽くまで夫婦の「振り」をするだけなので、相手は誰でも良いではないかとリタは思うのだが、
フェレトリは妙に拘る。
0457創る名無しに見る名無し2018/05/30(水) 19:04:48.03ID:SBn5gQhM
注文の多いフェレトリに、リタは眉を顰めて言った。

 「ニージェルクロームで良かろう。
  彼とて芝居位は出来る筈」

 「ム、ムー、そう願いたい物であるな。
  では、奴を誘ってくれ」

フェレトリは渋々ながら頷き、ニージェルクロームを誘い出せと依頼する。
「えっ」と驚く顔をするリタに、彼女は告げた。

 「そなたの頼みを聞くのであるから、その位は当然ではないか?
  我が直接誘って、妙な勘違いをされても困るのでな」

 「……分かった」

自意識過剰だと呆れつつ、リタは承諾して、再びニージェルクロームの元へ。
彼女の話を聞いたニージェルクロームは、怪訝な顔をした。

 「フェレトリが?
  俺と一緒に?」

 「ああ、独りでは恥ずかしいから、夫婦の振りをしてくれないかと。
  そう言う訳で」

彼は大いに動揺する。

 「いや、でも、他に――」

 「他に居ないから、こうして頼んでいる。
  何よりフェレトリが『貴方が良い』と」

実際には言っていないのだが、リタは誤解されるのを承知で適当を放(こ)いた。

 「お、俺が……?
  参ったなぁ」

ニージェルクロームは困惑した口振りとは裏腹に、満更でも無い風。
自分で頼まないのが悪いのだと、リタは開き直っていた。

 「引き受けてはくれないか?」

 「そこまで言うなら……」

ニージェルクロームは浅りと引き受ける。
単純な男だと、リタは内心で哀れんだ。
0458創る名無しに見る名無し2018/05/30(水) 19:06:03.85ID:SBn5gQhM
ニージェルクロームとフェレトリは連れ立って街に出掛ける。
どうなる事やらとリタは心配しながら、部屋に赤子等の様子を見に戻った。
闇の嬰児と言えど疲れはするのか、赤子等は揺り籠の上で大人しくする様になっていた。

 (食事は何を与えれば良えんじゃろう?
  マトラに聞かにゃならんか)

大声で泣き喚かないのは良いが、衰弱死されては困る。
静かに寝付いた赤子等の顔を眺めながら、リタは心の底から湧き上がる愛おしいと思う感情に浸る。

 (今の内に、湯浴みをせにゃ。
  石の肌とて温めりゃと、ビュードリュオンは言うとったしな)

彼女は水を汲んで大釜に貯めると、自らの拳を火打石代わりに打ち付けて、火を熾した。
湯加減を見つつ、未だ水が温い内から体を浸す。
石の体のリタは、熱さや冷たさを余り感じない。
適当に熱して、後は自然に程好く冷めるのを待つのだ。
0459創る名無しに見る名無し2018/05/30(水) 19:07:10.51ID:SBn5gQhM
約2角後にニージェルクロームとフェレトリは買い出しから戻って来た。
しかし、リタの元にガラガラを持って来たのは、ニージェルクロームだけだった。

 「リタ、これで良いか?」

彼は手提げ袋に一杯のベビー・グッズを入れて、リタに差し出す。

 「あぁ、有り難う。
  何も問題は起こらなかったか?」

リタは袋を受け取りつつ、ニージェルクロームに尋ねる。
ニージェルクロームは眉を顰め、溜め息交じりに答えた。

 「何も起きなかったよ。
  全然、何も……」

 「そ、そう……」

恐らくは本当に「何も無かった」ので、落胆しているのだろうとフェレトリは考えた。
彼には悪い事をしたと罪悪感を覚えるも、内心で赤子の為だと自分勝手な言い訳をして開き直る。

 「又、何か入り用になったら頼む」

 「ああ」

ニージェルクロームは拒否しなかった。
フェレトリとの仲が悪化した訳では無い様で、リタは少し罪悪感が薄まる。
これにて無事目的の物を手に入れ、リタは静かに赤子達の目覚めを待った。
0460創る名無しに見る名無し2018/05/31(木) 18:47:44.19ID:mMjv0svU
それから暫くして、マトラが様子を窺いに来る。

 「どうかな、リタ?
  子供等の世話は見切れそうか?」

 「ええ、大丈夫」

リタの返答に、マトラは満足気に頷いて、赤子等に寄った。

 「可愛い物よの」

マトラが人差し指で赤子の口を撫でると、赤子は彼女の指を口に咥えた。
マトラは赤子を抱き上げて、その儘指を舐らせる。
寝惚けていた赤子は、薄目を開けて、夢中で指を吸い始めた。

 「一体何を……?」

怪訝な顔で問うリタに、マトラは微笑んで答える。

 「我が魔力を分け与えておる。
  こうせねば、これ等は命を保てぬのでな」

それを聞いたリタは衝撃を受けた。

 「な、何!?」

 「驚く様な事ではあるまい。
  私が生み出した存在なのだから」

闇の嬰児はマトラから離れては生きて行けない運命なのだ。
0461創る名無しに見る名無し2018/05/31(木) 18:49:20.81ID:mMjv0svU
こんな非道が許されるのかと、リタは愕然とした。
彼女にとって赤子とは永遠の宝であり、冒すべからざる物。
だが、この無邪気な赤子等の将来は生みの母によって運命付けられており、逃れる事は出来ない。
リタは無意識にマトラを睨んでいた。

 (悪魔とは何と恐ろしい生き物じゃ)

マトラの恐ろしい企みも知らずに、赤子は彼女に甘えて、その指を貪っている。
やはり生みの親には勝てないのかと、リタは歯噛みして悔しがった。
その内に、嫉妬の感情が湧き起こる。

 (お前達の母は、お前達の事なぞ愛しておらんのじゃ。
  何程〔なんぼ〕愛想を振り撒いた所で、使い捨てられるんよ)

 「ホホホ、よく吸うの。
  心行くまで味わうが良い」

強大なマトラの力を存分に食らい、闇の嬰児は見るからに大きく重くなる。
何点も掛けて倍の大きさに膨れた赤子は、大きな噫気(げっぷ)を吐いて再び眠った。

 「可愛い物よ」

そう笑うマトラは、次の赤子の口に人差し指を突っ込む。

 「余り飲ませ過ぎは――」

赤子を心配するリタだったが、マトラは平然と応えた。

 「私が生んだ物なのだから、加減は分かっておるよ」

彼女は早く赤子に力を付けさせ、十分な戦力にしたいのだ。
その企み通りには行かせないと、リタは小さな反抗を決意していた。
0463創る名無しに見る名無し2018/05/31(木) 18:50:09.30ID:mMjv0svU
「フェレトリ、買い出しに出掛けるんだろう? 付き合うよ……って、その格好は?」

「私は太陽が苦手でな」

「グラマー人みたいだ」

「……可笑しいか?」

「いや、そんな積もりで言ったんじゃなくて……」

「行くぞ」

「あっ、あのさ、俺達は一応夫婦なんだよな?」

「芝居の上ではな」

「だったら、もう少し夫婦らしくしないと行けないんじゃないか?」

「夫婦らしくとは?」

「手を繋いだり、腕を組んだり――」

「するのか?」

「並んで歩く位はした方が良いと思う」

「フム、そう言う物か……」
0464創る名無しに見る名無し2018/06/01(金) 19:15:56.28ID:iAzBUPwx
「入らっしゃいませ! 何をお買い求めですか?」

「赤子の玩具(がんぐ)を探しておる」

「えっ、えぇ……赤ちゃん用の玩具ですね?」

「そう言うておろうが」

「フェレトリ、ここは俺が……。ベビー・グッズを探してます」

「はい、こちらです。どうぞ。お二人は御夫婦で?」

「あ、はい。へへへ」

「奥様はグラマーの方ですか?」

「えー、はい、そうです」

「越境結婚?」

「そんな所です」

「それは、それは……。お子様の出産予定は?」

「えぇと、もう産まれています」

「まあ、お目出度う御座います」

「有り難う御座います」

「お子様は、何箇月でしょう」

「えー、這い這いとか、掴まり立ちを始めた位の」

「1年位ですか?」

「その位です」
0465創る名無しに見る名無し2018/06/01(金) 19:16:26.28ID:iAzBUPwx
「これ、店員! 音の鳴る玩具は、どこにある?」

「こちらの列です。ガラガラ、鈴、リング、喇叭、各種取り揃えております」

「御苦労、下がって良いぞ」

(凄い偉そう……。お嬢様かな?)

「ニージェル!」

「どうした?」

「其方(そち)が適当に選んでくれぬか?」

「えぇ」

「何を買えば良い物やら、我には皆目見当も付かぬのである」

「分かったよ……」

(フーム、今時の子供は贅沢よの。斯様な玩具を買い与えられるとは)
0466創る名無しに見る名無し2018/06/01(金) 19:17:14.04ID:iAzBUPwx
「お買い上げ、有り難う御座いました」

(結局、俺が独りで買った様な物じゃないか……)

「何やら不満気な顔であるな?」

「何でも無い」

「……付き合ってくれた事には礼を言う」

「いや、気にするな」

「……その、吸血してやろうか?」

「えっ、何言ってんだ!?」

「気持ち良くさせてやろうかと」

「竜の血が欲しいのか?」

「竜の血?」

「俺の体には竜の血が流れている。古の竜アマントサングインの血だ」

「何? 冗談か何か?」

「試してみるか?」

「……否(いや)、それが本当であれば止めておこう」

「……あぁ、そう」
0468創る名無しに見る名無し2018/06/02(土) 19:21:01.96ID:2MyUVh2X
今六傑ラムナーン引退


魔法暦515年 1月発行月刊誌「アスリート」の紙面より


昨年のグランド・フィナーレを最後に引退したラムナーン・ンドナン・ブァヴィア・トラン・ル選手。
20年間王者として君臨して来た彼が、引退を決意した理由とは!?
小誌が初の独占インタビュー!

――先ずは、お疲れ様でした。偉大な英雄と同じ時代に生まれた事を光栄に思います。
(苦笑しつつ)「それは大袈裟過ぎないか?」
――いえ、貴方程の競技者は、今後10年、20年は生まれないでしょう。ファンの中には、
   未だ現役続行を望んでいる人も居ます。どうして引退を決意されたのですか?
「一昨年辺りから、思う様な『演技<パフォーマンス>』が出来なくなった。優勝を逃す事も多くなった。
 同期の競技者が皆、引退してしまったのも大きいと思う」
――しかし、昨年のグランド・フィナーレでは、素晴らしいパフォーマンスでした。
   これが見納めになると思うと寂しいです。
(少し顔を顰めて)「私も寂しく思う。衰えは明らかだった」
――そ、そんな積もりで言ったのではありません。王者の貫禄、安定感のある演技でした。
「安定感と言えば聞こえは良いが、無理が出来なくなっただけの話。もう全盛期の輝きは無い。
 あの大会(グランド・フィナーレ)で観客の皆さんにも伝わった筈」
――それにしても早過ぎると思います。ランキング1位の座こそ譲った物の、1年を通して、
   10位以内に常駐。今六傑としても最年長。大会優勝回数でも、どこまで記録を伸ばすか、
   私も多くのファンも楽しみにしていたのですが……。
「ファンの皆さんの楽しみを奪ってしまった事は、申し訳無く思っている。しかし、限界だった。
 体力的にも精神的にも。憖、実績があるだけに、実力以上の評価をされる事も辛かった」
――期待が重荷になったと言う事ですか?
「それもあるが、何より不十分な出来で称賛される事が嫌だった。『配慮されているな』とか、
 『気遣われているな』と感じる事が多くなった。この儘、私が現役を続けていると、
 良くない影響があると思った」
――思い過ごしでは? ラムナーンさんは大英雄ですから、無下にする訳には行きませんよ。
「それが良くない。競技者は誰でも平等に扱われなければ。新世代の邪魔にはなりたくなかった」
――成る程。業界全体の将来を見据えた、お考えがあっての事だったのですね。
「持ち上げないでくれ。大元は衰えを感じ始めた事だ。そろそろ退き時だと思った。それだけ」
0469創る名無しに見る名無し2018/06/02(土) 19:28:35.45ID:2MyUVh2X
――現役時代を振り返って、最も印象に残っている事は何ですか?
「私がプロフェッショナルの競技者になって3年目、エグゼラでの冬の四季大会。
 夏の四季大会と二冠制覇した時。今六傑イズヤ・シャッフテル(※)さんに初めて勝った、
 あの大会だ」
――後にイズヤさんが引退を決意する切っ掛けになったと言う、あの大会ですか?
   確かに、あれからラムナーンさんは躍進を続けて、今六傑になられました。
「それまでも時々ランキング上位者に勝てる事はあった。イズヤさんと優勝を競ったのも、
 初めてじゃない。でも、あの大会は特別だった」
――イズヤさんの地元エグゼラでの大会だからですか?
「そうじゃない。それまでは『勝った』と言っても、相手が万全の状態じゃない事が多かった。
 偶々ミスをしてくれたり、所謂『拾う』勝ちが殆どだった。私は実力で勝ちたかった」
――あの大会で勝てたのは運では無く、実力だったと。どんな心持ちだったのですか?
「言葉にするのは難しい。但、演技前に『勝てる』と言う予感があった。夏の四季大会で優勝した後、
 秋では優勝を逃したが、それまでとは違う何か……力を付けている実感があった」
――では、夏の四季大会で優勝したのが、切っ掛けだったんでしょうか?
「そうかも知れない。だが、その時は未だ初優勝で興奮して、自惚れているんだと思っていた。
 冷静に振り返ってみても、どんな変化が自分の中で起こったのか、よく分からない」
――ある時、突然強くなる、実力が付くと言う事があるんですね。
「全く不思議な事だよ。行き成り、一段高い所に昇った様な。同じ体験をした人が居るかは、
 分からないけれど。でも、そう言う事もあるんだと、若い人達には知って欲しい」
――今まで引退されなかったのは、若手に自分を越えて貰う為でもあったのでしょうか?
「そうだね。因縁と言うのかな……。私がイズヤさんに勝った時の様に、私を倒す事で、
 若い人には自信を付けて貰いたかった」
――特に期待している若手は?
「ここで言ってしまうと、変な『圧力<プレッシャー>』を掛ける事にならないか? 誰とは言わないが、
 一度でも私に勝った人や、私以上の点数を出した人は、皆、将来性があると思っているよ。
 勿論、今のランキング上位の人達も」


※:男性フラワリング競技者。二つ名は「冬の嵐」、「銀の王」。エグゼラ地方には珍しい細身の優男。
0470創る名無しに見る名無し2018/06/02(土) 19:30:10.28ID:2MyUVh2X
――他に、思い出深い出来事等は?
「競技者人生では、ライトネスの存在だろうか? 私と同年代の女性競技者と言う事で、
 意識はしていた。好調の時の彼女は誰も寄せ付けない位に強く、良い『好敵手<ライバル>』だと、
 私は勝手に思っていた」
――ラムナーンさんとライトネスさんの数々の名勝負は、今でも私達の記憶に残っています。
   497年から10年に亘り、グランド・フィナーレの注目は、お二人の対決にありました。
「そんな言い方は、どうかと思うが……。グランド・フィナーレに出場していたのは、
 私とライトネスだけじゃないよ」
――その位、皆が期待していたんです。そのライトネスさんとの対決、通算ではラムナーンさんが、
   7対3と勝ち越していますが、御感想は?
「感覚としては、五分五分なんだがな。そんなに勝ち越している意識は無かった」
――ラムナーンさんとライトネスさんの間には、様々な噂が立ちました。お付き合いなさっているとか、
   逆に実は仲が悪いとか。その辺りの真相は、どうなんでしょうか?
「『公開演習<エクシビション>』では、よく2人で演技したが、彼女と個人的に付き合う事は無かった。
 私達は良き好敵手であり続ける為に、お互い余り馴れ馴れしくしない方が良いと、
 私的な付き合いを控えていた。仲が悪く見えていたのは、その所為かも知れないな。
 実際に仲が悪かった訳では無いよ。フラワリングの将来に就いて、真剣に話し合う事もあった。
 私と彼女は当時、業界を代表する立場だったので」
0471創る名無しに見る名無し2018/06/02(土) 19:30:56.24ID:2MyUVh2X
――引退後の御予定は?
「先ずは、故郷に帰って少し休みたい。今までは一にも二にもフラワリングだった。少し休んだら、
 今度は後進の育成に力を注ごうと思う」
――フラワリングを続けられると言う事ですか?
「他に能が無いからな。何等かの形で関わり続けたい」
――ラムナーンさんの教え子が、未来のフラワリングを支えて行くのでしょう。楽しみです。
「どの程度、私が指導者に向いているかは分からないが……。私の技術や経験を出来る限り、
 多くの人に伝えたいと思っている」
――それでは改めて、長年お疲れ様でした。本日は、有り難う御座いました。
「こちらこそ、有り難う」
0473創る名無しに見る名無し2018/06/03(日) 20:29:22.01ID:/RHZYcC4
竜の目覚め


