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【伝奇】東京ブリーチャーズ・弐【TRPG】 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/02/18(土) 20:57:49.42ID:2sQnY1SN
201X年、人類は科学文明の爛熟期を迎えた。
宇宙開発を推進し、深海を調査し。
すべての妖怪やオカルトは科学で解き明かされたかのように見えた。

――だが、妖怪は死滅していなかった!

『2020年の東京オリンピック開催までに、東京に蔓延る《妖壊》を残らず漂白せよ』――
白面金毛九尾の狐より指令を受けた那須野橘音をリーダーとして結成された、妖壊漂白チーム“東京ブリーチャーズ”。

漂白者たちと鞍馬山から盗まれた呪詛兵器『コトリバコ』との戦いは、佳境を迎えようとしていた。



ジャンル:現代伝奇ファンタジー
コンセプト:妖怪・神話・フォークロアごちゃ混ぜ質雑可TRPG
期間(目安):特になし
GM:あり
決定リール:他参加者様の行動を制限しない程度に可
○日ルール:4日程度(延長可、伸びる場合はご一報ください)
版権・越境:なし
敵役参加:なし(一般妖壊は参加者全員で操作、幹部はGMが担当します)
質雑投下:あり(避難所にて投下歓迎)
避難所:http://jbbs.shitaraba.net/bbs/read.cgi/internet/9925/1483045822/
0003創る名無しに見る名無し垢版2017/02/19(日) 18:42:00.08ID:GFdM5Z+j
前スレ 【伝奇】東京ブリーチャーズ【TRPG】
ttp://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480066401/l50
0004創る名無しに見る名無し垢版2017/02/21(火) 15:20:56.83ID:nF0h8BIm
【前スレより続き】



コトリバコが跳躍するたび、その豪腕を振るうたび、両者の距離は縮まり、品岡は追い詰められていく。
そしてついに、ロッポウの巨大な掌が品岡の痩躯を掴んだ。

(あかん、禹歩――)

指を再び足に変え、橘音に教わった変則禹歩を刻む――そこへロッポウが上から踏みつけた。
丸太のような脚が品岡の爪先を踏み潰し、ぐちゃぐちゃになった指が動かない。

「あっがっ……」

脚を這い登ってくる激痛にもがきながら、至近距離から何度も発砲。
しかしロッポウに吸い込まれた弾丸は復元される前に体外へと吐き出され、廃車のフレームだけが虚しく積み重なる。

「大人を舐めんな、クソガキ……!」

最後の一発。品岡はコトリバコではなく自身の足元へと銃撃を放った。
足首の辺りに着弾した弾丸が元の形へ復元。コトリバコと品岡の間にセダンが出現する。
品岡は廃車の膨れ上がる勢いに弾き飛ばされた。

自切した足首から鮮血の線を引きながら、自分を跳ね飛ばした品岡は宙を舞う。
そうして強引に距離を離し、再生途中の脚を引きずりながら近くのビルへと逃げ込んだ。

「流石に……ロッポウは……易くはいかんな……!」

ドアガラスを蹴り破って侵入したのは一階にカーディーラーを構える雑居ビルだった。
ロッポウもすぐに後を追って飛び込み、磨き込まれた高級車を跳ね飛ばして己が敵とみたび対峙する。
品岡は満身創痍だった。トレードマークの色眼鏡はレンズが砕け、柄シャツは所々が破れている。
裸足の脚は血塗れで、右腕は未だに再生できていなかった。
激痛を遮断し切れていないのか、顔中に脂汗が浮かび肩を激しく上下させている。

虫の息。
ロッポウはトドメと言わんばかりに脚を曲げ跳躍の姿勢に入る。
品岡に逃げる道は残されていない。

>「イッツ!ショータ――――イムッ!!」

その時、遠くで橘音の声が聞こえた。
波濤のように押し寄せる妖力の波がロッポウを飲み込み、その体躯を床へと縫い付ける。

(こりゃあ……本式の禹歩……)

橘音が抜け目なく構築していた禹歩による結界の陣。
まじないが不可視の圧力となってコトリバコ達を締め付け、ロッポウが苦しみに喘いだ。

>「さぁーてっ!皆さん、劣勢ターンはこの辺りで!そろそろ反撃と行きましょうか!」

「まるで見とったみたいに言いよるな……」

奇しくもまさに追い詰められたその瞬間を助けられた品岡は、苦笑じみた呟きを返す。
この強烈無比なる結界に囚われてなお、ロッポウは形を保っていた。
呪詛を溶かされ、肉を焦がされ、しかしその蓄積された膨大な呪いの全てを枯らされたわけではない。
今の品岡には例え動きを封じられたロッポウであっても完全に破壊することは不可能だろう。

それでも、時間が稼げた。
妖力を少しでも回復させ――ロッポウを撃滅する手を考える時間だ。
0005創る名無しに見る名無し垢版2017/02/21(火) 15:21:35.41ID:nF0h8BIm
「なぁコトリバコよ」

息の上がった、いつもの威勢のない声で言葉を紡ぐ。

「ワシはべつに、ジブンが滅ぼされるほど悪いことをしたとは思ってへんで」

本心だった。
妖狐も、雪女も、ターボババアも、鬼も、のっぺらぼうも――コトリバコも。
およそ妖怪と呼ばれるモノ達の存在意義、その存在の証明は、ヒトを"畏れ"させることにある。
化かし、騙し、驚かせ、あるいは……殺し。
不条理で正体不明な脅威として語り継がれることで命を繋ぎ、今日まで生き延びてきた。

彼らに善悪などない。
ヒトを殺せば悪い妖怪?雪女だって鬼だってこれまで何人も殺して喰ってきた。
のっぺらぼうに全てを奪われて露頭に迷い、野垂れ死んだ人間だって数知れない。
命や財産を奪われるその理不尽が、その怨嗟が、その恐怖が、妖怪の唯一の糧に他ならない。

コトリバコは人を殺す。何人も殺し、何代も殺す。
コトリバコがコトリバコであり続ける限り、人の口に、電子の海に残る限り。
新たなコトリバコは生まれ、これからも人間は犠牲になり続けるだろう。

人間が、それを望んでいる。
生態系の頂点に立ち、全ての生命を糧とするヒトという生物が、失われた恐怖の対象として望んだモノ。
退屈な日常に刺激が欲しくて。理不尽を恨む相手が欲しくて。団結する為の共通の敵が欲しくて。
そうした願望が生み出した"必要悪"の存在が妖怪だ。
そして。

「ジブンが生まれたのがヒトの望みなら……滅ぼされるのも、ヒトの望みや」

誰かを殺したいほどの憎しみが、殺意の代行者としてコトリバコを作った。
同様に、コトリバコのない平和な未来への渇望が、ここに怪異の漂白者を呼び出した。

「必要だから生み出されて――必要だから、滅ぼされる。
 百年前の阿呆が描いたこの絵図、不毛な堂々巡りを、今から終わらせようや」

ロッポウが再び自由を取り戻す。
縛られてなお凄まじいコトリバコの呪詛が結界を制したのだ。
同様に品岡も、上がっていた息を整え終えた。右腕は再生し切らないが、走り回るのに支障はない。
橘音が稼ぎ出してくれた時間で、ロッポウを打破する策は決まった。

――――――!!

ロッポウが吠え、ディーラーの商談席を押し潰しながら飛びかかる。
対する品岡は即座に踵を返し、ロッポウの元から一目散に逃げ出した。

「誰が正面から組み合うかい。鬼さんこちらぁ!」

向かう先は店の端、雑居ビル共通の非常階段。
施錠されたドアを破り、階段を駆け上がっていく。
ロッポウは階段目掛けて数度粘液を吐きかける。階段同士が壁となって品岡まで届かない。
数秒の逡巡のあと、身体を変形させ、階段を通れる幅になって後を追い始めた。

品岡ムジナ――のっぺらぼうは、もともと高位の妖怪ではない。
人ひとりまともに呪い殺せもしない、ただ騙すだけの"化かし系"としても最下級に近い存在だ。

例えば同じ化かし系において、直接知覚野を支配して幻覚を見せることができる妖狐と比較しても、
のっぺらぼうは『わざわざ肉体を変形させる』という甚だ非効率的な手段でしか人を化かすことが出来ない。
当然、冷静で洞察力のある人間には簡単に見抜かれ、そうして退治された末路が今の式神という身分だ。
0006品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/02/21(火) 15:22:28.52ID:nF0h8BIm
戦闘という領域でも、のっぺらぼうの術に相手を直接攻撃する力はない。
品岡がわざわざハンマーや銃といった武器を持ち出すのも、それら外部の力に頼らねば戦うことすら不可能だからだ。

のっぺらぼうは弱い。
その弱さが、品岡ムジナに戦い方を選択させる。

階段を一段飛ばしで駆け上る品岡の背を、コトリバコが追っていく。
さながら命を懸けた鬼ごっこ……子供の遊びだ。
段差を効率よく登れるよう最適化された節足がめまぐるしく蠢き、リノリウムを剥がして進む。

2F、3F、4Fと階数表示の前を横切り、やがて最後の階段の先、開け放たれたドアの向こうに飛び込んだ。
そこは雑居ビル最上階、5Fの一室。テナントが何も入っていないのか、仕切りのない大部屋は何もないがらんどうだった。
窓から差し込む日の光が、虚空を漂う埃だけを照らしていた。
……『何もない』。品岡の姿もそこにはない。隠れられるような物陰がないにも関わらずだ。

「わはははは!どうやワシの完璧な隠形は!どこにおるかわからんやろ!」

何もない部屋に品岡の声が反響する。
コトリバコは部屋の中央で唸り、スンスンと鼻を鳴らした。臭いを嗅いでいるのではない。妖力を辿っているのだ。
やがて、頭をぐるりと動かして、天井にある一点を見つめた。

「おっ、よう見つけたな。えらいえらい」

品岡の顔――唯一変形させられない部位が天井に張り付いていた。
天井に化けていたのだ。しかしそれもコトリバコの嗅覚によって看破された。
ロッポウの肺腑が膨らみ、天井目掛けて粘液を吐きかけんと口をすぼめ、

「アホぅ、他人様の家でゲロ吐く奴がおるかい」

足元から伸びてきた品岡の足がロッポウの下顎を蹴りつけ、噴射を阻んだ。
不発した粘液がロッポウの口の端から飛沫として散り、落ちた先の床が溶けると思いきや『避けた』。

「ほな答え合わせといこか。ジブンがくぐって来たんは――こんなドアだったかい」

ロッポウのすぐ背後に先程通り抜けたフロア入り口のドアが現れる。
否、現れたのではなく近付いたのだ。ドア含む部屋の全ての壁が、入った時よりもロッポウの近くに寄っている。
部屋自体が、縮んでいる!

「"再度の怪"や言うてな、のっぺらぼうは二度騙す。ジブンがおるんは5階やない……このビルは4階建てや」

品岡ムジナが化けていたのは、天井ではなく『部屋』そのもの。ここは本来屋上だ。
一気に小さくなった部屋がコトリバコを包み込み、その手足と顎を縛る。
コトリバコはもがき回るが、関節部を巧妙に拘束され、思うように振りほどけない。
品岡の顔がロッポウの首の後ろに出現する。

「ついでにも一つ騙しとこか。この鬼ごっこ、鬼はジブンやなくてワシやで」

品岡の足が屋上の床を小突く。床が形状変化し、ロッポウを飲み込むような大穴が生まれた。
コトリバコはのっぺらぼうに拘束されたまま、階下へと落ちていく。

「ボッシュートぉ!」

屋上から4階の床まで3メートルの自由落下。
巨大な体躯を持つコトリバコにその程度の衝撃では大したダメージにはならないだろう。
だから品岡は4階の床にも触れ、穴を空けた。ロッポウは一切減速せず更に落ちていく。

3階の床も空け、2階も空け、3メートル×4階分で12メートルの高さをロッポウが落ちていく。
重力が巨体を加速させる。
0007品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/02/21(火) 15:22:48.61ID:nF0h8BIm
「5階の高さからその図体で落ちるんや、流石にケ枯れするやろ!」

だがロッポウも何もせず滑落死を受け入れるわけではない。
息を吸い、身体の下側を膨らませて衝撃に対するクッションを作っていく。
このまま一階の床に直撃したとしても、ダメージは最小限に抑えられてしまうだろう。

「言うたやろ。――のっぺらぼうは二度騙す」

ロッポウと共に落下しながら、品岡は一つの妖術を解除した。
妖力が遮断され、元の大きさに戻ったのは――ロッポウの落下地点に生える巨大な氷柱。
ノエルがアイシクルエッジと名付けてハッカイに撃ち込んだ溶けない氷の刃だ。
ハッカイと最初の交戦の際にそれを数本縮めて拝借した品岡は、橘音の結界にロッポウが囚われるうちに一階の床に設置した。

「コトリバコが周囲の全てを殺すなら、のっぺらぼうは周囲の全てを使って騙す。
 これがワシの化かし方や」

重力加速度に引かれるまま、氷柱がロッポウの巨体に突き刺さった。
衝突の轟音と夥しい水音、ロッポウの絶叫がディーラーに木霊し、コトリバコの肉体が貫かれ、破壊されていく。
ぶち撒けられた体液の雨が降る中、変色した寄木細工の小箱がロッポウの身体から吐き出されて床を転がる。
それを片手で拾い上げたのは、抜け目なく衝突の瞬間にロッポウから離脱し着地した品岡だった。

「お互い割に合わん生き方やな、ホンマに」

割れた色眼鏡をかけ、右腕を失い、ボロボロの柄シャツを血に染めたヤクザは観念したように呟いて――
ケ枯れしていくロッポウを顧みることなく歩み出した。


【ロッポウを撃破、橘音の元へ戻る】
0008那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/02/23(木) 18:16:15.95ID:DBFbHdl4
祈の投擲した金属バットが、雷霆のようにハッカイを貫く。
ノエルの造り出した雪崩が、ゴホウとチッポウを生き埋めにする。
尾弐の剛力がニホウとサンポウ、シッポウを打ち砕く。
ムジナの計略がロッポウの知力を上回り、その身を串刺しにする。

無垢な嬰児の魂魄を悪用し、呪詛の塊とする禁断のパズルボックス――“イッポウ”から“ハッカイ”までのコトリバコ。
ブリーチャーズの奮戦によって、そのことごとくはケ枯れを起こし、無力化した。

「なんとか、ここまで漕ぎ着けましたか……」

橘音は軽く周囲を見回した。
戦闘区域のあちこちで戦っていたメンバーたちが戻ってくる。
祈はパーカーの裾や袖が焼け焦げたように消失しており、長い髪もひどく乱れている。随分苦戦したのだろう。
ノエルは傍から見ても一目瞭然、妖力切れ寸前だ。意識があるのが不思議なくらいである。
尾弐もさすがに疲労の色が濃い。おまけに着ていたはずの喪服がなぜかレザージャケットに変わっている。
ムジナに至っては右腕がない。血まみれの凄惨な姿から察するに、最も過酷な状況を切り抜けたのは彼に違いない。
全員、満身創痍のひどい状態だ。――が、結果としては最上であろう。
なぜなら、相手はあの永年封印指定呪具コトリバコ。運用次第では地上の生命体のことごとくを絶滅させかねない危険物だ。
それを八体向こうに回して、ただ一人の欠員もなく勝ったというのは、半ば奇跡と言って間違いない。

が。
まだ、終わりではない。

……ォ……
………ォォオ……オォォオォオオォォォォオオオ……
…………オォォ……オギャアアァアァァアアアァアァァァアアァ…………!!!

どこからともなく、赤ん坊の泣き声が聞こえてくる。おらびが歌声のように幾重にも反響し、ブリーチャーズの鼓膜を打つ。
それは今さら考えるまでもない。コトリバコの声だ。
妖怪は死なない。ケ枯れは一時的な力の喪失による無力化に過ぎない。
膨大な怨嗟が詰まった呪詛兵器であるコトリバコは、ケ枯れを起こしてもすぐに復活してしまうということなのだろう。

けれど。

「やらせませんよ。アナタたちは――然るべき場所へ送ると。もう決まっているのですから」
「――ムジナさん!預けていたものを!」

そう言うと、橘音はこちらへやってくるムジナへ右手を伸ばした。
一番最初に、ハンバーガーショップでムジナに預けていたジュラルミンケース。
それが必要だと言っている。

……オォオォオオォオ……オオギャアァアァアァアァァア……!!!

赤ん坊の声が徐々に大きくなってくる。ケ枯れを起こしたはずの小箱が妖しく輝く。
尾弐が破壊した三個以外のコトリバコが、ふたたび活動を開始しようとしている。
橘音はムジナから形状変化の解けたジュラルミンケースを受け取ると、その蓋を躊躇いもなく開いた。

中に入っていたのは、三角形のパネルを組み合せた二十面体のオブジェ。
手のひらサイズのそれを、橘音は両手で恭しく捧げ持つと、


「これが、今回の目玉商品。目には目を、歯には歯を――パズルにはパズルを、です」


と、言った。
0009那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/02/23(木) 18:17:01.15ID:DBFbHdl4
「よーい……スタート!」

今にも復活せんとしているコトリバコのおらびが響き渡る中、橘音は何を思ったか猛然と手の中のパズルを解き始めた。
変わったパズルだった。恐らく、ブリーチャーズの誰もが見たことのない類のものだろう。
おにぎりを握るようにパズルを両手で包み込み、軽く捻ると、中心が音もなくスムーズに回転する。
そのうちの一辺がスライドし、出っ張ったり引っ込んだりする。その突出した部分をさらに回転させ、移動させ、変形させる。
事務所でルービック・キューブを使って披露した凄まじい速度もそのまま、橘音はパズルを操作してゆく。
橘音の手の中で、二十面体が爆発的に変質してゆき――それはやがて四ツ足をつき、小首を傾げた熊の姿になった。

「レベル1!」

が、完成した熊のオブジェをじっくり観賞したりはしない。橘音はすぐに操作を再開した。
熊の首を引っ張り、足を折り、胴体を回転させ、別の形状へと整えてゆく。
次に完成したのは、鷹のオブジェだった。
大きく翼を広げ、今にも眼下の獲物へ向けて鋭利な鉤爪を振り下ろさんとしている鷹。

「レベル2!」

鷹は躍動感にあふれ、それだけでも置物として素晴らしい出来だったが、橘音はそれもまたすぐに崩した。
翼を折り畳み、嘴を閉じ、鉤爪を本体の中へ格納し、瞬く間に別の姿へ変えてゆく。
妖気を感知できるブリーチャーズには、きっと理解できることだろう。
橘音がそのパズルを一定の形状に仕上げ、崩しては次のステップに進んでいくたびに――

パズルから莫大な力が溢れ出ていることに。
それは妖気とは違う。妖気、瘴気、そんな言葉で表現することなど到底できない恐るべき力。
そう。
あたかもそれは、パズルがどこか別の世界に繋がっていて、そこから迸る力がパズルを介してこちらへ漏れ出しているかのような――。

「レベル……3!!」

橘音が言う。その手の中で完成したのは、身体をしなやかにくねらせた魚だった。
まるで生きているかのような精巧さだが、注目すべきはその出来の見事さではない。

“動いている”。

「総員、退避!何かに掴まって、絶対にその手を離さないでください!」

橘音がそう叫ぶとほぼ同時に、魚の両眼が輝く。
魚は一度尾を打って橘音の手から逃れ、空中に跳ねあがると、もう一度爆発的な変容を始めた。
しかし、それは今までの熊、鷹、魚のような生物とは違う。

門だ。

古々しくも禍々しい熊、鷹、魚のレリーフが施された、洋風の巨大な門。
その開け放たれた両開きの門扉の向こうに見えるのは、本来あるべき商店街の光景ではない。
稲妻を纏う分厚い雲に覆われた、灰色の空。
どこまでも続く、赤黒い大地。
煮えたぎる瀝青の池に、陽炎を発するほど赤熱した城塞。のたうつ血色の大河と、汚物の海。
はるか遠くの丘では鉛入りの外套を着せられた人々が長く葬列のように群れなし、覚束ない足取りでいずこかへと歩いている。
まつろわぬ者たちを罰し、害するための世界。
これは、まるで――


「このパズルの名は『リンフォン』――」
「凝縮された、極小サイズの地獄。地獄の門です」
0010那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/02/23(木) 18:19:13.15ID:DBFbHdl4
リンフォンがいつ、どこで、誰によって、何のために作製されたのか、真実を知る者は誰もいない。
しかし、それが現世と地獄とを繋げ、この世に冥府を顕現させる装置だということだけははっきりしている。
無論、これもまたコトリバコと同じ永年封印指定呪具。
本来ならば世界を崩壊させかねない危険物として、厳重に管理封印されて然るべきモノなのだが――

「ネットオークションにも、結構お宝は隠れてるもんですね!」

リンフォン――地獄の門が鳴動し、全てを薙ぎ倒すような烈風と共に中から猛烈な勢いで何かが飛び出してくる。
それは手だった。数十本、数百本……数えきれない数の亡者の手が、門の内側に広がる地獄から伸びてくる。
灰色の長い腕が、その五指が、何かを探すように蠢く。――亡者は見つけようとしている。
自分たちの仲間になるべき者を。新たな亡者を。

オォオォオォォォォォオオオォオオ……、オギャアアァァアァアアアァアァァアアァァァ……!!!

コトリバコが啼く。だが、それは今までのような憤怒や呪詛、怨念を表現するものではない。
死したのちも昇天降冥せず現世に留まり、憎悪を振り撒き続けていたコトリバコにも、その正体が理解できたのだろう。
ソレは自分たちを連れて逝く者。永劫の苦痛の世界へといざなう者だということを。

転がっていたイッポウ、ハッカイのコトリバコが、それぞれ亡者の手に捕縛される。
雪の中から亡者の手にしっかり握られたゴホウとチッポウの小箱が飛び出してくる。
ムジナの持っているロッポウのコトリバコを、長く伸びた手がひったくるように掠め取ってゆく。
尾弐が破壊したもの以外のコトリバコを捕まえると、手の群れはスルスルと門へ戻り始めた。

ギィィィィィィ!!アガガガガギギイイイ――――――――ッ!!!!

コトリバコの絶叫が轟く。本体を掴まれながらも、地獄へ連れて行かれるまいと再び付喪神化し、地面に爪を立てる。
が、踏ん張った途端に腕が崩れる。足が溶け落ちる。
いかに強大な力を誇る呪詛兵器とはいえ、ブリーチャーズとの戦いによってケ枯れした直後だ。――逃れられない。
コトリバコとの遭遇直後にリンフォンを使っても、適応能力の高いコトリバコは捕まらなかっただろう。
確実にコトリバコを葬り去るためには戦闘によってケ枯れさせ、逃走する力を奪い取る必要があった。
熾烈な戦いで全員浅からぬ手傷を負ったが、その目論見は見事図に当たったというわけだ。

ギ……ギギギッ!オォオォオォアアアアアア!!!!

まず最も力の弱いイッポウが門の中へと吸い込まれ、続いてゴホウが亡者の手に屈する。
チッポウは自分の前方にいたロッポウが力尽きて吸い込まれる際、巻き添え気味に体当たりを喰らって諸共に門の中へ姿を消した。
最後まで亡者の手に抗っていたのはやはりハッカイだったが、それにも限界がある。
ハッカイの巨大な赤子の身体を、無数の亡者の手が抉り取ってゆく。
全身から体液を噴き出し、四肢をちぎられ、胴体を分断されたハッカイのコトリバコは、

アアアアアアアアア!!!アアア……ギャアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!!!!

双眸をこれ以上ないほど大きく見開き、口をあけ、この世への未練であろう断末魔を喉から迸らせ――
残った大きな頭部を数えきれない亡者の手に掴まれながら、地獄の奥へと連れ去られた。

「あらよっと!」

ハッカイが門の内側へ入ると同時、橘音が両開きの扉を素早く閉める。
そして扉の中央にマントの内側から出した札を貼ると、リンフォンは元の魚のオブジェへと戻った。
それを引っ掴み、今度は先程と逆の手順を踏む。魚から鷹へ、鷹から熊へ。
最終的にすっかり二十面体に戻してしまうと、ジュラルミンのケースへ収納する。

漂白は成った。が、いつもなら終了宣言するはずの橘音が今日に限って何も言わない。
それどころか、仮面の上からでも容易にわかる険しい表情を浮かべている。

「……さて……。これでコトリバコの漂白は完了しました。ミッション・コンプリートと言いたいところですが……」

そう言って、商店街にある雑居ビルのひとつ、その屋上へ視線を向ける。

「まだ、お客さんがいるようです」
0011那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/02/23(木) 18:23:34.14ID:DBFbHdl4
橘音の見上げる、雑居ビルの屋上。
そこに、四人の男女が立っている。
ひとりは、半袖ミニスカワンピースを着た黒ずくめの少女。
ひとりは、少女とは対照的に真っ白い出で立ちの女。
ひとりは、筋骨隆々の肉体をダブルのスーツへ窮屈そうに詰め込んだ、髭面の大男。
ひとりは、真っ赤なマントで身体をすっぽりと覆い隠した仮面の怪人。
四人は薄笑いを浮かべながらブリーチャーズを見下ろしていたが、不意に少女がぽん、ぽん、とぞんざいな拍手を始めた。

「ずいぶんと手こずったようですが……なんとか勝てた、という感じですわね。お疲れさまですわ、日本妖怪の皆さん?」
「楽しんで頂けましたかしら。結構ハラハラドキドキな趣向だったのではなくて?うふふ!」

そんなことを言って、黒いロンググローブに包んだ右手を頬に添えて笑う。長いツインテールが夜風に靡く。
外見的には祈と同年代だろうか。愛らしい顔立ちだが、どこか底意地の悪さが滲み出ている。

「ま……、わたくしの予定としては、貴方がたは今頃ここで全滅しているはずなのですが――それはいいですわ」
「貴方の仕事というのも、あんまり当てになりませんわね?」

軽く背後を振り返り、微笑みながらマントとシルクハット姿の怪人に皮肉とも嫌味ともつかないことを言う。

「よォ、日本妖怪ども!今度はオレ様とやろうぜ、一対五でよ!いや、もっと援軍を連れてきてもいい!」
「日本には『ヒャッキヤコウ』ってェのがあんだろ?引き裂かせろ!知ってる奴を全員連れてこい!」
「リンフォンなんざまだるっこしい。オレ様が手ずから地獄に叩き込んでやるからよォ!ゲッハハハハハーッ!!」

次に口を開いたのは、銀色の顎鬚を生やした大男だ。いかにも凶暴、凶悪といった闘気を芬々と撒き散らしている。
少女が男を一瞥し、溜息をつく。

「控えなさいロボ。今は、わたくしが話をしているのです」
「……フン」
「血の気が多くていけませんわね。――さて、日本妖怪の皆さん。今回の用件というのは他でもありません」
「今日は貴方がたへご挨拶に伺ったのですわ。これから、わたくしたちが計画を成すにあたって。そのお断りを、ね――」
「……宣戦布告とも言いますかしら」

そう言って、長い前髪から覗く大きな右眼を細める。

「これから、2020年の東京オリンピック開催までの間に。東京都内に存在するすべての妖怪をわたくしたちの支配下に置きます」
「逆らう者は容赦しません。もし、貴方がたがわたくしたちの行ないに異議を唱え、楯突くというのなら……」
「全力で。潰しますわ」

ゴウッ!

少女の全身から妖気が迸り、ブリーチャーズの髪や衣服を嬲る。黄色い隻眼が炯々と妖しく輝く。

「わたくしの名はレディベア。偉大なる『妖怪大統領』に仕え、その意思を伝える――大統領の名代ですわ」
「この者は人狼(ルー・ガルー)のロボ。ジャック・フロストのクリス。そして……赤マントの怪人65535面相」

少女、レディベアが残りのメンバーを紹介してゆく。最後の赤マントの名前が出ると、橘音は不快げに呻いた。

「貴方がたが『東京ブリーチャーズ』なら、わたくしたちはさしずめ――」
「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」

高らかに笑うレディベアの背後で、三人の妖怪がブリーチャーズへと殺気交じりの妖気をぶつけてくる。
2020年の東京オリンピックまでに、東京に存在するすべての妖怪を従えようと目論む一団。


――『東京ドミネーターズ』。
0012創る名無しに見る名無し垢版2017/02/23(木) 19:28:37.25ID:fOeCgwG9
「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」

高らかに笑うレディベアの背後で、三人の妖怪がブリーチャーズへと殺気交じりの妖気をぶつけてくる。
2020年の東京オリンピックまでに、東京に存在するすべての妖怪を従えようと目論む一団。


――『東京ドミネーターズ』。



さすがに寒い
0013多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/02/25(土) 21:29:18.61ID:uR2yGyyk
 禹歩の生み出した白い結界が戦闘区域全体に、祈の足元にまで広がってくる。
水面に落とした水滴が波紋を作るかのように。
 結界からは呪いや穢れというようなものを阻む優しい光が放たれていること、
そして何よりこの結界内にいても祈が無事であることからも、
この光が少なくともブリーチャーズを害するようなものでないことは明らかであった。
仲間達がまだ戦っていて、コトリバコに対抗する為に何らかの術を、
恐らくあの“うほ”とかいうダンスによって展開したのだろうと祈は推測する。
 さて自分も仲間たちの戦闘をサポートすべく向かわねばと動こうとして初めて、
腕や足がずきりと痛むことに気付く。
「痛っ」
 痛みは特に右足からだった。
祈の右足はスポーツ用品店の石床をぶち抜いて、足首まで埋まってしまっている。
金属製のバットを投擲する際、コトリバコ『ハッカイ』を確実に倒す為にと思い切り踏み込んだ故であった。
痛みは、その時の衝撃がダメージとなって返ってきているからだと推測された。
 ピッタリ足型にできた穴からどうにか右足を引っこ抜くと、勢いがついたのか尻餅をついてしまった。
そのままの状態で右足を見遣れば、靴の上部と下部はまるで鰐が口を開いたように分離しており、
しまいには下部分は完全に壊れて、ポロリと落ちてしまう。
それを目で追うと、ふと祈の足型にできた穴の底に、氷が張っているのが目に入った。
役目を果たしたかのように消えていくそれは、まるで植物の根のように石床に深く突き刺さって広がっていたようである。
靴がこれ程ボロボロになり、石床が割れた状態で祈が踏ん張れたのも、
ノエルが靴底に作ったこの氷の棘が地面に深く突き刺さり、根のように広がって力を分散、
祈の足を支えてくれたからに違いない。
 続けて、祈は立ち上がって腕の調子を見た。
 腕の痛みも同様に、金属製のバットを全力で振り回したからだろうと思われた。
ギリリと体が軋むほどにねじり、遠心力を利用して思い切り投げつけた形だが、
そうすればバットを振り回す腕は外側に引っ張られる。
それを無視して強引に、更に力を込めて放り投げたのだ。当然ダメージはある。
 全力で踏み込んだ足。遠心力に引っ張られた腕。筋肉が悲鳴を上げているのだった。
だが恐らくは、それ程までに全力を振り絞っての投擲だからこそハッカイの頭を砕き得た。
 バットが回転しながら空を奔り、コトリバコの赤ん坊の頭を貫く光景が祈の頭に思い出された。
ノエルに止めを刺されて瀕死の状態になっていたとは言え、その頭蓋は恐らく、
尾弐でもなければ容易には砕けぬほどに頑強だったはずだ。
 筋疲労から震える手足だが、手指に力を入れ握ったり離してみたりしてみればまだ動いたし、
その場で跳ねてみても問題はない様子であった。それを確認すると、祈は動き始める。
「とりあえず、靴買わなきゃな……」
 金属製バットがあったこともだが、入ったのがスポーツ用品店であったのはつくづく幸いだった。
ここならば靴の替えがいくらでもある。
 適当なレディース用ランニングシューズの中から自分の足のサイズに合うものを見繕ったら、
戦闘後ももしかしたら私用に使うかもしれないことを考え、財布からその靴の価格分の金を置いて、履き替える。
財布の中身は大分軽くなったが、これで少なくとも、あのデコボコ道を歩くことに支障はなくなった。
 ハッカイの吐瀉物で破壊され、見る影もなくなった商店街の道。そこを転ばぬように歩いて、
祈はハッカイのコトリバコを回収する。
今は力を使い果たして動かぬとはいえ、これを悪用する方法があるやもしれないし、
放置しておくのは可哀想だと思ったからだった。
直接触れることの危険性も考え、もういくらかボロボロになっている遮光カーテンに包んで抱えると、
やや急ぎながら仲間達へと続く道を戻って行った。
0014多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/02/25(土) 21:34:19.05ID:uR2yGyyk
 戻ってみれば、仲間達の姿は傷付いているものの確かにそこにあり、
誰一人として欠けていないことに祈はほっとする。
コトリバコ達も片付いているらしく、祈の出番はもうなさそうであった。
 尾弐が相手にしたニホウ、サンポウ、シッポウ。
品岡が負傷しながらも倒したイッポウとロッポウ。
そこに積まれている雪の山にはゴホウ及びチッポウがいて、恐らく橘音とノエルが討伐し終えた。
更に自壊寸前だったハッカイに止めを刺すと言う形で、ハッカイを祈が倒した。
 これで、東京に現れた脅威である全てのコトリバコが倒されたことになる。
 しかし。
……ォ……
………ォォオ……オォォオォオオォォォォオオオ……
…………オォォ……オギャアアァアァァアアアァアァァァアアァ…………!!!
 先程と同様の、子どもの鳴き声。
「終わって、ない!?」
 カーテンに包んで持っているハッカイの寄木細工が、小刻みに揺れ始めたのを祈は感じた。
その揺れは次第に大きくなり、まるで心臓が脈打つようなリズムへと変わっていく。
倒されたコトリバコ達はケ枯れを起こし、寄木細工に戻ったはずだった。
であるにも拘らず、もう――力を取り戻し始めているというのか。
これが、製法を伝えた男が武器と称し、橘音が世界を滅ぼすとまで言った、コトリバコという脅威。
無尽蔵の呪い。
 祈は戦慄する。流石にメンバー全員が満身創痍だ。
このまま力を取り戻したコトリバコと第二ラウンド開始となれば、結果はどうなるかわからない。
仮に上手く倒せたとしても、更に復活されたら次はどうか。その次の次は。
想像するだに恐ろしい、自分達が敗北する未来が見えた気がした。
>「やらせませんよ。アナタたちは――然るべき場所へ送ると。もう決まっているのですから」
>「――ムジナさん!預けていたものを!」
 橘音の声が祈の思考を、最悪の想像を途切れさせた。
そして橘音は品岡からジュラルミンケースを、
――どうやら品岡は形状変化で小さくしたそれを首から下げていたらしい――受け取り、開封する。
 その中身がコトリバコ達の復活を阻む何かであるようだが、
橘音がジュラルミンケースから取り出したのは、コトリバコのような寄木細工とは異なるが、
>「これが、今回の目玉商品。目には目を、歯には歯を――パズルにはパズルを、です」
 三角形がいくつも組み合わさった、二十面体かその辺りの立体パズルであった。
 橘音は自身に強力な戦闘技能がない故に、頭脳労働ともう一つ、道具を使って《妖壊》と対峙する。
コトリバコの攻撃を回避する不思議なマントや、離れている妖怪を呼び出す奇妙なタブレットなどがその良い例だ。
恐らくこのパズルもまた、その類の不可思議な力を持ったアイテムなのだろう。
 橘音はそれを恭しく、まるでおにぎりでも持つかのように両手で包むと、
猛然とそのパズルを組み上げ始めた。橘音の掌で立体パズルが目まぐるしくその形を変えていく。
>「レベル1!」
 橘音がそう言って組み上げたのは、まず熊の形だった。熊だと解ったのは、
お土産品店などで見たことがあるような木彫りの熊と形と似ていたからだ。
鮭でも咥えさせればよりそれっぽくなるだろう。
>「レベル2!」
 次に出来上がったのは大きく翼を広げた雄々しい猛禽の姿だった。
獲物へ向かい急降下する鷹か、あるいは鷲であろうと思わせた。
>「レベル……3!!」
 瞬く間に姿を変えていくパズルが最後に取った姿は、魚。
魚は、まるで今の今まで川で泳いでいたものをそのまま持ってきたような、活き活きとした姿を見せた。
見事な早業に一時目を奪われる祈だったが、
>「総員、退避!何かに掴まって、絶対にその手を離さないでください!」
 橘音の指示で弾かれたように顔を上げると、
カーテンに包んだハッカイごと、手近な場所へと退避する。
足が痛むので、そこまで遠くには避難できない。
「いや、何かに掴まれったって……」
 祈が咄嗟に掴んだのは、道路標識だった。
尾弐が道路標識を軽々と引っこ抜いているのを見ているので、
これを掴んでいて果たして大丈夫なのかという不安が脳裏をよぎるが、
今から移動するのは流石に愚策だと思われた。
 橘音がいる方を振り返ってみれば、そこには飛び跳ねたパズルの魚が変容した、『門』があった。
唐突に出現した門に、そして開かれたその先に広がる光景に、祈は言葉を失う。
0015多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/02/25(土) 21:40:00.99ID:uR2yGyyk
>「このパズルの名は『リンフォン』――」
>「凝縮された、極小サイズの地獄。地獄の門です」
 開け放たれた門。
その先に広がるのは生者が決して見ることのない世界だった。
 稲妻が舞う灰色の空。赤黒い大地は荒寥としていて、草木は見えない。
まるで門の先に広がる世界そのものが死んでいるかのような錯覚に、寒気がした。
 あれが血の池地獄だろうか。ではあれは針の山地獄だろうか。
ではそれに並ぶあの人々はこれから――。
これが罪を犯した人々を罰する、拷問の為の世界。罪を償う為の死後の世界。
 地獄。煉獄。インフェルノ。
『RINFONE』をパズルの如く組み替えて、『INFERNO』が出来上がる。
祈の目の前にはまさしく地獄が広がっていた。
 不意に門が鳴いて、ごう、と。その向こう側から風が吹く。冷たく乾いたその風は
魂までも冷やしていくようにうすら寒く、そして、祈の体を浮かせるほどに強く吹き付ける。
道路標識を抱くようにしてきつく握り、耐えながら、祈はそれを見た。
風と共に門の奥から飛び出してくる無数の手を。
まるで死人のように血の気がない灰色の手が伸びて、何かを探すように忙しなく動いている。
 強風で祈の持っているカーテンが激しく揺れて、結び目が解けた。
中に包んでいたハッカイの寄木細工が零れ落ちる。
「くっ」
 祈は咄嗟に手を伸ばすが、爪の先を掠めただけで掴むことはできない。
そのまま風に煽られて地面を転がったそれを、亡者の腕がすかさず掴み上げた。
「あっ!」
 同様に、転がるイッポウも骨ばったその手でがしりと掴むと、
門の奥へと攫って行こうとする。
雪に閉じ込められたゴホウ、チッポウが小箱から飛び出して抵抗するも、手に捕まえられてしまった。
ロッポウもまた掴まれて――連れていかれる。
 わかってしまう。足掻くコトリバコ達の姿を見て。
あの無数の手が探していたのは、“自分達が連れて行くべき者”だ。
地獄に連れて行くべき者を探していたのだ。
 コトリバコ達は怯え、抵抗する。
この手達が己を門の先へと連れて行き、二度と帰さぬものだと本能的に察知したからだろう。
 しかしそのコトリバコ達の抵抗も虚しく、無数の手は彼らを無情に、門の奥へと誘う。
 そして最後に、再び付喪神としての肉体を顕現させ、
必死に逃げ出そうとするハッカイの四肢をも無数の手が千切り取り、
>アアアアアアアアア!!!アアア……ギャアアアアアアアアアアア―――――――ッ!!!!!
 断末魔の絶叫を上げる本体も連れて行く。
そうして手達は全てのコトリバコをその門の先へと攫って行ってしまった。
>「あらよっと!」
 それを見届け、門を閉じる橘音。
ハッカイの断末魔も途切れ、聞こえなくなる。風は止み、門もまた魚の形へと戻った。
それを橘音が鷹へ、更に熊へと逆順に戻していき、ジュラルミンケースに収納すれば。
――終わりだった。
 コトリバコと言う未曽有の脅威は去って、
強風や戦闘で荒れてしまった商店街とブリーチャーズだけが残された。
 恐らくは、こうするしかなかった。
橘音は常に最善の策を考える。その橘音がリンフォンを用い、コトリバコを地獄に送ったのなら、
それしか手がなかったのだろう。
 だが、できることなら。助けてあげたかった。そんな思いや無力感が祈の胸を支配する。
伸ばしていた腕をだらりと降ろして、門があった場所を祈はただ見つめていた。
0016多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/02/25(土) 21:49:05.82ID:uR2yGyyk
>「……さて……。これでコトリバコの漂白は完了しました。ミッション・コンプリートと言いたいところですが……」
>「まだ、お客さんがいるようです」
 橘音がそう告げ、顔を上げた。その視線は雑居ビルの屋上に注がれている。
祈も、まだ終わってないならと、気持ちを切り替えようと努めながら
その視線を追ってみると、雑居ビルの屋上には4人の男女の姿があった。
 黒で彩られた半袖ミニのワンピースを着た、ツインテール少女。
ガタイが良いあまりスーツを窮屈そうに着ている髭面の大男。
上から下まで真っ白い女。真っ赤なマントに身を包んだ怪人。
 それらが逃げ遅れた一般人、などではないのは、その出で立ちと感じる力からも明白だった。
黒幕。そんな言葉が祈の頭に浮かぶ。
 思えば、最初にコトリバコと遭遇した際、聞こえた泣き声はハッカイのものだけだった。
だが、ブリーチャーズがその相手をし始めると、まるで誰かがそこら中にコトリバコをばら撒いたかのように
一斉に泣き声が聞こえ始めて、イッポウからチッポウまでのコトリバコが展開した。
コトリバコは人の赤ん坊のようなもので、群れて行動する習性などないだろう。
 だとすれば、その場に恐らく彼女達はいた。
 彼女達はずっとこの商店街にいて、コトリバコをばら撒いた後、
その雑居ビルの上から、あるいはその中からブリーチャーズの戦いを観察していたのだろう。
 ツインテールの少女がぞんざいな拍手をしながら、口を開いた。
>「ずいぶんと手こずったようですが……なんとか勝てた、という感じですわね。お疲れさまですわ、日本妖怪の皆さん?」
>「楽しんで頂けましたかしら。結構ハラハラドキドキな趣向だったのではなくて?うふふ!」
 その言葉に、祈の心臓が跳ねる。
 何がハラハラドキドキだ。沢山の人が死んだのに。
>「よォ、日本妖怪ども!今度はオレ様とやろうぜ、一対五でよ!いや、もっと援軍を連れてきてもいい!」
>「日本には『ヒャッキヤコウ』ってェのがあんだろ?引き裂かせろ!知ってる奴を全員連れてこい!」
>「リンフォンなんざまだるっこしい。オレ様が手ずから地獄に叩き込んでやるからよォ!ゲッハハハハハーッ!!」
 一体何がおかしいと言うのか。
 地獄に送られたコトリバコ達の断末魔を聞かなかったのか。
大口を開けて笑う男の声に、祈の神経が逆撫でされる。
 次いで、ツインテールの少女は自分達の目的を明かす。
『東京オリンピックが始まるまでの間に、東京に存在する全ての妖怪を傘下に収めることだ』と。
今回のこれは、それを邪魔立てするブリーチャーズに対する、単なる挨拶なのだと。
自らをレディベアと名乗ったその少女は、順に三人のメンバーを紹介していく。
大男は人狼のロボ、白い女はジャック・フロストのクリス。赤いマントを被った怪人は、赤マントの怪人65535面相と言った。
 これ程までの被害を出しておきながら、飽くまでも楽し気に、歌うように。
 レディベアはこう締めくくった。
>「貴方がたが『東京ブリーチャーズ』なら、わたくしたちはさしずめ――」
>「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」
0017多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/02/25(土) 22:00:42.95ID:uR2yGyyk
「ふざけっ……んじゃ、……ねぇーーーッッ!!」
 レディベアの高笑いに応えたのは、祈の咆哮だった。
祈はぎりと歯をきつく噛んで、雑居ビル屋上の4人を睨みつけ、そのまま喚くように続ける。
「そんなくだらないことの為にあの子達を持ち出したのかッ!
あの子達は……お前達が持ち出さなければせめて! せめて安らかに眠れたはずなんだ!!」
 命を、魂をも蹂躙された子ども達。
彼ら彼女らは数百という年月の後に、その呪いを解かれて眠りにつく筈だったのだ。
 この4人が持ち出したりしなければ、誰かを恨んで殺す怪物になどならずに済んだし、
地獄に送られると言う悲しい結末を迎えずに済んだのだ。
利用されるだけされて、人を殺し、その後は地獄の責め苦を味わって。
彼らは一体何の為に生まれてきたのか。それを考えると怒りで胸が痛くなる。
「それに人も沢山死んだ!」
 商店街の入り口で、母親の死を理解できず、その亡骸を揺り起こそうとする少年を見た。
あの少年はもう、母親の笑顔を見ることはない。それに気付いた時の絶望を、祈は知っている。
 薬局から出てきて死んだ女性にも、これからがあった。
大切な両親がいたかもしれない、大事な友人や恋人がいたかもしれない。
楽しいこと、辛いこと、様々なことが待ち受けていた筈だ。そこには確かに『人生』があった筈なのだ。
それを理不尽に、気まぐれに奪われた。
祈が目にしていないだけで、もっと多くの女子供が命を落としている。
「何が……『東京ドミネーターズ』だ。何が妖怪大統領だ……何様のつもりだっ……」
 気が付けば涙でぐちゃぐちゃになっていた顔を、祈は上着の袖で乱暴に拭った。
それでも流れ続ける涙をそのままに、祈は顔を上げる。
雑居ビルの上に立つ4人を。東京ドミネーターズを、再び睨む。
 その目に宿るのは、決意。
「お前ら全員、今ここで――」
 祈の持つ妖気がかつてない程に膨れ上がる。
体外に溢れ出したそれは風になり、祈の髪を逆立たせた。
 かの4人は何故姿を晒してきたのか。それは当人達が言うように宣戦布告の意味もあろうが、
今戦った所で勝てると言う絶対の自信があるからだと思われた。
コトリバコとの戦いで傷付いた漂泊者達など、自分達を脅かすような敵ではないと思っているからこそ、
安心してその姿を晒せる。いつでも潰せるという余裕、否、『油断』だ。
 それを突く。
「――倒して、」
 『東京ドミネーターズ』と名乗った者達は恐らく、
ここで逃がせばもっと多くの死者を出す。人々の幸せを奪う。
挨拶や宣戦布告などというだけでこれ程の被害を出す者達なのだから。
東京内に住む妖怪も無関係ではない。
傷付けられたり、利用されるかもしれない。それらは到底、許されることではない。
 ロボとかいう好戦的な人狼から放たれた気は、尾弐を思わせるほど凶暴だった。
ジャックフロストのクリスも力が未知数であり、
恐らくコトリバコ達を盗み出したであろう赤マントの怪人65535面相も得体が知れない。
そんな面子を纏める、妖怪大統領の名代を名乗るレディベア。
祈とそれ程変わらない年齢に見える彼女もまた相当な実力者であろうと思われた。
故に、祈のようなぽっと出の新参妖怪、しかも人間が混ざったような小娘など小指一つで倒してしまえるかもしれない。
 だがそうであったとしても。
「――あの子達や、死んでいった人達の家族の前に引きずり出して、詫びさせてやる……!」
 刺し違えてでも、今ここで奴らを止めなくてはならない。
祈は痛みを、肉体の限界を超えて妖怪としての力を引き出し始めていた。
 雑居ビルの屋上へ駆け上がる算段はもうついていた。
店舗の屋根や換気扇、看板を飛び移るようにして移動し、
そうして屋上まで駆け上がり、攻撃に転じれば――。油断している今を狙った奇襲なら――。
今の祈はもはや、放たれる寸前の、限界まで引き絞られた一本の矢だった。
0018御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/02/26(日) 23:05:56.21ID:66KB21jO
自ら作り出したミニ雪山を前にドヤ顔をしていたノエルははっと我に帰る。

「こうしちゃいられない橘音くん、皆を助けに行かなきゃ!」

実質橘音とのタッグバトルだった自分はまだいい方だ。
一人でハッカイを引き付けて走っていった祈は、ニホウサンポウシッポウの三体に袋叩きにされていた黒雄は
ロッポウに成す術もなく追いかけられていたムジナは――無事だろうか。
そこに、タイミングを見計らったかのように皆が帰ってきた。

>「なんとか、ここまで漕ぎ着けましたか……」

「ちょっとみんなボロボロじゃん! 大丈夫!? あ……れ……? 力が入らないや……」

無事とは言い難い者もいるがとにかく仲間達が全員生きている姿を見た瞬間に、ノエルは地面にへたりこんだ。
一見怪我している訳ではないので絵面的には分かりにくいものの、自分が皆に負けず劣らずボロボロであることをここにきて自覚する。
肉体の概念が希薄でHPとMPの区分が曖昧なノエルにとって、無理を圧しての大技の連続は身を削る行為であった。

>…………オォォ……オギャアアァアァァアアアァアァァァアアァ…………!!!
>「終わって、ない!?」

再び響き始めたコトリバコの声に、祈が驚愕の声をあげる。
ケ枯れは一時的な無力化に過ぎず、何等かの手段によって封印等をする必要がある。
それは分かっていたことだが、それにしても――いくらなんでも復活が早すぎはしないか!?

「どうにかしてー! 橘音えもーん!!」

>「やらせませんよ。アナタたちは――然るべき場所へ送ると。もう決まっているのですから」
>「――ムジナさん!預けていたものを!」

ノエ太くんに要請されるまでもなく、橘音えもんは秘密道具を取り出した!

>「これが、今回の目玉商品。目には目を、歯には歯を――パズルにはパズルを、です」

橘音が鮮やかな手つきでパズルを解いていく様を暫し呆然と見ていたノエルだったが、
途中でそのパズルが何なのか察したようで、明後日の方向の心配をし始める。

「大変だ、橘音くんが連日連夜の悪戯電話で眠れなくなっちゃう……!」

>「総員、退避!何かに掴まって、絶対にその手を離さないでください!」
0019御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/02/26(日) 23:08:59.88ID:66KB21jO
現れた門にただならぬ物を感じ、とっさに這いずるようにして、手近にあった街路樹の根元に抱き着く。
かくして、門は開かれた。

「何だよコレ……」

門の向こう側を見たノエルは呟いた。本当は分かっているけど魂が理解することを拒否している。
吹きすさぶ冷たい風に、首に巻いたストールがはためく。
門の向こうから伸びてきた亡者の手が、コトリバコ達を連れ去っていく。
祈が、零れ落ちたハッカイの寄木細工に手を伸ばす。しかしその手は届かない。
その光景を見ながら、寒さを感じぬはずのノエルが何故か震えていた。
それは恐怖か、哀しみか、やり場のない怒りかあるいはその全部からくるものであろうが
ノエルには自分の感情を分析する程高度な知能は無く、「ああ、これが寒いということかな」と漠然と思うのであった。

>「あらよっと!」

やがて全てのコトリバコが門の向こうに連れ去られると、あまりにも場違いな軽い掛け声と共に、橘音が門を閉める。
一見不謹慎にも聞こえるが、そうでもしないとやってられないのであろう。
呆然とした様子の祈が門のあった場所を無言で見つめている。
何か声をかけねば、と思うが、かける言葉が見つからない。
八尺様が消滅して苦悩する祈に地獄なんていかないから大丈夫と言い聞かせたばかりなのに。
思いっきり目の前で地獄に連れ去られていくのを見せつけられたらどうしろというのか。

>「……さて……。これでコトリバコの漂白は完了しました。ミッション・コンプリートと言いたいところですが……」
>「まだ、お客さんがいるようです」

「えぇ〜、もう勘弁してよー! 後でハーゲンダッツ奢ってね!」

気力を振り絞ってよろめきながらも立ち上がる。
雑居ビルの上の四つの人影を見た瞬間、妖力スカウター完備のノエルには分かってしまう、こりゃあ勝てないなと。
レディベアと名乗った少女の口上を、わざわざビルの上から堂々と自己紹介するなんて
漫画やゲームに出てくる悪役みたいだなあ、等と思いながら呆然と聞いていた。

>「貴方がたが『東京ブリーチャーズ』なら、わたくしたちはさしずめ――」
>「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」

>「ふざけっ……んじゃ、……ねぇーーーッッ!!」
0020御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/02/26(日) 23:13:14.89ID:66KB21jO
その咆哮のような叫びに、朦朧としてどこか夢の中のようだった意識が現実に戻ってくる。
祈が涙を流しながら激怒している。
ここで戦っても勝てる見込みがなく、どうにかして穏便にお帰り頂きたいこの状況においては、賢明な行為とはいえない。
しかし涙を流す機能もなければ怒りをこれ程ストレートに表現する事も出来ないノエルは、そんな祈を見て眩しく思うのだ。
しかし怒りに任せて突撃したところで返り討ちに合うだけだ、止めてやらねば――そう思っていたのだが。

>「お前ら全員、今ここで――」
>「――倒して、」
>「――あの子達や、死んでいった人達の家族の前に引きずり出して、詫びさせてやる……!」

祈の妖力がかつてないほどに膨れ上がるのを見て気が変わった。
倒すなんて相手の力が読めていないからこそ言える大言壮語なのは違いない。だけど――
今の祈なら、倒すことは出来なくても奴らに一矢報いることなら出来るかもしれない。
おそらく、奴らの方針はすでに決まっている。
自分達の計画に邪魔になるとして適当に甚振った上で全員殺すか。
利用価値があると判断した等の理由でこの場は見逃すかのどちらかだ。
祈が暴れよう暴れまいが、その結論は変わることはあるまい。ならば――止める理由があるものか!
祈に、任せてのウィンクをする。
我が小さき友よ、君が行くなら全力で支援するぞ――という思いを込めて。
祈が狙っているのは相手の油断に乗じての奇襲だ。ならば、更に油断させつつ注意をこちらに引き付けてみせる!
少しでも気を抜けば意識が飛びそうで立っているのも辛い状況だが、精一杯いつもの調子を装って笑ってみせる。

「うちの若い者が失礼な事を言ってすみません! こう見えて見た目通りのロリなんでどうか寛大な心でお許しを!
つきましてはお近づきの印にナイスなニックネームを考えてやったから有難く拝命しやがることだな!」

まずはレディベアをびしっと指差し。

「まずはそこのロリババア! 全身真っ黒でテディベアってことは正体熊?
まあいいや、そのアンニュイな前髪は鬼○郎ヘアー、……いや、あれは出てるのが右だから逆鬼○郎ヘアーで決まり!」

まず名前自体を聞き間違えていた。次なる犠牲者は人狼ロボ。

「次にそこのけものフレンズ! ぶっちゃけお前狼王ロボやろ!?
ほらあれ、ムツゴロウ先生のモフモフ動物記! 長いから略してムツゴロウでいいよ!」

狼王ロボまではいい線いったもののその次のステップで惜しくも盛大に脱線した。
次は何故か順番を入れ替えて怪人赤マントを指さす。
0021御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/02/26(日) 23:15:58.39ID:66KB21jO
「怪人ろくまんごせん……。誰も覚えられないし数字が中途半端すぎだろ! 面倒だからカンスト仮面な!」

残念、9999以上はカウンターストップらしい。そして順番を変えて最後に持ってきた真打である。

「そして……お前だよお前! 名前の由来にそこはかとない親近感を感じるけどそれはいいとして。
ナチュラル過ぎてさらっと流しそうになったけどさ――ジャックフロスト訳すと霜男じゃん!
霜男(巨乳美女)って何やねん! ぶっちゃけお前ソーセージだろ! それとも工事完了済みなのか!?」

両手を上に掲げて、生成するは巨大な氷のブーメラン。

「どっちにしてもその巨乳は偽物……というわけで偽乳特選隊だぁああああああああ!」

――祈ちゃん、行け!!
ブーメランを極力派手なモーションで屋上目がけてぶん投げると、今度こそ精魂尽き果てて膝を突いた。
話が脱線しすぎて当初の目的が忘れられていそうだが、もちろんこれは祈の奇襲を成功させるための囮だ。
しかしブーメランが戻ってきて自分の額に突き刺さる気しかしないのは何故だろう。
――無茶しやがって。合掌。
0022尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/02(木) 00:43:09.48ID:TrZocXpv
肉体が訴える痛みを無視しつつ、尾弐がこの騒動の開始地点である商店街に戻った時には、既に戦況は決していた。
そこには地を這いずる異形の赤子の姿は存在せず、ただただ赤子の数だけの小箱が残されている。
撲殺、刺殺、圧殺。
超常に破壊された各々の戦闘痕は、まるでコトリバコ達の墓標の様で。
そして、その墓標の傍に墓守の如く立つ者。
ブリーチャーズの面々は……ただの一人も欠ける事は無く、そこに存在していた。

「念の為、急いで駆けつけたんだが……どうも心配性が過ぎたみてぇだな」

全員の生存を確認した尾弐は、労う様にムジナとノエルの肩を軽く叩いてから
彼等から少し離れた位置に腰を下ろす。
今回の戦い。戦果としては上の上。快勝であると言っても良いだろう。
なにせ、相手は特大の呪詛であったのだ。
他者の死を生態とするコトリバコを前に一人の死者も出さなかったというのは、正に快挙である。
無論、各々がそれぞれに手傷は負った。
酷いものでいえば、ムジナなどは腕が存在していない。
だが……それでも生きている。生きていてこそのモノダネだ。
戦いの終わりの予感に安堵する尾弐であったが


その終わりへの予感は錯覚で
実際には、何一つ終わってなどいなかった


「……人類滅ぼす呪いにしちゃあ随分お優しい結果だとは思ったが、余力を残してたって訳かい」

突如として響いたのは、『赤ん坊の泣き声』。
徐々に大きさを増していくその声には、この場に居る全ての存在が既視感を覚える事であろう。
即ち、コトリバコの現出。その前兆現象である。
……そう、妖怪は死なない。前提としてその事をブリーチャーズの面々は想定すべきであった。
餌となる呪詛が尽きなければ、妖怪は滅びない――――死ねない。
故に、その呪詛の塊であるコトリバコは、呪詛が尽きるまではケ枯れる事無く何度でも蘇る。

その復活に共鳴する様に僅かに熱を持ち始めた右腕の拳……三体のコトリバコを潰し喰らったソレを
強く握りしめ黙らせながら、尾弐は立ち上がり思考を巡らせる。

(全員の消耗が激しすぎる……この状態でもう一度ヤリ合うのは無理だな)

負傷したブリーチャーズと、復活するコトリバコ。
ここでまともに戦うのは、はっきりと言えば愚策と言っていいだろう。
万全の状態ですら苦戦した相手に負傷した状態で立ち向かえばどうなるかなど、子供でも判る。
まして、コトリバコ達は後何回倒せばケ枯れるのかすら定かではないのだ。

(呪詛の付喪神なんて執念深いモンが素直に逃がしてくれるとは思えねぇが
 まあ、それでも頑張って逃げる以外にゃねぇか……この段階でバレる訳にもいかねぇからな)

ならば、取れる手段は撤退しかない。ここでコトリバコ達を見逃せば犠牲は更に増えるだろうが、
それはここで対峙して自分たちがケ枯れても同じ事である。
結果を生まない努力など無能の自己満足に過ぎない。ここは『次』の機会に備えるべきだ。
尾弐がその様に思考し、それを実行しようとした――――その時。
0023尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/02(木) 00:44:19.42ID:TrZocXpv
>「やらせませんよ。アナタたちは――然るべき場所へ送ると。もう決まっているのですから」

響いたのは、ブリーチャーズの頭目である那須野橘音。
ブリーチャーズの中でただ一人、『コトリバコが蘇る可能性を考えていた』者の声。
その声に釣られて尾弐が視線を向けて見れば、そこに居る那須野は手に一つのパズルを握っていた。

「……那須野。お前さん、そいつは一体」

>「これが、今回の目玉商品。目には目を、歯には歯を――パズルにはパズルを、です」

那須野が手に持つのは、一見何の変哲も無いただの玩具。
だが、それを視界にとらえた瞬間、尾弐の全身は冷水を浴びせかけられたかの様に粟立った。
那須野とは長い付き合いである尾弐ですら見た事のないその道具。
尋常ではない気配を纏うその道具を、那須野はいつかのルービックキューブの様に展開させていく。

箱から熊へ。熊から鷹へ。鷹から魚へ。

形が変わると共に、ソレは放出する力……形容し難いエネルギーの量を増大させ

そうしてとうとう。
魚は自立して動きだし、その形状を『門』と化した。

そうして
そうして
組み上げられた門は

地獄の門は開く

>「このパズルの名は『リンフォン』――」
>「凝縮された、極小サイズの地獄。地獄の門です」

那須野の声と時を同じくして、尾弐の視界に飛び込んできたのは、
開き切った門の奥に広がる、赤黒い大地に彩られた鉄と腐臭の漂う風景。
終わった存在がたどり着く世界。人が想起する破滅の極致。

――――地獄。

リンフォンと言う道具は、その世界の光景を忠実にその門の奥へと映し出していた。

「……焦熱、黒縄、阿鼻……昔に巻物で見た通りじゃねぇか」

手近に有った赤い消火栓を掴みながら地獄の情景を見る尾弐は、
その情景に無意識に遠い昔に見た絵巻物の内容を思いだし、零れるように無意識にそう呟く。
そして、僅かな時を置いて……その地獄の門の中から無数の腕が凄まじい勢いで門の外へと伸びてきた。
数百を越える灰色の腕。亡者の腕。
八尺様の生み出した腕など児戯に等しく思える波の様な量の腕は、何かを探しながら蠢き――――

>オォオォオォォォォォオオオォオオ……、オギャアアァァアァアアアァアァァアアァァァ……!!!

やがて、求めるソレを見つけ出した。
彼等の同族たる亡者を。死してなお現世に留まる業深き魂を。
『コトリバコ』の素材とされた、無数の赤子達を。
0024尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/02(木) 00:45:13.02ID:TrZocXpv
腕は、抵抗も逃走も許さない。
コトリバコの本体である小箱を掴みとり、現出した付喪神としての肉体を揚々と砕き、
イッポウ、ゴホウと、彼らの魂を次々と苦痛のみが続く地獄へといざなっていく。
響き渡るコトリバコ達の断末魔

――――そして、その最中。
『腕』達の幾つかが尾弐へと……正確には尾弐の右腕へとその食指を伸ばして来た。だが

「……ああ、そういや獄卒ってのは鬼が務めてるんだったな」

尾弐が視線を向けると、腕達は何かに怯える様に、波が引くかの如くその手を引っ込めてしまった。
それは、永劫とも思える年月を『地獄の鬼』によって虐げられた、亡者の魂に刻まれた恐怖の感情が故の事だろう。
腕達は餌を前にした野犬の様に尾弐の周囲を遠巻きにうろついていたが
やがて、ハッカイのコトリバコが最期の悲鳴を挙げながら門の奥へと引き込まれると

>「あらよっと!」

那須野の声と共に 扉が閉じられたことで、門の奥……地獄へと戻って行った。
直後に広がるのは、不気味なまでの静寂。
常であればこのあたりで那須野が終結を告げるのであるが、残念な事に此度は常識外。

>「……さて……。これでコトリバコの漂白は完了しました。ミッション・コンプリートと言いたいところですが……」
>「まだ、お客さんがいるようです」

脅威が去った後に、猛威が訪れる、厄日。
尾弐が那須野に合わせて視線を動かした雑居ビルの上。そこに『彼女ら』は居た。

>「ずいぶんと手こずったようですが……なんとか勝てた、という感じですわね。お疲れさまですわ、日本妖怪の皆さん?」
>「楽しんで頂けましたかしら。結構ハラハラドキドキな趣向だったのではなくて?うふふ!」

悠然とたたずむのは四つの人影。
黒の少女と白の女。銀の男と赤の怪人。

>「貴方がたが『東京ブリーチャーズ』なら、わたくしたちはさしずめ――」
>「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」

ブリーチャーズの面々に膨大な妖気と殺気を向ける彼等こそが、恐らくは今回の騒動の黒幕。
宣戦布告などという行為の為に、コトリバコ達を使用し、平穏な街に死をまき散らしたのであろう悪逆非道の徒。
『妖怪大統領』なる存在の傘下を名乗るその西洋産の妖怪集団に対し、尾弐は

「……」

けれど、驚く程に反応を見せなかった。
無論、全くの無反応という訳では無い。ロボと言う男の傲岸不遜な発言を聞いた時には、眉を潜めていたし、
赤マントの妙に長い名前を聞いた時は、懐かしい芸能人の名前でも聞いたかの様な態度を見せた。
だが、それだけだ。
初遭遇の未知の敵対集団に対しての驚愕の反応が、尾弐にはあまりにも不足していた。
まるでそれは――――彼女等の様な存在の襲来を、予期していたかの様に。

だが他の者達……特に、祈はそうではない。
0025尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/02(木) 00:45:49.10ID:TrZocXpv
>「ふざけっ……んじゃ、……ねぇーーーッッ!!」
>「――あの子達や、死んでいった人達の家族の前に引きずり出して、詫びさせてやる……!」

彼女は、涙を流し、他人の死を悼み、地獄に落とされたコトリバコ達をすら憐れむ事の出来る存在だ。
だからこそ、人間らしい優しい心を持つ彼女は、この事件を引き起こしたのであろう
『東京ドミネーターズ』の面々に対し、涙を拭いながら怒声と憤怒の感情……そして、
感情によって膨れ上がり増大した妖力と、害意を向ける。向けてしまう。

> 「うちの若い者が失礼な事を言ってすみません! こう見えて見た目通りのロリなんでどうか寛大な心でお許しを!
>つきましてはお近づきの印にナイスなニックネームを考えてやったから有難く拝命しやがることだな!」

そして、それに呼応するのはノエル。恐らくは祈を支援するつもりなのだろう。
彼は、常の通りの調子でビルの上に立つ面々へと挑発の言葉を吐いた上で、膝を付く程に妖力を振り絞り
氷で出来たブーメランを投げつけてしまった。

「っ!? やめろ馬鹿野郎共!!」

僅かな間に引き起こされたその行動に対し、僅かに離れた位置に立っていた尾弐は焦り制止の手を伸ばすが、間に合わない。
そう、尾弐は制止しようとした――――この場面で、積極的に事を構えるのは悪手であると、そう考えていたのである。

味方は全員が消耗しており、対する敵は全員が万全の状況。
敵はこちらの情報を得ているが、味方は敵の攻撃手段すら判らない。
まして、敵の実力は放たれた妖力だけでも相当なものであると推測出来る。

この状況で敵に挑むなど、自殺行為に他ならない。
故に、尾弐はブリーチャーズの面々も自分たちから仕掛けるなどしないだろう。そう考えていた。

まだ子供と言っていい年齢の祈の感情の爆発……危うさを秘めた心の強さを。
理性よりも感情が先に立ちがちな、ノエルの奔放さを。

結局の所、尾弐は彼等の心の動きというものを見誤ったのである。


一度放たれた弾丸は戻らない。
余程の事がなければノエルの放った氷のブーメランは敵を襲い怒りを買い、祈は「一矢報いる」ために命を危険に晒すだろう。
ならば、ここで尾弐が取る事の出来る選択肢は一つのみ。
0026尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/02(木) 00:59:21.84ID:TrZocXpv
「っとに、オジサン使いが荒ぇなガキ共は! 那須野、ムジナ……悪ぃが『この後』は任せるぞ!」

言葉と共に、最寄りのバス停の標識を右手に掴む尾弐。
彼は、膝を付いたノエルの前に立つと、そのままノエルの投擲したブーメランと軌道を同じくして

「西洋かぶれのガキ共――――俺が腰痛になったら責任とれよ、っと!!」

『東京ドミネーターズ』の面々へ向け、バス停を投げつけた。
風切音と共に放たれた大質量――重石付のバス停は、中世の大砲の様な威力を以ってブーメランと時間差でドミネーターズを襲うだろう。
けれど、尾弐はそれで彼等に手傷を負わせられるとは考えていない。
消耗した片手落ちの一撃だ。恐らくは、叩き落されて終わるだろう。

だが、それでいい。
尾弐の本命は、頑強な自身の肉体を盾とし、想定される敵の反撃からノエルを守る事。
時間差の追撃を行う事で、囮の囮……敵の中に居るであろう用心深い者に対し、自身の攻撃こそが『本命』であると偽装し、
注意を集め、反撃を受け。祈が攻撃後に逃げる為の隙を増やす事。

即ち、一種の捨て駒となる事であるのだから。
0028品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/08(水) 03:28:41.28ID:lRW9KwR5
それぞれの敵を撃破したブリーチャーズの面々が橘音の元へと集っていく。
誰一人として無傷のまま戻った者はおらず――誰一人として戻ってこれない者もない。
史上最悪の呪いを相手にして、全員が生きて帰ってきた。

>「なんとか、ここまで漕ぎ着けましたか……」

「ホンマになんとかですな……危険手当、期待しとりますよ」

品岡は煙草の煙と溜息を同時に噴き出した。
しこたま瓦礫の上を転げ回ってズタズタになった口に煙が染みる。
傷の治りが遅いのは、品岡の妖力もかなりすり減ってしまっているからだ。

「ああ嬢ちゃん、もうコトリバコも全部ケ枯れしたしそろそろ妖術解いてもええで――」

なんの気なしに品岡は祈に言うが、それは軽率な判断だった。

>…………オォォ……オギャアアァアァァアアアァアァァァアアァ…………!!!

地の底から響くような声は、紛れなくコトリバコのもの。
品岡は泡を食った。

>「終わって、ない!?」
>「……人類滅ぼす呪いにしちゃあ随分お優しい結果だとは思ったが、余力を残してたって訳かい」

「いい!?まだ生きとるんかクソガキ共!」

至極道理ではある。
コトリバコはこの世で最も濃密な悪意を更に煮詰めて練成された呪いだ。
子供を二三発ぶん殴ったところで更に大声で泣き叫ぶように。
ケ枯れが妖怪の終わりではない。

>「どうにかしてー! 橘音えもーん!!」

緊張感のないノエルの要請に、律儀に応える上司が一人。

>「やらせませんよ。アナタたちは――然るべき場所へ送ると。もう決まっているのですから」
>「――ムジナさん!預けていたものを!」

「へい坊っちゃん!」

橘音に促されるがままに品岡は首から下げていた鎖を千切る。
形状変化を解いてジェラルミンケースを元の大きさに戻し、手渡した。
結局アレは何だったのか――答えはすぐに提示された。橘音は躊躇いなくケースを開く。

「あ、開けてええんでっか!?東京滅びまっせ!」

>「これが、今回の目玉商品。目には目を、歯には歯を――パズルにはパズルを、です」

事前に言い渡されていた脅しに反して、ケースを開いたところで何が起きるわけでもなかった。
中から取り出されたのは、ミラーボールにも似た正二十面体。

>「よーい……スタート!」

橘音が手の中の二十面体を高速で組み替えていく。
さながらルービックキューブや寄木細工の解法だ。手際よくずらし、回し、開かれていく。
やがて出来上がったのは小さな熊のオブジェ。間髪入れずに更に組み変わり、鷹。そして――魚。
彼が"レベル"と表現したパズルの段階が一つずつ上がっていくにつれ、二重面体から放たれる妖力が濃密になっていく。
コトリバコとはじめに対峙した時のような、頬を叩く妖気の風が二十面体からも迸る!
0029品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/08(水) 03:29:06.56ID:lRW9KwR5
>「総員、退避!何かに掴まって、絶対にその手を離さないでください!」

「一体何が起きとるっちゅうんや!」

言われるがままにすぐ傍の消火栓に掴まると、その警告の意味をすぐに理解できた。
『引っ張られる』。さながら地球の引力に引かれる林檎の如く、橘音の手にあるパズルの方へ。
パズルは既に魚から新たな形へうつりかわっていた。
門。閂が抜かれ、開かれた先に広がる景色は商店街のものでも――現世のものでもない。

>「このパズルの名は『リンフォン』――」
>「凝縮された、極小サイズの地獄。地獄の門です」

「地獄やと……!」

>「何だよコレ……」

あの能天気に手足が生えたノエルですら、いつもの暢気を忘れて唖然としている。
リンフォン。極小の地獄。現世とそこをつなぐ門。
長く妖怪をやっていれば大抵の非常識には慣れたものであるが、その品岡をして最早ついていける気がしない。
そんなものが何故造られたのか。そして何故それが橘音の手にあるのか。

>「ネットオークションにも、結構お宝は隠れてるもんですね!」

「ガバガバやないか妖怪銀行!!」

そんなものを野放しにして、あまつさえ誰でも手に入る状況にあったことに戦慄する。
何の因果か橘音の手元に流れ着いたのは、ブリーチャーズはおろか世界にとっても幸運だったことだろう。
開け放たれた地獄の門。誰かが門を開く理由は、そこを通行させたいものがあるからだ。
地獄の門から色のない死者の手が伸びる。無数の亡者の腕は、転がるコトリバコを捉えた。

>ギィィィィィィ!!アガガガガギギイイイ――――――――ッ!!!!

