あたしは医者。専門は外科の闇医者。患者の大半はヤクザさん。銃で撃たれた傷の見立てには自信がある。

――盲貫創でこの出血。少なくとも胸骨は突き抜けてるわね。
単純に考えて、弾の直径は0.32インチ(7.65mm)だから射入創の直径は1センチにも満たない……小さい穴。
コッヘル突っ込んで……がんばったら弾取れないかしら?
(あ! 医療に詳しくない人が居るかもだから説明するけど、コッヘルってのはコッヘル氏鉗子のこと!
先が細くて長いから、狭い穴から何かを掴み取るのに便利なの!)
うーんでも……難しいかも。
闇雲に胸腔(肺が心臓がおさまっている空間)探ったら、肺に穴開けかねないわ。
心臓にめり込んじゃってる可能性もある。
あたしが装填してたのはACP(オートマチック・コルト・ピストル)FMJ(フルメタルジャケット)だから、
つぶれて広がったり飛び散ったりしてないはずだけど……
ヴァンパイアの骨組織はとっても強靭。それに当たったら多少は形が歪になって……尖がったりしちゃうかも。
無理やり引っ張って、薄い心房の壁引き裂いたり、血管破いて大出血ってのはやばいわ。
出血多量のせいで復活するのに苦労したって話、裕也がしてたし。
野外で手を出さない方が……いいかな。

誤解されがちだから言っとくけど、あたしの事、現場でのやっつけ仕事が得意だね! って言う人が居る。
助ける見込みが無くても適当に手術しちゃう無謀な医者って腐した患者もたまに居る。
そりゃあたしの処置は早くて乱暴で……いい加減に見えるかもだけど?
実際フォークとナイフしかなくて、それで脊髄の手術とかした事もあるけど……でも違う。
絶対の確信がある時しかあたしはその術式を選ばない。
良く言うでしょ?
だろう運転は駄目、かも知れない運転を心掛けろって。
上手くいくかも知れない……なんて気楽に考えて、それ! ってやっつけて死なせたらコトだもの。
でも……どうしよう?

取りとめない思考やら錯誤やらで手をこまねいていたあたし。
「桜子!!!」
って叫んで駆け寄った麻生に思いっきり突き飛ばされた。
受け身なんか取れないから、ビタンと思い切りほっぺたを打ちつける。

痛ったあぁーー…………
置き上がって見回す。さっきまで自分が居たその場所で、麻生が右の腕で桜子さんを横抱きに抱いている。
……君。
彼女が心配なのは解るけど、突き飛ばす事ないでしょ? 
ふん、優柔不断男(あたしの勝手な決め付けだが)が今更心配なんかして。
カッコつけてるつもり? 動いたら傷開くわよ?

「この傷はヴァンパイアを倒す唯一の手段、銀の弾頭による心臓の損傷……」
「え?……ええ!?」

ぼそぼそと呟いた麻生の言葉が、頭の中でうまく整理出来なくて思わず訊き返す。
何も答えず、彼女の顔と胸を交互に見ている麻生。
仕方なく麻生の言葉をもう一度反芻する。
――銀……。銀の弾頭による心臓の損傷……って? 今そう言った?

「違うわ! あたしの銃はただの……」
そうよ。あたしはそんな弾使ってない。ただの合金でカバーした鉛玉。
でも麻生は眉間に皺をよせてあたしを見た。明らかにあたしを疑ってる眼だ。
彼はそっと桜子さんを床に寝かせ、こちらに手を差し出した。
「それ、貸して下さい」
嫌よ! 君みたいな二股男(これも勝手な決め付け)にあたしのPPKを渡すなんて!
って思ったけど、あんまり真剣に凄むんで、しぶしぶその手に銃を置く。
すっごく鮮やかな手つきでマガジン出して(ガチャガチャさせないの! シュシュって!)、パラリと弾を抜く。
うーん?
ライトでギラついて良く見えないけど。
弾丸のお尻をつまみ、弾頭を上に向けて眺めていた麻生の顔が強張った。
「間違いありません。銀の弾丸です」
「……うそ。……誰かが……入れ替えたってこと?」