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


協和会を利用して、ティナー市で事件を起こして以降、反逆同盟は攻め手を欠いていた。
フェレトリやヴェラは影で小さな事件を起こし続けていたが、マトラは満足しなかった。
彼女は世間を動揺させ、人々の心に爪痕を残す、大きな事件を期待していた。

 (アダムズ君を失ったのは不味かったか……?
  しかし、奴は制御しようと思って出来る男では無かったしな。
  やれやれ、最近溜め息が多くなったわ)

彼女は退屈していた。
退屈凌ぎに地上の侵略を始めたのに、それで退屈していては意味が無い。
不満に思っていたマトラは、砦の中で同じく退屈している男を発見した。

 「どうした、ニージェルクローム?」

暗黒魔法使いのニージェルクロームは、廊下で呆っと外を眺めている。
マトラに声を掛けられた彼は、愛想笑いして応えた。

 「いや、どうも……。
  何と無く、手持ち無沙汰で」

 「退屈しておるのか?」

 「そんな所だな。
  平和過ぎて欠伸が出る」

自らの内に眠る竜の力を制御出来る様になってから、彼は力を発揮する場所を求めていた。
それは果たして、ニージェルクロームの自身の意志か、将又彼の内に眠る竜の意志か……。
0474創る名無しに見る名無し2018/06/03(日) 20:30:24.23ID:/RHZYcC4
マトラは嫌らしい笑みを浮かべて、ニージェルクロームに囁き掛けた。

 「『平和過ぎて』か……。
  それは、それは、フフフ。
  そこまで退屈しているなら……、どうだ、一暴れしてみないか?」

 「良いのか?」

ニージェルクロームは自信無さそうな声で問う。
彼には迷いがあるのだ。
力を試したい気持ちと、失敗した場合の責任の取り方で。
しかし、そんな心配は無用だと、マトラは笑う。

 「ディスクリムを供に付けてやろう。
  侵入も撤退も思いの儘だ。
  どこだろうと、好きな場所で暴れるが良い」

ニージェルクロームは自らの手の平を見詰め、固唾を呑んだ。

 「……どこが良いと思う?」

 「その力を世に示すならば、耳目を集める場所が良い。
  魔導師会の本部は、どうかな?」

悪戯っぽく提案するマトラに、ニージェルクロームは困惑する。

 「えっ、えぇ、行き成りか?」

 「何れは戦う事になる相手だ。
  実力を試すには丁度良いでは無いか?
  『反逆同盟』として堂々と宣戦布告してやれ」
0475創る名無しに見る名無し2018/06/03(日) 20:31:22.26ID:/RHZYcC4
マトラが背を押してやっても、ニージェルクロームは未だ踏ん切りが付かない様子だった。
彼は難しい顔をして、低く唸ってばかり。

 「少し考えさせてくれ」

そうして出した結論は、「回答の一時保留」。
マトラは深い溜め息を吐いた。

 「……無理強いはせぬがな」

怯懦(へたれ)だと思われているのだろうと感じ、ニージェルクロームは焦った。
だが、ここで安易に話に乗る程、彼は考え無しでもない。
一時の恥は忍んで、冷静に対処する。

 「俺の中の竜が何と言うか、それ次第だ」

マトラは再び小さく溜め息を吐いて、仕方無いなと呆れて見せた。

 「覚悟が決まったら、教えとくれ」

彼女はニージェルクロームを焚き付ける為に、失望を露にして立ち去る。
その計算通り、ニージェルクロームは複雑な面持ちと心持ちで、暫し立ち尽くしていた。
0476創る名無しに見る名無し2018/06/04(月) 19:07:08.57ID:2r1peTJi
自室に戻ったニージェルクロームは、ベッドに寝転がって瞑想した。
竜は何時も、夢を介して彼と語る。

 (竜よ、古の竜アマントサングイン、応えてくれ)

そう念じていると、やがて世界が暗黒に落ちる。
それは眠りでは無い。
意識を保った儘、奇妙な浮遊感と非現実感を持って、暗黒の空間に移動するのだ。
今、ニージェルクロームの眼前には、赤黒い体を持った巨大な竜が、彼を見下ろす形で座している。
もう慣れた物で、ニージェルクロームは竜の威容にも一々驚かない。

 「アマントサングイン、退屈していないか?」

彼の問い掛けに、アマントサングインは溜め息混じりに答えた。

 「その問い掛けは無意味だ。
  我等の精神は同調し始めている。
  この意味が解るな?」

不意に問いを返され、ニージェルクロームは困惑する。

 「えぇー、それは詰まり……、俺が退屈って感じる時は、お前も退屈してるって事?」

 「その通りだ。
  お前の内に我が魂が宿ったのは、偶然と言う訳では無い。
  精神が同調し易かったのだ。
  『運命』が我等を引き寄せた」

古竜アマントサングインの話を聞いても、ニージェルクロームは危機感を持たなかった。
彼は鈍感にも、竜との同調を選ばれし者の証と捉え、嬉しく思っていた。
0477創る名無しに見る名無し2018/06/04(月) 19:08:13.30ID:2r1peTJi
ニージェルクロームはマトラに提案された事を、その儘アマントサングインに持ち掛ける。

 「退屈してるなら丁度良い。
  外で一暴れしないか?」

アマントサングインは呆れ気味に答えた。

 「退屈は悪い事では無い。
  今は血の臭いがしない」

 「血の臭い?」

 「我等『竜』は、『人の上に立つ物』と言った筈だ。
  争いを続ける愚かな人間を戒める存在として」

 「人を殺す事で人に恐れられるんだろう?」

ニージェルクロームは竜の使命を誤解している。
竜は無意味に人を殺戮するのでは無い。
何時までも戦いを止めない、愚かな人間の戒めとして君臨するのだ。

 「我等は横暴な暴君でも無ければ、残虐なだけの獣でも無い。
  人が分を弁え、大人しくしている分には、一向に構わぬ」

 「どう言う事だ?」

 「竜は争いの火を消し去る物で、争いの火を熾す物では無い。
  自ら戦乱の火種になる愚かな真似はしない」

アマントサングインは済まして言ったが、ニージェルクロームは怪しんだ。

 「だったら、この疼きは何なんだ?
  本当は暴れたくて仕方が無いんだろう?」
0478創る名無しに見る名無し2018/06/04(月) 19:09:22.37ID:2r1peTJi
ニージェルクロームとアマントサングインの精神は同調している。
故に、彼が暴れたいと感じる時、アマントサングインも同じ事を考えているのだ。
挑発的な言動に、アマントサングインは少し機嫌が悪くなる。

 「悪魔の様な事を言う奴だ。
  否、実際に『悪魔擬き<デモノイド>』だったな。
  長き眠りから覚め、退屈だった事は認めよう。
  だが、平穏を掻き乱して玩ぶ程、我は悪趣味では無い」

要するに、暴れたいと言う強い欲求はある物の、地上の秩序を守る竜の一として、
自ら平和を乱す訳には行かないのだ。
では、大義名分があれば良いのかと、ニージェルクロームは察した。

 「これからは『平穏』なんて言ってられなくなるぞ。
  俺達は反逆同盟に居るんだ。
  反逆同盟は共通魔法社会に反逆する。
  今日まで人目を忍び、日陰で暮らさざるを得なかった、多くの魔法使い達の為に」

 「悪魔擬き共が、どうなろうと興味は無いと言った筈だ」

アマントサングインは呆れていた。
悪魔擬きも人と変わらないのかと。
ニージェルクロームは諦めずに、アマントサングインに頼み込む。

 「どうなっても構わないと言うなら、力を貸せ!
  その力で、俺達が『生きる』道を拓かせてくれ!」

 「竜とは力の究極。
  力を以って力を制する者。
  ハイロン、そんなに血を見る事が好きならば、幾らでも見せてやろう」

アマントサングインは大口を開けて、ニージェルクロームを呑み込んだ。
行き成りの事に、彼は抵抗する暇も無かった。
0479創る名無しに見る名無し2018/06/05(火) 18:22:40.42ID:+GXy2BCJ
アマントサングインの口中は真っ暗で、何も見えない。
そればかりか、ニージェルクロームは体の感覚も失っていた。

 (何をした、アマントサングイン!)

狼狽する彼に、アマントサングインは告げる。

 「お前は愚かな男だ、ハイロン。
  無知で傲慢、正しく凡愚としか言い様が無い。
  平均的な存在と比較して、明白に下等であると断言しよう」

 (お、俺が!?
  馬鹿にするな!!
  お前を目覚めさせたのは、他でも無い、この俺だ!
  凡人では絶対に出来なかった事だぞ!)

 「フン、眠らせた儘で置けば良かった物を。
  良いか?
  これから我は我が意思で動く。
  お前は徒(ただ)、見届けろ。
  その内に自ら反省し、心変わりするだろう」

ニージェルクロームは肉体の支配権を失った――と思ったが、そんな事は無かった。
目を開けば、そこは変わらず自室のベッドの上であり、手足は彼の意思で動く。

 (何だ、驚かせて……)

ニージェルクロームは一時は安堵した物の、竜の力を全て借りる事は出来ないと悟り、落胆した。
今まで通り、一部の力しか引き出せないのであれば、多勢を相手にするのは不利。
魔導師会本部を襲撃する事は諦めて、どこか他の場所に奇襲を掛け、力を発散するしか無いと、
マトラには言い訳しようと彼は決めた。
0480創る名無しに見る名無し2018/06/05(火) 18:23:45.25ID:+GXy2BCJ
後日、マトラと出会したニージェルクロームは、その旨を伝えようと自ら話し掛けた。

 「マトラ、話がある」

 「おぉ、ニージェルクローム!
  覚悟は決まったか?」

もう完全に受けてくれる物と思っていたマトラは、気の早い問い掛けをする。
申し訳無く思いつつ、断ろうとしていたニージェルクロームだが、口が上手く動かない。

 「あ、あぁ、え、ええ」

マトラを気不味だとは思っているが、吃音(ども)る程は緊張していないのにと、彼は不思議がる。
どこか体調が悪いのか、それにしては痛みや苦しさは無い。
混乱していると、彼の口が勝手に動いた。

 「魔導師会本部を襲撃するのだったな。
  任せておけ」

嫌に自信に満ちた声。
自らの意思に反する言葉が出た事に、ニージェルクロームは目を剥いて驚いた。
自分の口から出た言葉とは思えなかった。

 「フフ、実に頼もしい。
  期待しておるぞ。
  ――して、決行は何時だ?」

 「追って知らせる」

 「近々(きんきん)に実行される事を望むよ」

マトラは怪しむ素振りも見せずに立ち去る。
ニージェルクロームは直ぐに、誰の仕業か気付いた。

 (アマントサングイン、お前っ!!)
0481創る名無しに見る名無し2018/06/05(火) 18:24:31.28ID:+GXy2BCJ
 (何を怒〔いか〕る、ハイロン?
  奴は解っていたぞ。
  返事をしたのが、お前では無い事にな)

アマントサングインは反論代わりに、彼に真実を告げる。
ニージェルクロームは愕然とした。

 (何だって!?)

 (奴にとっては誰でも構わぬのだ。
  自らの思い通りに動いてくれるならな)

そう言うと、アマントサングインは肉体の支配権をニージェルクロームに返した。
この状況で体の支配権だけを戻されても困ると、彼は心の中でアマントサングインに呼び掛ける。

 (アマントサングイン、何時魔導師会に攻撃を仕掛けるんだ?)

 (何時でも、お前の好きな時にするが良い)

 (お、俺は魔導師会の本部に突撃する積もりなんか無いぞ!)

勝手に話を進めておいて、自分の好きな時も何も無いと、ニージェルクロームは激昂した。
そんな彼をアマントサングインは嘲笑う。

 (どうした、今頃になって怖くなったのか?
  お前達にとって、何れは戦わねばならぬ相手だろう。
  何時ならば良いのだ?
  来月か、来年か、それとも10年、20年後か)

ニージェルクロームは恐ろしくなった。

 (俺を殺す気か!?)
0482創る名無しに見る名無し2018/06/06(水) 18:37:42.39ID:2QJR6F73
アマントサングインは憐れみを込めて、一層嘲笑する。

 (そんなに恐ろしいのか、無力で脆弱なハイロンよ。
  安心しろ、お前を戦わせようとは思っていない。
  戦うのは、この我だ)

 (お前が俺の代わりに、魔導師会と戦うのか?
  竜の力で?
  一体どんな心変わりだ?)

現生人類を悪魔擬きだと切り捨て、人間同士の戦いには全く興味を持たなかった竜が、
どうして魔導師会と戦う気になったのか、ニージェルクロームは怪しんだ。

 (言った筈だ、『見届けろ』と。
  我が心の有り様を知り、少しは我が『同調者<シンパサイザー>』に相応しい精神を身に付けるのだな)

アマントサングインは言外に、ニージェルクロームは精神の程度が低いと指摘していた。
竜とは崇高な存在なのだ。
本来であれば、同調者であるニージェルクロームは、アマントサングインの心が理解出来る筈。
感情だけでなく、アマントサングインの意志をも理解してこその同調者。
それが表層的な理解に留まると言う事は、「竜」と言う物の本質を彼が理解していないからである。
現に、ニージェルクロームはアマントサングインが暴れたいだけではないかと疑っている。

 (俺は魔導師会の本部に行くだけで良いのか?
  戦いは、お前に任せろと?)

 (好きにするが良い。
  お前自身が戦いたければ、戦わせてやるぞ)

 (そんな気は無えっての!)

根が真面目なニージェルクロームは、如何にアマントサングインが勝手にマトラと約束したとは言え、
魔導師会に襲撃を仕掛けず、無為に過ごす事は思いも寄らない。
0484創る名無しに見る名無し2018/06/06(水) 18:39:20.58ID:2QJR6F73
アマントサングインはニージェルクロームに告げた。

 (安心しろ、ハイロン。
  お前が行かないのであれば、我が行く。
  怠惰に過ごされても困るのでな。
  心の準備をする位の時間は呉れてやろうと思っての計らいだ)

 (俺に全ての力を托すと言う選択は無いのか?)

アマントサングインの全ての力を借りれば、魔導師会の本部に乗り込んで、大暴れ出来ると、
ニージェルクロームは考えていた。
覚悟を決める時間を与える等と言う、中途半端な計らいをする位なら、その力を貸してくれた方が、
何倍も良いと。
アマントサングインは益々憐れみを込めて、嘲笑する。

 (お前の肉体も精神も、竜の力には耐えられまい。
  蛙の腹に牛が収まるか?)