赤子の叫びは、断末魔に変わった。
残った五つのコトリバコ達が必死の抵抗も虚しく、門の中へと引きずり込まれていく。
あの向こうに何があって、取り込まれた者がどんな目に遭うか……想像に難くないが、したくない。
やがて最期のコトリバコの叫びが門の奥に消えていって、無慈悲な音と共に門扉が閉じた。

>「あらよっと!」

橘音は再びパズルを組み換え、先程の逆回しのようにリンフォンが元の形に戻っていく。
小さく纏められたパズルがジェラルミンケースの中に収まって、ようやく妖気の迸りが鎮まった。

「こら確かに、東京滅びますな……」

引きずられる力が消え、地面に足がついた品岡の背筋にぶわりと冷や汗が浮いた。
人心地ついたのは門が閉じたからでもコトリバコが消えたからでもない。
あんな危険物を肌身離さず持ち続け、あまつさえ戦闘まで経た自分の悪運に対する安堵だ。

>「……さて……。これでコトリバコの漂白は完了しました。ミッション・コンプリートと言いたいところですが……」

漂白は確かに完了した。コトリバコという脅威は失せ、東京に再び平和が齎された。
しかし橘音は未だ警戒を解いていなかった。

>「まだ、お客さんがいるようです」

彼が視線を向けた先、傾きかけた陽光を背景に4つの人影がある。
少女と、女と、大男……それに性別不明の謎の影。
彼らが立つそこは雑居ビルの屋上。封鎖されたこの場所に常人が立ち入ることはできない。
――常ならざる者達。妖怪だ。
0030品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/08(水) 03:29:29.67ID:lRW9KwR5
>「ずいぶんと手こずったようですが……なんとか勝てた、という感じですわね。お疲れさまですわ、日本妖怪の皆さん?」

少女が心底愉快そうに声を上げる。
彼女は名乗るより先に、自分が何のためにここにいるかを明かした。
コトリバコを盗み出し、東京の一角で目覚めさせ、地獄絵図を創り出した張本人。
この狂乱の宴のホストにして、殺戮の企図者。

>「今日は貴方がたへご挨拶に伺ったのですわ。これから、わたくしたちが計画を成すにあたって。そのお断りを、ね――」
>「……宣戦布告とも言いますかしら」

(なんやコイツら……なんちゅう妖力しとんねん……!)

コトリバコにも劣らぬ叩きつけるような妖気の波濤は、再び消火栓に捕まらなければ吹っ飛びそうだとさえ錯覚する。
4つの人影、その一人一人が悍ましいほどの力と――悪意を漲らせている。

>「わたくしの名はレディベア。偉大なる『妖怪大統領』に仕え、その意思を伝える――大統領の名代ですわ」
>「この者は人狼(ルー・ガルー)のロボ。ジャック・フロストのクリス。そして……赤マントの怪人65535面相」

「大統領て……またえらくフカすやないか」

品岡は辛うじて声を出すが、殆ど虚勢に近かった。
低級妖怪にすぎないのっぺらぼうはこの巨大な存在感の前に掻き消えそうだ。

>「貴方がたが『東京ブリーチャーズ』なら、わたくしたちはさしずめ――」
「『東京ドミネーターズ』とでもいったところかしら?うふふふ……ふふふッ、あはははははは……!」

ブリーチャーに対する、ドミネーター。
漂白者と対峙する……『支配者』。

名乗りは言葉通りの宣戦布告だった。品岡達とレディベア達の目的は、明確に敵対関係にある。
足が震えてしょうがなかった。心の有り様は肉食獣に睨まれた子羊に近い。
満身創痍で、疲労困憊で、そもそも地力に差があって。勝てるわけがないと、生存本能が警鐘を鳴らす。
品岡の思考回路はいかにこの場を切り抜け逃げ切るかを主題として猛回転していた。

とにかく逃げねば。
踵を返し、全力でここから離脱すべく膝を曲げる。
橘音とアイコンタクトを取らんと横を見た刹那、その更に向こうで怒号が上がった。

>「ふざけっ……んじゃ、……ねぇーーーッッ!!」

怒りをぶち撒けたのは――祈。
コトリバコにさえ慈悲を向けていた彼女が、怒髪天を衝かんばかりに赫怒を漲らせる。

>「そんなくだらないことの為にあの子達を持ち出したのかッ!
  あの子達は……お前達が持ち出さなければせめて! せめて安らかに眠れたはずなんだ!!」
>「それに人も沢山死んだ!」

「あ……あかん……やめぇや嬢ちゃん!」

妖怪混じりの少女から膨大な妖気が吹き上がる。
祈が何をするつもりか、付き合いの長くない品岡にすらはっきりと分かった。
それは人として当然持ち得る真っ当な怒り。人の死を見慣れすぎた品岡が錆びつかせてしまったもの。
おそらく彼女はこの場の居る全ての者の中で唯一、生き残ることではなく戦うことを選んだ。
0031品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/08(水) 03:29:47.56ID:lRW9KwR5
>「――あの子達や、死んでいった人達の家族の前に引きずり出して、詫びさせてやる……!」

祈は跳んだ。
一本の矢と化した彼女は誰の制止をも振り切りビルを駆け上がって行く。
品岡にはそれが火に飛んで行く虫にさえ見えた。

>「うちの若い者が失礼な事を言ってすみません! こう見えて見た目通りのロリなんでどうか寛大な心でお許しを!
 つきましてはお近づきの印にナイスなニックネームを考えてやったから有難く拝命しやがることだな!」

「ああああ煽んなアホぉ!!」

祈の怒りに呼応してか、それとも持病の急性発作を起こしたのか、ノエルもまたノエル節全開で煽りを入れ、
妖力で創り出したブーメランをぶん投げる。

>「っ!? やめろ馬鹿野郎共!!」

尾弐の警告も間に合わない。
大人二人は顔を見合わせて、品岡は覚悟を決めざるを得なかった。

>「っとに、オジサン使いが荒ぇなガキ共は! 那須野、ムジナ……悪ぃが『この後』は任せるぞ!」

「だぁーから割に合わんっちゅうんや坊っちゃんの仕事はぁぁぁ!!」

尾弐がバス停を掴み、カタパルトの如く振り被る。
品岡はその根本、コンクリート製の土台へ向けて二発、銃弾を撃ち込んだ。
バス停が東京ドミネーターズに弾かれても、復元された二台の廃車が同じ速度で彼らを襲う。

「その大統領とやらに伝えとけボケェ!」

品岡はせめて、祈に向けられた敵意が自分に切り替わるよう声を上げる。

「うちのシマで商売やりたきゃショバ代揃えて持ってこいやぁ!!億やぞ億!ピン札以外でな!!」


【尾弐の投げるバス停に復元弾頭を撃ち込み、下から挑発】
0032那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/10(金) 18:22:04.62ID:PClQYrhY
東京に巣食う《妖壊》を漂白をするにあたって、種々の事件の裏で蠢く者の存在に気付いてはいた。
が、実際に対峙するのは今回が初めてである。
今まで決して表舞台に現れることのなかった者が、ブリーチャーズにその姿を見せた。
それはつまり――

――準備は万端、ってことですか……。

もはや、姿を隠す必要がなくなったから。東京を掌握し日本妖怪のすべてを支配下に置く用意が整ったという証左なのだろう。
正直に言って、どう考えても現在のブリーチャーズには彼ら――東京ドミネーターズを倒すことはできない。
永年封印指定呪具と戦い、一人の犠牲すら出さず勝てただけでも奇跡なのだ。
その上実力未知数の西洋妖怪たちと戦うなど、無謀にも程がある。そんなことは誰だって理解できるだろう。
実際、尾弐もムジナも。あのノエルまでもが戦闘を回避したいという気配を滲ませている。
橘音もそんなメンバーの無言の要求に応えるべく、マントの内側から新たな狐面探偵七つ道具を取り出そうとした。
……が。

>ふざけっ……んじゃ、……ねぇーーーッッ!!

そんな逃げ腰の空気を打ち破ったのは、祈の怒号だった。

>そんなくだらないことの為にあの子達を持ち出したのかッ!
>あの子達は……お前達が持ち出さなければせめて! せめて安らかに眠れたはずなんだ!!
>何が……『東京ドミネーターズ』だ。何が妖怪大統領だ……何様のつもりだっ……
>お前ら全員、今ここで――
>――倒して、
>――あの子達や、死んでいった人達の家族の前に引きずり出して、詫びさせてやる……!

魂を振り絞るかのような慟哭。
橘音は仮面の奥で双眸を大きく見開いた。
他の三人と同じく、橘音もまた化生としての永い生を歩むうち、喜怒哀楽といった感覚が鈍麻してしまっている。
祈の叩きつけるような激情は、そんな橘音にとっては何よりも眩しいものに映った。

損得よりも、正義か悪かを判断基準とする心。
他者の痛みを自らのもののように受け取り、憤る感情。
自身を満たす激情に身を任せ、行動する勇気。

浅慮ゆえの軽挙かもしれない。自らを律することができない、幼稚な衝動かもしれない。
……だが、それが尊い。
祈以外のブリーチャーズの全員が、それを理解している。だからこそ、祈の行動を力ずくで止めようとする者は誰一人いなかった。
それどころかサポートしている。きっと、メンバーの気持ちはひとつだったのだろう。
自分が遠い昔に失ってしまったもの。最初から持ちえないもの。
それを、なんとしても守らなければならない――と。

この場から一瞬で移動する道具なら、持ち合わせがある。万一漂白に失敗した場合にと用意していたものだ。
ほんの少し前まで、それを使おうとしていた。絶対的に不利なこの状況を打破するにはそれしかないと、そう思っていた。
しかし、一条の矢のようにドミネーターズへと迫る祈を見て、橘音はマントの内側で掴んでいたそれから一旦手を離した。

橘音は東京ブリーチャーズのリーダー兼ブレーンである。
ブレーンはいつ、いかなるときも冷静でなければならない。周囲がどれだけ熱狂していようと、氷のように冷徹に大局を見据える。
それが、メンバーの中で唯一直接戦闘の技能をまったく持たない橘音に要求される仕事だ。
だが。

――行けッ、祈ちゃん!

胸中で橘音はそう叫んだ。
半妖である祈だけが持つ、人間由来の豊かな感情。太陽よりも眩しい煌めき。
東京ブリーチャーズの中で、祈だけが持つその力が。
この状況に何らかの楔を打ち込むことができるのではないか――そう、期待したがゆえに。
0033那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/10(金) 18:26:51.92ID:PClQYrhY
かつてないほど妖気を漲らせた祈が、身軽な跳躍から瞬く間にビルの屋上へと到達する。
祈を援護すべくノエルの放った巨大な氷のブーメランが、尾弐の投げつけたバス停が、ムジナの撃った銃弾が、西洋妖怪を襲う。

>まずはそこのロリババア! 全身真っ黒でテディベアってことは正体熊?

「だっ、誰が熊ですかしらっ!?『レディ・ベア』!テディベアではありませんことよ、イントネーションは合っていますけれど!」
「下等な雪妖ごときが……!脳の代わりに、頭に雪が詰まっているのかしら!?」

ノエルの挑発にレディベアが律儀に反応し、地団太を踏む。煽り耐性は低いらしい。
巨大ブーメランが弧を描き、唸りをあげながらレディベアへ接近する。ブーメランのエッジは剃刀よりも鋭利な刃だ。
ノエルのありったけの妖力を振り絞った、斧の重量と刀の切れ味双方を兼ね備えたブーメラン。
命中すれば、レディベアの華奢な胴体など一撃で真っ二つであろう――が。

「下等な雪妖で悪かったわね」

ずい、とレディベアの前方に真っ白な出で立ちの女――クリスが進み出る。
クリスは猛転するブーメランを一瞥すると、軽く右手を虚空にかざした。
その手の先に出現したのは、ノエルが造ったものと寸分たがわぬ氷のブーメラン。
クリスが上体を大きく捻り、自らの生み出したブーメランを投げつける。
ふたつのブーメランは空中で激突すると、パキィィィィンッ!!と澄んだ音を立てて砕け散り、氷華を撒き散らして消滅した。

「ふふん!よくやりましたわ、クリス!」
「……レディ。大統領には従うけど、アイツへの手出しは許さないよ。アイツはアタシの――」
「わかっていますわ、アレは貴方の好きになさい。まったく、過保護というかなんと言うか」
「ファザコンのアンタに言われたくないんですけど?」

真っ白な髪を一度かき上げると、クリスはノエルを見た。
ソーセージだ偽乳だとある意味一番ひどい罵倒をされたクリスだが、特に不快に思っているふうでもなく、それどころか微笑んでいる。
と、そこへ攻撃の第二波――尾弐の投げたバス停が飛んでくる。
クリスの氷雪を操る力では、氷のブーメランを相殺することはできてもバス停を止めることはできない。
しかし――

「女子供はすっこんでな!今度はオレ様の番だぜ……ゲァッハハハハハッ!!」

野太い右腕でレディベアとクリスを押しのけると、ロボが前に出る。
命中すれば大ダメージ必至のバス停に真っ向から対峙し、左の口角を笑みに吊り上げる。――長大な犬歯が唇から覗く。
ロボは左腕を突き出すと、尾弐が渾身の力で投擲したバス停のポールを難なく受け止めた。
そして、バス停を棒切れか何かのように一度振り回すと、その先端で尾弐を指す。

「おいテメェ!テメェだよ、そこのデケエの!女子供と優男にゃ興味ねえ、オレ様と遊ぼうぜ!」
「テメェは少っしぱかり骨がありそうに見えるしな……。引き裂かせろ、噛み砕かせろ!頑丈さにゃ自信があるンだろう?」
「オレ様も頑丈さにゃ自信があってな。テメェみてえなヤツを見ると、いてもたってもいられねえ!」
「遊ぼうぜ、どっちかがくたばるまで……この『ジェヴォーダンの獣』狼王ロボとよ!!」

そう一方的に言うと、今度は持っていたバス停を尾弐へと投げ返す。
ロボは新しいオモチャでも見つけたかのように尾弐に注視している。飛来する銃弾には見向きもしない。
仮にそれを把握していたとしても、飛んでくる二台の廃車を受けとめるのは困難に違いない。
それが命中したなら、倒せないまでも牽制程度にはなるか――そう思われたが。

「………………」

次に出てきたのは、赤いマントの怪人だった。
怪人が言葉もなくロボの前に立ち、銃弾から廃車へと戻ったムジナの弾頭に対して、マントを大きく広げる。
首から下をすっぽりと覆い隠していた、血色のマント。
その中には『何もなかった』。
胴体も何も存在しない。あるのはただ、夜の帳よりも昏い無窮の闇。
くろぐろとした空間が、さながら宇宙空間のようにその口を開いている。
ムジナの撃った二台の廃車が、マントの内側に吸い込まれてゆく。
赤マント――怪人65535面相、改めカンスト仮面(ノエル命名)がマントを閉じる。
これで自分の役目は終わり、とばかり、カンスト仮面は前に出たときと同じく、滑るように後ろへ下がった。
0034那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/10(金) 18:31:27.28ID:PClQYrhY
祈がビルの屋上に到達する。それを迎え撃つのは、クリスやロボら三人ではない。
『妖怪大統領』の名代を自称する、漆黒の少女レディベア。
レディベアは前髪の間から覗く右眼を炯々と輝かせると、トラバサミのようにギザギザの歯を剥き出して笑った。

「怒りに任せて突進とは――無謀、無知、無策の極致ですわね!」

豁然と開かれた右眼から迸る、雷撃めいた黄色の光線が、祈を直撃する。
だが、それは祈の命を奪うものではない。代わりに強烈な眩暈が祈を襲う。
自分がどこにいるのか、上を向いているのか下を向いているのか。それさえ分からなくなってしまうほどの平衡感覚の異常。
ドミネーターズに一矢報いるどころか、立っていることさえおぼつくまい。

「貴方、言いましたわね……人が死んだと。――それがどうかしまして?」

緩く腕組みし、レディベアが祈を見下ろして言う。

「言ったはずですわよ?わたくしたちは『宣戦布告に来た』と。それはつまり、戦争をしに来たということ」
「戦争で人が死ぬのは、当然のことではなくて?」

長い睫毛に彩られた大きな右眼が、禍々しい笑みを形作る。

「戦争したくない、犠牲者を出したくないというのなら、わたくしたちに跪きなさい。そうすれば、余計な被害は出ませんわ」
「わたくしたちは『東京ドミネーターズ』。目的は殺戮ではなく、支配することなのですから」

コトリバコを使っての殺戮劇は、自分たちの強大さをアピールするための示威行為であったと言外に告げている。
そして、あくまで従属することを拒むのなら、もっと犠牲者が増えるであろうということも――。

「とはいえ。今すぐ結論を出せとは言いませんわ。貴方たちにも考える時間は必要でしょう?尤も、選択の余地などありませんけれど」
「先にも言った通り、今日はほんの挨拶。戦うつもりはありませんわ……妖怪大統領は慈悲深いのです」
「無知蒙昧な土着妖怪の貴方たちには、俄かには理解できないことでしょうが。これは貴方たちのためでもあるのです」
「貴方たちは、2020年に妖怪大統領をこの地にお迎えしたときのセレモニーのことでも考えていればよいのですわ?」
「そして、あの御方を実際に目の当たりにしたとき。貴方たちは心から思うでしょう、『この御方に支配されてよかった』と……」
「なぜなら、あの御方こそ――この惑星すべての妖怪の頂点に立つ!究極の妖怪なのですから!」

両手を大きく広げ、あたかも神を讃えるように、レディベアが熱狂的に『妖怪大統領』を賛美する。
他の三人の妖怪も、それに異を唱えるようなことはしない。それだけ妖怪大統領が桁違いに強大な存在ということなのだろう。

「繰り返しますが、今日は挨拶のみ。卑小な妖怪が牙を剥いたからと、前言を撤回して武力を行使するのは支配者として下の下」
「――よって、今日の無礼については大目に見ましょう。躾のなっていない犬は、おいおい仕込んでいけばよいのです」
「特別の温情によって、暫時の猶予を差し上げますわ。次に会うまでに、自分たちの身の振り方を考えておきなさい」
「偉大なる『妖怪大統領』に傅き、あの御方のために働く栄誉を享受するか。それとも滅ぶか……楽しみにしておりますわ?」
「では――ごきげんよう、東京ブリーチャーズの皆さん!」

ひとしきり高笑いすると、レディベアはおもむろに踵を返した。カンスト仮面が大きく広げたマントの中へ入ってゆく。

「クク……オレ様が遊びに行くまでくたばるなよ?骨のねえ妖怪は殺し飽きたんでな!」
「……また会いましょ。近いうちに、ね――」

レディベアに続いてロボが、そしてクリスが赤マントをくぐってビルの屋上から消える。
最後に赤マントがバサリとマントを翻すと、四人の『東京ドミネーターズ』は跡形もなく消え去った。
0035那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/10(金) 18:37:45.45ID:PClQYrhY
「……立てますか?」

メンバーを伴って雑居ビルに入り、屋上に到達すると、橘音は祈に右手を差し出した。
それからノエルと尾弐、ムジナの方を見る。

「どうやら……お目溢しをしてもらえた、ということのようですね。ラッキーでした、アハハ……」

笑ってはみるものの、ドミネーターズが祈やノエルの挑発に乗っていたなら全滅は必至だった。
文字通り、首の皮一枚でなんとか生き残ったという状況である。
力の差は歴然としていた。仮にこちらが万全の状態だったとしても、ドミネーターズに勝てたかどうか。
よくて相討ち、最悪ひとりも倒すことなく全滅となっていたかもしれない。

「東京ドミネーターズ……また、厄介な相手が現れたものですね」

彼ら西洋妖怪が東京を制圧しようと目論む、その理由はわかっている。
それは、おいおいメンバーに説明しなければならないだろう。
今は説明よりもしなければならないことがある。コトリバコとの戦いで傷ついた身体を癒し、疲労を回復させなければならない。
レディベアは猶予をやると言ったが、具体的にいつまでと期限が切られたわけではない。
いきなり明日また姿を現して、結論を迫ってくるかもしれないのだ。
それに、この商店街に入ってかなり時間も経っている。そろそろ、警察や救急隊が痺れを切らす頃だろう。
となれば、早急にこの場から立ち去る必要がある。

「彼らへの対策や今後のボクらの方針については、また後日相談しましょう。とりあえずは、ミッション・コンプリートです」

メンバー全員に告げる。しかし、こんなものが勝利でないことは全員が骨身に沁みて分かっていることだろう。
特に、祈にとっては。コトリバコは救ってやれず、東京ドミネーターズにも大敗を喫した。
橘音にノエル、尾弐、ムジナら妖怪は長生ゆえに悔しい、つらいといった感覚に乏しいが、多感な中学生の祈はそうではない。
他者の痛みを敏感に受け取り、それを妖力に変えてレディベアへ食ってかかった祈だ。
一矢も報いることができなかった無念は、察するに余りある。

「…………」

橘音は祈を見た。そして、ごそ……とマントの内側をまさぐる。

「悔しいですか?祈ちゃん」
「それなら、その気持ちを決して忘れないように。大切に胸の中に抱いて、次の機会に――彼らにぶつけてあげなさい」
「それが、コトリバコの呪詛によって亡くなった人々の。そして……コトリバコそのものの救いにもなるのですから」
「……これ。あげます」

橘音はマントの内側から右手を出すと、何かを親指と人差し指でつまんで祈に見せた。
それは、からからに干からびた小さな指。

「ハッカイのコトリバコの中に入っていた、赤子の指です。リンフォンに吸い込まれる直前にくすねておきました」

しゃあしゃあと言う。さらに橘音はマントから消しゴム大の寄木細工の小箱を取り出し、指をその中に入れて差し出した。

「これだけなら、キミの身体に害はありません。コトリバコを想うなら、持っているといいでしょう」
「想いに境界や限界はありません。キミの優しい気持ちが――いつか、コトリバコに真の安らかな眠りを齎すことができるように」

他に方法がなかったとはいえ、コトリバコを問答無用で地獄に放逐したことに関して、橘音も何も感じていないわけではない。
ゆえに。せめて祈がその小さな箱を大切に所持することで、コトリバコたちの安寧を図ることができればと願った。
人の心から生まれる、強い想い。
それは何にも勝るエネルギーだ。想えば想うほど、大切にすればするほど、その力は無限に増してゆく。
そして、祈が今回の事件を忘れず。犠牲になった人々の、コトリバコの魂の安寧を、心の底から願い続けるなら――
地獄に墜ちたコトリバコ、その材料となった赤子たちの魂も、必ず救われることだろう。
そう。

想いの力は、きっと伝わる。他者を慈しむ祈の優しい心が、そこにある限り。
0036那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/10(金) 18:41:48.24ID:PClQYrhY
仕事を終え、仲間と別れ事務所に戻ってきた橘音は、後ろ手にそっとドアを閉めた。
そして。

「…………ぷは〜〜〜〜〜!!!あ、危なかった……!」

大きく息を吐くと、そのままずるずると閉めたドアに背を預けてくずおれる。
と同時、着込んでいる学生服の裾からボトボトと何かが落ちた。
護符だ。それもひとつやふたつではない、夥しい数である。
大日如来、降三世明王、孔雀明王、普賢菩薩、摩利支天等々有力な仏の護符をはじめ、ヒンドゥーやキリスト教の護符も見える。
コトリバコとの戦いに赴く前に、橘音はあらかじめ呪詛防御のための護符を学生服の内側にびっしり装着していたのだ。
誰も見ていないのをいいことに、だらしなく両脚を投げ出した格好のまま、橘音はズボンに手を入れて軽く下腹部に触れた。

指先に、ぬるりとした感触。……濡れている。
血だ。

これだけの数の護符を身に纏っていたというのに、それでもコトリバコの呪詛を防ぎきるには足りなかったということらしい。
橘音がゴホウと接触していたのは、一分にも満たないごくごく僅かな時間。
だというのに、橘音の下半身は真っ赤だ。戦闘のお蔭で血のにおいを他のメンバーに気付かれなかったのは僥倖だった。
あともう少しでも接触を許していたとしたら、橘音も臓物をぶちまけていたかもしれない。そう思うだけで背筋が凍る。

「げに恐るべきはコトリバコ……永年封印指定呪具の名は伊達じゃないですね……」

今頃になって感じるようになってきた痛みに息を喘がせながら、それでも小さく笑う。
無傷とまではいかなかったが、呪詛は水際で阻止した。もう、これ以上呪詛に身体を侵されることはない。
妖怪の治癒能力があれば、二、三日も静養していればすっかりよくなることだろう。
コトリバコの呪詛を至近距離で喰らっても耐え切れたのは、狐面探偵七つ道具のひとつマヨイガマントと、護符の力。
しかし、何より――

「これのお蔭、ですか……」

橘音は下腹部から何かを剥がすと、それを自分の顔の前にかざした。
それは、血にまみれた一枚の封筒。
コトリバコとの戦いの直前、破魔の刃だとして尾弐がくれたものだった。
橘音は最後の砦として、自らの下腹部に直接尾弐の封筒を貼り付けていた。
それが霊験あらたかな護符の防御を突破してきたコトリバコの呪詛を、土壇場で食い止めてくれたのだ。

「……ふふ……。助かりましたよ、ありがとう――クロオさん」

事務所のブラインドから差し込む月明かりに、血まみれの封筒を透かして眺める。
闇の中で束の間、常から身に付けている狐面を外すと、橘音は目を細めて封筒に触れるだけの口付けをした。
0037多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/03/12(日) 19:33:02.22ID:yHZW3NuF
 激昂の果てに膨れ上がる、祈の妖気。
雑居ビルの屋上に立つ『東京ドミネーターズ』に今にも飛びかからんとする祈を押し留めたのはこんな言葉だった。
>「うちの若い者が失礼な事を言ってすみません! こう見えて見た目通りのロリなんでどうか寛大な心でお許しを!
 その言葉はノエルの声で形作られていた。
 なんでこんな奴らに謝るんだと、非難めいた目線をノエルへと向けた祈だが、
>つきましてはお近づきの印にナイスなニックネームを考えてやったから有難く拝命しやがることだな!」
 ノエルの閉じられた片目に、送られた合図に、その意味を理解する。
コトリバコ討伐に向かう前、留守番宣告を食らった祈がしょげていた時も、ノエルはそんな合図を送っていた。
そしてその後は橘音に猛抗議してくれたのだった。だから分かる。これが“任せてくれ”という合図だと。
 祈は小さく頷くと共に、頭がほんの少しだけ冷えたことを自覚する。
(御幸。あんたは最高の友達だよ)
 止めないでくれてありがとうと、祈はそう思う。
>「まずはそこのロリババア! 全身真っ黒でテディベアってことは正体熊?
>まあいいや、そのアンニュイな前髪は鬼○郎ヘアー、……いや、あれは出てるのが右だから逆鬼○郎ヘアーで決まり!」
 ノエルはレディ・ベアを皮切りに、ドミネーターズの面々へと次々にニックネームを授けていく。
>「だっ、誰が熊ですかしらっ!?『レディ・ベア』!テディベアではありませんことよ、イントネーションは合っていますけれど!」
>「下等な雪妖ごときが……!脳の代わりに、頭に雪が詰まっているのかしら!?」
 レディ・ベアなどはそれがなかなかに堪えたようで、律儀に言い返してきた。
見たか。聞いたか。これが『東京ブリーチャーズ』が誇る世界最高峰のノエリストが放つ渾身の挑発だ。
ノエルの挑発を耳で聞きながら、祈は僅かに前傾姿勢になり、足指に体重を乗せ、その時を待った。
そしてノエルが両手を天に掲げ、巨大な氷のブーメランを造りだし、
>「どっちにしてもその巨乳は偽物……というわけで偽乳特選隊だぁああああああああ!」
 そう言って投げ放つのが合図だった。
 祈は放たれた矢の如く疾駆する。目の端に、尾弐や品岡の動きを捉えながら。
 ブーメランが描く軌道とは逆側に回り、自分から一番近い店舗をよじ登って、
雑居ビルの壁を三角飛びの要領で蹴り上がり、換気扇や水道管などを足場にして、飛ぶように移動する。
人からはまるでスーパーボールが跳ねているようにすら見える速度で、雑居ビルの壁面を駆けあがっていく。
 かくして、――二秒半。あるいは三秒に満たぬ時間で、祈は彼女等、東京ドミネーターズの背後へと回り込むことに成功した。
 氷のブーメランに釣られたであろうドミネーターズの視線。
それに隠され、本命にすら映るであろう尾弐によるバス停の投擲。
更に、そこまで見ていない祈は知る由もないが、品岡の銃弾による仕込みもある。
それぞれが炸裂すれば、恐らくは勝ち目の一つ、否。一矢報いるだけの隙が生じるであろう、祈はそう考える。
狙うはドミネーターズの指揮を執っているであろうレディ・ベアだ。
彼女と言う組織の頭を潰すことで、“東京侵略など到底不可能である”とそう思わせなければならない。
 猫科の動物が狩りをする時のように、あるいは短距離走の選手のように身を低くし、走り出そうと構えた祈は、それを目撃する。
ノエルが力を振り絞って放った氷のブーメランが、白き女の造りだした同質のブーメランによって儚く砕かれる様を。
尾弐の投擲したバス停が人狼に容易く受け止められ、品岡が仕込んだ圧縮された車の弾丸すらも、
赤マントの内側に、暗闇の彼方へと消えてしまった。
 そして自らは、レディ・ベアの瞳と目を合わせてしまう。
0038多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/03/12(日) 19:41:55.87ID:yHZW3NuF
>「怒りに任せて突進とは――無謀、無知、無策の極致ですわね!」
 ギザ歯を剥き出しにして笑み、黒いツインテールを揺らしながら、ゆるりと祈へと振り返るレディ・ベア。
その片瞳に浮かぶ黄の光を見た瞬間、天地が逆転したのかと思う程の強烈な眩暈を祈は覚えた。
――祈がどれほど足が速かろうとも、光の速度で放たれる攻撃を避けることはできない。
 祈が、自分が倒れている事に気付いたのは、雑居ビル屋上の床があまりに顔に近い場所にあり、
頬に鈍い痛みを覚えたからだった。
眩暈によって平衡感覚を失った体は、体重や力の配分がめちゃくちゃになり、横向けに倒れてしまったのである。
 ぐるぐると回る視界。体を波に揺さぶられるような錯覚。
恐らくは橘音と同様の、目から放つ幻術の類を掛けられたのだと祈は察するが、時既に、遅過ぎた。
 歩み寄ってくるレディ・ベアを視点も定まらぬまま祈は見上げるしかない。
「なに、しやがっ……」
 祈の言葉を遮るように、レディ・ベアが口を開く。
>「貴方、言いましたわね……人が死んだと。――それがどうかしまして?」
 レディ・ベアは本当に、『その程度のことがどうしたのか』とでも言いたげな口調で言う。
「それがどうかしたかって、お前っ……!」
 強烈な眩暈が頭を襲っているのに、レディ・ベアの声は良く通って聞こえた。
そういう術なのかもしれなかった。祈の逆鱗を逆撫でするその言葉は、次々紡がれていく。
>「言ったはずですわよ?わたくしたちは『宣戦布告に来た』と。それはつまり、戦争をしに来たということ」
>「戦争で人が死ぬのは、当然のことではなくて?」
「勝手な、こと、言うな……」
 これはドミネーターズを名乗る者達が勝手に始め、それを戦争と称しているに過ぎない。
そんなものに無関係な人々を巻き込んで、挙句死ぬのが当然などと言って良い道理など、どこにあるものか。
 祈は拳をきつく握り、足に力を込め、なんとか立ち上がろうとするが、
しかし天も地も分からず、世界が揺れるように感じられる今、
それは生まれたての仔馬が立ち上がろうとしているような覚束ないものにしかならず。
どうにか四つん這いのような恰好までは持っていったものの、
腕の力が再びがくりと力が抜けて、無様に転がることになる。
「くそっ……くそッ!」
 地面にただ、倒れ伏す。
祈にできるのは精々、レディ・ベアを恨めし気に睨むことだけだった。
 レディ・ベアはそんな祈を見て何を思っただろうか。祈を見下ろしたまま淡々と言葉を重ねていく。
その言葉の数々は、従属するならばこれ以上余計な犠牲者を出さないと言う、“悪魔の囁き”と。
今回はは見逃してやるという、“慈悲の皮を被った気まぐれ”と。
言外に、逆らうならばもっと犠牲者を出すぞと脅迫し、選択肢を潰しておきながらも、
敢えて従属か抵抗かを選ぶだけの猶予を与えると言う、“底意地の悪さ”と。
そして大部分は『妖怪大統領』への“陶酔”で構成されていた。
 レディ・ベアは両手を広げ、妖怪大統領への賛美の声を上げる。
>「では――ごきげんよう、東京ブリーチャーズの皆さん!」
 そうしてレディ・ベアは楽し気に全てを語り終えると、踵を返して、祈の前から去っていく。
きっとかの女は言葉を違えないだろう。
恐らくは彼女が崇拝する妖怪大統領が掲げる『支配』の為に、
戦争と称して、また多くの被害を出す。人から生活を、幸せを奪う。それは許されざることだ。
この妖怪は、危険だ。必ず倒さなくては。
 その後ろ姿を定まらぬ視線で追いながら、祈は言う。
「おまえっ、は……必ずあたしが……」
 赤マントに吸い込まれて、レディ・ベアの姿が掻き消える。
どうやらそのマントの内側は別のどこかへと繋がっているらしく、
残されたドミネーターズのメンバーも、赤マントの広げたマントを潜ると跡形もなくこの場から消えてしまった。
赤マント自身も、また。
それに伴って、祈を包む世界が回っているような、体を揺らされているような感覚が徐々に消えていく。
0039多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/03/12(日) 19:49:22.62ID:yHZW3NuF
 悔しさに歯噛みし、ようやく感覚がほぼ正常と言えるまでに戻った頃。
>「……立てますか?」
 気付けば、橘音が祈の傍らに立っていて、右手を差し伸べている。
他のブリーチャーズの面々も雑居ビルの屋上へと上がって来ていた。
「……うん。ありがと」
 いつまでもみっともなく倒れている姿を仲間達に晒す訳にもいかないので、
祈は橘音の右手を掴んで立ち上がる。
立ち眩みがしたように僅かにふらついたものの、今度はどうにか立ち上がることができた。
>「どうやら……お目溢しをしてもらえた、ということのようですね。ラッキーでした、アハハ……」
 ブリーチャーズを見渡しながら、橘音。
>「東京ドミネーターズ……また、厄介な相手が現れたものですね」
>「彼らへの対策や今後のボクらの方針については、また後日相談しましょう。とりあえずは、ミッション・コンプリートです」
 ミッションコンプリート。今日の任務は全て終了し、災厄は去った。
その言葉を聞いても、今日に限っては何ら嬉しさはなかった。項垂れたままの祈に、橘音は声を掛ける。
>「悔しいですか?祈ちゃん」
「……うん」
 祈は頷く。何もできなかった。止められなかった。
 誰の仇も討てず、ドミネーターズがこれから出すであろう被害を未然に防げなかった。
そして、仲間達は命を危険に晒しながら自分と一緒に戦ってくれた筈だというのに、
一矢報いることすらできず無様に転がっていた。申し訳なくて、情けなくて、悔しくて、堪らなかった。
>「それなら、その気持ちを決して忘れないように。大切に胸の中に抱いて、次の機会に――彼らにぶつけてあげなさい」
>「それが、コトリバコの呪詛によって亡くなった人々の。そして……コトリバコそのものの救いにもなるのですから」
 祈はこくりと、無言で小さく頷く。
>「……これ。あげます」
 そんな祈を見かねてか、橘音はマントの内側から枯れた木の枝の端を思わせる何かを取り出して祈に見せた。
祈が、それがなんであるかわからずにいると、橘音がその正体を語った。
>「ハッカイのコトリバコの中に入っていた、赤子の指です。リンフォンに吸い込まれる直前にくすねておきました」
「指……」
 軽く言ってのける橘音だが、だとすれば、恐るべき早業だった。
コトリバコの指を失敬するとなれば、ハッカイが付喪神として顕現し、寄木細工が開く僅かな間を狙うしかない。
その瞬間を見逃さず、祈の目にも留まらぬ速さで盗んで見せたというのだ。
しかもリンフォンの門の一番近くにいたはずの橘音は、地獄の烈風に誰よりも晒されていた筈である。
その中でくすねたと言うのだろうか。それともぎりぎりまで門の裏にでも隠れていたのだろうか。
だがそのどちらであれ、困難であったことに違いはなく、流石は狐面探偵、那須野橘音と言った所であろう。
 橘音は消しゴム程の大きさの小箱を取り出すと、コトリバコの指を中に納め、祈に差し出した。
>「これだけなら、キミの身体に害はありません。コトリバコを想うなら、持っているといいでしょう」
>「想いに境界や限界はありません。キミの優しい気持ちが――いつか、コトリバコに真の安らかな眠りを齎すことができるように」
 祈はそれを両手で受け取る。
今日は良く涙が出る日だな、なんてことを思いながら。
祈の両目からはボロボロと涙が零れた。
誰も救われない、誰も救えない戦いだった。
そのことに胸が潰れそうになっていたが、その言葉で少しだけ、救われた気がしたのだった。
0040多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/03/12(日) 20:01:48.77ID:yHZW3NuF
 その夜。仲間たちと別れてアパートへと帰った祈は、荷物を置いて先に風呂に入ることにした。
洗面所で、穴あきのボロボロになったパーカーを脱いで、散々迷った末に捨てることに決めた後、
ようやく妖力を込めて品岡から渡された、腕輪状の札を引き千切る。
 すると術を施された時と同じように下半身の感覚が消え失せて、それが戻る頃には、
ショートパンツの中に“あったもの”がちゃんとなくなっている感触があり、――深く、安堵する。
 シャワーを浴び、石鹸を含ませたスポンジで今日の汚れを落とす。
体の様々な所が痛んだが、暖かい湯を張った湯船に浸かると、それが少し和らぐ気がした。
 風呂から上がって、体をタオルで拭く。ラフな格好に着替え、髪をタオルで拭いながら廊下に出ると、
居間の扉から明かりが漏れていて、祖母が帰ってきていることに気付いた。
祈が風呂に入っている間に帰ってきたのだろう。居間の扉を開けると、祖母は夕食を作り始めているところだった。
 祖母は祈が風呂から上がったと見るや、今日の一件をどこで知ったのか、
鬼のような形相でなんて無茶をしたのかと祈を叱ったし、その頭を小突いた。
 しこたまターボババアに叱られ、暫くの後、祈は少し遅い夕飯にありついた。
肉が少なくジャガイモが多めの肉じゃがと、大麦の入ったご飯。
それにトマトやレタスなどが入った簡単なサラダが添えられていた。
 濃い味の筈なのにあまり味のしない夕飯を終え、歯を磨きいた後、
祈は自分の部屋へと戻った。畳の張られた小さな部屋だ。
その奥に畳まれた布団を敷いて、横になる。学習机の上には、小さな寄木細工が見えた。
 橘音は、想いに境界や限界はないと、そう言ってくれた。
 だとするなら。
 祈は起き上がり、コトリバコの指が収まった寄木細工を手に取った。
それを両手に持ち、胸元に抱き寄せると、両眼を閉じた。
「みんなが安らかに眠れますように」
 コトリバコ。地獄の責め苦に遭う赤子らが、そして彼らに殺された人々の魂が安らかに眠れるように。
ドミネーターズの被害に遭った人々の傷が早く癒えるように。ただ祈った。滅ぼされた八尺様の事も忘れずに。
 祈は寄木細工を枕元に置くと、部屋の電気を消し、布団を肩までかぶった。
今日は色んなことがありすぎて、心も体も疲れ果てている。
これから起こり得る戦いに備える為にも、寝て、体を休めなければならないのだった。
 不安は尽きない。いくら東京ドミネーターズを倒すなどと威勢の良いことを言った所で、
祈は妖怪の中では力のある方ではないし、事実、今日はそのドミネーターズに手も足も出なかった。
こんな自分が果たして、東京ドミネーターズの野望を阻めるのか。人々を守りきれるのだろうか。
無力感が胸を占め、強くなりたい、そう願う。
(こんな時、誰かに手を握って貰えたら心強いのかな)
 ふと、自分の傍にいない両親を思い描いた。顔もおぼろげな両親は、
記憶の中で祈に優しく微笑んでいる。
 次いで思い浮かぶのは、ブリーチャーズの面々の顔だった。
柔らかい笑みを浮かべたノエルや、ぶっきらぼうで頼もしい尾弐、色眼鏡を掛けたうさんくさい品岡。
そして狐面の探偵。その素顔を祈は知らないが、口元を見るに、優しげな顔をしている気がする。
そう言えばコトリバコに狙われてたけど、結局橘音は女の人なんだろうか。
それともやっぱり男の人なんだろうか。聞きそびれちゃったな。そんなことを考えながら祈は、
いつの間にか眠りに落ちている。
0041御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/14(火) 22:15:51.80ID:tajlspgp
>「だっ、誰が熊ですかしらっ!?『レディ・ベア』!テディベアではありませんことよ、イントネーションは合っていますけれど!」
>「下等な雪妖ごときが……!脳の代わりに、頭に雪が詰まっているのかしら!?」

>「下等な雪妖で悪かったわね」

まるでノエルを代弁するかのような、純白の女クリスの不可解な言葉。
のみならず、ノエルが投げたのと寸分違わぬ氷のブーメランを作り出しそれを相殺してみせた。
完コピ――だと!? いや、完コピとは下位の者が上位の者を模す時に使う言葉。
この場合は元から同じかむしろ逆。自分の方がコピーであるかのような錯覚すら覚える。

>「ふふん!よくやりましたわ、クリス!」
>「……レディ。大統領には従うけど、アイツへの手出しは許さないよ。アイツはアタシの――」

「一体何なんだ……! 僕はお前なんか知らない!」

強烈な違和感はすぐに耐えがたい恐怖へと変わり、両手で耳を塞ぎながら叫ぶ。
これ以上聞いてはいけない、考えてはいけない――踏み込んだら最後、僕が僕でいられなくなる。
心の中の何かがそう警鐘を鳴らす。
それなのに何故か見てしまう。意味深な微笑を浮かべたクリスと目が合う。
数瞬見つめ合ってしまってから露骨に視線を逸らして俯き、消え入りそうな声で呟いた。

「お願いだ、そんな目で見るな……」

ノエルがそうしている間に尾弐が投げたバス停は人狼ロボによって容易く投げ返され、
ムジナが仕込んだ銃弾廃車はカンスト仮面が広げたマントの中へとあっけなく消える。
そして祈もまた、レディベアの妖術の前に成す術もなく倒れ伏した。
彼女は動けない祈を前にして端から選択させる気のない選択肢を一方的に突きつけると、マントの中の空間へと消えて行った。
全てが終わってから橘音に伴われて祈を迎えに行く。

>「どうやら……お目溢しをしてもらえた、ということのようですね。ラッキーでした、アハハ……」

「その……ごめん……」

流石のノエルもしゅんとしている。
祈を危険にさらしまたもや尾弐に体を張らせてしまったことを反省しているようだ。
ノエルがノエっていない、これは由々しき事態である。

>「彼らへの対策や今後のボクらの方針については、また後日相談しましょう。とりあえずは、ミッション・コンプリートです」

重苦しい空気に少しだけ救いをもたらしたのは、橘音だった。
橘音は祈にハッカイのコトリバコの指の欠片を渡して言うのだった。

>「これだけなら、キミの身体に害はありません。コトリバコを想うなら、持っているといいでしょう」
>「想いに境界や限界はありません。キミの優しい気持ちが――いつか、コトリバコに真の安らかな眠りを齎すことができるように」
0042御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/14(火) 22:18:22.59ID:tajlspgp
ブリーチャーズの仕事から帰る時、仲間が一人また一人とそれぞれの帰途につき、いつも最後は橘音と二人になる。
同じ雑居ビルの住人なのだから当然と言えば当然である。
いつもはくだらない話などしながら帰るのだが、今日に限っては二人とも無言だ。
ノエルは辛うじて人間の姿をとっているものの、体温を上げることはおろか溢れ出る冷気を止めることすら出来ていなかった。
橘音に寒い思いをさせぬよう、またそれ程消耗していることを悟られぬように、少し離れて歩く。
1階のドアの前まで来て、これだけは言っておかねばと口を開く。

「橘音くん……ありがとう。おかげで僕の言った事、嘘にならずに済んだ」

もちろん橘音が祈に渡したハッカイの指とそれと共に贈った言葉のことだ。

「それと、君の天井は僕の床だから――」

いつも飄々としている橘音がいつになく弱弱しく、大きすぎるものを一人で背負っているように見えて。
言いかけてから、その続きの言葉に詰まる。

「僕はバカだしあんまり役に立たないかもしれないけど……160%橘音くんの味方だから……」

ブリーチャーズの勤務形態は画一的に決まっていないとはいえ、殆どの者は当然給料や報酬を受け取っている。
しかしノエルは何故かそれを何の疑問も持たずに無償のボランティアで行い、橘音も何故かそれを甘んじて受けているという謎の関係が成立しているのだ。
設定上存在する他のメンバーの間の一部ではあれは特殊関係人ではないかとあらぬ噂をする不届き者もいるが、もちろんそうではない。
そんなものよりずっと厄介な関係――献身だ。
献身と言えば崇高なものに聞こえるが、それはある意味では受ける側の迷惑も顧みない一方的で自分勝手なもので。
その上ノエルの橘音に対する献身は――往往にして、明後日の方向に暴走する。

「だから……橘音くんのこと全力で応援するからね!
僕の勘ではもうフラグは立っている……あのタイプはあとは押して押しておしまくれば落ちる!
言ってくれれば偶然を装ったセッティングとかいくらでも協力するから!
大丈夫! 渋谷区に住民票移せば何も問題ないよ! それじゃっ!」

意味不明の協力宣言を言い渡すと、返事も聞かずに店舗兼自宅に入っていったのであった。
そして2、3歩歩いたところで意識が遠のいてばったりと倒れる。
0043御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/14(火) 22:22:27.81ID:tajlspgp
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夢というものは常に混沌としたもので今回も例に漏れず――そこは「モニタリング空間」とご丁寧に貼り紙がしてある謎空間。
謎の姉妹のようにも見える二人組――銀髪外はねセミショートの残念美女と銀髪ロングヘアーの残念美少女がちゃぶ台を挟んで座って反省会(?)を繰り広げている。
二人とも青いストールを巻いていて誰かさんに似ている気がするが気にしないことにする。
そしてちゃぶ台の上には謎の黒い毛玉のようなものが乗っているのであった。
(便宜上、残念美少女をみゆき、残念美女を乃恵瑠と表記する)

みゆき「童達って実は今回結構危なかったのかなあ?
コトリバコ呪殺方法が内臓の破壊らしいけどそもそも童達って体の中身が割と謎仕様だし人間的な内臓なさそうじゃん」
乃恵瑠「内臓がないぞう、的な? でも奴らその辺あんまり深く考えて無さそうじゃない? クラッシュアイスになって死ぬんだよ、きっと」
みゆき「判定基準は単純にソーセージだったのかなあ、結局。呪いにしては妙に基準が物理的だよね」
乃恵瑠「呪いのターゲットを定める判断はそこでやってたみたいだけど実際に効くか効かないかはスピリチュアルな判定だったのかもよ?
現に気絶寸前まで削られたしね、謎仕様で血が出たりしないからダメージ受けてるのか受けてないのかイマイチ絵的に分かりにくいけど」
みゆき「クロちゃんの護符があったしきっちゃんがずっと囮になってくれてたしね」
乃恵瑠「なんでだろう、あの二人マジですごく自己犠牲したような気がするんだけど気のせいかな……」
みゆき「まさか。クロちゃんはマジでいい奴だしきっちゃんは禹↓歩↑いい男!……でいいんだよね?」
乃恵瑠「うーん……多分ね……」
みゆき「というわけで、童は出番みたいだからちょっと行ってくる」
乃恵瑠「行ってらっさい。2〜3日で戻ると思うけど一応見られないように気を付けてね。万が一見られた時の言い訳も考えて。
妾達の業界では正体がバレたらそこにいられなくなるのが鉄板らしいし……」
みゆき「小泉やくもっちゃん作の代表的原典とかツルッパゲの恩返しとか? でもなんでだろう?」
乃恵瑠「そりゃあツルッパゲがヅラで偽装してたことがバレたら恥ずかしすぎて逃げ出したくなるっしょ」
みゆき「なるほど――! そういうことか!」

そういうことだったの!? と心の中で突っ込むノエル。
ツルッパゲという言葉に反応して黒い毛玉がこころなしかプルプル震えているような気がするのは気のせいだろうか。
みゆきがとててて、という効果音が付きそうな感じでドアから出ていく。

゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚ 👀
Rock54: Caution(BBR-MD5:0be15ced7fbdb9fdb4d0ce1929c1b82f)
0044御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/14(火) 22:24:52.35ID:tajlspgp
「――はっ! なんだったんだ今のは……」

束の間の気絶から目覚めて……自分の声が妙に高く聞こえる。
立ち上がろうとして――袴風に着こなしていたスカンツの裾を踏んですっ転んだ。

「あいたっ!」

更に転んだ拍子に下半身の服が全部ずり落ちる。
幸い要所は上衣でギリギリ隠れて放送事故は回避していたのだが――全体的に尺がおかしくないかい?
顔にかかった長い髪を振り払いながら、僕は髪が長くはなかったはずだ、等と思いつつ。
そのまま立ち上がって姿見を見ると――

「なんじゃこりゃああああああああああああああ!」

放送事故ギリギリ回避の煎餅もおかきもあられも無い姿の美少女が叫んでいた!
ここで抜け目なく出番を察知した氷から出る湯気的なやつ、通称氷湯気が部屋中に充満して何も見えなくなる。続きは音声のみでお楽しみください。

「ど、どうなってるのかな……やっぱ無い……! それ無くなるのは祈ちゃんだけでいいんだけど!?」

何が無いのかというツッコミは厳禁である。

「いや、聞いた事があるぞ……これは激しく消耗して省エネエコ運転モードに突入したことによる一時的な幼体への退行現象……!
無くなったのはそれに伴う付随的な事象だ……!
え、何!? コトリバコとの戦闘の最中にこうなってたら死んでたの!?」

「でも果たしてコトリバコが破壊するという噂のあの臓器はあるのか!?
小泉やくもっちゃん作の我々の代表的原典を見るにそれに相当する器官はあると考えられる。
しかしあれは我々の業界では稀有な例外的事例であるからして普段からある必要は無く
いざ必要な事態になったら適当に生成される可能性も……。
……って”いざ必要な事態”って何やねん!? もう嫌だ―――――――――!」
0045御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/14(火) 22:28:18.34ID:tajlspgp
映像は見えないものの音声から察するに床をごろごろ転がっているようだ。
美少女の姿をした自らが変態的発言をしている事を自ら客観的に認識して興奮するという自給自足の永久機関に突入してしまったらしい。
コレはアカン――重症である。
そしてひとしきりノエった後、元に戻るまでの凌ぎ方を考え始めた。
ひとまず何故か持っていた和ロリ服に身を包み、「2〜3日旅に出ます、探さないで下さい」と下手糞な字で書いた貼り紙を店の玄関に貼る。
しかし階下の住人は凄腕探偵、何か怪しいと察して突入してくる可能性が否定できない。
冷凍庫から、消耗時の補給のために買い置きしてある高級アイスを取り出して食べながら思案する。

「うーん、どうしよう……そうだ! 名前はみゆき、ノエルの妹という設定にしよう!
あれ? それじゃあ御幸みゆきになっちゃうけど……覚えやすいしまあいっか!」

種族設定的に血縁関係が有り得んだろ、と一蹴されて終わりそうなガバガバ設定である。
逆に言えば種族全員皆姉妹とも言えるのだが。
全てにおいてツッコミどころしかないが、本人は物凄い名案を思い付いたような顔をしているのでそっとしておこう。
不意に、脱ぎ散らかしたままになっている服のポケットから白い封筒が出ているのに気付き、拾い上げる。
尾弐から渡された破魔の刃だ。

「あ、返しそびれちゃった……今度会う時でいっか」

とにかく上手い言い訳を思い付いたつもりのみゆきは、たくさんぬいぐるみが並べてある寝室に入っていく。
そして何の気無しに破魔の刃の封筒を枕元に置き、安心して布団に潜り込むのであった。
程なくして無駄に幸せそうな寝顔で寝息をたてはじめる。
特に妨害が入らなければ、次に目覚めたときには何事もなかったかのように元に戻っていて
「起きたら何故か女装をしていた」「美少女になった夢を見たんだ!」等と言い出すことだろう。
そしてそれは「ああ、また何か言ってるな」と軽く流され、真実に気付く者は誰もいないのである――きっと、多分!
0046尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/16(木) 23:36:12.33ID:gXDGXDB7
只のバス停は、人外の腕力によって投擲された事により、砲弾の如き兵器と化した。
手負いの状態で繰り出されたとはいえ、その威力は有象無象であればまとめて吹き飛ばせる程のものであったのだが

>「女子供はすっこんでな!今度はオレ様の番だぜ……ゲァッハハハハハッ!!」

「……片腕で止めるかよ」

一撃は、同じく片手によって容易く受け止められる事となった。
それを行ったのは、犬歯をむき出しにして獰猛に嗤う、ドミネーターズの一員である髭面の大男。
鋼の様な隆々とした筋肉を持つその男は、バス停をただの棒切れの様に片手で弄ぶと、
戦局など知らぬとばかりの闘志を、ブリーチャーズ――――その中の尾弐へとぶつけてきた。

>「おいテメェ!テメェだよ、そこのデケエの!女子供と優男にゃ興味ねえ、オレ様と遊ぼうぜ!」
>「テメェは少っしぱかり骨がありそうに見えるしな……。引き裂かせろ、噛み砕かせろ!頑丈さにゃ自信があるンだろう?」
>「オレ様も頑丈さにゃ自信があってな。テメェみてえなヤツを見ると、いてもたってもいられねえ!」
>「遊ぼうぜ、どっちかがくたばるまで……この『ジェヴォーダンの獣』狼王ロボとよ!!」

「……腰痛持ちのオジサンを買い被ってくださんな。
 あんたにゃ俺なんかより相応しい相手が世界のどっかにいるから、まずは地球の裏側辺りでも探しに行ってくれや」

暴風の様な赤色の妖気……捕食者の殺意を向けられた尾弐は、
しかし狼王ロボと名乗ったその男とは対照的に、心底嫌そうな――――苦虫を噛んだかの様な表情を浮かべると、
そのまま降参とばかりに右手を肩の高さまで挙げる。
その態度は恐らくは、相手にとっては不愉快なものであろう。
だが、尾弐とて好きでその様な態度を取っている訳でもない。単純に。

(二の矢……ムジナの三の矢まで潰されたときたら、後はもう言葉で注意を引く以外にねぇからな)

単純に、ノエルの放った氷の凶器を相殺し、尾弐の投擲したバス停を軽々と受け止め、
あまつさえムジナの放った廃車の弾丸でさえも消失させた。
そんな連中の注意を引き、祈が奇襲からの生存を勝ち取る為の手札が、言葉以外に残されていなかったからである。
本来であれば、言葉による手練手管は那須野やノエルの領分であるのだが、

(那須野は平気そうに見せてるが、ありゃ大分消耗してやがる。
 ノエルの奴も無理だ。理由は判らねぇが……多分、あの雪妖怪の女のせいだな)

命を全面に貼ったこの鉄火場を戦闘に向いていない那須野へと任せる事が、尾弐には出来ない。
行動不能になったノエルも同じく――――ならば、

「第一な、オジサンと遊ぶには猿と雉とモモタローが足りねぇだろ。犬っころ」

自身がその代役を務めるしかないだろう。

そして、その尾弐の言葉を聞いていたのかどうかは不明であるが、
狼王を名乗る妖怪は尾弐へと向けて、片手で弄んでいたバス停を投げかえしてきた。
0047尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/16(木) 23:37:15.51ID:gXDGXDB7
「っ……どんな馬鹿力してやがんだ……!!」

その一撃は早く、重い。それこそ、尾弐が投げた時よりも。
かろうじで受け止められはしたものの、推進力を自身の身体だけでは受け止める事が出来ず、膝をつく事になる。
アスファルトで舗装された尾弐の足元は、衝撃を間接的に受けた事で蜘蛛の巣状に罅割れ、陥没する。
正しく、地力の差を見せつけられた形である――――だが

隙は出来た。
注意を引く事は出来た筈だ。
ならば、祈の奇襲も『無事な形で』成功する筈。
そう思った。戦闘に長けた尾弐でさえも、そう思ったのだ。けれど


>「怒りに任せて突進とは――無謀、無知、無策の極致ですわね!」


奇襲は、失敗した。
彼の集団の頭目と思わしき少女は、その瞳から雷を彷彿とさせる光を放ち、空を駆ける祈を、撃墜したのである。

「――――祈っ!!?」

その光景に目を見開き、驚愕の声を挙げる尾弐。
宙を力なく落下していく少女の姿を見て、尾弐の体温は急速に下がり、
体から憎悪と憤怒が混ざった妖気が漏れ出ようとする……が。

>「なに、しやがっ……」

次いで聞こえた祈の声により彼女の無事を知った事で、尾弐はかろうじで自身の感情の動き……抑え込まねばならないそれを、抑え込む事が出来た。

>「特別の温情によって、暫時の猶予を差し上げますわ。次に会うまでに、自分たちの身の振り方を考えておきなさい」
>「偉大なる『妖怪大統領』に傅き、あの御方のために働く栄誉を享受するか。それとも滅ぶか……楽しみにしておりますわ?」
>「では――ごきげんよう、東京ブリーチャーズの皆さん!」

……
そしてその後。侵略者としての理論を述べたドミネーターズは、余裕と嘲笑が混ざった言葉を残し去って行った。
立ち向かった祈や、退治したブリーチャーズの心に澱を残して。
彼等に今すぐ滅ぼすべき障害と認識されなかったのは、きっと幸運であったのだろう。
だが、自分達の無力さを見せつけられた事が、幸福である訳も無く。

>「どうやら……お目溢しをしてもらえた、ということのようですね。ラッキーでした、アハハ……」
> 「その……ごめん……」

「……そう思うなら、二度とこんな無茶はすんなよ」

誰もが、眼前の敗北に打ちのめされている。
長い時を生きる事で感情が摩耗している尾弐でさえ、示された驚異の大きさに滅入っているのだ。
年若き祈に至っては、その心にかかった負荷はどれ程の大きさであろうか。
犠牲者は報われず、加害者は悠々と退場をする。
真実、後味の悪い結末。ただ、そこに救いがあるとするならば……

>「想いに境界や限界はありません。キミの優しい気持ちが――いつか、コトリバコに真の安らかな眠りを齎すことができるように」

それは、那須野が祈へと渡した、干乾びたコトリバコの赤子の指。
誰かが何かを救いたいという、想いが形になった物
誰かの心が救われる様にという、祈りが形になった物
0048尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/16(木) 23:37:58.43ID:gXDGXDB7
「……」

尾弐黒雄は、コトリバコ達が救済されるべきだとは思っていない。
永劫地獄で業火に焼かれる事こそが当然であり、それこそが被害者へのせめてもの慰めだと思っている。
けれど尾弐は、その思想を眼前の二人に押し付けようとは思わなかった。

失われた其れが例え悪であれ、生きた者達が彼等に悪意と敵意しか抱いてはいけないという道理は無いからだ。



だが

「――――ムジナ、話がある。悪ぃがちっとばかし面貸してくれ」

尾弐は知っている。純粋な白い祈りは、東京ドミネーターズの様な黒い悪意によって、容易く踏み躙られてしまう事を。
故に、その悪意からノエルや祈、或いは那須野を守る為には……きっと、悪意の泥を受ける者の存在が必要なのだと考える。

「ムジナ。はっきり言うが、俺はお前さんが苦手だ。思想、思惑、目的――――何より、底が見えねぇ」
「……だけどな、そんなお前さんだからこそ……俺が『怖い』と思うテメェだからこそ、頼んでみてぇ事が有る」

黒い泥に染まりながら泥を喰らい、いずれ泥と共に消え去る存在が必要なのだと、そう考える。

「もしもこの先――――俺が居なくなったら」
「お前があいつ等の事を守ってやってくれ」

そう考えるからこそ尾弐は……『泥』が消えた後の事を『泥を被れる』相手へ頼んでみる事を思い立った。
これは、尾弐黒雄という男がただの気まぐれで起こした行動である。
単なる仮定の話であり、断られようと了承されようと、どちらでも構わない持ち掛けだ。

「タダとは言わねぇよ。対価は、俺が居なくなった後の全財産……そこそこいい額になってる筈だぜ」
「まあ、割の良いバイトだと思って考えといてくれ。勿論、当分死ぬつもりはねぇけどな」

そうして言いたい事を好き勝手に言った尾弐は、一人で帰路に就く。
夕日と反対の方向へと向かって――――

―――――――――
0049尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/16(木) 23:38:20.71ID:gXDGXDB7
尾弐黒雄の経営する葬儀会場には、併設して建っている築20年程のアパートが有る。
間取りはトイレ風呂付の1DK。
古くは無く、さりとて新しくも無く。
本当にどこにでもある様な平凡なアパート。
そして、そのアパートの2階。奥の部屋に尾弐黒雄は居住している。

「……」

玄関扉のシリンダー錠を回し、自室へと踏み入る尾弐。
靴箱の横に設置されたスイッチを押し暗い室内を人工の光で満たすと、
彼は拝借してきたレザージャケットを脱ぎ、浴室へと放り投げた。
雨にでも振られたかの様な水気のある音を鳴らして重力に従い浴室の床に落ちたソレは、
含んだ赤色の液体を排水溝へと垂れ流していく。

「……」

そのまま浴室に入り、乱雑に傷口の汚れと付着した血液をシャワーで洗い流した尾弐は、
タオルで体を拭いてから、彼の部屋……一人暮らしの男の部屋としては意外にも綺麗……というよりは
物が無い室内へと歩を進め、救急箱から包帯を取り出して傷口へと粗雑に巻いていく。

「左腕は……数日ありゃあ、まあ動くか」

包帯を巻いた左腕は、相変わらず神経が断裂したかの如く力が入らない様であるが、
それでも少しづつ……妖怪としては余りに遅い速度ではあるものの、回復の兆しが見えいているらしい。
そうやって暫く体の調子を確信してから、尾弐は畳が敷かれた床へと体を倒した。
そのまま、何をするでもなく暫く天井を眺めていた尾弐であったが……突如、部屋に置き忘れていた携帯が鳴った。
尾弐は、寝転がったまま腕だけを動かし携帯を手に取ると、画面に表示された相手を確認してから耳に当てる。

「……あなたから連絡を寄越すたぁ、珍しい事ですね」

雑ではあるものの、尾弐という男にしては珍しい敬語。
電話先の相手は、それだけ格上の存在であるのだろう。

「まあ、あなたの事だ。状況は判ってんでしょうが……一応報告させて貰います」

「『東京ドミネーターズ』の戦力は想定以上。
 東京ブリーチャーズでの対処は極めて難しい――――少なくとも、目標の達成前に全滅する可能性の方が高い」

……そうして暫くの間、電話の相手と情報のやりとりを電話越しに行った後

「ええ、判ってまさぁ。俺も納得してるし、何よりそういう『契約』ですからね」

そう締め括り、尾弐は電話を切った。
再び訪れる室内の沈黙――――

暗転した携帯電話の画面に、一瞬。五本の角を持つ『青年』の姿が映ったが、尾弐がそれに対して反応する事は無かった。
0051品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/22(水) 00:00:17.56ID:wqtDd6Wt
【新宿区歌舞伎町・山里組事務所】

稲城市での酸鼻極まる殺戮劇からどうにか生還した品岡ムジナは、組の事務所で煙草を蒸していた。
日付を跨いだ今この時間、事務所に品岡を除く人影はなく、深夜の静謐に男の溜息だけが溶けていく。
現代ヤクザの朝は早い。7時の出勤時刻までは品岡がこの事務所の主だ。
別名、宿直とも言う。

「しんどかったのぉ……毎度のことやけど命がいくつあっても足らんとはこのことやホンマ」

中の綿がすり減ってしまって座り心地の悪い革張りソファに深く腰掛けて、ショートピースの煙を天に吐く。
コトリバコとの死闘、そして突如として現れた東京ドミネーターズとの邂逅……
あらかたの荒事には慣れたと思っていたが、こうして人心地つくともう膝に力が入らない。

ドミネーターズ。海の向こうから東京を『支配』しに来た者達。
その存在感も、妖力も、戦闘技術も、ブリーチャーズとは比べ物にならない上位の怪異共だった。
尾弐のバス停カタパルトをブラインドとした廃車の一撃でさえ、あの通称カンスト仮面は蝋燭を吹くように掻き消して見せた。
今日、品岡や橘音達が生き残れたのは彼らの実力や、まして奇跡や偶然が理由ではない。

――単純な、ドミネーターズの気まぐれ。
今はまだその時ではないという、何の保証もない理屈で生かされたに過ぎなかった。
ほんの一つボタンが掛け違えば、品岡は今頃『ケ枯れ』してその辺の浮遊霊の仲間入りを果たしていただろう。

>『――――ムジナ、話がある。悪ぃがちっとばかし面貸してくれ』

稲城市での戦いの後、尾弐は品岡に言った。

>『もしもこの先――――俺が居なくなったら』
>『お前があいつ等の事を守ってやってくれ』

尾弐が何を想って……何を覚悟して、品岡に頼みを託したのか、彼に判断する根拠はない。
だが、あの場で最も荒事に向いた男、武と暴力の体現者、『鬼』という怪異を宿す尾弐がそう言ったのだ。
尾弐をして、そう腹をくくる必要があった。その因果関係はノエルだってイコールで結び付けられる。
ドミネーターズという存在が、ブリーチャーズに刻んだ楔はあまりにも深く、強大だ。

>「タダとは言わねぇよ。対価は、俺が居なくなった後の全財産……そこそこいい額になってる筈だぜ」
>「まあ、割の良いバイトだと思って考えといてくれ。勿論、当分死ぬつもりはねぇけどな」

自営業の尾弐が言う『全財産』とは、斎場などの不動産を含めた全てを指す言葉だ。
この東京で、"土地"は何よりも価値のある財産――品岡のような土地転がしを生業とするヤクザからすれば特に。
尾弐にとっての文字通りの全てを、対価として譲る。金銭的にはこの上ない、不相応とさえ言える報酬。
喉から手がでるほどにほしいもの。

「……そらまた、えらく割に合わん仕事ですな」

しかし品岡は肩を竦めてそう返した。
尾弐から託されたものは、覚悟は、きっと百億を積まれたところで割りに合わない代物だろう。
尾弐がそう簡単に居なくなるわけがないというやっかみ混じりの信頼もそこに数えて良い。

――居なくならせはしない。品岡が力及ばなくても、きっと橘音やノエルや祈がそれを望む。
人に望まれて生まれる怪異がいるのなら……怪異に望まれて生きる怪異がいても良いはずだ。
0052品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/22(水) 00:00:46.23ID:wqtDd6Wt
二本目の煙草が灰になった頃、ガチャリと鍵が回って事務所の扉が開いた。
品岡は弾かれたようにソファから飛び上がって腰を落として膝に手を当てるヤクザ式の敬礼。

「おつかれさんです、オヤジ」

「なんやジブン一人かいなムジナ。最近のヤクザは定時に帰りたがってアカンな」

乱雑にドアを開けて入って来たのは長身に上品なスーツを着込んだ壮年。
オールバックに固めた髪の下、額には大きく一筋の刀傷が走っている。
品岡ムジナの主人、当代の陰陽師にして指定暴力団山里組組長・山里宗玄だ。

山里は事務所の奥、磨き上げられた黒檀製のデスクにどかりと腰掛ける。
品岡は素早くその横に回って、彼が取り出した葉巻の吸口を切ってライターで火を付けた。
一本で品岡の煙草一缶の値段に匹敵する高級葉巻がチリチリと燃え、甘い香りが事務所に漂う。

「オヤジ、今日のことなんですけど」

「あー報告は要らん。ババア経由で三尾から情報は入っとる。
 こんな時間まで明王連のボケジジイ共に説明しとったんは誰や思っとんねん」

「流石は坊っちゃん、仕事が早い……」

ヤクザであると同時に陰陽師でもある山里は、今日の事件について人間側の窓口として対応にあたっていた。
日本の退魔師を取りまとめ、ヒトの側から霊的治安を取り仕切る組織――『日本明王連合』。
彼はその会合に出席し『コトリバコ事件』の顛末を報告して来た帰りだった。

「明王連は何て?」

「クソミソやな。秘術なんぞつこて云百年生きとる痴呆老人共に良心を期待したワシがアホやったわ。
 現場の呪的汚染の浄化に人手割かなアカンっちゅうとるのにやれ御前を降ろせだのブリーチャーズを解体せよだの。
 ババアの戯言やからっちゅうて窓口ワシに一任したのをもう忘れとるんちゃうか」

日本怪異の重鎮『御前』が発足した妖怪による妖怪退治の組織について、明王連の意見は否定的だった。
妖怪退治は治安維持という行政的側面とは別に退魔師にとっては重要な財源であり存在意義だ。
表面的には利害の一致として御前の名の下協調路線をとっていた明王連であったが、
東京ドミネーターズの出現という火急の危機に直面して強硬論が再び息を吹き返し始めている。
すなわち、妖怪なんぞ信用出来ないからドミーネーターもブリーチャーも纏めて追い出してしまおう、という意見だ。
実際それが可能かはさておき、退魔師の沽券を楯に妖怪退治業を再び明王連の元に取り戻そうという流れが生まれつつある。

「ジブンが不甲斐ないからやぞムジナぁ。どないすんねん」

「そ、そんなこと言わはりましても……ほならワシに掛けたこの封印解いてくださいよ」

「アホか。顔変えられるようにしたところでジブンに何ができんねん」

「そりゃあ、ドミネーターズにゃ女子が二人おりますから、ワシが超絶男前になってこう、魅了と言うか……」

「大統領のファーストレディ気取っとる連中やぞ。顔でなびくかいな、世の中金や金」

「ほならまぁ、あとは現金で1000億ほど都合していただけりゃ万全ですわ」

「んな金があったらだぁーれがこないなミソカス商売やっとるかい。油田買って遊んで暮らすわ」

「組員が聞いとったらお家騒動モンの発言ですな……」
0053品岡ムジナ ◆VO3bAk5naQ 垢版2017/03/22(水) 00:01:06.06ID:wqtDd6Wt
品岡ムジナが東京ブリーチャーズに非正規メンバーとして協力しているのは、山里が御前と懇意にしているだけが理由ではない。
怪異側が主導して行っているこの東京漂白作戦に、人間側からも一枚噛んでおき、来たる霊的統治において発言権を確保する……
有り体に言えば、『恩を売る』。
そういう政治的な思惑が糸を引いて操られているのが品岡という傀儡だった。

「しかしドミネーターズなぁ……またえらくけったいな連中に絡まれたもんやな"三尾"も」

「知っとるんでっかオヤジ」

「噂程度にな。欧州の銀霊騎士団や南米のククルカンも似たような組織と遭遇したって情報が入っとった。
 人的被害がなかったから向こうの連中の与太話の類やと思って明王連も眉に唾しとったもんやが」

「そのパターンばっかですな明王連……」

「人狼にジャックフロスト、カンスト仮面はよう分からんがどいつも海外妖怪のメジャーどころや。
 知名度っちゅうのは怪異においては強さと同義やからな」

「そんな連中を傘下に置いとる妖怪大統領……冗談みたいな名前しとるけど只モンやないでしょうな」

暫し、男二人に深刻な沈黙が降りた。
山里が吐き出す煙が天井の換気扇に吸い込まれるのを品岡は名残惜しそうに見る。

「……ムジナ、暫くジブン事務所に顔出さんでええぞ」

「ええっ!ホンマでっか!!」

「なんで嬉しそうなんやゴラァ!!」

ひぃ!と背筋を伸ばす品岡を見遣って山里は舌打ちと共に葉巻を灰皿に押し付けた。

「ヤクザは暫く休職や、ブリーチャーズの方に協力したれ。
 あのババアが何の手も打たずにのほほんと大統領を接待するとは思えへんからな。
 便利に使い捨てれるコマの一つぐらい貸したってもバチは当たらへんやろ」