 (そんなの、やってみなくちゃ分からない。
  蛙は蛙でも、蛙神の大蝦蟇かも知れないぞ)

意地になってニージェルクロームは言い返すも、アマントサングインは相手にしなかった。

 (お前は、その器でない。
  竜の姿を知り、又、身の程を知れ)

それっ切り、アマントサングインは黙り込んでしまう。
ニージェルクロームは最早成り行きに身を任せる他に無くなってしまった。
0485創る名無しに見る名無し2018/06/06(水) 18:43:22.75ID:2QJR6F73
days after


それから数日後、ニージェルクロームは魔導師会本部を襲撃する事となった。
相変わらず気乗りはしないが、もう仕方が無い事だと、彼は完全に割り切っていた。
姿を隠す為のフード付きのマントを羽織り、ディスクリムの影に包まれて、いざ出発。
グラマー市内は特に共通魔法の結界が強く、ディスクリムの影に潜る瞬間移動能力でも、
直接市街地には移動出来ないので、先ずは街から離れた人気の無い場所に現れる。
乾いた空気が運んで来る砂埃に、鼻と喉を刺激されたニージェルクロームは、
一つ大きな嚔(くしゃみ)をすると、マントの襟を立てて口元を覆った。

 「それでは、私は貴方の影に付いておりますので。
  私が危険と判断したら、強制的に撤退します。
  御了解を」

 「是非そうしてくれ」

ディスクリムの発言は、ニージェルクロームにとっては有り難い物だった。
彼はディスクリムを影に宿し、市街地に向かって歩き始める。
グラマー市に入った彼は、行き成り執行者に話し掛けられた。

 「一寸、済みません。
  身分証を見せて貰えますか?」

何か怪しい所があったのかと、ニージェルクロームは内心兢々としていた。
幸い、彼は共通魔法社会で生まれ育ったので、身分証を持っている。

 「はい」

執行者は身分証を見ながら、幾つかの質問をする。

 「お名前を教えて下さい」

 「ハイロン・ワイルン」

執行者や都市警察が身分証の提示と共に、先ず名前を確認するのは、その身分証が、
本人の物なのか確かめる為だ。
迷わず身分証と同じ名前を言えれば、有らぬ疑いを抱かれない。
0486創る名無しに見る名無し2018/06/07(木) 20:28:09.51ID:jtWbaJhk
執行者は問いを続ける。

 「ボルガ地方出身?」

 「はい」

 「グラマーには何をしに?」

 「……観光です」

目的を尋ねた後に、少しの間があったのを執行者は怪しんだが、深くは追究しなかった。

 「これから、どちらへ?」

 「何分初めてな物で、先ずは適当に市内を見て回ろうかと」

 「そうですか……。
  お気を付けて」

執行者は身分証を返すと、通信で連絡を取りながら、その場から立ち去った。
ニージェルクロームは一つ大きな息を吐いて、再び歩き始める。
目的地は魔導師会本部。
しかし、本部に到達する前に、再び執行者に捉まる。

 「そこの人!」

2回呼び止められ、ニージェルクロームは不安になった。
魔導師会本部は3巨先に見えている。
又、問答するのかと思うと、面倒臭くなる。
そんな彼の心を読んだかの様に、アマントサングインが「目を開けた」。
自らの内でアマントサングインの存在が膨れているのを、ニージェルクロームは自覚する。
この儘、ここで竜を解放して良いのか、彼は悩んだ。
0487創る名無しに見る名無し2018/06/07(木) 20:29:04.87ID:jtWbaJhk
動悸が激しくなり、胸が張り裂けそうな感覚に襲われる。
竜の力を抑えられない。
ニージェルクロームは胸を押えて、屈み込んだ。
それを見た執行者は心配する。

 「どうしました?」

ニージェルクロームの体に、赤黒い霧が纏わり付くのを見て、執行者は駆け寄るのを止め、
その場で戦闘態勢に入った。
明らかに共通魔法とは異なる異様な気配がある。
何かは判らないが、強大で恐ろしい物の。

 「こちらC11−22、本部南口から約3巨の通りに不審者を発見。
  周辺に警戒を呼び掛けて下さい。
  ……いや、これ避難の方が良いかな?
  避難、避難を呼び掛けて下さい!
  応援を頼みます、警戒レベル4(※)!」

執行者は膨れ上がる強大な力を恐れて、通信で周辺住民への退避命令を要請した。
それは正しい判断である。
これから戦う事になる相手は、旧暦の伝説の竜なのだから。
執行者は直ちに行動を封じる魔法を発動させた。

 「『拘束<バインド>』!!」

しかし、拘束魔法は弾かれてしまう。
丸で、力任せに鎖を引き千切る様に。
「抑え切れない」と直感した執行者は、魔法で警報を鳴らした。
街中の『拡声器<スピーカー>』から甲高い音が鳴り響き、周囲に緊急事態の発生を知らせる。


※:危険度を5つのレベルで分けた物。
  レベル1=最低。単独犯で、予想される被害の程度が小さく、周辺に警戒を呼び掛ける程度。
  レベル2=予想される被害の程度は小さいが、複数犯であるか、死者が発生する懸念がある。
  レベル3=予想される被害の程度は小さくないが、壊滅的状況には陥らない。
  レベル4=予想される被害の程度が大きいか、予測不能で、避難を呼び掛けなければならない。
  レベル5=最大。全力で潰しに掛かるか、撤退するかの判断をしなければならない。
0488創る名無しに見る名無し2018/06/07(木) 20:31:17.00ID:jtWbaJhk
アマントサングインはニージェルクロームに働き掛ける。

 (頃合だな、我を解放しろ。
  後の事は我に任せ、お前は見学していろ)

 (な、何をするんだ……?)

ニージェルクロームの問いには答えず、アマントサングインは咆哮を放った。
それは口から出る音波では無い。
大気が揺れて、恐ろしい唸り声を作り出す。
執行者は耳を塞いで、蹲っている。
もう限界だとニージェルクロームは察した。
直後、どこからとも無く大量の赤黒い霧が湧き立ち、彼を覆って竜を模る。
幻影のアマントサングインだ。
本来は戦場で流された血と涙が、戦禍竜アマントサングインの体となる。
それが無い為に、こうして幻影を作り出す事で、竜の復活を誇示する。
一般市民が逃げ惑う中、応援の執行者が2人、3人と集まって来た。
彼等は突如として街中に出現した竜を見て、驚愕し、狼狽している。

 「どう言う事だ?
  これは……殺(や)ってしまって良いのか?」

執行者達は先制攻撃を仕掛けて良い物か、戸惑う。
取り敢えずは陣形を組んで、魔力場を整え、臨戦態勢に。
執行者達の内、勇気ある1人が、ニージェルクロームに対して呼び掛けた。

 「お前は何者だ!?
  今直ぐ、その術を解除しろ!!」

彼等は竜ではなく、ニージェルクロームが本体だと思っている。
0489創る名無しに見る名無し2018/06/08(金) 18:16:32.32ID:ovwN9eFN
それは間違いでは無いのだが、アマントサングインは気に入らなかった。

 「愚かな『悪魔擬き<デモノイド>』共よ、よく聞け!
  我が名はアマントサングイン!
  正統なる竜の一である!」

名乗りはニージェルクロームでは無く、幻影の竜の口から出る。
しかし、執行者達は素直に受け取らない。
竜の中に居る男が、小細工をしているとしか見えないのだ。

 「馬鹿な事は止めろ!
  直ちに投降しなければ、攻撃を加える!」

旧暦の竜の伝説は、一般には殆ど知られていない。
余程、旧暦の事に興味を持っていない限りは、魔導師でも知らないのが普通。

 「馬鹿とは何だ、馬鹿とは!
  話を聞けぃ!!」

アマントサングインは怒って、白い腐蝕ガスを吐いた。
執行者達は魔法で防護壁を張って防ぐが、アマントサングインは更に3枚の翼を羽撃かせ、
腐蝕ガスを拡散させる。
街中に飛散したガスが、樹木を枯らし、家々の壁に斑の痕を付ける。

 「お前達では話にならぬ!!
  八導師を呼べ!!」

アマントサングインに近付く事すら困難な状況だが、「魔導師会」は次の手を打っていた。
突然、アマントサングインは動きを封じられる。

 「ムッ、小賢しい……!」

多数の別働隊が連携し、2通先の遠距離からアマントサングインを円状に包囲して、
運動停止魔法を掛けたのだ。
0490創る名無しに見る名無し2018/06/08(金) 18:17:58.40ID:ovwN9eFN
ニージェルクロームはアマントサングインを心配した。

 (大丈夫なのか?
  これでも未だ魔導師会は本気じゃないと思うぞ)

未だ処刑人が出動していないし、禁断共通魔法も使われていない。

 (共通魔法を甘く見ない方が良い。
  幾ら『竜』でも……)

この儘では、数に圧されて負けてしまう。
どうにか隙を作って逃げ出せないかと、ニージェルクロームは早くも逃げ腰だった。
ディスクリムも呼び掛ける。

 (撤退するか?)

アマントサングインは軽んじられていると感じ、憤慨した。

 (煩いぞっ!
  この程度、どうと言う事は無いわーっ!)

不完全な状態であろうと、悪魔擬きに屈する訳には行かないと、アマントサングインは力を振り絞る。

 「我が魂を傷付けられる物は、神槍のみである!!」

赤黒い霧に覆われているニージェルクロームまでは、停止魔法が及んでいない。
それを利用して、アマントサングインは彼の体を動かした。

 「竜の爪を食らうが良い!」

魔力がニージェルクロームの腕に集中し、鋭い剣となる。
振り下ろせば、真っ直ぐ2通半までの空間が裂ける。
その先に居た執行者達は、自分等の身を守る為に防御せざるを得ない。
結果、包囲に綻びが生じ、一瞬の隙が生まれる。
自由を取り戻した幻影のアマントサングインは、濃度の高い腐蝕ガスを撒き散らし、
羽撃きで半径3通に拡散させる。
周辺住民の退避は完了しているので、人的被害は無いが、街は壊滅的な被害を受けた。
建物は崩れ落ち、植物は幹の芯まで枯れ果てる。
0491創る名無しに見る名無し2018/06/08(金) 18:23:47.96ID:ovwN9eFN
竜の吐き出す腐蝕ガスは、高濃度になれば魔力の流れをも阻害する。
神の創造物である竜は、聖なるモールの樹と似た性質を持っているのだ。
当然、魔力通信も阻害される。
執行者達は手出しが出来なくなっていた。
魔導師会本部の執行者を指揮するは、統合刑事部の部長補佐。
如何にも会社員的な肩書きだが、これは全ての刑事執行者を束ねる「部長」の補佐であり、
その実質は軍隊で言う、師団長、少将に相当する。

 「あれは何か?
  変身魔法ではあるまい。
  未知の外道魔法使いか」

次の指示を出し終え、望遠鏡で事の推移を観察中の部長補佐の問いに、補佐付が答える。

 「恐らくは。
  駆付(かけつけ)の報告によると、『正統なる竜』、『アマントサングイン』と名乗ったそうです」

 「何だ、それは?
  大戦の伝承に、そんな奴が居たか?
  竜人タールダークの関連か?
  或いは、ケドゥス、スーギャか」

アマントサングインの存在は、旧暦でも伝説扱い。
一定の機密情報を知り得る立場にある部長補佐でも、全く心当たりが無かった。

 「分かりません。
  一応、魔法史料館に確認を求めています」

この補佐付も、魔法史料館から回答がある事を期待している風では無い。
0493創る名無しに見る名無し2018/06/09(土) 19:44:50.49ID:HoB8aMXT
部長補佐は眉を顰めて、補佐付に問うた。

 「やはり反逆同盟の一員だろうか」

 「恐らく、そうでしょう。
  この時期に態々魔導師会本部を襲撃するのですから」

大陸各地で「反逆同盟」なる外道魔法使いの集団が事件を起こしている。
直接の指示にしろ、共謀にしろ、便乗にしろ、今回の事も、それに関連した物に違い無かった。
部長補佐は険しい顔で、続けて問う。

 「本部との連絡は取れたか?」

 「はい、非常通信回線は生きていました」

それは本部が腐蝕ガスの中に置かれて孤立している現状では、朗報だった。

 「何か指示は?」

 「市民の安全を第一に、可能な限り速やかに危険を取り除けと」

 「気安く言ってくれる」

 「警戒レベルは4を維持するそうです」

 「この期に及んでも、全力で対処しないのか……。
  象牙の塔に応援要請を」

 「解りました」

魔導師会は総力を以って、この難敵を排除しなければならないのにと、部長補佐は静かに憤った。
魔導師会本部は、唯それだけの建物では無い。
あらゆる意味で第一魔法都市グラマーの中心であり、共通魔法社会の象徴なのだ。
これが崩れ落ちる時は、共通魔法社会が終わる時である。
0494創る名無しに見る名無し2018/06/09(土) 19:57:55.21ID:HoB8aMXT
部長補佐の指示通り、魔力通信で象牙の塔に支援を要請し終えた補佐付は、
直後に魔法史料館側からの連絡を受けた。

 (はい、こちら臨時編成部隊第一司令部)

 (魔法史料館です。
  お問い合わせの竜とは、アマントサングインで間違いありませんか?)

相手が少し慌てた様子だったので、補佐付は何かあったなと直感する。

 (はい、間違いありません)

魔法史料館の人間は、一度深呼吸をして、説明を始めた。

 (……アマントサングインは、旧暦の伝承に登場する竜です。
  『アルアンガレリアの初子達』と呼ばれる、最も強大な竜の一体です。
  戦禍竜アマントサングイン。
  旧暦の2度の大竜戦争で、人類と敵対しました。
  第一次大竜戦争で4代聖君に敗れ、後に復活して第二次大竜戦争を引き起こすも、
  今度は8代聖君に敗れ――)

 (待て、待て。
  余計な説明は良いから、具体的な性質や特徴を教えてくれ。
  どんな能力を持っていて、弱点は何だとか)

補佐付は単刀直入に、戦いに役立ちそうな情報を求める。
通信の向こうで、小さな溜め息が漏れた。

 (アマントサングインは、人間同士の争いを止める為に生まれた、ディケンドロスの竜です。
  神出鬼没で、血の臭いを嗅ぎ付けて、戦場を荒らし回ると言います。
  血に塗れた様に赤黒い液体を纏う、3枚の翼を持った漆黒の竜で、その大きさは城程もあると、
  伝えられています)

 (能力は?)

 (どんな物でも溶かしてしまう、強力な腐食性のガスを吐きます。
  羽撃きは強風を呼び、溶解液の雨を降らせ、咆哮は全てを塵と汚泥の海に変えるそうです)

魔法史料館の者が話すアマントサングインの性質と、市内に現れた竜の性質の一致に、
補佐付は嫌な予感がした。
彼は固唾を呑んで、更なる情報を聞き出す。
0495創る名無しに見る名無し2018/06/09(土) 19:59:41.64ID:HoB8aMXT
 (どうすれば倒せる?)

その問への回答は、絶望的な物だった。

 (体を覆う液体は、あらゆる物を溶かすので、真面な攻撃は通じないとされています。
  液体が本体の様な記述もあり、少なくとも打撃は通じないでしょう。
  火や水に弱いと言う記述もありません。
  弱点は特に無い様です)

 (だから、『どうすれば』倒せる!?)

 (体を傷付ける事に意味は無く、唯一、神槍コー・シアーのみが、その魂を砕けるそうです)

補佐付は沈黙した。
灰掛かった霞の向こうで動く、赤黒い不気味な何かを倒せるのは、本当に神槍コー・シアーのみか?
魔法史料館に保管されている、コー・シアー「とされている」物は、只の錆の塊だ。

 (ええと、一応コー・シアーを持ち出しましょうか?)

魔法史料館側からの申し出に、補佐付は少し迷った後、こう答えた。

 (万一と言う事もある。
  頼む)

 (解りました。
  急いで出掛けます)

 (頼む、『通信終わり<ブレイク>』)

 (ブレイク)

通信を終えた補佐付は、部長補佐に先程得た情報を伝えに向かう。
0496創る名無しに見る名無し2018/06/10(日) 19:31:03.93ID:zbPlJ6LE
灰色の霞に覆われ、崩壊を続ける街の中で、魔導師会本部だけは結界で守られていた。
魔力を遮断されても、魔導師会本部は緊急時に備えて、魔力発生装置が設置されている。
この事実は重大な機密であり、一般には知られていない。
一部の市民は安全の為、魔導師会本部内に避難しているが、当然この機密は教えられない。
灰色の霞に覆われた街中では、巨大な竜の影が、大声で叫んでいる。

 「出て来い、八導師!!
  然も無くば、都市を全て灰の山にしてくれる!!」

アマントサングインの要求は、魔導師会本部に届いていた。
本部内では動揺が広がる。

 「八導師を呼び出して、どうするんだ?」

 「話し合う積もりなのか?」

 「馬鹿な!
  罠に決まっている!」

 「執行者は何をしてるんだ!
  あんな奴、早々(さっさ)と倒してしまえば良いのに!」

避難している市民や一般の魔導師は、口々に不安や不満を言う。
折悪く中央運営委員も委員会に出席する為に、本部に登庁していた。
缶詰め状態となった委員達も、不満を漏らさずには居られない。

 「ここまで本部に敵の接近を許すとは、執行者共は弛んでいるな。
  危機感が足りないのではないか?」

 「誰か、現状を報告しろ!」

委員達の特権意識も相俟って、言葉は拮(きつ)い。

 「落ち着いて下さい。
  今、外部と連絡を取っています」

彼等を本部の職員が説得して宥める。
0498創る名無しに見る名無し2018/06/10(日) 19:38:20.55ID:zbPlJ6LE
竜の言葉は八導師にも届いていた。
現在、本部に居る八導師は、第四位を除いた7人。

 「どうする、奴の要求に応えるべきか?」

 「外からの報告によると、あれは『アマントサングイン』と名乗ったそうだ」

 「伝説の竜か!
  魔力を阻害するガスを振り撒く辺り、確かに『悪魔』とは異なるが……」

 「何が目的なのか、それが解らない限りは、どう仕様も無い。
  使者を出そう。
  攻撃は一時中断を」

 「良いのか?」

 「あれが『本物』であれば、執行者の手に負える物では無い。
  少なくとも、対処に梃子摺っているのは事実だ」

八導師達は話し合った結果、竜に対して使者を出す事を決定した。
この大役を任されたのが、親衛隊のジラ・アルベラ・レバルト。
彼女は「竜」を見た経験がある為に、自らが「班長」と言う責任ある立場である事事も考慮し、
進んで使者を引き受けた。

 「気を付けて下さい、ジラさん……」

不安気な顔をする部下に、彼女は言う。

 「私の部下なら、『後の事は任せて下さい』位は言って貰いたい物ね」

不安感、自信の無さ、気弱さは、悪い結果を招く。
口先だけでも強がるのだと、ジラは部下を諭した。
未だ情け無い顔をしている部下の肩に手を置き、彼女は力強く言う。

 「大丈夫、絶対無事に帰って来るから」

ジラはローブを重ね着した上に防護服を着込む重装備で、更に魔力石を複数持ち、
独り灰色の霞の中へと出掛けて行った。
0499創る名無しに見る名無し2018/06/10(日) 19:41:33.36ID:zbPlJ6LE
彼女は自分の体の周囲を透明な魔法の障壁で覆い、腐蝕ガスの漂う街中に出た。
それは丸で濃霧の中を歩いている様。
しかも、周囲の魔力が全く読み取れない。
魔法の効果が切れたらと思うと、ジラは気が気でなかった。
周辺の建物は殆ど形を留めていないが、建材は様々だった筈だ。
木、石、砂、煉瓦、石灰、鉄。
しかし、どれ一つとして無事な物は見当たらない。
道路までもが溶け出しているので、少し浮遊して移動せざるを得ない。
あらゆる物質を溶かす腐蝕ガスとは何なのか?
ジラは不気味な物を感じながら、濃霧の向こうに幽かに見える竜の影へと歩いた。
影は徐々に大きく、明確に見える様になる。
街中に出現した「竜」が、赤黒い霧で出来た実体の無い存在だと判り、ジラは驚愕した。

 (これは……魔法?)

竜の胴に当たる部分には、ローブを纏った人物が居る。
これが竜を操っているのかと、ジラは誤解した。
――アマントサングインは自らに接近して来る人影に気付き、注目する。

 「何者だ?
  お前が八導師か!」

共通魔法使いの気配を察して、そう問い掛けたのだが、返事は違った。

 「違います。
  私は使者として、お話を伺いに参りました」

魔導師会からの使者であるジラは、竜の幻影では無く、赤黒い霧の中の人物に目を向けている。
それが本体だと思っているのだ。
直接八導師が出向いて来なかった事に、アマントサングインは内心密かに腹を立てるも、
話を聞こうとしているだけ前進していると、怒りを抑えた。

 「フン、この惨状を見て、未だ『使者』を遣す余裕があるとはな。
  随分と悠長な事だ」

それでも尊大で攻撃的な口振りは止めない。
ジラは竜を刺激しない様に、出来るだけ穏やかに尋ねた。

 「八導師に何の御用でしょうか?」
0500創る名無しに見る名無し2018/06/11(月) 18:39:00.20ID:uUbEioTX
アマントサングインは幻影の体で呆れた様に溜め息を吐く。
巨大な旋風が巻き起こって、近くの建物が崩れ落ちる。

 「話がある」

 「その内容を教えては頂けませんか?」

ジラの問いを、アマントサングインは一笑に付す。

 「『人』に聞かれては困る事だ」

八導師以外に聞かれては困る事とは何だろうと、ジラは訝った。
それはニージェルクロームとディスクリムも同じだ。
魔導師会を倒すのではなかったのかと怪しむ。
或いは、八導師を謀殺する策略なのかも知れないが……。
暗殺の危険性はジラも認識しているので、軽々には応じない。

 「……八導師との直接の対話を望まれるのであれば、先ず八導師の安全を約束して下さい」

 「分かった」

八導師に危害を加えない事を条件付けられて、アマントサングインは頷く。
だが、ジラは困惑した。

 「あの……、『分かった』では無く、貴方が安全を保障すると言う、証明を頂きたいのです」

魔力が遮られていて、魔法を掛けられない状況なので、彼女は口約束を信用出来ないのだ。
何も個人的な感情の問題だけでは無く、立場的にも口約束を浅りと信用する訳には行かない。
ジラの要求にアマントサングインは怒った。

 「正統なる竜は約束を違えぬ!」

口だけでは何とでも言える事を、アマントサングインは理解していない。
いや、理解はしているのだが、聖竜アルアンガレリアの子である事を特別視し過ぎているのだ。
実際に特別な竜ではあるのだが、その事実を知る者は限られている。
0501創る名無しに見る名無し2018/06/11(月) 18:44:31.25ID:uUbEioTX
ここで言い合っていても仕方が無いので、ジラは一つの提案をした。

 「日を改めては頂けませんか?
  こう酷い状況では……」

魔力が通じない恐ろしい腐蝕ガスに覆われた街中に、八導師を独り行かせるのは危険過ぎると、
彼女は考えていた。

 「そうは行かん!
  問答無用で、お前達悪魔擬きを絶滅させてやっても良いのだぞ!」

アマントサングインは全く譲歩しない。
ジラは仕方無く、もう一つの提案をしてみた。

 「では、覚書を交わしましょう」

旧い魔法使いや悪魔は、約束に弱い。
正確には「弱い」のでは無く、相手を騙して裏切る様な策略を「弱者の仕業」と厭う。
故に、一度取り交わした誓いを破る事はしない。

 「契約書の事か?
  馬鹿馬鹿しい、悪魔でもあるまいに!」

アマントサングインの態度は強硬だったが、その中にジラは狷介固陋さを感じ取っていた。
現代社会の常識に付き合う意思が無いだけで、悪意がある様には見えないのだ。
各地を旅して、時には外道魔法使いと会って来た時の経験が、信用しても良いのではと告げている。
街を覆う腐蝕ガスは、一向に薄まる気配を見せない。
寧ろ、一層濃くなっている様ですらある。
余り意味の無い会話で時間を潰すのは、得策では無いと思い、ジラは決意した。

 「……御用は承りました。
  確と伝えます」

後の判断は八導師に任せようと、悪く言えば「丸投げ」する事にしたのだ。
魔導師会の使者が去った後、ニージェルクロームはアマントサングインに尋ねる。

 (何を話す積もりなんだ?)

 (その時になれば分かる)

勿体振るアマントサングインを、ディスクリムは警戒した。
元々竜も悪魔とは相容れない存在。
裏切る可能性も無くは無い。
0502創る名無しに見る名無し2018/06/11(月) 18:45:38.42ID:uUbEioTX
魔導師会本部に戻ったジラは、八導師が控えている最高指導部に直行し、有りの儘を報告した。
その内容に第三位ヴァリエント・レナドールは小さく唸る。

 「『人には聞かせられない話』か……。
  御苦労、下がって良い」

 「はい、失礼します」

背を向けて退室するジラを見送った後、八導師達は互いの顔を見合う。

 「さて、どうした物か」

 「私が行きましょう」

真っ先に名乗りを上げたのは、第八位タタッシー・バリク。
禁呪の研究者が集う「象牙の塔」出身と言う、異色の経歴の八導師だ。
周囲の八導師は慌てて止める。

 「君は未だ若い」

 「若輩者と言う事で、信用が無いのでしょうか?」

 「そうでは無い。
  失うには惜しい人材だ」

 「それは誰でも同じでしょう」

タタッシーは強く反論した。
八導師には誰一人として、欠けて良い者は居ない。
0503創る名無しに見る名無し2018/06/12(火) 19:58:11.68ID:GXtsZUJn
タタッシーは八導師の中でも50代と比較的若い。
老人と言うのも憚られる位だ。
歴代の中でも、彼より若くして八導師になった者は居るが、稀な例には違い無い。

 「私は決して悲観的な意見で言っているのでは無く、自ら希望しているのです。
  竜と言う物と対話してみたい」

 「竜の事は、我々にも分からない。
  旧暦でも時代が古過ぎる。
  少なくとも、初代八導師は竜と対面していない」

他の八導師達はタタッシーに、竜と対峙する事の危険性を訴えた。
大竜戦争は魔法大戦の1000年前とも言われる。
正確な時代は不明だが、竜の存在が伝説となる程度には、大昔の事なのだ。
共通魔法は魔法大戦の数年から十数年前、無名の期間を考慮しても、精々数十年前に、
研究が始まって広まった物。
歴史が浅い為に、竜との交戦経験が無い。
よって、対策を立てる事も出来ない。

 「それならば、今が竜を知る絶好の機会でしょう」

だが、タタッシーは強気に言い切る。
彼が八導師に選ばれたのは、極めて政治的な理由だ。
共通魔法研究会と魔法技術士会から、新たな八導師を輩出したいと言う事情が先ずあり、
この次の八導師を選ぶ時に協力すると、魔法道具協会と裏取り引きをした。
幸い、他に有力候補が無かった為に、その儘タタッシーが当選した。
では、何故タタッシー・バリクが八導師の候補として選ばれたのか?
それは彼が禁断共通魔法の研究をしている内に、魔導師会の秘密に迫った為だ。
家庭的にも孤独な独身主義者であり、名誉にも興味が無く、真実を追って、自らの危険を顧みない。
そうした性質を買われて、八導師最長老レグントの推薦を受けた。
0504創る名無しに見る名無し2018/06/12(火) 20:00:54.95ID:GXtsZUJn
最下位のタタッシーに対する他の八導師達の態度は、丸で子を想う親である。
タタッシーが50代でも実際に親子の歳の差があるので、情が湧いてしまうのだろう。
有望な若い者を、無駄に死なせる訳には行かないと思っている。

 「分かった。
  しかし、君だけを行かせる訳には行かない」

ヴァリエントは他の八導師達を見回して、誰をタタッシーに同行させるべきか考えた。
沈黙の中、最長老レグントが手を上げようとする動きを見せたので、ヴァリエントは先を制して言う。

 「私が同行しよう」

 「ヴァリエントさんには第三位の――」

第一位と第二位に次ぐ発言権と影響力を持つ者を、危険に晒す訳には行かないと、
タタッシーは断ろうとしたが、ヴァリエントは抗弁を遮る。

 「誰一人として失われて良い者は居ない。
  我等は皆、八導師だ」

八導師の結束を口にした彼は、決して引かない覚悟をしていた。
本当は犠牲を抑える意味でも、単独で行きたかったタタッシーだが、ヴァリエントには負けて、
消極的に同行を認める。
タタッシーとヴァリエントの2人は、半精霊体となって濃度の高い腐蝕ガスの中に飛び込んだ。

 「大丈夫か、『第八位<マーゼ>』・タタッシー?」

 「最下位とは言え、私とて八導師です」

元禁呪の研究者だけあって、タタッシーは他の八導師よりも共通魔法の扱いに長けていた。
歴代の八導師に伝わる古い共通魔法と、これまで積み重ねられて来た新しい共通魔法、
2つの知識が彼の中では一体となって生きている。
基本的に八導師の最下位は、八導師だけに伝わる情報や秘術を学ぶ事に最初の2年を費すが、
タタッシーは就任早々に全ての秘術を修めた。
0505創る名無しに見る名無し2018/06/12(火) 20:01:30.97ID:GXtsZUJn
『半精霊体<ハーフ・エレメンタル・ボディ>』とは、精神が肉体を超越した姿である。
肉体の機能は最低限に抑えられ、精霊を納める「器」としての役割を果たすだけに留まる。
空腹、睡眠、呼吸さえも忘れ、魔力の限り活動する事が可能となる。
八導師は日常的に、通常の肉体と半精霊体を往来している。
時には、完全に「精霊体」となる事もある。
あらゆる物を腐敗させるガスの中では、肉体は邪魔なだけだが、しかし、このガスには同時に、
魔力を遮る効果もあるので、完全な精霊体で活動する事が難しい。
そこで半精霊体の特性が活きるのだ。
半精霊体と精霊体になる技術は、それぞれ半精霊化、精霊化と呼ばれるが、これ等は基本的に、
八導師しか知らない技術である。
精霊化を身に付ければ、肉体を失っても活動が可能となるが、普通の人間は肉体の死が、
精霊の死に直結する。
それは精霊(精と霊、活力と魂)だけを分離させて、生命を維持する事が困難な為だ。
技術的に未熟な者は、精霊が周囲の魔力と混じって拡散し、精霊体を維持出来ない。
或いは、維持出来ても、精神が変質する。
肉、精、霊は一体であり、何れを欠いても、「人間」にはならない。
精霊化の技術が八導師だけの秘術になっている理由は、それが人工精霊計画の産物であり、
現生人類の最大の秘密であり、人類再生計画の核心に他ならない為である。
0506創る名無しに見る名無し2018/06/13(水) 19:44:42.31ID:kBypJTrN
ヴァリエントとタタッシーは灰掛かった霞の漂う廃墟に佇む、アマントサングインの幻影と対面した。
先ずアマントサングインから2人に声が掛かる。

 「出て来たか、お前達が八導師だな?
  先の使者とは気配が全く異なる」

 「私達に用とは何か?」

ヴァリエントは堂々とアマントサングインに尋ねた。
全く臆する事が無い様(さま)に、タタッシーは敬意を抱く。
竜と対面したいと言い出した彼の方が圧倒されているのに、この老人は人と接する時と、
変わらない態度だ。
その目は真っ直ぐ、幻影の竜の空ろな眼窩を見詰めている。
アマントサングインも負けじと堂々と返す。

 「試練の宣告だ。
  『悪魔擬き<デモノイド>』共よ、我は正統なる竜として、お前達に試練を課す!」

 「試練とは?」

「悪魔擬き」には何の反応もせず、ヴァリエントはアマントサングインに問うた。
アマントサングインは滔々と語る。

 「お前達も反逆同盟の存在は知っていよう。
  我は竜として、地上を悪魔共の手に渡す訳には行かぬ。
  お前達が地上を守り切れるか否か、その実力を確かめる。
  この我を倒してみよ」

 「地上の平和を願うなら、共に戦ってはくれないか」

ヴァリエントは共闘を呼び掛けたが、アマントサングインは吐き捨てた。

 「人を神の御許から引き離した悪魔擬きが、今更何を言う!
  無知な悪魔擬きが悪魔共に敗北し、その無知故に利用される位なら、一層(いっそ)の事、
  絶滅させてくれるわ!」
0507創る名無しに見る名無し2018/06/13(水) 19:45:33.34ID:kBypJTrN
絶滅を宣言されても、ヴァリエントは狼狽えない。
静かに問いを続ける。

 「私達に勝利した後、地上をどうする積もりなのだ?」

 「悪魔共を始末して、僅かな人間を守り育てる事になろう」

 「竜に公爵級の悪魔が倒せるか?」

 「長兄ベルムデライルは失われた物の、我等が母も兄弟達も未だ生きている。
  姿を隠しているだけだ。
  我が兄弟の実力は、不完全な復活をした我とは比較にならぬ。
  必ず悪魔共を打ち倒し、然る後には再び竜が地上を治め……。
  我等が大父ディケンドロスの大願が成就するであろう」

アマントサングインの話を聞いたニージェルクロームとディスクリムは、驚愕した。
竜は反逆同盟とも共通魔法使いとも敵対すると言っているのだ。

 (やはり竜は竜か)

ディスクリムはアマントサングインの敵対を冷淡に受け止め、マトラに報告する積もりだった。
一方でニージェルクロームは大きく動揺する。

 (そ、そんな事をしたら……!)

 (肚を決めろ。
  お前は望んで、その身に我を宿し、目覚めさせたのだ。
  臆すな、逃れるな、竜の心を知れ!)

アマントサングインの心は既に固く決まっている。
自分は竜と同化する運命なのかと、ニージェルクロームは絶望した。
0508創る名無しに見る名無し2018/06/13(水) 19:55:32.31ID:kBypJTrN
未だ聞きたい事があると、ヴァリエントはアマントサングインに問う。

 「どうしても戦わなければならないのか?」

 「これから、お前達は強大な悪魔を打倒しようと言うのだろう?
  竜の一匹や二匹、倒せなくて、どうする!」

 「今、ここで戦うのか」

 「悪魔が時と場所を選んでくれるか!」

アマントサングインは戦いを避けようとする八導師を喝破した。
それでもヴァリエントは怯まず、冷静に告げる。

 「竜よ、貴方の行動は悪魔に利用される。
  私達と貴方が争う事で、得をするのは悪魔共だ」

 「それをも乗り越えろと言うのだ!」

だが、何度訴えてもアマントサングインは全く聞く耳を持たない。
タタッシーはヴァリエントの肩に手を置き、これ以上の説得は無意味だと暗に諭した。
ヴァリエントは仕方無く、小さく頷き、試練を受け入れる宣言をした。

 「受ける他には無い様だな。
  ――ならば、徹底的に戦い抜く!」

 「よく言った!!
  口だけでは無い事を見せて貰おう!!」

アマントサングインは天を仰ぎ、大きな口を開けて、高らかに咆える。
竜の咆哮は大地を揺らし、腐蝕ガスで溶けた建物を完全に崩落させた。
更に、街に停滞していた腐蝕ガスをより広範囲に拡散させる。
魔力障壁で腐蝕ガスを押し止めていた執行者達は、更に半通の後退を余儀無くされる。
0510創る名無しに見る名無し2018/06/14(木) 20:00:43.17ID:UQ8PGfK8
ヴァリエントとタタッシーはアマントサングインの真意を伝えるべく、本部に撤退した。
愈々本格的な戦闘に入ると言う時に、ニージェルクロームの横槍が入る。

 (止めろ、アマントサングイン!
  俺は嫌だぞ!)