「あの……ひょっとしてなんでっけど、使い捨てってのはワシのことで……?」

「いや、誰とは言わんがな。誰とは言わんがろくに集金もせずに日がな一日ヤニ吸いながら口半開きでスマホ構っとる
 間抜けヅラの穀潰しが一匹おるやろこの組に。誰とは言わんが」

「わ、わははは!誰ですやろなそんなプロ意識の欠片もないアホンダラは!けしかりませんな!」

「ほな、御前に話通しとくから」

「ぐえええ」

のっぺらぼうとヤクザの二足のわらじを履く男、品岡ムジナ。
彼はこの日を境に片方のわらじを……無職に履き替えた。


【失業】
0054那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:19:07.25ID:BfH5uKIP
コトリバコとの戦いから、一週間が過ぎた。
宣戦布告を叩きつけ、すぐさま行動を開始するかに思われた東京ドミネーターズであったが、予想に反してここ数日は鳴りを潜めている。
むろん惰眠を貪っているということはなく、水面下で蠢動していることは間違いないものの、表立った動きはない。
そして、それはブリーチャーズの面々にとっては有難いことである。
表向きの平和を永年封印指定呪具との戦いで疲弊し傷ついた身体を癒す時間に費やし、捲土重来を期す。
そして、都内でもちらほらと桜が咲くようになった、ある日の午後のこと。
橘音は尾弐を事務所へ呼び出した。

「やあ、クロオさん。いらっしゃい、お呼び立てしちゃってすみません。今日はレザージャケットじゃないんですか?」
「あれ、とっても似合ってましたよ。また着てほしいなあ。私服も仕事着も喪服なんて勿体ないですよ?クロオさんカッコいいのに」

にこにこ笑いながら、尾弐を奥へ通す。殺風景な事務所の中で、執務机の上に鎮座する胡蝶蘭の鉢だけが妙に浮いている。

「――ところで、今日はボクしかいません。祈ちゃんは学校で、ノエルさんは上のお店でお仕事中です」
「ムジナさんにはお使いを頼みました。ですから、今日はふたりで。……昔みたいで懐かしいでしょ?たまにはこういうのも、ね」

尾弐にソファを勧めると、お茶の支度をしながら橘音はそう言った。
東京ブリーチャーズを結成する以前、橘音と尾弐はふたりで妖壊退治をやっていた。
御前からの命が下り、チームを作って以降は祈やノエル、他の仲間たちの参入があって、ふたりだけになることは滅多になかった。
久しぶりにふたりきりでいる事務所の中は、妙に広い。
半地下の事務所の外から、若い女性のはしゃぐ声が微かに聞こえてくる。きっとノエル目当ての客だろう。

「クライアントからいい茶葉を頂きましてね。おいしいケーキも……ふたつしかないんで、祈ちゃんたちに内緒で食べちゃいましょ?」

濃い目に淹れた紅茶を洒落たカップに注ぎ、ソーサーと一緒に尾弐の前のテーブルに置いて、お茶菓子の皿を添える。
お茶菓子は某有名菓子店のミルフィーユだ。橘音の事務所でお菓子と言ったら、大抵は洋菓子が出てくる。
大半が小豆によって作られる和菓子は尾弐の身体に悪い――との配慮だった。

「クロオさんにはブランデーの方がよかったですか?でも、お酒はミーティング後までお預けですよ」

そんなことを言って自分のお茶とお茶菓子も用意し、ガラスのローテーブルを挟んで尾弐の対面のソファに座る。
優雅な所作でカップを取り、紅茶を一口含んで喉を湿らせると、橘音はおもむろに切り出した。

「さて。お話ししたいのは、東京ドミネーターズについて。それから、ボクたちの今後についてです」
「クロオさんもご存じの通り、この東京という場所、特に東京二十三区は、ただの都市ではありません」
「狸の頭領――東照大権現が人に身をやつしていた頃、配下の南光坊天海に命じて造らせた一大結界都市。それが東京、江戸の正体です」
「天海は江戸の造成に着手した際、方角から町割りに至るまでを精緻に計算し、都市そのものをひとつの巨大な結界としました」
「結界の中心、江戸城に座す主君に、この日本のすべてのエネルギーが集中するように。主が強大な力を得るように」
「この東京の地下深くには、大地の強大なエネルギーの通り道――『龍脈』が三本通っています」
「そして、三本の交わる『龍穴』、エネルギーの噴き出し口の上に建っているのが江戸城……現在の皇居というわけですね」
「極東の小さな島国に過ぎない日本が、なぜ世界の大国と肩を並べて第三位の経済大国として君臨していられるのか――」
「それは、すべてこの東京の結界のお蔭ということ。龍脈が三本交わる場所なんて、地球上には他に数ヵ所しかありませんから」

ミルフィーユをフォークで小さく切り、味わいながら、橘音は話を進めていく。
が、この程度のことは多少歳経た妖怪ならば誰でも知っているレベルのことである。

「で。東京ドミネーターズの狙いも、あるじに強大な力を与える龍脈の掌握、東京の制圧に他ならないのでしょうが……」
「“なぜ”彼らはこのタイミングで行動を開始したのか……それが不思議だと思いませんか?」
「彼らが行動を開始したのは、東京オリンピックと密接な関係があるんです。そして――ボクが東京ブリーチャーズを結成した理由も」
「今まで黙っていましたが、御前からゴーサインが出ましたので。お伝えします、ボクたちの真の目的を」

フォークをケーキの皿に置き、学帽を脱いで長い黒髪を一度後ろに撫でつけると、橘音はコンパスの長い脚を組んだ。
0055那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:29:07.14ID:BfH5uKIP
「西暦2020年。皇紀2680年は、東京直下の龍脈を流れるエネルギーが最大になる年。世界中で一番エネルギーの集まる年なのです」
「それはつまり“東京を手中にした者が世界を統べるに等しい”ということ。人間にとっても、妖怪にとってもね」
「まして妖怪にとって龍脈のエネルギーは極上の甘露。自分の力を数百倍、数千倍に増幅させてくれる『神の飲料(アムリタ)』です」
「当然、それを狙ってくる輩の出現も予想できた。よって日本の五大妖はそれを阻止するため、密約を結んだ――」

五大妖。日本の五大妖怪種族、妖狐、狸、河童、天狗、鬼のそれぞれ頂点に君臨する五体の大妖怪。
白面九尾玉藻、東照権現家康、河童頭目九千坊、天狗総帥魔王尊、鬼神王温羅のことである。
かつては反目し、妖怪大戦争などと言っては争いを繰り返していた各種族だが、現在は不戦協定を結んでいる。
そして、2020年に予想される大国難レベルの侵略を食い止めるにあたって結成されたのが東京ブリーチャーズだというのだ。
その指揮官である橘音には、妖狐一族のみならずすべての種族の代理人としての権限が与えられている。
橘音がなにげなく使っている狐面探偵七つ道具も、元々は五大妖が秘蔵していた特Aクラスの呪具である。

「……ま、何もかもが順風満帆とはいきませんがね」

東京ブリーチャーズの活動は何もかもが肯定され祝福されているというわけではない。
実際、人間の退魔機関である日本明王連合は表向き協力を表明してはいるが、内心ははらわたの煮えくり返る思いであろうし――
五大妖も各々腹に一物を抱えていることは間違いない。何せ、相手は龍脈。汲めども尽きぬエネルギーの源。
それを自分の一族だけのものにできたなら――と思うことは、なにも不自然ではないのだから。
肚の中はともかく、現在の五大妖の意見は『外敵から東京を守護する』で一致している。
そして、その音頭を取る白面九尾、玉藻御前が言ったのだ。

『東京オリンピックで海外からやってくる、たくさんの人間や妖怪をおもてなししよう』と。

「東京ドミネーターズ、そしてそれを率いるとされる妖怪大統領については、目下調査中です」
「海外でそういうことを企みそうな、野心の強い連中に当たりをつけているのですが、なかなか特定できなくて」

北欧を根城にするケルトの邪神バロールや、セイロン島の魔王ラーヴァナ、エジプトの暴風神セトらは強欲で知られる。
が、そういった伝説級、神話級の者たちには大抵の場合対となる神や英雄がついており、悪事の実行を阻んでいる。
神や英雄といった抑止力を持たず、強大な力を妖怪たちを率いることのできる存在。

「ひょっとして、妖怪大統領とは伝説や神話で語られる存在ではないのかもしれません」

ぬるくなってきた紅茶を口に運び、ぽつりと呟く。
妖怪の強さとは、知名度の高さと直結する。ネームバリューはそのまま強大さのバロメータだ。
有名であり、人口に膾炙されればされるほど、妖怪はその力を増してゆく。神話級、伝説級の妖怪が強いのは当たり前なのだ。
都市伝説系妖怪に強大な者がいないのも、そのバックボーンのなさゆえである。
しかし、そういった歴史の裏付けなしに強い力を持つ妖怪など、果たして存在するのだろうか?
それが、どうにもわからない。

「現在、その辺りをムジナさんに別行動で調べてもらっています。彼ならそう時間はかからないと思いますが――」
「そちらの方に専念してもらいたいので、直接戦力としての彼の協力は当分期待できません」
「他のメンバーにも、同様に指示を出しています。戦力ダウンは否めませんが、まぁ、頑張りましょう」
「……クロオさんの腰痛にはよくないですが、ひとつ発奮してください」

そこまで告げて、橘音はアハハと笑った。

「とりあえずは、東京ドミネーターズの動向を探るのが急務ですね」
「彼らの目的ははっきりしています。あとは、それを彼らがどうやって実現させようとしているのかを調べなければなりません」
「せめて、彼らが今どこにいるのか。消息だけでも確認できればいいのですが……」

はあ、と息をつく。日本妖怪の総力をもってしても、東京ドミネーターズの塒を探し当てることは容易ではないらしい。
恐らく何らかの結界等で、自らの痕跡を隠蔽しているのだろう。強大な力を持つ妖怪揃いだ、その程度はお手の物に違いない。
結局のところ、相手が動くのを待って行動するしかないという対処療法である。
ミルフィーユを口に運ぶ橘音の表情も冴えない。――しかし、そんな浮かない胸中とは裏腹に。

東京ドミネーターズは、すぐ近くにいたのだった。
0056那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:33:36.72ID:BfH5uKIP
フローズンスイーツの店『Snow White』は、都下でも評判の店である。
立地的には決して恵まれてはいない。駅は遠いし、そもそも店舗からして古い雑居ビルの一階だ。
下階および上階には仮面をかぶった探偵だの、どこから来て何をしているのかも分からない外国人が住みついている。
それでも若い女性を中心に客が途切れないのは、提供されるスイーツの味もさることながら店主のルックスが大きい。
いかにも(腐)女子受けしそうな、涼やかな顔立ちの美青年が店を切り盛りしているとなれば、メディアが放っておかない。
ということで、平日の昼間だというのに彼の店は大入り満員だったのだが、夕刻少し前ともなるとさすがにその波も引いてくる。
夜になればまた夕食後のデザートとばかりに客が増えるのだが、今の時間は貴重な休憩時間と言ったところだろうか。
そんな束の間の空白の時間に、カラン……とドアベルが鳴る。
頭のてっぺんからつま先まで、真っ白な女だった。もう春だというのに、白のダウンジャケットを羽織っている。
前を開けたジャケットから覗く豊かな胸にはチューブトップ以外つけておらず、上着以外はごくごく薄着だというのが分かる。
女はノエルの対面に位置するカウンター席に座り、ホットパンツから伸びる長い脚を組んだ。そして頬杖をつくと、

「氷、もらおうか。――シロップはいらないよ、味が濁る」

と言って、小さく笑った。
東京ドミネーターズのひとり、ジャック・フロストのクリス。
橘音やその息のかかったブリーチャーズが必死で行方を追っている妖怪のひとりが、忽然とノエルの前に現れたのだ。
それも、ひとりで。

「なんて顔してんだい。アタシは客だよ?ここへは氷を食べに来たのさ。おいしいって評判だからね」

ダウンジャケットのポケットから丸めた東京のグルメ案内を取り出す。
店内には他に二組ほど客がいるが、いずれもテーブル席でかき氷を食べながら歓談中で、ノエルとクリスには注意を払わない。
ふたりは他の客に邪魔されることなく会話ができる環境の中にいた。

「戦う気はないよ。……だいたいだ。元々、アタシはアンタと戦うつもりなんてないんだから……さ」
「アンタだって、ここじゃ穏便に過ごしたいだろ?それでいい、大人しくしておいで。それで何もかもうまくいく」

カウンターに肘を乗せ、軽く腕組みして、クリスはノエルの顔を覗き込んで笑った。
まるで、懐かしい友人と再会したかのような。家族の顔を見たかのような。そんな微笑。
そこにノエルを陥れようとしているような気配や、悪意の兆候はない。
ノエルが氷を出すと、クリスは柄の長いスプーンを手に取ってそれを食べ始めた。

「んん……、確かに噂にたがわない味だ。そうだね、例えるなら――」
「……雪女の里の味。アタシが捨てた、懐かしい……そして。忌々しい故郷の味だ」

そう、ひとりごちるように呟く。

「アタシが何者かって顔してるね。当然だ、アンタにゃアタシの記憶なんて、カケラもないんだから」
「――いいや。『カケラもなくなってしまった』って言うべきかね……。アンタは一度、真っ白にされちまったんだからさ」

く、く、と喉奥で笑う。クリスは右手に持ったスプーンをヒラヒラと振ってみせた。

「アンタはアタシを知らない。でも、アタシはアンタを忘れたことなんて今まで、一秒たりともなかった」
「覚えてない、知らない、ってんならそれでもいいよ。これから、もう一度覚えてもらえばいいだけ……簡単なことさ」
「アタシの名前は六華 紅璃栖(りっか くりす)。アンタと同じ、雪女の里出身の雪女。そして――」

総体真っ白の中で、唯一白ではない部分。真紅の双眸が、ノエルを見つめる。
六華紅璃栖。御幸に対する六華、乃恵瑠に対する紅璃栖。
同じ能力。同じ妖気。同じ故郷、同じ種族。
そこから導き出される結論は、たったひとつ――



「ノエル。アンタの姉貴だ」
0057那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:38:57.92ID:BfH5uKIP
雪女とは、雪山の霊気がひとの形を取ったものである。
ごくたまに外界で男と情を交わし、子を成す雪女もいるが、それは例外中の例外でほとんど出現しない。
基本的に雪女とは自然発生するものであり、誕生直後の雪女は雪ん娘と呼ばれる。
雪女、雪ん娘らが女性型で占められるのは、そもそも『山』という存在が女性としてみなされるからである。
家庭で女房のことを『山の神』と呼称することでも、それが理解できるであろう。

そうして山の霊気が凝縮して生まれた雪ん娘は妖怪というよりは精霊に近いものであり、その存在は非常に脆弱である。
そのままでは大抵淡雪のように消えてしまう。従って雪ん娘が誕生すると、その山に住む雪女が親代わりとなって育てるのが常だった。
雪女の里の住人たちは、いずれも同じ山から発生した親子であり、姉妹。
クリスはそう言っている。ノエルと自分は同じ雪女の里で生まれ育った、正真正銘の姉妹であると。

「そんなこと、どうして忘れてたのか……まぁ、それはどうでもいいことさ。知りたいんなら教えてあげるけど、知りたくないだろ?」
「かわいい妹の心をいたずらに乱したくはないしね。――もう乱れてるって?アハ、そりゃ悪かったね!」
「で……だ。そんなことよりも大切なことがある。ノエル、いいかい?よくお聞き」

クリスはもう一度、かき氷をスプーンで掬って口に運んだ。
店内は適度に暖房が効いており、時間が経つと室内温度で氷が解けるのが常だったが、クリスの食べている氷は解けない。
クリスが妖力を使って解かさないよう調節しているのだ。
ノエルが気を落ち着かせるのを待っているのか、クリスはしばらく氷を食べてから、静かに口を開いた。

「アンタは騙されてる。あのブリーチャーズとかいう連中にね。アンタはいいように使われてるんだよ、戦いの駒としてさ」
「アタシはそれを止めに来たんだ。アンタを……妹を危険な戦いに駆り出す連中を放っておけない」
「今すぐブリーチャーズを抜けるんだ、ノエル。姉ちゃんが守ってやる、アンタを。もう、ケ枯れ寸前まで戦う必要なんてないんだ」

クリスの真紅の双眸が、もう一度ノエルをじっと見つめる。
やはり、その瞳に嘘はない。クリスは正真、ノエルのことを気遣ってこんな提案をしたのだろう。

「ウチのボスは、そりゃ恐ろしいお方だよ。ハッキリ言う、ブリーチャーズじゃ毛筋ほどの勝機もない。勝てっこない」
「いや……ブリーチャーズだけじゃない。誰も勝てないのさ、あのお方には。伝説クラスの妖怪や、神話の人物さえもね」
「レディの言ったのはウソじゃない。ありゃ、心底からの温情さ。戦っても無駄なんだから従えって。譲歩してるんだ、あんなでもね」

は、と小さく息を吐く。

「アンタは、アタシのすぐ下の妹なんだ。アタシの初めての妹なんだよ。他にいっぱいいる姉妹とは違うんだ」
「雪女の里を出て、ヨーロッパへ渡っても。アタシはずっとアンタのことを考えてた。案じてた。そして……やっと会えた」
「……嬉しいよ。アンタにアタシの記憶がまったくなくなっていたとしても――」
「でも。アタシは覚えてる。アンタとアタシが、正真正銘の姉妹だってこと……」

そっと右手を伸ばすと、クリスはノエルの左頬に触れようとした。
それをノエルが許すにせよ、拒むにせよ、クリスは寂しそうな笑みを彼へと向けるだろう。

「レディは跪けと言ったけど、そんなことする必要なんてない。アンタはアタシと一緒に来れば、それでいいんだ」
「そしたら、後は全部アタシがうまくやる。アンタは今まで通り、ここで店をやればいい。誰にもアンタに手は出させない」
「西洋妖怪にも、日本妖怪にもね。――アンタのことは、絶対に。姉ちゃんが守るから」

強い決意に満ちた瞳と言葉。
それをひとしきりノエルへと向けると、クリスはカウンター席を離れて立ち上がった。

「ホントは、もっともっと話していたい。アンタの顔を見て、声を聞いていたい……けど。時間がなくてね。帰らなきゃ」
「やらなくちゃいけないことがあるんだ、でもまた来るよ……営業時間と定休日は、これに書いてある通りなんだろ?」
「じゃあね……だいぶ暖かくなってきた。ちゃんと寒くして、身体に気を付けるんだよ。ノエル」

氷の代金を置き、グルメ案内をダウンジャケットのポケットにねじ込んで。
妹と呼ぶノエルの身体を気遣う言葉を残して、クリスは店を出て行った。
0058那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:42:31.80ID:BfH5uKIP
都内某所、某中学校。
祈はこの中学校に、なんの変哲もない女子中学生として通学している。
人間社会で生きていくには色々不都合のある生粋の妖怪と違い、半妖の祈は自らを偽る必要がほとんどない。
せいぜい、妖怪としての優れた身体能力を発揮しないよう気を付ける程度だ。
教師も、生徒も、祈に近しい友人たちも、誰も祈が半分妖怪であることを知らない。
そして今日も、祈は多少不良っぽいところはあるものの、ごくごく普通の中学生として学園生活を送ろうとしていたのだが――
そんな平和な時間は、突然剥奪されることになった。

「えー、転入生を紹介する」

授業がつまらないことで有名な古典担当の担任教師が、朝のホームルームでそう切り出した。
教室の中がザワザワとざわめく。確かに、節目の新学期だ。転入生が来たとしてもおかしくない。
男子生徒が、転入生は男か女か?などと盛り上がっている。50がらみの担任はそんな騒がしさもどこ吹く風、

「アメリカから来た生徒だ。みんな仲良くしてあげるように。……入ってきなさい」

そう、扉の外に視線を向けた。
カラカラと扉が開き、担任に促された生徒がひとり、教室に入ってくる。
ツインテールにした、腰までの長い黒髪。前髪によって隠れた左眼と、やけに印象的な大きい右眼。
学校指定のセーラー服に身を包んだ、ほぼ祈と同程度の背格好の少女。

「モノ・ベアードですわ!アメリカはワシントンD.C.より参りましたの、皆さまよろしくお願い致しますわね!」

モノと名乗った少女はそう元気よく自己紹介すると、黒板にチョークで英語で名前を書き、にっこり笑った。
花の綻ぶような、愛らしい笑顔である。すこぶるつきの美少女と言うべきか。
実際、クラスの男子連中は早くも浮き立ってしまっている。男子だけではない、女子も同様だ。
……が、祈はそんなクラスメイトと同じような、浮ついた気持ちではいられまい。
モノ・ベアード。
その顔を、姿を、声を。忘れることなどないだろう。そう――

レディベア。

コトリバコとの戦いの終局、妖怪大統領の名代を名乗った東京ドミネーターズの先導者。モノはその妖怪に間違いない。
モノの方でも祈に気付いたらしく、大袈裟に両手で口許を覆うと、

「あら!あら!あら!あらあらまあまあ!これは奇遇なこともあるものですわね!」

と、露骨に驚いてみせた。

「ん、多甫と知り合いなのか?」
「ええ、それはもう。日本へ来て早々、大変お世話になりましたのよ?――いいえ、お世話して差し上げたと言うべきかしら?うふふ!」
「そうか。じゃ、席は多甫の隣でいいか」

席はあっさり決まった。モノは祈の隣の席に座ると、もう一度微笑んでみせた。

「多甫さん。わたくし、日本のことはまだ何もわかりませんの。教えて下さる?」
「知り合いならちょうどいい。多甫ー、あとで学校の中を案内してやれー。いろいろ面倒も見てやるんだぞー」

丸投げである。それで転入生に関することは終わりとばかり、担任が授業を始めようとする。
生徒たちが教科書とノートを取り出す。が、モノは少しだけ居心地悪そうにもじもじしている。
モノは大きな右眼で上目遣いに祈を見ると、

「……あの。さっそくで悪いのですけれど、教科書を見せてくださいませんこと……?」

そう、隣の祈へ小声で囁いた。
0059那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/03/22(水) 21:45:42.25ID:BfH5uKIP
休み時間になると、モノはさっそく祈に学校の中を案内するように言った。
そして、行く先々で初めて見たものに遭遇すると、その都度大きな瞳をキラキラ輝かせ、オーバーアクションで喜んでみせた。

「これが日本のジュニア・ハイスクールですのね!……これは何ですの?あれは?……あっちにあるものも気になりますわ!」
「勉強以外にも課外授業やクラブ活動がありますのね。イケバナは?ハラキリ?ニンジャサークルはありませんの?」
「わたくし喉が渇きました。コークの自販機はどこかしら。……水道から直接水を飲む!?あ、ありえませんわ!」

計算高い妖怪である。これも何かの策略か――と思いきや、見る限り本当に驚いたり楽しんだりしている。

「……不思議に思っているのかしら?なぜ、わたくしがここにいるのか」
「東京ドミネーターズとして、今度はこの学校を災厄の坩堝にしようとしているのかと……そう考えていますわね?」

昼休み。校舎の裏でふたりきりになると、モノは壁に軽くもたれて緩く腕組みし、そう告げた。
遠くの校庭の方から、バレーボールやバドミントンに興じる生徒たちの嬌声が聞こえてくる。
しかし、こちらはともすれば一触即発の雰囲気だ。
そんな状況を打破するように、モノはかぶりを振った。

「だとすれば、余計な勘繰りですわ。わたくしは真実、この学校へ学びに来たのですから。お父さまがそう仰ったのですわ」
「いずれ、この東京を。日本を手中に収めたときのために、学校へ行ってこの土地の文化を学んできなさい……とね」
「わたくし、まだ誕生して14年しか経っておりませんの。余りにも知らないことが多すぎる……見聞を広めるのも支配者の務め」
「ですから、わたくしはここではあくまでモノ・ベアード。レディベアとは別人でしてよ」

そこまで言うと、校庭からぽぉん、とバレーボールが弾んでふたりのところまで転がってくる。
すみませーん、という女生徒の声に反応してモノはボールを拾い上げると、笑顔で投げ返した。

「……いいところですわね、ここは」
「貴方がわたくしに対してよい感情を持っていないことは知っていますし、改めろと言う気もありません」
「ただ、協定を結びませんこと?貴方とわたくし、この学校の中にいる間は戦わない――と」
「この学校を非戦闘地域に指定する、ということですわ。わたくしは人間の文化を学ぶ、貴方は余計な戦いをせずに済む」
「まさに、win-winの関係と言ってよいでしょう。悪くない提案だと思うのですけれど?」
「もちろん、この学校の敷地を一歩出れば、この協定は無しですわ。戦いたいと言うのであれば、受けて立ちますし……」
「わたくしたちのすることに刃向かうならば、潰します。よろしくて?」

祈はモノの提案を拒絶することも、受け入れることもできる。
モノの言い分は相変わらず傲慢で、一方的で、自己中心的なものだったが、彼女なりに譲歩はしているらしい。
この学校という日常の中で、ブリーチャーズの少女とドミネーターズの少女が共に生活するという非日常。
それを祈が受け入れるか、どうか。

「改めて、よろしくお願い致しますわ。多甫さん……いいえ、祈と。そう呼んだ方が宜しいかしら?わたくしのことはモノ、と」

モノがふわりと微笑んで、祈へと右手を差し出してくる。
この学校の中にいる限りは、モノは無害なただの中学生を装うという。
しかし、それが本気なのかどうかまではわからない。ひょっとしたら、何か別の目論見があるのかもしれない。
判断は祈の心次第。モノ――レディベアの言葉を信じ、ふたりだけの協定を結ぶか。
それとも、コトリバコを使い無辜の人々を惨殺した妖怪を信じることはできないと突っぱねるか。



モノは笑顔のまま軽く小首をかしげ、祈が結論を出すのを待っている。
0060御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/26(日) 18:00:54.34ID:/jiGMryU
「5人目の魔法少女は主人公の飼い犬のポチ(オス)にしましょう」
「もうまともに少女なのが主人公だけじゃないですか! あとはBBA(妙齢美女)、
ガチのお婆さん、おっさんと来て最後は人間ですらない(しかもオス)って酷くなる一方ですよ!」
「変身後が少女ならそれすなわち魔法少女じゃないですか。モフモフ犬耳犬尻尾美少女に変身させましょう」
「魔法少女は変身前も少女だろ、普通!」
「変身後の姿はなりたいと思い描いた理想の姿が投影されているんだ……つまり彼らは紛れもなく少女なのだよ!」

常連過ぎてもはや背景と化したレベルの常連客達の謎の会話を聞きつつ、
ノエルはああ自由な時代だなあ!と明後日の方向を向いて爽やかな笑みを浮かべる。
これはノエルが「作者」(ツッコんでる方)と「編集者」(ボケてる方)と勝手にあだ名を付けた二人組。
彼らは今日も日がな一日テーブル席の一角を陣取り、元気に哲学的且つ割とどうでもいい議論、通称「編集会議」を繰り広げていた――!
以前、雪女(イケメン)がアリか無しかについて白熱した議論を交わされた日には平静を装うのに苦労したものだ。
そんな常連客しかいない時間帯に、不意にドアベルが鳴る。

「あ、いらっしゃいま……ふぁっ!?」

かき氷の器を拭きながら顔を上げたノエルは、思わずイケメン(※ただし外見に限る)にあるまじき奇声を発しながら器を取り落した――
女は何食わぬ顔で眼前のカウンター席に座る。
一瞬変化を解きかけたが、他の客がいる以上派手に騒ぎを起こすわけにはいかない。
相手もそれを分かっているのだろう。

>「氷、もらおうか。――シロップはいらないよ、味が濁る」
>「なんて顔してんだい。アタシは客だよ?ここへは氷を食べに来たのさ。おいしいって評判だからね」

「嘘つけ、そんな巨乳を強調する格好で何を企んでる……!?
さては僕が一番バカっぽいからって籠絡して情報を聞き出そうとしてるんだろ!
残念僕はパンツ派だ! ミニスカートに履き替えて出直してこーい!」

と口では言いながらも、角度的に丁度見える胸の谷間をガン見している。

「なっ、本物――だと!?」

胸囲の格差社会――そんな謎ワードが何故か脳裏に浮かぶのであった。
0061御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/26(日) 18:06:01.67ID:/jiGMryU
>「戦う気はないよ。……だいたいだ。元々、アタシはアンタと戦うつもりなんてないんだから……さ」
>「アンタだって、ここじゃ穏便に過ごしたいだろ?それでいい、大人しくしておいで。それで何もかもうまくいく」

渾身の煽りも全く意に介さない敵意の無い微笑を向けられたノエルは、観念したよう少しレトロな大き目の氷削り器を回しはじめる。
回す時に妖力を通すことで粉雪のような氷を再現しているので、器材は何でもいいのだが、絵面は重要である。

「それなら全身真っ白のままじゃ目立ち過ぎるって……あと謎エフェクトも禁止ね!」

器に盛られたかき氷(味付け無し)をトンッと置く。
幸い客達が特にこちらを注目している様子はない。
物凄く色素の薄い外国人か手の込んだコスプレぐらいにでも思っているのだろう。
流石は常連客、店内に仮面の探偵が突入して来たり店主の奇行を目撃したり
妖壊退治の打合せが繰り広げられても物ともしないスルー力が遺憾なく発揮されている。

>「んん……、確かに噂にたがわない味だ。そうだね、例えるなら――」
>「……雪女の里の味。アタシが捨てた、懐かしい……そして。忌々しい故郷の味だ」

「えっ、だってこの前ジャックフロストって……」

偽装は性別ではなく種族の方だったというのか!?

>「アタシが何者かって顔してるね。当然だ、アンタにゃアタシの記憶なんて、カケラもないんだから」
>「――いいや。『カケラもなくなってしまった』って言うべきかね……。アンタは一度、真っ白にされちまったんだからさ」
>「アタシの名前は六華 紅璃栖(りっか くりす)。アンタと同じ、雪女の里出身の雪女。そして――」
>「ノエル。アンタの姉貴だ」

「真っ白に……された……?」

ノエルにはここに来る前の記憶が無い。記憶が無いことにすら最近まで気が付かなかった。
せいぜい雪ん娘のころは美少女の格好をしていた気がするなあ、というおぼろげな記憶がある程度だ。
ここで店をやるように言われて、たまたま下の階に橘音の事務所があって
気付けばそうするのが当然であるかのようにブリーチャーズに所属していた。
ブリーチャーズの意味は確か――漂白者。そこまで考えたところで、激しい頭痛に見舞われる。
まるで思考にリミッターがかかっているかのように。
0062御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/26(日) 18:08:59.49ID:/jiGMryU
>「そんなこと、どうして忘れてたのか……まぁ、それはどうでもいいことさ。知りたいんなら教えてあげるけど、知りたくないだろ?」
>「かわいい妹の心をいたずらに乱したくはないしね。――もう乱れてるって?アハ、そりゃ悪かったね!」
>「で……だ。そんなことよりも大切なことがある。ノエル、いいかい?よくお聞き」

「……とりあえず妹はNGだ、クロちゃんが全身鳥肌になっちゃう」

ここ十数年で本当にごく稀に男性型の雪ん娘(雪ん子?)も発生するようになったというが
雪女の業界では当然のごとく上の兄弟は姉、下の兄弟は妹と呼ぶ。
それはいいのだが、ノエルが発生したのは正確には不明だが少なくともここ十数年以内ではない。
そこから本当に昔は本物の美少女だったという結論が導き出されるのだが、ノエルは特に自分の性別について深く考えないのであった。

>「アンタは騙されてる。あのブリーチャーズとかいう連中にね。アンタはいいように使われてるんだよ、戦いの駒としてさ」
>「アタシはそれを止めに来たんだ。アンタを……妹を危険な戦いに駆り出す連中を放っておけない」
>「今すぐブリーチャーズを抜けるんだ、ノエル。姉ちゃんが守ってやる、アンタを。もう、ケ枯れ寸前まで戦う必要なんてないんだ」

ノエルは身を乗り出して叫ぶ。

「橘音くんが僕を騙すはずない! だって……友達だから」

普通に考えれば顔すら見せない仮面の探偵なんて怪しいに決まっている。
だけど最初に会った時、初対面のはずなのにずっと昔から友達だったような気がした。
妖怪は契約を破ることが出来ないが、橘音とノエルの間には契約はない。
仮に裏切ったところでお互いに何のペナルティも蒙らない。
裏を返せば契約も無く無償で手伝うのを許していること自体が、何よりの信頼の証なのだ。
ふと、左頬にひんやりとした感触を感じる。
クリスが心底愛おしそうにノエルの左頬に触れ、ずっと身を案じていたと告げる。
0063御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/03/26(日) 18:12:07.06ID:/jiGMryU
>「レディは跪けと言ったけど、そんなことする必要なんてない。アンタはアタシと一緒に来れば、それでいいんだ」
>「そしたら、後は全部アタシがうまくやる。アンタは今まで通り、ここで店をやればいい。誰にもアンタに手は出させない」
>「西洋妖怪にも、日本妖怪にもね。――アンタのことは、絶対に。姉ちゃんが守るから」

「友達が戦ってるのに僕だけ安全な場所にいるなんて出来ないよ! それに……いや、何でもない」

危うくうっかり橘音の事務所の場所の情報を流出させそうになって踏みとどまる。
床一枚挟んだ階下が総大将の橘音の事務所なのだ。
仮に辞表を出したとして、その後も毎日顔を合わせることになる。
それは気まずい、気まずすぎる――!
→気まずい雰囲気に耐えきれず「ご近所トラブルで店の場所を移りたい」って女王に要請する
→東京で場所確保するのがどんだけ大変だと思ってるねんと一蹴される→積む

ここまで想像し心のなかで「うわああああああああ!!」となってから
いや僕は何を考えているんだ、言動が変態すぎてクビになる可能性は微粒子レベルで存在しても
そもそも自分から辞表を出すなんて160%有り得ないだろう、と思い直す。
それぐらいブリーチャーズに所属しているのが当たり前のことになっているのだ。

>「ホントは、もっともっと話していたい。アンタの顔を見て、声を聞いていたい……けど。時間がなくてね。帰らなきゃ」
>「やらなくちゃいけないことがあるんだ、でもまた来るよ……営業時間と定休日は、これに書いてある通りなんだろ?」
>「じゃあね……だいぶ暖かくなってきた。ちゃんと寒くして、身体に気を付けるんだよ。ノエル」

「お……おとといきやがれー!」

好き放題言って去っていくクリスの背に通り一遍の煽り文句を投げかけ、壁を背にして座り込む。

「何なんだよ、一体……」

全身が変な汗のようなものでぐっしょりと濡れ、震えが止まらない。
左頬に触れられた感触がまだはっきりと残っている。
何より恐ろしいのは、あろうことかそれを心地よいと思ってしまったことだ。
相手はコトリバコを世に放ち阿鼻叫喚の地獄絵図を作り出した宿敵の一味なのに。

「……こうしちゃいられない!」

しばらく座り込んでいたノエルだったが、やがて弾かれたように立ち上がって
玄関から出て階段を駆け下り、橘音の事務所に駆け込む。
橘音と尾弐が作戦会議をしている最中に乱入し、要領を得ない事を言い始める。

「あの一味の……ジャックフロストのクリスがたった今上の店に来て……
それで……僕が橘音くんに騙されてるって……ブリーチャーズを抜けろって唆してきた!
また来るって言ってた……このままじゃそのうちこの事務所の正体もバレちゃう!
僕のせいだ、僕がいっつも調子に乗って露出してるから……
橘音くん、今すぐ事務所を移そう! 渋谷区に移そう!」

さらっと爆弾発言をした気がするが、調子に乗ってメディアに露出していると言いたかったらしい。
動揺のあまり略したらいけないところを略して大変なことになってしまっている。
0064尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/29(水) 22:44:43.06ID:33tABjNL
暦の上ではとうの昔に春を迎えているというのに、ビルの隙間を吹き抜ける風は未だ肌寒い。
公園の桜花も未だ一部咲きというその光景は、冬帝が未だ街に鎮座しているかの様である。
そんな冬と春との狭間の季節の中で。
都内某所に在る無国籍風の雑居ビルの一室、半地下となっているその部屋のドアを一人の男が潜った。

「よう、遅くなって悪かったな大将」

声を発したのは190cmを超えるであろう大男。
ややよれた黒のスーツ……所謂喪服を着こみ、黒ネクタイを嵌め髪をオールバックに纏めたその姿は、
その服の上からでも判る筋肉質な体格も相まって、異様な迫力を帯びている。
初対面の人間であれば、視線が合っただけで悲鳴を挙げそうな男の容貌であるが、
けれども彼の人物が扉を潜りながら放った言葉。その口調は、意外にも穏やかなものであった。
そして、そんな男――――鬼の妖怪である尾弐 黒尾の声に、室内から答える声が一つ。
男性とも女性とも取れる、中性的なその声の主は、学ラン学帽に、狐面……界隈では『孤面探偵』として名を知られる那須野橘音である。

>「やあ、クロオさん。いらっしゃい、お呼び立てしちゃってすみません。今日はレザージャケットじゃないんですか?」
>「あれ、とっても似合ってましたよ。また着てほしいなあ。私服も仕事着も喪服なんて勿体ないですよ?クロオさんカッコいいのに」

「おいおい、そんなに褒めても桃缶くらいしか渡せるモンは持ってねぇぞ……まあ、俺の服はこれでいいんだよ。ほら、着替えとか楽だしな」

那須野の冗談なのか本気なのかいまいち判断の付かない褒め言葉に苦笑を漏らしつつ、大雑把な返事を返すと、
尾弐は手に持った紙袋……中に果物の絵が描かれた缶詰が詰まったそれを、案内されたソファーの前に置かれた机へと置く。
無造作に中身が詰められた紙袋は自重で少し傾くが、机の置かれていた金平糖の入った硝子瓶へと凭れ掛かるような形で安定し、
それを確認した尾弐は自身も背もたれに体を預けた。

>「――ところで、今日はボクしかいません。祈ちゃんは学校で、ノエルさんは上のお店でお仕事中です」
>「ムジナさんにはお使いを頼みました。ですから、今日はふたりで。……昔みたいで懐かしいでしょ?たまにはこういうのも、ね」

「……まあ、な。たまにゃ、こういうのも悪くねぇ」

そのタイミングで、那須野が冗談めいた……もしくは悪戯を思い浮かんだ子供の様な調子で尾弐へと言葉を掛ける。
言葉に釣られるようにして尾弐が無意識に事務所の中を見渡せば、成程。人の居ない事務所は伽藍としていて、尾弐にかつての自分達を彷彿とさせた。
当時―――まだ、尾弐が祈やノエルと出会っていない頃は、確かにこんな風に二人で事務所に滞在している時間が多かった。
妖壊を追い、悪霊を祓い……時々逃げたペット探しにも駆り出され。
そうして無事に仕事を終えた時は、決まって那須野の事務所へと足を運んだものである。
その日の業務内容について語り、那須野が当時世間を騒がせいた怪盗6……何とか面相の話をするのを聞き、
尾弐が酒が美味い店の話をのんべんだらりと垂れ流し。
そうして、そのまま話題も無くなり、紅茶を飲む音と時計の針の音だけが響く空間は……確かに心地が良く、陽だまりのようであった。
その遠い光景を、まるで古い映画を見る様にして目を細め思い返していた尾弐であったが、
ソーサーが打ち鳴らす陶器の音と、窓の外から小さく響く若い女性の声にって記憶の上映は終わり、そのまま現実へと回帰する。
0065尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/29(水) 22:45:31.73ID:33tABjNL
>「クライアントからいい茶葉を頂きましてね。おいしいケーキも……ふたつしかないんで、祈ちゃんたちに内緒で食べちゃいましょ?」
>「クロオさんにはブランデーの方がよかったですか?でも、お酒はミーティング後までお預けですよ」

見れば、尾弐の目の前の机に、那須野が注いだ琥珀色の紅茶と、恐らくは熟達した職人が作ったのであろう、
品の良い狐色とクリームの白に彩られたミルフィーユが並べられている。
それを見た尾弐は、那須野の気遣いに思い至り、目を瞑ると小さく口端を上げ微かな笑みを浮かべる。
長い付き合いだ。こういった時、那須野が和菓子を出さない理由を、尾弐は何となく察している。
別に炒った豆でもなければ尾弐にそこまで害は無いのだが……それを敢えて伝えないのは、
その気遣いに、どこかで心地よさを感じているからなのだろう。

「……まあ、紅茶もブランデーも同じ琥珀色だからな。足りないアルコールの分は後は気持ちで酔うとするさ。
 酔いすぎて祈の嬢ちゃんに怒られねぇように、甘味も貰いながらな」

その感情を隠すように、だらしなくそう言ってから尾弐は、対面へと腰掛けた那須野に合わせる形でカップを持ち上げ、紅茶を喉に流す。
そうして訪れるのは暫しの沈黙……それは、かつて確かに在った泡沫の夢の様な、心地よい時間であった。
けれど……夢とはいずれ終わるもの。
カップをソーサーへと置く音を合図として、那須野は口を開く。
心地よい過去では無い。切り開くべき未来についての話を。

>「さて。お話ししたいのは、東京ドミネーターズについて。それから、ボクたちの今後についてです」
>「それは、すべてこの東京の結界のお蔭ということ。龍脈が三本交わる場所なんて、地球上には他に数ヵ所しかありませんから」

まず。初めに那須野の口から語られたのは、基礎知識としての『東京』という都市の特殊性についてであった。
東京を中心として構築されている、世界最大級の結界。
収束する3つの龍脈と龍穴……人間社会においても都市伝説(オカルト)として語られるその一説を、那須野は、真実であると断じて見せた。

「……ああ、そういや聞いた事があるな。東京には複数の大規模な結界が構築されてるって奴か」

その話を聞きながら、尾弐は自身の知識と語られた内容を擦り合わせる。
連動して山手線結界説や、日本列島大陸説などという単語も脳裏を過るが、
話の腰を折る事になりそうなので、尾弐はあえてそれらを口にする事はしなかった。
思案する様子の尾弐に対し、那須野はミルフィーユをフォークで刻みながら話を続ける。

>「西暦2020年。皇紀2680年は、東京直下の龍脈を流れるエネルギーが最大になる年。世界中で一番エネルギーの集まる年なのです」
>「当然、それを狙ってくる輩の出現も予想できた。よって日本の五大妖はそれを阻止するため、密約を結んだ――」

「その目的の為に作られたのが―――――東京ブリーチャーズ、って訳だな」
0066尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/29(水) 22:46:18.28ID:33tABjNL
次いで那須野の口から明かされたのは、東京ブリーチャーズが発足するに至った経緯であった。
五体の大妖が、世界を統べる程の力を持つ龍脈を『誰かの物にさせない』。
海外の怪異の手に、その力を『渡さない』。その為に、東京ブリーチャーズは作られたという、事実。

「……俺みたいなのはともかく、色男と嬢ちゃんが聞いたら怒り出しそうな話だな、また」

決して正義の為ではなく、エゴの妥協点としてブリーチャーズが作られたと知った時、
祈は……ノエルは、一体どのような反応を見せるのであろうか。
尾弐はその光景を想像しかけ……けれど、首を振ってその想像を頭から祓う。
仮定の未来をいくら夢想しても詮無きことであるからだ。

>「……ま、何もかもが順風満帆とはいきませんがね」

他にも様々な問題が有る様だが……那須野がここでそれを口にする事は無かった。
恐らくは、それこそ詮無きことだからであろう。

>「東京ドミネーターズ、そしてそれを率いるとされる妖怪大統領については、目下調査中です」
>「海外でそういうことを企みそうな、野心の強い連中に当たりをつけているのですが、なかなか特定できなくて」

そうして、最後に那須野が語ったのは、尾弐が先日対峙した西洋妖怪の集団『東京ドミネーターズ』について。
強力な力を有し、けれどその所在が雲をつかむかの如く捕えられない彼の集団。
そして、その頭目と思われる妖怪大統領なる存在――――

>「海外でそういうことを企みそうな、野心の強い連中に当たりをつけているのですが、なかなか特定できなくて」
>「ひょっとして、妖怪大統領とは伝説や神話で語られる存在ではないのかもしれません」

事実として語られたのは、彼等の所在地が不明であり、ムジナが主となり目下調査中であるという事。
推測と共に語られるのは、強大な力を持つと想定される妖怪大統領が、神話の神の様な存在ではないという可能性。
ここで、これまでの話を『知らなかった振り』をしながら聞いていた尾弐も、首を傾げる。

「神話や伝説以外の存在で強力な力を持つ奴ね……ちっとばかし突拍子過ぎねぇか、那須野。
 その条件で強い存在なんて、人間くらいのモンだろ」

幽世の存在に知名度や信仰が齎す力の増大は、尾弐も知る所である。
だからこそ、その影響を存分に受ける神話、伝承の怪物達以外の存在があの強大な力を有するドミネーターズの
頭目であるかもしれないという那須野の言葉に、尾弐は首を傾げ、疑問の言葉を投げかける事となった。
……最も、尾弐に思い浮かべられる程度の疑問である。優秀な探偵でもある那須野はとうの昔に思考していた様で。

>「現在、その辺りをムジナさんに別行動で調べてもらっています。彼ならそう時間はかからないと思いますが――」

既に、裏付けと調査の為にのっぺらぼうの妖怪、ブリーチャーズのメンバーであるムジナを動員しているとの事であった。
老獪な手練手管を有するムジナを戦力としてカウント出来ないのは痛手であるが、
事実を白日の下に晒すには彼の騙しの専門家以上に相応しい者がいないのもまた事実である。
0067尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/03/29(水) 22:48:53.69ID:33tABjNL
>「他のメンバーにも、同様に指示を出しています。戦力ダウンは否めませんが、まぁ、頑張りましょう」
>「……クロオさんの腰痛にはよくないですが、ひとつ発奮してください」

「ったく……仕方ねぇな。そう期待されちまったら、腰に湿布貼りながら頑張るとしかねぇじゃねぇか。
 全く、相変わらずウチの大将はオジサン使いが荒いぜ」

結果。笑みと一緒に送られた那須野の頼み事は、人数の減った状態であのドミネーターズと対峙せよという無茶なものであった。
だが、彼の探偵は本当に無理だと思う事を相手に頼まない――――その事を知っている尾弐は、目を瞑り首の後ろを手で抑え、
困った様子こそ見せているものの……その頼みを断るという事はしなかった。

そして、そんな会話の終わり―――那須野が、ドミネーターズの所在地が不明である事にため息を吐いた、その時。


ドタバタと慌てた足音を伴って、勢い良く那須野の事務所の扉が開いた。
突然の事に、思わず戦闘態勢を取りかけた尾弐であったが、入って来た人物が見知った存在である事を確認すると、
気が抜けたように再度椅子の背もたれに体を預ける。

「なんだよ、色男じゃねぇか。どうしたそんなに慌てて」

入って来た男……精緻な人形の様に美麗な顔を持つその存在は、東京ブリーチャーズの一員。
種族名雪女のノエルであった。
ノエルは、身を乗り出すようにして、僅かに残ったミルフィーユが置かれている机に手を置くと、まくしたてる様に語り出す。
常に賑やかなノエルであるからして、初めは欠伸などをしてその言葉を聞いていた尾弐であったが、
彼の話が進んでいく連れて徐々にその眉間に皺が寄り始める。

>「あの一味の……ジャックフロストのクリスがたった今上の店に来て……
>それで……僕が橘音くんに騙されてるって……ブリーチャーズを抜けろって唆してきた!
>また来るって言ってた……このままじゃそのうちこの事務所の正体もバレちゃう!
>僕のせいだ、僕がいっつも調子に乗って露出してるから……
>橘音くん、今すぐ事務所を移そう! 渋谷区に移そう!」

常になくノエルが必死である理由……それは、今の会話の内容を鑑みれば当然といえるものであった。
ノエルの言葉を信じるのであれば、昨日のコトリバコの一件を引き起こした集団。
先ごろまで話に上がっていた東京ドミネーターズの構成員が、自分たちの喉元にまで辿り着いていたというのだから。
那須野の事務所がドミネーターズに発覚する可能性に思い至った事で、更に混乱を深めたノエルに対し尾弐は

「――――ちったぁ落ち着け、ノエル」

尾弐の眼前の皿に残っていた1/4程の大きさになったミルフィーユをフォークで刺すと、ノエルの口へと放り込んだ、
そうして、無理矢理にノエルの言葉を切ってから、尾弐は自身の口を開く。

「お前さんの趣味が露出になってるのはこの際置いておいてだな……慌てるよりも先に確認する事があんだろうが」

ノエルの口にフォークを突っ込んだまま、尾弐はその視線の身を狐面の探偵へと移す。

「……おい、那須野。お前さんの事だから、尾行(ストーカー)対策くらいは事務所にしてあんだろ。
 ノエルの奴は、ここに来る時に誰かにつけられたりしてたか?」

尾弐は、眉間に皺を寄せたままこの部屋の主である那須野へと問いかける。
彼が気にしているのは、ノエルが「釣り餌」として使われた可能性。
もし、件のドミネーターズが悪意を以ってノエルに接触したのであれば、
ブリーチャーズを一網打尽にする為にノエルが泳がされた可能性は十分ある。

「大事なのは現状の確認だ。もし、付けられてたならノエルの言った様に適当な場所……そうだな、
 隠れてもバレなそうな巣鴨辺りにでも引っ越さなきゃならなくなるかもしれねぇ」

だが、もしも付けられていないのであれば―――――

「そうじゃねぇなら、探し物のヒントが向こうから葱背負って歩いてきた事になる……だよな、大将」
0068多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:03:15.31ID:c9srShF6
 コトリバコの事件から一週間経った。
コトリバコ戦の翌日にでもドミネーターズは攻めてくるだろう、
そして惨禍を振りまきながら従属か抵抗かの選択を迫ってくるに違いない。
そう考えて気を張っていた祈であったが、意外にも何かが起こることも、
それどころか何かが起こる気配さえなく、ただ日常は過ぎていった。
 いつ何が起こるか分からないので気は抜けないものの、平和な毎日が続き、そして、
登校日を迎えた。新学期が始まる。
 朝の路地を制服姿の子ども達が楽し気に、あるいは気怠げに歩いており、
妖怪でありながら人間の中学生でもある祈もまた制服に身を包み、彼ら彼女らと同じように中学校への道を歩いていた。
「ふわぁ……」
 鞄を肩に担ぐように持って歩きながら、欠伸を一つ。
祈の顔には僅かに疲労が見えて、右頬には絆創膏。制服でいくらか隠れているが、
腕や指先、脚回りにも同様に絆創膏や、包帯が巻かれていた。
コトリバコとの戦いで負った傷はとっくに癒えているので、これは別件での怪我である。
そんな姿を見掛けた生活指導の教師には、喧嘩でもしたのかと校門の前で問い詰められたが、
派手に転びましたと適当に誤魔化して、さっさと校内へ入った祈だった。
「おーっす」
 教室の後ろ側のドアかをガラと開けて、誰にともなく挨拶をし、中へと入る。
祈を見て挨拶を返す者もいれば、目を合わせなかったり、あるいは逸らしたりする者もいる。
挨拶を返す者が少ないことで、祈が同級生からどう見られているのか分かりそうなものだ。
 祈が窓際の一番後ろにある自分の席に腰を下ろして、
今日はちょっと暖かいな、眠くならないといいな、などと考えていると、
やがて予鈴が鳴り、担任教師がやってきて教壇に立った。
 古典を担当するこの教師は、授業がつまらないことで生徒間で有名で評判は良くないが、
祈はこの担任のことがそんなに嫌いではない。
感情が常にフラットなのか、祈を問題視し煙たがる教師もいる中で、
素行が悪い祈だろうと成績優秀な生徒だろうと、誰に対しても同じ態度で接してくれるからだ。
そんな担任が、ホームルームの挨拶の後、こんなことを切り出した。
>「えー、転入生を紹介する」
 その一言で、にわかにざわつく教室内。
それも仕方ない事だろう。これからの学校生活を共に過ごす仲間が教室に一人増えるというのは、
学生にとってビッグイベントだ。
祈の同級生たちは、転入生が男か、女か。男だとして美男か、女なら美女か。
良い人だろうか、悪い人だろうか。仲良くなれるだろうか。そんな話題で湧いた。
 祈とて、期待がない訳ではない。
教室の扉にはめられたすりガラス。その向こうに僅かに見える人影がその転入生なのだろう。
なんだかシルエットクイズでもしているようで、楽しくなった。
Evaluation: Good!
0069多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:09:17.64ID:c9srShF6
 担任は教室内のざわめく様を見てもなんら気に留めることなく、転入生に教室に入るよう促した。
 祈はせいぜい、あたしには関わってこないだろうけど、
せめて挨拶してくれるような奴だったら嬉しいな、なんてことを考えながら、その扉が開くのを待った。
やがてカラカラと小さめの音を立てて扉が開かれ、教室へと入ってきたのは女子だった。
黒いツインテールがその歩幅に合わせて小さく揺れる。
溜息が出るような華やかなその姿に、湧き立つ男子の声。
美男子を期待していた女子もいたであろうに、その落胆の声すら聞こえない。
 誰もがその目を奪われ、感嘆の声を上げた。
――ただ一人、祈を除いて。
 学校指定のセーラーを着ているとはいえ、見間違うはずがない。
腰まで届く黒のツインテール。血のように紅い右目。長い前髪に隠された左目。
その顔は、東京ドミネーターズを率いる妖怪大統領の名代を名乗った者と寸分違わない。
 レディ・ベアがそこにいた。
(やられた……!)
 雷に打たれた様な衝撃とはこのことだろう。祈は硬直して動くことができないでいた。
背筋がぞくりとして、嫌な汗が伝う。
 あろうことかレディ・ベアは転入生を装い、祈の中学校へと侵入してきたのだ。
恐らくは、担任をあの目で操って。そして祈が人間として生活している以上、
この場では妖怪の力を簡単には振るえないと知っているからこその――奇襲。
 戦慄して動けぬ祈を置いて、時計の針は進む。
レディ・ベアは黒板に英語で自らの名前を書き記し、それを終えると再び生徒たちの方へ振り向いて、
思わず微笑みを返してしまいそうになるような、愛らしい笑顔を作って自己紹介をする。
>「モノ・ベアードですわ!アメリカはワシントンD.C.より参りましたの、皆さまよろしくお願い致しますわね!」
 その声も。大量の死者が出たことを『それがどうかしたのか』と言ってのけた声と変わらない。
「お前は! この間の――」
 祈は黙っていられず、つい声を荒げて立ち上がってしまう。
ガタンと音を立てて椅子が倒れ、何事かとクラス中の視線が祈に集中し、教室内に緊張が走った。
 だが祈は二の句を継げない。
『お前はこの間の、大量殺戮事件を引き起こした妖怪、レディ・ベアだろ。
モノ・ベアードなんて偽名まで用意して、なんのつもりだ』と、どの口が言えようか。
そんな事を言ったとて何もならないし、誰が信じてくれるだろう。
口走れば新学期早々狂人扱いを受け、後の学生生活に響くに違いない。
 否、誰が信じる信じないの問題ではない。
この女が攻めてきた以上、ここが戦場になるのは必定。
同級生や担任に被害が出る前に先手を打たねばならない。ここで妖怪としての力を解放し、
たとえ己が人として生活できなくなったとしても、今叩かねばならない。
そう思い、己の裡にある妖怪へのスイッチに手を掛ける祈と、
モノ・ベアードと名乗る少女……レディ・ベアの視線が交錯し、レディ・ベアは祈を認識。
そして、僅かな迷いで行動が鈍った祈よりも早く、レディ・ベアが動いた――。
Evaluation: Good!
0070多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:12:54.20ID:c9srShF6
>「あら!あら!あら!あらあらまあまあ!これは奇遇なこともあるものですわね!」
 言いながら、大袈裟な動作で両手で口元を覆い、驚いて見せる。
「……は?」
 殺意も害意も、それどころか敵意すら一切感じられない、
まるで知己の友人にでも偶然出会ったような反応に祈は呆気に取られる。
>「ん、多甫と知り合いなのか?」
 担任がそんな祈とレディ・ベアを交互に見て、そんな反応を返す。
>「ええ、それはもう。日本へ来て早々、大変お世話になりましたのよ?――いいえ、お世話して差し上げたと言うべきかしら?うふふ!」
 レディ・ベアは担任へと向き直って、しゃあしゃあと言い放つ。
「ち、違う! コイツとは別に知り合いって訳じゃ……ていうかてめぇ何吹かしてやがんだ!?
誰がお前なんかの世話になったって言うんだこのや――」
>「そうか。じゃ、席は多甫の隣でいいか」
「はぁっ!?」
 担任は全く動じることなく祈の発言をスルーし、
知り合いであるらしいという部分だけ都合よく受け取ったようである。
挙句、勝手に祈から見て右隣の席を指定し、そこへ座るようレディ・ベアに指示してしまった。
 小さく頷いて、祈の右隣りの席を目指して悠々と歩んでくる、レディ・ベア。
敵組織の親玉、その名代が接近してきている事実に身構える祈だったが、
レディ・ベアが祈の間合いに入っても、彼女は祈の右隣りの席にふわりと腰掛けるだけで
拍子抜けする程何も始まることはなかった。
(な、何が、何が起こってんだ……?)
 レディ・ベアが着席する頃にはもう教室内に一時走った緊張感も消し飛んでしまっており、
「多甫さん、モノさんと知り合いなんだ。いいなー」だとか「転入生と事前に知り合いになって、
それが偶然同じクラスだなんて。漫画みたいな事って本当にあるんだね。すごーい」というような
楽し気なひそひそ話が聞こえてくる始末である。
思えば先程、祈が立ち上がって「お前はこの間の」と発言したものなど、
漫画の一コマにでもありそうなものではなかっただろうか。
 祈は頭が痛くなった。
(何がどうしてこうなった……?)
 混乱の中立ち尽くしていた祈は、担任の『お前も早く座れ』と言う視線を受けて渋々、
倒した椅子を戻して、とりあえず腰掛けることにする。
そして一体何を企んでいるのか探ろうとレディ・ベアへと目線を向けると、レディ・ベアもまた、そのタイミングで祈を見た。
更に祈へと微笑んで見せ、言う。
>「多甫さん。わたくし、日本のことはまだ何もわかりませんの。教えて下さる?」
 混乱を極める状況の中。
唯一定かなのは、このモノ・ベアードと名乗る少女が敵であると言うことだけだ。
「あ”ぁん?」
 祈はガンを飛ばして、ふいと顔を逸らす。
良く分からないが慣れ合う気はないという意思表示であり、この状況に対するせめてもの抵抗だった。
 しかし。
>「知り合いならちょうどいい。多甫ー、あとで学校の中を案内してやれー。いろいろ面倒も見てやるんだぞー」
 担任の無情な一言が祈を襲う。
(あたしが嫌そうな顔してんのわっかんだろ!?
このタイミングでその空気読まない平常心発揮すんのやめろぉぉぉ!! クソォォォォ!!)
 祈がこの無表情な担任のことをちょっと嫌いになりかけていると、
>「……あの。さっそくで悪いのですけれど、教科書を見せてくださいませんこと……?」
 祈のガンなどなんのその、レディ・ベアは上目遣いに祈を見て、いかにも転入生らしいそんな台詞を宣った。
 祈の処理能力は限界だった。頭に無数の「?」を浮かべながら、流されるままに机を寄せ、
鞄から取り出した教科書を開きながら、再度心の中で思う。
(ほんとにどうしてこうなった……?)
 一限目の始まりを告げる鐘が鳴った。
Evaluation: Good!
0071多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:16:01.45ID:c9srShF6
 休み時間の度、祈はレディ・ベアに言われて、学校の中を案内することになった。
担任から頼まれたことを断るのも気が引けたというのもあるが、
祈が案内しないことで代わりに他の生徒がレディ・ベアと一緒になっては危険であると考えられた為、
祈はむしろ積極的と言えるほど素直に案内したものである。
 その先々で無邪気にはしゃぎ、見るもの全てに驚いてみせるレディ・ベア。
見る者の口元を思わず綻ばせてしまうような、その姿。
しかし祈はそれを見ても楽しい気持ちになどなれず、むしろますます混乱するばかりだ。
 何せ偶然とは思えないのだ。東京に幾つもある中学校の中で、
たまたま祈がいる学校を選び、しかも同じクラスになる等、そうそうあり得ることではない。
そこには必ずなんらかの意図がある筈だと祈は考えたのである。
 しかしその意図がなんなのかは、全く見当がつかないでいる。
何故なら、わざわざ中学校に転入生として潜り込んでまで祈と接触することに、
何ら利点が考えられないからである。
 一週間前、ドミネーターズは無傷でブリーチャーズを圧倒した。
コトリバコを手駒として行われた攻撃により、ブリーチャーズは疲弊あるいは満身創痍の状態にあり、
もしブリーチャーズを僅かにでも脅威に感じていたのであれば、
あの瞬間こそがブリーチャーズを始末するかつてない好機であったに違いない。
しかし、それを見逃してドミネーターズは去った。
それこそが、ドミネーターズがブリーチャーズという存在を歯牙にも掛けていないことの証左だろう。
祈にとっては苦々しく認めたくない事だが、言うならば“敵ではあるがいつでも潰せる存在”とでも言った所か。
 そんな相手に、これ程の労力や手間を掛けて接近する理由などどこにあるだろうか。
しかも祈はブリーチャーズの中では位の低い妖怪であるので、
妖怪大統領の名代が自ら出張って来る程の価値があるかと言えば尚更疑問が残る。
 そして何より、これが祈を狙った奇襲であると仮定したのならば、
レディ・ベアが教室に足を踏み入れた時、祈を討たなかったことに説明がつかない。
視線を交わした際に、あの瞳から放つ催眠術のようなものを使っていればそこで勝負は決まっていたし、
動揺している祈は容易く倒せたに違いないのだから。
 だとすれば、レディ・ベアは何故転入生として祈の学校にやってきたのだろうか。
それが祈にはわからない。
(狙いがあたしじゃないとすれば、学校に何かあんのか……?
いや、実はそれほど強い妖怪ではなくて、ブリーチャーズを倒す自信がない、
だから遠回しにプレッシャー掛けてるとか? それとも……いや、でも……)
 祈はもともと、橘音のような頭脳派ではない。むしろ考えるのは苦手な方だ。
思考はやがて堂々巡りし、明後日の方向へ進み、再び行き詰っては振り出しに戻る。
そんなことを繰り返しながら、昼休みを迎えた。
Evaluation: Average.
0072多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:28:38.14ID:c9srShF6
 昼休みも、当然のように祈はレディ・ベアに学校を案内することになった。
そして終わらぬ考え事をしながら歩いている内に、ふと、祈は自分達が校舎裏に入ったことに気付く。
 春の日差しを校舎が遮り、校舎裏に大きな影を作っている。
周囲には誰もおらず、人気と呼べるものはバドミントンやバレーボールをしている生徒が数人、遠目に見える程度に留まった。
祈とレディ・ベアがどのような話をしようと誰にも聞かれることのない、二人きりとも言える状況になり、
生徒達の遊ぶ日の当たるあちら側と、日陰のこちら側は、まるで隔絶されている世界であるような気がした。
 二人きりになったのを見計らったようにレディ・ベアが立ち止まり、
後方のレディ・ベアが立ち止まった気配を察し、祈も足を止め、振り返った。
 校舎の壁に軽くもたれかかりながら、レディ・ベアは祈へとこう問いかける。
>「……不思議に思っているのかしら?なぜ、わたくしがここにいるのか」
>「東京ドミネーターズとして、今度はこの学校を災厄の坩堝にしようとしているのかと……そう考えていますわね?」
 まるで心の中を見透かされた様な言葉に、祈はどきりとさせられる。
 術を掛けられる危険があると思い、直接レディ・ベアを見ないようにしながら祈が何も答えずにいると、
レディ・ベアはそれを問いへの肯定だと受け取り、かぶりを振ってその考えは違うとジェスチャーで示した。
>「だとすれば、余計な勘繰りですわ。わたくしは真実、この学校へ学びに来たのですから。お父さまがそう仰ったのですわ」
>「いずれ、この東京を。日本を手中に収めたときのために、学校へ行ってこの土地の文化を学んできなさい……とね」
>「わたくし、まだ誕生して14年しか経っておりませんの。余りにも知らないことが多すぎる……見聞を広めるのも支配者の務め」
>「ですから、わたくしはここではあくまでモノ・ベアード。レディベアとは別人でしてよ」
 『学校へは飽く迄も学びにきただけ』、『今の自分はレディ・ベアではなくモノ・ベアードである』。そうレディ・ベアは語る。
レディ・ベアがそう語っている最中に、バレーをしている女生徒がトスをしくじったボールがこちらへと転がってきていた。
レディ・ベアは己の足元へ転がってきたバレーボールを拾い上げて、女生徒へと優しく投げ返す。
その姿は、確かにこの間出会った、残酷で冷酷な“妖怪大統領の名代であるレディ・ベア”とは異なっているように祈には見えた。
大人しく授業を受けていた姿もまた、学業に励む学生そのものであり、言っている事と行動が一致している。
>「……いいところですわね、ここは」
 何気なく呟かれたこの言葉もまた、以前受けたレディ・ベアの印象と結びつかず、
レディ・ベアと似ているだけで全く別人の、“モノ・ベアード”という少女がいるだけのようにすら祈には思えた。
 真意を確かめようと、祈は逸らしていた視線をモノへと向けたが、
>「貴方がわたくしに対してよい感情を持っていないことは知っていますし、改めろと言う気もありません」
>「ただ、協定を結びませんこと?貴方とわたくし、この学校の中にいる間は戦わない――と」
>「この学校を非戦闘地域に指定する、ということですわ。わたくしは人間の文化を学ぶ、貴方は余計な戦いをせずに済む」
>「まさに、win-winの関係と言ってよいでしょう。悪くない提案だと思うのですけれど?」
>「もちろん、この学校の敷地を一歩出れば、この協定は無しですわ。戦いたいと言うのであれば、受けて立ちますし……」
>「わたくしたちのすることに刃向かうならば、潰します。よろしくて?」
 振り向いたモノの顔は、レディ・ベアへと戻っていて。
一方的に投げつけられる高飛車で尊大なレディ・ベアの言葉は、どこまでが本当で、どこまでが嘘であるのか。
その瞳をまっすぐに覗いても、ついに祈には測ることができなかった。
>「改めて、よろしくお願い致しますわ。多甫さん……いいえ、祈と。そう呼んだ方が宜しいかしら?わたくしのことはモノ、と」
 差し出されたレディ・ベアの、そして“モノ”の右手。
それを取るか否か。僅かな間に悩んだ祈だったが、やがて答えを決め、レディ・ベアへと一歩踏み出した。
Evaluation: Average.
0073多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/01(土) 00:59:07.05ID:c9srShF6
 確かなことは二つある。
(やっぱりこいつは、あたし達の『敵』だ)
 彼女はレディ・ベア。八尺様やコトリバコを手駒として、酸鼻きわまる大虐殺を引き起こした張本人。
それ以前に起こった妖壊事件も彼女達が関与していた可能性は充分にある。
今がどんなに無害に見えたとしても、被害に遭った人々の無念を晴らす為にも、
これからそれ以上の事態を引き起こさせない為にも、倒さねばならない。
決して許してはならない『敵』である事は確かだ。
 そしてもう一つは。
(でもこいつは、約束を破らない)
 東京ドミネーターズが商店街に姿を現した時、
レディ・ベアは戦うつもりはないと言って、その約束を違えなかった。
性格的に義理堅いというのもあるのかもしれないが、それだけではないだろう。
祈は、橘音とある毛玉の妖怪がこんな話をしているのを聞いたことがある。
『契約というのは言霊によって紡がれた誓約であり、妖怪にとっては絶対的な拘束力を持つのだ』と。
また『契約を破ることは即ち自身という存在の否定になり、自殺にも等しいことである』とも言っていた。
 妖怪にとって約束は絶対。
だとすれば、レディ・ベアにどんな目論見があるにせよ、
ここを非戦闘地域に指定し戦わないと言う協定、その約束は活き、決して破られない事になる。
 レディ・ベアが現れてあわや学校が戦場になるかと思われたが、
協定を結べば、二人が学校にいる間は全校生徒や教師の安全が保障される。
これは大きなメリットだと言えた。
また、レディ・ベアを昼間、学校内という見える範囲に置くことで、その動向や目的を探ることもできるかもしれない。
そう考えれば、協定を結ぶのは決して悪手ではないように祈には思えた。
 だからこそ。
「いいよ。結んでやるよ、その協定っての」
 祈はそう言って、モノの右手を取った。
「但し――」
――そして、左足を振り上げる。
 レディ・ベアとの協定を結ぶ。それは決して悪手ではないと言うだけで、好手ではない。
もっと良い手があることに祈は気付いている。
 それは、“悩みの元凶であるレディ・ベアをこの場で倒してしまう事”だった。
そうすれば協定など結ぶ必要もなくなる。それどころか、
レディ・ベアを倒したことによって、東京に迫る妖怪大統領という驚異の影を払拭することもできるやもしれないのだ。
幸い、今は生徒は誰もこちらを見ておらず、僅かな時間ならば祈の正体がバレることはない。
更に、敵の首領の名代は今一人でいる。人狼やジャック・フロストなどの強力な仲間がいない。
これは、千載一遇の好機だ。
 風を切り裂いて、モノの頭部側面めがけて振るわれる祈の左足。
モノは祈に右手を掴まれ、封じられている。そしてこの至近距離。この速さ。
普通ならば避けることも、防ぐことも叶わないだろう。そしてこのまま祈のハイキックが頭に直撃すれば、
いかに妖怪と言えど無事では済まないに違いない。
 だが祈の左足は、モノのツインテールの横、その僅か数センチ離れた所で――ぴたりと制止する。
遅れてやってきた風が、黒のツインテールを揺らした。
 “ここはいいところだ”と、レディ・ベアは――、モノは言った。
レディ・ベアは絶対的な強者の立場にある。
何故なら学校に現れた時点で、全校生徒や教師達を人質に取ったようなものだからだ。
加えて、レディ・ベアには瞳術もある。故に、祈に対して交渉という遠回しな手段を取る必要がない。
従えとただ上から押さえつけるだけで良いのであり、つまり、交渉を飲ませる為に“演技をする必要すらない”。
 故にモノのあの独白を、本心なのではないかと祈は思った。
そして同時にこんな事をも思ってしまった。
“もし人の世界をいいと思える心があるのなら、もっと人の世界を知り好きになってくれたなら、
レディ・ベアは自ら改心して東京への侵攻をやめてくれるのではないか”と。
 それは湯に落とした一欠けらの砂糖が作る揺らぎのように、あまりにも淡く、甘い希望だった。
 だがそれを抱いてしまったが故に、祈はレディ・ベアを倒す千載一遇の機会を、今捨てる。
 人の世界を知って貰う為に。
「……この協定を破るような真似をしたら、今度は当てる。もう前のあたしじゃない。
空の彼方まで蹴っ飛ばしてやるから、覚悟しとけよ。“モノ”」
 蹴りを止めたそのままの体勢で、祈はレディ・ベアに釘を刺す。
 ノエルが事務所に駆け込み、尾弐にミルフィーユを食べさせて貰っている頃とほぼ同時刻。
こうして、転入生を校舎裏に呼び出して、さっそくヤキを入れているようにしか見えない多甫祈と、
モノ・ベアードの秘密の協定が結ばれたのである。
Evaluation: Good!
0074 ◆YnodC.l/xlRE 垢版2017/04/01(土) 14:20:36.98ID:f4+1mT68
名前:おひめちゃん
外見年齢:8歳
性別:女
身長:132
体重:ノーコメント
スリーサイズ:すとーんって感じ
種族:元、神様
職業:ゆーちゅーばー
性格:神様気取ったり負け犬気取ったり気分の移ろいが激しい
長所:光を司る最高神の力を扱える、神様気分の時はわりといいやつ
短所:ただし神としての名も信仰も失っているのでクソ雑魚、負け犬気分の時は軽くメンヘラ
趣味:ショッピング、配られてるティッシュ巡り
能力:光を司り操る
容姿の特徴・風貌:白髪、おかっぱ、長髪、作り物めいた美貌、衣服は着物だったりフリフリドレスだったり
簡単なキャラ解説:

習合(神様や宗教、教義の吸収合併)により名前を失い信仰を失い、神様でいられなくなった存在
そういう神様がいたかもしれないという可能性を人間が認識しているから辛うじてその存在を保てている
ブリーチャーズでの活動や動画投稿は少しでも自分の存在を確かな物にして、消えてしまわないようにする為
明治から大正にかけて何処かの鉱山で巨大な岩を砕いたら、その裏にあった洞窟から少女が現れた・・・なんて伝承があったりなかったり



こんなんオッケーですかね・・・
正規メンバー希望です
0075那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/02(日) 18:48:09.91ID:Wvcim0DC
>あの一味の……ジャックフロストのクリスがたった今上の店に来て……
>それで……僕が橘音くんに騙されてるって……ブリーチャーズを抜けろって唆してきた!
>また来るって言ってた……このままじゃそのうちこの事務所の正体もバレちゃう!
>僕のせいだ、僕がいっつも調子に乗って露出してるから……
>橘音くん、今すぐ事務所を移そう! 渋谷区に移そう!

尾弐とふたりきりでブリーフィングをしていると、俄かに外の階段からバタバタとあわただしい足音がする。
と思えば、元々白い顔色をほとんど青いレベルにまで変えたノエルが駆けこんできて、何やらまくし立て始めた。

>なんだよ、色男じゃねぇか。どうしたそんなに慌てて

尾弐が呆気にとられたように言う。橘音もノエルへ怪訝な眼差しを向ける。
ノエルが告げた言葉は支離滅裂だったが、その意味は理解できる。
まさに、たった今。敵のひとりであるジャック・フロストが、この事務所の真上にあるノエルの店に現れたというのだ。
しかも、ノエルに東京ブリーチャーズを抜けろと言ってきたと。
まさに驚天動地の事態だったが、橘音は落ち着き払っている。すっかりぬるくなった紅茶を一口啜ると、

「……やっぱり、一番手は彼女ですか」

と、独りごちるように言った。

>……おい、那須野。お前さんの事だから、尾行(ストーカー)対策くらいは事務所にしてあんだろ。

尾弐が問うてくる。が、橘音は軽く肩を竦め、

「ありませんよ?そんなの」

さも当たり前のように言った。

「それに、バレちゃうも何も――もう、あちらさんはとっくにここのことなんて御承知でしょう」
「メディアに取り上げられているノエルさんのお店はもちろん、ボクの事務所も。街のあちこちにポスターが貼ってありますからねぇ」

平然と言い放ち、ミルフィーユをぱくつく。
このビルはノエルの店の脇に階段とエレベーターが設置されており、一階には入居しているテナントのパネルが掲示してある。
もちろん、そこには『那須野探偵事務所』とバッチリ書いてある。ノエルの店を嗅ぎ付けられた者が気付かないはずがない。
つまり、クリスは東京ブリーチャーズの本拠地を把握した上で、敢えて本丸に攻め込まずに帰ったということだ。

「ま、彼女ならそうすると思ってましたよ。彼女がドミネーターズの一番手になるであろうことも予想できていました、なぜなら――」
「ノエルさんの顔を見た彼女が、他のメンバーに一番を譲るとは考えづらかったですからね」

尾弐に口の中へミルフィーユを突っ込まれたノエルをちらと一瞥し、立ち上がって自分の座っていたソファを勧める。
今までこちらに足取りをまるで掴ませなかった東京ドミネーターズが忽然と現れ、しかも戦わずに去った。

>そうじゃねぇなら、探し物のヒントが向こうから葱背負って歩いてきた事になる……だよな、大将

昔ふたりでコンビを組んで妖壊退治していた頃の雰囲気もそのまま、尾弐がこちらの意を汲んで告げてくる。
そうだ。尾弐の言う通り、これは千載一遇のチャンスだ。今なら、ドミネーターズの尻尾を掴むことができるに違いない。
しかし。

「……そう、ですね」

橘音はやや歯切れ悪く返すと、右手の人差し指を軽く下唇に添えた。
それは、悩んでいるときの仕草。躊躇いや逡巡があるとき、決まって行う所作。
橘音自身気付かず無意識にやってしまう癖だった。
0076那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/02(日) 18:52:17.47ID:Wvcim0DC
「行動開始の前に、今回戦う敵――ジャック・フロストのクリスについて、ボクの知りうる情報を開示しておきましょう」
「なんで知ってるのかって?……簡単な話ですよ。ボクは――」
「『かつて、一度彼女と戦ったことがある』からです」

胸の下で緩く腕組みし、橘音はノエルと尾弐を順に見た。

「今から3年前の、平成26年。季節はちょうど今頃でしたか……東京は未曽有の豪雪に見舞われました」
「交通機関は軒並みストップ。電気、水道、ガスも止まり、首都機能は完全停止一歩手前にまでなったのです」
「でも、それはただの自然現象なんかじゃなかった。それは紛れもなく怪異の仕業……」
「――そう。あのジャック・フロストを名乗る妖壊。クリスの起こした『妖災』だったんです」

そんなことを言いながら、実用性一点張りのスチール製本棚から分厚いファイルを一冊取り出し、パラパラと捲る。
ふたりが見やすいようにファイルをソファの間にあるガラステーブルに開くと、そこには当時の事件の顛末が書かれていた。
何枚かの写真もファイリングされており、そこには望遠ではあるものの確かにクリスらしい白い女が写っている。

「あのときは、丁度クロオさんが不在で。他のブリーチャーズのメンバーで対処したんですが……結果は惨敗でした」
「ボクの采配がまずかったのもありますが、とにかくクリスの力が桁外れで――彼女を日本から追放するのが精一杯だったんです」

ふう、と一度溜息をつく。
事件のことは、事後報告ではあるが当時のメンバー全員に話してある。尾弐も一部始終は把握していることだろう。
たったひとりで東京二十三区全域を氷漬けにしようとした、恐るべき妖壊がいたこと。
なんとか東京都から追い出すことはできたが、倒すことまではできなかったこと。
クリスを退けるために、五人のメンバーが犠牲となったこと――。

「……そのクリスが帰ってきた。東京を侵略せんとする、ドミネーターズの一員として」
「まともに戦えば、とても勝ち目はないでしょう。3年前の戦いと同じようにね。――でも……」

そこまで言って、口を噤んでしまう。
強大な敵の再来に対して、脅威を感じている――というだけではない。明かな気の迷いがある。
橘音はほんの僅かに懊悩するそぶりを見せたが、すぐに意を決したらしく、

「今回、こちらには切り札があります。クリスに対して、絶対的なイニシアチヴを獲得できる切り札が。それは――」
「……アナタですよ。ノエルさん」

白手袋に包んだ右手、下唇に添えていた人差し指をノエルへと向け、そう言い放つ。

「クリスを撃破するには、ノエルさん。アナタの力が必要不可欠です。多大な犠牲を払わずに彼女に勝つには、ね」
「でも。そのためには、アナタに傷を負って貰わなければならないかもしれない。身体ではなく、心の傷を……」
「……ノエルさん。それでも、アナタはボクに。東京ブリーチャーズに、力を貸してくれますか……?」

仮面の奥から、橘音はまっすぐにノエルを見つめた。
東京のため、東京ブリーチャーズの皆のため、おまえが傷つけ。そう言っている。
非情な判断だが、それが目的を遂げるための最善手であるのなら、迷わずそれを採る。それが指揮官としての橘音の役目だ。
代われる痛みなら、喜んで自分が代わろう。
前回のコトリバコとの戦いでも、橘音は自分が囮になるが適任と判断したがゆえ、迷いなく自身を危険に晒した。
だが、今回はいけない。クリスとの戦いでは、ノエルに苦しんでもらわなければならない。
なぜなら、クリスは雪女の里の業そのもの。
ノエル以外の誰にも背負うことのできない、雪女という種族にまつわる因縁だからである。
0077那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/02(日) 18:56:19.28ID:Wvcim0DC
「さて。では、上に行きましょうか。ノエルさん、お店ほったらかしでここへ来たんでしょ?」

橘音は軽く天井を見上げた。言うまでもなく、ノエルの店のことを指している。
事務所の戸締まりをして階段をのぼり、一階の店舗に入ると、幸いまだ店の中は閑散としたままだった。
これでうっかり大量の客が入りでもしていたら大変だったが、その心配はないらしい。
とはいえのんびりはしていられない。橘音は残っている客のところへ行くと、

「すみませーん!只今より店舗貸切となりまーっす!またのお越しをー!」

と言って、半ば無理矢理全員を退店させてしまった。
店内がノエルと尾弐、そして自分だけになると、橘音はぐるりと中を見渡す。
カウンターには、まだクリスの食べた氷の器がそのまま残っていた。その器のところへと歩いてゆく。

「ノエルさん、よっぽど慌てていたみたいですね?器も片付けないで……。この器から、アナタ以外の雪妖の妖気の残滓を感じますよ」
「ほんのごく僅かですが……でも、これで充分すぎる。これを辿って、クリスの後を追いましょう」

白手袋に包んだ手で、慎重に器をつまみあげる。
今まで欠片さえなかった敵の妖気。敵の存在を確かに伝える物証がここにある。
もし、ノエルが変に落ち着き払っていて、器を片付け洗ったりしてしまっていたなら、妖気の残滓も流れ落ちていただろう。
慌てに慌てたノエルの行動が、結果的にいい方に転んだというわけだ。
……とはいえ、器に残ったクリスの妖気は微かなもの。尾弐たちにも、よほど意識を集中させない限り感知するのは難しいだろう。
こんなものを手掛かりにクリスの足跡を追うというのは、至難の業のように感じられた。

が。

「こんな場合にうってつけの力を持つ妖怪を、ボクたちは知っている……。ですよね?おふた方」

橘音はにんまり笑った。そしていつも羽織っているマントの内側に手を突っ込み、ゴソゴソとまさぐってみる。
取り出したのは、禍々しい髑髏のフレームが施されたタブレット――狐面探偵七つ道具の一、召怪銘板。
魔王と呼ばれる二体の妖怪、山ン本五郎座衛門と神野悪五郎の力が封入された、日本のあらゆる妖怪を召喚できる呪具である。
その液晶画面を素早く繰り、店の床に人ひとりが入れるくらいの結界を作り出す。

「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!我と共に来たり、我と共に滅ぶべし!――出でよ、妖怪送り狼!」

詠唱はまったくの適当である。ただカッコイイと思ってやっているだけだ。
ともかく橘音の召喚に応じ、結界の中がまばゆく輝く。
店内を満たす光の波濤が収まったころ、そこにいたのは一匹の中型犬ほどの大きさをした狼。
東京ブリーチャーズ正規メンバーのひとり、否、一頭――送り狼。

犬の嗅覚は一般に人間の百万倍から一億倍程度と言われており、狼の嗅覚はそれを上回る。
そして、妖怪である送り狼のそれは通常の犬や狼の性能を遥かに凌駕している。
妖怪の持つ妖気にはそれぞれ波長があり、種族によって差異がある。それは『におい』のようなものだ。
橘音は送り狼を使うことで、クリスの残した妖気の残滓を追跡させようと考えたのだった。
まして、送り狼はその名の通り後を尾けるもの。足跡を追う追跡者として、これ以上の適任はない。

「こんにちは、ポチさん。さっそくで悪いんですが、ちょっとお仕事してもらいますよ」
「報酬はドッグフードでどうです?半生タイプのお高いやつ。……あと骨ガムもつけちゃいます。いかが?」

などと言いつつ、橘音はクリスの使った器を送り狼――ポチの鼻先へ持って行く。
ポチの嗅覚ならば、クリスが店を出てどこへ向かったのか、はっきりとわかることだろう。

「途中で祈ちゃんを拾っていきましょう。ということで――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!」

びっ、と店の外を指差し、場にいる全員にそう告げる。
割と気に入っている決めゼリフであった。
0078那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/02(日) 19:00:01.46ID:Wvcim0DC
>いいよ。結んでやるよ、その協定っての
>但し――

ゴウッ!

烈風を撒き、祈の振り上げた左脚がモノの右の米神を狙い――寸前でピタリと止まる。
握手したまま、モノは微動だにしない。『動かない』のか、それとも『動けない』のか。
兎も角、モノは抵抗しなかった。ただ、変わらず穏やかな笑みを浮かべている。

>……この協定を破るような真似をしたら、今度は当てる。もう前のあたしじゃない。
>空の彼方まで蹴っ飛ばしてやるから、覚悟しとけよ。“モノ”

祈の言葉に嘘はない。もしも協定が破られるようなことがあれば、祈は迷いなく蹴りを見舞うことだろう。
だが、モノは斟酌しない。穏やかで無害そうな笑みを一転、禍々しい化生そのものの嗤い顔へ変貌させると、

「……感情だけで突っ走る猪武者かと思っていましたが。認識を改めさせて頂きますわ?」

と、トラバサミじみたギザギザの歯を覗かせて言った。
ともあれ、これで祈とモノの協定は締結した。これよりこの学び舎は非戦闘地域となり、両陣営は戦いを行わない。
少なくとも、祈とモノは。
それはこの学校の校門を一歩出れば無効となってしまう、甚だ心許ない約束ではあったが、それでもないよりマシであろう。
モノは祈の手を離すと、ツインテールを軽くかきあげた。

「さて。では祈、もう少し校内を案内してくださいませんこと?わたくし、まだまだ知りたいことがありますの」
「やっとあちらから抜け出して、憧れの表世界に来たのですもの!何だって見ておきたいですし、触っておきたいのです!」

そう告げる漆黒の少女には、もう妖怪大統領の名代レディ・ベアの面影は微塵もない。
ここにいるのはあくまで、アメリカからやってきた転入生モノ・ベアード。
モノは言葉でなく所作で祈へそう伝えると、好奇心が抑えられないといった具合で嬉しそうに笑った。
そして、校舎裏からもっと人のいる場所へ行こうと促す――が。

そんな折、校庭の方で甲高い悲鳴が上がった。

「……なんですの?」

モノが怪訝な顔をする。
普段の学校は平和そのものだ。よほどのことがない限り、悲鳴などというものは聞こえない。
昼食後のバレーボールやバドミントンに興じる生徒の誰かが怪我をしたか、それとも喧嘩か――。
その声に気を引かれたらしく、モノは校庭へと歩いていった。

校庭のほぼ真ん中に、祈の見慣れない人影がひとつ佇立している。
ボロボロになったオリーブ色のトレンチコートを羽織った、四十絡み程度に見える汚い風貌の男だった。
髪は伸び放題、髭の手入れもしていない。まるで浮浪者の見本のような外見である。
もちろん、この中学校という空間からは完全に浮いている。突然の不審者の闖入に生徒たちは一様に怯え、遠巻きにその姿を見た。
モノも眉間に皺を寄せて男を窺う。そして祈に視線を向けると、

「祈、なんですのあれは?あれもこの学校の生徒なのかしら?それとも教師?それとも――」

そう訊ねた。
と、校内に入ってきた不審者を退去させようとしてか、ジャージ姿の教師が校舎から出てきて男へと歩み寄ってゆく。
筋骨隆々とした体育教師だ。一喝すれば、たまたま迷い込んだような浮浪者はすぐに退散することだろう。

しかし。

男と教師との距離が10メートルほどまで詰まった瞬間、一陣の風が体育教師の身体を掠める。
そして、次の瞬間。体育教師の分厚い胸板はまるで刃物で斬られたかのようにばっくりと裂け、血潮を噴き出した。

「――あの妖怪も、貴方がた東京ブリーチャーズのメンバーなのですかしら?わたくしの記憶にはありませんけれど」
0079那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/02(日) 19:04:19.24ID:Wvcim0DC
何が起こったのかわからない、という驚きの表情を顔にへばりつかせ、体育教師は血潮を溢れさせながら仰向けに倒れた。
もう一度、女生徒たちの悲鳴があがる。

男が、嗤う。

「……喉が……」
「喉がよオ……渇くんだよオ……。水が飲みたくって……渇いて……。でも、東京の水はまずくって……飲めねえンだ……」

歯のところどころ抜けた口を開き、男は呟くように言う。

「ここだけじゃねえ……どこの水もまずくってよう……。昔は、うまかったのに……水の味が変わっちまって……渇いて……」
「渇いてよウ……苦しくってよウ……。でも、俺は思ったのよ……。水が飲めねえんなら、水じゃねえもんを飲めばいいってなア……」

じゃり。

ボロボロの靴裏を鳴らし、男はゆっくりと体育教師へと近付いてゆく。

「水の味はよウ……変わっちまって、飲めなくなったけど……。これは……この味は、昔と変わらねえ……。昔のまんまだあ……」
「だから。だから……よウ……」
「……血ィ……飲ませろ、よオ……!」

ずるり。
ずる。ずる。ずるり。
じゅるり。ずじゅるる、ずじゅり。

仰向けに倒れた体育教師の上に覆いかぶさるように跪くと、男は傷口に鼻面を突っ込むようにして溢れる鮮血を啜り始めた。
学校の中はパニックだ。悲鳴と怒号とが交錯し、我先にと逃げ出す者、蛇に睨まれた蛙のように固まる者、失神する者が混乱を助長する。

妖壊。

一般の水道水には塩素やカルキなどが含まれている。恐らく、東京都の提供する水が身体に馴染まなくなってしまったのだろう。
人間にはさして違いが分からないが、感覚の鋭敏な妖怪にとってそれは死活問題である。
そして『渇き』は『飢え』に勝る。空腹は土を食べても癒せるが、水へのかつえは水以外では満たされない。
この妖怪は満たされない渇きに苛まれるうち、妖壊へと変貌してしまったのだろうか。
人の世を乱し、妖怪の社会を壊さんとする妖壊を漂白するのが、東京ブリーチャーズの役目。
が、今ここには祈以外のブリーチャーズはいない。
万一のためにと橘音が祈に持たせている携帯電話はあるが、仲間を呼んでいるうちに被害はもっと拡大していくだろう。
祈はこの妖壊に対し、ひとりで立ち向かわなければならないのだ。

と、思ったが。

「ゆくゆくお父さまが支配される予定の帝都に、このような下賤、下衆、下郎の極致がはびこっているなど、我慢なりませんわね」

汚物を見るような眼差しで、モノが男を見ながら吐き捨てる。

「祈。こうした輩を帝都から一掃するのが、東京ブリーチャーズの仕事……。そうでしたわね?」

そう言うと、男の方へと臆するふうでもなく歩いてゆく。

「午後の授業に影響が出てはいけませんわ。わたくし、授業は遅滞なく受けたいの」
「手を貸して差し上げますわ、昼休みはあと15分……それまでに片付けますわよ。よろしくて?」

答えは聞いていない。ぼう、とモノの身体から濃い妖気が滲み出る。
つい今しがた結んだばかりの協定を守るために。
この学び舎を守るために。


漂白者と支配者との即席コンビが、妖壊に挑むこととなった。
0081御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/03(月) 00:57:41.81ID:bPT+9psg
>「――――ちったぁ落ち着け、ノエル」

「ついでにクロちゃんも住民票を渋谷区に移そうむぐぐぐ」

尚も喋り続け話が支離滅裂な方向にすっ飛んでいきそうになったところで、尾弐によってミルフィーユが口に放り込まれる。

「むぐぐぐむぐぐむぐむぐ!(だだだ駄目だよクロちゃん橘音くんがいる前で!)」

ちなみにこの状況を「食べさせてもらっている」と表現して別に何も間違ってはいないのだが、甚だしく誤解が発生すること請け合いである。
何かを受信してしまったのか、その発生するであろう誤解に基づいた抗議を繰り広げるノエルだったが
幸いにして何を言っているのか分からなかった。

>「……やっぱり、一番手は彼女ですか」
>「お前さんの趣味が露出になってるのはこの際置いておいてだな……慌てるよりも先に確認する事があんだろうが」
>「……おい、那須野。お前さんの事だから、尾行(ストーカー)対策くらいは事務所にしてあんだろ。
 ノエルの奴は、ここに来る時に誰かにつけられたりしてたか?」
>「ありませんよ?そんなの」

「ごっくん、このミルフィーユウマー。えっ、何二人でこっそり美味しいもの食べちゃってるの!?
……あっ(察し)これ僕どう見てもお邪魔虫じゃん! 紅茶ももらうよ、……あちちちちち! 熱い熱い!」

尾弐と橘音が真面目に対策を話し合う中、完全に明後日の方向のことを察してしまい、勝手に焦って紅茶を飲もうとして騒いでいる。
(超猫舌なのでアイスティーしか飲めない)

>「それに、バレちゃうも何も――もう、あちらさんはとっくにここのことなんて御承知でしょう」
>「メディアに取り上げられているノエルさんのお店はもちろん、ボクの事務所も。街のあちこちにポスターが貼ってありますからねぇ」

「ええっ、それはまずいよ橘音くん! 何落ち着いてんの!?」

平然とミルフィーユを食べている橘音の肩をつかんでがくがくゆする。

>「そうじゃねぇなら、探し物のヒントが向こうから葱背負って歩いてきた事になる……だよな、大将」
>「……そう、ですね」

尾弐に相づちを打つ橘音だが、いつになく歯切れが悪い。
橘音くん、平静を装ってるけどすごく迷っている――そう思う。
右手人差し指を唇に当てる動作、ノエルはその動作の意味することを意識的にか無意識的にかは分からないが認識しているのだろう。
0082御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/03(月) 01:01:17.02ID:bPT+9psg
>「行動開始の前に、今回戦う敵――ジャック・フロストのクリスについて、ボクの知りうる情報を開示しておきましょう」
>「なんで知ってるのかって?……簡単な話ですよ。ボクは――」
>「『かつて、一度彼女と戦ったことがある』からです」

橘音はかつてクリスと戦った事があるという衝撃の事実を明かし、平成26年初頭のクリスとの戦いについて語り始めた。
それは東京ブリーチャーズが発足してまだそれほど経っていない頃、黒雄は運悪く不在、ノエルや祈はまだ加入前だった頃の話だ。
その中で、“ジャック・フロストを名乗る妖壊”、意図してかうっかりか、橘音はそう言った。
橘音は知っているのだ――本当はクリスがジャックフロストではないということを。
首都機能を完全停止一歩手前にまで追い込んだ未曾有の大災害――
橘音が取り出したファイルの資料を見ると、人的被害も少なくなく、ブリーチャーズも5人もの犠牲を出したという。

「なんだよ、ドミネーターズに入る前から普通に悪い奴じゃん」

少しだけ残念そうに、同時に安心したようにそう呟く。
自分を見つめる眼差しが、触れた手が――あまりにも優しかったから。
妖怪大統領に太刀打ちできないと悟って被害を最小限に抑えるために敵の懐に潜り込んで――
なんてワケありではないかと一瞬でも思ってしまった自分が馬鹿だった。

>「……そのクリスが帰ってきた。東京を侵略せんとする、ドミネーターズの一員として」
>「まともに戦えば、とても勝ち目はないでしょう。3年前の戦いと同じようにね。――でも……」
>「今回、こちらには切り札があります。クリスに対して、絶対的なイニシアチヴを獲得できる切り札が。それは――」
>「……アナタですよ。ノエルさん」

「――えっ、僕?」

橘音の決意を知ってか知らずか、素っ頓狂な声をあげるノエル。
橘音はノエルの戦闘能力を高く買ってくれているようだが、ノエル自身はそうは思っていない。
なんとなくご近所だから声をかけられたと思っているし、いつも鉄壁前衛の尾弐に守ってもらい俊足中学生の祈に世話を焼かせている。
有体に言えばヘタレだしあんまり戦いに向いてないんだろうなあ、と自分でも思う。
そんな自分が、たった一人で東京23区を氷漬け寸前まで追い込んだ恐るべき妖怪に太刀打ちできるとは思えない。
つまりそこには、単に同じ能力を持つこと以上の何かがある。
橘音くんはまだ何か知っている、隠している――

>「クリスを撃破するには、ノエルさん。アナタの力が必要不可欠です。多大な犠牲を払わずに彼女に勝つには、ね」
>「でも。そのためには、アナタに傷を負って貰わなければならないかもしれない。身体ではなく、心の傷を……」
>「……ノエルさん。それでも、アナタはボクに。東京ブリーチャーズに、力を貸してくれますか……?」

無償のボランティアに対して犠牲を払えといけしゃあしゃあと言う。
それを言ってしまったら無償でボランティアをしている事自体がそもそも有り得ないのだが。
前回橘音や尾弐が人知れず身を削ったことに、ノエルは少なくとも意識的には気付いてはいない。
その上、妖怪にとって体の傷はわりかしすぐ治るが、心の傷は命にかかわる一大事だ。
自分の心が粉雪のように脆いこともなんとなく分かっている。死ぬかもしれない――
誰か一人の崇高な犠牲のもとに救われる世界――古今東西に枚挙に暇がなく世間に広く感動を呼ぶその手の物語が、しかしノエルはあまり好きではない。
ノエルは少しだけ困ったように笑う。
0083御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/03(月) 01:04:17.16ID:bPT+9psg
「……流石の僕だって”橘音くんの言う事”全部信じてるわけじゃない。だけど……”橘音くんの事”は信じてる」

そう思う根拠はない、理屈じゃない。たとえ記憶は遠い年月の彼方に消えてしまったとしても、魂に刻まれた何か。
普通に考えれば滅茶苦茶なことを言われているのに、橘音の役に立てて嬉しいと思う自分に困っている。
これはまずい、本格的にドMの扉を開いてしまったというのか――!?

「橘音くんはずるいよ……。僕が断るわけないって分かってるくせに」

だきっ――

まるでモフモフした動物を抱く時のように、橘音を抱きしめる。
頭がいいゆえに分かってしまう真実。伝えても詮無きことという判断に瞬時に辿り着き一人で抱えてしまう苦悩。
時に非情になり最善の道を示さざるを得ないリーダーの孤独――
実際にはそんなことを察せるほど高度な知能はないはずなのに、全て分かっているよと言わんばかりの微笑。

「一つだけお願いがある。もしも僕が致命傷を負ったら、消えてしまわないように支えて。この街でまだ生きていたいんだ……」

橘音ならいつだって最善の道を切り開いてくれる――それでも、その瞳に隠しきれない恐怖が混ざる。
今の自分が、何かあったら容易く壊れてしまう危うい均衡の上に成り立っていることに無意識のうちに気付いているのかもしれなかった。

>「さて。では、上に行きましょうか。ノエルさん、お店ほったらかしでここへ来たんでしょ?」

「あーっ! そうだった!」

流石は探偵、慌て過ぎてそのまま飛び出してきたことぐらいお見通しであった。

>「すみませーん!只今より店舗貸切となりまーっす!またのお越しをー!」

橘音が客を強引に帰らせたが幸い苦情等は出ず、作者と編集者に至っては
分かってましたと言わんばかりに「ですよねー!」と言って早々に退散して上階への階段を上って行った。
特に聞いてみたことは無いが、毎日ほぼいる事を鑑みても奴らはこのビルの上の階に住んでいるらしい。

>「ノエルさん、よっぽど慌てていたみたいですね?器も片付けないで……。この器から、アナタ以外の雪妖の妖気の残滓を感じますよ」
>「ほんのごく僅かですが……でも、これで充分すぎる。これを辿って、クリスの後を追いましょう」

「刑事ドラマでよくあるやつだよね! そうだ! 狐の橘音くんがモフモフの姿になれば……」

どさくさに紛れて橘音にありのままの姿を晒させようとするノエルの野望は次の橘音の発言で脆くも打ち砕かれた。
0084御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/03(月) 01:10:08.30ID:bPT+9psg
>「こんな場合にうってつけの力を持つ妖怪を、ボクたちは知っている……。ですよね?おふた方」

「……ですよねー!」

追跡といえば狐ではなく犬系と相場が決まっている。

>「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!我と共に来たり、我と共に滅ぶべし!――出でよ、妖怪送り狼!」

大層な演出と共に結界の中から現れたのは、一見するとなんということはない中型犬サイズの狼。
しかしこう見えて彼は送り狼とすねこすりのハイブリッド――東京ブリーチャーズの正規メンバーである。
橘音のように人型に擬態して生活する動物系妖怪が多い中で
人語を喋る人と変わらない知能を持ちながら敢えて動物の姿を貫いている稀有な存在でもある。

「やあポチくん、元気だった? お散歩行こう!」

ノエルは現れた狼――ポチに抱きついて撫でまわす。
丁度彼が店に遊びに来ている時にテレビの取材が来て店の看板犬として紹介されたこともある仲だ。

>「こんにちは、ポチさん。さっそくで悪いんですが、ちょっとお仕事してもらいますよ」
>「報酬はドッグフードでどうです?半生タイプのお高いやつ。……あと骨ガムもつけちゃいます。いかが?」
>「途中で祈ちゃんを拾っていきましょう。ということで――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!」

「アッセンブル!」

この掛け声が最近のお気に入りらしい橘音に合わせてポーズを決める。
「急用により本日は休店します」という下手糞な字の貼り紙を玄関に貼り、
今度は戸締りを忘れずに、ポチを追いかけはじめるのであった。
0085尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/06(木) 01:14:45.63ID:Oq6aHmSB
>「ありませんよ?そんなの」

「いや、ねぇのかよ」

さらりと述べられたノエルの店舗と那須野の事務所の警備事情を聞いた尾弐は、額に左手を当てて天を仰ぐ。
正義を勘違いした霊能者や理性を失った妖壊からの干渉を避ける為に、妖怪は闇に潜み、息を潜める。
人間社会に溶け込む時も、術式や呪詛を駆使し、己まで辿り着けないよう拠点を一種の結界と化す。
そんな尾弐の常識が吹き飛ばされた瞬間であった。
長年の付き合いにして初めて発覚した事実に軽く衝撃を受けている尾弐だが、
その尾弐を気に留める事も無く、那須野はミルフィーユを口へと運び

>「ごっくん、このミルフィーユウマー。えっ、何二人でこっそり美味しいもの食べちゃってるの!?
>……あっ(察し)これ僕どう見てもお邪魔虫じゃん! 紅茶ももらうよ、……あちちちちち! 熱い熱い!」

尾弐が放り込んだミルフィーユを嚥下したノエルは、紅茶を飲もうとしてその熱さに自滅してた。

そんな状況ではあるものの、何とか気を取り直し、ドミネーターズの構成員の足取りを追える可能性を提示する尾弐。
姿が見えないモノであれば追いようがないが、一度でもその尾を見せたのであればその足取りを追うのは容易となる
ましてや、那須野は探偵だ。人探しはお手の物だろう。
そう思っての発言であったが――――

>「……そう、ですね」

対する那須野の反応は、珍しくも歯切れの悪いものであった。
躊躇いや逡巡……或いはその両方か。
尾弐は経験から。ノエルはその豊かな感受性から。
那須野が、今回の相手と対峙する事へ思う事がある事に気付く事となる。
だが、尾弐もノエルも敢えて何も言う事は無く次の言葉を待ち……やがて、考えが纏まったのであろう。
腕を組み、那須野は語りだした。

>「行動開始の前に、今回戦う敵――ジャック・フロストのクリスについて、ボクの知りうる情報を開示しておきましょう」
>「なんで知ってるのかって?……簡単な話ですよ。ボクは――」
>「『かつて、一度彼女と戦ったことがある』からです」

それは、遡る事3年前に起きたとある妖壊との対峙の記録。
首都機能を麻痺させ、当時在籍していた5人のメンバーが犠牲となった、冷たい思い出。
0086尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/06(木) 01:15:06.50ID:Oq6aHmSB
「まさか……あの時の妖壊か」

当時、尾弐が葬儀を依頼された故人を迎えに行くため、隣県の病院へと車を走らせていた間に起きた事件。
東京全域を対象にした、豪雪による大妖災。
手の届かない所で起きた凄惨な戦いの『その後』を、尾弐は克明に覚えている。

火の消えた様に静まり返った事務所
取り残された、当時のメンバーの遺品
事務所にたった一人で佇む那須野の姿
自身が執り行った、仲間たちの葬儀

それらは未だ、尾弐の記憶に焼き付いたかの様に残っている。
那須野がファイルを捲る度に、何故その場に居なかったのかと、尾弐は自分自身を殴り付けたい衝動に駆られる。

>「……そのクリスが帰ってきた。東京を侵略せんとする、ドミネーターズの一員として」

「……」

そして、かつて東京全体を災禍の渦に巻き込んだその妖が再び現れたのだと。那須野はそう言ってのける。
彼の妖怪の帰還。それによって起こり得る事とは

――――また、犠牲者が出るかもしれない。

喉の奥まで登ってきたその言葉を、けれど尾弐は己の拳を強く握る事で押さえ込んだ。

確かに……話を聞く程に、クリスという名の妖壊は強い。
天災の如き力を振るう相手では尾弐の徒手空拳は届かず、圧倒的に不利な戦いを強いられる事となるだろう。
まして、今回は前回に比べても更に少数の人員である。苦戦は必然となるに違いない。
だが。
今回は、以前と違い尾弐自身がこの場に居る。そして

>「まともに戦えば、とても勝ち目はないでしょう。3年前の戦いと同じようにね。――でも……」
>「今回、こちらには切り札があります。クリスに対して、絶対的なイニシアチヴを獲得できる切り札が。それは――」
>「……アナタですよ。ノエルさん」

短く、けれども長い逡巡の後に那須野の口から放たれた言葉の通りに。
今回の戦いには、彼がいる。

>「――えっ、僕?」

御幸 乃恵瑠
種族としての雪女である、美麗の青年。
敵対者であるクリスと同じく、雪と氷を統べる権能を持つ者。

己の能力を熟知し、有象無象の敵を氷結させ、更には味方の支援すらやってのける東京ブリーチャーズの一員。
口にこそ出さないものの、尾弐は八尺様やコトリバコとの戦いは、彼が居たからこそ犠牲なく切り抜けられたのだと思っている。
そのノエルが居れば、今回の戦いの天秤を水平に近づける事が可能であろう。尾弐はそう考えた。
そして――――那須野はその尾弐よりも更に先を考えていた。
0087尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/06(木) 01:15:37.65ID:Oq6aHmSB
>「クリスを撃破するには、ノエルさん。アナタの力が必要不可欠です。多大な犠牲を払わずに彼女に勝つには、ね」
>「でも。そのためには、アナタに傷を負って貰わなければならないかもしれない。身体ではなく、心の傷を……」
>「……ノエルさん。それでも、アナタはボクに。東京ブリーチャーズに、力を貸してくれますか……?」

狐面の探偵は、犠牲への覚悟を。多大な犠牲を出さない為の、たった一人の犠牲をノエルへと求めた。
『心の傷』――――それは、ノエルの過去、或いは出自に関する事なのだろう。
その言葉が示すものの実体を、尾弐は知らない。
だが……今回の戦いで必要となるのは、ノエルの心に刻まれた古傷を、無理やり開く様な事なのであるのだと。
その事は理解出来る……そして、それはある意味では死ぬ事よりも恐ろしいという事も。

……そんな、痛ましい覚悟を求められたノエル。
だが彼は、常であれば浮かべないような、少しだけ困った様な笑みを浮かべると

>「……流石の僕だって”橘音くんの言う事”全部信じてるわけじゃない。だけど……”橘音くんの事”は信じてる」
>「橘音くんはずるいよ……。僕が断るわけないって分かってるくせに」

それでも。怯えながらも。傷を受ける事を、了承してみせた。
どころか、まるで小さな動物と相対する時の様に、全体の為に非情な頼みごとをせざるを得ない立場である
那須野の事を優しく抱きしめ、気遣ってすら見せた。
怯えながらも大切な者の為に進む事が出来てしまう。
それはきっと、ノエルの優しさであり、脆さであり――――何より、強さであるのだろう。

>「一つだけお願いがある。もしも僕が致命傷を負ったら、消えてしまわないように支えて。この街でまだ生きていたいんだ……」

そして尾弐は、最後に一つだけ弱音を漏らしたノエルの頭に手を置くと、
押さえつける様に乱雑に撫でつけながら口を開き。

「消えねぇよ――――お前さんも、嬢ちゃんも、那須野も、何ならムジナの奴だって。誰一人消させやしねぇさ」

そう言ってのけた。無愛想な尾弐にしては珍しく、口元に優しげな笑みを浮かべながら。

・・・・
0088尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/06(木) 01:19:43.48ID:Oq6aHmSB
そして、現在。

>「すみませーん!只今より店舗貸切となりまーっす!またのお越しをー!」

「声掛けしてたった3分で全員退店……店主が店主なせいか、えらく訓練されてる客層だな、おい」

クリスの痕跡を追う為にノエルの店へと訪れた尾弐は、退店する客へのレジ打ちを行いながら、
非常に聞き分けの良い客層へ対しての賞賛とも呆れとも付かない感想を漏らす。

――――そうして、室内に自分達以外の存在が居なくなった頃。
那須野が、おもむろに店内を見渡し始めた。恐らくは手掛かりになる物を探しているのであろう。
客を捌いた尾弐は、こういった場面では自身が役に立たない事を判っている為、棚に置かれた氷菓子用のブランデーを眺めていたのだが……
流石と言うべきか。そうこうしている内に那須野は目当ての物を見つけたらしい。
白手袋を嵌めたその手には、氷の器が乗っていた。

>「ノエルさん、よっぽど慌てていたみたいですね?器も片付けないで……。この器から、アナタ以外の雪妖の妖気の残滓を感じますよ」
>「ほんのごく僅かですが……でも、これで充分すぎる。これを辿って、クリスの後を追いましょう」
>「刑事ドラマでよくあるやつだよね! そうだ! 狐の橘音くんがモフモフの姿になれば……」

「ノエル、ステイ。妖気を追うのに必要なのはマジモンの嗅覚じゃねぇぞ」

那須野の言葉を聞いた尾弐は、外れそうになっていたノエルの思考の螺子を締め直しつつ、
眉間に皺を寄せ那須野が手に持つ器を凝視する……すると、そこには確かにクリスの妖気の痕跡らしきものが見えた。
だが、そこに残留しているものは、極僅かなものでしかなく

「……つってもな。流石にここまで薄くなった妖気を追うなんて芸当が出来る奴は、俺らの中には――――あ」

この妖気を追うのは難しい、そう言いかけ……ふと、尾弐の脳裏に一匹の妖怪の姿が思い浮かんだ。

>「こんな場合にうってつけの力を持つ妖怪を、ボクたちは知っている……。ですよね?おふた方」
>「エロイムエッサイム、我は求め訴えたり!我と共に来たり、我と共に滅ぶべし!――出でよ、妖怪送り狼!」

そして那須野は、尾弐のその考えを見越したかの様に笑みを浮かべると、マントの内側から禍々しい装飾のタブレット
いつぞや見た召怪銘板を取り出し、一匹の妖怪を呼び出した。眩い光を伴い現れたその存在は――――
0089尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/06(木) 01:24:40.03ID:Oq6aHmSB
妖怪、送り狼
別名送り犬とも言われ、全国の伝承に名を残す、民俗学の業界人に限定すれば高い知名度を誇る妖怪であった。

「……対象を追尾する伝承と、霊的な痕跡の追跡能力。まあここで呼ぶならポチ助以外にいねぇよな」

彼の妖怪を呼び出した那須野の選択に納得したとばかりに小さくうなずく尾弐であったが、

>「こんにちは、ポチさん。さっそくで悪いんですが、ちょっとお仕事してもらいますよ」
>「報酬はドッグフードでどうです?半生タイプのお高いやつ。……あと骨ガムもつけちゃいます。いかが?」
>「やあポチくん、元気だった? お散歩行こう!」

……呼び出した瞬間から、狼という野生要素などどこ吹く風とばかりに愛玩犬の様に構われているその姿を見て、
やれやれとばかりに自身の首を押さえる。
だがそうしてばかりもいられないので、尾弐は自身も送り狼……ポチの元へと歩み寄ると、

「よう、久しぶりだなポチ助。悪ぃが今日は宜しく頼むぜ。後でケ○タッキー奢ってやるから頑張ってくれよ」

そう、挨拶をした……どうやら、自身の行動も割と甘い事には気付いていないらしい。

>「途中で祈ちゃんを拾っていきましょう。ということで――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!」
>「アッセンブル!」

「嬢ちゃんはこの時間だと学校か……あいよ。あー……っせんぶる」

そうして尾弐は、腕を組み気恥ずかしげに二人の掛け声に合わせ――――ドアを潜った。


尚、この時点で尾弐は喪服と狐面と超常の美形が学校という環境へ訪れる事の
不審者具合にはまるで思い至っていなかった。
0090多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/08(土) 18:36:09.68ID:4wTanlwD
 果たして、モノは祈の左脚を避けることをしなかった。
避けなかったのか、避けられなかったのかは祈には分からない。
だが微笑を浮かべ、身じろぎ一つせずにまっすぐ祈の目を見ていたその様は、
祈が当てないと分かっていて敢えて避けなかったのであろうと祈に思わせる。
それとも、これ程の速度であっても防ぐ手立てがあった故の余裕か。
 幾許かの空白の後、モノはギザ歯を覗かせ、肉食獣のように嗤って見せた。
>「……感情だけで突っ走る猪武者かと思っていましたが。認識を改めさせて頂きますわ?」
「そりゃどーも」
 その獰猛な笑みを受けて、祈も不敵に笑って見せる。
少女達が笑い合っているという字面に対し、似つかわしくない程に剣呑な雰囲気が流れた。
ともすれば一触即発の様相を呈していたが、
やがてどちらからともなくその手を放し、祈は脚を降ろして、モノは髪をかき上げた。
 無事に協定が結ばれ、睨みあっている理由もなくなった、ということだろう。
>「さて。では祈、もう少し校内を案内してくださいませんこと?わたくし、まだまだ知りたいことがありますの」
>「やっとあちらから抜け出して、憧れの表世界に来たのですもの!何だって見ておきたいですし、触っておきたいのです!」
 そう言って今度は獰猛な笑みでなく華のように微笑んだモノ。
その目は小さな子どものように輝いており、逸る気持ちを抑えきれぬと言いたげにその足は急ぐ。
「……はいはい、わかったよ」
 その姿に急かされて、祈もモノの後に続いた。
 憧れの表世界、という言葉が何を意味するのか、祈には分からない。
もしかしたら妖怪大統領とやらは非常に束縛が強く、彼女を長く裏世界とでも言うべき場所に閉じ込めてきたのかもしれない。
なんであれ、祈がやることは変わらない。言われるがまま案内してやるだけだ。
モノに人の世界を知って貰い、好きになって貰うことは祈の目的にも合致するのだから。
そうして東京侵攻を諦めてくれるなら、倒してしまうよりも余程良い。
 モノの後に続いて、もっと人の多い場所へと案内してやろうと思っていた祈だったが、
絹を裂くような悲鳴が耳に届いたことで足を止める。
>「……なんですの?」
 モノもその悲鳴が聞こえたらしく、怪訝な表情で問う。
「悲鳴だ」
 幼年から小学校低学年くらいまでの子どもなら、
鬼ごっこ等で遊んでいるだけで悲鳴じみた嬌声を上げることもあるだろう。
なんなら、助けてなんて叫んだりもする。
だがここは中学校で、幼子などいない。即ちこの悲鳴は、何かが起こったことを意味していた。
 興味をひかれたモノと、緊急事態を察した祈が悲鳴の聞こえた方向、校庭へと向かうと、
校庭の真ん中に、祈の見慣れぬ影があった。
ボロボロのトレンチコートを着込んだ大人。髪も髭も伸び放題の男で、清潔感に欠けている。
教師ではない。またその恰好では保護者でもないだろう。
見た目から推察するに、不審者という言葉が似つかわしいように祈には思えた。
ホームレスが迷い込んでしまったのかもしれない。
>「祈、なんですのあれは?あれもこの学校の生徒なのかしら?それとも教師?それとも――」
 眉をひそめて祈へと問う、モノ。
「や、うちは中学校だから大人の生徒はいない。あんな教師もいないし、だからあれは不審者……ってやつだと思う」
 祈は、20メートル程離れた場所にいる男を視界に収めたまま、モノの問いに答えた。
0091多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/08(土) 18:45:26.42ID:4wTanlwD
 ホームレスか浮浪者か不審者か、
ともあれその男は虚ろに目線を漂わせながら校庭の真中に立ち尽くしている。
 その男に向かって、女子生徒の悲鳴を聞きつけたのであろう、ジャージ姿の体育教師が早足で歩みゆくのが見えた。
筋骨隆々なその体育教師に比べ、男の体躯のなんと小さく細いことか。
猫背であるのも手伝って、祈の目には頼りなく見え、
体育教師に少々脅かされればすぐにこの場から立ち去るだろうと思われた。
 だが、10メートルほどまで体育教師と男の距離が縮まった時だ。
ひゅる、と音がした。
それだけで、10メートル程も離れていた男教師の熱い胸板が
鋭い刃物で切り付けられたように横一文字に裂けて、血の鮮花を咲かせた。
倒れる体育教師。女生徒の悲鳴が再び響く。
>「――あの妖怪も、貴方がた東京ブリーチャーズのメンバーなのですかしら?わたくしの記憶にはありませんけれど」
「あいつ、妖怪だったのか!?」
 驚愕する祈。
 祈は妖怪の気配を感じ取る力に乏しい。
故にあの男が妖怪であることに気付けなかったのだ。
 男は歯の抜けた口で何事かぶつぶつと呟きながら、倒れた体育教師に覆い被さる。
そして胸から流れ落ちる血を啜り始めた。そのホラー映画さながらの光景に、
生徒達の間で悲鳴や絶叫が木霊した。校内はパニックが起こる寸前だ。
 稀にいるのだ。人間が変えてしまった環境に適応できず、
住処を失ったり、餓えや渇きを抱えたりで、どうしようもなく追い詰められてしまった妖怪が。
暴れ、人を襲うことしかできなくなってしまった悲しい妖壊が。祈はそんな妖怪を何度も見てきた。
 かろうじて祈の耳に届いた“水”という単語から、
あの妖怪は恐らく東京の水が体に合わず飲めなくなったのだろうと思われた。
東京の水はかつてと比べて格段に質が良くなったが、それは人間の物差しで測った善し悪しであり、
必ずしも妖怪には当て嵌まらない。
例えば池のような多少水の濁っている場所を好んで暮らす河童に、東京の澄んだ水で暮らせというのは、
海に生きている魚を連れてきて淡水に住めと言っているようなもので、到底受け入れられるものではないだろう。
 人よりも感覚が鋭敏な動物系妖怪や、自然から発生した妖怪などは時折そんな傾向があった。
「やめろ、やめてくれ! あああああ!」
 傷口に鼻や舌を突っ込まれる痛みに、命を運ぶ液体を啜られる恐怖に、体育教師が絶叫する。
近付けられた頭を押しのけようと両手で抗うが、
しかし妖怪の力で押さえつけられてはその頭を引き剥がすこともできない。
 人間は人体に流れる血液総量の約二分の一に値する一.五リットル程度の血液を失うと、
ショック状態に陥って死に至ることもあるという。
体育教師は胸を裂かれたにしては傷が浅かったのか、最初に噴出して以降の出血は見た目に少ないが、
男は渇いた喉を癒す為、一滴残さず血を吸い尽くそうとするだろう。
即ちあの体育教師の命はあと数分で尽きることになる。
 そしてここにいる妖壊と対峙できる戦力は祈だけだ。
 祈はポケットから取り出した、橘音から渡された携帯を仕舞う。
雑居ビルにいるであろう橘音やノエル、日中も葬儀屋の仕事があるだろう尾弐や、仕事を頼まれて暫くいない品岡。
その誰を携帯で呼んだところで、数分では間に合うことはない。
 久々に一人でやるしかないかと思い、飛び出そうとする祈の横で、モノが一歩前に出た。
>「ゆくゆくお父さまが支配される予定の帝都に、このような下賤、下衆、下郎の極致がはびこっているなど、我慢なりませんわね」
>「祈。こうした輩を帝都から一掃するのが、東京ブリーチャーズの仕事……。そうでしたわね?」
>「午後の授業に影響が出てはいけませんわ。わたくし、授業は遅滞なく受けたいの」
>「手を貸して差し上げますわ、昼休みはあと15分……それまでに片付けますわよ。よろしくて?」
 手を貸す、とモノは言う。
その意外な申し出に面食らった祈だったが、ふと笑んだ。
つい先程まで完全に敵だと思っていた相手と、一時とは言え共闘するのがなんだかおかしかったのだ。
だが、祈が身を以て知っているその実力は頼もしくもあった。
 モノから発せられる濃い妖気を肌で感じながら、
祈は右手の指、人差し指から薬指までを立てて、言う。
「……3つ言っとく。一つ、殺しはしない。二つ、サポート宜しく――そんで」
 祈は三つ目を言い終わる前にクラウチングスタートの体勢を取り、
「三つ。……あたしらなら1分もあれば十分だろ」
 言い終えると同時に駆け出しながら、心の中でこう付け加えた。
(東京ブリーチャーズ、アッセンブル……!)
0092多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/08(土) 18:49:06.19ID:4wTanlwD
 勢いよく駆け出した祈。
と言ってもその速度は生徒達の目もある為に、
100メートルを10秒程という人類の常識の範囲内で収められた。
 モノの瞳の力があるのだから、目撃した全生徒の記憶を上手く改竄して貰えばいいだろう、
という発想も祈の頭にないではないが、それも確実ではないし、出来れば避けたいと思ったからだった。
 たとえ超常の速さで駆けたところで、不良と認識されている祈に近付き、
『どうしてあんなに速いのか』などと訊ねて来る者などいないと知っていても。
 走って接近して来る祈に気付いたのか、
それともモノの濃い妖気に気付かされたのか、男は血を啜るのを中断し顔を上げた。
そして覆い被さっていた体勢から上体を起こし、膝立ちの状態になる。
恐らくは祈を食事を邪魔する敵と認識したのだ。
 瞬間、校庭の砂が僅かに渦巻く。
それを見逃さず、祈は横へと大きく飛び退いて身を躱した。
丁度祈が居た場所をつむじ風が過ぎ去って行ったのが、肌と風切り音で分かる。
(血を飲む……風を操る……やっぱあいつ……“鎌鼬”だ)
 先程、体育教師の胸が裂かれた時、男と教師の間で砂が舞い上がったのが祈には見えていた。
そこから、風か何かを使った不可視の攻撃であること、
血を啜るという特徴から、鎌鼬であると推測したのである。そしてそれは見事に的中したようであった。
妖怪知識に疎い祈にしては快挙と言ったところか。
 余談だが、鎌鼬はとかく種類が多い。地域によっては三匹で一セットであったり、単独が主流であったりする。
更には前足が鎌状であったり、風を操る能力を持っていたり、あるいは血を啜ったりする種がいたりする。
名までも様々であるのはメジャー妖怪の宿命とでも言おうか。
 そしてどうやらこの鎌鼬は、つむじ風を起こして切り裂く力を持つ“飯綱”に近い存在である様子だった。
全くのノーモーションで男から繰り出されるつむじ風。
 それを祈は舞う砂埃から読み、二、三、躱したところで――男ががくりと崩れ落ちた。
それもその筈だ。
(――あれ、きっついんだよなー)
 経験者である祈は思う。
男は顔を上げ、“祈のいる方向を見た”。
それは視界にモノを入れる事であり、即ち、その瞳を見てしまうという事だ。
 また体育教師の上に覆い被さるように倒れた鎌鼬の側に、祈は近付いた。
鎌鼬は尚も抵抗しようとするが、巻き起こした風は明後日の方向へ飛び、校庭の端の木の小枝を切り落としただけだ。
0093多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/08(土) 19:29:55.19ID:4wTanlwD
 鎌鼬はもはや戦闘続行不可能な状態にあると思われたが、
このまま体育教師に組み付かれでもしたら引き剥がすのが面倒であるし、
刃向かう気力を削いでおく必要があると祈は考えた。
「せー……のッ!」
 故に祈は、足元に倒れている鎌鼬の横腹をいくらか力を込めて蹴り、その体を数メートル先へ飛ばした。
鎌鼬はサッカーボールのように飛び、バウンドしながらゴロゴロと校庭の砂の上を転がった。
オリーブ色のトレンチコートが砂に塗れて白くなる。
 祈は足元の体育教師を一瞥し、生きていることを確認すると再び鎌鼬へと駆け寄った。
鎌鼬は仰向けになり、蹴られた腹を抑えながら、呼吸が苦しいのか咳き込んでいるところであった。
 世界は回り、視界は安定せず。腹は痛み、呼吸は苦しい。
であるにも関わらず尚も立ち上がろうとするので、祈は鎌鼬の胸の上に馬乗りになって動きを封じた。
祈の体重は妖怪からしてみればそれ程重いものではないだろうが、
咳き込んでいる今、酸素を肺に吸い込むのを阻害されればそれなりに苦しみがあるだろう。
更に、つい先ほど祈の蹴りの威力を思い知っている。
その状況でマウントポジションを取られるのは、命を握られているという大きなプレッシャーになる。
 殺されるのではという恐怖からかじたばたと暴れる鎌鼬に、祈は言う。
「血なら少しやる。だから大人しくしろ」
 祈は己の左手の薬指を犬歯で強く噛んで、痛みに顔をしかめた。
そして血が出たのを確認すると、それを鎌鼬の口元へ近づける。血が数滴、鎌鼬の口に落ちた。
「あんた、人を殺してないんだろ? だったら逃がしてやるよ。うちの教師も生きてたしな」
 体育教師はもしかしたら輸血などは必要かもしれないが、
祈が見た限りしっかり呼吸をしており、顔も血の気を失っていない。
ジャージに染みている血の量も大したことはなく、命に別状はなさそうであった。
 体育教師に関しては祈とモノが助けたから命があるのだろうが、
恐らくはこの鎌鼬、過去にも人の命を奪ってはいまいと、祈はそう考える。
 祈がそう考えるのには三つの理由があった。
 まずはトレンチコートの色だ。今は砂に塗れて白くなったオリーブ色のトレンチコート。
もし他にも誰かを襲っていたのなら、これは返り血の付いた、赤色の混じった斑のトレンチコートだっただろう。
 そしてこの鎌鼬が他にも似たような事件を起こしていたのなら、
那須野橘音の地獄耳に入らない筈がなく、祈にも通達が来ていただろう。
コトリバコ事件の時の迅速な対応が思い出される。
 更には、鎌鼬は日本の妖怪の中でもメジャーであり、強い部類に入る妖怪だ。
それが都市伝説妖怪の血を継いでいる程度の祈にこうも容易くやられるからには、相当に弱っていたのだと思われる。
他に誰かを襲っており、たらふく血を飲んでいるのならば、こうはならなかったに違いない。
以上の理由から、祈はこの鎌鼬を、『今回が初犯であり人殺しではない』と考えた。
 だからこそ、その問いの答えや反応如何では、見逃す。
 切り付けられた体育教師は災難であるし、納得しないであろうが、
そもそもこの一件は環境を自分達の良いように作り変える人の業に起因するものだ。
いずれ誰かが受けねばならない痛みだっただろう。
かといってそれを彼一人に背負わせてしまうというのも可哀想な話ではあるのだが、
幸い彼は生きているのだし、ならば殺してしまうことはない。祈はそう思う。
「那須野橘音ってわかる? 有名な三尾のキツネらしいんだけど。
その妖怪に聞けば水の美味しいところぐらい教えてくれるだろうから、これで元気が出たらそこに引っ越しなよ。な?」
 祈はそう言って、左手の薬指を右手で圧迫し、血を絞った。
鎌鼬がこれ以上暴れないのならば、鎌鼬の討伐は終了であろうか。
祈はこの鎌鼬が人を殺してさえいないのなら、逃がそうとするに違いなかった。
0094ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/11(火) 13:25:10.81ID:c+43vhzk
「きゃっ!」

東京都渋谷区、青山通りで上がる、小さな悲鳴。
鈴の音のような可憐な声。持ち主はスーツ姿の若い女性。
彼女は自分の足元を怪訝そうに見下ろしていた。

「……どうしたの?急に。何か踏んだ?」

「ううん……今、何かに脚を触られた気がして」

「何かって、なに……きゃあ!」

隣を歩いていたもう一人も悲鳴を上げる。
脚に何かが、毛深い何かが背後からすり寄る感覚を、彼女も感じたのだ。
殆ど反射的に彼女は背後、足元を振り返る。
そこにいたのは……

「……犬?」

黒い犬……少なくとも彼女は、そう思った。
この東京都、いや日本に、狼などいるはずがないのだから、当然と言えば当然。
それに首に巻かれた黒い首輪。飼い犬であると判断する根拠としては十分だった。
さて飼い犬ならば、飼い主が近くにいるはずだと女性は周囲を見回し……

「……あれ?」

いつの間にか、足元にいた犬の姿が見えなくなっている事に気付いた。
音もなく、あまりに素早く……不可思議だが、足を止め続けるほどの疑問でもない。
二人の女性は身を翻し、歩き出し……その背中を、すぐ後ろから、狼は見つめていた。
ずっと、そこにいたのだ。視線を背から脚へ。頬ずりを一つ。

「ひぃ!」

女性が悲鳴を上げ、不気味さに負け、小走りでその場から逃げていく。
狼は追わない。ただ二人が逃げていく様を、クスクスと笑いながら見送った。
狼が街を闊歩する。だが通行人は誰一人として、彼を気に留めない。
次は誰にいたずらをしようかと、狼はしきりに首を左右に振っている。
そして、足を止めた。コンビニの前でフライドチキンを齧る、中年の男性。
姿を隠したまま近付いて吠えれば、きっとご馳走が目の前に降ってくる。
狼はしめしめと笑いながら男に忍び寄り……不意に彼の足元に、円状の結界が現れた。
その紋様を狼は知っていた。『招集』だ。
拒否する方法は簡単。結界から飛び退けば、召喚は果たされない。
狼は目の前のフライドチキンを見上げ……仕方ないか、と言った様子で小さく溜息。
そして……結界放つ眩い光が、狼を飲み込んだ。

『Snow White』の床に描かれた結界。波濤のように溢れる光。
それが収まって……結界の中に、送り狼はいなかった。
より正確には、そこにいた……そして、もういない。

「やっほー!きつねちゃん!んーこのすね、久しぶりー!」

声は、橘音の足元、背後から。
夜道に付き纏う送り狼……夜色の毛皮で、影に紛れ込むのはお手の物。
彼は橘音の両足に挟まるように首を突っ込み、思うがままに、すねに頭を擦り付ける。
0095ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/11(火) 13:27:05.81ID:c+43vhzk
>「こんにちは、ポチさん。さっそくで悪いんですが、ちょっとお仕事してもらいますよ」
>「報酬はドッグフードでどうです?半生タイプのお高いやつ。……あと骨ガムもつけちゃいます。いかが?」

「はんなま!いいよ!やる!……でもやけにふとっぱらだね?一体何を」

>「やあポチくん、元気だった? お散歩行こう!」

首を傾げる送り狼……ポチにノエルが抱きつく。

「ぎゃーつかまったー!げんきげんき!ちょーげんきだよ!だからおしごとパパっとが終わらせてお散歩いこ!」

尻尾を縦横無尽に振って腹を見せるポチ。尋ねるはずだった疑問は、既に忘れた。
もみくちゃにされている彼だが、しかしノエルと目を合わせようとはしない。
橘音や尾弐に対してもだ。合いそうになると必ず、ふいっと顔を背ける。
皆を嫌っての事ではない。それが狼流の親愛の表現なのだ。
この相手なら、目を離したって自分に嫌な事はしない。だから目を背けられる、と。

>「よう、久しぶりだなポチ助。悪ぃが今日は宜しく頼むぜ。後でケ○タッキー奢ってやるから頑張ってくれよ」

「あー!オニっちもひさしぶりー!……ケン○ッキー!?きつねちゃん!もう行こうよ!ぼくなにやればいいの!?」

問いに応えるように差し出されるのは僅かな妖気を発するガラスの器。
ポチが鼻を鳴らす。

「くんくん……なーんだ、かんたんじゃん!だってこれ、ノエっちのにおいじゃー……」

においを嗅いだポチはすぐにノエルへと歩み寄り、

「……ない?」

ぴたりと立ち止まる。そして橘音を振り返り……その目を見た。
狼が相手と目を合わせる。それは、警戒の証。

「きつねちゃん、これってさ」

器から嗅ぎ取ったにおいに、ポチは覚えがあった。
鼻孔の奥まで凍りつきそうな冷気のにおい。
三年前……ブリーチャーズの仲間が永遠に失われた吹雪の日。
野良暮らしであるポチは仲間の助けを受けられず、ただ逃げ惑い、生き永らえるだけで精一杯だった。
そして後に残ったのは……姿の見えない、仲間達のにおい。
薄れていき、いつか消えてしまう残滓だけだった。

ポチの毛皮に、疎らに混じる白が狭まり、そしてその代わりに際立つ黒。
狼犬の、中型犬相当の体躯が、僅かに膨れ……すぐに元に戻る。

「きつねちゃん、やっぱさっきの報酬じゃ、受けらんないよこのおしごと」

橘音の目を見つめたまま、ポチはそう言った。

「もっとだいじなものがほしーなぁ」

いや、どんな報酬を積まれても、この仕事を手伝うべきではないのではとさえ思っていた。
無理を言って、頼みを断ってしまおうかと。

もし、あの雪妖……クリスとブリーチャーズが戦う事になったら。
微かなにおいだけを残して、橘音の、尾弐の、ノエルの、皆の存在が消えてしまったら。
それはひどく恐ろしい事だ。
いつかまた、あの吹雪が再来する日が来るとしても……それを今日にする必要はない。
0096ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/11(火) 13:30:45.32ID:c+43vhzk
しかし……

「……おしごとおわったらさ、ちょっと、時間ちょーだい」

その恐れは、ポチだけが感じているものではないだろう。
誰であっても、仲間を失う事は怖い。
だがその上で、ブリーチャーズの仲間を誰よりも大切に思う橘音が、探してくれと言った。
……もちろんポチとて仲間を思う気持ちで負けているつもりはないが、それはともかく。
ならば、きっと勝算があるのだ。今動くべきなのだ。
……臆病風に吹かれて足を引っ張るのは、彼への、皆への背信も同然。

「一緒に、お散歩いこうよ。たのしみっ」

だからポチはそう言って、鼻を鳴らしながら店の外へと歩き出した。

>「途中で祈ちゃんを拾っていきましょう。ということで――東京ブリーチャーズ、アッセンブル!」
>「アッセンブル!」
>「嬢ちゃんはこの時間だと学校か……あいよ。あー……っせんぶる」

「なにそれ?最近のはやり?えーと、あっせんぼー!」



……探偵事務所を出たポチは、鼻を鳴らしながら街を歩く。
学校に向かう最中ではあるが、においを探っておいて損はない。

「くんくん……うーん。なんか、違うにおいが混じってるなぁ。
 火のにおい……お祭りの時に降ってくるにおいだ。
 あと、これは……なんだろ。銀?お薬?ずっと昔に嗅いだ事がある……作り物の、雨のにおい」

そのにおいに何か意味があるのか。
偶然により混じっただけなのか、それとも必然なのか。
ポチは考えない。考えるのは彼の役目ではないからだ。
メタな話をするなら「打ち上げて、そして降ってくる」はちょっと面白そうとか、その程度のものだ。
……ふと、ポチが足を止めた。

「いのりちゃんと……血のにおい?」

瞬間、ポチが駆け出す。地面を強烈に蹴りつける四本の脚。
加速、加速、加速……可能な限り素早く、においを辿る。
そして見つけた。
祈と、祈の血のにおいを帯びた男。
送り狼の眼光が鎌鼬に突き刺さり、ポチは一際強く地面を蹴る。
狼の瞬発力は、彼と、その眼の先に横たわる獲物との距離を、僅か数秒で埋めた。
そして牙を剥き……何やら様子が変である事に気付いた。
どうも祈は自ら、自分の血を鎌鼬に飲ませているようだった。

「……なにやってるの?」

ポチは首を傾げて尋ねる。
彼の人語が周囲に聞かれる心配はない。
一般的な高校生や教員は、犬が喋る訳ない事を知っている。だから聞こえない。
ともあれ……事情を説明されれば、ポチはこう呟くだろう。
子供が素朴な疑問を口にするかのように、ぽつりと。

「……それ、牛乳じゃだめなの?」

なお近くにいるかもしれないモノに関しては、ポチは気付きもしないだろう。
そもそもその存在を知らない。
仮に知っていて、その妖気を感じ取れたとしても……それは彼にとって祈の怪我よりもずっと小さな事だ。
0097那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/12(水) 20:53:30.51ID:ptCcQJbn
四人(正確には三人と一匹)の漂白者が、祈と合流すべく学校へ向かう。
ポチが先頭で、ノエルと尾弐がその後に続く。橘音は最後尾だ。
三人の背中に視線を向けながら、橘音は纏まりのない思考を巡らせる。

――ボクは。ひどいヤツですね……。

束の間瞑目し、小さく息を吐く。
クリスの強大さについては、この場にいる全員が思い知っている。
三年前のあの日、都内の交通網が豪雪で分断されたお陰で、都心から離れていた尾弐は戦いの場に駆けつけられなかった。
ポチは戦うどころではなく、ただ自分の身を吹雪から守ることで精一杯だった。
そして、ノエルはつい先ほど、当の本人から直接その力の片鱗を感じ取ったはずだ。

そんな三人に、橘音はそれでも言った。
『クリスと戦う』と。彼女を漂白する――と。
橘音はノエルに対して『傷ついてもらわなければならないかもしれない』と告げたが、実際はそんなに生易しいものではない。
ノエルだけではない。尾弐とポチに対しても同様だ。
そもそも今回の対クリス戦に参加するということ、それ自体が死刑宣告に等しい。
『クリスを倒すために、いざというときには死ね』と言外に言っているのだ。
むろん、勝ち目のない戦いを挑むわけではない。こちらにはクリスに対処できる策がある。
三年前のように、むざと仲間を見殺しにするようなことはないだろう。
が、だからといって完璧ではない。策は充分に練り上げられてはいるものの、何事にも絶対はない。
一歩間違えれば、また犠牲者が出る。仲間たちのうち誰かが死ぬ。
妖怪にとって死は終焉ではない。長い時間を費やせば、いつかまた復活は叶う。
……しかし、それがいつなのかは誰にもわからない。
終焉でこそないにせよ、死は死であり、別れであることに変わりはないのだ。
だが、それでも。
橘音は仲間たちに、その可能性を強いた。

自ら仲間たちの葬儀を執り行った尾弐も、獣の本能と嗅覚で仲間の死と消滅を感じ取ったポチも、それは充分理解できているに違いない。
だというのに。
彼らは誰も、橘音がこれから為そうとしていることに対して異議を唱えなかった。
『そんなことは無謀だ』と。『自分は下りる』と。
そう言うことだって出来たはずなのに。命を惜しむことだって出来たはずなのに。
尾弐はなにも言わず、ただ事務所で橘音の言葉に耳を傾けてくれた。
古い付き合いで、バディを組んでもいたふたりだ。橘音の胸中の葛藤など、すっかりお見通しなのだろう。
ポチは僅かに逡巡したそぶりこそしたものの、それ以上は素直に従う姿勢を見せた。
人懐っこく仲間意識のとりわけ強いポチにとって、三年前の出来事は思い出すことさえ苦痛を伴う記憶のはずなのに。

そして、ノエル。

今回の戦いでは、ノエルには人一倍痛みを感じてもらうことになる。それは確定的なことで、避けられない事態だ。
それを甘んじて受けろと言った。それはなんと酷薄で、非情で、無道な願いなのだろう。
命令ではない。指示でもない。
『願い』。
上司でも指揮官でもリーダーでもない、『ともだち』という立場で。橘音はそれをノエルに告げた。
そして、ノエルはそれに応えてくれた。
部下でも兵士でもパーティーメンバーでもない――
『ともだちだから』。ただ、それだけの理由で。

>橘音くんはずるいよ……。僕が断るわけないって分かってるくせに

ああ。
そうだ。分かっていた。すべて計算していた。
尾弐が、ポチが、ノエルが。自分の告げる言葉を断るなんてことが、あるはずはないということを。
彼らは必ず受ける。その心に抱く正義感と、仲間意識と、愛情と――信頼によって。
それをすっかり把握したうえで、傷つけと言った。いざとなったら死ねと言外に宣告した。
彼らの優しい、まっさらな厚意につけ込んで。

――ボクは地獄に墜ちるのでしょうね。でも、それでいい。それがいい。
――満願成就の暁には。それまで漂白したすべての汚れを抱えて、ボクは――笑って地獄へ墜ちましょう。
0098那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/12(水) 20:58:06.12ID:ptCcQJbn
橘音は数歩離れた位置から、先行する三人の背をもう一度見た。

>一つだけお願いがある。もしも僕が致命傷を負ったら、消えてしまわないように支えて。この街でまだ生きていたいんだ……

橘音の身体を優しく抱擁しながら、先程ノエルはそう言った。
東京は雪妖が生きるには過酷な場所である。夏の暑さは日本中でもとりわけ厳しく、冬になっても雪は一度か二度しか降らない。
故郷の雪女の里へ帰れば、もっと楽に過ごすことだってできるだろう。
しかし。例え不可逆的なケ枯れを起こし、存在さえもが危ぶまれる状態になってしまったとしても。
ノエルはまだ、この東京にいたいと。そう望んだ。
ノエルがそう言った理由はわからない。純粋にこの帝都が好きなのか、ブリーチャーズの仲間たちがいるからなのか。
それとも、まだ他に理由があるのか――。
けれど、それが耐え難い痛みに代えて彼が欲するものならば、橘音にそれを否定する理由はない。

>消えねぇよ――――お前さんも、嬢ちゃんも、那須野も、何ならムジナの奴だって。誰一人消させやしねぇさ

尾弐が請け合う。彼は出来ないことを気休めに言うような妖ではない。正真、心からそう思っているがゆえの言動だろう。
東京ブリーチャーズにおいて、一歩引いた場所から全体を俯瞰する彼の言葉は、とりわけ重い。
橘音自身、彼の言葉には幾度となく励まされ、窮地を救われてきた。
その尾弐が言うのだ。――そう、今回の戦いには三年前にはいなかった尾弐がいる。
ただそれだけの違いでも、かつてとは天と地ほどの差があるのだ。

>一緒に、お散歩いこうよ。たのしみっ

橘音の要求に対して、ポチが提示したのはあまりにも慎ましい対価だった。
ともすれば命を落とすかもしれないという戦いの代償としては、軽すぎる。
が、元々ポチにとって報酬などというものはさして重要な要素ではないのだろう。
狼とは群れを作る動物であり、その内訳は親兄弟といった家族が大半である。
そんな狼の妖怪であるポチが、東京ブリーチャーズという群れの中にいる。
それは、ポチがブリーチャーズのメンバーを家族かそれに準ずるものとみなしているという証左に他ならない。
金のためでも、餌のためでも、まして名誉や何らかの打算のためでもない。
仲間だから。ただそれだけの理由で、ポチは橘音の無茶を承知してくれたのだ。

――本当に、ボクは仲間に恵まれたものです。

しみじみと、橘音はそう思う。
今も、先程ノエルに抱きしめられたときの感触が残っている。ポチに脛にまとわりつかれたときのくすぐったさも。
柔らかくて、温かかった。体感ではなく、心が。彼らの想いを温かく感じたのだ。
橘音はそれが好きだ。妖壊を漂白するという過酷な使命の中にあって、なお温かな心を持っていられる彼ら。
それがどれだけ貴重なものであるのかを、身に沁みて理解している。
そんな彼らが自分に対して全幅の信頼を置いてくれているということが、どれだけ得難い幸福であるのかも――。
だからこそ、この素晴らしい仲間たちを失ってはならないと思う。どうでも守り抜かねばならないと思う。
いざというときには死ねという宣告は、死んだところで些かの痛痒もないという意味ではない。
『目的を達成し』なおかつ『仲間も守る』。
狐面探偵の頭脳は、そのためにあるのだから。



>いのりちゃんと……血のにおい?