 (それでも同調者か!
  お前は竜の力を欲したのだ!
  竜の宿命も受け容れろ!)

 (嫌だね!!)

 (恩恵だけを受け、責任を果たさない事は許されない!
  お前は願った筈だ、『竜になりたい』と!
  竜の宿命を拒むのであれば、その力を捨て去る決意もあるか!)

アマントサングインに「竜となるか」、「力を捨てるか」の決断を迫られた彼は、答に窮した。
そこにディスクリムが囁き掛ける。

 (ニージェルクローム殿、どうやら少々困った事になった様ですね)

 (ディスクリム、どうにか出来ないか?)

 (私としても、竜に復活されては困ります。
  アマントサングインには負けて貰うのが良いでしょう。
  出来れば、魔導師会と共倒れになって欲しい物ですが……)

ディスクリムはアマントサングインには同盟に対する忠誠心が無いと見て、切り捨てに動いていた。
主従は似る物なのだ。
竜となって滅びた世界で生きたくなかったニージェルクロームは、ディスクリムを頼った。

 (俺は何をすれば良い?)
0511創る名無しに見る名無し2018/06/14(木) 20:04:37.36ID:UQ8PGfK8
ディスクリムは悪意を持っていた。
アマントサングインが共通魔法使いに敗北して、ニージェルクロームが無事である保証は無い。
竜の命が絶えると同時に、彼も死んでしまう可能性が高い。
それを解っていながら、ディスクリムは敢えて指摘しなかった。

 (取り敢えず、決着を長引かせましょう。
  ニージェルクローム殿は、出来るだけ竜に抵抗して下さい。
  元は貴方の体なのですから、貴方の意志が全く何の影響も及ぼさないと言う事は無いでしょう。
  私は撤退の準備をします)

 (分かった)

自らの内で、企み事が進んでいるとも知らず、アマントサングインは魔導師会本部に向かって、
悠然と歩き始める。
腐蝕ガスの霞の向こうから、高速の火炎弾が何発も飛んで来る。
執行者達の攻撃だ。
魔力を遮るガスの所為で、魔法での攻撃が通用しないので、魔力で加速させた弾丸を撃ち込み、
燃え尽きない内に当てようと言うのだ。
狙っているのは、竜の胴体。
魔力を遮るガスの所為で、正確な狙いは付けられないが、気体の揺らめきを頼りに、
竜の位置を計算している。
しかし、何れの攻撃も胴の中のニージェルクロームに届く前に、燃え尽きてしまう。
不安定なガスは強力な外圧を受けると、小規模な爆発を起こす。
これが銃弾の勢いを減衰させ、軌道を逸らしてしまう。
奇跡的な確率で腐蝕ガスを通り抜けても、未だ赤黒い液体の壁がある。
自分が狙われていると察したニージェルクロームは、危機感を覚えて、一層強く抵抗した。

 (止めろ、アマントサングイン!
  撤退だ、俺が殺される!)

 (この程度、何を恐れる事がある?
  竜の力があれば魔導師会とて敵では無いと豪語した、あの時の勇ましさは、どこへ行った?)

ニージェルクロームは完全に戦意を喪失している。
何一つ自分の意の儘にならない状態で、戦場に放り込まれるのは、恐怖でしかない。
0512創る名無しに見る名無し2018/06/14(木) 20:11:09.46ID:UQ8PGfK8
ここで象牙の塔の研究者達も現場に到着し、執行者達の攻撃に加わる。

 「先ずは、この腐蝕ガスをどうにかしなければなりません。
  魔力を遮る効果もある様で、中々厄介です」

執行者の説明を受けた禁呪の研究者達は、淡々と応えた。

 「では、『C』で行こう。
  所詮ガスはガス、魔法が通じずとも、理法たる物理法則には逆らえんよ」

禁呪の研究者達は、執行者よりも知識が豊富で分析が早い。
恐れずに、腐蝕ガスが充満する結界内に手を突っ込んで、自分の体で解析する。

 「どうやら複雑な分子構造の化学ガスの様だ。
  『海素<バールゲン>』、『変素<ミュートン>』、『融素<フルクスゲン>』の混合……。
  『燃素<ファラムトン>』も含まれているな」

猛毒のガスで皮膚が爛れても動じず、無反応で手を引いて回復魔法を使い、淡々と修復する姿は、
人間離れし過ぎていて、執行者でさえ怯んでしまう。

 「魔力を遮っているのは、モールの木の脂(やに)か?
  あれと似た様な性質の液体が、ガスに混じって飛散している」

 「それで、どの『C』で行く?
  水か、風か、火か、土か」

 「火が良い。
  周囲の被害が最も少なく済む」

 「良し、執行者にも協力して貰って、一丁派手にやったるか!」

禁呪の研究者達は頷き合い、執行者達に指示を出して、C級禁断共通魔法を実行する。
0513創る名無しに見る名無し2018/06/15(金) 20:25:36.38ID:T++Tuo/s
既に包囲内の市街地は無人と言う事で、禁呪の研究者達は強気だった。
C級禁断共通魔法は、その威力と範囲の大きさが故に、禁じられた魔法。
今、実行しようとしているのは、極大集光レンズを作り出す魔法だ。
グラマー地方特有の猛烈な日差しを、反射させて一点に集める。
太陽光自体は魔法とは無関係なので、ガスで無効化されない。
思想の相違から、ニージェルクロームと詰まらない言い合いをしているアマントサングインに、
上空から強力な光線が降り注ぐ。
光線は膨大な熱量で腐蝕ガスを蒸発させ、一直線に地上まで届く。
然しものアマントサングインも、この攻撃には驚いた。

 「ムッ、中々やるな!」

アマンゴサングインは翼で光線を遮ろうとするも、受け切れない。
赤黒い液体で固められた翼までもが、蒸発して行く。

 (逃げよう、この儘じゃ焼き殺される!)

 (確かに、包囲された状況では分が悪いか……)

ニージェルクロームの訴えに、アマントサングインは自らの不利を認めた。
しかし、撤退はしない。

 (では、打開せねばな)

アマントサングインは3枚の翼で、大竜巻を起す。
それは溶け落ちた街の残骸を巻き上げて、汚泥の水竜巻となった。
水竜巻は太陽光線を受け止める。

 (こんなんじゃ一時凌ぎにしかならないぞ!)

 (分かっている!)

太陽が出ている限り、太陽光線は降り注ぎ続ける。
ニージェルクロームの指摘に、アマントサングインは苛立たし気に応え、竜の爪を振るった。
0514創る名無しに見る名無し2018/06/15(金) 20:26:23.92ID:T++Tuo/s
魔導師会本部に向かって衝撃波が走り、大地に4つの爪痕が刻まれる。
だが、本部を守る魔力障壁を打ち破る程の威力は無かった。

 「グムムム……!」

アマントサングインは苛立ちの唸り声を上げると、ニージェルクロームを責める。

 (ハイロン、何故本気にならない!
  お前の怯みが、我が力の発揮を妨げているのだぞ!)

 (そ、そんな事言われても……。
  今は気分じゃないんだよ、出直そう)

 (惰弱者めっ!!)

アマントサングインは詰り続けるも、これ以上戦っても勝ち目は無いと悟っていた。
その諦念はニージェルクロームにも伝わる。

 (ディスクリム、頼む)

 (了解しました)

ディスクリムは拗(くね)る竜巻の影に潜り、ニージェルクロームを引き込んだ。
同時に竜の幻影は消滅し、竜巻が止んで、光線に押し潰される。
腐蝕ガスの発生も止み、竜の気配も消えたので、執行者達は安堵した。

 「殺ったのか?」

 「分からない」

執行者達は死体を確認する為、慎重に竜が居た場所に近付く。
跡には溶解して焦げ付いた泥土以外は何も残っておらず、殆ど何も分からなかった。
焼け死んでしまった様にも思えるが、確証は無い。
何しろ、魔力を遮る霞の中で起こった事だ。
腐蝕ガスと高熱による攻撃で地形の変質も激しく、心測法でも過去を追跡出来るか分からない。
0515創る名無しに見る名無し2018/06/15(金) 20:28:48.84ID:T++Tuo/s
竜の出現はグラマー市民を恐怖させたが、見掛け上は退治した事で、一応の平穏を取り戻した。
人的被害は皆無。
建築物の被害は甚大だった物の、魔導師会が総出で再建したので、復旧に時間は掛からない。
最低限の財産も補償され、
市民からの魔導師会への信頼は依然揺るがない。
しかし、それに甘えていられる状況ではない事は、誰より八導師が知っていた。
今回人的被害が無かったのは、幸運だった部分もある。
「次」は、どうなるか分からない。
竜に変身した男は、どこから来たのか?
心測法を用いても、その足取りは砂漠で途絶える。
唐突に出現したと言う事は、唐突に去る可能性もある。
本当にアマントサングインを倒せたのかは分からない。
試練は終わっていないのかも知れないのだ。
既に「時と場所を選ばない」と宣告されている以上、完全な死が確認されるまで安心は出来ない。
否、敵は竜だけでは無い。
反逆同盟が存在し続ける限り、気を緩める訳には行かない。
0516創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 19:50:02.08ID:s1N22aKl
一方、反逆同盟の拠点に戻ったニージェルクロームは、大きく安堵の息を吐いた。

 「助かったよ、ディスクリム」

 「いえいえ、礼には及びません」

ディスクリムは彼の影から這い出し、人の形を取って恭しく一礼する。

 「貴方は同盟の貴重な戦力ですので」

 「……これから、俺はどうすれば良い?」

ニージェルクロームは俄かに神妙な面持ちになって尋ねた。
ディスクリムは一極の間を置いて、淡々と答える。

 「誰しも死は恐ろしい物。
  竜と運命を共にしろと言われて、頷ける者は少ないでしょう。
  繰り返しますが、貴方は同盟の貴重な戦力です。
  失う訳には参りません。
  竜と共に倒れる事は無いのです」

ディスクリムの言葉は、ニージェルクロームを勇気付けた。
竜の力を得たとて、竜に従う必要は無いのだ。
……彼は知らない。
ディスクリムの恐ろしい企みを。
ディスクリムの囁きには、ニージェルクロームとアマントサングインを引き離す目的があった。
それは両者が一体となって力を振るえば、魔導師会をも倒し兼ねないと言う懸念からである。
ニージェルクロームが迷っている限り、アマントサングインは本気を出せない。
神獣である竜との全面戦争に突入するのは、絶対に避けなければならない。
その為には、アマントサングインを不完全な儘で、魔導師会に討ち取らせる必要がある。
ニージェルクロームが巻き込まれて死んでも、それは許容出来る損害。
ディスクリムは主を守る為に、味方を切り捨てる事も厭わない。
0517創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 19:50:32.26ID:s1N22aKl
 「それでは、私は今回の件をマトラ様に報告しなければなりませんので」

ディスクリムは一言、ニージェルクロームに断りを入れて、退散する。
残されたニージェルクロームは晴れない気持ちだった。

 (アマントサングイン、話がある)

彼は心の中でアマントサングインに呼び掛けるも、返事は無い。
アマントサングインは不貞腐れて、引っ込んでいた。

 (……悪いが、俺は竜にはなれない。
  俺は俺だ)

ニージェルクロームは一方的に宣言すると、もうアマントサングインの事は気にしない様にした。
竜の力が必要な時は、暗黒魔法で強引に引き出せば良いのだ。
アマントサングインが沈黙した儘でも構わない。
利己的な感情と思考が彼の中で膨張する。
――ニージェルクロームとアマントサングインの精神は同調している。
ニージェルクロームが利己的な思考に走る時には、アマントサングインも又……。
沈黙を続けるアマントサングインに、ニージェルクロームは幽かな不気味さと不穏さを感じていた。
ともかく、彼の「同盟の一員」としての最初の戦闘は、先ず先ずの成果だった。
魔導師会を倒すには至らなかった物の、本拠地であるグラマー市でさえも安全では無い事を、
大陸中に知らしめたのだ。
しかし、この戦いが後々ニージェルクローム自身に、どんな影響を及ぼすか?
そこまでは誰も見通せていなかった。
0518創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 19:56:40.62ID:s1N22aKl
緊い/拮い/屹い(きつい)


以前にも解説しました、「きつい」です。
「緊い」と書いて「きつい」と読ませるのが、一般的な様です。
この「緊い」は「人の態度が厳しい事」の「きつい」です。
中国語でも「厳しい」の意味の「きつい」を「緊」で表す様です。
「緊」には「糸をきつく巻き付ける」、「厳しい」、「差し迫る」の意味があります。
「拮」も「緊」と似た意味があります。
こちらは「きつく締める」、「生活に余裕が無い」、「責め付ける」の意味があります。
「屹」は「高く聳え立つ」、「堂々と独立している」、「態度が厳しい」と言う意味があります
(屹立、屹然、屹々)。
「緊」以外の当て字は、漢字の意味と読みから適当に付けた物です。
0519創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 19:58:15.24ID:s1N22aKl
拗(くね)る


「蛇行している」、「捻じ曲がっている」と言う意味の「くねる」です。
擬態語「くねくね」の動詞化と言われますが、逆に「くねる」から「くねくね」が生まれたとも言われます。
漢字には他に「曲」、「捩」、「捻」を当てる事もある様です。


「最も」〜「一つ」


強調表現の一種です。
日本語として間違っていると言う人も居ますが……。
明治時代に翻訳の関係で広まったとされており、明治の文豪達は、この表現を多用していますが、
江戸時代の文献にも見られると言う事で、実は歴史は古い様です。
元々「もっとも」は「もとも」であり、語源は「元」や「本」で、「道理に適う」、「本当に」から派生して、
「甚だしい」、「極めて」、「一番」の意味が生じました。
「一番」の意味で固定されたのは、昭和の後半から平成に掛けてになります。
古い広辞苑(第三版)では、『第一に優れて。極めて』となっていました。
「最」と「尤」では日本語では意味が違い、「最」は「一番」、「尤」は「道理に適う」とされていますが、
実は「一番」の意味では両方使えます。
「最」の漢字には、上下や良悪を問わず「極めて」、「甚だしい」の意味があり、「尤」の漢字には、
「良い」、「優れている」の意味があります。
0520創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 20:00:52.93ID:s1N22aKl
『海素<バールゲン>』


常温気体の物質。
気体の状態では猛毒。
『塩素<マルコン>』と共に、塩を構成する。
当初、塩は塩で単体だと思われていたが、塩水を電気分解すると、特有の臭いがある気体が、
発生する事から、これを「潮の香りの素」として、「海素」と名付けた。
我々の世界の塩素に相当する。


『変素<ミュートン>』


常温固体の物質。
様々な元素と反応して、様々に変色する事から、この名前が付いた。
単体でも性質の変化と共に、変色する。
液体は赤く、個体は黄色く、燃焼すると青い炎を上げる。
燃焼すると、強力な臭気が発生する。
我々の世界の硫黄に相当する。
0521創る名無しに見る名無し2018/06/16(土) 20:02:01.64ID:s1N22aKl
『融素<フルクスゲン>』


常温気体の物質。
気体の状態では猛毒。
様々な物質の融剤として作用する事から、この名前が付いた。
フラックスゲン、フルクシゲン、フリュクスゲンとも呼ばれる。
我々の世界の弗素に相当する。


『塩素<マルコン>』


常温固体の金属。
元は塩その物を単一元素と誤解していた。
後に、塩は2つの物質によって出来ていると判明し、新たに発見された方を「海素」と名付け、
そうでない部分には「塩素」の名前が残った。
古来より、石鹸や塗料として使用されている。
サルソコン、アラコンとも呼ばれる。
我々の世界の曹達(ソーダ)、ナトリウムに相当する。
0523創る名無しに見る名無し2018/06/17(日) 18:07:18.52ID:LpvO0dkr
逆様の世界


異空の中世界ダンスダンフ・エスレヴァールにて


小世界エティーの伯爵級悪魔貴族サティと、悪魔大伯爵バニェスは、混沌の海を旅している。
何時訪れるとも知れない「終末」に備え、エティーと似た世界を探しているのだ。
他世界と協力して、終末の時を乗り越える、遠大な計画の為に。
サティはエティーを代表する使者であり、バニェスは旅の友。
今回2人はエティーから余り離れていない「ダンスダンフ・エスレヴァール」と言う中世界を訪れた。
エティーにはダンスダンフ出身の物が滞在しており、その提案を受けて、視察に来たのだ。
混沌の海に浮かぶ、天体の様な球状の世界「ダンスダンフ・エスレヴァール」に近付いた2人は、
先ず弱い斥力を感じた。
これに逆らいながら進むと、徐々に斥力は強くなる。
2人は強い斥力に抗い続け、ダンスダンフの地上に降りた。
しかし、「降りる」と言っても、普通には降りられない。
斥力の所為で、気を抜けば直ぐに、混沌の海に戻されてしまうのだ。
サティとバニェスは「逆様に」、地面を覆う蔦の様な物に掴まりながら、地表を移動した。
ダンスダンフの住民も、皆同じ様に、蔦を掴んで雲梯の如く移動する。
サティやバニェスの様な伯爵級以上の悪魔貴族であれば、混沌の海に放り出されても、
自らの力で遊泳出来るが、それ以外の物は、そうは行かない。
懸命に「大地」を掴んでいないと、「大空」に落ちて、混沌に沈んでしまう。
この世界では上が下で、下が上なのだ。
0524創る名無しに見る名無し2018/06/17(日) 18:09:48.99ID:LpvO0dkr
サティはダンスダンフの住民に話し掛けた。