不意に、ポチが頭を上げる。何かを感知したらしく、猛烈な勢いで走っていってしまう。
リードはつけていない。ポチはあっという間に遠ざかってしまった。

「ちょ……、ポチさん!?」

止めるいとまもない。――が、ポチの行き先なら分かっている。
ポチが直前に零した言葉と走っていった方向、そして時刻から、祈がまだ学校の敷地内にいることは想像に易い。
橘音は今までの思索を中断し、軽く駆け足になると、ノエルと尾弐を促してそう遠くない場所にある学校へと急いだ。
0099那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/12(水) 21:03:57.64ID:ptCcQJbn
蹴り飛ばした鎌鼬の胸に馬乗りになり、祈が自らの血を与える。
鎌鼬は蹴られたショックで咳き込み、苦しげに呻きながらも、祈の差し出した血を舌を伸ばして夢中で舐めた。
よほど飢えていたらしい。妖怪の血は人間の血ほど妖怪の嗜好には合わないが、半妖である祈の血なら充分だろう。
そんな祈と鎌鼬の様子を胸の下で緩く腕組みしながら、モノが呆れた調子で眺める。

「……手ぬるいこと。そんな者は一息に滅ぼしてしまえばよろしいのに」
「今、血を施してやっても、この者は渇けばまた同じことを繰り返しますわよ?後顧の憂いは断つべきですわ」
「それとも――東京ブリーチャーズの『漂白』とは、単に衣服を白くするという意味だったのかしら?」

鎌鼬の白くなったコートを揶揄するように告げる。
とはいえ、そう言っているだけで自分から鎌鼬を手に掛ける気まではないらしい。

「まあ、いいですわ。わたくしのアシストありきとはいえ、悪くない動きでしたわよ、祈」
「しかしながら――この状況では午後の授業を受けることは難しいですわね。残念ですが……」
「新しい妖怪の気配もあります。これは貴方のお仲間でしょう?鼻の利くこと――ならば、わたくし今日のところは退散いたしますわ」

そういって、モノは祈に背を向けた。
祈が不審者を押さえつけたのを見た他の教師たちが、こちらへと走ってくる。
野次馬の生徒たちも多い。今や校内にいるほとんどの人間の視線が祈へと注がれている。
できるだけ隠密に学校へ馴染んでおきたいモノにとっては、少々まずい状況ということであろう。
まして、ブリーチャーズの仲間が接近しているとなれば尚更だ。

「協定はあくまで、貴方とわたくしの間でのみ有効なもの。わたくしと一緒にいるところを見られるのは、都合が悪いでしょう?」
「それでは、祈。アデューですわ!」

>……なにやってるの?
>……それ、牛乳じゃだめなの?

モノが姿を消すのとほぼ入れ替わるように、ポチが祈の傍へとやってくる。
無邪気な質問を投げかけるポチだが、その言葉が周囲にいる人々に聞かれることはない。

「ヒ……ヒィッ!」

ポチが近付くと、鎌鼬は喉の奥に物の詰まったような短い悲鳴をあげ、ぼんっ!と煙に包まれた。
浮浪者めいた人間の姿が消滅し、代わりに一匹のやせ細った鼬が現れる。これが鎌鼬の原形なのだろう。
犬、狼、狐の類は鼬の天敵である。変化の解けた鎌鼬はまさしくつむじ風のような勢いで、一目散に校門の外へ逃げ去っていった。

「やれやれ……。何を嗅ぎ付けたのやらと思ったら、事件じゃないですか」

やや遅れて橘音たち三人がポチに追いつき、学校へやってくる。
仮面の学徒に喪服姿の大男、和パンクの美青年とやたら目を引く一団だが、それより校内は鎌鼬の件で騒然となっている。
負傷した体育教師の安否を気遣ったり、事件の一部始終を話す生徒たちで祈の周りは大騒ぎだ。

「多甫!大丈夫か?怪我はないか?なんて無茶をするんだ!」
「あの男はどこへ行った?早く警察に通報を……!」

教師たちが祈へ口々に言う。が、それを橘音がずいと一歩前に出て制した。

「まあまあ、落ちついて。ここは偶然居合わせたこの狐面探偵、那須野橘音にどーんとお任せあれ!いや〜みなさん運がいい!」
「先生方はまず怪我人の対処を。救急車を呼んでください、事情はボクが彼女から訊きますから――いいですね?」

そう告げて、祈の周りにいる教師たちの目を順に見る。お得意の幻惑視だ。
妖術で教師たちを遠ざけると、橘音は改めて祈へ向き直り、白手袋に包んだ右手を差し伸べた。

「事情は道すがら窺いましょう。それにしても……ひとりで妖壊を片付けてしまうなんて、気合充分ですね?」
「ということでお仕事です、祈ちゃん」

このどさくさに紛れて早退しなさいと、仮面の奥の瞳が言っている。
祈の手を取ると、橘音は学校を出た。
0100那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/12(水) 21:06:18.09ID:ptCcQJbn
「ポチさんはクリスの妖気の追跡をお願いします。――で、祈ちゃん?先程は何があったんです?」

テキパキと指示を出し、ポチの後につきながら祈から学校での出来事の顛末を聞く。
が、そこまで詳しく内容を確認はしない。自分たちが到着した時点で事件は決着しており、祈も負傷した様子はない。
となればそこまで注意すべきものでもなかろう、と思っている。それよりも今はクリスだ。
クリスの妖気は千代田区方面へと続いている。ポチの追跡能力によってそれを辿ってゆくと、やがて一行はある場所へと辿り着いた。

「……ここは……」

橘音は小さく息を呑む。
そこは、この日本という国のために戦い散った英霊たちを祀る社。
戦士の鎮魂を目的に建立された神社だった。
国内のみならず、世界的にも有名な場所である。大きな鳥居の前に修学旅行生や観光旅行者などが大勢たむろしている。
微かなクリスの妖気は、確かにこの場所の奥へ。鳥居をくぐった参道の向こうへと続いていた。
クリスがなぜ、こんな場所を訪れたのか。その理由はわからないが、ただの物見遊山ではないだろう。
ここにブリーチャーズをおびき寄せる、それ自体が罠なのかもしれない。
が、たとえそれがクリスの策であったとしても、こちらには踏み入るより他にない。
相手は単独で東京を氷漬けにできるほどの妖力の持ち主。いつ三年前のように大妖災を引き起こされるかもわからない。
足跡を辿れるうちに追い詰め、倒す。時間に猶予はなかった。

「……行きましょう」

一瞬の空漠の後、橘音は意を決すると先陣を切って大鳥居をくぐった。
所狭しと並んでいる大きな観光バスの前を通り、記念撮影をしている観光客の合間を縫って、奥の社殿を目指す。
いつでも参拝者でごった返している社だ。とりわけ、今は桜のシーズン。
都下有数の桜の名所としても知られる神社の境内では、満開の桜を一目見ようと訪れた人々で溢れている。

――もし、この人々を盾に使われるようなことがあったら……。

考えられないことではない。かつて大妖災を引き起こしただけあり、クリスは人間の命など何とも思っていない。
こちらは仲間の命を守ることでも手一杯なのだ。この上大勢の人間の命までとなると、とても手が回らないだろう。
この時点で既に人質を取られたも同然だが、引き返すことはできない。
境内の両脇に植樹されたソメイヨシノ、美しく咲き誇るその並木道を貫いて、神門へと到達する。
重厚な造りの神門を潜れば、そこから先は正真正銘の神域である。妖怪たちには、その空気の清浄さが殊更強く感じられることだろう。
神門を通ったその先に中門鳥居があり、奥に拝殿が見える。そのさらに奥にある屋根が本殿だ。
もちろん、そこにもたくさんの人々がいる。ツアー客らしい老人の団体が、ブリーチャーズの前を通り過ぎていく。

そして。

拝殿を背に、ダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んで。
頭のてっぺんから爪先まで真っ白な女が、東京ブリーチャーズを出迎えるように佇立していた。
0101那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/12(水) 21:11:51.99ID:ptCcQJbn
「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」

傲然と佇みながら、クリスがにい……と口角を笑みに歪める。

「せっかく尻尾を掴ませてやったってのに、動きが遅すぎるよ。そんな調子で東京ドミネーターズに抗おうなんて、お笑いぐさだ」
「いいさ……待たされはしたけれど、アンタたちはちゃんとここへ来た。それは褒めてやるよ」

人混みの中にあって、距離を隔てていても、クリスの澄んだ声はよく通る。
が、周囲の人々はそれを気にするそぶりもない。まるですぐ近くにいる真っ白な女の存在など目に入らないというように。

「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」

「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」

嘲笑するクリスに対して、橘音が押し殺した声音で返す。

「焦りが透けて見えるよ、糞狐。まともに戦って、アンタたちに勝ち目があるとでも?」
「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」

クリスがダウンジャケットのポケットから右手を出し、軽く手のひらを横方面にかざす。
そこから、ひょう……と風雪が生まれる。橘音は緊張した。
が、クリスはくすくす笑うと、すぐに手を下ろした。

「フフ……。心配しなくてもやらないよ。今はね……やるつもりなら、とっくにやってるんだ」
「正直なところ。アタシにとって、ドミネーターズの東京制圧なんてなんの価値もないし、興味もないことさ」
「アタシはただ、アタシの目的のために妖怪大統領に手を貸してるに過ぎない。目的さえ遂げられれば、なんだっていいんだよ」
「アンタも、それを理解した上でここへ来たんだろ?糞狐。でなきゃ、その子をここへ連れてきたりはしないはずだ」
「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」

一度下ろした右手を、今度は前方へと差し伸べる。クリスは東京ブリーチャーズを見つめながら、

「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」

と、言った。

「こっちへおいで、ノエル。さっきも言ったろ?アンタはアタシが守る。命を懸けて、アンタの平穏と幸せを守ってやる」
「それがアタシの――姉ちゃんのたったひとつの望みさ。アンタを不幸にする連中は、どいつもこいつも姉ちゃんがブチ殺してやる」
「アンタをそそのかした、そこの糞狐も。くだらないしきたりに固執して、アンタの記憶を消しちまった雪の女王も――」
「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」

おいで、とノエルに言うクリスの言葉には、狂気が滲み出ている。
が、それは決して欺瞞ではない。クリスは正真正銘、ノエルのことを想ってそう言っているのだろう。

「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」

「…………」

橘音は何も言わない。
妖怪であるクリスは嘘をつかない。無辜の民に手を出さないと言った限りは、実際にそうするだろう。
東京を守るためには、クリスの要求を呑むのが一番の良策に違いない。
だが、橘音はその判断を自ら下しはしなかった。唇を噛み、軽く俯く。

強大な妖力を持つクリスと正面切って戦っても、勝てる可能性はきわめて低い。
が、ノエルが東京ブリーチャーズを抜けるなら、少なくとも東京ドミネーターズの戦力の一部を削ぐことができる。
しかし、それは今の仲間たちとの決別を意味する。クリスは今後一切のノエルとブリーチャーズとの接触を禁ずるだろう。
ノエルはどんな決断を下すだろうか?すべてはノエルの心、その想いにかかっている。

仮面の奥で、橘音は祈るような眼差しを彼へと向けた。
0102御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/14(金) 23:11:59.71ID:poATbxyo
眼前をトコトコと歩くポチを追う。

>「くんくん……うーん。なんか、違うにおいが混じってるなぁ。
 火のにおい……お祭りの時に降ってくるにおいだ。
 あと、これは……なんだろ。銀?お薬?ずっと昔に嗅いだ事がある……作り物の、雨のにおい」

「……打ち上げ花火? 近くで桜祭りでもあるのかな?
この戦いが終わったら……みんなでお花見行こうね! 
……ってこれ死亡フラグじゃん! もうやだ―――――ッ! ……そうだ!」

物凄い名案を思い付いたような顔で尾弐の肩をぽんっと叩き。

「ここは俺に任せて行け!がお家芸のそなたに死亡フラグブレイカーの二つ名を授けてしんぜよう!」

と勝手に人に変な二つ名を付けて一件落着していた。

>「いのりちゃんと……血のにおい?」
>「ちょ……、ポチさん!?」

突然弾かれたように駆けだしたポチ。彼の言葉から察するに祈の身に何かあったのかもしれない。
橘音に伴われて学校に急ぐ。
そこでは、女子中学生が小汚いおっさんに自らの血を飲ませているという一見すると反応に困る光景が繰り広げられていた。
とりあえず雪山を駆け回る鼬の姿を思い浮かべ脳内で置き換える。

>「……なにやってるの?」
>「……それ、牛乳じゃだめなの?」

「祈ちゃんやめて! 口に合うか分からないけどすぐかき氷作るから!
それと君(鎌鼬)はありのままでいい……主に絵的な意味で!」

そんな事を言っている間に原型の鼬の姿に戻り脱兎のごとく逃げて行った。
橘音が適当もとい適切に事件を隠ぺいし、どさくさに紛れて祈を連れ出す。

>「ポチさんはクリスの妖気の追跡をお願いします。――で、祈ちゃん?先程は何があったんです?」

水に飢えて妖壊化した鎌鼬が校内で暴れたので大人しくさせたとのこと。

「そっか……よく正体見抜けたね。原型に戻ったってことは水の綺麗な山に帰る気になったんじゃないかな? きっと大丈夫だよ」

そもそも改心できそうな者は改心させるのがブリーチャーズの基本方針なので助けたこと自体は驚くべきことではないのだが。
しかし最初から痩せ細った可哀想な鼬の姿だったならともかく、感覚としては人間に近い祈の目には単なる小汚いおっさんに見えたはずだ。
そして小汚いおっさんといえば女子中学生にもっともウケが悪い人種の一つである――!
鎌鼬よ、もし恩返しに来る時は美少年の姿で来てやれよ! と思うノエルであった。

こうして祈をメンバーに加え、ポチの先導で一行は千代田区のやんごとなき神社へとたどり着く。

>「……行きましょう」

観光客でごった返す境内を進んでいく。
単に人混みが多い場所を選んだのか、ここである事に意味があるのかは分からないが。
何にせよ、相手は人命を屁とも思っていないのに対し、こちらはそうはいかない。戦うには不利な条件だ。
0103御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/14(金) 23:15:25.40ID:poATbxyo
>「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」

「ああもう、真っ白は目立ち過ぎるって言ったでしょ!? それにもう春なんだから!
桜が散ったらどうすんの。シーズン終わったスキー場にでもすればよかったのに!」

果たして、クリスはいかにもボスキャラですと言わんばかりに拝殿を背に悠然と待ち構えていた。
普通に考えると人々の注目を集めそうなものだが、観光客たちは気にする気配が無い。
もしや普通の人間の目には彼女の姿は見えていないのだろうか。

>「せっかく尻尾を掴ませてやったってのに、動きが遅すぎるよ。そんな調子で東京ドミネーターズに抗おうなんて、お笑いぐさだ」
>「いいさ……待たされはしたけれど、アンタたちはちゃんとここへ来た。それは褒めてやるよ」

「それもし"今日はやめとこ"ってスルーされてたら待ちぼうけじゃん!」

>「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
>「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」
>「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」

橘音は平静を装ってはいるものの、心なしか怯えているように見える。
当然だ、同じ相手に大敗を喫し5人もの犠牲を出してからまだ3年しか経っていないのだから。

>「焦りが透けて見えるよ、糞狐。まともに戦って、アンタたちに勝ち目があるとでも?」
>「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」
>「フフ……。心配しなくてもやらないよ。今はね……やるつもりなら、とっくにやってるんだ」

クリスが、観光客たちをいつでも殺せると脅してみせる。

「何がおかしい――普通の生き物は……僕達とは違うんだよ。1回限りなんだよ。死んだらもう二度と会えないんだよ!」

妖怪ならば、強く願い続ければいつかまた会えるかもしれない。でも人間や普通の動物は違う。
コトリバコとの戦いで疲れ果てて眠っていた時、深い眠りの中で、夢を見た。それは幼い日の記憶。
夢の中の自分は雪ん娘で、親友と雪の中を駆け回っていた。親友はふわふわの毛皮ともふもふの尻尾の、かわいい狐の女の子。
何の捻りもなく狐だからという理由できっちゃんと呼んでいた。
夢の最後に彼女は何かを伝えようとしているかのようにこちらをじっと見つめていて――どうしたのと聞こうとした時目が覚めた。

たとえ天寿を全うしたとて永遠を生きる妖怪から見ればその一生は刹那に等しいものだけど。
それが理不尽に途中で断ち切られた時の親しい者の絶望と哀しみを、自分は理屈じゃなく身をもって知っている。
きっとそれが――命の重さ。
長い時を経た妖怪は人の死を前に割と平然としているけど、本当はどうでもいいわけじゃない。
きっと毎回まともに受け止めていたらあまりにも辛過ぎて耐えられなくて、麻痺させてしまうのだ。

>「正直なところ。アタシにとって、ドミネーターズの東京制圧なんてなんの価値もないし、興味もないことさ」
>「アタシはただ、アタシの目的のために妖怪大統領に手を貸してるに過ぎない。目的さえ遂げられれば、なんだっていいんだよ」

自身の目的のために、それ自体に興味が無いながらも東京制圧なんて大それたことに手を貸している
――何か世界に関わるような壮大な目的を想起させるような口上。

>「アンタも、それを理解した上でここへ来たんだろ?糞狐。でなきゃ、その子をここへ連れてきたりはしないはずだ」
>「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」
>「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」

ブリーチャーズを抜けろだけならまだしも、いつの間にか更に話が発展してしまっていた。

「もしかしてヘッドハンティングってやつ!? 僕って悪の組織にスカウトされるほど有能な人材だったの!?
でも残念ブラック企業はお断りだ―――――! だって妖怪大統領ってコンプライアンス皆無っぽいじゃん?」
0104御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/14(金) 23:20:36.57ID:poATbxyo
>「こっちへおいで、ノエル。さっきも言ったろ?アンタはアタシが守る。命を懸けて、アンタの平穏と幸せを守ってやる」
>「それがアタシの――姉ちゃんのたったひとつの望みさ。アンタを不幸にする連中は、どいつもこいつも姉ちゃんがブチ殺してやる」
>「アンタをそそのかした、そこの糞狐も。くだらないしきたりに固執して、アンタの記憶を消しちまった雪の女王も――」
>「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」

「やだなあ、それじゃあまるで僕が不幸みたいじゃないか」

困ったように笑うノエル。

「僕は今のままで結構幸せだよ。平穏……とは言い難いけど毎日飽きなくて楽しいよ。
橘音くんは東京に来て最初の友達だよ。橘音くんの助手の祈ちゃん、半ペットのポチ君。
こっちは橘音くんの幼馴染……じゃなくて昔からの相棒のクロちゃん。みんな大事な友達なんだ。
いい場所に店を用意してくれた女王様にも感謝してる。住人は変な奴ばっかりだけどそこがまたいいんだ!
……って聞く耳持たないか」

>「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
>「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」

勝てる可能性が低い戦いを挑む以外に示された、もう一つの選択肢。無謀な戦いを挑んでむざむざ負けるよりは悪くない妥協案だ。
自分がブリーチャーズを抜ける事の損失とクリスが積極的には東京制圧に参加しないことの利益を天秤にかける。
小学校の算数より簡単なことだ。しかし橘音は何も言わずにこちらを見つめている。
僕に大事な決断を委ねるととんでもない事になるのを分かっているのだろうか――そう思う。
ふと、祈るようにこちらを見つめている橘音が、夢の中でこちらを見つめていたきっちゃんの姿に重なる。
命は大事にしろ、無駄な犠牲は出すな。彼女はそう伝えたかったのかもしれないけど。

「ごめんね、きっちゃん……。僕の我儘、許してね」

妖壊と聞いてどんな奴を思い浮かべるだろうか。
知性を失っていて言葉もほぼ喋れずただ本能のままに人を襲う不気味な化け物――
最近戦ったのでいえば八尺様やコトリバコのような。あれがオーソドックスな妖壊のイメージだと思う。
クリスは一見そんな妖壊のイメージとはあまりにもかけ離れていて。だけど、やっぱりどうしようもなく壊れていた。
そして、壊れた原因はおそらく自分にある。
あの優しい眼差しは、頬に触れた右手は、嘘じゃない。きっと始まりは純粋な愛情で、それが何らかの理由で狂気へと至ったのだ――
そして一度壊れたら、自分ではもうどうしようもないのだ。誰かに力尽くで止めてもらうまで、止まらない。

――――彼女をこのままにしてはおけない。

今まで自分は無辜の民を守るために妖壊退治をしているのだと思っていた。
でも違ったのかもしれない。もちろんそれもあるけど、本当に救いたいのは――壊れた哀れな妖怪。かつての自分。
クリスの方に向き直り、相手を指さしてどんっと効果音が付きそうな感じで宣言する。

「お前は一つ勘違いをしている! 3年前……橘音くんは負けてなんかいない! 橘音くんは仲間を無駄死にさせることなんて絶対しない!
尊い犠牲を出しながらも見事お前を退けたんだ! 現にしばらくの間日本に入ってこられなかった……そうだろう?
性懲りもなく舞い戻ってきて再戦挑むなんざいい度胸だ!」

更にどどんっと効果音が付きそうな感じで宣言する。

「僕を守りたいならお前がこっちに移籍すればいい! いきなりそういうわけにいかないのは分かってる。
だから……これから真っ白にしてしがらみ全部リセットしてやる! 真っ白になってこっちに来るんだ!」

大きく振りかぶりながら右手の中に雪玉を生成する。

「それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!」

中学生の祈などはナチュラルに首をかしげそうな死語を叫びながら雪玉を投げつける。それすなわち宣戦布告。
おそらくクリスは狂愛の対象である自分を攻撃することは出来ない。故に自らが盾になりつつ戦えば勝機はあると踏んだのであった。
0105尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/18(火) 01:22:51.29ID:yBGFjCqN
>「やれやれ……。何を嗅ぎ付けたのやらと思ったら、事件じゃないですか」

尾弐が祈の通う学校に辿り着いた時、既に事件は起き――――そして終わっていた。
若人の学び場に相応しくない浮浪者めいた男と、男に己の血液を飲ませた祈。
その男に接近し、動物としての相性が与える恐怖により妖怪「鎌鼬」としての正体を露見させたポチ。

>「……それ、牛乳じゃだめなの?」
>「ヒ……ヒィッ!」

……そして、悲鳴を挙げて逃げ去った当の鎌鼬。

騒動を起こした主犯は消え去り、結果として後に残るのは倒れる体育教師と、彼が流した血液を吸い込んだ砂の染みだけ
校庭から、あるいは校舎の窓から向けられるのは学生や教師たちの奇異の視線。
世間に何事も無ければ、この出来事は翌日の朝刊の3面記事を飾るであろう事は容易に想像が付いた

幸いといえるのは、祈に大きな怪我が無かった事と――――

>「まあまあ、落ちついて。ここは偶然居合わせたこの狐面探偵、那須野橘音にどーんとお任せあれ!いや〜みなさん運がいい!」
>「先生方はまず怪我人の対処を。救急車を呼んでください、事情はボクが彼女から訊きますから――いいですね?」

この場に、人間への『化かし』について一角のものを持つ那須野が存在していた事だろう。
彼の妖狐の手にかかれば……事件自体を消す事は出来ずとも、上手い方向に事件を誘導する事は容易いに違いない。
そして、そんな状況の中。
敵対者たるべき存在が逃走した事でただの木偶の坊と化した尾弐は、困った様に自身の首に右手を当てると、
先行するポチと、祈の手を引き校庭を去る那須野の背を追う事しか出来なかった。

……その後。校庭を抜け出し再びクリスを追う道中。那須野が祈に事の顛末を聞きだし、
ノエルが主犯であった鎌鼬のこの後について祈を安心させる言葉を掛ける中でも、尾弐は

「あんまし危ねぇ事はすんなよ、祈の嬢ちゃん。なんでもかんでも助けようとしたら……いつか自分が潰れちまうぜ」

ノエルの言葉に賛同する事無く、難しい顔で棘のある言葉を吐くに留まった。
それは、鎌鼬がノエルの考える様な平穏な未来を得る事は難しいと思っての態度でもあるが、
何よりも……尾弐黒雄という男には珍しく、ここから先のクリスという妖壊との戦闘を想定し、
まだ学生である祈に気遣う余裕がない程に緊張をしている事の現れでもあった。

―――――
0106尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/18(火) 01:23:22.31ID:yBGFjCqN
>「……ここは……」

「……よりにもよって、この神社かよ」

そうして、ポチの後を追って辿り着いたのは――――学生や観光客で賑わう、とある神社であった。
その鳥居の前に立った尾弐は、巨大な鳥居を露骨に顔を顰めながら見上げると、げんなりとした声を出す。
不敬な態度ではあるが、『鬼』という種族である尾弐にとってそれは仕方のない事と言えるだろう。
全国に有る天津神、国津神を祀るものとは異なり、護国の為に散った御霊を鎮める目的で建立されたこの社は、
生粋の神々を奉る寺社程の膨大な神気は無いものの、こと国を護るという『力』においては、他の追随を許さないものを有している。

稲荷神である狐、十二支である犬、山神の類とされる雪女。

東京ブリーチャーズの面々は、妖怪ではあれどそれらの属性を有する為にその影響を受け辛いが、
人の怨みや悪意を根幹とする、国や民草の敵である『悪鬼』の尾弐は、その護国の力を十全に受けてしまうが故に、
この神社とは極めて相性が悪いのだ。

>「……行きましょう」

「あいよ、大将」

現に、鳥居を潜らずにその脇を通り抜ける事で祓い清められる事を避けたというのに、
寺社の敷地へ一歩踏み入った瞬間、尾弐の全身には強烈な負荷が掛かり、その力を制限されてしまった。
人間に例えて言うのなら――――今の尾弐は、世界最高峰の山であるエベレストの頂上へ無酸素登頂をしている様な状態である。
並みの妖怪であれば、そのままケ枯れてしまってもおかしくないのだが……尾弐は精神力でその苦痛を覆い隠すと
平然とした表情の仮面を被りながら人ごみの中をポチを見失わない様に進んでいく。

それから暫く歩を進め、東京ブリーチャーズの面々が拝殿まで辿り着くと。

>「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」

そこに、そいつは居た。
クリス……東京ドミネーターズの構成員にして、かつて個の力のみで霊災を引き起こした仇敵。
ポケットに手を入れながら不敵な笑みを浮かべるその姿は、多数の敵を前にしているにも関わらず
臆した色など何処にもない。それは、恐らくは強大な力を持つ者特有の余裕というものなのだろう。

>「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
>「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」

その強者の態度のまま、クリスは東京ブリーチャーズへと嘲笑の言葉を投げかける。
0107尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/18(火) 01:24:18.23ID:yBGFjCqN
>「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」

仲間と呼べる存在への侮辱に対し、本来であれば怒りを見せなければならないのであろう。
だが、クリスへと切り返す那須野の言葉は鈍く。尾弐もまた言葉を口にしない。
それは、かつての戦いが齎した恐怖もあるだろうが……何よりも、状況が感情のままに動く事を封じている事が大きい。

>「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」
(ああ……実際その通りだ。下手に動いたせいで、なんの関係も無い人間がこの化物の犠牲になったら……)

小さく舌打ちをしながら尾弐は考える。
那須野や尾弐はまだいい。言い方こそ悪いが、人が死ぬ場面には感情が摩耗する程に遭遇している。
『お前のせいで人が死んだ』などとのたまう妖壊や人間にも遭遇した事も一度や二度ではない。
だが、祈やノエル、ポチは違う。
もしもクリスの言った通りに人が死に、それが自分たちのせいであると言われれば、
強い輝きを持つ心を持っている彼等はきっと……そうであるが故に、心に深い傷を負う事になるだろう。
そうさせない為に、尾弐はただ相手のふざけた言い分を聞き続ける事しか出来なかったのだが

>「何がおかしい――普通の生き物は……僕達とは違うんだよ。1回限りなんだよ。死んだらもう二度と会えないんだよ!」

その妥協の沈黙を、いとも容易く打ち破る物が一人。
御幸乃恵瑠
彼は人を殺すと嘯く化生を前にして、真っ直ぐに「それは間違っている」と、そう述べた。
……確かに、この場で明確にクリスを否定する発言をしても、人死にを出さない事が出来るのはノエルだけだった。
だが、それでも強大な敵に対する恐怖はあっただろう。畏れももあっただろう。
けれどノエルはそれらを踏みつぶし、間違っているモノに間違っていると言ってのけたのである。
真っ直ぐなその言葉は、或いはいつかの祈の様な力強さを有していた。だが……

>「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」

その言葉も、妖壊には――――壊れた魂には届かない。
ノエルの言葉を愛おしげな笑みで受け止めたクリスは、慈母の様な表情を浮かべノエルを見ながら、
けれどもノエルの意志をくみ取る事をせずに、己が要求を口にする。

>「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」
>「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」
>「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
>「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」

ノエルを寄越せ、と。
自分が幸福にするから、ノエルを渡せと。
それは、感情で考えるのであれば到底受け入れられない要求だ。
しかし、クリスの危険性を鑑みて機械的に考えるのであれば、有用な提案でも在る。
身近な1を捨てて見知らぬ100を確実に救うか、身近な1を取り見知らぬ1000のを危険に晒すか。

その選択肢を、対象たる1の立場で選ばされる事となったノエルは。
0108尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/04/18(火) 01:26:21.03ID:yBGFjCqN
>「やだなあ、それじゃあまるで僕が不幸みたいじゃないか」
>「お前は一つ勘違いをしている! 3年前……橘音くんは負けてなんかいない! 橘音くんは仲間を無駄死にさせることなんて絶対しない!
>尊い犠牲を出しながらも見事お前を退けたんだ! 現にしばらくの間日本に入ってこられなかった……そうだろう?
>性懲りもなく舞い戻ってきて再戦挑むなんざいい度胸だ!」

狂った愛情を前にして、けれどもその狂愛に首輪を嵌められる事はしなかった。
彼は、己が不幸では無いと。クリスが嘲笑したかつての戦いは、決して無駄ではなかったと。そう謳い

>「それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!」

最後に、死後の混じったな台詞と共にクリスに対して雪玉を投げ、明確な敵対を示して見せた。



「――――は。言うじゃねぇか、色男」

そして……その言葉を。ノエルの意志を聞いた尾弐は、クリスと対峙してから初めて口を開いた。
組んでいた腕を解き首をゴキリと鳴らしながら、視線をクリスへと向ける。

「よう、見事に振られちまったみてぇだな……まあ、折角だしオジサンから一つアドバイスだ」

そうして、尾弐は先程の嘲笑のお返しとばかりに不敵な笑みを浮かべると、
近くに居たノエルの肩に手を回し、自身の方へと引き寄せてから言葉を吐きだす。

「『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ」

……この尾弐の行動は、ノエルを盾扱いなどしないという明確な意志表示であり、
ノエルに姉としての狂愛を向ける相手に対し、その立場を奪ったと宣言する様な明確な挑発行為でもあった。
そして、その目的は一つ。
即ち――――クリスの敵愾心を一時的に自身に集中させる事である。

まっとうな思考を持った妖怪や人間相手であれば、周囲の人間(ヒトジチ)を危険に晒しかねないこの行為であるが、
一つの街を災厄に沈めようとする程に壊れているクリスという妖壊が相手であれば、目的が叶う可能性は十分に有る。
何故ならば、妖壊という存在は多くが己が求める物に対してある種盲目となっており、
その求めるモノを掠め取る相手を決して許さず、真っ先に排除しようと試みる習性があるからだ。

そうして、それによって時間を作る事が出来れば……騒ぎに気付いた周囲の人間(ヒトジチ)が逃げる、
もしくは仲間たちが周囲の人間(ヒトジチ)へと対処する時間を作る事が出来るだろう。そこまで考えての行動であった。

……最も、先程クリスが那須野を糞狐呼ばわりした時から額に青筋を浮かべていた事からして、
半ば以上感情が交った行動でもあるのも事実なのだが。
0109多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 22:31:53.08ID:1plqHjEA
>「……手ぬるいこと。そんな者は一息に滅ぼしてしまえばよろしいのに」
>「今、血を施してやっても、この者は渇けばまた同じことを繰り返しますわよ?後顧の憂いは断つべきですわ」
>「それとも――東京ブリーチャーズの『漂白』とは、単に衣服を白くするという意味だったのかしら?」
 祈が鎌鼬に馬乗りになったまま血をやっていると、
いつの間にか祈の傍まで近付いてきていたモノが、緩く腕組をしながらそんなことを言った。
 呆れたような声音。揶揄する言葉。しかし祈はそれに対し、不思議と心が波立たない。
祈の中に、確固とした答えがあるからだろうか。
「はん、うっせーよ。ちょっとした間違いくらい誰にだってあんだろ。
それくらいでいちいち滅ぼそうとしてたら、世の中全員滅ぼさなきゃならなくなるだろーが。
支配者気取ってる割に心の余裕ってもんがねーのかよ?」
 喉が渇いたからという理由で人を傷付けた鎌鼬。
確かにここで血を与えても一時凌ぎでしかなく、またいつか渇きに耐えかねて爆発するかも分からない。
だが、祈はその命を奪おうとは思わない。信じない事には何も始まらないと、そう思っているからだ。
祈はその方面に明るくないが、人の法でも余程の罪がなければ死刑にはしないと聞くし、
それを当て嵌めるならば妖怪だって、誰も殺してないのならその命を奪うまでのことはないだろう、なんてことを思う。
 そもそも後顧の憂いを断つ、なんてことを考えていれば、
コトリバコ達を用いて大量虐殺を演じたレディ・ベアをこの場で倒さない理由がないのだから。
 その祈の考えは優しいのではなく、甘さと言っても過言ではなかった。
>「まあ、いいですわ。わたくしのアシストありきとはいえ、悪くない動きでしたわよ、祈」
 悪態をつく祈に、まるで部下を労うような言葉を掛けて、
>「しかしながら――この状況では午後の授業を受けることは難しいですわね。残念ですが……」
>「新しい妖怪の気配もあります。これは貴方のお仲間でしょう?鼻の利くこと――ならば、わたくし今日のところは退散いたしますわ」
 モノは祈に背を向ける。
「仲間?」
 仲間、というのは、不審者を取り押さえた祈へと向かって、校舎からドタバタと走って来る教師達のこと、ではないだろう。
ということはブリーチャーズの誰かがこの近くに来ているのだろうか、と祈は思う。
>「協定はあくまで、貴方とわたくしの間でのみ有効なもの。わたくしと一緒にいるところを見られるのは、都合が悪いでしょう?」
>「それでは、祈。アデューですわ!」
「……また明日な」
 モノの姿が掻き消える、と同時に、
動物めいた軽い足音が祈の元へと近づいてきた。血の匂いにでも釣られたのだろうか。
不審者に続いて犬だか猫だかまで迷い込んでくるなんて新学期早々賑やかだな、と思いながら
祈が足音のした方向へ顔を向けると、そこにあるのは見たことのある動物の姿だった。
 モノと入れ違いに、風のように駆けてやってきたのは、一匹の犬、否、――狼である。
黒い毛並みに白の混じった、特徴的な模様。
モノが言う“貴方のお仲間”とは、この狼のことだったのだろうか。
>「……なにやってるの?」
 子どものような声は、その狼から放たれている。
祈はまだ少しだけ慣れないが、この狼はただの狼ではなく『送り狼』あるいは『送り犬』と呼ばれる類の妖怪だ。
喋ることぐらい朝飯前である。誰が名付けたのか、その名はポチといった。
「なんだ、ポチじゃん。見ての通り血をあげてるんだよ。
喉渇いたって暴れるから。でも東京の水は飲めないって言うし。厄介なもんだよなー」
 溜息交じりに答えながら、祈は赤く変色した薬指を再度強く押す。
一滴の血が落ちたが、傷口が小さかったのかもう塞がり始めてるようで、
それ以上の出血は見込めないようだった。
これで少しは満足してくれるといいけど、と祈が思っていると。
>「……それ、牛乳じゃだめなの?」
 子どものような疑問をポチが投げかけてくる。
ポチは仲間意識が強く、ブリーチャーズを家族のように思ってくれているようだ。
この場に来ているのも、祈の血の匂いを嗅ぎつけて心配になったからだろう。
故にこの質問も、他の物じゃ駄目なのか、祈が傷を負う必要などなかったのではないかと、
祈の身を案じて出たものだと考えられた。
 だからこそ、祈はポチの頭へと手を伸ばす。
「んー……牛乳で良いんだったら、楽なんだけどな」
 そして言葉を濁しながら、ポチの頭を右手で撫でた。
0110多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 22:39:23.46ID:1plqHjEA
 “少なくとも今は”血でなければ駄目だったのだろうと祈は思う。
何故なら飯綱という種類の鎌鼬は、
旋風によって人を傷付け、その傷口から血を舐め去っていく妖怪だからだ。
(ふと冷たい風が吹いて肌に痛みが走る。切られた様な跡ができているが何故か血がない。
そんな不思議な現象の正体とされている)
即ち飯綱にとって人を切り、血を摂取する行為は妖怪としての本懐であり、存在理由に当たるのである。
 しかし現代になり妖怪の肩身は狭くなった。
東京ブリーチャーズなど悪しき妖怪を討伐する組織の存在もあり、
妖怪達はかつてのような悪さをできず、人間界への順応することを強いられるようになった。それ故人間として生活する妖怪も多い。
その中では飯綱も人を切り血を啜るなんて行為は長らくできなかったに違いない。
そうして今、血を飲むことができないどころか、飲める水をも失った飯綱は正気を失った。
不審者のような恰好というお粗末な変化で、
昼間の中学校という人気の多い場所に姿を現すという愚行を犯す程に追い詰められていた。
そんな飯綱を鎮める為には、血を吸わせるという行為でもって、
妖怪としての欲求と渇きを満たすしかなかったのだと、祈は考える。
 とは言え、吸血鬼など血を吸う怪物や妖の類に纏わる伝承の中には、
人間の血が吸えない時にはやむを得ず豚や牛など家畜の血で代用しているという話もある。
牛の乳も血液と同じく体液ではあるのだし、この飯綱ももしかしたら今後は牛乳などで我慢してくれたりするのかもしれないが。
>「祈ちゃんやめて! 口に合うか分からないけどすぐかき氷作るから!
>それと君(鎌鼬)はありのままでいい……主に絵的な意味で!」
 とかなんとか考えながらポチを撫でていると、校門の方から祈の聞き慣れた声がする。
ノエルである。その後ろには橘音や尾弐の姿もあった。モノの言うお仲間とは、ポチだけでなく彼ら全員のことだったのだろう。
こちらに向かって駆けて来る。
>「ヒ……ヒィッ!」
 そのノエルの声で我に返ったのか、祈の左手薬指を舐めていた鎌鼬が急に素っ頓狂な声を上げた。
更に視線をポチに合わせて、仰天したような顔を作り、
「お」
 そして、ぼんっ、と変化が解ける音がして、祈の視点が階段一段分ほど低くなる。
薄い煙のような物が祈の周囲を包み、
その足元で小さな――胴が長く茶色で尻尾が長く、どこか鼠っぽい――動物がちょろりと動いたと思えば、
まるで風のように校門の方へと走り去っていった。
それと入れ違いになるようにして、橘音、ノエル、尾弐の三人が祈の元へと辿り着く。
>「やれやれ……。何を嗅ぎ付けたのやらと思ったら、事件じゃないですか」
 橘音がポチに向かって口を開く。
「橘音達も来てたんだ。おーっす。ま、事件っちゃ事件かな。もう終わったけど」
 更にそこへ教師達も到達した。
息を切らした中年の教師が、祈とブリーチャーズを交互に見る。
0111多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 22:42:40.80ID:1plqHjEA
>「多甫!大丈夫か?怪我はないか?なんて無茶をするんだ!」
>「あの男はどこへ行った?早く警察に通報を……!」
「え? あー……すみません? 男はー、なんつーか、逃げられ……ました?」
 そして口々に、質問を浴びせてくる。
 それに対し祈は言葉に詰まり、歯切れの悪い言葉を返すのが精一杯だった。
 何せ説明できなことが多いのだ。
今し方まで組み敷いていた筈の不審者が何故いないのか、どう答えれば納得させられるだろう?
そしてこの状況に新たに追加された、犬、狐面に学ランの探偵、妙齢の美形、喪服の男、
つまるところ余りにもアクが強く、不審者一同として認識されかねない漂泊者達。
騒ぎを聞きつけて様子を見に来てくれた一般人達だと言って通るだろうか?
ただでさえ不審者が現れ、体育教師が切り付けられたことで教師陣は興奮している。
この場で警察を呼ばれたらこの4妖怪が鎌鼬の代わりにしょっぴかれてしまうのでは。そんな不安がよぎる。
 突如姿を消してしまった転校生のことも、何をどう説明していいのやら。
凶暴な妖怪相手でも決して退かない祈だが、その背に冷や汗が伝う。
 祈が困っていると、橘音がずいと前に出た。
>「まあまあ、落ちついて。ここは偶然居合わせたこの狐面探偵、那須野橘音にどーんとお任せあれ!いや〜みなさん運がいい!」
>「先生方はまず怪我人の対処を。救急車を呼んでください、事情はボクが彼女から訊きますから――いいですね?」
 そしてその口で、その”目”で、教師達をたちまち説得してしまう。
教師達はそれに納得して、離れて行く。
一人は倒れた体育教師へ、もう一人は救急車を呼びに。
先程の興奮もどこへやらすっかり落ち着きを取り戻し、まるで操られるようにてきぱきと処理を進めていく。
>「事情は道すがら窺いましょう。それにしても……ひとりで妖壊を片付けてしまうなんて、気合充分ですね?」
>「ということでお仕事です、祈ちゃん」
 祈へと向き直った橘音が、白手袋に包んだ右手を差し伸べながら言う。
一緒に来てくれ、ということである。
午後にはまだ授業が控えているが、橘音が自分の力を必要としているとなれば、
早退せざるを得ないなと祈は思う。
「……相変わらず便利だよな、その目」
 祈は言いながら制服に付いた砂埃を払い、立ち上がる。
そして仕事を請け負う意思を示すために橘音の手を取ろうとして手を伸ばすが、
躊躇ったように、僅かに触れた指先を離した。
「ごめん、先に手洗ってきていい?」
 地面を触ったり砂埃を浴びたり鎌鼬に舐められたりしているので、ちょっと気になっているのだった。
 校庭に備え付けられた蛇口さっと手を洗い、ハンカチで手を拭いながら、
丁度通りがかった担任教師に『大事を取って早退します』と告げた後、再び祈は橘音の手を取ったのだった。
0112多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 22:46:34.59ID:1plqHjEA
>「ポチさんはクリスの妖気の追跡をお願いします。――で、祈ちゃん?先程は何があったんです?」
 祈は橘音の手を取った。
探偵と言う職業柄なのか、演技がかった立ち振る舞いの多い那須野橘音。
その手を差し伸べる動作も、一種の演出のようなものだったのだろう。
だが一度掴んでしまった手前、自分からは離し難く、
どのタイミングで離せばいいものかと考えている内に離すタイミングを失い、
祈の左手はなんとなく、白い手袋の嵌った橘音の右手と繋がれたままになっていた。
 そうして敵の残り香を追跡するポチの後ろを、橘音と並んで歩いている。
「飯綱っていう、血を飲む鎌鼬がいるでしょ。そいつがうちの中学校で暴れちゃってさ。大騒ぎになったんだよ。
暴れてる原因は東京の水が飲めなくて喉が渇いたからってことだったみたいだから、
ひとまずとっちめてあたしの血を分けてやって、東京の水飲めないなら引っ越せってアドバイスして……
あ、引っ越し先については橘音が教えてくれるかもってことで橘音の名前出したから、
もしかしたら事務所にあとで来るかも。そん時は悪いけど世話してやってね」
 いまいち要領を得ない、身振り手振りを交えた祈の説明だったが、橘音やそれなりに付き合いのある者は理解可能だろう。
だがその言葉を聞いているのだか聞いていないのだか、
心ここに在らずと言うようにぼんやりとして、内容について詳しく言及しない橘音。
その代わりに、という訳ではないだろうが
>「そっか……よく正体見抜けたね。原型に戻ったってことは水の綺麗な山に帰る気になったんじゃないかな? きっと大丈夫だよ」
 ノエルがこんなコメントをしてくれる。
橘音は少し様子がおかしいが、こちらはどうやらいつも通りであるらしい。
「だと良いけどなー。ま、もし出てきて悪さしてもまたあたしがやっつけてやるけどね」
 祈ははにかんで、そんな風に返した。
>「あんまし危ねぇ事はすんなよ、祈の嬢ちゃん。なんでもかんでも助けようとしたら……いつか自分が潰れちまうぜ」
 そして尾弐は今日に限って少し厳しいことを言った。
 祈への心配が見え、何やら反論しがたい重みもあるように思えたので、
祈は「そうだね、気を付けるよ。ありがと」と返すに留めた。
 何か怒ってるのかなと心配になり、祈がちらと尾弐の顔を覗き見ると、何やら難しく緊張した面持ちであった。
その視線はただ前、敵がいるであろう方向を睨んでおり、
少なくとも橘音と祈が手を繋いでいることに怒っている、という訳ではなさそうではある。
 橘音と尾弐はブリーチャーズ結成以前からのコンビで仲が良いらしく、
しかもコトリバコ戦前に橘音から「好きですよ」と言われていた尾弐だ。
もし二人が男女の仲、あるいは性を超越した深い仲であるとすれば、
祈が橘音の手を握っていることに嫉妬の色でも見えるかと思ったのだが、そうではないようだった。
 怒っているのでもなんでもなく、向かう先に待ち構えている者が強大であるから緊張しており、
余裕があまりないのだろうと祈は推察する。
橘音もどうやら似たような状況のようであるし、二人を見て祈も気を引き締めることにする。
そして待ち受ける強大な敵とは何者だろうかと、そう考えた祈は、
先程、聞き捨てならない言葉を聞き捨てていたことに思い至る。
「ていうかさっき、クリスの追跡って言ってなかった!? それってドミネーターズのやつ!?」
 そう言えば仕事内容について説明を受けていないことに祈は気が付いて、
繋いだ橘音の手を引っ張ってがくがく揺すり、半ば無理矢理情報を聞き出した。
クリスという妖怪について。クリスとノエルの関係について。どうして今クリスを追っているのか等々の事情を。
それらを聞いたりそうこうしている内に、
自然と祈と橘音の手は離れて。一行はある場所へと辿り着いた。
 辿り着いたのは、ある神社だった。
0113多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 22:57:03.69ID:1plqHjEA
「あ、この名前聞いたことある」
 祈がつぶやく。
 入口付近に建てられている石碑には、テレビのニュースなどで
政治家が参拝しただのしないだのでよく問題として取り上げられる、有名な神社の名前がある。
日本の為に戦い、そして死んでいった英霊たちを祀っている場所であるという。
 神社の境内で桜が綺麗に咲いていた。
>「……行きましょう」
 立ち止まっていた橘音が意を決したように進む。
 平日だというのに、人が多い。
大きな鳥居の前は観光客や修学旅行生と思しき人々でごった返している。
桜を見に来ているのか、東京民と思しきお年寄りなども見えた。
もしこんな人が多い場所にクリスがいて、ここが戦場になるのだとしたら、大変なことになる。
クリスがここに観光か何かの目的でふらりと立ち寄っただけであって欲しい。
そう願いながらポチや橘音やノエルの後に続き、祈は大鳥居をくぐる。
神聖な雰囲気に、より一層身が引き締まる思いがした。ついでに、鳥居の横を尾弐が通っているのを見て、
もしかしたら鳥居を潜るのは鬼という妖怪的に悪い事なのかもしれない、などと感想を抱いた。
 大鳥居から銅像の横を通って、奥へ奥へと進む。
そうして神門を潜るとやがて、その白い姿を見つける。待ち構えるように拝殿の前に立つ、その姿。
ダウンジャケットのポケットに手を突っ込んだまま、歪んだ笑みを浮かべて、
>「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」
 その白い女はブリーチャーズを出迎えた。

>「せっかく尻尾を掴ませてやったってのに、動きが遅すぎるよ。そんな調子で東京ドミネーターズに抗おうなんて、お笑いぐさだ」
>「いいさ……待たされはしたけれど、アンタたちはちゃんとここへ来た。それは褒めてやるよ」
 その姿は目立つ筈なのに、不思議と誰も気に留めなかった。
拝殿の前に立ち、よく通る声で話しているというのに、まるで何もないように人々は通り過ぎていく。
>「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
>「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」
>「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」
 クリスの挑発に対し、押し殺した声で橘音が返す。
道すがら祈が聞いた、三年前のブリーチャーズとクリス一人との決戦、その結末。
それは橘音が言うには、惨敗にも等しい結果であったという。
十人がかりで挑んだがクリスを漂白することは叶わず、かろうじて日本から追放することしかできず。
そして五人もの仲間を失ったのだと。
 そのクリスと相対している橘音の心は今、どれ程の痛みや恐怖と戦っているのだろう。
>「焦りが透けて見えるよ、糞狐。まともに戦って、アンタたちに勝ち目があるとでも?」
 それを見透かすように、クリス。
かつては十名。そして今は五名。半数だ。昔と違い尾弐やノエルなど強力な妖怪がいるとはいえ、
数の上では心もとない数字であるのは明白だろう。
>「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」
 クリスがポケットから右手を出し、その手のひらを横へ、観光客へと向ける。
その掌に雪が冷たい風を纏って生まれた。ブリーチャーズに緊張が走り、祈もまた咄嗟に身構えた。
 クリスはその様を見てくすくす笑うと、すぐに手を下ろす。
>「フフ……。心配しなくてもやらないよ。今はね……やるつもりなら、とっくにやってるんだ」
 三年前は東京中を豪雪で埋め尽くして見せたという、強大な力を持った妖壊クリス。
やろうと思えば本当に、この神社にいる全ての人間を僅かな時間で殺しきれるのだろう。
その残虐さもまた折り紙付きであり、それを知っている故に一挙手一投足にいちいち反応してしまうブリーチャーズの様は
さぞ面白いに違いない。
 嗜虐的なその笑いに、祈の怒りが燃え始めた。それはノエルも同じようで、
>「何がおかしい――普通の生き物は……僕達とは違うんだよ。1回限りなんだよ。死んだらもう二度と会えないんだよ!」
 そう怒りの声を上げた。
 誰にでも命は一つきり。だからこそ尊く、簡単に奪っていいものではないのだと。
だがノエルの痛切な叫びを持ってしても、クリスはその言葉に耳を傾けることはなく、
己の言葉を、要求を、淡々と突き付けてきた。
0114多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 23:01:40.48ID:1plqHjEA
>「正直なところ。アタシにとって、ドミネーターズの東京制圧なんてなんの価値もないし、興味もないことさ」
>「アタシはただ、アタシの目的のために妖怪大統領に手を貸してるに過ぎない。目的さえ遂げられれば、なんだっていいんだよ」
>「アンタも、それを理解した上でここへ来たんだろ?糞狐。でなきゃ、その子をここへ連れてきたりはしないはずだ」
>「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」
>「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」
 一度下ろした右手を、今度はノエルへと伸ばしながら。
 クリスがノエルに固執している理由は祈も簡単にだが聞いている。
それはノエルが同じ山で生まれ、特に仲が良かった大切な姉妹であるからだ、と。
故に言っていることは理解できる。『妖怪大統領』という恐ろしい存在から遠ざけてノエルを守るには、
それと敵対する組織である東京ブリーチャーズから抜けさせ、
東京ドミネーターズに収めてしまうことが最も手っ取り早い手段ではあるからだ。
つまりその行動の根底にあるのは、ノエルと言う家族への思いやりである筈だ。
しかし、その瞳を見ていると寒気を覚えるのは何故だろうか、と祈は思う。
そしてその疑問の答えはすぐに明らかになる。
>「こっちへおいで、ノエル。さっきも言ったろ?アンタはアタシが守る。命を懸けて、アンタの平穏と幸せを守ってやる」
>「それがアタシの――姉ちゃんのたったひとつの望みさ。アンタを不幸にする連中は、どいつもこいつも姉ちゃんがブチ殺してやる」
>「アンタをそそのかした、そこの糞狐も。くだらないしきたりに固執して、アンタの記憶を消しちまった雪の女王も――」
>「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」
 移籍を断ってみせたノエルに対し、
その言葉を尚も無視して、クリスは更に言葉を重ねていった。
狂気を孕んだその言葉と微笑みで、祈はその瞳を見ていて寒気を覚える理由を知ったのだった。
 この女の両瞳は、ノエルを見ていないのだ。
確かにノエルを視界に収めてはいる。だが映っていない。
 『雪の女王がノエルの記憶を消した』とクリスは言った。
この言葉が真実であるとするなら、今のノエルはクリスの知っているノエルではないのだろう。
故にその瞳に映っているのは、かつて姉妹として親しくしていた“過去のノエル”なのだ。
 そして思考を更に先へ進めれば、三年前にクリスが引き起こした災禍は、
ノエルが雪の女王とやらに記憶を消されたが故に引き起こされた物なのではないか、と推測することもできた。
ノエルは二年半ほど前からブリーチャーズに所属しているということだから、
三年前に記憶を失い、約半年で新しいノエルとして出来上がり、
東京ブリーチャーズに流れてきたのだとすれば辻褄は合わなくもない。
 とかく、大事な姉妹を壊され、それを止めることも助けることもクリスにはできなかった。
その絶望から彼女は《妖壊》となり、全てを壊そうとしたのではないか、と考えることができる。
 だとすれば今彼女がやっていることは、三年前の続きだ。
“今度こそは私のノエルを助ける”のだと、もう決して取り戻せぬ過去を追い求めての、戦いの続き。
そしてその悲願を達成する為ならば誰であろうと容赦はしない。関係ない。そう考えている。
だからその瞳には現在のノエルの姿が映らない。その声が届かない。
 クリスが浮かべる優しいその微笑みが、どこか壊れているように思えて、祈はぞっとする。
差し伸べた手は、一体誰の幸せを掴もうとしているのだろう。
かつてのノエルなら、その提案を聞いて喜んで手を取ったと言うのだろうか?
 優しい筈なのに見る者を凍えさせるようなクリスの視線を受けて、ノエルは困ったように笑った。
>「やだなあ、それじゃあまるで僕が不幸みたいじゃないか」
>「僕は今のままで結構幸せだよ。平穏……とは言い難いけど毎日飽きなくて楽しいよ。
>橘音くんは東京に来て最初の友達だよ。橘音くんの助手の祈ちゃん、半ペットのポチ君。
>こっちは橘音くんの幼馴染……じゃなくて昔からの相棒のクロちゃん。みんな大事な友達なんだ。
>いい場所に店を用意してくれた女王様にも感謝してる。住人は変な奴ばっかりだけどそこがまたいいんだ!
>……って聞く耳持たないか」
0115多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 23:07:34.54ID:1plqHjEA
 クリスの言葉を信じるなら、
今喋っているのは記憶を消された後に生まれた、現在のノエル。
記憶を消され、どれ程辛く怖い思いをしただろうと、祈は心配になった。
だがそのノエルが今は幸せだと言ってくれたことが祈は嬉しかったし、ほっとした。
 だからこの言葉を聞いて、もしかしたらクリスも思い直してくれるかと淡雪のような期待を抱いたが、
>「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
>「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」
 クリスは変わらなかった。
氷のように冷たく微笑んだまま、己の言葉を一方的にぶつけるだけで、
その耳には、心には。何も届きはしなかった。
 沈黙が降りる。
 クリスには移籍を了承する以外の言葉は届かず、首を縦に振ること以外認めないだろう。
 しかし、言葉は届かなくとも意思は届けることができるに違いない。
例えば、戦う姿勢を見せて明確に敵対することによって。
だがそれは当然に、交渉の決裂だけでなくクリスとの戦闘を意味しており、
また、決して後戻りはできない。
たった五人で、東京を豪雪に埋もれさせることができる災害とも呼べる妖壊と、
しかもノエルにとっては記憶にないとはいえ、同じ山に生まれた姉と戦う覚悟をせねばならない。
当然、勝てなければノエルを除くこの場にいる全員が死ぬ。
移籍を選択するならばこれが最後のチャンスだろうと思われた。
 クリスだけでなく、誰もがノエルの選択を待った。
祈は何か言おうと思ったが、祈るようにノエルを見つめる橘音の姿を見て、
何かを言うよりも信じようと思い、口を噤んだ。
ノエルが決めた事なら、どちらでも構わない。でも、できることならば一緒に――。
 やがてノエルは答えを出した。
そして橘音を見て、何かを決意したように、言う。
>「ごめんね、きっちゃん……。僕の我儘、許してね」
 そしてクリスに向き直ると、
人差し指を立てた右手を、どどんと突き付けるように向け、高らかに宣言する。
>「お前は一つ勘違いをしている! 3年前……橘音くんは負けてなんかいない! 橘音くんは仲間を無駄死にさせることなんて絶対しない!
>尊い犠牲を出しながらも見事お前を退けたんだ! 現にしばらくの間日本に入ってこられなかった……そうだろう?
>性懲りもなく舞い戻ってきて再戦挑むなんざいい度胸だ!」
>「僕を守りたいならお前がこっちに移籍すればいい! いきなりそういうわけにいかないのは分かってる。
>だから……これから真っ白にしてしがらみ全部リセットしてやる! 真っ白になってこっちに来るんだ!」
 大きく振りかぶりながら、その右手に雪玉を生成する。
>「それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!」
 ぶん、と音がするほどに勢いよく放り投げられた雪玉。
それはクリスへと向かって飛ぶ。紛れもなく、間違いなく、宣戦布告だった。
いかに言葉が届かなくとも、雪玉をぶつけられた痛みでクリスだって理解するだろう。
『移籍などするつもりはない』というノエルの気持ちを。
 祈は心の中で、喝采の声を上げる。よくぞ言った、と。
0116多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/04/21(金) 23:24:31.21ID:1plqHjEA
>「――――は。言うじゃねぇか、色男」
 尾弐も同じ気持ちであったようで、そんなことを言った。
更に尾弐はノエルの横に並び立ち、その肩に手を回して見せた。
普段の尾弐ならば絶対にしない動作だった。
>「よう、見事に振られちまったみてぇだな……まあ、折角だしオジサンから一つアドバイスだ」
>「『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ」
 そしてクリスへと向けられたその物言いは、
ノエルの姉であり、姉妹であるノエルを誰より大事に思っているであろうクリスに対する、
明らかな挑発の意味を含んでいた。『お前の居場所は俺が奪っているぞ』と。
 そんなことを言えばクリスの怒りを煽るだけだろうに、何故。
そう考えた時、祈は尾弐の意図を理解する。
 今の状況はクリスにとって『クリス対東京ブリーチャーズ』の構図であり、
ノエルを除くブリーチャーズ全員が攻撃対象になっている。
そしてクリスには、豪雪や吹雪でこの場を閉ざしたり、
ノエルが以前コトリバコ全員を氷で固めたような芸当で全員を纏めて攻撃する術があると思われた。
であるなら、いちいち各個撃破など考えずとも、迷わずそれを実行するだけで良い。
そうなれば尾弐はともかく、人間の血を引く祈や、
動物から転化した妖怪だと考えられる橘音やポチなどはすぐにでも凍え死んでしまう可能性があるのだから。
それでいて雪女であるノエルは冷気に強い為、冷気主体の攻撃ならばノエルを殺してしまうことがない。
故にクリスは何の危険を抱えることなく、ノエルを除くブリーチャーズ全員を攻撃する事が可能なのだ。
神社を訪れている人間達もその攻撃に巻き込まれて死んでしまうことになるだろう。
 だが尾弐はクリスの怒りを煽り、視界狭窄を起こさせることで
『クリス対東京ブリーチャーズ』の構図を『クリス対尾弐』の構図に塗り替えてみせた。
それによってクリスが自分の居場所を奪っている尾弐を殺そうと躍起になれば、
周囲への攻撃は自然と疎かになる。
 即ち、僅かながらの時間が、周囲にいる人間達を逃がすだけの隙ができるのである。
(あたし達に、他のお客を逃がせって言ってんだな? 尾弐のおっさん……!)
 俺が時間を稼ぐから、周りにいる人間のことは任せたと、尾弐の背がそう言っている気がした。
 祈は立ったまま、ぼそぼそと呟く。
「……ポチ。できればでいいんだけど、手伝ってくれる? 周りの人達、こっから追い出そう」
 ポチの聴力ならば、聞こえているであろうと思ったから。
それに周囲の人間を逃がすのであれば、機動力と隠密性を備えているポチは打ってつけだ。
加えて、祈もポチもクリスには侮られている為、クリスの視界から外れた所で大して気にはされまいと思われたのだった。
 クリスが尾弐だけに目を奪われて、ターゲットを全体に移さないうちが勝負だと、
祈は以降何も言うことなく、そこらにいる一般人をめがけて走り始める。
ポチに何らかの思惑があり、周囲の人間を逃がすのを手伝わなくても、
勿論祈はそれに対して怒ったりすることはないし、
神社を訪れている人間達を片っ端から担いで走り、次から次へと神社の外へと投げ捨てるだけである。
0117ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/25(火) 04:20:02.42ID:lZuIkSHP
素朴な疑問を口にしたポチの頭を撫でる祈の右手。
その右手に頬ずりをするように、ポチは首を捻る。

>「んー……牛乳で良いんだったら、楽なんだけどな」

「えー、牛乳でいーじゃん。だって昔よりもおいしくない?ねえ、ほんとにだめなの?」

ポチは不服そうに目を細め、視線を祈から鎌鼬へ。
そして、その混濁した双眸を見つめた。
狼が、他者と視線を合わせる……すなわち警戒心の明示。
その意味は同じく獣である鎌鼬にも理解出来るだろう。
子供のような口調とは裏腹に、ポチは有無を言わせるつもりはないようだった。

>「ヒ……ヒィッ!」

「あっ……ううん、いじわるしすぎちゃったかな」

悲鳴を上げて変化を解き、逃げ去っていく鎌鼬の背を見て、ポチは呟く。
それから祈へ振り返り、鼻を近付ける。

「……怪我はそれだけなんだね。よかった。でも、無茶しちゃだめだよ祈ちゃん」

血の臭いが殆どしない事に安心すると、ポチは満足げに祈にすり寄った。
体勢の関係で脛は擦りにくいので今回はお腹だ。部位に妥協がある分、執拗にすり寄っている。
そうこうしている内に、橘音が近付いてきた。
事後処理が終わった事を察して、ポチは祈から離れる。

>「ポチさんはクリスの妖気の追跡をお願いします。――で、祈ちゃん?先程は何があったんです?」

「りょーかーい」

掻い摘んだ事情を先程聞いていたポチは、皆より少し前を歩き出す。

>「……ここは……」

そうして辿り着いたのは……とある神社。
狼犬であるポチはその名前も、場所が意味するところも知らない。
だが狼の鋭敏な感覚は、その場に満ちる清冽な力を感じ取っていた。

>「……行きましょう」

橘音に続いてポチも鳥居を潜る。
ポチは狼だ。地方によっては神使としても扱われていた狼。
故に神社の『力』は害をもたらさない。

>「あいよ、大将」

しかしポチは一度足を止め、背後を振り返る。
視線の先に捉えるのは、尾弐だ。
狼は優れた感受性を持つ。視覚、聴覚……そして嗅覚によって相手の感情を読み取る事が出来る。
表情も声色も、尾弐の態度は完璧に取り繕われていたが……体臭までは誤魔化せない。

「祈ちゃんの事、言えないね、オニっち。
 ……あんまり、無茶しちゃだめだよ。
 オニっちが無茶するなら、ぼく、もっと無茶するからね」

一度足を止めて尾弐に並び、その脚に控えめに体をすり付けつつ、ポチはそう囁いた。
そしてやや早足で、再び尾弐の前を歩き出した。
0118ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/25(火) 04:21:26.67ID:lZuIkSHP
……歩みを進めるにつれて、ポチの表情が固くなる。
神社の持つ清浄な力のせいではない。においを感じているのだ。
三年前、東京を塗り潰したにおいを。
尻尾も高く、反り返るほどに上を向いている。狼が見せる、明確な闘争心の発露だ。
……不意に、ポチが低い唸り声を零した。
においではない、そのものを目にしたのだ。

>「ずいぶん遅かったじゃないか?待ちくたびれたよ」

不遜な笑みを浮かべた、純白の女、クリス。
ポチはその女が何者なのかを知らない。
ノエルにそっくりのにおいがする事には気付いている。だがそれだけだ。
それより先の事は知らない。
道中に聞けば橘音もノエルも隠さず教えてくれただろう……だが、敢えて知ろうとも、思っていなかった。

>「で?それっぽっちの手勢でこのアタシと戦おうってのかい?おまけにひとりは半妖で、もう一匹は犬っころ――」
>「三年前、十人がかりでアタシにボロ負けしたってのに……記憶力ってもんがないのかねェ?」

間違いなく分かっているのはただ……三年前、五人の仲間を奪ったにおい、その源がすぐ傍にいる事。

>「……前回とはメンバーが違います。当然……結果も違うものにするつもりですよ」

そして……たった今、橘音が怒りも屈辱も噛み殺し、震えている事。
ポチにとっては、それ以上に重要な事などなかった。

>「焦りが透けて見えるよ、糞狐。まともに戦って、アンタたちに勝ち目があるとでも?」
>「アンタたちの力じゃ、この人間どもを守ることだって覚束ないさ。アタシが指一本動かすだけで、コイツらは簡単に死ぬんだ」

ポチが牙を剥く……その真っ白な首に、どれほど牙を突き立ててやりたいのかを、示すように。
だが動けない。ポチは人間が好きだ。姿を隠して驚かせるのも好きだし、姿を見せて存分にすり寄るのも好きだ。
今、怒りを露わにして動けば……それがどういう結果を招くかはポチにだって分かる。

>「フフ……。心配しなくてもやらないよ。今はね……やるつもりなら、とっくにやってるんだ」
>「何がおかしい――普通の生き物は……僕達とは違うんだよ。1回限りなんだよ。死んだらもう二度と会えないんだよ!」

だからノエルがそう叫んだ時、クリスの歪んだ笑みを真っ向から否定した時……ポチは小さく尻尾を振った。

>「じゃ、早速交渉と行こうか。アタシの希望は――」
>「ノエルの。東京ブリーチャーズから東京ドミネーターズへの移籍――だ」

しかし……その真正面からの否定を受けても、クリスは怯まない。

>「こっちへおいで、ノエル。さっきも言ったろ?アンタはアタシが守る。命を懸けて、アンタの平穏と幸せを守ってやる」

愛おしげにノエルを呼ぶクリス……その様を見て、ある者は独り善がりと断ずるだろう。
またある者は壊れていると、異常であると捉えるだろう。
だが……ポチにはその愛情が、理解出来た。決して全てではないが、少なくともその一部を。

何かを愛するという事は、違う何かを愛さないという事だ。
……思考にも満たない、感覚の中で、ポチは愛情というものをそう捉えている。
群れを大事に思うほど、仲間意識が強まるほど、外敵に対する敵愾心は強まる。
同じ種でさえも、群れに属さない者であれば攻撃し、排除する。
狼はそういう生き物だからだ。

>「アンタをそそのかした、そこの糞狐も。くだらないしきたりに固執して、アンタの記憶を消しちまった雪の女王も――」

>「すべて。すべてすべて、すべてだ!すべて殺す……そして新しいルールを作ろう、アンタが……ノエルが一番幸せになる世界を」

全てを排除してやるというその殺意は、クリスにとっては愛情表現のようなものなのかもしれない。
ポチは、そう感じていた。
0119ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/25(火) 04:29:55.00ID:lZuIkSHP
>「ノエルを引き渡すなら、アタシも東京制圧には加担しない」
 「まぁ、あっちに義理もあるからね。ドミネーターズの邪魔をする連中は始末するけど、少なくとも無関係の人間に手は出さないよ」

……二度目になるが、ポチはノエルとクリスの関係性を知らない。
それどころかブリーチャーズとドミネーターズの対立もよく分かっていない。
この場において、最も蚊帳の外の存在。それがポチだ。
だが蚊帳の外の存在だからこそ、考えられる事もある。
……ポチが、小さく鼻を鳴らした。
においを嗅いだのではない。笑ったのだ。
まるで……その程度か、と言わんばかりに。

そして状況は動く。

>「それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!」

皮切りとなったのは、ノエルの、クリスへの、二度目の拒否。
……ポチは警戒を解かずに身を屈め力を溜めているが、尻尾だけはどうにも言う事を聞かず、ぶんぶんと揺れている。

>「よう、見事に振られちまったみてぇだな……まあ、折角だしオジサンから一つアドバイスだ」
>「『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ」

そこに間髪入れず、尾弐がクリスを挑発する。
ポチには小難しい駆け引きや戦術は分からないが……狩人の感性がその意味を理解した。

(なーいす、オニっち!まっかせといてよ!ばっちり、噛みちぎってみせるから!)

しかし理解したのは意味だけだ。
冷気による面制圧を封じ、隙を作り出すという意味だけ。
その意図を、ポチは汲み取り損ねていた。何故か。

>「……ポチ。できればでいいんだけど、手伝ってくれる? 周りの人達、こっから追い出そう」

「……ごめん、祈ちゃん。ぼく、そういうの、よく分からないんだ」

地を蹴り駆け出そうとしたポチが、祈の声に行動を止め……それから誰にも聞こえないように呟いた。
ポチが尾弐の意図を図りかねた理由。
それは彼の愛情観に原因がある。

もし、ポチが街中でたまたま渇きに苦しむ鎌鼬を見つけたなら、彼は可能な限りそれを助けようとするだろう。
もし、この場にいる敵がクリスではなく、もっと易しい妖壊であったなら、ポチは迷わず祈の案に従っただろう。
或いはこの場にブリーチャーズの面々がいなかったとしても、ポチは人間を助ける為に動いていただろう。

だが……クリスという強大な敵を前に、東京ブリーチャーズというかけがえのない仲間が傍にいる。
……何かを愛するという事は、違う何かを愛さないという事。
鎌鼬に対してもそうだった。祈に血を流させたのなら、憐れむに値する事情があってもポチはその者を敵と見なす。
そしてそういう生き物であるが故に、この状況で、周りの人間に労力を割くという事が、ポチには共感し得なかった。

姿を隠し、クリスの首に飛びつき、牙を突き立てる。
それこそが最適解だと、狼の感性は叫んでいる。

「う……うぅぅ……」

しかし……ポチは地面を蹴り出せずにいた。
何故なら……彼は人らしい愛情や優しさに共感が出来ずとも、理解は出来る。
多甫祈という半妖がどういう子なのかを、知っている。
半分妖怪の彼女は、しかし普通の人間以上に優しい子だ。
ポチがたまに事務所に帰ると、彼女のにおいに、別のにおいが混じっている事がある。
深い怒りや、悲しみのにおいだ。
それらが混じった、仲間のにおいが、ポチは嫌いだった。
自分の好きだった、その存在が、塗り潰されてしまうような気がするのだ。
0120ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/04/25(火) 04:32:59.57ID:lZuIkSHP
クリスは強大な妖壊だ。不意を突いたとして、一撃でケ枯れに追い込める可能性は低い。
半端に手傷を負わせれば、尾弐の作り出した擬似的な一対一は崩れる。
冷気による面制圧をクリスが行えば、周囲の人間達はいとも簡単に死んでしまう。
そうなれば祈は酷くショックを受けるだろう。
怒りか、そうでなければ悲しみのにおいは……多甫祈という少女を塗り潰してしまうかもしれない。
……そもそも、ノエルはクリスをこちら側に引っ張り込むつもりだ。
首を噛みちぎるのは彼の意向に反する。精々、すねが限界だ。
一撃で仕留められない以上、反撃は間違いなく発生する。
つまりどうあっても先に人間達を退避させなければならない。
だからと言って、今の尾弐にクリスを任せきりにしてしまうのは、狼の感性が許さない。

「うぅー……なんで、みんなそんな無茶するんだよう……
 そんなに無茶されたら、ぼく、ぼく……もっともっと無茶しなきゃいけないじゃないかぁ……」

葛藤に体を震わせていたポチが、もう吹っ切れたと言わんばかりに駆け出す。
影に紛れ、クリスへと迫り……高く、高く、跳躍。
クリスの頭上を飛び越え、拝殿の屋根に飛び乗った。
そして……吠える。高らかに、遥か遠くまで響かせるように。
……ポチの遠吠えは、クリスにとっては耳障りな雑音に過ぎないだろう。
だがただの人間達にとっては、そうではない。
……送り狼は二面性を持つ妖怪だ。
農耕民族である日本人にとって、田畑を食い荒らす害獣を食らう神使という側面。
しかし一方でひとたび獲物と見定められれば、人の足では決して逃れ得ぬ恐怖の象徴という、二つの側面を。
そして遠吠えとは、狼による狩りの前触れ。
その響きはこの場にいるただの人間達の精神に、強い恐怖を与えるだろう。
まるで夜道を狼に追われているような、逃げ出したくなるような恐怖を。

「……ぼくからもひとつ、言わせてほしー事があるんだけど」

遠吠えの意図を悟られぬよう、ポチはクリスに話しかける。

「ぼくはさ、しょーじき、きみのことがきらいだよ。めちゃくちゃきらい。三年前の事は忘れてない。
 その白い首に、ぼくの牙を突き立てられたら、どんなにいい事かと思う」

でもさ、とポチは続ける。

「きっとそれをすると、ノエっちが悲しむんだよねー。
 だから、やめといてあげるよ。……ぼくの言いたい事、分かる?」

犬っころと侮った相手に見下され、あまつさえ手加減してやると言われるのは、クリスにとって屈辱だろうか。
だが、だとしても、それだけでは弱い。
ノエルに最も近しき者の座は自分が奪ったと宣言した尾弐への怒りには、及ばない。

「さっきの話聞いてて思ったんだけど、殺したいから殺すなんて、かーんたんじゃん。
 そんなやり方でしか、ノエっちが好きだって言えないんでしょ?」

だからこう続ける。

「つまりきみなんかより、ぼくの方がずっと、ノエっちが大好きなんだよ。ううん、多分、誰よりもね」

お前はノエルにとって最も近しい者でもなければ……ノエルを最も愛する者でもないと。

(さぁどうだ!ムカついた?ムカつくよね、ムカつくでしょ!ぼくとオニっち、目移りしてくれるとうれしいんだけど!)

直後、ポチは拝殿の瓦を数枚、クリスの頭上へ蹴落とす。
更にその瓦が作り出す影に隠れ、屋根から飛び降り……クリスの足元へ。

「首はかんべんしたげるけど、すねを齧るくらいはね」

そして、牙を剥いた。
0121那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:03:17.10ID:C7LtBVsl
>それと……橘音くんは糞狐じゃない。おたんこナスのキツネだぁあああああああああああ!!

グシャッ!

ノエルが拒絶を叫びながら投げつけた雪玉を、クリスは防ぐそぶりさえ見せず胸に受けた。
豊かな胸に当たって形の崩れた雪玉が、すぐにクリスの身体に吸収されるように消える。

>『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ
>つまりきみなんかより、ぼくの方がずっと、ノエっちが大好きなんだよ。ううん、多分、誰よりもね

尾弐がノエルを我が物のように引き寄せ、拝殿の屋根にのぼったポチが自らの好意の深さを主張する。
ノエルはおまえのものじゃない――そんなブリーチャーズの態度に、クリスはしばらく無言のままでいたが、

「……ハ……。アハハハハ、アッハハハハハハハハッ!弟分だ?大好きだぁ?」

やがて肩を震わせ、さも楽しいといった様子で笑い始めた。

「何も知らないカスどもが……、その子とアタシの間にあった出来事さえ知らないクセに、よくも抜け抜けとほざいたもんだ!」
「アタシにとって、アンタたちは胡散臭いクソ宗教の信者みたいなもんさ。その子は騙されてンだ、可哀想に――」
「真っ白で、純粋で。人を疑うことを知らないその子の無垢な心につけ込んで、アンタたちはおためごかしを吹き込んだ」
「その子の力が目当てなんだろう?それが世のためになる!善行になる!なんて言って、ノエルを危険な目に遭わせてる……違うかい?」

クリスは美しい面貌の眉間に険しい皺を寄せると、右手の人差し指で橘音を指した。

「そこの半妖や犬っころと違って、アンタはわかってるはずさ……糞狐。そいつらと違って、アンタは全部知ってるんだからさ」
「雪の女王と示し合わせて、その子をブリーチャーズに引き込んだアンタにはね!」

「…………」

橘音は何も言わない。ただ、顔を俯き加減にして黙っている。
狐の半面によってその目許は隠れて見えないが、露出した唇がきつく噛みしめられているのが、メンバーには見えただろうか。

>首はかんべんしたげるけど、すねを齧るくらいはね

遠吠えを終えたポチが襲い掛かる。が、クリスはひらりと半身を翻して瓦とポチの攻撃を避け、すれ違うように拝殿の屋根へと跳躍した。
今度はクリスが拝殿の屋根上からブリーチャーズたちを見下ろす態勢になる。
周囲に溢れていた観光客たちは、急速に数を減らしつつある。ポチの遠吠えと、祈の迅速な避難誘導の結果だ。
特にポチの遠吠えは、なんの抵抗力も持たない人間にとっては抗いがたい恐怖と焦燥を駆り立てる。
『何かわからないが、この場にいたくない』という感情によって、ほどなく拝殿の周囲から人の気配がなくなる。
神門を文字通りの結界として、境内の中に残ったのは東京ブリーチャーズの五名とクリスだけになった。
が、クリスは境内からすっかり人質がいなくなったというのに、まるで痛手という素振りを見せない。
それどころか、最初から神社の中にいた人々など興味もないといった表情でいる。

「なんて可哀想な子だろう、アタシがちょっと目を離した隙に、こんな性悪な連中に目をつけられちまって……」
「でも、大丈夫さ。やっと帰ってこられた、アンタの傍に戻ってこられた。支払った代償は大きかったけれど、後悔はしていない」
「アンタの幸福のためなら、アタシは何でもできる。この心臓だって、アンタが望むのなら抉り出してやる。アンタが幸せなら……」

先程雪玉を食らった豊満な胸に、軽く右手を添える。
クリスの眼差しは優しさと慈愛に溢れていたが、同時に祈の感じた狂気も確かに存在している。
その耳には、ブリーチャーズの――いや、なんぴとの声も届かないということも、容易にわかるだろう。
ノエルがクリスの提案をすべて呑む、その宣言以外には。

「アンタはアタシのすべてだ。姉ちゃんがアンタを元に戻してやる。その偽りの姿から、本来あるべき姿へ。アンタを……」
「――真っ白にして。“しがらみを全部リセットしてやる”――!!」

境内の中を、不意に激しい風が吹き抜ける。春の陽気に相応しくない、妖気を伴った冷たい風。
それがクリスの身体を撫でると、纏っているダウンジャケットやチューブトップ、ホットパンツが瞬く間に融け消えてゆく。
が、裸身になった訳ではない。風が止んだ後で拝殿の屋根に見えたのは、目の覚めるような純白の小袖。
ジャック・フロストではない、雪女としての本来の姿を解放したクリスの姿だった。
0122那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:10:08.14ID:C7LtBVsl
「糞狐とその仲間。どのみち、アンタたちは全員殺す気でいた。言ったろ?ドミネーターズの邪魔をする連中は殺すと」
「ノエルをそそのかし、誤った幸福を植えつけたアンタらは、アタシの中で一番の抹殺対象さ」
「でも。その前に教えてやろう、その子とアタシの身に起こったことを。この世界でアタシたち姉妹にしか共有できない話を」
「それを聞いてなお、弟分だと――自分が一番その子を愛してると。言えるものなら言ってみるがいい!」

びょう、と音を立てて境内を冷気が吹き抜け、満開の桜の枝がざああ……と音を立てて揺れる。
無数の花弁がはらはらと舞い散り、周囲を儚くも美しい色合いで彩る。
そんな、一種幻想的な光景の中で。

クリスはゆっくり唇を開くと、澄んだ声で昔語りを始めた。



まだ、この日本という国で妖怪、化生が畏怖の対象として大きな力を持っていた頃。
とある地方の雪山で冷気と山気が結実し、ひとりの雪ん娘が誕生した。
雪ん娘は妖怪というよりは精霊と言った方が近く、その存在は非常に脆弱である。
よって、雪ん娘が誕生した場合はその山にある雪女の里が代表者を選出し、雪ん娘を庇護養育するのが習わしであった。
すべての雪妖と雪女の里を統括する雪の女王は、今回もその慣例に従い養育者を指名した。
それが六華紅璃栖――まだ一人前の雪女になったばかりのクリスだった。

「嬉しかったよ……雪女は一人前と認められて初めて雪ん娘の養育を任される。里が、女王が、アタシを一人前と認めた証なんだ」
「でも、それ以上に。初めて雪ん娘を育てることになったってことが、何より嬉しかった。それがまた、特別可愛い子でね……」
「アタシは自分が育てることになった雪ん娘に、みゆきと名付けた。深い白雪のように、美しく……幸せになるようにと」

クリスの庇護下で、雪ん娘みゆきはすくすくと育った。
目の中に入れても痛くないという様子で、クリスは深く深くみゆきを愛した。全身全霊で慈しんだ。
そのまま平穏無事に過ごすことができていたなら、クリスとみゆきは仲睦まじい姉妹として、ずっといられたはずだった。
しかし。

「……みゆきには、内緒の友達がいた。といっても人間じゃあない……狐さ。山に棲む一匹の、親からはぐれた子狐」
「みゆきはそいつに、きっちゃんとか名前を付けていたっけね……」
「アタシらは雪女には、常命の者との接触を禁ずる掟があった。人間はもちろん、獣とも係わりを持っちゃいけないってね」
「みゆきが子狐と遊んでいるのを見かけたとき、アタシも本当はそれを止めなけりゃいけなかった。……でも、できなかった」
「みゆきの幸せそうな、嬉しそうな顔を見るとね……。どうしても仲を引き裂くなんてことはできなかった。アタシは黙認した」
「……でも。それがすべてのあやまちだったのさ」

クリスがみゆきと子狐の仲を黙認してしばらく後、事件が起こった。
子狐が死んだのだ。
ただならぬ気配にクリスが駆け付けたとき、すでに子狐は埋葬され盛り土だけの粗末な墓が立っていた。
後でわかったことだが、子狐はあるとき猟師の家に忍び込み、発見された挙句に鉄砲で撃たれたのだという。
自殺行為にも等しいことだが、子狐が何を思って天敵とも言える漁師の家に忍び込もうとしたのかはわからない。
ともかく、みゆきの親友であった子狐は死んだ。――人間に殺された。
猟師の作った墓に取りすがって泣くみゆきを、クリスはただ見ていることしかできなかった。

「でもね。事はそれだけじゃ済まなかった。唯一の友達を喪う大きすぎる衝撃に、みゆきの無垢な心は耐えられなかった」
「みゆきはね。壊れちまったのさ……《妖壊》になったんだよ」

怒りと哀しみ、絶望によって自らの力をコントロールできなくなったみゆきは、荒ぶる妖壊となって大雪害を引き起こした。
山麓の村々を氷漬けにし、風雪に閉ざし、みゆきの慟哭は幾月も一帯に木霊し続けた。
クリスにはそれを止めることができなかった。みゆきのあまりに強大な力は、養育者であったクリスを遥かに上回っていたのである。
そんなみゆきの怒りは、麓の村が『橋役様』として差し出したひとりの少年の犠牲によって、ようやく鎮まった。

「後に残ったのは、みゆきの処遇だった」
「通常《妖壊》になった雪ん娘は処分される。間引かれ、雪ん娘以前の山気と冷気に戻される」
「でも、みゆきはそうはならなかった。なぜかわかるかい?」
「それはね……みゆきが特別だったからさ。みゆきはアタシたち他の雪女とは違う。特別製だったからだよ」
「アンタたちは疑問に思ったことはないかい?その子の力は、たかだか雪女風情にしちゃ強すぎるって……?」
0123那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:16:04.17ID:C7LtBVsl
く、く、とクリスが嗤う。
山の神気と冷気が融合して生まれた雪女だが、その力は決して強くない。
有名な雪女の逸話を取っても、老人一人を自らの息吹で凍死させる程度が精一杯で、とても大雪害を起こせるほどではない。
妖怪五大種族、鬼、河童、狐、狸、天狗の中には個人名を持った強力な個体も多いが、雪女の中にそういった者は存在しないのだ。
ノエルの力は明らかに雪女という種族の平均的な性能を凌駕している。それはなぜか?

「みゆきは、数百年に一度生まれる特別な雪女。――雪の女王の後継者だったのさ」

雪の女王は雪女のみならず、山童や雪女郎、つらら女など全ての雪妖を統べる大妖怪である。
当然、その力は他の雪妖に比べてずば抜けており、風雪による大妖災を引き起こすことも容易い。
みゆきはその雪の女王の力を継ぐ者。次代の雪の女王となるべき雪ん娘だったのだ。

「けど、いくら後継者とはいえ一度妖壊になった者をお咎めなしにはできない。雪の女王は、みゆきの記憶を消すことにした」
「記憶だけじゃない。存在そのものを一度真っ白にリセットして、別の雪ん娘として作り変えようとしたのさ」
「アタシは反対した。リセットするってことは、みゆきがいなくなっちまうってことだ。アタシの大切な妹が死ぬってことだ」
「例え、存在そのものは残ったとしても。記憶がなくなっちまえば、それはもうみゆきじゃない……そうだろう?」
「アタシは雪の女王に叛逆することにした。納得したふりをして、そのチャンスを待った」

雪の女王はみゆきをリセットするにあたって、まずその記憶と次代の女王としての力をみゆきから抜き取った。
そして、それをみゆきの養育者であるクリスに一旦預けた。
その瞬間、クリスは雪の女王に牙を剥いた。みゆきの力を使って雪の女王を打倒し、その目論みを阻止しようとしたのだ。

「……でも、失敗した。アタシは女王を殺り損ねた」

無力だったクリスがみゆきの強大な妖力を急に得たところで、即座に使いこなすのは難しい。
結果雪の女王に返り討ちにされ、逃げのびるのがやっとだった。

「アタシは里から離れ、身を潜めた。なんとしてもみゆきを助け出す、アタシはその機会をずっと待った」
「そして――そのチャンスがやっと巡ってきた。今から三年前の話さ」

日頃雪女の里から出てこない女王が、その時だけ東京へ出てきたのだ。
クリスはその好機を逃さず、ふたたび雪の女王の首を狙った。みゆきともう一度会うために、みゆきをこの手に取り戻すために。

「百年以上かけて、アタシは完全にみゆきの妖力を使いこなせるようになった。ピークを過ぎた雪の女王なんざ、片手で殺せるくらいね」
「だが、アタシの計画はまたしても失敗した。それを阻止したのが――」

まだ、ノエルや祈が参入する前の東京ブリーチャーズ。
雪の女王の警護を行っていた橘音たちとクリスが、東京のど真ん中で激突したのだ。
その結果、五人の刺客を退けたものの妖力切れでケ枯れを起こしかけたクリスは撤退を余儀なくされた。
橘音の施した特殊な結界術によって東京へ足を踏み入れることも叶わなくなったクリスは妖怪指名手配犯となり、海外へ逃亡。
それから三年後の今日にいたるまで、雌伏を余儀なくされたのだった。
ノエルが地球温暖化云々という名目で諜報員として東京へ送り込まれたのは、その後である。

「雪の女王は何もかも、性別までも作り変えたみゆきを東京に住まわせた。里にいるより、結界のある東京に置いた方が安全だからね」
「もちろん、いつかのように暴走したりしないよう、見張りを置いて……それがそこにいる糞狐だ」
「もうわかっただろう?アンタたちの出会いは偶然なんかじゃない。すべて仕組まれたことだったのさ……アタシを遠ざけるために」

そこまで言って、着物姿のクリスはノエルを見た。
全身真っ白の姿の中で、唯一違う色――深紅の双眸が、ノエルをどこか悲しげな眼差しで見つめる。

「ノエル……いいや、みゆき。アタシは戻ってきた……アタシたちを阻む、全ての邪悪を。忌々しい障害を乗り越えて」
「もう一度、姉妹で仲良く暮らそう。あるべき姿に戻ろう……アンタが笑ってくれるなら、アタシはもうなんにもいらない」
「この数百年、アンタを想わない夜はなかった。アンタをもう一度腕に抱く日を、ずっと待ち焦がれてた……」
「もう我慢なんてできない。これ以上アタシの往く手を遮ろうとする者がいるのなら――」

ぎんっ!!

クリスが紅色の双眸を大きく見開く。その瞬間、境内で凄まじい吹雪が荒れ狂う。

「――千々に!千々に千々に千々に!!千々に引き裂いて―――――――殺す!!!!!」
0124那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:21:50.67ID:C7LtBVsl
本来、次の雪の女王となるはずだったみゆき――ノエルの妖力を持つクリスの力は東京ブリーチャーズを遥かに凌駕する。
吹き荒れる冷気は万物を凍てつかせる、まさに地獄の凍気である。強い耐性を持つ妖怪のブリーチャーズも長くはもつまい。

「アンタたちは、アタシのことを狂ってると言うんだろうね。目が曇ってると」
「だがね、それはこっちのセリフさ。自分の胸に手を当てて、考えてごらんよ……もし自分がアタシの立場だったらどうだ?」
「東京を守るだの、平和だの。浮ついたことを抜かす連中が、自分の家族を危険な場所へ夜ごと連れ回してる」
「傷ついて、ケ枯れ寸前になって、命を喪うような危険な目に遭わされてる……。しかも、それを幸せだと思わされてる!」
「家族としちゃあ、何としてでも正気を取り戻させてやりたい――自分の目の届くところに置いておきたいって思うだろ?」

迸る妖気で炯々と両眼を輝かせながら、クリスが言う。

「その子を危険な目に遭わせて、それを善しとしてる者が!弟分だ?大好きだ?世迷言を言ってるんじゃァないよ!」
「本当にその子を弟分と思うなら!大好きと思うなら!今すぐその場で血ヘドを吐いてくたばンな!」
「その子の――みゆきの幸せのためにね!それができないなら、アタシが一人ずつ介錯してやる――」
「それが。みゆきの姉としての、アンタらクズどもへの礼の仕方だ……!!」

ドカカカカカカッ!!

クリスが片腕を振る。と同時に十数本もの氷柱(つらら)が発生し、ブリーチャーズの足許に突き立つ。
吹き荒れる風雪が、徐々に石畳に積もってゆく。ノエルを除くブリーチャーズの機動力を封殺してゆく。
神門はいつの間にか閉ざされ、境内の中には簡単な雪の結界が形成されつつある。
同じ雪女の一族であるノエル以外には、その場に居続けることさえ体力の消耗を伴う氷の結界――。
しかし。
クリスの生み出す脅威は、その膨大な冷気の力だけではなかった。

「アンタらは、アタシがここにいる人間どもを人質にすると思ってたのかもしれないが……」
「アタシにとっては人間なんざ虫ケラと同じで、なんの価値もないもんさ。第一、アタシは独りでも充分アンタらを殺せるんだ」
「人質なんてせこい手を使う必要なんて、ハナからない……そうだろう?」

そう言って笑うと、クリスはおもむろに自らの着物の胸元に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは一枚の古びた鏡と、一冊の帳面。
一見するとただの銅鏡と色褪せた帳面にしか見えないが、ブリーチャーズの面々にははっきりと理解できたことだろう。
鏡と帳簿から陽炎のようにたちのぼる、妖気でも霊気でもない――『神の力』が。
クリスは両手に持ったそれを見せびらかすように、にぃぃ……と意地の悪い笑みを浮かべると、

「これ。なぁぁ〜〜〜〜んだ?」

と、言った。
この神社は尾弐の知識通り、天津神や国津神を祀ったものではない。
この社が祀るのは、護国のために散った英霊。死して後、神となった者たちの御霊。
神社の最奥には、『神体』『神宝』『神器』みっつの祭器が鎮座している。
英霊を祀るにあたっては、まず暗闇の晩に英霊の氏名、所属・階級、位階、勲等などを神社の『神宝』である祭神簿へ筆書きする。
しかる後に神社の『神体』たる鏡に祭神簿を映し出し、『人霊』を『神霊』へと変化させるという。
クリスが持っているのは、まさにその『神宝』と『神体』。
この神社に祀られているすべての英霊の名が記された祭神簿と、英霊を神へと変換する國魂神鏡(くにたまのみかがみ)だった。

「ヨーロッパにいたアタシに日本へ戻るきっかけを与えてくれたのが、あの御方――妖怪大統領だった」
「自分の頼みを聞けば、結界に阻まれてるアタシを東京へ入れてやるってね」
「大統領の下には、結界破りの大得意なヤツが一人いるからね。知ってるだろ?妖怪銀行からコトリバコを盗み出したアイツさ」
「ともかく、アタシはもう一度東京に戻ってきた。となれば、大統領との約束を果たさなくちゃいけない――それがコレだよ」

クリスはヒラヒラと祭神簿を振ってみせる。

「護国の英霊。有事の際はコイツらが神社から飛び出て、東京を護ることになってる」
「妖怪大統領にとっちゃ、言うまでもなく邪魔な存在ってことだ。だから、コイツはアタシら東京ドミネーターズが頂く」
「これで、あの御方は心おきなく東京に顕現できるって寸法だ。東京はあの御方の支配下になる、漂白者なんて必要ない。つまり――」

「アンタたちは。お払い箱ってことさ……!」
0125那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:25:56.32ID:C7LtBVsl
「コイツをブッ壊すのは簡単だけど、それじゃつまらないね。どれ……壊す前にちょっとだけ遊んでやろうか」

クリスが鼠を嬲る猫のような眼差しでブリーチャーズを眺める。
ぺろりと小さく舌なめずりすると、クリスはおもむろに祭神簿を開いた。

「さあ――出て来な、護国の英霊たち!新たな支配者の降臨を妨げる、国賊どもをブチ殺しておやり!」

ギュバッ!!!

帳簿のページが風に煽られたかのように高速で捲れ上がると同時、國魂神鏡がまばゆい光を放つ。
そして、鏡から溢れるように飛び出してきたのは――軍装に身を包んだ英霊たち。
かつて世界を巻き込んで繰り広げられた戦争で、命を散らした兵士たちの霊。
それが軍刀と小銃を手に、隊伍を組んで出現した。その数は一個中隊(150人程度)もいるだろうか。

《全小隊、構え!撃て――――ッ!!》

「く……!」

指揮官とおぼしき英霊が軍刀を抜き放ち、全体に号令する。
一糸乱れぬ統制のとれた動きで、英霊たちがブリーチャーズへと小銃を構える。
橘音は小さく舌打ちすると、素早くマントの中に手を突っ込んだ。そして召怪銘板を取り出すと、

「召喚!ぬりかべ!」

そう音声入力した。
途端に地面から石畳と雪を割り裂き、ブリーチャーズの前方に巨大なコンクリート色の壁が出現する。
壁には小さな目鼻と手足がついている。メジャーな妖怪の一匹、ぬりかべだ。
ぬりかべの堅牢な胴体が、英霊たちの弾丸を弾き返す。
間一髪英霊たちの攻撃を防いだ橘音は、ノエルたちの方を振り返った。

「……これは完全に予想外の事態ですね……」

そして、押し殺した声で言う。

「まさか、クリスの目的が國魂神鏡と祭神簿だったとは……いやな予感はしていましたが、まさかここまでなんて」
「クリスひとりならともかく、英霊に対してはボクらはなんの攻撃手段も持ちません。英霊を倒すことはできない」
「攻撃すれば当たるでしょう。怯ませることも可能なはず。けれど、決して倒せない。『ケ枯れ』させることはできない――」
「なぜなら、彼らは妖怪じゃない。正真正銘の『神』です。神は妖気や霊気でなく、神の力を行使しているのですから」
「全員散開です。集まっていたら一網打尽だ……とにかく攻撃を避けてください!」

かつて戦った八尺様のような『祟り神』は、名前に神とついているものの本当の神ではない。
だが、今クリスの持つ國魂神鏡から出現した英霊たちは、宮司によって正式に神に祀り上げられた紛れもない神霊である。
妖怪は、神には勝てない。それは絶対のルールだ。
なぜなら、妖怪のルーツは堕ちた神。堕落や衰退によって力を失った神々の裔だからである。

《第一分隊!第三分隊!第四分隊!突撃―――ッ!!》

ぬりかべへの射撃を中断し、いくつかの分隊が壁の横をすり抜けて突撃してくる。
軍刀を振りかぶり、雄叫びを上げて突撃してくる半透明の英霊の勢いは凄まじい。

「みゆきは狙うんじゃないよ!殺っていいのは四人だけだ!」

拝殿の屋根からクリスが檄を飛ばす。
英霊の指揮官が敬礼する。英霊たちにはみゆきが誰なのか分かっているらしく、誰もノエルを狙わない。
ただただ、英霊たちは雄叫びを上げて祈や尾弐、ポチ、橘音へと襲い掛かる。
英霊には実体があるらしく、半透明とはいっても攻撃すれば命中するし、普通の人間のように相手ができる。
また、神霊だからといって超常的な力もないらしく、普通の人間程度の身体能力しかない。
が、当然ながら死なない。また疲れることも諦めることもなく、敵が全滅するまでひたすら攻撃を繰り返してくる。
その武器は小銃と軍刀、手榴弾を投げつけてくる者もいる。
しかし、その最も恐るべき武器はなんと言っても数であろう。
0126那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/04/27(木) 19:34:25.21ID:C7LtBVsl
銃で撃たれ、軍刀で斬りつけられれば、妖怪でも負傷は免れない。
特に、鬼である尾弐にとっては護国の神霊の攻撃は普通の攻撃よりも効くことだろう。
そんな英霊たちが休む暇もなく波状攻撃を仕掛けてくる。おまけに雪嵐が吹き荒れ、積もった雪で足場も悪い。
英霊ばかりに気を取られてはいられない。どこからかクリスの氷柱が飛んでくる可能性もある。
クリスから國魂神鏡と祭神簿を奪おうにも、クリスとてその可能性を想定し充分警戒していることだろう。
何より、クリスからそれらの神体神宝を奪おうとするということは、クリスと直接相対するということを意味する。
そして、後方の神門は閉ざされている。――逃げ場は、ない。

「アッハハハハハハハッ!みゆきをたぶらかしたカスどもには似合いの末路さね!」

クリスが高らかに笑う。

「大人しくみゆきを渡して降伏するんだ。そうすれば、すぐ殺してやるよ……痛くないようにね。嬲り殺しが嫌なら、こうべを垂れな!」

「……!」

橘音は一瞬拝殿の上のクリスを見た。
頭脳がフル回転する。この場で被害を最小限に留め、クリスを倒す方法はあるか?
残念ながら、そんな方法はない。ブリーチャーズは完全に袋の鼠だった。
唯一生き残れるかもしれない方法は、大人しくノエルを差し出すこと。そして、ノエルからクリスに助命嘆願してもらうことだ。
ノエルにだけは甘いクリスである。ノエルが仲間の命乞いをすれば、受け入れられる可能性は充分ある。

……が。

「生憎ですがね……ボクにはこの世で三つ、絶対に許せないことがあるんですよ……」
「ひとつ、酢豚にパイナップルを入れること……。ふたつ、誰かが入った後のお風呂に入ること……」
「そしてみっつ!探偵として――人にカッコ悪い姿を見せること!です!!」

橘音はそう毅然とした態度で言い放った。

「特に、みっつめは譲れない!なぜなら――探偵とはいつでもハードボイルドで、ニヒルで!カッコイイもの!」
「命が惜しくて降伏なんて……そんなカッコ悪さの最たるものを、このボクが!狐面探偵・那須野橘音が――見せられるもんですか!」

そこまで告げて、ベロベロバーとばかりに舌を出してみせる。
精一杯ノエッたつもりだったが、悲しいかな常識人(?)の橘音にはこれが精一杯である。
とはいえ、それでもクリス対しては充分だったようだ。
クリスの顔が憤怒に歪む。クリスは鏡を胸元に入れ、祭神簿を突き出すと、

「糞狐!テメエから死ね!!」

そう怒号して、一分隊を橘音へと差し向けた。

「あひゃあああああっ!?ポ、ポチさーんっ!ヘールプッ!」

英霊の投擲した手榴弾の爆風で吹き飛ばされながら、橘音がポチへ助けを求める。

「シンキング・ターイム!ってことで、皆さん!ボクに考える時間をください……、この状況を打破できる方法を考える時間を!」

取り敢えずの安全が確保されると、今度はこの場にいる全員に向かってそう告げる。
この絶望的な状況下で独りの犠牲も出さずに生き残った上、戦況をひっくり返して勝つ。
そんな神がかり的な方法を、刻一刻と悪化していく環境の中で考え、実行する――。
到底不可能な難事だが、それを実現させなければ、待っているのは全滅という悲惨な結果だけだ。
仲間たちに時間稼ぎを命じると、橘音は戦場で仁王立ちになり、腕組みして思索を始めた。
不可能を可能にするために。
仲間と一緒に勝利を手にするために。


……ともだちの信頼に応えるために。
0127御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:11:26.79ID:rrWmhMV9
>「『俺の』弟分の姉を名乗るなら、人の大事な物を嗤う様なみっともねぇ姿をこいつに見せんじゃねぇよ」
>「つまりきみなんかより、ぼくの方がずっと、ノエっちが大好きなんだよ。ううん、多分、誰よりもね」

「ええっ!? そんな堂々と言われたら困っちゃうよ!」

突如訪れたモテ期(対象:マッチョとワンコ)に戸惑いつつも満更でもない様子のノエル。
もちろん戦略的発言であることは分かっているのだが、全く思っても無いとしたら出てくる言葉でもない。
口には出さないが祈や橘音も同じ気持ちであることがひしひしと伝わってくる。
祈とポチによって観光客たちは迅速に逃がされた。
正直、誰か一人でも向こうに行けと諌めれば、素直に行くつもりだった。
何もこんな荒療治をしなくてもひとまず言う事を聞いて時間をかけて説得するという手もあるだろう。
しかし誰一人そんな常識的な発言をすることなく、ノエルの我儘を聞き入れたのだった。

「みんなどうしたの? 状態異常ノエルが伝染しちゃったの?
これで一人の犠牲も出さずに勝つしか選択肢が無くなったじゃん!」

しかし人質がいなくなったというのにクリスはおかしくて仕方がないという風に哄笑をあげる。

>「……ハ……。アハハハハ、アッハハハハハハハハッ!弟分だ?大好きだぁ?」
>「その子の力が目当てなんだろう?それが世のためになる!善行になる!なんて言って、ノエルを危険な目に遭わせてる……違うかい?」
>「そこの半妖や犬っころと違って、アンタはわかってるはずさ……糞狐。そいつらと違って、アンタは全部知ってるんだからさ」
>「雪の女王と示し合わせて、その子をブリーチャーズに引き込んだアンタにはね!」

「橘音くん、気にすることないさ。たとえ仕組まれたことだったとしても僕達が友達であることには変わりはないんだから。
運命に導かれたラブストーリーかと思いきや実は周囲が総出で偶然を装ったセッティングしてたなんてよくある話だからね」

何も言わない橘音に、何の話だかよく分からないフォローをして。

>「なんて可哀想な子だろう、アタシがちょっと目を離した隙に、こんな性悪な連中に目をつけられちまって……」
>「でも、大丈夫さ。やっと帰ってこられた、アンタの傍に戻ってこられた。支払った代償は大きかったけれど、後悔はしていない」
>「アンタの幸福のためなら、アタシは何でもできる。この心臓だって、アンタが望むのなら抉り出してやる。アンタが幸せなら……」

狂気の混じった慈愛の眼差しを向けられて悲しげな顔をする。

「誰かを不幸にして幸せになっても僕は幸せじゃないよ。
ほんの1000分の1でいいんだ、どうしてその慈愛を僕の友達にも向けてくれないの!?」

>「アンタはアタシのすべてだ。姉ちゃんがアンタを元に戻してやる。その偽りの姿から、本来あるべき姿へ。アンタを……」
>「――真っ白にして。“しがらみを全部リセットしてやる”――!!」

クリスが雪女としての本性を現し、美しくも恐ろしい純白の小袖姿となる。それはさながら、死を象徴する白装束――

>「糞狐とその仲間。どのみち、アンタたちは全員殺す気でいた。言ったろ?ドミネーターズの邪魔をする連中は殺すと」
>「ノエルをそそのかし、誤った幸福を植えつけたアンタらは、アタシの中で一番の抹殺対象さ」

「どっちにしても殺すんかい! 交渉にもなりゃしない! 僕の逡巡を返せ!」

ここまでは全くもっていつも通りの調子だった。

>「でも。その前に教えてやろう、その子とアタシの身に起こったことを。この世界でアタシたち姉妹にしか共有できない話を」
>「それを聞いてなお、弟分だと――自分が一番その子を愛してると。言えるものなら言ってみるがいい!」

しかしクリスが昔語りを始めると、ノエルの様子は一変する。
かつて荒ぶる妖壊となり大雪害を引き起こした過去が暴かれる。
0128御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:13:52.91ID:rrWmhMV9
「やめろ! それを暴いてどうする……!」

大体見当はついている。
そんな奴が人畜無害なお人よしの顔をして、何食わぬ顔で正義の味方側にいる。きっとみんな自分のことが嫌いになる。
それでも私は愛してやるからこっちにおいで、と持って行くつもりなのだ。
しかしクリスの話には更にその先があった。
その昔――といっても妖怪の感覚で言うとほんの少し前まで、雪女の里は閉鎖的で様々なしきたりに縛られていた。
定命の者と関わりを持ってはならない、里に迷い込んできた人間は殺さなければならない、正体を知られた者を生かしておいてはならない――
トップクラスの高い知名度と人一人殺したり殺さなかったりする程度の能力という古典妖怪としては微妙にヘタレな性能を併せ持つ雪女は
やたら人間の前に姿を現すよりもよく分からない存在のままでいて想像を煽る方が畏怖を保つことができたのだろう。
お気軽に人間に混ざって和気藹々と暮らす奴が出てきたり
どさくさに紛れて異能バトルに参加する程度には強い個体が出てきたのはほんのここ数十年の話である。
とにかく、そんな数々の掟の中の一つに、一度妖壊化した者は消される――という物があった。
そんな絶対の掟に従い、クリスと幼いみゆきは永遠に引き離された。
クリスが世界の全てを敵に回してでも取り戻したい存在、それがみゆきだった。
巡り合わせが良ければ美談にもなったかもしれない。
しかし不幸なことに、彼女は狂気に堕ち侵略者に魂を売り、紛うことなき悪と化してしまった。

「ああ、そうだった。全部僕のせいだったね……」

>「ノエル……いいや、みゆき。アタシは戻ってきた……アタシたちを阻む、全ての邪悪を。忌々しい障害を乗り越えて」
>「もう一度、姉妹で仲良く暮らそう。あるべき姿に戻ろう……アンタが笑ってくれるなら、アタシはもうなんにもいらない」

クリスの怒りを鎮める方法があるとすればみゆきにもう一度会わせてやることだけだ。しかし――

「無理だよ。純粋で無垢だったみゆきはもうどこにもいないんだよ。僕は……妾は記憶を二度消された。
一度目はしきたりに従って。二度目は自分の意思でね。だからせめて……この手であなたを止める」

棒雑居ビル1階でかき氷屋を営む残念なイケメンの御幸乃恵瑠はもとよりクリスの目を逃れるために作られた仮初の姿と人格。
橘音の友達として過ごした日々は、何もかも――終わりだ。
クリスによる氷の結界が作られつつある中で、ノエルは静かな、しかしよく通る声音で皆に別れを告げた。

「みんな……突然だけどお別れみたいだ。
ほんの少しの間だったけど御幸乃恵瑠という青年がいたこと、覚えててくれると嬉しいな。今までありがとう、さよなら……」

ノエルの周囲で氷雪が渦巻き、それがおさまったときそこにいたのは――ノエルによく似た、美しい女性。
大きな青い瞳に少しはねた銀髪。ノエルと同じ身長の、すらりとした体躯。
いつかの祈が混濁した意識の中で見た姿と同じだが、美しくもどこか冷たい印象を受ける。
性別が変わったことよりも、あの筆舌に尽くしがたい残念オーラが無い事こそが、似ているけど別人だということを示していた。

「お初にお目にかかる。ノエルが随分と世話になったな。妾は次代の雪の女王――ああ、呼び方は乃恵瑠のままで構わない。
莫迦な姉上がお騒がせして大変申し訳ない」

クリスから引き離され記憶を消された後、みゆきには雪の女王によって新たな名前が与えられた。それが乃恵瑠。
0129御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:17:26.89ID:rrWmhMV9
>「これ。なぁぁ〜〜〜〜んだ?」

クリスが持っている帳簿と鏡を見た乃恵瑠は血相を変える。

「それを持ち出してはならぬ!」

>「ヨーロッパにいたアタシに日本へ戻るきっかけを与えてくれたのが、あの御方――妖怪大統領だった」
>「自分の頼みを聞けば、結界に阻まれてるアタシを東京へ入れてやるってね」
>「大統領の下には、結界破りの大得意なヤツが一人いるからね。知ってるだろ?妖怪銀行からコトリバコを盗み出したアイツさ」
>「ともかく、アタシはもう一度東京に戻ってきた。となれば、大統領との約束を果たさなくちゃいけない――それがコレだよ」

乃恵瑠には雪の女王の庇護のもとで次代の女王としての洗脳、もとい教育が施された。
将来日本の雪妖の頂点に立つことが宿命付けられた乃恵瑠にとって
西欧からの侵略者である妖怪大統領と契約を交わし力を貸すクリスの凶行は到底受け入れられるものではない。

「痴れ者が! 何ゆえ野蛮な西欧妖怪などに魂を売った!? もう少しの間だけ大人しくしておれば妾が……救ってやれたというのに!」

悔しさに身を震わせながら乃恵瑠は叫んだ。
三年前の大霊災を目の当たりにした時、乃恵瑠は一度記憶を取り戻した。
そして雪の女王に、クリスを許してやってほしいと懇願したのだ。
もちろんいくら規律がゆるくなってきた現代とはいえ普通なら許されない大罪人だが、丁度妖怪界の勢力図を塗り替えかねない一大イベントが迫っていた。
なんとか理由を付けて許してやりたいとの情か、一族の利権のために漂白計画に恩を売っておこうとの計略か
あるいはその両方からか、雪の女王は一つの条件を提示した。
"三尾の狐に手を貸し108体の妖壊を漂白せよ――"それが雪の女王が提示した条件だった。
言うのは簡単だが実行するのはとてつもなく過酷な条件――乃恵瑠はそれを承諾し、雪の女王と契約を結んだ。
そして姉に見つからぬために再度記憶を封印され、姉の――突き詰めれば自らの罪を濯ぐために過酷な戦いに身を投じることになったのだ。
ノエルはその契約の遂行のために作られた存在。
一度も橘音の依頼を断らなかったのも報酬を要求しなかったのも、妖怪にしては人間が好きなお人よしだったのも、東京が好きだったのも当たり前だ。
そのように設定されていたのだから。
乃恵瑠は自然を我が物顔で作り変え動物たちの住処を奪う人間はあまり好きではない。東京は空気が悪くて嫌だ。
でもそんなことは気にならなかった。全てはあの無垢だった日々、全身全霊で自分を愛してくれた姉のため――
しかしこうなってしまったら全てが終わりだ。壊れ果ててもう救えない……。

>「コイツをブッ壊すのは簡単だけど、それじゃつまらないね。どれ……壊す前にちょっとだけ遊んでやろうか」
>「さあ――出て来な、護国の英霊たち!新たな支配者の降臨を妨げる、国賊どもをブチ殺しておやり!」

>「召喚!ぬりかべ!」

現れた一個中隊が一斉に小銃を構え、橘音がぬりかべを召喚し怒涛の銃撃を間一髪で防ぐ。

「そなたら……攻撃する方を間違っておるぞ!」

>「……これは完全に予想外の事態ですね……」

普通に考えれば護国の英霊が攻撃するのは侵略者のクリスのような気がするが、祭神簿と國魂神鏡を手にしている者の命令に従うという仕様なのだろう。

「その者達を囮として隙を突くつもりであろう、させぬ!」

両腕を広げ、何を思ったか味方がいる方に氷雪の嵐を展開する。
普段なら味方が凍えてしまうのでやらないが、今は元からクリスの作り出した氷雪が吹き荒れている。
そして相手の作り出した氷雪の嵐を鎮めるよりも、同種の技で相手の領域の一部を自らの領域で上書きすることの方がずっと容易い。
よって仲間のいる側のフィールドを自らの領域で上書きし、クリスの氷柱での不意打ちを防ぐ結界としたのだ。
0130御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:20:22.39ID:rrWmhMV9
>「全員散開です。集まっていたら一網打尽だ……とにかく攻撃を避けてください!」
>《第一分隊!第三分隊!第四分隊!突撃―――ッ!!》
>「みゆきは狙うんじゃないよ!殺っていいのは四人だけだ!」

英霊達が雄叫びをあげて襲い掛かってくるが相変わらず乃恵瑠は攻撃対象外のようだ。
それは仲間4人のうちの誰か1人の盾になれるということを意味していた。
普通なら橘音を守りにいきそうなところだが、乃恵瑠が向かったのは意外にもブリーチャーズ一の堅牢を誇る尾弐の元だった。
潜伏を得意とするポチ、ブリーチャーズ最速の祈、コトリバコ戦で意外な回避力を見せた橘音を除いた結果の単なる消去法か、
フィールドや相手との相性により圧倒的不利に立たされているのを見抜いたのかは定かではない。

「何、そなたが当たり判定で一番不利ゆえ来ただけのことだ」

腕を一閃し氷柱を放ち、英霊たちを蹴散らす。
ノエルならアイシクルエッジとか何とか技名を叫んでいるところだが、言わない。実際は技の発動に別に呪文は必要ないのである。
しかし橘音が言った通り、何度蹴散らしても彼らは何事もなかったように起き上がってくる。
倒す事が出来ないのだ――このままでは埒があかない。この状況を打開するには祭神簿と國魂神鏡を奪取するしかない。
それを奪いに行ける――クリスと対峙することができるとしたら自分だけだが、その間仲間が氷柱の脅威にさらされることになる。
しかも行ったところで奪取に成功する可能性は低い。

>「アッハハハハハハハッ!みゆきをたぶらかしたカスどもには似合いの末路さね!」
>「大人しくみゆきを渡して降伏するんだ。そうすれば、すぐ殺してやるよ……痛くないようにね。嬲り殺しが嫌なら、こうべを垂れな!」

降伏、という二文字が乃恵瑠の頭に浮かぶ。相手の条件を飲んで助命を嘆願するのが犠牲を出さずにすむ可能性が一番高い策だと思われた。
ノエルが世話になった者達を死なせるわけにはいかない。まさに降伏を宣言しようと口を開きかけたときだった。
いきなり橘音が叫び始めた。

>「生憎ですがね……ボクにはこの世で三つ、絶対に許せないことがあるんですよ……」
>「ひとつ、酢豚にパイナップルを入れること……。ふたつ、誰かが入った後のお風呂に入ること……」
>「そしてみっつ!探偵として――人にカッコ悪い姿を見せること!です!!」

唖然として橘音の方を見る乃恵瑠。あまりの絶望的な状況に乱心したのだろうか。

>「特に、みっつめは譲れない!なぜなら――探偵とはいつでもハードボイルドで、ニヒルで!カッコイイもの!」
>「命が惜しくて降伏なんて……そんなカッコ悪さの最たるものを、このボクが!狐面探偵・那須野橘音が――見せられるもんですか!」

「こんな時に何を言っておるのだ……酢豚にはパイナップルが入っているものであろう!」

と真顔で突っ込みながら、はて、橘音殿はこんなキャラだっただろうか、
と一瞬思ってから、ああ、ノエルの真似をしているのだ。と気づく。
悪い物でも食べたようにいきなりノエらなくなって古風な口調のクールビューティーになってしまった自分の代わりに精一杯ノエっているのだ。
ノエりがあるのが当たり前すぎて、無いとやっていけなくなってしまったのだ。ノエルとはなんという罪深い奴だろう。
今の自分はクリスが慈しんだみゆきでも、ブリーチャーズの仲間が愛したノエルでもない―― 一瞬、そのことがたまらなく悲しくなった。

>「糞狐!テメエから死ね!!」
>「あひゃあああああっ!?ポ、ポチさーんっ!ヘールプッ!」

どこか知性が隠しきれていないあたり本家には及ばないかもしれないが、クリスを激昂させるには十分だったようで。
クリスは雪女のくせに沸点は異常に低いようである。

「言わんこっちゃない……姉上も酢豚はパイナップル派なのだ!」

と、橘音に差し向けられた一分隊に氷柱を飛ばす。ちなみに多分クリスがキレたのはそこではない。

>「シンキング・ターイム!ってことで、皆さん!ボクに考える時間をください……、この状況を打破できる方法を考える時間を!」
0131御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:23:52.58ID:rrWmhMV9
「分かった。しかしそう長くは持たぬ――三時間が限界だぞ」

戦いが始まってからしばらく経ち、地面にかなりの雪が降り積もっていた。それを利用する。
乃恵瑠が足元に手を突くと、周囲から雪が集まり形を成していき雪の巨人と化す。
雪に仮初の生命を与え自らの傀儡として動かす、雪の女王直伝の大技だ。

「橘音殿を守れ!」

雪の巨人にそう指示を出し、橘音を護衛するために近くに集まってきた仲間達だけに聞こえるように呟いた。

「今クリスが持っているのは『神体』と『神宝』――もしかしたら『神器』があればこやつらに対抗できるかもしれぬな」

この神社の神器は確か剣だったはずだが、もちろん単なる思い付きを口走っただけで、深い意図があるわけではない。
この状況で神社の最奥に安置されているであろう神器を取ってくるのは並大抵のことではないだろう。
仲間の防護は傀儡に任せ、自身は氷雪の風に乗り、拝殿の屋根の上に降り立つ。

「姉上、そろそろ遊び飽きたであろう。大人しくそれを渡すのだ。さもなくば……」

殺してでも奪い取る――そう言おうとして、実際に出てきたのはほぼ同じ意味であるもののいまいちパンチの弱い婉曲表現だった。

「力尽くで奪う」

乃恵瑠は小さな違和感を感じた。自分は非情なる氷雪の女王。
ねんがんのアイスソードを手に入れるためには殺してでも奪い取るぐらい平気でやってのけるのだ。
――いや、何でそこでねんがんのアイスソードが出てくるのだろうか。どうもさっきから思考に妙なノイズが混ざっている。
もちろん実際には奪い取れるなどと思ってはおらず時間稼ぎに過ぎないのだが
本気で殺してでも奪い取るつもりでいかなければ時間稼ぎにすらならない、そういう相手だ。

「ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!」

意味不明な掛け声と共に、両手に氷の刀を顕現させ、屋根の上を駆け舞うように斬りかかる。
尚、ねんがんのアイスソードとは一言で言えば作中最強クラスの両手剣の代名詞である。
今のうちに最強の両手剣を取ってこい、という仲間達への暗号なのかどうかは――定かではない。
0132御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/04/29(土) 19:29:28.78ID:rrWmhMV9
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚

深い水底に沈んでいくような感覚。僕はこのまま消えてしまうのだろうか。
それでいい、最初から全てが嘘で固められた仮初の人格だったんだから。
でも――出来るなら、契約を完遂して綺麗なままで姿を消したかった。
特に祈ちゃんにだけは知られたくなかった。彼女の心に傷が残らなければいいな。
人を信じられなくなったりしないといいな……。

「駄目だよ、勝手に消えたら」

不意に謎の美少女が腕を掴んだ。本当はずっと前から知っている。
みゆき――化けの皮が全て剥がれて何も繕うことが出来なくなったときだけに出てくる僕の原型。
何度も記憶を無くし、別の人格が上書きされ、普段は埋もれて存在も忘れてしまっているけれど。
僕も乃恵瑠も元はと言えば彼女なんだ。

「離せ。僕は契約を果たすために都合よく作り上げられた偽りの人格……」

「乃恵瑠はそう思ってるけど違うよ。
それに偽りだったとしても、きっちゃんならきっと真実にしてくれるよ」

そうだね、橘音くんはいつだって、不可能を貫き通して可能にしてきた。
そしてきっと、最初から真実だったと、あなたは嘘なんてついていないとそう言うのだ。

「君は童が望んだ姿なんだよ。生きてみたかったもう一つの人生。
たくさん人間とお話してみたい。人間界の文化に触れてみたい。
かっこいい服着て、お洒落な喫茶店を経営して、東京のイケメンになりたい」

我ながらある意味発想が凄いな――

「あとね……"今度こそ"友達を……きっちゃんを守りたい!」

ここで言うきっちゃんというのは橘音くんのあだ名だろうか。
当たり前だ、ここで昔の友達のきっちゃんが出てくるはずはない。
それにしては"今度こそ"が妙に強調されてはいなかったか。
まさか、そんな出来過ぎた話があるはずが……


――橘音くん、君は……きっちゃんなの……?
0133創る名無しに見る名無し垢版2017/05/02(火) 00:23:06.08ID:W+G28aDj
うんこをうんこで固めるだけ
0134多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:02:05.40ID:3sByIieC
 かくしてノエルの放った雪玉はクリスの胸へと当たり、吸収されてしまったとは言え
宣戦布告は為った。
 となればまずやるべきは、周囲の人間達の避難だろう。
(手近な観光客から移動させるか……)
 ポチに神社にいる人間を全員追い出そうと言った後、
祈はポチの返事も聞かずに走り始めている。
 男女のカップルと思しき観光客が目に入ったので、その二人を両肩に担ぐ算段をする。
こちらを見ていないので、姿勢を低くして後ろから迫り、腰の辺りから担ぎあげてしまえば良さそうだ。
あとは暴れようが何をしようが、無理矢理に運んで神社の外に放り出してしまえばいい。
祈が走りながらそう考えていると、ポチの遠吠えが耳に届いた。
「おわっ!?」
 ぞくりとする、生存本能を揺さぶる声。
祈の中にある人間の部分が警鐘を鳴らし、一時足を止めた。
思わず振り返れば、拝殿の上に立ったポチが口を上にして、大声を神社全体に響かせているところだった。
するとそれを聞いた人間達の恐慌が始まった。
狼に吠え立てられ、恐怖を煽られた神社内の人間達は、
祈が追い出すまでもなく自らの足で走り出し、神社の外へと一人残らず逃げていくではないか。
一人一人追い出すよりもずっと早く、手間が省けたことを考えるとその眺めは壮観ですらあった。
「おー……やるじゃん、ポチ!」
 祈が考えていたのよりもずっといい。祈は笑い、
ポチにこんな隠し玉があったとは、と素直に感心する。
こりゃご褒美の一つもやんなきゃな、と思ったところで、
ポチが“牛乳で駄目なのか”と言っていたのは、もしかしたらポチ自身が牛乳を好んでいるからかもしれない、
などとふと考える。祈の腹に頭をこすりつけるポチを思い出しながら、後で牛乳でもご馳走してやるかと、決める。
犬類に牛乳を飲ませるとお腹を壊すらしいが、妖怪ならば大丈夫なのだろう。
 閑話休題。逃げ惑う人々を適当に出口へと誘導しながら、祈は思考を巡らせる。
周囲に人々がいなくなったことで、ある程度自由に戦えるようになった。
確かにクリスは豪雪を東京中に積もらせることが出来るほどの莫大な妖力があり、
ひとたびそれを爆発させれば、その規模から考えて、神社の外に逃げた人々の安全は脅かされるだろう。
しかし、それを行うことにメリットがないと考えられた。
一つは、モノの件だ。妖怪大統領はレディ・ベアに東京を学べと言って中学校へ就学させた。
周囲の人間を人質にするのならばともかく、東京そのものを雪で覆い、その機能をマヒさせるような真似は望まないだろう。
 そして二つ、隙が生じると考えられた。
ノエルが以前、巨大な氷のブーメランを生み出すために数秒を要したことがある。
ケ枯れ寸前だったこともあるだろうが、大きな力を引き出すには当然、反動が伴う。
それを考えれば、隙が生じるのはおかしな話ではない。
ノエルや、特に尾弐という強力なアタッカーを前にして、隙を作ってまで遠くの人間を害する意味はない。
あるとすれば、それは追い詰められて破れかぶれになり、
誰か巻き込んで死ぬというような自爆めいた真似をしようと思った時だけだろう。
 最後の一人が神社の外へ出たのを見送ると、祈はクリスへと視線を戻した。
これで安心して戦えると、そんなことを考えながら。
 そうこうしているうちに、ポチが何事かクリスに話しかけて、拝殿の瓦をいくつか落とし、
その影に隠れてクリスの足元へと移動。クリスの白い足を噛み千切ろうとしているところであった。
しかしクリスはそれをひらりと躱すと、今度はポチと入れ替わるように、自らが拝殿の上に立った。
 そして語り始めた。クリスとノエル、そして雪の女王の間に何があったのかを。
0135多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:10:18.24ID:3sByIieC
 クリスはその話を、周囲を吹雪かせ、怒りを露わにしながら締め括った。
邪魔をする者は千々に切り裂いて殺すと。
 更にこう続ける。胸に手を当てて考えてみろ。私は正常だ。狂っているのはお前たちの方だと。
>「アンタたちは、アタシのことを狂ってると言うんだろうね。目が曇ってると」
>「だがね、それはこっちのセリフさ。自分の胸に手を当てて、考えてごらんよ……もし自分がアタシの立場だったらどうだ?」
>「東京を守るだの、平和だの。浮ついたことを抜かす連中が、自分の家族を危険な場所へ夜ごと連れ回してる」
>「傷ついて、ケ枯れ寸前になって、命を喪うような危険な目に遭わされてる……。しかも、それを幸せだと思わされてる!」
>「家族としちゃあ、何としてでも正気を取り戻させてやりたい――自分の目の届くところに置いておきたいって思うだろ?」
>「その子を危険な目に遭わせて、それを善しとしてる者が!弟分だ?大好きだ?世迷言を言ってるんじゃァないよ!」
>「本当にその子を弟分と思うなら!大好きと思うなら!今すぐその場で血ヘドを吐いてくたばンな!」
>「その子の――みゆきの幸せのためにね!それができないなら、アタシが一人ずつ介錯してやる――」
>「それが。みゆきの姉としての、アンタらクズどもへの礼の仕方だ……!!」
 だから死ねと、こんな風に。
 話を聞き終え、祈にも色々と思う所があった。
疑問や戸惑い、悲しみ、怒り、焦燥、恐怖、憐み。様々な情や思いが駆け巡る。
それらはぐちゃぐちゃと祈の心を掻き乱し、迷いを生み、戦う理由すらも曖昧にしていく。
だが祈はクリスに言われた通り、実際に胸に手を当てて考えてみて、一つの解答を得た。
 言える気がしたのだ。“ノエルを大事な友人として想っている”と、胸を張って。
そのシンプルな解答に辿り着いた時、心を掻き乱す霧は晴れていく。
 ノエルを大事に想う。故に、ノエルの姉であるクリスに殺されてやる訳にはいかない。
記憶にないとは言え、姉が仲間を殺したとなればノエルが悲しむだろうから。
そしてこれ以上、クリスに罪を重ねさせる訳にはいかない。
 確かにクリスが経験したのは悲劇だっただろう。
だが、だからと言ってそれは関係のない誰かを害していい理由にはならない。
彼女が三年前に起こした豪雪事件や、
彼女たち東京ドミネーターズがしでかした虐殺は許されることではないし、
これから成そうとしている東京侵攻は必ず止めなくてはならない。
クリスはノエルさえいればそれでいいと言うが、いつその気が変わって、ノエルを理由に誰を殺すことかわからない。
そんな危うさをクリスは持っている。
ここでクリスを止めなければ、彼女は恐らく多くの被害を出す。そしてそれをノエルはきっと望まない。
 だから止める。ここで倒す。己の為、東京に住む全ての人々や妖怪の為、ノエルの為。
そしてクリスの自身の為にも。
 疑問を抱いたり戸惑ったり、何もかもはその後でいい。
 冷たい雪が風に乗って祈の全身を叩き、冷やしていく。クリスの放ったつららが祈の足元にも突き刺さる。
祈はそれを力を込めて踏み折り、一歩前に出て、ノエルの横に並んだ。
 状況は相当に悪いが、いつも通りブリーチャーズのみんなで戦うだけだ。
 ノエルも辛いだろうから「一緒に頑張ろうな」だとか、
恐らくクリスへの切札となるのはノエルであろうから「頼りにしているぞ御幸」だとか。
そんな言葉を祈が掛けようとした時だ。
>「みんな……突然だけどお別れみたいだ。
>ほんの少しの間だったけど御幸乃恵瑠という青年がいたこと、覚えててくれると嬉しいな。今までありがとう、さよなら……」
 ノエルが唐突に、皆への別れの言葉を述べたのだった。
そしてノエルの周囲に氷雪が激しく渦巻いて、寂しげに見えるその表情が氷雪の中に掻き消える。
「御、幸……?」
 祈が問うように呟く。
 氷雪が晴れるとそこにノエルはおらず、代わりに立っているのは、妖怪としての姿を露わにしたノエルと似た女性だった。
クリスの赤い瞳とは対称的な、青く大きな瞳。少しだけ跳ねた銀の髪。
顔つきもノエルと似ていて、背丈もノエルと同じほどだが、体形はすらりとして女性らしいラインを描いている。
 最初はノエルが女装でもし始めたのだと祈は思った。だが決定的に纏う雰囲気が異なっている。
人格そのものが違うのだと祈は直感し、その推測を裏付けるように、ノエルと似た女性は言う。
0136多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:17:46.72ID:3sByIieC
>「お初にお目にかかる。ノエルが随分と世話になったな。妾は次代の雪の女王――ああ、呼び方は乃恵瑠のままで構わない。
>莫迦な姉上がお騒がせして大変申し訳ない」
 ノエルとは別人であると。
 立ち振る舞いも声音も、ノエルとは全くの別人だった。
 祈はこの美しい女性の姿を、品岡の形状変化の術を受けているときに見ている。
幻覚か、あるいはノエルの内側にいて、ノエルを守ってくれている幽霊か何かではないかと思っていたが、違ったのだ。
 次代の雪の女王だという彼女の言葉から察するに、恐らく彼女は“二番目の人格”だ。
三年程前からは御幸 乃恵瑠として生きているその存在が、
みゆきという一番目の人格を奪われた後、数百年の間どうしていたのかはクリスの話の中にはなかった。
恐らくは彼女こそが、語られなかった数百年間の空白を埋める存在であり、
次代の雪の女王として教育を施された二番目の人格なのだろう。
 思えばノエルは三年程しか生きていない割に、様々な術や力を使いこなしていた。
それはこの第二の人格が内側にいて、
彼女が習得した術や力の使い方をノエルが無意識に感じ取っていたからと考えれば辻褄は合う。
だがクリスと言う強大な力を持った妖壊に立ち向かうには、御幸 乃恵瑠では力不足だった。
故に数百年の時を生き、知恵も力も段違いであろう真の姿を解放したと、そう言うことだと思われた。
 だがその彼女が出てきて、ノエルはさよならと言った。
だとすれば、ノエルはどうなったのだろうか。ただ人格を交代するだけなら、別れの言葉など言うだろうか?
 祈には全くノエルの気配が感じ取れないでいる。
もしかしたら、消えてしまったのか。

 祈は困惑する。しかし困惑している間にも、事態は進んでいく。
それも、――急激な速度で。
妖怪大統領の命令で奪った神鏡と祭神簿を用いて、クリスが神霊達を呼び出したのである。
一個中隊。200人にも及ぶ数の神霊が神鏡より飛び出し、拝殿の上に整列する。
そして彼らは、クリスの命令により銃を構え、
《全小隊、構え!撃て――――ッ!!》
>「召喚!ぬりかべ!」
 発砲する。
 咄嗟に橘音が出現させたぬりかべのお陰で銃撃を逃れた祈だが、状況に付いていけていない。
呆けながらも話は聞こえていたので、クリスがこの神社に祀られている護国の英霊達を呼び出して使役しているという、
この危機的状況を理解はしている。だが気持ちが追いつかなかった。
 ぬりかべを背にして、祈はしゃがみ込んで、俯く。
(どういうことだよ……。御幸は、死んだ……のか?)
 ノエルの言葉はまるで今生の別れのようであり、また実際にノエルの姿はない。
これらがノエルの消失を意味しているようであり、そのショックが祈の集中力を削ぎ落してしまっている。
(……じゃない! 駄目だ、戦いに集中しろあたし! 敵が大量に出てきてんだぞ!
クリスだって攻撃してくるはずなんだ! 集中しなかったら死ぬぞ!)
 祈は頭を振って、自らの頬を両手で叩いて気合を入れ直し、前を向いた。
>「まさか、クリスの目的が國魂神鏡と祭神簿だったとは……いやな予感はしていましたが、まさかここまでなんて」
 そして橘音の言葉に、意識して耳を傾けた。
なるべく悪い事など考えないように。本当は人格を交代しただけなのだと、自分に言い聞かせるように。
>「クリスひとりならともかく、英霊に対してはボクらはなんの攻撃手段も持ちません。英霊を倒すことはできない」
>「攻撃すれば当たるでしょう。怯ませることも可能なはず。けれど、決して倒せない。『ケ枯れ』させることはできない――」
>「なぜなら、彼らは妖怪じゃない。正真正銘の『神』です。神は妖気や霊気でなく、神の力を行使しているのですから」
>「全員散開です。集まっていたら一網打尽だ……とにかく攻撃を避けてください!」
 橘音の言葉に頷き、祈はとにかくその場から離れようと、
銃撃が止んだのを見計らってぬりかべの背後から飛び出した。
0137多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:23:45.25ID:3sByIieC
>《第一分隊!第三分隊!第四分隊!突撃―――ッ!!》
>「みゆきは狙うんじゃないよ!殺っていいのは四人だけだ!」
 突撃してくる英霊のいくつかの分隊。
英霊達はぬりかべには攻撃が通じぬと見て、
ぬりかべの側面に回り込み、直接囲んで殺すつもりと考えられた。 
祈は囲まれる前にどうにかその横をすり抜け、銃撃や斬撃を躱す。
彼らの攻撃を避けることは祈にとってそこまで難しい事ではないが、如何せん数が多過ぎる。
分隊は4つ。200人を4で割れば一分隊は50人。
ブリーチャーズ一人に付き50人もの英霊が、倒れることも諦めることもなく殺到し、
剣を振るい、あるいは小銃で砲火を浴びせてくるものだからたまらない。
更にはクリスによって境内に結界が張られている為、逃げ場がないのが最も厄介だった。
 英霊達は倒したところですぐに立ち上がってくる不屈の存在。
逃げ場がないのなら、彼らはその特性と人数を生かし、
広がりながら迫ってくるだけで、いずれはブリーチャーズを囲い、倒してしまえるのだろう。

 祈へと向かう第三分隊。
逃げ場を求める祈はその統率された動きにじりじりと追い詰められ、
拝殿から一人、本殿の方へと追いやられつつあった。
第三分隊の目的は祈を仲間と分断し、確実に仕留めることのようである。
 拝殿側では、恐らく乃恵瑠が生み出したであろう雪の巨人が橘音を守るようにしており、
乃恵瑠が仲間達に何らかの言葉を掛けている、ように祈には見えた。
あちらの雪の巨人の後ろに隠れた方が楽そうだと思い、
英霊の銃撃や剣を躱しながら、そちらへどうにか戻れないかと考え始めた祈だったが、その時。
「つーかあんた達、この国を護って戦った英雄達なんだろ! なんであたしらを狙っ――」
 この寒さで足の筋肉の動きが鈍ったのか、それとも雪に足を取られたのか。祈の足がもつれた。
そこを狙って放たれた銃弾の内、一発が祈の右肩を浅く抉り、鮮血を宙に舞わせる。
「――ぃっ!?」
 舞った血は真っ白な雪に赤い染みを作り、
祈は痛みでバランスを崩してしまい、うつ伏せに倒れた。
(畜生、痛い……っ! でも早く立ち上がらないと、追撃が来る……!)
 痛む右肩を左手で押さえながら、立ち上がろうと地面に右手を付くと、雪の冷たさが指に痛かった。
そうして雪を見ていると、どうしても思い出すのが、ノエルの作ってくれたかき氷だ。
自らの血で染みを作られた雪が、まるで苺シロップの掛かったかき氷のようにすら見えて、祈は薄く笑う。
そしてノエルがいなくなったことのダメージの大きさに愕然とした。
まるで胸に穴でも開いてしまったようで、その穴からは手に触るこの雪よりも冷たい風がびゅうびゅうと吹いている。
 祈がブリーチャーズに入った時には既にいて、気が付けばもう友人になっていたノエル。
その非常識な行動に、何度ツッコミを入れただろう。何度笑わされただろう。
そして何度――救われただろう。
 八尺様との戦い後、その結末に戸惑う祈を、優しい言葉と抱擁で受け止めてくれた。
コトリバコとの戦いの前は、危険から祈を連れて行くのを渋る橘音を説得しようと、誰より先に動いてくれた。
ドミネーターズとの邂逅の時、激昂する祈を止めることもできただろうに、むしろ死力を振り絞って援護をしてくれた。
そのノエルがもういない。あの優し気で無邪気な笑みを、もう見ることができない。
 それに。
(まだあたし、ありがとうって言ってないよ……御幸……)
 今までしてくれたことへの、感謝の気持ちを祈は伝えていないのだった。
急な別れでさよならの一言も言えていない。どうしようもない、未練だった。
 クリスの気持ちが少しは分かる気がした。
彼はあまりにも優しく、その無邪気さは人を惹きつけるだけの魅力があった。
どれだけ人格が変わろうとも、変わらぬ魂の輝きがあったのだろう。
だからその存在を惜しまれる。だからこそクリスは執着し、狂ってしまったのだ。
0138多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:27:00.67ID:3sByIieC
 だが。力の入らぬ足、腕。目尻に滲もうとする涙。
しかしそれら全てをなんとか意志の力で抑えつけて、祈は立ち上がろうとする。
(それでもあたしは“ブリーチャーズ”なんだ……正義の味方だ! 御幸がいなくなったからって、
そこで走るのを止めちゃダメなんだ! あたし達が負けたら、色んな人が傷付くんだから!)
 この戦いはノエルを巡って争うだけの戦いではない。
クリスの背後には他のドミネーターズが、妖怪大統領が控えている。
ブリーチャーズの敗北は彼女達の台頭を意味し、
支配の為には虐殺も厭わない彼女達が東京を制圧しようとした時に出る被害は計り知れないだろう。
 クリスの背後に支配を目論む者がいるのなら、
同じように祈達の後ろには東京に住む人々や妖怪達がいる。ここで負けることはできないのだ。
その強い意志が、祈が右手で地面を押し、体を起こすだけの力となり。
そして、
>「ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!」
 この言葉が、祈の足に立ちあがる力を齎した。
拝殿の上に立つ、乃恵瑠の声が祈のいる場所まで聞こえてきたのだった。
人格は変わった筈で、その声は全く違うのに、放った言葉の残念さは、まるで。
「御幸……?」
 乃恵瑠の意識の奥底にノエルの人格がまだ残っているのか、
それともノエルとして生きていた時の記憶が彼女にもあり、
それがあのような言動を生んだのかは定かではないが、そこに確かなノエルの息吹を感じた。
 祈は全身に力を込めて立ち上がる。
 祈は知っている。その“アイスソード”という言葉の意味を。
ゲームに全く触ったことのない祈だが、ノエルはゲームを好み、それに関する言葉を時々話していた。
故にそのアイスソードという単語についても聞いた覚えがあったのだ。
 アイスソードとは即ち、あるゲームにおいて“最強の剣”であり、曰く殺してでも奪い取りたくなるものだという。
そして、それを“手に入れるぞ”と指示したということは、
この神社には最強の剣があり、それを取ってきてくれと、そういう意味合いになるのだろう。
不勉強な祈はここにそんな最強の剣とやらがあるかどうかは知らないが、
もしそんなものが眠っているとすればどこかは簡単に検討が付いた。
幸いにもそれは、祈の近くにある。“本殿”だ。
 気が付けば何故か英霊達の攻撃が止んでいる。
先程の攻撃で祈を仕留めたと誤認し、その祈が立ち上がったのを見て畏怖したのだろうか。
なんであれ祈はそれを好機とばかりに駆け出し、本殿へと飛び込んだ。
そして最強の剣を探し出そうと行動を開始したのである。

 さて、どうして英霊達が祈を攻撃するのを止めたのか。
それは先程の銃撃で祈を倒したと誤認した訳でも、ましてや立ち上がる祈の姿を見て恐れた訳でもない。
加えて、祈が立ち上がるまでの数秒。攻撃する機会はいくらでもあった。
それでも彼らが祈に攻撃を加えなかった理由は、彼らが“護国の英雄だから”に他ならない。
 親兄弟、子ども、友人、恋人、知人。顔すら知らぬ人々。
戦うことのできない弱者、老人、女子供。牙なき人々。大切な風景、愛した文化、国。
それらの明日、未来の為に、たった一つしかない己の命を賭した彼ら。
その誇り高い魂が、祈へのそれ以上の攻撃を拒んだのだ。
 英霊達は、攻撃してはならないと指示されたみゆきが誰であるのか理解していた。
これは指揮官であるクリスの持つ情報がある程度彼らに伝わっていることをも意味している。
故に、祈が半妖であることも知っていたのだ。
 妖怪の血は混じっていても、祈がこの国に生きる者が為した子どもであることを。
本来ならば自分達が守らなければならないものの一つである、か弱き女子供であることを。
女性はいずれ子を為し、その子はやがて国を支える。その螺旋が国を存続させる。子とは即ち、宝だ。
 神鏡を持ったクリスによって強力な命令を下され、一時は我を失った英霊達だったが、
しかし銃弾によって流れ出たその赤き血を、倒れ伏す弱々しい姿を見て、その目を覚ました。
いかに指揮官となったクリスから国賊として虐殺を命じられたとしても、
彼らの誇り高い魂や信念までは奪えない。決してその行動理由を捻じ曲げることなどできはしない。
 クリスの命令に疑問を覚えた第三分隊はこの戦線を放棄することを決定し、この場より消えることを選んだ。
0139多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/07(日) 23:30:01.60ID:3sByIieC
 やがて、祈が本殿から姿を現した。
本殿の最奥まで踏み込んで探し回り、強そうな剣を探り当てて、
それ“ら”を抱えて戻ってきたのだった。
それらとは、二振の刀剣である。
 祈はどちらのことも知らないが、一つは『九段刀』。
この神社の境内で作成された数多い軍刀の内の一振で、ある時を境に奉納された代物である。
この神社で作成された軍刀の象徴となったその刀には、無数の人々の平和への念、護国の精神が宿っていると考えられた。
 もう一つは、宮司が代々その名を伝えるのみで、
一般にはその名も姿も公開されておらず、宮司すら一生の内にお目にかかるかという秘中の秘。
この神社に置ける、神鏡と並ぶご神体であり、『神剣』と呼ばれる代物だ。
刀ではない、ということ以外形容できないが、それはまさしく“神剣”だった。
 手に掴んだとき、凄まじい力を感じたそれらを抱えて本殿から出てきた祈は、拝殿に立つ乃恵瑠を仰ぎ見た。
どれが乃恵瑠の言うアイスソードなのかはわからないが、二つあるのはむしろ都合がいい。
戦う為の力が多いに越したことはない、というのもあるが、
九段刀は刃渡りは60センチ前後。所謂小太刀と同等の長さだ。
そしてもう一つの神剣はそれなりの長さを備えていて、これならば以前ノエルがやっていたことができる。
 大小二振の氷の刀で行っていた、二刀流が。
「御幸ーーーッ!!」
 今この場にいないとは知りつつ、祈はその名を叫ぶ。
 拝殿の上に立つ乃恵瑠へ向け、構えた。
「念願の……アイスソードだっ!!」
 そして、あろうことかご神体と奉納された宝物を、乃恵瑠の方向へとぶん投げた。
撃たれた右肩は痛んで、左手は利き手ではない為、
投げた二振りの刀剣は確かに乃恵瑠の居る方向に飛びはしたが、
神剣はギリギリ、九段刀はともすれば乃恵瑠を飛び越しそうになっている。
 乃恵瑠が吹雪などを操ってそれをどうにか掴み、自ら振るうか、
それともポチがその機動力で上手くキャッチし、英霊やクリスを倒すために役立ててくれるか、
橘音がそれらを手に入れ、機転で状況を変えてくれるか、
それとも尾弐が刀を振るうような事態に発展し得るのか。それはわからない。
なんであれ、今の祈はそれを見届けられる自信はなかった。
 吹雪はいまだ強く吹き荒れ、雪は靴が埋もれるほどに積もっている。寒さが容赦なく体温を奪っていった。
必死に体を動かしてもその熱は逃げて、足や手指の感覚がなくなっていくのがわかる。
投げて渡すのが今の祈の精一杯で、意識もまた刈り取られようとしていた。
「これで、アイスソードでも、何でも作ればいい……」
 アイスソードは最強の剣。それ以外のことを祈は良く知らない。
だがアイスソードと言うくらいだから、多分氷やら雪やら冷気の力を持っているのだろうと予測は付いた。
そしてここには、雪ならごまんとある。
クリスが使うのが元々乃恵瑠の力であるなら。
クリスがノエルの投げた雪玉を吸収したのなら、きっとその逆だって――。
そこまで考えた時、祈の体がぐらりと揺らいだ。

【祈、第三分隊の英霊の手を逃れ、アイスソード(?)を二振り入手。それを仲間の元へとぶん投げる(罰当たり)】
0141ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:43:41.76ID:sA/734Vv
>「何も知らないカスどもが……、その子とアタシの間にあった出来事さえ知らないクセに、よくも抜け抜けとほざいたもんだ!」