 「今日は」

同じく人型であるダンスダンフの住民は、それなりに親しみを持ち易い。
違いと言えば、振ら下がりの生活に慣れる為に、やたらと腕が太い所。

 「んー?
  中の人か?」

中世的な顔立ちのダンスダンフの住民は、サティを凝視して尋ねた。
ここでは「性別」は意味を持たず、男性も女性も無い。
これは異空にある殆どの世界に共通する。
悪魔達は寿命を持たず、混沌から湧き出る存在の為に、生殖機能を必要としないのだ。
それは置いて、サティはダンスダンフの住民の態度に引っ掛かる所があった。

 「中……とは?」

 「あ、違うのか?
  この『上』にも世界があるみたいでな。
  そこには君みたいな『人』達が住んでいる――んじゃないかなと思う」

サティは興味を持って、更に話を聞こうとする。

 「どんな人達なんですか?」

 「どんなって言われても、困るよ。
  頻繁に会ったり話したりする訳じゃないし。
  本当に時々、中から人が出て来るんだ。
  もしかしたら、そこまで君とは似てなかったも知れないけど」

その口振りから、これ以上は余り有益な情報が得られそうに無いと判断したサティは、
他の人にも話を聞いてみる事にした。

 「そうですか……。
  有り難う御座いました」

 「はー、どう致しまして?」
0525創る名無しに見る名無し2018/06/17(日) 18:11:21.43ID:LpvO0dkr
それからサティとバニェスは、他のダンスダンフの住民に、『上』に関する話を聞いて回ったが、
詳しい事は判らなかった。
誰も彼も曖昧な物言いで、中には全く知らないと言う物まで居た。
この世界はファイセアルスで言えば、数街平方の島と同じ程度の広さしか無い。
加えて、基本的に異空は娯楽が少ないので、異変があれば、その話は瞬く間に広まる。
では、どうして明確に『上』の事を記憶している物が居ないのか?
不思議がるサティに、バニェスは言った。

 「物を憶えるのが苦手なのだろう。
  日々に余裕が無いと言うべきか」

 「どう言う事?」

 「ここの連中は、地面に掴まっているだけで精一杯なのだ。
  落ちない様に必死で掴まり、耐え切れなくなると落ちて行く。
  それだけの一生……。
  ここの主は趣味が悪い。
  私はマクナク公様の下に生まれて良かったよ」

どうして、この様に理不尽な法則に支配された世界を創ったのか?
確かに、悪趣味と言えなくも無い。
責めて人型では無く、この逆様の世界に適応した生き物を創れば良い物を。
そう感じたサティは眉を顰めた。

 「ダンスダンフの管理主には、会わない方が良さそう?」

 「それは会ってみなければ判らない。
  意外に話の分かる物かも知れぬ」

 「どっちなの?」

 「何事も決め付けて掛かるのは良くないと言う事だ」

淡々としたバニェスの口振りに、サティは内心を量り兼ねて困惑する。
0526創る名無しに見る名無し2018/06/18(月) 19:54:48.29ID:BtrIpWOB
バニェスは小さく体を揺らして笑い、彼女に提案した。

 「とにかく、会いに行こうではないか?
  そうしなければ始まるまい」

 「会いに行くって……」

サティは無言で「上」の地面を指した。
バニェスも無言で頷く。
ダンスダンフ・エスレヴァールの管理主こそが、斥力の発生源なのだ。
自身を外殻で覆い、更に斥力を発生させている、その様は丸で他者を拒絶するかの如き。
本当に会いに行って大丈夫かと、サティは一抹の不安を覚えた。

 「代理の統治者は居ないのかな?
  居るなら、仲介して貰った方が……」

ダンスダンフは余り大きくない世界ではあるが、管理主が表立って君臨しないのであれば、
代わりに地上を管理する物が居るのが普通だ。
大世界マクナクでも、表に出て来ないマクナク公爵に代わり、侯爵級や伯爵級が領地を与えられ、
治めていた。
そうした代理の管理主、領地を預かる者は、地表に暮らしているだけの木っ端の住民とは違い、
創造主に直接働き掛けられる。
不躾に創造主を訪ね、礼を失して機嫌を損ねられたくはないと、サティは考えていた。
そんな配慮は不要だと、バニェスは切り捨てる。

 「この世界は然程大きくは無い。
  恐らく、管理主は侯爵級であろう。
  それも余り力の強くない――となれば、私達の様な存在でも十分脅威となろう。
  普通、そんな物が現れた時には、『出迎え』や『迎撃』がある物だな?
  しかし、配下が登場しないと言う事は、詰まり『居ない』のだろう。
  一世界の主ともあろう物が、私達の存在に気付かない筈は無いからな」
0527創る名無しに見る名無し2018/06/18(月) 19:57:00.96ID:BtrIpWOB
バニェスの考えは尤もである。
しかし、サティには未だ迷いがあった。

 「眠っているのかも……」

 「それならば、番人も置かずに眠っている方が悪い」

バニェスは相手が自分と大差無い実力だと見切って、強気になっている。
一世界の主に対して、失礼過ぎる態度だと思うサティだが、これ以上何も出来ないのも確か。

 「分かった。
  とにかく、ここの管理主に会ってみよう」

サティは箱舟形態に変化し、バニェスを収納して、天に向かって地中を掘り進む。
錘状の箱舟をドリルの様に回転させて、サティは上を目指した。
ある程度掘り進むと、開けた空間に出る。
そこには「人」が住んでいた。
外殻の「地面」に掴まっている物達と、容姿こそ同じだが、普通に二速歩行している。
箱舟形態から人型に戻ったサティは、地中から突然の登場した物に驚いている人々に、
自ら話し掛ける。

 「ダンスダンフ・エスレヴァールの主と話がしたいのですが」

 「ここはエスレヴァールで、ダンスダンフとは外殻の事です。
  外殻に勝手に住み着いた物達と、私達は違います。
  『エスレヴァールの創造主』ホノミ様は、あそこに御坐します」

「エスレヴァール」の住民は、天を指して言った。
天上には弱い光を放つ球体がある。
あれがダンスダンフ・エスレヴァールの創造主。
予想通りだなと、サティとバニェスは天を仰いだ。
0528創る名無しに見る名無し2018/06/18(月) 19:59:27.23ID:BtrIpWOB
この世界の創造主を見上げているサティに、今度はエスレヴァールの住民が話し掛ける。

 「貴方は……私達と似ていますね。
  もしかして、エトヤヒヤに所縁のある人ですか?」

エトヤヒヤとはエティーが分裂する前の世界の名前だ。
それを聞いたサティは驚いて視線を戻し、尋ね返す。

 「エトヤヒヤを知っているのですか?」

 「ええ、私達はエトヤヒヤの避難民です。
  エトヤヒヤが分裂した際、ホノミ様に助けられました」

 「ホノミ様とは?」

 「エトヤヒヤの一領主だった方です」

サティは少し思案すると、改まって自己紹介を始めた。

 「私は小世界エティーから来た、サティ・クゥワーヴァと言う者です。
  エティーはエトヤヒヤが分裂して出来た、その一欠片の世界です。
  詰まり、私達が似ているのは、偶然ではありません」

 「あぁ、世界の分裂を生き残った物が居たのですね」

エスレヴァールの住民は安堵の息を吐く。
サティは続けて頼み込んだ。

 「エトヤヒヤの話を聞かせて下さい。
  今となっては、昔の事を知る者は殆ど残っていないのです。
  エトヤヒヤに何が起こったのですか?」

何故エトヤヒヤが分裂してしまったのかと問う彼女に、エスレヴァールの住民は困惑する。

 「いえ、それは……分かりません。
  私達の様な『小さな物』には、何が起こったのか全く……。
  エトヤヒヤは『地上』の文化を取り入れた、豊かな世界でした。
  それが行き成り、崩壊してしまったのです。
  ホノミ様ならば、或いは……」
0530創る名無しに見る名無し2018/06/19(火) 18:40:38.52ID:AuKNugqX
エスレヴァールの住民は天を仰いだ。
サティは暫し宙に浮かぶ輝く球体を見詰め、やがて決意して飛ぶ。

 「有り難う御座いました。
  それでは早速お話を伺いに参りたいと思います」

少し宙に浮いた後、彼女はバニェスを一顧した。
バニェスもサティに続いて宙に浮く。
2人は共に、天に輝く球体を目指して飛んだ。
近付く程に光は強くなり、同時に斥力も強くなる。
約2身の距離まで近付いた2人は、その場で静止した。
球体の直径は約5身で、バニェスやバーティの箱舟に比すれば、然程巨大さは感じない。
力の一部を封じられているバニェスは、それ以上接近する事が困難な様子。
サティは少しだけ進み出て、輝く球体に話し掛けた。

 「失礼します。
  貴方が、この世界の管理主ですか?」

そう言いつつ、彼女は内心で、余り圧力を感じていない事を不思議に思う。
これが本当に、この世界を創造した侯爵級ならば、魔法資質の差から、それなりの圧力を受ける筈。
だが、バーティ侯爵の様に「近付く事すら困難な」状況では無い。
その気になれば、光球に突入する事も出来そうだ。
サティの呼び掛けに、10極弱の間を置いて、輝く球体が変形した。
丸で水滴が滴り落ちる様に、緩りと球体の下部が垂下して分離する。
分離した一部は、輝きを失って人型になり、サティに話し掛けた。

 「その通りだ。
  私がエスレヴァールの管理主ホノミ・ユーである」

その容姿は、やはり男とも女とも付かない。
長い黒髪と黒い肌を持つ、やや小柄な悪魔だった。
0531創る名無しに見る名無し2018/06/19(火) 18:43:03.74ID:AuKNugqX
エスレヴァールの管理主であるホノミは、淡々と語る。

 「話は分かっている。
  エトヤヒヤの事を知りたいのであろう」

一世界の主は、その世界の事は大抵把握している。
強大な力を持った悪魔が創る「世界」とは、その肉体に等しい物なのだ。
高位の悪魔貴族は魔法資質だけでなく、情報の処理能力も人間の理解を超えている。

 「残念だが、エトヤヒヤが崩壊した原因は、私にも解らない。
  あの時、私たちの理解を超える事が起こった。
  私に言えるのは、それだけだ」

 「……全く何の見当も付かないのですか?」

眉を顰めるサティに、ホノミは不機嫌な顔をして答えた。

 「推測ではあるが、公爵級以上の悪魔が誕生したのだと思う。
  王としては弱い力しか持たない悪魔が、それぞれの領地を緩やかに繋いでいたのが、
  当時のエトヤヒヤだ。
  それが強大な悪魔の誕生で、散り散りになってしまったのだろう。
  地上の物に喩えれば、宛ら鯨に弄ばれる小魚の群れだ」

その話を聞いたサティは、ある事をホノミに提案しようとしたが、先んじて断られる。

 「私達は『君達の世界<エティー>』に合流する積もりは無い。
  この世界は私が身の安全の為に創った所。
  何物にも脅かされる事は無い」

この世界は混沌の海から不意に生まれる、強大な存在から逃れる為の箱舟なのだ。
強力な斥力によって、強大な物の接近を許さない。
その「法」を創るのに、全ての力を費やした。
サティはダンスダンフ・エスレヴァールの住民を哀れんだ。

 「この場所『は』確かに安全でしょう。
  しかし、それだけの様に見えます……。
  責めて、希望者だけでも移住させて頂けませんか?」
0532創る名無しに見る名無し2018/06/19(火) 18:45:12.90ID:AuKNugqX
エスレヴァールには娯楽らしい物が何も無い。
人々は無為に過ごしているだけで、無気力に見える。
ホノミは鼻で笑った。

 「希望者が居るとでも思っているのか?」

明らかに嘲る様な口振りに、サティは反感を抱く。

 「ここには何も無いではありませんか」

 「否、『安全』がある。
  皆、恐怖を知っている。
  何の前触れも無く、全てが崩壊する時を」

 「徒(ただ)に存える事に、何の意味があるのですか?」

 「この『異空<デーモテール>』で意味を問うのか?
  混沌の中から無意味に生まれ、死す時も混沌に還るだけの、この異空で!
  エティーも何れ、混沌の海に沈む。
  そんな世界があった事さえ、忘れ去られてしまうだろう。
  ――エトヤヒヤの様に」

ホノミは虚無に囚われていた。
死、即ち、存在が消滅する事に対する恐怖に、心を支配されているのだ。
サティは毅然と言い返す。

 「そうならない為に、私達は混沌の海を渡って、少しずつ世界を広げようとしています」

 「嘗てのエトヤヒヤは、地上の文化を異空に広める発信地であり、数多の世界に影響を及ぼした。
  しかし、滅びた。
  君の語るエティーは、丸でエトヤヒヤの後追いだ。
  同じ結末を迎える事は、想像に難くない」

 「では、より大きく広い世界を目指しましょう」

口の減らない奴だとホノミは呆れ、それ以上は口を利かなかった。
0533創る名無しに見る名無し2018/06/20(水) 18:34:45.95ID:NJZWTIuI
話は物別れに終わり、サティはダンスダンフ・エスレヴァールの住民を説得して回る事にした。
だが、エスレヴァールの住民はサティの誘いには乗って来なかった。
誰も彼もエスレヴァールに飽いているのは事実だが、管理主であるホノミに義理立てしている。
混沌の海に投げ出されてしまう所を、ホノミに救われたので、勝手に出て行くのは抵抗があるのだ。
それを義理堅いと見るか、強者に諂阿しているだけと見るかは、人に依る所だが……。
サティがバニェスを連れているのも、エスレヴァールの住民が移住しない理由の一になった。
バニェスは人型ではある物の、その目耳鼻口の無い外貌は特異である。
長らく外界の物と接触しなかったエスレヴァールの住民は、『異種恐怖症<ゼノフォビア>』の気がある。
頑迷な主張をする物には、エトヤヒヤの崩壊さえ、外界の存在の影響だと信じている物が居る。
崩壊直前のエトヤヒヤは多種多様な世界からの来訪者で、溢れ返っていた為だ。

 「私は外で待機していた方が良かったか」

決まり悪そうに問うバニェスに、サティは慰めを言う。

 「いいえ、今のエティーには色々な世界の人が居る。
  それを許容出来なければ、一緒に暮らして行く事は出来ない。
  貴方の姿を見た位で怯むなら、他の物達との共存は到底無理でしょう」

 「そうだな」

バニェスは以後、気にする素振りを見せなかったが、嘗て傲慢で傍若無人な性格だった物が、
他人を気遣える様になったのだなと、サティは少し嬉しく思っていた。
0534創る名無しに見る名無し2018/06/20(水) 18:35:48.76ID:NJZWTIuI
一方で、ダンスダンフの住民の反応は、概ね好意的だった。
ダンスダンフの住民は、エスレヴァールの住民とは異なり、ホノミの庇護を受ける存在ではない。
環境の厳しい外殻に住まざるを得ないが、エスレヴァールの住民からは勝手に住み着いた物だと、
冷淡な扱いを受けている。
ダンスダンフの住民の中で、エティーへの移住をしない物達にも、サティは定期的な交流を約束した。
こうしてダンスダンの移民第1団が、サティの箱舟に乗って、エティーの地を踏んだのである。
箱舟がエティーの地上に降りると、ダンスダンフの住民は、揃って地に這い蹲った。
脚力が弱いので、真面に立てないのだ。
ある程度の魔法資質があれば、エティーの重力に対抗するのも難しくは無いが……。
外殻に生まれた物は、それだけの魔法資質も持たない様子。
這ってエティーの地上を移動するダンスダンフの住民に、サティは問うた。

 「エティーは、どうですか?
  やはり勝手が違いますか」

ダンスダンフの住民は、四つん這いで答える。

 「ええ、少し厳しいかも知れません。
  『落ちない』のは良いのですが」

腕や指は力強さと繊細さを兼ね備えているが、脚は体から下がっているだけだった。
時々手を休める為に、大地を覆う蔦に足を掛けたりはしていたが、それ以上の進化は無かった。
0535創る名無しに見る名無し2018/06/20(水) 18:36:56.31ID:NJZWTIuI
ダンスダンフからの移民達は、暫く不安気に寝転んだり、立ち上がったりを繰り返していた。
そこに以前からエティーに住んでいたダンスダンフの物が、逆立ち歩きで話し掛けに行く。
この逆立ち歩き、普通とは違い、腹の方に前進する。