「そうだね。でも忘れてない?きみも、ぼくらとノエっちがどんな時間を過ごしてきたか、しらないんだよ」

ポチはクリスを見下ろしながら、そう呟く。
しかし彼女には届かない。言葉はもとより、不意を狙った牙すらも。

「ううん……こまったなぁ。めちゃくちゃつよいじゃん、ノエっちのおねーちゃん」

いつもの調子でぼやくポチは、しかしそれ以上の追撃をしなかった。
クリスを中心として、橘音達から離れる形で弧を描く。二、三度、地を蹴れば挟み撃ちに出来る位置取り。
しかし……動かない。死角に潜り、先手を取って……それでも、良い結果が出せると思えずにいた。

>「糞狐とその仲間。どのみち、アンタたちは全員殺す気でいた。言ったろ?ドミネーターズの邪魔をする連中は殺すと」」
>「ノエルをそそのかし、誤った幸福を植えつけたアンタらは、アタシの中で一番の抹殺対象さ」

「あやまったしあわせ、ねえ」

ポチは何か思うところがある、と言った調子で呟き……それ以上は続けない。
ただクリスを睨みつけたまま、その言葉に耳を傾けていた。

>「でも。その前に教えてやろう、その子とアタシの身に起こったことを。この世界でアタシたち姉妹にしか共有できない話を」
>「それを聞いてなお、弟分だと――自分が一番その子を愛してると。言えるものなら言ってみるがいい!」

そして語られるのは……クリスと「みゆき」の過去。
だが狂愛と憎悪に彩られたその物語を耳にしても、ポチの眼に猜疑や軽蔑……その他一切の、負の感情が浮かぶ事はない。
ポチは平静を保っていた。何故なら……クリスの語る過去は、彼女と「みゆき」のものだ。「ノエル」のものではない。
ノエルは仲間だ。家族同然の存在なのだ。
お前の愛する家族は、実は大量殺人犯の生まれ変わりなんだ。
だから手放せ、嫌いになれ……などと言われて、その通りにするほど狼の愛は浅くない。

>「――千々に!千々に千々に千々に!!千々に引き裂いて―――――――殺す!!!!!」

クリスの轟かせる吹雪がどれだけ強く、ポチの体を、例え心をも打ちつけようとも、その愛情を凍りつかせる事は出来ないのだ。

>「その子を危険な目に遭わせて、それを善しとしてる者が!弟分だ?大好きだ?世迷言を言ってるんじゃァないよ!」
>「本当にその子を弟分と思うなら!大好きと思うなら!今すぐその場で血ヘドを吐いてくたばンな!」

加えて言えば、例え「ノエル」がみゆきを下地に作り出された被造物であろうと、やはりポチには関係ない。

「はっ、おことわりさ。なんだい黙って聞いてりゃ、ばかばかしいなぁ。ノエっちは、ノエっちだろ」

ノエルは仲間であり、家族同然の存在であり……ノエルなのだ。
過去に大勢の人を殺していて、作り物の存在で……他にいくつ、彼に修飾語が散りばめられようとも関係ない。
ノエルは、ノエルだ。それだけでいいのだ。

「ぼくは気にしやしないよノエっち。気にしてほしーなら、気にするけどさ。
 たいしたことじゃないし、どっちでもいーよ。だけど、まずはあのおねーちゃんをやっちゃおう……」

>「みんな……突然だけどお別れみたいだ。

だが……その「それだけ」すらも今この瞬間に失われるとは、ポチは考えてもいなかった。
ノエルの口から別れの言葉が紡がれた瞬間、ポチの表情が強張り、眼に困惑が浮かぶ。
0142ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:45:04.00ID:sA/734Vv
「……ノエっち?その冗談はあんまりおもしろくないよ」

>「ほんの少しの間だったけど御幸乃恵瑠という青年がいたこと、覚えててくれると嬉しいな。今までありがとう、さよなら……」

「ノエっち、なに言ってんのさ。気にしないって言ってるだろ!待って……待てよ!」

ポチは叫び、ノエルに飛びつこうとして……しかしそれを阻むように氷雪の渦が巻き起こった。
ノエルの姿が、深い悲しみのにおいと、氷と雪に塗り潰され、掻き消える。
呆然とするポチの目の前で氷雪の渦が止んで……そこにいたのは、ノエルではなかった。
目鼻立ちはノエルに似ているが、瞳の色が違う。髪型も、体型も……そしてなにより、においが違った。
ノエルの冷たくも安らぎを感じるにおいが、消えていた。
残っているのは僅かな残滓だけ……三年前、あの妖災で死んだ五人の仲間と同じように。

>「お初にお目にかかる。ノエルが随分と世話になったな。妾は次代の雪の女王――ああ、呼び方は乃恵瑠のままで構わない。
  莫迦な姉上がお騒がせして大変申し訳ない」

乃恵瑠の言葉に、ポチはその青い瞳を見つめたまま、言葉を返せない。
例えノエルがいなくなってしまったとしても、その原因は彼女ではない。
むしろ今の姿こそが、次代の雪の女王として正しい姿……頭ではそう分かっていても、狼の心はそれを受け入れられない。

>「これ。なぁぁ〜〜〜〜んだ?」

「……しらないよ。どうでもいい」

>「ともかく、アタシはもう一度東京に戻ってきた。となれば、大統領との約束を果たさなくちゃいけない――それがコレだよ」

「どうでもいいって言ってるだろ。ノエっちがいなくなっちゃったら、おまえなんて、どうでもいいんだよ」

静かに、冷たく、ポチはそう言った。
白黒斑の体毛が、夜が深まるように、黒が広がっていく。
狼としての彼が、僅かに目を覚ます。

>「さあ――出て来な、護国の英霊たち!新たな支配者の降臨を妨げる、国賊どもをブチ殺しておやり!」

「ころされるのは、おまえだ」

呼び出された英霊達は小銃と軍刀、手榴弾を用いてブリーチャーズに対して前線を上げつつ広く展開してくる。
その数と連携による制圧力は、無策のまま追い立てられ続ければ、いずれは死に至るほどの脅威。
……だが、ポチにとっては、その限りではない。彼は単独で、その制圧から逃れる術を持っている。
クリスの吹雪はブリーチャーズの視界を奪うが……逆にポチも吹雪が生み出す暗闇に身を隠せる。
寒さは体温と体力を奪っていくが……動けなくなる前に、クリスの首を食いちぎれば、それで済む話だ。
……ポチは、誤った選択肢に飛び込もうとしていた。
クリスほど強力な妖怪を、ろくに味方の援護も得られない状況で仕留めてしまおうなど、実現出来る訳がない。
ついさっきまで、ポチ自身も、その事を十分に理解していたはずだった。
ノエルという最愛の家族の消失は、彼から冷静さを奪い、代わりに激しい怒りと……自分の命すら軽んじてしまうほどの悲しみを植え付けた。
そしてポチは英霊達による苛烈な攻撃の中、仲間への意思表示すらしないまま姿を消す。
英霊達の部隊の間を駆け抜け……拝殿の屋根に立つクリスが、はっきりと見える位置にまで近付いた。
クリスは何かを叫んでいるようだったが、ポチには聞こえない。
ノエルが消えてしまったのなら、眼の前にいるのはただの敵だ。それも特別憎らしい敵。
声は聞こえても、言葉になど毛ほどの興味も抱かない。そのまま彼女に飛びつかんと、体を屈め……

>「そしてみっつ!探偵として――人にカッコ悪い姿を見せること!です!!」

背後から、橘音の声が響いた。
その声の力強さに……ノエルが消えてしまった事への悲しみなどまるで感じさせない力強さに、ポチは思わず足を止めた。
0143ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:46:27.95ID:sA/734Vv
>「特に、みっつめは譲れない!なぜなら――探偵とはいつでもハードボイルドで、ニヒルで!カッコイイもの!」
>「命が惜しくて降伏なんて……そんなカッコ悪さの最たるものを、このボクが!狐面探偵・那須野橘音が――見せられるもんですか!」

何故、そんなにも凛とした声が出せるのか。
ノエルが消えた事を悲しんでいないから……そんな訳はない。
橘音とノエルの間には、たまにポチが羨ましくなるほどの親愛の情がある。だが、ならば何故。

>「こんな時に何を言っておるのだ……酢豚にはパイナップルが入っているものであろう!」

その答えは、すぐに分かった。
この、場にそぐわない、どこか間の抜けた発言……ポチが小さく、吹き出すように笑った。

「……なんだよ、ノエっち。まだ、そこにいるんじゃないか」

橘音はその事を知っていたのだ。
……あるいは、確信は持てなくても、そう信じていた。

「……あちゃあ。こりゃ、ずいぶんとカッコわるいことをしちゃったなぁ、ぼく」

大きなショックを受けていたとは言え、ノエルを信じる事も、仲間を助ける事も忘れ、駆け出した自分を、ポチは強く恥じる。
だが……反省も後悔も、するべき時は今ではない。
今すべきなのは……挽回だ。ポチはすぐさま身を翻し、降り積もった雪を強く蹴っ飛ばす。

>「あひゃあああああっ!?ポ、ポチさーんっ!ヘールプッ!」

視線の先で、爆風に吹き飛ばされた橘音が見えた。
そしてそれに小銃の狙いを定める英霊の姿も。
ポチはその内の一人に飛びつき……頭を強烈に踏みつけた。
照準を乱し、自身は更に大きく跳んで空中の橘音、その袖に噛みつき、放り投げる。
飛ばす先は……尾弐のすぐ傍だ。戦場がどこであっても、敵が何者であっても、ブリーチャーズが戦うのなら、最も安全な場所はそこ以外にあり得ない。

>「シンキング・ターイム!ってことで、皆さん!ボクに考える時間をください……、この状況を打破できる方法を考える時間を!」
>「分かった。しかしそう長くは持たぬ――三時間が限界だぞ」

「ひゅう。いうねえ、ノエ……あー、ええと、ううん……うん、のえっちでいっか。いうねえ、のえっち」

乃恵留をどう呼ぶか、ポチは一瞬迷って……前と変わらぬ呼び方をした。
まだ彼女の中にノエルが残っている事を信じて。
……そして、彼女自身も、新たな家族として受け入れるという気持ちを込めて。

「ぼくもさっき、ちょっとカッコわるいことしちゃったから……カッコつけなおしとこうかな」

そう言うと……ポチは先ほど踏み台にした英霊を振り返った。

「きつねちゃん。ながくはもたないよ」

自分が頭を踏みつけて……転ばせた英霊を。
それを目視した瞬間、ポチの体が大きく膨らんだ。
中型犬相当だった体躯が、倍以上の大きさに……人々が想像する、恐ろしい狼の姿にまで。
ポチの名が刺繍された首輪が悲鳴を上げながら引き裂けていき……ぶつんと、千切れた。

「精々……日が沈んで、また朝日が昇るまでくらいが限界かな」

子供らしさの消えた声。巨大化した姿。
そこにいるのはもう、一般的な愛玩犬「ポチ」と名付けられ、定義づけられた存在ではない。
山の神が使わせた守護と恐怖の象徴……送り狼だ。
0144ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:48:51.56ID:sA/734Vv
「……ねーねー、橘音ちゃん。僕はさ、頭は良くないけど、悪戯は好きなんだ。だから……こんな悪戯はどうかな」

送り狼は橘音に何かを耳打ちすると、答えを待たずに背を向けた。

「待て、をするなら早めに頼むよ」

彼は英霊達が展開する陣へと駆け出した。
姿を隠し、懐に潜り込み……英霊の内の一人に飛びかかる。
首に牙を突き立て、力いっぱい振り上げ、叩きつける。そのまま前足で頭を踏みつけた。
そして再び、高らかに吠える。
人を脅かすのではない、騙すのでもない……明確に人を殺める妖怪。
送り狼の、狩りの前触れ。

「伏せ、でもしてな」

例え英霊達を殺める事が叶わないとしても、その響きは、護国の使命を帯びた彼らが看過出来るものではない。
数十の銃口が送り狼を一斉に睨んだ。
轟々と吹き荒れる氷雪の嵐の中、銃声が響く。
送り狼はその場を飛び退き、暗闇に身を隠す。
そして再び現れ、今度は別の英霊に食らいつく。
今度は腕……そのまま力任せに振り回し、周囲の分隊を薙ぎ払って、消える。
奇襲を仕掛け、英霊達の陣形を荒らし、再び暗闇の中に隠れる。
それを幾度となく繰り返す事で、英霊達の部隊展開は大幅な立て直しが必要となっていた。
しかし……彼らは同士討ちを恐れない。
姿が見えた瞬間に八方から銃撃され、更に軍刀を用いた反撃によって体勢が制限されれば……いつまでも無傷ではいられない。

「うっ……」

一発の銃弾が、送り狼の脇腹に命中した。
しかし……彼は一瞬怯んだだけで、またすぐに暴れ出す。
時間が経つにつれて、狼の体に傷が増えていく。
腹を何発もの銃弾に穿たれ、軍刀で真正面から切りつけられ、手榴弾の破片を全身に受け……それでも止まらない。
……狩人としての狼の、最も優れたる、他の追随を許さない素質とは何か。
鋭い牙……ではない。確かにそれは強力な武器だが、単純に噛み砕く力ならばより優れた生き物は多く存在する。
高い敏捷性……でもない。単純な瞬発力では、猫科の生物には到底叶わない。
狼の最も優れたる素質は……

「……まだまだ、一日中だって走ってられるよ」

……持久力だ。
およそ二十分、全力で走る事が可能で、速度を落とせば夜通し走り続けられる持久力。
そして妖怪である送り狼にとっての持久力とは……ケ枯れへの耐性だ。
深く深く、冷気をものともせず息を吸い込み、足元に絡みつく雪を蹴りつける。
……無論、この状況で彼が本当に一晩中走り続けられる訳はない。
このまま同じ事を繰り返していれば、いずれは疲弊し、消耗し、ケ枯れを起こして、死ぬ事になる。
だが送り狼はそんな事は意識しない。
橘音は、自分に助けを求めた。そして時間を稼いでくれと言ったのだ。
頭のなかにあるのは、ただそれを実行する事だけだ。
己の命が尽きるまで、彼は死への恐怖など微塵も抱かないだろう。

「っ、ねえ!おねえちゃん!ちょっと聞きたい事があるんだけど、いいかな!」

決して疲弊する事のない英霊達に、決して勝利の訪れる事のない戦いを挑み続けながら、送り狼は叫んだ。

「君は、妹がその子狐と遊んでいる時に……なんで同じ罪を被ってあげようと思わなかったんだい!
 君が一緒にいれば、妹ちゃんに命ある者との関わり方を教えてあげられたんじゃないの?
 壊れてしまわずに、済んだんじゃないの?」

全身に銃弾を受け、無数の刃傷を負って、なおも送り狼は声を張り上げる。
0145ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:50:20.30ID:sA/734Vv
「記憶を消された時だってそうだ!なんで妹ちゃんが消えちゃうのを待ってたのさ!
 一緒に逃げれば良かったんじゃないのかい!
 ……僕思うんだけど、おねえちゃん、もしかしてさぁ……」

英霊達の陣のど真ん中で立ち止まり、彼はクリスを見上げた。

「妹を愛してたなんて言いながらも、実はちょこっと、自分が可愛かったんじゃないの?
 だからだろ。仲間の為に戦う事を、不幸だなんて思っちゃうのはさ」

そして、にやりと、牙を見せつけるように笑う。

「本当に仲間を、家族を、愛してるなら……その為に死ぬ事さえも、幸せなのさ」

……実際の所、ノエルが本当にそんな事を思っていたのかは分からない。
クリスとは形が違うだけの、狂気的とすら言える愛情。だが彼はその存在を確信している。心から信じている。
なにせ狼にとって……そんな事は、当たり前の事なのだから。
 
「お前の愛は、愛じゃない。お前はただ、幸せな妹のそばにいる、幸せな自分を愛してただけだろ。
 だから自分を擲てない。その意味を、理解出来ない。
 ……どうした!僕はここだぞ!手本を見せてやるよ!殺してみろ!」

挑発に誘われるように、英霊達が一斉に彼へと攻撃の矛先を向けた。
百にも及ぶほどの銃弾が送り狼へと放たれ、手榴弾が殺到し、軍刀を掲げた不死の兵士達が殺到する。
……それと同時に、彼の姿が、暗闇に消えた。

「まっ、そうは言ってもさ、死なずに済むならそれが一番だよね」

英霊の注意を引きつけ、躱した送り狼は、暗闇に隠れたまま本殿へと振り向く。

「……「におい」は、もうすぐそこまで来てる」

そう呟いた直後、祈が本殿から飛び出してきた。
肩から流れた血が体の半分を紅く染め上げたその姿に送り狼に心臓が跳ね上がる。
自分が自棄になって駆け出したりしていなければ……後悔に心が埋め尽くそうになるのを、必死に堪える。
0146ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/11(木) 03:52:28.26ID:sA/734Vv
>「御幸ーーーッ!!」
>「念願の……アイスソードだっ!!」

祈が本殿から持ち出してきた刀剣を、乃恵留へ向けて投げ飛ばした。

>「これで、アイスソードでも、何でも作ればいい……」

次の瞬間、崩れ落ちる祈。
すぐにでも駆けつけて、その体を支えたいという衝動……それを抑え込むように、高く高く吠える。
迷いは振り切った。送り狼が駆け出す。二振りの神剣が飛んでいく先……クリスと乃恵留の元へ。
血を流しすぎて、息を吸っても酸素が体に巡らない。四肢が痺れる。
それでも仲間の為、家族の為……送り狼は跳躍した。
雪の積もった地表から、拝殿の屋上をも飛び越えて、祈が投げた軍刀……九段刀へ。
そしてその柄に、しかと食い付いた。
そのまま首を力いっぱい振って、鞘から刀を抜き放つ。

「貰った!」

クリスの首へと迫る、吹雪の暗闇に閃く白刃。
扱うのが「犬っころ」とは言え護国の神社に奉納された刀剣による斬撃。
まともに受ければ重い手傷を負う、あるいはそれ以上の結果が招かれる可能性は高い。
だが……乃恵留には伝わるだろうか。送り狼の一撃に、殺意が篭っていない事を。

「……なーんてね」

九段刀はクリスに届かず空を切り……そのまま宙空へと放り投げられた。
背後にいる乃恵留の手元へ収まるように。
護国の刃を囮にして、投げ捨てる……クリスはその行動を予測出来ただろうか。

「なんだっけ、さっきすごく興味深い事言ってたよね。ええと、確か……」

出来ていなかったのなら……次の行動もまた予測出来ないだろう。

「あぁそうだ。コイツをぶっ壊すのは簡単だ、だっけ」

振り下ろされる狼の爪……その狙いは、クリスの手中の祭神簿。
狼である彼には、それが神宝である事など、関係ない。
それを破壊する事が、後の東京に更なる災いをもたらすかもしれない事など、関係ない。
重要なのは唯一、それを破壊すれば仲間を襲い続ける敵が消える事。ただそれだけだ。
この「悪戯」はクリスの度肝を抜けるだろうか。あるいは……橘音の「待て」がかかるだろうか。



【英霊達の的になった後、九段刀を囮代わりにポイ捨て(罰当たり2)】
0148尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/05/14(日) 02:42:21.35ID:jBD5Cp58
銃弾が、脇腹を掠め喪服を裂く。
背後から放たれた斬撃は尾弐の腕を奔り、赤い飛沫を中空へと散らす。

ライフル弾ですら弾き、日本刀ですら受け止める『鬼』という種族の強靭な肉体。
それが今や見る影も無く、只の人間と同じように容易く削り取られていた。

「こうも相性が悪ぃとな……っ!!」

クリスが祭神簿と國魂神鏡によって呼び出した英霊群。
彼等は、尾弐にとって最悪の敵であった。
恐るべきは尾弐の防御を容易く貫く神としての属性と、不滅の肉体。
身体能力こそ凡百ではあるものの、二つの特性と数多の物量が合わさる事により、
もはや彼等は尾弐の手に負えない脅威と化していた。
しかも、現状は尾弐自身の力にも著しく制限がかかっているという『おまけ』付きだ。

この条件下では、防御に徹しても己が身を護る事さえおぼつかない。
それでも現状、尾弐が絶命を免れ生存しているのは……尾弐を護る様に立つ彼――否、『彼女』のお蔭であろう

>「何、そなたが当たり判定で一番不利ゆえ来ただけのことだ」
「……っ」

かつてノエルと呼ばれていた器の下より現れた、ノエルの前人格と思わしき存在。
彼女の繰る力が、英霊たちの攻撃とクリスの冷気から尾弐を庇っていた。
……だが。
そうして命を護られているにも関わらず、尾弐の表情は硬い。
その背に向ける視線は、敵である存在を――――八尺様を、コトリバコを見た時と同質のものが含まれていた。

>『でも。その前に教えてやろう、その子とアタシの身に起こったことを。この世界でアタシたち姉妹にしか共有できない話を』
(ノエルは、感情に狂って人間を殺めた妖壊……その成れの果て)

>『みんな……突然だけどお別れみたいだ。
>ほんの少しの間だったけど御幸乃恵瑠という青年がいたこと、覚えててくれると嬉しいな。今までありがとう、さよなら……』
(この女は、ノエルの奴の殻を食い殺して湧き出た残滓)

尾弐の脳裏に浮かぶのは、先ほどまでクリスとブリーチャーズの面々によって交わされていた会話。
妖壊と化し人に死を与えた、とある雪女の話
隣人である前に、ノエルの監視者であった那須野の隠し事
そして、消えてしまったノエルという青年の決意

その会話を聞いてしまった今
ノエルの過去を知ってしまった今
知ってしまった真実を前に、尾弐は――――祈のように“ノエルを大事な友人として想っている”と断ずる事が出来なかった。
ポチの様に、過去など関係ないと無制限の愛と信頼を向ける事が出来なかった。

尾弐という妖怪の矜持……自らの意志で人を殺した『化物』に一切の慈悲を与えない。
魂にこびり付いたそれが、それをする事を許さなかったのだ。
ノエルが消え去る時にすら言葉を発さぬ程に硬く根付いた、錆びて動かぬ歯車の様な歪んだ矜持。

拭えぬ罪を犯したという過去も
利用される痛み、利用する痛みも
あらゆる手段を用いても何かを守りたいという意志でさえも、尾弐は知っている

知っているにも関わらず……いや、知っているからこそ、尾弐は心を動かせない。
友と。弟分と。そう呼んだにも関わらず慈愛を向けられない。
血が流れる程に拳を強く握っても、信頼の言葉を吐き出せない。
この場にいる誰より……狂ってしまったクリスよりも、尾弐という男の心は醜悪であった。
0149尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/05/14(日) 02:43:17.95ID:jBD5Cp58
だが、時間はその愚かな男を待つ訳はなく。
戦況は刻一刻と悪化を見せる。
英霊の集団は、ブリーチャーズの面々を消耗させ、ノエルという青年人格の消失が与えた衝撃は各々の判断を鈍らせる
数と質。両方で劣勢を強いられ、すわ、このまま押し潰されるかと思われたその時

>「そしてみっつ!探偵として――人にカッコ悪い姿を見せること!です!!」
>「シンキング・ターイム!ってことで、皆さん!ボクに考える時間をください……、この状況を打破できる方法を考える時間を!」

クリスの言葉を受けた、那須野がノエった。

……いや、ノエるというには知性が見え隠れしている為に本家には及ばないのだが、とのにかくノエった発言をしたのである。
あまりに状況にそぐわない挙動は、一瞬場が沈黙に包むが……しかし、
どうやらその沈黙こそが、ブリーチャーズの面々を動かすにたりえる起爆剤であったらしい。

>「今クリスが持っているのは『神体』と『神宝』――もしかしたら『神器』があればこやつらに対抗できるかもしれぬな」
>「ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!」

御幸が、クリスの持つ2つの秘法の攻略手段を考察する。

>「念願の……アイスソードだっ!!」
祈が、血に塗れながらもその意志を繋ぎ、神殿の奥から宝剣の類を持ち出す事に成功する

>「あぁそうだ。コイツをぶっ壊すのは簡単だ、だっけ」
狼と化したポチは、祈の意図を汲み、更に祭神簿を狙うという奇策を打つ。

そうして、各々が那須野が状況打開の策を考える時間を稼ぎながら、更に各自でクリス撃破の策を巡らせる。

だが、その最中でも尾弐はただ一人、前に向けて動く事が出来なかった。
せめてもの役目だとばかりに、御幸の生み出した雪の人形と共に英霊群が那須野へと近づく事を阻止するが、それだけだ。
彼はただただ沈黙を続けたまま、思考だけを巡らせ続ける。

(神剣に宝剣……確かに強い武器だが、あれだけじゃあの化物は倒し切れねぇ。下手すりゃ3年前の焼き直しになっちまう。
 ……手段は有るんだ。一つだけだが、クリスを確実に葬る為の手段は。だが)

尾弐の視線の先には、今まさに宝剣を手に取らんとする、かつてノエルという青年であった御幸という女。
その目に映る姿は白磁の如く白く透明で、嫋やかな女性の体。
力を込めて触れば、折れてしまいそうなか弱い肉体。尾弐が知る一人の青年と、まるで異なってしまった姿。

(それは最悪の外法だ。八大地獄に叩き落されるのすら生温い最低の選択だ。
 だが……神剣なんていう不確定なモンに頼るより、クリスを確実に仕留められる手段でもある)

顔に向けて放たれた英霊の剣を歯で咥え受け止め、そのまま噛み砕き、
次いで心臓部へと向かう銃弾を右腕で受け止め赤い花を咲かせながら、
尾弐は心のなかで、己に言い聞かせる様にして思考を絞り出す

(――――『俺がクリスの目の前で、ノエルだったあの女を殺せば』クリスを殺す為の隙は必ず生まれる)
0150尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/05/14(日) 02:44:02.62ID:jBD5Cp58
思った瞬間、強く噛みしめた尾弐の奥歯が割れた。
それは、誰も犠牲にしないと言った自分自身の言葉と、仲間たちの決意すらも裏切る劣悪な選択肢。
仲間であり友人であると思った存在を斬り捨てるという、下衆にも劣る最低な思考。

……尾弐の脳裏に、これまでノエルと送った馬鹿馬鹿しくも光り輝く日常の光景が想起される。
例えノエルという妖怪が、尾弐にとって禁忌である罪を犯した過去があるとすれど、
その日々の尊さは変わらない。尾弐という妖怪の送った生の中での、穢したくない白雪の様な思い出である。
尾弐が想定しているのは、その思い出すらも殺してしまう、決して取ってはならない手段だ。
今までと、これから。積み重ねた全てを壊してしまう最悪の選択なのだ。

……だが。ノエルと過ごした日々と同時に、記憶の底から浮かんだ別の光景が、その手段に手を伸ばさせる。
それは、平安の時代に丹波国の大江山に積み重なった女子供の骸の山の記憶。
そして、鎖に繋がれ光の刺さない牢獄に居る自身に差し伸べられた、小さな腕と笑顔。
何をしてでもその笑顔を守ろうと思った原初の誓い。
それが、尾弐を禁忌へと誘う。

身を引き裂く様に、2つの情景はそれぞれが尾弐の精神を責め苛み……結果として尾弐に絞り出すような言葉を吐かせた。

「……那須野。俺の血でも骨でも臓物でも、必要なら何でもくれてやるから、急いで打開策を考えてくれ」

この言葉こそが、尾弐の妥協点。
声色こそ常の通りだが、その言葉には多分の懇願が込められていた。
もしも、那須野が状況の打開策を思い浮かべられなければ――――尾弐は、この状況を自身で『何とかしようとしてしまう』だろう。
大切な物を最小限の犠牲とする事で、守るべきものを守る為に。
0151那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 18:43:30.10ID:bZGeEOgc
「次の女王候補を、東京に住まわせるですって?」

東京で起こった大霊災の直後。人が踏み込むことも滅多にない雪深い山の奥にある、雪女の里。
そこにある豪奢な屋敷の大広間で、橘音は上座に端坐する雪の女王を前に不可解そうな声を上げた。
雪女はメジャーな妖怪だが、知名度の割に他の妖怪との交流は少ない。
基本的に雪女たちは自らの生まれた山で生活し、自らの定めた掟を厳守し、自らの生まれた山で消滅する。
近年は掟がやや緩和され、山を下りて他の地方で生活する雪女も現れてきたが、それでも下山者はごく僅かだ。
女王の後継者ともなれば、その存在は一族の宝。女王としては、当然手許に置いておきたいものであろう。
というのに、女王はその大事な後継者を自らの目の届かないところに住まわせるという。

「なぜ、そのようなことを?アナタのお膝元に置いておいた方が安全では?」

「いいえ。今となっては、貴方が結界を張った東京の方が安全でしょう。わたくしにはもう、あれと戦う力はありません」

「……六華紅璃栖、ですか」

「そう――。先の大霊災では、一族の者が貴方がたに多大な迷惑をかけました。お仲間の命まで……それは、心から謝罪します」

「いいえ。……仕事ですから」

橘音は軽く俯いた。そして、小さく唇を噛む。
東京でのクリスとの戦いは熾烈を極め、お互いに痛み分けという結果に終わった。
が、被害としてはこちらの方が上だ。妖力の使いすぎでケ枯れを起こしたクリスに対し、こちらは仲間が五人死んでいる。
もし、クリスが怒りに任せて妖力を使いすぎ自爆しなければ、こちらは確実に全滅していた。
女王は自分にもうクリスに対抗できる力はないと言ったが、それはこちらも同様である。
もし、クリスが橘音の張った結界をすり抜け、再び東京に舞い戻るようなことがあれば、今度こそ終わりだ。
現在の東京ブリーチャーズの戦力をすべてかき集めたとしても、クリスに勝つことはできない。
『雪の女王』の妖力とは、それほど恐るべきものなのだ。
橘音の上司である白面金毛九尾の狐や、天狗の総帥魔王尊。鬼神王温羅などの伝説クラスならば勝機もあるだろうが――。
そんなレジェンド妖怪を、橘音の都合で呼び出すことなど当然できない。

「心配せずとも、貴方たちに迷惑はかけません。……いいえ、むしろ。あの子は貴方たちの力になることでしょう」

「どういうことですか?」

雪の女王の後継者のことなら、知っている。
かつて幼いころに《妖壊》と化したこと。その記憶と力を女王が剥奪したこと。
今は『乃恵瑠』という人格を与えられ、幼いころとは別の存在として過ごしているということ。
今までに起こった一部始終を、橘音は大霊災の前に女王から直接聞かされていた。
が、力になるとはどういうことか。彼女は本来持っているはずの力を喪失したのではないのか?

「――あの子に新たな力を与えました。おそらく、凡百の化生には負けないでしょう」
「そして……心を決して乱さない術も施しました。あの子はもう二度と心を壊すことはありません」

「……力を……与えた……?」

「ええ」

女王が荘重に頷く。
乃恵瑠が女王によって奪われた力は、現在彼女の姉であるクリスが持っている。
クリスを倒さない限り、乃恵瑠本来の力は戻らないはずだ。
ならば、女王はその『凡百の化生には負けない力』を、どこから持ってきたのか?
答えは簡単だった。

「……女王。アナタの力を、譲渡したんですね」
0152那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 18:46:18.47ID:bZGeEOgc
橘音は顔を上げ、女王の端正な顔を見つめた。それならば、すべて納得がいく。
乃恵瑠が力を有しているということも。女王が自分にはもうクリスに抗う力はないと言ったことも。

「三尾の狐に力を貸し、百と八つの穢れた魂を浄化するようにと、あの子に命じました」

「……ボクに?」

「ええ。それから、再度の記憶の封印を。あの子はもう、みゆきでも乃恵瑠でもありません」
「そう――いずれでもなく、同時にそのどちらでもある存在。名を、御幸乃恵瑠」
「貴方は『何も知らないふりをして』『偶然出会ったように』あの子を導き、手を取って進んでください」

「……でも、ボクは……」

「あの子のことは。決して三尾、貴方にとっても無関係ではないはず。いいえ、寧ろ――」

「その話はやめてください!」

雪の女王が何事かを言いかけたのを、橘音は鋭い語勢で制した。
その強い言葉に、雪の女王がぴくりと一瞬身じろぎする。橘音の触れられたくない場所に触れたのだと察したらしい。

「……言葉が過ぎました。謝ります」

「いいえ。ボクも女王に無礼を。……お詫びします」

「ともかく。貴方には、あの子を導いてもらいたいのです。あの子が、自らの因縁に決着をつけられるように」
「頼めるのは、貴方以外にはいません。あの子のことをよく知る貴方しか――」

雪の女王が静かに橘音を見、一拍を置いて頭を下げる。矜持高い大妖怪が頭を下げるなど、滅多にないことだ。
そんな女王の姿を視界に収めた後、仮面の奥で目を瞑ると、橘音はしばし黙考した。
他種族との交わりを良しとしない、雪女の里の掟が生み出した因縁。
乃恵瑠改めノエルとクリスの姉妹が持つ、ゆがんだ絆の鎖。
複雑に絡まり合ったえにしの結ぼれを解きほぐすことができるのは当事者だけであり、雪女でない自分の出る幕はない。
そう、思っていたのだけれど。

『きっちゃん!あそぼ!』
『いこ!きっちゃん!』

閉じた瞼の裏に、白く丈の短い着物を着た少女の姿がちらつく。
忘れ得ぬ、懐かしい姿。愛らしいその声。
あの子が呼んでいる。こちらへ向けて、キラキラと眩しい笑顔で。紅葉のように小さな手を差しのべている。

――ああ。そうだ、そうだね。
――キミが望むのなら、望んだ数だけ。願ったのなら、願った数だけ。ボクはずっとそれを叶えてきたんだ。
――どれほどの年月が経っても。姿や魂が変わってしまっても。それは、それだけは変わらない。
――キミとボクは、ともだちだってこと……。
――それで。いいんだよね、みゆきちゃん。

橘音はゆっくり目を開いた。そして雪の女王へと深々とこうべを垂れ、

「……ご依頼、お受けします」

そう、静かな声で告げた。
0153那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 18:51:30.38ID:bZGeEOgc
>痴れ者が! 何ゆえ野蛮な西欧妖怪などに魂を売った!? もう少しの間だけ大人しくしておれば妾が……救ってやれたというのに!

乃恵瑠の怒声が境内に響く。
変貌した乃恵瑠の姿を見、その声を聞くと、クリスは小さく笑った。

「里の掟に雁字搦めになったアンタに何ができる?アタシにはこの方法しかなかったんだ……今は感謝してるよ、あの御方に」
「アンタを救ってやれるのは、雪の女王でも糞狐でもない。姉ちゃんだけだ……このアタシだけなんだ」
「アタシの歩みは、もう誰にだって止められない――止めさせやしない!目的のためには、アタシの魂なんざ安いもんさ!」

ビュオッ!

吹雪が一層強くなる。ブリーチャーズの足元を、白雪が覆いつくしてゆく。
もはや、クリスには乃恵瑠しか見えていない。どうすれば乃恵瑠を自分の許に取り戻せるのか。
妹の心をふたたび取り返すことができるのか――。それしか考えていないという様子だ。
神体『國魂神鏡』と神宝『祭神簿』を手中に収めた者は、護国の英霊を自在に使役できる。
本来は国難に際して無辜の民を守護する英霊だが、ことこの状況においては東京ブリーチャーズの最大の障害と化している。
ブリーチャーズに対抗手段はない。つまりクリスにとってもはやブリーチャーズは脅威でも何でもないということだ。

>力尽くで奪う

そんな、現状打破の鍵となるふたつの祭器を、乃恵瑠が奪うと言う。
クリスはせせら笑った。

「あはン、アタシに逆らうってのかい?勝てると思ってるのか……姉ちゃんに!」
「あんまりおいたをするんじゃないよ。仕方ない、かわいい妹だが――時にはお灸を据えることも必要さね!」

乃恵瑠が両手に氷の刃を出現させるのを見届けると、クリスもまた祭器を懐にしまい、自らの手に武器を生成する。
が、乃恵瑠のような氷の刃ではない。クリスが作り出したのは、全長二メートルを超える氷の薙刀だった。
柄を頭上へ水平に掲げ、乃恵瑠の斬撃を受けとめる。そして次の瞬間には衝撃を受け流し、攻勢に転じる。
長大な薙刀による攻撃は一見して懐に入られれば脆いように見えるが、クリスの攻撃には隙がない。
クリスは単に膨大な氷雪の妖力を振り回すだけの化生ではない。戦闘者としても一流の使い手なのだ。

「アッハハハハハハッ! みゆき、アンタにゃまだ包丁は早い。おままごとにゃ茶碗を使いな!」

本気の乃恵瑠の攻撃を、クリスはまるで幼子と戯れてでもいるかのように受け流す。
一方で、クリスの攻撃は的確に乃恵瑠の死角を攻め、急所に炸裂する。
と言っても、本気の攻撃ではない。クリスは明らかに手を抜いている。
『乃恵瑠が必要以上に傷つかないように、薙刀の峰で攻撃している』のだ。

>ねんがんのアイスソードを手に入れるぞ!

「アイスソード、だぁ?何だか知らないが、そんなチンケなモンで姉ちゃんに勝とうってんなら認識を改めな!」
「そのアンタの力も……元はと言えば女王の力だろう?確かに桁外れの力だが、アタシにゃ通じやしない!」
「三年前の戦いでは、アタシの力は明らかに女王の力を上回ってた!衰えた女王の力なんざ、アタシの敵じゃないんだよ!」
「さあ――悪い友達に付き合って、夜遊び三昧する時間は終わりだ!姉ちゃんがアンタを――どうでも、連れ戻す!」

クリスの薙刀が確実に乃恵瑠の妖気を削ってゆく。
が、乃恵瑠の狙いが仲間に神器を取ってこさせるための時間稼ぎと囮なら、それはこの上なく計画通りに行っている。
邪魔者は英霊たちが片付けてくれる。ならば、自分が意識を向ける必要などない。クリスはそう思っている。
大切なのは妹。必要なのも、注目すべきなのも、対処すべきなのも妹。
ゆえに。
神器を取りに本殿へと駆け出した祈へ、クリスは一瞥さえも向けることはなかった。
0154那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 18:54:46.97ID:bZGeEOgc
第三分隊はただ、本殿に向けて走ってゆく祈の姿を佇立して見送った。
國魂神鏡と祭神簿によって神霊となった軍人たちは、言うなればクリスに心臓を握られた状態にある。
よって、クリスの意向に従う。その思うままに動く。
だが、他の分隊と違い、祈の殺害を命じられた第三分隊がクリスの指示に従うことはなかった。
理由は明白である。――それは、祈が半妖であるから。人間の血を引く、皇国の子であるから。
かつて自分たちが人間であった頃、命を捨ててまで守護せんとした者の末裔であるから――。
軍人たちの高潔な精神が、自らの心臓を握られていてもなお、理不尽な命令に従うことを拒絶したのだ。
やがて、第三分隊の姿が朧になってゆき、吹きすさぶ風雪の中に消えてゆく。
その姿は、まるで祈にこの国の行く末を。未来を託しているかのようにも見えた。

祈の飛び込んだ本殿の最奥には祭壇があり、そこにはふた振りの剣が刀架に掛けられて鎮座していた。
そのうちの一本は大戦期にこの神社の中で鍛造された、通称九段刀と呼ばれる軍刀である。
九段刀自体は戦争末期までに八千余が鍛造されたが、祈が発見したのはその中でも傑出した一振り。
戦勝祈願のために神前に奉納することを目的として造られた、すべての九段刀の頂に君臨する刀だった。
もう一振りは日本刀の形状をしていない、直刀なりの剣である。
それが果たして何なのか、祈には知る由もない。が、半妖で感覚の鈍い祈にもその神気の凄まじさが分かるほどだ。
九段刀と共に神社の祭壇に奉納されるに相応しい力を秘めているというのは、間違いないだろう。

>御幸ーーーッ!!
>念願の……アイスソードだっ!!

本殿から飛び出した祈が、二振りの剣を乃恵瑠へと投げつける。
が、その目算は狂っている。ひとつは乃恵瑠の手前に、そしてもうひとつは乃恵瑠の頭上へ。
どちらにせよ、クリスと熾烈な戦闘を繰り広げている乃恵瑠の手にそれが渡るのは困難かと思われた。

しかし。

>貰った!

まるで、飼い主の投げたフリスビーをキャッチするかのように。
巨大な狼が跳躍し、九段刀の柄を銜えていた。
一度の首振りで、音もなく鞘から刀が抜ける。白刃が煌めく。クリスの首へと斬撃が迅る。

「ち……」

さすがにそれは看過できない。クリスは忌々しそうに身を仰け反らせた。
けれど、それは囮。ポチの口からすっぽ抜けた刀が、乃恵瑠の足元にざくりと突き立つ。

>なんだっけ、さっきすごく興味深い事言ってたよね。ええと、確か……
>あぁそうだ。コイツをぶっ壊すのは簡単だ、だっけ

クリスは今まで、完全に乃恵瑠ひとりだけに注視してきた。他の妖怪には見向きもしなかった。
従って、反応がほんの数瞬遅れた。
ポチが九段刀を放り捨てたことにも。鋭利な爪を、祭神簿へ向けて振り下ろすことにも。
だから。

「ぐ……ぁ!しまった……!」

クリスの手の中――いや、今は懐の中にしまわれた祭神簿が、ポチの渾身の一撃を喰らう。
英霊たちの名を記した神宝といえど、もの自体は一般にある紙に過ぎない。クリスの着物の胸元ごと、表紙が引き裂かれる。
だが、クリスが身を仰け反らせたお蔭で、中身までをズタズタにすることはできなかった。
0155那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 19:00:18.73ID:bZGeEOgc
「この……糞犬がァァァァァァァッ!!!」

クリスが怒罵と共に至近距離のポチへ猛烈な吹雪を見舞う。弾丸なみの威力と貫通力を持った雹の混じった吹雪だ。

「さっきからキャンキャンとうるさく吼えやがって、やかましいったらない!英霊ども、この犬畜生から鍋にしちまいな!」

乃恵瑠に集中し聞かないようにしていたが、先刻からのポチの言葉による挑発はじわじわとダメージになっていたらしい。
破れた胸元をかき合わせ、零れそうになる豊満な乳房を隠すと、クリスはすぐに英霊へとポチの殲滅を命じた。
だが、それまで理路整然とした制圧行動を繰り返してきた英霊たちの動きが、目に見えて鈍くなっている。
長期の戦闘で疲労したとか、深く積もった雪に足を取られた――ということではない。
ポチの爪による一撃が功を奏し、祭神簿の支配力が弱まったのだ。

「クソ……!役立たずのボケ軍人どもがぁ……!」

思うように動かなくなってしまった英霊たちを一瞥し、クリスが舌打ちする。
とはいえ、英霊たちは無力化したわけではない。多少動きが鈍くなったというだけで、攻撃が苛烈なことに変わりはないのだ。
敵と認識されなくなった祈や、持久力ではブリーチャーズ随一のポチはともかく、特に尾弐にとって依然英霊は脅威のままだった。

>こうも相性が悪ぃとな……っ!!

尾弐のぼやきと共に、純白の雪が紅く染まってゆく。
神社は穢れを取り除く聖域。護国の英霊たちは、日本を汚染しようとする穢れを排除すべく神になった者たち。
そして、鬼とは穢れそのもの。
この場所が、地形が、祀られた者たちが、有形無形を問わず尾弐を責め立て、苛むこの状況。
まさに絶望的と言うべき環境――。
そんな中で橘音は雪の巨人と尾弐に守られながら、相変わらず仁王立ちの姿で腕組みし瞑目していたが、

「……ひらめいた!」

豁然と仮面の奥の双眸を見開くと、やおらそう言い放った。
この神社に祀られている英霊は、246万6500人余。そのすべてが余すところなく祭神簿に記名されている。
つまり、クリスには総勢246万人もの手駒がいる、ということになる。数ではまるで相手にならない。
『この神社に祀られている、すべての軍人』が、クリスの支配下にある。ならば――

こちらは『この神社に祀られている、軍人でないもの』を味方にすればよい。

「さあ――、おいでませ!この神社に祀られた『ヒトでないもの』たちよ!」

橘音は芝居がかった様子でくるりと踊るように身体を半回転させると、召怪銘板の音声入力にそう告げた。
途端に銘板の液晶ディスプレイがまばゆい光を放ち、それに呼応するように橘音と尾弐の周囲が輝き始める。
召喚に応じ、境内に姿を現したのは――

夥しい数の犬、馬、そして鳩だった。

「な……、なぁ……ッ!?」

驚愕にクリスが目を見開き、絶句する。
そう。この神社に祀られているのは、何も軍人だけではない。
戦争によって犠牲になった軍犬、軍馬。伝書鳩。その他大勢の動物たちも、同地には祀られているのだ。
彼らは人間ではないため、祭神簿には記載されていない。――が、間違いなく英霊ではある。
橘音が着目したのは、この『クリスに支配されない英霊たち』だった。
軍馬の群れが高らかに嘶いては軍人たちめがけて突進し、軍犬たちが一斉に兵士へ飛びかかる。
無数の鳩たちが乱舞し、クリスの手駒の視界を覆い、軍隊行動を妨げる。
境内の中は人間の英霊と動物の英霊による一大戦闘の様相を呈し、今やブリーチャーズに注目する者は誰もいない。
すかさず、橘音は右手の親指と人差し指を輪にすると、ピィーッと甲高く指笛を吹いた。
ポチへの合図だ。戻ってこい、と言っている。
0156那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/16(火) 19:07:06.17ID:bZGeEOgc
「ポチさん、祈ちゃんを回収してきてください。もう、ボクたちにできることは何もありません」

ポチに対してそう言うと、橘音は召怪銘板をマントの内側にしまった。
英霊大隊と英霊動物ランドの戦力は、今のところ拮抗している。時間稼ぎにはもってこいだ。
戦闘のとばっちりを受けないように、そして拝殿の上の戦いがよく見られるように。
尾弐の手を引っ張って境内の隅へと移動した橘音は、そこで力尽きたようにぐらりと身体を傾がせ、尾弐に凭れ掛かった。
狐面探偵七つ道具のひとつ、召怪銘板は、いかなる化生でもたちどころに呼び寄せることのできる万能妖具だ。
しかし、ノーリスクで召喚できるというわけではない。召喚の際には、喚び出す対象に見合った妖気を消費しなければならない。
人間や普通の妖怪よりも霊格の落ちる獣の霊とはいえ、これほどの数を一度に喚び出せば、尋常でない妖気を消費する。
先程のぬりかべを召喚した分も含めて、橘音の妖力はこの召喚でほぼゼロになってしまった。
身体がケ枯れを起こしている。もはや、立っていることさえ覚束ない。意識を保っているのが精一杯といった様子だ。

>……那須野。俺の血でも骨でも臓物でも、必要なら何でもくれてやるから、急いで打開策を考えてくれ

尾弐が言う。それは、尾弐にとって自らの課した戒めと現在置かれている状況との、せめてもの妥協点。
焦燥と懊悩が、日頃あまり感情を表に出さない尾弐の顔にありありと浮き出ている。
それだけ、尾弐の内心には激しい葛藤があるのだろう。譲れるものと、譲れないもの。その狭間で揺れ動いているのだろう。
しかし、橘音は尾弐の胸板に寄りかかりながら一度かぶりを振り、

「……言ったでしょ。ボクたちにできることは、もう……何もありませんよ」

と、言った。
橘音は雪の女王から、乃恵瑠を導いてほしいと頼まれた。
乃恵瑠と紅璃栖、ふたりの姉妹だけが共有する因縁――それに決着をつけられるよう、導いてほしいと。
そして乃恵瑠と紅璃栖はこの神社で対峙し、そして今、ゆがんだ愛に区切りをつけようとしている。
英霊たちは互いの相手にかかりきりだし、他のドミネーターズの乱入もない。
となれば。いったい誰が、どんな色彩が、あの真っ白なふたりの間に割り込めるというのだろう?
橘音が今まで考えていたのは、あくまで英霊の出現という予想外の事態への対策であって、対クリスではない。
最初から、橘音はノエルとクリスを一騎打ちさせることだけを考えていた。邪魔者がいれば排除する、ただそれだけを。
そして、計は成った。雪の姉妹の戦いを妨げる者は、もう誰もいない。
約定は果たされたのだ。

「ボクたちが取るべき行動は、『何もしないこと』。『ノエルさんの戦いを見届けること』そして――」
「……『ノエルさんを信じること』。楽なミッションでしょう……それとも難しいですか?クロオさん」

からかうように言うと、橘音はちらりとポチの方を見た。祈を救助に行ったポチがまだこちらへ戻ってこないことを確認する。
そして、ぽつ、ぽつ、と、囁くような声音で告げる。

「クロオさんが何を考えてるかくらい、わかりますよ……。ボクたち、何年コンビを組んでると思ってるんです?」

乃恵瑠を、殺す。
その手段は橘音も考えた。クリスを呆然自失に追い込み、千載一遇の勝機を確実に呼び込む手段。
きっと、その手を打てば乃恵瑠は橘音や尾弐の意図を察し、それを受け入れることだろう。
クリスを止めるための犠牲となる道を選ぶだろう。あの優しい雪妖なら、きっと――いいや、必ず。そこまで読んだ。
だが、できなかった。目的のために外道に堕す――そこまでの覚悟を持つことなど、橘音にはできなかったのだ。

……ひとりでは。
けれど、ふたりなら。

「……でも。もしも、もしも……万が一、億が一。ノエルさんの敗色が濃厚になった、そのときは――」

ケ枯れが近い。妖力と体力の消耗が、橘音の意識を明滅させる。
しかし、それでも橘音は力を振り絞り、尾弐の右頬へ白手袋に包んだ手を伸ばすと、


「……一緒に。地獄へ堕ちましょう」


そう言って、かすかに笑った。
0157御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/20(土) 04:18:13.72ID:nf/+Icmj
>「さあ――悪い友達に付き合って、夜遊び三昧する時間は終わりだ!姉ちゃんがアンタを――どうでも、連れ戻す!」

「諦めよ、もう昔には戻れぬ。化け物と成り果てたのだ、そなたも妾も――」

クリスと立ち回りながら、殺意の混じったような尾弐の視線を感じ、最悪だ、と乃恵瑠は思う。
ただし"戦略上"最悪、というだけだ。
それはむしろクリスにとって乃恵瑠を引き込むにあたっては願ってもない好都合な展開。
起き得る事態の一つとして想定に入っていても不思議はない。
もしも乃恵瑠を首尾よくしとめる事に成功したとして、クリスをしとめ損ねたらそれこそ最悪の事態だ。
東京どころか日本終了のお知らせになりかねない。
彼の中で守るべき存在から憎むべき化け物へと転落したとて今更それがなんだというのだ。
もとより自分は人とは相容れぬ存在。
雪山とは本来、ひとたび人が足を踏み入れれば容赦なく命を奪う死の領域。
雪女をはじめとする雪妖は人が踏み込んではならぬ領域を守るために生み出された凍てつく恐怖の象徴。
自分はその恐ろしい化け物集団の次期頭領だ。
ただ、意外には思う。
その昔妖怪が強い力を持っていた時代は、妖怪が人間を殺した、死に追いやった等という話は日常茶飯事であった。
乃恵瑠は、抗えざる大きな流れのようなものとして世界を捉えている。
人間が踏み込んではいけない領域を侵した果てに行き着くのは破滅だ。
妖怪がその領域を守る存在で、妖壊すらも大局的な破滅を防ぐために生まれる存在だとしたら。
それはきっと、世界の歪みの投影。その個体の是非を越えた一つの現象。
数百年を生きる彼ほどの強大な妖怪ならば人間レベルの善悪など超越した尺度を持っているものかと思ったが……
今の彼はまるでちっぽけで無力な一人の人間のようだ。そこまで考えて一つに仮説に思い至る。
あやつ、まさか――人間、だったのか? 例えば、妖壊に大切な者を奪われた無力な人間が鬼に転化した……?

「かはっ……」

クリスの薙刀が脇腹に直撃し、片膝をつく。しかし相手が使っているのは相変わらず薙刀の峰だ。
思い知らされる、圧倒的な力の差。
自分が死んで相手に隙を作る――確かに最悪の策だが。
どうせ負けたら全員死ぬのだ、万策尽きた後の最後の賭けとしてやってみるのは悪くない。
ただしやるならもう少し成功率が高い方法でだ。仲間達の手を汚す必要などない。
自分が自ら刃で心臓を貫いた方がより意表を突けるだろう。だけど……

――本当にそれでいいの?

冷静な思考に混じり込む雑音に、乃恵瑠は戸惑う。
この数百年、いつだって感情を抑え合理的な判断をしてきたのだ。

――君は知っているだろう? 置いて行かれる者の痛みを。

「いや…だ……」

思わず唇からこぼれ落ちた本心に、乃恵瑠は悟る。
自分が御幸乃恵瑠として生きたのはたったの三年、妖怪にとっては刹那にも等しい時間。
だけどそれは、仮初だったはずの人格が真実になるには、十分過ぎた。
いや、むしろあれこそが真実だったのかもしれない。
あれはみゆきが望んだ姿。もしも何の因果も背負わずに成長していたらなっていたかもしれない姿――
0158御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/20(土) 04:34:20.20ID:nf/+Icmj
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
僕は乃恵瑠の目を通して分厚い氷越しに、世界を見ていた。

「みゆき、ずっとそこにいたんだね……」

「ずっといたよ。乃恵瑠は童をずっと守ってくれたんだよ」

クリスの最初の反逆の時、本当は記憶の返還は為されていた。
乃恵瑠は無意識のうちにみゆきを心の奥底に封じ込め、自分でもその存在に気づかずに数百年の時を生きた。
掟を守り、感情を律し、次代の女王としてふさわしい姿を演じているうちに
笑うことも、涙を流すことも出来なくなっていた。
僕の割には相当無理してよく頑張ったと思う。
今の僕と混ざったらとんでもないことになるぞ、と我ながら思う。
でも、雪女の業界もそろそろ変わるべき時に来ているのかもしれない。

「怖がることなんてない、君はみゆきでも乃恵瑠でもあるんだから。
乃恵瑠の知恵と君の心があればきっと大丈夫」

「そうだね、僕はみゆきでも乃恵瑠でもあるんだ」

僕と世界を隔てていた分厚い氷が砕け散る。
みゆきとして生きた時、乃恵瑠として生きた時の記憶が実感を持って蘇る。
雪の中をきっちゃんと駆け回った日々。
陰踏みと称した追いかけっこしたり、枝で雪にお絵かきしたり、毎日いろんなことをして遊んだ。
クリス――お姉ちゃんと手をつないで歩いた家路。
妖壊と化した自分を鎮めるために命を捧げた少年の願い――
そして乃恵瑠として生きた数百年だって、決して不幸ではなかった。
雪の女王――母上に確かに愛されていた。
ただ心を凍らせていたからそのときは気付くことが出来なかったのだ。
゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。+゚ ゚+。*゚+。。+゚*。゚+。*゚+。。+゚*゚+。。+゚*。+゚
0159御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/20(土) 04:39:36.10ID:XOB7yKDH
「嫌だーッ! 死にたくないッ!!」

乃恵瑠は力一杯叫びながら立ち上がった。
姿形こそそのままだが、オーラのようなものが先程までとがらりと変わっている。
作画上はアホ毛が立ったという微妙な変化が生じた。ぶっちゃけ姿は乃恵瑠だが中身はどう見てもノエルだ。
というかよりにもよって気高き英霊達を祀る神社でこのTPOをわきまえない発言、ノエルしかあり得ない。
正確にはノエルをベースにノエルと乃恵瑠とみゆきが統合された人格なのだが、まあ似たようなものである。

>「御幸ーーーッ!!」
>「念願の……アイスソードだっ!!」

聞き慣れた少女の声が響く。
乃恵瑠の指示とも言えないたった一言だけで、祈は本殿の奥にある神器を取ってくるという凄技をやってのけたのだ。
考えるよりも先に体が動いていた。
ジャンプして剣の方をキャッチし、そのままの勢いで頭上を一閃する。
閃光が走り、吹雪の結界の一部が裂けてその隙間から日の光が差し込む。
着地して剣をクリスに突きつけて宣言する。

「僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!」

>「貰った!」
>「……なーんてね」

ポチがパスした九段刀を受け取り、左手に構える。
更にポチは祭神簿の表紙を爪で引き裂いた。

「あ、うっかり名前言っちゃったけどノートに名前書かないでね!」

右手に神剣、左手に九段刀を構え、仕切り直しとばかりに斬りかかる。
ちなみにそれは死んだ人の名前が書いてあるノートであって、名前かかれたら死ぬ系のノートではない。
頼んでも書いてもらえないので安心しよう。

「というか!誰ももう!そのノートに名前を書かれちゃいけないんだ!」

相変わらず祭神簿を狙う振りをしつつ、好機を伺う。

「いい加減離してやれよ! 今でこそ英霊なんて祀られてるけど!
本当は普通の人間だった! きっと出来るなら死にたくなんて無かったよ!」

戦いつつ、結界が裂けて光が指している場所に誘導する。

「その人達の犠牲のおかげでこんなにいい時代になったんだから……
壊しちゃ駄目だ……!」

確かに現代にはたくさんの歪みがあり、妖壊化する者も増えている。
だけど、それでも、今まで人間界を見てきて今ほど命が大切にされる時代はない。
些細なことで切り捨てられてしまう時代があった。
生きたいと声に出して言うことすら許されなかった時代があった。
自由に思ったことが言える時代、死にたくないと声を大にして言える時代
、それって当たり前のようで、凄く素晴らしいことなんだ。
戦いの果てに――幸い乃恵瑠が力尽きるより少し前に、好機は訪れた。
0160御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/20(土) 04:45:23.18ID:XOB7yKDH
「僕の……勝ちだ!」

左手を一閃し、九段刀を投擲する。それはクリスの少し後ろの雪に突き刺さった。
狙いが外れたわけではない。狙ったのはクリスの影。
霊力を持つ刃を影に突き立て相手の動きを封じる影縫いの呪法、それを神器級の刀で行ったのだ。
付与した氷雪の霊力も相まって、暫しクリスをその場に縫い止めることに成功する。
続いて、神剣の柄を両手で持ち、走りながら雪上に文様を描く。
円をゆるいS状の曲線で分割したような、魚が二匹組み合わさっているようにも見える文様。
クリスもその範囲内に入っている。
文様を描き終わった乃恵瑠は剣を振り上げ――

「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

それを自分の目の前に突き立てた。その瞬間、魔法陣は完成し、円全体がまばゆい光を放つ。
九段刀と神剣が突き刺さっている場所がそれぞれ魚の目の部分となっている。
陰陽太極図――世界の成り立ち、森羅万象を陰と陽で表現する図式。
力の収束と発散を司り、偏った力の流れを調和へと導く――
クリスの力は、彼女が本来持っておくべき力ではない。
本来持つべきではない大きな力を持った事も、歪みの一因となってしまったのだろう。
強大な力とは、祝いであり同時に呪いでもある。
力を持つばかりに妖怪大統領にも付け入られてしまったのかもしれない。

「力は返して貰う……!"ドミネーターズのクリス"は討ち死に!
妖怪大統領との契約は本人の意思によらない突発的事象により履行不能!そういうことだ!」

その時、急に目線が低くなったのを感じた。
両手を見てみるとやはり小さい。慌てて自分の体を見下ろしてみると――

「あ……」

やはりというべきか、みゆきになっていた。妖力の使いすぎで省エネエコ運転モードに突入したのである。
そのことを認識してしまった瞬間、今まで辛うじて凛とした口調を保っていた緊張の糸が切れた。

「お姉ちゃん……」

しかしある意味好都合かもしれない。スッカラカンの状態の方が力が流れ込みやすそうだ。
みゆきはダイレクトに力の移転を受けるべく、クリスの胸に思いっきり飛び込んだ。

「みゆきは、ここにいるよ……!」
0161尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/05/21(日) 02:35:34.42ID:wFHX8iP4
那須野の機転により召喚された霊獣とも言うべき存在の群れ。
彼等が英霊の部隊の部隊と衝突した事により、一時とはいえ尾弐は危機から脱する事が叶った。

未だ緊迫した状況であるとはいえ、絶命必至の状況から退避が叶う状態にまで持ってこれたのは大きい。
本来ならば、それを成し遂げた那須野に礼の一つでも言わねばならぬ場面なのであるが、
尾弐がその言葉を口に出す事は叶わなかった。何故ならば

「っ!? おい、どうした那須野――――!」

尾弐の眼前で那須野橘音が……常に飄々とした態度を崩さぬ東京ブリーチャーズのリーダーが、
糸の切れた人形の様に崩れ落ち、尾弐へと凭れ掛かってきたからである。
とっさの事に驚愕しつつも、その身体を取りこぼさない様に血まみれの右腕で抱え込んだ尾弐は、
触れた那須野の体温が尋常ではなく低下している事と、その身体を構成する妖気が枯渇しかけている事を感じ取り、顔面を蒼白にする。

>「……言ったでしょ。ボクたちにできることは、もう……何もありませんよ」
「喋るんじゃねぇ……お前さんは妖気の使い過ぎでケ枯れかけてんだ。無茶すると――――」

険しい表情でそう言い、那須野の発現を制止しようとする尾弐。
だが、那須野はその尾弐の制止を振り切り尚も言葉を紡ぐ。

>「ボクたちが取るべき行動は、『何もしないこと』。『ノエルさんの戦いを見届けること』そして――」
>「……『ノエルさんを信じること』。楽なミッションでしょう……それとも難しいですか?クロオさん」

そして、無理を押して紡がれたその言葉は、今の尾弐にとって最も簡単で……けれども難しい問いであった。

「那須野、俺は……」

口にしようとした言葉は途中で止まり、その先が繰り出せない。
……恐らくは『当たり前だ。俺はノエルを信じてる』と。そう答える事こそが正解なのだろう。
その言葉は決して嘘ではない。尾弐黒雄は、これまでも、そして今でも御幸乃恵瑠を……あの白雪の様な青年の事を疑った事など無い。
だが、それでも……その正解を形にする事が尾弐には出来ない。
赤錆色の鎖で首を締められたかの様に苦しげに眉を潜める事しか、尾弐黒雄という男には出来なかった。

そして、そんな尾弐の懊悩を見透かしたかの様に那須野は言葉を続ける。

>「クロオさんが何を考えてるかくらい、わかりますよ……。ボクたち、何年コンビを組んでると思ってるんです?」
>「……でも。もしも、もしも……万が一、億が一。ノエルさんの敗色が濃厚になった、そのときは――」
>「……一緒に。地獄へ堕ちましょう」

その言葉を投げかけられた尾弐は、まるで氷水でも掛けられたかの様に固まってしまう。
那須野と尾弐は長い付き合いである。那須野が観察力に優れている事も知っている。
だが……己の薄汚れた考えを見透かされ、尚且つそれを共に背負う事まで考えさせてしまったとは思っていなかった。
そして、力尽き倒れているというのに尚も他者の事を気遣うその強さを、見誤っていた。
懊悩に精一杯であった自分を、恥じた。
故に……尾弐は口を開く。

「ああ――――そんときゃ一緒に、死が別つまで苦しみ続けようぜ」

那須野から視線を逸らし、口を開いて嘘混じりの言葉を吐く。
……そして、その直後の事であった
0162尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/05/21(日) 02:36:48.00ID:wFHX8iP4
>「嫌だーッ! 死にたくないッ!!」

場の空気を押しのける『聞きなれた』声が聞こえた。
声色こそ別人であるが、そのテンションはまさに東京ブリーチャーズのメンバーである美麗の青年のもの

>「僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!」

「……はは、あの色男が。相変わらず、相変わらずだな」

消えたかと思った――――塗りつぶされたかと思った、尾弐の良く知る青年。
東京ブリーチャーズの一員であるノエルの復活宣言。
それを聞いた尾弐は、己でも意識せずにその口元に小さな笑みを浮かべていた。

>「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

そして、白雪が陽光を反射し白亜に染まった境内で、ノエルがクリスの影に刀を突き刺し縫いとめる最中。
尾弐は脱いだ自身の喪服をシーツ代わりに敷き、その上に寝かせた那須野の口元へと己の右手……英霊の刀から受けた傷より赤く染まったソレを近づける。

「……まあ、なんだ。嫌だろうが無理にでも飲んで妖気補給しとけ、大将。
 鬼の血なんてロクなもんじゃねぇが……今回は英霊の付けた傷だからな。浄化されてちったぁはマシな味の筈だ」

言葉を放った姿勢のまま、尾弐は建物の影となっている場所の中からクリスを抱きしめるノエルの姿を見つめる。
ポチの足音が響く中で繰り広げられる光景を、眩しそうに。本当に、眩しそうに見つめる。
0163多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/21(日) 17:38:44.48ID:qwJBIhxG
 本殿前にて。
祈の体はぐらりと揺らいで、雪でできたカーペットの上に仰向けに倒れた。
 びゅうと吹きすさぶ冷たい風。雪が周囲に積もって視界は白一色に塗りつぶされていく。
これがかつてブリーチャーズを5人をも倒した力、その一端。
その地獄のような寒さの前には、祈など一溜りもないのだった。
 思ったよりも固い、雪に埋もれる感触を味わいながら、祈は思う。

(寒くなると眠くなるって本当だったんだな……。
まるで雪山で遭難したみたいだ……神社なのに……)

 フィクションの中だと、雪山で遭難してしまった人物が、
眠くなったと宣う相方に『寝ると死ぬぞ!』などと声を掛けて揺り起こそうとする類のシーンがあるが、
本当に眠くなるのかと祈は今まで半信半疑だった。だがどうやら本当だったようである。
 雪山などで眠くなるのは、低体温症という症状によるものだ。
猛烈な寒さに晒されると、人体はそれに抗い、熱を生み出すために全身の筋肉を激しく収縮させる。
それが体の震えだ。しかし震えを起こしても体温が上がらないような危機的な寒さである場合、
体は更に熱を生もうと筋肉への血流を増やし、筋肉をより動かそうと躍起になる。
体に流れる血液の量はほぼ一定に保たれている為、
熱を生み出そうと筋肉に血流を回してしまうと、脳へ送られる血流が減り、脳は貧血を起こす。
その脳貧血こそが雪山などで遭難した際に眠くなる、意識を失う、という現象の正体である。
 筋肉が震え始めるのが人間の体温で35度を下回った辺りであり、
34度を下回ると眠気を覚えたり意識が薄れ始め、命の危険もあるという。
 そして祈の体温はつい先ほど、34度を下回ったところであった。
しかしこの危機的な状況にあっても、祈に不安はなかった。

(だって、渡したんだもんな。ちょっとすっぽ抜けちゃったけど……)

 指示された通り、武器を調達して投げ渡すことができたのだから。
 祈には神剣や九段刀の使い方は分からない。
恐るべき力を秘めていることは理解できても、それを用いて神霊やクリスに対抗する為にどうすればいいかは分からない。
力任せに振り回すのが精々で、その力を引き出すには至らなかっただろう。
 だが仲間達は違う。ポチはどうか知らないが、アイスソードと称して力ある刀剣を欲したノエル自身や、
ブリーチャーズの頭脳たる橘音、その補佐を務める尾弐ならば、きっとなんらかの方策を思いついてくれると信じられる。
その仲間達に投げて、託すことができた。だからその心に不安はない。
きっと上手く行くのだという確信が祈にはある。
0164多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/05/21(日) 18:03:07.05ID:qwJBIhxG
 薄く開いたままの瞳で、祈は拝殿の上で踊る影達をぼんやり眺めていた。
その片方、乃恵瑠と思しき影の動きが、シリアスなものから急にコミカルな動きに変わったのを見て、
ノエルが生きていたのだと、そんな風に思う。

(寒い中、頑張った甲斐があったかな……)

 祈としては乃恵瑠という女性のことを嫌っていた訳ではないから、
消えて欲しいなどとは微塵も思わなかった。
それにノエルは正確に言えば死んだのではなく、みゆきも乃恵瑠もノエルも、その魂は同じ。
思考パターンや姿形が違うだけで同一人物なのだと、頭で理解はしていた。
そして、ノエルがかつてはみゆきとして生き、感情を抑えきれず人里に被害を齎した存在だと言う事も知った。
それでももう一度あの笑顔に会いたい、話したいと願う気持ちは、理屈ではないのだった。
 ノエルが戻ってきた。生きていた。その事実は、どうしようもなく祈を安堵させる。
またノエルとバカみたいな話をできることが、笑い合えるのだということがたまらなく嬉しかった。
 そしてそのコミカルな動きの影は、祈の投げた神剣を見事に受け取り、
その超絶の力で天をも裂いて見せた。
更に、やや角度のズレた方向に投げてしまった九段刀はポチがキャッチし、
器用に首を振って鞘から抜き放った後、ノエルへと投げ渡した。
これによって完成する。ノエルの二刀流。
 それを合図にしたように、ノエルとクリスの苛烈を極める戦いが始まる。
その光景は、意識が朦朧としている祈の目には早送りの、華麗な舞のように映った。
 遠くから何故か聞こえてくる、動物達の声は、あの嘶きはなんだろう?
そんな事を考えながら影達の舞を見つめている内に、

>「終わりだ! "ジャックフロストのクリス"!」

 勝負は決したようであった。
乃恵瑠とも、ノエルともつかぬ声による勝利の叫びを聞いた時。

(……ああ、勝ったんだ……おめ……でと、御幸……)

 祈の体温は33度以下になり、ついにその瞼が落ち、意識は暗闇の底へと沈んでいく。
その体はこれ以上熱を逃がすまいと、仰向けから横向きになり、無意識に胎児のように丸まった姿勢を取った。
 祈はただ、誰も死なぬ、ハッピーエンドを迎えた幻を見ながら眠る。
また事務所でみんな笑い合う、そんな結末を夢に見て。
 祈の体温は33度以下という普通の人間ならば死の危機というところまで下がっているが、
幸いにも彼女には妖怪の血が流れており、普通の人間ではない。
意識を失ってはいるが、これ以上寒くなったり、余程のことがなければ死ぬことはないだろう。
寒さで肩の出血も抑えられていることもあり、暖かくなれば、普通に目を覚ますに違いなかった。
0165ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/25(木) 02:59:59.87ID:gVTm1HD2
振り下ろした爪が、何かを引き裂いた。
クリスの着物と、その更に奥にあった、薄っぺらく脆い何かを。

「手応え、あり……」

>「この……糞犬がァァァァァァァッ!!!」

次の瞬間、クリスが送り狼へと吹雪を放つ。
体温を奪う為のものではない、雹混じりの、命を断ち切る為の吹雪。
クリスに飛び付く形で空中にいたポチにそれを躱す術はない。
吹雪をまともに食らい、吹き飛び……拝殿の屋根の下にまで落下する。

「ち……」

血を止めてくれるなんてありがたいなあ。
そう言おうとして、しかしポチは言葉を紡げなかった。
大量の失血による酸欠に、極寒の吹雪の中で走り続けた事で喉が凍り付いたのだ。
自分の体が壊れつつある事を自覚したその瞬間、無視し続けてきた負担がポチに襲いかかる。
膝が震え、立ち上がれない。目が霞み、耳鳴りがする。
その耳鳴りに紛れて聞こえてくる、足音。
視線を向ければ、目に映るのは軍刀を掲げた英霊の姿。
送り狼の爪は祭神簿を引き裂いたが……完全には破壊出来ていなかった。
彼らの歩みは緩慢で、しかし身動きの取れない送り狼との距離は着実に縮まっていく。

「これ……は……ヤバい……かも……」

とうとう英霊は、軍刀で送り狼の首を刎ねられる距離にまで近付いて……

>「さあ――、おいでませ!この神社に祀られた『ヒトでないもの』たちよ!」

まず始めに、声が響いた。
続いて、吹雪の奥で光が溢れた。
そして……その方角から駆け寄った影が、まさに今軍刀を振り下ろさんとする英霊を、強烈に足蹴にした。
影は送り狼を見下ろして、わん、と吠えた。

「……分かってるよ。まだ立てるさ……」

影の正体は……軍犬だ。かつて日本兵と共に戦い、パートナーと共に死んでいった者達。
国の為などという大義はなく、ただ家族の為に戦い命を散らした、名も無き……しかし確かな英雄。
その英霊が、送り狼に吠える。まるで俺達はもっとやれた、と言わんばかりに。
先達の檄に、送り狼が震える脚に力を込め、立ち上がる。
同時に響く指笛……橘音からの合図だ。
送り狼がゆっくりと歩き出す。
そして吹雪の奥に橘音と尾弐の輪郭が見えると、自分の存在を知らせる為に一度吠えた。

>「■■さん、祈ちゃんを回収してきてください。もう、ボクたちにできることは何もありません」

今や送り狼には、言葉を発するほどの余裕もない。
ただもう一度吠えて返事の代わりとして、彼は祈の方へと歩き出す。
鼻孔も奥まで凍り付いて、鼻も殆ど利かない。
ただ最後に見た、祈の倒れた場所を目指して、送り狼は吹雪の中を暫し彷徨う。

「……祈ちゃん」

ようやく見つけた祈は、やはり倒れたままで、やまない吹雪によって、雪に埋もれつつあった。
その頬に、送り狼は自分の頬を擦り寄せる。
0166ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/05/25(木) 03:02:45.03ID:gVTm1HD2
「冷たい……」

彼には、人が……半妖がどれほど体温を失ったら死ぬのかなど分からない。
どれほどの出血があれば人が生命を失うのかも分からない。
分かるのはただ、祈がいつもよりもずっと、死に近い状態にある事だけだ。
衣服の襟を咥えて引っ張る……降り積もった雪の中を、祈を引き摺るだけの力が、送り狼にはもうなかった。
うつ伏せに倒れた祈の腹の下に、雪を掘るように頭を潜らせ、背中へ持ち上げる。
ふらりとよろめきながらも、送り狼は橘音達の元へと歩き出す。
雪に絡め取られ、脚が思うように動かない。ただ歩いているだけなのに呼吸がもたない。
足を止め、息を整え……送り狼は拝殿の屋根を見上げた。

>「僕の……勝ちだ!」

まさにその瞬間、ノエルが高らかに勝利を宣言する。
乃恵留ではなく、ノエルが……だが送り狼は彼を見てはいなかった。
ノエルはそこにいて、帰ってくると、信じていたからだ。
送り狼が見つめるのは彼、だけではなく……ノエルとクリスの二人だ。
二人は互いに互いを愛している。限りなく深く、強い愛で、お互いを手に入れようとしている。
……凍り付いた鼻孔に、それでも感じ取れるほどの、においが届いた。
愛のにおいだ。他のどんな感情も、存在をも呑み込んでしまうような、強い愛のにおい。
その中核にあるのは……橘音と、尾弐のにおいだ。

「……家族って、いいなぁ」

歩みを再会した送り狼が小さく呟く。

「祈ちゃん……寒いよね……。ごめんね、僕が人に化けられたら良かったのに……。
 だけど、駄目なんだ……それだけは、どうしても……出来ない……」

彼が人に化けられれば、彼女をもっと早く運ぶ事も、少しでも寒さから庇う事も出来る。
そしてそれは、能力的には決して不可能な事ではない。

「……僕はさ、この国で最後の狼なんだ。もう、どこにも、僕の本当の家族になれる狼は、いないんだ」

それでも、彼には出来ないのだ。

「だけど……本当はそうじゃないかもしれない。
 本当はどこかにまだ狼は生きていて、僕と同じように、家族になれる相手を探してるかもしれない。
 だから……だから、僕は……」

……送り狼は、人に化けられない。
自分が人に化けていたら、他に生き残った狼が、自分を見つけられないかもしれない。
そんな可能性が殆どゼロに等しい事は分かっていても……彼は狼の姿を、ほんの一瞬でも捨てられない。
命すら擲てると謳っておきながら……その実、命よりも大事な、その一抹の可能性を、仲間の為に捨てられない。

かつての自分を捨て、愛玩犬としての名に甘んじていながら、狼を気取り。
しかし狼であろうとするあまり、狼が最も重んじる仲間を、最後の最後で重んじられない。

「……狼に、なりたいなぁ」

深い自嘲を込めてそう呟き、それから数歩、歩いて……送り狼は力なく倒れ込んだ。
橘音と尾弐のもとに辿り着いたのだ。
0168那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/28(日) 09:06:01.73ID:yHnumZee
>嫌だーッ! 死にたくないッ!!

「……なに!?」

突然の乃恵瑠の絶叫に、クリスは瞠目した。
それまで雪女らしい冷徹さで戦闘を継続していた乃恵瑠が、何を思ったかそんなことを言い出すとは。
そも、クリスに乃恵瑠を殺す気はない。ただ、ケ枯れを起こさせ戦う力を奪い取ろうとしていただけだ。
クリスは乃恵瑠の中で三つの人格が語り合い、融和し、統合されたという事実を察することができなかった。
ただ、目の前の乃恵瑠が今までの乃恵瑠でなくなった、ということだけを朧げに感じたのみである。

「なにが起こった……!?」

戸惑うクリスを前に乃恵瑠は祈が投擲した神剣を跳躍して受け取ると、それで空を一閃した。
重苦しく頭上に垂れ込めていた雪雲が、まるで薄紙を両断したかのように斬り裂かれ、日の光が差し込む。
それはクリスの張った氷の結界が破られたことの証左だった。
乃恵瑠がクリスへと神剣の切っ先を突きつける。

>僕は御幸乃恵瑠! きっちゃんの友達で! 新時代の雪の女王になるおとこ?で! ブリーチャーズ最強のノエリストだああああ!

「この期に及んで、まだそんなことを!」

ギリ、とクリスは奥歯を強く噛みしめた。
ここまで圧倒的な力の差を見せつけてやったというのに、なおもそんな世迷言を言うとは。
ならば、と氷の薙刀を構え、神剣と軍刀を携えた乃恵瑠――いや、ノエルを迎え撃つ。
しかし。

「く……!?みゆきの力が増している!?アタシの妖力は完全にみゆきの力を上回っているはずなのに……!?」

怒涛の攻勢を仕掛けてくるノエルの太刀筋が読めない。祭神簿と國魂神鏡を奪われないようにするのが精一杯だ。
クリスは初めて守勢に回った。防戦一方で、なんとか薙刀を取り回しノエルの攻撃を凌いでゆく。
そして、クリスが再度イニシアチブを握るべく体勢を整えようとしたとき。

>僕の……勝ちだ!

ノエルの声が境内に響き渡る。その自信に満ちた迷いのない言葉を、ブリーチャーズの誰もが聞いた。
クリスの影にノエルの投げつけた軍刀が突き立つ。相手の影を地面に縫いとめ、その場に縛り付ける影縫いの呪法だ。
これは完全に予想外だったらしく、一瞬クリスの動きが止まる。

「ぐっ!こんな……ものォ……!」

クリスの全身から蒼白い妖気が迸る。膨大な妖力をもって、影縫いを力ずくで打ち破ろうと試みる。
その身体が自由を奪われていたのはほんの僅かな時間のことだったが、それでもノエルが次の手を打つには充分だった。
ノエルが神剣を用いて地面に描いた、太極図。
陰陽二極の調和を示したそれは、正式な術式を用いればきわめて強力な魔法陣となる。
そして、その中心に立つノエルとクリス、ふたりの雪女の姉妹。

>力は返して貰う……!"ドミネーターズのクリス"は討ち死に!
>妖怪大統領との契約は本人の意思によらない突発的事象により履行不能!そういうことだ!

ギュオッ!!

ノエルの言葉に応じるように神剣と軍刀が輝き、それに伴って太極図も発光を始める。
陣図がその場にいる者を“本来あるべき姿”へと戻そうと発動する。

「ぅ……、ぐ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……ッ!!」

クリスの全身から陽炎のように立ちのぼる妖気が、その身体を離れてぐるぐると陣の内部で渦を巻く。
雪山の霊気と冷気、その強力無比な力が行き場を失って、吹雪のように荒れ狂う。
大きく身体を仰け反らせ、両手で頭を抱えて、クリスは自らの肉体からみゆきの妖力が失われていく感覚に絶叫した。
0169那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/28(日) 09:08:15.08ID:yHnumZee
「力……が……!みゆきの力が、みゆきが……いなくなる……!みゆ……き……!!」

雪の女王からみゆきを奪還しようと決意してから、以来数百年。
身体の中に宿るみゆきの妖力だけが、クリスにとって自分と妹とを繋ぐ唯一の『絆』だった。
この力があるから。みゆきを胸の奥底に感じることができたから。クリスは長年の孤独に耐え忍ぶことができたのだ。
しかし、その力が。クリスにとってはみゆきそのものとも言える妖力が、自分から離れてゆく。
みゆきが遠ざかってゆく。いなくなってしまう。自分の許から立ち去ってしまう――。
そう、思ったけれど。

>お姉ちゃん……
>みゆきは、ここにいるよ……!

力をなくす喪失感の代わりに、胸の中に飛び込んできたもの。
柔らかな感触。耳を擽る声。小さなその姿。
それは、この数百年。いかなる孤独と苦境の中にあっても、決して忘れなかったもの。
クリスが全身全霊で慈しみ、大切に育て、愛し守ってきたもの――

「……み……」

みゆき。
最初の言葉は掠れて、声にならなかった。みるみる双眸に涙が溢れ、身体の芯が痛いほど熱くなる。
クリスは自らの胸に飛び込んできたノエル――みゆきをぎゅっと強く両腕で抱きしめると、日なたのにおいのする幼髪に鼻先を埋めた。

「あぁ……、みゆき!みゆきみゆきみゆき……みゆきぃ……!!」

ぼろぼろと、とめどなく涙が零れる。
どれだけこの時を待っただろう。どれほどこの瞬間を望んだことだろう。
もう一度、たった一度だけでいい。みゆきをこの腕に抱くことができたなら。
ただそれだけを願って、故郷に喧嘩を打った。一族に、女王に――いや。現存するすべての妖怪に牙を剥いた。
妖怪指名手配犯となり、日本を追放されて、世界中を彷徨した。
自分はどうなってもいい。願いが叶うなら、悪魔にだって魂を売ってもいい。ただ、もう一度みゆきに会いたい。

『お姉ちゃん』と。あの懐かしい声で呼ばれたい……。

「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

クリスは嬉しそうに笑った。その面貌には、かつて東京で大雪害を巻き起こした妖壊の面影は微塵もない。
その身体から膨大な妖力が抜け出し、みゆきの中へと流れ込んでゆく。
借り物の力でない、みゆき本来の次期雪の女王としての力だ。
数百年の間正しくない形に分かたれていたものが、今。本来あるべき姿へと戻った。
眩しいほどに光り輝く太極図の中で、純白の姉妹が抱擁を交わす。
そして、陣の放つ光が徐々に弱くなってゆき、淡い残光だけになったとき。
クリスは力の全てをなくし、元の非力な雪女へと戻っていた。

「…………」

体力の消耗が著しい。元々、妖力の少ない一介の雪妖にすぎなかったクリスだ。
早くもケ枯れを起こしかけている。先程まで持っていた氷の薙刀も既になく、もはや戦闘の継続は不可能だろう。
クリスはこれからどうなるのだろうか。
妖怪の世界にも法がある。帝都を騒擾し、妖怪大統領の手先となった妖怪指名手配犯のクリスは普通なら逮捕されるだろう。
その後妖怪裁判にかけられ、よくて封印。最悪の場合、元の雪山の霊気として消滅させられるかもしれない。
もしくは――

「クカカカカカカッ!案の定というべきか、やっぱり負けてしまったねエ……クリスくん?」

それら以外の結末も。
0170那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/28(日) 09:11:34.71ID:yHnumZee
>……まあ、なんだ。嫌だろうが無理にでも飲んで妖気補給しとけ、大将。

尾弐が血にまみれた右手を伸ばす。
唇に指先が降れる感触。そこから滴る鮮血を、橘音は半ば無意識に舐めた。
血は生命そのもの。妖怪の血ともなれば、当然妖力も含まれている。
中でも鬼の血は強力なものだ。普段血を飲む習慣のない橘音の身体にも、覿面で効果が染み渡ってゆくのが分かる。

「げほッ、ごほ……!血を啜る妖怪たちの趣味が理解できませんね……。ボクはこの味、苦手です……」
「どうせご馳走してくれるなら、クロオさんの手料理の方が何倍もマシってもんです……。げほッ」

唇を開いて舌を伸ばし、尾弐の指を丁寧にしゃぶって血を飲むと、いくらか妖力が回復したのか噎せながらそんなことを言う。
だが、のんびりしてもいられない。橘音はゆっくり身を起こすと、雪に覆われた地面に片膝をついた。
あれだけ積もっていた雪が、今は随分少なくなっている。吹雪もほとんど止んでしまった。
それは、ノエルとクリスの戦いに決着がついたということの証左であろう。
実際、見上げた先にいるクリスからはもうほとんど妖気を感じない。それどころかケ枯れしかけている。
ノエルが見事、仲間たちの期待と信頼に応えてくれた――ということだろう。
作戦はうまくいった。東京ブリーチャーズは東京ドミネーターズの一角、ジャック・フロストのクリスを撃破したのだ。

「どうやら……今回の賭けも、ボクらの勝ちということのようですね」

――よかった、ノエルさん。

やはり、ノエルはブリーチャーズの頼れる仲間だ。橘音は仮面の奥で目を細めた。
それから、こちらへ向かって歩いてくるポチを見る。
ポチの背には気絶した祈が乗せられている。ふたりとも、出血と冷気によってボロボロのひどい状態だ。
が、確かな妖気を感じる。消耗しきってはいるものの、ふたりとも無事だ。

「……ポチさん。祈ちゃん」

尾弐と橘音の目の前で、ポチが力尽きたようにどっと倒れる。
橘音は立ち上がるとふたりに近付き、自分のマントを脱ぐと祈に羽織らせた。
狐面探偵七つ道具のひとつ迷い家外套は、その名が示す通りマヨイガの回復能力を有する。低下した体温もすぐに戻ることだろう。
それから尾弐に目配せし、ポチの介抱を頼む。
結局、ノエルを除く東京ブリーチャーズの面々は三年前と同じくクリスに対してほとんど抗うことができなかった。
クリスに何らの有効打を見舞うこともできず、満身創痍の状況へと追い込まれた。
が、勝った。ただひとりの犠牲を出すこともなく生き残り、クリスの無力化に成功したのだ。
むろんそれはノエルの功績だが、ノエルがクリスを打ち破るまで、よくも全員もってくれたものだと思う。
まさに紙一重、薄氷を踏むかの如き勝利だった。

しかし、クリスとの戦いを終えたからと言って、安心してはいられない。
クリスの妖気が激減するとほぼ同時、境内の中に出現した新たな妖気に、橘音は険しい表情を浮かべた。

ドカカカカッ!!

「……ご、ふ……!」

妖力を失ったクリスの無防備な背中に、鈍くきらめく何かが幾本も突き立つ。クリスは目を見開いた。
それは『楔』だった。妖怪や人間の道士、術者が結界を構築する際によく用いられる呪具である。
いつの間にか、ブリーチャーズたちのいる境内の大鳥居の上に何者かが立っている。
シルクハットをかぶり、道化めいた仮面で素顔をすっぽりと覆い隠した、血色の外套の怪人――

「……赤……マント……!?」

クリスが驚愕に声を漏らす。

「イヤハヤ、キミほどの力を持った化生がこんな下等妖怪どもに負けるなんて情けない!まさに宝の持ち腐れというヤツだねエ!」
「ま……そんな素敵な力ももう、君は手放してしまったようだがネ。度し難い!我輩には理解しかねるよ、まったくネ!」

にんまりと弧を描いて裂けた口。嘲る顔の意匠をした仮面そのまま、赤マントはゲタゲタと嗤った。
0171那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/28(日) 09:16:44.36ID:yHnumZee
深紅の瞳で、クリスが赤マントをねめあげる。

「ぐ……、なぜここに……!アタシの雪の結界に、外部から干渉する手段なんて……」

「クカカカカ……さっき、キミ自身が説明してくれたじゃァないか。『大統領には結界破りの得意な配下がいる』ってネ」

「く……そ……!アタシを……始末しに来たのか……!」

「キミは下等妖怪に敗北した。支配者たるべき東京ドミネーターズが逆に支配されてしまっては、もう存在価値はないのだヨ」

頭部以外をすっぽりと覆ったマントの内側から白手袋に包んだ右手を出すと、赤マントは長い人差し指でクリスを示した。
そして無情に言い放つ。仮にも同じ東京ドミネーターズであったはずだが、赤マントに仲間意識などというものは皆無らしい。

「ほざけ!」

か、とクリスが双眸を見開き、赤マントへ向けて吹雪を放つ。
ただ、その威力はつい先刻とは比べ物にならないほど弱まってしまっている。赤マントはそれを微風のように受け止め、

「ふん!」

大きく右手を振った。
ドッ!ドドッ!と音を立て、赤マントの投擲した何本もの楔がクリスの四肢を貫く。
クリスはうめき声を上げることも叶わず、拝殿の屋根から転げ落ちた。

「やれやれ、勘違いしてもらっては困るネ……。吾輩は別にキミを処刑しに来たわけじゃないヨ」
「知っての通り吾輩は頭脳労働者で、非戦闘員なのだからネ。クカカカカカッ!」

非戦闘員という言葉の通り、赤マントの纏う妖気は先程までのクリスや今のノエルほど強いものではない。
しかしその投擲する呪具の楔は強力なものらしく、瞬く間にクリスを無力化させてしまった。

「吾輩はソレに用があって来たのサ……渡してもらうヨ?」

赤マントがそう言った途端、クリスが胸元にしまっていたものがふわり、と浮き上がる。
ポチによって表紙の引き裂かれた祭神簿と、國魂神鏡。
ふたつの祭器はまるで吸い寄せられるように赤マントの許へと飛んでゆくと、その手の中に納まった。

「これがこの日本を守護する英霊の『神宝』と『神体』か……。なるほど、すごい力だネ」
「国難に際して、帝都を守護する英霊たち……むろん大統領の敵ではないだろうが、反抗の芽は摘んでおくに限る」

赤マントが手に力を入れると、ビキッ!という音を立ててたちまち鏡にヒビが入る。
英霊たちの名前を記した祭神簿の端に、黒い炎が灯る。

「これで、オシマイ……だネ」

英霊を神霊へと昇華させていた神鏡が砕け散る。英霊の名簿である祭神簿が黒い炭へ変わってゆく。
境内の中で所狭しと戦闘をしていた兵士の亡霊たちが、霞のように消えてゆく。

「さて、クリスくん。キミの任務は祭神簿と國魂神鏡の破壊だった。最後は吾輩がやる羽目になったが――」
「キミ単独の働きでも、概ね任務は達成されていた。その功績をもって、我らが偉大なる大統領がお慈悲をかけてくださるそうだ」
「クリスくん。今この瞬間をもって、キミを東京ドミネーターズから除名するヨ」
「キミは自由だ……好きなだけ、念願の愛する妹さんとの時間を楽しむといい。……もっとも……」
「あまり長い時間ではないと思うが……ネ」

作りもののはずの赤マントの仮面に浮かんだ笑みが、一際深くなったように見える。そして――

ぴしり。

澄んだ音を立てて、クリスの美しい顔に一筋の亀裂が入った。
0172那須野橘音 ◆TIr/ZhnrYI 垢版2017/05/28(日) 09:20:42.30ID:yHnumZee
「……赤マント!」

橘音は大鳥居の上に佇む真紅の影を睨むと、絞り出すような声でその名を告げた。
赤マントはやっと再会した雪女の姉妹へ向け、なおも酷薄な言葉を投げかける。

「クリスくん。今までのキミは、言うなればガラスの器がプール一杯分もの水を溜め込んでいたようなものだヨ」
「脆弱なキミの身体には、雪の女王の妖力の受け皿になるキャパシティなどなかった。その身体には絶えず大きな負荷がかかっていた」
「しかし、キミは雪の女王の莫大な妖力を用いて、全身に入ったヒビを無理矢理繋ぎ合わせていた――」
「となれば。雪の女王の妖力を失ったキミがどうなるかは、火を見るより明らか……だよねエ?」

ぱきっ。ぱきき、ぴき。

クリスの身体のあちこちに入った亀裂が、徐々に深くなってゆく。
しみひとつなかった肌がくすんでゆき、ボロボロと粉雪に変わり始める。

「……そんなことは、百も承知だったよ」

ふ、とクリスが小さく笑う。

「それでも、アタシはやらなくちゃならなかった。みゆきともう一度会うために、どんなことでもすると誓ったんだ」
「後悔はしちゃいない……アタシはアタシの意思でこの道を選んだ。たくさん間違いも犯したけれど――」
「こうして、また会えたんだ……やっと……。やっと、やっとやっと……アタシの、みゆきに……」
「……『お姉ちゃん』って……呼んでもらえたんだ……」

雪の上にあおむけに横たわったまま、崩れてゆく肉体を一顧だにせず、クリスは満足げにそう言った。
それを目の当たりにして、赤マントが再びゲタゲタと嗤う。

「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」

「……捨て駒……か……」

クリスがごぽ、と血を吐く。

「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

任務完了で満足したとばかり、赤マントは外套を翻すと音もなく姿を消した。

「……みゆ……き……」

クリスがノエルを呼ぶ。――もう、クリスには自力で起き上がる力さえない。
震える手が、ノエルを求めるように伸ばされる。その指先が崩れ落ち、雪と化してゆく。

「……み……ゆ……」

ケ枯れの最終点。不可逆な死、滅びの兆し――

「ぉ……わかれ、の……時間……だ……」


……別離のとき。
0173御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/29(月) 01:36:34.27ID:cwbKcPCT
>「あぁ……、みゆき!みゆきみゆきみゆき……みゆきぃ……!!」

「お姉ちゃん……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」

みゆきはクリスの胸に顔をうずめ、姉の呼びかけに応える。
歪む視界に、自分が数百年ぶりに涙を流していることに気付く。思えばみゆきは泣き虫だった。
かつて乃恵瑠となった時に感情を抑える事を無意識のうちに自分に課し、笑顔も涙も封じた。
ノエルになって笑顔を取り戻してからも涙を流す事は無く、不必要な機能として無くなったものと思っていたのに。
昨日のことのように思い出す、純白の日々。吹雪の夜。陽だまりの昼下がり。いつも一緒だった。
自分は決していい妹ではなかった。それどころか最悪の妹だった。
人間界を見に行きたいと駄々をこねてはまだ若かった姉を困らせた。
言いつけをちっとも守らず、挙句の果てには感情を爆発させて妖壊と化した。

>「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

次期雪の女王としての膨大な力が流れ込んでくる。呪われた力。厄災の元凶。
この力が無ければ人里に被害を齎さずに済んだ。姉が暴走することもなかった。
されど、この力があればこそ出来ることもある。
――陣の放つ光がおさまった時。
いつもの青年の姿に戻ったノエルが、クリスを抱きしめていた。

「ごめん……今はこっちの姿でいさせて」

もう本来の女性の姿に戻ってもいいはずなのに、この姿を取ったのは、自らの意思だ。
いつか雪の女王として立つ日が来るとしても、今はブリーチャーズのノエル。
橘音と、皆と共に東京漂白計画完遂まで走るという意思表示だった。
だけどクリスももう分かっているだろう。どんな姿であろうと、みゆきはここにいる。

「……108体。"ジャックフロストのクリス"で108体目だ」

そう、耳元で呟いた。

「クリスは表向きここで死んだことにすればいい。
僕がやったみたいに名前と姿を変えて生きるんだ。これからはずっと一緒だ。
何も心配しなくていい。今度は僕があなたを守る。それで全てが終わったら、今度こそ……」

しかしその言葉の続きを言う事はかなわなかった。
突然、クリスの背中に何本もの楔が突き立つ。大鳥居の上に現れた血のように赤い影――

>「……ご、ふ……!」
>「……赤……マント……!?」

>「イヤハヤ、キミほどの力を持った化生がこんな下等妖怪どもに負けるなんて情けない!まさに宝の持ち腐れというヤツだねエ!」
「ま……そんな素敵な力ももう、君は手放してしまったようだがネ。度し難い!我輩には理解しかねるよ、まったくネ!」

「貴様ァ!!」

ノエルは雪の上に刺したままになっていた神剣を抜き放った。
しかしその重さを支えきれずに膝をつく。
本来の力を取り戻し普段の姿を取れる程度には回復したとはいえ、先刻までの激戦の消耗が著しい。

>「ぐ……、なぜここに……!アタシの雪の結界に、外部から干渉する手段なんて……」
>「クカカカカ……さっき、キミ自身が説明してくれたじゃァないか。『大統領には結界破りの得意な配下がいる』ってネ」
>「く……そ……!アタシを……始末しに来たのか……!」
>「キミは下等妖怪に敗北した。支配者たるべき東京ドミネーターズが逆に支配されてしまっては、もう存在価値はないのだヨ」

怪人赤マントは、強力な呪具の楔を用いクリスを瞬く間に無力化した。
0174御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/29(月) 01:39:50.12ID:cwbKcPCT
「姉上!」

ノエルは拝殿の上から飛び降り、クリスを守るように立つ。

「させない! 姉上には指一本触れさせない!」

しかし赤マントの目的はクリスの処分ではなかったようで、祭神簿と國魂神鏡が、あっさりと奪われ破壊された。
彼は分かっていたのだ、クリスはわざわざ手を下さずともここで終わりだということを。

>「さて、クリスくん。キミの任務は祭神簿と國魂神鏡の破壊だった。最後は吾輩がやる羽目になったが――」
>「キミ単独の働きでも、概ね任務は達成されていた。その功績をもって、我らが偉大なる大統領がお慈悲をかけてくださるそうだ」
>「クリスくん。今この瞬間をもって、キミを東京ドミネーターズから除名するヨ」
>「キミは自由だ……好きなだけ、念願の愛する妹さんとの時間を楽しむといい。……もっとも……」
>「あまり長い時間ではないと思うが……ネ」

氷が割れるように、クリスの顔にひびが入る。表情の見えない赤マントが、どこか楽しげに語る。

>「クリスくん。今までのキミは、言うなればガラスの器がプール一杯分もの水を溜め込んでいたようなものだヨ」
>「脆弱なキミの身体には、雪の女王の妖力の受け皿になるキャパシティなどなかった。その身体には絶えず大きな負荷がかかっていた」
>「しかし、キミは雪の女王の莫大な妖力を用いて、全身に入ったヒビを無理矢理繋ぎ合わせていた――」
>「となれば。雪の女王の妖力を失ったキミがどうなるかは、火を見るより明らか……だよねエ?」

残酷な事実を聞いたノエルの表情が絶望に彩られる。
母上よ、なんということをしてくれたのだ。いや、その時はそこまで分からなかったのだろう。
姉を残酷な運命に陥れたのも、とどめを刺したのも自分。
そんな自分は今の今まで全てを忘れて手厚い庇護の元にのうのうと生きていた。

>「……そんなことは、百も承知だったよ」
>「それでも、アタシはやらなくちゃならなかった。みゆきともう一度会うために、どんなことでもすると誓ったんだ」
>「後悔はしちゃいない……アタシはアタシの意思でこの道を選んだ。たくさん間違いも犯したけれど――」
>「こうして、また会えたんだ……やっと……。やっと、やっとやっと……アタシの、みゆきに……」
>「……『お姉ちゃん』って……呼んでもらえたんだ……」

「そんな……何納得してるんだよ! やっと会えたのに! 妖怪は受けた恩は返さなきゃいけないんだ。
たくさん愛してもらったのに迷惑かけただけで……何も恩返し出来てない!」

>「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」
>「……捨て駒……か……」

「よくも……最初から分かってて利用したな! 姉上は……利用されながらも妖怪大統領に感謝してた! それなのに!!
殺してやる……呪ってやる祟ってやる! 妖怪大統領もろとも皆殺しだ!」

憎しみに心が塗りつぶされ、鳥居の上に立つ怪人に向かって身を切り刻むブリザードを放つ。

>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

しかし怪人は外套を翻したかと思うと、忽然と姿を消した。
しばらくその空間を見つめて呆然としながら、己の中に芽生えた昏い感情に、恐怖を覚える。
一度壊れた魂はずっと壊れたまま、という説を唱える者もいる。
それを裏付けるように、一度妖壊化して鎮まった者が再び妖壊化する確率は通常に比べ高い。
妖壊化した雪ん娘が間引かれることの本当の意味を、次期女王としての教育を受けたノエルは知っている。
精霊に近い存在である雪ん娘はまだ自我が確立していないので、消滅することへの絶望や恐怖はない。
それは断罪ではなく、救済だ。壊れた魂で永遠にも近い時を生きるのは残酷過ぎるから――
0175御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/29(月) 01:44:23.73ID:cwbKcPCT
「い……やだ……。もうあんなのは嫌だ。怖い、怖いよ……!」

次代の雪の女王として生まれてしまった自分は、その救済を受けることは許されなかった。
力を取り戻した今、また同じ轍を踏んでしまうのではないかという考えが頭をよぎる。
一度その可能性に思い至ってしまうと、恐怖が際限なく膨らんでいき、震えが止まらない。

>「……みゆ……き……」

息も絶え絶えのクリスに呼ばれ、はっとする。ブリーチャーズの仲間達が見ている。
みゆきも、乃恵瑠も、ノエルになってからも、たくさん愛された。
間引かれていればよかったなんて思うのは、愛してくれた人達に対する侮辱だ。

「ありがとう、ずっと忘れない」

クリスが伸ばした手を握り、感謝を伝える。
クリスがみゆきの力で生き長らえて来たのなら、取り戻した力を使い延命してやる事も出来た。
が、ノエルはそれをしようとしなかった。クリスはずっと前から死んでいるようなものだったのだ。
ずっと走り続けてきたんだ。そろそろ休ませてあげよう。もう大丈夫、思い出せたのだから。

>「ぉ……わかれ、の……時間……だ……」

「お別れ? 何を言っているんだ? "ずっと忘れない"って言っただろう?
たとえ全世界の人にとって恐ろしい化け物でも、僕だけはそうじゃないって知ってる。
姉上は悪い夢を見ていたんだ――次に起きた時には、全てが元通り。……いや、違うな。
雪女の里は今みたいに閉鎖的じゃなくなってて、姉上が笑って暮らせる世界になってる。
僕がそうしてみせる。今度こそ一緒に暮らそう」

ノエルはそう言って笑ってみせた。
妖怪にとって、死は終わりではない。誰かが覚えている限り、いつかは復活は叶う。
そして極刑が消滅――死刑であることからして、一度死ねば法律的には罪は消える。
次に目覚めた時には今度こそ自由だ。
それがいつになるかは分からない、とてつもない長い時間かもしれないけれど――
それを認識するのは待っている側だけ。本人にとっては一瞬だ。
クリスはこっちを数百年の間ずっと思い続けたのに、こちらは忘れていた。つまり、これでおあいこだ。

「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

指先から粉雪となって崩れていくクリスの上半身を抱き起して抱きしめる。
クリスはノエルの胸の中で、雪となってノエルの体に吸収されるように消えた。

「だけど……必ず帰ってきてね!」

姉上が次に目覚めるのは、2100年? 3000年? 
その頃にはきっと、雪は完全に恐怖の対象ではなくなっている。
雪だけではない、きっと人間が踏み込んでいない領域なんてなくなって、恐怖の対象は限りなく少なくなっている。
その時人と妖はどのような関係性を築いているのだろう。
古い慣習に凝り固まったままでは時代に置いて行かれて忘れ去られて絶滅。
かといって本来の役割を忘れ人間の暴走を許せば人間もろとも破滅。
――これ、なんて無理ゲー? でもやるしかない。帰る場所になると、約束したのだから。
いつの間にか、自分がまた壊れるのではないかという恐怖は跡形もなく消えていた。壊れている場合じゃないのだ。
0176御幸 乃恵瑠 ◆4fQkd8JTfc 垢版2017/05/29(月) 01:49:04.06ID:cwbKcPCT
「……」

暫く無言で立ち尽くしてから、仲間達の方に向き直るノエル。これは一人で掴んだ勝利ではない。

「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」

満身創痍になりながらも切り札の剣を送り届けてくれた祈とポチ。
妖壊と化した過去を知っても、変わらず大切な友人だと思ってくれた二人。
更にポチは、3年前の時点でブリーチャーズにいたにも拘わらず、クリスを殺さないように動いてくれた。

「橘音くん……全部、知ってたんだね。ここまで導いてくれてありがとう」

妖力のほぼすべてを使って動物軍団を召喚し、クリスとの戦いに邪魔が入らないようにしてくれた橘音。
彼は途中でポチに下がれと言っていた。最初から全てを知った上でノエルを導き、因縁に決着を付けさせたのだ。

「クロちゃん……」

尾弐に向かって、意地悪げな笑みを浮かべる。

「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」

殺意を向けられ、乃恵瑠としては今更どうしたという感じだったが、ノエルとしては正直滅茶苦茶傷ついた。
だけどあれがあったからこそ、乃恵瑠は本当の気持ちに気付き、ノエルを真実として受け入れることが出来た。
そして思い至った一つの仮説。
彼と橘音の仲はお互い知らぬ事などない間柄だと思っていたが、もしかして彼の過去には橘音すら知らぬ何かがあるのだろうか。
彼は他の3人と違って自分の事を今までと同じようには思ってくれないのかもしれないけれど。
それでももしも彼が己の過去と対峙する時が来たなら、その時は力になりたい。そう思う。
そして全員に向けて。

「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」

少しだけ不安げな顔をして告げる。自分が今までとは同じようで違うことを。

「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」

そう言って自分の胸に手を当て、問いかける。

「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」

ノエルだけではなく、乃恵瑠としてもみゆきとしてもそう思っている。
それはきっと、次代の雪の女王としての第一歩。
そして――"今度こそ友達を守りたい"というみゆきの願い。
橘音がかつての友達であろうとなかろうと。
その出会いにどんな思惑があったとしても。全てが仕組まれた事であったとしても。
二人がともだちであることは揺らがない。
橘音だけではない、みんな大切な友達だ。誰も死なせない。この力があれば、きっとそれが出来る。
今度こそ――この力を傷つけるのではく守るために使って見せる。

「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」
0178尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/06/02(金) 00:34:02.97ID:XQYt9oD9
>「どうせご馳走してくれるなら、クロオさんの手料理の方が何倍もマシってもんです……。げほッ」

「いいから黙って飲め……今度、鰤大根とか作ってやるからよ」

そうして、武骨な指の表面を柔らかな舌先が擦るむず痒い感触に眉を顰めながら
尾弐は暫くの間、血と共に妖気を供給していたが……やがて、体温と妖気が一定の回復を見せたのだろう。
那須野はその身を起こし、ノエルとクリス。二人の方へと視線を向けた。
その動きに合わせるようにして、尾弐もまた視線を動かして見れば――――

>「お姉ちゃん……お姉ちゃんお姉ちゃんお姉ちゃん!」
>「……みゆき……よかった……。やっと……会えたね……」

そこには、互いが互いを求めるかの様に抱きしめあう、二つで一つの人影が在った。
東京ドミネーターズ、ジャックフロストのクリス。
死と破壊と暴虐をまき散らした妖壊には、だが、もはや禍々しい力も悍ましい妄念も残っておらず。
ただ、普通の少女の様な……玉雪の様な笑顔だけがそこに残っていた。

>「どうやら……今回の賭けも、ボクらの勝ちということのようですね」

「ああ、そうだな……本当にすげぇよ。お前達は」

雪解けの中で芽吹いた新芽の様に暖かな光景と、安堵を感じさせる那須野の声。
尾弐は、それらを真っ直ぐ受け止める事が出来ずに困った様に視線を斜めに逸らす。

……と。逸らした視線の先、尾弐は祈を背負いこちらへと歩を進めるポチの姿を捕えた。
銃創に刀傷、満身創痍ともいうべき状態のポチは、それでも祈を落とす事無く尾弐達の前まで歩を進め

>「……狼に、なりたいなぁ」

恐らくは朦朧とした意識の中で思い浮かべた言葉なのだろう、そう一言呟いてドサリと倒れ込んだ。
その様子を見た尾弐は慌てて、那須野と共にその状態を確認をし……二人が消耗こそしているもの、
那須野の所持品である珍妙な探偵七つなにがしを使えば命に別状は無い事が判ると、安堵の息を吐いた。

そのまま、那須野の目配せに左腕を軽く挙げる事で返事をし、二人の介抱を引き受けた尾弐は、
寝かされた二人の後ろへ座り込むと、掌に妖気を集め二人の頭をゆっくりと撫で始める。
すると……ほんの僅かではあるが、迷い家外套による治癒効果が増加した。

――――傷口に気を当て、回復を促進させる術。所謂ハンドヒーリングの真似事だ。

先の那須野へ行ったように血液を与えなかったのは、人間でもある祈に鬼の血は却って毒であるし、
獣としての属性を強く持つポチに関しては、余計な事をすればかえってその高い生命力による回復の
邪魔をしかねないからだ。
0179尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/06/02(金) 00:34:33.32ID:XQYt9oD9
そうしてそのまま、見よう見まねの拙い術を用いながら二人を撫でていた尾弐は、
まだ治り切っていない二人の傷に視線を移し……ふと、零れたかの様に言葉を漏らす。

「そうか……いつの間にかお前達は、俺の予測なんて超えちまうくらいに強くなってたんだな……」

尾弐が、最低の手段を用いる事でしか解決出来ないと決め込んでいたクリスとの戦い。
けれど眼前の一人と一匹は、そんな尾弐の考えを易々と越えて、傷だらけになりながらも最良の道を切り開いた。
初めて会った時とは比べ物にならない二人の成長を前にして尾弐は……


・・・・・

『クリス』との戦闘は終わった。

だが――――その余韻は長くは続かない。
起点となり神社の静寂を破ったのは、突如として出現した妖気と、土嚢に刃物を突き立てたかのような音。

>「……赤……マント……!?」

那須野の声に異常を察知した尾弐は、即座に境内から飛び出したが
……けれどもその時には全てが手遅れであった。

>「これで、オシマイ……だネ」

いつの間にか現出した、道化の仮面を被り鮮血を思わせる外套を纏った怪人の手により、
楔によって妖力の大半を失ったクリスは無力化し、祭神簿と國魂神鏡は破壊されてしまっていたのだ。
赤マントの言葉を事実とするのであれば、ドミネーターズの……妖怪大統領とやらの思惑通りに。

つまり、今回の戦闘において東京ブリーチャーズは――――戦術で勝ち、戦略で敗北を喫したという訳である。

>「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
>「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
>「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

「……次に会う時はもう少しセンスのいい服装にしとけ。それがお前の死装束になるんだからな」

尾弐は、嘲笑しながら去って行く赤マントに対し、舌打ちをしながら言葉を吐くが、それを追う事はしなかった。
いや、出来なかった。
それは、今回の戦闘で受けたダメージが大きすぎる事もあるが……それよりも、
赤マントと名乗る妖怪から漂う、きな臭い気配に尾弐の直感が警鐘を鳴らしたからだ。

結局、そのまま赤マントが立ち去るのを見過ごした尾弐は……一度目を閉じてから視線を動かす。
雪の上に倒れ込んだ人影と、その手を握る人影に。
0180尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/06/02(金) 00:35:02.83ID:XQYt9oD9
>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
>100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

繰り広げられるのは、幾百の時を越えてようやくの再開を果たした姉妹に訪れた、無情な別れの光景。
膨大な妖気を無理をして使用し続けた反動により自壊していくクリスの身体と、
粉雪と化し消えていくクリスの手を握り、悲しげな笑顔で彼女を見送るノエルの姿。

尾弐は……その二人に対して何も声を掛ける事が出来なかった。

尾弐にとって、クリスは滅ぼすべき敵であった。
それは、仮に彼女が無事に生き残っていたとしても尾弐自身がクリスを滅ぼしたであろうと思う程の。
だが今、視線の先で消えて行っている女に……尾弐は悪意を向ける事が出来ないでいる。

あらゆる物を、それこそ己の命ですらも使い、大切な物を守り抜こうと考えた女。
尾弐には、その気持ちが痛い程判ってしまうからだ。

故に尾弐は、目を瞑り二人の別れをただ沈黙を以って見守る。
それは今の尾弐の『妖壊』に対する最大限の譲歩で、そして冥福への祈りの様なものであった。


そして、クリスが消え去った後、暫し無言で立ち尽くしていたノエルがぽつぽつと……ブリーチャーズの面々に声をかける。
祈、ポチ、那須野……そして尾弐へも

>「クロちゃん……」
「……なんだ」

声を掛けられた尾弐は、腕を組み極力感情を殺した声色で返事をする。
一方的に殺意を向けてしまった間柄である。恐らくはこれまでの様な気安い会話は出来まい。
続くであろう疑問、悲しみ、怒りの言葉を受け止める覚悟をしていたが。

>「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
>でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」

「いや、本体が女なら男装の露出狂って事になるからそれはそれで引くぞ……って、そうじゃねぇ。
 お前な、こういう時はもっとこう、あるだろ……」

尾弐は、予想外なノエルの反応に素で突っ込んでしまった自身に更に突っ込み、それから困った様に頭を掻く。
ノエルのいつも通りのあんまりな反応に毒気を抜かれてしまい、反応に窮してしまったらしい。
そんな尾弐へ意地悪気な笑みを浮かべた後……ノエルは真剣な表情へと切り替え、
東京ブリーチャーズのメンバーへと視線を走らせてから、口を開く。

>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」

「……」

尾弐黒雄は、自らの意志で人を殺めた妖壊の存在を許さない。
償えぬ罪を負った者は、後悔も贖罪も許されず地獄の底まで落ち込み苦しむべきだと考えている。
故に、ノエルの『みゆき』としての過去を知ってしまった今は、彼に対して親愛の情を向ける事を、尾弐自身の矜持は許さない。
だから、尾弐は
0181尾弐 黒雄 ◆pNqNUIlvYE 垢版2017/06/02(金) 00:36:56.38ID:XQYt9oD9
「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」

大袈裟に額に手を当てると、棒読みの台詞を吐き出し

「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」

――――何も見ず、何も聞かなかった事にした。
それは、酷い選択なのだろう。
過去も今も受け入れて認める事こそが『仲間』の定義であるとするならば、
見なかった事にして今のみを受け入れるという事は、ノエルを否定しているに等しい薄汚れた大人の選択だ。
だが、これが。この酷い解答が今の尾弐の精いっぱいだった。
……認められないが、認めたい。揺らぐ想いの中でかろうじで絞り出せた、妥協点であった。
ノエルから視線を逸らし

「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」

辛そうにそう答えた尾弐は、ブリーチャーズの仲間から距離を取るようにして一歩、後ろへと下がった。
0182多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/06/06(火) 20:48:19.27ID:y9a++CW6
 そこはいつもの事務所だった。
橘音が所長用の椅子に座っていて、ノエルが来客用のソファに腰かけ、尾弐が棚の前で何らかの資料を調べている。
品岡がドアの外でタバコを吸っており、ポチが床に寝そべっていた。
 仕事が来ていないらしく、事務所には暇で退屈な、のほほんとした雰囲気が流れている。
 祈はソファの空いているところに腰を下ろし、皆が話している適当な話題に混じった。
ノエルが変なことを宣ったので手厳しいツッコミを入れてやると、そこでふと、体感温度が低い事に気付く。
 暖房入れたいなと祈は思ったが、ここにはノエルがいるし、そう言えば今日はノエルの姉が遊びに来るという話だった。
部屋の中を暖める訳にもいかないと、祈が震える腕をさすりながら我慢していると、
黒い毛玉が髪の毛を伸ばして祈の袖を引っ張った。
どこかに連れて行こうとしているらしい。しかし祈が動かないので、
諦めたその黒い毛玉は今度は祈の膝の上に飛び乗ってきた。
あったかい、などと思ったのも束の間、毛玉はモコモコと大きくなると、やがて祈を持ち上げた。
オマケコーナーがどうのと言って祈を運ぼうとする毛玉に、まだ早いだろとツッコミの膝蹴りをかましてやろうと思っていると。

>「祈ちゃん……寒いよね……。ごめんね、僕が人に化けられたら良かったのに……。
>だけど、駄目なんだ……それだけは、どうしても……出来ない……」
 声が聞こえて、祈はぼんやりと目を覚ました。
祈を背負って運んでいるのが毛玉ではなくて毛皮、否、狼であったことで、
先程まで見ていた映像が夢だと気付く。
 ポチの体温が移ったことで僅かに回復した程度の、
まどろみの中にいるような思考能力であったが、状況は理解できた。
倒れていた祈を、ポチがどこか安全な場所に運んでくれているようだった。
記憶よりも少し大きなその狼に、“寒くないよ、大丈夫だよ”と、祈はそう言おうと口を開いたが、
声帯はまともに震えず、掠れ声が雪景色に消えていった。
>「……僕はさ、この国で最後の狼なんだ。もう、どこにも、僕の本当の家族になれる狼は、いないんだ」
 “そうなんだ。それは悲しいね。独りぼっちなんだ”。
そう言ったつもりだったが、それは呼吸音にしかならない。
>「だけど……本当はそうじゃないかもしれない。
>本当はどこかにまだ狼は生きていて、僕と同じように、家族になれる相手を探してるかもしれない。
>だから……だから、僕は……」
 言葉は途切れてしまったが、『だから僕は人間の姿になれない』というような言葉が続くのは祈にもわかった。
感覚がない為、動いているのだかよくわからない手で、
“いいよ、無理しないで”とその背をぽんぽんと叩きながら、
ポチの胸中は何かと複雑なのかもしれないなと、祈はその背に揺られつつ、思う。
というのも、ポチは確かに送り狼ではあるが、その血には犬妖と思われる『すねこすりの血も流れているから』だ。

 狼は犬の祖先と言われている。
それ故、狼と犬は外見のみならずDNA的にも非常に近く、子を為すこともできるという。
それは送り狼とすねこすりという別種の妖怪を父母に持つポチ自身も良く知っていることだろう。
つまり彼が家族を求めるのであれば、狼でなくとも良いのである。それこそすねこすりや他の犬妖でも。
もっと踏み込めば、子ができなくとも心や魂で繋がる関係を家族と呼んだっていいだろう。
多種多様な価値観を内包する現代社会において、
高齢や病気等の理由で子ができなくとも愛し合い、家族になる人ぐらいザラにいるのだから。
しかしポチの言い回しは、まるで狼だけを自身の家族になれる存在と認識しているかのようだった。
そこに祈は、狼の――とりわけニホンオオカミという種に対する特別な思い入れ、
並々ならぬ憧憬やコンプレックスめいたものを見た気がしたのだった。
0183多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/06/06(火) 20:59:40.09ID:y9a++CW6
 山に住む狼が神の使いとして考えられたこと等で妖怪化した説のある送り狼と、
犬妖説が濃厚なすねこすりという妖怪の間に生まれながら、ポチの生き方の理想は送り狼だったのだろう。
 しかし、生まれは誰にも選べない。
狼の生き方を望んでも、己の半分がすねこすりであるという事実は決して動かすことはできない。
そこには現実の理不尽さや、一種の絶望がある。
 せめて知性を持つ妖怪でなくただの獣に生まれていれば、
あるいは送り狼同士の子として生まれていれば、そんなことを考えることもなかっただろう。
しかし彼は考えた。そして己にない物をねだってしまったのかもしれなかった。
 その結果行き着いた答えが、恐らくは『家族』なのだ。
他でもない狼に。この世にいるかどうかすら分からぬ彼や彼女に同胞と認められ、
深く愛され、家族になる。群れをなす。同化する。属する。
それによってようやく己は狼になれるのだと、そう考えたのかもしれない。
余りにも強いその願い故に。ただのひと時であっても、狼の姿を捨てられないのだと。

>「……狼に、なりたいなぁ」
 ポチが力尽きたように倒れ、祈もまたその背から投げ出されて、雪の上に転がった。
ポチが倒れる寸前に吐いた言葉は、裏返してみれば悲しくも、己が狼ではないと認める言葉で。
祈は雪の降る空を見上げながら、寝ぼけた頭でポチに伝えるべきことを考えた。
 ポチに比べて祈はいくらかお姉さんであるし、言ってやらねばならぬ言葉があると思ったのだった。
 倒れたままのポチの背に祈はなんとか顔を向け、語りかける。
「……――――――ポチ」
 祈の推測が正しければ、
ポチは他の狼の承認を得る事によって狼になろうとしていることになる。
しかし、誰にどう言って貰えた所で、ポチの体は魔法で完全な狼に生まれ変わったりはしないのだ。
 故にその道の先に待つのは絶望かもしれない。
たとえ運よく狼に出会い承認を得られたとしても、体の模様、大きさ。仕草、遠吠えの仕方、匂い。
自分と狼との僅かな違いにすら傷付いて、やはり自分は狼とは違うんだと涙するかもしれない。
それでも自身を狼だと思い込もうと必死に取り繕ったり、
彼が目指す狼像からかけ離れた行動を起こして、ますます傷付くことだって考えられた。
「見つかると……いいな。狼……」
 だが、祈は止めることをしなかった。
 憧れかコンプレックスか、ポチが狼に対して抱いているものがなんであれ、
それは祈がどんな言葉で止めようと思った所で、きっと止められるような衝動ではないから。
どう諭したところで実際に狼に出会ってみるまではポチも納得などしまいし、
それに、全身でぶつかることでしか分からないこともある。
 だから今やるべきは、姉貴分としてフォローしてやることであり、
上手く行かなかった時の為に道を残しておいてやることだと、祈には思えた。
「でも……自分を、嫌いに、なんて……なるなよ……。あたしはポチのこと、嫌いじゃないから、さ……」
 戻れる道を。戻れる場所を。
 もし狼になれないことに絶望しても、
今の自分を好きになり、自信と誇りを持てたならば、またきっと歩き出せる。
だから仲間である自分達が、狼でなくともありのままのポチを受け入れられることや、
支えてやれることを伝えておけば、きっと安全策として働くと、祈はそう考えたのだった。
「例え狼じゃなくても、どんな姿であっても……ポチは……あたしの、あたし達の、仲間…………だから……」
 段々と瞼が重くなり、祈はもう言葉を紡げなくなってきた。
 これらの言葉は勿論、祈の思い違いから出たもので、的外れなものであるかもしれない。
それに、合っていたところで、その言葉や意図、気持ちがポチの心に届くかなどわからない。
根が深ければ深いほど、きっと祈の言葉は届かない。それどころか、ふざけるなだとか、そんな風に思うかもしれない。
また、これをポチが聞いている保証もない。気を失っていたりすれば、当然聞こえていないだろう。
 ゆっくり閉じていく祈の意識。橘音が狐面探偵七つ道具の一つ、迷い家外套を祈に被せて、
尾弐が自分の頭を撫でている様をかろうじて視界に収める。
(なんかこの二人、母さんと父さんみたいだな……)
 毛布を被せてくれる母と、寝付くまで頭を撫でてくれる父。そんな風に見えた。
温かい掌は、いつまでも祈の頭を撫でている。
0184多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/06/06(火) 21:05:45.82ID:y9a++CW6
「むが……」
 祈が次に目を覚ましたのは、クリスがノエルに別れを告げている時だった。
女王の力がノエルに譲渡されたことで、周囲の気温が正常な値に戻りつつあることと、
橘音の被せた迷い家外套や、尾弐のハンドヒーリングが祈の回復を促したのだった。
 覚醒した祈の意識が、今は寝ている場合ではないと警鐘を鳴らし、
祈はがばっと上半身を起こす。
撃たれた右肩がちくりと痛み、溶けた雪でびしょびしょの制服が気持ち悪かったが、
それらに構っている暇はなかった。
 祈は神剣を投げ渡した後、ノエルが「終わりだ」と言って剣を振り上げたところまでは記憶にある。
ノエルとクリスの決着はどうなったのかと拝殿を仰ぎ見るが、そこに二人の姿はなかった。
拝殿の上は戦場として狭すぎたのか、二人の姿はそこから視線を下げて、祈達と同じ大地の上にあった。
ノエルが倒れるクリスを大事そうに抱きしめていた。
(勝ったんだな……御幸……でも)
 ノエルに抱きしめられたクリスが、粉雪のように砕けていく。
 砕け散る彼女の残滓は、それでも愛おし気にノエルの頬を撫で、抱きしめ、ノエルの胸に溶けるように消えていった。
祈が見た夢のように、誰もが生きたままのハッピーエンドとは行かなかった、ということだ。
 ノエルとて好きでその結末を選んだわけではないだろうし、
>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
>100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」
 それに、妖怪には“次”がある。
魂ごと滅した訳ではないから、何年先かは知らないが、きっといつかノエルとクリスは巡り合えるだろう。
戦いの終わった平和な世界で。そう思うと、全てが悪い結末ではないように思えた。
子ぎつねの死を発端に始まり、数百年もの間続いた哀しいクリスの戦いや、
それを妖怪大統領に利用され、姉妹で戦い合ってしまったことは確かに不幸だったけれど、それももう終わったのだと考えれば。

 無言で立ち尽くしていたノエルだったが、やがてブリーチャーズへと向き直った。
何か言いたげな雰囲気だったので、祈も橘音から渡された迷い家外套を羽織りながら立ち上がって、その言葉を待つ。
ややあって、ノエルは口を開いた。
>「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」
 まず声を掛けられたのは祈とポチだった。
「……別に、お礼を言われるようなことしてねーし」
 それに、祈は視線を逸らしながら答えた。
 祈は神剣を見つけ出して投げ渡した訳だが、祈が思うに、きっとそんなことしなくてもノエルはクリスに勝てた。
それを考慮すれば、祈がやったことはと言えば、
クリスと祈とでは戦闘における相性が悪かったとは言え、雪の上にぶっ倒れてポチに運んで貰っただけであり、
はっきり言って役に立った記憶がなく、どうにもバツが悪いのだった。
それとは逆に、ポチの方は大活躍だったと言えるだろう。この神社にやってきた客を遠吠えで逃がし、
英霊達を相手に大立ち回りを演じ、更には剣を投げ渡すと同時にクリスに攻撃も仕掛けているのだから。
 祈とポチに続いて橘音と、次々に仲間へと声を掛けていくノエル。
特に尾弐とは、祈が拝殿付近から離れている間に何かあったようで、
>「うわこいつ女装しやがったよドン引きって失礼過ぎるでしょ! 一応あっちが本来なんだからね!?
>でもおかげで帰ってこれて感謝してる!」
 などと、ノエルは意地悪い笑みで尾弐に言って見せる。
その笑みが少しだけ、強張っているように祈には見えた。
>「いや、本体が女なら男装の露出狂って事になるからそれはそれで引くぞ……って、そうじゃねぇ。
>お前な、こういう時はもっとこう、あるだろ……」
 それに応える尾弐は、困ったように頭を掻いていた。
祈が倒れて拝殿を見上げていた時、拝殿の上に立つ乃恵瑠の影が急にコミカルな動きに変わった瞬間がある。
その直前には尾弐が『ドン引きだぜこの女装野郎!』とでも言ったのだろうか。
それについついノエルがツッコんでしまう、という形でノエルが戻ってきたのかもしれない、などと祈は感想を抱いた。
0185多甫 祈 ◆MJjxToab/g 垢版2017/06/06(火) 21:22:43.11ID:y9a++CW6
 そうして仲間への礼を述べ終えると、ノエルは今度は全員に向けて言葉を紡いだ。
>「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
>一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」
>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」
 ノエっていない、シリアスな声色だった。
胸に当てた手は、これが心からの言葉だと示しているように。
決意を込めた瞳。しかしどこか不安げな、確かめるような表情で。
>「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」
 それに最初に答えたのは、先程からノエルと微妙な雰囲気になっている尾弐であった。
>「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」
>「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」
 尾弐は、祈が知る限りとても優しい鬼だ。
しかし、自分の意志で誰かを傷付ける《妖壊》などに対してはどうにも厳しい姿勢を見せる。
八尺様戦などではその圧倒的な力で、八尺様の噂の元となった快楽殺人鬼の魂を文字通り砕いている。
そんな男が、かつて人間に害を齎した《妖壊》を内に秘めたノエルを仲間として受け入れるには、
『保留』しかなかったのだろう。殺すか、赦すか。その選択を、忘れたことにして保留するしか。

 辛そうに一歩下がった尾弐の背中を励ますようにぽんと叩いて、
祈は下がった尾弐の代わりとばかりに一歩、二歩と前に出た。
勢いそのままノエルの前までやって来、そして祈の右つま先が、
まるでそこにあるのが自然とでも言うかのように、ノエルの脛――弁慶の泣き所にめり込んだ。
祈のつま先がノエルの脛に吸い込まれたと錯覚するような、あまりに自然な動作。
 ノエルはノエルで辛いことがあっただろうからと、祈なりの加減をしてあるが、それでもそれなりの痛みがあるだろう。
更に祈は、ノエルの襟首を引っ掴んで己に引き寄せた。
「おうコラアホ御幸。あたしがあんたのこと、そんぐらいで嫌いになる訳ないだろ」
 視線を合わせてメンチを切る。
 かつて雪ん子みゆきが引き起こした災害。それは言わば、子どもだったから起こってしまった不幸だ。
友達を人間に殺され、溢れ出す怒りと悲しみを抑えることができなかった。
子ども故に、持っている力が引き起こす結果だって予測できなかったに違いない。致し方のない事だ。
そしてその行為を掟とやらで断罪するくらいならば、
被害が出る前に周りの大人が、特に力を持った雪の女王が止めてやるべきだった。
それを怠って出来上がった結末は決してみゆきだけの所為ではないのだし、子ぎつねを殺した人間だって悪い、とも思うのだ。
「それでもいい? じゃないっての。いいに決まってんだろ。
つーかあたしに断りなくまた勝手に消えようとしたら、次はこんなもんじゃ済まさねーから。わかったか?」
 言外に『次はボコボコにしてやる』と物騒に言って、ようやく手を襟首から離してノエルを解放する。
 踵を返して、自分が先程立っていた場所まで歩いていこうとしながら、
祈は途中で思い出したように振り返り、
「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」
 そう言って、べ、と軽く舌を出して見せる。
そうして祈は元いた位置まで下がっていった。
ノエルはブリーチャーズ全員へ、返答を求めている。
尾弐も祈も、言いたい事をぶつけたことだ。次はポチや橘音の番だと思って、場所を空けたのだった。
0186ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/06/10(土) 05:01:00.62ID:/AECbmd8
送り狼は、暗闇の中にいた。
大量の失血と体温の低下は、彼の意識に微睡みをもたらしていた。
だが、彼はこのまま意識を手放してもいいと思っていた。
自分は既に役目を果たした。
心の内まで狼にはなれずとも、仲間に尽くし、頼みをやり遂げ、狼としての行為は果たせた、と。

>「……――――――■■」

けれども不意に、声が聞こえた。
送り狼ではない、しかし「居心地のいい自分」の名を呼ぶ声が。
祈の声……寒さも失血も彼女の命には届いていなかった。
送り狼はその事実に喜びを覚え、

>「見つかると……いいな。狼……」

しかし続けて紡がれた言葉を聞いた瞬間、彼は自分の弱った体の中で、心臓が大きく跳ね上がるのを感じた。
聞かれていた。自分の狼らしからぬ、女々しい泣き言が。
無意味な願望を捨てられない、仲間への不義が。
その事実が、彼の朦朧とする意識を更に遠のかせる。
いよいよ、彼は意識を手放して、楽になってしまおうと目を閉じかけて……

>「でも……自分を、嫌いに、なんて……なるなよ……。あたしは■■のこと、嫌いじゃないから、さ……」

しかし、思い留まった。
嫌いじゃない……たった今、祈は確かにそう言った。
彼女が血を流し、吹雪に蝕まれていても、あり得る筈のない可能性を手放せなかった送り狼を。
それでも嫌いじゃない、と。
その理由が、彼には分からなかった。
分かるのはただ……彼女は自分よりもずっと狼のようだという事だけ。
仲間の為に何もかもを投げ出す事が出来なかった自分よりも、
そんな自分をも嫌いじゃないと言ってのけた彼女は、ずっと狼に近かった。

>「例え狼じゃなくても、どんな姿であっても……ポチは……あたしの、あたし達の、仲間…………だから……」

祈の言葉が、送り狼に染み入る。
劣等感に突き刺さり、自身の情けなさを思い知らされるその言葉は……しかしそれでも、嬉しかった。
だから彼は……もう暫くの間、その嬉しさに溺れていたいと、願った。
同時に彼の首元に黒い首輪が現れる。
送り狼という妖怪を、飼い犬の姿に定義付けるその名前が、首輪という形を取って彼の体を縮ませ……「送り狼」が「ポチ」へと戻る。

「ごめんね、祈ちゃん……嬉しいよ……」

橘音に迷い家外套を被せられ、尾弐の手に撫でられながら、ポチはうわ言のように呟く。

「嬉しいのに……なんで……ぼくは……」

その言葉の最後は、声にはならない。
こんなにも温かい愛を受けてなおも、あり得もしない夢物語を捨てられない、愚かな自分を呪う言葉は。
……もう、考えるのはやめよう。ただ、このぬくもりの中で眠ってしまおうと、ポチは目を閉じて……
不意に彼の鼻腔に、新たなにおいが、妖気が届いた。
ポチには、そのにおいが誰のものなのかは分からない。
だが、一つだけ、すぐに分かる事があった。
その何者かは、邪悪さと、愉悦のにおいを纏っていた。
疲弊も負傷も忘れ、ポチは跳ね起きる。
……そして、胸から何本もの楔を生やしたクリスと、その後方に立つ赤マントを目にした。
それから先は、雪崩れるように状況が動いた。
楔に四肢を貫かれ、屋根から転げ落ちるクリス。奪い取られ、破壊された神宝と神体。
だが……その光景を目にしても、ポチは冷静だった。
声一つ上げず、赤マントと、未だ目を覚まさない祈の間を遮るように、体を動かす。
ポチは、まだ、この時点では冷静だった。
0187ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/06/10(土) 05:02:58.74ID:/AECbmd8
>「クカカカカッ!お涙頂戴の三文芝居だネ。所詮は低級な雪妖の眷属……最初からドミネーターズの器ではなかったのサ」
>「妖怪大統領閣下も、それはとっくにお見通しだったみたいだがネ。キミは所詮捨て後までしかなかったということだヨ」

「っ、この野郎!よくも、よくもこんな事を!」

だがクリスの死が明確になった瞬間、ポチは吠えた。
彼女はたった今さっきまで敵だった。しかしだとしても、ノエルの家族なのだ。
彼女を失う事が、ノエルにどれほどの悲しみと苦痛をもたらすのか……。
想像せずとも分かる。そしてポチは地を蹴っていた。
……しかし、その体は前へとは運ばれない。
膝が折れ、彼はその場に倒れ込むのみに終わった。

>「その通り!……まあいい、ともかく残った時間はキミのものだヨ……好きに使えばいい」
>「いずれにせよ、これで東京の結界はガタガタ!閣下をお迎えする下地も整うというものだネ!」
>「では、我輩は次の仕事があるからネ……これで失礼するヨ?」
>「クカカカカ……またお会いしよう、東京ブリーチャーズの諸君!」

>「……次に会う時はもう少しセンスのいい服装にしとけ。それがお前の死装束になるんだからな」

「なにを着てきたって、むださ。おまえは、ぼくがずたずたに引き裂いてやる」

ポチは赤マントから目を逸らさず、牙を剥き出しにして、そう言った。
それだけしか出来なかった。

「……くそっ!」

赤マントの憎らしい笑い声の余韻を掻き消すように、何も出来なかった自分を罵るように、ポチは頭を振り、叫ぶ。
……しかしすぐに、ノエルへと視線を向けた。
最愛の姉の死を目前にした彼に、ポチが出来る事など何もない。
それでも……彼を案じずにはいられなかった。

>「みゆきはここにいる。ずっと待ってる。姉上の帰る場所を作って待ってる。
  100年でも、1000年でも――だから、ゆっくりお休み」

……だがそれは、無用な心配だった。
彼は消え行く姉を、揺るがない愛をもって見送った。
その光景はポチに大きな安堵と……小さな嫉妬をもたらした。
彼は憎しみも悲しみも跳ね除けて、自分の愛を貫いた。
クリスとの戦いの中で、ノエルが消えてしまったあの時、怒りに支配されたポチには出来なかった事。
……自分が、混じり気なしの狼だったなら、出来ていたのかと、考えてしまう。

>「祈ちゃん、ポチ君、剣を届けてくれてありがとう」

暫しの沈黙の後……ノエルはブリーチャーズの皆に向き直り、そう言った。

>「……別に、お礼を言われるようなことしてねーし」

「……そうだよ。いつもどーりのおつかいをしただけさ」

仲間の為にする、どんな事でも、それはポチにとって大した事ではない。それは本心からの言葉。
……だが、どうしてもしたくない事が、出来なかった。
その事実が、ポチの声色にほんの少しだけ……疲れに紛れて見分けなど付かないであろう、陰りをもたらす。

>「こんなにたくさん愛されているのに自分の事しか考えてなくて……
>一度は嫌われるのが怖すぎて消えようとしたのに……、信じてくれてありがとう」

……ポチは何も言葉を紡げない。
皆の優しさに包まれ、なおも我欲を捨てられないのは、彼も同じなのだ。
ノエルはその自分の臆病さを乗り越え、帰ってきたが……ポチは違う。
今も捨てられない幻想に囚われたまま……そんな彼には、ノエルを責める事は言うまでもなく、肯定する事さえも、出来る訳がなかった。
0188ポチ ◆xueb7POxEZTT 垢版2017/06/10(土) 05:05:04.42ID:/AECbmd8
>「でも……僕は今までの僕とは違ってしまったのかもしれない。
>有り得ないと思うだろうけど、さっき見たまんまなんだ。
>かつて化け物と化した雪ん娘も、冷徹な雪の王女も、ここに――」
>「それでもいい? それでも仲間だって思ってくれる?」
>「みんなさえ良ければ……僕は計画完遂の時まで……ブリーチャーズの御幸乃恵瑠でいたい!」

>「……あー、オジサン。日頃の不摂生と二日酔いと失血のし過ぎが重なって、ここ数時間の記憶が曖昧なんだよな」
>「年食うと物忘れが激しくなってダメだな……色男の過去とか、全然思い出せねぇ」
>「すまねぇな、ノエル……いつか、いつかきっと『思い出せる』と思うから、それまで宜しく頼む」

尾弐にもまた、彼にとって譲れぬはずのものがある。
人を傷つける妖壊と対峙した時、彼が纏う深い怒りのにおいを、ポチは知っている。
彼はそれに嘘を吐いてでも、ノエルを仲間として受け入れた。
……その様が、ポチには眩しかった。

>「おうコラアホ御幸。あたしがあんたのこと、そんぐらいで嫌いになる訳ないだろ」
>「それでもいい? じゃないっての。いいに決まってんだろ。
  つーかあたしに断りなくまた勝手に消えようとしたら、次はこんなもんじゃ済まさねーから。わかったか?」
  
祈も、ノエルも、尾弐も……皆がポチにとっては眩しかった。
狼でもない彼らが、しかし自分よりもずっと狼らしく、気高い愛を秘めているのが、眩しくて……悔しかった。

>「計画完遂までとか言ってないで、いたけりゃ“ずっと”いろバーカ!」

……ポチは言葉を伴わないままノエルに歩み寄り、祈に蹴られた脛に体をすり付ける。
いつもよりもずっと執拗に、何度も、何度も。
すねこすりの習性……それを幾度となく繰り返す事で、彼は自分の中の狼を塗り潰す。眠りに就かせる。
……こんな事をしなければ、僕達は仲間だと、言う事すら出来ない自分が嫌だ。
そんな思いすらもやがて、すねこすりの、無害で人懐っこい気質の中に沈んでいった。

「……えへへ、言いたいことぜんぶ、祈ちゃんが言ってくれちゃった。
 ぼくらは、ずっと仲間だよ。でしょ?ノエっち」

そして、ポチはいつも通りの愛嬌でノエルを見上げた。
それから再び彼の脛をこする。
今度はそこにいる彼の存在を、仲間の存在を、確かめるように。

「もう、勝手にどっか行っちゃだめだよ、ノエっち。
 もし次おんなじ事をしたら……きみが転ぶまで、追っかけまわしちゃうかもね」

悪戯っぽくそう言うと、ポチは橘音へと振り返り……その場を譲る。
0190創る名無しに見る名無し垢版2017/12/27(水) 11:46:40.25ID:C1Z7QFDy
家で不労所得的に稼げる方法など
参考までに、
⇒ 『武藤のムロイエウレ』 というHPで見ることができるらしいです。

グーグル検索⇒『武藤のムロイエウレ』"

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0191第伍話ダイジェスト垢版2018/01/08(月) 19:50:43.15ID:QkeqILld
11月のある日、橘音は事務所にメンバーを集め、妖怪大統領の正体はバックベアードということが分かったと告げる。
その頃、祈は学校でレディベアに、今夜ブリーチャーズに刺客を差し向けると予告されていた。
その夜、それぞれ就寝した一同は気付くと電車の中にいた。橘音は眠っており、起きる気配がない。
ディスプレイに、人間が猿によって虐殺される映像が映し出され、一人の女性が猿に追われて助けを求めて来る。
猿を蹴散らしたところで、レディベアと謎の青年(自称イケメン騎士R)が入ってきた。
レディベアは一行に、これは夢の中で猿によって殺されて現実でも死ぬ猿夢という怪異だと告げる。
そして安全地帯から観戦すべく隣の車両に移ろうとするが、ドアが開かない。
怪人赤マントに嵌められたと察したレディベアとRに、ポチとノエルが共闘を持ち掛ける。
紆余曲折の末、Rは中立を保ち、レディベアは共闘することとなる。
猿を撃破しながら先頭車両を目指す一行だが、無限に強くなる猿達に次第に追い詰められていく。
その上、寝ていたはずの橘音の姿がいつの間にか消えてしまうのであった。
いよいよ危なくなった時に、橘音の声のアナウンスが、間もなくきさらぎ駅に停車するので降りるようにと告げる。
一行がきさらぎ駅に降りると、橘音も先頭車両から降りてきた。
橘音はここで猿夢を漂白してしまおうと言い出し、犯人探しが始まる。
祈が最初に一行に助けを求めてきた女性に詰め寄ると女性は猿夢としての正体を現し、駅員の服を着た猿の姿になった。
尾弐に今すぐ漂白するように促す橘音だったが、尾弐はこの橘音が偽物だということを見抜く。
偽橘音の正体は怪人赤マントであった。
唐突に祈に目を付けた赤マントは、祈に、両親を殺したのは橘音と尾弐だと告げる。
動揺する一行を前に、怪人赤マントは、猿夢に術をかけ巨大化させ、巨大化した猿夢は一行に襲い掛かる。
絶望的な戦いに思われたが、怪人赤マントとイケメン騎士Rは険悪な仲らしく、イケメン騎士Rが一撃で猿夢を葬り去った。
ドミネーターズは去ってゆき、ブリーチャーズの一行だけがその場に残された。
一刻も早く脱出しなければならないが、尾弐と同じ場にいられなくなった祈はトイレに引きこもってしまう。
そこに謎の駅員らしき男が現れ、祈にきさらぎ駅からの脱出方法を教えるのであった。
その後ノエルに連れ戻された祈は、男から聞いた脱出方法を皆に伝え、その方針で行動することとなる。
坂を上がっていくと、無数のくねくね達が櫓の周囲で踊っていた。
事を荒立てぬように静かに通り過ぎていく一行だったが、前方から来たくねくねに見つかってしまい
無数のくねくねや巨頭達の群れが襲い掛かってきた。
なんとか坂を登りきるも、トンネルの入り口が大岩に塞がれており、更にこの妖怪達の首領らしきヤマノケが姿を現した。
間一髪で岩を退けることに成功し、トンネルの中に逃げ込む一行だったが、ヤマノケが祈に狙いを定めて執拗に追ってくる。
捕まりかけた時、先刻祈に脱出方法を教えた謎の駅員が現れ、ヤマノケ達を食い止める。
駅員は祈や尾弐に意味ありげな言葉を投げかけ、ここは自分が食い止めておくから行けと告げた。
辿り着いたトンネルの出口は、入り口にあったよりも大きい岩で塞がれていた。
途方に暮れる一同だったが、大岩の向こうから橘音の声が聞こえたかと思うと、岩が砕け散った。
気付くと一同は、それぞれ前夜眠った場所で何事も無かったかのように目覚めているのであった。
しかし橘音は忽然と姿を消しており、事務所を家探しする一同。
そこには、皆への別れとブリーチャーズ解散を告げる置手紙だけが残されていた。
0192創る名無しに見る名無し垢版2018/02/05(月) 07:31:55.30ID:BULrpx1i
なんのこっちゃ
0193創る名無しに見る名無し垢版2018/05/21(月) 06:25:50.92ID:tRZnwP6O
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

N56RB
0194創る名無しに見る名無し垢版2018/07/03(火) 21:22:03.01ID:f1dClnnX
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0195創る名無しに見る名無し垢版2018/10/17(水) 15:59:10.59ID:ZU7x6aHX
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

FGO
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