 「初めまして、兄弟。
  ようこそエティーに」

 「あ、貴方は……?」

 「私はベテクールデ、君達と同じくダンスダンフの出身だ。
  ある時、誤って混沌の海に落ちたが、幸運にも、この世界に流れ着いた」

そう説明しつつ、ベテクルーデはサティに視線を送った。

 「後は私に任せてくれ。
  同郷の出身だから、ここでの生活に就いて、助言出来る事は多いと思う」

 「……分かった、お願い」

ベテクルーデに説得されたサティは、少し不安に思いながらも、理を認めて任せる事にする。
その前に一言、ベテクルーデに告げておくのも忘れずに。

 「エティーの環境に慣れなくて、ダンスダンフに帰りたいと言い出す人達が居たら教えて。
  ダンスダンフとの往来は、自由にしたいと思っているから」

住めば都とは言うが、全ての物が環境の変化に付いて行ける訳では無い。
それにサティはエスレヴァールの住民を迎え入れる事も、諦めた訳では無かった。
交流が活発になれば、少し位は遊びに行っても良いと思う物が現れる筈である。
何時の事になるか分からないが、エスレヴァールとエティーが地続きになるとまでは行かずとも、
ホノミを含めたエスレヴァールの物達も自由にエティーと往き来させたいと、サティは考えていた。
0536創る名無しに見る名無し2018/06/21(木) 19:48:08.70ID:RkYG5D38
ベテクルーデにダンスダンフの移民を任せたサティは、エティーの古老ウェイルの元を訪ねた。
彼女はエティーと他世界との交流を深めるに当たって、定期的に住民を乗せて往来する、
「定期便」を就航させる必要性を感じていた。
混沌の海では、心理的な距離が、物理的な距離に置き換わるのだ。
しかし、混沌の海を渡るサティの体は1つで、分身体を作り出す事も難しい。
そこで彼女は「配下」を欲した。
高位の悪魔貴族は、自分の配下を生み出せる。
マクナク公爵がフィッグ侯爵やバニェス大伯爵を生み出した様に。
そこまで力が強い物で無くても良いので、どうすれば新しい命を生み出せるかを知りたかった。
その旨をサティがウェイルに伝えると、彼は眉を顰めて低く唸った。

 「話は分かった。
  しかし、私も配下の生み出し方は知らない。
  フィッグやバーティに尋ねるべきでは無いかな」

 「……そうしてみます」

如何に古老と言えど、自分の経験外の事は語れない。
悪魔貴族としては下級の準爵相当では、思う様に配下を生み出す事は出来ないのだ。
そこへ先から脇で話を聞いていたバニェスが、割って入る。

 「私には聞かないのか?」

バニェスはマクナクでは大伯爵だった。
これは侯爵級に迫る能力の伯爵級に与えられる称号である。
だが、サティはバニェスが配下を生み出した所を見た事が無い。
バニェスの配下とは基本的に、大世界マクナクのバニェス領に生まれた弱い悪魔だった。
0538創る名無しに見る名無し2018/06/21(木) 19:51:51.06ID:RkYG5D38
頼りになるのかと、疑いの眼差しを向けるサティに、バニェスは体毛と鱗を逆立てて憤慨する。

 「私が自ら配下を生み出さなかったのは、その必要が無かった為だ。
  『出来ない』と、『やらない』は違う」

 「……だったら、どうやるのか『具体的に』教えてくれる?」

サティの問いに、バニェスは堂々と答えた。

 「先ず、混沌の力――そちらで言う所の『魔力』を一箇所に集める。
  どこでも良いが、自分や他者が中心では行けない。
  魔力が集中する中心に、命が宿る為だ」

 「どうやって命を宿すの?」

 「勝手に宿る。
  命は混沌から勝手に生まれる物だからな。
  故に、中々生まれない時もある。
  生まれ易くする方法はあるが」

 「教えて」

 「良かろう。
  魔力を集める中心部は、出来るだけ中空にしておくのだ。
  命は混沌から生まれる。
  能力の影響を受けた魔力は、最早混沌ではない」

サティは感覚的にバニェスの言葉を理解した。
異空に満ちている混沌の力は、何物かの意思に触れて、その通りに動いた時点で、
混沌の性質を失うのだ。
0540創る名無しに見る名無し2018/06/21(木) 19:57:50.33ID:RkYG5D38
バニェスは更に助言する。

 「序でに、注意すべき点も教えてやろう。
  強い配下を求めて、大きな魔力を込め過ぎない事だ。
  生まれた命が、必ずしも己の意に沿うとは限らない。
  軽く遇(あしら)える程度に留めておくのが無難だな」

 「分かった、有り難う。
  でも、混沌の海に出られる位にはしたいの。
  多くの世界を繋ぐ、定期便にするんだ」

サティの考えを聞いたバニェスは、率直な感想を告げた。

 「それは難しいのではないか?」

 「私の実力的にって事?」

 「そうだ。
  大人しくバーティ辺りを頼った方が良い。
  あれならば、伯爵級の配下を生む事も容易であろう」

混沌の海を渡る能力を持たせるには、サティの能力に匹敵する程度には、強く生む必要がある。
不測の事態に備えて、一定の判断力や思考能力も必要だ。
そうなると、とてもサティの手に負える物では無くなると、バニェスは思っていた。

 「……どうしても無理かな?」

 「絶対に無理だとは言わないが、悪い方向に転ぶ可能性が高い。
  『自らが生み出した物に滅ぼされる』とは、よく聞く話だ。
  誰に相談しても、同じ事を言われると思うぞ」

バニェスの忠告を真摯に受け止めたサティは、自らの配下を持つ事を潔く諦めた。
エティーを守る身でありながら、自らの失態でエティーを危険に晒す訳には行かないのだ。
残念ではあるが、仕方の無い事と彼女は割り切った。
0542創る名無しに見る名無し2018/06/22(金) 19:36:05.51ID:mm+9oZ4E
それでも定期便が欲しいサティは、バーティ侯爵の元を訪ね、新しい配下を生んで貰えないか、
頼んでみる事にした。

 「成る程、混沌の海を渡る定期便ね……。
  悪くは無いと思うけれど」

何時からか、バーティは砕けた口調でサティと接する様になっていた。
ファイセアルスに似ているエティーの空気が、生前の彼女を思い出させるのかも知れない。

 「どうかな?」

サティは期待を持って問うたが、バーティの表情は晴れず、気懸かりがある様子。

 「何か問題が?」

 「配下は主の性質を持ってしまう物なの。
  私の場合は魅了。
  仮に伯爵級を生んで、定期便の役目を負わせたら、子爵級以下の物を無闇にエティーに、
  連れて来てしまうかも」

それは困ると、サティは眉を顰めた。
意に沿わない移住は、不満を生み易い。
加えて、節度無く大量に住民を連れ出される事を、快く思わない領主も居るだろう。
行く行くは、ダンスダンフ・エスレヴァール以外の世界とも、定期便で住民を往き来させたいのに、
諍いの元になっては困る。

 「定期便は諦めた方が良い?」

残念そうなサティを見て、バーティは思案した。

 「そうねェ……。
  考えが無い訳じゃないんだけど」

妙案と言えるかは不明だが、とにかく何か「案」がありそうだったので、取り敢えずサティは、
聞いてみる。

 「勿体付けないで」
0543創る名無しに見る名無し2018/06/22(金) 19:37:46.93ID:mm+9oZ4E
バーティは困った顔で苦笑いし、少しの間を置いて答えた。

 「確実性がある訳じゃなくて、飽くまで『案<アイディア>』の一つなんだけど」

 「良いから」

急かすサティに、バーティは小さく溜め息を吐く。

 「えー、じゃあ……サティ、お母さんになってみない?」

 「は?」

予想外の事を言われて、サティは頓狂な声を上げた。
バーティは誤解の無い様、仕草を交えて説明する。

 「私が魔力を集めて、子供の元を作る。
  そこに貴女の魔力を注ぎ込んで育てる。
  そうすれば、私と貴女、共通の子供が生まれる」

 「あ、あぁ、そう言う事!
  へー、そんな事が出来るんだ!」

魂だけの異空の体で妊娠を経験するのか、相手は誰になるのかと彼女は焦っていたが、
どうやら勘違いで済んだ様で安堵する。

 「本当に出来るかは、一寸未だ判らないけど」

バーティは一応の断りを入れた。

 「えっ、大丈夫なの?」

未経験の事を試そうと言うのかと、サティは俄かに不安になる。

 「確実性は無いって言ったじゃない」

話を聞いていなかったのかと、バーティは呆れた。
0544創る名無しに見る名無し2018/06/22(金) 19:39:02.80ID:mm+9oZ4E
サティは落胆を露にして、小さく息を吐く。

 「止めとく。
  暴走されたら困るし」

 「その心配は無いわよ。
  だって、『私達の子』なんだから。
  貴女が制御し切れなくても、私が制御する」

バーティが安全を保証するが、サティは未だ信用し切れなかった。

 「でも……」

 「大丈夫だって。
  『案ずるより産むが易し』って言うし。
  それにね、主が生む配下は、主の心を映すのよ。
  優しい気持ちで、慈しみ育てれば、屹度(きっと)優しい子が生まれる」

バーティの説明は本当だろうかと、サティは疑う。
人間の子供と違い、生まれてしまえば、もう成体と変わり無く、強い力を持て余すのではと、
彼女は危惧していた。
そんな彼女をバーティは揶揄(からか)う。

 「子育てに自信が無いの?
  それとも自分の良心の方かしら?」

配下が主の心を映すのであれば、悪しき心の主からは、悪しき配下が生まれる。
挑発的な言動に不快感を顔に表すサティを、バーティは宥めた。

 「もし使い物にならなくても、私が引き取るから」

それも無責任で、どうかと思ったサティは、中々決断出来ない。
0546創る名無しに見る名無し2018/06/23(土) 18:54:07.94ID:ZghFpvO9
バーティは何時に無く躊躇い迷う彼女を見て、どうした物かと一考した後、優しく微笑んだ。

 「サティ、貴女の心配は解るわ。
  でも、どんな子供が生まれて、どう育つか何て、誰にも分からないのよ。
  例えば、貴女の御両親が貴女を産むと決めた時、どんな風に育つと思っていたのかしら?」

ファイセアルスで結婚と出産を経験しているバーティの言葉には、妙な説得力がある。
サティはファイセアルスでは、並外れた魔法資質を持つ者として生まれた。
果たして、彼女の両親が、それを望んでいたかと言えば、否であろう。
魔法資質が高い事は、一般的には「良い」と思われているが、余り高過ぎるのも考え物だ。
魔法資質は生まれ付きで成長しない上に、その差によっては身体能力をも覆す。
だから、大人より強い子供が幾らでも居る。
強過ぎる子供は、親の手に負えなくなり、暴走する事もある。

 「子供は配下とは違うから、思う様な物が生まれないのは仕方が無いの。
  だけど、怖い怖いと言っていたら、何時まで経っても何も出来ないわ。
  ……無理強いはしないけど」

サティは今一つ乗り気にはなれなかったが、他者と協力して強い配下を生み出すと言う試みには、
興味を惹かれた。
上手く育てれば、侯爵級、否、公爵級の代理管理主や守護者を生み出す事も出来るかも知れない。
それは弱い存在達の集まりに過ぎない、エティーにとっては大きな希望になる。
失敗した場合のリスクは恐ろしいが……。
0547創る名無しに見る名無し2018/06/23(土) 18:55:47.53ID:ZghFpvO9
暫く思案したサティは、バーティの案に乗ってみる事にした。

 「じゃあ、やってみようかな……。
  でも、最初は小さい子から、お願い」

 「行き成り強い子を育てるのは、流石に怖いか……。
  最初は、貴女の4分の1位ので良いかな?
  何日掛かるか分からないけど、魂が宿ったら預けに来るから。
  どんな子にするのか、確り考えておいてね」

バーティの言葉に、サティは緊張した心持ちで頷く。
彼女は初めて、「親」になるのだ。
自分の意思で生み育てると言う事で、エティーが生んだマティアバハラズールの時とは又違う。
マティアは「エティー全体の子」だが、これから生む物は「サティの子」なのだ。
愈々自分も「親」になるのかと、サティは奇妙な感慨に浸っていた。
しかも、相手はバーティ侯爵。
これから先、他の者とも協力して子を生む事もあろうが、それは浮気になるのか等と、
仕様も無い事を彼女は考えていた。
その後、サティはエティーの古老であるウェイルに、これから育てる事になるであろう、
「子供」の事を説明した。
万一の事態が発生した時には、彼の協力を仰がなければならない為だ。
サティの話を聞いたウェイルは、そんな方法があるのかと感心していた。

 「良いと思うよ。
  エティーの発展に繋がるのなら、反対する理由は無い」

 「しかし、確実性は無いのです。
  私達にとっても初めての試みなので……」

 「待て、バーティも初めてなのか?」

 「え、ええ」

バーティには経験があると思い込んでいたウェイルは、俄かに不安になる。
0548創る名無しに見る名無し2018/06/23(土) 18:57:03.11ID:ZghFpvO9
数極、沈黙した儘の彼に、サティは話し掛けた。

 「止めた方が良いでしょうか?」

彼女の問いから少しの間を置いて、ウェイルは問いを返す。

 「……いや、有事に全く何の備えもしていないと言う事は無いのだろう?」

 「はい。
  子の強さは、私の4分の1程度に抑えてくれるそうです。
  どうしても手に余る様なら、バーティが引き取るとも。
  そんな心配は無いと思うのですが」

サティの4分の1でも、ウェイルや他の物にとっては十分な脅威だ。
少なくとも子爵級の強さはある。
だが、その程度であれば、反乱を起こしても、甚大な被害は出ないと、ウェイルは踏んだ。

 「それなら構わないよ。
  しかし、君の求める『配下』とは違うけれど、良いのかい?」

 「はい。
  単純に言う事を聞くだけの存在では、混沌の海を渡るのは難しいでしょうから。
  少なくとも自立した判断が出来なくては」

 「上手く行くと良いね」

 「はい」

ウェイルの了解を得て、サティは我が子の到着を待ち侘びた。
他者が自分の子を運んで来るとは、何とも奇妙な感覚である。
丸で、「赤ちゃんは遠くから来るのだ」と言う子供騙しの言い伝えの様だと、彼女は苦笑した。
0549創る名無しに見る名無し2018/06/24(日) 17:57:37.77ID:MIzIEr4W
翌日、ダンスダンフの住民が、どうなったかと言うと……。

 「今日は、サティさん!
  こっちを見てくれ!」

通り掛かりにベテクルーデに呼び止められたサティは、全員で逆立ちして歩いている、
ダンスダンフからの移民達を見た。

 「ベテクルーデさん、ダンスダンフの人達は、ここで暮らして行けそう?」

 「ああ、もう慣れた物だよ」

ダンスダンフからの移民達は、ベテクルーデに倣って、2本の長く太い腕で体を支え、
細い足でバランスを取っている。
頭に血が上らないのかと、サティは心配したが、異空の存在は人間とは違う事を思い出して、
気にしない事にした。
その体に血液が流れているとは限らないのだ。
今のサティの体も殆ど霊体の様な物で、人間と同じではない。

 「ダンスダンフに帰りたいと言う人達は居なかった?」

念の為に問うサティに、ベテクルーデは半笑いで答える。

 「一寸気を抜けば、直ぐに『落ちて』しまう様な所に、好んで帰りたがる人は居ないよ。
  里帰り位はしても良いかも知れないが」

そこまで自分達が生まれた世界を嫌わなくてもと、サティは思う物の、それは他人だから抱く感想。
当人達にとっては、辛く厳しい世界だったのだ。
0550創る名無しに見る名無し2018/06/24(日) 17:58:31.29ID:MIzIEr4W
ベテクルーデはサティに問う。

 「ダンスダンフには未だ残っている物達が居るんだろう?」

 「そうだけど」

 「出来れば全員、エティーに連れて来てくれないか?」

「全員」と言われ、サティは困り顔になった。

 「それには同意が無いと」

 「誰の同意だ?」

 「ダンスダンフの住民の同意に決まっているじゃないの。
  本人の意思を無視して連行するのは、誘拐と変わらないよ」

ベテクルーデには同胞を救いたい気持ちと、エスレヴァールに反発する気持ちがある。
必死で外殻に取り付く物達を、エスレヴァールの物達は見向きもしなかった。
その冷淡な態度を、ベテクルーデは恨んでいた。

 「ダンスダンフに生まれた物は、その時点で厳しい運命と向き合わざるを得ない。
  エスレヴァールの住民とは違う。
  こうしている間にも、どれだけの仲間が混沌の海に落ちて行っているか……」

怒りと憎しみの感情を滲ませるベテクルーデに、サティは警告する。

 「ここはエティーであって、エスレヴァールでもダンスダンフでも無いの。
  私が連れて来れるのは希望者だけだし、帰りたいと言う物を止める事も出来ない」

彼女は敢えて厳しい言い方をした。
0551創る名無しに見る名無し2018/06/24(日) 17:59:42.03ID:MIzIEr4W
ベテクルーデはダンスダンフの住民の中では、比較的高い能力を持っていた。
その為に、混沌の海に落ちても、直ぐに存在が消滅せず、エティーに流れ着いた。
異空では命は勝手に生まれて、勝手に消える物だ。
そんな儚い存在である事を、ベテクルーデは能力の高さ故に認められない。
――サティはベテクルーデの内に秘めた烈しさを感じ取っていた。
「人道的」、「同胞愛」と言う点では、ベテクルーデの方が「良心的」と言えるだろう。
サティは異空の常識に毒され、能力の低い物の命を軽く見ている。
だからこそ、解る事もある。
ベテクルーデには復讐心がある。
生まれ育った世界を憎んでいるのだ。
エスレヴァールの住民がエティーを訪れる時に、ベテクルーデが一騒動起こすのではないかと、
サティは予感していた。
しかし、どうする事も出来ない。
少なくとも今の内は……。
全てはベテクルーデの内心の問題。
危うき事が無い様にと、事前に心を砕いて説得するよりも、その時に当事者同士で話し合い、
とにかく主張を打付け合った方が、健全では無いかとサティは考えていた。
勿論、大事に発展しない様に、見守る必要はあるが……。
0554創る名無しに見る名無し2018/06/25(月) 18:46:03.22ID:TtTYdHI1
師弟の会話


「これは何かな?」

「木です」

「本当に木かな?」

「えっ? 折れて転がった木の幹の一部……、所謂『丸太』でしょう。丸太でも木は木です。
 木の丸太。他の何だと言うんですか?」

「これを椅子にせよと言われたら、どうする?」

「何か工具が必要ですね……」

「そんな事はしなくとも良い。こうして座れば椅子になる」

「確かに、椅子の代わりにはなりますが……」

「では、椅子とは何かな?」

「座る為の物です」

「これは立派に、その用を為しておるぞ」

「あぁ、詰まり、質料と形相ですね。『素材』は何物にもなり得るが、『形状』の制約を受ける。
 素材自体は何物でも無く、形状自体は無実だが、両者は『目的』によって強く結び付けられる。
 目的とは即ち、『名』。椅子とは座る物であり、座れる物は皆、椅子に成り得る。丸太でも、
 切り株でも、石でも」

「古い時代の哲学じゃな」

「逆に、座れない物は椅子とは呼べない。名とは実態その物で、体を以って名付けられる。
 椅子に限らず、実在する全ての物には目的があり、実態を無視しては成立し得ない。
 弟無しに兄には成り得ない。子無しに親には成り得ない。妻無しに夫には成り得ない。
 狩猟をしない狩人は無く、農業を営まない農家は無く、商売をしない商家は無い。
 そして形状は目的の為に純化してこそ最高の物になる。例えば、座り心地の好い椅子の様に。
 物の良し悪しは、如何に目的に適しているかに依る。魂と肉体の関係も、これと同じく。
 肉体は魂の具現であり、魂の向く方へ適う様にと姿を変える――と」

「よう知っとるな」

「これでも僕は――……」

「どうした?」

「いや、何か思い出せそうで、思い出せなくて……。僕には何か誇れる物があった……?」
0555創る名無しに見る名無し2018/06/25(月) 18:46:44.25ID:TtTYdHI1
「思い出さんで良い。虚飾を捨てよ。それは君と言う人間の本質では無い」

「僕は誇りを取り戻したくて、過去を思い出そうとしているのでしょうか?」

「知らんよ、そんな事は。自分の事じゃろう?」

「思い出さないと行けない気がします。それが誇れる物じゃなかったとしても」

「後悔するぞ」

「師匠は御存知なんですよね? こうなってしまう前の僕を」

「何も変わっとらんよ」

「そんな事は無いでしょう。性格は変わっていないかも知れませんが……」

「本当に何も変わっとらん」

「……僕は変わらないと行けないんでしょうか?」

「知らんよ、そんな事は。自分の事じゃろう?」

「済みません」

「お前さんが過去を思い出せんのは、自分で蓋をしとるからじゃよ。過去を知りたいと言う心、
 それ自体に偽りは無いんじゃろう。しかし、同時に恐れてもおる」

「僕の心が弱い所為だと……」

「そうじゃな、弱い。強くありたいと願ってはおるが、同時に弱い事も認めてもおる。実に中途半端。
 肉体が魂の具現ならば、心も同じく。弱い儘では、何も変わらん」

「強くなれば良いんでしょうか……? 強さとは一体……」

「難しい事を言ったかな。儂は今の儘でも構わんと思っておるよ」
0556創る名無しに見る名無し2018/06/25(月) 18:48:21.95ID:TtTYdHI1
魂の在り処


旧い信仰では、人とは「肉」、「精」、「霊」の三位が一体となって構成されていると言う。
肉とは「肉体」、目に見えて、触れる物の事。
霊とは「魂」、物を思い、感じる心の事。
精とは「気力」、肉体を動かす、内なる力の事。
もう一つ、別の解釈もある。
「肉=肉体」は同じだが、「精=精神」、「霊=霊魂」であり、「精神」とは表層的な「意識」の事、
「霊魂」とは無意識の「本質」を指す。
この解釈では「精」とは人間の意志であり、「霊」とは本能の様な物。
事を成すのは「精」であり、「霊」との一致が重要とされた。
自らの意志の向く先と、自らの本質の向く先が、等しくなる時……即ち、精霊が一致する時に、
大業の達成か可能になるのだ。
0557創る名無しに見る名無し2018/06/26(火) 19:04:04.56ID:7Hvn+uE2
魔法暦では肉、精、霊の関係を肉体、魔力、精神と捉える者も居るが、それは明確に誤りだ。
人は魔力が無くても動く。
しかし、悪魔にとっては、強ち間違いとも言い切れない。
悪魔は肉体への依存が低く、殆ど「精霊」で生きている。
即ち、肉体の損壊による死が無い。
魔力が尽きる、又は霊が失われる事でしか、死なない。
肉を持たない事を、如何にも高等の様に吹く者も居るが、それは違う。
確かに、肉体の損壊による死が無いのは、弱点が1つ無くなる様な物。
だが、それ以上に三位の一体は互いを守り合っている。
肉、精、霊は互いに結び付く事で、強固な「存在」となる。
実体の無い物は他の影響を受け易い。
容易に精を失い、霊を傷付けられる。
全ての生物にとって、最も重要な物は霊だ。
物を思い、感じ、考える霊は、自我その物である。
これを失う事は根源的な死を意味する。
肉と精だけでは、「死んでいない」だけに過ぎない。
肉と精は互いと霊を守り合う。
肉は精と霊を守り、精も肉と霊を守る。
肉体を持たないが故に、肉の死を持たない悪魔を、恐れてはならない。
脆弱な精霊のみの存在は、魔力の希薄な地上で自己を保つ事が困難だ。
その場に居るだけで、精霊を消耗して、自滅する。
所詮は魔界の存在。
地上の命は、大法則である「理法」により守られているのである。
0558創る名無しに見る名無し2018/06/26(火) 19:05:50.40ID:7Hvn+uE2
教義の言葉より


悪魔(牧場主と羊飼いと羊と狼の喩え)


悪魔とは異界の存在であり、古の征服者である。
一度世界を終わらせた恐るべき物であり、この世界に存在してはならない物であり、
討果されるべき邪悪である。
肉を持たず、老いを知らない、不完全な物である。
悪魔は邪悪な力で、人間を誘惑する。
神の御業(みわざ)を真似て、人間に利益を与えようと囁くが、これに乗ってはならない。
悪魔は地上で活動する為の媒体として、人間を利用しようとしている。
自らは賢い積もりで、悪魔を逆に利用しよう等と考えてはならない。
誠実さの無い人間は、悪魔の餌食である。
神は牧場主であり、聖君は羊飼いであり、人は羊であり、悪魔は狼である。
人の心が神から離れた時、悪魔は人を食らい尽くすであろう。
或いは、賢しくも羊飼いに成り代わり、悪しき心で人を支配するかも知れない。
神は人を見放さないが、人を救う為には、祈られなければならない。
神の存在を忘れ、敬虔な心を失った者の願いは届かない。
0559創る名無しに見る名無し2018/06/26(火) 19:07:45.58ID:7Hvn+uE2
神を信じている積もりで、増長してはならない。
慢心し、他者を見下してはならない。
武力も財力も権力も、人の偉大さの証明にはなるが、信仰の正しさの証明にはならない。
それ等は真に偉大な物の前では無に等しい。
人は羊飼いにはなれても、牧場主にはなれない。
貴方こそ牧場主に相応しいと囁く者は、悪魔に他ならない。
神性は万人の内に眠れるが、人は神その物にはなり得ない。
悪魔は悪人を褒め称え、人格者の様に扱う。
凡愚を唆し、悪を行う事こそ善だと誤らせる。
故に、愚かなる事は悪である。
悪魔の囁きによって、凡愚は悪人となり、悪人は悪魔となる。
羊は己を狼の群れに誘う、悪しき羊飼いを見分けなければならない。
羊飼いは己の分を弁え、その身の丈を超えて、羊を導いてはならない。
羊飼いも羊も、他を欺いたり、偽ったり、裏切ったりしてはならない。
羊を害する羊は狼と変わらない。
同じく、羊を害する羊飼いも狼と変わらない。
0560創る名無しに見る名無し2018/06/27(水) 18:46:14.13ID:MSwvqNoJ
羊飼いは従順な羊を求めてはならない。
羊は羊であり、羊飼いの物ではなく、牧場主の物である。
羊飼いは羊の世話を任されているに過ぎない。
狼は何時でも、羊の群れを狙っている。
だが、羊飼いは狼を憎む余り、羊を疎かにしてはならない。
従順な羊だけを可愛がり、そうでない羊を軽んじてはならない。
羊飼いは羊飼いの本分を忘れてはならない。
羊は狼を恐れる余り、羊の中から狼を探してはならない。
狼を追い払うのは、羊飼いの役目である。
羊飼いでもないのに、羊飼いの積もりになってはならない。
羊に狼が混じる時、羊飼いは狼と羊の区別をしなければならない。
羊と狼を間違える羊飼いは、羊飼いではない。
羊には良いも悪いも無い。
羊は羊であり、狼は狼である。
他の羊飼いの羊が紛れ込もうとも、それは狼とは区別しなければならない。
狼とは羊に害を為す者である。
0561創る名無しに見る名無し2018/06/27(水) 18:47:08.41ID:MSwvqNoJ
羊飼いは羊から選ばれるべきである。
そして、羊飼いは何時か羊に戻らなければならない。
羊が羊飼いに逆らう時、羊飼いは己の分を試される。
羊を従えられない羊飼いは、羊となった己を導く、新たな羊飼いを認めなければならない。
羊飼いは羊を屠ってはならない。
それが、どこの羊であっても。
誰が羊を殺して良いと言ったのか?
羊が羊を殺める事も論外である。
羊を選ぶのは、牧場主である。
羊でも羊飼いでも無い。
羊を殺めた者は狼となる。
狼は羊の群れには居られない。
羊飼いになる事も出来ない。
しかし、狼も罪を悔い改めれば、羊として羊の群れに戻る事が出来る。
重要な事は、罪を認め、悔い改める事である。
己が犯した罪を認めない者、悔い改めない者を、羊として迎えてはならない。
懺悔と恩赦を経ずして、羊に戻る事は出来ない。
そして、悔い改めた者を羊として迎える事は、羊飼いの仕事である。
但し、再び同じ罪を犯した羊は、二度と群れに戻してはならない。
羊と間違えて狼を迎える羊飼いは、羊飼いではない。
0562創る名無しに見る名無し2018/06/27(水) 18:49:57.09ID:MSwvqNoJ
残り容量が厳しいので、残りは適当な説明で埋めたいと思います。
実質このスレは、ここで終わりです。
0563創る名無しに見る名無し2018/06/28(木) 20:06:37.54ID:LUWjHMLf
古代科学


旧暦には「理法(自然法則)」を解明しようとする運動が、何度か起きた。
水が固まって氷になり、砂が集まって岩になる様に、万物は小さな物の集まりだと言う認識は、
かなり古くからあり、細かな「素(もと)」によって構成されていると信じられていた。
物事の本質は単純であると考えられ、6つの元素で説明出来ると思われていた。


古代に存在すると思われていた元素一覧

ルクラオン(光素) 光の素とされる物質。光子に相当。
ファラーゲン(火素) 燃素に相当。実在せず。後にファラムトン(燐に相当)に割り当てられる。
ウルゲン(風素) 大気の素。後に大気の大部分を占める気体(窒素に相当)に割り当てられる。
ワーリュゲン(水素) 実在。当初は大気中の水分、水蒸気を意味していた。
ゲーニゲン(地素) 土を構成すると考えられた元素。実在せず。後にクストン(石素)が見付かる。
ダグムゲン(闇素) 闇を構成すると考えられた元素。実在せず。

ルクラオンの「オン」は男性名詞の接尾語であり、これは太陽を父とする思想に基づくと言われるが、
単に起源を意味する曖昧発音「エンテ」の転訛とも言われる。
その他の5つの元素の「ゲン」は、大地を意味する「ゲー」と、起源を意味する曖昧発音の「エンテ」で、
母星由来=地上の物である事を表しているとされているが、真相は不明。
最初に名付けられた「ウルゲン」に倣って、「ゲン」を付ける様になっただけとも言われる。
0564創る名無しに見る名無し2018/06/28(木) 20:07:42.15ID:LUWjHMLf
6つの元素が提唱されてから長らく、それを特定するには至らなかった。
これ以上は分解出来ないと言う、「元素」が6つ以上発見されたのだ。


近古代に存在すると思われていた元素一覧

スピラゲン(気素) 実在。酸素に相当。
プフォルゲン(力素) 生き物を動かしているエネルギーの正体として考えられた元素。実在せず。
モルトゲン(体素) 生体を構成すると考えられた元素。後にモルトン(炭素に相当)となる。
クストゲン(石素) 後にクストン(珪素に相当)となる。
ブラクスモルトゲン(骨素) 人間の骨はモルトゲンとクストゲンで出来ていると思われていた。
                後に石灰質と判明し、実在しない事が確定。
                カルシウムに相当する新しい元素名は「貝素(シュファルコン)」。
メシャトゲン(魔素) 今日の魔力に似た初めての概念。この世ならざる元素。
グストゲン(秘素) メシャトゲンの不吉なイメージを払拭する為の別名。不思議な力の源。
ステルクゲン(鉄素) 全ての金属の素と考えられていた。後にステルコン(鉄に相当)となる。
ドゥウォリウ(液素) 熱すると液化する物体に潜んでいると考えられた元素。実在せず。
ウースパン(空素) 空間を構成すると考えられた元素。エーテルに相当。未確認。
ゼーオン(雷素) 実在。電子に相当。
プルトゲン(重素) 引力を発生させていると考えられた元素。重力子に相当。未確認。
           架空の重元素「プルトン」由来。


現在では常温気体の物には「ゲン」、常温液体の物には「イウ」、常温固体の非金属には「トン」、
金属には「コン」の接尾語が付く。
素粒子には「オン」、「アン」等が付くが、その違いは特に無く、語感によって決まる。
魔力は旧暦では、その正体を掴むには至らず、今日でも様々な性質は判っている物の、
物質や粒子ではない「力」としか判っていない。
0565創る名無しに見る名無し2018/06/28(木) 20:12:06.64ID:LUWjHMLf
以上から実在する元素のみを抜き出す。

ルクラオン(光素)
ゼーオン(雷素)
ワールゲン(ワーリュゲン)(水素)
ウルゲン(風素)
スピラゲン(気素)
モルトン(体素)
クストン(石素)
ファラムトン(燃素)
シュファルコン(貝素)
ステルコン(鉄素)


○○に相当と言う表現は、○○の役割を果たしてはいるが、完全に同質では無い事を意味する。
例えば、スピラゲンは酸素に相当するが、「酸化」や「酸性」の意味合いは微妙に異なる。
人体の主成分はスピラゲン、ワールゲン、モルトン、ウルゲン、シュファルコン、ファラムトンだが、
更にクストンやステルコンも微量とは言えない、少量程度には含まれている。
奇しくも、これは古代に言われていた「水」、「火」、「土」、「風」の元素が、全て含まれている事になる。
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